2017年06月08日

2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他(3/10)

(3)カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想 要約A

 前回は、論理学一般及び先験的論理学が取り上げられている部分の要約を紹介しました。ここでは、心意識の受容性が感性であり、認識の自発性が悟性であること、悟性の一般規則に関する学が論理学であり、これは一般論理学と応用論理学に区分できること、先験的論理学とは対象を全くア・プリオリに思惟するための条件であるところの純粋悟性および純粋理性認識に関する学であることなどが説かれていました。

 今回は、一般論理学や先験的論理学を分析論と弁証論とに区分することについて説かれている部分の要約を紹介しましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

V 一般論理学を分析論と弁証論とに区分することについて

 昔から論理学者を窮地に追い込んできたのは真理とは何かという問題である。この場合「真理とは認識とその対象との一致である」という定義は前提されている。しかし我々の知ろうとするのは、およそ認識の真理を表示する確実な普遍的標徴は何であるか、ということである。
 真理が、認識とその対象の一致にあるならば、この対象はその他の対象から区別されなければならない。もしある認識がその関係する対象と一致しなければ、たとえその他の対象には十分に妥当するところのものを含んでいるにしても、この認識は偽である。ところで真理の普遍的標徴であるからには、認識の関係する対象の差異にかかわりなく、一切の認識に妥当するものでなければなるまい。するとこういうことが明らかになる。それは――真理すなわち真なる判断のこうした普遍的標徴にあっては、一切の認識内容(認識とその対象との関係)は全て度外視される、ところが他方で真理がまさに認識の内容に関するとしたら、こうした認識内容を真であるとするところの標徴は何かと問うのは、全く不可能でありまた不合理でもある、したがって真理の十分でしかも同時に普遍的な標徴は示されえない、ということである。真理の普遍的標徴なるものは、内容に関する認識の真理には要求できない。そうすることは自己矛盾だからである。
 しかし、単に形式だけから見た認識についていえば、一般論理学が悟性の普遍的、必然的規則を提示するものである限り、これらの規則においてこそ真理の標徴が開顕されねばならないということも同様に明らかである。こうした規則に矛盾するものは全て偽である。悟性は、思惟に関してみずから確立した法則に矛盾し、したがってまた自己矛盾に陥ることになるからである。しかし、こうした真理の標徴は真理の形式、換言すれば思惟一般の形式のみに関するものであり、不十分である。ある認識が、論理的形式には完全に一致し、自己矛盾を含まないにしても、この認識はなおその対象に矛盾するということがありうるからである。一般論理学は、形式に関する誤謬ではなくて内容に関する誤謬を発見しうるような基準をもたない。
 ところで一般論理学は、悟性および理性による認識の形式に関する仕事全体をその要素に分解して、これを我々の認識を吟味する一切の論理的判定の原理として提示する。それだから一般論理学のこの部分を「分析論」と名づけてよい。しかし認識の単なる形式は、いかに論理的法則と一致していようとも、この認識に関する実質的(客観的)真理を与えるにはまだまだ不十分である。一般論理学は、もともと論理的判定の規準(カノン)でしかないのに、まるでオルガノンででもあるかのように客観的主張を実際に作り出したり、あるいは少なくとも客観的主張らしく見えるまやかし物を拵えあげたりすることに使われてきたし、また実際にもこうして誤用されたのである。そこでオルガノンと誤想された一般論理学は、弁証論と呼ばれるのである。
 昔の学者たちが、弁証論という名称をまちまちの意味で用いたが、弁証論は彼らにあっては仮象の論理学にほかならなかった。すなわち彼らの無知あるいはそれどころか彼らが故意に拵えあげたまやかし物を真理の概観で装うとする詭弁術であった。オルガノンと見なされた一般論理学は常に仮象の論理学であり、したがってまた弁証的である。一般論理学はもともと認識内容については我々に全く教えるところがなく、ただ悟性と一致する形式的条件、つまりいずれにせよ対象にいささかもかかわりのない条件を示すだけにすぎない。
 私は弁証的仮象の批判に関する部分を弁証論と名づけて、この論理学のなかに加えた。

W 先験的論理学を先験的分析論と弁証論とに区分することについて

 先験的論理学では、我々は悟性を孤立させ、また思惟の部分――しかもその起源が全く悟性にのみ存するような部分だけを、我々の認識からそっくり取り出すのである。しかしこうした純粋認識の使用は、この認識の適用されうる対象が直観において我々に与えられているということに基づくものであり、またこのことを認識の条件としているのである。直観がないと我々の認識は対象を欠くことになり、認識は全く空虚になってしまうからである。先験的論理学のこうした部分は、純粋な悟性認識の諸要素と、対象が思惟されうるためには絶対に欠くことのできない諸原理とを論述する学である。それだからこの部分は、先験的分析論であると同時に真理の論理学である。もし認識がこの学に矛盾するなら、それと同時に一切の認識内容が失われるからである。換言すれば、認識の対象に対する一切の関係が失われ、したがってまた一切の真理が失われるのである。質料(対象)を我々に与えるのは経験だけであり、こうした質料に純粋悟性概念が適用されうるのであるが、純粋な悟性認識および悟性の原則だけを用いて、経験の一切の限界を超出するということは、悟性にとって非常な魅力でありまた誘惑である。そこで悟性は、空疎な思弁を弄して純粋悟性の単なる形式的原理を実質的に使用し、また我々に与えられていないどころか、おそらくは決して与えられえないような対象について、見境なく判断を下すという危険を冒すのである。先験的分析論は、もともと悟性の経験的使用を判定する基準にすぎないはずなのに、もし我々がこれにオルガノンとしての普遍的使用を許し、純粋悟性だけでもって対象を総合的に判断し主張しまた決定するという僭越をあえてすると、この分析論の誤用が生じるのである。そうなると純粋悟性の使用は、弁証的になるだろう。それだから先験的論理学の第2部は、こうした弁証的仮象の批判でなければならない。この部分は先験的弁証論と名づけられるが、それは弁証的仮象を独断論的に作りあげる技術としてではなく、悟性および理性をその超自然的使用に関して批判する学としてである。この先験的弁証論は、悟性および理性のこうした越権が何ら根拠をもたないにもかかわらずあたかも正当な権利を有するように装っている欺瞞を暴露し、またこの両者が先験的原則のみをもって認識における発明や拡張なるものを達成しようとする大それた要求を引き下げて、ただ純粋悟性を批判するにとどめさせて、純粋悟性が詭弁的な迷妄に陥らないよう配慮するためである。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他(2/10)

(2)カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想 要約@

 前回は、京都弁証法認識論研究会の5月例会の場において、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介しました。今回から4回に渡って、カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想等の部分の要約を紹介していくことにします。

 今回は、論理学一般及び先験的論理学が取り上げられている部分の要約を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先験的原理論

第2部門 先験的論理学

緒言 先験的論理学の構想

T 論理学一般について

 我々の認識は心意識の2つの源泉から生じる。第一の源泉は、表象を受け取る能力であり、第二の源泉は、これら表象によって対象を認識する能力である。第一の能力によって対象が与えられ、第二の能力によって対象がこれら表象との関係で思惟される。直観と概念とが我々の一切の認識の要素であり、自分に対応する直観をもたない概念も、概念をもたない直観も、それだけでは認識になりえない。この両者はいずれも、純粋であるか経験的であるかどちらかである。直観なり概念なりが感覚を含んでいれば経験的であるし、感覚を交えていなければ純粋である。感覚は感性的直観の質料と呼べる。純粋直観は形式だけを含み、この形式によって何かあるものが直観されるのである。また純粋概念は対象一般を思惟する形式だけを含んでいる。こうした純粋直観あるいは純粋概念のみが、ア・プリオリに可能であり、経験的直観あるいは経験的概念はア・ポステリオリにのみ可能である。
 我々の心意識の受容性は、心意識が何らかの仕方で触発される限りにおいて、表象を受け取る能力である。この受容性を感性と名づけるなら、自ら表象を生み出す能力、すなわち認識の自発性は悟性である。感性がなければ対象は我々に与えられないし、悟性がなければいかなる対象も思惟されない。この2つの能力は、各自の機能を互いに交換することはできない。悟性は何ものも直観できないし、感性は何ものも思惟できない。両者が結合してのみ認識が生じうるのである。しかし、だからといって両者の持ち分を混同してはならない。感性の規則一般に関する学すなわち感性論を、悟性の一般規則に関する学すなわち論理学から区別するのはそのためである。
 論理学は2通りの目的をもって論究される。すなわち一般的な悟性使用の論理学としてであるか、特殊な悟性使用の論理学としてであるか、である。前者は思惟の絶対的に必要な規則を含み、悟性がどんな対象に使用されようと対象の差異を無視して悟性の使用だけを論究する。後者はある種の対象について正しく思惟する規則を含む。前者は基本的論理学、後者は個々の学のオルガノンと名づけることができる。後者は学がすでに出来上がってこれを修正し完成させるために、最後の仕上げを必要とするときに初めて達するものである。
 一般論理学は純粋論理学であるか応用論理学であるかどちらかである。純粋論理学においては、我々が悟性を使用する場合の一切の経験的条件、例えば感覚の影響、想像力の活動、記憶の法則、習慣の力、情意的傾向などはもとより、種々の成見の源も全て度外視される。それどころか、ある種の認識を我々に生じさせたり、こうした認識を我々の認識とひそかにすりかえたりするような一切の原因もまたことごとく無視される。こうしたものは悟性がある事情のもとで適用される場合にのみ悟性に関係するが、これらの事情を知るには経験を必要とするからである。だから一般的であってしかも純粋な論理学は、ア・プリオリな原理のみを論究し、悟性および理性の規準になるが、その場合にも悟性および理性の使用の形式的方面だけに関係し、内容の如何を問わないのである。この一般論理学は応用論理学と呼ばれることもあるが、それは一般論理学が、心理学の提示する主観的、経験的条件のもとで悟性を使用する規則に向けられた場合である。それだから応用論理学は、対象の差異に関わりなく悟性使用を論じる限りでは一般的といえるにせよ、やはり経験的原理を含んでいるのである。
 こういうわけで、一般論理学においては、純粋理性の学をなすべき部分を、応用論理学を成す部分から画然と区別しなければならない。前者すなわち一般的な論理学だけが本来の学である。この学について常に2条の規則を念頭に置かなければならない。
(1)この学は一般論理学としては悟性認識の一切の内容と認識の対象の差異とを度外視して思惟の単なる形式のみを論じるものである。
(2)この学は純粋論理学としては、経験的原理を一切含まない。したがってまた心理学から何ひとつ借用しない。
 私がここで応用論理学と名づけるのは、悟性と悟性の具体的ではあるがしかし必然的な使用の規則を含むところの学である。

U 先験的論理学について

 一般論理学は、一切の認識内容――換言すれば、認識と対象との一切の関係を度外視して、認識相互の関係における論理的形式、すなわち思惟一般の形式だけを考察する。直観には、純粋直観と経験的直観とがあり、対象を考える場合にも、純粋思惟と経験的思惟との区別がありうる。そうすると認識内容を必ずしも全て度外視しないような論理学が別に成立することになるだろう。対象の純粋思惟に関する規則だけを扱う論理学の方は、経験的内容を含むような一切の認識を排除するからである。そして認識内容を必ずしも全て排除しないような論理学はまた、対象に関する我々の認識の起源をも究明することになるだろう。もちろん認識の起源といっても、それは認識の対象に求められうるようなものではない。ところが一般論理学では、認識の起源などは一切問題にしないのである。一般論理学は、表象が我々のうちにア・プリオリに与えられていようが経験的に与えられていようが頓着なく、悟性が思惟において表象を互いに関係させつつ使用する場合に準拠するところの法則に従ってのみこれらの表象を考察するだけである。
 今後の考察の全般にわたって影響を及ぼす注意すべき事柄がある。ア・プリオリな認識でありさえすればすべて先験的認識だというのではなく、先験的と呼ばれねばならない認識は、ある種の表象がア・プリオリにのみ適用されア・プリオリにのみ可能であるということと、こうした表象がどうしてア・プリオリにのみ適用されまたア・プリオリにのみ可能であるかということとを、我々がそれによって認識するような認識にほかならない、ということである。それだから、空間にせよ空間のア・プリオリな幾何学的規定にせよ、それはいずれも先験的表象ではない。先験的と呼ばれ得るのは、こうした表象が経験的起源を全くもっていないという認識と、それにもかかわらずこれらの表象が経験の対象にア・プリオリに関係することの可能とだけである。同様に対象一般に空間表象を適用することも先験的といえるだろうが、この適用が感官の対象だけに限定されるなら、こうした使用は経験的だといわれる。
 そこで我々は、対象にア・プリオリに関係するような概念、つまり純粋直観としてでもなければ経験的直観としてでもなくて、全く純粋思惟の作用としてのみ対象に関係し、したがってまた経験的起源をも感性的起源をも全くもたないような概念が多分ありうるだろうということを期待して、我々が対象を全くア・プリオリに思惟するための条件であるところの純粋悟性および純粋理性認識に関する1個の学の理念をあらかじめ構想するわけである。このような学は先験的論理学と呼ばれてしかるべきであろう。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他(1/10)

目次

(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想 要約@
(3)カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想 要約A
(4)カント『純粋理性批判』全ての純粋悟性概念を残らず発見する手引きについて 要約@
(5)カント『純粋理性批判』全ての純粋悟性概念を残らず発見する手引きについて 要約A
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:カントのいわゆる論理学とはどのようなものか
(8)論点2:全ての純粋悟性概念を残らず発見する方法とはどのようなものか
(9)論点3:純粋悟性概念とはどのようなものか
(10)参加者の感想の紹介

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は、今年および来年の2年間を費やして、カント『純粋理性批判』に取り組んでいくことにしています。これは、哲学の発展の歴史を、絶対精神という一つの主体の発展として描いたヘーゲル『哲学史』の学び(2015-2016年)を踏まえつつ、客観(世界)と主観(自己)との関係という問題について徹底的に突き詰めて考え抜いたカント『純粋理性批判』の学び(2017-2018年)を媒介にすることによって、全世界の論理的体系的把握を試みたヘーゲル『エンチュクロペディー』の学び(2019-2020年)に進んでいこうという計画に基づいたものです。

 5月例会では、『純粋理性批判』の先験的論理学の構想その他を扱いました。今回の範囲は次のような構成になっています。

第2部門 先験的論理学
 緒言 先験的論理学の構想
  T 論理学一般について
  U 先験的論理学について
  V 一般論理学を分析論と弁証論とに区分することについて
  W 先験的論理学を先験的分析論と弁証論とに区分することについて
 第1部 先験的分析論
  第1篇 概念の分析論
   第1章 すべての純粋悟性概念を残らず発見する手引きについて
    第1節 悟性の論理的使用一般について
    第2節 判断における悟性の論理的機能について
    第3節 純粋悟性概念即ちカテゴリーについて

 今回の例会報告では、まず例会で報告されたレジュメを紹介します。その後、扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し、次いで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を掲載します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。

 なお、この研究会では、篠田英雄訳の岩波文庫版を基本にしつつ、他の翻訳やドイツ語原文を適宜参照するようにしています(引用文のページ数は、特に断りがない限り、岩波文庫版のものです)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

京都弁証法認識論研究会 2017年5月例会
カント『純粋理性批判』
先験的論理学 緒言
〜すべての純粋悟性概念を発見する手引きについて

1.先験的論理学について
 カントは、論理学を一般的な悟性使用についての論理学(一般論理学、基本的な論理学)と、特殊な対象へ悟性を使用するための論理学に分けている。一般論理学は、我々が悟性を使用する場合の経験的条件(感覚、想像力、記憶、習慣、情意的傾向等々)を度外視した純粋論理学と、これら経験的条件を考慮した応用論理学とに分かれるが、純粋理性の学の一部をなすのはあくまでも純粋論理学である、とされる。
 カントは、(従来の)一般論理学について、表象がア・プリオリに与えられようが経験的に与えられようが頓着なく、悟性が思惟において表象を互いに関係させつつ使用する場合に準拠するところの法則に従ってこれらの表象を考察するだけである、と指摘する。その上で、経験的起源をも感性的起源をも全くもたず、全く純粋思惟の作用としてのみ対象に関係する概念(我々が対象を全くア・プリオリに思惟するための条件)について究明する学が先験的論理学である、とする。
 カントは、一般論理学について、真理の普遍的標徴を明らかにしようとする(形式に関する誤謬を発見する)だけで、内容に関する誤謬を発見しうるような基準をもたないと指摘して、思惟が正しいといえる一般的な形式を明らかにする「分析論」と、論理的判定の規準でしかないものから客観的主張(らしく見えるもの)を拵えあげてしまう「弁証論」とに区分する(後者は内容に関する誤謬を発見できないという限界に無自覚であったからこそ生じてしまったものである)。
 カントは、先験的論理学は純粋な悟性認識の諸要素と対象が思惟されうるためには絶対に欠くことのできない諸原理とを論述する学なのだから、この部分は分析論である(真理であるための形式を明らかにする)と同時に真理の論理学である(この学に矛盾すれば一切の認識内容が消失する)と主張する。この先験的分析論は、もともと悟性の経験的使用を判定する基準にすぎないのだから、もし純粋悟性だけでもって対象を総合的に判断し主張しまた決定しようとするのなら、それは分析論の誤用である。こうした誤用から生じる弁証的仮象を批判するのが、先験的弁証論である。

〈報告者コメント〉
 カントのいわゆる純粋理性の学は、人間の認識はいかなる条件で成立しているのか、という問題意識に徹頭徹尾貫かれたものであるといえるだろう。人間はこの世界を正しく捉えることができるかどうか、という思惟と存在に関わる根本問題について、思惟の構造を徹底して究明することで、その解決に迫ろうとしたのがカントであったことを、改めて確認しておきたい。
カントは、人間の認識について、感性・悟性・理性の3つの部分に分けて、それぞれがもともとどのような形式を備えているのかを考察している。これが先験的な究明ということである。感性(対象を感覚的に直観する能力)にもともと備わっている形式を究明するのが先験的感性論、悟性(直観で得られた多様な表象をまとめ上げて判断する能力)にもともと備わっている形式を究明するのが先験的論理学ということであろう(理性については、先験的論理学の第二部門たる先験的弁証論で扱われることになる)。
 この世界を捉えるため(この世界についての認識を成立させるため)に、人間の認識(頭脳)の側にもともとどのような形式が備わっているのか、というカントの問いの立て方(認識の根源的な性格に迫ろうとするもの)自体は高く評価されるべきであろう。もちろん、「もともと」(先験的)という捉え方が唯物論の立場からすれば問題になることはいうまでもないが。

2.悟性の判断という機能および純粋悟性概念(カテゴリー)について
 カントは、悟性は(思惟の能力であり概念による認識であるから)判断の能力、すなわち、我々の表象を統一する機能である、としている。つまり、諸々の具体的な表象(対象に直接に関係する表象)をより高次の(抽象的な)表象にまとめあげるのが悟性の判断だ、というわけである。ここからカントは、判断における統一の機能を完全に表示しさえすれば、悟性の一切の機能は残らず発見することができるのだ、と主張している。
 カントによれば、この統一を一般的に表現したものがすなわち純粋悟性概念(カテゴリー)である。純粋悟性概念こそが、悟性にもともと備わっている思惟の形式であり、それは諸々の表象をまとめる判断という悟性の機能にもとづいているのだ、ということになるわけである。

〈報告者コメント〉
 多種多様な(雑多でそれ自体として脈絡のない)表象をまとめあげるための形式が人間の認識(頭脳)の側に備わってなければ、対象についての認識はまともに成立しない、というカントの着眼は、高く評価されるべきものであろう。これが、ヒューム的な因果律批判への解答というところからきていることも改めて確認しておきたい。
 カテゴリー表の4項目がそれぞれ3つから構成されていることも興味深い。ヘーゲルがこの点に注意を促して、第一のカテゴリーは積極的(肯定的)であり、第二は第一を否定するもので、第三は両者の総合だというのは、概念の偉大なる本能である、という評価を与えていたことも確認しておきたい。同時に、カントがこれらのカテゴリーを経験的に(判断という機能を観察することから)とりあげるだけで、思惟そのものの統一からこれらの差別を必然的なものとして展開することはできなかった、という批判が加えられていたことについて、カントの論理学とヘーゲルの論理学との差異という観点から、議論を深めておくことも必要であろう。
 唯物論の立場からすれば、これらのカテゴリーについて、ア・プリオリに(もともと)人間の認識に備わっている、と片付けてしまった点が批判されなければならない。唯物論の立場からすれば、これらのカテゴリーなるものは、あくまでも対象を反映した像を原点として、そこから抽象されて形成された論理像として捉えられなければならないのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以上の報告に対しては、「1.先験的論理学について」の2段落目に「(従来の)一般論理学」という表現があるが、このカッコつきの「従来の」とはどういう意味かという質問が出されました。これに対してレジュメの執筆者は、カントは一般論理学と先験的論理学を区別して説いているようなので、この点を明確にするために、これまで一般的に用いられてきた一般論理学という言葉の前にカッコつきで「従来の」という表現を加えたのだと説明しました。この点については、論点の中で議論していくことを確認しました。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

マルクス思想の原点を問う(5/5)

(5)マルクスはヘーゲルの自由論の延長線上に普遍的な人間解放を構想した

 本稿は、ロシア革命から100年という記念の年にあたって、20世紀に現に存在したスターリン的な「社会主義」体制にとらわれることなく、19世紀半ばに若きマルクスがヘーゲル哲学を踏まえつつ当時のヨーロッパ社会の現実と対峙しながらつくりあげた思想とはそもそもどのようなものであったのかを問うことから、資本主義をのりこえる新たな社会の構想をつかみとっていく必要があるのではないか、という問題意識を踏まえつつ、若きマルクスの思想形成の画期となった「ユダヤ人問題によせて」「ヘーゲル法哲学批判序説」『経済学・哲学草稿』という3つの文献をとりあげ、マルクス思想の原点について明らかにしようとするものでした。

 ここで、これまでに説いてきた流れを簡単に振り返っておくことにしましょう。

 まず、マルクスが1844年に『独仏年誌』という雑誌に掲載した2つの論文――「ユダヤ人問題によせて」と「ヘーゲル法哲学批判序説」――を取り上げました。「ユダヤ人問題によせて」では、近代における政治的国家と市民社会の分裂に応じて同一の人間が公人(公民)と私人とに分裂してしまうこと、すなわち、類的存在(共同体の一員として、お互いに助け合うような存在)としての側面は抽象化され国家に奪われてしまうことで市民社会における利己的で排他的な個人として存在するしかなくなっていることが論じられていました。マルクスは、市民社会と政治的国家との分裂を解消して、現実的な人間が直接に共同体の一員としてお互いに助け合うような状況をつくることこそが真の人間的解放であると主張したのでした。「ヘーゲル法哲学批判序説」では、市民社会のあり方が踏み込んで検討されることで、市民社会の弊害を完全な形で一身に体現させられているプロレタリアートこそ普遍的な人間解放の担い手であることが見出されたのでした。

 続いて、マルクスが『経済学・哲学草稿』(1844年に書かれた未定稿)において、古典派経済学とヘーゲル哲学とを相互浸透させることで、自らの思想を深く彫琢していこうとしていたことをみました。マルクスは、絶対精神の自己運動として諸々の具体的なものの運動に筋を通していこうとしたヘーゲル哲学を念頭に起きながら、古典派経済学が競争、営業の自由、土地占有の分割を一般的で抽象的な公式として羅列的に捉えるだけで、これらの法則が私有財産の本質からどのような必然性をもって生まれてくるのかを明らかにしようとしてはいない、と批判していたのでした。一方でマルクスは、ヘーゲルが古典派経済学を通じて人間の本質を労働だと捉えきったからこそ絶対精神の自己運動という観点から自己の哲学を構築することができたのだと喝破してもいました。

 しかし、マルクスは、ヘーゲルが労働を人間の本質として捉えたことを高く評価しながらも、「彼は労働の肯定的な側面を見るだけで、その否定的な側面を見ない」と批判してもいました。マルクスは現実社会におけるプロレタリアートの状況を踏まえて、人間の本質たる労働が非人間的なものに貶められ、人間を非人間的な境遇に追い込む力として働いてしまっているという近代市民社会における現実を「疎外された労働」という言葉で表現したのでした。マルクスは、私有財産が「疎外された労働」の必然的な結果として成立しているものであることを確認した上で、私有財産の積極的な止揚によって普遍的な人間解放を実現しようとするものが共産主義である、と結論付けていたのでした。それは、人間が自然の必然性を把握しつつ自然と調和して生きられる社会、人間が他人に抑圧されることなく自由に生きられる社会(各個人が共同体の一員として相互に助け合うような社会)の実現を目指す思想にほかなりません。

 以上でみてきたように、ヘーゲルよりも半世紀ほど後の時代に生きたマルクスは、当時のドイツ社会の現実――資本主義経済の勃興につれて物質的な利害の衝突が生じてきているという現実――と対決しながら、「すべての人間が本来自由である」というヘーゲルの掲げた世界歴史の究極目的を真に実現していく(普遍的な人間解放を実現する)ためにはどうすればよいのかを探究していった結果、市民社会の弊害を完全な形で一身に体現させられているプロレタリアートこそが普遍的な人間解放の担い手とならなければならないこと(労働者の解放が直接に普遍的な人間解放を含むこと)を見出し、さらに「疎外された労働」の必然的な結果として成立させられている私有財産を積極的に止揚することで、人間が自然の必然性を把握しつつ自然と調和して生きられる社会、人間が他人に抑圧されることなく自由に生きられる社会の実現を目指すという共産主義の思想に到達したのでした。端的には、若きマルクスが抱いた共産主義の思想とは、ヘーゲルの自由論の延長線上に、近代市民社会の現実を踏まえながら、普遍的な人間解放を構想したものにほかならなかったのです。

 マルクスの共産主義がヘーゲルからの強烈な影響のもとにあったことを確認するために、唯物史観の定式として非常に有名な『経済学批判』の序言もみておくことにしましょう。

「大ざっぱにいって経済的社会構成が進歩してゆく段階として、アジア的、古代的、封建的、および近代ブルジョア的生活様式をあげることができる。ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産過程の敵対的な、といっても個人的な敵対の意味ではなく、諸個人の社会的生活諸条件から生じてくる敵対という意味での敵対的な、形態の最後のものである。しかし、ブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時にこの敵対関係の解決のための物質的諸条件をもつくりだす。だからこの社会構成をもって、人間社会の前史はおわりをつげるのである。」(武田隆夫ほか訳『経済学批判』岩波文庫、p.13)


 ここで登場する「アジア的→古代的→封建的→近代ブルジョア的」という流れは、ヘーゲル『歴史哲学』における「東洋世界→ギリシャ世界→ローマ世界→ゲルマン世界」という流れを下敷きにしたものであることは明らかですし、歴史(マルクスにおいては「人間社会の前史」)の到達点を、人間の本性たる自由が全面的に開花する段階としてイメージしたこともヘーゲルと共通しています。この段階について、マルクスとエンゲルスの初期の共著『ドイツ・イデオロギー』では次のように述べられています。

「共同社会においてはじめて、人格的自由が可能になる。共同社会のこれまでの代用物、すなわち国家などにおいては、人格的自由は、支配階級の諸関係のなかで育成された諸個人にとってだけ、そして、彼らがこの階級の諸個人であったかぎりでだけ、存在した。……真の共同社会においては、諸個人は、彼らの連合のなかで、また連合をとおして、同時に彼らの自由を獲得する。」(服部文雄監訳『ドイツ・イデオロギー』新日本出版社、p.85)


 こうした文章からも明らかに確認できる通り、そもそもマルクスが主張した共産主義というものは「各個人の自由な発展が、万人の自由な発展のための条件となる連合体〔Assoziation〕」(『共産党宣言』第2章)を目指すものにほかならなかったのです。

 しかし、革命ロシア=ソ連においては、帝国主義諸国の干渉や国際的孤立という悪条件の下、世界革命を主張するトロツキーが一国社会主義を主張するスターリンに敗れてしまい、個人の自由を徹底して押し潰す異様な専制と抑圧の体制が築かれてしまったのでした。社会主義社会の建設を掲げて出発したはずのソ連が、なぜそのような経過を辿ることになってしまったのかは、別に詳しい検討が必要です(先月発刊された『学城』第15号の村田洋一「ロシアにおける社会主義革命の誤りとは何であったか」はまさにこの問題について考察するものです)が、若きマルクスが構想していた共産主義というものが、ソ連で築かれてしまったような人間抑圧型の社会とは全く異なるものであったことを確認しておくことも重要でしょう。

 資本主義経済の行き詰まりが明瞭になりつつある現在、20世紀に存在したスターリン的な「共産主義」のイメージにとらわれることなく、若きマルクスがヘーゲルの普遍的な人間解放の思想を当時の社会の現実と対決させながら創り上げた共産主義の思想から、資本主義をのりこえる新たな社会の構想についてのヒントをつかみとっていく必要があるといえます。少なくとも、普遍的な人間解放というヘーゲルの掲げた目標を真に社会の現実とするためにはどうすればよいのか、という若きマルクスが抱いた強烈な問題意識を、現代に生きる我々も共有することが求められていることだけは間違いないでしょう。

(了)
posted by kyoto.dialectic at 06:04| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

マルクス思想の原点を問う(4/5)

(4)私有財産の積極的止揚としての共産主義

 前回は、マルクスが『経済学・哲学草稿』において、古典派経済学とヘーゲル哲学とを相互浸透させることで、自らの思想を深く彫琢していこうとしていたことをみました。マルクスは、古典派経済学が競争、営業の自由、土地占有の分割を一般的で抽象的な公式として羅列的に捉えるだけで、これらの法則が私有財産の本質からどのような必然性をもって生まれてくるのかを明らかにしようとしてはいない、と批判していました。これは、絶対精神の自己運動として諸々の具体的なものの運動に筋を通していこうとしたヘーゲル哲学を踏まえたものにほかなりません。このように、若きマルクスは、古典派経済学の限界を突破するためにヘーゲル哲学を武器として使っていこうとしていたのでした。一方で、マルクスが古典派経済学の観点からヘーゲル哲学を読み込んでいることも確認しました。ヘーゲルが古典派経済学を通じて人間の本質を労働だと捉えきったからこそ、絶対精神の自己運動という観点から自己の哲学を構築することができたのだと、マルクスは喝破していたのでした。

 しかし、マルクスは、ヘーゲルが労働を人間の本質として捉えたことを高く評価しながらも、「彼は労働の肯定的な側面を見るだけで、その否定的な側面を見ない」と批判してもいました。この問題は、私有財産の本質という問題とも直接に重なるものです。端的には、マルクス思想の核心ともいうべき「疎外された労働」という概念がここに関わってくるのです。

 そもそも疎外というのは、ごく簡単にいうならば、人間の創り出したものが人間から独立した外的な存在として人間を規定してくることです。この疎外の概念は、マルクスがヘーゲルから受け継いだものです。しかし、ヘーゲル自身がもっぱら肯定的な意味合いで使っていたのに対して、マルクスは現実社会におけるプロレタリアートの状況を踏まえて、もっぱら否定的な側面を強調しました。「疎外された労働」というのは、端的にいえば、人間の本質たる労働が非人間的なものに貶められ、人間を非人間的な境遇に追い込む力として働いてしまっているという近代市民社会における現実を捉えた表現であるといえるでしょう。

 マルクスは、この「疎外された労働」を大きく3つの側面に分けて論じています。

 第一は、労働者の労働生産物からの疎外です。これは、ごく簡単にいえば、労働者が生産したものが労働者のものでなくなってしまう(資本家のものになってしまう)、ということです。

 第二は、労働者の労働行為そのものからの疎外です。これはごく簡単にいえば、労働は本来、創造的な喜びに溢れた行為であるはずなのに、非創造的な単純化された面白くもない行為を強制させられるものになってしまっている、ということです。

 第三は、人間の類からの疎外です。「類」というのは分かりにくい表現ですが、前々回「ユダヤ人問題によせて」を取り上げたときにも「類的存在」という表現が登場していました。類的存在あるいは類的生活というのは、人間の本来的なあり方、人間は本来こうあるべきものというイメージを含むものです。動物は自然に与えられたものを消費するだけですが、人間は自然に能動的に働きかけて生活に必要なものを創りだし、活動を相互に交換し合いながら、文化を発展させていきます。協働を通じて物質的のみならず精神的にも豊かな生活を生産していくわけで、それが本来あるべき人間的なあり方だといえます。ところが、近代市民社会においては、労働すればするほどそういう人間的なあり方からかけ離れた状況に陥っていく、ということになります。このことが類的生活からの疎外という言葉で表現されているわけです。

 このように論じたマルクスは「私有財産は、外化された労働の、すなわち自然や自分自身に対する労働者の外的関係の、産物であり、成果であり、必然的帰結である」(同、p.102)、「労賃は疎外された労働の直接の結果であり、そして疎外された労働は私有財産の直接の原因である」(同、p.104)と結論付けています。「疎外された労働」(他人の儲けのために面白くもない労働を強制され、労働生産物は資本家のものになってしまう)の必然的な結果として私有財産が成立しているのだ、というわけです。この結論を踏まえて、マルクスは普遍的な人間解放について次のように語っています。

「私有財産に対する疎外された労働の関係から、さらに結果として生じてくるのは、私有財産などからの、隷属状態からの、社会の解放が、労働者の解放という政治的なかたちで表明されているということである。そこでは労働者の解放だけが問題になっているように見えるのであるが、そうではなく、むしろ労働者の解放のなかにこそ一般的人間的な解放が含まれているからなのである。」(城塚登、田中吉六訳『経済学・哲学草稿』岩波文庫、p.104)


 労働者の解放は単に労働者だけの解放ではなくて、労働者の解放のなかにこそ一般的人間的な解放が含まれているのだ、というわけです。これは、前々回取り上げた「ヘーゲル法哲学批判序説」の結論――市民社会の弊害を完全な形で一身に体現させられているプロレタリアートこそが普遍的な人間解放の担い手となりうるのだ――を繰り返したものだといえます。ただし、この『経済学・哲学草稿』においては、古典派経済学とヘーゲル哲学とを相互浸透させることで獲得された「疎外された労働」=私有財産という概念を媒介とすることで、この結論がよりいっそう深められた形で、力強く宣言されることになったのだということができるでしょう。

 マルクスは、労働者の解放を通じての普遍的な人間解放こそが真の共産主義である、と主張しました(当時あった諸々の共産主義的思想に対抗して、です)。マルクスは自身が主張する共産主義について、次のように特徴付けます。

「人間の自己疎外としての私有財産の積極的止揚としての共産主義、それゆえにまた人間による人間のための人間的本質の現実的な獲得としての共産主義。それゆえに、社会的すなわち人間的な人間としての人間の、意識的に生まれてきた、またいままでの発展の内部で生まれてきた完全な自己還帰としての共産主義。この共産主義は完成した自然主義として=人間主義であり、完成した人間主義として=自然主義である。それは人間と自然とのあいだの、また人間と人間とのあいだの抗争の真実の解決であり、現実的存在と本質との、対象化と自己確認との、自由と必然との、個と類とのあいだの争いの真の解決である。それは歴史の謎が解かれたものであり、自分をこの解決として自覚している。」(同、pp.130−131)


 つまり、マルクスのいわゆる共産主義とは、人間が自然の必然性を把握しつつ自然と調和して生きられる社会、人間が他人に抑圧されることなく自由に生きられる社会(各個人が共同体の一員として相互に助け合うような社会)のことであって、そうした社会の実現こそが歴史の目指すところであるという把握があったわけです。これは、「共産主義」という言葉を省いて考えるならば、ヘーゲルが歴史の到達点として描いていることそのままであるといえるでしょう。マルクスは、ヘーゲルが描いた歴史の到達点について、「私有財産の積極的止揚」(社会的生産のための手段が資本家によって私的に所有され個人的な利益のために動かされているという状況を打破して、直接に社会全体の共同の利益のために動かせるようにする)という契機を媒介にすることで、共産主義という言葉で表現するようになったのだ、ということができます。

 ここでマルクスが描いているのは、非常に漠然とした理想でしかないというほかありませんが、若きマルクスが構想していた共産主義というものが、ソ連で築かれてしまったような人間抑圧型の社会とは全く異なるものであったことは、明確に確認することができるでしょう。
posted by kyoto.dialectic at 06:37| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月03日

マルクス思想の原点を問う(3/5)

(3)古典派経済学とヘーゲル哲学を相互浸透させる

 前回は、マルクスが1844年2月に出された『独仏年誌』という雑誌に掲載した2つの論文――「ユダヤ人問題によせて」と「ヘーゲル法哲学批判序説」――を取り上げました。マルクスは、「ユダヤ人問題によせて」で、近代における政治的国家と市民社会の分裂に応じて同一の人間が公人(公民)と私人とに分裂してしまうことを指摘し、人間は類的存在(共同体の一員として、お互いに助け合うような存在)としての側面を抽象化され国家に奪われてしまうことで現実的には市民社会における利己的で排他的な個人としてしか存在しなくなっているのだ、と論じていました。その上でマルクスは、市民社会と政治的国家との分裂を解消して、現実的な人間が直接に共同体の一員としてお互いに助け合うような状況をつくることこそが真の人間的解放なのだ、と主張していたのでした。ただし、この段階での提言はきわめて抽象的なレベルにとどまっており、具体的にどのような変革が必要なのかは展開されていません。マルクスは「ユダヤ人問題によせて」に続く「ヘーゲル法哲学批判序説」において、市民社会そのもののあり方を踏み込んで検討することで、市民社会の弊害を完全な形で一身に体現させられているプロレタリアートを、普遍的な人間解放の担い手として見出すことになったのでした。マルクスはこのことを「哲学がプロレタリアートのうちにその物質的武器を見いだすように、プロレタリアートは哲学のうちにその精神的武器を見いだす」と表現しています。マルクスは、ドイツ社会の現実と対決しながら、普遍的な人間解放というヘーゲル哲学の目標を真に実現するためには、「人間の完全な喪失」という状況に貶められているプロレタリアートこそが担い手とならなければならないことを見出すにいたったのでした。

 さて、普遍的な人間解放の担い手としてプロレタリアートが見出されたからには、なにゆえに(どのような過程を経て)プロレタリアートが「人間の完全な喪失」という状況に貶められるに至ったのか、どのようにすればプロレタリアートの「人間の完全な再獲得」が可能となるのかが突っ込んで検討されなければなりません。このような問題意識から、マルクスはイギリス古典派経済学の学びに踏み込んでいくことになったものと思われます。その成果がまとめられているのが、『経済学・哲学草稿』と呼ばれる未定稿です(『政治および国民経済学の批判』として出版する計画があったものの結局、完成稿にまでは至りませんでした)。これはパリ滞在中の1844年に書かれたものです。

 この『経済学・哲学草稿』は、古典派経済学をヘーゲル哲学の観点から読み解こうとしたものであると同時に、ヘーゲル哲学をイギリス古典派経済学の観点から読み解こうとしたものでもあるといえます。端的には、古典派経済学とヘーゲル哲学とを相互浸透させることで、自らの思想を強く鍛え上げていこうという意欲にあふれたものになっているのです。

 マルクスはまず、「労賃」「資本の利潤」「地代」といったテーマを設定して、アダム・スミス『国富論』をはじめとする古典派経済学の諸文献から重要な箇所の抜書きを行い、自身の批判的なコメントを加えていくことで、労働者が惨めな商品へ転落すること、労働者の窮乏がその生産力と大きさに反比例すること、競争の必然的な結果は少数者の手中への資本の蓄積であり独占の再現であること、資本家と地主との区別が農民と労働者との区別と同様に消滅して、全社会が有産者と無産者という両階級へ分裂せざるをえないことを確認しています。その上で、次のように述べるのです。

「国民経済学は私有財産という事実から出発する。だが国民経済学はわれわれに、この事実を解明してくれない。国民経済学は、私有財産が現実のなかでたどってゆく物質的過程を、一般的で抽象的な公式で捉える。その場合これらの公式は、国民経済学にとって法則として通用するのである。国民経済学は、これらの法則を概念的に把握しない。すなわちそれは、これらの法則がどのようにして私有財産の本質から生まれてくるかを確証しようとしないのである。しかし、まさにこのゆえにこそ、たとえば競争の学説を独占の学説に、営業自由の学説を同業組合の学説に、土地占有の分割についての学説を大土地所有の学説に、くり返し対置することができたのである。というのは、競争、営業の自由、土地占有の分割などが、独占、同業組合および封建的土地所有の必然的で不可避の自然的な諸帰結としてではなく、偶然的な、故意の、強引な諸帰結としてしか説明されず、また概念的に把握されなかったからである。」(城塚登、田中吉六訳『経済学・哲学草稿』岩波文庫、pp.84−85)
 

 「国民経済学」(ここでは古典派経済学と同じ意味にとってかまいません)は、競争、営業の自由、土地占有の分割を主張するものの、これらを一般的で抽象的な公式として捉えるだけで、これらの法則がどのようにして私有財産の本質から生まれてくるのかを明らかにしようとはしないのだ、とマルクスは批判しています。「国民経済学」のように、競争を独占に対置し、営業の自由を同業組合に対置し、土地所有の分割を大土地所有に対置するのではなく、競争は独占の必然的結果であり、営業の自由は同業組合の必然的結果であり、土地所有の分割は封建的土地所有(大土地所有)の必然的結果であることを把握しなければならないのだ、というのがマルクスの主張です。ここで注目に値するのが、「概念的に把握」という表現です。これがヘーゲル哲学を踏まえたものであることは明らかでしょう。ヘーゲルは、この世界の本質たる絶対精神が自らを区別し具体的な規定を与えていくことで、自らのうちからこの世界の全ての具体的なものを生み出していくのだ、という発想で、哲学を構築しようとしました。絶対精神の自己運動として諸々の具体的なものの運動に筋を通していくことこそが、概念的な把握ということにほかなりません。マルクスはこれにならって、私有財産の運動に関する諸法則を私有財産の本質から把握せよ、と主張しているわけです。「国民経済学」の限界を突破するために、ヘーゲル哲学を武器として使っていこう、という若きマルクス(26歳)の発想が明瞭に示されています。

 ちなみに、ヘーゲル哲学を古典派経済学の観点から読み込んでいることがよく分かる箇所も紹介しておくことにしましょう。

「なおあらかじめ、ヘーゲルは近代国民経済学の立場にたっている、ということだけは示しておこう。ヘーゲルは、労働を人間の本質として、自己を確証しつつある人間の本質としてとらえる。彼は労働の肯定的な側面を見るだけで、その否定的な側面を見ない。労働は、人間が外化の内部で、つまり外化された人間として、対自的になることである。ヘーゲルがそれだけを知り承認している労働というものは、抽象的に精神的な労働である。こうして一般に哲学の本質をなしているもの、自己を知りつつある人間の外化、あるいは自己を思惟しつつある外化された学問、こうしたものをヘーゲルは労働の本質としてとらえている。だから彼は、先行の哲学に対抗してそれらの契機を総括し、こうして自分の哲学を哲学そのものとして述べることができるのである。他の哲学者たちがおこなったこと――彼らが自然と人間生活との個々の契機を自己意識の諸契機として、しかも抽象的自己意識の諸契機としてとらえていること――これをヘーゲルは〔彼自身の〕哲学の行為をもとにして知っている。だからこそ彼の学問は絶対的なのである。」(同、pp.199−200)


 ここでマルクスが「ヘーゲルは近代国民経済学の立場にたっている」とか「労働を人間の本質として、自己を確証しつつある人間の本質としてとらえる」というのは、決して『法の哲学』の市民社会論について、といった矮小なレベルではなく、ヘーゲル哲学の本質を問うレベルでいっていることに注意が必要です。要するに、ここでマルクスが主張しているのは、絶対精神の自己運動はすなわち労働である、ということにほかなりません。「だから彼は、先行の哲学に対抗してそれらの契機を総括し、こうして自分の哲学を哲学そのものとして述べることができるのである」というのは、ヘーゲルが「近代国民経済学」を通じて労働の概念を把持したからこそ、シェリングなどの先行哲学に対抗して自分の哲学を本来あるべき哲学としてつくることができたのだ、ということをマルクスが喝破したことを示しているといえるでしょう。

 しかし、マルクスは、ヘーゲルが労働を人間の本質として捉えたことを高く評価しながらも、「彼は労働の肯定的な側面を見るだけで、その否定的な側面を見ない」と批判してもいます。それが一体どういうことなのかは、次回詳しくみていくことにしましょう。
posted by kyoto.dialectic at 05:54| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

マルクス思想の原点を問う(2/5)

(2)労働者の解放こそが人間一般の解放であるという着想

 本稿は、ロシア革命から100年という記念の年にあたって、20世紀に現に存在したスターリン的な「社会主義」体制にとらわれることなく、19世紀半ばに若きマルクスがヘーゲル哲学を踏まえつつ当時のヨーロッパ社会の現実と対峙しながらつくりあげた思想とはそもそもどのようなものであったのかを問うことから、資本主義をのりこえる新たな社会の構想をつかみとっていく必要があるのではないか、という問題意識を踏まえつつ、若きマルクスの思想形成の画期となった「ユダヤ人問題によせて」「ヘーゲル法哲学批判序説」『経済学・哲学草稿』という3つの文献をとりあげ、マルクス思想の原点について明らかにしようとするものです。

 今回は、「ユダヤ人問題によせて」と「ヘーゲル法哲学批判序説」という2つの論文を取り上げます。これらはいずれも1844年2月に『独仏年誌』という雑誌に掲載されたものです。ボン大学やベルリン大学で法律学や哲学を学んだマルクスは、宗教批判(宗教を哲学に解消してしまうこと)を課題として掲げていた「青年ヘーゲル派(ヘーゲル左派)」に属しながら、大学教授の職を得ることを希望していました。しかし、政治的な反動の動きが強まり、大学から自由主義的・進歩的な教授を排除していく方針がとられるようになっていくなかで、マルクスは大学に職を得ることを断念せざるを得なくなります。その後、マルクスはジャーナリストとして、新聞や雑誌の編集に携わるようになります。しかし、反動的な政治の下でそれらが次々と発禁処分を受けたことから、マルクスは協力者(ヘーゲル左派の先輩であったアーノルド・ルーゲ)とともに、ドイツ人亡命者の多かったフランスの首都パリで『独仏年誌』を刊行することになったのでした。

 「ユダヤ人問題によせて」でマルクスは、ヘーゲル左派の先輩であったブルーノ・バウアーの議論を批判的に検討しています。バウアーは、ユダヤ人の政治的解放の要求(キリスト教徒と同等の政治的権利を与えよという要求)に関連して、政治的国家が宗教から自らを切り離し、どのような宗教を信仰しようが政治的権利とは無関係である、という状況がつくられることこそが、宗教からの人間の解放の達成なのだと主張しました。これに対してマルクスは、政治的解放と普遍的な人間解放とを混同するものだ、と批判しました。大多数の人がまだ宗教的である場合でさえも国家は自らを宗教から解放してしまうことができるからです。ここで浮上してくるのが、近代における政治的国家と市民社会の分裂という問題です。例えば、選挙権と被選挙権について納税を条件とすることが廃止されたとすれば、私有財産は政治的には無効化されたことになります。しかし、私有財産そのものがなくなるわけではありません。私有財産は市民社会のなかに厳然と存在しているのであり、国家からは干渉されない私事として、私有財産に絡んだ諸々の行動が行われているのです。宗教もこれと同じで、政治的国家の領域から締め出されて市民社会の領域に追いやられただけだ、ということになります。宗教が存在(存続)する理由は、政治的国家と宗教とのつながりにではなく、市民社会そのもののなかに求められなければなりません。宗教を生み出してしまうような市民社会のあり方そのものが問題にされなければならないのです。

 では、近代における市民社会とはどのようなものなのでしょうか。マルクスは端的に利己的な私人の領域であると特徴づけています。中世封建制の社会においては、市民社会の人々は様々な身分や職業団体に組み込まれ、市民社会そのものが政治的な性格を帯びていました。ところが、近代に至る過程おいて、これらの身分や職業団体が粉砕され、政治的国家と市民社会とが分裂していきます。それに伴い、人間が公人(公民)と私人とに分裂します(同一の人間が公人と私人という2つの側面をもつようになります)。マルクスは、政治的国家に属する公民が抽象的人間であるのに対して、市民社会に属する私人は諸々の具体的な欲求を抱えた利己的な人間であるといいます。人間は類的存在(共同体の一員として、お互いに助け合うような存在)としての側面を抽象化され国家に奪われてしまうことで、現実的には市民社会における利己的で排他的な個人としてしか存在しなくなっている、というのです。マルクスは、市民社会そのものの変革を通じて、現実的な人間が類的存在としての性格を取り戻すようにしなければならないと主張します。

「現実の個体的な人間が、抽象的な公民を自分のなかに取り戻し、個体的な人間でありながら、その経験的生活、その個人的労働、その個人的諸関係のなかで、類的存在となったとき、つまり人間が彼の「固有の力」〔force propres〕を社会的な力として認識し組織し、したがって社会的な力をもはや政治的な力というかたちで自分から分離しないとき、そのときはじめて、人間的解放は完遂されたことになるのである」(城塚登訳『ユダヤ人問題によせて/ヘーゲル法哲学批判序説』岩波文庫、p.53)


 このように、市民社会と政治的国家との分裂を解消して、現実的な人間が直接に共同体の一員としてお互いに助け合うような状況をつくることこそが真の人間的解放なのだ、とマルクスは主張したのでした。ただし、この段階では極めて抽象的な提言にとどまっており、具体的にどのような変革が必要なのかは展開されていません。

 続く「ヘーゲル法哲学批判序説」においてマルクスは、ドイツの国家制度の現状が旧体制の完成としての後進性をさらけ出している一方で、ドイツの法哲学(ヘーゲル法哲学)はこうしたドイツの後進性をのりこえて、先進的な近代国家が抱えている基本的な問題に取り組んでいるから、ヘーゲル法哲学への批判は、批判そのものだけにとどまらず、現実の変革という実践的な課題につながるのだ、ということを確認します。その上で、マルクスは、中途半端に近代化されたドイツにおいては、近代国家の文明的欠陥が旧体制の野蛮的欠陥とがっちりと結び付いてしまっているから、部分的な革命(ある特定の階級だけを解放する政治的革命)は不可能であり、人間を普遍的に解放するラディカルな革命だけが現実的なのだ、と主張します。それでは、普遍的に人間を解放する革命とは、具体的にどのようにして行われうるのでしょうか。マルクスは、「どこにドイツ解放の積極的な可能性はあるのか」と問い、次のように答えます。

「それはラディカルな鎖につながれた一階級の形成のうちにある。……一言でいえば、人間の完全な喪失であり、それゆえにただ人間の完全な再獲得によってのみ自分自身を獲得することができる一領域、このような一階級、一身分、一領域の形成のうちにあるのだ。社会のこうした解消が一つの特殊な身分として存在しているもの、それがプロレタリアートなのである。」(同、p.94)

 このようにマルクスは、「ユダヤ人問題によせて」に続く「ヘーゲル法哲学批判序説」において、市民社会そのもののあり方を踏み込んで問題にすることで、市民社会の弊害を完全な形で一身に体現させられているプロレタリアートを、普遍的な人間解放の担い手として見出すことになったのでした。
 ここで注目しておきたいのは、この「ヘーゲル法哲学批判序説」の最後の部分です。マルクスは次のように述べています。

「哲学がプロレタリアートのうちにその物質的武器を見いだすように、プロレタリアートは哲学のうちにその精神的武器を見いだす。そして思想の稲妻がこの素朴な国民の地盤を根底まで貫くやいなや、ドイツ人の人間への解放は達成されるであろう。……この解放の頭脳は哲学であり、その心臓はプロレタリアートである。哲学はプロレタリアートの揚棄なしには自己を実現しえず、プロレタリアートは哲学の実現なしには自己を揚棄しえない。」(同、pp.95−96)

 ここでいう哲学が、ヘーゲル哲学を指すことはいうまでもないでしょう。マルクスは、「ヘーゲル法哲学批判序説」において、文明的欠陥と野蛮的欠陥が強固に結び付いているというドイツの現実と対決しながら、普遍的な人間解放というヘーゲル哲学の目標を真に実現するためには、「人間の完全な喪失」という状況に貶められているプロレタリアートこそが担い手とならなければならないのだ、ということを見出すにいたったのです。
posted by kyoto.dialectic at 06:07| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

マルクス思想の原点を問う(1/5)

目次

(1)そもそもマルクスが目指していたものは何だったのか
(2)労働者の解放こそが人間一般の解放であるという着想
(3)古典派経済学とヘーゲル哲学を相互浸透させる
(4)私有財産の積極的止揚としての共産主義
(5)マルクスはヘーゲルの自由論の延長線上に普遍的な人間解放を構想した

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)そもそもマルクスが目指していたものは何だったのか

 今年2017年はロシア革命(二月革命と十月革命)からちょうど100年という記念の年にあたります。第一次世界大戦の最中に起きた二月革命は、ツァーリ(皇帝)の専制権力を打倒して共和制(議院内閣制)を成立させました。二月革命以降は、立憲民主党(カデット)が主導する臨時政府と、社会革命党(エスエル)やメンシェビキ、ボリシェビキなど左派勢力が主導する労働者・農民・兵士のソヴィエト(評議会)が並存していましたが、戦争を継続した臨時政府に対して、ソヴィエトに結集した労働者や農民、兵士の不満は著しく高まります。こうした大衆の不満を背景にして、レーニンとトロツキーが率いるボリシェビキがソヴィエトの多数派を握り(トロツキーがペトログラード・ソヴィエトの議長となりました)、臨時政府を打倒して、全ての権力をソヴィエトに集中させることを掲げて、十月革命を主導したのでした。「ソヴィエト権力」あるいは「労働者(と農民)の権力」の確立は、社会主義的な方向への前進と同義のものと見なされました。革命政権はその後、およそ5年にわたる内戦を闘い抜き、1922年に、世界初の社会主義国家とされるソヴィエト連邦を成立させることになります。こうした社会主義建設の方向性は、いうまでもなくマルクスやエンゲルスが標榜した「科学的社会主義」の理論にもとづいたものであるとされました。

 もっとも、科学的社会主義を唱えたマルクスやエンゲルスは、社会主義を目指すプロレタリア革命は資本主義経済の発展が進んだ国でこそ起きるものであると考えていたのであり、当時のロシアのように資本主義経済の発展が遅れた国で社会主義社会の建設を目指したのは、マルクスやエンゲルスの科学的社会主義からの逸脱である、とも考えられます(現に、メンシェビキなどはそのように批判しました)。しかしながら、レーニンやトロツキーは、革命をあくまでも世界革命という枠組みで考えていたことに注意が必要です。彼らは、ロシアでまずプロレタリア革命が起きたのは、階級的力関係が他の諸国よりも有利であったからにほかならないことを指摘していました。レーニンやトロツキーは、ドイツなど先進資本主義諸国家においてプロレタリア革命が勝利し、これら諸国のプロレタリアートがロシアを援助するような状況がつくられることなしには、ロシアにおける社会主義社会の建設をやり遂げることは不可能であることを繰り返し強調してもいたのでした。

 しかし、結局のところ彼らが期待したようにはヨーロッパ諸国での革命は起きず、ソ連は帝国主義諸国の干渉や国際的孤立という悪条件の下に置かれ続けることになります。1924年にレーニンが亡くなり、世界革命を主張するトロツキーが一国社会主義を主張するスターリンに敗れてからは、反対勢力を徹底して弾圧する異様な専制と抑圧の体制が築かれ、農業の強制的集団化や急速な工業化によって世界恐慌の荒波には耐えたものの、長期的には経済発展が著しく停滞してしまうことになり、ソ連は1991年についに崩壊してしまったのでした。

 ソ連の崩壊は、社会主義に対する資本主義の勝利であると受け止められ、社会主義はすでに失敗したものだという受け止めが世界的に広がることになりました。しかし、その後の資本主義経済は、アジア通貨危機(1997年)や世界金融危機(2007年のサブプライムローン問題から2008年のリーマン・ショックへ)といった深刻な危機を繰り返しつつ、貧困と格差の著しい拡大をもたらすにいたりました。これまで社会の安定をそれなりに支えてきた中間層が崩壊して、いわゆる極左と極右が台頭するといった政治的状況もつくられています。様々な角度から資本主義の深刻な危機が叫ばれる時代が到来しているのです。人類は、資本主義をのりこえる新たな社会の構想を切実に求めつつも、それが明確に見えてこないなかで必死にもがいているような状況にあるともいえるでしょう。ここで大きな障害として浮上してくるのが、ソ連の崩壊によって社会主義へのマイナスイメージが定着させられてしまっていることです。資本主義に色々な問題があるといっても、社会主義は恐ろしい官僚独裁体制を生み出した末に崩壊してしまったではないか、資本主義よりもましな社会体制などありえないのではないか……このような社会的認識が強固に存在してしまっていることは否定できないでしょう。

 ここで大きく問われなければならないのは、ソ連の崩壊は社会主義そのものの失敗を意味するものであるのか、ということです。スターリンが築き上げたような独裁体制が、レーニンやトロツキーが目指した社会主義建設の方向性から大きく逸脱するものであったことが確認される必要がありますし、そもそもマルクスやエンゲルスが掲げていた科学的社会主義とはどういうものであったのか、というところにまで遡って検討してみる必要もあるでしょう。20世紀に現に存在したスターリン的な「社会主義」体制にとらわれてしまうのではなく、19世紀半ばに若きマルクスやエンゲルスが、ヘーゲル哲学を踏まえつつ当時のヨーロッパ社会の現実と対峙しながらつくりあげた科学的社会主義の思想とはどのようなものであったのか、というところから、資本主義をのりこえる新たな社会の構想についてのヒントをつかみとっていく必要があるのではないでしょうか。

 本稿は、以上のような問題意識を踏まえつつ、若きマルクスの思想形成の画期となった「ユダヤ人問題によせて」「ヘーゲル法哲学批判序説」『経済学・哲学草稿』という3つの文献をとりあげ、マルクス思想の原点とはいかなるものであったかを問うものです(これらの文献は、1844年前後、マルクスが26歳のころに書かれたものです)。

 ここで端的に結論を述べておけば、若きマルクスは、人間の自由の実現を目指したヘーゲル哲学の理念をそのまま受け継ぎながら、それを真に社会のなかに実現するための方策を見出そうとして苦闘したのだ、ということになります。このことを本論で詳しく検討していくことになりますが、その前提として、ヘーゲルが目指していたところは何だったのか、『歴史哲学』から決定的な個所を引用することで確認しておきましょう。

「世界史とは、精神が本来もっているものの知識を精神自身で獲得して行く過程の叙述である……東洋人はまだ精神が、または人間そのものが本来自由であるということは知らない。彼らはこれを知らないが故に自由ではないのである。彼らは僅かに一人の者(Einer)が自由であることを知っているにすぎない。……自由の意識はギリシア人の中に、はじめて現われた。それ故にギリシア人は自由であった。しかしギリシア人は、またローマ人も、ただ少数の者(Einige)が自由であることを知っていたにとどまり、人間が人間として自由であることを知らなかった。……ゲルマン諸国民に至ってはじめて、キリスト教のお陰で、人間が人間として〔すべての人が Alle〕自由であり、精神の自由が人間の最も固有の本性をなすものであるという意識に達した。」(ヘ―ゲル『歴史哲学(上)』武市健人訳、岩波文庫、pp.77-78)


 このようにヘーゲルは、「世界史とは自由の意識の進歩を意味する」(同、p.78)ものであること、その究極目的は「すべての人間が本来自由であること、すなわち人間が人間として自由であるということ」(同、p.78)を知ることにほかならないことを、高らかに宣言していたのでした。

 ヘーゲルは、こうした自由は、個々人がもつ主観的意志と国家がもつ理性的意志とが調和した人倫的全体において実現されるのだと主張し、当時のプロイセンの立憲君主制こそが理想的なあり方であると結論づけたのでした。しかし、ヘーゲルよりも半世紀ほど後の時代に生きたマルクスは、資本主義経済の発展によって、現実の社会のなかに物質的な利害の衝突が生じてきていることを目の当たりにしなければなりませんでした。こうした社会の現実と格闘しながら、「すべての人間が本来自由である」というヘーゲルの掲げた世界歴史の究極目的を真に実現していくためにはどうすればよいのかを探究する――これこそが、若きマルクスが学問の構築へと突き進んでいった原点的な動機であったと考えられるのです。それが具体的にどのような過程をたどって、マルクス独自の思想として結実することになったのか、次回以降に詳しくみていくことにしましょう。
posted by kyoto.dialectic at 06:03| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月31日

改訂版 心理療法における外在化の意義を問う(5/5)

(5)認識を認識としてとらえる修練が必要である

 本稿は,認知行動療法やべてるの家の取り組み,東豊氏のシステムズアプローチなど,近年ますます注目されている精神疾患の患者に対する心理社会的な介入法の中で,共通する要因として外在化をテーマとして取り上げ,その意義を探ることを目的として論じてきました。ここで,これまでの流れをまとめておきたいと思います。

 最初に,心理療法の技法である外在化とはどのようなものであるかを紹介しました。外在化とは,元々は当事者の内にあった心の問題を外に出すということでした。たとえば,認知行動療法においては,当事者の苦労や困りごとを,「状況」「認知」「気分」「身体」「行動」の悪循環として把握し,それを紙の上に描いて整理するという形で外在化を行いました。べてるの家では,幻聴を「幻聴さん」,特定の状況でふと浮かんでくるネガティブな認知(自動思考)を「マイナスのお客さん」などと呼んで,擬人化することによって外在化している,さらに東豊氏の「虫退治」においては,困りごとの原因を「虫」に帰属する(困りごとの原因が「虫」にあると考える),ということを紹介しました。このような外在化によって,心の問題を当事者以外にも目に見えるようにすることができるだけでなく,当事者から問題を切り離すこともできるのでした。「当事者=問題」という直接的同一性としての見方から「当事者と問題」という媒介関係としての見方へとシフトし,援助者と当事者(と他のメンバー)がチームを組んで,外在化された問題に取り組む,という姿勢が自然と構築できるのでした。

 次に,以上のような外在化を構造に分け入って,認識論的に説きました。認識論的にいうならば,外在化は観念的な対象化のための一つの有力な手段である,ということができるのでした。そもそも対象化とは,「対象→認識→表現」という過程的構造の最初の部分にそのモノを設定することでした。認識の対象でなかったものを,認識の対象として置く,ということです。さらに観念的な対象化とは,頭の中だけで当事者の外部にあるものとして客観化することでした。これらを踏まえるならば,外在化とは,実際には当事者の心の中にしかない心の問題を,あたかも当事者の外部にあるものとして,当事者が認識できる位置に客観的に存在しているものとして置くための手段である,ということができるのでした。外在化とは,巻き込まれていた状態から距離をとってその状態を眺めるための手段である,といってもいいということも確認しました。

 最後に,このように外在化によって心の問題を観念的に対象化することにどのような意義があるのかを考察しました。まずは,心の問題を観念的に対象化することによって,心の問題から距離がとれ,冷静になれるのだ,ということを確認しました。これは,なにがなんだか分からないままに問題となっている認識=像によって苦しめられていたのが,その認識=像が小さくなったことによって影響力が弱まったということを意味するのでした。さらに,より決定的に重要なのは,対象化することによってこそコントロール可能性が生まれることだ,という点でした。そもそも人間は,対象としたものと取り組むことによってその対象についての認識が発展し,その対象について自由自在にコントロールできる可能性が高まっていく存在でした。心の問題に巻き込まれて,なにがなんだか分からない状態ではどうすることもできなかったのに,対象化してしまえば,試行錯誤レベルでの取り組みであってもそれをコントロールできる可能性が生まれてくる,ということでした。

 以上のように,外在化の意義を端的にまとめれば,心の問題を対象化することによって,思い通りにコントロールできる可能性が生まれてくる,ということになるわけです。

 ヘーゲルの用語で説くならば,外在化(による観念的対象化)とは即自から対自への発展を促す,ということができます。即自とは自分と他者の区別がつかない状態,対自とは自分と他者とが区別できる状態のことです。外在化以前は,自分と心の問題が一体化しており,まさになにがなんだか分からない状態で苦しんでいます。ところが,外在化によって心の問題を観念的に対象化することができれば,対象たる心の問題と,それを認識している主体たる自分というように,明確に両者の区別がつけられるようになるわけです。

 そもそも認識とは何かという把握が不十分であるとはいえ,心理療法における外在化は,認識を認識として把握しようとする第一歩だと評価することができます。なぜなら,本来は自分しか見えない,それもそれなりの訓練をしないと決してきちんと見ることができない自分の認識を,誰もが対象として認識できるような工夫がなされているからです。

 人類は対象と取り組むことによって,対象の構造を明らかにしてきました。そして,対象の構造が明らかになるにしたがって,徐々に自分の意のままに対象を操れるようになる度合いが増してきました。そうすることによって,不安心を解消し,対象に安んずることができるようになってきたのです。このように,不安心を対象の構造を解明することによって解消しようとする流れが,学問の発展の流れそのものなのです。したがって,当事者にとってはまさになにがなんだか分からないところの心の問題を,何らかの形で対象化することができれば,それは不安を解消し安んずるための大きな一歩である,と評価することができるのです。しかもそれは,宗教的な方法ではなく,学問的な方法によって,自己の心の問題に安んずる第一歩なのです。

 認識学の偉大な先達といっていい故・海保静子先生は,『育児の認識学』(現代社)において,認識=像を絵として表して展開されています。これこそが真の認識の外在化であり,対象化であるといえるでしょう。海保先生は,認識を図示することの重要性を次のように説いておられます。

「その前進の中身,すなわち図示することの重要性は,次の2つにあります。1つは,精神活動すなわち認識は対象の頭脳における反映であり“像”だからです。その像とは映像,つまり姿,かたちをもった絵,シルエットというふうにマンガ的にとらえておくと,とてもわかりやすい,ということになります。

 さらに1つは,私たちが意識するしないにかかわらず,認識活動は像のモロモロの展開として行なわれていくのですから,私たちが自らの思考活動を訓練していく場合,この像のあり方をしっかりと像として自覚し,認識していく必要がある,ということです。具体的には,像として明確に描いているか,はたしてその像が対象と合致したものであるかどうか,自分勝手に歪めたりしていないかどうかを,1つ1つ対象と照らしあわせながら,その像の描き方を像としてチェックしていく能力です。この像のはたらきそのものがほかならぬ自己をみつめる能力であり,その像を対象の構造に合致させていくことのくりかえし,それこそが観念的二重化の能力を高めていく訓練過程であり,方法なのです。」(p.276)


 このように海保先生は,思考活動を高めるための訓練方法として,認識を認識として自覚してみつめる重要性を説いておられます。このように自分の認識をしっかりと対象化することによって,自分の認識をコントロールできるようになっていくのです。

 認識論を志す者は当然に,自分の認識を認識として,しっかりと見つめ,それをしっかりとコントロールできるようにならねばなりません。しかし,認識論志望者だけでなく,誰であっても,自己の認識のコントロールはある程度必要となってきます。特に精神疾患のある患者は,何らかの原因で,健常者よりも認識のコントロールがうまくいかなくなっている状態に置かれています。そのため,通常の人間以上に,認識を認識としてみつめる工夫が必要となってきます。心理療法における外在化という技法は,まさに,この認識を認識として見つめるための強力な手段なのです。そして,認識を認識としてみつめる修練をくり返すことによって,ある程度,自己の認識をコントロールできるようになることは,認知行動療法のエビデンスやべてるの家の実績,それに東豊氏の治療成績が雄弁に物語っているといえるでしょう。

 臨床家としての筆者は,今後,患者さんの困りごとや悩みごとを少しでも効果的に解消できるように,認知行動療法やべてるの家,東豊氏の外在化を絶対とするのではなく,より認識の構造に見合った外在化を工夫していきたいと思っています。そのような外在化の工夫が,心理臨床の世界のレベルアップに貢献するだけでなく,逆に認識の構造をよりクリアーにしていくことにもつながり,筆者の夢である独自の認識学の構築にもつながっていくものと確信しています。

(了)
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

改訂版 心理療法における外在化の意義を問う(4/5)

(4)対象化してこそコントロール可能性が出てくる

 前回は,外在化とは認識論的に説くならばどういうことなのかについて説明しました。端的には,外在化は,心の問題を観念的に対象化するための一つの有力な手段なのであり,観念的な対象化が可能となるのは,当事者と問題を切り離し,当事者が問題から距離をとれるようになるからである,ということでした。

 今回は,このように外在化によって心の問題を観念的に対象化することにいかなる意義があるのかを考察したいと思います。

 まず,前回の最後に触れたように,外在化によって心の問題から距離がとれる,という点が大切です。

 当事者はまさに「なにがなんだか分からない」状態で苦しんでいます。ネガティブな思考や感情の渦中にいる,といってもいいでしょう。それが,外在化による観念的対象化によって,その状態から距離をとれるのです。苦しみから離れることができるのです。したがって,この外在化だけで大分苦労が和らぐということになります。

 これは喩えてみれば,海の中で溺れて苦しんでいた状態から,救助されて海岸に運ばれた状態になるのと似ています。海から距離をとることによって,苦しさの余韻は当然残っているとはいえ,楽になるのです。あるいは,火事で燃えている家の中にいて,熱さで苦しんでいたところを,救助されて家の外に運ばれたようなものともいえます。家の外から燃えさかる家を眺めて,「ああ,あんな場所にいたのか。もう少し救助が遅かったら焼け死んでいたな」などと,当初いた場所を距離をとって眺めるというのが,外在化による観念的対象化に相当するといえるでしょう。

 もちろん,心の問題の外在化は,現実的に海から離れたり火から離れたりするのとは違って,まさしく「観念的な」対象化であり,観念的に,すなわち頭のなかだけで心の問題から距離がとれるに過ぎません。しかし,もともと心の問題というもの自体が主観的なものであり,認識上の問題であるのですから,観念的に距離がとれればそれでいいのです。というより,観念的にしか距離のとりようがありません。

 心の問題から観念的に距離をとるということを,認識=像の問題としてとらえるならば,当初強烈な威力を持っていた認識=像の影響力・支配力を,弱めるということを意味しています。試しに,次のようなことを想像してみてください。目の前に大きな梅干しがあります。それを食べようと口に運ぶと,梅干しの匂いもしてきます。そして一気に口の中に入れて,咀嚼しました。どうでしょうか? 酸っぱさが実際の感覚として体験できたのではないでしょうか? 今度は目の前にある梅干しから,どんどん離れていくことを想像してください。10メートル,20メートルと離れていくと,もはや点にしか見えなくなりました。この状態で,酸っぱさを感じるでしょうか? おそらく感じないはずです。梅干しの像が及ぼす影響力(酸っぱさ)も,距離をとると感じなくなるのです。

 このように,心の問題から距離をとるということは,心の問題の像がいわば小さくなることですし,当然,そこから受ける影響(苦しみ)もその分,小さくなっていくのです。もちろん,今やっていただいた梅干しの像から観念的に距離をとって小さくしていくという操作ほど容易には,巻き込まれている心の問題を小さくすることはできません。だからこそ,外在化という心理療法の専門的な技法が考案され,用いられているわけです。

 このように外在化によって心の問題から距離をとれ,冷静になれるということ以外にも,決定的に重要な外在化の意義があります。それは,対象化することによって,その問題のコントロール可能性(解決可能性)が生まれてくる,ということです。

 そもそも外在化する前は,自己の問題に巻き込まれており,何が問題なのか,どこに問題があるのかも分からない状態でした。問題を問題として認識できていない状態,問題を対象化できていない状態だったのです。このような状態では,その問題をコントロールすることは絶対に不可能です。どこにあるのか分からない,認識できていないモノはコントロールのしようがないからです。

 うつ病で,なんだかやる気が出ない,億劫である,ということはよくあります。しかし,このままの状態では,いくらやる気を出せとか頑張れとかいわれても,あるいは,自分自身がやる気を出そうとしても,このやる気が出ないという問題は解決しません。

 ところが,専門家との共同によって自分の問題を外在化して,以下のことが分かったとします。これは連載第2回で挙げた例と同じものです。

状況:担当している仕事が進まない。
   そのことを上司に注意された。
 ↓
認知:何をやってもうまくいかない。
   自分はやはりダメな人間だ。
   ダメ社員と思われているに違いない。
 ↓
気分:憂うつ。無気力。自己嫌悪。
 ↓
身体:涙がこみあげる。
 ↓
行動:泣くのを我慢して仕事を続ける。


 このように問題を外在化し,対象化することができれば,無気力というのは「何をやってもうまくいかない」とか「自分はダメな人間だ」というような認知(ものごとのとらえ方)に関係があるのではないか,ということが分かってきます。そうすると,この認知の妥当性を検討したり,別の考え方を採用したりすることによって,自分の認知の癖を修正できれば,無気力という気分も変わるのではないか,ということになります。

 このように対象化してこそ,コントロール可能性が生まれてくるのです。この論理は心の問題に限らず,一般にどんなことにも当てはまります。

 人類は,歴史の経過とともに新しい対象を次々と獲得して,その対象と取り組むことによって,対象の構造を明らかにし,その対象をコントロールできるようになってきたのです。その時代性において対象でないモノ,対象化されなかったモノをコントロールすることなど,絶対にできない相談です。たとえば,ペニシリンが発見(対象化)される以前に,ペニシリンを製造したりそれを使ってある病気を治療することなどできない,という例で分かってください。

 ところが,あるモノを対象化してしまえば,ああでもない,こうでもないと試行錯誤的にその対象と関わることによって,徐々に対象の構造がクリアーになっていき,それに伴って,思い通りにコントロールできる可能性が増していくのです。これが自由の獲得の過程だといえるでしょう(「自由とは必然性の洞察である」というエンゲルスの名言を思い出してください)。

 心の問題も,巻き込まれてなにがなんだか分からない状態では,どうすることもできません。しかし,外在化によって観念的に対象化すれば,その時点でコントロール可能性が生まれるのです。もちろん,認知行動療法にしてもべてるの家の当事者研究にしても,あるいは東豊氏の「虫退治」にしても,認識の構造を正確に捉えたうえでの介入とはいえないレベルのものです。しかし,それよりも,対象化するということ自体が,非常に重要で意味のあることなのです。まだまだ正確に認識できていないとしても(あるいは「虫退治」のようにそもそも間違った認識であっても),その対象と試行錯誤しながら関わることによって偶然的にも良い結果が生じる可能性が出てくるからです。

 心の問題を,薬物などの生物学的な介入を用いずに何とかしようとする心理社会的な介入にあっては,問題を認識できるようにしっかりと対象化するということがいかに大切か,分かっていただけたと思います。端的には,対象化してこそ,そのモノのコントロール可能性が生まれてくる,ということです。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

改訂版 心理療法における外在化の意義を問う(3/5)

(3)外在化は観念的対象化のための手段である

 前回は,認知行動療法とべてるの家,そして東豊氏の「虫退治」のアプローチで共通してみられる外在化という心理療法の技法を紹介しました。外在化とは,当事者の内にあった心の問題を外に出すことによって,問題を当事者から切り離すことであるということでした。こうすることによって,援助者と当事者(とさらに他のメンバー)が共同して,一つの問題に取り組むという姿勢を確立することができるのでした。

 このような前回の説明は,現象論的な説明(外から見えるあり方をそのまま説くもの)といえます。今回は,この外在化のプロセスを構造に分け入って,認識論的に説いてみたいと思います。

 端的に結論からいうならば,外在化は観念的な対象化のための一つの手段である,ということができます。少し説明します。

 まずこの中に出てくる「対象化」とは何でしょうか? これは「対象でなかったモノを対象と化す」という意味です。ここでいう対象というのは認識にとっての対象のことです。では,認識にとっての対象とはどういうことでしょうか?

 ここで対象と認識(と表現)の関係を復習しておきましょう。この三者の中で,認識はどのような位置を占めるのでしょうか。端的にいうと,対象と認識の間に位置づけられます。つまり,「対象→認識→表現」という過程的構造があるのです。たとえば,目の前の杉の木を写生する場合,対象とは目の前の杉の木ですし,認識とはそれを目(五感覚器官の一つ)で見て頭の中に写しとった杉の木の像のことです。さらに表現とは,その頭の中の杉の木の像を物質的な形に投影して,キャンバスの上に描いた絵のことです。逆からいうならば,描かれた杉の木の背後には,作者の認識が,さらにその背後には現実に存在する杉の木という対象がひそんでいるわけです。したがってこの場合,認識にとっての対象とは目の前に存在する杉の木のことです。このように,認識として頭の中に反映する元のモノを「対象」というわけです。

 このように考えれば,対象化の意味も分かってくると思います。「対象でなかったモノを対象と化す」ということは,すなわち,「対象→認識→表現」という過程的構造のスタート地点に,そのモノを置く,ということです。写生の例でいえば,特定の杉の木の前に座って,自分(の認識)にとって都合のよい位置にその杉の木を置く,ということになるでしょう。

 では次に,「観念的な対象化」とはどういうことでしょうか? これは現実的・客観的には対象化していないけれども,頭の中の操作として,対象化したことにする,あるモノを認識の対象の位置に設定する,ということです。これに関して,弁証法の基本書では次のような例が挙げられています。

「この労働力を買うと,雇傭関係が成立しますが,これは契約というかたちをとります。……『月給二万円ならやとおう』『それでけっこうです』と買い手と売り手と両者の意志が一致すれば,ほかに何を考え何をのぞんでいるかはともかく,この点では共通の意志が成立します。意志はそれぞれの当事者の頭の中に主観的なものとして生れるのであって,頭からぬけだして外部に存在することはできません。しかしこのときの当事者は,共通の意志を個人的に勝手に変えてはならぬものとして固定化し,さらに観念的に当事者の外部にあって当事者を拘束する意志のかたちに客観化し,その意志に従うことになるのです。これを意志の観念的な対象化とよびます。私たちの日常生活で,『明日三時にいつものところで会いましょう』『ええ,いいですわ』と約束するのも,やはり意志の観念的な対象化です。」(三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』pp.181-182)


 ここでは契約と約束の例が挙げられていますが,「当事者の頭の中に主観的なものとして生れ」たモノを「観念的に当事者の外部にあ」るモノとして「客観化」することを観念的な対象化と呼ぶのだ,ということです。確かに,「こうしろ」「こうしてはいけない」とうような契約や約束は,対象の位置から発せられる命令というように主観的には受け取れますが,しかし,実際にこのような命令を発するモノが当事者の外部に,客観的に存在しているわけではありません。このように頭の中だけで行われるという意味で「観念的な」対象化というわけです。人間の認識には,現実に客観的に対象として存在していないモノでも,観念的に対象化する能力が備わっているのです。

 以上を踏まえて,「外在化は観念的な対象化の一つの手段である」というのはどういうことでしょうか?

 それは,心の問題を外在化することによって,実際には当事者の心の中にしかない問題を,あたかも当事者の外部にあって当事者が眺めることができる位置に客観的に存在しているかのように置くことができるようになる,ということです。心の問題を紙に書いて外在化したり,「幻聴さん」と呼んで擬人化することで外在化したり,あるいは不登校の原因を「怠け虫」にあるとして外在化したりしても,実際に心の問題が客観的に外部に存在するわけでもないし,幻聴さんという人物や「怠け虫」という虫が客観的に存在するようになるわけでもありません。しかし,そうすることによって,自分の心の問題をしっかり認識できるようになるわけです。つまり,心の問題を認識の対象と化すことができるようになるのです。このように,外在化は,心の問題を観念的に対象化するための一つの有力な手段なのです。

 心の問題を抱える当事者は,その心の問題に巻き込まれて,いわば「なにがなんだか分からない(ことすらもなにがなんだか分からない)」生まれたばかりの赤ん坊と同じように,なにがなんだか分からない状態で苦しんでいます。統合失調症の患者の中には,病識(自分が病気だという自覚)がない方もおられます。すなわち,問題を問題として認識できていないのです。ところが,外在化によって心の問題を観念的に対象化すれば,文字通り,心の問題を問題として認識することができるようになるわけです。

 外在化する以前は,心の問題が見えない状態(認識の対象ではない状態)になっています。これは,自分が心の問題と近すぎて,それに巻き込まれているからです。これはちょうど,地上にいる人間が,そのままの状態では地球を対象化できないのと論理的には同じことです。地上にいる人間は,いわば地球の(ごく小さな)一部分なのであって,地球と自分が一体化しています。ですから,自分たちが立っている場所が,実は地球という球体をした惑星である,などということは認識できないのです。地球だということを認識するためには,すなわち,地球を対象化するためには,宇宙船に乗って地球から離れ,ある程度の距離をとって自分たちのいた場所を眺める必要があります。海を泳いでいる魚も,自分たちの泳いでいるところが「海」であるとは認識していないでしょう。飛び魚のように海から空中へ飛び出して初めて,自分たちが泳いでいたところが海であったと認識することができるのです。

 先の写生の例でも同じことがいえます。杉の大木が目の前5pの位置にあったら,それを杉の木だと認識することはできるでしょうか? おそらくできません。少なくとも,写生の対象として,芸術的認識の対象としてとらえることはできないでしょう。この場合,50メートルなり100メートルなりさがった位置でないと,杉の木を対象化することはできないのです。

 このように,一般的にいうと,あるモノを対象化する際には,そこから一定の距離をとる必要があるのです。心の問題を外在化することによって,当事者と問題を切り離すということは,実はこの対象化に必要な距離をとることを意味しているのです。距離をとることができるからこそ,外在化によって心の問題の観念的な対象化が実現できるということもできるわけです。

posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

改訂版 心理療法における外在化の意義を問う(2/5)

(2)外在化とは問題を当事者の外に置くことである

 前回は,増加する精神疾患の患者に対して,心理社会的な介入の重要性が増しているとして,認知行動療法とべてるの家の取り組み,そして東豊氏のシステムズアプローチという3つの奏効している例を挙げました。そして,三者に共通する要素として「外在化」という技法があるのだと述べました。

 今回は,この外在化という技法を紹介したいと思います。

 外在化とは,文字通りに解するなら,「外に在るものと化す」ということです。元々は内に在った(内在していた)ものを外に出す,外にあるものとするということです。

 では,元々は内に在ったものとは何でしょうか? それは,本稿でテーマにしている精神疾患に関して端的にいえば,「心の問題」(とそれに関わる身体の問題・行動の問題)ということになるでしょう。ですから,外在化とは,心の問題を外に出す,外にあるものとするということなのです。

 これだけでは抽象的過ぎて分からないと思いますので,具体的に説明します。

 たとえばうつ病に対する認知行動療法においては,はじめに事例の概念化という作業をセラピストと当事者が共同して行います。これは,当事者の体験と状態を総合的に理解するための作業です。その際,分かってきたことを紙の上に図式化して書いて,セラピストと当事者が共有することが多いのです。一例を紹介しましょう。

状況:担当している仕事が進まない。
   そのことを上司に注意された。
 ↓
認知:何をやってもうまくいかない。
   自分はやはりダメな人間だ。
   ダメ社員と思われているに違いない。
 ↓
気分:憂うつ。無気力。自己嫌悪。
 ↓
身体:涙がこみあげる。
 ↓
行動:泣くのを我慢して仕事を続ける。


 このように紙に書いて整理することによって,当事者が内にかかえていた「心の問題」を外化することができるわけです。これが外在化です。

 このような外在化にはどのような意味があるのでしょうか? まず,外在化することによって,当事者の中にあって目に見えなかった「心の問題」を,当事者だけでなくセラピストも,目に見える形で取り出すことができる点が挙げられます。内にあって見えなかったものを,外に出すことによって「見える化」するのです。

 別の意味もあります。それは,元々は「当事者=うつ病」,すなわち「当事者=問題」という図式であったのが,外在化することによって変化するのです。どう変わるのかというと,問題は当事者の外にあるわけですから,「当事者と問題」というように,別個のものとして存在するようになるのです。外在化する以前は,当事者が直接に問題であったのが,外在化することによって,当事者と問題が媒介関係になる,といってもいいでしょう。このように,外在化とは当事者と問題を切り離すことでもあるのです。

 ここから,外在化は「人が問題なのではなく問題が問題なのである」(マイケル・ホワイトの言)という見方をすることにつながるといえます。たとえば,うつ病の症状としてやる気が起きない人がいた場合,ややもすれば当事者の問題だとして,「もっとやる気を出せ」とか「がんばれ」とかいってしまいかねません。これは,当事者自身が問題だととらえていることを意味します。そして,このような物言いは当事者を責めているようにも受け止められます。

 ところが外在化すれば,「ここの“何をやってもうまくいかない”という認知が問題ですね。これが無気力につながっているので,もう少し行動につながるような認知ができないか,考えてみましょう」というような形で介入することができます。これは,外在化された「認知」が問題で,その認知が当事者を困らせているという前提ですから,当事者を責めているような印象がずいぶん和らぎます。

 このように外在化すれば,当人を問題視するという姿勢から,外在化された,当人とは別の何かが問題であって,それが当人を苦しめている,というとらえ方になるのです。

 こうなると,セラピストと当事者の関係性も変わってきます。もともと心理療法においては,援助するセラピストと援助される当事者という二者の関係性(セラピスト⇔当事者)が基本です。ところが心の問題を外在化することによって,セラピストが当事者とチームを組んで問題にあたる,というような三者関係(セラピスト・当事者⇒問題)に発展するのです。媒介関係の発展によって,当事者は援助される対象であると同時に援助する主体でもあるという矛盾した構造が創出され,それに伴って,セラピストと当事者は共同して問題に対処するという調和的な関係が構築されるわけです。認知行動療法においては,このような「自助の精神」や共同的な関係性が重視されています。

 べてるの家でも外在化は重視されており,オリジナルでユニークな手法が編み出されています。もっとも有名なのが,統合失調症のメインともいえる症状である幻聴を「幻聴さん」と呼んで,擬人化すると直接に外在化する手法です。他にも,ある特定の状況でふと浮かんでくるネガティブな認知(認知行動療法では「自動思考」と呼びます)は「マイナスのお客さん」と呼ばれています。これも擬人化=外在化の一例です。

 べてるの家では,このような外在化によって心の問題を誰もが目に見える形に表現します。本来は当事者の内部にあって目に見えないはずの幻聴や自動思考を,「幻聴さん」「マイナスのお客さん」というように擬人化することによって外在化し,そういった迷惑な人たち(問題)にどう対処していくかを,援助者や他のメンバーと協力して,「ああでもない,こいうでもない」と話し合いながら探っていきます。ホワイトボードに幻聴さんやマイナスのお客さんのイラストを描きながら当事者の苦労のメカニズムを明らかにし,それに対する対処法を提案していくのです。これが当事者研究です。

 そして,苦労に対する対処法が見つかれば,実際にSSTでロールプレイをすることによって,その対処法を練習します。その際,他のメンバーが幻聴さん役やマイナスのお客さん役を演じます。

 たとえば,「おまえ,きもい」という幻聴が聞こえて苦しんでいた当事者は,これまでは「うるさい! あっちに行け」と怒鳴ることによって対処していました。それでも幻聴は消えません。長年の当事者研究の積み重ねによって,幻聴さんに対しては「丁寧に,やさしく,粘り強く」お願いすることが有効であると分かってきています。そこで,SSTでそのお願いの仕方を練習します。幻聴さん役の他のメンバーが当事者に向かって「おまえ,きもい」と連呼します。それに対して,当事者が丁寧にやさしく「分かりました。分かりましたから,今日のところは帰っていただけませんか?」などとくり返しお願いするのです。このような練習をくり返すことによって,幻聴に襲われたときも我を忘れず,冷静に対応できるようになるということです。

 東豊氏の「虫退治」という技法も,外在化の一種といえます。たとえば不登校の息子がいる家庭の場合,その不登校の原因を母親の育児のせいにしたり,父親の非協力的な姿勢のせいにしたり,あるいは,息子自身の性格のせいにしたりと,家族のそれぞれが,他のメンバーの非を訴えることがよくあります。これでは,家族で一致団結して,不登校という問題に対処していくことはできません。そこで東氏は,家族が訴える不登校の原因を全て否定して,息子についた「虫」のせいだと力説するのです。そしてその虫に「怠け虫」とか「弱虫」とかいう名前を付けて,その虫を退治する儀式を家族が協力して行うように仕向けるのです。もちろん,このような枠組みにのせるためには,前提となるコミュニケーションの工夫があります。今回,それは措くとして,もし「虫退治」という枠組みにのせることに成功すれば,原因が家族のメンバーの中にあるのではなく,「虫」という外在化されたものにある,というように,家族の見方が変わります。このような外在化によって,誰かを責めるのではなく,一致団結して外に置かれた問題に対処することが可能になるのです。

 以上のように,外在化で当事者(あるいはその家族)と問題を切り離すことによって,すなわち,「当事者=問題」という見方から「外部にある問題とそれに苦しめられている当事者」という見方へとシフトすることによって,援助者と当事者(やさらに他のメンバー)がタッグを組んで問題に取り組み,解決方法を模索していくことが可能となるのです。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月27日

改訂版 心理療法における外在化の意義を問う(1/5)

目次
(1)外在化にはいかなる意義があるのか
(2)外在化とは問題を当事者の外に置くことである
(3)外在化は観念的対象化のための手段である
(4)対象化してこそコントロール可能性が出てくる
(5)認識を認識としてとらえる修練が必要である

――――――――――――――――――――

(1)外在化にはいかなる意義があるのか

 近年,うつ病や統合失調症などの精神疾患の患者が増加しています。それを受けて,以前,次のようなニュースが報道されました。

「4大疾病,精神疾患加え5大疾病に…厚生労働省

 厚生労働省は6日,「4大疾病」と位置付けて重点的に対策に取り組んできたがん,脳卒中,心臓病,糖尿病に,新たに精神疾患を加えて「5大疾病」とする方針を決めた。

 うつ病や統合失調症などの精神疾患の患者は年々増え,従来の4大疾病をはるかに上回っているのが現状で,重点対策が不可欠と判断した。

 同省は同日,国の医療政策の基本指針に精神疾患を加える方針を社会保障審議会医療部会で示し,了承された。この指針を基に都道府県は地域医療の基本方針となる医療計画を作る。

 4大疾病は2006年に重点対策が必要な病気として指針に明記。それを受けて都道府県が,診療の中核を担う病院の整備や,患者を減らすための予防策など,具体的な対策を立てた。

 医療計画は5年に1度見直され,次回は13年に予定している都道府県が多い。

 同省の08年の調査では,糖尿病237万人,がん152万人などに対し,精神疾患は323万人に上る。」(2011年7月7日 読売新聞)


 これは,精神疾患の患者数が「4大疾病」の患者数を上回るまでに増加してしまったために,国が重点的な対策に乗り出した,ということです。このように,精神疾患で苦しんでいる方が増えているのが日本の現状なのです。

 また自殺者数も高止まりしています。年間自殺者数は1998年から2011年まで14年連続で3万人を超えていました。2012年以降は3万人を下回っているものの,依然として2万人は超えています。これらの数のなかにはうつ病を患っての自殺も多いと考えられています。

 このような現状の中で,精神疾患に対する治療法として,従来からの薬物療法だけではなく,心理社会的な介入も重視されるようになってきました(心理社会的な介入というのは,当事者に対する心理療法(精神療法)をはじめとして,集団に対する集団精神療法,当事者や家族に対する教育的な援助,地域(小社会)に対するアプローチなどの総称です)。たとえば,2010年4月から,うつ病に対する認知行動療法が保険適用可能となり,2016年の診療報酬改定では,強迫性障害,社交不安障害,パニック障害などにも認知行動療法の適用範囲が拡大されました。認知行動療法というのは,うつ病などの気分障害や,パニック障害・強迫性障害などの不安障害等に効果があるというエビデンス(証拠)のある心理療法です。詳しくはいずれ説くとして,簡単には,患者の認知(物事のとらえ方・考え方)や行動を変えることによって,気分障害や不安障害の症状を緩和していこうとする心理療法です。この認知行動療法が保険適用となったということは,国がその効果を認めたということです。厚生労働省は,認知行動療法のマニュアルも作成して,無料で配布しています。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/kokoro/

 また,統合失調症をはじめとする重度の精神障害者に対するアプローチとしては,「べてるの家」の方法が注目されています。べてるの家というのは,北海道浦河町にある,精神障害等をかかえた当事者の地域活動の拠点のことです。そこで暮らす当事者にとっては,生活共同体,働く場としての共同体,ケアの共同体という3つの性格を有しているとされています。現在,100名以上の当事者が暮らしています。

 べてるの家が注目されているのは,精神障害等をかかえた当事者が起こした事業が成功していることが大きな要因だと思われます。元々は地元特産の昆布の通販から始まりましたが,今ではさまざまな事業展開をみせ,年商1億円を超えているということです。

 このべてるの家で心理社会的な治療的取り組みの中心になっているのが当事者研究とSST(social skills training;社会生活技能訓練)です。特に当事者研究は,べてるの家オリジナルのアプローチであり,世界に誇れる方法論なのではないかと筆者は考えています。これは簡単にいうと,当事者が自分の助け方について研究する,というものです。以下にいくつかの事例が紹介されていますので,是非目を通してみてください。

http://bethel-net.jp/tojisha.html

 SSTというのは,社会生活上必要となるコミュニケーションの技能(スキル)を,ロールプレイによる練習を通して身につけようというアプローチです。たとえば,断るのが苦手な方は,断らなければならない架空の場面を設定して,寸劇のような形で断る場面を演じて,他の参加者からフィードバックをもらいながら,よりよい断り方を練習していくのです。

 この当事者研究とSSTを通して,自分を助ける対処法を見つけて身につけ,実際に社会人として働くことで誇りのある人生を取り戻し,講演や執筆活動を通して広く社会にアピールしているのがべてるの家の当事者の方々なのです。

 さらに,日本を代表する天才セラピストとされる東豊氏は,家族療法とかシステムズアプローチとか呼ばれる心理療法で介入し,非常に優れた治療成績を残されています。彼が使用する技法のなかには,有名な「虫退治」というものがあります。これは簡単に説明すると,たとえば不登校の原因を子どもについた「虫」にあるとして,その「虫」を退治するための儀式を家族で行うというものです。非常にユニークな介入技法ですが,東氏はこれによって驚くほどの効果をあげています。

 さて,認知行動療法にせよ,べてるの家出の取り組みにせよ,あるいは,東豊氏の「虫退治」にせよ,心理社会的な介入が奏効しています。では,三者に共通する要素には,どのようなものがあるのでしょうか?

 いろいろな要素が考えられますが,本稿では「外在化」という心理療法の技法を取り上げたいと思います。筆者は心理士として認知行動療法も施術していますし,以前べてるの家を見学したこともあります。東豊氏の著作は全て読みましたし,東氏の研修会にも参加した経験があります。そのような学習や体験から浮上した三者の共通性の一つが外在化なのです。

 心理療法における「外在化」とは,もともとマイケル・ホワイトというオーストラリアのセラピストが提唱したもので,家族療法の文脈で扱われてきました。しかし,現在では,家族療法に関わらず,広く心理療法のなかで普及している技法といえます。たとえば,「べてると認知行動療法のインターフェース」をテーマに書かれた『認知行動療法,べてる式。』(伊藤絵美・向谷地生良編著,医学書院)という本においても,「べてると認知行動療法のさまざまな接点」の一つとして外在化が取り上げられています。

 そこで本稿では,この外在化を一般化してとらえ返して,その意義を考察していきます。まずは外在化とはどのような技法であるかを紹介したいと思います。その後,外在化を認識論的に説き,その意義を明らかにしていくつもりです。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 認識論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月26日

文法家列伝:宮下眞二編(5/5)

(5)宮下は言語過程説が一般言語学の理論たり得ることを実証した

 本稿は、宮下眞二の言語過程説を俎上に載せ、その歴史的意義を問うことを目的とした小論です。宮下は、三浦つとむの言語過程説の考え方をしっかりと継承しつつ、その言語過程説を武器として、英語の具体的な問題に挑んでいったのでした。しかし、学問レベルの論文として宮下の著作を検討してみると、自らの主張の根拠を明示的、説得的に示すことができているとは言い難く、他の言語理論を批判するにしても、その根拠が言語過程説とは違うからという主観的で画一的なものになってしまっているのでした。また、著作の目次立てを見ても、言語とは何か、英語はとどういう言語かという規定のもとに、体系的に論を展開しているという構成にはなっておらず、現代的な英語に関する理論を批判することに重点が置かれ、なおかつ例えば『英語文法批判』の本論である「英語の文法」においても、英語の名詞や冠詞に関するトピックを適当に配置してその個々の問題を説いていったという流れに過ぎないものになっているのでした。これは端的には、宮下には討論を通じて培うべき弁証法、認識論の実力が決定的に不足していたからでした。

 本稿を終えるにあたって、以上概観してきた宮下の言語過程説について、その歴史的意義を2つの側面から考察しておきたいと思います。

 まず、宮下がなした業績の積極的側面についてです。

 言語過程説は、日本で生まれ日本で発展してきた言語観及びその言語観に基づく言語理論です。個々の言語が話されたり書かれたりする際に、その創り出された音声や文字だけに着目するのではなくて、人間が対象を認識し、その認識を基にして言語が生み出されたのだという過程を重視する言語理論です。これはソシュールの言語理論、すなわち言語規範を言語だとみなし、言語の本質は頭の中にあるラング(聴覚映像と概念とが結びついたものの総体)だとする言語理論に対立する言語理論として、時枝誠記によって生み出されました。時枝は、ソシュールのように言語がアタマの中にある観念的実体だと考えれば、説明がつかない言語現象が生じるとして、ソシュールを批判しました。例えば、生活の全てを頼っていた一人息子を事故で亡くした年老いた父親が、「私は生活の杖を失くしてしまった」と表現した場合、ソシュールの言語理論でいえば、「つえ」という聴覚映像と「自分の男の子供」という概念とが結びついた観念的実体がアタマの中にある、などという説明になってしまいます。だから時枝は、ソシュールがアタマの中に閉じ込めてしまっていた言語を解放して、個々の言語が生み出される過程に素材としての具体的事物とそれを把握した概念とを位置づけることで、ソシュールの言語理論を乗り越える言語理論を展望したのでした。これが言語過程説の出発点です。

 とはいえ時枝は、ソシュールがラングとして提示した言語規範をその言語理論に正当に位置づけることができませんでした。時枝は、言語の意味が話されたり書かれたりする情況によって規定されると考えたために、言語の持つ社会性をうまく説明できなくなってしまったのです。別言すれば、ソシュールのいわゆるラングを破り捨ててしまったのです。この問題を乗り越え、言語過程説を発展させていったのが三浦つとむです。三浦は言語の基となる認識と言語規範とを区別することによって、言語の個別性と社会性を統一的に説明したのです。つまり、言語の基となる認識はあくまでも個人的な個別的な認識なのですが、これを言語として表現するためには、社会的認識たる言語規範を媒介とすることが必要だという形で、ソシュールのいわゆるラングを言語過程説の中に正当に位置づけたのでした。

 以上のように、言語過程説といわれる言語観及びその言語観に基づく言語理論は、日本で生成発展してきたということです。それはすなわち、日本語を主な対象として創り上げられたものであり、言語一般に通用する言語理論であるとは必ずしも言い切れないものでした。そこに宮下が登場し、言語過程説で英文法を展開していったのです。つまり宮下は、言語過程説が一般言語学の理論たり得ることを実証したということです。

 それでは宮下は、言語過程説を武器として、英文法の体系的な理論を創り上げることができたのでしょうか。そうではありませんでした。それは何故かといえば、先にも説いたように、宮下には討論を通じて培うべき弁証法、認識論の実力が決定的に不足していたからでした。これが宮下の言語過程説における歴史的意義の消極的側面です。つまり、弁証法、認識論の実力を欠いていては、英文法を説き切ることはもちろん、言語学体系を創出することなど不可能だということです。

 宮下が読者の認識を想定しての論の展開ができなかったという認識論の実力不足、また言語過程説以外を画一的に切って捨ててしまったという弁証法の実力不足については前回見ました。ほかにも宮下は、例えば「概念とは対象をその普遍的側面で捉へた認識である」と述べていますが、では「対象をその普遍的側面で捉へた認識」とはどういうものか、それはどのように生成されてきたのか、といった認識の生成発展過程を問うことをしていません。概念が「対象をその普遍的側面で捉へた認識」であるという把握で満足(?)してしまい、それが具体的にはどのような像なのか、どういう生成過程で生じたものなのかを問い説いていく弁証法的、認識論的実力がなかったのです。

 その結果、連載第1回で紹介した今村雅弘復興大臣(当時)の「東北だから良かった」という発言に関しても、宮下の言語過程説では決定的な批判はできないことになります。首都圏ではなくて東北で大震災が起こったから、まだ被害額が少なかったのだという認識を表現したのだと言われてしまえば、言い逃れができてしまうからです。そうではなくて、認識とは対象を脳細胞に反映した像(が原基形態)であるという科学的認識論の基本を踏まえ、その像が生成発展していく弁証法性をしっかりと理解していれば、件の問題発言が、被災者の苦しい生活状況や悲痛な思いなどを全く像として描いていないからこその発言なのだ、そここそが問題なのだ、こうした被災者に二重化した像が描けないという欠陥は、それまでの今村氏の生活過程で育てられてきたものであるだけに、いくら言葉の上で言い繕った言い訳をしたとしても、そう簡単には改善されるものではないのだ、だからこそそんな人物は大臣どころか議員すらも辞職すべきだ、と主張することができるのです。

 以上、本稿では宮下の欠点にも触れながら、その言語学史上の意義を明らかにしてきました。宮下の欠点については、筆者が現時点でそれを乗り越えているということは断言できないものの、自らの欠点も含めてそれを把握していることは間違いありません。今後、科学的認識論の研鑽を深めつつ、認識の弁証法性についてもしっかりと把握できる頭脳活動を創出することにより、言語を単に言語のみで把握しようとするのではなくて、全うな科学的認識論を踏まえた言語学体系として創出できるよう努力していきたいと思います。その過程においては、人間が何故言語を創出できるようになったのかの過程的構造を明らかにすることを含めて、社会科学の中に言語学をしっかりと位置付けることを目標に取り組んでいきたいと思います。言語過程説を言語学体系の中心理論として発展させるのだという決意を述べて、本稿を終えたいと思います。

(了)
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 言語学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

文法家列伝:宮下眞二編(4/5)

(4)宮下には弁証法、認識論の実力が決定的に不足していた

 前回は、宮下眞二独自の業績として、言語学史の研究から言語観を3つに分類したこと、名詞論として、名詞と形容詞の区別の根拠を認識のあり方に求めたことなどを紹介していきました。さらに宮下の冠詞論について、冠詞は定冠詞も不定冠詞も共に単位性の認識をその内容の一部として持っていると宮下が主張したことを紹介したところまででした。

 宮下の冠詞論について若干の補足をしておきましょう。宮下は、冠詞が単位性の認識を表すほか、もう1つの側面があるとして次のように主張します。

「冠詞は特殊な実体に限らず、実体ならばどの実体に関しても表現されるのだから、すべての実体に共通する属性を取上げてゐるに違ひない。属性には具体的なものから抽象的なものまで色々あるが、最も抽象的で最も一般的な属性の一つは、各実体が独自の個体であると云ふ属性、言換へれば個別性である。これはすべての実体に共通する属性である。冠詞はこの個別性を表す語である。」(pp.231-232)

 こうして、冠詞の本質として単位性と個別性を表すということを明らかにした宮下は、これを「冠詞は、英語の単位観に基く個別性の把握を表す語と定義できる」(p.232)とまとめました。さらに定冠詞と不定冠詞との違いを同じ個別性をどの側面で捉えるかの違いだとして、「定冠詞は個別性の特殊的把握を表し、不定冠詞は個別性の一般的把握を表す」(同上)と規定しています。

 この冠詞論でも宮下は、認識のあり方に基づいて品詞の定義を行っていることが見てとれます。冠詞は日本語にない品詞ですから、この冠詞論は、日本語を言語過程説で説明してきた時枝や三浦にない、宮下独自の言語過程説の展開であるといえるでしょう。

 さて、以上で宮下が三浦の言語観をしっかりと受け継ぎ、それを英語に適用することで独自に発展させていることが明らかになったと思います。しかし一方で、宮下にも弱点が存在します。今回はこの問題について考えていきたいと思います。

 まず、次の引用文をしっかりと読んでもらいましょう。

「現代の「学者」の殆どが、本質論=方法論を自ら作り上げることをせず、…」(はしがき)

「19世紀の歴史的比較言語学は、18世紀末から19世紀にかけてヨーロッパの思想学問芸術に大きな影響を及したロマン主義の思潮に依つてその研究対象が音声言語に規定され、18・19世紀の自然科学の目覚しい発達に依つてその研究方法が構成的言語観ないし実体的言語観に規定されたのである。」(pp.7-8)

「彼(イェスペルセン―引用者)は「生きた文法」と「体系的文法」とを論じてゐる。概ね「生きた文法」とは現実の言語現象の中に観察される法則性の事であり、「体系的文法」とは言語現象の法則性の科学的認識の事である。」(p.9)

 これらを読めば、「本質論=方法論」とはどういうことか、「ロマン主義」と「音声言語」はどのような関係にあるのか、「構成的言語観ないし実体的言語観」とは何か、イェスペルセンの「生きた文法」と「体系的文法」についてそのように断言できる根拠は何かなど、諸々の疑問が浮かんでくるでしょう。しかし、こうした疑問に対する解答は一切ないのです。

 おそらく宮下のアタマの中には、こうした問題に対する比較的明確な解答があるのであり、わざわざ書くまでもないという判断があったものと思われますが、しかし読み手にすれば、たった9ページかそこらの間に、いくつも疑問が浮かんでくる展開は、非常にストレスのたまるものとなってくるでしょう。端的にいえば宮下は、自らの主張の根拠について、大きく説明が不足しているのです。

 宮下にはほかにも、言語過程説以外の言語理論を画一的に批判しているという弱点もあります。どういうことかというと、宮下は言語過程説の言語観が絶対的に正しいとして、この基準に従って、他の言語理論を評価するのです。その際用いられるのは、機能主義や形式主義というレッテルであり、言語規範を言語の本質とみなす言語規範本質説批判であり、個々の言語の個別的な意味を無視して、個々の言語に共通した一般的意味を言語の意味と解釈する一般的意味説批判です。しかし、言語の本質が機能や形式にあると考えるのでは何がまずいのか、言語規範を言語だと考えるとどのような問題が解けなくなるのか、一般的意味を言語の意味と考えることはどうして間違っているのか、こうした問題には解答が与えられないままであるため、結論を押しつられているように感じる部分があるのです。例えば、イェスペルセンの言語観について、欠点があるとしながらも、「表現を中心として言語を捉えてゐるから言語規範本質説よりも健全なのである」(p.12)と述べられているが、これだけでは表現を中心に言語を捉えると何故健全だといえるのか、その根拠が明らかにされていません。言語過程説に近い考え方だからというだけでは説得力を持たないのです。言語過程説と言語規範本質説のどこがどう異なり、どういう意味で健全だといえるのか、根拠なしに批判しているのです。

 また、上記のレッテルや批判を、それが当たらないような場面にも使っているのではないかと思われる部分もあります。例えば、「歴史的比較言語学」の特徴として宮下は、@「音声言語だけを言語の本質的なあり方と見做し」(p.8)たこと、A「言語規範を言語の本質と見做し」(同上)たこと、B「個々の語の意味ではなくて同種の語に共通な「一般的意味」を言語の意味と見做」(同上)していることの3点を挙げています。しかし、「歴史歴比較言語学」の特徴として、@は分かるにしても、AやBは挙げることができるのか、はなはだ疑問です。AやBは宮下がソシュールの言語理論をはじめとする言語道具説を特徴づける際によく述べていることですが、この同じ批判が「歴史的比較言語学」、すなわち言語学の対象を人間の意志とは関わりのない音韻法則にまで還元し、その音韻法則を明らかにすることを目的とする言語「学」にも当たるのかといえば、「歴史的比較言語学」では実際に表現された言語の変化法則を問題にしている(言語規範を言語の本質とみなしているわけではない!)し、そもそも言語の意味を度外視している(個々の語の意味も「一般的意味」も問題にしていない!)から、どうにも宮下の主張には納得しがたいものがあります。

 以上を端的にまとめれば、宮下は言語過程説以外の言語理論を全て一律に批判するし、その批判の仕方もいくつかの型にはまったものだ、ということになります。ほかにも、宮下の著作の目次立ては体系的でない(例えば『英語文法批判』「本論 英語の文法」は、「1章 固有名詞」、「2章 名詞と形容詞」、「3章 代名詞」、「4章 ever」、「5章 不特定代名詞とeverとの複合代名詞」、そして「6章 冠詞」となっていて、完結していないのみならず、その順序も恣意的です)という欠点もあります。

 こうしたことは、結局、宮下が言語学を構築する際に討論する相手がいなかったことに起因するのではないかと思われます。本来であれば学問は、その原点である古代ギリシャにおけるプラトンやアリストテレスの研鑽過程に見られるように、討論を通じて対象の構造を深く理解していってこそ構築可能なものなのです。個人の認識の限界を突破し、対象の性質を全的に把握するためには、格闘レベルで討論し続けていくことで、自らの認識を豊かなものにしていく必要があるのです。具体的にいえば、討論によって自らの認識の不十分さを指摘されたり、自分が思ってもみなかった視点を提示されたりすることによって、自分一人では不可能であった認識の発展が図れていくのです。しかし宮下は、在野の言語理論である言語過程説を支持していたため、大学というアカデミックの世界では言語過程説の中身を深めていく議論ができなかったのではないかと想像されるのです。端的にいえば、宮下には討論を通じて培うべき弁証法、認識論の実力が決定的に不足していたということになるでしょう。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 言語学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月24日

文法家列伝:宮下眞二編(3/5)

(3)宮下は言語過程説を英語に適用した

 本稿は、宮下眞二の言語過程説の中身を検討することで、宮下の言語学史上の意義を明らかにすることを目的として執筆する小論です。

 前回は、宮下が三浦つとむの言語観を全うに受け継いだことを見ていきました。宮下の「言語とは、言語規範を媒介とする表現である」という規定、「概念とは対象をその普遍的側面で捉へた認識である。言語はこの概念を直接の原型とする表現である」という考え方、「語は表現であり、対象―認識―表現という過程的構造を持ってゐる」、「語彙は語を媒介する言語規範であり、ある種の対象はある種の音声又は文字で表現すべしといふ認識である」という区別などは全て、英語の謎を解くために宮下が三浦の言語観を自らのものとして構築した結果の概念規定であったということでした。

 さて今回は、三浦にはない宮下独自の業績を中心に検討していくことで、宮下が言語過程説をどのように発展させたのかの具体的な中身を見ていきたいと思います。

 まず取り上げたいのが、宮下が言語観を3つに分類していることです。

「言語のどの側面を本質とするかによって、言語理論の理論的性格が決まってくる。意味を本質とみなして言語現象を説明すれば、内容主義の言語理論になり、形式を本質とみなして言語現象を説明すれば、形式主義の言語理論になり、機能を本質とみなして言語現象を説明すれば、機能主義の言語理論になる。」(『英語はどう研究されてきたか』p.130)

 このように宮下は、言語のどの側面を本質とするかによって、内容主義言語理論、形式主義言語理論、機能主義言語理論という3つの言語観が存在することになるというのです。具体的にいえば、例えば、「きれいな花が咲いていた」という表現について、その表現が示す意味を中心に言語を捉える(内容主義言語理論)か、その表現の語順や語形(活用など)を中心に言語を捉える(形式主義言語理論)か、または語と語の修飾関係や主語はどの語かといった文における語の役割を中心に言語を捉える(機能主義言語理論)かによって、言語観を分類したのです。さらに宮下は、内容主義言語理論を2つに区別して、言語が対象―認識―表現という過程的構造を持ち、この客観的な関係自体を言語の意味と捉える科学的内容主義(=言語過程説)と、客観的な関係自体ではなくて、関係を構成する実体である対象や話し手の認識、あるいは聞き手の認識を漠然と言語の「意味」だと経験的・直観的に把握する経験的内容主義とを挙げています。また、形式主義的言語理論については、「語の形態や文における語の位置などの言語の形式的なあり方を言語の本質とみなして言語現象を説明する理論」(同上書p.131)だとしています。そして、機能主義的言語理論に関しては、「語の内容(語が何を表すか)ではなくて、他の語に対して統語的関係(たとえば形容詞は名詞を「修飾」するとか、名詞は「主語」や「目的語」になるとか)を取るという「機能」を語の本質とみなし、更に句や文をも同様の機能的観点から説明する理論」(同上)だとされているのです。

 以上のように宮下は、言語学史を検討する中で、その中に表れる言語観を大きく3つに分類し、言語の捉え方を整理した上で、科学的内容主義である言語過程説が言語観として正しいと主張したのでした。

 続いて、宮下の名詞論の中から特徴的な議論を紹介したいと思います。

 まず、名詞と形容詞の区別についてです。ヨーロッパ諸語の大きな特徴として、名詞と形容詞とが同様の屈折をするということがあります(英語は屈折が消失してしまっている部分が多いですが、例えばラテン語では、「友」を表す名詞amīcusも「良い」を表す形容詞bonusも共に主格・呼格・属格・与格・対格・奪格の順にus・e・i(ī)・o(ō)・um・o(ō)と語尾変化(屈折)します)。ですから、上記の形式主義言語理論では名詞と形容詞の区別がつかないわけです。そこでイェスペルセン(デンマークの言語学者1860-1943)は、名詞と形容詞の区別の根拠に関して、両者の特殊性の程度の差(名詞は特殊的な意義を持ち、形容詞は一層一般的な意義をもつという差)と、名詞が「諸性質の複合」を表示するのに対して、形容詞が「一つの性質を抽出する」点とに求めたのでした。これに対して宮下は、特殊性の程度の差は語ではなく語彙の問題であり、また「諸性質の複合」を表示するか「一つの性質を抽出する」かは語によって様々であるから、両者の区別の根拠にはならないと批判しました。そして、「形容詞と名詞とは、それぞれ静的属性―静的属性概念―形容詞、実体―実体概念―名詞といふ過程的構造のあり方が異るのである。」(p.77)と述べ、言語が担う過程的構造の違いに着目したのです。さらに、red(赤み)やsweetness(甘み、甘さ)等の静的属性を表す名詞に関して、「これらは静的属性―実体概念―名詞といふ過程的構造を持ってゐる」(p.78)と説明しています。以上から宮下は、端的にいえば、実体概念を表現したものが名詞であり、静的属性概念を表現したものが形容詞だとして、認識のあり方で語の種類すなわち品詞を分類しているのです。同じ静的属性を対象としても、それを静的属性概念として把握するか、実体概念として把握するかによって、形容詞として表現したり、名詞として表現したりするのだということです。

 ほかにも宮下は、名詞に関連して、「ヨーロッパ諸語の複数表現は、同種類の実体を個別に認識した上で、それらを総合して、その総合的認識を原型とした表現である」(p.51)と述べたり、「ラテン語等の形容詞の文法的性が、接続する名詞の文法的性と一致するといふ文法現象は、その形容詞と名詞とが対象としている静的属性と実体とが現実に於ては不可分に結合してゐる事の、文法上の反映である」(p.61)と述べたりしています。

 以上を踏まえると、宮下の名詞に関する考え方はどれも、言語は対象―認識―表現という過程的構造を持ち、言語規範を媒介とすることで、対象を共通の側面すなわち種類の側面で捉えて表現するものであるという言語観に基づく一貫した説明になっていることが分かると思います。

 さて、続いて宮下の冠詞論を検討してきたいと思います。

 宮下は初めに、「名詞が冠詞を取つたり取らなかつたりする現象の土台には、英語に特有の単位観がある」(p.222)として、単位の問題を検討していきます。まず、「単位の認識は対象たる実体が他の同種の実体と共通する個体としての形式を持つてゐることに基く」(同上)と述べ、「或る種類の実体に特有の個体としての形式を単位性と名付けよう」(同上)と定義します。そして「単位とは単位性の認識に外ならない」(同上)と述べるのです。つまり「単位」は認識であり、「単位性」は対象たる実体の性質であるということになります。

 さらに宮下は、単位性について「同種の個体にほぼ共通の形態のことである」(p.224)として、家具を表すfurnitureを挙げて、これは机や椅子や寝台などの動かせる道具を表すが、それらに共通の形式を見つけることが難しいから、所謂物質名詞として、単位性を持たないと説明します。そして単位性を持たないことは、「複雑な事態を抽象的かつ実体的に把握した場合や、属性を実体的に認識した場合」(同上)も同様で、例として、peaceやkindnessやarrivalやboyhoodは単位性を持たないと説明するのです。

 こうした説明によって宮下は、「この単位を表すのが冠詞である」、「定冠詞も不定冠詞も単位性の認識を内容の一部としてゐるのである。」(同上)と結論付けるのです。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 言語学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

文法家列伝:宮下眞二編(2/5)

(2)宮下は三浦の言語観を受け継いだ

 前回はまず、今村雅弘復興大臣(当時)の発言の何が問題なのかを明らかにしました。端的には、表面上の言葉づかいが問題だったのではなくて、東日本大震災をどのように捉えるのかという点に問題があったのだということでした。そして、言語から対象の見方を考えていく上で有効な言語理論として、言語過程説があり、その中でも今回は、言語過程説を英語に適用した宮下眞二を取り上げて検討していくということでした。

 さて今回は、宮下の言語に関する諸々の概念規定を概観していくことで、宮下が三浦つとむの言語観を受け継いだのだということを示したいと思います。

 まず断っておかなければならないことは、宮下の著作は、『英語はどう研究されてきたか』にしても『英語文法批判』にしても、初めに本質論を提示し、それに基づいて論を展開するという学問的な流れにはなっていないということです。そうではなく、現代の英文法論を批判するという問題意識が強く表れた構成になっています。具体的には、『英語はどう研究されてきたか』では、「第T部 現代言語学の批判」、「第U部 英語学史の再検討」となっていますし、『英語文法批判』は「序論 イェスペルセンの歴史的課題と言語観」及び「本論 英語の文法」から構成されています。ですから、宮下の言語に関する概念規定についても、明確な規定がなされているわけではないのですが、随所に表れている表現から、宮下の考え方を掬い取って検討していくことにしたいと思います。

 まず宮下による言語の概念規定についてです。宮下は、「言語規範を媒介とする表現即ち言語である」(p.12、今後、特に断りがない場合は『英語文法批判』からの引用)と述べています。つまり宮下は、「言語とは、言語規範を媒介とする表現である」と捉えているのです。言語を表現の一種と捉えており、言語規範を媒介とすることを表現一般における言語の特徴だと考えていることが分かります。

 では、三浦は言語をどのように規定していたのでしょうか。三浦についても、明確な概念規定をしている部分がありませんので、三浦の言語観をよく表す部分を引用しておきたいと思います。

「感性的な音声や文字を使って超感性的な一般的な認識を直接に表現しなければならぬという言語の矛盾から、特定の一般的な認識にはつねに特定の種類の音声や文字を対応させて表現するよう強制する規範が欠くべからざるものとなり、この規範による表現の媒介という特殊な過程の存在こそ、言語における矛盾がもって自らを実現するとともに解決する運動形態である」(三浦つとむ『認識と言語の理論』第3部pp.56-57)

 ここで三浦は、言語を矛盾として捉え、「感性的な音声や文字を使って超感性的な一般的な認識」を表現するために「特定の一般的な認識にはつねに特定の種類の音声や文字を対応させて表現するよう強制する規範」が創り出されることになったのだと述べています。言語が矛盾であるという側面を脇において要約すれば、三浦は言語が表現であり、言語規範を媒介とするという特殊性があると述べているわけで、宮下はこの三浦の言語観を受け継いでいると評価することができます。

 続いて、宮下が概念をどのように把握していたのかについて見ていきたいと思います。宮下は、「概念とは対象をその普遍的側面で捉へた認識である。言語はこの概念を直接の原型とする表現である」(p.47)と述べています。端的には、概念とは認識の1つのあり方であり、対象の感性的なあり方を具体的に捉えたものではなくて、対象の感性的な特殊性を捨象した普遍的な認識であるというわけです。そして言語は、この普遍的認識である概念を基にして創り出される表現であるというのです。

 それでは三浦はこの問題についてどのように説いているのでしょうか。

「どの語に表現された認識も、すべて対象の具体的な感覚的なありかたを頭の中で無視して(これを捨象という)しまって、それがどんな種類に属するかという種類としての共通性だけを分離して(これを抽象という)とりあげたものであり、この認識を概念とよんでいる。」(三浦つとむ『日本語の文法』p.11)

 つまり三浦は、「対象の具体的な感覚的なありかたを頭の中で無視して」、「それがどんな種類に属するかという種類としての共通性だけを分離して」「とりあげた」認識を概念と呼んでいるわけであり、言語はこの概念を表現したものであるというわけです。ここで三浦が対象の具体的なあり方を捨象し、種類としての共通性だけを抽象した認識、つまり先の引用でいえば「超感性的な一般的な認識」と呼んでいるものを、宮下は「対象を普遍的側面で捉へた認識」と別の言葉で表していますが、内容は同じものだといえるでしょう。また、言語が概念を表現したものであるという捉え方も共通しています。

 では最後に、宮下が語と語彙とをどのように区別しているのかについて見てみましょう。宮下は、「語は表現であり、対象―認識―表現という過程的構造を持ってゐる」、「語彙は語を媒介する言語規範であり、ある種の対象はある種の音声又は文字で表現すべしといふ認識である」(p.45)と述べています。つまり、語は表現であり、語彙は認識であるという明確な区別があるというのです。

 この点についても三浦が、語が「個々の人間によって語られ書かれた表現」(三浦つとむ『日本語はどういう言語か』p.38)であって、語彙は「音声の種類あるいは文字の種類」(同上書p.37)であり「社会的な約束」(同上)であると述べていることを、宮下が継承していることが分かると思います。

 以上を踏まえると、宮下の言語観は三浦の言語観そのものであるといえると思います。言語の規定にしても、概念の規定にしても、語と語彙の区別についても、全て三浦の主張をそのまま受け継ぎ、自らの言語観として把持していることが分かると思います。宮下は『英語文法批判』「はしがき」で自ら述べているように、「時枝誠記・三浦つとむの言語過程説を武器として英語の謎と取組んで」いこうとしたのだといえるでしょう。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 言語学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

文法家列伝:宮下眞二編(1/5)

〈目次〉

(1)宮下の言語過程説にはどのような歴史的意義があるのか
(2)宮下は三浦の言語観を受け継いだ
(3)宮下は言語過程説を英語に適用した
(4)宮下には弁証法、認識論の実力が決定的に不足していた
(5)宮下は言語過程説が一般言語学の理論たり得ることを実証した


−−−−−−−−−−−−−−−

(1)宮下の言語過程説にはどのような歴史的意義があるのか

 先月25日、自民党二階派パーティーで今村雅弘復興大臣(当時)が、東日本大震災の被災者を傷つける発言をしたとして大きな問題になりました。

「皆さまのおかげで東日本大震災の復興も着々と進んでいる。社会資本などの毀損もいろんな勘定の仕方があるが、二十五兆円という数字もある。これがまだ東北で、あっちの方だったから良かったけど、これがもっと首都圏に近かったりすると莫大な、甚大な被害があったと思っている。」(中日新聞2017年4月26日朝刊)

 この「東北だから良かった」という発言は、被災者やその遺族にとって、到底許すことができないものでしょう。人間の命や人生を全く顧みない、被害を単に数字でのみ捉えている非情な発言だと映るからです。さらに問題なのは、今村氏の「失言」は先月4日の記者会見(東京電力福島第一原発事故で故郷を離れ、避難先で暮らす人について「自主避難は本人の責任だ」と発言)に続いて2回目であり、加えて、今回の問題発言の後、記者団に向って、「東北でもあれだけひどかった。防災なり、しっかり対応しなきゃいけないという意味だ」と釈明し、発言の扱いを問われると、開き直ったような口ぶりで「取り消させていただく」と述べたことです。見方によっては、自分が失言したことすら自覚がなく、3週間前に自身の発言が問題視されたため、とりあえず発言を撤回しておこうという打算的な態度にも見えてしまいかねない対応だといえるでしょう。結局今村氏は、更迭に近い形で大臣を辞めることになったのも当然です。

 ここで問題にしなければならないことは、単に今村氏の言葉が適切ではなかったという表面的なことではありません。「社会資本などの毀損」について、「東北」で震災が起こった現実と、「首都圏」で震災が起こったという仮定とを比べた場合、「東北」の方が被害額が少なかっただろうという意味で、「東北だから良かった」と述べたのだ、だから非難されるほど問題ではないのだ、単に少し表現の仕方がまずかっただけだ、などという問題ではありません。復興大臣という役職につきながら、東日本大震災の被害状況に対するイメージが、あまりにも貧困だという今村氏のアタマの中が問題なのです。被災者やその遺族、自主避難者の、震災後から現在に至るまでの厳しい生活状況、悲痛な思いなどを具体的に思い描けていたのなら、こうした発言にはならなかったに違いありません。それらがアタマになく、被害額や復興予算などの抽象的な数字でしか東日本大震災を捉えていないことこそ、大きな問題だということです。

 この今村氏の発言は、言語とは何かを考える上で非常に示唆に富んでいます。どういうことかというと、言語の問題を考える際には、単に言語だけを取り上げて云々してはならないのだ、言語の基となった認識をこそ問題にすべきだ、という教訓を引き出せるからです。さらにいえば、認識とは外界の対象をどのように捉えるかという問題を含んでいるものですから、言語から現実世界の見方を把握することができるのだということもいえるわけです。今村氏の発言からは、今村氏が東日本大震災を苦悩する被災者の情況から見ているのではないということが明らかになったからこそ、大きな問題になったのだということです。

 こうした問題を踏まえて本稿で取り上げたいのが、言語を対象―認識―表現という過程的構造を背負ったものとして捉え、認識を基にして言語を考察していこうという言語過程説です。本ブログではこれまで、時枝誠記の言語過程説やそれを継承発展させた三浦つとむの言語過程説を取り上げ、言語過程説は言語が創出される過程、すなわち対象―認識―表現という過程的構造に着目して、言語を明確に表現の一種として把握する言語理論であり、本当の意味での科学的言語理論の支柱になり得るものだということを明らかにしてきました。今回は、こうした時枝や三浦の言語過程説を英語に適用し、英文法の新たな体系を創り出そうとした宮下眞二の言語過程説について検討していきたいと思います。

 小川明「宮下眞二 小論―ある英語学研究者の軌跡」などによれば、宮下は1947年宮城県に生まれました。1971年には東北大学文学部を卒業して、文学研究科英語学専攻に進学しています。そして1973年に修士課程を修了し、北見工業大学に就職して一般英語を担当しました。学部時代は日本思想史学科に籍をおいていましたが、1969年には「英語の謎を解くことを志して」(『英語はどう研究されてきたか』はしがきp.3)、進路を変更したようです。この背景には、三浦や吉本隆明の影響があるのではないかと思われます。1980年には最初の著書である『英語はどう研究されてきたか―現代言語学の批判から英語学史の再検討へ』を出版し、1982年4月10日に2冊目の著書である『英語文法批判―言語過程説による新英文法体系』が発行されますが、その出来上がった著書を見ることなく、4月4日未明、熱海で縊死しました。

 『英語はどう研究されてきたか』「はしがき」には、「チョムスキーの変形文法を中心とする現代の欧米の言語学に根本的な疑問を抱き、それを批判して、さらにその歴史的背景を成す英語学史の再検討を試みた」(p.3)とあり、また『英語文法批判』「はしがき」には、「本書は言語過程説の英語研究への適用であり、具体化即ち発展であります」とあります。宮下は、当時支配的だった(そして現在でも支配的な)構造言語学や変形文法では言語の本質が掴めないと考え、言語過程説でもって英語の謎を説こうとしたのでした。

 本稿では、『英語文法批判』を中心にこうした宮下の言語過程説の中身を検討することで、宮下の言語学史上の意義を明らかにしたいと思います。まず、宮下が三浦の言語観及びそれに基づく言語理論を受け継いだことを、宮下による言語に関する概念規定を見ていくことで示したいと思います。次に、宮下による言語過程説の発展の中身を見ていきます。具体的には、宮下による言語観の分類、宮下の名詞論、冠詞論について検討していきたいと思います。そして最後に、宮下の著作に表れている欠点について、自らの言語学創出に資する形で論じていきたいと思います。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 言語学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月21日

2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回までは3回にわたって、論点に関してどのような討論がなされ、どのような(一応の)結論が導き出されたのかについて報告してきました。

 さて、本例会報告の最終回である今回は、参加者のメンバーそれぞれの感想を掲載したいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・

 今回は、カント『純粋理性批判』の空間論、時間論の部分を扱った。

 今回も、いつも以上に読み込んで例会に臨んだため、カントのいわんとしていることは理解できたつもりである。つまり、空間にしても時間にしても、カントによれば、どちらもそれ自体として存在するものではなく、物自体に付随して存在するものでもない、感性にア・プリオリに備わった主観的な形式であって、人間の認識は物自体ではなく、物自体に空間、時間という枠組みを与えることで生じてくる現象を把握できるに過ぎない、ということであった。

 ここまでは一応理解できるのであるが、このカントの論を唯物論の立場から評価するとどのようなことがいえるのか、このことについては、諸々の議論を行ったが、結局、明確なイメージを描き切るまでには至らなかった。そもそも、時間、空間の唯物論的な規定、すなわち「時間とはある一定の物質の運動の具体化の一般性、空間とはある一定の物質の静止の具体化の一般性」とはどういうことか、対象を時間、空間という枠組みで把握することと、時間、空間の概念規定とはどのように関係してくるのか、生まれたばかりの赤ん坊や人間以外の動物は、時間、空間という枠組みで対象を把握しているのか、時間、空間は論理といえるのか、といった様々な考察を行っていったのだが、最終的な結論を得るまでには至らなかった。

 とはいえ、こうした哲学上の根本的な問いに対しては、すぐに答えを出して分かったつもりになるのではなく、繰り返し繰り返し考え続けていき、集団としても議論し続けていくという姿勢が大事である、ということが実感として分かってきたことは大きな成果であったといえると思う。今後も、議論の過程で自分自身や他会員の認識がどのように発展していくのかという点にも意識を向けながら、自らの頭脳を鍛えていきたいと思う。

 次回は先験的論理学の第1部である先験的分析論に入っていく。チューターに当たっているので、今回よりもさらに徹底して読み込んでいって、カントの主張を理解する上で必須の論点をしっかりと提示し、論点の整理の後、筋の通った見解を執筆していきたいと思う。その上で、例会当日の議論がスムーズに展開できるよう、各自の見解をきちんとまとめておきたいと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の例会では空間と時間ということが中心的なテーマとなった。カントの言おうとしていることは比較的明確に理解することができたのだが、では唯物論の立場から空間や時間をどのように把握すればいいのかという点については、なかなか明確な理解を得られなかったというのが正直なところである。

 ただ、空間や時間が厳密にわかっていることと、物事を空間的・時間的に把握していることは違うという点を理解できたのは収穫だった。これはたとえて言えば、日本語がどういう言語であるかを知っていることと、日本語を使えることは別だということになるだろう。また、空間と時間を比べたときに、現実に存在するのは世界の広がりであり、その世界が運動・変化していく過程を人間が記憶するということを踏まえると、空間というのは客観的に存在し、時間というのは人間のアタマの中にしか存在しないと感じられるという点は納得できる指摘であった。カントの空間と時間の区別もここにかかわってくるのかもしれないと思った。

 いずれにせよ、空間と時間ということは非常に難しいテーマであり、簡単にわかったつもりになってはならないものなのだろう。今後も折に触れて議論をして、「わかった!」という量質転化が起こるようにしたいと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・

 先月扱った「緒言」と同じく、「先験的感性論」についても、カントの議論の進め方は明快で、文章そのものはそれほど難解なものとは感じられなかった。

 論点をめぐる議論を通じては、唯物論の立場からの空間・時間の把握という問題について、(明確な結論は出し切れなかったものの)それなりに突っ込んだ議論を展開することができてよかったと思う。世界を空間的・時間的に把握するということと「空間とは何か」「時間とは何か」を概念規定しきることとは異なる(人間は力学を知る以前から力学的に運動している、というのと同じ)ということが確認できたのは良かったし、動物もまた空間的(あるいはまた時間的に)世界を把握しているのではないか、その意味で空間的・時間的な把握というのは本能的(=先天的)と考える余地があるのではないか、という問題が提起されて、動物が本能的に描く像と人間が問いかけ的に描く像(=認識)との連続性と断絶性という問題が大きく浮上させられたのも良かったと思う。これらの問題は、そう簡単に結論が出る(出たことにしてしまってよい)問題ではないと思うので、今後も折に触れて、集団的に議論を深めていきたいものである。

・・・・・・・・・・・・・・・

 今回の範囲を読んで、カントが空間や時間についてどのように説いているのかは、おおよそ理解できた。すなわち、カントによると、空間も時間も、ア・プリオリに感性に備わっている形式であり、これがあるからこそ、現象の認識=経験が可能となるのである。他方、物自体と空間や時間は関係がなく、物自体が可能となるためには空間も時間も必要ない、ということである。

 しかし、この空間・時間を唯物論的に捉えるとどうなるか、については、これまで何度も議論してきたことではあるが、明確な結論に至らなかった。しかし、これまでにない認識の発展があったと思う。一つは、動物の描く本能的な像と、人間の描く認識の連続性と断絶はどのようなものか、という視点から、空間と時間を考えていくことができそうだ、ということが分かった点である。ここからもう少し広げると、赤ん坊がどのように対象をとらえているのか、空間や時間的に対象を捉えられるようになるというのはどのようなことか、というような点も、考えていくに値する問題だと感じた。他にも、脳に障害があって空間や時間を認識できない人の研究や、歴史的に人間が空間や時間をどのように捉えてきたかの歴史なども、調べる価値があると思った。

 いずれにせよ、空間・時間の問題は、これからもくり返し議論していく必要があるだろう。
posted by kyoto.dialectic at 06:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論(9/10)

(9)論点3 カントは物自体と現象との関係に空間・時間の問題をどのように絡めて説明しているか

 前回は、カントは時間をどのようなものであると考えているかについての議論を紹介しました。今回は、カントは物自体と現象との関係に空間・時間の問題をどのように絡めて説明しているかについて議論を紹介します(ただし、これまでの議論でかなり予定時間をオーバーしてしまっていたために、この論点については簡単に確認する程度となりました)。

 まず論点を再掲します。

<論点再掲>
 カントは、物自体と現象とを区別して説明しているが、この説明に、先に解説された空間と時間とはどのように絡んでくると述べられているか。ここに関連して、カントは根源的存在者〔神〕の根源的直観(=知性的直観)なるものを示唆しているが、神の認識と人間の認識はどのように異なるとされるのか。
唯物論の立場からする空間と時間との規定(空間とはある一定の物質の静止の具体化の一般性、時間とはある一定の物質の運動の具体化の一般性)から見れば、カントのこの説明はどのように評価することができるか。


 この論点に関しては、おおむね共通した見解が出されていました。

 第一に、物自体と現象との区別に空間と時間がどのように絡んでくるかという点に関しては、「物自体が空間・時間という純粋直観の形式を通して現象として与えられる」、「空間や時間は我々の感性に付属しているものであり、この感性をとおして我々は対象を与えられるわけであるが、ここで与えられるものは対象自体(物自体)ではなくて、対象の現象だけである」、「人間の認識は物自体を把握することはできず、あくまでも物自体に感性の純粋直観である空間と時間という形式を与えることで浮上してくる現象を認識するに過ぎない」、「人間は、空間と時間という枠組みで世界を認識するのであり、空間と時間という枠組みにおいて成立するのが現象なのである」という見解が出されていました。要するに、人間は物自体を把握することはできず、空間と時間という枠組みをとおした現象しか把握することができないのだということで共通した見解でした。

 第二に、神の認識と人間の認識との違いに関しては、「根源的存在の根源的直観(=知性的直観)は、時間および空間という枠組みを通すことなく、物自体を直接に把握することができる」、「神は物自体を認識することができる」、「根源的存在者(神)においては、対象そのものを認識するような知性的直観(根源的直観)が可能」、「根源的存在者の根源的直観(=知性的直観)は、物自体をも認識できる」という見解が出されていました。つまり、神の認識と人間の認識との違いは物自体を認識できるかどうかの違いだということで、共通した見解が出されていました。

 第三に、唯物論の立場からどう評価することができるかに関しては、まず肯定的な側面として「人間は、空間および時間という枠組みのなかにあるものとしてしか対象を捉えることはできない、というのは、唯物論の立場からもいえることである。少し角度を変えていえば、人間は、現実の世界を眺めているつもりでも、実際には、脳細胞に反映した(描かれた)現実世界の映像を眺めているにすぎない、ということである」、「空間と時間という枠組みで対象を把握するという点までは、唯物論の立場からも何とか容認可能であろう」という見解が出されていました。

 一方、否定的な側面として、「物自体の世界と現象の世界を切断してしまい、物自体は何の性質ももっておらず、(現象として人間に与えられる)対象の諸々の性質はすべて人間の認識が与えたものだとしてしまった。これは、唯物論の立場からは批判されなければならない。現実世界の対象はそれぞれなりの性質をもっているのであって、それが頭脳に反映するのである。時間及び空間もまた、現実世界の諸々の物体の性質と無縁にあるものではない。」、「この対象の性質を認識が与えるという説明に関しては明らかに行き過ぎである。世界の対象はそれ自体、性質を持っているのであって、それを感覚器官を通して脳細胞に反映したものが認識であって、対象の性質は客観的に存在するものなのである」という見解が出されていました。また少し違った角度から、「唯物論の立場からすれば、人間が認識できるものとできないものが予め決められているという発想は、許容できないと考えられる。どのような対象でも認識することはできるが、認識し尽くすことはできない、どこまで認識できるかは、時代性によって規定されている、というように考えるのが唯物論的ではないか。」という見解も出されていました。

 それぞれの見解に関して、特に大きく間違っているということはないことを確認して、この論点についての議論を終えました。
posted by kyoto.dialectic at 07:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 例会報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
 ・男前はなぜ得か
 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
 ・2011年4月例会報告:南郷継正『武道哲学講義W』読書会
 ・三浦つとむ弁証法の歴史的意義を問う
 ・新人教師に説く学級経営の意義と方法
 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・横須賀壽子さんにお会いして
 ・続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・学びにおける目的意識の重要性
 ・ブログ毎日更新1周年を迎えてその意義を問う
 ・2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会
 ・心理療法における外在化の意義を問う
 ・佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売
 ・新人教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む
 ・2011年8月例会報告:加納哲邦「学的国家論への序章」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論1三浦つとむの哲学不要論をめぐって
 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する