○目次(予定)
(1)古代ギリシャの教育思想は道徳教育の観点からどう評価することができるか
(2)慣習から相対的に独立した個人の考えが芽生える中、ポリスを維持するために道徳の問題が論じられた
(3)個人の主観を越えた絶対的な基準が打ち立てられた
(4)絶対的な基準に従う人間の欲求への働きかけが着目されるようになった
(5)古代ギリシャの教育思想は道徳性の構造の把握につながるものである
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1)古代ギリシャの教育思想は道徳教育の観点からどう評価することができるか
近年、いじめ問題を直接的なきっかけとして道徳の教科化が大きな話題となっています。滋賀県大津市でおきた中学生いじめ自殺事件を受けて、第2次安倍内閣のもとに設置された教育再生実行会議は、2013年2月、「いじめ問題等への対応について」という提言を出しました。その中で「道徳を新たな枠組みによって教科化し、人間性に深く迫る教育を行う」という提案がなされたのです。
これを受けて、2013年3月に文科省に「道徳教育の充実に関する懇談会」が設置されました。10回の審議が行われた結果、2013年12月に「今後の道徳教育の改善・充実方策について(報告)」が出され、「特別の教科 道徳」の設置が提案されました。
今年度から各小中学校では、文科省が作成した「わたしたちの道徳」という資料が子ども一人一人に配布されています。これまで使われていた「心のノート」を大幅に改定したものですが、以前はなかった読み物資料なども含まれており、明らかに教科書を意識した構成になっています。現場では、道徳が教科になるのは確実だと考えられています。
では道徳を教科にすれば、いったいどのようなメリットがあると考えられているのでしょうか。「今後の道徳教育の改善・充実方策について(報告)」では、現在の道徳教育の問題点として、道徳教育の目標にかかわる概念相互の関係が不明確であることや、指導方法が心情理解の型にはまったものになっており、具体的な行動に関する教育が不十分であることなどが指摘されています。道徳を教科にすれば、こうした事柄に関する研究・開発が進むということです。
しかし、道徳教育の目標や指導方法にかかわっての研究を進めるためには、そもそも道徳教育とは何かという本質から押さえていく必要があります。その点を踏まえて、現在の道徳教育の問題点を描き出そうとしたのが、小論「ヘルバルト『一般教育学』を読む」でした。そこでは、道徳教育とは本能をコントロールできるようにするためのものであるとして、以下のように結論を述べていました。
「本能のコントロールに至るまでにはどのような過程があるのでしょうか。究極的には、自らの意志によって本能を統括できるようにしなければならないのですが(自律)、幼い子どもの場合は、そのような意志がまだ存在していません。したがって、他者の意志によって統括していく必要があります(他律)。ヘルバルトの主張する「管理」とは、道徳教育の出発点としての他律の重要性を指摘したものだと言えるでしょう。
この他律から自律への過程はいかなるものなのでしょうか。まずは、本能を統括する自らの意志を創らなければなりません。それができてきたら、続いてその意志を使っていく必要があります。つまり、創出と使用という過程的構造が存在していると言えます。ヘルバルトは教授と訓練という形で、この過程的構造を明らかにしたのだと言えるでしょう。
このような観点から現代の日本の道徳教育のあり方を見てみましょう。現在の道徳の時間の授業は、お話を読んで自分の気持ちや考えを発表し、話し合うという流れが一般的です。しかし、具体的な場面に直面して真っ当な気持ちや考えが出てくるのは、そもそも人間はどうあるべきかという姿が把握されており、そういう人間であろうとする主体的な意志が描かれていてこそだと言えます。つまり、自分の気持ちや考えを出すというのは、そうした意志を使用するということです。これが一般的なものとして行われているということは、その使用すべき意志を創出するという過程が抜け落ちている、あるいはその視点が弱いということが言えるでしょう。」
つまり、道徳性とは意志による本能の統括であり、その意志の創出と使用こそが道徳教育には必要なのであり、現在の道徳教育は意志の創出という側面が抜けているのではないかという問題提起です。
しかし、一口に意志といってもそこには社会的に妥当とされる意志もあれば、自分勝手な意志も存在しています。一方、抑えるべきものは本能に基づくものばかりとは限りません。例えば、「どんな手を使ってでもお金儲けがしたい」という欲求は本能に基づくものというよりも、これまでの生活過程の中で作られてきた個人的な認識に基づくものだと言えるでしょう。それを踏まえれば、前回の小論の結論はあまりにも大雑把な把握であったと言えるでしょう。
その原因として、道徳というものにかかわってなされてきた歴史的な議論を踏まえられていなかったという点があります。道徳教育にかかわると思われる議論は古代ギリシャの時代からなされています。ソクラテスはソフィストたちと「徳は教えられるのか」「徳とは何か」と言った問題について論争をしていますし、プラトンやアリストテレスもこうした問題に言及しています。そこから中世を経て、近代にいたる中でヘルバルトが登場してきているのですから、ヘルバルトを見ていく上ではこのような歴史的背景をしっかりと押さえておかなければなりません。そうでなければ、ヘルバルトの歴史的な意義を見出し、そこから現代につながる論理を導き出してくるということは不可能です。ところが、前回の小論においては、このような歴史的な流れをしっかりと押さえていくということが欠けていました。
そこで今後、古代・中世・近代という順にその時代の教育と教育思想の歴史を道徳教育の観点から概観していこうと考えています。その第1弾としての本稿では、まず道徳教育思想の出発点とも言える古代ギリシャに焦点を当てて、その教育と教育思想について概観します。そこで論じられた内容は道徳教育の観点からすればどのように評価することができるのか、またなぜそのようなことが論じられるようになったのかという問題について当時の社会状況を踏まえながら明らかにしたいと思います。
2014年06月22日
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・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
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・文法家列伝:ジョン・ロック編
・一会員による『学城』第11号の感想
・夏目漱石を読む�@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
・一年間の育児を振り返る
・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
・哲学の歴史の流れを概観する
・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義�X」
・夏目漱石を読む�A――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
・マインドフルネスを認識論的に説く
・道徳思想の歴史を概観する
・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
・一会員による『学城』第1号の感想
・新大学生への訴え
・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
・心理職の国家資格化を問う
・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
・文法家列伝:時枝誠記編
・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
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・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
・一会員による『学城』第12号の感想
・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
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・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
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・アダム・スミス『法学講義』を読む
・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
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・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
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・マルクス思想の原点を問う
・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
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・日本経済の歴史を概観する
・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
・一会員による『学城』第15号の感想
・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
・現代日本の政治家の“失言”を問う
・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
・障害児の子育ての1年間を振り返る
・新しい国家資格・公認心理師を問う
・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
・徒然なるままに――40歳を迎えて
・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
・教育実習生に説く人間観の歴史
・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言


こんにちは〜♪〜お久しぶりです〜♪〜
私事の書き込みから始めさせて下さい。
今年の四月から、特別支援学級の補助員を始めました。
そして、学級の子供達と関わる中で、見えて来た事は、以下のような事です。
それは、普通の同学年(子供によっては低学年)の児童達と比べて彼・彼女達は、自分の感情に忠実・素直…過ぎる、と言うか自分の(小さく狭い)世界が強烈過ぎて、周囲の(大きく広い)世界が見えなくなっている、というような事です。
例えば、運動会のリレー練習で、自分の組みが負けると、周囲や先生が何と言おうが、辺りかまわずにその場で「悔しいよ〜!」と泣き叫び続けている小五の女子。また、音楽の時間に突然「暑い!暑い!」と言いながら、周囲や先生の制止も聞かずに、その場で服(シャツ・ズボン)を脱ぎ続ける小四の男子。そして授業中、それまでは先生の質問に適切に答えていたのに、突然歌い出し踊り始めてしまう小一女子。このような事が日常茶飯事なのです。こんな児童達でも、その子の興味・関心のある話題であれば、普通に会話は出来ているのです。
こんな彼・彼女達に必要なのは、真の「道徳教育」なのでしょう〜でも…本来は上記のような個人的感情のコントロールは、幼少時に家庭の中で養成されていて然るべきものなのでしょうね…ベテランの先生が言うには、近年このような子供達が増えている、そうです。これは家庭・地域の小社会での教育力の低下が大きな原因だと、私は感じていますが…
それでも…家庭でやれなかった事は、学校でやるしかないのですね…
教師の仕事の大変さ(の増加)を実感している今日この頃なのです。
明日からの展開を期待しています〜♪♪♪〜