目次
(1)報告者から出されたレジュメ
(2)ヘーゲル『歴史哲学』の要約�@
(3)ヘーゲル『歴史哲学』の要約�A
(4)ヘーゲル『歴史哲学』の要約�B
(5)ヘーゲル『歴史哲学』の要約�C
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:ヘーゲルの『歴史哲学』と『生命の歴史』にはどのような論理的共通点があるか
(8)論点2:ヘーゲルの『歴史哲学』の意義とは何か
(9)論点3:ヘーゲルの歴史哲学の限界はどこにあるのか
(10)参加者の感想
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1)報告者から出されたレジュメ
2013年12月の例会では,これまで1年間かけて扱ってきたヘーゲル『歴史哲学』(武市健人訳、岩波文庫)のまとめを行いました。具体的には、レジュメ担当者が、ヘーゲルの歴史観の全体像を押さえ直すために、ヘーゲル『法の哲学』の世界史の部分について要約して報告し、それを踏まえながら論点を出し合って議論を行いました。
この例会報告では,まず例会で報告されたレジュメを紹介した後,『歴史哲学』の全体の要約を4回に分けて掲載します。次に,参加者から提起された論点について,どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に,この例会を受けての参加者の感想を紹介する予定です。
今回はまず,報告担当者から提示されたレジュメを紹介することにしましょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
ヘーゲル『法の哲学』第3部倫理 第3章国家 C世界史の要約
【1】世界史とは
世界史とは,精神の自由の概念からする理性の諸契機の必然的発展,したがって精神の自己意識と精神の自由との必然的発展であり,普遍的精神の展開であり現実化である。精神は,おのれを自らの意識の対象にし,おのれをおのれ自身に対して展開しながら把握する。精神がおのれをこのように把握することが精神の存在と原理であり,把握の完了が同時に精神の外化であり,精神の移行である。形式的にいえば,この把握を改めて把握しなおす精神,外化からおのれのうちへ帰ってゆく精神は,さきの最初の把握の立場にいたおのれに比べていっそう高い段階にいる精神である。
もろもろの国家,民族,個人は,世界精神のこの仕事において,それぞれ特殊な一定の原理をになって出現する。これらは,世界精神の内的な仕事の無意識の道具であり,この仕事のなかで姿を消していく。それに対して,即自かつ対自的な精神は,おのれのすぐ次のより高い段階への移行を,準備し為し遂げるのである。
【2】世界史における民族
世界史においては,世界精神の理念の必然的契機(現在,世界精神の段階であるところの契機)が,絶対的権利を得る。この契機において生きている民族とその行為が,おのれの目的を完遂して幸運と名声を得るのである。
一つの民族には,直接的な自然的諸原理のうちの一つが帰属する。世界精神の理念の必然的契機が自然的原理として帰属している民族は,世界史のなかで,この時代にとって支配的民族である。世界精神の現在の発展段階の担い手であるという,この民族のこの絶対的権利を向こうにまわしては,他の諸民族の精神は無権利である。
より高い原理の出現は,この支配的民族の原理を否定するものであるから,この民族の衰微,破滅として現われる。この時期は,より高い原理への精神の移行の前兆,したがって,ある別の民族への世界史の移行の前兆である。
【3】世界史における諸個人
世界史的行為の尖端には,実体的なものを現実化する主体性としての諸個人が立っている。このような諸個人は,世界精神の実体的な所行と一体であるが,しかし世界精神の所行は彼ら自身にとっては客体でも目的でもなく,彼ら自身には隠されている。
【4】国家の形成
民族は最初のうちはまだ国家ではない。理念一般が形式を備えたものとして民族のうちで実現されてはじめて国家状態へ移行できる。この形式がなければ,民族は客観性を欠いている。すなわち,思惟された諸規定としての法律を備えることによって自己に対しても他民族に対しても普遍的かつ普遍妥当的な現存在をもつことがない。
婚姻と農業から出発して法律的諸規定および客観的諸制度へと歩み出ることは,理念の絶対的権利である。この権利が国家創設のための英雄の権利である。またここから,文明諸国民が,国家の実体的諸契機において自分たちより劣っている他国民を,未開人と見なし,彼らの独立性を形だけのものとして取り扱う,ということが生じる。だから,こういう状態のもとで生じる戦争や係争においては,それらが一定の実質的内容にかんして承認を求める闘争であるという契機こそが,それらに世界史に対するある意義を与える。
【5】世界史的治世の4つの原理
民族精神は,おのれの真理と使命とを,絶対的普遍性である具体的理念=世界精神のうちにもつ。世界精神は精神であるから,おのれを絶対的に知り,おのれの意識を自然的直接性の形式から解放し,こうしておのれ自身に到達するところの精神活動の運動にほかならない。それゆえ世界精神の自己意識がおのれの解放の歩みにおいてとるところの形成態の原理は,4つである。
第一の直接的示現においては,世界精神は実体的精神の形態を原理とする。これは同一性の形態であり,個別性は権限を認められていない。
第二の原理はこの実体的精神を知ることであり,こうして世界精神は美しき倫理的個体性となる。
第三の原理は,知るはたらきをする対自存在が,おのれのうちに沈潜して抽象的普遍性へ到達し,精神から見捨てられた客観性に対して無限に対立することである。
第四の原理は,精神のこの対立が転化して,精神がおのれの内面性においておのれの真理と具体的本質とを受け取るとともに,客観性をおのれのすみかとしてそのなかで宥和していることである。また,無限な対立から復帰した精神がこのおのれの真理を,思想として,また法律的現実性の世界として,産み出しかつ知ることである。
【6】世界史的治世の4つの治世
この4つの原理からして,世界史的治世には4つの治世がある。
第一の治世は,東洋的治世であり,家父長的な自然的全体に基づくところの内的に未分化の実体的世界観である。この世界観においては,世俗的統治は神政政治であり,個体的人格性は埋没していて無権利である。
第二のギリシア的治世は,ギリシア的治世である。ここでは,全体はもろもろの特殊的民族精神の形成する仲間集団からなっており,最終意志決定が対自的に存在する自己意識の主観性によってはまだなされず,自己意識より高くてその外にあるような威力によってなされている。また,欲求につきものの特殊性がまだ自由のうちへ取り入れられず,もっぱら奴隷身分へ押しつけられている。
第三のローマ的治世では区別がとことんまで行なわれて,倫理的生活は人格的な私的自己意識と抽象的な普遍性との両極へ無限に引き裂かれる。ここにおいて,個々人はすべて私的人格に,形式的権利をもった同等の者になりさがり,これらの者を結びつけるのは,狂奔する抽象的恣意だけとなる。
最後のゲルマン的治世では,神的本性と人間的本性との一体性の原理,客観的真理と自由との宥和が把握される。この宥和を完遂する任務がゆだねられるのがゲルマン民族の北方的原理である。初めは世俗の国と彼岸的世界=知性的な国とは対立している。知性的な国の内容は,まだ思惟されたものではなく,表象の未開性にくるまれており,現実的心情に対する精神的威力として,ふるまう。しかし,両者の厳しい闘争を通じて,真の宥和が客観的となり,この宥和が,国家を理性の似姿および理性の現実性へと展開する。
2013年12月17日
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・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
・一会員による『学城』第10号の感想
・世界歴史の流れを概観する
・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
・ヘルバルト『一般教育学』を読む
・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
・古代ギリシャの経済思想を問う
・半年間の育児を振り返る
・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
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・アダム・スミス「天文学史」を読む
・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
・もう一人の自分を育てる心理療法
・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
・文法家列伝:ジョン・ロック編
・一会員による『学城』第11号の感想
・夏目漱石を読む�@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
・一年間の育児を振り返る
・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
・哲学の歴史の流れを概観する
・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義�X」
・夏目漱石を読む�A――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
・マインドフルネスを認識論的に説く
・道徳思想の歴史を概観する
・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
・一会員による『学城』第1号の感想
・新大学生への訴え
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・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
・文法家列伝:時枝誠記編
・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
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・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
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・一会員による『学城』第12号の感想
・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
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・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
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・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
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・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
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・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
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・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
・2年間の育児を振り返る
・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
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・図式化にはどのような効用があるのか
・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
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・SSTを技化の論理で説く
・一会員による『学城』第13号の感想
・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
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・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
・一会員による『学城』第3号の感想
・新大学生に与える
・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
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・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
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・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
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・夏目漱石の思想を問う
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・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
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・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
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・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
・本来の科学的な教育とは何か
・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
・システムズアプローチを弁証法から説く
・一会員による『学城』第14号の感想
・ルソー『学問芸術論』を読む
・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
・斉藤喜博から何を学ぶべきか
・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
・小中一貫教育を問う
・ヘーゲル『哲学史』を読む
・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
・文法家列伝:宮下眞二編
・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
・マルクス思想の原点を問う
・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
・教育の政治的中立性を問う
・日本経済の歴史を概観する
・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
・一会員による『学城』第15号の感想
・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
・現代日本の政治家の“失言”を問う
・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
・障害児の子育ての1年間を振り返る
・新しい国家資格・公認心理師を問う
・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
・徒然なるままに――40歳を迎えて
・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
・教育実習生に説く人間観の歴史
・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言

