3月某日,京都市内で例会を行いました。今回扱ったテキストは,『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集第六巻』(現代社)に収められている『武道哲学講義�V』です。この『武道哲学講義�V』の目次は以下です。
■武道哲学講義�V 「学問体系とはなにか」――『精神現象学 序論』を読み解く――
第1部 『精神現象学 序論』を読めるためには
(1) はじめに
�@本講義の主題は『精神現象学序論』はいかなる内容か,である
�A本物のヘーゲルの学問は,体系的に学ぶならば難解ではない
�B弁証法的唯物論と唯物論的弁証法から「絶対精神」の構造は解かれなければならない
(2) 歴史的にみた弁証法の学び
�@ヘーゲルを読むには,歴史的な弁証法の実力(弁証法成立の過程的構造の解明)が必要である
�A学問レベルでの弁証法がモノにならない人たちは,ではどうなるのだろうか
�Bカントやヘーゲルの学問過程の欠陥は,学問成立に必須な討論相手がいなかったことである
�C学問としての弁証法の学びの過程では,細かな事実にとらわれては駄目になる
�Dカント,ヘーゲルの弁証法の実力を問う
(3) 『精神現象学序論』で読みとるべきことはなにか
�@学問の出立時に把持すべきこと
�A弁証法を学ぶに必要な事実の上限を説く
�B論文の冒頭には,一般的にでもまず解答を書かなければならない
�C『序論』は「本論である『精神現象学』に対する批判」への反論である
�Dヘーゲルは『序論』でなにを説きたかったのか
�E『序論』の学力は論理のレベルであり,理論レベルとはなっていない
�Fヘーゲルは学問体系創出のための「論理学」が,なぜ書けなかったのか
�Gヘーゲルの学問は,絶対精神が自然・社会・精神へ向かう自己運動である
�H社会的認識は絶対精神の自己運動の一つの形態である
�I哲学者としてのヘーゲルはなぜ失敗したか
�J『序論』を読むための認識論の基礎を説く
�Kヘーゲルはカント,フィヒテ,シェリングからなにを受けついだのか
この目次を読めば,本講義で説かれているおおよその内容がわかるかと思います。しかし今回は,当日なされた報告も参考にして,もう少し詳しく要約しておきたいと思います。次回以降,出された感想や論点を紹介し,それに関わって討論した内容をまとめていきます。
『精神現象学 序論』を読めるためには
(1) はじめに
本講義の主題は,ヘーゲルの『精神現象学 序論』はいかなる内容か,である。ヘーゲルは『精神現象学 序論』のなかで,「哲学を学問の形式に近づけること,いいかえれば,哲学を『知識に向かう愛』という名から脱却させて,現実的な学問(学問というものは,現実の世界の歴史性,体系性を観念的な論理性として体系化することである)になるという目標に,近づけること」と,自らの目標を見事なレベルで宣言しながらも,それをなしとげられなかった。そこで,私がその「ヘーゲルの目標の高み」をほぼ達成できるところまできた現在,ヘーゲルのめざした学問とはいったいなんであったのか,なぜヘーゲルはそれをなしとげることができなかったのか,そしてそこをふまえて,私たちが学問を体系化するとはいかなることなのかを,『精神現象学 序論』を読みとくことによって,明らかにしていきたい,ということである。
難解であるとされているヘーゲルの学問であるが,実は体系的に学ぶならば難解ではないのである。その際,導きの糸となるものは,絶対精神の生成発展性の理解である。
エンゲルスのように「絶対精神」を事実レベルでとらえ,「バカげきった熱病者の幻覚」などといって葬り去ってはいけない。そうではなく,学問レベルでとらえ,唯物論の立場を否定することによってヘーゲルに観念的に実体化するプロセスを経て,弁証法的唯物論と唯物論的弁証法から「絶対精神」の構造を解かなければならないのである。
(2) 歴史的にみた弁証法の学び
ヘーゲルの著作の全文・全頁はすべて弁証法的に説かれているから,ヘーゲルを読むには歴史的な弁証法の実力(弁証法成立の過程的構造の解明)が必要である。弁証法の実力のない諸君は,『弁証法はどういう科学か』の内容を三浦つとむの弁証法のレベルでしっかりと実力化したうえで,『全集第二巻』の「第二部 学問としての弁証法の復権」から『全集第一巻』の「『全集』の読者への挨拶」に戻るとよいだろう。
三浦つとむの弁証法は,初級クラス用であり,日常生活に役にたつレベルではあるが,学問レベルには程遠い。三浦つとむや滝村隆一のように,学問レベルでの弁証法がモノにならない人たちは,自分の専門分野の体系的学問化ができないことになるのである。
では,学問レベルの弁証法をモノにするには,どうすればよいのであろうか。それは,本当に一から手ほどきして育てる弟子との討論をとおして,相手と自分の双方の学問的不足分をお互いに徐々に埋めていくことである。本当の学問への道とは,社会関係,社会的反映に基づいてのみ歩きとおせるものであり,育てるべき弟子抜きの自分一人の研鑚ではまず不可能に近い。カントやヘーゲルの学問過程の欠陥は,このような学問成立に必須な討論相手がいなかったことなのである。
学問としての弁証法の学びの過程では,細かな事実にとらわれては駄目になる。古代の弁証法は,現象形態の一般性レベルを上限として方法化されたのであるから,弁証法とは,アバウトのもの,おおよそのもの,すなわち一般性のものであり,ほとんど具体性がないものとして学びはじめることが大切なのである。多くの資料ではなく,数少ない資料(事実)から本当の姿を見抜く実力(頭脳活動力=論理能力)こそが大事なのであり,そのためにこその,弁証法的実力の培いなのである。
カントの弁証法の実力はエンゲルスには程遠く,人間の認識の構造がまったくわからなかったため,対立物の統一までしかいけなかった。カントは若くして自然科学から学習を重ねてはいっているが,学問の道に自然科学からはいった人たちは,デカルトを始めとして,みんな駄目になっている。ヘーゲルも『精神現象学』以前に自然研究に没頭した過去があり(『惑星軌道論』),そこをふまえて純粋観念論に陥ってしまったため,認識の原点,精神の原点をたずねるところまでいけなかった。
(3) 『精神現象学 序論』で読みとるべきことはなにか
学者は出発点で自分がもった体系性(準備の道具)以上には学問は構築できない。だから学問の出立時に,大きな志,大きな体系性,すなわち学問の一般性を把持すべきなのである。
私の場合は,学問の生まれかわり,哲学の生まれかわりと思った幻かもしれない学問レベルの弁証法をかかげ,恩師三浦つとむの説く弁証法に論理的にあうもののみに心を傾け,それしか本当には学ばなかった。第二の恩師滝村隆一からは,学問形成の大きな柱となる構造論(学問論理の二重構造)を学んだ。それは,対象とする事実の論理を必ず二重に分けることである。たとえば,自分の専門分野で,学問体系を構築するために必要な事実と,たんに仕事として集めるべき事実とは,分けなければならない。弁証法をモノにするということは,弁証法を認識的かつ脳細胞的の二重構造的に技化することであるから,それに必要な事実だけを学んでみて,それを弁証法的にとらえ返すことから始めればよい。そのために必要不可欠な知識・事実は,どんなに多くても,各個別の分野それぞれに百個もあれば十分である。弁証法の三法則をわかるのに必要な事実は,十〜二十もあれば十分なのである。
ヘーゲルの場合は,マルクスと同様,肝心のことを書かないで学問レベルへと出立したために,結局,本物の学問レベルの著作をモノすことができなかった。本来,論文の冒頭には一般的にでもまず解答を書かなければならない。自分の学問への出立になる著作には,自分が論理的・理論的に説こうとしている内実を概念レベルでしっかりと説いておかなければならないのである。そうしないと,肝心の概念規定レベルの答がでてこない頭脳活動に量質転化してしまう。最初に答をだすことができない者は,結局最後まで答がだせない頭脳になってしまう。
こうしてみると,『精神現象学 序論』は,ヘーゲルの学問的実力にとっては,まだ書いてはいけない段階であった。それをなぜ書いたかの謎解きは,以下のようなものではないかと私は推測している。すなわち,学問分野への就職のための論文として書いた『精神現象学』本論がおそらくシェリングの批判とともに突き返されたことにたいして,腹だちまぎれにその審査員(?)にたいしてモロモロの彼らの学説の欠点を並びたてて書いたのが『序論』だった,ということである。
『序論』全頁が「本論」への批判にたいする反論なのである。本論では,「学問に至る,人間の学問的精神としての歩み」というようなものを書きたかったはずであるが,就職論文としてはそれではボツになるので,適当に書いて提出したのである。それを批判されてアタマにきて書いたのが『序論』だったと推測するわけである。しかしヘーゲルとしては,まだ学問レベルの論文が書ける実力が整ってはいなかっただけに,結果として,批判者に対して悪態をついただけで終わってしまっている。
ヘーゲルは,哲学を「知識に向かう愛」から脱却して,「学問の形式に近づける」と書いているが,それがいったいどういうことなのかについては,一言も書いてはいない。ただひたすらに,自分のアタマのなかにあることを必死になって書いており,それだけに体系性も理論性もない。すなわち,『序論』の学力は論理のレベルであり,理論レベルとはなっていないのである。
ヘーゲルは学問体系創出のための「論理学」が,なぜ書けなかったのか。端的にはそれは,ヘーゲルが観念論者だったため,学問としての認識論を勉強することが不可能だったからである。ヘーゲルは哲学なるものもあるものであると思ってしまっていたので,体系化すれば真の哲学は姿をあらわすことになる,と思ってしまっていたのである。
ヘーゲルによれば,絶対精神の自己運動の流れの一つが,学問の発展史である。これが『哲学史』の中身であり,これを担う絶対精神の分身としての人間たちがでてくることになる。ヘーゲルの学問は,絶対精神が自然・社会・精神へ向かう自己運動であり,この絶対精神なるものの円環運動は,永遠に発展していくことになっている。
絶対精神の自己運動とは,これが社会の場合であれば,「社会的認識」そのものとなる。つまり,簡単にいえば社会情勢の一般化ということである。国家論を書くばあい,それらに大きく関わってきているカウツキーやレーニンなどを絶対精神の自己運動のそれぞれとしてみてとる,国家の流れも革命の流れも実によくわかるようになるはずである。
哲学者としてのヘーゲルが失敗したのは,学問を全体として一人の学問であるとの見解を,つまり,学問とは社会的認識の文化の頂点であるとの認識を,しっかりといつまでも把持できていなかったからである。そのために,『哲学史』を書くときに,個々の哲学者の個々の見解にあまりにものめりこみすぎたきらいがあった。『歴史哲学』でも同じあやまちをしでかし,あまりにもギリシャ・ローマにのめりこんでしまって,以後の発展を説けなくなってしまったのである。集めた事実の一般性を大きくふまえなければ,絶対精神の社会的運動としてふまえることを忘れてしまっては,学問にならないのである。
ここで少し,『序論』を読むための認識論の基礎を説いておく。それは,像というとても大切な言葉についてである。像には,事実的像と,学問的像,すなわち論理的像の二重構造がある。理論的研鑚をしたい人は,具体の像を描いたら,それを具体性として把握しなおし,さらに一般性としての像を描くというように,その像を必ずそれなりに一般化しなければならない。
さて,学問というのはすべて時代の学問であり,その時代の少し前の学者の学問内容を無視して成立するわけはない。ヘーゲルは,絶対精神も,弁証法の構造も,学問的成果の基礎となるもののすべてをカントから受けついだ。ヘーゲルの『序論』をフィヒテ,シェリングの哲学論と対話させて読むと,つまりまさしく弁証論として両者を対話させてみると,『序論』の本当の謎が解けてくるのである。

