2017年09月12日

2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推(8/10)

(8)論点2:因果律に従う時間継起の原則とは何か。

 前回は、1つ目の論点についての議論について紹介しました。経験の類推とはどういうことか、それはカント哲学の中でどのような位置づけになるのかということや、その中の1つ目である実体の常住不変性とはどういうことかなどについて議論をしました。

 今回は2つ目の論点についての議論とその議論をとおしてどのような(一応の)結論に至ったのかを紹介します。まず論点を再掲します。

<論点再掲>
 カントは経験の類推の2つ目として「一切の変化は原因と結果とを結合する法則に従って生起する」という因果律に従う時間継起の原則を挙げているが、これはどういうことか?それはどのように証明されているか?特に、表象のみならず対象(客観)においても継起するかどうかという問題について、カントがどのように説明しているのか。またこれは結局、ヒュームの因果律批判にどのように反駁しているといえるのか。唯物論の立場からこれを評価すると、どういうことがいえるであろうか?


 まず「一切の変化は原因と結果とを結合する法則に従って生起する」とはどういうことかについて確認しました。これについては、チューターを含めたメンバーの3人からそれぞれ「原因と結果というカテゴリーを現象に適用することによって、現象の変化を認識できるし、現象自体も変化するのだ、ということである」「実体の規定が生起したり消滅したりする(中略)変化の前の状態が必ず前に置かれ、その後の状態が後に置かれなければならないということが必然的に規定されているということである」「変化、すなわち、ある現象に次いで別の現象が生じるということについて、これら2つの現象の間の関係が、ある現象が先行して別の現象が続かなければならないという必然性として、客観的に規定されていなければならない、という原則のことである」という見解が出されていました。

 このうち、2つ目と3つ目はほぼ同様のことを言っているものの、1つ目の見解については、少し力点の置き方が違うように感じられるとチューターが指摘しました。その見解を書いたメンバーから「力点の置き方が違うとはどういうことか」と問われたので、次のように説明しました。

 そもそもカント哲学では、人間のもっているカテゴリーによって、現象の世界が客観的なものとして人間の目の前に現れてくるとされています。そして、その客観的な世界の中で人間は様々な体験を積むわけです。図式化していうならば、@主観(カテゴリー)→A客観(現象)→B主観(経験)という流れになるわけです。これを踏まえると、2つ目と3つ目の見解は、Aあるいは@→Aについて解説したものとなります。ところが、1つ目の見解では「現象の変化を認識できるし、現象自体も変化するのだ」と書かれています。この表現の背後には、「現象の変化を認識することによって現象自体も変化する」という認識があるように感じられます。現象の変化を認識するというのはBの話であり、現象自体が変化するというのはAの話です。そうすると、この見解はB→Aという流れになっていることになります。そこに違和感を覚えたということでした。

 この説明に対して1つ目の見解を書いたメンバーは、あまり納得できないようでした。カントはコペルニクス的転回によって、「対象が、我々の直観能力の性質に従って規定される」(p.33)と考えたのではないか、今の説明では、「現象の変化を認識する」とカントが考えていたことになり、これではコペルニクス的転回とはいえないのではないか、ということでした。

そこで別のメンバーが、チューターの説明を補う形で自分の見解を述べました。カントは、我々の目の前に客観的な世界が存在していて、その世界を通して様々な認識を獲得していく(様々な経験を積み重ねていく)ということ自体は認めているのではないか、しかしその目の前の客観的な世界というのは、物自体の世界ではなくて、我々のカテゴリーによって成立させられた現象の世界なのだ、だからこの現象の世界の成立という面では確かに「対象が、我々の直観能力の性質に従って規定される」、つまり認識が対象を生み出しているといえるが、一方では客観的な世界(現象の世界)を認識することもカントは否定していないのではないか、ということでした。このメンバーは以上の内容をまとめて、人間に世界がどのように見えてしまうか(主観が客観を作り出す側面)ということと、その世界をより深く追究していく(客観が主観を作り出す側面)ということとは別問題であって、カントの『純粋理性批判』では、後者(科学を確立していくこと)の前提としての前者の問題を扱っているのではないか、と発言しました。こうした説明で、1つ目の見解を書いたメンバーもおおむね納得しました。

 続いて、因果律に従う時間継起の原則はどのように証明されているかについて扱いました。これは要するに原因と結果のカテゴリーによって現象が成立させられているからだと述べていることを確認しました。

 ここでメンバーの一人から疑問が出されました。カントは、生起するものの知覚においては原因と結果のカテゴリーが適用されるということを述べているものの、なぜ生起するものには適用されるのか、なぜ生起しないもの(例として出されている家など)には適用されないのかということでした。様々に議論をしましたが、カントの立場からすれば、物自体が持っている性質によると考えるしかないのではないかということになりました。つまり、生起するものには原因と結果のカテゴリーが適用されるような物自体としての性質を持っているけれども、生起しないものにはそういう性質がないということです。しかし、その物自体ということはわからないから、そうした点には触れないようにしたのではないかということでした。

 次に、カントはヒュームの因果律批判にどう反論したのかを確認しました。これまでの議論の中でほぼ答えは出されているのですが、端的には、「客観は悟性にア・プリオリに具わっている規則によってこそ成立させられている」のだということ、つまり、そもそも因果律が存在するものとして我々が見ている世界はつくられているのだと主張することで、ヒュームの因果律批判に反論したのだということでした。

 このようなカントの意見は「客観と主観の一致ということにこだわった」点では唯物論の立場からも評価できるものの、「経験を積み重ねることによっては必然性の認識には到達できない、と断定してしまっている」点は批判すべきだという見解が出されました。ただし、「経験の積み重ねによってなぜ必然性の認識が可能となるのかを説かなければ、唯物論の立場からの真っ当なカント批判にはならない」という問題提起がメンバーからなされたため、この点について議論をしました。

 メンバーの一人は、端的には量質転化だと発言しました。つまり、同じ経験を何度か積み重ねることによって、科学的認識というレベルへと認識が量質転化するのだということでした。これに対して別のメンバーは、「それではヒュームからは『単なる信念にすぎない』と反論されてしまうのではないか。そういうことではなくて、そういう部分的な認識を積み重ねれば、なぜ全体の認識に至るのかということを世界自体の仕組みから説明しなければならないのではないか」と指摘しました。そして、議論を重ねた中で、全世界は弁証法性という普遍的な性質が貫かれており、それは当然部分にも貫かれているからこそ、部分を認識すれば全体を認識することにつながるのではないかという意見が出されました。この見解については、メンバー全員が納得しました。

 以上で、論点2に関する議論を終えました。
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2017年09月11日

2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推(7/10)

(7)論点1:経験の類推・実体の常住不変性の原則とは何か。

 前回は、カント『純粋理性批判』の経験の類推の部分のポイントを改めてまとめるとともに、それに対して出された論点を紹介しました。今回から、それぞれの論点についてどのような議論がなされたのかを紹介していきたいと思います。

 まず1つ目の論点です。

<論点再掲>
 カントは、純粋悟性の原則の3つ目として経験の類推を挙げているが、これはどういうことか? 特にこれは時間といかなる関係があるのか?また、直観の公理と知覚の先取的認識が数学的な構成原理と呼ばれるのに対して、経験の類推が力学的な統整的原理と名づけられているのはなぜか?ここに関わって、哲学でいう類推とはどういう意味であるとカントは説明しているか?経験の類推の第一としてあげられている実体の常住不変性とは何か? それはどのように証明されているか?カントのいわゆる実体は時間とどのように関わっているのか。その他、「現象の現実的存在」「基体」「常住不変なもの」などのキーワードにも注意しながら議論したい。


 この論点については、まず経験の類推とはどういうことかについて確認しました。これについては、「経験は知覚の必然的結合の表象によってのみ可能となる」「意識における知覚の多様な内容の総合的統一によってこそ経験(知覚による客観の規定)が可能になるのだ」などの見解が出されていました。要するに、我々の知覚というものはそのままではバラバラな存在にすぎないけれども、それがしっかりと整えられることによって経験として成立するのだということを主張しているのだということを確認しました。そして、その知覚を整える際に使っているものが時間というア・プリオリな直観の形式なのだということでした。

 また、そもそもこの経験の類推というのは、純粋理性批判全体の中にどう位置づけられるのかも確認しました。経験の類推とは、人間が純粋悟性概念(カテゴリー)を対象に適用するその適用の仕方のうち、3つ目のカテゴリー、つまり「関係」というカテゴリーを適用するということに関わって説いているものなのだということを確認しました。

 では、前回扱った直観の公理と知覚の先取的認識が数学的な構成原理と呼ばれるのに対して、経験の類推が力学的な統整的原理と名づけられているのはなぜか。続いて、この点について確認しました。これについて、もっともすっきりとまとまった見解は次のようなものでした。

「『直観の公理』と『知覚の先取的認識』は、現象における現実的存在が数学的綜合によって産出されるという原則であった。すなわち、対象が何らかの量的な規定性をもったものとして認識の側から構成されていく、というのである。これに対して、『経験の類推』は現象における現実的存在どうしの関係をア・プリオリな規則に従わせるだけの原則である。そのため、『直観の公理』と『知覚の先取的認識』が数学的な構成原理と呼ばれるのに対して、『経験の類推』は力学的な統整的原理と名づけられているわけである。」


 つまり、「直観の公理」と「知覚の先取的認識」によって、ある1つの現象が量的な規定性をもったものとして構成されるということであり、「量的」「構成される」という点を捉えて「数学的な構成原理」と呼ばれているのだということです。一方、経験の類推においては、その現象と現象との関係性を問うています。互いに影響を与え合う2つの現象の関係を整えているものという意味で、「力学的な統整的原理」と呼ばれているということです。このような把握で全員が納得しました。

 次に、哲学でいう類推とはどういう意味であるかについて確認しました。数学でいう類推とは量的な関係性を示すため、比例式の3つの項が与えられればもう1つも示しうるのに対して、哲学でいう類推とは質的な関係性を示したものであり、比例式の3つの項が与えられても、第4項は示せないという見解が出されていました。

 具体的に言うと、例えば、砂糖と塩を1:2の割合で入れるといったとき、砂糖が100gであれば、塩は200gだということが定まります。これが数学でいう類推です。これに対して、ある男の子が泣いているという現象があったとき、原因と結果というカテゴリーに基づいて、その泣いているという結果には何らかの原因があったことは推測されますが、その原因が具体的に何であるかは定めることができません。これが哲学でいう類推ということです。このような説明でメンバー全員が納得しました。

 さらに、実体の常住不変性とは何かという点について議論しました。ここに関してもメンバーの間で大きな見解の相違はありませんでした。つまり、「時間における諸々の変化するものは、時間の根底に変化しないものがあるからこそ把握できる(変化するものは変化しないものとの関係でしか認識でいない)のだ」ということであり、この変化しないものこそが実体なのだということでした。

 ただ、メンバーの一人から「ここでカントが言っている実体とは、カテゴリー表の実体とは同じものなのか、違うものなのかがわからない」という疑問が提示されました。ここでのカントの説明では実体とは客観的に存在するものとして説かれているようだが、カテゴリー表の実体とは人間の認識の側に具わっているものであるから、違うもののように感じるということでした。これについては、チューターが次のように解説をしました。カントによれば、この客観的な世界というものはあくまでも人間のもつカテゴリーがつくりだしたものにすぎません。したがって、現実の世界に存在する実体も、我々がもっている実体というカテゴリーによって生まれたものであり、そういう意味で両者は同一の存在だと言える、ということです。この説明で疑問を提示したメンバーも納得しました。

 また、ここに関わって、メンバーの一人が「カントのいわゆる実体とは、時間の物質的表現であり、現象の世界を普遍的に(全体を隙間なく)満たしているものだといえるかもしれない。これは唯物論の立場からの時間の規定に接近したものとして興味深い」という唯物論の立場からの評価を書いていました。カントは実体というものを、この世界すべての根底に存在している普遍的な存在として捉えています。これは唯物論の立場から全世界が物質的に統一されていると主張するのと、考え方としては同一だと言えます。唯物論の立場ではその物質がもっている根源的な性質として空間と時間というものを捉えるので、カントの主張はそれに近いものがあるのではないか、ということでした。確たる結論は出ませんでしたが、そういうことも言えるかもしれないということになりました。

 以上で論点1に関わる議論を終了しました。
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2017年09月10日

2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 これまで、4回にわたって『純粋理性批判』の8月例会の範囲の要約を掲載してきました。ここで、改めて、今回の範囲で大事な内容を簡単にふり返っておきたいと思います。

 そもそも我々の知覚は時間によって整序されることによって、我々の経験として成り立っているのでした。その時間は大きく三つの様態、つまり常住不変性、継起および同時的存在があるから、それに応じて経験の類推も3つがあるのだとして、それぞれが紹介されていったのでした。

 第一の類推は、実体の常住不変性の原則というものでした。これは、現象がどんなに変易しようとも実体は常住不変であり自然における実体の量は増えもしなければ減りもしないということです。そもそも時間というものが成り立つ背景には、その根底に変化しない何らかのものが存在しなければならないとして、それが実体だとカントは主張したのでした。そして、我々が見ている変化というものは、その実体の在り方の変化でしかなく、実体そのものが生起したり消滅したりしているわけではないということを説いていたのでした。

 第二の類推は、因果律に従う時間的継起の原則というものでした。これは、一切の変化は原因と結果とを結合する法則に従って生起するということです。つまり生起するものに関しては、必ず原因と結果のカテゴリーが適用されたものとして我々の目の前に現れてくるのだということです。そのことを家や船の例を出しながら説明するとともに、ヒュームの因果律批判に対して反論していたのでした。

 第三の類推は、相互作用あるいは相互性の法則に従う同時的存在の原則というものでした。これは、およそ一切の実体は空間において同時的に存在するものとして知覚される限り完全な相互作用をなしているということです。ある2つのものが同時に存在し、それぞれが互いに何らかの作用を与え合っているときに、我々はその2つのものを同時に存在するものとして把握することができるのだということでした。

 以上のような内容に関わって、会員からはいくつかの論点が提示されました。それをチューターが以下のように3つにまとめました。

1.経験の類推・実体の常住不変性の原則とは何か?
 カントは、純粋悟性の原則の3つ目として経験の類推を挙げているが、これはどういうことか? 特にこれは時間といかなる関係があるのか?また、直観の公理と知覚の先取的認識が数学的な構成原理と呼ばれるのに対して、経験の類推が力学的な統整的原理と名づけられているのはなぜか?ここに関わって、哲学でいう類推とはどういう意味であるとカントは説明しているか?経験の類推の第一としてあげられている実体の常住不変性とは何か? それはどのように証明されているか?カントのいわゆる実体は時間とどのように関わっているのか。その他、「現象の現実的存在」「基体」「常住不変なもの」などのキーワードにも注意しながら議論したい。

2.因果律に従う時間的継起の原則とは何か?
 カントは経験の類推の2つ目として「一切の変化は原因と結果とを結合する法則に従って生起する」という因果律に従う時間継起の原則を挙げているが、これはどういうことか?それはどのように証明されているか?特に、表象のみならず対象(客観)においても継起するかどうかという問題について、カントがどのように説明しているのか。またこれは結局、ヒュームの因果律批判にどのように反駁しているといえるのか。唯物論の立場からこれを評価すると、どういうことがいえるであろうか?

3.相互作用あるいは相互性の法則に従う同時的存在の原則とは何か?
 カントは経験の類推の3つ目として相互作用あるいは相互性の法則に従う同時的存在の原則を挙げている。これは、「およそ一切の実体は空間において同時的に存在するものとして知覚される限り完全な相互作用をなしている」というものであるが、これはどういうことか?それはどのように証明されているか?カントは、2つ以上の物が同一の時間に存在することを、何によって認識すると説明しているか。唯物論の立場からこれを評価すると、どういうことがいえるであろうか?

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2017年09月09日

2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推(5/10)

(5)カント『純粋理性批判』経験の類推 要約C

 前回は、第二の類推の後半部分の要約を紹介しました。前半部分でカントは一般の見解(ヒュームの因果律批判)についての反論をしたわけですが、それについてのより詳しい照明をしていました。また、因果的結合の原則は、必ずしも時間の経過ではないということなどが説かれていました。

 今回は、第三の類推の部分についての要約を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
C 第三の類推

相互作用あるいは相互性の法則に従う同時的存在の原則
 およそ一切の実体は空間において同時的に存在するものとして知覚される限り完全な相互作用をなしている

 経験的直観において、あるものの知覚が他のものの知覚に次いで継起し、また逆に前者が後者に次いで継起するというふうに、これら2つの知覚が相互的に継起し得る場合には(こうしたことは第二原則で示したように、時間における現象の継起においては生じ得ない)、これらの物は同時的に存在する。我々は、まず月を知覚しその後で地球を知覚することもできるし、逆にまず地球を知覚してから月を知覚することもできる。これらの対象の知覚が相互的に相次いで生じるので、私はこれらの物が同時的に存在するというのである。同時的存在とは、同一の時間における多様なものの実際的存在である。しかし我々は時間そのものを知覚することはできないから、2つ以上の物が同時的に置かれているからといって、これらの物の知覚が相互的に継起し得ると推知するわけにはいかない。したがって統覚における構想力の総合は、主観においてこれらの知覚のどれかが存在すれば、他の知覚は存在しないし、またその逆の場合も成立することを告げはするが、しかし2つ以上の客観が同時的に存在すること――換言すれば、ひとつの客観が存在すれば他の対象もまた同一の時間に、すなわち同時的に存在するということ、そしてこのことは知覚が相互的に継起し得るための必然的条件であるということを告げるものではない。そうすると知覚の相互的継起の根拠は客観に存するというためには、またこれによって同時的存在を客観的なものとして表象するためには、互に別々でありながらしかも同時的に存在するこれらの物の規定が相互的に継起することを表現するような悟性概念すなわちカテゴリーを必要とするわけである。ところで実体間の関係において、ひとつの実体の含む規程の根拠が他の実体に含まれているような関係は、影響の関係である。そしてひとつの実体が他の実体を規定する根拠を相互的に含む場合には、実体間のかかる関係は、相互性の関係あるいは相互作用の関係である。それだから空間における2つ以上の実体の同時的存在は、実体間の相互作用を前提としてのみ、経験において認識され得る。したがって、この前提は、経験の対象としてのものを可能ならしめる条件である。

 2つ以上の物は、同一の時間において存在する限り、同時的に存在する。しかしこれらの物が同一の時間に存在することを、我々は何によって認識するのだろうか。

 1つの実体は他の実体に働きかけもしなければ、また他の実体からの影響も受けないと仮定するならば、実体の同時的存在は可能的知覚の対象になり得ないし、またひとつの実体の現実的存在は、決して経験的総合の道を通って他の実体に至ることもあり得ない。

 すると単なる現実的存在のほかに、なお何かあるもの――すなわち、それによってAがBにその位置を規定し、また逆にBがAにその位置を規定するようなあるものが存在しなければならない。こうした条件の下でのみ、これらの実体は同時的に存在するものとして経験的に表象され得るからである。ある物に時間におけるその位置を規定するところのものは、その物の原因、あるいはその物の規定の原因にほかならない。およそ実体は、(実体はその規定に関してのみ結果であり得るから)他の実体のある規定の原因性を含むと同時に、他の実体の原因性の結果をも含んでいなければならない。換言すれば、これらの実体は、もしその同時的存在がなんらか可能的な経験において認識されるとすれば、(直接もしくは間接に)力学的相互作用の関係をなさねばならないからである。ところで、あるものを欠いたなら、対象の経験そのものが不可能になるならば、そのようなものは全て経験の対象に関して欠くことのできないもの、すなわち必然的なものといえるだろう。ゆえに一切の実体が全て相互作用という完全な相互性の関係にあるということは、これらの実体が同時的に存在する限り、現象における一切の実体にとって必然的である。

 力学的相互作用がなければ、場所的〔空間的〕相互性すら、経験的に認識され得ない。ところで、次の諸件は、我々の経験について容易に認められる事柄である。すなわち、我々の感官をひとつの対象から他の対象へと向かわせうるものは、空間のあらゆる場所における連続的影響のみである。我々は空間に遍在する物質が我々の占めている場所の知覚を可能にするのでなければ、我々の場所を経験的に変じる(この変化を知覚する)ことはできない。また、こうした知覚は、場所間の相互的影響によってのみ、これらの場所の同時的存在を示し、これによって最も遠隔な対象に及ぶまでこれらの対象の共在を(間接的にもせよ)示し得る、ということである。こうした相互性を欠くと、およそ空間における現象の)知覚は、他の知覚からも断絶され、経験的表象の連鎖すなわち経験は、新しい対象にあってはそもそもの最初から始められることになり、前の経験はこれと全く結びつきえないだろう。つまり時間的関係をもつことができなくなるであろう。空虚な空間はたとえ存在するとしても、我々の知覚はとうていそこまで達し得ないから、同時的存在に関する経験的知識も成立しえない。空虚な空間は、我々の可能的経験にとっては全く対象でなくなるのである。

* * *

 これら経験の三類推は、時間の三様態にしたがって時間における現象の現実的存在を規定する原則にほかならない。時間の三様態とはすなわち量としての時間そのものに対する関係(現実的存在の量すなわち持続)、系列としての時間における関係(継時的)、および一切の現実的存在を総括するものとしての時間における関係(同時的)である。時間規定におけるこうした統一はあくまでも力学的統一である。というのは、時間は、経験がそこにおいて一切の現実的存在にそれぞれその位置を直接に指定するところのものと見なされない、ということである。絶対的時間は知覚の対象ではなく、現象は知覚によって互いに結合され得る。だから、現象の現実的存在は、悟性の規則によってのみ、時間関係に従う総合的統一をもち得ることになる。要するに悟性の規則が、全ての現象にそれぞれの位置を時間において、したがってまた何時でもいかなるときでもア・プリオリに妥当するように規定するのである。
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2017年09月08日

2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推(4/10)

(4)カント『純粋理性批判』経験の類推 要約B

 前回は、第二の類推の前半部分の要約について紹介しました。第二の類推とは、因果律に従う時間的継起の原則であり、一切の変化は原因と結果とを結合する法則に従って生起するというものでした。生起するものについては原因と結果のカテゴリーが適用されて我々の目の前に表れているということを説き、一般の見解(具体的にはヒュームの因果律批判)に対して反論していたのでした。

 今回は第二の類推の後半部分の要約を紹介します。

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B 第二の類推〔承前〕

 我々は次のことを実例によって示す必要がある。すなわち、我々は継起を客観に帰して、これを我々の覚知における主観的継起から区別するが、このことは知覚のこうした秩序を他のいかなる秩序にも勝るとみなすことを我々に強いるような規則が根底になければ不可能であるし、また、こうした規則による強制こそ、客観における継起の表象を初めて可能ならしめる、ということである。

 我々は自分のうちに種々な表象をもち、これを意識することもできるが、こうした表象に客観を対置し、また表象の主観的実在性は主観の変様であるにもかかわらず、こうした主観的実在性以上に、これらの表象に何らかの客観的実在性を帰するのはどうしてだろうか。

 現象の総合においては、多様な表象が終始継起している。しかし、こうした景気は一切の覚知に共通であって、このような継起によっては何ものも他から区別されないから、これによっては、およそ客観は全く表象され得ない。この継起が、それよりも前の状態に対する関係を含み、この状態から表象が規則に従って必然的に生じることを、私が認めもしくは想定するや否や、私は何かある物を出来事として、すなわち生起するものとして表象する。換言すれば、私は時間においてある一定の位置に置かねばならないような対象を認知する。そしてこの位置は全く先行の状態によってのみ、この対象に与えられるのである。この生起の現象がこうした時間関係において一定の位置を占め得るのは、この現象をいかなるときにも、つまりひとつの規則に従って、必然的に継起させるところのものが、先行の状態において前提されることによってのみ可能である。すると次のことが明らかになる。第一に、私はこの系列を逆にして、新たに生起するところのものをそれよりも前の状態に先立たせることはできない。第二に、先行の状態が設定されれば、この一定の出来事は必然的に継起せざるを得ない。これによって、我々のうちにある表象の間にひとつの秩序が成立する。この秩序においては現に存在するところのものは(それがすでに生じている限り)、これに対応するものとしてそれよりも前にある何らかの状態を指示する。また、この先行状態は、与えられた出来事の相関者として――まだ規定されていないにせよ――この状態から生じた結果としてのこの出来事に関係してこれを規定し、時間系列においてこの新たな出来事を必然的に自分に結びつけるのである。

 先行する時間は後続する時間を規定するというのが我々の感性の必然的法則であり、したがってまた一切の知覚の形式的条件であるとすれば、先行する時間における現象が後続する時間における一切の現実的存在を規定するということ、また先行する現象が後続する現象にその現実的存在を時間において規定するのでなければ――換言すれば、ひとつの規則に従って確定するのでなければ、この後続する現象は出来事として生起するわけにはいかないということもまた、時間系列の経験的表象にとって欠くことのできない法則である。我々は前後の時間の結合におけるこうした連続性を現象においてしか経験的に認識しえないからである。

 およそ経験を成立させ、また経験を可能なものとするためには、悟性を必要とする。そのために悟性のなすべき第一のことは、個々の対象の表象を判明にすることではなく、対象一般の表象を可能にすることである。このことは悟性が時間秩序を現象とその現実的存在とに適用することによってなされる。つまり悟性は、結果としての現象に、先行の現象に応じてア・プリオリに時間において規定された位置を与えるわけである。こうした一定の位置をもたなければ、現象は時間そのものと合致しないことになる。こうして生じた現象の系列は、内的直観の形式(時間)――換言すれば一切の知覚がそこにおいてそれぞれその位置を占めねばならぬところの時間においてア・プリオリに見出されるのと全く同じ秩序と一定不変の結合とを、悟性によって我々の可能的知覚の系列においても作り出し、これを必然的なものにするのである。

 それだから、何かあるものが生起するとは、ある可能的経験に属する知覚のことである。この可能的経験は、私がこの現象を時間におけるその位置に関して規定せられていると見なすときにのみ、したがってまたひとつの規則に従って知覚の系列的結合の位置にいかなるときでも見出され得るようなひとつの客観と見なすときのみ、現実的な経験となるのである。時間における継起を規定する規則は、出来事が生起するための条件は先行するところのもののうちに存しなければならない、ということである。だから、時間の系列的継起においては、因果律が可能的経験の根拠であり、したがってまた現象の客観的認識の根拠である。

 この基本的命題の証明根拠は、全く以下に述べる諸要件に基づく。およそ経験的認識には、構想力による多様なものの総合が必要である。この総合は、常に継時的である、換言すれば、表象はこの総合において継起する。この継起は、構想力においては(何が先行し、何がこれに継起しなければならないかという)秩序に関しては、全く規定されていないが、この総合が(与えられた現象における多様なものの)覚知の総合であれば、こうした秩序は客観において規定されているのである。もっと正確にいえば、継時的総合の秩序が客観のうちにあって、この秩序が客観を規定するのである。何かあるものは、この秩序に従って必然的に先行し、またこのものが設定されると、他のものが必然的にこれに次いで継起するのである。それだから私の知覚が、ある出来事の認識――つまり何かあるものが実際に生起するという認識を含むとすれば、こうした知覚は経験的判断でなければならない。そして我々は、この判断において、継起が規定されているということを考えるのである。これに反して、もし私が先行の現象を設定しても、出来事がこれに必然的に継起しないとなると、私はこの出来事を私の想像によって生じたものの営む主観的な戯れと見なさざるを得ないだろう。

 現象間の因果的結合の原則は、ひとつの現象が他の現象を同伴している場合にも当てはまる。例えば、炊かれている暖炉が原因となって、室内の温度という結果を同時に伴っているような場合である。この場合、原因と結果との間には時間における継起の関係は存せず、原因と結果は同時に存在するが、それでも員が結合の法則が妥当するのである。ここで我々がよく注意しなければならないのは、問題は時間の秩序であって時間の経過ではない、ということである。
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2017年09月07日

2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推(3/10)

(3)カント『純粋理性批判』経験の類推 要約A

 前回は、経験の類推の概説的な部分と、第一の類推についての要約を紹介しました。そもそも我々の経験は知覚が時間によって整序されることによって成り立っているものであり、その時間は常住不変性、継起および同時的存在という3つの様態があるから、経験の類推もそれに応じて3つになるということで、第一の類推に入っていったのでした。第一の類推は、実体の常住不変性の原則というもので、時間が成り立つ根底には何ら変化しないものが存在しており、それが実体なのだということを説いていました。

 今回は、第二の類推の部分の前半の要約について紹介したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

B 第二の類推

因果律に従う時間的継起の原則
 一切の変化は原因と結果とを結合する法則に従って生起する

証明

 時間において継起する一切の現象は全て変化にほかならない。換言すれば、実体の規定の継時的な存在と非存在とである。しかしこの場合も実体は常住不変であり、実体そのものに生起や消滅があるわけではない。第一の類推の原則はこのことを明らかにしたが、これは、現象の一切の変易(継起)は変化にほかならない、とも言い表し得る。

 私は、現象が時間において相次いで継起することを知覚する。私は時間における2つの知覚を結びつけるわけであるが、結合は単なる感官や直観のなし得るところではない。結合は構想力の総合能力の所産であり、構想力が内感を時間関係に関して規定するのである。ところが構想力は、ひとつの状態が時間的に他の状態よりも前にあるようにも結合できるし、またその後に来るように結合することもできる。時間自体は知覚されないし、時間に関して何が前にあり何がこれに続くかを客観についていわば経験的に規定することは不可能だからである。単なる知覚だけでは、相次ぐ現象の客観的関係は結局規定され得ない。この関係が規定されたものとして認識されるためには、両状態の間の関係は、これらの状態のうちのどれが前に置かれどれが後に置かれなければならず、逆であってはならないということが、この関係によって必然的に規定されている、と考えなければならない。この場合、総合的統一の必然性を有する概念は、原因と結果との関係の概念である。すなわち原因は、結果を原因に次いで継起するものとして、時間において規定する。我々は、現象の継起を、従ってまた一切の変化を、原因性の法則〔因果律〕に従わせることによってのみ経験、すなわち現象の経験的認識すらも可能ならしめるのである。従ってまた経験の対象としての現象自身も、この法則に従ってのみ可能となるのである。

 現象における多様なものの覚知は常に継時的であるが、こうした表象が対象〔客観〕においても継起するかどうか。我々は、どんな表象でも、我々がそれを意識している限りにおいて、客観と名づけてよい。しかし現象(表象としての)がそれぞれ客観であるというのではなくて、ただ1個の客観を表わすとしたら、客観という語が現象に関して何を意味するのか、もっと深い研究を必要とする。現象は物自体ではないにせよ、それにもかかわらず認識の素材として我々に与えられる唯一のものである。だから私は、覚知における多様なものの表象は常に継時的に現われるにしても、現象そのものにおける多様なものにはどのような時間的結合が与えられるかを証示せねばならない。例えば、私の眼前にある家屋の現象に含まれている多様なものの覚知は継時的である。しかしこの家屋そのものの含む多様なものもまたそれ自体継起的であるかといえばそうではない。そこで私が用いている対象という概念を先験的意味にまで高めると、この家屋はもはや物自体ではなくて単なる現象にすぎなくなる(家屋は表象であって、この表象の先験的対象は我々には知られていないことになる)。ならば私は、現象そのもの(物自体ではない)における多様なものはどのように結合されているか、という問題をどう解するのか。私に与えられている現象は、継時的な覚知に存する表象の総括であるにもかかわらず、表象の対象と見なされるのであり、私が覚知における表象から引き出した客観という概念は、この対象と一致せねばならない。するとすぐに、認識と客観の一致が真理だから、ここで経験的真理を成立させる形式的条件が問題になる。現象は現象における多様なものを結合する仕方を必然的にするような規則に従うことによってのみ、表象の対象すなわち客観と見なされ得るのである。要するに、現象において、覚知のこうした必然的規則の条件を含むところのものがすなわち客観なのである。

 何かあるものが生起するというのは、現在の状態を含んでいない現象がそれよりも前に存在するのでなければ、経験的に知覚され得ない。だから出来事の覚知は、ある知覚に続いて起きた別の知覚にほかならない。しかし、このことは覚知の一切の総合についても、先に家屋の現象で例示した通りであり、出来事の覚知はこれによってはまだ他の覚知から区別され得ない。先に知覚した状態をA、これに続く状態をBとすれば、覚知においてBはただAに続いて起きるだけであるが、しかし知覚ということになると、AがBについで継起するなどということは不可能で、AはBよりも前にしかあり得ない、ということである。例えば、川を下る船を見ていると、下流におけるこの船の位置の知覚は、上流におけるこの船の位置の知覚に次いで継起する。この現象の覚知において、船が最初下流にあり、その後で上流にあるものとして知覚されるということは不可能である。家屋の例ならば、覚知における知覚は、家屋の頂上からはじまり土台で終わることも、また下方からはじめて上方で終わることもできた。このような知覚の系列では、多様なものを経験的に結合するためにどこから始めるべきかという仕方を必然的にする一定の秩序は存在しない。ところが生起するところのものの知覚においては、我々はこの規則に出くわすのである。この規則が相次いで継起する知覚の秩序を必然的にするのである。

 この場合、覚知の主観的継起は現象の客観的継起から導かれなければならない。さもなければ、主観的継起は全く不定なものになり、ある現象と他の現象とが区別されなくなる。主観的継起だけでは、客観における多様なものの必然的結合を証示するわけにはいかないから、客観的継起は、現象における多様なものの秩序によって成立することになる。生起するあるものの知覚は、こうした秩序に準拠しひとつの規則に従って、他のものに次いで継起するのである。

 我々が、何かあるものの生起を経験的に知るというときには、何らかのあるものがこの生起よりも前にあり、生起するものは規則に従って、このものに次いで継起するということを前提しているのである。こういうことがなければ私は客観について、それが実際に継起するとはいえないだろう。私の主観的総合を客観的ならしめるというのは、このことがいつでも規則に従って行われるということなのである。

 このことは、我々の悟性使用の進み方についていわれてきた一般の見解と矛盾する。こうした見解では、我々は多くの出来事がそれぞれそれより前にある現象に次いで一様に継起するのを知覚し、比較することによってのみ、初めてある規則――すなわち、それに従ってある出来事が常にある現象に次いで継起する規則を発見する手がかりを得、原因の概念を構成する機会がようやく与えられるという段取りになる。しかしこういう見方では、原因の概念が全く経験的な概念にすぎなくなり、この概念が与えるところの規則、すなわち生起する一切のものは全て原因を有するという規則は、経験そのものと同じく偶然的なものになる。出来事の系列を規定する規則の表象、すなわち原因の概念の論理的明晰ということは、我々が経験においてこの規則を使用した場合に初めて可能になる。
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2017年09月06日

2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推(2/10)

(2)カント『純粋理性批判』経験の類推 要約@

 今回から4回にわけて、8月例会で扱った範囲の要約を紹介していきます。今回は、経験の類推の概説的な部分と、3つの類推のうちの1つ目「実体の常住不変性の原則」について紹介します。

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3 経験の類推

その原理――経験は知覚の必然的結合の表象によってのみ可能である

 経験とは知覚によって客観を規定するような認識であるから、経験は知覚の総合であるが、この総合そのものは意識における知覚の多様な内容の総合的統一を含んでいる。この総合的統一が、感官の対象の認識の本質、従ってまた経験の本質をなす。覚知が空間および時間において一緒に並べ連ねた現象が結合されたものとして実際に存在しているという必然性の表象は、覚知のなかには全く見出されない。ところが、経験は知覚による客観の認識だから、多様なものの現実的な存在における関係は、時間において客観的に存在する物として表象されねばならない。しかし、時間そのものは知覚されないから、時間における客観の存在は時間一般における結合によってのみ(ア・プリオリに結合するところの概念によってのみ)規定され得る。

 時間の三様態は常住不変性、継起および同時的存在である。およそ現象の現実的存在をあらゆる時間統一に関して規定するこれら規則は、一切の経験より前にあり、また経験を初めて可能ならしめる。

 これら三類推の全てに通じる一般的原則は、いかなる時でも一切の可能的な経験的意識(知覚)に関する統覚の必然的統一に基づいている、従ってまた――こうした統一が常にア・プリオリに根底に存するところから、時間における現象相互の関係に従うところの一切の現象の総合的統一に基づいている。

 こうした原則が考慮に入れるのは、現象の現実的存在および現象の現実的存在に関する現象相互の関係にすぎない。

 先に述べた二原則――直観の公理と知覚の先取的認識は、数学を現象に適用する機能をもっているので、数学的原則と名づけられた。これら原則は、現象の可能という点だけから現象を問題にし、現象がその直観と現象の知覚における実在的なものに関して、数学的総合に従ってどのように産出され得るか、ということを教えた。これら二原則は構成的原則と名づけられる。

 ところが、現象の現実的存在をア・プリオリに規則に従わせる原則ということになると、事情は全く異なる。現象の現実的存在は構成され得るものではないから、後の原則は統整的原理にすぎない。この場合、次のような事情が考慮されるだけである。我々にある知覚が他の知覚に対する時間関係において与えられている場合に我々がア・プリオリに言い得ることは、どうしてこの知覚が現にあるところの存在に関して、こうした時間的様態においてはじめの知覚と必然的に結びついているか、ということである。経験の類推は、それに従って経験の統一が知覚から生じるような規則であり、現象の対象に関する原則として構成的に妥当するのではなくて、全く統整的にのみ妥当する。

A 第一の類推

実体の常住不変性の原則
 現象がどんなに変易しようとも実体は常住不変であり自然における実体の量は増えもしなければ減りもしない

証明

 全て現象は時間において存在する。同時的存在も継起も、基体としての時間(内的直観の不変な形式としての)においてのみ、表象せられるのである。それだから時間は、現象の一切の変易がそのなかで考えられなければならないものであるが、時間そのものは常住であって変易しない。時間はそれ自体だけでは知覚され得ないから、知覚の対象すなわち現象において、時間一般を表わすところの基体が見出されねばならない。一切の変易や同時的存在は、こうした基体に即して、この基体に対する現象の関係によって覚知され得るのである。現象の一切の時間関係は、常住不変なものとの関係においてのみ規定され得る。してみるとこの常住不変なものがすなわち現象における実体である。換言すれば、現象の一切の変易の基体として、現象において常に同一不変であるところの実在的なものである。してみるとこの実体は、現象の現実的存在において変易することがあり得ない。ゆえに、自然における実体の量は増すこともあり得なければ減ることもあり得ないのである。

 現象における多様なものの覚知は継時的で絶えず変易しているから、我々は覚知によるだけでは多様なものが経験の対象として同時的に存在しているのか前後的に継起しているのか規定することはできない。そのためには、常住不変なあるものが経験の根底に存しなければならない。一切の変易や同時的存在は、こうした常住不変なものの実際的のそれぞれの仕方(時間の様態)にほかならない。換言すれば、常住不変なものが時間そのものの経験的表象の基体なのである。常住不変性は、一切の現実的存在の恒常的な相関者としての、従ってまた一切の変易と一切の同時的存在との相関者としての時間を表現する。常住不変なものがないと、およそ時間関係は全く成立しない。現象における常住不変なものは、一切の時間規定の基体であり、それ故にまた知覚の一切の総合的統一を可能ならしめる――換言すれば経験を可能ならしめる条件でもある。時間における一切の現実的存在と一切の変易とは、それぞれこの常住不変なものの実際的存在の一様態と見なされ得るにすぎない。それだからおよそ現象においては、この常住不変なものが対象そのものであり、実体(現象的実体)である。変易する(変易し得る)一切のものは、この実体の実際的な存在の仕方である。

 こうした常住不変性の概念に基づいて、変化の概念も訂正される。生起と消滅とは起滅する当体の変化ではなく、変化は対象の実際的存在のひとつの仕方であり、この仕方が同じ対象の別の存在の仕方に相次いで起きるのである。つまり変化するところの当体は全て常住不変であり、その状態だけが変易するのである。

 それだから変化は、実体に即してのみ知覚される。生起あるいは消滅そのものは、常住不変なものの規定に関する限りにおいてのみ、可能的な知覚になり得るのである。変化は常住不変なものの変易的規定としてのみ、経験的に認識され得るのである。

 現象における実体は、一切の時間規定の基体をなしている。もしある実体は生起し、他の実体は消滅するということになったら、時間を経験的に統一するための唯一の条件そのものが滅却されてしまうだろう。実際には唯一の時間があるだけで、この時間において相異なる一切の時間が、同時的にでなく相次いで配置されなければならないのである。
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2017年09月05日

2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推(1/10)

目次
(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)カント『純粋理性批判』経験の類推
(3)カント『純粋理性批判』経験の類推
(4)カント『純粋理性批判』経験の類推
(5)カント『純粋理性批判』経験の類推
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:経験の類推・実体の常住不変性の原則とは何か。
(8)論点2:因果律に従う時間継起の原則とは何か。
(9)論点3:相互作用あるいは相互性の法則に従う同時的存在の原則とは何か。
(10)参加者の感想の紹介

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(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は、今年および来年の2年間を費やして、カント『純粋理性批判』に取り組んでいくことにしています。これは、哲学の発展の歴史を、絶対精神という一つの主体の発展として描いたヘーゲル『哲学史』の学び(2015-2016年)を踏まえつつ、客観(世界)と主観(自己)との関係という問題について徹底的に突き詰めて考え抜いたカント『純粋理性批判』の学び(2017-2018年)を媒介にすることによって、全世界の論理的体系的把握を試みたヘーゲル『エンチュクロペディー』の学び(2019-2020年)に進んでいこうという計画に基づいたものです。

 8月例会では、『純粋理性批判』の先験的論理学の内、その「第一部 先験的分析論」「第二篇 原則の分析論」の途中を扱いました。具体的には、「第三節 純粋悟性のすべての総合的原則の体系的表示」の中の「3 経験の類推」です。

 今回の例会報告では、まず例会で報告されたレジュメを紹介します。その後、扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し、次いで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を掲載します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにします。

 なお、この研究会では、篠田英雄訳の岩波文庫版を基本にしつつ、他の翻訳やドイツ語原文を適宜参照するようにしています(引用文のページ数は、特に断りがない限り、岩波文庫版のものです)。

カント『純粋理性批判』経験の類推
【1】経験の類推・実体の常住不変性の原則とは何か?
 カントは、経験の類推の原理が、「経験は知覚の必然的結合の表象によってのみ可能である」というものであると述べている。経験においては、多様なものの現実的存在における関係は、時間において客観的に存在するものとして表象されねばならないが、時間における客観の存在は、ア・プリオリに結合するところの概念(時間一般における)によってのみ必然的に規定されうる、故に経験は知覚の必然的結合の表象によってのみ可能である、というのである。

 またカントは、第一の類推として、実体の常住不変性の原則を挙げ、これは「現象がどんなに変易しようとも実体は常住不変であり自然における実体の量は増えもしなければ減りもしない」というものだと述べている。すべて現象は時間において存在するのであり、時間一般を表すところの基体によって知覚される(時間そのものは知覚され得ない)のであるが、その基体とは常住不変な実体のことであり、現実的存在に属する一切のものは、それぞれの実体の規定としてのみ考えられるから、実体は現象の現実的存在において変易することがなく、故に自然における実体の量は、増すことも減ることもあり得ないというのである。

<報告者コメント>
 カントは「時間における関係は、同時性と継時性の2つだけである」(p.259)と述べている。第1の類推である「実体の常住不変性の原則」においてカントは、時間を表現する基準である常住不変なものとしての実体を説明し、それを基にして、第2、第3の原則では、時間の「継時性」と「同時性」の原則に関して説いていくことになるということであろう。

 ここでは、カントのいう「実体」とはどのようなものか、よく検討してみる必要があろう。純粋悟性概念の1つとして、カントは「実体」というカテゴリーを挙げているが、ここでの「実体」はカテゴリーとしての「実体」を意味しているのか、別の内容を表しているのか。ここでの「実体」は物自体の範疇に入るものか、現象の範疇に入るものか。「現象の現実的存在」という表現も使われているが、これとここでの「実体」という表現とは同じことなのか違うのか、違うとするとどう違うのか。

【2】因果律に従う時間的継起の原則とは何か?
 続いてカントは、第二の類推として、「一切の変化は原因と結果とを結合する法則に従って生起する」という因果律に従う時間継起の原則を挙げている。これは、原因と結果というカテゴリーを現象に適用することによって、現象の変化を認識できるし、現象自体も変化するのだ、ということである。

 ここでカントは、ヒュームの因果律批判に反駁している。つまり、原因や結果という概念は、確かに経験から導き出されるものではないが、かといって客観的な対象にこうした必然的な因果関係がないということにもならない、それは原因や結果という純粋悟性概念によって認識が成立すると同時に、客観的な対象の因果関係も成立するからだ、というのである。

<報告者コメント>
 カントはこの部分で、「対象が、我々の直観能力の性質に従って規定される」(p.33)という、形而上学におけるコペルニクス的転換を実証している。我々の認識が対象によって規定されるのではなくて、その逆だという発想を展開することで、ヒュームが乗り越えられなかった問題、すなわち因果律の客観的な必然性はどこにあるのかという問題を解決した(つもりになっている)。

 しかし、こうした考え方の結果、現象と物自体とを完全に分けてしまい、物自体は捉えようのないものだとする「物自体論」に陥ってしまったのである。唯物論の立場からすれば、物自体には性質があり、それを認識できるかどうかは物の性質とは関係がない。カントは、客観と主観との一致という問題を、客観を現象に限定することで解決しようとしたが、では現象の背後にある物自体とはどのようなものかという新たな問題を残してしまったのである。

【3】相互作用あるいは相互性の法則に従う同時的存在の原則とは何か?
 最後にカントは、第三の類推として、「およそ一切の実体は空間において同時的に存在するものとして知覚される限り完全な相互作用をなしている」という相互作用あるいは相互性の法則に従う同時的存在の原則を挙げている。2つの物が同時的に存在する(相互的に継起し得る)ということを知覚する根拠は客観に存在するというためには、相互性の関係、あるいは相互作用の関係というカテゴリーを必要とし、このカテゴリーを前提としてのみ、2つの物の同時的存在が認識され、また経験の対象を可能ならしめる、ということである。

<報告者コメント>
 ここでもカントは、2つ以上の物が同一の時間に存在することを、相互性の関係というカテゴリーによって認識するのだと説明している。これも「対象が、我々の直観能力の性質に従って規定される」ということの1つの実例であろう。

 唯物論の立場からすれば、人間の認識の能動性を取り上げ、その性質を明らかにしたという意味では、一定の評価ができるものの、やはり考え方が転倒しているといわざるを得ない。2つ以上の物が同時に存在するかどうかは、認識(の能動性)如何に関わりなく、客観的に規定されている事実である。認識が成立して初めて対象が成立するのではなくて、対象の成立が認識の成立の条件である、と考えるのが唯物論的な認識論の土台である。


 このレジュメに対して、いくつかの指摘がありました。1つは、第三の内容の報告者コメントに関するものです。「唯物論の立場からすれば」ということで書かれているものの、これだけでは「唯物論ではこう考えます」というだけであり、カントは納得しないだろうということでした。これについてはレジュメ報告者も納得していました。

 もう1つは、第二の内容に関するものです。「一切の変化は原因と結果とを結合する法則に従って生起する」ということが「原因と結果というカテゴリーを現象に適用することによって、現象の変化を認識できるし、現象自体も変化するのだ、ということである」と言い換えられているが、果てしてこれでよいのかということをチューターが指摘しました。もう少し具体的に言うと、前者は客観的な世界について述べていて、主観のことには何も触れていないのに、それを言い換えた後者では「現象の変化を認識できるし・・・」と主観のことを書いていることに違和感を覚えるということでした。しかし、これは今回の例会で議論したい点として挙げていたことでもあったので、詳しくは論点の議論の中で扱うことになりました。
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2017年09月04日

現代日本の政治家の“失言”を問う(3/3)

(3)現代日本の政治家の言語の問題は、日本社会全体の危機を表している

 前回は、国会議員や、ましてや大臣クラスの政治家が、品性の欠片も感じられない暴言を吐いたり、行政の初歩の初歩であるような知識も持ち合わせていなかったりしたことを、具体的な発言を取り上げて論じたところまでであった。今回は、こうした誰が見ても“失言”だと分かる(低)レベルのものではなくて、“失言”かどうか、評価が分かれるようなものを取り上げて論じたい。

 まずは「まだ東北で、あっちの方だったから良かった」という今村発言である。前々回も触れたように、この発言に関しては、「もし首都圏の近くで同じ規模の震災が起きたら、もっと大きな影響が出ただろう、ということを述べたにすぎず、問題視するほどの発言ではない」という見解もあるかもしれない。しかし、「言語は認識の表現である」という規定をしっかりとふまえれば、これは大きな問題なのである。

 そもそもこの発言の前には、東日本大震災の被害について、「25兆円」という数字が語られている。この発言後の弁明会見でも同様の数字に触れていることは前々回にも見たとおりである。しかしこの捉え方が問題なのである。被災者やその遺族からすれば、東日本大震災の被害は、自分自身が負傷したり恐怖を感じたりしたことであり、家族や家屋、仕事などの生活の基盤を失ったことである。このことは、東北で震災しようが首都圏で震災しようが同じことであって、どちらが「良かった」という問題ではない。この発言の前になされた「自主避難は本人の責任だ」という発言もふまえれば、今村のアタマの中には、東日本大震災の被害がお金でしか描かれておらず、現実に苦しんだり悲しんだりしながら避難生活を余儀なくされている被災者の思いは全く描かれていないということが分かるのである。こんな人物に、震災復興の仕事ができるはずがないのは明らかである。

 もう1つ検討しておかなければならないのが、「文書の存在は確認できなかった」という松野発言である。この発言はある意味、自分の認識を正確に表現しているといえる。どういうことかというと、文書が「存在しなかった」ということと、文書を「確認できなかった」ということとは全く別のことであり、そのことを明確に示しているからである。松野にしても、さすがに“嘘の答弁”はできないわけで、かといって「総理のご意向」などという文書が存在したと認めれば、政権にとっては大きな痛手となる。そこで「文書の存在は確認できなかった」という表現になるのである。これなら、省内の「共有ファイル・共有フォルダ」だけを調べ、「個人のファイル・フォルダ」を意図的に調査対象外とすれば、文書の存在を認めることなく“嘘の答弁”もせずに済むのである。予め省内に調査範囲を伝えておけば、頭の回転の速い職員が“忖度”して、件の文書ファイルを個人フォルダに移すことも可能である。

 しかし松野が浅はかだったのは、「文書の存在は確認できなかった」という調査報告を行えば、それで全て問題が解消すると考えたことであった。どれだけ追及されても、再調査はしない、の一点張りで切り抜けられる、「一強」の首相もこれを支持してくれる、だから大丈夫だと考えたのであろう。事実は松野の思いに反して、文部科学省の現役職員までもが文書の存在を認めたこともあり、再調査をせざるを得ない情況になって、遂には文書の存在を認めるほかなくなってしまったのであった。そもそもをいえば、「文書の存在は確認できなかった」などという表現をした時点で、「文書は存在する」ことを松野は認識していたといえるだろう。徹底した調査を行っても文書が見つからなかったということであれば、「文書は存在しなかった」と表現していたはずだからである。曖昧な表現の背後には、文書の存在を認める認識があったのである。

 では、以上見てきたような現代日本の政治家の“失言”は、一体何が問題だといえるだろうか。単に政治家個人の(資質の)問題だと結論すれば足りるような問題であろうか。もちろん、こうした政治家は、政治家の資質に欠けるという意味で、その政治家個人に大きな問題があることはいうまでもない。しかし問題は、そうした個人的な問題にとどまらないのである。

 まずいえることは、国会議員は「全国民を代表する」のであるから、全国民の代表の問題は全国民の問題だと捉えなければならないだろう。「どうせ国会議員はそんな奴らばかりだ」などと突き放して、評論家ぶっていても事態は改善しない。全国民が自らの問題として主体的に考えていかなければならない。国会議員を選挙するのは我々国民なのである。

 次に、「言語は認識の表現である」という規定をふまえれば、こうした“失言”問題は認識の問題であるということである。言語が歪んでいるのは認識が歪んでいるからだといえる。そしてその認識というものは、人間が生れてから成長していく過程において、他人の認識を受け取ったり、他人の認識に影響を与えたりして、人間が相互に創り合っているものである。昨年の相模原障害者施設殺傷事件が示しているように、犯人のいわゆる「優生思想」は、その犯人が自分一人で創り上げたものではなくて、同様の思想が社会に蔓延していることの1つの現われなのである。同じように、政治家の認識の歪みは、社会全体の認識の歪みの現象形態であるから、社会全体の認識の歪みの問題として、この問題は把握する必要があるということである。

 最後の問題は、言語をどのように捉えるかという問題である。現在主流を占めている考え方は、本稿で示したような「言語は認識の表現である」というものではなくて、言語は頭の中にある「心的辞書」であるというものである。これは頭の中に持っている「心的辞書」から言葉を選び出して、それを並び替えることで表現がなされているという考え方であり、「言語道具説」といわれる考え方である。詳細は本ブログに掲載した「現代の言語道具説批判」シリーズをお読みいただくとして、端的にいえば、「言語道具説」の考え方では、今村のように現実の対象を生き生きとした認識として頭の中に描きそれを言語で表現することができないし、また言語から表現者の認識を正確に追体験することもできないのである。言語の意味を一般的な意味に解消してしまうことで、言語の基となる認識が固定化され豊かさを失うとともに、言語に表れている多様な認識が辞書的な意味に矮小化されてしまうからである。こうなってしまえば、本稿で取り上げたような問題を問題として把握し追及していくことが不可能になってしまうという情況も生じないとは言い切れないだろう。

 このように、現代日本の政治家の言語の問題は、日本社会全体の危機を表している非常に大きな問題なのである。極端にいえば、科学的な言語学がなければ、日本の主体性を取り戻すことはできないし、日本全体を覆う認識の歪みも正せない、さらにいえば、豊かな言語、豊かな認識が日本から失われてしまうということにもなってしまいかねないのである。

 そうならないように、つまり国民が主体性を持って国家の問題に取り組んでいくことで、全うな日本社会を実現できるように、今後も研鑽を重ねて学問の力で貢献していく覚悟を述べて、本稿を終えることとする。

(了)
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2017年09月03日

現代日本の政治家の“失言”を問う(2/3)

(2)政治家の発言を具体的に分析してみると・・・

 本稿は、言語とは何かという根本的な規定から、現代日本の政治家の問題発言を取り上げることで、これらの政治家の“失言”の何が問題なのかを問うことを目的とした小論である。

 前回は、現代日本の政治家の“失言”を具体的に紹介した。今回は、これらの発言の内容を具体的に分析してみたいと思う。

 その前にまず、言語とは何かを確認しておきたい。言語は、人間とは無関係に存在しているものでは決してなくて、その表現者の認識を背負ったものである。簡単には、言語は認識の表現である、ということになる。「お腹が空いたなー」と言えば、その表現はその発言者の空腹感(認識)を表しているし、「こらっ!」と言えば、その表現はその発言者の怒りや注意の意識(認識)を表している。仕事で遅くなって帰宅したとき、台所のテーブルの上に、「いつも遅くまで仕事してくれてありがとう。がんばってね。」という子供の手紙が置いてあれば、これは子供の感謝の気持ち(認識)が表れているといえる。

 同じ言語(表現)でも、その表現者が描いている認識が異なることもある。「その机の上にあるのは、私が愛用している万年筆です」と言ったとすれば、この発言の中にある「万年筆」は、特定の個別の万年筆を表しているが、「うちが扱っている商品に万年筆なんてないよ」という場合は、万年筆という種類の筆記用具全般を表している。個別的な対象を表したり、種類という一般的な対象のあり方を表したりするのは、それぞれの表現者のアタマの中に描かれている認識が異なるからである。さらにいえば、前者の場合の「万年筆」には、単なる個別的な対象の認識のみならず、愛着という思い(認識)も表れているのに対して、後者の場合の「万年筆」には、ある種類の筆記用具という対象一般の認識のみならず、軽い軽蔑感(認識)も表れているといえるだろう。

 このように、言語を具体的に分析する際には、その言語に込められた表現者の認識をきちんと辿っていく必要があるのである。「言語は認識の表現である」という根本的な規定には、こうした意味合いがあるのである。

 さて、言語とは何かを簡単に確認したところで、前回挙げた事例を具体的に見ていくことにする。

 簡単なものから順次取り上げると、まずは豊田による「この、ハゲー!」という表現である。「言語は認識の表現である」という規定を忘れて、一般的な・辞書的な意味でこの表現を分析してしまうと、「近くにある、毛のない頭を指している」などという解釈にもなってしまいかねない。もちろんこの表現はそんな一般的な意味ではなくて、対象たる人物を侮蔑感を持って叱りつけるという激しい怒り(認識)が表現されているのである。ただ、表れているのはそれだけではないのである。「最も劣悪なもの」として前回引用した、ミュージカル調の表現にも端的に表れているように、これらの表現には豊田の品性というか人間性というか、そうした人間の本質的なものが表れているのである。政策秘書は、自分が犯したミスについて、豊田の評判を下げるためにわざとやったのではないということを、「そんなつもりではなかった」と表現したのであろう。それに対して豊田は、「つもり」、つまり意図してやったかどうかに関わらず、やったことの結果が重大な事態になり得る場合があることを説明しようとして、件の「ミュージカル」を歌ったのだろう。しかし同じことを説明するにしても、引用したような表現を使うというのは、あまりにも「劣悪」だといわざるを得ない。品性の欠片も感じられない。こんな表現をするような認識の持ち主が国会議員とは、と驚きを禁じ得ない。

 では、大臣クラスの人物の発言はどうであろうか。稲田の「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」という演説を取り上げてみよう。この発言の中で問題になるのは、特に「防衛省、自衛隊〜としてもお願いしたい」という部分である。一般的にいえば、組織のトップはその組織や組織の構成員を代表している。だから、例えばA社の社長が、「A社としてもお願いしたい」とか、「社員全員が一丸となって後押しします」などといっても、特段の問題はない。「それは社長の個人的な見解で、A社全体としてお願いしたわけではない」とか、「社長は後押しすると言っているが、個々の社員にそんなつもりはない」とかいった非難や反論は、通常の場合はないだろう。それが組織のトップということだからである。しかし稲田発言の場合はこの一般論が当てはまらない。それは日本国憲法第15条第2項で「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と定められ、自衛隊法第61条で「隊員は、〜選挙権の行使を除くほか、〜政治的行為をしてはならない」とされているからである。つまり稲田発言は、豊田発言のように発言それ自体が直接問題なのではなくて、憲法や法律の規定を媒介とすることで問題となってくるものである、ということである。日本の憲法や法律は、そもそも国家機関が選挙運動をすることを想定していない。それをあたかも防衛省が組織ぐるみで特定候補者を支援しているかの表現をしている。これは憲法や法律も想定外の「お願い」としかいいようがない。個々の自衛隊員に関しても、「地方公共団体の議会の議員〜の選挙において、特定の候補者を支持し、又はこれに反対すること」(施行令第86条第1号)を目的とした選挙応援は禁止されている。これが「行政の中立性」であるが、こんな基本的な事柄も知らない(認識にない)人物が大臣である。

 基本的な事柄を知らないといえば、義家発言も同様である。義家は「副大臣が確認していない文書がどうして行政文書になるのか」と述べたのであるが、公文書等の管理に関する法律第2条第4項においては、「行政文書」の定義として、「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書〜であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」をいう。職務として職員が作成した打ち合わせ記録(議事録)は、作成された段階で「行政文書」の性格を受け取るのであって、副大臣が確認したかどうかなど関係がない。義家は文部科学省が保有する「行政文書」は全て確認しているとでもいうのだろうか。義家は文部科学省行政文書管理規則第27条に定められている、「行政文書の管理を適正かつ効果的に行うために必要な知識及び技能を習得させ、又は向上させるために必要な研修」を受けておくべきだった。そうすれば、同規則第10条にも(というのは、こんなことは行政に関わる人間ならば常識なのだが)ご丁寧に掲げられている「文書主義の原則」(*)がどのようなものか、しっかりと分かった(認識できた)であろう。

(*)「文書主義の原則」とは、端的にいえば、事務処理は必ず文書を介して行うという原則のことである。意思決定の過程を明らかにし、責任の所在を明確にするために、行政機関では特に「文書主義の原則」が徹底されている。全ての事務処理が文書を介して行われるのが原則であるから、副大臣のような要職にある者が「確認していない」「行政文書」など、無数に存在することは明らかである。
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2017年09月02日

現代日本の政治家の“失言”を問う(1/3)

《目 次》(予定)

(1)現代日本の政治家の言語が崩壊している
(2)政治家の発言を具体的に分析してみると・・・
(3)現代日本の政治家の言語の問題は、日本社会全体の危機を表している


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(1)現代日本の政治家の言語が崩壊している

 現代日本の政治情況を見るとき、法案や政策の内容以上に注目を集めているのは、政治家のいわゆる“失言”であるといえる。もちろん、共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が言論の自由を脅かし監視社会を招く恐れがあることや、その成立過程における政府与党の強硬姿勢(強行採決)に多くの問題があること、また、いわゆる「残業代ゼロ」法案(労働基準法改定案)が過労死を助長し給料が削減される可能性を秘めていることなど、政治の中身自体が大きく問われていることは論を俟たない。しかし、それにも増して批判の的となっているのは、「全国民を代表する」(日本国憲法第43条)はずの国会議員の(それも多くの場合は閣僚の)問題発言である。

 今年に入ってからだけでも、様々な“失言”が飛び出している。これで日本は本当に大丈夫かと思いたくなるような情況である。それらを具体的に見てみよう。

 まずは東日本大震災についての発言である。今村雅弘復興大臣(当時)は、自民党の派閥のパーティーで、東日本大震災の被害に関し「まだ東北で、あっちの方だったから良かった」と発言し、その後、記者団に対して「すみません、これはですね、東北でもあんなにひどい25兆円も毀損するような災害があったと。ましてやこれが首都圏に近い方だったら、もっととんでもない災害になっているだろうという意味で言いました」などと語った。

 次に、公務員の政治的中立性に関わる問題である。稲田朋美防衛大臣(当時)は、東京都議選の応援演説の中で「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」という趣旨の発言をし、その後、記者団から発言の真意を問われ、「(陸上自衛隊)練馬駐屯地も近いし、防衛省・自衛隊の活動にあたっては地元に理解、支援をいただいていることに感謝しているということを言った」と述べた。

 第3に、行政文書のあり方に関わってである。松野博一文部科学大臣(当時)は、「加計学園」の獣医学部新設をめぐり、「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」などと内閣府が文部科学省に早期開学を促したとされる文書の存在に関する問題について、「文書の存在は確認できなかった」とする調査結果を発表した。その後、「文部科学省と内閣府との打ち合わせは確認できない」とする答弁書を閣議決定し、義家弘介文部科学副大臣(当時)は、当初の調査では共有ファイル・共有フォルダしか調べていないが、個人のファイル・フォルダにも行政文書が含まれる可能性はあると指摘されたことに対して、「副大臣が確認していない文書がどうして行政文書になるのか」と発言した(この問題に関しては結局、世論に押されての再調査の結果、同じ内容か極めて似た文書が見つかったと文部科学省から発表された)。

 まだある。以上の発言は、公の場でなされたもので、発言者は勿論そのことを理解しながら発言している。だから、我を忘れたかの如く剥き出しの感情が現われている、というようなことはない。しかし、プライベートの空間では、そうとも言い切れないのである。具体的には、豊田真由子代議士による政策秘書(当時)への暴言(及び暴力)である。これは、政策秘書が運転中の車の中での豊田の発言を、秘かに録音しておいたものなどで、耳を覆いたくなるレベルである。「この、ハゲー!」、「あたしが違うって言ったら違うんだよ!」、「豊田真由子様に向かって、お前のやってることは違うと、言うわけ? あたしに?」、「これ以上私の評判を下げるな!」と言いたい放題である。最も劣悪なものは、引用するのも憚られるが、論の展開上、お示しするほかない。

そんなつもりじゃなくても~~~♫
お前の~~~♫
娘を轢き殺してそんなつもりはなかったんです~~~♫
って言われているのと同じ~~~♫
あーそうじゃしょがありません
そんなつもりなかったんじゃしょうがありませんね?~~~♫
(元政策秘書)の娘が顔がグシャグシャになって
頭がグシャグシャ 脳みそ飛び出て車に轢き殺されても
そんなつもりはなかったんです~~~♫
で済むと思っているなら同じ事を言い続けろ~~~♫
(♫という記号はミュージカル調に歌っていることを示している)

 どうだろうか。皆さんはこれらの発言についてどう考えるだろうか。稲田発言や豊田発言は論外としても、例えば、今村発言についてはどうだろう。この発言は、「もし首都圏の近くで同じ規模の震災が起きたら、もっと大きな影響が出ただろう、ということを述べたにすぎず、問題視するほどの発言ではない」という見解もあるだろう。松野の調査結果報告についても、「調査範囲には当該文書が見当たらなかったという事実を述べているもので、これのどこが問題なのか」と思われるかもしれない。しかしこれらも大きな問題を含んでいるのである。

 詳細は次回以降に譲るが、端的にいえば、これらの発言が問題だというのは、言語とは何かという根本的な規定から導き出される結論なのである。簡単に説けば、言語は認識の表現であるから、こうした発言は言語としてのみ考えてはならず、その言語の基となった認識をも合わせて考えていくべき問題なのである。

 そこで本稿では、こうした政治家の発言を言語とは何かを媒介とすることを通じて具体的に分析し、こうした政治家の発言は何が問題なのか、丁寧に説いていくこととしたい。
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2017年09月01日

ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む(5/5)

(5)ヒュームは政治と経済を一体に、国家社会の維持発展という観点で論じている

 本稿は、経済学が独立した学問として確立される直前の時期に、現代的な感覚からすれば経済問題として分類されるような諸々のテーマ(貨幣、利子、貿易差額、租税、公債など)を、あくまでも政治の問題として、換言すれば、国家社会の維持発展に関わる問題として論じたヒューム『政治論集』を読んでいくことを通じて、ヒュームの経済思想が、現代経済学の混迷を打開していく上でどのようなヒントを与えてくれるものなのか、探っていくことを目的としたものでした。取り上げたのは、『政治論集』のなかの7つの論説、すなわち、「商業について」「奢侈について」「貨幣について」「利子について」「貿易差額について」「租税について」「公信用について」でした。

 ここで、これまで説いてきた流れを簡単に振り返っておくことにしましょう。

 「商業について」は、国民の幸福と国家の強大さの両立という問題を、社会的総労働の適切な配分――農業、基本的な手工業、奢侈品の生産・流通業、および軍隊――による生産力の発展という観点から論じたものでした。この論説では、生産力の発展を牽引する社会的認識のあり方――物質的・精神的により豊かな生活を送りたいという人間の諸欲求――に焦点が当てられるとともに、格差と貧困の拡大を放置することが国家を弱体化させることも指摘されていました。また、「奢侈について」は、奢侈あるいは機械的技術における洗練がもつ意義について、単に経済的な領域にとどまらず、国民精神のあり方全体を視野に入れて論じたものでした。この論説では、勤労と機械的技術における洗練が学問・芸術の発展と相互浸透的に進行していくものであること、さらにこうした過程のなかで人間が社会的交際を通じて、人間性を高めていくことも強調されていました。

 「貨幣について」「利子について」「貿易差額について」という3つの論説は、貨幣は財貨を交換するための手段にすぎず、貨幣の動きは結局のところ、勤労の生みだす財貨の動きに規定されるのだ、という考え方(古典派経済学的な貨幣数量説)に基づいて、貨幣=金銀こそ富であり、貿易黒字によって金銀を蓄積することが国家を富裕にするのだという重商主義的な俗見を批判したものでした。しかしながら、ヒュームは、貨幣量の漸次的な増大が(すなわち貨幣量が次第に増加していく過程においては)生産活動を刺激する効果をもつことも認めていましたし、自国民と手工業の保持を目標として貿易制限を行うことは国家社会の維持発展に資するものとして肯定してもいたのでした。

 「租税について」は、重商主義者たちが租税に関して掲げていた「全ての新しい租税は国民のうちにそれを支払う新しい能力を創り出し、公共の負担の各々の増加は、国民の勤労に比例して増加する」という命題の妥当性を検討したものでした。ヒュームは、勤労(産業活動)を重視する自身の立場からこの命題を批判し、あまりに重い税負担は、過度の窮乏と同じく、絶望感を生み出すことによって勤労を破壊してしまう、と指摘したのでした。ヒュームが最も望ましいとしていたのは奢侈品への課税であり、ロックや重農主義者が主張していた土地単一課税論に対しては、全ての者が税負担を他者に押しつけたがっているのに、ただ地主だけが他者に税負担を押しつける能力を欠いているなどとは考えがたい、という論法で批判していました。ここには、明示されてはいないものの、勤労一般(農業労働だけでなく!)こそが価値の源泉である、という発想が暗黙のうちに前提されている、と考えることもできるのでした。また、「公信用について」では、公債は国内流通を盛んにし産業活動を促進する効果をもつ、という重商主義者たちの主張が批判的に検討されていました。ヒュームは、公債には重商主義者が主張するような社会的利益をもたらす側面があることについて全面的には否定しないものの、社会的不利益の方が比較にならないくらいに大きい、という主張を展開していました。ヒュームは、公債の膨張は持続不可能であり、最悪の場合は国家の破滅をもたらしかねないとして、強い警告を発したのでした。

 以上でみてきたように、『政治論集』においては、現代的な感覚からすれば経済問題として分類されるような諸々のテーマ(貨幣、利子、貿易差額、租税、公債など)が、あくまでも政治の問題として、換言するならば、国家社会の維持発展に関わる問題として、論じられているのでした。

 ヒュームが政治と経済を一体のものとして論じているのは、本稿の連載第1回に確認した通り、直接的には、経済学の未確立という当時の学問的な状況を示すものであり、根本的にいうならば、経済の政治からの未分化という社会の歴史的な発展段階の反映であるといえます。しかしながら、そこには、現代経済学の混迷を打開するための重要なヒントが含まれているともいえます。

 現代経済学の混迷とは、本稿の連載第1回で確認した通り、効率的な資源配分の場としての市場を社会の他の部分から実体的に切り離して究明しようとした結果、経済の「個々の動き」ばかりに気をとられてしまい「大きな絵」「全体」を見失ってしまう、というものでした。確かに、現代の経済学は、対象となる経済の動きを細かく分けて捉えていくことで、それぞれの部分については精緻な理論を組み立ててきたということができます。しかし、その代償として、経済全体の大きな動きをまともに捉えられなくなってしまっているわけです。

 これに対して、ヒュームの議論は、細部について精緻な理論を展開したものだとはいえませんが、あくまでも国家社会の維持発展という広い視野から、経済的な諸問題を大づかみに捉らえているわけで、ここに現代の経済学にはない大きな長所があるということができます。

 こうしたヒュームの議論において決定的に重要なのは、国家社会の中身は国民の勤労(産業活動)にほかならない、という視点をもっていたことでしょう。貨幣は財貨を交換するための手段でしかない、という貨幣数量説的な見解も、このような視点に基づいたものにほかなりません。このことに加えて、物質的・精神的により豊かな生活を送りたいという人間の諸欲求こそが、国民の勤労(産業活動)のあり方を規定し、生産力の発展を牽引していくのだ、という視点を明瞭に把持していたことも、特筆されるべきことでしょう。このようなヒュームの視点は、我々京都弁証法認識論研究会が仮説的に掲げている経済本質論――経済とは、無限に増大していく社会的欲求を最大限に満たし続けるべく、有限な社会的総労働を適切に配分していくことであり、そのことと直接に国家の維持発展を図っていくことである――への接近を感じさせるものとなっていると評価することができます。

 ヒュームの『政治論集』は、国家社会における政治と経済をきちんと分けた上で、両者の密接の関連を論じた、というようなものではありません。ヒュームの議論にあっては、政治と経済が未分化であり、両者が渾然一体のまま論じられています。見方によっては、政治と経済をしっかりと分けて捉えるような議論と比べると、未熟でレベルの低いものといわなければならないかもしれません。しかし、渾然一体となって論じているからこそ、全体の姿をそれなりに見事に捉えきっているということが長所だということができますし、そもそも渾然一体として論じるということは、物事をきちんと分けて捉えていけるようになるために必要な段階であったともいうことができます。

 決定的に大切なのは、国家社会の全体像――「大きな絵」を描こうという問いかけをもって、個々の政治=経済問題について考察を深めていこうとするヒュームの姿勢にしっかりと学ぶことです。このようなヒュームの姿勢を継承していくことこそが、現代経済学の混迷を打開するために求めらているといえるでしょう。

(了)
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2017年08月31日

ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む(4/5)

(4)『政治論集』を読むB――ヒュームの租税論・公信用論

 前回は、ヒューム『政治論集』のなかの3つの論説、すなわち「貨幣について」「利子について」「貿易差額について」を読みました。これらの論説は、貨幣は財貨を交換するための手段にすぎず、貨幣の動きは結局のところ、勤労の生みだす財貨の動きに規定されるのだ、という考え方(古典派経済学的な貨幣数量説)に基づいて、貨幣=金銀こそ富であり、貿易黒字によって金銀を蓄積することが国家を富裕にするのだという重商主義的な俗見を批判したものでした。しかしながら、ヒュームは、貨幣量の漸次的な増大が(すなわち貨幣量が次第に増加していく過程においては)生産活動を刺激する効果をもつことも認めていましたし、自国民と手工業の保持を目標として貿易制限を行うことは国家社会の維持発展に資するものとして肯定してもいたのでした。

 さて、今回は、「租税について」「公信用について」という2つの論説を取り上げることにしましょう。

 「租税について」では、重商主義者たちが租税に関して掲げていた「全ての新しい租税は国民のうちにそれを支払う新しい能力を創り出し、公共の負担の各々の増加は、国民の勤労に比例して増加する」という命題の妥当性が検討されています。この命題は、貧民に厳しい条件を与えれば、それだけ勤勉さが刺激されてよく働くようになるから……ということで、貧民に租税負担を課すことを合理化する理屈として主張されていたものです。ヒュームは、勤労(産業活動)を重視する自身の立場から、この命題について批判的に検討し、それが真理として通用する範囲を厳格に定めようとしたのでした。

 ヒュームの議論を少し詳しくみていくことにしましょう。

 ヒュームは、租税が貧民の勤勉さを刺激する効果をもつということ自体は、全面的に否定するわけではありません。不利な自然的条件こそが勤勉を刺激したという人類史的な事実からの類推として、人為的な不利が勤勉を刺激することがあり得るのだ、ということを認めています。

 とはいえ、ヒュームは、あまりに重い税負担は、過度の窮乏と同じく、絶望感を生み出すことによって勤労を破壊する、と釘を刺すことを忘れていません。それどころかヒュームは、現在のヨーロッパのあらゆるところで、租税がすべての技術と勤労を完全に押し潰してしまうほどに増大しているのではないか、との懸念を表明するのです。要するにヒュームは、租税について論じるにあたって、国民の勤労(産業活動)を何よりも重視する自身の見地からして、租税が産業活動を抑制しないかどうか、という点に焦点を当てているわけです。

 ヒュームが、最も望ましい税だと指摘するのは、奢侈的な消費に対する課税です。奢侈品に課税されているのであれば、人々は課税された財貨をどの程度使用するかある程度まで自由に選択することができますから、このような税の支払はある程度までは自発的なものであるとみなすことができる、というわけです。さらにヒュームは、奢侈的消費への課税について、賢明に課税されるなら自然に節制と節倹を生み出すこと、また財貨の自然価格と混同されるので消費者にはほとんど気づかれないことを、その利点として挙げています。ただし、この種の税は、徴収に高い費用がかかるという欠点があるために、財産に対する課税に頼らざるをえないことも指摘しています(*)。

 一方、ヒュームが最悪の税だとするのは、統治者が恣意的に課す税、とりわけ人頭税です。こうした税は、統治者の都合で容易く引き上げられてしまうために、勤労者にとって非常に抑圧的で耐え難いもの、端的には、勤労に対する懲罰のようなものになってしまう、とヒュームは指摘しています。また、人頭税のような逆進性の強い税は、それが不可避的にもたらす不平等によって、実際の負担よりもいっそう過酷に感じられてしまう、とも指摘しています。ここにも、勤労(産業活動)を何よりも重視するヒュームの視点が貫かれているといえます。

 さらにヒュームは、ジョン・ロックによって提唱され、重農主義者たちが受け容れるところとなった土地単一課税論に対しても批判を加えています。土地単一課税論は、商品に課された税金は、最終的には農業者(地主)に転嫁される――商人は課税分だけ値上げして商品を売るし、ギリギリの生活をしている労働者は物価の値上がり分だけ賃金を上げてもらわねば生きていけなくなるので、結局のところ、農業者(地主)が労働者の賃金や商品の値上がり分を負担しなければならなくなる――のだから、最初から土地にのみ税金を課すようにすればよい、という主張です。これは、根本的にいうならば、土地(農業)こそが価値の唯一の源泉である、という発想にもとづいたものでしたが、ヒュームはこれを、全ての者が税負担を他者に押しつけたがっているのに、ただ地主だけが他者に税負担を押しつける能力を欠いている(他者から税負担を押しつけられて大人しく黙っている)とは考えがたい、という論法で批判するのです。さらにヒュームは(1764年以降の版において)、労働者が賃金の引き上げによらず、節約と労働時間の延長によって商品価格の値上がりに対処する可能性をも指摘しています。ここには、明示されてはいないものの、勤労一般(農業労働だけでなく!)こそが価値の源泉である、という発想が暗黙のうちに前提されているのだ、といってよいかもしれません。

 さて、「公信用について」という論説は、イギリス名誉革命体制下における近代的公債制度の確立、すなわち、議会による承認と一定の財源(税収入)保障を裏づけとした公債発行が制度化されたことを歴史的な背景としたものです。この論説でヒュームは、公債は国内流通を盛んにし産業活動を促進する効果をもつ、という重商主義者たちの主張を批判的に検討しています。ヒュームは、公債には重商主義者が主張するような社会的利益をもたらす側面があることについて全面的には否定しないものの、社会的不利益の方が比較にならないくらいに大きい、という主張を展開していきます。あえて現代的な図式に当てはめて整理してみるならば、財政支出が経済の活性化に大きく貢献することを説く積極財政論者に対して、ヒュームは累積債務の膨張は持続不可能であるとして健全財政の確立を主張したのだ、ということもできます。

 ヒュームの議論をもう少し詳しくみておくことにしましょう。 

 そもそも重商主義者が公債の利益を主張したのは、公債が一種の貨幣のようなものとして金銀と同じくらい容易に時価で通用している、という事情を背景にしています。商人は、公債の保有によって商業利潤のほかに確実な利益を確保することになるために、より低い商業利潤で事業を営むことが可能になります。このため、財貨がいっそう廉価になって消費が拡大することで、一般民衆の労働が促進され、技術と産業が社会の隅々まで広がっていくのに資するに違いない、というわけです。

 しかし、ヒュームは、こうした事情はそれほど重要なものではないのに引き換え、公債に伴う不利益は国家の内的秩序に重大な悪影響を及ぼすものであることを力説していきます。ヒュームは、公債のもつ不利益として、次の5つを挙げています。

 第一は、地方の負担で首都に住む公債所有者への利払いがなされることによって富が首都へ集中させられることです。

 第二は、一種の紙幣である国債の流通増大によって物価が高騰してしまうことです。

 第三は、利払いのための増税が勤労者への負担となってしまうことです。

 第四は、外国人の公債所有によって労働力と産業活動の国外移転の可能性が生じることです。

 第五は、公債の利子収入で生活が可能になることで、怠惰な生活スタイルが蔓延してしまうことです。

 以上の5点にわたって公債の社会的不利益(国家の内的秩序への悪影響)を指摘したヒュームは、これらの損害は無視し得ないものであるものの、対外的に独立した国家――諸国家から構成される社会のなかで自立しなければならず、戦争や外交交渉において他の諸国家と対峙しなければならない政治体としての国家――に帰する損失と比べれば、取るに足りないものである、としています。つまり、国家の独立を危うくしてしまうことこそが、公債の最大の弊害であるとヒュームは主張するのです。

 ヒュームは、公債の膨張は持続不可能であり、国民が公信用を破壊してしまうか、公信用が国民を破滅させてしまうか、どちらかになるしかない、といいます。ヒュームは、公信用死滅の3つの形態として、“医者による死”“自然死”“暴力死”の3つの形態を挙げています。“医者による死”というのは、公債償還のための冒険的な試みが全機構を崩壊させるケースであり、“自然死”というのは、戦争や災害などの危機に際して国家が公債の返済を放棄してしまうケースです。これら2つのケースは、国民が公信用を破壊する(数百万人の国民の安全のために数千人の公債保有者を犠牲にする)形態であるとされています。これらに対して、“暴力死”というのは、公債の膨張による国家の弱体化が他国の侵略と征服を導いてしまうケースです。このケースは、公信用が国民を破滅させる(数千人の公債保有者の一時的な安全のために数百万人の国民が永久に犠牲にされてしまう)形態であるとされ、公債の膨張がもたらす最悪の結果だとされています。

 このように、ヒュームは、公債の膨張が社会的に大きな不利益を伴うものであり、最悪の場合は国家の破滅をもたらしてしまうことに強い警告を発したのでした。

(*)ちなみに、当時はまだ所得税なるものは成立していませんでした。個人の所得を正確に把捉してそこに課税する、というような高度な徴税技術はまだ確立していなかったのです。イギリスでは、1799年にナポレオン戦争の戦費調達のために所得税が導入されましたが、以後、導入と廃止がくりかえされ、所得への課税が定着するのは1840年代に入ってからのことです。
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2017年08月30日

ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む(3/5)

(3)『政治論集』を読むA――ヒュームの貨幣論・利子論・貿易差額論

 前回は、ヒューム『政治論集』の最初の2つの論説、すなわち「商業について」と「奢侈について」を読みました。「商業について」は、国民の幸福と国家の強大さの両立という問題を、社会的総労働の適切な配分――農業、基本的な手工業、奢侈品の生産・流通業、および軍隊――による生産力の発展という観点から論じたものであり、生産力の発展を牽引する社会的認識のあり方――物質的・精神的により豊かな生活を送りたいという人間の諸欲求――に焦点が当てられるとともに、格差と貧困の拡大を放置することが国家を弱体化させることも指摘されていました。「奢侈について」は、奢侈あるいは機械的技術における洗練がもつ意義について、単に経済的な領域にとどまらず、国民精神のあり方全体を視野に入れて論じたものであり、勤労と機械的技術における洗練が学問・芸術の発展と相互浸透的に進行していくものであること、さらにこうした過程のなかで人間が社会的交際を通じて、人間性を高めていくことも強調されていました。

 さて、今回は、「貨幣について」「利子について」「貿易差額について」という3つの論説を取り上げることにしましょう。

 ヒュームは、「貨幣について」において、産業活動の発展のなかで貨幣がどのような役割を果たすものであるのか、論じています。ここで基調になっているのは、貨幣は単なる交換手段であり、その量の増大は物価の高騰をもたらすだけである、という主張です。これは、経済学史の用語でいえば「機械的な貨幣数量説」と呼ばれる考え方(貨幣数量は物価水準に機械的に動かすだけ、という考え方)にほかならず、貨幣=金銀こそが富であるという(貨幣量の増大を富の増大と同一視する)重商主義的な考え方に対抗して主張された、古典派経済学に特徴的な主張です。つまり、ヒュームの貨幣論は、古典派経済学の貨幣数量説を先駆的に主張するものであった、といえるわけです。

 一方でヒュームは、貨幣量の漸次的な増大が(すなわち貨幣量が次第に増加していく過程においては)、生産活動を刺激する効果をもつことをも認めています。このような考え方は、経済学史の用語では「連続的影響説」と呼ばれるもので、重商主義的な主張です。古典派経済学的な主張と重商主義的な主張を併存させている点に、ヒューム貨幣論の重要な特徴があるともいえます。

 さて、ヒュームの貨幣論をもう少し詳しくみておきましょう。

 ヒュームは、財貨の価格は貨幣の多寡に常に比例するから、一国の幸福にとって貨幣量の多寡それ自体は何ら重要でないことは明らかである、と主張します。さらに、貨幣が他国より豊富であるということは、外国人との通商において、一国民の損失となることさえありうる、と主張するのです。ヒュームは、人間に関わる事柄には諸々の要因の絶妙な噛み合わせ(happy concurrence of cause)があり、貿易の発展や富の増大を一定の限度内に押しとどめ、貿易や富の一国民による全面的独占という事態の発生を防止している、と説きます。どういうことかといえば、商業が確立された国は、貨幣の豊富による物価高騰という不利益を避けることができないのであり、その結果、全ての国外市場において、豊かな国は貧しい国よりも安く販売することが不可能となり、それ以上の富の蓄積に歯止めをかけられてしまう、ということです。

 以上は、貨幣の数量は物価水準に影響を与えるだけだ、という考え方に基づく主張ですが、一方でヒュームは、貨幣量が次第に増加していく過程においては、生産活動を刺激する効果をもつことをも説いています。ヒュームは、物価の高騰は金銀貨が増大した途端に生じるものではなく、貨幣が国内に隈なく流通し、その影響が全ての階級の人々に及ぶまでにいくらかの時間が必要であることに注意を促します。まず、ある部門で労働の対価として以前より多くの貨幣を得られるようになったとしても、貨幣量の増大の影響はまだ社会全体に行き渡っていないために、生活必需品や便益品の価格は以前と同じですから、その部門の労働者は、以前より良い飲食等ができるようになり、喜んでよりてきぱきと働くようになります。こうして、いかなる国であっても、その国へ貨幣が大量に流入しはじめると、労働と勤労(産業活動、生産意欲)は活況を呈し、商人はより積極果敢になり、手工業者はいっそう勤勉と熟練を増し、農民までもが鋤を迅速かつ慎重に動かしていくようになる、というのです。

 このようにヒュームは、流入してきた貨幣が物価を騰貴させてしまう前に個人の勤勉の度合いを高める効果をもつことを指摘したのでしたが、「貨幣について」という論説で基調になっているのは、あくまでも貨幣数量説的な主張であり、国家の富裕は貨幣が豊富になった結果である、という俗見を批判することこそがヒュームの狙いであったことは、改めて確認しておく必要があります。

 これに続く「利子について」という論説もまた、国家の富裕は貨幣が豊富になった結果である、という俗見を批判しようというものです。当時、利子が低いことは国家の繁栄の証だ、と考えられていたのですが、ヒュームはそのこと自体は認めながらも、貨幣の豊富こそが低利子率をもたらしているのだ、という通念については厳しく批判するのです。その論拠となったのも、貨幣の多寡は物価の高低に帰結するだけである、という貨幣数量説的な発想にほかなりませんでした。

 この論説で、ヒュームは、利子の高低を決める要素を3つあげています。そのうち2つは、貨幣の貸借における需給関係です。貨幣需要(大きければ利子は高く、小さければ利子は低くなる)については、商工業が未発達で土地所有者階級しかいない段階においては、土地所有者が浪費的(土地からの固定した収入を消費するだけでは大して楽しくもないので、快楽を求めずにはいられない!)であることから借り入れへの需要が大きくなるのだ、と論じています。一方、貨幣供給(需要を満たす富が小さければ利子は高く、大きければ利子は低くなる)については、商業の発展によって、まとまった貨幣額をもつ大金持ち層(monied interest)が形成されてくることが、貨幣供給量の増大につながることを指摘しています。結局、商業の発展が、貨幣需要の減少、貨幣供給の増大の両面において利子率の低下を導いていく、というのがヒュームの結論です。

 ヒュームは、貨幣の需給関係に加え、商業利潤の高低を、利子率の高低を決める第三の要素として論じています。ここでは、低利子と低利潤が相互に促進し合う関係にあることが論じられています。商人が大きな資本を蓄積すると、そのまま商業活動を継続するか、それとも商業活動から撤退して利子取得者になるか、という選択を迫られるケースが出てきます。商業活動から撤退する場合は、社会における資金供給の豊富さのために、非常に低い利子しか受け取れないでしょう。そのため、低利潤に甘んじながら商業活動を継続せざるをえない場合も多くなります。そもそも広範な商業の発展は、競争を通じて商業利潤の低下をもたらすのですが、この低利潤は、商業活動から撤退する際に、極めて低い利子を受け入れさせるように働くのです。

 以上のように、利子の高低を決める3要素について検討したヒュームは、利子率は国家の状態のバロメーターであり、低利子は国民の繁栄状態のほとんど間違いない証であると述べ、低利子は勤労の増大と国家全体に及ぶ勤労の速やかな循環とを証明するものである、と結論づけています。

 続いての論説「貿易差額について」において、ヒュームは、外国商品に税を課すなどして貿易を制限することで貨幣の国外流出を押しとどめようという重商主義の核心的な思想・政策を正面から批判しています。その根拠となるのも、貨幣は財貨を交換するための手段にすぎず、貨幣の動きは結局のところ、勤労の生みだす財貨の動きに規定されるのだ、という考え方にほかなりません。これは、自由貿易を主張する古典派経済学への道を拓くような論といえますが、注目すべきなのは、ヒュームが貿易制限を全面否定しているわけではなく、国家社会の維持発展という観点から一定の制限を課すこと自体は認めている点です。

 もう少し詳しくみておくことにしましょう。

 ヒュームは、ある国家が国民と勤労を保持するかぎり、貿易赤字が累積され続けるという結果はありえないことを一般的に証明するために、以下のような思考実験を行います。

 ある国の貨幣(金)が突然に大幅に減少したとすれば、その国の物価(金で表示された価格)は大きく低下し、輸出が著しく有利になります。その大幅な輸出超過の結果、当該国の物価が周辺諸国とだいたい同じ水準に上昇するまで、貨幣が流入してくることになります。逆に、ある国の貨幣が突然に大幅に増加したとすれば、その国の物価は大きく上昇し、輸出が不利になり、国外から低廉な製品が大量に流入してくることになります。この大幅な輸入超過により、当該国の物価が周辺諸国とだいたい同じ水準に低下するまで、貨幣が流出していくことになるわけです。これが、経済学史上におけるヒュームの不滅の貢献として有名な、金本位制の自動調節作用についての説明です。

 しかしながら、ヒュームは、外国の商品に課される全ての租税が有害あるいは無益だとみなされてはならない、とも主張しています。貿易を通じて貨幣を失ってしまうのではないか、という誤った猜疑心にもとづく関税だけが有害で無益なのだ、というわけです。ヒュームは、正当な貿易制限の事例として、国内手工業を奨励するためにドイツ製リンネル(亜麻布)へ課税することや、ラム酒の売れ行きを増大させて南部植民地を支えるためにブランデーへ課税することなどをあげています。

 ここは、ヒュームの経済思想も結局は重商主義の枠内にすぎなかった、という主張の根拠ともされる部分ですが、ヒュームにおいては、(富としての金銀量の増大ではなく!)自国民と手工業の保持ということこそが最大の政策目標であるべきだと考えられていた点にこそ注目すべきでしょう。
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2017年08月29日

ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む(2/5)

(2)『政治論集』を読む@――ヒュームの商業論・奢侈論

 本稿は、経済学が独立した学問として確立される直前の時期に、現代的な感覚からすれば経済問題として分類されるような諸々のテーマ(貨幣、利子、貿易差額、租税、公債など)を、あくまでも政治の問題として、換言すれば、国家社会の維持発展に関わる問題として論じたヒューム『政治論集』を読んでいくことを通じて、ヒュームの経済思想が、現代経済学の混迷を打開していく上でどのようなヒントを与えてくれるものなのか、探っていくことを目的としたものです。

 今回は、『政治論集』の冒頭の論説「商業について」、および第二の論説「奢侈について」を読んでいくことにします。

 ヒュームは、「商業について」において、国家の強大さと国民の幸福は商業において不可分の関係にある(商業が発展した方が、国民は幸福になるし国家も強大になる)、という命題の妥当性を検討し、その真理性を主張しています。単純に考えれば、生活必需品の生産(農業および基本的な手工業)に携わる人々以外は、全て兵士にしてしまった方が国家が強大になるようにも思われますが、必ずしもそうではない、というのがヒュームの結論です。これは、国家社会の中身(国民生活)と容れ物(それを支えるのが軍事力)の両面に的確に目を配った論考だと評価することができます。

 もう少し詳しくその内容をみていくことにしましょう。

 ヒュームによれば、どんな国でも国民の大半は農民と手工業者に大きく二分されます。ヒュームは、農業技術の改善で、直接耕作者や彼らに必須の手工業製品を供給する人々を養う以上のモノが生産できるようになった場合、余分な人手(労働力)が、奢侈(生活洗練)に関する技術(直接の生命の維持にとって不可欠ではないが、物質的・精神的により質の高い文化的生活を営む上で求められるようになるモノを生産し流通させる技術)に従事するようになれば、国民の幸福は増大していくことになる、と主張します。

 同時にヒュームは、このことが、国家の統治者にとっても利益となることを力説します。奢侈に関する技術に従事する労働者が多ければ、国家の危急の際に彼らの多くを兵士に転換したとしても、農業者の労働から生じる剰余で彼らを維持することが容易だからです。奢侈品を生産する手工業者は、国家権力が誰からも生活必需品を奪わずに要求できるような種類の労働を蓄えることによって、国家の力を増大させる、というのです。

 ヒュームは、スパルタなど古代の国家が、国民の幸福を犠牲にして国家の強大さを追求したのは乱暴であり、事物の自然で普通の成り行き(the more natural and usual course of things)に反している、と批判しています。それでは、人間の本性に即した、事物の自然な成り行きとはどういうものなのでしょうか。

 ここでヒュームは、よりよい生活を希求する人間の諸々の欲望こそが、生産活動を発展させる原動力であることに注意を促しています。これは、生産活動を行っていく人間の認識(感情のあり方)に着目したものとして、高く評価するに値するといえます。

 ヒュームは、この世に存在するあらゆるものは労働によって取得されるとした上で、我々の情念こそが、そのような労働の唯一の原因である、と説いています。ヒュームが、そのような情念の具体例として挙げているのは、貪欲と勤労、技術と奢侈(諸感覚の満足における高度の洗練)の精神などです。人間がその生活のなかで必要とするあらゆるものは労働によって取得される、というのは、いうまでもなく、古典派経済学における労働価値説の先駆けといえるような把握です。加えてここでは、欲求・欲望満足の手段としての労働というように、認識のあり方と明確に関わらせた把握がなされていることが注目されます。

 このような情念を刺激する上で歴史的に大きな役割を果たしたものとしてヒュームが注目しているのが、外国貿易です。外国貿易は人々の欲望を掻き立てることで生産力発展の大きな誘因となった、というわけです。ヒュームによれば、外国貿易は、人々を怠惰な眠りから目覚めさせるとともに、富裕層に彼らが以前には夢想さえしなかった奢侈品を提供することによって、祖先たちが享受したよりも素晴らしい暮らし方をしたいという彼らの欲望を掻き立てたのでした。こうして、国内手工業が外国のそれと改良を競うようになり、あらゆる国産品を完成の極致にまで仕上げていくことになります。

 ヒュームは、こうした生産物の分け前に多くの人々があずかれるようにすることが国家社会の維持発展にとって有利だ、と指摘します。ヒュームによれば、市民の間の不均衡があまりに大きいことは、国家を弱体にしてしまいます。誰もが自分の労働の果実を享受し、全ての生活必需品と多くの生活便益品を保有するという平等なあり方こそが人間の本性にふさわしいものであり、それが富者の幸福を減少させる程度は、貧者の幸福を増大させる程度に比してはるかに少ないのだ、とヒュームは強調します。富が多数の人に分散されていれば、各人の肩にかかる負担は軽く感じられ、租税は誰の暮らし向きにもさほど目立った変化を生じさせないのですが、富が少数者に集中しているところでは、この少数者がすべての権力を壟断することになり、彼らは共謀して全ての負担を貧者に転嫁し、貧者をいっそう圧迫することによってあらゆる勤労をダメにしてしまう、というのです。

 以上のように、「商業について」という論説では、国民の幸福と国家の強大さの両立という問題が、社会的総労働の適切な配分――農業、基本的な手工業、奢侈品の生産・流通業、および軍隊――による生産力の発展という観点から論じられているのであり、そのなかでは、生産力の発展を牽引する社会的認識のあり方――物質的・精神的により豊かな生活を送りたいという人間の諸欲求――に焦点が当てられるとともに、格差と貧困の拡大を放置することが国家を弱体化させることも指摘されていたのでした。

 さて、よりよい生活を求める人間の諸欲求の問題は、第二の論説「奢侈(luxury)について」において、より突っ込んで検討されることになります(ちなみに、この論説のタイトルは、1760年の版より「技芸における洗練について〔Of Refinement in the Arts〕に変更されています)。この論説で、ヒュームは、あらゆる奢侈を有益とする議論、一切の奢侈を不道徳として否定する議論の双方を両極端の誤りとして排し、奢侈は度を越さない限り社会にとって好影響をもたらすことを論じています(ある命題がいかなる条件の下で真理として通用するかを問うのは、ヒュームの議論においてよくみられる思考法です)。

 ヒュームは、勤労と機械的技術の洗練は自由な学芸にも洗練をもたらすのであり、一方は、ある程度、他方を伴わなければ完成されえない、と主張します。ヒュームは、天文学を知らず、倫理学を軽視する国民において、一枚の毛織物が完全に織られるなどということは期待できない、と述べています。ヒュームによれば、時代精神は技芸のあらゆる分野に影響を及ぼすものであり、人間精神は、ひとたび怠惰の眠りから呼び覚まされ発奮させられると、四方八方に関心を伸ばしてあらゆる科学と技術に改善をもたらしていくものなのです。このように、ヒュームは、勤労と機械的技術における洗練が学問・芸術の発展と相互浸透の関係――一方の発展が他方の発展を促し、他方が完成しなければもう一方も完成しない、という関係――にあることを力説しています。さらに、ヒュームは、こうした過程のなかで、人間がより社交的になっていき、社会的交際を通じて、人間性を高めていくことも強調しています。ヒュームによれば、勤労と知識と人間性とは互いに断ちがたい鎖でつなぎ合わされているのです。

 さらにヒュームは、奢侈あるいは機械的技術における洗練が、国家統治のあり方にも好ましい影響を与えることを説いています。統治技術の発展は、統治者により洗練された支配方法を採用させるようになるし、独立心旺盛な中産階級が台頭してくることによって、国民の側からの圧政への抵抗力も強まっていく、というわけです。

 このように、「奢侈について」という論説では、奢侈あるいは機械的技術における洗練がもつ意義について、単に経済的な領域にとどまらず、国民精神のあり方全体を視野に入れて論じている点が注目されます。
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2017年08月28日

ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む(1/5)

目次

(1)ヒューム経済思想の歴史的・現代的意義とは
(2)『政治論集』を読む@――ヒュームの商業論・奢侈論
(3)『政治論集』を読むA――ヒュームの貨幣論・利子論・貿易差額論
(4)『政治論集』を読むB――ヒュームの租税論・公信用論
(5)ヒュームは政治と経済を一体に、国家社会の維持発展という観点で論じている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)ヒューム経済思想の歴史的・現代的意義とは

 今から5年前のことになりますが、2012年10月11日付『朝日新聞』の「カオスの深淵」という欄に「危機読めない経済学」と題された記事が載りました。そこには、以下のように書かれていました。

「エリザベス英女王がなにげなく口にした疑問に、英国の経済学者たちは激しく動揺した。
 2008年11月、経済学の名門ロンドン大経済政治学院(LSE)の開所式。来賓の女王が尋ねた。
「どうして、危機が起きることを誰も分からなかったのですか?」
 米証券大手リーマン・ブラザーズ破綻から始まった金融危機が深まっていた。居合わせた経済学者は、充分な返答ができなかったようだ。
 学者や実務家らが集められて討論し、手紙で女王に報告した。「金融市場や世界経済について多くの警告はありましたが、分析は個々の動きに向けられました。大きな絵を見失ったことが、ひんぱんにありました」。手紙に署名した一人、LSEのティム・ベズリー教授は言う。「誰も全体を見ていなかった」
 経済学者は政策を示すエリートだ。しかし、本当に役に立つのか。よってたかって処方箋を書くのに、なぜ景気はよくならないのだろう。」


 要するに、経済の「個々の動き」にばかり気をとられて、「大きな絵」「全体」を見失ってしまうところに、現代の経済学が経済的な諸問題をまともに解決できない根本的な原因があるのではないか、という指摘です。例えば、この記事が出た後に成立した第2次安倍政権の下では、日銀が本気になって金融緩和を継続すれば必ずデフレから脱却できる、と主張するいわゆる“リフレ派”の経済研究者が日銀副総裁になって、異次元の金融緩和が進められてきましたが、ご存知の通り、デフレ脱却というハッキリとした成果は出せないままでいます(*)。これもまた、貨幣供給量とか物価とかの「個々の動き」に囚われて、経済全体の「大きな絵」を見失ってしまった典型的な事例だといえるのではないでしょうか。

 もっと大きくいえば、現代経済学の混迷は、そもそも、効率的な資源配分の場としての市場を、社会の他の部分から切り離して究明しようとしているところに根本的な原因があるといえるかもしれません。それだけに、経済学が独立した学問として確立される直前、経済的な問題が社会の他領域との関連でどのように論じられていたのかを探究することが、現代経済学の行き詰まりを打開していく上で大きなヒントとなるのではないか、とも思われるのです。

 経済学の確立に大きな役割を果たした人物として、18世紀スコットランドの3人――ヒューム、スチュアート、スミス――を挙げることができます。このうち、ジェームズ・スチュアート(『政治経済の原理』、1767)は、通常、重商主義的な思想を集大成した人物として知られています。重商主義というのは、端的には、貿易黒字で金銀=富を蓄積することが大切だという思想のことです。金銀という具体的な形をもったもの(目で見たり手で触ったり、感性的に捉えられる物体)こそが富であるとした現象論レベルの思想であり、外国貿易を通じて資本主義的な経済が生成発展していくなかで、自然成長的に形成されてきた社会的認識だといえます。スチュアートは、そのような自然成長的な認識を整理整頓して、それなりのレベルで論理化した存在であり、学者というよりは超一流の経済評論家のような存在だったといえるでしょう。

 これに対して、アダム・スミス(『諸国民の富の本質と原因に関する研究』、1776)は、重商主義を乗り越える古典派経済学を確立した人物として知られています。古典派経済学は、端的には、労働こそが富の源泉であり、労働生産性を向上させていくことが国家の豊かさにつながるのだという考え方を基礎にしています。つまり、スミスは、直接には目で見たり手で触ったりすることができない労働というものこそが富の源泉である、としたわけです。現象論レベルから構造に一歩踏み込んで経済の本質的なところを論理的に把握しようとしたわけで、一流の哲学的認識をもった経済学者であったと評価することができるでしょう。

 それでは、スチュアートやスミスに対して、ヒューム(『政治論集』、1752)についてはどのように評価することができるのでしょうか。端的には、ヒュームは、重商主義的見解を批判的に検討することを通じて古典派経済学への道を切り開いていった存在だ、ということができます。過渡的段階に属するだけに、どちらの側面をより重視するかによって、重商主義の枠内にすぎないという評価も成り立ちますし、古典派経済学の先駆者だという評価も成り立ちうる(**)わけですが、結局のところ、ヒュームの経済思想は、どのような歴史的意義をもったものだと評価するべきなのでしょうか。また、ヒュームの経済思想は、現代経済学の混迷を打開していく上で、どのようなヒントを与えてくれるものなのでしょうか。本稿では、このような問題意識をもって、ヒューム『政治論集』を読んでいくことにします。

 それに先立って、ヒュームの学問的構想全体のなかで『政治論集』がどのように位置づけられていたのかを、簡単に確認しておくことにしましょう。

 ヒュームは処女作『人間本性論』(1739)の序論において、@論理学(人間の推理能力の原理と作用、観念の本性を究明するもの)、A道徳論(我々の趣味と感情を究明するもの)、B文芸論(道徳論と同じく、我々の趣味と感情を究明するもの)、C政治論(結合して社会を形成し、相互に依存し合うものとしての人間を考察するもの)の4部門からなる構想を示し、その基礎として人間性の原理の究明が必要であること、その方法は実験と観察でなければならないことを主張しています。『人間本性論』は、この4部門のうち論理学と道徳論に該当する内容を含むものですが、その論理学における有名な因果律批判(原因と結果とのつながりは客観的なものではなく、ある出来事の後に別の出来事が続いて起ることを何度も繰り返して経験することによって形成される主観的な信念にすぎない、という議論)は、自然科学(自然哲学)と社会科学(道徳哲学)に共通する方法論の確立を目指すものとしての意味をもっていたわけです。

 さて、本稿で取り上げる『政治論集』は、先の4部門構想のうち、政治論に相当する内容を含むものにほかなりません。1752年に出版された初版には、以下の12の論説が含まれていました(ちなみに、その後『政治論集』は増補改訂を繰り返され、新たな論説が次々と追加されていき、タイトルも『いくつかの主題についての論集』に変更されています)。

1.商業について
2.奢侈について
3.貨幣について
4.利子について
5.貿易差額について
6.勢力均衡について
7.租税について
8.公信用について
9.若干の注目に値する法慣習について
10.古代諸国民の人口稠密について
11.新教徒による王位継承について
12.完全な共和国についての設計案


 『政治論集』は、そのタイトルからしても、論文集としての体裁からしても、スチュアート『経済の原理』やスミス『国富論』に比して、政治経済論としての体系性に欠けるような印象がありますが、内容を突っ込んで検討してみれば、必ずしもそうとはいいきれません。

 『政治論集』において注目すべきは、何よりもまず、「政治論」といいながら経済的な問題を正面から取り上げた論説が大半を占めている点です。現代的な感覚からすれば経済問題として分類されるような諸々のテーマ(貨幣、利子、貿易差額、租税、公債など)が、あくまでも政治の問題として、換言すれば、国家社会の維持発展に関わる問題として、論じられているのです。これは、経済学の未確立という当時の学問的な状況を示すものではありますが、根本的にいえば、経済の政治からの未分化という社会の歴史的な発展段階の反映にほかなりません。『政治論集』で扱われているテーマ(商業、奢侈、貨幣、利子、貿易差額、租税、公信用)は、いうまでもなく、名誉革命体制下イギリスの社会状況に規定されたものであり、いわゆる重商主義的な経済思想のなかで取り上げられてきたものです。

 それでは、次回以降、『政治論集』のうち、商業、奢侈、貨幣、利子、貿易差額、租税、公信用に関わるヒュームの論考を順次取り上げながら、ヒュームの経済思想が、現代経済学の混迷を打開していく上でどのようなヒントを与えてくれるものなのか、探っていくことにしましょう。

(*)服部茂幸『偽りの経済政策――格差と停滞のアベノミクス』(岩波新書、2017)は、この経済研究者の醜態(見苦しい言い訳)を完膚なきまでに叩きのめしていて痛快である。

(**)後者の見方をとる場合、古典派経済学の確立者とされるスミスとの関係(スミスはどのような点でヒュームを発展させたのか)が問題になりうる。極端なものでは、スミス『国富論』はヒュームを超えるものではなかった、という見解も存在する。例えば、20世紀を代表する経済学者であるシュンペーターは、大著『経済分析の歴史』において、ヒュームについて以下のように述べている。

「まさにこれ〔自動調節機構についての論――引用者〕を射抜いた者のなかでももっとも傑出していたのは、カンティヨンとヒュームであった。ヒュームの論文が若干の異論を引き起こした事実は、かえって彼の功績の証となるものである。……本質的には、彼の業績は「重商主義的」遺産から誤謬の塵を払い落としたこと、およびこれらの部品一つのきちんとしたよく発達した理論に組み立てたこと、にある。そして以上がすべてである。この世紀〔18世紀――引用者〕の残りの期間には、大きな重要性を持ったものは何も付加されなかった。『国富論』においてアダム・スミスはヒュームを抜きんでることなく、むしろ彼以下に留まった。実際のところ、ヒュームの理論は、自動調節の媒介手段としての価格の運動に対する彼の過度の強調をも含めて、実質上は今世紀の二〇年代にいたるまで、少しも挑戦されるところがなかったと言っても、真理から隔たるものではない。」(シュンペーター『経済分析の歴史(上)』岩波書店、p.664)


 ここでのシュンペーターの評価は、市場の自動調節機能の把握という非常に限定された基準によるものでしかないことに注意が必要である。『国富論』は、市場の自動調節機能を主として問題としたものではなく、国家社会の全体を視野に入れて諸々の問題に筋を通して論じていることにこそ意義があるものである。スミスがヒューム以下にとどまったというのは、市場の自動調節機能の把握という「個々の動き」に囚われて、経済学の発展の「大きな絵」「全体」を捉えそこなった評価だといわざるをえない。
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2017年08月27日

夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想(5/5)

(5)夢の解明のためには学問が必須である

 本稿は,哲学レベルで説かれている南郷継正『“夢”講義(4)』を読んで,学んだことを認めることによって,学習内容を明確にし,しっかり自分のものにしていくためにこれまで執筆してきた。ここで,これまでの内容を簡単に振り返っておきたい。

 初めに,「学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる」(p.72)と説かれている内容を取り上げた。ここではまず,哲学というのは,原点からの歴史性に学んでこそ,措定できるのであり,成立しうるものなのであるということが説かれていた。哲学の原点は,「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという」願望にあり,その原点を踏まえたうえで,古代ギリシャから自分の時代までの学問史を一身の上にくり返すことこそが,哲学へ到達可能な道なのである,ということであった。これはあらゆる学問分野に当てはまることであるが,原点からの歴史性に学ぶ必要があるのは,原点にこそ,そのものの本質が端的な形で現れているため,そのものの本質を掴みやすいからであり,この世のありとあらゆるものの発展は,段階を踏んでなされているものであり,前段階の実力をしっかりと身につけてこそ,次の段階へと発展していけるという,発展の論理構造があるからであった。これを踏まえて,本書では弁証法や認識論の歴史性についても説かれていた。認識論の歴史性に関しては,心理学誕生の謎解きがされていた。すなわち,人間において,本能以上の働きをし始めたココロが,本能レベルの安定性を求めて宗教を創造することになり,ココロの問題は,一般性をもったレベルのものであっただけに,宗教による画一的な教えによって解消されていたが,資本主義社会になるに至り,個人が主体性を帯び,ココロが特殊性や個別性を帯びるように変化したため,心理学が誕生したのだ,ということであった。

 次に,本書で説かれている弁証法の基本について取り上げた。まず,弁証法の歴史的過程については,弁証法は歴史的にはさまざまな姿形をとっているが,その実態・実体は,弁証法の原点たる古代ギリシャ時代に見るがごとく,学問(というより論理体系レベルのもの)の創出できる論理的な実力形成への歩き方の方法である,それが,時代時代によって変化・発展していき,さまざまな姿形として現象してきているだけであるという趣旨のことが説かれていた。次に,直接と直接的同一性の論理的区別を確認した。ここに関わっては,「直接に同一」と「直接的な同一の性質」とは大きく異なるのであり,これは「人間」と「人間的」の関係と同様だと説かれていたのであった。第三に,『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきについて,その意義と重大性を検討した。本書では,「この「あとがき」を読んでから弁証法の深い学習に入るばあいと,この「あとがき」を知らないで学習に入るばあいとでは,その実力のつき方が全く異なっていく」,「はっきり述べて,私はこの「あとがき」の文言がなかったならば,恩師三浦つとむの著作との精神レベルでの交流はなかった」(p.166)などと説かれていた。あとがきを読むと,三浦つとむの志の高さや気概,責任感・使命感の強さの他に,権威を恐れずにその誤りを批判して憚らない主体性が痛いほど伝わってくるのであり,これを読めばこそ「人生,意気に感ず」レベルで弁証法の学びに入っていけるのだと説いた。

 最後に,認識の成立と社会の関係を中心に検討して,認識論の理解を深めようと試みた。第3編第3章では,人間は社会からの反映でもって育ってくるのであり,私たちの認識は必ず社会を反映しているし,社会を反映した像しか原形としては存在していないと説かれていた。そして,ここでいう社会とは,生活している範囲の身近な小社会のことであるとされていた。そして,夢も認識=像であるから,社会関係の足跡の全くないものとはなれず,それだけに,夢の問題を学問レベルで説くためには,社会に関わる大勉強が要求されるのだと説かれていた。要するに,社会が違えば,それに応じて創られる認識も違ったものになるのであるから,認識のことをしっかりと理解するためには,「世界史を初めとする歴史や政治,経済などの社会に関わる大勉強」が必須だということであった。その社会は,時代性,国家性・地域性,小社会性に応じて千差万別であるから,その普遍性・特殊性・個別性をしっかりと押さえない限り,その社会的外界を反映して創られる人間の認識をしっかりと解明することはできないのだと説いておいた。さらに,認識論の基本用語ともいえる,「像」「感覚」「感情」「感性」についても,本書で説かれている内容を確認した。像とは脳の中に描かれたものであり,感覚とは実体としての感覚器官の機能(働き)であるがゆえに,感覚だけではまだ像ではない,「この感覚が脳そのものに反映されて脳の中に自身が『何か』を描く時,『何か』が描かれた時,この描かれたもの,描いたもののことを『像』という」と説かれていた。また,感情と感性については,脳の中での像が量質転化するだけではなく,感覚するということ自体が量質転化し,さらに実体である五感覚器官も量質転化していくのであり,こうして量質転化できていったあるレベルの状態を感情といい,この感情の一般的なあり方を感性という,と説かれていた。

 以上,本稿の内容を端的にまとめ直した。

 本稿の最後に,本稿で採用されている論の展開について考察しておきたい。本書では,読者からの質問に答えながら,論を展開している部分が多い。これには,どのような意義があるのであろうか。筆者は3つあると考える。

 第一に,読者からの質問に答えて,より丁寧にとき直すことによって,自身が説きたかった内容がより明確になっていく,ということが挙げられる。自分の表現した言語は,自分の認識を表現しているだけに,自分が読み返しても論の不十分な点や不明瞭な点が分かりにくい。自分の頭の中にある像でもって問いかけ的に読み返してしまうため,これで十分だと反映してしまいがちなのである。ところが,他者が自分の論理展開を読んだ場合は,そのような問いかけ像がないために,純粋に言語表現されているもののみを根拠に論の展開を追おうとする。すると,不十分な点や曖昧で不明瞭な点がよく分かるものである。その点を質問されると,分からないといっているのだから,より丁寧に説き直すことになる。それによって,自分自身もいいたかったこと,説きたかった内容が,より明瞭になっていくのである。

 第二に,自己の論理展開をくり返し原点から辿り返せるという意義がある。質問されると,少し前に説いた内容を,もう一度説くことになる。今説いていることとは相対的に独立した内容であるし,少し前の内容であるだけに,もう一度,なぜそれを問題にしたのか,それに対してどのような答えを出したのかということを説き直すことになる。本稿の連載第2回でも説いたように,このような原点からの辿り返しは,次の段階へと発展していくために必須のものである。すなわち,少し進んではまた原点に戻って,そこから説き直し,少しだけ進む,ということをくり返すことによってこそ,自らの実力が前段階をしっかりものにして,正当に発展していくことになるのである。

 第三に,読者からの質問・疑問をしっかりと読み,それに答えていくことによって,自らが行う一人きりの二人問答の実力があがっていく,その精緻化につながるといえる。これはどういうことか。そもそも一人きりの二人問答とは,自らが何らかの立論をした場合,すぐさま,それの批判者の立場に立って,自らの立論に対する疑問点を出し,論駁し,反論する,ということをくり返して行なっていくものである。この際,自分の見解に対して疑問点を出したり,反論したりということは,実際に誰かから疑問点を出されたり,反論されたりという経験を内在化していくことによって,うまくできるようになっていくものである。であるからして,実際の他者から疑問点を出してもらい,反論してもらうというようなことは,他者がいなくても,一人きりの二人問答によって自らの認識を発展させていくことができるようになる,いわば前提条件といえるのである。

 以上の3点は,われわれが研究会において議論し,討論していく際にも,常に念頭に置いて意識しておくべきことだと考えられる。すなわち,会員同士で,相手の書いた論文に対してしっかりと質問したり疑問点を出したりすることによって,問われた方は相手に分かるように,より丁寧な論理展開を試みる。それによって,自分の像がよりクリアーなものになっていく。同時に,説きたかった内容を原点から再度説き直すことによって,自分の上達に向けて,前段階の実力を常態化・常識化していくことが可能となる。さらに,他者からの疑問や反論を内在化して,事前に,他者がいなくても,一人きりの二人問答を展開することによって,より隙きのない論理展開が可能となっていき,自分の認識を発展させていくことが可能となるのである。

 このようなことを実現化していくためにも,われわれはより積極的に議論し討論していかなければならない。相手の論に疑問点をぶつけ,質問していくことは,相手の認識を発展させることにつながり,ひいては,組織全体のレベルアップに貢献することなのである。このことをしっかりと肝に銘じて,今後の研究会活動を行っていきたいと思う。

(了)
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2017年08月26日

夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想(4/5)

(4)認識の成立と社会の関係性

 前回は,本書で説かれている弁証法の基本について検討した。特に,旧版のあとがきで説かれている内容に関して,三浦つとむの志の高さや気概,責任感・使命感の強さ,それに,外国の権威を恐れずに批判する主体性を感じるとして,これがあればこそ,三浦つとむの著作との精神レベルでの交流が可能となるのだと説いておいた。

 さて今回は,主として本書「第3編 認識の成立の過程性を説く」「第3章 認識の成立と社会の関係性を説く」で説かれている内容を紹介しながら,認識論について理解を深めていきたい。

 この章では初めに,夢と「社会とは何か」がどう関係してくるのかという読者からの質問に答える形で,人間は社会からの反映でもって育ってくるのであり,私たちの認識は必ず社会を反映しているし,社会を反映した像しか原形としては存在していないと説かれている。そしてここでいう社会とは,生活している範囲の身近な社会=小社会のことであるとして,その小社会が,家の中から,隣近所の公園まで,保育園・幼稚園,小学校,中学校,高校へとどんどんと広がっていくことによって,それを反映した社会的像がどのように生成発展していくのかが説かれている。

 ここから問題の“夢”の論点に展開して,夢は脳の中の像(の形成)が,脳によっていわば勝手気ままに作成されていくものだとした上で,次のように説かれている。

「でも,脳が勝手に(本人に無関係に)作成するとはいっても,夢として描かれるその脳の中の全ての像は,元々社会(環境)的な反映で形成されたものですから,その大本の五感覚器官を通して形成された過程が必ず残っているものです。

 ……結論としては,睡眠中のいかなる人のいかなる夢も社会(環境)なしの,つまり社会的関係の足跡の全くないものとは,絶対になれないのです。

 再度説きますが,それだけに夢の問題を学問レベルで説く(説く実力をつける)ためには,いかなる社会(環境)で育ったのか,いかなる社会(環境)を経て大人になったのか,そして現在はいかなる社会(環境)の中で生活しているのかの最低三つの社会(環境)の実際的かつ論理的合成力の修練が必要とされるのです。当然にそのためには,世界史を初めとする歴史や政治,経済などの社会に関わる大勉強の必然性が要求されることを分かることが大切なのです。念のためですが,心理療法の達人だったかのフロイトは,ここを見事になしとげていたからこその名医とされる治療を施せたのです。」(pp.115-116)


 ここでは,夢も認識=像であるから,社会関係の足跡の全くないものとはなれず,それだけに,夢の問題を学問レベルで説くためには,社会に関わる大勉強が要求されるのだと説かれている。

 ここまでで,認識に関わる非常に重要な指摘がされていると思う。人間の認識は外界の反映によって成立するということは,ずっと以前からモロモロの学者・研究者によって説かれていたと思うが,その外界は,大きく自然的外界と社会的外界に分けられるから,後者である社会的外界によって認識が創られる側面をしっかり押さえることが重要なのだということを,これほど明確に説かれたことはかつてなかったのではないか。

 要するに,社会が違えば,それに応じて創られる認識も違ったものになるのであるから,認識のことをしっかりと理解するためには,「世界史を初めとする歴史や政治,経済などの社会に関わる大勉強」が必須だということである。この問題をもう少し検討してみたい。

 単純に「社会」といっても,その中身は千差万別である。まず,時代によって社会のあり方は大きく異なる。古代であれば奴隷制は当たり前のものとして存在していたが,現代においては非人道的・非人間的なものとしてその存在は認められていない。また時代に応じて,社会の複雑さも異なる。したがって,ある人間の認識を理解するためには,その人間の属する時代をしっかり理解しなければならない。まずは時代性の把握が肝要なのである。

 次に,同じ時代でも,国家や地域によって,社会のあり方はさまざまである。同じ中世の封建制社会でも,ヨーロッパと日本とではそのあり方が違う。たとえば,ヨーロッパでは「臣下の臣下は臣下でない」という言葉が示すように,AとBが主従関係を結んでおり,BとCが主従関係を結んでいても,AとCにはその関係がないというのが普通であった。ところが,日本においては,臣下の臣下と主君の主君とは,当然に主従関係があったのである。

 最後に,同じ時代,同じ国家・地域であっても,より小さな社会環境である小社会は異なっている。同じ現代日本であっても,東京と大阪では社会的認識が違う。東京弁とか大阪弁とかいうように,同じ日本語であっても,微妙に違いがあるし,よくテレビや雑誌などで紹介されているように食文化も違う。もっと小さなレベルの小社会に着目するならば,生まれてくる家庭も人それぞれである。何人家族であるか,兄弟は何人いるのか,何人目の子どもであるか,母子家庭か否か,両親の学歴はどれほどか,両親の生まれはどこか,両親の年齢はいくつであるか,などなどに応じて,その家族=小社会のあり方は異なってくる。

 このような千差万別の社会について,その普遍性・特殊性・個別性をしっかりと押さえない限り,その社会的外界を反映して創られる人間の認識をしっかりと解明することはできないということであろう。フロイトもなしとげたという社会に関わる大勉強を,同じく心理臨床に携わっている筆者としても,しっかりと行っていかねばならないと改めて決意した。

 さて次に,認識論の理解を深めるために,像や感覚に関わる内容も確認しておく。本書では,像とは何か,感覚とは何かについて,これも読者からの質問に答える形で説かれている部分があるので引用したい。

「ここで「像」というものは,直接的には脳の中に描かれた(反映させられた)ものです。もっと説くなら,外界が感覚器官を通して脳の中に反映させられた(描くことになった)一種の“画(絵)もどき”です。

(中略)

 感覚とは,感覚器官の機能,すなわち働きそのものです。もっと理論的にいうなら,実体としての感覚器官は,感覚するという機能を直接的に持っているのです。……

 このように感覚器官はたしかにそれぞれの機能(働き)を持っていますが,これらはけっして単独で働いているものではないのです。すなわち,感覚器官は全部で一つとして機能,すなわち働いているのです。この五個の感覚器官,つまり五感覚器官の共同体的機能すなわち五感覚器官の総合一体的な働きをまとめて(統合して)「感覚」というのです。

 それだけに,感覚だけではまだまだ「像」そのものにはなりえません。この感覚が脳そのものに反映されて脳の中に自身が『何か』を描く時,『何か』が描かれた時,この描かれたもの,描いたもののことを『像』というのです。」(pp.121-122)


 ここでは,像とは脳の中に描かれたものであり,感覚とは実体としての感覚器官の機能(働き)であるがゆえに,感覚だけではまだ像ではない,「この感覚が脳そのものに反映されて脳の中に自身が『何か』を描く時,『何か』が描かれた時,この描かれたもの,描いたもののことを『像』という」と説かれている。また,感覚器官は全部で一つとして機能している点も強調されている。

 本書では,三浦つとむですら,像とは何か,感覚とは何かは説けていないとされている。確かに,像や感覚について,このような分かりやすくすっきりとした説明は,三浦つとむにもなかったと思う。筆者自身も,「感覚とは,たとえば皮膚感覚であれば皮膚のところにあるものなのか,それとも頭の中にあるものなのか」というような疑問を以前抱いていた。そのような疑問が,ここでの解説で見事に解消されたのである。

 また,感覚器官は全部で一つとして機能しているというのも大事だと思った。感覚器官を原点から辿り返すならば,当然,初めから複数の感覚器官があったわけではなく,初めは原始的な触覚的な機能があっただけだと推察される。それが,生命維持の必要性に迫られて,きちんと外界を把握することが必要となり,それに応じて感覚器官が分化していったのだと考えられるのである。このように,もともとひとつのものが5つに分化しただけなのであるから,分かれているという現象に引きずられて,バラバラなものであると考えてしまってはならないのであり,「五感覚器官の共同体的機能すなわち五感覚器官の総合一体的な働き」として,理解していく必要があるのだろう。

 最後に,感情と感性についても簡単に確認しておきたい。これらについては,以下のように説かれている。

「外界を反映し続けると,脳に描かれる像はしだいしだいに深みを帯びていきます。……

 これはただ単に脳の中での像が見事になる! というだけのことではありません。その他にも量質転化してきているものがあるはずです。

 一つは感覚そのものです。感覚するということ自体が量質転化していくのです。もう一つは,それを通して実体である五感覚器官もそれらに相応しながら発達してきているのです。なぜなら感覚だけ(機能だけ)の発達には限界があります。それだけに,感覚し続けることで働き(機能)そのものが実体そのもの(五感覚器官)をも発達させる(量質転化させる)必要があるのです。こうやって量質転化できていったあるレベルの状態を感情と称するのです。この感情の一般的なあり方を称して(論理レベルで)感性ということになるのです。」(p.124-125)


 ここでは,外界を感覚し続け反映し続けることによる量質転化について説かれている。すなわち,脳の中での像が量質転化するだけではなく,感覚するということ自体が量質転化し,さらに実体である五感覚器官も量質転化していくのであり,こうして量質転化できていったあるレベルの状態を感情といい,この感情の一般的なあり方を感性という,と説かれている。

 感情の問題は,たとえば,悲しくて仕方がないとか,自分の怒りをコントロールできないとかいった形で,筆者のような臨床心理士の仕事をしていくうえでは,避けては通れない問題である。その感情の問題を,そもそも認識とは何か,感情とは何かという本質から説ききるためには,ここで説かれているような内容をしっかりと自分のものとしていく必要があると感じた。今後とも,この問題については,ここで説かれたことをヒントにしながら考え続けていきたいと考えている。


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2017年08月25日

夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想(3/5)

(3)『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきの意義

 前回は,『“夢”講義(4)』で説かれている「学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる」ということに関わって,なぜ原点からの歴史性に学ぶ必要があるのかの理由を考察した。原点からの歴史性に学ぶ必要があるのは,原点において,そのものの本質的なものが形成されるためであり,さらに,物事の発展は,前段階の実力の上に上書きされる形でなされていくためであった。その後,認識論の歴史性について,特に心理学誕生の謎について本書で説かれていることを確認した。

 さて今回は,本書で説かれている弁証法の基本に関わって,2,3のテーマを取り上げたい。

 まずは,前回も少し触れた弁証法の歴史的過程についてである。「弁証法なるものがどんな赤ちゃんとして誕生し,その赤ちゃんがどう幼児になり,またどう青年へと変化・発展していったのか」(p.136)を,本書の流れに沿って簡単に見ておきたい。

 はじめに,読者からの質問で出てきた「弁証法というのは,『弁論すなわち議論・討論・論争を通じて相手の論の欠陥を暴きだし,自分の論の正しさの証を立てること,すなわち,弁じて証明することだった』」という言葉を取り上げ,これはよくてプラトンの時代までのことであり,このような中身の弁証法はアリストテレス以後はほとんど顔を出さなくなっていくと説かれている。しかもこれは,弁証法といわれる現象形態でしかなく,弁証法なるものの実態や実体ではないとされている。では,その実態・実体とはなんであったのかというと,それは,学問(というより論理体系レベルのもの)の創出できる論理的な実力形成への歩き方の方法であったのだ,と説かれている。

 この古代ギリシャの弁証法は,中世において定式化,公式化されて,学問形成への問答集として大成されたが,これは大失敗であったと説かれている。というのは,答えが初めから分かっている,現代の大学入試のような問答集だったからであるとされている。当時の弁証法は,問答法としての形式を借用しただけの現象形態にすぎないものだったのである。本来はそうではなく,実態構造・過程を学ばなければならなかったのであり,討論が大切なのではなく,討論できるだけの実力が大事なのであると説かれている。

 学問を創出する実力養成のための弁証法(弁証の方法)は中世以降,堕落させられていたが,やがてその実力の実態を学んで自分の学問力にしたのが大哲学者カントであり,いわゆる「二律背反」の措定がそうであると説かれている。ヘーゲルはこのカントの「二律背反」の構造にしっかりと学んで,本物の弁証法を理論的に駆使できる実力をつけていき,このヘーゲルの学問的実力の中身を,弁証法を駆使しての実力であるとみごとに見抜いたエンゲルスが,この過程を一般化して,「弁証法とは,自然,人間社会,および思惟の一般的な運動=発展法則にかんする科学」であるとしたのである,ということである。最後に,このような弁証法の歴史的な過程性=発展的構造論を実力化してきたからこそ,「いのちの歴史」を措定できたのだ,と説かれている。

 ここで説かれていることをごくシンプルにいってしまうと,弁証法は歴史的にはさまざまな姿形をとっているが,その実態・実体は,弁証法の原点たる古代ギリシャ時代に見るがごとく,学問(というより論理体系レベルのもの)の創出できる論理的な実力形成への歩き方の方法である,ということであろう。それが,時代時代によって変化・発展していき,さまざまな姿形として現象してきている,ということであろう。古代ギリシャで誕生した学問を創出する実力を養成するための弁証法という本質的な部分が,それ以後の弁証法にも貫かれているのであり,この本質的な部分をしっかりと理解しながら弁証法の歴史を辿り返していくことこそが,弁証法的な実力を養成するためには必要だといえると思う。

 さて,二つ目のテーマとしては,直接と直接的同一性の論理的区別という問題を取り上げたい。本書では,直接的同一性とは,直接に同一であるということではないと説かれている。「直接に同一」と「直接的な同一の性質」とは大きく異なるのであり,これは「人間」と「人間的」の関係と同様だと説かれている(pp.180-181)。さらに別の箇所では,「中学生レベルで説くと,直接とは,あるものが切り離すことのできない他の性質を必然的に持っている時に使います」(p.201)と解説されている。

 本書で挙げられている具体例を,以下にまとめてみよう。

直接:
 実体は直接に機能である(p.173)
 ヒトは直接に哺乳類です(p.201)

直接的同一性:
 ココロとアタマは,簡単に説けば直接的な同一性を保って働き続けてきています(o.180)
 武道と武術とは直接的同一性である(p.202)


 この両者の区別は,三浦つとむですらつけられていないと指摘されているだけに,われわれにとっても,そもそも問題意識になかった。したがって,今後,新たにこの区別をしっかりとつけていかなければならない。しかし,直接の方は説明もあって何となく理解できるが,直接的同一性の方があやしい。

 実体は機能という切り離すことのできない性質を必然的に持っている,ヒトは哺乳類という切り離すことのできない性質を必然的に持っている,というのは(何となくであっても)分かる。また,ココロはアタマという切り離すことのできない性質を必然的に持っているとはいえない,武道は武術という切り離すことのできない性質を必然的に持っているとはいえない,というのも分かる。しかしそれなら,直接的同一性とはどういうことなのか。

 「人間」と「人間的」の区別を参考にすると,直接的同一性とは,「直接の性質にふさわしい同一性」とか「直接の性質をもった同一性」とか「直接らしい恰好をした同一性」とかいうことになろう。また,武道と武術に関する記述からは,「同じものでもあり,かつ,異なるものでもある」(p.202)場合を「直接的同一性」と呼ぶのかもしれない,ということが分かる。現時点ではこのくらいの理解にしておいて,具体的な事実で考えていきながら,熟成させていきたい。

 弁証法に関わって最後に取り上げたいテーマは,これが最も重要だと筆者は考えているのであるが,『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきについてである。1968年に出た現行の『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)には,まえがきはあってもあとがきはない。ところが,1955年に出版された『弁証法はどういう科学か』の旧版(ミリオン・ブックス版)にはあとがきがあるのである。この旧版のあとがきについて,本書では,「この「あとがき」を読んでから弁証法の深い学習に入るばあいと,この「あとがき」を知らないで学習に入るばあいとでは,その実力のつき方が全く異なっていく」,「はっきり述べて,私はこの「あとがき」の文言がなかったならば,恩師三浦つとむの著作との精神レベルでの交流はなかった」(p.166)などと説かれており,その重大性が強調されている。非常に重要なので,本書では全文引用されているが,特に大事な部分を中心に引用したい。

「弁証法というものに興味を持って,この本を手にした読者の大多数は,知識のための知識ではなくて,現実にぶつかっている問題を処理するのに役立つ理論を要求しておられることと思います。ある有名な婦人雑誌では,料理や裁縫の原稿ができてくると,まず社の中の人たちが実際にこしらえて食べたり着たりしてみて,充分役立つことをたしかめてから発表する,と聞きました。これは読者の要求に責任を持ってこたえる態度です。わたしは,弁証法の本を書く場合にも,やはりこれと同じような態度でなければならないと考えています。外国人がうまいと主張しているからきっとうまいにちがいないと,自分ではこしらえたことも食べたこともない料理を宣伝し,他人にすすめるとしたら,ずいぶん無責任な話ではないでしょうか。……やはり経験者でなければ失敗を防ぐためのカンドコロが分かりませんが,それをおしえてくれないと本に書いたとおりにやってみたがどうもうまくいかない,という結果に終りがちです。……

 弁証法の教科書には,翻訳,国産いろいろありますが,わたしが弁証法を研究に役立ててみてわかったことは,哲学者の書いた本には大切なところが相当ぬけおちているという事実でした。……相互浸透の具体的な構造がほとんど無視されていることや,ヘーゲルの否定の否定を批判しただけで唯物弁証法のそれが無視されていることなども,ずいぶん不当な扱いかただと思いました。これでは弁証法を充分に役立てることができません。……

 弁証法について何の知識もない人でもよく分かること,生活に研究にすぐ役立つ実用的なものであること,しかももっとも高い学問的な水準を示すものであること,――これらの条件をすべて満足させることは理想ですが,その実現はなかなか困難です。この本のように紙数に制限のある小冊子ではなおさらです。でもわたしはこのような本を書くことが長い間の望みでしたから,理想の実現のためにできるだけ努力を払ったつもりです。……翻訳の教科書などでは弁証法がどんなに役立つ道具であるかを最上級のほめ言葉を使って長々とのべていますが,この小冊子では道具の構造や使い方かたに叙述の重点を置いて効能書を簡単にしました。」
(pp.167-169)


 ここでは,三浦つとむが実際に弁証法を使って成果をあげた経験者であり,自分で責任をもって,充分に役に立つことを確かめていること,弁証法を十分に役立てるために大切なところ(相互浸透の具体的な構造など)をしっかりと説いたこと,分かりやすく実用的で学問的に高水準な本を目指したこと,弁証法という道具の構造や使いかたに重点を置いて説いたこと,などが説かれている。

 これを読むと,三浦つとむの志の高さや気概,責任感・使命感の強さなどが痛いほど伝わってくる。そしてまた,外国の権威に盲従するのではなく,自ら自力・独力で弁証法を使いこなすまでの研鑽をなし,権威を恐れずにその誤りを批判して憚らない主体性というものも感じられるのである。同時に,自分が使ってみてその効果を確かめた弁証法であるから,自信をもってお勧めできる,だから読者は安心して学びに集中してほしい,というような三浦つとむの思いも伝わってくるのである。特に,「対立物の相互浸透」については,これまで「対立物の統一と闘争」などと歪曲して捉えられていたために,きちんとした解説がなされたことがなかったので,三浦つとむはあえてかなりのページ数を割いて,丁寧に,具体的に,相互浸透の構造を解説したのだと思われる。

 このように説くと,新版のまえがきでも,「わたしも自分の社会科学の研究にこの弁証法を使ってみて,それがどんなにすばらしい武器であるかを実感することができました。これまでの学者が越えられなかった理論の壁を,弁証法を使って簡単に打ち破り,学問的に未知の分野に深く切りこんでいくことができたからこそ,多くの人たちにこのすばらしい武器のことを知ってもらいたい,これを使って成果をあげてほしいと願って,この本を書くことにしたのです」とあるように,同じような内容を説いているではないか,という反論があるかもしれない。

 しかし,新版で説かれている内容は,旧版と比較すると,やや物足りない印象を受ける。旧版でにじみ出ているような責任感や使命感は読み取るのがなかなか難しいし,権威を恐れず批判するというような主体性も,直接的に文言として現れているとはいえない。もちろん,新版のまえがきでは,弁証法は科学であるという側面が強調されており,これはこれで重要な内容であり,著作の入り口としては非常に優れていると考えられるが,しかし,これを読んだからといって,「人生,意気に感ず」レベルで動かされるということはないであろう。

 すなわち,旧版のあとがきを読まずに学習を進めた場合には,『弁証法はどういう科学か』を,数ある哲学書の一つとして,one of themとしてスマートに読了して終わり,ということにもなりかねないが,旧版のあとがきに深く学んで学習をしていった場合は,「人生,意気に感ず」レベルでの学習となり,まさに弁証法の唯一無二の基本書として,only oneの存在としてこの書に学ぶことになるだろう。こうしてこそ,三浦つとむが「恩師」になるのであるし,「恩師三浦つとむの著作との精神レベルでの交流」が可能となっていくのであると考えられる。

 われわれはある時期まで,『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきを読まずに『弁証法はどういう科学か』に学んできたが,幸いなことに,恩師から,この書は「世界最高の論理学が説かれている書である」として推薦され,折に触れてあとがきに説かれているような三浦つとむの使命感や主体性についても講義を受けてきた。しかしそれでも,今後とも,このあとがきに深く深く学び続けながら,弁証法の研鑽を継続していきたいと決意した次第である。

 以上,今回は,弁証法に関わる内容について考察した。

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2017年08月24日

夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想(2/5)

(2)学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる

 本稿は,哲学レベルで説かれている『“夢”講義(4)』を読んで学んだことを認めていく論考である。

 今回は,「学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる」(p.72)と説かれている内容を取り上げたい。

 本書の「第2編 哲学の成立の過程的構造を説く」「第2章 哲学の形成の歴史的研鑽過程を説く」では,カントの「二律背反」を分かるためには,古代ギリシャ哲学をふまえての弁証法の研鑽が必要だと説かれている。すなわち,カントの「二律背反」の原形は,パルメニデスとゼノンの弁証法の核心であると説かれている。そして,「ゼノンの特性は,弁証法にある。弁証法は実にゼノンに始まる」「カントの二律背反は,ゼノンがここですでにやったもの以上の何ものでもない」というヘーゲルの言葉を紹介した後,次のように説かれている。

「このように学問ないし哲学というものは,人類の学問ないし哲学の原点から歴史性を持って学んでこそ措定=成立できるものなのです……。」(p.72)

 ここでは,例えばカントの「二律背反」を理解しようとするならば,その「二律背反」に至る過程を,原点から辿り直す必要がある,このように哲学というのは,原点からの歴史性に学んでこそ,措定できるのであり,成立しうるものなのである,ということが説かれているのであろう。

 続く,第2編第2章の第4節は,「学問・哲学はその発達史を一身の上にくり返すことが必然である」というタイトルであり,初めに,次のようなことが説かれている。連載第1回でも引用したが,再度引用する。

「そもそも,哲学とは森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという,古代ギリシャにおける明晰な頭脳活動者(知を愛する人)たちの願望から始まることになったものです。ここから全ての学問レベルの理論的研鑽は始まっていくのです。そしてこれは,かつてのカントやヘーゲルの血のにじむような学問的努力を同じようにくり返すことによって(つまり古代ギリシャから自分の時代までの学問史を学問化する努力を,カントやヘーゲルが行っていたように)こそ,到達可能な道なのです。」(p.75)


 すなわち,哲学の原点は,「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという」願望にあり,その原点を踏まえたうえで,古代ギリシャから自分の時代までの学問史を一身の上にくり返すことこそが,哲学へ到達可能な道なのである,ということである。

 このように,原点を踏まえ,そこからの歴史性に学んでこそ,その領域での実力がしっかりとついていくということは,あらゆる学問分野に関していえることであろう。それどころか,第2編第2章の第6節のタイトルに「武の道の育成過程は武術の歴史の発達過程を一身の上にくり返すことが必要である」とあるように,これは学問分野だけに限らず,人間が関わるあらゆる活動について当てはまる論理であるといってよいだろう。

 ではなぜ,原点からの歴史性に学ぶことが必要なのであろうか。それはまず,原点にこそ,そのものの本質が端的な形で現れているため,そのものの本質を掴みやすいからであろう。先の哲学であれば,その本質は「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握」するということにあるといっていいだろう。これが素朴な形であるとはいえ,哲学の原点たる古代ギリシャ哲学においてははっきりと分かるような形で,現れているのである。この時代以降,哲学は発展して,さまざまな形に複雑化していくのであるが,しかし,その本質は決して変わることがない。したがって,哲学の実力をつけるためには,そもそも哲学とは何かということを原点に問い,哲学とは何かの本質を常に見失わないようにしながら,研鑽していくことが必要なのである。このように本質をしっかりと把握するためにこそ,原点からの歴史性に学ぶ必要があるといえるのである。

 なお,哲学の原点ということでいうと,なぜ,「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという」願望が古代ギリシャ時代に生まれてきたのか,という問題にも,しっかりと解答を出しておく必要がある。すなわち,人類社会の歴史的発展の流れの中で,どうして古代ギリシャ時代に哲学なるものが誕生してきたのか,その過程的構造をも,しっかりと把握しておかなければ,哲学の原点を真に理解したとはいえないであろう。簡単には,当時,相次ぐ戦争に次ぐ戦争の時代がやや収束していき,精神的な労働に従事できるだけの暇ができてきたことが一つの大きな要因であるといえる。もちろん,奴隷制のおかげで,生産労働に携わる必要のない階層が生まれていたことも,哲学誕生の大前提である。さらにいうと,ギリシャ社会が,当時の最先端社会たる古代オリエント社会の周辺部に存在していたことも,重要な要素である。このために,古代ギリシャ社会は先進的な社会に憧れをもって学び続けることができたのである。このような社会的な条件が重なることによって,「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという」願望が実現化していった,すなわち,哲学が誕生していったのである。

 さて次に,原点からの歴史性に学ぶ必要があるのは,この世のありとあらゆるものの発展は,段階を踏んでなされているものであり,前段階の実力をしっかりと身につけてこそ,次の段階へと発展していけるという,発展の論理構造があるがゆえ,である。このことが一番分かりやすいのは,「生命の歴史」であろう。『看護のための「いのちの歴史」の物語』(現代社)によると,生命体は,生命現象段階→単細胞段階→カイメン段階→クラゲ段階→魚類段階→両生類段階→哺乳類段階(四つ足哺乳類→猿類→人類)というプロセスを経て人間にまで発展してきたのである。この途中の段階を飛ばして,人間にまで発展することはできない。たとえば,カイメン段階を飛ばして,単細胞段階からいきなりクラゲ段階に発展することはできないし,両生類段階を飛ばして,魚類段階からいきなり哺乳類段階へと発展することもできないのである。なぜなら,それぞれの段階には,その段階で実力化すべき内容があるのであり,その内容に上書きされる形で,次の段階での実力化が起こっていくからである。前段階の実力がない場合は,次の段階の実力へと上書きすることが不可能となってしまうのである。

 哲学も同様の発展の論理構造を有する。現象的には,プラトンの哲学,アリストテレスの哲学,デカルトの哲学,カントの哲学,ヘーゲルとの哲学というように,個々の哲学者の学説が存在しているだけに見える。しかし実際は,原点たる「森羅万象すなわち全世界をしっかりと把握したいという」願望が核となって,それぞれの段階で実力化すべき内容が前段階の実力に上書きされていきながら,一つの大きな流れとして発展してきているのが哲学の発展史なのである。哲学的実力を養成するためには,このような「古代ギリシャから自分の時代までの学問史を学問化する努力」こそが求められるのであり,これこそが,哲学の原点からの歴史性に学ぶということであろう。さらにこれこそが,哲学の歴史を一身の上にくり返すということでもあるのである。

 以上のように,学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できるものであるがゆえに,本書では,編のタイトルで見ても,「哲学の成立の過程的構造」や「論理学の過程的構造」,さらには「弁証法の過程的構造」という言葉が見られ,これらが説かれていくのであると思う。章レベルでも,「弁証法の歴史的過程」「認識論の歴史的過程」「論理学の歴史性」という言葉が見られ,ここでも,弁証法,認識論,論理学といった学問領域の歴史が説かれているのである。

 たとえば,弁証法の歴史性であれば,「弁証法なるものがどんな赤ちゃんとして誕生し,その赤ちゃんがどう幼児になり,またどう青年へと変化・発展していったのか」(p.136)ということが説かれていく。また,論理学の歴史性については,「現象学」という言葉は,学問がまだ幼かった時代,事実を集積するだけのレベルであった時代の遺物的言葉であり,当時であれば,たしかに事実レベルの現象形態を論じただけで「学」と名乗ることが許されたのであるが,今日では,学問は現象論・構造論・本質論としての体系性をもつことが明らかとなったのであるからして,単に現象を論じただけで「学」ということはできないので,「現象論」とその実体にふさわしい名称で呼ばれるようになった,というようなことが説かれている。

 認識論の歴史性については,心理学の誕生の謎が解明されている。哲学・学問の出発点に,アタマの問題はあっても,ココロの問題はなかったので,ココロは学問の問題としては1000年以上も浮上できなかったと説かれている。さらに,人生上のココロの問題については,「いのちの歴史」に「ココロの歴史」の起源があるとして,本能レベルで生活していたサルから説かれている。そのサルが,樹上生活をやめて地上におり,ヒトへと進化する過程で,本能に代わってココロが芽生え始めるとした後,次のように説かれている。

「そして,「ヒト」が「人間」に進化・発展する頃には,当然のように「ココロ」が本能以上の働きをし始めることになり,ここでその「ココロ」は本能レベルの安定性を求めるようになり,それを「何か」に見つける(創造する)ことになるのです。

 その「何か」とは端的には宗教です。……ここから「ココロ」の問題は「カミ」や「ホトケ」に解答を求める宗教に任されていくのです。もちろん,この「ココロ」はまだ一般性を持ったレベルでの不安などですから,画一的な教え(お告げ)で多くの人たちは安らぐのです。

 この「ココロ」の一般性レベルでの解決ですんでいる頃までは,まだ心理などの誕生はなく,封建時代から資本主義への大きな時の流れで,個人が主体性を帯び始める頃から,「ココロ」の一般性が「ココロ」の特殊性・個別性へと変化することになり,結果,「ココロ」が学問として登場する,すなわち「心理学」の誕生を迎えることになってくるのです。」(pp.94-95)


 ここでは,人間において,本能以上の働きをし始めたココロが,本能レベルの安定性を求めて宗教を創造することになり,ココロの問題は,一般性をもったレベルのものであっただけに,宗教による画一的な教えによって解消されていたが,資本主義社会になるに至り,個人が主体性を帯び,ココロが特殊性や個別性を帯びるように変化したため,心理学が誕生したのだ,と説かれている。

 ココロの問題の解決という心理学の原点から,心理学の長い過去の過程的構造が,見事に説かれていると思った。本書で紹介されている読者の論評の中で,「学問としての心理学そのものが,アンチ宗教,アンチ認識論として,その落ちこぼれとして,その隙間をついて日常生活の心を扱う分野として生まれた」(p.151)と評されているように,本書において初めて,心理学の真の発達史が明らかにされたといってもいいであろう。

 認識論を専門とし,心理学を使って仕事をしている筆者としては,心理学の原点からの歴史性をしっかりと学び,ココロの問題を扱う実力をしっかりと養成していくとともに,認識論をも,心の問題を扱えるものとしてしっかりと措定していきたいと決意したことである。

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 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
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 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
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 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
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 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
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 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
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 ・高校生に説く立憲主義の歴史
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 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
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 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
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 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
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 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて