(1)「原点」が『学城』第1号の全体を貫くキーワードである
(2)国家とは何かの原点をヘーゲルから受け継がんとしたマルクス主義国家論
(3)国家とは何かという原点を滝村隆一『マルクス主義国家論』から問う
(4)世界の全てを体系として説くことが哲学である
(5)古代ギリシャ哲学は現象論レベルであった
(6)古代ギリシャ哲学を理解するためには、原典とはいかなるものかを把握する必要がある
(7)「科学的医学体系」こそが医学教育改革の要である
(8)医療と医学の区別と連関を説く
(9)ナイチンゲールの思想全体から学問形成を見る
(10)言葉は学問的に学ぶ必要がある
(11)学問を創出する道のりを説く
(12)「生命の歴史」から生成発展の論理構造を把握することが重要である
(13)常に「原点」に立ち返る必要がある
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(1)「原点」が『学城』第1号の全体を貫くキーワードである
本来であれば、本日から『学城』第12号の感想小論を掲載する予定であったが、第12号は残念ながらまだ世に出ていない。『学城』第10号は2013年12月に発刊され、続く第11号は2014年7月に発刊された。その第11号の編集後記には、「わが研究会においては志ある若い読者のために、発刊を年二回に増やし、初学者向けの教育が可能な、いわゆる入門編となる論文も掲載したいとの思いが、以前にも増して強くなってきた」(p.203)と記載されていた。これまで2004年から毎年1冊ずつ刊行されてきたのであるから、このように述べられたからには当然に、第12号は2014年内、遅くとも2015年初頭には出版されるだろうとの予測の下に、我々京都弁証法認識論研究会の1年間のブログ執筆計画を立案した際に、精読・執筆・推敲の時間を考慮して、3月29日から「一会員による『学城』第12号の感想」を掲載する計画を立てていたのである。
ところが、第12号はまだ出ていない。出ていないものの感想を書くわけにはいかないから、やむを得ず、と言うと語弊があるが、ここは原点に立ち返って、『学城』第1号を取り上げることにしたわけである。前稿で取り上げた『学城』第11号については、「原点からの辿り返し」が全体を貫くテーマではないかとしておいた。『学城』第10号で1つの区切りとし、第11号からは改めて原点に立ち返った論稿が発表されたのであるから、我々もこの機に『学城』を第1号から学び直すことにしたのである。
第1号には、「学城」の文字の後に「ZA-KHEM,sp」という文言があり、さらに「学問への道1(弁証法編1)」とある。まず後者に関して言えば、巻頭言に「学問は単に理論的なものであっては駄目で、その理論性を含んでの体系化でなければ、すなわち理論的なうえに体系性をもたなければ学問たりえず、結果として単なる情熱のみの論理的展開になるだけだ」(p.2)という指摘があり、学問の体系化には弁証法が必須である旨が説かれている。故に、「学問形成のための基礎編」(p.1)として「学問への道(弁証法編)」を説くのだということである。
では、「ZA-KHEM,sp」とは何のことなのか。これは弁証法の歴史的発展に大きな力があった学者の頭文字である。すなわち、ゼノン、アリストテレスであり、カント、ヘーゲル、エンゲルス、三浦つとむであり、加えるにソクラテスとプラトンである。なぜこれらの人物なのかについては、哲学史の発展過程を押えなければ理解不能である。我々京都弁証法認識論研究会も、昨年1年間をかけて、シュヴェーグラー『西洋哲学史』を学び、今年と来年2年間をかけて、ヘーゲル『哲学史』を学んでいく予定であるが、こうした学びの中からここでいわれている「ZA-KHEM,sp」とはどういうことなのか、しっかりと把握できるように研鑽していきたいと思っている。
さて、これまでの『学城』感想小論では、その巻の論文全体を貫くテーマを抽出して、そのテーマに沿って各論文の感想を述べてきたから、今回も同様に、『学城』第1号全体を貫くテーマを見出し、各論文がそのテーマを如何に具体的に表しているのかを見ていくことを中心に、各論文について論じていきたい。
では『学城』第1号を貫くテーマとは何なのか。それはズバリ「原点」ということだと思う。何よりもまず、この第1号は学問への道の「弁証法編」であり、弁証法は学問の体系化に欠かせない核であるとともに、古代ギリシャにおいて学問が誕生したのは弁証法の誕生とともにであったことを考えれば、弁証法は学問構築の「原点」であり学問の「原点」である、といえるのではないか。また、各論文のタイトルにも、直接「原点」という言葉や「序章」などの言葉が使われていたり、学問の原点である「古代ギリシャ」が説かれていたり、「歴史」に着目してその対象の出発点たる「原点」を追及したり、個人の学問の「原点」を青春時代に求めたりしていることが分かるものとなっていたりしている。そもそも、日本弁証法論理学研究会が、『試行』誌を受け継ぐ形で「新たな学問の登竜門となる学問誌」(p.1)として発刊する『学城』の第1号が、事物の起源、すなわち「原点」をテーマにしないはずがないと思われる。事物の生成発展の歴史性を論理的に体系化したものが学問であるからである。
では、ここで『学城』第1号の全体の目次を以下にお示しする。
学城 ( ZA-KHEM,sp ) 第1号
◎南郷継正 巻 頭 言
◎近藤成美 マルクス国家論の原点を問う
―ヘーゲルから継承した市民社会と国家の
二重性について
◎加納哲邦 学的国家論への序章
―国家学構築への視点を問う
◎本田克也 ヘーゲル 『精神現象学』 にみる学問の原点
―ヘーゲルは学問の形成について何を語るか
◎悠季真理 古代ギリシャの学問とは何か
◎悠季真理 古代ギリシャ哲学、その学び方への招待
◎�P江千史 「医学原論」 講義 (第1回)
―時代が求める医学の復権
◎諸星史文 学問形成のために問う医学の歴史
―医学史とは何か
◎神庭純子 ナイチンゲールの学問 (看護学) 形成の内実を
青春時代にみる
―その青春時代はギリシャ哲学の風に導かれて
◎古田京子 (投稿) 物理学者 武谷三男氏の 「三段階論」 と
「技術論」 に学ぶ
◎本田克也 (書評) 『新・弁証法・認識論への道』
( 『全集』 第2巻) を読む
◎田熊叢雪 現代武道を問う 〔�T〕 ―居合とは何か
◎南郷継正 武道哲学講義 〔�T〕 PART2
次回以降、順次各論文の感想を認めていくが、その際、この第1号全体を貫く「原点」というテーマを常に念頭において、各論文における「原点」とは何かという問いかけをもって、論を展開していくこととする。なお、連載回数の都合により、本稿では田熊叢雪「現代武道を問う〔�T〕 ―居合とは何か」を取り上げることができないことを予めご了承いただきたい。

