(1)『武道哲学講義�W』はどういう講義か(今回)
(2)『武道哲学講義�W』の要約を試みる(以下、次回以降)
(3)参加者から出された感想を紹介する
(4)参加者から出された論点を整理する
(5)論点1・結局のところ「絶対精神」の自己運動とは
(6)論点2・「自然に意識があるかのように……」とは
(7)論点3・ヘーゲル発展史観と滝村発展史観の違いとは
(8)論点4・「生命の歴史」における円環運動とは
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(1)『武道哲学講義�W』はどういう講義か
4月某日、京都市内某所で、4月例会を開催しました。今回は、南郷継正「武道哲学講義〔�W〕 『精神現象学 序論』を読む」(『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第七巻』所収)をあつかいました。これは、『全集第六巻』の「武道哲学講義〔�V〕 『精神現象学 序論』を読めるためには」で説いたことをふまえて、実際にヘーゲル『精神現象学 序論』を読み解いていくものです。具体的には、南郷継正先生が日本弁証法論理学研究会のお弟子さんたちにあたえた「『精神現象学 序論』をよく読んで、思うところを論ぜよ」という課題にこたえて提出されたレポートにそって、講義がすすめられています。
この「武道哲学講義〔�W〕」の目次は以下のようになっています。
■ 武道哲学講義 �W
第2部 『精神現象学 序論』 を読む
(1) 『精神現象学 序論』 の構造に立ちいる
�@ 教養とはなにか
�A 過程の複合体とはなにか
�B 学問構築の過程的構造論
�C 体系的な像を創るとはどういうことか
�D 生きた実体を主体として把捉するとは
�E 絶対精神の自己運動の構造論を説く(Part1)
�F ヘーゲル流「発展史観」とはなにか
�G 実体とその現象形態
�H 絶対精神の自己運動と弁証法の関係
�I 絶対精神の自己運動の構造論を説く(Part2)
�J 絶対精神の自己運動と概念の自己運動
(2) おわりに
�@ ヘーゲルはなぜ学問体系を創出できなかったのだろうか
�A ヘーゲルが学問の体系化を欲したのなら、本来なすべきだったことを問う
�B 「弁証の方法は諸学問の冠石」(プラトン)の学問的意味を説く
�C 学問体系としての論文を書くとはどういうことか
本講義は、ヘーゲルが学問の体系化を志しながらはたせなかったのはなぜか、という問題を念頭において、ヘーゲルの学問構築過程についての論の欠点を指摘するだけではなく、その欠けたるところを補い、正当な論として正してやるものである、ということができるでしょう。
本稿では、4月例会における議論の到達点をふまえて、まず、「武道哲学講義〔�W〕」の論理的な展開を要約し(この講義の内容を主体的に自分のものにすべく、各項目を数行でまとめていきます)、ついで、参加者から出された感想および論点をまとめ、さらに、各論点について討論した内容をまとめていく、という流れで、報告していくことにします。

