(1)報告レジュメ1
(2)報告レジュメ2
(3)報告レジュメ3および提示された論点
(4)論点1:数学・天文学・物理学・化学という順で個別科学が発展した必然性とは?
(5)論点2:科学者たちのキリスト教に対する認識とはいかなるものか?
(6)論点3:大復興期の科学史上の意義とは?
(7)参加者の感想
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(1)報告レジュメ1
2012年6月の例会では、シュテーリヒ『西洋科学史』(現代教養文庫、全5冊)の第8章「大復興――近代科学の開始」を扱いました。科学史における1つの大きな転機である15〜16世紀以降の近代科学の時代について論じられています。
今回は、例会のはじめで報告されたレジュメを3つにわけ、1つ目を紹介します。
第8章 大復興――近代科学の開始
15世紀中ごろからはじまり16世紀に成就された変革が新しい時代を拓いた。一大帝国という理念の衰退と若い民族国家の成長。教会の権力と世俗的な権力との分離。貨幣経済と貿易経済の発展による中世的な社会秩序と経済秩序の破壊。
1.宗教的および哲学的背景
信仰と知識の分離、唯名論の勝利。ルネサンス期におけるプラトン精神の蘇生。権威から独立した精神的個体としての人間がみずから(人間が全宇宙を自分自身の中に蔵する世界の中心として現れる)をありのままに認識する。
2.ルネサンスと宗教改革
宗教改革とルネサンス(人文主義)はスコラ哲学の権威、中世の全世界に反対したが、新しい権威(宗教改革の場合は聖書、人文主義では古代の著作)をむぞうさにもちこんで古い権威の代わりに据えた。自然科学は、この両者によって推進されたり阻害されたりしながら独自の道を開拓していった“第三勢力”であった。一方、精神科学は人文主義者によって直接に推進された。
3.印刷と書物
1450年ごろ印刷術が発明され、本がふえて安価に。新しい思想、科学上の発見の普及に決定的影響。
4.新精神の具現としてのレオナルド・ダ・ヴィンチ
1452〜1591(イタリア)。古代の著作よりも、古代の著者たちの教師であった自然そのものを知らなければならないとした。すぐれた建築者・技術者・発明家であり、実験と数学的考察法を結合。
5.新しい道の告知者――フランシス・ベーコン
a、人と著作
1561〜1626(イギリス)。政治の領域でも科学の領域でも大きな野心をもつ。科学の領域では、人類の知識と全体としての科学と諸科学すべての大復興をめざして『新オルガノン』を計画。
b、『新オルガノン』
“自然を解明し知性をさらに正しく使用する術”が書かれている。第一に“イドラ(偶像)”の打破。第二に、科学研究の正しい方法――帰納法(経験から出発し、常に経験で足元を確かめながら進む知識の前進)の確立。
c、批判と評価
彼は当時の科学の業績に無関心であり、自身も自然科学の領域でこれという発見をしていない。数学の役割を認めなかったという点で、科学の新しい道の立案者としても不充分さがある。しかし、科学の哲学者として、近代自然科学の精神をあざやかに言葉としてまとめあげた。
I.数学
1.タルターリャとカルダーノ
16世紀半ばイタリア。3次方程式の一次解を見いだす(4次方程式の解はカルダーノ門下フェラーリが得る)。カルダーノは虚数についても論じる。
2.ヴィエータ
『解析術入門』(1591)。代数計算を記号的に書き方にかえた。
3.ネーピアとビュルギ
16世紀末〜17世紀初め。対数の発見。
II.天文学――新しい宇宙
1.クサヌス、プールバハ、レギオモンタヌス
古代伝来の世界体系に不満を抱き、新しい世界体系への探りの歩みを始める。天文観測の再開。
2.コペルニクス
1473〜1543。太陽を中心として地球が動くという世界体系を打ち立てる。しかし、円運動に固執し、理論と観測結果を一致させるため、周転円に逃げ場を求めなければならなくなった。
3.ティコ・ブラーエ
正確で根気のよい観測者。器具と方法の改良。
4.ケプラー
1571〜1630。ティコの観測資料をもとに、楕円軌道を採用することによって理論と観測結果を一致させた。なぜ軌道がほかの曲線ではなく楕円なのか、という問題を提起(のちにニュートンが解決)。
5.ガリレオ
1564〜1642。望遠鏡で天体を観測し、「地球は変転し不完全、天界は完全で永遠」というアリストテレスによる区別を否定。木星の衛星、火星の齢など、コペルニクス説に有利な証拠をつかむ。『天文対話』を著した結果、教会と衝突。
6.ブルーノ
万有は無限と宣言。世界は無数に存在し、それらがめいめい太陽をもっていると説く。
7.グレゴリウスの暦制改正
1582年にカトリック圏で採用。新教国は1700年ごろ、ロシアは1918年に採用。

