(1)資本主義経済はなぜ簡単に崩壊しなかったのか
(2)ケインズはどのような問題意識をもっていたのか
(3)ケインズ『一般理論』は失業発生の原因をどう解いたか
(4)ケインズ理論は資本主義の現実をどう変えたか
(5)ケインズ理論の意義と限界とは
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(1)資本主義経済はなぜ簡単に崩壊しなかったのか
「エンゲルス『空想から科学へ』を読む」で確認したとおり、エンゲルスは、資本主義の根本的矛盾を社会的生産と資本主義的取得の矛盾――生産手段が大規模化し生産力が自然や社会のあり方に巨大な影響をあたえるものになっているのに、それが資本家の私的な利益の獲得のために動かされてしまう――として把握し、これが資本家階級と労働者階級との階級対立をうみだすとともに、生産の無政府状態を激化させ、こうした矛盾の激化によって、資本主義経済が没落へとみちびかれていくと把握していました。
より具体的には、生産が際限なく拡大されていくにもかかわらず、労働者階級の貧困のゆえに、市場の拡大がこうした生産の膨張と歩調を合わせることができず、恐慌の発生が必然化されてしまうのであり、労働者階級は、みずから生きのびていくためには、団結して国家権力を奪取し、生産手段を国有に転化してその社会的性格にふさわしい扱いをおこなうことによって、階級対立や生産の無政府状態の根っこにあるところの「資本主義の根本的矛盾」を解決していかなければならない、いいかえれば、資本主義をのりこえるものとしての社会主義を建設していかなければならない必然性があるのだ、ということでした。
もちろん、エンゲルスは、資本主義の枠内でも、株式会社やトラスト、あるいは「資本家の国家」による国有化などによって、資本主義の矛盾の激化をなんとか緩和しようという対応がとられることは指摘していました。しかし、基調となる見方は、あくまでも、資本主義は発展すればするほど解決不能なほどに矛盾を激化させていくのであって、こうした小手先の対応ではどうしようもなく、早晩に崩壊せざるをえないのだ、というものであったことは間違いないでしょう。こうした見方は、マルクスにも共通していたものであるといえます。
しかし、19世紀後半におけるマルクスやエンゲルスの予想に反して、資本主義経済は、さまざまな弊害をともないつつも、20世紀の100年間を生きながらえていくことになったのです。とくに、第二次世界大戦後、1950年代から1970年代の初めにかけては、先進資本主義諸国は比較的に安定した高度成長を実現させもしました。一方、マルクスやエンゲルスの期待した社会主義革命は、彼らの予想に反して、資本主義の発達した国ではなく資本主義の発展の遅れたロシアでまず起きたのであり、社会主義国家は第二次世界大戦後に東欧やアジアの一部にまでひろがったものの、その多くは21世紀まで持ちこたえることはできず、さまざまな困難を抱えて崩壊に導かれてしまったのでした。資本主義経済は、なぜマルクスやエンゲルスが期待したほど簡単に崩壊することはなかったのでしょうか。
簡単には、次のようにいうことができるでしょう。
「資本主義の諸国家は、社会主義への対抗上、社会主義的施策の導入を、個々の企業ではなく、国家規模で行うことによって経済の安定的発展を得ることに成功し、社会主義国家よりも労働者は豊かになっていった。それゆえマルクスやエンゲルスが資本主義の必然性として挙げた、生産の無政府性による経済の混乱(=恐慌)も、資本の蓄積と表裏をなす労働者の窮乏化も、避けがたい必然性とはならなかったのである。」(近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」、『学城』第1号、p14)
これは、端的には、資本主義の発展が生みださざるをえない諸々の弊害――その極限が恐慌です――を緩和するために、マルクスやエンゲルスが考えていた以上に巧妙な手段を、「資本家の国家」が編みだしたことを意味します。ここで、国家規模で導入された「社会主義的施策」というのは、具体的には、税と社会保障をつうじた所得の再分配政策であり、財政政策と金融政策による景気対策であると考えることができます。それでは、資本主義の諸国家は、なぜみずからと対立するはずの社会主義の要素を取り入れていくことができたのでしょうか。
これには2つの側面があることを指摘しておく必要があります。
ひとつは、先の引用文にあったとおり、「社会主義への対抗上」ということです。かつて、資本主義の諸国家の労働者階級にとって、社会主義国家の存在は、(それが現実にそうであったかは別として)失業や貧困に苦しめられることのない社会がありうるのだという希望をあたえるものであったことは間違いありません。これは、資本主義の諸国家内部の階級闘争を激化させるように作用します。資本主義国家としては、こうした闘争的な労働者階級を懐柔していくためにも、彼ら彼女らの生活を安定させるための施策をとらざるをえなかったわけです(*)。
もうひとつは、こうした「社会主義的施策」の実践を正当化し、まともに支えていくことができるだけの理論が形成されたからだということです。もともと、資本主義国家は、政治的支配と経済的支配が未分化であった中世封建制までの国家とは異なり、市場における自由な経済活動にはできるかぎり介入しないことを建前としていました。これを理論的に表現したのが、アダム・スミスを創始者とする古典派経済学であり、以後、こうした立場が経済学の主流となったのでした。ところが、1930年代になって、こうした経済思想のあり方が根本的に転換され、先ほどみたような「社会主義的施策」の導入が、単なる政治的な配慮ということではなく、経済理論的にも正当化されるようになっていったのです。
このような経済思想上の一大転換を成し遂げる画期となったものこそ、ジョン・メイナード・ケインズ(1883〜1946)の『雇用・利子および貨幣の一般理論』(The General Theory of Employment, Interest, and Money)にほかなりません。この補論5では、ケインズの経済学とはどういうものであったのか、またそれは20世紀の資本主義の現実をどのように変えていくことになったのか、簡単にまとめておくことにしましょう。
(*)社会主義革命は直接的には失敗に終わったが、資本主義国家に社会主義的施策を採用させる圧力として作用し、結果として労働者階級の生活をある程度まで向上させたたという点では、媒介的には成功であった、とすることができるかもしれません。あるいは、資本主義はその発展過程のなかで、みずからの対立物として社会主義を分離させ、それとの相互浸透をはかることによってこそ、更なる発展を可能にしていったのだ、とみることも可能でしょう。

