(1)南郷継正の過程の原点
(2)認識の重層化を図るための前提のくり返し
(3)歩くにいたる過程的構造
(4)読者の感想文を引用する意義
(5)コマ送り的な量質転化の過程
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(1)南郷継正の過程の原点
本稿は、南郷継正『なんごうつぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義(5)』(現代社)を組織的に読み込み、学んだ内容を感想文として認める論考である。2017年になってからこれまで、『“夢”講義』シリーズの感想文をブログに掲載してきたが、今回で5回目である。
『“夢”講義(5)』の冒頭には、南郷継正の読者にとっては非常に興味深いエピソードが説かれているので紹介したい。はっきりと自覚的・主体的に描いた人生に関わったの最初の“夢”は「僕は、生涯にわたって、とにかく死ぬまで勉強し続けるぞ!」というものであったとした後、次のように説かれている。
「それを決定的なものにしたのが、三年生の時に兄が借りてきた『プルターク英雄伝』(「少年版」だったと思います)を、深夜こっそりと兄のランドセルから抜きだして読んだことからです。なぜ、深夜なのかというと、兄は自分の借りてきた本は絶対に弟たちには見せることすら嫌がっていたからです。そこで、兄がぐっすりと寝入った頃を見はからって、そーっと抜きだして読みきって、また、そーっと返しておくしかなかったのです。同じ部屋で寝ている兄が、目を覚まさないように、電灯には寝巻きをかぶせて、灯りがもれないように工夫しながら読書をすることの連夜だったのです。
その『英雄伝』の中の「アレキサンダー大王」の項での最終章に、「巨星堕つ」(どういうワケか、この文言だけはしっかりと記憶できています)とあった、大王が病死した場面で、泣きながら決意したのです。「僕は学問の世界でこのアレキサンダーのような存在になりたい」と。そして、その決心(生涯、勉強し続けるという)だけは、いついつまでも変わることがありませんでした。」(pp.11-12)
ここでは、「僕は、生涯にわたって、とにかく死ぬまで勉強し続けるぞ!」という夢を決定的なものとしたのは、『プルターク英雄伝』のアレクサンダー大王の病死の部分を読んだことであると説かれている。この「巨星堕つ」の部分に感動したという話は、以前の別の著作でも紹介されていたように記憶しているが、どこだったか、少し探しても見つからなかった。
それはともかく、南郷継正にここまで影響を与えた本であるならば、ぜひとも読みたいと以前から思っていた。『プルターク英雄伝』は、現在、いくつかの日本語訳で読めるが、以前、玄和会関係の方から鶴見祐輔訳の『プルターク英雄伝』(潮文庫)を勧められていた。ただこの訳書は、固有名詞が英語発音になっていて、誰が誰だか分からないというような評価もあるようであった。今回、改めてネットで検索した結果、南郷継正が読んだと思しきものを発見できた。それは、澤田謙訳『プリューターク英雄伝』である。現在は、2012年に講談社文芸文庫から出たものが入手できる。
本書はもともと、昭和5年に少年向けとして刊行されたものらしい。プルタークの『対比列伝』を著者独自の視点で書き直し、編纂したものであるという。つまり、単なる翻訳ものではないのである。『青木育志の書斎』の「二つのプルターク英雄伝」(https://kyoyoushugi.wordpress.com/2014/07/11/二つのプルターク英雄伝/)によると、澤田訳は鶴見訳とならんで、戦前のベストセラーだったという。
これこそが南郷継正が読んだものだと私が断言したのは、「大王アレキサンダー」の項の最後の小見出しが「将星つひに地に墜つ」であったからである。南郷継正はアレキサンダー大王に関する最終章に「巨星堕つ」とあったと説いているが、これはかなりの一致だといえるだろう。本当は「将星つひに地に墜つ」だったのが、「巨星堕つ」と誤って記憶してしまったのか、記憶が変化してしまったのか、あるいは、澤田訳には別の(もっと少年向けの)バージョンがあり、そこの見出しは「巨星堕つ」だったのか。いずれにせよ、南郷継正が読んだのは、この澤田訳だったと考えて間違いなさそうである。
なお、この原稿を書くために再度ネット上で調べていたら、澤田訳は国立国会図書館のサイトで、全文が公開されていることが分かった。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1717830
昔のなかなか入手できない書物が、このような形でデジタル化されてきれいに保存され、誰もが読むことができるというのは素晴らしい取り組みだと思う。
さて、このような自己の夢に関するエピソードの紹介から始まる本書であるが、キーワードは「過程的構造」ということにある。これは「あとがき」でも触れられているが、後に引用する本書の目次を眺めていただければ、頻繁に「過程的構造」なる語が登場することが分かる。「過程」や「過程性」という語もかなりたくさん登場する。そこで本稿では、この「過程」ということに特に着目して本書を読み、学んだ内容を3つに整理して認めていくこととする。初めに、本書では「結果」ではなく「過程」が重視されているのはなぜなのかを考察する。次に、本書で中心的に説かれている内容である「歩くに至る過程的構造」について、きちんと理解できるようにしたい。最後に、本書で頻繁に引用されている読者からの感想文・評論文などの意義について考えたい。
では、最後にいつものように本書の目次を引用しておきたい。
なんごう つぐまさ が説く
看護学科・心理学科学生への“夢”講義(5)
【 第1編 】 認識的 「技」 の論理の過程的構造を説く
第1章 「“夢”講義」 の学びによる認識の重層化の構造
第1節 人生に関わる夢 ―「文武両道から文武統一への道の完成化へ」
第2節 「“夢”講義」 連載の意義と書物の意義
第3節 「連載」 による認識の形成 ―弁証法の三法則の多重の連関とその構造
第4節 頭脳の働きを見事に ―『“夢”講義』 の学びを
第5節 技の論理から上達の構造・技化の過程性を説く
第2章 哲学の歴史の発展形態をふまえて技の論理を説く(解く)とは
第1節 現代の受験勉強による弊害を克服するために何が必要か
第2節 「直立二足歩行」 に関する研究者の見解とその限界
第3節 技の論理から 「歩く」 の構造を説く
第4節 人間の思考・思惟能力の発展は哲学の歴史の発展形態の中に存在する
第5節 学問レベルでの認識の研究とは何か ―認識論・認識学の一般性の構造
第3章 サルからヒトへの進化をもたらす歴史的過程を説く
第1節 「直立二足歩行」 への過程(1) ―サルが樹上生活が可能となった理由
第2節 「直立二足歩行」 への過程(2) ―サルの樹上生活が可能となった理由
第3節 サルの樹上生活と認識の形成とその発展との関連性
第4節 サルからヒトへの歴史性をふまえて人間の育ちを育てる大切さ
【 第2編 】 弁証法性の学びの過程的構造を説く
第1章 「“夢”講義」 の学びは弁証法性の学びを基本とする
第1節 直接的同一性の論理を武道と看護から説く
第2節 人類の文化としての武道論・武術論
第2章 「“夢”講義」 の論理展開の構造に学ぶ
第1節 学問用語 ―「普遍性・共通性・一般性・必然性・偶然性」 とは
第2節 偶然の必然性を説く
第3節 『“夢”講義』 全三巻に何を学ぶか ―ある読者の論評文
【 第3編 】 「技の創出」 の過程的構造を説く
第1章 学問構築のための認識形成の過程を説く
第1節 思春期・青春期の生活と高き志
第2節 武道空手と弁証法を 「対立物の相互浸透」 として学ぶことの意義
第3節 志高く武道空手を専門に 「弁証法」 を学んだ学生時代
第4節 武道空手の修練には弁証法を、弁証法の向上には武道空手の研鑽を
第5節 武道空手と弁証法、相対的独立と相互浸透、そして対立物の統一
第2章 技の創出における弁証法性を説く
第1節 技の創出の二重構造と 「這う」 ことの二重構造とは
第2節 いのちの歴史性から説く 「這う」 ことの過程的構造・構造的過程
第3節 弁証法の学びの多重性・多重構造 ―くりかえし学ぶことの意義とは
第4節 人間体一般としての生成発展の過程的構造性の運動
第5節 運動選手の敗因を人間体としての弁証法性から説く
第3章 「いのちの歴史」 から技の創出過程を説く
第1節 特殊哺乳類としてのサルの誕生の過程を 「いのちの歴史」 に尋ねる
第2節 サルからヒトへの進化過程を辿ることによる運動形態の変容
第3節 運動形態の変容がもたらした認識の誕生の原基形態
第4節 技を創る過程にはサルからヒトへの歴史的過程性が含まれている
第4章 「動物体」 から 「人間体」 への過程を説く
第1節 「歩く」 に至る過程性 ―「這う」 と 「立つ」 の二重構造
第2節 動物体から人間体へ ―「這う・立つ・歩く」 の過程的構造とは
第3節 動物体と人間体 ―人間体としての生理構造の持つ歪み
第4節 動物体をふまえた人間体としての生理構造の理解が上達を導く
【 第4編 】 頭脳活動の養成の過程的過程を説く
第1章 自らの専門分野の実践を通して学ぶとは
第1節 頭脳活動の実力養成に関わる原稿執筆のあり方
第2節 舞い込んできた 「幸運」
第3節 「“夢”講義」 の学びを障害児教育に ―ある読者の学びの過程(1)
第2章 人間体の構造性の論理を具体性から学ぶ
第1節 人間体としての構造と動物体としての構造の二重構造とは
第2節 「“夢”講義」 の学びを看護に活かすには ―ある読者の学びの過程(2)
第3節 「這う」 ことで創られる 「立つ・歩く」 とは ―ある読者の学びの過程(3)
【 第5編 】 人間体と運動体の過程性の構造を説く
第1章 人間体とは何か ―人間体と運動体の区別と連関を説く
第1節 武道・武術とは何か ―武道空手の修業・修行・学修の歴史性
第2節 「人間体と柔道体・マラソン体・卓球体」 の過程性の構造
第3節 人間体と運動体の過程性の構造を知らない指導者の大欠陥
第4節 運動体の過程性には人間体を阻害する構造が存在する
第2章 「“夢”講義」 の体系性と弁証法的実力を説く
第1節 「“夢”講義 ―看護と武道の認識論」 を説いてきている理由
第2節 『“夢”講義』 第四巻の体系 ―「脳とは何か」 から 「哲学の起源」へ
第3節 認識の成立の過程性から論理学の成立過程
第4節 弁証法の過程的構造を説く必然性
第3章 人間体養成の過程を具体的実践から問う
第1節 身体障害児教育の実践から ―ある読者の学びの過程(4)
第2節 「いのちの歴史」 の一般性をふまえて身体障害者教育を説く
第3節 身体障害者の 「仰向け」 の運動性の意義 ―ある読者の学びの過程(5)

