2017年02月09日

斎藤公子の保育実践とその背景を問う(2/5)

(2)斎藤公子は自然環境に触れさせることで子どもの認識を豊かにした

 本稿は、斎藤公子の保育実践とはどのようなものであり、どういう意味があるのか、またその背景には何があるのかを明らかにしようとするものです。今回は、斎藤公子の保育実践はどのような環境で行われたのか、またそこにはどのような意義があるのかを見ていきたいと思います。

 保育園の環境については、次のように書かれています。

「爽やかな風、新鮮な空気、柔らかい太陽の光と土の香里、そして木の温もり。耳をすませば、鳥の声や水の音、そして愛情にあふれた呼びかけや優しい歌声の響き…これらは斎藤公子に学ぶ保育園を訪れた時に、共通している環境です。
 園舎は南の庭に向かって開かれ、ハイハイの赤ちゃんでも自分でどこからでも出られるように開かれた設計になっています。赤ちゃんが自然と足の親指を使う機会を増やすように、いたるところに適度な段差や斜面が作られ、外に出た子どもは、なぜかみんな水を求めて水場へ行くのです。これは360度どこからでも自分で登ることができる子どもたちのための水場です。余計な遊具はいらない。小さな砂場と、暑い日に木蔭を作る大きな木があればそれで十分。そこに丸太を渡せば、子どもたちの遊びは限りなく広がっていくのです。保育室にはテレビやCDプレーヤーなどは必要ありません。」(斎藤公子・小泉英明監修『映像で見る 子どもたちは未来―乳幼児の可能性を開く(第U期)』かもがわ出版、2009年、p.74)


 端的には、徹底して自然とふれあえるようにした環境だと言えるでしょう。この中で、子どもたちは裸足で走り回ったり、木登りをしたり、砂場でどろんこ遊びをしたりするのです。斎藤公子は、徹底して自然の中で活動できる環境にすることを重視していたのです。

 そのことがよくわかるのが、早期英才教育についての主張です。これは保育士たちの質問に答える会で、早期教育の教材のことが話題になったときのものです。

「[斎藤]商売でやっているだけなんですよ。子どもに悪影響があろうがなんだろうが、ね?そういう商売ではいけませんよね。
 その時に賢い人が、これは毒か、毒でないか、ということを見分けなくちゃならない。『見るのも嫌』っていう感覚『ああ、気持ち悪い!』っていう感覚が養われている人だったら、いい教育ができる。いい保育ができる。でもすぐ、『あ、面白そうだな。』なんて飛びついている人はね、いけませんよ。(中略)
 小さい子どものときに、ごく自然のもの、自然の草木、自然の小石、自然の貝殻、自然の花、そういう中で育った子どもは幸せだけれど、現職の、プラスチックの、毒々しいものを与えられて、大人も子どもも感覚がどんどん麻痺していって、…こういうの、不幸だと思わないの?
(プラスチックのおもちゃが出る)
…ああ、見るのも嫌だね。ああ、見るのも嫌。(笑い)
 皆さんはこういうのを見ても平気?どれちょっと、みなさん平気って思う人…おお気持ち悪い。(笑い)
 …こういうものが平気だって言う人、いたら手を挙げて。
 平気だって言う人は、子どもにおわびしなさいよ、子どもの将来のこと考えてね。
 はい、すぐ片付けて。」(斎藤公子『生物の進化に学ぶ乳幼児期の子育て』かもがわ出版、2007年、p.53-54)


 この話を読むと、「自然とふれ合うことがよいだろうから」などと考えて実践しているというレベルではなく、もはや感覚・感情レベルで自然環境の大切さを感じているのだということがよくわかります。恐らく自らもそういう環境で育ってきたのでしょうし、また保育をそういう環境で行うことが子どもにとって確かによかったという体験・経験が山のように積み重ねられていることが感じられます。

 では、このような自然環境を与えることはどのような意味があるのでしょうか。海保静子先生は、認識とは対象が五感器官をとおして脳細胞に反映した像であるから、認識(五感情像)を豊かにする(=頭をよくする)には、その五感器官をまともに成長させていかないといけないとして、次のように述べておられます。

「脳細胞の像を豊かにしていく、ということは、文字を書き写したり、言葉を覚える(知識として)ということなのではなく、あくまでも五感器官を総動員して、しかもそれが躍動感をもつような対象とのかかわりあいをもつということであり、そのためにもまずは五感器官を対象に接触させながらしだいしだいに五感器官も認識もみがいて育てていかなければならない、ということです。」(海保静子『育児の認識学』現代社、1999年、p.203)


 つまり、躍動感をもつような対象に五感器官を接触させることで、五感器官も認識もみがいて育てていかなければならない、それが脳細胞の像を豊かにしていくこと(頭がよくなるということ)だということです。そのためにこそ、自然(や社会)に直接的な形で触れさせることが重要なのだと説いておられます。

「それは『自然的・社会的な関係をなるべく直接的な形態で反映させるように目的意識的なかかわりのなかで、手足を中心にして五体を運動形態におきながら、五感器官をとおしてそれらを脳細胞に反映させて豊かな像を形成させていくこと』です。
 つまり、簡単にいうと、赤ちゃんにはできるだけ素足や素手で対象とかかわらせるなかで、それらを反映させていくことです。
 ひんやりとして、チクチクとした草の感触や、地面、砂のザラザラした感じ、そのようなものが、五感器官をとおして脳細胞につきささるようにそれらの像を形成させていくのです。」(同上書、p.204)


 少し具体的に考えてみましょう。外で砂遊びをする場合と、家の中で積み木遊びをした場合を比べてみれば、明らかに砂遊びの方が変化性や多様性に富んでいることがわかるでしょう。例えば砂は様々な形に変化させることができますし、温度や色なども変わります。それを手足全体、さらには顔や腕などでも感じるわけです。一方、積み木の場合、形が定められています。色や温度も一定ですし、その反映も主に指先や手のひらからのみです。これでどちらが躍動感をもった像を描けるようになるかと言えば、明らかに砂遊びだと言えるでしょう。

 このように斎藤公子の保育実践では、徹底して自然環境に触れさせることで、子どもたちの認識に躍動感を与え、豊かにしていったということができるでしょう。
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2017年02月08日

斎藤公子の保育実践とその背景を問う(1/5)

○目次
(1)待機児童問題が大きくクローズアップされている
(2)斎藤公子は自然環境に触れさせることで子どもの認識を豊かにした
(3)斎藤公子は生命の歴史を辿らせることで脳の発達を促した
(4)斎藤公子は人間としての自由を追い求めた
(5)保育の理論化が求められている

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(1)待機児童問題が大きくクローズアップされている

「保育園落ちた日本死ね」

 昨年の2月、匿名のブログで綴られたこのタイトルが大きな話題となりました。保育園に落ちたことに対する、母親の不満を激しい口調でつづったものです。2月29日の衆院予算委員会で、民主党の山尾志桜里議員がこのブログを取り上げたところ、安倍首相は「匿名である以上、実際に本当であるかどうかを、私は確かめようがない」と答弁し、議員席からは「誰が(ブログを)書いたんだよ」「(質問者は)ちゃんと(書いた)本人を出せ」とやじが飛びました。それを受けて、「保育園落ちたの私だ」と訴え、国会前で抗議行動をする人びとも出るようになりました。これをきっかけに待機児童問題が大きくクローズアップされ、このタイトルの言葉は昨年の流行語大賞のトップ10にも選ばれることとなりました。

 待機児童は都市部を中心に大きな問題となっています。厚生労働省が公表したデータによれば、2016年4月現在において、全国で23553人の待機児童が存在しています(注)。都道府県別に見ると、東京都が最も多く8466人と4割弱を占めています。その待機児童を年齢毎に区分すると、0歳から2歳が最も多く、20446人と実に86.8%を占めるに至っています。

待機児童解消に向けた現状と取組 (厚生労働省資料)
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000137860.pdf

 もっとも待機児童の問題は以前から国会では取り上げられており、その数の減少に向けた政策も行われています。それが2015年4月から施行された「子ども・子育て支援新制度」であり、それを先取りする形で実施された「待機児童解消加速化プラン」です。「待機児童解消加速化プラン」では、「支援パッケージ」として、以下の5つの柱が掲げられています。

@賃貸方式や国有地も活用した保育所整備(「ハコ」)
A保育を支える保育士の確保(「ヒト」)
B小規模保育事業など新制度の先取り
C認可を目指す認可外保育施設への支援
D事業所内保育施設への支援

 つまり、新たな保育所をつくるとともに、これまで支援が行われていなかった形態の保育にも支援を行うようになったということです。後者については、「子ども・子育て支援制度」では、小規模保育等への給付(「地域型保育給付」)の創設という形になっています。これは小規模保育(利用定員6人以上19人以下)、家庭的保育(利用定員5人以下)、居宅訪問型保育、事業所内保育(主として従業員のほか、地域において保育を必要とする子どもにも保育を提供)について、市町村の認可を受けた場合は支援が行われるもので、「待機児童が都市部に集中し、また待機児童の大半が満3歳未満の児童であることを踏まえ、こうした小規模保育や家庭的保育などの量的拡充により、待機児童の解消を図る」ものだとされています。

 保育所の数が増えれば当然保育士の数も必要になりますから、その人材の確保として、「保育を支える保育士の確保(「ヒト」)」が掲げられているわけです。具体的には、「潜在保育士の復帰を促進し、他業種への移転を防ぐための処遇改善」「認可外保育施設等で働く無資格者の保育士資格取得支援」が掲げられています。実際に来年度予算では保育士の給与のプラス2%の改善が図られる予定です。また、技能や経験に応じた給料アップの仕組みも強化される予定です。

 このように、これまで支援対象外であった保育の事業への支援の拡大、また、潜在的保育士(保育士の資格を持っているにもかかわらず、保育園などの保育に関係した職場に就業していない人)の復帰という形での受け皿づくりが進められているわけですが、このような量的拡大は保育の質の低下を招くものだという批判があります。

 保育の質というと、保育所での子どもの事故の防止ということがクローズアップされる傾向がありますが、決してそのような最低限の環境を保証するという意味に留まるものではありません。例えば、日本総研主任研究員の池本美香氏は、「保育への投資はリターンが大きい」「幼児期の教育の質が、学校教育の効率性を左右する」というシカゴ大学のヘックマン教授の言葉を紹介し、「すべての乳幼児に質の高い教育を保障するという観点から、保育所を学校と同列の教育機関と位置づけ、学校を担当する省庁が保育所を所管する国も増えてい」ることに触れ、「目先の待機児童解消に取り組むより、より長期的な視野を持って、子どもの権利や効果的な公的投資の視点から、すべての子どもに質の高い保育を保障する方向に、舵を切ることが求められ」ると主張しています。

「待機児童問題と保育の『質』」(視点・論点)
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/243476.html

 また、保育士であった海保静子先生は、次のように述べています。

「保育園はどういうことなの?と疑問をもたれるお母さん方もあるでしょう。(中略)やさしくいうなら、お手々つないでなかよく学校へ行け、なかよくケンカしながらよくあそぶことのできる人間関係ないしは人間的関係の育ちを学ばせる(しつける)構造をもつものです。世上、法律上、そうなっているばかりによく誤解されているような、親がいないからとか、親がはたらいているからといった家庭的に<保育に欠ける>子のあずかり場ではない!のです。本当は、若い親としてまだ十分でない父母よりも、プロとしての保育が可能な保母の下での集団的な育ちが、どれほどに大切かをわかっていただけるとよいのですが。」(海保静子『育児の認識学』現代社、1999年、p.271)


 つまり、決して保育園は忙しい親の代わりに見るところではなく、保育の専門家として、子どもの育ちを保障する場なのだということです。

 保育とはそのような専門性をもった仕事なのだということを示す人物こそ、本稿で取り上げる斎藤公子(1920-2009)にほかなりません。斎藤公子は戦後、環境も十分に整わない中で子どもたちの保育に全力を尽くしました。その中には重度の障害を負った子どももいましたが、「0歳から預かった子の場合、脳性麻痺や自閉症、脳の発達の遅れは解消されて一人も問題は残らなかった」(小泉英明『アインシュタインの逆オメガ』文藝春秋、2016年、p.146)ということです。実際、斎藤公子の著作の中では、重い障害を負った子どもがその保育によって大きな成長を遂げていく姿が描かれています。

 その中にマリネスコ・シェーグレン症候群の子どもの事例があります。マリネスコ・シェーグレン症候群は難病指定されており、小脳形成不全、筋無力、先天性白内障という三重苦を抱えています。独歩獲得も約35%というものですが、斎藤公子に育ててもらったこの子どもは、卒園の時には自分で3歩歩けるようになり、1年生で20歩、さらに歳を経るごとに歩けるようになっていって、5年生のころには3000メートル級の山を登り切ったということです。さらに、視力も思春期に入って1.0となり、普通の人と同じように見えるようになりました。成人になってからは、親元を離れて作業所で働き、終末には電車を乗り継いで実家に帰ってくるという生活をするようになったそうです。

 本稿では、このような事実を生みだした斎藤公子の保育実践とその背景について見ていきたいと思います。斎藤公子の保育実践というとリズム遊び、お話の語り聞かせ・読み聞かせ、描画が大きな特徴なのですが、その土台として、子どもが自然と関わることを重視していたことを見逃すわけにはいきません。そこで本稿では、この点に焦点を当てながら、斎藤公子の保育実践の背景を探っていきたいと思います。
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2017年02月07日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回までに、例会で報告されたレジュメを紹介したあと、2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』の要約を4回に分けて掲載し、次いで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介してきました。

 最終回となる今回は、例会を受けての参加者の感想を掲載しておきたいと思います。

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 今回の例会では、カント『純粋理性批判』を読んでいくに当たっての指針を獲得したいと考えていたが、その観点からして大きな収穫があったと感じている。

 まず報告者レジュメで、南郷先生が『純粋理性批判』について触れている箇所が引用されていたが、ここで説かれている南郷先生の言葉をしっかりと理解することがこの2年間の目標となるだろう。常にこの南郷先生の言葉をアタマに入れながら、『純粋理性批判』を読んでいくようにしなければならないと思った。

 中身を具体的に言うと、『純粋理性批判』は二律背反と物自体論が学的に評価できるものであり、カントはこれまでの哲学の成果を二律背反としてまとめたものの、二律背反をどう解決すればいいのかがわからず、物自体論という形で逃げてしまったということである。したがって、二律背反がどのようにして生まれてきたのか、また二律背反をどのように解決すればいいのかという観点から、『純粋理性批判』を読んでいくのがよいのだろうと思った。

 また、南郷先生は学問への準備運動として、ヘーゲル『哲学史』→カント『純粋理性批判』→ヘーゲル『エンチクロペディー』という過程を辿らなければならないと説いておられるが、これも1つには以上のような観点から意味づけることできるということがわかったのもよかった。つまり、哲学の歴史を大きく押さえた上で、それがどう結実して『純粋理性批判』(二律背反)になったのか、また二律背反をどうヘーゲルは解決したのかという過程を把握することをとおして、世界全体の体系的なイメージを創るということである。

 以上のような形で、『純粋理性批判』を読んでいくための指針とその意義を確認できたことがよかった。

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 今回の例会では、これまでのシュヴェーグラー『西洋哲学史』やヘーゲル『哲学史』の学びを踏まえて、カントの『純粋理性批判』の全体像をアバウトに描くとともに、それを大きな哲学の発展史の中に位置づけることを目的として臨んだ。『純粋理性批判』の構成に従って、それぞれの個所でどのようなことが説かれているのかをしっかり確認できた。また、ヒュームの懐疑論によって、独断論のまどろみから覚めたカントは、それでも科学的認識の確実性を求めて研鑽していたこと、カントのいう「構想力」がヘーゲルの絶対精神につながっていった可能性が高いことなども再確認できた。

 しかし、今回の例会で一番の収穫だったのは、南郷継正先生の言葉を通して、二律背反論と物自体論の関係が明確に掴めたことである。すなわち、カントは二律背反の問題に解答しようと苦しんだ挙句、その解答として物自体論を出したのだ、ということである。『純粋理性批判』の叙述の順序はこれとは逆になっていることもあって、このようなつながりは意識できない可能性があるだけに、われわれはここを明確に意識しながら読んでいく必要があるだろう。

 また、二律背反は、カント以前の哲学的成果を総括したものである可能性が高く、そのようなものとして捉えていく必要性も感じた。さらに、物自体論も含めて、現象論レベルでとらえてはいけないという指摘もあり、これはどういうことか現時点では不明であるが、ヘーゲルや三浦つとむレベルの把握の仕方では不十分なのだということだけは強烈に意識させられた。『武道哲学講義(第二巻)』では、「諸氏には『純粋理性批判』の学習はとても難解だと思うが、これは本書で説いている弁証法の成立過程に諸氏がしっかりと学んでいれば、次第にカントの理論の中身が分かってくることになっていく」と説かれているということなので、この書をしっかりと学びながら、カント『純粋理性批判』を読んでいく2年間としたいと思った。

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 今回の例会では、シュヴェーグラー『西洋哲学史』とヘーゲル『哲学史』における、カント『純粋理性批判』の内容を確認することをテーマに議論が行われた。私自身の問題意識としては、カント哲学の全体像を、「二律背反」論と「物自体」論を中心にしっかりと把握しておくということがあった。

 報告レジュメにおいて、南郷継正先生のカントに関わる記述が引用されていたことによって、「二律背反」論と「物自体」論の関係がすっきり整理できたことが今後の学びにとって非常に大きかったと思う。つまり、カントは説くことのできない二律背反に陥ってしまったために、悩んだ挙句、それは物自体の性質によるのではなくて、かえって物自体に何の性質もないためだとしたのであった。物自体にあると思っている性質は、実は人間の認識が与えたものであって、物自体は人間の認識では捉えられないもの、人間の認識が捉えることができるのはただ現象の世界であるにすぎないとしたのである。

 こうしたカント哲学の中心概念の理解を踏まえて、今後具体的に『純粋理性批判』を読み進めていくことにしたのである。もちろん、個々の記述の内容で理解できない場面も多々あるとは思うが、細かい中身に振り回されることなく、弁証法の生成発展の歴史もしっかりと学び返す中で、カント哲学の理解を深めていきたいと思う。

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 1月例会では、報告レジュメの担当となっており、どういう内容のものにすべきか色々と悩んだのだが、最終的には、『純粋理性批判』に関わって南郷継正が説いている内容をまとめるものにした。南郷継正は、カントの哲学で評価に値する成果は二律背反と物自体論であること、二律背反の解決に悩んで物自体論が出てきたという関係(立体構造)があること、二律背反が出てくる必然性を古代ギリシャ以来の弁証法の発展史にたずねなければならないことなどを、説いていた。こうしたことを、『純粋理性批判』そのものを読んでいく前提として、しっかりと確認することができたのは、今後の例会の進行にとって非常によかったのではないかと思っている。『武道哲学講義(第二巻)』などの弁証法の発展史を真面目に学んでいけば、難解な『純粋理性批判』もだんだんと理解できていくはずなのだ、と説かれているのも、大いに勇気づけられるものであった。ヘーゲル『哲学史』の再読とも絡めて、しっかりと取り組んでいきたい。

(了)
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2017年02月06日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(9/10)

(9)論点3:カント『純粋理性批判』は哲学史上、どのように位置づけられるか

 前回は、カント『純粋理性批判』ではどのようなことが説かれているのかに関する議論について見ていきました。ここでは主に、「二律背反」論と「物自体」論が展開されていて、世界についての解くことのできない矛盾を「二律背反」として述べられるとともに、それを解消すべく、物自体には何の性質もなく、物自体に備わっていると思う諸々の性質は、実は人間の認識が物自体に与えて現象させたものに過ぎないという「物自体」論が展開されているということでした。

 さて今回は、3つ目の論点として、『純粋理性批判』の哲学史上の位置づけに関する論点を見ていきたいと思います。

論点3:カント『純粋理性批判』は哲学史上、どのように位置づけられるか

 カント『純粋理性批判』は哲学史上、如何なる問題に如何なる解決を与え、如何なる課題を残したのか。また、その成果(特に「二律背反」論、「物自体」論)はどのようにその後のドイツ観念論に受け継がれ、ヘーゲル哲学(絶対精神論)につながっていくのか。ヘーゲル『哲学史』からカント『純粋理性批判』を経て、ヘーゲル『エンチクロペディー』へと学びを進めていく必要がある(南郷継正先生の言)のはなぜか。

 この論点に関しては、まず、『純粋理性批判』は哲学史上、如何なる問題に如何なる解決を与えたのかという問題について確認しました。この論点に関しては、大きな見解の相違はありませんでした。すなわち、大きな観点からすれば、イギリス経験論と大陸合理論が掲げた真理の源泉について、カントが解答を出したということがいえるのであって、より具体的には、ヒュームの因果律批判が提起した大問題、すなわち、人間の認識と現実の世界の客観的法則性とはどのように関係しているのかという大問題に対して、人間の認識は自身にもともと備わっている枠組み(感性的直観の純粋形式としての時間・空間、および純粋悟性概念の12のカテゴリー)から物自体の世界に問いかけることによって、自身の対象となる現象の世界(客観的世界)を成立させるのだ、換言すれば、現象の世界に存在する客観的法則性は人間の認識によって創造されたものにほかならないのだ、と解決することによって、客観的法則性の認識可能性を根拠づけ、因果律の客観的妥当性を主張したのだ、ということでした。

 カントが残した課題についても概ね共通した理解で、物自体と自我とを絶対的に区別し、世界を物自体の世界と現象の世界とに2つに分けてしまったことが問題で、二律背反を客観的世界の性質にもとづくものとして捉えきるという課題が後世に残ったということでした。ここに関しては、カントが物自体論として逃げてしまった課題をヘーゲルが解決したのではないかとか、カントを読む上では二律背反と物自体論に全てを収斂させて読んでいくべきだという意見が出されました。

 カント哲学がどのようにヘーゲル哲学につながっていくのかという問題については、ヘーゲルはカントが第1版で述べた「自我と物自体とが同一の思考的な実体であることはありえないことではない」という問題提起を突っ込んで検討し、カントのいわゆる直観的悟性に解決の糸口を見出し、ここから絶対精神の自己運動として、自我=世界は矛盾によって発展していく存在だと考えたのではないかとい見解が示されました。これは黒崎政男『「純粋理性批判」入門』(講談社選書メチエ)の記述を参考にした見解ですが、内容的に非常に難しいという声も上がりました。重要なことは、この見解と南郷さんの二律背反に悩んで物自体論に行ったのだという論とを合わせて考えて熟成させる必要があるということであって、必ず絡む、大きな弁証法の歴史としてカントからヘーゲルの流れをつかむ必要があるということを全員で確認しました。

 最後に、ヘーゲル『哲学史』からカント『純粋理性批判』を経て、ヘーゲル『エンチクロペディー』へと学びを進めていく必要がある(南郷継正先生の言)のはなぜかという問題についてです。この論点に関しては、以前ある会員が我々の師に質問し、師から得た回答を踏まえて、以下のように見解をまとめました。すなわち、ごくごく簡単に(大雑把に)いえば、『哲学史』は一般教養、『純粋理性批判』は認識論、『エンチュクロペディー』は弁証法(論理学)ということであり、客観(世界)と主観(自己)との関係という問題について、徹底的に突き詰めて考え抜いたのが『純粋理性批判』だといえるであろう、端的には、認識論の問題ということであるが、角度を変えていえば、自己がこの世界とどのように対峙していくか、「そもそも何のために学問を?」という姿勢に関わるところをしっかりと押さえた上で、全世界の論理的体系的把握(『エンチュクロペディー』)に進まなければならない、ということがいえるのではないだろうか、ということでした。この見解については皆が同意しました。さらにこの会員は、『エンチュクロペディー』はそれなりの世界の全体像を描いたものであって、『純粋理性批判』はこれまでの哲学をまとめたものであり、これらを理解するためには『哲学史』が分かる必要がある、ということもいえると発言しました。別の会員も、まずは哲学の全体像を押さえるために哲学の流れを『哲学史』で把握し、そこから『純粋理性批判』によって世界全体の「本質論的構造論」を学び、その学びをふまえて、自然や精神といった諸々の事物・事象に関して筋を通して学んでいく必要がある(『エンチュクロペディー』)、という趣旨の見解を示しました。

 以上のような議論を行い、今回の例会における論点についての議論を終了しました。
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2017年02月05日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(8/10)

(8)論点2:カントは『純粋理性批判』で何を説いたか

 前回は1つ目の論点、すなわちカント『純粋理性批判』の構成及びカントの問題意識に関する論点についての討論を見ていきました。カントはヒュームの主張に反駁して、自然科学的認識の確実性を明らかにすべく、認識能力そのものの研究を行おうとして『純粋理性批判』を執筆したのであって、ここでは、認識の2つの主要な要因として、感性(受容性)と悟性(自発性)とを挙げ、先験的感性論、先験的分析論、先験的弁証論という3つの構成で論を展開しているということでした。

 さて今回は、2つ目の論点として挙げられた、『純粋理性批判』の中身に関する論点について見ていきたいと思います。

論点2:カントは『純粋理性批判』で何を説いたか

 カントは『純粋理性批判』において、何を説いたのか。特に「物自体」論と「二律背反」論については、哲学史上、重要な概念であると考えられるので、「二律背反」論とはどのようなものか、「物自体」論とはどのようなものか、「二律背反」論と「物自体」論とはどのような関係にあるのかについて議論したい。

 この論点に関しては、まず、端的にいえば、『純粋理性批判』では人間の認識能力とはどのようなものかということが説かれているということを確認しました。このことを踏まえて、我々の弁証法の教科書である三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』の中からカントについて説かれている部分を読み合わせました。

「世界は時間のうちに一つの出発点をもち、また空間的にも限界があるということを証明できますが、それと同時に、世界は時間的な出発点もなければ空間的な限界もないことをも証明できるのです。この解くことのできない矛盾が、「二律背反」として述べられています。この矛盾が何に基づいているかをカントは正しく解決しなかったとはいえ、それが必然性として指摘されたことは、弁証法にとって重要な進歩だといえましょう。カントは、この矛盾が、世界自体の性格に原因するもの、すなわち客観的な矛盾に原因があるものとは考えませんでした。彼は、わたしたちが物自体にそなわっていると思う諸性質を、認識から与えられたものと解釈しました。人間の認識はもともとそういう能力をそなえているのであって、物自体は何の性質も持っていないし、わたしたちの認識の向こうの岸にあってとらえることができない存在だと主張しました。」(p.60)

 さらにある会員は、論点1の『純粋理性批判』執筆時のカントの問題意識と絡めて、我々が眺めている客観的な世界(現象の世界)は、我々の認識の側に備わっている条件によって、きちんと因果律が成り立つものとして構成されている(人間の認識がまさにそのようなものとして創造した!)ということになる、ということが説かれていることを強調しました。

 さて、ではもう少し具体的にカントの主張を見ていくとどうなるでしょう。まず、「二律背反」論とはどのようなものかについて押さえていきました。これは悟性の諸カテゴリーを制約されないものに適用しようとすることで陥る矛盾のことであり、悟性概念の4つのカテゴリーに対応して、4つの二律背反があるということでした。また、「物自体」論に関しても議論し、端的には、我々の認識が捉えることができるのは、あるがままの「物自体」ではなくて、現象の世界に過ぎず、「物自体」は何の性質も持っていないのだという論であることを確認しました。ここでは、『純粋理性批判』だけを読んでいても、「二律背反」というのは単に先験的仮象の1つとして出てくるだけで、それが重要であることは分からないのではないかとか、三浦さんの理解ではカントが哲学史を踏まえた成果として「二律背反」論を提出していることがよく分からない、哲学史の総決算だという感じがしないから、二律背反の突っ込んだ検討が必要で、哲学の成果を4つに整理したということをしっかりと掴む必要があるのではないかとかいった意見が出されました。

 最後に、「二律背反」論と「物自体」論とはどのような関係にあるのかについて考えていきました。まず、南郷継正『全集第12巻』にある「論理学基本用語 五十」の記述を確認しました。すなわち、「二律背反の先にある難問の解決に悩んだあげく、二律が背反するのは、対象の性質のゆえではなく対象に性質がないが故として論理の問題として自分の観念たる認識、すなわち頭脳活動の実力に解決を求めてしまったのである。つまり、対象が二律になるのは、対象の成立が実際には無なるがために、自らの観念である認識の働き、すなわち頭脳の働きで、二律のどちらにもなるのだ、すなわちどちらも正しいのだ、としたのである」(p.113)という部分です。ここでは端的には、「二律背反」を解消するために「物自体」論が出てきたのだということです。この部分に関しては、三浦さんの文章では明確には説かれていないことであるし、『純粋理性批判』そのものにおいても「物自体」論が先に説かれることもあって、なかなかこうした理解には到達できない、だからこそこれは決定的に重要な指摘なのではないか、ということで意見が一致しました。

 ともかく、今後『純粋理性批判』を読み進める上で、以上のことを指針として学んでいくことを確認して、この論点に関する議論を終えました。
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2017年02月04日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(7/10)

(7)論点1:カント『純粋理性批判』の構成はどのようなものか

 前回は、シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』においてカント『純粋理性批判』が取り上げられていた部分のうち、ポイントとなる部分を改めて振り返った後、1月例会で提出された3つの論点を紹介しました。

 今回から、その3つの論点について順次検討した内容を紹介していきたいと思います。まず1つ目の論点として挙げられたのは、カント『純粋理性批判』の構成を問う論点です。

論点1:カント『純粋理性批判』の構成はどのようなものか

 これから2年間にわたってカント『純粋理性批判』を読んでいく前提として、どういう構成で論が展開されているのか、シュヴェーグラー『西洋哲学史』の記述に沿って、その全体像を確認しておきたい。合わせて、『純粋理性批判』を執筆したときのカントの問題意識も確認したい。

 この論点については、まず、カント『純粋理性批判』の構成に関して確認していきました。概ね見解は共通していて、カントが認識の2つの主要な要因として、感性(受容性)と悟性(自発性)とを挙げていることに触れた後、大きく先験的感性論、先験的分析論、先験的弁証論という3つの構成で本論を展開していることが指摘されました。また、先験的感性論では、感性の純粋形式は空間と時間であること、我々は物をありのままに認識するのではなくて、時間と空間という主観的媒質を通して物が我々に現象する姿を認識するに過ぎない、ということなどが論じられ、先験的分析論では、空間と時間という感性的直観の形式によって把握された対象が、さらに悟性にもともと(ア・プリオリに)備わっている形式(カテゴリー)によって把握されること、そのカテゴリーとは量(全体性、数多性、単一性)、質(実在性、否定性、制限性)、関係(実体性と内属性、原因性と依存性、相互性あるいは相互作用)、様相(可能性と不可能性、存在性と非存在性、必然性と偶然性)であることが論じられ、先験的弁証論では自然科学のように経験に基づくのではない(霊魂とは何か、世界とは何か、神とは何かなどを扱う)形而上学が扱われ、このような無制約的な理念に、悟性の概念を適用しようとすれば、われわれを欺く先験的仮象が生まれること、この先験的仮象は、心理学的理念、宇宙論的理念、神学的理念という3つにおいて論じられ、心理学的理念に関わっては魂の不滅の問題が、宇宙的理念に関わっては二律背反の問題が、神学的理念に関わっては神の存在証明の問題が論じられていることをそれぞれ押さえていきました。

 さらに、悟性を感性的対象に適用するには、感性と悟性との中間的な第三のものによって媒介される必要があるとして、「先験的図式」や「構想力」が取り上げられているという指摘もありました。シュヴェーグラーによれば、感性によって得られた素材とカテゴリー(純粋悟性概念)とは異質なものなので、それらを統一するために第三のものが必要であって、それを「先験的図式」や「構想力」と呼んで議論を深めていったということでした。感性と悟性との関係については、感性がイギリス経験論、悟性が大陸合理論の流れをくむものだという指摘もありました。大枠としては、感性と悟性の中間に値するものとして、「先験的図式」や「構想力」というものをカントが想定していたのだということを押さえておけばいいのではという結論になりました。

 次に、『純粋理性批判』を執筆したときのカントの問題意識について、議論していきました。この点についても概ね意見は一致していました。すわなち、カントの問題意識は、端的にいえば、因果律(原因と結果のつながり)は主観的な信念にすぎない、というヒュームの主張に反駁して、自然科学的認識の確実性を明らかにしたい、ということであって、人間が何を認識できるかを明らかにするために、認識能力そのものを研究しなければならないというものであった、ということでした。ここでチューターが、ある会員の見解に対して、「ヴォルフの独断論」という表現が使われているが、これは具体的にどのようなものか質問しました。これに対してその会員は、独断論とは経験によらずに神などの確実なもの(世界)についての認識を得られるということであって、ヒュームの懐疑論と対をなすものであるという説明をしました。これに対してはチューターも概ね納得しました。

 以上でこの論点に対する議論を終了しました。
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2017年02月03日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 前回までの4回にわたって、シュヴェーグラー『西洋哲学史』及びヘーゲル『哲学史』において、カント『純粋理性批判』がどのように取り上げられていたのかの要約を紹介してきました。ここで改めて、そのポイントとなるところを振り返っておきたいと思います。

 まず、『西洋哲学史』に関してみていきました。純粋理性(理論的理性)の批判では、我々がこの世界をア・プリオリに認識しうるか否かが問題となっています。ここでカントは、認識を2つの要因、すなわち感性(受容性)と悟性(自発性)とに分けた上で考察しています。先験的感性論では、感性的認識に本源的に具わっている形式として、空間と時間の問題が説かれます。空間と時間はあくまでも主観的な形式であって客観的実在ではない、とカントは主張したのでした。結局、カントにおいては、我々は物をありのままに認識するのではなく、時間と空間という主観的形式を通して物が我々に対して現象する姿を認識するにすぎないのだ、ということになるのでした。我々は物自体(Ding an sich)ではなく現象(Erscheinung)を認識するにすぎない、ということこそ、純粋理性批判におけるカントの核心的な主張であるともいえます。

 先験的分析論においては、悟性の本源的形式が考察されています。ここは、対象を能動的に把握しようとする悟性にもともと備わっている形式が分析される部分であり、量(全体性、数多性、単一性)、質(実在性、否定性、制限性)、関係(実体性と内属性、原因性と依存性、相互性あるいは相互作用)、様相(可能性と不可能性、存在性と非存在性、必然性と偶然性)の4つが悟性の根本概念(カテゴリー)として示されていました。これらの形式が悟性によって対象(物自体を現象させたもの)に付与されるのだ、というのがカントの主張です。

 さらに、先験的弁証論においては、カテゴリーを物自体にまで及ぼして認識しようとすることによって生じてしまう「先験的仮象」について論じられていました。カントは、理性の誤った使用(理性を無制約的なものにまで及ぼそうとすること)によって、心理学、宇宙論、神学の3つの領域において、二律背反が生じてしまうことを示したのでした。例えば、宇宙論的仮象においては、「時間・空間は有限である」という定立(テーゼ)と「時間・空間は無限である」という反定立(アンチテーゼ)との二律背反など、4つの二律背反が示されています。

 続いて『哲学史』に関してです。カント哲学の全般的な特徴として、ヘーゲルは、@普遍性や必然性を否定したヒュームの議論を受け止めつつ、普遍性と必然性は思惟のなかに存在するとしたこと、A認識する前に認識能力を認識すべきだとしたこと、Bア・プリオリな総合判断は思惟によって与えられる関係で関係づけることだとしたことを挙げていました。ヘーゲルは、認識する前に認識能力を研究しなければならないというカントの主張について、泳ぐことができるようになるまでは前もって水に入ろうとしないようなものだ、と厳しく批判する一方で、認識能力そのものを研究の対象として設定したことについては、カントのなした偉大な一歩であったと評価していました。

 カントの純粋理性批判に関わってヘーゲルは、理論的意識の三段階区分――感性、悟性、理性――が、もっぱら経験的になされたもので概念の必然的な展開としては把握されていないと指摘していました。その上で、三段階のそれぞれについてのカントの議論を検討していました。カントによれば、経験によって与えられた材料は、感性の純粋形式である時間と空間の枠組みで取り込まれ、悟性の普遍的思惟規定であるカテゴリーと結合することで、はじめて認識が成立します。カントによれば、このようにして認識できるのは、物自体ではなく現象です。カントによれば、カテゴリーは悟性の対象たる有限的な存在には適用できるものの、理性の対象たる制約されないものに適用しようとすると、4つの二律背反に陥ってしまいます。カントはこの二律背反について、物自体ではなく主観の側に存在するものだと説きました。

 ヘーゲルは、こうしたカントの議論について、時間空間の本来の性質やカテゴリーの必然性を問題にしていない点を批判していました。また、純粋感性と純粋悟性との共通の根に位置付けられる直観的悟性について、突っ込んだ考察がなされていない点をも批判していました。さらに、カントの二律背反論については、二律背反の必然性を指摘したことを高く評価しつつ、矛盾はただ我々の思惟のなかにあるもので物自体は矛盾していないのだとしてしまったことを批判していました。

 以上のような内容について、例会では大きく3つの論点が提示されました。そして、各論点をめぐって様々な議論・討論がなされていきました。そこで今回は、その3つの論点を紹介したいと思います。次回以降、それぞれの論点をめぐってなされた討論過程と、その結果どのような(一応の)結論に到達したのかということを詳しく紹介していく予定です。

論点1:カント『純粋理性批判』の構成はどのようなものか

 これから2年間にわたってカント『純粋理性批判』を読んでいく前提として、どういう構成で論が展開されているのか、シュヴェーグラー『西洋哲学史』の記述に沿って、その全体像を確認しておきたい。合わせて、『純粋理性批判』を執筆したときのカントの問題意識も確認したい。

論点2:カントは『純粋理性批判』で何を説いたか

 カントは『純粋理性批判』において、何を説いたのか。特に「物自体」論と「二律背反」論については、哲学史上、重要な概念であると考えられるので、「二律背反」論とはどのようなものか、「物自体」論とはどのようなものか、「二律背反」論と「物自体」論とはどのような関係にあるのかについて議論したい。

論点3:カント『純粋理性批判』は哲学史上、どのように位置づけられるか

 カント『純粋理性批判』は哲学史上、如何なる問題に如何なる解決を与え、如何なる課題を残したのか。また、その成果(特に「二律背反」論、「物自体」論)はどのようにその後のドイツ観念論に受け継がれ、ヘーゲル哲学(絶対精神論)につながっていくのか。ヘーゲル『哲学史』からカント『純粋理性批判』を経て、ヘーゲル『エンチクロペディー』へと学びを進めていく必要がある(南郷継正先生の言)のはなぜか。
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2017年02月02日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約A

 前回は、ヘーゲル『哲学史』でカントが取り上げられている部分の前半の要約を紹介しました。そこでは、認識する前に認識能力を研究しなければならないというカントの主張に対して、ヘーゲルがそれはできない相談だと非難していたこと、しかし認識を考察の対象としたことはカントの偉大な成果だと述べられていたことを紹介しました。

 今回はヘーゲル『哲学史』でカントが取り上げられている部分の後半の要約を紹介します。ここでは、理論的理性が感性、悟性、理性という3つの主要段階に分けて説かれています。

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ヘーゲル『哲学史』より「第3部 近代の哲学/第3篇 最近のドイツ哲学」

B カント(承前)

1〔理論的理性〕
 
 カントは純粋理性批判において、理論的意識の主要段階を叙述する。第一の能力は感性一般、第二は悟性、第三が理性である。以上は、概念からの発展として必然性をもって進行するものではなく、全く経験的にとりあげられたものである。

a、感性
 先験的なものの出発点は、感性におけるアプリオリなもの、感性の形式である。この感性についての論定を、カントは先験的感性論と呼ぶ。カントによれば、直観とは感性によって我々に与えられた対象の認識であり、感性とは外的なものとしての表象によって触発される能力にほかならない。直観には色や硬さや怒りや愛や快等々あらゆる種類の内容が見出されるが、こうした材料のなかにありながらそれとは別のものとして、空間と時間の規定が含まれる。空間と時間は純粋直観すなわち抽象的直観であり、その直観のなかにおいて我々は個々の感覚の内容を、あるときは時間のなかで前後に流れるものとして、あるときは空間のなかに並立するものとして、我々の外に置くのである。カントは、外的な物自体は時間空間を欠いており、それらが意識によって経験されることの制約として時間空間が加わるのだ、というように考える。そうであるならば、一体どうして、心はほかならぬ時間空間という形式的制約をもつのであろうか。しかし、時間空間の本来の性質は何かということは、カント哲学は全く問題にしないのである。

b、悟性
 感性は受動性であるが、思惟一般は自発性であるとカントはいう。悟性は感性から経験的な材料とアプリオリな材料(時間と空間)を得て思惟する。感性と悟性の双方が働いたときのみ、認識が姿を現わす。先験的論理学は、悟性がアプリオリにそれ自身においてもつ概念を掲げる。思想のもつ形式は多様を統一にもたらす総合的機能である。この統一は、先験的統覚たる自我・自己意識の純粋統覚作用であり、自我はあらゆる我々の表象に随伴するとされる。生硬な言い方だが、偉大で重大な認識である。
 自我が、表象一般の経験的材料を結合するのは、普遍的思惟規定たる範疇の先験的な本性である。カントによれば、12の根本範疇があり、これが3元をなす4つの組に分かたれる。@量の範疇…単一性・雑多性・総体性。A質の範疇…実在性・否定性・制限性。B関係の範疇…実体と偶有性・原因と結果・相互作用。C様態の範疇…可能性・現実性・必然性。カントが、第一の範疇は積極的であり、第二は第一を否定するもので、第三は両者の総合だといっているのは、概念の偉大なる本能である。しかし、カントは、これらの範疇を経験的にとりあげるだけで、統一からこれらの差別を必然性をもって発展させることには思い至らない。
 これら範疇はそれだけでは空虚であり、知覚や感情等々の与えられた多様な材料と結合してはじめて意味をもつ。感情または直観に属する知覚の材料はその個別性と直接性の規定のままに放置されず、むしろ私はそれに対して働きかけてそれを範疇によって結合し、普遍的類や自然法則等々に高めるのである。経験のなかにこれら2つの構成部分を見出すことは正当であるが、カントはこれに結び付けて、経験は単に現象を捉えるにすぎない、としてしまう。
 純粋悟性概念が如何にして現象に適用され得るかの可能性を示すのが、先験的判断力である。純粋直観を範疇にしたがって規定し、経験への移り行きをなすのは、純粋悟性の図式論であり、先験的構想力である。これによって先に絶対的に対立するとされた純粋感性と純粋悟性とが今や合一される。そこには直観的悟性あるいは悟性的直観が含まれるのだが、カントはそうは考えず、この思想をまとめ上げることはしない。

c、理性
 カントは悟性から出発して同じく心理学的に理性に向って進んでいく。理性はカントによれば、原理から認識する能力、すなわち、概念によって特殊的なるものを普遍的なもののうちに認識する能力である。悟性は有限的な関係における思惟であり、理性は制約されぬものを対象とする思惟であって、理性の産物は理念だとされるが、カントにおいてそれは抽象的な普遍的なるもの、規定されぬものにすぎない。
 この制約されぬものを具体的に把握することに真の困難がある。ここでカントは、理性は無限的なるものを認識しようとしつつそれを果たしえない、という。その第一の理由は、無限的なものは感性的知覚の世界には与えられない、ということである。しかし、そもそも無限的なものを感性的に知覚しようというのが誤りである。第二の理由は、理性が範疇という思惟形式以外のものをもたない、ということである。範疇は客観的規定を与えるが、それ自体においては主観的なものであり、ただ現象に適用され得るこれら範疇を無限的なものの規定に用いるならば、誤った推理と矛盾(二律背反)のなかに巻き込まれてしまう――これがカント哲学の重要な規定である。
 制約されぬものには、形式論理学の3つの理性推理――断言的・仮言的・選言的――にしたがって、3つの種類がある。第一は思惟する主観、第二は一切の現象の総体、すなわち世界、第三は思惟され得る一切のものの可能性の最高の制約を含むもの、すなわち神である。
(α)先験的主観の統一という必然的な理性理念が物としていいあらわされる点に、推理の誤謬が生じる。自我は自己自身のなかで持続的であるが、ただ意識のなかだけでそうなのであって、意識の外においてではない。我々が思惟するものについて表象をもつのは、外的経験によってではなく、単に自己意識によってである。自我が主観的であることは分かっても、我々が自己意識を超えてそれを実体であるというならば、我々は我々に正当に許された範囲以上に出ることになる。したがって、私は主観に何らの実在性をも与えることはできない。カントが自我について、感性的存在をもつ心的事物や死んだ持続体でないと主張するのは正当である。しかし、カントはこれと正反対の点、すなわち、この普遍的なるもの、または自己思惟としての自我が、彼が対象的あり方として望む真の現実性を自己自身に備えているということを主張しない。彼は、実在性とは感性的実在であるというような考え方を抜け切れていないのである。
(β)二律背反、すなわち制約されぬものの理念を世界に適用し、世界が諸制約の完全な総体であると叙述するときに生ずる矛盾。現象は有限であり、世界は制限されたものの連関であるが、もしこの理性の内容が思惟されて制約されぬもののうちに包括されると、有限と無限という相互に矛盾する2つの規定が生じる。カントは4つの矛盾を指摘するが、本当はあらゆる概念のなかに二律背反があるのである。
 (αα)二律背反の第一。「定立 世界は時間において始めと終わりがあり、また限られた空間内にある。反定立、世界は時間において始めも終わりもなく、また空間においても限りがない」。カントは両方とも充分に証明され得るという。
 (ββ)第二の二律背反。定立は「合成された実体はいずれも単一な部分からなる」、反定立は「単一なるものは存在せず」。
 (γγ)第三の二律背反は自由と必然性の対立である。
 (δδ)第四の二律背反。一方において、総体が完結するのは出発点として自由というものがあるか、世界の原因として絶対的必然的存在があるかいずれであるが、いずれにしても当然に進行は中断される。しかし他方において、自由に対しては原因結果の制約による進行の必然性が対立し、必然的存在に対しては一切が偶然であるということが対立する。すなわち「世界には端的に必然的な存在がある」、その逆は「世界の部分としても、世界の外にも端的に必然的な存在は存在しない」。
 これらの矛盾の必然性こそ、カントが我々に意識させた興味ある側面である。しかし、彼はこれら二律背反を、先験的観念論に独特な意味においてしか解かず、物自体はこのように矛盾するものではなく、この矛盾はその源をただ我々の思惟のなかにもっている、としてしまう。
(γ)カントは次いで神の理念に達する。これをカントは、たんに一切の可能性の総体にすぎない理念と区別して理性の理想体と呼ぶが、これは存在する理念である。カントはここで神の実在の証明を考察し、この理想体に実在性が与えられるか否かを問うている。カントが固く執って譲らない規定は、概念から存在をひねり出すことは決してできないということである。しかしカントは、理性だけでは悟性認識の方法的組織化への形式的統一をもつにすぎない、というところから一歩もふみ出さなかった。理性または表象としての自我と外的事物は、両者とも相互に端的に他者として相対し、そしてそれがカントによれば究極の立場なのである。
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2017年02月01日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史、』ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約@

 前回は、シュヴェーグラー『西洋哲学史』でカントが取り上げられている部分の後半の要約を紹介しました。先験的分析論とは、対象を能動的に把握しようとする悟性にもともと備わっている形式が分析される部分であり、量(全体性、数多性、単一性)、質(実在性、否定性、制限性)、関係(実体性と内属性、原因性と依存性、相互性あるいは相互作用)、様相(可能性と不可能性、存在性と非存在性、必然性と偶然性)の4つが悟性の根本概念(カテゴリー)として示されました。これらの形式が悟性によって対象(物自体を現象させたもの)に付与されるのだ、というわけです。先験的弁証論とは、これらカテゴリーを物自体にまで適用して認識しようとすることによって生じてしまう「先験的仮象」について論じられる部分であり、心理学、宇宙論、神学の3つの領域において、「先験的仮象」が論じられていました。

 さて今回は、ヘーゲル『哲学史』でカントが取り上げられている部分の前半の要約を紹介します。ここでは、カント哲学が総論的に論じられていきます。

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ヘーゲル『哲学史』より「第3部 近代の哲学/第3篇 最近のドイツ哲学」

B カント

 ヤコービにあっては、第一に思惟すなわち証明は、有限的なるものや制約されたものをついに超えないし、第二に、たとえ神が形而上学的対象である場合でさえ、証明はむしろ神を制約し有限とすることに終わる。そして第三に、制約されぬものでありしかも直接に確実なものはただ信仰のなかのみにあり、主観的には動かすべからざるものであるが、それはしかし認識できぬものであり、換言すれば規定されないもの、規定すべきでないもの、したがって実を結ばぬものである。これに反してカントの哲学の立場は、第一に思惟がその推究によって、自らを偶然的なものとしてではなく、むしろ自己自身のなかにおいて絶対に究極的なものとして捉えるに至ったという点にある。有限的なるものにおいて、またそれとの関連において絶対的な立場が現われ、それが中間項ともなって、有限的なるものを結合するとともに、無限的なるものへと昇り行く通路となる。思惟は自己自身を絶対的に決定的なものとして捉えた。思惟の確信にとっては外的なものは何らの権威もなく、一切の権威はただ思惟によってのみ有効となりうる。しかし、この自己自身内で自己を規定する具体的な思惟は、第二に主観的なものとして把握された。主観性のこの側面こそヤコービの見解においてとくに支配的な形式であるが、これに反して思惟が具体的であるということはヤコービがどちらかといえば不問に付したのである。両者の立場はともに主観性の哲学にとどまる。すなわち、思惟が主観的たることによって思惟には即自且対自的存在者を認識する能力が否定されるのである。カントにあっては神は、一面、経験のなかには見出されない。外的経験のなかにもなく内的経験のなかにもない。他面、カントは推論によって神に到達する。すなわち、神は彼にとっては説明のための仮説であり、実践理性の要請である。カント哲学の真実なる点は、自由を容認することである。すでにルソーが自由のなかに絶対者を掲げていたが、カントもまた同一の原理を、理論的な側面から掲げたのである。フランスでは、抽象的な自由を現実に当てはめることで現実を破壊したが、ドイツにおいては、意識が自己に関心をもつということが、ただ理論的な形で遂行されたのである。

〔批判的観念論〕
 全てのものがそれに対して存在すべきものは、つまるところ人間であり自己意識であって、しかもその人間とは全ての人間一般としてのそれにほかならない――こういうことを抽象的な形で意識にのぼらせたのがカント哲学なのである。それは、自己意識に自体的なものの一切の要素を取り戻すことを要求しながら、しかもこの自体的なものをなお自己と区別することによって、みずからは依然として対立から抜けきれないでいる観念論である。カント哲学は、単純な思惟を自己自身に区別を備えたものと解しはするが、一切の実在がまさにこの区別によって成立することを未だ解するに至らず、自己意識の個別性を克服する術も知らず、理性を描くことには巧みを究めるものの、その描き方は、真理それ自身を再び失うような没思想的な経験的な仕方でしかないのである。カント哲学は、知り得るものは真実体でなくただ現象のみであるというにすぎない。それは知を意識と自己意識のなかに導入するものの、この知は主観的な有限的な認識として固定されてしまう。この哲学は、客観的独断論としての悟性形而上学を終息させたが、しかし実際にはそれをただ主観的な独断論に、換言すれば同一の有限な悟性規定が根差している意識のなかに移しかえ、即自且対自的に真なるものを求める問題を放棄してしまったのである。
 カント哲学は、第一に、ヒュームと直接に関係する。カント哲学の一般的意味は、普遍性や必然性という規定は知覚のなかには見当たらないというヒュームの指摘を、ただちにその根本から認めることにある。しかし、ヒュームが総じて範疇の普遍性と必然性に反対し、ヤコービはその有限性を難じたのに対して、カントは、その客観性にのみ反対する。もっとも彼は、数学や自然科学の例が示すように、それが普遍妥当的必然的なものの意味では客観的であるとして主張するが、外的事物それ自身のなかに存在するかのような意味では、その客観性に反対するのである。我々が客観的なものを成立させるものとして普遍性と必然性を希求するという事実は、カントはこれを充分に容認する。しかし、普遍性と必然性が外的事物のなかにないとすれば、それはどこに見出されるかが問題になる。ここでカントはヒュームに反対して、それはアプリオリに、換言すれば理性自身のなかに、自覚した理性としての思惟のなかに存在しなければならない、その源泉は私の自己意識内の主観、自我なのである、という。これがカント哲学を簡明に表わした主要命題である。
 カント哲学は、第二に、その目的がカントの言葉によれば認識能力の批判にあるという理由で、批判哲学とも呼ばれる。すなわち認識する前に、人は認識能力を研究せねばならぬというのである。認識はその場合、真理を獲得するための道具だと考えられている。真理それ自身に到達する前に、まずその道具の性質や作用を認識しなければならない、というのである。しかし、人は認識する前に認識能力を認識すべき、というのはできない相談である。泳ぐことができるようになるまでは前もって水に入ろうとしないようなものである。とはいうものの、認識を考察の対象としたことは、カントのなした偉大にして重大な一歩ではある。
 第三に、経験によって与えられる材料と範疇との関係についていえば、カントによると、思惟の主観的な規定、例えば、原因と結果のなかには、すでにそれ自身だけで上の材料の区別を結合する素地がある。その限りカントは、思惟を総合的活動と呼び、したがって彼は、哲学の問題を次のように設定する。「如何にしてアプリオリな総合判断は可能であるか」と。アプリオリな総合判断とは、相反するものの自己自身による連関、または絶対概念にほかならない。換言すれば、原因と結果等々のような区別された規定を経験によって与えられないで、思惟によって与えられる関係で関係づけることにほかならない。同じように、空間と時間も結合するものであり、それらもまたアプリオリ、すなわち自己意識のなかにある。カントは思惟が知覚から汲み取られないアプリオリな総合判断を有することを指摘することによって、思惟を自己内において具体的なものとして示すのである。このなかには偉大な理念があるが、展開そのものは粗雑な経験的見解にとどまり、学問的形式をもっていない。
 カントの粗野な表現の一例をあげれば、自身の哲学が純粋理性の諸原理の体系であり、その諸原理は自覚した悟性のなかの普遍的なものと必然的なものとを示すだけで、対象に携わることもなく、また普遍性や必然性の何たるかを研究することもない、という意味で、先験哲学(Transzendental-philosophie)などと呼ぶことである。そうならば、それは超越的(transzendent)というべきだろう。transzendent と tranzendental とは厳密に区別しなければならない。カントは先験哲学を、超越的となり得るものについてその源を主観的思惟のうちに、意識のうちに指摘する哲学である、と規定する。必然的なもの普遍的なものは人間の認識能力のなかにあるとされるのだが、カントはこの人間の認識能力から依然として物自体を区別するから、普遍性と必然性とはただ認識の主観的制約であるにとどまり、理性はその普遍性と必然性をもってしては、真理の認識に到達できないのである。理性は主観性として認識するために、直観や経験、すなわち経験的に与えられた材料を必要とするからである。もし、理性がそれだけで自存しようとし、自己自身においてまた自己自身から原理を汲み取ろうとするなら、理性は超越的となり、経験を超える。それゆえ、理性は認識においては構成的でなくて単に統制的であり、感性の多様に対する統一であり、規則である。しかし、この統一はそれだけでは経験を超えてただ矛盾に陥ってしまう。したがって、理性の批判は、まさに対象を認識することではなく、認識とその原理を認識すること、認識が飛躍的にならないためにその限界と範囲を認識することである。
 以上が一般論であり、続いて個々の部分をみていく。カントは第一に理論的理性、すなわち外的対象に関する認識を考察する。第二に、自己実現としての意志を考究し、第三に判断力、すなわち普遍的なものと個別的なものとの統一を考察の対象にする。いずれにせよ、認識能力の批判が主要な事柄である。
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2017年01月31日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史、』ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(3/10)

(3)シュヴェーグラー『西洋哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約A

 前回は、シュヴェーグラー『西洋哲学史』でカントが取り上げられている部分の前半を要約したものを紹介しました。ここでは、カントの生涯が紹介された後、認識の2つの主要な要素である感性(受容性)と悟性(自発性)とをカントが詳しく調べたこと、感性的直観に備わっている主観的な形式が空間と時間であって、われわれは物をありのままに認識するのではなくて、時間と空間という主観的媒質を通して物がわれわれに現象する姿を認識するにすぎないことが説かれていました。

 今回は、シュヴェーグラー『西洋哲学史』でカントが取り上げられている部分の後半の要約を紹介しましょう。ここでは、純粋悟性概念の12のカテゴリーが説明された後、二律背反とはどのようなことかについて説かれていきます。

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シュヴェーグラー『西洋哲学史』より「第39章 カント」(承前)

B 先験的分析論
 人間の精神は感性の受容的な態度にのみ満足するものではない。それは、対象を概念によって思考し悟性の形式のうちで把握しようとすることによって、受け入れられた対象に自己の自発的活動をも加えるのである。このようなア・プリオリな概念あるいは思考形式の研究が先験的分析論の対象である。
 分析論の最初の課題は、純粋な悟性概念を見出すことである。悟性の諸原理は判断から導き出されるべきである。カントは普通の論理学が示す判断の4つの種類から、悟性の根本概念すなわちカテゴリーを導いた。

 量(全体性、数多性、単一性)
 質(実在性、否定性、制限性)
 関係(実体性と内属性、原因性と依存性、相互性あるいは相互作用)
 様相(可能性と不可能性、存在性と非存在性、必然性と偶然性)

 その他のカテゴリーはこれら12のカテゴリーの結合から導きだされる。これらの概念はア・プリオリであるから、必然的かつ普遍的な妥当性を持っている。しかし、それらは自身では空虚な形式であって、直観を通してのみ内容をあたえられるのである。
 感性的対象への悟性の適用は直接にはおこなわれない。両者のあいだには、言わば両者の性質をあわせもった(一方では純粋、他方では感性的)第三のものが介在しなければならない。このような性質をもつものは、2つの純粋直観、空間と時間のみであり、とくに時間である。先験的な時間規定は一方ではア・プリオリであるからカテゴリーと同質であり、他方には現象するものはすべて時間のうちにのみ表象されうるから現象する対象とも同質である。この意味でカントは先験的な時間規定を先験的図式と呼び、悟性によるその使用を純粋悟性の先験的図式性と呼んでいる。図式は自発的に内官を図式的に規定する構想力の産物である。
 カテゴリーのそれぞれにたいして先験的な時間規定を求めると、(1)量の普遍的図式としての時間系列あるいは数、(2)質の図式としての時間の内容、(3)関係の図式としての時間の順序、(4)様相の図式としての時間の総括――が見出される。各々のカテゴリーおよびその図式とともに、現象を悟性の普遍妥当的な形式のもとにもたらす特殊な仕方が与えられている。したがって各々のカテゴリーから悟性認識の諸原則(普遍的な綜合判断)が生まれる。
 これら概念および原則は、経験しうる対象としての物にのみ適用しうるのであって、物自体に適用することは許されない。ア・プリオリな概念および原則は、人間の経験をはなれては構想力および悟性が表象をもてあそぶものにすぎない。しかし、人はここで避けがたい錯覚におちいる。すなわち、カテゴリーは感性に基づくものではなくて、起源から言えばア・プリオリなものであるから、その適用から言っても感性を越えているかのように思われるのである。物自体はけっして可能的な経験のうちに与えられず、われわれの認識はあくまで現象に限られている。現象の世界と物自体の世界を混同したことが、これまでの形而上学におけるあらゆる混乱と誤謬と争いの源だったのである。

C 先験的弁証論
 このほかになお、あきらかに経験の範囲を越えるという使命をもち、したがって「超験的」と呼ぶことにできる概念がある。これらの概念こそこれまでの形而上学の根本概念および原則となってきたものである。これらが誤って生みだす客観的な学問および認識という見せかけを破壊することが、先験的論理学の第二部門である先験的弁証論の課題である。
 悟性が概念から原則をつくるのにたいして、理性は理念から原理(悟性の原則の最高の基礎づけ)をつくる。理性は対象と直接に関係せず、悟性とその諸判断とのみ関係するから、その活動はあくまで内在的でなければならない。もしそれが最高の理性的統一をたんに先験的な意味に理解せず、認識の現実的な対象にまで高めようとするならば、それは悟性の概念を無制約的なものの認識に適用することによって、超験的となる。カテゴリーのこのような超経験的な誤った使用から、純粋悟性を経験を越えて拡大しうるかのような幻想をもってわれわれを欺くところの先験的仮象が生まれる。理性の思弁的理念には、心理学的理念、宇宙論的理念、神学的理念の3つがあるが、先験的仮象は、それぞれにおいて異なった現れ方をする。
 心理学的理念における純粋理性の誤謬推理。思考する不滅の実体としての魂という(伝統的)合理的心理学の命題は、カントによればまったくの虚偽である。これらの命題の根拠となった「我思う」は直観でもなければ概念でもなく、単なる心の作用である。
 宇宙論の二律背反。宇宙論的理念を完全に集めるには、4つのカテゴリーを導きの糸にする必要がある。世界の量にかんしては空間と時間について、質にかんしては物質の分割性について確定されなければならず、関係については原因の完全な系列が見出されなければならず、様相については偶然的なものの依存性の絶対的完全性が理解されなければならない。ところが、理性がこれらの問題を決定しようとすると、4つのすべての点について、相反する主張が同じ妥当性をもって証明されるのである。(1)定立:世界は時間のうちに始まりをもち、空間的にも限られている。反定立:世界は時間的始まりをもたず、空間的限界をもたない。(2)定立:世界の全ては単純なものから成り立つ。反定立:単純なものはなく全て合成されている。(3)定立:世界には自由による原因がある。反定立:いかなる自由もなく全ては自然法則である。(4)定立:世界には絶対的に必然的な存在であるような何かが実在する。反定立:世界の原因として絶対に必然的な存在というものは全く存在しない。これら宇宙論的諸理念の弁証法的な争いから、この争いがすべて無価値であるという帰結がおのずから生まれるのである。 
 純粋理性の理想あるいは神の理念。カントは、理性がいかにしてもっとも実在的な存在という理念に到達するかを示し、それからこのもっとも実在的な存在の実在を証明しようとする旧形而上学の努力に反対して、神の存在にかんするこれまでの論証(存在論的証明、宇宙論的証明、自然神学的証明)にたいする批判をおこなっている。最高の存在者という理想は、理性の規制的原理にすぎず、人間の全認識の究極および頂点をなしてはいるが、その客観的な実在性は明確に証明もされず、といってもちろん反駁もできない一概念にすぎない。
 理性の諸理念に客観的な意味がないとすれば、それらは何のためにわれわれのうちに存在しているのか。それらは構成的でないにせよ規制的原理なのである。われわれの心の諸能力を整理するには、心というものが存在する「かのように」取扱うのがうまくゆく。宇宙論的理念は叡智的原因は排除しないで原因の系列が無限である「かのように」世界を考察するように指示を与える。神学的理念は、世界という複合体の全体を、秩序ある統一という見地のもとに見るために役立つ。理性の諸理念は、規制的原理としてわれわれの経験に秩序を与え、それを或る種の仮定的統一にもたらす役目はもっているのである。
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2017年01月30日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(2/10)

(2)シュヴェーグラー『西洋哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約@

 前回は、京都弁証法認識論研究会の1月例会の場において、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介しました。今回から4回に渡って、シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』においてカント『純粋理性批判』が取り上げられている部分の要約を紹介していくことにします。

 今回は、シュヴェーグラー『西洋哲学史』でカントが取り上げられている部分の要約を紹介します。カントの生涯と先験的感性論が説かれています。

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シュヴェーグラー『西洋哲学史』より「第39章 カント」

 イマヌエル・カントは、1724年4月22日、プロイセンのケーニヒスベルクに、正直な馬具匠の父と信仰篤くものわかりのよい母との間に生まれた。大学での専攻は神学であったが、主として哲学と数学と物理学を研究し、1747年(23歳)のとき、『活力の真の測定にかんする考察』という論文をもって著作生活をはじめた。1755年ケーニヒスベルク大学の私講師となり、論理学、形而上学、物理学、数学の講義をし、後にはさらに倫理学、人類学、自然地理学の講義もした。この時代のかれはだいたいヴォルフ学派の立場に立っていたが、しかしはやくから独断論にたいして疑いを述べている。かれは一度も故郷の州から出たことはなかったが、旅行記を読むことによって、とくにその地理学の講義が示しているように、世界について非常に詳しい知識をえていた。かれはルソーの著作をすべて読んでおり、『エミール』が出たときは毎日かかさなかった散歩を2、3日やめたほどであった。カントは、1804年2月12日、80歳で死んだ。
 劃期的な主著『純粋理性批判』が出版されたのはようやく1781年のことであった。カントはその批判的立場の内面的な起源を主としてヒュームに帰している。「デーヴィッド・ヒュームの警告こそ、数年前はじめてわたしの独断のまどろみをやぶって、思弁的哲学の分野におけるわたしの諸研究にまったく別の方向を与えたものである」(『プロレゴメナ』序言)。ヒュームの警告とは、原因と結果との必然的結合の問題にかんするこれまでの理解にたいしてヒュームがくわえた批判的反駁である。『純粋理性批判』を閉じるにあたってカントは言っている――「これまでは、ヴォルフのように独断論的にふるまうか、あるいはヒュームのように懐疑的にふるまうか、いずれかを人は選ばなければならなかった。……批判の道こそ、まだ開かれていない唯一の道である。」
 かれは自分が哲学においてつくりだした変革を、天文学においてコペルニクスによってひき起こされた革命と比較している。「これまでは、われわれの認識はすべて対象に従わなければならないと想定されていた。しかし対象にかんしてア・プリオリな概念をもってなんらかの――それによってわれわれの認識が拡張されるような――決定をしようとする企ては、このような想定のもとではすべて失敗してしまった。したがって対象がわれわれの認識に従わなければならないと想定したら、形而上学の問題がもっとうまく解決されはしないかどうか、やってみようではないか。……コペルニクスの最初の思想についても事情はこれと同じであって……」この言葉のうちには主観的観念論の原理がもっとも明白かつ意識的に語られている。
 カントはわれわれのあらゆる心的能力は、それ以上共通の根源にさかのぼることのできない3つのもの、認識、感情、意欲に還元されると言っている。第一の能力が3つのすべてにたいする原理、指導的な法則を含んでいる。認識能力が認識作用そのものを含んでいるかぎり、それは理論的理性であり、欲求と行為の諸原理を含んでいるかぎり、それは実践的理性であり、最後にそれが快不快の感情の原理を含んでいるかぎり、判断力の能力である。かくしてカントの哲学は(批判の面からすれば)3つの批判にわかれる。(1)(純粋)理論理性の批判、(2)実践理性の批判、(3)判断力の批判がそれである。

1、純粋理性の批判

 純粋理性の批判とは、われわれが純粋理性によってもっている全所有物の組織的に排列された目録である、とカントは言っている。これらの所有物はどんなものであろうか。認識の成立にわれわれがもたらすものは何であろうか。カントはこれを見出すために、われわれの認識の2つの主要な要因、すなわち感性(受容性)と悟性(自発性)をくまなく調べる。第一に、われわれの感性または直観能力のア・プリオリな所有物は何であろうか(先験的感性論)。第二に、われわれの悟性のア・プリオリな所有物は何であろうか(先験的論理学の第1門、先験的分析論)。

A 先験的感性論
 われわれの感性的認識のア・プリオリな原理、感性的直観に本源的に具わっている形式は、空間と時間である。感覚の質料に属するあらゆるものを捨象しても、外官のすべての質料がそのうちに排列される普遍的な形式である空間が残り、内官の質料に属するあらゆるものを捨象しても、心の動きを容れていた時間が残る。空間および時間は外官および内官の最高の形式である。これらの形式がア・プリオリに人間の心にあることを、これらの概念の性質から直接に証明するのが形而上学的究明であり、これらの概念をア・プリオリなものと前提しなければ、疑うことのできない妥当性をもっている或る種の科学(純粋数学)がまったく不可能となることを示すことによって間接的に証明するのが先験的究明である。
 われわれ人間は、時間と空間を普遍的直観としてもつ感性をつうじてのみ直観、すなわち直接に認識することができる。ところで、空間と時間という直観は客観的な関係ではなくて、主観的な形式にすぎないから、われわれの直観にはすべて主観的なものがまじっている。すなわち、われわれは物をありのままに認識するのではなくて、時間と空間という主観的媒質を通して物がわれわれに現象する姿を認識するにすぎない。これが、われわれは物自体(Ding an sich)をではなく現象(Erscheinung)を認識するにすぎない、というカントの命題の意味である。かれの言うところによれば、かれは時間、空間の先験的観念性を主張しはするが、その経験的実在性を否定するものではない。すなわち、われわれの外部に物が実在するということは、われわれ自身およびわれわれの内的状態が存在しているのと同じ程度に確かなのであって、ただそれらは、空間と時間とから独立してそれ自らがあるとおりに現れるのではないと言うだけである。
 現象の背後にかくれている物自体について、カントは批判の第1版では、自我と物自体とが同一の思考的な実体であることはありえないことではない、と言っている。カントが憶測としてもらしたこの思想こそ、ヘーゲルまでの哲学の発展の源となった物である。しかしカントはその第2版では右の文章を削除している。
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2017年01月29日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(1/10)

目次

(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)シュヴェーグラー『西洋哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約@
(3)シュヴェーグラー『西洋哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約A
(4)ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約@
(5)ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約A
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:カント『純粋理性批判』の構成はどのようなものか
(8)論点2:カントは『純粋理性批判』で何を説いたか
(9)論点3:カント『純粋理性批判』は哲学史上、どのように位置づけられるか
(10)参加者の感想の紹介

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(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は、昨年までの2年間にわたるヘーゲル『哲学史』の学びを踏まえて、今年からはカント『純粋理性批判』に挑戦していきます。哲学の流れの概要を一般教養レベルで押さえた上で、二律背反と物自体論を中心とするカント哲学の構造を明らかにし、自己がこの世界とどのように対峙していくのかをしっかりと押さえていこうというわけです。

 1月例会では、『純粋理性批判』を読み進めていくにあたって、これまでこの例会で扱ったシュヴェーグラー『西洋哲学史』及びヘーゲル『哲学史』において、『純粋理性批判』がどのように取り上げられていたのかを確認しました。今回の例会報告では、まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと、扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し、ついで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。

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京都弁証法認識論研究会 2017年1月例会
カント『純粋理性批判』を読んでいくにあたって

はじめに
 我々がカント『純粋理性批判』を読んでいくのは、いうまでもなく、自分自身の学問的実力(世界の全てを論理的・体系的に把握する力)を創っていくための取り組みの一環として、である。そのためには、「個体発生は系統発生を繰返す」の観点から、哲学の歴史を自分自身が辿り返すために『純粋理性批判』を読んでいくのだ、という姿勢が欠かせない。『純粋理性批判』を、あくまでも哲学の歴史の大きな流れのなかに位置付け、人類の認識の発展史においてどのような問題を解決し、どのような問題を後世に残したのかをつかんでいく必要がある。今回は、カント『純粋理性批判』の哲学上の位置づけを考える上で踏まえるべきものとして、南郷継正の著作における『純粋理性批判』に関する記述を確認しておきたい。

1.「二律背反」「物自体論」とはどういうものか
 南郷継正は、「新版 武道と弁証法の理論」(『全集第十二巻』所収)の「論理学基本用語五十」で、「二律背反」「物自体論」を取り上げて解説している。

「(四七)二律背反とは何か。カントが『純粋理性批判』で空間は無限であると証明できると説いているが、また、空間は有限であるとも証明できる。このように、あることを証明するのに、一方ではAと証明でき、他方では非Aと証明できるといった具合に、正反対のことが同一のことでしっかりと間違いなく証明できることを、二律背反というのである。……
 弁証法ではこれを対立物の統一として解決できるのであるが、カントは背反している二律を統一できるほどの実力の形成が今一歩及ばず、結果として物自体の性質は主観としての認識が決定するのだと「物自体論」でもって、説くことになってしまったのである。」(『武道哲学講義 著作・講義全集 第十二巻』p.112)
「(四八)物自体論とは何か。カントは……二律背反の先にある解決に悩んだあげく、二律が相反するのは、対象の性質のゆえではなく対象に性質がないがゆえとして論理の問題として自分の観念たる認識、すなわち頭脳活動の実力に解決を求めてしまったのである。……」(同、p.113)

 また、『武道哲学講義(第二巻)』の「第二部 『学問としての弁証法の復権』――弁証法の学的復活を願って――」の「第三章 学問としての弁証法の学びに必須の認識論」の「第二説 歴史上の哲学者による認識論の究明」では、カント『純粋理性批判』からヘーゲルへの発展について次のように説いている。

「カントの学問的な評価として本当に存在するものは、「二律背反」と、「物自体論」なのだと、諸氏が私の読者であるなら分かってほしいものである。ここをしっかりと分かることが、カントの真髄を理解できるかどうかの分かれ道となるからである。
 諸氏には『純粋理性批判』の学習はとても難解だと思うが、これは本書で説いている弁証法の成立過程に諸氏がしっかりと学んでいれば、次第にカントの理論の中身が分かってくることになっていく。
 カント以上の大哲学者たるヘーゲルは、カントのここをしっかりと弁証法的レベルで学びとって理解しきれたからこそ、彼ヘーゲルは学問上の実力が見事に培えたのだと断言しておこう。……
また、ここを単なる「理論上の」二律背反としただけで、そこを理解する能力のなかった人は、二律背反を学問的哲学的、弁証法的に説明しきれず、ましてやこの二律背反と物自体論の含む立体構造を体系として解ききることはなかったのである。でもさすがにヘーゲルはそれを成し遂げたのだともいえるのであるが、肝心の点で大失策をしてしまったと、ここでは説いておこう。」(『武道哲学講義(第二巻)』、p.179)

2.ヘーゲルの「大失策」とは何か
 この「大失策」については、「ヘーゲル」の「物自体論」理解、およびそれをふまえた「三浦つとむ」の「物自体論」解説が引用された上で、次のように述べられている。

「学的レベルで説けば、カントの「物自体論」なるものは、本質論レベルでの概念であることを、お二方は分かることがなかったということである。それだけに、お二方はここを現象レベルで捉え返して、このような解説をなしてしまうとの愚を犯すことになったのである。
 「論理学」の本質論と「論理学」の現象論とはレベルが大きく異なるのであり、「現象論」は「構造論」を経てようやくに「本質論」へと転成していけるのであり、「現象論レベル」への物自体と二律背反は、「構造論レベル」の物自体と二律背反でないことくらい、お二方には分かるべきだったのである。
 まして本質論レベルでは、二律背反は存在しない(できない)し、物自体の本質論というものを概念化することなしには、本当の二律背反の概念も成立できないのである。」(『武道哲学講義(第二巻)』p.185)

 さらに、このことに関わって『全集第二巻』の「あとがき」では、次のように述べられている。

「カントの『物自体』論、『二律背反』論は本当はその成立過程の論理構造こそが大事であるのに、すなわちここは学問レベル、論理学レベル、哲学レベルでその構造の成立過程をとらえ返さなければならないのに、『物自体』論を事実レベルにおとしめて批判したヘーゲル(『大論理学』〔先験的観念論の物自体論〕)も含めて、そこをなすことをしなかったばかりに、多くの学者たちは哲学者カントの実力をずいぶんと低くみてしまったものだなあ」(『武道哲学講義 著作・講義全集 第二巻』、p.366)

 また、『全集第十二巻』では次のように述べられている。

「カントの「物自体」論は、これは本質論であり、けっして構造論でもなければましてや現象論や実体論でもない。なのにどうしてヘーゲルほどの人物が、事実的批判! レベルなのであろうか。これはまったくもって現象論がようやくである。では、ヘーゲルはどうすべきだったのか。解答は簡単である。カントの「物自体」はカントにとっての本質論なのであるから、ヘーゲルは自らの本質論である「絶対精神」の過程的構造ないし構造の過程を把持して、そのレベルで批判すべきだったのである」(『武道哲学講義 著作・講義全集 第十二巻』、p.87)

3.報告者からの若干のコメント
 カントにおいて学問的に重要なのは「二律背反」と「物自体論」であり、ここが分かっていなければカントの真髄は理解できない、という指摘を、『純粋理性批判』を読み進めていく上での大前提として、改めてしっかりと確認しておくべきであろう。また、カントの理論の中身を分かるためには、『武道哲学講義(第二巻)』などで説かれている「弁証法の成立過程」をしっかりと学んでおかなければならない、という指摘もしっかりと受け止めておかなければならない。古代ギリシャ以来の弁証法の生成発展の歴史の流れのなかで、カントの「二律背反」「物自体論」がどのような位置を占めるのか、その立体構造の成立過程をしっかりとつかむことが必要であろう。そのようにしてこそ、「現象論レベル」の物自体と二律背反と「構造論レベル」の物自体と二律背反とはどういうものか、また、カントの「物自体」はカントにとっての本質論であるとはどういうことか、などの問題が解けてくるのではないだろうか。

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 以上の報告に対しては、概ね肯定的な評価が述べられました。南郷先生がカント哲学に関わって説いておられる部分を引用してあるので、今後の学びの指針とすることができるとか、もう一度南郷先生著作をしっかりと読み返してみることで、カントがどのようなことを哲学史上で成し遂げ、何が課題として残ったのかを把握しておく必要があるとか、南郷先生の指摘に従って、『純粋理性批判』を理解するために弁証法の歴史を徹底して学ぶ必要があるとかいったコメントがありました。
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2017年01月28日

一会員による『学城』第4号の感想(13/13)

(13)我々はどのような研究活動を行っていくのか

 本稿は『学城』第4号の感想を認めることによって、特に全体を貫くテーマとして設定した「一般論を掲げての学びの重要性」という観点から、この第4号の中身を主体的に自分の実力とすることを目的として、これまで第4号に掲載されている11本の論文を取り上げ、その要約を行い、学ぶべき点を明かにしてきたものである。

 ここでこれまでの流れを、「一般論を掲げての学びの重要性」という点に絞って、大きく振り返っておきたいと思う。

 まず、連載第2回に取り上げた加納論文では、「一般論を掲げての学びの重要性」が総論的に説かれていた。すなわち、まずは自らの専門とする対象の一般論を措定するまでの学びとして、先学の業績をしっかりと自らの実力と化しつつ、その歴史的な流れを論理的に把握するとともに、さらに広く、哲学史の流れを押さえること、一般教養を深く学ぶことが必要だとされていた。そうした過程を経て一般論を措定した後は、その一般論から対象的事実を説いていく必要があるということであった。

 こうした「一般論を掲げての学び」が学問構築過程において必須であることも説かれていた。連載第5回に取り上げたP江論文では、「一般論を掲げての学び」が学問構築過程での鍵であり、こうした学びを経て、当初仮説的に掲げた一般論が本質論へと昇華することが説かれていた。連載第6回に扱った本田・P江論文では、一般論を磨き上げておくことによって、他者の提唱する学説の成否が即座に判断できることが説かれていた。また、連載第8回に取り上げた小田論文でも、「一般論を掲げての学び」が学問構築一般論であり、対象の構造を深めていくことになっていくことが述べられていた。

 連載第9回の志垣論文では、自らの対象とする分野をより広い一般論から考察していくことの重要性が説かれていた。すなわち、障害とは何かを問うにはそもそも人間とは何かから問い、障害児教育を問題にする際にはそもそも教育一般論を土台にすべきことが説かれていたのであった。つまり、ある対象に関する「一般論」はそれだけで独立してあるのではなくて、諸々の対象の構造に見合った形で「一般論」も立体的な構造をなしているということである。

 では、どのような学問をするにしても必須の「一般論」にはどのようなものがあるのか。連載第3回第4回の悠季論文、連載第7回の諸星・悠季論文では、認識一般論の重要性が指摘されていた。具体的には、認識一般論を媒介として、古代ギリシャのタレスの認識に関する具体的な事実が論理的に説かれていたり、ギリシャが文化のレベルをアップさせていった過程が展開されていたり、ヒポクラテスの時代の医療が一般的に措定されて、それが事実レベルで説かれていたりしたのであった。連載第10回の横田論文では、住宅などの人間に関わる問題を説くためには、「生命の歴史」をしっかりと踏まえる必要があることが説かれていた。連載第12回で取り上げた南郷論文では、こうしたことを踏まえて、「人間とは何か」を「国家とは何か」を押さえつつ把握することが重要だとされていたのであった。

 連載第11回で扱った井上先生の小説では、「一般論」の理解を深めるために、宗教における「悟り」ということに絡めて「一般論」が展開されていた。すなわち、「悟り」とは主客合一の境地であり、学問でいえば「一般論」に到達したことを意味するということであった。

 以上、これまで説いてきた中身の重要な点を振り返っておいた。端的にまとめると、学問構築過程においては、何よりもまず、一般論を掲げての学びが重要であって、そのためには、個別科学史を哲学史をふまえる形で研鑽しつつ、一般教養レベルの学びを深めていく必要があるのであって、こうした過程を経て仮説的にでも一般論を掲げたならば、そこから対象的事実に問いかけ、対象の構造をしっかりと把握しつつ、一般論を本質論へと高めていく必要がある、これが学問構築過程であるということであった。さらに、こうした学びの過程においては、認識とは何か、「生命の歴史」はどのようなものか、人間とはどういう存在かという本質的な問題については深く学んでおく必要があるということであった。

 連載第1回に述べたように、今回取り上げた『学城』第4号はそれまでの「弁証法編」という文言が消え、いわば弁証法が当たり前の実力を身に着けた上での学びの過程が説かれていたのであった。しかし、ここでよく考えておくべきことは、これは何も、もう弁証法の学びを卒業したとして、弁証法の学びを全くしなくてよいということでは決してないということである。

 我々京都弁証法認識論研究会においても、20年になろうという歩みにおいて、あるいは新規会員が入会してきたことをきっかけとして、あるいは基本的な概念がまだまだ不明確であることが判明したことによって、弁証法の基本書である三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』に立ち返っての学びを繰り返し実践してきたのである。つまり、今回取り上げた『学城』第4号への学びにおいても、弁証法を全く度外視しての学びということはあり得ないのであって、弁証法の学びを土台としつつ、さらに「一般論を掲げての学び」を実践していくということでなければならないのである。

 こうした基本はしっかりと押さえつつ、さらに認識論や「生命の歴史」をしっかりと踏まえつつ、「人間とは何か」に関する諸々の学びを実践していくことを土台として、また深い一般教養の学びに取り組みながら、それぞれの個別科学史、その背景にある哲学史を深めていくこと、そうしてそれぞれの分野での一般論をまずは措定して、そこから対象の構造を深めていくことを目指して、今後も我々京都弁証法認識論研究会は今後も活動していく予定である。具体的には、弁証法については常に『弁証法はどういう科学か』に立ち返って学び続け、認識論については海保静子『育児の認識学』、南郷継正『なんごうつぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義』に徹底的に学び、「生命の歴史」については本田克也・加藤幸信・浅野昌充・神庭純子『看護のための「いのちの歴史」の物語』を土台にして学び続け、「人間とは何か」を分かるために「歴史を題材とした時代小説」「人間の心を主題にしている小説」「社会派とされている推理小説」(『なんごうつぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義(1)』p.106)をしっかりと学んでいき、さらに哲学の流れの理解を深めていくことを研究会共通の土台とする。その上に、個別科学史の研鑽及び一般論の措定、さらにはその一般論から対象とする専門分野の構造を把握していくことを大きな目標として活動していく予定である。本ブログのタイトル部分にも掲げてある通り、「日本復興」のための学問の道を歩み続けていく覚悟を述べて、本稿を終えることにする。

(了)
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2017年01月27日

一会員による『学城』第4号の感想(12/13)

(12)学問構築のためには「人間とは何か」、「国家とは何か」を学ぶ必要がある

 今回取り上げるのは、南郷継正先生による「学問への道」に関する講義である。ここでは、弁証法の学びの重要性について説かれていく。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する(本論文にはリード文はない)。

南郷継正
東京大学学生に語る「学問への道」(2)
―平成16年、夏期東京大学合宿講義―

 〈目 次〉
第1章 真の東京大学の復権に向かって、何をいかに学ぶべきか
 第1節 弁証法と武道空手の学びの同一性について
 第2節 農学とは何か―歴史における農業のおこり
 第3節 武術の歴史上の登場について
(以上、『学城』第3号 収録)
 第4節 論理的な頭脳を創るための学びを説く
 第5節 日本のリーダーとなるために
第2章 東大生に贈る、見事な頭脳になるための「学問としての弁証法」
 第1節 学問一般としての哲学を説く
 第2節 弁証法とは何か
 第3節 人間の頭脳は創り創られた実力によって活動範囲が確定される
 (以下次号)
 第4節 東大生として創り創られてきたことの欠陥
 第5節 頭脳を創りかえるためには
第3章 質問に答える
 第1節 組織について学ぶことの意義
 第2節 アリストテレスとヘーゲルを学ぶ理由
 第3節 人間体を武道空手体に創りかえるとは
 第4節 法は社会によって創られる
 第5節 社会にはそれを統括する指導者が必要である
第4章 弁証法・認識論・論理学とはなにか
 第1節 一流の人間になるためになすべきこと
 第2節 今の大学教育に欠けたるもの
 第3節 弁証法とはなにか、どう学べばよいのか
 第4節 認識論とはなにか
 第5節 論理学とはなにか

 本論文ではまず、論理的な頭脳ができない理由が説かれる。1つは、脳が頭脳として働くための運動不足のため、2つ目は、一般教養の知識が決定的に不足しているためだとされる。そして、一般教養の体系的な勉強が弁証法の学びのための基本であること、一般教養として修得した知識を体系性を持って並びかえられるための実力としての論理学の学びも必要であることが説かれる。次に、日本のリーダーとなって、自らの意志で日本を創るためには、「人間とは何か」、「国家とは何か」を知り、武道空手を修業して第一級の人生を歩めるための体力・精神力を培う必要があると述べられる。また、世界一を目指すためには、「学問としての弁証法」と「武道としての空手」をともに学ぶ必要があると説かれる。論の展開はここから哲学と科学に移っていく。科学は哲学から分かれたものであって、逆に東京大学全体の講座を集合させ、それを統括したものが哲学であると説かれる。そして弁証法に関しては、学問が弁証法的な努力の末に創出されたものであり、古代ギリシャ、カント、ヘーゲルの学問を学ぶためには、弁証法の真の実態を知らなければ不可能であると述べられる。最後に、人間はすべてにおいて人間として育てられるべく育てられないと、決して人間にはなれないということをしっかりとおさえて、頭脳(実体)と頭脳活動(機能)を向上できるようにしていく必要があると説かれる。

 本論文についてまず感じたことは、今まであまり意識していなかったのだが、この講義の内容ではなくて雰囲気が、非常に格調高いということである。もちろん、内容が伴ってこその講義であるが、実際に当時、南郷先生が東京大学の学生に向って説いておられた風景がはっきりと頭の中に浮かんでくるような、圧倒的な存在感を持った文章であることが、まずもって非常に印象的であった。さらに内容についても、細かいところからいえば、サル(猿類)からヒト(人類)への過程において、農業の創出、労働による手足の駆使が如何なる役割を果たしたのか、記憶力と思考力が如何なる関係にあるのか、一般教養の学びは如何にあるべきか、空気中の窒素の役割は何か、肺の役割は何か、といった諸々の問題に触れられていることが分かってくる。もちろん、これらの問題に関しては、その全てがこの短い講義の中で説き切られているわけではないのであるが、自分もそうした問題を単に知識として知っているだけではなくて、論理的に筋を通して考えられる頭脳の実力を手に入れたい! 何としてもそうした実力をつけて日本の真の指導者になりたい! と思わせるような感動的な展開となっているのである。

 さて、本稿全体を貫くテーマとして設定した「一般論を掲げての学びの重要性」ということに関わって、本論文から学ぶべきことを考えてみよう。それは、何といっても、「人間とは何か」という一般論をしっかりと把握してかかる必要があるということである。そもそも学問とは、人間が創出するものであり、人間が直面する諸々の問題を解決して、よりよい生活を享受するために創出するものである以上、その学問を生み出す主体であり、学問の成果を享受する客体であるところの「人間とは何か」という問題については、どの分野の学問であってもしっかりと押さえておくべき事柄になるのである。

 では、その「人間とは何か」である。本論文では以下のように説かれている。

「人間は創られて人間となり、創って人間となる」(p.196)

 この規定は、人間と他の動物とを分かつ決定的な要因が内に含まれているものであり、人間に関わる問題を説く際には、必ず踏まえなければならない人間一般論である。つまり、人間は他の動物のように、放っておいても育っていくというものではなくて、教育如何によって人間になれるのであるし、いわゆる個性というものも、生得的なものはほとんどなく、大半は生まれてからのしつけや教育によって創られてきたものであるということであるし、人間の認識を問題にするにしても、人間の言語を問題にするにしても、経済にしてももちろん教育に関しても、全て人間に関する問題を説こうとするならば、必ずこの人間一般論を押さえて、ここから説いていく必要があるということである。例えば、筆者の専門分野たる言語に関しても、人間は創り創られて人間となるということの過程における言語の役割をしっかりと考察することから研究をスタートさせていく必要があるのである。そもそもなぜ言語を人間が生み出したのか、その原点から問うていく必要があるのである。

 本論文ではさらに、この「人間とは何か」に加え、「国家とは何か」を知る必要がある、それはまともな人間社会のリーダー、統括者となるために必須の事柄であるとされていることも注目に値する。すなわち、人間の問題を考える際には、個別に人間を取り出し、人間だけを視野に研究を進めるというやり方では駄目であって、必ず社会的個人としての人間、国家の成員としての人間という視点で研究を進める必要があるということが示唆されているのである。人間は、社会から断絶されては生きていけないし、その社会とは、国家という枠組みを持って初めて成立可能なものだからである。故に、「人間とは何か」、「国家とは何か」という原点をしっかりと学びつつ、それぞれの個別科学の発展にまい進していく必要があるのである。

 以上をしっかりと踏まえて、何度も何度もこの論文に学び続けていくとともに、言語学の新たな地平を切り開いていく決意を述べておきたいと思う。
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2017年01月26日

一会員による『学城』第4号の感想(11/13)

(11)「悟り」と一般論との共通性とはどのようなものか

 今回取り上げるのは、井上真紀先生による小説である。前号の続きとして、今回も「悟りへの道を考える」ための内容が展開されている。

 以下、本小説の著者名・タイトルである。(本小説にリード文はない。)

井上真紀
青頭巾―『雨月物語』より(下)
―悟りへの道を考える(2)

 本小説のあらすじは以下の通りである。

 夜になり雨が降り出した。座禅を組んだ西庵のもとに、昼間の青年僧が歩み寄る。昼と違い、髪は肩まで届き、髭におおわれ、血走った眼だけが光っている。西庵を探し出そうとしているようであるが、本尊の真ん前に鎮座しているのに目に映らないらしい。西庵が呼びかけやっと気づいた住職は、自分と白菊丸との寺に土足で入り込んだ西庵に我慢ならず飛びかかるが、西庵はその鼻面を杖で撲りつけ、白菊丸に住職を救ってくれと言われてここにやってきたことを話し、静かに語り始めた。―紀清(西庵の俗名)は主人の奥方に歌を披露し褒められた上、御簾の隙間から白い横顔をちらりと見て以来、恋に落ちてしまった。22の紀清には妻子もいたが、恋慕がつのるばかりであった。その後幾度か、人のいないときに声をかけられ会ううちに、ますます思いは募る。そしてとうとうある夜、奥方腹心の侍女に連れられて、紀清は邸奥の寝所へ引き入れられた。その一夜、ついに願いがかなったが、その後奥方は手のひらを返したように、邸の奥に引きこもり、紀清に姿を見せることがなくなってしまった。そのため余計に心が乱れた紀清は、いつか手引きをしてくれた侍女をつかまえ、その情熱を訴えると、老境の侍女は「奥方様は、『あこぎの浦ぞ』とおっしゃっておれらます」とそっけなく告げた。さらに今までこっそりと何人の殿方を通わせたことかと紀清をさげすむ。それでも思慕の念が激しさを増した紀清は、自殺や心中を考えるが、とうとう23歳で出家し、自分の心を歌にして吐き出し続けた。風の便りにあの奥方も40代の若さで亡くなったことを聞いたりもして、あるときふと気づいた。あの人はここにいる、月も花も雨水もすべてあの人の変わり身だということに。―話を終えた西庵は住職に声をかけるが、そこには誰もいない。翌朝、本堂の中に住職が身に着けていた青い頭巾が落ちていたのを拾って寺を後にした西庵は、あの夜、枕元に現れた稚児に礼を言われた。稚児は畜生の身に生まれ変わると言い残して消えていったのである。

 この小説に関して考えてみたいことは、副題にもある「悟り」についてである。

 まず、「悟り」とはどういうことかを考察してみたい。この小説は非常に捉えどころがなく、「悟り」の手がかりがないようにも思えるが、読んでいくと少し気になる表現がいくつか出てくることに気が付いてくる。それは、住職が目の前にいるはずの西庵を見つけられない、あるいは見失うという場面が描かれている部分である。

「座禅を組んだ西庵は、昼間の姿勢のまま、彫像のように身動き1つしていない。端然とし得て静謐なる様は、埃に覆われたこの堂の本尊と同じ有様である。」(p.153)

 昼間の姿とは違った、まるで鬼か怪物かにでもなってしまったかのような住職が初めて登場する場面の西庵の描写である。この西庵を住職は目の前にいるにもかかわらず見つけられないのである。

 もう1つの場面は、住職が、自らが喰ってしまった白菊丸と一心同体だと主張するのに対して、西庵が「白菊丸は、そなたと共にはおらぬよ」と反論したことに激高して、西庵に飛びかかる場面である。

「西庵は、その刹那、すうと眼を閉じて、心をある境地に集中させた。」(p.156)

 そうすると飛びかかった住職は、途端に目標を見失ってしまうのである。

 こうした住職が西庵を見失う場面の描写に加え、西庵が出家して最後に辿りついた境地についての以下の説明を合わせることで、「悟り」とはどういうことかが見えてくるのである。

「そしてあるとき、ふと気付いた。自分はあの人を手に入れられないと苦しんで悲しんでいたけれど、そうではないではないか。あの人はここにいる。自分とともに、ここに存在している。自分が歌を詠もうと眺める月も、桜の花も、天からしたたる雨水も、すべてあの人の変わり身だ。眼を閉じれば、静かになった自分の心に寄り添って、いや、自分自身を包み込むようにしてあの人が存在するのを感じられる。」(p.161)

 つまり、先の描写とこの引用部分を合わせて考えるならば、「悟り」とは主客合一、自分も相手も、全ての自然も何もかも、結局は自分自身と同じものだと知ることだということになろう。自分が思慕した奥方は、奥方としての姿であるのではなくて、そこにもここにも様々な形で自分の前にいるのであるし、さらにそれらは自分を包んで自分と一体化しているのだという境地こそが「悟り」であり、だからこそ上の場面では住職が西庵と他のものとの区別がつかずに、西庵を見失うことにもなってしまったのである。

 では次に、この「悟り」ということと、本稿のテーマである「一般論を掲げての学びの重要性」ということとのつながりはどのようなものか、この問題を考えておきたい。答えを端的にいえば、それは「一」ということになる。どういうことかというと、「悟り」の境地においては、自分も自分以外のものも全ては一体化しており、区別し難く結びついていたのであるが、これは全ては「一」ということである。一方、学問における「一般論」に関しても、これは自らの対象とするものの全てをここから問い、全てをここに収斂させるべき「一」であって、哲学でいえば、世界の森羅万象の本質、根本原理、ヘーゲルのいう「絶対精神」である。だから、「悟り」の境地に達したということは、学問の世界でいえば「一般論」を措定し得たということであり、この物語に即していえば、西庵が出家してから諸国を巡り、寺社を訪ね、参禅し、歌を詠み続けた末に到達した主客合一の境地というのは、学問を志し、大志・情熱を持って論理能力を磨くとともに、自らの対象とする学的世界に格闘レベルで関わる中で、遂に到達できた「一般論」であるといえるのである。さらにいえば、この物語で西庵は、主客合一の境地に達してからも研鑽し続けているように、そしてその境地を語るという実践を続けているように、我々も学問の世界において、仮説的に捉えた「一般論」を高く掲げて、そこから自らの専門分野の対象に問いかけ、深めていった構造を世に問うていくという実践が必要になってくるのである。ここを端的にいえば、「一般論」を措定してからがスタートであって、ここから学問の道が始まるのだということである。

 我々京都弁証法認識論研究会は、長年の研鑽をふまえて、やっと今スタート地点に立ったという認識を踏まえて、今年1年を大きく飛躍の年と位置付け、研究会の機関誌の発行を目指して歩んでいることは、今年の年頭論文「年頭言:機関誌の発刊を目指して」で説いた通りである。全てを自らの問題として考察し続けていくことで、自らの学問を創出していく決意を改めて述べておくこととしたい。
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2017年01月25日

一会員による『学城』第4号の感想(10/13)

(10)人間に関する問題を説くには「生命の歴史」を踏まえる必要がある

 今回取り上げるのは、横田政夫先生によるバリアフリー住宅についての論文である。そもそも人間にとって住宅とは何かという本質的な問題からバリアフリー住宅が問われていく。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・リード文・目次を示しておく。

横田政夫
「バリアフリー住宅」は転ばぬ先の杖か
―人間にとって「住宅」とは何か―

 本稿では、「バリアフリー住宅」を、若く健康な時期から導入することが、いかなる結果を招くことになるかを、人間にとっての住宅とは何かをふまえながら論じていく。

 〈目 次〉
一、「バリアフリー住宅」とは
 (1) 「バリアフリー住宅」は一般的にどうとらえられているか
 (2) 「反バリアフリー住宅」をつくった芸術家
 (3) 「バリアフリー住宅」は本当に転ばぬ先の杖か
二、そもそも住宅とは何かから「バリアフリー住宅」を問う
 (1) 人間にとって「住宅とは何か」
 (2) 住宅一般から、「従来の住宅」と「バリアフリー住宅」とを考える
 (3) 住宅一般からみると「バリアフリー住宅」は身体を必要以上に衰えさせることにつながる

 本論文ではまず、バリアフリー化が高齢者の健康を維持する上で効果があるかどうかについては、人間とは何かをしっかりとふまえて考える必要があると説かれた後、一般的な見解として、高齢者にとっても安全で快適で使いやすく住み続けられる住宅をバリアフリー住宅というということが紹介される。また、こうした見解ときわめて対極的な考え方として、「反バリアフリー住宅」、すなわち床が傾き凸凹しており、球形や円筒の部屋があるユニークな住宅をつくった芸術家が取り上げられる。彼は、五感を懸命に駆使した生活をすれば体が活性化し新しい自分が生れてくると主張するが、横田先生はこの住宅について、通常の住宅としては失格であると断じるのである。そして、確かに体が不自由になってしまった高齢者にとっては「バリアフリー住宅」は必要であるが、まだ健康で働きざかりの内から「バリアフリー住宅」を導入することはかえって自立を妨げると説かれる。そのことを理解してもらうためとして横田先生は、そもそも人間にとって住宅とは何かを問う必要があるとして、「住宅とは、人生レベルでの生命と身体の一般性を、しっかりと維持できるように、その一般性を過程的に把持可能な形式で囲った生活の実体的枠組み」だと説かれる。そして、この住宅一般論を踏まえて「バリアフリー住宅」が人々の生活の再生産がうまくいくような住宅であるか検討しなければならないと述べられる。そこで昔の段差ばかりの家に住みながらも、かくしゃくとして生活をしている方が取り上げられ、そうした人たちは食事・睡眠に加え、必ず手足を使った運動をしているし、脳が運動体をしっかりと統括しているのだと説かれる。そして結論として、「バリアフリー住宅」では手足の運動をさほど必要としないことから、バリアフリーで生きるに必要なレベルでしか手足や脳を使わないため、結果として脳や体全体を衰えさせるのだと述べられる。

 この論文についても、まず取り上げるのは、『学城』第4号全体を貫くテーマとして設定した「一般論を掲げての学びの重要性」についてである。そもそもタイトルにも「人間にとって「住宅」とは何か」とあるように、「バリアフリー住宅」という特殊な問題を論じるについても、住宅一般論をしっかりと把持して説いていく必要があることが示されているのである。また、こうした問題を論じるにあたって、「人間とは何かをしっかりとふまえて考える必要があろう」(p.139)と述べられている通り、住宅一般論すらも人間一般論から導き出されているのである。これは前回確認したように、ある対象についての一般論を措定するためには、より広い対象についての一般論を踏まえる必要があるということであり、住宅という問題について考えるのなら、その住宅に住む人間とは何かという問題についてもしっかりと踏まえておく必要があるということである。

 こうしたことを踏まえて、横田先生が措定された住宅一般論がまた多くの学ぶべき事柄を備えたものとなっている。横田先生が措定された住宅一般論は、「住宅とは、人生レベルでの生命と身体の一般性を、しっかりと維持できるように、その一般性を過程的に把持可能な形式で囲った生活の実体的枠組み」であるというものであるが、この規定には、生命が単細胞生物から人間にまで進化してきた歴史の論理である「生命の歴史」が内実として含まれているのである。どういうことかというと、この一般論にある「その一般性を過程的に把持」することとはどういうことかについて、横田先生は、「生命体を誕生させた地球が、その「いのち」の発展の最高段階である人間にまで発展させた、その地球との関係性の一般的性質を把持する、ということである」(p.144)と説いておられるのである。つまり、住宅という人間の住まいに関する問題を考えるにしても、その人間とはどういう存在であるのかということを生命誕生時から連綿と続いてきた地球環境と生命との相互浸透過程を射程に入れつつ捉えておられるということである。そして、ここで述べられている生命体と地球との「関係性の一般的性質」については、具体的に、「住宅の中が、十分な陽光でそそがれていること、そして陽光にあたった水分を含む新鮮な空気がいつも入ってくること、動植物が育まれる大地に接していること、そして、その大地から湧き出す水を取り入れることができる、といったような、生物を育む自然の、その一般的な性質」(p.145)だと述べておられる。このように、住宅一般論について考える際に、「生命の歴史」をも土台として含んだような規定をサラッと説いておられるという見事な展開となっているのである。

 もう1つ、この論文から学ぶべきことは、人間の労働とはどのようなものかということについてである。横田先生は、先に提示した住宅一般論を踏まえられていない典型例として、「地上200メートル、300メートルといった超高層マンション(オフィスも含めて)」(同上)を挙げつつ、次のように説いておられる。

「人間はどのような住宅を創るかによって、その住宅のあり方に規定される形で、生活する人間自身をも創り創られもするということである。…人間が、何か対象に働きかければ、必ず何かを創りだすことになり、その結果、それに見合った自分が創りだされることになり、ましてやそれを住宅として日常的に使うとなれば、その生活そのものによって観念的にも肉体的にも、自分自身が規定されるばかりか、別の人格すら誕生されてくるということである。」(pp.146-147)

 ここで説かれていることは、一般的には、労働によって人間が創りだしたものは、逆に人間自身を規定してくるのであって、それが住宅といった日常的に使うものであればあるほど、精神的にも物質的にも人間のあり方をより大きく規定してくるものとなるということである。例としては、高層ビルに住む子供たちは、外に出る機会も少なく、野山を駆け巡るといった運動が少ない分、手足を自然とのかかわりの中で運動形態に置くことも少なく、そういう貧弱な手足を統括するレベルでしか脳も育たないことを挙げておられる。労働と疎外の関係といった弁証法的な把握もサラリと展開しておられて、非常に納得感のある展開となっている。人間の労働とは何かというイメージを大きく膨らませ、言語の謎に迫っていく上でも重要な展開だと感じた次第である。
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2017年01月24日

一会員による『学城』第4号の感想(9/13)

(9)一般論を措定するためにはより広い対象についての一般論を踏まえる必要がある

 今回取り上げるのは、志垣司先生による障害児教育に関する論文である。ここでは、教育実践の指針となる障害一般論、障害児教育一般論が展開される。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・リード文・目次を示しておく。

志垣司
障害児教育の科学的な実践理論を問う

 我が国の障害児教育は特別支援教育と改称され一見順調に発展しているかに見える。しかしその内実を問えばいまだ教育実践の指針となる科学的な実践方法論はなく、日々の実践は手探りの混迷状態にある。本稿では、人間一般をふまえた実践方法の理論の必要性を説く。

 〈目 次〉
はじめに
一、障害児教育とは
 (1)障害とは何かを人間一般から問う
 (2)障害児教育とは何かを教育一般から問う
二、科学的実践方法論の構築と確立に向けて
 ―私の専門分野は障害児教育全体の中のどこに位置づけられるのか
 (1)「自立活動」とは何か
 (2)「自立活動」の目標と内容とは
 (3)「自立活動」の担当者とは
 (4)「自立活動」(教育)と「機能訓練」(医療)とは
今回のまとめ

 本論文ではまず、障害児教育の現場では思いつきレベルや他分野からの借り物の実践が積み上げられるのみという厳しい現実が紹介され、それが人間一般・教育一般から障害を問うことがなく、認識を見てとり育てる術をもつことができないためだとされる。そして、学習指導要領の障害児教育の定義や国連や厚生労働省による障害の規定が確認され、これらは全て現象的な把握に過ぎず、教育のための指針は出てこないと断じられる。そこで、「人間とは何か」や「教育とは何か」という一般論から、障害や障害児教育の概念規定がなされていく。すなわち、「障害を負うとは、実体及び機能上の不可逆的な変化によって、そのままでは環境との相互浸透ができにくくなることである」し、「障害児教育とは、成長過程における障害による認識(=像)のゆがみを最小にするように環境を整えながら、文化遺産の継承を可能な限り大きくさせていくことにある」というのである。さらに、実践方法論とは何かが問われ、これは実践の事実の共通性を論理化し理論化したものであると説かれる。ここで志垣先生の専門分野である「自立活動」について説かれる。「自立活動」とは、普通教育の基礎・基盤を培うために、直接に障害に関わる指導領域として位置づけられるものであり、自らの障害に関わって子ども自身の主体的な改善・克服のための認識形成をめざして健康の保持、心理的な安定等を図るものだとされているが、その中身は何もないという現実だという。しかも「自立活動」の担当者の養成も十分ではなく、だからこそ志垣先生は自らの責任でその中身を創り上げていくしかなかったと説かれる。最後に、「自立活動」と「機能訓練」の違いが説かれる。すなわち、両者は同じ運動をさせていくという共通点があるものの、前者は教育であり、その目的が認識に働きかけつつ子どもたちを育てていくことにあるのに対して、後者は医療であり、健康を守ることを目的に運動の獲得を目指すものだと述べられる。

 この論文に関してまず取り上げるべきことは、『学城』第4号全体を貫くテーマとして定めた「一般論を掲げての学びの重要性」に関わって、その一般論というものは単独で存在するのではなくて、諸々の対象に関する一般論が立体的に絡み合っているのだということについてである。どういうことかというと、本論文では「障害とは何か」の障害一般論を導き出すにあたって、「人間とは何か」という人間一般論を踏まえておられるし、「障害児教育とは何か」という一般論を説くためにも、そもそも「教育とは何か」という教育一般論を踏まえておられるというように、自らの専門的対象に関わっての一般論を措定するに際して、より広い観点から自らの専門的対象を取り上げて、そのより広い観点をしっかりと内に含む形でその中の特殊領域である自らの専門分野の一般論を構築しておられるのである。このことを具体的に見ていこう。

 まず、志垣先生は障害の概念規定をするに際して、「本質的にいって、人間はすべてにわたって教育されてはじめて〈人間〉となりうる」存在であるという南郷継正先生の「人間一般」の規定を確認しておられる。そしてこの規定は「人間とは何か」を教育から見たものだとして、さらに環境との関わりで捉え返して、「人間は生まれてこのかた、環境とのやり取りをしながら育ち、また育てられていく存在である」(p.127)と述べておられる。しかも、この「環境とのやり取り」について、他の動物とは違い、「人間は認識によって環境に働きかけ、環境を変え、変えたその環境に適応し、さらに環境と自分を変えていくという限りの無い環境との相互浸透的な労働をして発展してきたのであり、そのように育って人間となる存在としてある」(pp.127-128)と説いておられる。こうしたことを確認した上で、「障害を負うとは、実体及び機能上の不可逆的な変化によって、そのままでは環境との相互浸透ができにくくなることである」(p.128)という障害の概念規定を展開しておられるのである。この概念規定には、先に踏まえられた人間一般論が見事な基盤として溶け込んでいて、人間一般を捉えた上での障害の規定であることがよく分かる内容になっている。

 さらにいえば、この規定は、国連や厚生労働省が行っている「先天的であると否とを問わず、その身体的又は精神的能力の不全のために、通常の個人的及び(又は)社会生活の必要性を、全部又は一部、自分自身では確保することができない、すべての人間」(p.126)などという障害者の規定に比べると、実践の指針となる内容が含まれていることが分かる。すなわち、後者の規定においては、人の手助けが必要なことくらいしか分からないのであるが、前者の規定においては、環境との相互浸透のあり方に注意しつつ、その障害を負った方の認識を整えていく必要があるという教育方針が導き出されるのである。

 以上のように、「障害とは何か」という一般論を措定するにしても、そもそも障害を負うのは人間であるから、「人間とは何か」という一般論を踏まえて措定すべきであるというアタマの働かせ方を学ぶ必要があるし、そうした過程で措定された一般論の力も確認する必要がある。筆者の専門分野でいえば、「言語とは何か」を措定するためには、より広い観点から言語とを捉えて、「表現とは何か」という問題から検討していく必要がある、そうしてこそ、本当に役立つ言語一般論を創出することができるのだ、ということになるだろう。

 もう1つ取り上げたいのは、隣接する領域との連関と区別をしっかりといていくことも、学問構築過程においては非常に重要になってくるということである。この論文では、「自立活動」という障害児教育の中核に関して、それが「機能訓練」という医療とどのように関わり、どのように違っているのか、詳しく展開されている。詳細は措くとして、教育の目的は認識に働きかけることで子どもを育てていくことであるが、医療の目的は健康を守ることであるという違いが強調されている。これも筆者の専門分野である言語について、例えば絵画との違いは何か、音楽との違いは何か、筋を通して展開できてこそ、言語の特徴がより深く把握できていくことになるであろうから、こうした課題にも取り組んでいく必要があると感じた次第である。
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2017年01月23日

一会員による『学城』第4号の感想(8/13)

(8)一般論を掲げての学びを通して対象の構造を深めていく

 今回取り上げるのは、小田康友先生による日本近代医学教育史に関する論文である。今回は18世紀末のフランスの医学教育改革について説いていかれる。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・リード文・目次を示しておく。

小田康友
日本近代医学教育百五十年の歴史を問う(3)
─医学教育論序説─

 医学教育近代化の過程的構造をより深く把握するため、今回は、18世紀末・フランスの医学教育改革に焦点を当てる。西洋の医学教育近代化の結節点を問えば、実践的医学教育のための貴重な遺産が次々と浮上する。

 〈目 次〉
はじめに―西欧の医学教育近代化の結節点を問う
一、革命前・フランスの医学教育と医療
 (1) 「大学医学部」教育の零落
 (2) 中世の医術と教育
 (3) 医学教育の改革を促したもの
二、18世紀末・フランスの医学教育改革とその歴史的意義
 (1) 改革の指針
  A 「手先の技術と理論的教訓との統一」
  B 病院における教育と研究
  C 医学教育者の専門化
 (2) 衛生(健康)学校の教育の内容と方法
  A カリキュラム概観
  B 継続的かつ段階的な実践教育―徒弟制教育からの継承
  C 臨床講義に見る教育の構造の深化
  D 全的な文化遺産の習得、中でも病理解剖を重視した教育と研究
三、フランスの医学教育改革の残した桎梏

 本論文ではまず、今回は18世紀末のフランスの教育改革に焦点が当てられることが述べられる。中世においては、大学教育や資格試験があったとはいえ、医術は徒弟制度によって経験的に習得していくものであり、革命前のフランスの情況も同じようなものであったという。しかし、医療の対象となる患者層の拡大、植民地拡大のための戦争等による軍医の不足など、量・質ともに従来を大きく超える医師への社会的要請が生じ、社会そのものの大転換がなされたフランスにおいて改革が行われたと述べられる。すなわち、医術に関わる文化遺産をあくまで全体として、内科と外科、知識と術を統一して、母国語であるフランス語で教育することになり、病人や貧困者の収容所であった病院が医療施設として整備され、教育・研究を行うという制度が取り入れられ、多くの症例が研究され、さらに、医学教育に携わる人には教育に専念できる環境が提供されたと説かれている。また、衛生学校のカリキュラムが概観され、病院での実践が初年度より3年間を通じて設定され、継続的・段階的に実践経験を積みつつ、文化遺産を習得していく内容となっていることが述べられる。そして、この教育改革の意義について、段階的な現場教育の方法が徒弟制教育から受け継がれていること、臨床講義では教授自らが病床にて模範的実践を示すだけでなく、その実践を行うに至った「医師としてのアタマのはたらき」をきちんと教育したことが挙げられる。最後に、こうした教育改革には、実践と並行して講義が行われるため、知識の習得についてもいきいきとした像を描きながら学べるし、その必要性も理解しながら学べるという見事な遺産が含まれている一方、重大な欠陥も潜んでいたと述べられるのである。

 この論文については、何といっても、「一般性として浮上させた「医学教育とは何か」をものさしに、歴史的事実を問い、学ぶべき貴重な文化遺産を明らかにしていくとともに、「医学教育とは何か」の構造を深めていくことになる」(p.106)と説かれている中身をしっかりと把握することが必要になってくるだろう。

 まず押さえておくべきことは、ここで説かれていることが学問構築の一般論であるということである。学問を構築しようとすれば、まずは対象とする事物・事象の一般性を把握した論理である一般論を仮説的にでも高く掲げ、この一般論から事実に問いかけ、対象とする事物・事象の構造をしっかりと把握していくことが必要になってくるのであった。小田先生の場合には、「医学教育」が対象であって、その構造を深めていくために、「医学教育とは何か」という一般論を掲げて、歴史的事実に問いかけ、学びを深めていっておられるということである。

 では、「医学教育とは何か」の一般論とはどのようなものであろうか。これは前号で説かれていた。すなわち、「科学的医学体系に導かれた医術教育」こそが医学教育の一般論であって、その中身は、まずは医学が科学的に体系化される必要があるし、その科学を現実の対象に適用するための理論である「技術論」と、それを学ぶ・教育するための理論である「上達論」の構築も必要になってくるということであった。

 次に、この「医学教育とは何か」の一般論でもって、18世紀末にフランスで行われた「実践的教育に論理の光を当てて見る」(p.122)ことで浮上してくる「見事なる内容」(同上)とはどのようなものかが問われなければならない。それは以下の通りであると説かれる。

「@病院での継続的・段階的実践と並行して講義を行い、時代の文化遺産の最先端を全的かつ系統的に習得させたこと、Aなかでも観察と経験を重視し、病床での患者の観察と死後の病理解剖所見をつきあわせることによって、病気を理解する教育・研究を徹底したこと、B臨床講義を通して、実践の模範を示すばかりでなく、そのような実践の根拠となるアタマのはたらきを示し教育したこと、という点である。」(p.123)

 これらをさらに端的にまとめれば、事実と論理ののぼりおりを重視しつつ、診断と治療を実践する際の過程的構造を教育したことが18世紀末のフランスの教育改革から学ぶべき遺産だということだろう。

 ここで注意すべきは、一般論を「ものさし」にして歴史的事実に問いかけるとき、そこから浮上してきた「現代日本の医学教育改革が学ぶべき、多くの遺産」(p.123)は、同時に「医学教育」の構造を深めるものでもあるということである。ここで明らかにされた「遺産」は、科学的医学体系をアタマの中に描くに際して、事実と論理ののぼりおりを通して学んでいくことが重要であることを示しているし、実際の診断と治療の技術を習得しようとする際には、結果のみではなくて、そうした診断や治療をした過程的構造をしっかりとしたものとして確立しなければならないことも示している。

 この「医学教育」を例として説かれた学問構築過程を、筆者の専門分野である言語でもしっかりと辿りかえしていくことこそ、この論文に学ぶことになるのだと肝に銘じて研鑽を積んでいかなければならない。
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2017年01月22日

一会員による『学城』第4号の感想(7/13)

(7)人類の認識の発展過程を一般的に押さえておくことの重要性

 今回取り上げるのは、諸星史文先生と悠季真理先生による医学の歴史に関する論文である。この論文では、ヒポクラテスのいう「フュシス」(自然)とはどのようなものかが説かれていく。

 本論文の著者名・タイトル・リード文・目次は以下の通りである。

諸星史文
悠季真理
学問形成のために問う医学の歴史(4)
―医学史とは何か―

 本稿では、ヒポクラテスの特徴の1つとされるいわゆる「自然の治癒力」を取り上げ、ヒポクラテスが説いた本当の中身は何であったか、そしてそれは医学史の中でどのようなレベルといえるかを、原典に基づいて明らかにする。

 〈目 次〉
はじめに
一、「自然の治癒力」を取り上げる理由
二、ヒポクラテスの「フュシス」(自然)についての現代の見解
三、古代ギリシャにおける「フュシス」(自然)とは何か
四、ヒポクラテスの説く「フュシス」とは何か
五、人間の「フュシス」としての「四体液」
六、ヒポクラテスの「フュシス」は現象レベルである
七、ヒポクラテスと現代の「フュシス」に関する視点の違い
おわりに

 本論文ではまず、今回はヒポクラテスの「自然の治癒力」がどのようなものか、それは本来医学史上どのようなレベルのものかを論じることが述べられる。そして、「自然の治癒力」が現代ではどのような意味で用いられるかが確認される。すなわち、現代では、「生体に本来(自然に)備わっている、病気を治癒させる力」という意味で用いられるというのである。では、ヒポクラテスの説く「自然の治癒力」も同様の意味を持っていたのかについて、具体的に検討される。まず、アリストテレスを引用しながら、当時のギリシャ世界における「フュシス」(自然)について、それは生成してきたその元のものとか生成してきたものの持つ性質のことなどを指していたことが確認される。次にそれを踏まえて、ヒポクラテスは、人間の「フュシス」は食べものや飲みものといった諸々の「フュシス」と密接な関係にあるため、まずは人間が取り入れる外界の「フュシス」をよく知らなければならないと説いていることが紹介される。さらにそうした諸々の外界の「フュシス」を取り入れて生きている人間の「フュシス」についてヒポクラテスは、四体液のあり方によって、体が健康になったり病気になったりすると考えていて、季節のあり方に即して変化する人間の体の「フュシス」をバランスのとれた状態にすることが医師の仕事だと考えていたことが述べられる。こうした検討を踏まえて、ヒポクラテスの説く「フュシス」は単に現象を記載しそれを考察した現象レベルであること、しかしそれでも常に外界とのつながりの中で人間が健康に生きられるあり方を考えていた点が優れていることが説かれていく。

 この論文に関して、まず押さえておかなければならないことは、「人類の認識の発展過程」(p.100)はどのようなものかということについてである。本論文では、ヒポクラテスの説く「フュシス」なるものに関して、「現在の大半の医学史研究者は、ヒポクラテスは、「人体に生来そなわっている、病気を治癒し健康を保つ調整機能」を考えていた、すなわち「自然の治癒力」を考えていたと当然のごとくに述べている」(p.88)のに対して、諸星先生らはヒポクラテスにはそうした体の仕組みについて論理的に説く実力などはなく、せいぜい、季節のあり方に即して人間の体のあり方がどのように変化し、どのような病気になりやすいのかという事実を現象的に記載しているだけであると説いておられることが対比的に紹介されている。つまり、「現在の大半の医学史研究者」はヒポクラテスの実力を、現代のレベルに匹敵するものとして把握しているのに対して、諸星先生らはそうではなくて、ヒポクラテスは現代のような論理的な像など描けるはずもなく、事実を事実として見てとり、その意味を考えられるというレベル(これはこれで当時の最高峰に近い認識の実力ではあるが)に過ぎなかったと捉えておられるのである。

 ここで問題になってくるのが、「人類の認識の発展過程」である。どういうことかというと、唯物論の立場に立つ認識論においては、認識は外界の反映を原基形態として生成発展していくものであり、サルから進化した人類が、徐々に単なる反映像のみならず、独自に創造した像をも描けるようになっていく中で、対象の共通性を把握した抽象的な像を描いて具体的な像との間の立体的な関係について把握できていくようになっていったという一般的な流れがあるのであって、歴史的にいきなり高度な抽象的な像が描けたはずなどないのだということである。ヒポクラテスの時代は、漸くにして現象論段階の像が描き始められたアリストテレスの時代よりも半世紀も早い時代であって、こうした人類の赤ん坊の時代に、「人体に生来そなわっている、病気を治癒し健康を保つ調整機能」などが把握できたはずがないということである。「人類の認識の発展過程」を一般的にでも押さえておくことができたなら、「現在の大半の医学史研究者」のような見解になるはずがないのであって、逆にいえば、「現在の大半の医学史研究者」がこうした「人類の認識の発展過程」の一般論を理解していないということでもあるのである。

 もう1つ、この論文で確認しておくべきことは、ヒポクラテスの時代にどのような医療が行われたのかについて、上記の「人類の認識の発展過程」を踏まえて一般的に措定されて、それが事実レベルで説かれていることの重要性である。p.95からは「例えば、戦場で体に槍が刺されば、おびただしい血が流れ出し、寒い時期に風邪を引けば、粘液状の鼻水が出たり、熱病にかかると黒ずんだ液状のものを吐いたり、…といった、数多くの病人・ケガ人の事実を診ていく中で、人間の体の中には、血液がある、粘液がある、胆汁がある、胆汁には黄色いものや黒ずんだものがある…ということが分かっていったのである」と説かれ、さらに、「直接目に見える事実をふまえて、そこから目に見えない体の中の状態について推測するようになっていった」こと、「病気になるときというのは、体液の何かが多すぎたり、少なすぎたりするときのようだそしてそれらのバランスが取れてくれば、病気が治癒して回復し、健康になるのだ、と健康な状態、病気の状態というものを、少しずつ一般的に考えられるようになっていった」ことが説かれている。こうした記述は、まるでヒポクラテスの治療をその場で観察していたかのような具体的なものであり、非常に分かりやすいし、しかも論理的に「人類の認識の発展過程」が踏まえられているということで説得力があるといえるだろう。文献も残っていないような過去の出来事については、こうした論理的かつ具体的な展開ができる実力をつけていく必要があると感じた。
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2017年01月21日

一会員による『学城』第4号の感想(6/13)

(6)一般論は血肉化するレベルで鍛えておく必要がある

 今回は、本田克也先生、P江千史先生によるウィルヒョウ『細胞病理学』を扱った論文を取りあげる。ここでは、現代の大学における研究至上主義の問題点が説かれていく。

 以下に、本論文の著者名・タイトル・リード文・目次を提示する。

本田克也
P江千史
ウィルヒョウ『細胞病理学』なるものを問う(中)
─研究至上主義は学問への道を断つ─

 前回概観したウィルヒョウの『細胞病理学』において、彼が提示した説の全体像を明らかにし、その説を貫く根本的な欠陥を、事実的、論理的に指摘した。そしてその考え方が、現代にもうけつがれていることを示した。

 〈目 次〉
 (1) なぜ今ウィルヒョウを問うのか
 (2) 『細胞病理学』が示すウィルヒョウの見解の全体像
 (3) ウィルヒョウ『細胞病理学』の最大の欠陥とは何か

 本論文では、まず、本来「学問の府」であるべき大学において、学問の追究ではなく事実の発見のための単なる研究しか行われていないのはなぜかを論じることが本論文の目的であることが確認された後、ウィルヒョウが創り上げようとした「細胞病理学」なるものが学問と称しうるほどの中身を含んでいるかの評価をすることは誤りであると述べられる。そして、ウィルヒョウの最大の業績が、細胞は細胞分裂によってしか新生しないという新事実を発見したところにあり、彼の最大の欠陥については、以下に論じていくとされる。まず、『細胞病理学』が示すウィルヒョウの見解の全体像が示される。すなわちウィルヒョウはこの著作において、「総ての細胞は細胞から」を掲げ、従前支配的であった体液病理説と神経病理説を批判しつつ、「細胞こそ、健康状態及び病的状態を通じて、一切の生命現象の真の究極的有形単位であり、一切の生命の活動の発源地である」という「細胞病理説」を打ち立て、合わせて、「総ての動物は生命ある単位体の一個の総和である」という生命体観を示した、というのである。その上で、ウィルヒョウの「細胞病理説」の最大の欠陥は、彼が「総ての動物は生命ある単位体の一個の総和である」、より明確には「一切の高級なる生物体は、総て細胞の逐次集合されて成ったもの」である、と考えていたことだと説かれる。しかしこの細胞総和説なるものはまったくの誤りであり、この説を信奉すればその人の研究生活に致命的な欠陥となると述べられる。それは、生命体はあくまで全体が1つとして統括されることによって生きているからだと説かれる。それにもかかわらず、ウィルヒョウの「細胞病理説」は現代に至るまで高い評価を得て、脈々と受け継がれているというのである。

 この論文でまず押さえておくべきことは、生物とはどのようなものかという点に関してである。そもそもこの論文は、日本弁証法論理学研究会が措定した「生命の歴史」の探求過程において、ウィルヒョウの業績を検討する中で明らかになってきたものを展開したものだと思われる。次の一節は、『看護のための「いのちの歴史」の物語』の「あとがき」にある文章である。

「私たちの研究はたしかに当初は「生物の歴史」を学問的に問いなおそうとして、始まったものでしたが、「単細胞の誕生」や「ウイルスの実体」などが理論的に問題になってきて、歴史上一流とされている研究者たち、たとえばリンネ、ダーウィン、ヘッケル、オパーリン、ハーヴェイ、ウィルヒョウなどなどの業績のほとんどを再検討する流れの中で、彼ら学者・研究者の長所・短所が浮きぼりにされるにつれて、どうしても、大哲学者であるカントやヘーゲル、そして大生物学者であったヘッケルが行ったのと同様に、自分たちの専門を学問化するために、宇宙の誕生からの研究を積む必要に迫られることになりました。
 それで宇宙の誕生から太陽系の誕生、そしてその生成発展の研究の過程を経ることによって、ようやくにして「いのち」とは何かの謎が解けてきたのです。」(p.268)

 このように、本田先生らは「生物の歴史」を探求されていく中で、「いのち」とはどのようなものかという解明がなされていったということである。そして、その結果として、「生命体は、あくまでも全体が1つとして統括(体系化)されることによって生きているのであり、それ以外では生きられようもないのである」(p.81)という生命体観とでもいうべきものが出てきたのである。

 これはいわば生命体の一般論とでも呼びうるもので、本稿のテーマである「一般論を掲げての学びの重要性」に絡めていえば、自分の専門とする対象に関する一般論が強固に出来上がっているならば、そこから問いかけることによって、誤った学説に出会った場合、即座に違和感を覚えることを証明しているように思われる。すなわち、本田先生らにとっては、「生命体は、あくまでも全体が1つとして統括(体系化)されることによって生きているのであり、それ以外では生きられようもないのである」という生命体の一般論があるからこそ、「総ての動物は生命ある単位体の一個の総和である」、あるいは「一切の高級なる生物体は、総て細胞の逐次集合されて成ったもの」である、などというウィルヒョウの学説を見ると、即座に反応して、「そんなバカな!」となるのだろうと思われる。

 ここから我々が学ぶべきことは、学の対象についての一般論を磨き上げることによって、自分以外の者が提唱する学説の成否が即座に判断できるようになるのだということである。逆にいえば、ある学説の成否を即座に判断できるほどにまで、自らの一般論を鍛えておく必要があるということでもあると思う。いわば一般論が自らの感覚器官となって対象を反映するが如くに、そのレベルにまで血肉化しておく必要があるのである。

 もう1つ、この論文から学ぶべきことは、学問構築過程において、如何なる作業が必要になってくるのかということについてである。この論文でも、ウィルヒョウの学説について、どちらかといえば否定的な取り扱いにはなっている。しかし、それにしてもこの論文を読み進めていくと、本田先生らがウィルヒョウの業績について、しっかりと学び切った上でこうした論文を執筆しておられることがよく分かるのである。先に引用した『看護のための「いのちの歴史」の物語』の文章の中にもある通り、「ウィルヒョウなどなどの業績のほとんどを再検討」したからこそ、本当に正しい意味での生命体観を打ち立て、あるいは「生命の歴史」を措定するといった偉業が成し遂げられたのであろう。筆者の専門分野でいえば、言語研究史上に名を残している研究者について、その業績のほとんどを再検討していく必要がある、そうした過程で、彼らの業績をしっかりと言語研究史上に位置づけて、どのような評価が可能か、どのような点に課題を残すことになったのか、筋を通して説ける実力が必要になってくるということである。言語の一般論を鍛え上げていくためにも、プラトン、アリストテレスといった古代ギリシャの言語研究から、中世、近世のロック、ポール・ロワイヤル文法、さらに18世紀の言語起源論、19世紀の比較言語学、20世紀の構造主義言語論や変形生成文法の流れをしっかりと押さえておく必要がある。
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<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
 ・男前はなぜ得か
 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
 ・2011年4月例会報告:南郷継正『武道哲学講義W』読書会
 ・三浦つとむ弁証法の歴史的意義を問う
 ・新人教師に説く学級経営の意義と方法
 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・横須賀壽子さんにお会いして
 ・続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・学びにおける目的意識の重要性
 ・ブログ毎日更新1周年を迎えてその意義を問う
 ・2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会
 ・心理療法における外在化の意義を問う
 ・佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売
 ・新人教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む
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 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論1三浦つとむの哲学不要論をめぐって
 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む