(1)タレス
(2)ヒポクラテス
(3)アリストテレス
(1)タレス
今回から,新たな試みとして,科学史上にその名を連ねる科学者を取り上げ,その生涯や問題意識,その業績や後の時代への影響などを紹介していきたいと思います。これは,2012年に例会で扱っているシュテーリヒ『西洋科学史』(現代教養文庫)の学びを深めるための補論でもあります。
シリーズ第1回となる今回は,世間では「哲学の祖」として知られる古代ギリシャのタレスを取り上げたいと思います。タレスに関しては,悠季真理先生が「古代ギリシャの学問とは何か(3)(4)」(『学城』第3号,第4号所収)において,詳細に説いておられます。また,この論文は,我々京都弁証法認識論研究会の昨年の例会でも取り上げています。当該部分の要約を,「2011年11月例会報告・悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会(4/12)」,および「2011年11月例会報告・悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会(5/12)」に掲載していますので,こちらも合わせてご覧になってください。
さて,タレスは紀元前6世紀にギリシャの植民市だった小アジアのイオニア地方にあるミレトス市で活躍した知者でした。彼の生きた時代については,先の悠季真理論文で詳しく解説されています。我々の例会報告で要約した部分を引用します。
「では、タレスの生きた前6世紀のギリシャ世界とは、いかなる時代であったか。前6世紀のイオニア地方は、隣接地域であるオリエントの文化の影響を極めて大きく受ける形で、文化的に育まれていった。その背景には、何千年、何万年ものオリエント地域との、いわば一体的とも言えるようなレベルでの深い繋がりがあった。ここで「一体的」というのは、第一に地理的な面、すなわちギリシャはあくまでも巨大なオリエントの周縁地域であるという意味であり、第二に文化的な面、すなわち突出した先進地域であったオリエントの高度な文化を、まだ文化的には非常に幼かったギリシャが憧憬の念と尊敬の念を抱きながら、長年にわたって学び続ける形で吸収していった結果として「一体的」になったということである。だからこそ、オリエントの文化を内に含みつつも、それとは質的に異なったギリシャ独自の文化を見事なものとして成長させていくことが可能となっていったのである。」
このように紀元前6世紀という時代は,人類文化の最先端が,オリエントからギリシャへと移行する過渡期であったということができます。そして,この移行を媒介したのが,タレスを初めとするミレトス出身の知者であったということができます。
実際タレスは,エジプトを訪れたことが分かっています。彼はエジプトで,実用に即した幾何の知識を学び,それを抽象化し一般化して,普遍的な命題を立てたとされています。たとえば,タレスより丸1000年も後の時代に生きたヘレニズム時代の哲学者プロクロスの著作には,タレスが「底辺とこれに対する二角とが与えられれば,三角形は完全に決定される」という命題を知っていたと記されています。これは三角形の合同条件の一つであり,これによって,海上に浮かぶ船までの距離を正確に測り,戦争の戦術を立てるのに役立てたということです。同じような幾何の知識を応用して,エジプトのピラミッドの高さを測ったというエピソードも有名です。
またタレスは,バビロニアにも訪れていたようで,そこで天文に関する知識を吸収したといわれています。その知識をもとにして,紀元前585年(5月28日)の日食を予言し,そのことによって名声を高めました。実際,バビロニア人達の天文に関する知識は当時のギリシャ人よりもはるかに進んでおり,タレスよりも200年も前に日食を予言しています。当時としてはオリエント文化の方がはるかに進んでおり,まだまだ幼かったギリシャ人達はオリエント文化を仰ぎ見るしかなかった,ということが,このエピソードからもうかがえます。
哲学者としてのタレスといえば,「万物のアルケー(もともとのもの)は水である」という命題が有名です。この命題をもって,タレスを「哲学の祖」とすることはできないことは,先の悠季真理先生の論文で述べられています。しかし,この命題が人類の認識の発展史において画期をなすものであったということも見逃すわけにはいきません。
端的にいえば,神話からの脱却ということです。タレス以前の人類の認識としては,神話による自然現象の恣意的な説明で安んじているレベルでした。ところが紀元前6世紀頃になると,そのような神話的な説明では納得できない人々が現れてきます。その嚆矢,代表者がタレスであるといっていいでしょう。
まず,「神」というような空想の産物によって自然を中心として世界(ここでいう「世界」とは,今の我々が思い浮かべるようなものではなく,自分の身のまわりの諸々の事物・事象の全体というくらいの意味です)を説明するのではなく,「水」という物質によって自然を説明しようとした点が科学的だということができます。また,「水」というたった一つの原理で説明しようとした点も,科学的だと評価してもいいでしょう。なぜなら,科学とは,できるだけ少ない原理・原則で,あらゆる現象を説明しようとするものだということができるからです。
もちろん,タレスの下した結論自体は間違っています。しかし,そもそも世界を構成する基本的な物質とは何かという問題意識こそが重要です。この問題意識が,その後の知者や学者にも受け継がれていきました。この問題意識こそが,複数の事物・事象に共通する論理を導きだそうとする問いかけが芽生えるに至る過程の始まりであったし,神話で安んずるレベルからの脱却を促した原動力になった,ということもできるのではないでしょうか。
最後に,タレスの実力を示すエピソードを一つ紹介したいと思います。七賢人の第一に挙げられるタレスですが,ある時,「本当に賢人であるならば金持ちでないのが不思議である」というあざけりを受けたそうです。その言葉に奮発したタレスは,気象の知識を活用して,オリーブが豊作になると予想した年に,ミレトス市とその周辺にあるオリーブ油絞り器の使用権をひそかに買い占めました。予想通りにオリーブが豊作になると,タレスは絞り器の使用料を独占し,一シーズンで大金持ちになったということです。自分の力を証明したタレスは,その後商売をやめ,知識の探求に戻っていったという言い伝えが残っています。このエピソードは,以下のようにアリストテレスが紹介しています。
「人びとの言うのに,彼が貧乏だから哲学はなんの役にも立たないと非難されたとき,彼は天文学の知識を使ってオリーブが豊作になることを予測した。まだ冬だというのに,彼はわずかな金を工面してミレトスとキオスにあるすべいてのオリーブ搾油機を使う手付金を業者に支払った。高い値をつける者はだれもいなかったから,彼は格安の賃借料ですんだわけである。そしてシーズンがくると,搾油機の需要が一挙にあっという間に増えたので,彼は自分ののぞむ条件で搾油機を又貸しした。こうして多くの財貨をかき集めて,彼は哲学者たりとも,もしのぞむならば富裕になるのはいとも易いこと,ただし哲学者の関心はそこにはないことを示したのであった。」(アリストテレス『政治学』牛田徳子訳、京都大学学術出版会、p.38‐39)
ピラミッドの高さを測ったり,日食を予言したりしたタレスの実力をもってすれば,お金を稼ぐくらいはわけがなかったのかもしれません。
以上のようにタレスは,確かに哲学の祖と評価するほどの実力はなかったとはいえ,対象の共通性を見て取り,論理を引き出し,その論理を使ってある程度対象を制御したという意味で,すなわち,人類の認識に論理能力らしい論理能力が芽生えるスタート地点であったという意味で,科学史上に名をとどめる偉大な先達であったと評価してよいかと思います。

