(1)2年間で歩けるようになり話せるようになった
(2)子どもの実体の成長・発達
(3)子どもの認識の成長・発達
(4)親の認識の変化・発展
(5)育児の記録をつけることが大切である
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2年間の育児を振り返る(1/5)
(1)2年間で歩けるようになり話せるようになった
先日,次のような新聞記事があった。
「育児に悩む父親たち,パタニティーブルーって?――不慣れな子育て,周囲の無理解も(くらし)
子育てに熱心な父親たち,いわゆる「イクメン」の存在はもはや珍しくない。しかしその陰で,仕事との両立でクタクタになったり,育児に自信をなくしたりした結果「パタニティーブルー」と呼ばれる憂鬱な状態に陥る父親たちが目立ってきた。母親の産後うつ「マタニティーブルー」の父親版ともいえる症状だ。今どきのパパたちが抱える育児ストレスに迫った。
「とにかく,夜眠れないことがきつい」。東京都内のベンチャー企業で働くAさん(29)はこぼす。1歳8カ月の男の子を育てるAさん夫婦は関西出身。身近に子育てを頼れる親戚はいない。
子どもはかわいいが,夜泣きがひどく,父親の自分が抱いても泣きやまない。あやし方もわからず,困惑し悩む日々が続いた。夜中に泣き続ける息子の世話で夫婦共に疲れ果て,妻は体調を崩した。
Aさんの仕事は最近さらに忙しくなり,一方で妻は9月にうつ病と診断された。「仕事と育児と家事を全部こなさなければならない。疲れがたまり,自分自身も限界に近いと感じている」(Aさん)
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子どもが生まれて幸せなのに,憂鬱になったりイライラしたり,うつ状態になることも。女性がホルモンバランスの変化で出産後に陥るマタニティーブルーの症状だ。この男性版ともいえる「パタニティーブルー」が目立ってきた。父親が同様の症状で悩むことを指し,パタニティーは英語で「父性」の意味だ。
関西医療大学講師の板東正己さんによると,パタニティーブルーの典型的な症状はこうだ。「妻の妊娠時から不安やいら立ちが高まり,生後3カ月ぐらいまで頭痛や不眠,下痢や便秘が続く」。その後,体の症状は軽くなることが多いが「育児期もストレスが悪化すれば,妻や子どもに否定的な感情を抱くようになることもある」という。
パタニティーブルーに陥るのは,初めての子育て時だけではないようだ。東京近郊に住むBさん(33)は今年,2人目の子が生まれた。「平日は仕事で育児ができない分,土日は世話をしている」と自負するBさんだが,乳幼児2人の子育てで疲れがたまりストレスを感じている。「妻も疲れており,イライラしてぶつかることもある」と話す。」(2015/10/28 日本経済新聞 夕刊)
育児に悩む父親が憂鬱になったりイライラしたりする「パタニティーブルー」が増えているという記事である。筆者もこの間,育児に携わる父親として,多少の気分の落ち込みやイライラはあったものの,何とか乗り越えてきた。
娘が誕生してから,2年間の月日が流れている。まさに光陰矢のごとし,である。育児に追われて,いつの間にか2年間が過ぎ去ったという印象である。この間,娘は中耳炎になって保育園を連続して休んだり,手足口病にかかってまともに食べられない日が続いたりしたものの,大きな問題もなく,無事に成長している。今年度に入ってからは,保育園を休むこともほとんどなく,身体的にも健康である。1歳になる直前に入った保育園でも,大きなトラブルもなく,楽しく過ごしているようである。ちょっとした遠出も可能になった。ぽっちゃりしていた体型も,歩けるようになってからどんどんスリムになっていった。半年間ほど,体重が10キロくらいで維持されていたこともある。
この間,私自身のこれまでの生活のあり方は一変してしまい,夜中や休日の研修会に参加することが,ほとんどなくなった。それまでは,月に2〜3回は研修会に参加していたが,それがほぼゼロとなり,その分,育児に時間を費やすこととなった。しかし,それはそれで,この時期にしかできない貴重な学びの機会となったと思っているし,本稿も,その学びのために執筆するものである。本稿を書くために,この一年間,気づいたことを育児ノートに書きためてきた。このノートをもとに,本稿を執筆したいと思っている。
ちょうど一年前に執筆した「一年間の育児を振り返る」では,最終回で,これまでの内容を振り返ったうえで,次のように説いておいた。
「以上のように一年間の育児で弁証法的に,あるいは,認識論的に,気づいたこと,学んだことを認めてきて,改めて実感するのは,育児というのは,南郷学派によって創られてきた論理・理論を再措定するのに,非常に適した実践の領域である,ということである。まず,『〔改訂版〕育児の生理学』や『育児の認識学』のように,直接,育児をテーマとした著作があるので,本稿で試みたように,それをそのまま自分の育児の事実で読んでいくことが可能となる。このように,自分の事実と本で説かれている論理を重ね合わせて,のぼりおりをくり返すことこそが,この種の理論書の本来の学び方だと考えられるのであるが,育児実践においては,これが非常にやりやすいのである。
もちろん,玄和会の空手をやれば,南郷継正先生が創出された理論を,そのまま実践でき,理論を再措定するのにもいいのかもしれない。しかし,我々のように,外部で南郷学派を自分のものにして自らの実践に役立てたり,社会化したりして,あわよくばさらなる発展を成し遂げてやろうと志す者にとっては,再措定が最もやりやすい領域が,育児だといえるのではないだろうか。
また,「生命の歴史」や人類の認識の発展史,哲学の歴史を学ぶという点でも,育児は非常に有益であると思う。すなわち,直接「生命の歴史」を目にすることはできないが,個体発生としてくり返されている系統発生であれば,育児実践の中で,赤ん坊の成長として目にすることができるのであるし,赤ん坊の認識の発展は,論理的には人類の認識の発展史や哲学の歴史をくり返しているということもできる。個体としての赤ん坊の認識の発展は,人類としての認識の発展のちょっと変形したものでしかありえないのだから,赤ん坊の認識の発展を通して,人類の認識の大きな発展をも学ぶことが可能なのである。こういったことは育児でしか学べない,非常に貴重な体験だといえるだろう。」
すなわち,育児という実践領域は,南郷学派の論理や理論を再措定するのに,非常に適しているし,「生命の歴史」や人類の認識の発展を学ぶ上でも,個体発生は系統発生をくり返しているのだから,貴重な素材となる,ということである。
この認識は今も変わらない。今回も,南郷学派の弁証法や認識論を,育児実践を通して再措定する試みである。「半年間の育児を振り返る」や「一年間の育児を振り返る」と同様,「子どもの実体の成長・発達」「子どもの認識の成長・発達」「親の認識の変化・発展」の3つの観点から,この2年間の育児を振り返り,主として生後1年から2年の出来事を中心に考察していきたい。
前稿のくり返しになるが,なぜこの三つの観点を設定したのかを改めて確認しておきたい。それは,端的には人間は実体と認識の統一体だからである。人間は,目に見える体が成長していくだけではなく,脳細胞の機能である認識も,生成発展していく。認識の発展ということこそが,人間らしい成長のあり方といえよう。本ブログの読者であれば常識であるように,人間以外の動物には認識はなく,人間と動物の分水嶺は,この認識の有無にあるからである。したがって,子どもの成長・発達を見ていく際には,目に見える実体の成長・発展だけではなく,目に見えない認識の成長・発達にも注目していかなければならないのである。また,その子どもと関わることによって,親の認識も変化・発展していく。子どもの誕生によって,子どもが親化していくだけではなく,親が子ども化していくという対立物の相互浸透による大きな認識の発展が,親の側にも見られるわけである。ここから,育児を振り返るにあたって,親の認識の変化・発展も視野に入れることの大切さが生じてくる。
子どもの実体と認識の成長・発達といっても,この二つはセットで,密接に関係しながら成長・発展していくものであるから,厳密に二つを分けて捉えることは適切ではないであろう。また,親の認識の変化・発展も,子どもの実体・認識の成長・発達と密接に絡み合いながら起ってくるものである。厳密に分けることはできないだろう。しかし本稿では,考察の観点として,あえて分かりやすく三分した次第である。
さて,生後1年から2年の間を反省してみると,実体の成長・発達では,何といっても歩くようになったことが大きいと思う。はじめはよちよち歩きであったものが,徐々に歩くことが技化されていき,ごく自然に歩けるようになっただけではなく,走りまわることも可能になっていった。認識の成長・発達においては,言葉の獲得が考察の大きな柱となろう。最初は言語もどきとでもいえるような,単なる音か言語かが曖昧なものしか発せなかったが,徐々に言語らしい言語を話せるようになり,今や2語文も可能となっている。また,親の認識の変化・発展については,育児に対してややゆとりが出てきた点が大きな変化であった。イライラすることも極端に減ったといえるし,余裕が出た分,子どもと一緒に外出したり,旅行に行ったりもできるようになってきた。
3つの観点について,おおまかな変化を確認したが,次回以降,このような内容について,一つずつ,詳しく考察していきたい。その中で,しっかりと事実を事実として記録することと,弁証法や認識論の論理を自分なりに再措定することが本稿の目的である。

