はじめに
(1)激動の情勢に対応できる「大和魂」が求められている
(2)「大和魂」創出を志してわれわれは何をなすべきか
『西洋科学史』を軸に学問の歴史の流れの全体像をイメージする
(3)シュテーリヒ『西洋科学史』とはいかなる書か
(4)『西洋科学史』を社会の歴史とのつながりで学んでいくために
(5)自然科学の発展が認識論の成立にいかに寄与したか問うていく
学問の歴史の出発点となった古代ギリシャについての学びを深める
(6)なぜ古代ギリシャが重要なのか
(7)古代ギリシャの社会についての具体的なイメージをつくる
(8)古代ギリシャ哲学の“原典”に挑戦する
古典をその時代背景と著者の問題意識から読み解く
(9)アダム・スミス『国富論』に挑戦する
(10)ヘルバルト『一般教育学』に挑戦する
(11)フロイト『精神分析入門』に挑戦する
まとめ
(12)社会の歴史と精神の歴史を一体的に学ぶことが大切である
(13)若干の補足など
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(1)激動の情勢に対応できる「大和魂」の創り直しが求められている
読者のみなさん、2012年が明けました。昨年は、世界にとっても、またこの日本にとっても、大変な大きな出来事が相次いで起きた、まさに激動の一年となりました。
そのなかでも、まず第一に思い起こさなければならない出来事は、何といっても東日本大震災でしょう。2011年3月11日、東北地方から関東地方にいたる東日本の広範囲を襲った激しい揺れと巨大な津波は、想像を絶するほどに悲惨な被害をもたらしたのでした。太平洋沿岸の多くの都市が壊滅し、死者・行方不明者は2万人をはるかに超えました。また、この地震と津波によって、東京電力福島第一原発では、メルトダウンに至る大事故が発生し、大量の放射性物質が周囲に漏れ出しました。これらの影響で、多くの人々が住む場所や働く場所を奪われ、生活基盤を根本的に破壊されてしまう結果になってしまったのです。その爪あとは、地震・津波の発生から9ヶ月あまりを経た現在も、深く深く残されたままです。
この未曾有の国難ともいうべき事態は、われわれに、日本という国のこれまでのあり方を問い直すとともに、この日本をこれからどのような国として創り直していくべきかを問うていくという課題を、鋭く突きつけているものといえるでしょう。
このことに関連して、武道哲学・武道科学の創始者である南郷継正先生は、昨年8月に発刊された学問誌『学城』第8号の巻頭言において、次のように説かれています。
こうした国家的危機から、日本がいかにすれば現実の大危機を克服し、そこからまともな復興をどうしたら果たせるかが、議論されている。しかしながらそれら一連の議論の大半は、残念なことに形として目に見えてくる経済的側面や技術的側面などに大きく偏ったものにとどまっているといえよう。
だが、ここで忘れてならないことは、今後何十年にわたっての、日本という国を全体としてどう創り直していくべきかの教育の中身であろう。すなわちより根源的には、日本人としての精神、大和魂(ヤマトゴコロ)をいかに見事に創り直していくべきかということをも併せて問われねばならない。(日本弁証法論理学研究会編『学城』第8号、現代社)
端的には、日本という国を全体として創り直していくためには、根源的には「日本人としての精神=大和魂(ヤマトゴコロ)」を見事に創り直していかなければならない、との提言です。それでは、この「日本人としての精神=大和魂(ヤマトゴコロ)」とは、具体的にはいかなる内実を持ったものだと考えればよいのでしょうか。
南郷継正先生は、この「大和魂」という言葉について、『綜合看護』(現代社)の2011年4号に掲載された「看護学科・心理学科学生への“夢”講義(52)」において、「これを旧軍部や右翼の人たちそのものだけの強烈な言葉なのだ、と錯覚しないでほしい」「この『大和魂』という言葉の日本最古の原典は、『源氏物語』であり、かの紫式部がその中で用いていたのだと、あちこちの識者が説いていることからも是非に分かってほしい」と言及しておられます。
それでは、『源氏物語』においては、「大和魂」という言葉は、どのような形で登場してくるのでしょうか。それは、「少女」の巻において、光源氏が息子・夕霧の教育方針について語る言葉のなかに登場してきます。光源氏は、「才を本としてこそ、大和魂の世に用ゐらるる方も強うはべらめ」というのですが、ここで「才」というのは、中国伝来の漢学を意味します。つまり、中国伝来の漢学である学問を基礎としてこそ日本人としての知恵を世の中のために役立てていくことができるだろう、というわけです。
私たちはここで、この『源氏物語』が書かれたのが、平安時代中期の、いわゆる「国風文化」が花開いた時代であったことを想起しなければなりません。いうまでもなく、「国風文化」とは、当時の日本人(平安貴族)が、中国伝来の学問・文化を消化して日本の風土にあった独自のものにつくりかえることによって創出していったものでした。このような時代背景をふまえるならば、先の光源氏の言葉からは、中国伝来の学問をあくまで基礎的な教養にすぎず、それを日本の実情に合わせて政治や生活の場面で具体的に活かしていくことこそが大事なのだ、という思想を読み取ることができるでしょう。
以上のようなこともふまえつつ、われわれ京都弁証法認識論研究会としては、この「大和魂」という言葉について、日本社会の現実が突きつけてくる諸々の問題を日本人自身が自分の力で解決していくための自前の「ものの見方・考え方」のことである、と受け止めています。現在の国家的危機の克服にとって何よりも必要とされるのは、このような「大和魂」の創り直しにほかならないのだといってよいでしょう。
第二次世界大戦後の日本は、米ソの対決を軸とする東西冷戦構造をふまえたアメリカの世界戦略のなかで、おもにソ連・中国を意識した「反共の防波堤」としての役割を担わされてきました。こうした条件のもと、戦後日本は、外交・安保という国家の主体的な存亡にかかわる問題についての意志決定をすべてアメリカに依存しつつ、みずからは国内的な資源配分の問題に専念してきました。このことによって戦後日本は、経済的な復興と高度成長をなしとげ物質的な繁栄を手に入れることができた反面、政治の世界におけるリーダー不在という情況を招き、また個々の国民のレベルにおいても、日本という国家のあるべき姿・進むべき方向について主体的に判断するだけの姿勢・実力を失わせてしまった面があったことは否定できません。
しかし、超大国たるアメリカの凋落の一方での中国など新興国の台頭に象徴されるように、世界情勢は大きく動いています。もはや、とりあえずアメリカに従っていればよい、という時代ではないことはあきらかです。世界情勢・東アジア情勢の激変をしっかりと受けとめながら、東日本大震災からの単なる物質重点主義ではない復興を図っていくために、まっとうな「大和魂」の創り直しこそ急務となっているのです。

