(1)シュリーマンの生き方から何を学ぶべきか
(2)外国語をどのように習得すべきか
(3)生き生きとした像を形成するためには
(4)夢や情熱の大事性を学ぶ
(5)シュリーマンの生き方からは学問に必須の事項を学ぶべきである
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(1)シュリーマンの生き方から何を学ぶべきか
我々京都弁証法認識論研究会は、ヘーゲル『歴史哲学』とセットで理解すべきヘーゲル『哲学史』を理解するための準備段階として、南郷継正先生も著書で推薦されているシュヴェーグラー『西洋哲学史』(岩波文庫)を一年かけて読破し、その内容を主体的に掴み取ることを今年の例会の目標として掲げて取り組んできています。
昨年学んだヘーゲル『歴史哲学』でも感じたことですが、人間の歴史、人間の認識の発展史を概観してみると、人間の可能性、人間の能力のすさまじさを感じさせられます。具体的には以下のことです。
もともと自然の一部として誕生し、自然との相互浸透の過程を経て発展してきた生命体は、徐々にその実力を向上させていきました。しかし、人間に至るまでの生命体は、自然を能動的・主体的に変革するということはありませんでした。ただ自然のあり方に受動的に対応して生活しているのみでした。
ところが人間に至っては、自然のあり方を自分たちの生活にふさわしい形に変革していくことが可能となっていったのでした。しかも、その変革した自然からまた影響を受けて人間自身が変わっていくという、相互浸透的な発展を遂げてきています。例えば、石や木から斧やナイフなどの道具を作り出し、自然のあり方を積極的に・広範囲に変えていくことができるようになる(ヨリ多くの大きな・獰猛な動物を狩って食料にしたり、大きな木を切り倒して家屋を作ったりできるようになる)とともに、そうした道具をヨリ見事に駆使できるように手の器用さを増し、合わせて脳を見事に全身の運動を統括できるものに創り上げていったのでした。
こうした人間の可能性、人間の能力については、ヘーゲルがハイデルベルク大学教授に就任する際の演説で、観念論の立場(絶対精神の自己発展という立場)からではありますが、ヨリ大きな観点から以下のように述べています。
「人間は精神であるから、最高者にふさわしく自分自身を尊敬してよいし、また尊敬すべきである。人間の精神の偉大さと力とについては、いくら大きく考えても、すぎるということはないのである。またこの信念をもってすれば、人間に自らを開かないほどの冷淡なもの、頑固なものはないだろう。最初は隠され、閉ざされている宇宙の本質も、認識の勇気に抗し得る何らの力をももたない。この勇気の前には、その宇宙の本質は必ず自らを開き、その富と深底とを、その人の眼前に現わして、享受に委ねるにちがいない。」(『ヘーゲル全集11 哲学史 上巻』p.20)
ほぼ同様の内容は、ベルリン大学の哲学教授就任に際しても述べられ、「真理の勇気、精神の力への信念」(『ヘーゲル全集1 小論理学』p.6)が必要であることが強調されています。これらで語られているのは、端的には、人間は他の動物と違って自己が精神であることを自覚している(唯物論的に言えば、人間には他の動物と違って精神が存在する)、この精神は無限の可能性をもった偉大な力であって、人間の精神は森羅万象の本質を明らかにできるはずのものだ、という、人間の能力への限りない信頼なのです。
ヘーゲルは観念論の立場で発言しているのですが、人間は、このような偉大な力、認識というものを創出することによって、目的意識的に対象に働きかけ、自身の生活をヨリ豊かなものに発展させていったことは間違いないでしょう。
更に人間は、認識のほかにも、人間の発展に大きく貢献していくものを創出しました。それは、人間が集団で、しかも世代を超えて協力して活動できるためのもの、すなわち言語です。
言語のおかげで人間は、自分の考えを相手に伝え、相手の思いを受け取りながら、1つの目的に向かって協働することができるようになってきたのです。この協働によって生まれた力によって人間は、ヨリ大きく自然を変革していくことが可能となっていきました。
しかしそれだけではありません。言語は文字として記録しておくことで、同時代に生きる人々のみならず、時間を超えて、大勢の人々にまで届けられる可能性をもつものなのです。今はもうこの世にはいない優れた人物の認識を受け取ったり、過去の出来事の様子を知ったりできるのも、言語に負うところが大きいですし、いわば世代を超えた協働(*)が可能であるのも、言語の大きな機能だといえるでしょう。
こうした言語を介した世代を超えた協働で大きな成果を残した人物がいます。19世紀に活躍したドイツの考古学者、ハインリッヒ・シュリーマン(1822−1890)です。彼は幼少期に父からホメロスの叙事詩を聞かされ、その英雄たちの活躍やトロヤ戦争のことを実際にあったこととして受け止めていました。紆余曲折の人生を歩み、一念発起して私財を投入し、遂にトロヤを発見できたのは、大きな視点から言えば、言語を媒介としたシュリーマンとホメロスとの協働作業だとも捉えられるでしょう。
シュリーマンは1881年、自身の仕事の成果を後世に残すべく、『イリオス』という著作をものしました。自身がホメロスとの協働作業において創り上げた成果を、後の世代の糧にすべく、シュリーマンも私たちのために筆を執ったのでした。
シュリーマンの死後、妻のソフィアはシュリーマンの人生をヨリ多くの人々に知ってもらいたいと思い、『イリオス』の「はしがき」として掲載されていたシュリーマンの「自叙伝」を独立した形で発表しようとしました。それで、シュリーマンをよく知るブリュックナー博士に依頼して、この「自叙伝」を編集してもらうことにしたのでした。これが、日本では『古代への情熱』(**)というタイトルで出版されているものです。
シュリーマンは何故、自分がこれまで成し遂げてきた考古学的成果を表した著書である『イリオス』の冒頭に、自身の「自叙伝」を掲載したのでしょうか。それは、シュリーマン自身がかつて、『イリアス』や『オデュッセイア』などの作品から影響を受け、ホメロスとの協働によって、人類史上に大きな業績を残したのと同様、今度は後の世代が自分の成果を受け継いで、ヨリ大きな仕事をしてほしいと願って、自分の生きざまを語ることにしたのではないでしょうか。
シュリーマンが成した偉業というのは、我々学問を志す者が直接に目指すべきものではありません。しかしその過程には、我々が学ぶべき内容が豊富に含まれているのです。
そこで本稿では、シュリーマンが『古代への情熱』で後世に伝えたかったことは何か、『古代への情熱』から何を学ぶべきかについて、特にシュリーマンの生き方に焦点を当てて検討してきたいと思います。
(*)ここで「いわば世代を超えた協働」といっているのは、シュリーマンとホメロスとの関係に見るように、シュリーマンがホメロスの著作に出会うことがなければトロヤ発見はなされなかったし、ホメロスが著作を残すことがなくてもトロヤは発見されなかったという、両者の一方でも欠ければ偉業は成し遂げられなかったという意味で「協働」という表現を用いています。
(**)『古代への情熱』は8章で構成されていますが、厳密な意味での「自叙伝」は、第1章「少年時代と商人時代」だけです。それ以降の章については、ブッリュックナー博士が諸々のシュリーマンの著作を引用しながら、彼の業績を説明するという形態になっています。なお本稿では、岩波文庫版『古代への情熱』から引用等を行うこととします。

