野田政権は、11月12日からホノルルで開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議において、日本もTPP交渉へ参加すると表明することを念頭に、民主党内での議論のとりまとめを急いでいるのです。
こうした政府・与党の動きにたいし、全国農業協同組合中央会(JA全中)をはじめ、農業団体・消費者団体・医療関係者などが交渉に反対する運動を強めています。JA全中の万歳章会長は、10月24日、1167万人分の反対署名を藤村官房長官に提出するとともに、緊急記者会見で、交渉参加反対の「請願書」の国会提出にむけ、衆議院・参議院あわせて350人の国会議員の紹介を確保していることをあきらかにしました。実際、TPP交渉参加に党として賛成の立場を明確にしているみんなの党だけであり、国民新党や社会民主党、日本共産党などは党として明確に反対の立場をとっていますし、民主党や最大野党の自由民主党では賛成派と慎重派が入り乱れているというのが現状です。
こうした反対派の攻勢に危機感を強めているのが、TPP参加を輸出拡大のチャンスととらえる日本経団連を中核とした財界(輸出大企業の集まり)です。こうした財界の危機感を背景に、新聞やテレビなどマスコミは、「経済学者」とされる人たちも動員しつつ、TPP交渉参加にむけて必死の世論誘導をおこなっています。その内実を単純化していえば、TPP参加で安い輸入品が増えれば消費者の利益になるにもかかわらず、GDPの1%程度を占めるにすぎない農業関係者のエゴのためにそうした消費者の大きな利益がみすみす犠牲にされようとしている、という構図を描き出そうとするものだといえるでしょう。
しかし、こうした構図の描き出し方は、きわめて恣意的なもの、もっとハッキリいえば、まったくのデタラメである! というほかありません。
そもそも、農業はGDPのごく一部を占めるにすぎないから犠牲にしてもかまわないという発想自体が問題ですし、農業がはたしている社会的な役割――国民への食糧の安定供給や治山・治水といった国土の保全機能など――は、GDPに占める割合だけではかることのできないものであるということが見逃されています。さらに、もっと重要なのは、こうした恣意的な描き方は、TPPはたんに農業に壊滅的な打撃をあたえるだけでなく、食の安全や雇用や医療など国民生活の広い範囲にわたって深刻な悪影響をあたえかねないという懸念を隠蔽するものである、ということです。
TPP交渉参加9カ国は、現在、農業などの関税撤廃、知的財産権など24の作業部会を設置して議論をすすめていますが、そこでは、農業製品や工業製品の関税撤廃だけでなく、雇用や安全、医療など、あらゆる分野での規制緩和が議題となっています。結論からいえば、TPP――実質的には日米間の自由貿易協定にほかならないことは先に述べたとおりです――への参加は、アメリカ企業のもうけのために日本市場を開放する、より具体的には、アメリカ企業の要求にしたがって企業の行動を縛る諸々の規制の緩和・撤廃をすすめていくことを強要されるものにほかならず、日本の国民生活にとって何ほどかのプラス効果をもたらすようなものではないのです。アメリカがこれまで日本市場の閉鎖性を俎上にのせて「日米構造協議」や「年次改革要望書」によって民営化や規制緩和をもとめつづけてたことは周知の事実といってよいでしょうが、TPPはこうした流れをいっそう拡大して受けつぐものにほかならず、TPP参加によって「小泉構造改革」以上の露骨な新自由主義的政策がアメリカの直接的な圧力のもとに推進されるようになることがよそうされるのです。
もっといえば、この時期にTPPが日米間の大問題として浮上している背景には、2012年のアメリカ大統領選挙をにらんだオバマ大統領の再選戦略があることに注意しなければなりません。オバマ大統領は、アメリカ国内における大量失業の存在という事態を打開するために、2010年1月の一般教書演説において、今後5年間で輸出を倍増させる「国家輸出計画」を打ち出しています。これは、金融偏重・借金依存の家計による消費の拡大というアメリカ経済の歪みを是正し、製造業に軸足を置きつつ国外に需要をもとめて国内の生産活動を活発にし雇用を確保していこうという考え方にもとづくものですが、TPPに日本を参加させアメリカ製品の販売先として日本市場を確保することが、この「国家輸出計画」実現の必須の条件と位置づけられているわけです。
ようするに、野田政権がこのタイミングでのTPP交渉への参加表明に固執するのは、日本の国民生活を犠牲にしてでも再選をめざすオバマ大統領の歓心を買おうとするものにほかならない、といえるのです。
本ブログでは、2011年3月12日から3月24日にかけて「TPPは日本に何をもたらすのか」と題した小論を掲載しました。この小論では、そもそもTPPとはどういうものか(どういう交渉の経過をたどってきたものか)、TPP推進論者の主張にどれほどの妥当性があるのか、といった問題を検討することをつうじて、「TPPへの参加は日本経済を活性化させるどころか根本的に破壊してしまうものであり、日本という国家そのものの存亡を直接に危機に晒してしまいかねないほどの愚策である」と結論づけました。そのうえで、この小論の最後の部分では、次のように訴えました。
「TPP参加問題は、われわれの主体性を二重の意味で問うものである、ということができるでしょう。第一は、日本という国家としての主体性です。より具体的には、日本という国家が世界歴史の趨勢を見据えてのまともに生き抜いていけるだけの戦略をもてるかどうか、という問題です。第二は、主権者たる国民としての主体性です。より具体的には、マスコミをつうじた支配層の宣伝に惑わされずに、TPP参加がいかなる意味をもっているのか、しっかりと見抜いていけるかどうか、という問題です。
このように、TPP問題をどのように考えるかということが、主体性確立のうえでの試金石という意味をもっていることを強調し、読者のみなさんが主権者たる国民としての責任を自覚したうえで、TPP問題について真剣に考えていただくよう希望して、本稿を終えたいと思います。」
TPP問題はいよいよ緊迫した局面を迎えています。最近から本ブログの読者になられた方は、TPP問題を考える材料としてぜひこの小論を読んでいただきたいと思いますし、旧来からの読者の方も、この機会にぜひ再読していただければ、と考えています。

