2016年04月09日

新大学生に与える(5/5)


(5)集団力を用いて社会的に学んでいこう

 本稿は,新大学生に向けて,大学で学問に取り組んでいくには,具体的にどのようにすればいいのかを説いてきました。特に最初の3ヵ月間が重要であるという指摘にしたがって,大学に入学したばかりの頃に何をすればいいのかということにも触れながら説いてきました。ここで,これまでの流れをふり返っておきたいと思います。

 初めに,同志を見つけることをお勧めしました。「学生の間に熱心に学問に取り組むんだ!」「学問を修めて高度な専門性を身につけるんだ!」という大志を抱き,情熱を持っている仲間を見つけることが大切だと説きました。なぜ大切かには二重構造があって,一つは,学問の研鑽を継続していくためには,自分の怠け心を排除して,情熱を燃やし続けなければなりませんが,そのためには,お互いの情熱を燃やし合い,刺激し,叱咤激励し合えるような同志がどうしても必要だからでした。筆者の経験からいっても,大学時代に同志を見つけることができたからこそ,勉強会を今でも継続して行えていますし,難解な本でもなんとか読み進めていけているといえるのでした。同志を見つけるのが大切なもう一つの理由は,学問を構築していくためには,あるいは学問的な実力を高めていくためには,絶対に討論相手が必要だからでした。学問は古代ギリシアの時代に誕生しましたが,その誕生のプロセスで,具体的にはソクラテスからプラトンの時代に,活発な討論が延々と続けられたのでした。このような討論によって,相手の認識を受け取って,自分の認識が相互浸透的に発展していくのみならず,相手に分かるように説明しようと試みる中で,論理能力も高まっていくのでした。このような人類の歴史が辿った道を,個人としても辿り返さなければ,学問的な実力は身につかないのであり,そのためにも,志を同じくする討論相手が必要なのでした。したがって,大学に入った直後から,サークルを巡ったり,インターネットを使ったりして,同志を探すために時間を費やすことをお勧めしたのでした。

 次に,一般教養の重要性,何事も全体の把握から部分の把握へと進んでいくことの大切さを説きました。そもそも一般教養とは,世界の論理的な全体像を生き生きと描くことを目指すものですし,学問の全体像をアバウトではあっても描くことにその目的があります。このように,学問の全体像を描いてから,自分の専門領域に突入していくことが学びの王道なのだと説きました。なぜ全体から部分へと学びを進めて行かなければならないのかについて,「群盲象を評す」という故事を挙げて説明しました。すなわち,部分だけから全体を判断すれば,間違った結論になってしまうし,全体から切り離した部分だけを研究しても,正しく解明できない,ということのたとえなのでした。したがって,どのような対象を研究する場合でも,まずは全体をおさえる必要があるのであり,それこそが一般教養教育であるということでした。また,歴史的な事実として,18世紀に大学で一般教養教育を取り入れたドイツは,19世紀後半には医学や自然科学の分野で華々しい発展を遂げたということを紹介して,一般教養の大切さを別の角度からも理解していただいたのでした。最後に,一般教養を学ぶための名著を紹介しました。それは河合栄治郎『学生に与う』(現代教養文庫)という書でした。この書を大学入学後ただちに読んで,さらに中学校の教科書で学問の全体像を描けるように勉強していくことをお勧めしました。

 最後に,弁証法を学ぶことの大切さを説きました。弁証法とは,世界全体(自然・社会・精神)の一般的な連関・運動・発展の法則についての科学のことでした。自然・社会・精神と分けることができる世界には,それらを貫く法則性が存在しているのであり,それを認識の中に掬い上げたものが弁証法の法則なのでした。一例として,「対立物の相互浸透」という弁証法の法則をとりあげました。これはごく簡単に説明すると,対立する二つのものは,互いに相手の性質を受け取りながら,相手的になることによって発展していく,というものでした。地球と生命体が相互浸透して発展したこと,日本と中国が,あるいは日本と西洋が相互浸透して,日本の社会は発展してきたこと,夫と妻が相互浸透して発展していくこと,などから明らかなように,この法則性は自然にも,社会にも,精神にも貫かれているのでした。では,このような弁証法を,なぜ学問に取り組む大学生が学ぶ必要があるのでしょうか。それは,世界が連関しており(つながりあっており),運動・発展しているからにほかなりませんでした。世界はつながりあって,運動・発展しているという弁証法性をもっているのであるから,この世界の仕組みをしっかりと学べば,この世界で起きてくる問題もうまく解決していくことができるのだと説きました。このような弁証法が分かる柔軟な頭は,大学に入学したころでないと保てないものであるし,非弁証法的な受験勉強的な方法から脱して,しっかりと弁証法を勉強していくためには,大学入学の時期が最適だということも説きました。そして具体的な教科書として,三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)も紹介しました。

 以上のように,本稿では3つに分けて,大学でいかに学問に取り組んでいくべきかということを説いてきたのです。しかしこれら3つは,決してバラバラのものではありません。3つがそれぞれ関連し合っているのであり,これらを三位一体として取り組んでいかなければ,学問的な実力を向上させることはできないのです。

 少し説明します。

 まず,一般教養と弁証法は,密接に関連しています。一般教養の学びは弁証法の学びになっていきますし,弁証法の学びは,一般教養を学びながらでないと不可能になります。どういうことかといいますと,一般教養の学びとは,世界の論理的な全体像を描くことでした。そしてその世界というのは,つながりあっており,運動・発展しているものでした。したがって,世界の全体像を描くためには,その歴史をも射程に入れる必要が出てくるのです。すなわち,過程も含めて全体であるということになるのですから,一般教養を学んでいくと,必ずプロセスをも問題にしなければならなくなり,弁証法の学びにつながっていくのです。

 また弁証法とは,世界全体の一般的な連関・運動・発展の法則についての科学ですので,これを学ぶ際には世界全体を学ぶ必要があります。すなわち,一般教養を学ぶ必要があるのです。もう少しいうと,一般教養で学ぶものを素材として,弁証法を学んでいかなければならないのです。たとえば,中学校の理科の教科書で,自然全体を学んでいきます。これは一般教養の学びといっていいでしょう。しかし,その自然はどのような過程を経て現在の自然になってきたのか,各部分がどのようにつながりあっており,どのような弁証法性を有しているのか,という観点で学ぶと,それは弁証法の学びになるのです。このように,弁証法の勉強をしようとすると,必然的に世界全体を幅広く学ばなければならなくなるわけです。

 さらに,このような一般教養の学び=弁証法の学びは,集団的にしか学べません。すなわち,同志との認識の交流なしには,学ぶことができないのです。これは連載第2回で説いたように,継続的に研鑽をしていくためには情熱を燃やし合う相手が必要だからですし,学問的な実力をつけていくためには,人類の歴史が辿ったように討論の過程を個人も辿り返さなければならないからです。もう少しいうと,自分一人の認識には限界があるので,他者との認識の交通関係を結ぶことによって,その限界を突破していくのです。

 われわれの実際でいうと,たとえば,あるメンバーが一般教養として優れた書物を読んだ場合,それを勉強会の機会に報告したり,メールで内容の要約を送ったりして,他のメンバーに伝えます。そうすると,他のメンバーは,自分だけではその存在に気付かなかったような書物を知ることができますし,概略については読んだメンバーから聞くことができます。こうして,一人の学びがほかの同志の学びにもなっていき,相互浸透的に認識が発展していくわけです。また,専門が違うメンバー同士が,自分の専門分野について一般教養的に,あるいは弁証法の観点から,他のメンバーに説明するということも非常に勉強になります。説明を聞いたメンバーは,疑問を提示したり反論を試みたりして,論理的に筋の通っていないところをあぶりだします。それに対して,再度説明を試みることによって,より筋の通った論の展開となり,双方の論理的な実力の向上に資する討論となるのです。このような形で集団的・社会的にしか,一般教養や弁証法は学べないといっても過言ではないでしょう。集団の力はこのように非常に強力であり,一人だけで勉強する場合とは比べ物にならないくらいの実力の向上が見込めるのです。

 以上,要するに,同志を見つけて共に学ぶことと,一般教養を学ぶことと,弁証法を学ぶことを三位一体として,大学入学後早々に取り組んでいってほしいということです。そうしてこそ,大学生に課せられた社会的な使命(学問の修得)が果たせるといえるのです。

 しかし,そうはいっても,なかなか同志を見つけることが難しいかもしれません。そういう方は,是非とも,この京都弁証法認識論研究会で,共に学んでいきませんか。われわれは,情熱をもって学問に取り組もうとする大学生に対して,いつでも門戸を開いています。われわれの研究会は,基本的には月に一度,最近はスカイプを使って例会(研究会)を行っています。また,年に3回ほどは,師も招いて直接顔を合わせて討論する集中例会も行っています。その他にも,本ブログ掲載用の論考を交流し合ったり,それぞれの学習の進展や新しい発見などをメールで交流したりもしています。そして,ブログのタイトルにもあるように,弁証法(と認識論)を学問の基盤として,しっかりと学び続けています。

 その成果は,これまで本ブログに掲載してきた数々の論文として結実しています。これまで,本ブログには約280本の論文を掲載してきました。ブログの下の部分に,そのタイトル一覧があり,クリックすればその論文に飛べるようにリンクが張ってあります。まずは自分の関心の持てそうなものから,ぜひとも読んでみてください。特に,「改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」」や「新大学生への訴え」は,以前に皆さんのように新しく大学に入学された学生を対象に説いたものですので,ぜひとも読んでいただきたいです。

 われわれの研究会のように,集団的・社会的に弁証法の学習ができる組織は,世界中を見渡しても数えるほどしか存在しないものと自負しています。もしもわれわれと一緒に学びたいという同志がおられれば,ぜひとも連絡をください。ブログの右側にある「メッセージを送る」をクリックすれば,われわれにメッセージを送ることができます。

 情熱にあふれ,大志を抱いている若者の参加を期待しています。

(了)
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2016年04月08日

新大学生に与える(4/5)

(4)問題解決の武器である弁証法を学ぼう

 前回は,大学生が学問に取り組む際には,はじめに一般教養を学ぶことがいかに大切であるかを説きました。そもそも一般教養とは,学問の論理的な全体像をアバウトであっても描くことを目指すものであり,このように全体を学んだ後に部分たる専門領域を学んでいかなければ,部分の理解が誤ってしまうということを,「群盲象を評す」という故事を紹介して説明しました。また,科学の歴史上も,18世紀,大学で一般教養教育がなされるようになったおかげで,ドイツは19世紀後半に飛躍的な科学的発展を成し遂げることができたのだということも説きました。このような一般教養を学ぶためには,大学の教育には期待できないので,河合栄治郎『学生に与う』をしっかりと入学後3ヵ月以内に学ぶことが大切であるとしておきました。

 さて今回は,学問にとって一般教養と同じくらい大切な,弁証法の学びについて説いていきます。

 みなさんは,「弁証法」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。高校で倫理や世界史を学ばれた方は,ヘーゲルという哲学者が「弁証法」を説いたと教わったかもしれません。しかし,高校で習った方も,弁証法とはどういう学説なのか,よく分からなかったのが正直なところでしょうし,現在,世間的に説かれている弁証法は,多くの誤解に満ちていると思われますので,今回は弁証法とはどのようなものか,それが学問に取り組む際にいかに大切であるのか,という点を説きたいと思います。

 まず弁証法とはそもそもどのようなものなのでしょうか。弁証法とは,自然・社会・精神を貫く普遍的な法則性が正しくとらえられ体系づけられた,世界全体の一般的な連関・運動・発展の法則を説く科学のことです。少し説明します。

 まず,弁証法と呼ばれる科学が成立する前提として,「自然・社会・精神を貫く普遍的な法則性」が存在するのだ,ということが挙げられます。前回少し説いたように,世界は大きく分けると,自然と社会と精神とに分かれます。これらに共通に貫かれている法則性が存在するのです。それも,「一般的な連関・運動・発展」に関する法則性が存在しているのです。

 具体的に説明したいと思います。たとえば,弁証法には「対立物の相互浸透」という法則があります。これは,ごく簡単にいうと,対立する二つのものは,互いに相手の性質を受けとりながら,相手的になることによって発展していく,というものです。この法則性は,自然にも社会にも精神にも貫かれているのです。

 自然の例を挙げると,みなさんが「進化論」として知っているような生物の進化も,この法則性に則してなされてきたものです。この場合の対立物とは,地球と,そこから生まれた生命です。地球の変化・発展の影響を受けて生命が変化・発展していき,生命の変化・発展の影響を受けて地球が変化・発展していったのです。端的には,生命の地球化と地球の生命化のプロセスが進むことによって,生物の進化と呼ばれる現象が生じてきたのだ,といっていいでしょう。このあたりを詳しく知りたい方は,ぜひとも『看護のための「いのちの歴史」の物語』(現代社)という本をお読みください。

 社会でも,対立物の相互浸透という法則性は貫かれています。日本という社会は,近隣の中国や朝鮮の影響を受けて,いわば中国的・朝鮮的になって発展していったのは,中学の歴史の教科書にも説かれていることです。具体的には,6世紀には仏教が輸入され,中国の律令制度が導入されていきます。平城京や平安京が中国の長安を倣ったものだということは,みなさんもご存じでしょう。このように中国化することによって,日本社会は中央集権化が図られていったわけです。江戸時代には,儒教の影響力が増してきます。これも,中国的になることによって,日本社会が変化・発展していった一例といえるでしょう。さらに明治期になると,西洋の文化遺産が日本社会に浸透してきて,急速な近代化が進展していきます。このように,日本は,その対立物である他国との相互浸透によって発展してきた歴史があるといえるでしょう。

 精神というか,人間の心も,相互浸透的に発展していくものです。例えば夫婦も,相手からの影響を受け,相手的になることによって,変化・発展していきます。筆者はかなり大雑把な性格だったのですが,結婚してからは妻のまめな性格が浸透してきて,つまり,妻的になることによって,ずいぶんとまめになりました。また,妻の方も筆者的になっていった側面もあります。このようなことは夫婦間だけではなく,友人間,師弟間でもよく起ることですので,みなさんもなるほどと肯けることでしょう。

 要するに人類は,世界を対象にして様々に研究していった結果,世界全体を貫く「対立物の相互浸透」のような一般的な連関・運動・発展の法則を発見するに至ったのであり,そのような世界全体の一般的な連関・運動・発展の法則を説く科学こそが,弁証法なのである,ということなのです。

 では,学問に取り組む大学生が,なぜ弁証法を学ぶ必要があるのでしょうか。それはまさに,世界が連関しており(つながりあっており),運動・発展しているからにほかなりません。自然・社会・精神を貫く連関・運動・発展に関わる普遍的な法則性のことを「弁証法性」といいますが,ありとあらゆるものが弁証法性をもっているのです。ですから,その弁証法性をしっかりと研究して導き出された弁証法の法則を学ばないと,世界の連関(つながり)や運動・発展を正しく捉えられないのです。

 逆にいうと,しっかり弁証法を学べば,世界の一般的な連関・運動・発展については理解できたということになります。いってみれば,世界の仕組みが分かるということです。世界の仕組みが分かれば,その中で生じてくる問題も,うまく解決していくことができます。ちょうど,パソコンの仕組みを知っていれば,パソコンの問題がうまく解決できるのと同じことです。ですから,弁証法は「問題解決のための武器」といわれることがあります。弁証法を学んで,世界の一般的な連関・運動・発展について理解していれば,うまく問題の構造を理解し,それを解決することが可能となるからです。

 このように非常に優れた問題解決の武器となる弁証法ですが,修得するためには時間がかかりますし,また学び方にもポイントがあります。一番大切なことは,学び始めるのは,大学に入学した今しかない,ということです。これまでの受験勉強というのは,いってみれば弁証法の学びとは対極にある学び方でした。受験勉強というのはつながっている世界の一部分を切り離して,運動している対象をとりあえず静止しているものとして,学んでいくものです。たとえば日本史で江戸時代を学ぶ場合,とりあえず世界全体の中から日本だけを切り離して,あまりそれ以前の時代やそれ以後の時代とのつながりも意識せずに,学んでいったはずです。そうでないと,学べないということもあります。

 このような受験勉強的な,非弁証法的な学び方を転換していく必要があるのです。それには,大学に入学して新たに学問に取り組み始めた時期こそ,最もふさわしいのです。弁証法を学び,世界をつながっているものとして,運動・発展するものとして学んでいくためには,これまでの受験勉強的な方法をやめなければなりません。それには,この大学入学直後こそがベストの時期なのです。仮に受験勉強的なやり方を継続して,そのまま大学で学んでいってしまったら,一生,弁証法が理解できない頭になってしまいます。受験勉強的な方法がしっかりと定着してしまうからですし,そもそも弁証法を理解できる柔軟性が年をとると共に失われていくからです。こうなると,もはや世界の一般的な運動をしっかり認識できない頭になってしまいます。すなわち,静止した像しか描けないような頭の構造になってしまい,学問などできなくなってしまうのです。

 では,具体的にどのように弁証法を学んでいけばいいのでしょうか。これも,非常にすばらしい弁証法の基本書が存在しています。それは,三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)です。この書を,大学入学と同時に学び始め,3ヵ月間で最低でも3回は読み通してほしいところです。この書は,社会科学への入門書としても優れていますし,何より,難解とされる弁証法をここまで易しく説き切った書物は,現時点では他に存在しません。時代的に少し古くなっていますが,そういったところにはこだわらずに,著者が説きたい弁証法のエッセンスを学んでいただきたいと思います。

 本書の具体的な学び方については,本ブログの初期の論考で説いたことがあるので,参考にしてください。

弁証法の学び方の具体を説く

 弁証法がある程度身についてくると,目に見えるもの全てをプロセスとしてとらえることが可能になってきます。全ては,生成・発展・消滅する過程の一断面に過ぎないのであり,これまでの歴史があって,今それがここに存在しているのであり,それはこのままの状態が続くということはありえず,必ず変化していくものである,と捉えられるようになっていきます。たとえば,目の前に自動車があったとすると,その自動車の歴史性を感じられるようになります。その自動車の歴史性といっても,二重構造があり,一つは,実際にその自動車が何年か前にどこかの工場で作られて,諸々の過程を経て,現在ここにある,という側面です。もう一つは,そもそも自動車という存在の歴史性です。もともとは馬車として存在していたものが,蒸気機関で動く自動車を経て,現在のようなガソリン自動車が誕生してきて,そのガソリン自動車も,次々に発展してきて,現在われわれが目にするような形になってきたのだ,というような,大きな歴史性です。いわば,個体の歴史性と系統の歴史性といってもいいでしょう。

 このように,どんなものを見ても,二重の歴史性を背負った存在として,捉えることができるようになることが,弁証法の学びの当面の目標といっていいでしょう。このように歴史的な流れに着目できるようになるために,先にも紹介した『看護のための「いのちの歴史」の物語』(現代社)は非常に優れた参考書となるはずです。弁証法の基本書である『弁証法はどういう科学か』と合わせて読んでいただけると,理解が深まっていくでしょう。

 以上今回は,弁証法の学びの重要性について説きました。
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2016年04月07日

新大学生に与える(3/5)

(3)何事も全体の把握を優先しよう

 前回は,大学に入学したらまず行うべきこととして,共に学問に取り組む同志を見つけることの大切さを説きました。学問の研鑽を継続していくためには,情熱を燃やし合うために同志が必要なのでした。また,学問を構築するためには,人類の歴史が古代ギリシア時代に辿った討論過程を個体発生としてもくり返さなければならず,そのためにも,学問的な討論相手=同志がどうしても必要となるのでした。

 さて今回は,一般教養の重要性を説いていくことになります。

 一般教養というと,みなさんにはどのようなイメージがあるでしょうか。まだ大学に入学したばかりのみなさんには,あまり具体的なイメージがないかもしれません。先輩方に聞いてみると,「専門分野に入る前,主に1年生2年生の間に取らなければならない単位のことだよ。自分の専門以外の様々な領域の入門編をつまみ食いするもので,試験はそれほど難しくないから,気にしたくてもいいよ。このサイトには,パンキョウ(一般教養の俗称)の授業の難易度がランキングされているから,参考にするといいよ。」などと教えてくれるかもしれません。

 確かに,この先輩のいうことにも一理ありますし,現状の大学における一般教養教育をしっかり反映した内容となっているともいえます。どういうことかというと,一般教養とは,確かに,自分の専門領域(経済学とか教育学とか心理学とか)を本格的に学び始める前に学ぶべきものです。この意味で,先輩のいっていることは間違いではありません。しかし,本来の一般教養というのは,「専門以外の様々な領域の入門編をつまみ食いするもの」ではありません。後で詳しく説くように,本来の一般教養教育とは,「世界の論理的な全体像をイキイキと描かせる」(『医学教育概論(6)』p.74)ことにこそ,その目的があるのです。それなのに,そのような一般教養教育をなしうる教官が大学にはほとんど存在しないために,教官自身の専門のごく一部分を,易しく説いて一般教養と称しているのが現状なのです。これでは学んでも何の役にも立ちません。

 では,本来の一般教養とはどのようなものか,詳しく見ていきましょう。本来の一般教養とは,端的にいうと,学問の全体像を描くことです。学問というのは現実の世界を対象としたものですから,本来の一般教養とは,世界はこのようにできているのだ,ということをアバウトながら描けるようになることがその目的なのです。

 たとえばみなさんに質問したいのですが,世界を大きく三つの部分,三つの領域に分けるとすると,どのように分けられると思いますか? 実は,自然,社会,精神という三つに分けることができるのです。そして,それぞれを対象にした学問として,自然科学,社会科学,精神科学というものが成立しています。ですから,一般教養の学びとは,大きくいえば,自然とはどのようなものであり,それを対象とした学問にはどのようなものがあって,どのようなことが解明されているのか,社会とはどのようなものであり,それを対象とした学問にはどのようなものがあって,どのようなことが解明されているのか,精神とはどのようなものであり,それを対象とした学問にはどのようなものがあって,どのようなことが解明されているのか,ということを,ある程度頭の中で全体像として描けるようになることを目指すものなのです。

 大学に入学してから,はじめの2年間くらいは,あまり細かな専門分野の勉強はしないほうがいいでしょう。それよりも,世界とはどのようなものか,学問の全体像とはどのようなものかということをしっかりと描けるような学習をするべきです。つまり,全体から部分へと学習を進めて行くことこそが,学問の王道なのです。

 なぜ,全体から部分へと学習を進めることが学問の王道なのでしょうか。分かりやすい喩え話として,「群盲象を評す」という故事を紹介してみましょう。これは数人の盲人が象を触って,象とはどのようなものかを評価しあったという故事です。足を触ったものは象とは柱のようなものだといい,尾に触れたものは象とはほうきのようなものだといい,お腹を触ったものは象とは太鼓のようなものだといった,というエピソードです。この故事からいえることは,部分だけから全体を判断すると誤ってしまう,ということです。さらにいうと,たとえば象の尾を研究するにしても,尾だけを切り離してほうきとして研究してしまうと,正しい解明には至りません。まずは象の全体を押さえた上で,その部分として尾を研究していく必要があるのです。

 どのような専門領域でも同じようなことがいえます。たとえば経済を研究するにしても,いきなり経済の研究を始めてしまっては,象の尾をほうきだといってしまうのと同様な間違いを犯してしまいかねません。そうではなくて,まずは世界全体をアバウトではあっても学んでから,その部分たる経済の研究へと進んでいく必要があるのです。そうしてこそ,しっかりと経済を経済として正しく解明できるわけです。これが全体から部分へと学びを進めて行くことが学問の王道であるといったゆえんなのです。

 もう一つ,一般教養の学びが学問にとっていかに大切であるかということを,歴史的事実を通して理解していただきたいと思います。『医学教育概論(6)』(現代社)には,非常に興味深いことが説かれていますので,紹介します。近代的な一般教養教育が誕生したのは,18世紀ドイツにおいてであるとした後,次のように説かれています。

「ドイツと言えば,19世紀後半に,医学および自然科学の分野で,科学革命の舞台として華々しい発展を遂げ,ノーベル賞を独占していたことは広く知られています。しかし,そのわずか数十年前には,ドイツはヨーロッパの後進国でしかなかったのです。多数の領邦に分裂したまま中央集権化が遅れ,政治・経済的にも,文化的にも,イギリスやフランスの後塵を拝するほかなかったドイツに,何ゆえにそのような華々しい発展がもたらされたのでしょうか。これは大学教育史上,最大の関心事の一つなのですが,実はそれを支えたのは,一般教養の教育であったことはあまり知られていません。」(pp.71-72)


 すなわち,ヨーロッパの後進国であったドイツが,19世紀後半に科学上の大いなる発展を遂げることができたのは,18世紀にはじまった大学での一般教養教育のおかげであった,ということです。

 その一般教養教育とは,「哲学を中心として当時の最先端の自然科学,社会科学,人文科学全体を包含したもの」であり,「全学的な教育」(p.73)であったと説かれています。その上で,次のようにまとめられています。

「19世紀ドイツが,フランスやイギリスで発展しそして行き詰った,経験や観察に重きを置く教育や,研究の限界を破り,最先端の知見及び技術をも用いて,人類にとっての未知の分野に踏み込んでいくことができたのは,まさに学芸学部(哲学部)における,学問としての哲学を中心とした,個別科学の全体を包含した教育があったからなのです。すなわち,まずは歴史性を持った文化遺産を全体として継承する教育課程があったからこそ,現在の限界と将来に向けて進むべき道を見通し,自分の専門分野の発展の方向性を把握することができ,そうして初めて,当時の諸分野の最先端の知見を,自分の専門分野に応用することができたのです。」(p.73)


 ここでは,経験や観察に重きを置くフランスやイギリスでの教育・研究の限界を突破して,未知の分野に踏み込んでいくことができたのは,ドイツの大学における哲学部で,学問的文化遺産の全体を学ばせる一般教養教育がなされたからこそである,ということが説かれています。

 このように,学問的な発展を成し遂げるためには,どうしても学問の全体像を学んだうえで,専門の領域に突入していくことが必要なのです。19世紀ドイツの科学上の発展が一般教養の大切さの証明といっていいでしょう。

 今回の最後に,では,一般教養を学んでいくためには具体的にどうすればいいのかを説いておきます。はじめに触れたように,現在の大学では一般教養とは名ばかりであり,教官の専門を易しくつまみ食い的に学ばされるのが現状です。ですから,大学での教育には残念ながら期待できません。しかし,嘆く必要はありません。非常に優れた書物が存在するからです。

 それは,河合栄治郎『学生に与う』(現代教養文庫)です。これは読むだけでやる気が湧き,一般教養の学び方も分かるという,非常に優れた名著です。以下に目次を示しておきます。

「序
第一部 価値あるもの
一 はしがき  二 社会における学生の地位  三 教育  四 学校  五 教養(一)  六 教養(二)  七 学問  八 哲学  九 科学  十 歴史  十一 芸術  十二 道徳  十三 宗教

第二部 私たちの生き方
十四 読むこと  十五 考えること,書くこと,語ること  十六 講義・試験  十七 日常生活  十八 修養  十九 親子愛  二〇 師弟愛  二一 友情  二二 恋愛  二三 学園  二四 同胞愛  二五 社会  二六 職業  二七 卒業」


 この書物を,大学入学後,できるだけ早めに読了してください。これを読むと読まないのとでは,大学生活が大きく変わってくることになります。学問の全体像が描けますし,どのように勉強していけばいいのか,どのように生活を送っていけばいいのかが,しっかりと理解できるはずです。

 その上で,一般教養のための勉強としては,中学校の教科書(特に理科と社会)を,自然科学と社会科学の全体像を描く目的で,復習することです。大学生にもなって中学校の教科書なんか読んでいられないなどと軽蔑せずに,読み返してみることをお勧めします。また,最近われわれが取り組んでいるNHK高校講座というラジオ・テレビ番組も,ネット上で視聴できますが,これも中学レベルの易しい内容ですので,お勧めです。自分の専門分野については,一人の著者ができるだけ幅広く説いている新書レベルの入門書を何冊か読んでおけばいいでしょう。専門領域も全体から学び始めるというわけです。

 このようにして学問の全体像を描くことが大学1年生2年生の大きな目標となりますので,入学後3ヵ月以内には『学生に与う』を何度かくり返して読んでほしいものです。
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2016年04月06日

新大学生に与える(2/5)

(2)まずは同志を見つけよう

 本稿は,大学に入学したばかりの新大学生を対象に,大学生活で,特に最初の3ヵ月の間に,どのようなことをしていけばいいのか,学問に取り組むためには具体的にどのような勉強をしていくべきなのか,ということを説いていく論考です。前回も説いたように,大学生はすべからく学問に取り組むべきであり,そうであってこそ,大学生としての社会的使命を果たせるというものです。しっかりとした専門性を身につけられるように,本稿に学んであるべき学生生活をしっかりとイメージしてほしいと願っています。

 さて今回は,学生生活で最も大切なことの一つを説きたいと思います。それはズバリ,同志を見つけることです。これはどういうことでしょうか。また,どうしてこれが大切なことなのでしょうか。今回は,これらの点について,筆者自身の体験も踏まえて説いていきます。

 まず同志とは,読んで字のごとく,「志を同じくする者」のことです。大学生にとっての志とは本来,学問を修めることであり,高度の専門性を身につけることであるといっていいでしょう。ですから,大学生が「同志を見つける」ということは,すなわち,自らと同じく,「学生の間に熱心に学問に取り組むんだ!」「学問を修めて高度な専門性を身につけるんだ!」という大志を抱き,情熱を持っている人間を見つけるということを意味します。そして,一緒に学問に取り組んでいくわけです。

 なぜこのような同志を見つけることが大切なのでしょうか。それは,このように同志とともに集団的に取り組んでいかないと,学問を修めることが難しいからです。これには二重構造があります。少し説明します。

 一つは,学問というのは学生時代の4年間だけではなく,卒業後も延々と研鑽し続けて,初めて修めることが可能なものです。ずっと大志を抱き続け,情熱を燃やし続け,そして研鑽し続けていかなくてはなりません。そのためには,お互いに叱咤激励し合えるような同志がどうしても必要となってくるのです。これを,筆者の体験を元に説いていましょう。

 大学4年間に限っても,勉強し続けていくことはなかなか大変でした。たとえば,学問に必須とされる難解な書物も読んでいかなければなりません。これを一人で読み進めていくことができるでしょうか。それはなかなか難しいことです。そこでわれわれは,何人かの同志が集まって読書会という形式で,週に1回,特定の時間を設定してその時間に集まり,指定された範囲のテキストについて議論することにしました。こうすれば,毎週読んでいかないと他のメンバーに迷惑になりますし,負けてたまるかという気持ちも湧いてきて,自然と熱心にテキストの範囲を読み込むことにもなります。こうして,一人では読み進めることすら難しい書物であっても,集団的に読み進めていけば,単に順調に読了できるというだけではなくて,より深い理解に達することも可能なのです。

 大学を卒業して就職してからは,さらに勉強の継続が難しくなってきます。学生時代のようにありまる時間を自由に使えるなどということはなく,仕事が終わって家庭の用事を済ませてから,あるいはちょっとした隙間時間を見つけて,あるいは朝早起きして仕事に行くまでの時間で,勉強することになります。この場合,もし同志がいなくて一人で勉強しなければならないとすれば,ついつい楽な方向へ流れてしまうものです。「今日くらいはいいか」とか言い訳をして,サボってしまうことになりかねません。ところが,現在のわれわれのように,学生時代に見つけた同志で継続的に勉強会を実施していると,そういうわけにはいきません。勉強会のテキストの範囲は何としても読まなければなりませんし,他のメンバーががんばっているのに自分だけサボるわけにもいきません。こうして直接間接に叱咤激励しあうことによって,大志を育て合い,情熱を燃やし続けることができるのです。そうしてこそ,学問を修められる可能性が出てくるというものです。

 大学を卒業して就職してから,学問を志す同志を見つけるというのは,かなり難しい話です。したがって,学問こそが本業である学生の間に,それも入学後できるだけ早い段階で,学問を志す同志を見つけることは大切になってくるのです。

 もちろん,自分自身の大志を育てていくことを,仲間任せすることはできません。自分自身も,自分の大きな志を育てるための努力が必要です。そのためには,まず,大志を抱き,情熱を燃やし続けて大きな仕事を成し遂げた,歴史上の人物の伝記や,そのような人物を主人公とした歴史小説などを読んだり,映画を見たりすることです。あるいは,以前NHKで放送していた「プロジェクトX」のような番組を見るのもいいでしょう。これは,戦後日本でさまざまな課題に挑戦して,成功を収めた無名の人物を取り上げたドキュメンタリー番組でした。大学の図書館にそのDVD等があるでしょうから,一度見てください。あるいは,もっと直接的に,学問上の偉大な人物の伝記を読むことも大切です。哲学でいうと,アリストテレス,カント,ヘーゲルの生涯とその仕事は押さえておきたいですし,それぞれの専門分野でも,絶対に押さえておかなければならない偉大な先達というものはいるはずですから,まずは彼らの生涯を描いた伝記を読むといいでしょう。そうすれば,「自分もこのような人間になりたい!」とか,「彼らと同じような大きな仕事がしたい!」というような大志が育っていくでしょう。このような憧れの人物を見つけていき,同志と交流していけば,お互いの大志を育て合うことができるでしょうし,情熱を燃やし合うことにもつながっていくでしょう。

 同志を見つけることが大切なのは,このように大志を育て合い,情熱を燃やし合えるという利点があるからだけではありません。もう一つの構造として,学問の構築には討論が必須であるということも指摘できます。これはどういうことでしょうか。

 学問は古代ギリシアの時代に誕生しましたが,その誕生のプロセスで必須だったのが,討論過程を持つことだったのです。その過程は,ソクラテスに始まり,プラトンの時代になっても,延々と続けられていきました。この過程の中で,自分の言いたいことをしっかりと言葉にして表現し,相手に分からせようとする,そして,相手の言ったこと(表現)から,相手がどのようなことを伝えたいのかを必死で読み取る,というようなことがくり返されていきます。このような討論過程をくり返していくことによって,自分の認識の限界を突破して,相手の認識をしっかり受け取って相互浸透的に認識を発展させていくことが可能となると同時に,共通する像を括っていく能力,つまり論理能力が育っていくことになります。すなわち,討論によってこそ,学問化可能な頭脳が創出されていったのでした。

 このようなことは何も,歴史的な,人類の系統発生といえるような発展過程においてのみいえることではありません。そうではなく,われわれが個人として認識を発展させていく時にも,必ず通らなければならない道なのです。自分が相手に対して,分かりやすいように何らかの論を展開する,それに対して相手が疑問・反問をぶつけてくる,その相手の疑問・反問の意味をしっかりと理解して,さらに分かるように説いていく,というような討論過程によって,論理がより精緻になっていきます。このような討論過程によって,自分とは異なる他者の認識をしっかりと受け取り,それを踏まえた上で,さらに自分の論を強固に展開していくことになるのです。こうしてこそ,誰もが納得できるような筋の通った論理的な展開ができる頭脳が創出されていくのであり,学問に必須の論理能力が高まっていくわけです。

 人類の歴史では,ソクラテスからプラトンあたりまでは実在する他者との討論によって,自己の論理能力を向上させていましたが,アリストテレスに至ると,その他者を内在化して,自問自答できる実力が創られていきます。こうなると,「一人きりの二人問答」ができるようになり,討論相手がいなくても,自分で自分に反論し,それに再反論するという形で,観念的に討論過程を持つことが可能となるのです。

 同じように個人の認識の発展においても,当初は現実の他者と討論する必要がありますが,徐々に自問自答できるようになる,「一人きりの二人問答」ができるようになっていきます。こうなってようやくに,学問を構築できる前提が整ったといえるでしょう。しかし,それまでには,実際に存在する他者との気の遠くなるような討論過程をくり返す必要があるのであり,そういった討論過程を持つためにも,同志が必要となってくるのです。

 筆者自身の経験でも,同志との討論によって,徐々に論理的な頭脳が創られていったという実感があります。たとえば,ある重要な著作を同志と一緒に読み進めていたとき,自分が分からなかった部分を他のメンバーがうまく理解して解説してくれるということは多々ありました。この場合,相手の認識を受け取ることによって,自分の認識が発展していくわけです。また,自分があるテーマについて小論文を書いて同志に見せたとき,論理的に飛躍しているとか,根拠が薄いなどという指摘をもらうことも多いです。その指摘を踏まえて,もう一度,しっかりと筋を通すべく,説き直していくことになります。こういった作業によって,より筋の通った論理展開となり,より論理的な頭になっていくといえるでしょう。

 以上のように,同志を見つけて一緒に学問に取り組んでいくということは,情熱を燃やし合って困難な研鑽を継続していくためにも,討論によって論理的な頭脳を創出していくためにも,絶対に必要なことであるといえるでしょう。幸いにわれわれは,大学のとあるサークル(研究会)で同志を見つけ,その時のメンバーが中心になって,今の京都弁証法認識論研究会が創られています。このようなサークル活動は,社会の縮図としての意味も持ち,未熟な認識を社会的に鍛えていくうえでも,非常に意味があったと感じています。みなさんも,そのようなサークル(研究会)を探したり,ない場合は自分で創ってみるというのも一つの手でしょう。

 いずれにせよ,大学入学後のしばらくの期間は,サークルを巡ったり,インターネットを活用したりして,同志を探すために時間を費やしてみるのがいいでしょう。
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2016年04月05日

新大学生に与える(1/5)

目次

(1)最初の3ヵ月が勝負である
(2)まずは同志を見つけよう
(3)何事も全体の把握を優先しよう
(4)問題解決の武器である弁証法を学ぼう
(5)集団力を用いて社会的に学んでいこう

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(1)最初の3ヵ月が勝負である

 新大学生のみなさん,大学入学,おめでとうございます!

 大半のみなさんが,つらく長い受験勉強を潜り抜け,今,そこからの解放感に浸りながら,一方では安堵するとともに,他方では新しい学生生活に夢を膨らませ,多少の不安も感じておられることかと思います。大学の講義とはどのようなものなんだろうか,大学での人間関係はどのようなものになるのだろうか,部活動やサークル活動にはどのようなものがあり,どれに入れば充実した学生生活が送れるのだろうか,アルバイトはどのようなものをしようか,近所にはどんなところがあるのだろうか,などなど,期待と不安が入り混じった,しかし基本的には明るい未来に向けての前向きな気持ちになっておられるかもしれません。

 筆者が大学に入学したのは,もう20年ほど前になります。しかし,大学時代の思い出は今も鮮明に記憶しています。おそろしく分厚いシラバスが配られ,数えきれないほどの講義や演習の中から,自分で自由に出席するものを選び,必要な単位をとっていくという経験は,高校まででは体験したことのないものであり,非常に新鮮で,わくわくするものでした。

 学内の施設にも驚きました。総合図書館は非常に大きく,もはやここに存在しない本はないのではないかというくらい,充実していました。さらに,各学部ごとの図書館も存在しており,非常に専門的な書物が収められていました。

 IT関係の施設も充実していました。当時は,ようやくインターネットが普及し始めたころです。学生一人一人に専用のメールアドレスが割り振られ,学内にいくつかあるパソコン室では,自由にインターネットが使える環境が整っていました。実は,そこで偶然閲覧していたサイトで,ある人物から三浦つとむや南郷継正先生の著作を紹介していただき,学生時代は三浦つとむ一色といっていいほどのめり込んでいったのでした。

 部やサークルの新入生歓迎イベントも印象に残っています。部やサークルは,必死になって新入生を獲得しようと,様々なイベントを企画したり,飲み会を開催したりしています。筆者が通った大学では,新入生の健康診断の時に,並んでいる新入生の列の両サイドを上級生が取り囲んで,部やサークルの紹介のチラシ,イベント開催のチラシなどを問答無用で新入生の腕の上に積み重ねていくのが恒例となっていました。健康診断が終った頃には,30センチほどの分厚さのチラシを手に抱えている状態となるのでした。その中の気に入った部やサークルのイベントに顔を出し,先輩や同級生と話しながらどの部(サークル)に入るのかを決めていくのが一般的でした。

 さて,このようなもろもろの新鮮な出来事や楽しいことが次々に押し寄せてくるのが,入学当初の新大学生の一般的なあり方でしょう。しかし,けっして忘れてほしくないのは,大学生の使命ということです。では,そもそも大学生の使命とは何でしょうか。それは,端的にいうと,学問に打ち込むことです。高校卒業くらいの年齢になると,立派に社会で働いていくことが可能であり,実際にそうやって働いている人もいます。それなのに,その労働を免除され,国や親などの支援を受けて大学に行くことができるのは,労働を免除しても有り余るほどの成果を,将来に期待されているからです。そして,そのような成果を生み出すことが可能なのは,大学生活の間に学問に打ち込み,優れた文化遺産を身につけて高度の専門性を発揮することができるようになるからです。

 大学側も,学生に真の実力をつけてもらうために,さまざまな教育改革に取り組んでいます。ちょうど一年ほど前の新聞には,以下のような記事が掲載されていました。

「東大――浜田改革,国際化へ道筋,4ターム制など推進,秋入学は見送り(大学解剖)

 東京大学の浜田純一総長が31日付で退任する。2009年に就任し「総合的教育改革」を打ち出して,秋入学の提案や4ターム(学期)制の導入などで国際化への道筋をつけた。ただ,海外の有力大学との競争激化や国内での求心力低下などに見舞われ,東大を取り巻く環境は徐々に厳しくなっている。6年間の「浜田改革」で東大はどこまで変わったのか。(1面参照)
 「森を動かす」。浜田総長は就任後,大学運営の基本姿勢についてこう表明した。これまで動かすことができなかった組織を変える。覚悟を込めたスローガンのもと,秋入学構想や学内のスケジュールを定める学事暦の変更,推薦入試などの施策を次々に打ち出した。
 改革の柱の1つは大学のグローバル化だ。英タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)の世界大学ランキングでは国際化のスコアが足を引っ張り,一時は30位まで順位を落とした。
「進振り」が阻む
 国際化を阻んできた要因の1つに「進振り(進学振り分け)」と呼ぶ東大独特の仕組みが挙げられる。3年生に進む際に学科を希望し,2年生までの成績によって選別するシステムだ。学生からは「留学した瞬間に留年が決まってしまう」(法学部3年の男子学生)と不満も漏れる。
 国際特命担当の江川雅子理事は「振り分けがあるため,1〜2年生は専攻が決まるまで留学などがしづらい事情があった。3年生は就職活動があり,海外に行きにくかった」と振り返る。
 この問題を是正するため,11年度に従来の学部ごとの交換留学に加え,全学対象の交換留学制度を立ち上げて学生の海外派遣を拡充。英語で学位が取得できるコースも増やした。江川理事は「学生の約半数が何らかの形で海外に出るようになった」と強調する。矢継ぎ早の国際化施策の効果でTHEの順位は足元では23位まで持ち直した。
 ただ,頓挫した構想もある。改革の目玉だった秋入学構想は慎重論が噴出し,当面見送りが決まった。学内の足並みがそろわない印象も残った。」(2015/03/31 日経産業新聞)


 ここで説かれている東京大学の教育改革の目玉であった秋入学構想については,テレビや新聞などで大々的に報道されましたから,みなさんもご存じかもしれません。簡単に説明すると,入学時期を欧米と同じ秋に設定することによって,留学生の受け入れ・派遣を増やし,大学のグローバル化を促進しようとするものでした。そして,高校を卒業してから秋の大学入学までの空白の期間(ギャップターム)を使って,海外留学やボランティア,企業でのインターンシップなど,多様な体験を積むことを東京大学当局は想定していました。

 この東京大学の秋入学制度,およびそれに伴うギャップタームに関して,先に感想文を認めた『医学教育概論(6)』(現代社)において,非常に重要な指摘がなされていましたので,紹介します。「人間は,確かに実体験から大きく学ぶことはできますが,そこで何を学ぶかは,その人の目的意識が規定する」(p.42)とした後に,次のように説かれています。

「だからこそ,受験勉強から脱却させるための教育を,大学が責任を持ってやらなければなりません。そして一番強調しなければならないことは,これをなし得るための時期がある,ということです。それは新入生が受験勉強から解放され,フレッシュな認識で,希望を胸に抱いて新たな環境での学びに意気揚々と入ってくる,最初の3ヵ月を除いては存在しないのです。

 ……

 ……そこに合格した誇りで輝いている,その時期にこそ,新入生に夢と志と使命を熱く熱く語って,説いてやらなければなりません。それなのに,その一番大事な半年間を,自主性に任せて放り出しておいたのでは,9月の入学式に臨む学生達のくたびれた有様が,大きく目に浮かぶのみです。」(p.43)


 ここでは,人間が何を学ぶかは,その人の目的意識が規定するものであるから,受験勉強とは違う大学生としての学びをしっかりしたものにするためには,入学後の3ヵ月の間にこそ,夢と志と使命を熱く語っていく必要がある,と説かれています。東京大学の秋入学制度に伴うギャップタームは,この非常に大切な期間を学生の自然成長性に任せる欠陥があるので,必然的に失敗する,ということでした。

 幸いというか,先の新聞記事にもあったように,秋入学構想は当面見送りが決まったようです。しかし,初期教育の重要性は変わりませんし,現在の大学がこの重要な初期教育をなし得るかどうかは,大いに疑問の残るところです。

 そこで本稿では,大学生になったばかりのみなさんに対して,大学で学問をするためにはどのようなことをしていけばいいのか,特に最初の3ヵ月をどのように過ごせばいいのか,ということを具体的に説いていきたいと思います。先に結論をいってしまうと,まずは,社会的に鍛え合えるような同志・ライバルを見つけることですし,一般教養を学ぶために河合栄治郎『学生に与う』を読み,弁証法を学ぶために三浦つとむ『弁証法はどういう科学か」を学び始めるべきだ,ということになります。詳細は次回以降の連載に説いていきますので,楽しみにしてください。
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2016年02月18日

SSTを技化の論理で説く(5/5)

(5)技の二重構造を踏まえた実践を

 本稿は,コミュニケーションのやり方を訓練する方法として,さまざまな領域で活用され,一部では非常に大きな成果もあげているSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)をとりあげ,これを南郷継正先生によって発見された技化の論理でもってとらえ返して,見えてきたことを考察することを目的として,これまで説いてきました。

 ここで,これまでの流れをふり返ってみたいと思います。

 はじめに,SSTが実際にどのような流れで行われるのかということを紹介しました。そもそもSSTとは,認知や行動に働きかけることによって困りごとを解決しようとする認知行動療法の一種であり,社会関係においてその場にふさわしい言動がとれるようなスキル(ソーシャルスキル)の獲得を目指す訓練方法でした。SSTのセッションはふつう,5〜8名ほどの参加者に対して行うことが多く,1回90分のセッションを15回ほどくり返し,それぞれのセッションはリーダーとコ・リーダーと呼ばれるスタッフによって進行されていくものでした。セッションの流れは,参加者が安心してスキルの訓練に取り組めるように,高度に構造化されているのでした。大きな流れとしては,@ウォーミングアップ→A宿題報告→Bルールの確認→Cロールプレイ→D宿題設定→Eまとめと感想となってることを確認しました。この中で中心となるのはCロールプレイであり,ここで実際に苦手な場面を想定して,苦手なスキルを練習するのでした。そしてこのロールプレイも,@練習することをきめる→A場面をつくって一回目の練習をする→Bよいところをほめる→Cさらによくする点を考える→D必要ならばお手本をみる→Eもう一度練習をする→Fよいところをほめるというように,高度に構造化されているのでした。

 次に,南郷継正先生が発見された技化の論理を復習しました。『武道の理論』によって初めて公にされた技の創出・使用の二重構造論によると,技を身につけるプロセスには3つの段階があるということでした。それは,@技の形を覚える段階,A覚えた形を自分のものにする段階,B自分のものにした技を使う段階の3つでした。そして,@とAが技を創る段階に相当し,Bが技を使う段階に相当するということを確認しました。また,@からすぐにBに進むのではなく,@からAへという訓練を,徹底的にくり返すことによって,ようやくにまともに使えるようになるということを確認しました。この技化の論理,技の創出・使用の二重構造論は,直接的には武技を対象として説かれているのですが,実際にはあらゆる技について当てはまる論理であるとして,筆者自身が行った技化の実例を2つ紹介しました。一つは右利きの筆者が左手で箸を使いこなせるようになったプロセスであり,もう一つはパソコンの文字入力において,ブラインドタッチができるようになったプロセスでした。両方とも,初めに正確な技の形を覚えた後,いきなり使い始めるのではなく,むしろ,使うことを否定して,スピードや力の入れ具合などは犠牲にしても,正しい形をしっかりと取り続ける訓練をして,徐々にスピードをつけていくことによって,使用に耐えうるような技として身につくのだ,ということを説きました。

 最後に,これまで説いた2つの内容を統一して,SSTを技化の論理でとらえ返すと,どのようなことが見えてくるか,考えていきました。はじめに,SSTの優れた点を考察しました。第一に,コミュニケーションをスキルとして,練習すれば身につく技としてとらえている点が評価できると説きました。このようにとらえれば,あるコミュニケーションが苦手なのは,性格の故でも病気の故でもなく,単純にそのようなスキルを練習する機会に恵まれなかったためであるとか,間違って学習したためということになり,きちんと練習すればその苦手さを克服できるということになります。第二に,実際にロールプレイという形で練習できる点も,それなりに評価できると説きました。単に知識的な学習にとどまらず,自分の体を使って体験する形の学習である点は,SSTが奏効するためのポイントであるということです。第三に,特有のスキルのとらえ方も優れていると説きました。SSTではスキルを,いくつかの要素の集合体としてとらえており,できる人にとっては一つの工程であっても,実際にはいくつかの工程が重なり合っているのだから,それを一つずつ練習できるような工夫がなされているのでした。その後,SSTの不十分な点や限界についても考察しました。第一に,技は創って使うものであるという論理的な理解ができていないために,使うことを否定して,しっかりと技を創るという段階を設定することが不十分になっているということでした。第二に,これと関連して,技化のためにくり返しの上にくり返して,正確な形をとる訓練をするということができていないということを説きました。第三に,基本技を変化させるという発想がないために,さまざまな使い方レベルの技のあり方を,一つずつ取り上げて練習する羽目になり,技の数が多くなりすぎるという点を指摘しました。

 以上,これまで説いてきた内容をふり返りました。この内容を踏まえて,最後に,技化の論理を踏まえれば,どのようにSSTを実施していくのがより効果的なのか,実施の際にはどのような工夫ができるのか,について考えておきたいと思います。

 まずは,ソーシャルスキルというものを,しっかり技としてとらえ,適切に練習すればスムーズに身につくのだということを,他の技の例などを挙げて,参加者に伝えることが必要になると思います。そして,技化してしまえば一つの工程として現象する技も,実は複数の工程の複合体なのである,ということを専門家としてしっかり理解し,相手はどの工程が弱いのかということをしっかりと見立てて,特定の工程をしっかりと習得できるように重点的に訓練していくことが求められるでしょう。

 技を創る段階と使う段階に論理的にしっかりと分けて,創る段階では,使うことを否定して,相手のレベルに応じて,技の構成要素の一つだけを取り出して,正確な形がとれるように訓練することも必要になってくると思います。たとえば,頼みごとを断るというスキルを練習する際は,申し訳なさそうな表情を創ることのみを,まずは練習してもいいでしょう。あるいは,断るための適切な理由をいえない方であれば,その理由の部分のセリフだけを取り出して,くり返し練習する,ということも考えられます。また,もう少し創る過程が進んでいけば,典型的な場面を設定して,そこで創る練習をくり返したうえで,その変化技として,別の場面での使用方法を練習する,ということも求められるでしょう。

 さらに,技を創る際に正確な形をとる訓練を行うのですが,その練習量をしっかりと確保するために,宿題として,実際に使うことを課題とするのではなく(もちろん,その方次第で,いきなり使う課題を出してもいい場合もあるでしょうが),申し訳なさそうな顔を創る訓練とか,断る理由のセリフ回しをくり返して言う訓練とか,そういう技を創るための訓練を出すのも一つの手だと思います。また,次のセッションでは,前回扱ったところを数回復習するのもいいでしょう。SSTで劇的な成果を上げているべてるの家や大東コーポレートサービスにおいても,かなりの練習量を積んでいることが分かります。SSTを実際に活用するためには,かなりの量の練習が必要ということを示しているとは思うですが,これは技は創って使うのだという論理的な区別もなく,ただ,自然成長性に任せて行われているものですので,創ると使うの論理的な区別をしっかりなしたうえで,しっかりと正確な技の形をとり続けるという創る側面を重視しながら訓練すれば,もう少し効率的に技化できるものだと考えています。

 より根本的な課題としては,ソーシャルスキルの基本技を選定して,その変化技として諸々のスキルを位置づけていく,という作業も必要になってくると思います。これは,何度か触れたべラック式では,ある程度その作業が進められていますが,それでもまだまだ技の数が多すぎると感じています。もう少し基本技を絞り込んで,その変化として様々な技を位置づけることができれば,より効率的に,スキルの習得ができるのではないでしょうか。

 今後とも,今検討したような内容を踏まえてSSTを実施し,参加者の方が少しでもスムーズに,短期間に効率的にスキルを習得するのを援助できればと考えています。

(了)
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2016年02月17日

SSTを技化の論理で説く(4/5)

(4)技化の論理から見るSST

 前回は,南郷継正先生が発見された技化の論理,すなわち,技は創って使うものであるという二重構造論を復習しました。まずは形を覚え,使うことを否定して,その形をしっかり自分のものにする訓練をくり返しの上にくり返すことによってようやく技を創出できる,その上で使う段階に移行するのがまともな上達にとっては必要だということでした。

 今回は,前々回に説いたSSTを,前回復習した技化の論理でもって捉え返していきたいと思います。

 はじめに,技化の論理の観点からとらえ返して,SSTの優れた点,評価できる点にはどのようなものがあるのか,ということについて考えてみます。

 まず,何といっても重要なのが,コミュニケーションをスキルとしてとらえた点が評価できるでしょう。SST特有の考え方によると,できる人はほぼ自動的にできているような,挨拶であるとか,頼みごとを断るであるとか,不快な気持ちを伝えるであるとかいったようなコミュニケーションを,スキルとして,すなわち技としてとらえるのです。これには,どのような意義があるのでしょうか。それは,そういったことができないのを病気のせいや性格のせいにするのではなく,単にスキルが不足している,技化するための練習が不足していたととらえたり,間違った形で技化したものと捉えたりすることを意味しています。したがって,苦手なコミュニケーションも,適切に練習すればできるようになるというものの見方が前提としてあることになります。

 患者さんやクライエントさんの側からすれば,自分が苦手なコミュニケーションが,性格や病気のせいではなくて,単にその練習をする機会に恵まれなかっただけ,あるいは,間違って身につけてしまっただけ,ということが分かると,では適切に練習して,そのコミュニケーション・スキルを身に付けよう,と自然と考えられると思います。そうなれば,やる気をもって熱心にSSTに取り組むことにもなり,コミュニケーション上の困りごとが解決する可能性も高くなると思われるのです。

 次に,実際にコミュニケーションの練習をするパートが設けられており,ロールプレイという形で具体的な使う場面を想定した訓練ができる点も,それなりに評価できるでしょう。コミュニケーション法というと,講師が一方的に,こういう場合はこうすればいいと教示するのを聞いて勉強したり,その手の本を買ってパターンを覚えたり,という学習方法が一般的かもしれません。しかし,SSTでは,コミュニケーションをスキルとしてとらえていることもあって,その練習の場が設定されているのです。

 さらに,「スキル」の特有のとらえ方に基づいて,練習方法もそれなりに工夫されている点も挙げられます。SSTでは,スキルをいくつかの要素の集まりとしてとらえています(このことは,特に「べラック方式」と呼ばれる形式においては顕著です)。たとえば,「頼みごとを断る」というスキルは,「相手の話を最後まで聞く」「申し訳なさそうな顔をする」「理由を添えてできないと伝える」「謝罪する」「できれば代替案を提示する」などといった要素から成ると考えます。このようなスキルのとらえ方も,評価できると考えています。どういうことかを詳しく説く前に,ここに関連した南郷先生の論述を確認しておきましょう。先生は『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第4巻』所収の『全集版 武道の理論』で以下のように説いておられます。

「したがって外見上,一個の作業工程のようにみえるものが存在するばあい,それが本当に一個の作業工程にしか過ぎないばあいには,一個の作業工程として行なってよいのであるが,仮に外見上,一個の作業工程のようにみえるものでも,本質上,数個の作業工程として構成されているもののばあいは,それを論理的に分類することによって,作業者にたいして現在の作業工程は,その分類のうちのどの部分なのか……をはっきりと示したうえで,その作業工程を行なわせなければならないのである。そうする以外に,まともな上達は望みえないからである。」(pp.201-202)


 すなわち,外見上一つの工程のように見えても,複数の工程の複合体である場合には,それぞれの工程を論理的に区別して,今現在行っているのはどの工程なのかを提示しなければ,まともに上達できない,ということです。

 これをSSTで考えてみましょう。たとえば,「断る」ことが特に苦もなくできる人にとっては,「断る」は一つのプロセスであり,要するに常識的な形で断ればいいのだろう,なぜそれができないのだ,ということになりがちです。しかし,できない人にとっては,「断る」というのは複数のプロセスの複合体なので,一気にやろうとしてもなかなか難しいのです。そこで,SSTのとらえ方のように,スキルを複数の要素の集まりとしてとらえると,一つずつ順番に練習することができますし,できているところとできていないところを区別して,できているところは褒めて,できていないところは,さらによくするにはどうすればいいかという形で,提案できるわけです。このように,SSTではスキルをいくつかの要素の集合体ととらえているために,ポイントを絞った練習ができ,スムーズに上達することができるわけです。

 では今度は,技化の論理から見た場合,SSTの不十分な点や限界について考察しましょう。

 まず一番大切な点として,リーダー(スタッフ)の側が,技は創って使うという論理的な理解ができていないために,技を創る過程なのか,技を使う過程なのかを区別できていない,という点が挙げられるでしょう。そのために,技を創る過程においては,当然,使うことを想定しつつも,いったん,使うことは否定して,技の形を正確にとることに意識を集中すべきであるのに,SSTではいきなり,場面を設定してロールプレイを行うことがふつうであるだけに,使う側面に意識が行き過ぎて,しっかりと使用に耐えうる技として身につけるまでいかない場合も出てくるのです。もちろん,武道ほどシビアではないコミュニケーションの技であれば,それだけで技を身につける人もいます。また,実際に使う場面を想定して創るという段階は,技を創るプロセスにおいては必然性があるものです。しかし,いきなり使うことを想定した練習では,脱落する人も出てきますので,まずは使うことを否定して,しっかりと基本の形をくり返して練習していって,徐々に使う場面に近づけていくことが求められるでしょう。

 これと関連することですが,創る過程では,正確に形をとる訓練をくり返しの上にくり返す必要があるのに,SSTでは,そこまでのくり返しはなされていないことが多いと感じています。実は,SSTには「過剰学習」(overlearnig)の原則というものがあり,できるようになっても,くり返しくり返し練習することの大切さは説かれてはいるのです。しかし,実際のセッションとなると,そこまでくり返して行われることはまれで,せいぜい3〜5回ほどくり返して終了となります。これでは,技の形を覚えたらすぐに応用問題へ進むという,南郷継正先生が批判されている受験界・武道界のあり方と同じだと批判されても仕方がないでしょう。このため,すぐに技の形が崩れていくことになり,しばらく使っていると,自分のもとからある,勝手知ったるコミュニケーションの方法に逆戻りしてしまい,SSTで訓練したスキルが抜け落ちてしまう,ということになりがちなのです。

 さらにいうと,創ると使うを論理的に区別していないために,もっといえば基本技を創って,その変化として使っていくのだという発想がないために,さまざまな変化技を一つの技ととらえてしまっているという弱点もあると考えられます。そのため,非常に技の数が多くなっています。いろいろな場面で必要なコミュニケーションのスキルを個別に練習していくという形式であるために,このような技の数が増えすぎてしまうという弊害が生じるのでしょう。その意味でSSTは合気道的といえるかもしれません。すなわち,相手がこうくればAという技をくり出し,ああくればBという技をくり出し,というような形で,さまざまな場面に対応するために,その場面の数だけ技(スキル)を習得していかなければならない,ということになってしまいがちである,ということです。

 他にも,SSTはもともと行動療法から分離・独立化して発展してきたものであるために,あまり人間の認識を問題にしないという欠点もあります。このことは説きだすと長くなりますので,触れておくだけにしたいと思います。

 以上,今回は,SSTを技化の論理からとらえ返して,その優れた点と限界を考察しました。
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2016年02月16日

SSTを技化の論理で説く(3/5)

(3)南郷武道論における技化のプロセス

 前回は,実際のSSTで,どのようにしてコミュニケーションの練習をするのかの流れをご紹介しました。大きな流れでも,ウォーミングアップから始まり,宿題の確認などを経てロールプレイに移り,最後に宿題の設定などを行うという構造化された形が採用されており,また,その中の中心的な要素であるロールプレイを取り出しても,練習するスキルを決めて練習をし,その後,よかった点を挙げてからさらによくする点を挙げるなど,一連の構造化された流れがあるのでした。

 さて今回は,南郷継正先生によって発見された技化の論理を復習したいと思います。そもそも本稿は,SSTを技化の論理から説くことを目的としていますので,SSTの紹介が終わった今,技化の論理をしっかり押さえておく必要があるといえるでしょう。

 南郷継正先生は,武道の技や上達過程を研究され,技はすべて,創る部分と使う部分という二つの部分=構造からなることを発見されました。この技の創出・使用の二重構造論を初めて公にされたのは,南郷先生の処女作である『武道の理論』(1972年)でした。この中で,技を身につけて使えるようになる過程,すなわち技化の過程を,以下のように説いておられます。

「このばあい,武技が我々のものとなる成りかたは,大きく分けて,三つの段階というか構造をもっているといってよいであろう。その三段階を簡単に説くならば,次のようになる。

 「そのT」は武技の形を覚えこむ段階である。
 「そのU」は覚えた形を自分のものにする段階である。
 「そのV」は自分のものにした技を,自分のものとして使いこなす段階である。」(『全集版 武道の理論』,『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第4巻』所収,p.248)


 すなわち,技の形を覚えこみ,それを自分のものにするのが技を創る部分であり,そうして創出された技を使いこなすのが技を使う部分である,ということです。そして南郷先生は,「そのU」の段階が問題だとして,形が崩れないように注意し続け,その形を保ち続ける必要があると説かれています。

 また,別の箇所では以下のようにも説かれています。

「まず勝負に至るまでの一般的なレベルでのまともな上達法を図示してみると(図1)のようになる。
 Qは技を覚える段階である。
 Pは覚えた技を使用に耐えるように仕上げる段階である。
 Xは使用に耐えうる技を使う段階である。」(p.204)


 「図1」では,QからPに向けて三本の矢印が出ており,さらにPからXに向けて一本の矢印が出ています。さらに,QからXへ,Pを飛び越す形で点線の矢印が伸びています。これは,QからPへの訓練を主として行い,QからPへ,そしてさらにXへという形はめったに辿らないことを意味しています。すなわち,技の形を覚え,そして覚えた形を使用に耐えるように仕上げる訓練をくり返しのうえにくり返し行うことが大切だ,つまり,技を創ることにしっかりと時間をかけて取り組む必要があるのであり,技を使う訓練は,技を創る訓練でしっかりと技が身についてから行うべきである,ということでしょう。それなのに,武道界における訓練方法としては,技の形を覚えたらすぐに使う練習に移ってしまう,つまり,Qから一足飛びにXの段階に進んでしまう,ということを,QからXへ伸びた点線の矢印が示していると考えらえます。

 ここでのQPXは,おおよそ先の「そのT」「そのU」「そのV」にそれぞれ対応しているといえるでしょう。要するに,技には創出の側面と使用の側面があり,実体的には同一である技を論理的にしっかり区別しながら,まずはしっかりと技の形を覚えてそれを自分のものにする,使用しても形が崩れないように仕上げるという創出の段階を徹底する必要があるのであり,それができてはじめて使う段階に移行するというのが,まともな上達のあり方であり,技化のプロセスである,ということだろうと理解しています。

 このような技化の論理は,直接には武道の技,つまり武技について説かれている内容ですが,実際はそれに限らず,あらゆる技について当てはまる論理だと思います。そして,人間の歩く,走る,飛ぶ,つかむ,投げるなどの実体の動きや,算数の問題を解く,旅行の計画を立てる,転職の決断をする,などといった認識の動きも,すべて技として捉えられるものですから,この技化の論理を使って説くことができるわけです。

 例えばということで,右利きの筆者が左手で箸を持てるようになったプロセスを,上記の技化の論理で説いてみたいと思います。箸を持つことなんて「技」とはいえない,という反論があるかもしれません。しかし,子どもを放っておいて何も働きかけなくとも,自然と箸を持てるようになる,などということはありえませんから,これも創って使うべき「技」ということになります。

 まず,技の形を覚える段階です。これは理想的な手や指の形を右手の持ち方を真似するようにして覚えます。右手の持ち方がそもそも間違った形になっている場合は,ネットなどであるべき形を確認して,それを真似する必要があるでしょう。そして,どの指をどのように曲げたら箸がしっかりと握れて,どの指をどのように動かせば箸の先端を離すことができるのかもしっかりと覚えます。

 次に,覚えた形を自分のものにする段階,覚えた技を使用に耐えるように仕上げる段階です。ここでは,使用することをいったん否定して,ゆっくりであっても,正しい形をしっかりと取り続けることを優先します。普通の速度で食べようとすると,形が崩れてしまいます。それは,正しい形というのは自分がもとからできる手や指の動きではありませんから,その時までに自然成長的にできるようになっている動きの形に引きずられてしまうからです。そうなると,正しい形が壊されて,自己流のみっともない形となってしまいます。そうならないように,速度や力の入れ具合は犠牲にしても,正確な形を保ち続けながら,ゆっくりと食事をすることになるでしょう。これをくり返せば,しっかりと使用に耐えられる技として仕上がっていきます。

 最後が使用する段階です。箸を使うという技が基本技としてしっかりと仕上がっていれば,ほとんど無意識的に左手で箸を駆使できるようになっているはずです。そして,たとえば豆を一粒つまむとか,麺類を食べるとかいった変化にもしっかりと対応できるでしょう。もともと正しい形というのは,そのような使用=変化にも対応できる理想的な形が採用されているはずだからです。それでも難しいものがある場合には,必要に応じて,その特殊な対象(食べ物)に合わせた使い方(変化)の練習をして,きちんとどのような対象(食べ物)でも対応できるようにしていきます。

 もう一つ,筆者がパソコンのキーボードをブラインドタッチできるようになったプロセスも見てみましょう。

 第一に,技の形を覚えこむ段階です。右手と左手の指をどのキーに置くのかを覚え,それ以外のキーはどの指でタッチするのかを覚える段階です。これはさほど難しくないものでしょう。

 第二に,覚えた形を自分のものにする段階です。この段階では,使うということを否定します。本来,ブラインドタッチを身につけるというのは,そうでない場合に比べて,文字入力がはるかに速くなるメリットがあるからです。しかし,この段階では,使用することを否定して,もっぱら技を創ることに専念します。ブラインドタッチの場合であれば,はじめはきちんとキーボードを見て,押すべきキーはどの指で押すのかを確認しながら,ゆっくりと文字を入力していきます。ここでは自己流を廃する必要があります。どんなに違和感があろうとも,正しい形で文字を入力していくのです。そして,徐々にスピードをつけていきます。これを徹底してくり返せば,それぞれのキーの位置も勝手に指が覚えてしまい,ほぼ自動的に入力できるようになるのです。

 第三に,使用に耐えうる技を使う段階です。先の段階までで技の創出は終っていますから,あとは使っていくことになります。ここまでくれば,当初の自己流のタイピングに比べて,著しく速く文字入力することができるようになっているはずです。第二の段階をしっかりとくり返していれば,たとえば小さなノートパソコンのようなキーボードであっても,十分に変化して対応することが可能となっているはずです。

 筆者自身が体験した2つの技化のプロセスを説いてきました。ここで説いたように,いったん使うことを否定して,基本技の形を徹底的に練習して,しっかりと使用に耐えうる技として創出した後に使用するという否定の否定のプロセスこそが,まともに技を身につける際には必要となってくるでしょう。
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2016年02月15日

SSTを技化の論理で説く(2/5)

(2)SSTセッションのプロセス

 本稿は,さまざまな領域・分野で活用されているSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)を,南郷継正先生が措定された技化の論理でもってとらえ返し,SSTの意義や限界を考察する論考です。前回は,SSTが非常に幅広い領域で活用されていることを紹介しました。

 今回は,SSTのセッションは,実際にどのように行われているのかを紹介します。

 まず,SSTとは何かということを,前回の復習も兼ねて少し詳しく説明したいと思います。SST(Social Skills Training)とは,認知行動療法の一種で,ソーシャルスキルの獲得を目指す訓練方法です。認知行動療法とは,認知(考え方)や行動に働きかけて,その人の困りごとを解決していこうとするアプローチの総称です。また,ソーシャルスキルとは,社会関係(対人場面)において,その場にふさわしい言動がとれるようなスキルのことです。たとえば,朝,会社で出会った人には「おはようございます」とあいさつをすること,昼休みに同僚と雑談すること,友人から頼まれた無茶なお願いを断ること,相手にも配慮した形で自分の怒りの感情を伝えること,このようなことが,ソーシャルスキルの内容となってきます。このような,その場にふさわしい行動ができずに困っている方を対象にして,それができるように援助していく方法が,SSTなのです。

 SSTのセッションは,ふつう,5〜8名ほどの集団で実施することが多いです。筆者が勤務する病院で,入院患者さんを対象に行うSSTでは,通常,セッション開始の2カ月ほど前から対象者を募集します。見立てにもとづいて,主治医が推薦することもあります。参加者が決まれば,まずは個別の面接を行って,どういうことに困っておられるのか,それは,どのようなソーシャルスキルがあれば解決するのかを見立てます。そして,各自の目標を立てることになります。

 その後,いよいよセッションが開始となります。通常,毎週1回90分ほどの枠で行われることが多いです。回数はまちまちですが,当院の入院患者さん対象のSSTでは,15回ほどになります。参加者5〜8名ほどに対して,スタッフは3名ほどが入ります。一人はリーダーで,SSTの進行役です。もう一人がコ・リーダーと呼ばれる役割で,板書をしたり,参加者に助言をしたりして,リーダーを助けます。あと一人,記録係がつくことがあります。

 セッションの流れはほぼ決まっており,固定化されています。これを「構造化されている」といいます。毎回流れが同じであると,参加者の方も次に何をするのかが分かりますから安心されます。逆に,もし毎回違う流れになるのであれば,次は何をするのだろうということが気になり,セッションの内容に集中できないことにもなりかねません。そこでSSTでは高度に構造化されたセッションを行うのです。大きな流れとしては,次のようになっています。

@ウォーミングアップ
A宿題報告
Bルールの確認
Cロールプレイ
D宿題設定
Eまとめと感想

 順番に説明します。@のウォーミングアップは,いわば「アイス・ブレイク」です。参加者の緊張をほぐし,スムーズに本題に入って行けるように,簡単なワークやゲームを行います。Aの宿題報告は,前のセッションで練習したスキルを,実生活に使ってみてどうだったかを,報告していただくことです。Bは,「見学はいつでもできます」や「人の良いところをほめましょう」などといったSSTのルールを確認する作業です。Cのロールプレイが,SSTの中心になります。これはすぐ後に詳説しますが,苦手な対人場面を設定して,苦手なソーシャルスキルの練習をすることです。Dでは,ロールプレイで練習したスキルを,実際にどのような場面でどのように使うかを決めておきます。CとDは,まず参加者の一人の困りごとを取り上げてやります。そして,時間があるようならば,また別の参加者に対してCとDを行うことになります。最後にEでは,今回扱ったスキルの復習をして,参加者が一人ずつ感想を述べます。

 大きな流れとしては以上になるのですが,この中の中心的な要素であるロールプレイもまた,以下のように構造化されています。

@練習することをきめる
A場面をつくって一回目の練習をする
Bよいところをほめる
Cさらによくする点を考える
D必要ならばお手本をみる
Eもう一度練習をする
Fよいところをほめる

 これも順番に説明します。@では練習するスキルを選択します。たとえば,断るのが苦手であるという入院患者さんの場合,「頼みごとを断る」というスキルを練習することに決めます。Aでは,困りごとが起こる具体的な場面を詳しく聞いて,相手役も参加者やリーダー/コ・リーダーのうち,だれがやるかを決めます。そのうえで,寸劇のようにその場面を再現していただくのです。たとえば,作業療法の後,いつも特定の友人にジュースを買うお金を貸してくれと頼まれて,本当は嫌なのに,強く押されるとつい断れずに貸してしまう,というようなことを聞き取り,その友人役を誰がやるのかを決めるわけです。そして,いつものように,そのやり取りを再現してもらいます。Bでは,今行った練習で,よかったところをできるだけたくさん出していただきます。他の参加者から出していただくのが基本ですが,あまり出なかったりする場合は,リーダー/コ・リーダーが出すこともあります。「実際は貸してしまったが,嫌そうな表情をした点がよかった」とか,「最初は無言だったので,拒否している感じが出ていた」とかが出るかもしれません。

 そのうえで,Cでは,さらによくするためにはどうすればいいかの案を,他の参加者から出していただきます。ここでも,必要に応じて,リーダー/コ・リーダーも案を出します。「『今日はお金持っていないから,ごめん』と言う」,「走って逃げる」,「『いつもお金を借りるなら,自分で持ってくればいいでしょう』と提案する」,「『お金を貸すのは嫌だから,今後はもう貸したくない』と伝える」などの案が出るでしょう。そして当人が,自分が採用できそうな案を選択します。必要であれば,その案を出した人などにお手本を見せてもらい(D),それを踏まえて,もう一度練習します(E)。そのうえで,F再びよかった点を本人にフィードバックします。必要に応じて,C〜Fをくり返すこともあります。

 このように,SSTでは,大きな流れも構造化されていますし,その中の中心的な要素であるロールプレイに関しても,構造化されており,何回かセッションに参加すれば,おおよそ,どういうことをしていくのかの流れが掴めるようになっています。

 以上は,ごくオーソドックスな,入院患者さん対象のSSTを想定して説きました。もちろん,別の分野や領域では,形態もやり方も様々に変化する可能性があります。たとえば,筆者が行っていた刑務所でのSSTでは,スタッフは筆者一人です。刑務所の教官もその場にはいますが,SSTのことをご存じないので,コ・リーダーの役割を果たすことはできません。また,セッションもその場限りで,1回完結型です。学校で,発達障害のある生徒にSSTを実施する際は,今回見たようなやり方とは少し違う「ベラック式」(または「ステップ・バイ・ステップ方式」)などと呼ばれる形式を採用しています。これは,参加者に自由に自分の練習したいスキルをいってもらうのではなく,予めこちらが練習するスキルを決めておき,そのスキルも,スモールステップに分解しているので,ポイントが明確になります。もちろん,今回紹介した方法でも,あるスキルをスモールステップに分けて練習することもありますし,細かな要素に分解して,ポイントを提示したりもします。しかし,ベラック式は,細かく分けたスモールステップを予め提示する点に特徴があるのです。より構造化されたやり方だといえるでしょう。社交不安障害の方にカウンセリングの中でSSTを行う場合は,一人SSTという形になります。普通は集団に対して行うのですが,このように一人に対して行う形態もありえます。

 以上,今回はSSTのセッションの流れをやや具体的に紹介しました。
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2016年02月14日

SSTを技化の論理で説く(1/5)

目次

(1)SSTの利用が広がっている
(2)SSTセッションのプロセス
(3)南郷武道論における技化のプロセス
(4)技化の論理から見るSST
(5)技の二重構造を踏まえた実践を

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(1)SSTの利用が広がっている

 今年になってから,以下のような新聞記事が目に留まりました。

「発達障害の子預かり,広島のラフラインズ,放課後向け施設,高齢者の介護も。

 デイサービス(通所介護)を手掛けるラフラインズ(広島市)は,発達障害を持つ子ども向けの放課後預かりサービスを始める。6歳から18歳までの子どもを預かる。施設内にデイサービス施設も併設し,世代間の交流を促してサービスの質を高める。子どもが介護高齢者と触れあう機会を作ることで,将来の介護福祉人材の育成にもつなげる。

 広島県廿日市市にある物件を購入した。2月から障害を持つ小中学生の放課後預かり施設「ウィルサポキッズ廿日市SSTs」を開く。注意欠如・多動性障害(ADHD)など発達障害の子どもを放課後に預かる。

 車での送迎のほか,職員が発達障害者向けのSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)手法に基づくコミュニケーション指導も行う。サービス料金は家庭の所得など条件により異なるが,一般家庭で週2回通う場合,月額料金は5000円程度となる見通し。

 発達障害を抱える子どもは通常の学校生活になじめず,不登校になるケースも多い。4月からは中学校卒業生を対象に,通信制で高校卒業認定が取得できるフリースクールも始める。」(2016/01/13 日本経済新聞 地方経済面 広島)


 これは,広島のある企業が,発達障害の子ども向けの放課後等デイサービスを始める予定であり,その中で職員がSST(ソーシャル・スキル・トレーニング)を実施するということを報じた記事です。「放課後等デイサービス」というのは,2012年の児童福祉法改正で開始された,障害のある児童を対象とした学童保育のようなものです。学校が終わってから通い,生活能力向上のための訓練などを受けます。このような施設やその利用者は増えており,筆者の最寄り駅の近くにも,昨年,新規開設されました。

 さて,ここで触れられているSSTというものを,本稿では取り上げたいと思います。英語の"Social Skills Training"の頭文字をとったもので,日本語では「社会生活技能訓練」などと呼ばれています。簡単にいうと,社会生活で必要となってくるコミュニケーションの練習をする一つの方法です。先の記事にあった発達障害のある児童は,対人関係の障害やコミュニケーションの障害を有するため,SSTによって,コミュニケーションの取り方を練習し,良好な対人関係を構築し維持する方法を身につけるのです。

 もう少し詳しく,SSTについて見ていきましょう。一般社団法人SST普及協会のホームページで紹介されている「SSTとは」の文章を以下に引用します。

「“Social Skills Training”の略で,「社会生活技能訓練」や「生活技能訓練」などと呼ばれています。小児の分野では「社会的スキル訓練」,教育の分野では「スキル教育」とも呼ばれます。

 SSTは認知行動療法の1つに位置づけられる新しい支援方法で,対人関係を中心とする社会生活技能のほか,服薬自己管理・症状自己管理などの疾病の自己管理技能に関わる日常生活技能を高める方法が開発されています。近年わが国でもその効果が認められ,1994年4月「入院生活技能訓練療法」として診療報酬に組みこまれました。

 現在では,医療機関や各種の社会復帰施設,作業所,矯正施設,学校,職場などさまざまな施設や場面で実践されています。家庭や職場訪問など地域生活の現場での支援も行われています。精神障害をもつ人たちをはじめ社会生活の上で様々な困難を抱えるたくさんの人たちの自己対処能力を高め(エンパワメント),自立を支援するために,この方法が広く活用されることが期待されています。」


 ここで説かれているように,SSTは様々な分野で活用されています。元々は,統合失調症の患者さん対象に開発されたものですが,現在では,先の記事で見たように,発達障害のある方に対する支援方法としても大きく注目されていますし,うつ病で休職されている方のリワーク(職場復帰)のための支援方法としても活用されています。その他,作業所や刑務所,学校など,さまざまなところで実施されています。

 筆者自身も,精神科病院の病棟で,統合失調症の方を対象としたSSTを実施していますし,病棟やリワーク施設で,休職者を対象としたSSTも実施しています。また,刑事施設(刑務所)でも,就労支援の一環としてSSTを実施した経験もありますし,中学校や高校で,発達障害のある生徒を中心に,良好な友人関係を築くためのSSTも実施しています。さらに,人前でひどく不安を感じ,緊張してしまうという社交不安障害の患者さんに対しては,カウンセリングの中にSSTの要素を導入して,コミュニケーションの練習を行ったりもしています。

 このようなSSTが特に注目されている事例を2つ紹介したいと思います。一つは,北海道の浦河町にある「べてるの家」です。べてるの家は精神障害等のある当事者の方々の生活活動拠点で,100名以上の当事者がそこで生活し,働いています。べてるの家の活動で特に有名なのは「当事者研究」です。これは,当事者が自分で自分の困りごとを研究するというユニークな手法です。そこで明らかにされた困りごとのメカニズムに対して,SSTによって介入していき,問題の解決を図っていくのです。すなわち,当事者研究はSSTとセットで初めて問題解決のための有効性を発揮するのであり,SSTなくしてべてるの当事者研究は成立しない,といえるほど,SSTは重要な位置を占めているのです。

 もう一つ紹介したいのは,大東コーポレートサービス株式会社での取り組みです。大東コーポレートサービス株式会社は,障害者雇用を目的とした特例子会社です。この会社では社内研修の一環として,大々的にSSTを導入し,マナー改善やコミュニケーション能力向上を果たしてきました。その結果,小学校低学年のテストでも30点ほどしか取れない知的障害のある方や,精神状態が安定しなかった精神障害のある方などがめきめきとスキルを身につけて,仕事ができるようになったということです。当初は,親会社からいわれたシュレッダー処理などの単純な作業だけを請け負っていたのが,500種類以上の業務を行えるようになり,中には収益が1億円を超える業務も生まれてきたそうです。このようにSSTは,業務上のスキルを向上させるためにも活用されており,大いに力を発揮しているのです。

 本稿では,このようにさまざまな分野で活用されており,時に非常に大きな威力を発揮しているSSTを取り上げ,これを南郷武道論における技化の論理から説いてみたいと思っています。そこで次回は,SSTのセッションの中で,どのようにしてコミュニケーションの練習をするのか,具体的なプロセスを紹介したいと思います。続いて,南郷継正先生によって措定された技化の論理を復習します。これは我々にとってはもはや常識的な内容なのですが,改めてしっかりとまとめ直すことによって,自分自身の理解をも深めていきたいと考えています。そして最後に,SSTを技化の論理からとらえ返し,その優れた点や限界について考察したいと思っています。
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2015年03月28日

弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想(5/5)

(5)対象と武器を弁証法的に学ぶ

 本稿は,臨床心理士である筆者が,『医学教育 概論(3)』を読んで学んだ内容を,主として,専門分野をどのように学んでいけば,実力ある臨床心理士となれるかという観点から考察することを目的として執筆してきたものである。そもそも『医学教育 概論』シリーズをとりあげたのは,科学的学問体系のお手本であるからであり,また,筆者の専門とする心理臨床と隣接する医療実践に関わるテーマが取り上げられているからであった。

 本稿の最終回にあたって,これまで説いてきた内容を振り返っておこう。

 初めに,臨床心理士にとっても一般教養は必須であり,臨床心理士としての実力向上のためには,かなり力を入れて学ぶことが大切であることを説いた。『医学教育 概論(3)』では,医師は「人間の」病気の診断と治療が専門であるから,病気を理解する前提として「人間」を学ばなければならないと説いてあった。そして,人間とは,自然的外界・社会的外界と相互浸透することによってしか,生きて生活できない存在であるがゆえに,その自然や社会をしっかりと学ぶことが人間理解に必須なのであり,それこそが一般教養の学びであるということであった。このことは,人間の心の問題の見立てと,その解決に向けた介入を専門とする臨床心理士にとっても,まったく同様に当てはまるということを指摘した。特に,人間の認識はその人が相互浸透する人間社会によって創られるのであり,当然,心の問題も,社会との相互浸透のあり方によって創られていくのであるから,社会,および社会との相互浸透について,臨床心理士は医師以上にきちんと,深く理解している必要があると指摘した。このような一般教養の学びのための具体的な教材としては,『医学教育 概論(3)』で説かれている新聞や中学校の公民,理科,保健体育の教科書に加えて,南郷継正先生が『看護学科・心理学科学生への“夢”講義(1)』で触れられている歴史を題材とした時代小説や人間の心を主題にしている小説,さらに社会派とされている推理小説なども重要であることを説いた。

 続いて,クライエントを理解していく方法として,全体から部分へ入っていかなければならないことを説いた。『医学教育 概論(3)』では,「学びの王道」として,必ずまずは全体像を描いてから,それをしっかりと把持しながらそれらの部分に入る必要があるということが説かれていた。こうすることによってこそ,対象をきちんと論理的に把握できるのであり,正確に理解することができるのであった。とすれば,われわれ臨床心理士がクライエントという対象を理解してアセスメントをしていく際も,同様の過程を辿る必要があるのではないかと指摘した。すなわち,まずはクライエントの全体像を描く必要があるのであり,そのクライエントの全体像とは,今までどのような自然的外界・社会的外界と相互浸透してきたかを描くということであった。その人が育ってきた時代性・地域性を踏まえて,まずは家庭環境をしっかり描き,次いで保育園・幼稚園から小学校,さらには中学校・高校,そして大学や職場,それに新しい家庭環境といった,クライエントが相互浸透してきたところの小社会をしっかりと把握していくことが大切だと説いたのであった。このように,クライエントが相互浸透してきた社会的外界を押さえて,クライエントの全体像を描いてから,部分たる現在の困りごと(心の問題)に入っていくことによって,より適切な介入が行えるのだということを,視線恐怖を伴う社交不安障害の事例を通して解説した。その後,全体を踏まえて部分に入っていくとか,過程を踏まえて結果を理解していくとかいう弁証法的な対象の把握の仕方,学び方によってこそ,その対象をきちんと,論理的に把握できるのだということを指摘した。

 最後に,心理臨床の歴史を辿り返すことの重要性を説いた。『医学教育 概論(3)』では,医学教育の歴史から説く専門課程の学びの王道が説かれていた。これは簡単にいうと,医学教育の歴史が「臨床→基礎→臨床」の順になっているのだから,この系統発生の順番を,個体発生である個々人の医学生の学びにも適用すべきである,ということであった。現行のカリキュラムでは最初の「臨床」がないために,「基礎」を学ぶ目的や意義が不明となっているために,学びの質が浅いものになっているが,医学教育の歴史を踏まえたないようにすれば,きちんと「基礎」が学べて,臨床にも生かしていけるようになる,ということであった。これはすなわち,系統発生にはそれなりの必然性があるのであるから,個体発生においてもその必然性を辿り直さないと,実力は向上していかないのだ,ということであった。したがって,われわれ臨床心理士も,フロイト以来の(あるいはそれ以前の歴史も踏まえて)心理臨床の歴史をしっかりと辿り直し,フロイトの原理原則はどのような必然性として生まれてきたものなのか,それが社会の変化に応じてどのように修正されていったのか,どのような条件のときにフロイトの原則はいまだに通用するのか,といったようなことをしっかり把握してかかる必要があると説いた。また,科学的な学問体系の構築を志す筆者にとっては,学問構築のためにも,専門領域の歴史をしっかり辿り返してその論理化を図ることは必須であるということについても触れておいた。

 以上の内容を,別の観点から再度まとめ直してみたい。

 二つ目と三つ目の内容は,要するに,歴史の重要性ということに帰着する。われわれ臨床心理士は,臨床心理学という武器を用いて,クライエントを理解して,その問題の解決に向けた介入を行っていくわけである。したがって,まずはしっかりとクライエントを理解する必要がある。ところが,現在困りごと(心の問題)を抱えているクライエントは,何の前触れもなく突然困りごとに遭遇したわけではない。困るには困るに至る過程があったはずである。その過程を巨視的に,すなわち,クライエントが生まれてからこれまで,どのような社会的外界と相互浸透してきたのかということを聞き取って,クライエントの全体像を描くことが必要なのであった。これは,端的にいえば,クライエントの「今」を知るために,「今」に至る過程,すなわち,クライエントの歴史を知る必要がある,ということである。

 そして我々は専門家として,専門領域の知見を活かして支援していくのであるが,その専門領域の知見をきちんと理解して,身につけていくためには,その専門領域の歴史を知らなければならない。すなわち,心理臨床やそれを対象とした臨床心理学の歴史を知らなければならないのである。なぜなら,これまた現在われわれが心理的援助のための武器として使っている理論なり技法なりといったものは,歴史のある時点で突然降って湧いたものではなく,生成発展の必然的なプロセスの中で生じてきたものであるからである。幾世代もの人類が,系統発生として徐々に創り出してきたものである。だから,それを自らのものとするためには,われわれも個体発生として,その系統発生の過程をくり返さなければならないのである。

 このように,われわれ臨床心理士が働きかける対象であるクライエントの歴史と,働きかけるときに用いる武器である臨床心理学の歴史という,二つの歴史をしっかり学ぶということが,臨床心理士の実力向上のためには必要なのである。では,このことと,最初に説いた一般教養の重要性ということは,どのようにつながってくるのであろうか。

 それは,これら二つの歴史というのは,ある特殊な歴史であるからして,その特殊性をきちんと理解するためには,より広い視野の中にその歴史を位置づける必要があるということである。そのより広い視野を学ぶのが一般教養の学びなのである。

 たとえば,クライエントの全体像を描こうと思って,幼いころからその中で育ってきて相互浸透してきた小社会をきちんと重層的に把握したとしよう。しかし,そもそも人間は一般的に,どのような小社会の中で育って,どのように相互浸透していくものなのかという基準がなければ,そのクライエントを評価・判断することができないのである。だからこそ,時代小説や社会派推理小説などで,「時代の心,社会の心,人の心」をしっかりと学んでおく必要があるのである。このような教材で,一般的な個としての人間の認識の発展過程を描けるようになってこそ,目の前のクライエントの全体像が描けるようになるのである。そういった一般性を踏まえることなく,いきなり目の前のクライエントのみを見ても,その全体像を描けるはずはない。

 同じように,臨床心理学というのは,学問全体から見れば一特殊領域にすぎないものであるから,そもそも学問はどのように発達して来たのか,どのように発展していくものなのか,というような一般的な像を把握していないと,臨床心理学の発展過程も真に理解することはできないのである。そしてその学問発達一般論を学ぶのも,一般教養の中身であるはずである。

 このようにして考えてくれば,結局,あるものを学ぶのにはその歴史を学ぶ必要があるのであり,その歴史もより広い観点を踏まえたうえでの学びが必要になるのだ,そういう学びをしてこそ,真に実力がついていくのだ,ということになるだろう。歴史を学ぶことも,より広い視野からものごとを捉え返すことも,いってみれば弁証法的な学び方ということに他ならない。したがって,結局は弁証法的に学んでいけば実力がつくのだということになる。これだけいってしまえば,超抽象的な内容で,それ自体はもっともなことなのではあるが,その中身は,今まで説いてきたようなものだということである。

 さて本稿の最後に,以上をふまえて筆者自身の課題を明確にしておきたい。何よりも欠けているのは,心理臨床や臨床心理学の歴史についての学びである。これらをしっかり筋を通して描けるようになることが,当面の大きな課題といえる。また,人間を自然的・社会的外界との相互浸透によって生きて生活している存在としてとらえることは,支援対象のクライエントを見た時でも,小説の登場人物を見た時でも,まだまだ十分にできているとは言い難いものである。外界との相互浸透という視点をもって人間を見ていけるように,今後も訓練を重ねていくことを決意して,本稿と終えたいと思う。

(了)

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2015年03月27日

弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想(4/5)

(4)心理臨床の歴史を辿る必要性

 前回は,『医学教育 概論(3)』で説かれている「学びの王道」を踏まえて,それを臨床心理士としての実力向上にどのように活かしていけるかを考察した。本書で説かれている「学びの王道」とは,端的には,学ぶ対象の全体像を描いてから部分へと入っていくということであった。こうすることによってこそ,対象をきちんと論理的に把握できるのであり,正確に理解することができるのである。とすれば,われわれ臨床心理士がクライエントという対象を理解してアセスメントをしていく際も,同様の過程を辿る必要があるのではないかと指摘した。すなわち,まずはクライエントの全体像を描く必要があるのであり,そのクライエントの全体像とは,今までどのような自然的外界・社会的外界と相互浸透してきたかを描くということであった。その人が育ってきた時代性・地域性を踏まえて,まずは家庭環境をしっかり描き,次いで保育園・幼稚園から小学校,さらには中学校・高校,そして大学や職場,それに新しい家庭環境といった,クライエントが相互浸透してきたところの小社会をしっかりと把握していくことが大切だと説いたのであった。

 さて今回は,臨床心理士が実力をつけるために『医学教育 概論(3)』から学ぶべき点として,歴史の学びの重要性について考えていきたいと思う。

 本書の「第16課 医学教育の歴史から説く専門課程の学びの王道」では,医学教育の歴史を踏まえて,どのようにして専門課程を学んでいけば実力ある医師になることができるのかについて説かれている。まず,医学教育の歴史については,次のように説かれている。

「近代の学校教育制度が整うまで,医師の養成は,もっぱら徒弟的修業を行わせることによって,なされていました。すなわち,師匠とともに,患者を前にして医療実践を行うことが,医師への学びのすべてであったわけです。……

(中略)

 さて,このように学校教育制度が整うまでの医師養成過程は,徹頭徹尾,患者を前にしての,いわば「臨床実習」だったわけです。しかし,長い長い人類の歴史は,医師が患者を前にして,その病気の診断および治療で,悪戦苦闘し,何とかその病気の構造に立ちいろうとする過程を通して,膨大な知見を文化遺産として積みあげてきました。その結果,そのような文化遺産を修得させることなしに,医師を養成することができない時代に至ったのであり,これが医師養成のための,近代の学校教育制度の始まりです。もちろん看護師養成も,同じ理由から看護大学を必要とするに至りました。

 そして,蓄積された,医師に必要な文化遺産とは,大きく二重構造としてとらえることができます。一つは,当然に医師が歴史的に対象にしつづけてきた,人間の病気に直接関わる知見であり,もう一つは,目の前の病気を理解するために必須となった,人間の正常な構造と機能に関する知見です。

 ここで最も重要なことは,人間の正常な構造と機能に関する知見とは,あくまで,医師として,人間の病気を知るための必要に迫られて,明らかにしてきたものだという点です。」(pp.141-142)


 ここでは医学教育の歴史が概観されて,当初は「臨床実習」として,師匠とともに患者を前にして医療実践を行うことが医師養成の教育のすべてであったが,病気に関する知見,および病気を理解するために必須となる人間の正常な構造と機能に関する知見の蓄積が膨大になり,それを文化遺産として修得させることになしに医師を養成することができなくなったために,医師養成のための学校教育制度が整ってきた,ということが説かれている。

 これを踏まえて,医学生がどのような学び方をすればいいかについては,以下のように説かれている。

「以上のような歴史的事実を辿ってみると,現代の医学教育のカリキュラムが持つ問題点が,おのずと浮上してくることになります。それは端的にいえば,本来医師としての学びは,「臨床→基礎→臨床」でなければならないのに,現代の医学教育は,「基礎→臨床」となっている点です。

(中略)

 ……ではこのことによって,つまりみなさんのカリキュラムが,「基礎医学」→「臨床医学」→「臨床実習」となっていることによって,医学生としての学びに,どのような欠陥が生じているのでしょうか。

 それは,「臨床→基礎→臨床」の,最初の「臨床」が抜け落ちて,いきなり「基礎」から始まることによって,医学生はその「基礎」の学びの目的および意義がほとんど理解できず,その結果「基礎」の学びが,非常に浅いもので終わってしまうということです。つまり,「臨床」の学びに生かせるような,「基礎」の学びができないでいるのです。」(pp.146-148)


 ここでは,現代の医学教育のカリキュラムでは,「臨床→基礎→臨床」の,最初の「臨床」が抜け落ちているために,「基礎」の学びの目的および意義が理解できず,「基礎」の学びが非常に浅いものとなってしまっていると説かれている。逆からいえば,本来医学生は,「臨床→基礎→臨床」という順序で学んでいき,「基礎」の学びの目的および意義を十分に理解したうえで,「基礎」を学んでいくべきであり,そうしてこそ「臨床」に生かせるような「基礎」の非常に深い学びが可能となるのである,ということである。

 このように,医学教育の歴史を踏まえて,現代の学生がどのように専門課程を学んでいけばいいのかを提示することができるというのは,基本的には「個体発生は系統発生をくり返す」からであろう。すなわち,「人類」という一人の人間が,医師として実力をつけるべく辿ってきた系統発生の歴史を,医学生たる個々人も同様に辿っていく必要があるのであり,そうしてこそ,真に実力ある医師として成長できるのである,ということである。

 このようにしてこそ,「基礎」を学ぶ必然性が理解できるのであり,その「基礎」を活かした「臨床」も可能となってくる,ということだろう。

 同様のことは,臨床心理士にもいえると思う。すなわち,臨床心理士も,心理臨床の歴史なり,心理臨床がどのように教育されてきたのかの歴史なりを,しっかり辿り直す必要があるのであり,そうしてこそ,真に実力のある臨床心理士になれるというものであろう。

 筆者の周りには,認知行動療法やブリーフセラピーといった,今はやりの心理療法を専門としている若い臨床心理士がたくさんいる。しかし,彼ら・彼女らは,自分の専門としている認知行動療法やブリーフセラピーの技法習得には熱心である(このこと自体は,悪いことではない)が,派閥意識が強いためか,他流派を学ぼうという姿勢に乏しく,フロイトの理論や精神分析学などは,見向きもせず,ただただよく言われている決まり文句の批判をくり返すだけである。

 しかし,フロイトは,当時どうにも手の付けられなかったというより,気が狂ってしまったということで放置されていたようなヒステリーや強迫神経症の患者を,言葉のやり取りだけで治してしまうという,驚くべき業績をあげた人物であり,彼の理論や彼が重視した原則などは,それなりの必然性があって生まれてきたものである。そういうものを無視して,現在はやりの技法に飛びついているだけでは,学びの質が浅くなってしまうのも当然であろう。

 本来であれば,心理臨床の歴史をしっかりと辿り返し,フロイトの理論や原則はどのような必然性で生まれてきたのか,それが時代の変遷とともにどのように批判されて行動分析学やロジャースの理論,さらには認知療法やブリーフセラピーが生まれてきたのか,どのような条件下においてフロイトの原則は今でも生きており,どのような条件ではこれを修正していく必要があるのか,といったことを,しっかり把握していかなければならないと思う。これが実力ある臨床心理士になるために求められる,専門領域の歴史の学びであろう。

 また,筆者は,いまだに科学的学問体系からは程遠い臨床心理学を,少なくとも認識学の一領域として体系化していくことを志している。医学の場合は,すでに瀬江千史先生らによって,科学的学体系が完成されつつあるので,それを医学の全体像として学んでいけばいいだけ(?)であるが,臨床心理学は,いまだにその全体像を提示できるレベルには至っていない。そうであるならば,瀬江先生らが研鑽されたように,自らの専門分野の歴史もしっかりと学んで,実践の中から論理を引き出していくことによって,科学的学問体系の構築を目指すべきであり,そのためにも,専門領域の歴史を辿り返すことは必須といえるのである。

 単純に臨床心理士としての実力を向上させるためだけではなく,科学的な学問体系を構築するためにも,心理臨床の歴史をしっかりと辿り返し論理化していくことが今後の筆者の課題であると考えている。
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2015年03月26日

弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想(3/5)

(3)クライエント理解も全体から部分へ

 前回は,『医学教育 概論(3)』において医師にとっては必須であると説かれている一般教養の実力は,臨床心理士においても同様に必須であることを説いた。すなわち,臨床心理士は人間の心の問題の見立てと,その解決に向けた介入を専門としているが,人間の心の問題の見立てとその解決について学ぶためには,その前提として「人間とは何か」が分かっておらねばならず,人間は,自然的外界および社会的外界と相互浸透することによってこそ生きて生活していける存在であるがゆえに,人間が相互浸透するところの自然や社会について,しっかりと学んでおく必要があるのであり,これが一般教養の必須性である,ということであった。特に,人間の心の問題は,社会との相互浸透によって生じることが大半であるために,臨床心理士の社会についての学びは医師以上のシビアさが求められる,という点についても触れておいた。

 今回は,『医学教育 概論(3)』で「学びの王道」として説かれている方法論について,実力ある臨床心理士になるためにはという観点から説いていきたい。

 本書の「第15課 医師に必要な一般教養の実力を自ら養うにはどうしたらよいのか」の(2)では,「全体像を描きそれを把持して部分の学びに入るのが学びの王道である」として,次のように説かれている。

「以上,熱心な読者の切実な質問に答えて,教養科目の,実力のつく学び方についてお話しました。ここで,みなさんに,ぜひわかってほしいことがあります。それは,実力をつけるには,実力をつける学び方がある,ということです。この方法については,本講義でもくり返し説いていますので,周知のこととは思いますが,一言でいえば,必ずまずは全体像を描いてから,それをしっかりと把持しながらそれらの部分に入る必要があるということです。」(pp.105-106)


 すなわち,最初に全体像を描くことが肝心であり,その後,それを踏まえて部分に入るのが学びの王道である,ということである。

 ここで少し考えてみたいのは,「学びの王道」とは一体どういうことか,という点であり,もう少し絞っていうと,「学び」とは何か,という点である。学びとは,基本的にはある対象についてよりよく知っていく,きちんと理解していくということではないだろうか。したがって,「学びの王道」とは,ある対象についてきちんと理解するためのもっとも適切な方法,というくらいの意味であろう。

 そうすると,この全体から部分へという学びの王道は,われわれがクライエントの心の問題を見立てるとき,アセスメントする時にも,当然に辿らなければならない道である,ということになる。というのは,見立てとかアセスメントとかいうのは,クライエントの言動からクライエントの心の状態をよりよく知っていくことであり,きちんと理解していくこと,端的にはクライエントについて学んでいくことに他ならないからである。見立てやアセスメントがクライエントについての学びであるとするならば,当然に「学びの王道」を活かしていけるはずであるし,活かしていかなければならないということになる。

 では,われわれ臨床心理士が,クライエントについて学んでいく,クライエントの見立てをするというとき,クライエントの全体像とは一体何であろうか。それは,端的にいうと,クライエントが生まれてから現在までに経験してきたことのすべてである。人間は自然的外界・社会的外界との相互浸透によって生きている存在であるから,目の前のクライエントは,一個人として,生まれてからこれまで,どのような自然的外界・社会的外界と相互浸透してきたか,ということを押さえておかなければならない。人間の認識は関わる(反映する)社会によって創られていくものであるため,心の問題をきちんと理解するためには,どのような社会的外界と相互浸透してきたのか,という点に特に注目する必要があろう。

 もちろん,性別を押さえたり,年齢による発達段階を考慮したりすることは,当然の前提である。それらを踏まえたうえで,クライエントがこれまでどのような小社会に暮らしてきたのか,どのような社会的外界と相互浸透してきたのか,という点を把握する必要がある。これがクライエントの全体像ということになると思う。要するに,これまでのクライエントの経験全体を辿り返し,それを大雑把に描ければ,クライエントの全体像を描けたことになるのである。

 クライエントの全体像を把握する際,まず肝心な点は,家庭環境である。保育園や幼稚園に行くまでは,そして行くようになってからも,人間にとって最も原基的な小社会は家庭であり,人間の認識を創っていくいちばん基本的な社会は家庭であるといえる。だから,小さいころの家族構成を聞いたり,主な養育者やその育て方はどうだったのか,親子関係や兄弟関係はどのようなものであり,それはどのように変化していったのかを聞いたりして,アバウトな家庭環境を描けるようにする必要があると思う。

 さらに,その家庭環境を取り巻く小社会の地域性,時代性も,しっかりと押さえておく必要があろう。簡単な例でいうと,大都会で育ったのか,それとも田舎で育ったのかによって,あるいは,昭和の中ごろに育ったのか,それとも平成の世に生まれたのかによって,認識の創られ方も違ってくる。このような地域性や時代性について勉強することも,一般教養の大事な中身だと思う。

 現代の日本人は,一般的に,保育園・幼稚園から,小学校・中学校・高校へと進み,半分くらいが大学に進学して,何らかの会社に入って就労する。したがって,保育園から会社までのそれぞれの小社会がどのようなものであったのか,その小社会とどのように相互浸透してきたのか,ということも,次に把握すべき大切な点である。それぞれで,どのくらい友人がおり,どのくらい遊んだのか,どのような遊びをしたのか,勉強はどのくらいしたのか,どのような本を読みどのようなテレビを見てきたのか,恋愛はどうであったのか,クラブ活動はどのようなものであったのか,自分に影響を与えたどのような出来事があったのか,などを必要に応じてきちんと聞き取っていくことが大切である。

 さらにいうと,結婚して新たな家庭を築いている場合は,その新しい家庭環境も,そのクライエントの認識を創っていく大きな要素となる。したがって,その家庭環境もしっかり把握して,どのような相互浸透が起こっているのかを,しっかりと見定める必要もあろう。

 こういったクライエントの全体像を押さえたうえで,クライエントの困りごと,心の問題へと入っていくべきだと思う。なぜなら,クライエントの困りごとというのは,クライエントの全人生からすれば部分であり,その部分に入るには,今まで説いてきたような全体像を押さえておく必要があるからである。それが「学びの王道」だからである。

 このようなクライエントの全体像を押さえたうえで部分=クライエントの困りごとに入っていかないと,部分を部分としてのみ見ることになり,なぜそのような困りごとが生じてきたのか,どのような介入を行えば(どのような社会的外界と相互浸透させれば)解決・解消していくのか,ということが,まったく見えなくなり,介入が場当たり的になりかねない。

 たとえば,視線恐怖を伴う社交不安障害のために,大学で他者に積極的に話しかけて,関係を構築していくことができないというクライエントがいたとする。クライエントの全体像を押さえていないと,視線恐怖が会話の阻害要因だと勝手に思い込んでしまって,視線恐怖を治すためにセラピストと視線を合わせ続ける「にらめっこエクスポージャー」を無理やり導入して,クライエントの抵抗が強まって,治療が中断する,などということも起こってくる。

 ところが,全体像を押さえるためにこれまでの生活歴を尋ねていくと,中学時代にいじめに遭い,その後不登校となって,何とか中学は卒業したものの,通常の高校に進学することもできずに,通信制の高校に進学してそこを卒業して,その後何とか大学に入ったということが分かったとする。不登校から通信制高校の間は,ほとんど友人らしい友人もおらず,友人とのおしゃべりの経験が極度に欠如していたため,「会話を続ける」というスキルがないことが判明した。このような場合は,適切なコミュニケーション指導(SST)によって,会話を続けるためのスキルの獲得を目指せば困りごとが解消する可能性が高いということが分かる。

 もちろん,ここで単純化して示した事例のように,簡単に介入法が見い出せ,すぐに問題が解決する事例ばかりとは限らない。しかし,全体があっての部分であり,過程があっての結果なのであるから,全体(過程)が分からなければ,部分(結果)もきちんと理解することはできないのである。

 このように,全体を踏まえて部分に入っていくとか,過程を踏まえて結果を理解していくというのは,非常に弁証法的な学びのあり方だと思う。弁証法的に学ぶとは,全体を貫く法則性をまずは掴んで,それを指針として部分に入っていくことを意味するからである。したがって,「学びの王道」とは,弁証法的に対象を学んでいくということであり,それは,対象が医学であれ,目の前のクライエントであれ,共通した方法論であるといえるだろう。
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2015年03月25日

弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想(2/5)

(2)臨床心理士にも一般教養は必須

 本稿は,臨床心理士である筆者が『医学教育 概論(3)』を読んで学んだことを,主として専門分野をどのように学んでいけば実力ある心理士になれるのかという観点から,説いていくものである。

 はじめに『医学教育 概論(3)』の位置づけを紹介しておきたい。『医学教育 概論』シリーズは,第1巻および第2巻で第1部が終了している。第1部では,医学生が目指すべきゴールである「医師とは何か」が具体的に説かれてきた。第3巻から始まる第2部においては,第1部の内容を踏まえた上で,いよいよ医学部の6年間ですべての科目をどのように学んでいけば医師としての実力がついていくのかが説かれていくのである。中でも,第3巻と続く第4巻では,一般教養と基礎医学の学びに焦点があてられている。

 このような位置づけ・中身であるからして,どのような学習をすれば臨床心理士としての実力がついていくのかという観点から見れば,まずは一般教養に注目すべきであろう。というのは,一般教養というのは,もちろん,それぞれの専門分野に応じて,学ぶ中身や学び方に若干の違いが生じてくるとはいえ,大筋でいえば,どのような専門分野に突入することになろうとも,その専門を学ぶ前提として把握しておくべき文化遺産の学びであるという点では,大きな共通性があるからである。ましてや,前回少し触れたように,医師と臨床心理士は,その専門性が似通っており,医学と臨床心理学は近接領域といっても過言ではないのであるから,『医学教育 概論(3)』で説かれている一般教養の中身や学び方は,われわれ臨床心理士にとっても,非常に重要であると考えられる。

 本書では,第13課から第15課の半ばにかけて,かなりのページ数を割いて一般教養の重要性やその中身,その学び方が説かれている。まず,なぜ一般教養を学ばなければならないのかについて,以下のように説かれている。

「医師とは「人間の病気の診断をし,治療をする」のが専門でした。医学生のみなさんがここからはっきりとわからなければならないことは,医師が対象とするのは,「病気」であるけれども,それは「人間の」病気であるということです。……

 ……医師になって,みなさんが対象とするのは「人間の病気」なのですから,「病気」を勉強する前に,まず「人間」を学ばなければなりません。」(p.30)


「人間はこのような,自然的外界および社会的外界と相互浸透すること(関わりを深めていくこと)によって生まれ,育ち,学校生活を送り,そして社会人になって人生を生きているのであり,その相互浸透の深まり方の構造が,その過程のあり方が理解できていなければ,そこからしか誕生してこないほとんどの病気の中身,すなわち診断して治療する実体を,医師として理解することは,まず不可能になるのです。

 そして,この自然を,そして社会を,さらにそれらとの相互浸透の深まりを教える(わからせていく)のが,一般教養科目の中身であり教官達の実力でなければなりません。すなわち,医学教育における一般教養科目は,あくまで医師として実際の診断と治療を行うアタマをつくるために必要不可欠なのであり,また医師としてのアタマづくりに役立つように,学ばなければ,学ばせなければならないものなのです。」(pp.32-33)


 要するに,「人間の病気の診断をし,治療をする」ことを専門とする医師になるためには,その前提として,「人間」を学ばなければならないが,その人間という存在は,自然的・社会的外界と相互浸透することによって生きて,生活するものであるから,その自然的・社会的外界,およびそれらとの相互浸透のあり方を一般教養として学んでおく必要がある,ということである。

 これはそのまま臨床心理士にもあてはまる論理であろう。すなわち,臨床心理士は人間の心の問題の見立てとその解決に向けた介入を行うことが専門であるから,医師の場合と同様に,「心の問題」以前に,「人間」を学ばなければならないのである。そして,人間とは,自然的外界・社会的外界と相互浸透してこそ生きていける存在であり,心の問題もこれらの相互浸透の中でしか生まれてこないものであるから,人間が相互浸透するところの自然を,そして社会を学ぶ必要があり,それらとの相互浸透を学んでいく必要があるのである。これが臨床心理士にとっても一般教養が重要で必須であるゆえんであろう。

 自然,および自然との相互浸透については,『医学教育 概論(3)』の第15課で説かれているように,まずは中学校の教科書レベルのもので,理科と保健体育を勉強することが,臨床心理士にとっても必要なのではないだろうか。臨床心理士は,どうしても「心」に目が向いてしまいがちであるが,歪んだ自然との相互浸透や,まともな自然であっても,それとの歪んだ相互浸透によって,人間の生理構造が歪み,そこから心が歪んでいく,という場合も決して少なくない。典型的な例としては,偏食である。糖分のとりすぎによって血糖値が乱高下すれば,イライラや疲労感が生じるし,微量元素のアンバランスで不安障害やうつ病が助長されるということもよくいわれる話である。このような食べ物ばかりではなく,陽光や新鮮な空気等も,人間が健康的に生きて,生活していくためには不可欠の自然的外界といってもよいものであり,これらが歪んでしまうと,精神的な歪みも媒介されかねないのである。したがって,こういった自然的外界について,きちんとした全体像を把握する必要があるのであり,そのための最初の教材としては中学校の理科や保健体育が最適,ということになるのである。

 社会や,社会との相互浸透については,臨床心理士は医師以上に一般教養の実力が必要となると思われる。なぜなら,人間の認識は,歪んだ社会との相互浸透や,社会との歪んだ相互浸透によってこそ歪んでいくものであり,心の問題の大半は,社会関係の中でこそ生じてくるものだからである。このことに関して,『医学教育 概論(3)』では,「人間は社会的存在である」として,次のように説かれている。

「この事実(人間の赤ん坊は,母親が抱いて,乳首を含ませなければ,乳を飲むことができないということ――引用者註)に象徴されるように,人間は生きるための多くの本能が弱められ,代わりに,周囲から育てられることによって,育てられたように育っていく存在になったのです。つまり,人間は外界を反映した像を脳に形成し,その像をもとにして生生発展させた像=認識に基づいて生きていく存在となったのです。そして,脳にどのような像が形成され,その像がどのように生生発展していくかは,生まれた瞬間から,どのような育てられかたをするのかによって,決まっていくのです。

 これが,人間と他の動物との,一番大きな違いです。すなわち,同様に群れとしてしか生きられないといっても,生きる条件さえ満たせば,犬は1匹でも本能によって犬として育つのに対して,人間は,人間社会の中で育てなければ,人間として育たない存在なのです。」(pp.78-79)


 ここでは,人間は本能に代わって認識に基づいて生きていく存在となったのであるから,人間社会との相互浸透によってしか人間は人間として生きていくことができないのだ,どのような人間社会とどのような相互浸透をしてきたのかによって人間は規定されるのだ,ということが説かれている。

 したがって,人間と社会の相互浸透を媒介するところの認識を把握し,認識の問題の解決を目指す臨床心理士は,社会に関する一般教養の実力がシビアに要求されるのである。

 では,どのような学びをすればよいのか。『医学教育 概論(3)』に従って検討していきたい。本書では,「〔人間社会〕をイキイキとした像として描くために,まず必要なことは,日々新聞を読むこと」(p.84)であると指摘されている。さらに,「新聞で報じられる日々のさまざまなできごとを,きちんと整除して考えることのできる,いわば〔人間社会〕の枠組みを,みなさんのアタマの中に,しっかりとつくっておくこと」(p.85)も必要だと説かれている。これは,中学校の公民の教科書で,「経済」とか「政治」とかをきちんと勉強することに相当するのだろう。また,もう一つの大事なこととして,「現在の社会に至る歴史を知ること」(p.88)も挙げられている。

 筆者は最近,中学レベルの学習はもう卒業したとして,高校レベルの社会の教科書や新書などで社会の学習を進めている。しかし,まだまだ〔人間社会〕の枠組みをきちんと理解していないように感じているので,この機会に基本に戻り,中学校の歴史や公民の復習をしたいと思った。

 さらに臨床心理士としては,南郷継正先生が『看護学科・心理学科学生への“夢”講義(1)』の「第二編 看護に必要な「認識と言語の理論」」「第一章 看護における観念的二重化を説く」「第八節 「人間とはなにか」をわかるための学び」で説かれているように,学校の教科書程度では大きく不足している「時代の心,社会の心,人の心」をしっかりと学ぶべく,歴史を題材とした時代小説や人間の心を主題にしている小説,さらに社会派とされている推理小説なども,しっかり読んで,人間とは何かをしっかりと学んでいきたいと思った次第である。
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2015年03月24日

弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想(1/5)

目次

(1)どうすれば実力ある臨床心理士になれるか
(2)臨床心理士にも一般教養は必須
(3)クライエント理解も全体から部分へ
(4)心理臨床の歴史を辿る必要性
(5)対象と武器を弁証法的に学ぶ


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(1)どうすれば実力ある臨床心理士になれるか

 本稿は,一会員による瀬江千史・本田克也・小田康友『医学教育 概論(3)』(現代社)の感想文である。本書は,タイトルにあるように「医学教育」がテーマである。医学教育には社会的な関心も高く,以下のような新聞記事もあった。

「医学教育「脱ガラパゴス」,臨床実習,受け身から参加型へ――京大,学生は見学→直接問診,信州大,班ごとに現場→個別に。

 独自のスタイルで発展してきた日本の医学教育が,国際化の波を受けて大きく変わろうとしている。従来の臨床実習は見学主体の「受け身型」だったが,欧米で一般的な,学生が実際に患者と接する「参加型」へ転換。実習期間も延長しようと,各大学はカリキュラムの見直しを急ぐ。背景には,海外で進む医学教育の国際標準化の動きに加え,「海外で学ぼうとする学生や医師が少ない」との危機感がある。

 「医学生が主体的に考え,学ぶよう改める」。今年度からカリキュラムを大きく改編した京都大学医学部の新たな教育方針について,京大医学教育推進センターの小西靖彦教授はこう説明する。

 従来の一般的な臨床実習は,診察や治療を行う医師の傍らで学生が見学する形式。だが今後は学生が直接問診したり,症例検討会に参加して治療方針を自分なりに考えたりする内容に変える。

 実習期間もこれまでの59週間から73週間へと大幅に増やし,海外での臨床実習の参加も後押しする。小西教授は「数十年間ほぼ同じだったカリキュラムが,これから数年間で大きく変わる」と強調する。

 信州大学医学部は今年度から臨床実習の開始時期を半年前倒しし,4年生の9月から始める。従来,実習時は学生6人で一班を編成していたが,一人ひとり個別に現場で学ぶよう改める。

 県内の約30病院に協力を求め,150コースから学生が実習内容を選べる体制を整えた。ただ「受け入れ側に指導経験が無く,どこまで学生に任せていいか戸惑いも多い」(信州大医学教育センターの多田剛センター長)といい,現場の医師に直接説明して理解を求めている。」(日本経済新聞 2014年9月1日 朝刊)


 ここでは,国際化の影響で日本の医学教育が変わろうとしており,その中身は臨床実習を「受け身型」から「参加型」に転換し,実習期間も延ばそうとするものである,と紹介されている。

 しかし,このような医学教育改革は,ほぼ確実に失敗するであろう。そのことは,本『医学教育 概論(3)』を含む『医学教育 概論』シリーズの読者であれば常識である。たとえば,京大医学部では実習時間を大幅に伸ばし,実習の形式も見学型から直接問診型へ変えるとしている。しかし,実習時間を伸ばせば,それだけ,基礎医学や臨床医学についての座学の時間が短くなるということである。医学の知見は膨大な量になっており,それを習得するのに必然的に長時間の座学が要求されたからこそ,現在のようなカリキュラムになっているのではないのだろうか。単純に実習時間を伸ばせば解決するというような問題ではない。また,実習でいきなり問診するというが,はたしてそれが可能であろうか。まずは見学するということは妥当だと思われる。見学が受け身で直接問診が参加型だという捉え方自体が形而上学的なものである。問題意識をもって見学に臨めば,それは受け身ではなく参加型といえるはずであるから,論点はいかに問題意識をもって実習に臨ませるか,ということではないだろうか。また,信州大学医学部の方でも,実習の開始を前倒しすれば,それだけ基礎医学・臨床医学の学びがおろそかになるのは当然であろう。6人で一班だったのを個別に学ぶようにすることも,単純にいいことだとは言い難い。グループで議論しながら理解を深めていくということができなくなるからである。そして受け入れる側に指導経験がないということまで述べられており,このような方針転換が実を結ぶかどうかは,かなりあやしいといわざるをえない。

 何よりも一番本質的な点をいうと,科学的医学体系がない状態で,いくら医学教育改革を行っても徒労に終わるということである。なぜなら,科学的医学体系を把持して,それを適用することによってこそ,初めて見事な医療実践となるのであり,科学的医学体系を踏まえてこそ,そのような見事な実践を行える医師を育てる医学教育が可能となるからである。また,もう少し細かい点にも触れるとするならば,教育界全般に上達論がないために,適切に技を修得させることが難しいということもあるし,そもそも,現行の医学部の入学試験制度では,必然的に受験秀才しか医師になれないようになっており,医師に必須の感覚器官の実力がかなり乏しいというハンディキャップを背負っての医師への道となるという点もある。いずれにせよ,『医学教育 概論』シリーズの成果を踏まえなければ,医学教育改革は,いつまでも失敗をくり返すであろう。

 さて,本稿では,臨床心理士である筆者が,『医学教育 概論(3)』を読んで学んだ内容を認めていく。これまでも,「心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想」「全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想」「必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想」という3つの感想文を執筆してきた。本稿はこれらの続編である。

 なぜ臨床心理士である筆者が『医学教育 概論』シリーズの感想文を認めているのか。それには大きく二つの理由がある。第一に,認識学の構築を志す筆者としては,科学的学問体系のお手本としては,南郷学派の医学体系が最も分かりやすく,成果としてもたくさんの論文や著作が発表されているからである。その南郷学派の医学関連の著作の中で,最新のもの,いわば現時点での到達点であると考えられる『医学教育 概論』シリーズを本格的・主体的に学ぶために,このシリーズの感想文を認めて,ブログに投稿することにしたのである。

 『医学教育 概論』シリーズを取り上げた第二の理由は,本シリーズで扱われている専門領域が,筆者が専門としている心理臨床に非常に近いからである。医師は,人間の病気の診断と治療を専門とする職種であるが,われわれ臨床心理士は,いわば人間の心の問題のアセスメント(心理的見立て)とカウンセリング(心理療法)を専門とする職種である。現場としても,実際,筆者は精神科の病院に勤務しているし,精神科医と連携をとりながらクライエントの援助を行っている。したがって,医師と臨床心理士,医学と臨床心理学,医療と心理臨床は,非常に近い関係にあるといえるのであるから,前者について説かれている『医学教育 概論』シリーズは,後者にとってもほぼ直接に非常に多くのことが学べると期待できるのである。これが臨床心理士である筆者が『医学教育 概論』シリーズを取り上げる第二の理由なのである。

 以上のような理由から,『医学教育 概論』シリーズを取り上げていくわけであるが,本稿では主として,専門分野をどのように学んでいけば,実力ある臨床心理士となれるのかという観点から,学びとったことを綴っていきたいと思う。

 具体的な感想は次回以降に認めるとして,今回はいつものように,『医学教育 概論(3)』の目次を提示することによって終えたい。あいかわらず,目次を見ただけでもわくわくするような内容であるし,非常に論理的な展開になっていることが分かるというものである。



医学教育 概論 (3)



第12課 医学部6年間の学びの全体像を描く必要がある

 (1) 6年間の学びの全体像を説くのが本来の「医学概論」である
 (2) 「医学概論」の学びが6年間の学びの質を左右する
 (3) 大学のカリキュラムは医師への道を示す地図である
 (4) カリキュラムの歴史的変遷を概観する
 (5) 教養科目が大きく削減された現代医学教育
 (6) 一般教養の実力のなさが専門科目の学びを歪ませる
 (7) 「人間の病気」を専門的に学ぶ前に「人間」を学ばなければならない
 (8) 人間とは何かを学ぶに必須の一般教養科目
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 12 ―

第13課 人間とは何かを学ぶ一般教養の重要性

 (1) 一般教養の軽視が招いた医師の質の低下
 (2) 医師に必要な,人間が生きて生活している全体像の欠落
 (3) 基礎医学や医療倫理の学びだけでは人間の全体像は描けない
 (4) 人間は自然的外界・社会的外界との相互浸透によって生きている
 (5) 自然的外界との相互浸透の歪みが人間の生理構造を歪ませる
 (6) 人間を自然的外界の中に位置づける視点をもったナイチンゲール
 (7) ナイチンゲールの視点は一般教養の学びによって培われた
 (8) 教養科目の現状から本来の意義を見誤ってはならない
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 13 ―

第14課 人間は社会的存在であることを理解することが重要である

 (1) 一般教養の実力なしに専門科目の筋道を通した理解は不可能である
 (2) 人間は社会的存在である
 (3) 社会的につくられた認識によって生理構造が歪んでいく
 (4) 人間社会を学ぶための社会・人文科学系科目
 (5) 人間社会をイキイキと描くための学びの重要性
 (6) 人間社会の理解のために必要な歴史の学び
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 14 ―

第15課 医師に必要な一般教養の実力を自ら養うにはどうしたらよいのか

 (1) 一般教養の実力養成は中学の教科書の論理的な学びから
 (2) 全体像を描きそれを把持して部分の学びに入るのが学びの王道である
 (3) 学問的一般教養の学びが科学的理論を求めさせる
 (4) 医学教育の欠陥の源流をウィルヒョウ『細胞病理学』にみる
 (5) 専門課程の全体像を概観する ―「基礎医学」「臨床医学」「臨床実習」
 (6) 専門課程の全体像を理解する鍵となる医学教育の歴史
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 15 ―

第16課 医学教育の歴史から説く専門課程の学びの王道

 (1) 医学生がカリキュラムから描く医学教育の全体像
 (2) 問題基盤型学習では医師としての実力をつけることができない
 (3) 専門課程の全体像をつくるのに必要な医学教育の歴史と科学的医学体系
 (4) 臨床医学の前に基礎医学を学ぶ本当の意義を理解しよう
 (5) 医療実践の必要性から人間の正常な構造と機能は究明されてきた
 (6) ベルナールは,生理学は疾病解明のためにこそ必要であると位置づけた
 (7) 医学生が辿るべき学びの王道は「臨床→基礎→臨床」である
 (8) カリキュラムの中身のつながりの構造を明らかにする「医学体系」
 (9) 学問的作業によって構築された「医学体系」こそが専門課程の全体像となる
 (10) 専門課程の全体像とは「医学体系」の一般像である
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 16 ―

第17課 科学的医学体系から説く専門課程の全体像

 (1) 「実力ある医師とは何か」のゴールを明確にして,6年間の学びの全体像を考える
 (2) 「臨床→基礎→臨床」の過程的構造を考えなければならない
 (3) 現代の医学教育論には体系的な科学的理論がない
 (4) 「医学体系」の一般像である専門課程の全体像を概観する
 (5) 病気には病気になる過程があるということの理解の重要性
 (6) 「病態生理」は病気へ至る全過程の一部にすぎない
 (7) 学問的に概念規定した「病気とは何か」「治療とは何か」
 (8) 正常な生理構造を理論化した「常態論」 ―「生理論」との区別と連関
 (9) 基礎医学を総動員するだけでは常態論にはならない
 (10) 十九世紀に医学体系の構造の骨子を提示していたベルナール
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 17 ―

第18課 一般教養を土台とした専門課程の体系的学び

 (1) 「医学体系」の構造論の理論的つながりを示す
 (2) 「医学体系」を表象レベルで描く ―専門科目の学びを全体像に収斂するために
 (3) 病気には外界との相互浸透によって生理構造が歪んでいく過程がある
 (4) 自然的外界との相互浸透の歪み ―自然的外界そのものが歪んでいる現代
 (5) 社会的外界との相互浸透の歪み ―現代社会がもたらす生理構造の歪み
 (6) 病気への過程・回復への過程の究明は学的弁証法によって可能となった
 (7) 医師の診断・治療実践の大本となる常態論
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 18 ―

第19課 医師の実力養成に必須である基礎医学の学び

 (1) ワークショップにみたハワイ大学方式のPBL概要
 (2) 症状へのアプローチに長けた日本の学生と,基礎医学の実力のある台湾の学生
 (3) 基礎医学の実力なしには臨床問題解決の実力はつかない
 (4) 医師は常態論における人間の内部構造を熟知していなければならない
 (5) 人間の正常な内部構造を学ぶ解剖学と組織学
 (6) 受精卵が人間の体の構造を形づくる過程を学ぶ発生学
 (7) 基礎医学で学ぶのは人間という実体の構造と機能である
  医学生の学び ― Propylaen zur Wissenschaft 19 ―


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2015年02月22日

アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか(5/5)

(5)スミスは哲学の任務およびその遂行可能性を哲学の原点に探った

 本稿は、アダム・スミスの遺稿集『哲学論文集』に収録された「古代自然学史」「古代論理学・形而上学史」の内容を概説しつつ、アダム・スミスが古代ギリシャ哲学史から何を学び取ったのか、またそのことが、イギリス経験論の限界を突破する上でどのように役立ったのか、検討することを目的としたものでした。

 ここで、これまで説いてきた流れを簡単に振り返っておくことにしましょう。

 まず、「古代自然学史」について概観しました。この論文は、「天文学史」の続編というべきものであり、バラバラな諸現象を結合する「中間的諸事象の鎖」の探究という哲学的営みが、天空における諸現象を対象とするところから次第に月下界(地球表面および直接にそれを取り巻く領域)の諸現象を対象とするようになってきたこと、4つの根本的な元素(火、空気、水、土)および6つの根本的な性質(冷・熱、乾・湿、軽・重)の様々な組み合わせによって、月下界における諸現象が全て結合されうると見なされるようになっていったこと、こうした哲学的認識の発展に影響される形で、宗教的認識も、諸々の自然現象を神格化して多数の神々を想定するという段階から、世界の創造者たる普遍的精神(一神教的な神)を想定するという段階へと進展していったこと、この段階の自然認識を代表するのがプラトンやアリストテレスの自然学であること、などが論じられていました。

 続いて、「古代論理学・形而上学史」について概観しました。この論文ではまず、古代ギリシャ(ピュタゴラス派)の人々が、諸々の物体の変化について観察することを通じて、あらゆる物体に素材および「種的本質(Specific Essence)」――その種をその種たらしめているところの根本的な要素――あるいは形相という2つの原理が明白に存在すると考えるようになったこと、ある物体が特定の作用を持つのは種的本質の故であるから、「世界で生じる様々な変化の全てを結合しようと努力する科学」である哲学にとって、個々の対象から如何なる変化が生じうるか予測するためにその種的本質を確定することこそが任務になるとされたこと、自然のバラバラな諸現象を結合しようという自然学の探究のなかから普遍的なるものへの問題意識が成立し、これが形而上学として深められていくなかで、さらに普遍的なるものから個別具体的な物事を整除して捉えていくための論理学が成立させられたこと、が説かれていました。

 その上で、プラトンが、感覚の対象となる事物が感覚作用とは独立した外的存在を持つように、知性(understanding)の対象となる種的本質もまた知性の作用とは独立した外的存在を持つと考えたこと、したがって、これら種的本質が、感覚の対象となる物体的世界の領域の外にひとつの固有の存在場所を持つのだと想定したこと、が説かれていました。このプラトンのイデア説に関わって、補足的に、一般的諸観念の本性と起源の問題が、2000年以上に渡って、哲学史上における難問中の難問というべき位置を占め続けてきたことが、17世紀におけるロックやマールブランシュの議論の紹介を交えながら、指摘されていました。その上で、アリストテレスが、質料(素材)と形相(種的本質)は、それらから構成される事物に時間的に先行する原理ではなく、本質において先行する原理であること、すなわち、質料によって具体化されない如何なる形相も現実には存在し得ないと主張したこと(イデアが独立した外的存在であるというプラトン説を否定したこと)、が説かれていたのでした。

 総じていえば、「古代自然学史」は、バラバラな諸現象を結合するための「中間的諸事象の鎖」の想像力を駆使しての探究こそが哲学的認識の発展を牽引してきたことを、月下界におけるバラバラな諸現象を何とか結合しようと努力してきた古代ギリシャの人々の探究の歴史から、確認したものであったといえますし、「古代論理学・形而上学史」は、普遍的なるもの(事物の一般的本性)の探究こそが哲学の任務にほかならなかったこと、にもかかわらず、これが単なる思考の産物であることがなかなか分からず、たとえそうであることが分かったとしても、そのような一般的諸観念が如何にして成立するのかは哲学史上の難問中の難問となってきた(事物の一般的本性なるものは感覚器官を通じて直接に反映させられるものではない!)ことを明らかにしたものであったということができるでしょう。

 それでは、以上のような議論を通じて、この2つの論文の正式タイトルとして共通して冠された「哲学的探究を導き指導する諸原理(The Principles which Lead and Direct Philosophical Enquiries)」をめぐっては、一体如何なることが明らかになったといえるのでしょうか。

 ここでまず思い出さなければならないのは、これらの論文のなかで、「そもそも哲学とは何か」という問題についてスミスなりの解答が与えられていたことです。それは、「世界で生じる様々な変化の全てを結合しようと努力する科学」というものでした。スミスは、このような哲学についての規定を踏まえつつ、哲学の任務について、諸々の事物から如何なる変化が生じてくるか予測するために、それらの事物の一般的本性を確定することである、としていたのでした。哲学の任務は、事物の個別的なあり方を詮索することではなく、あくまでも普遍的なるもの(事物の一般的本性)を探究することにほかならい、というわけです。哲学の任務についてのスミスのこうした言明は、「事物の一般的本性」(感覚器官を通じて直接に反映できない!)の認識可能性について懐疑的になっていたイギリス経験論の立場と対比させてみるならば、非常に重いものがあるといわねばなりません。スミスは、事物の一般的本性を認識することが可能であってはじめて、哲学という営み(この世界におけるバラバラな諸現象を全て結合しきろうとする営み!)が成り立ちうることを主張しているといえるからです。

 しかし、先ほども述べたとおり、普遍的なるもの(事物の一般的本性)は、感覚器官を通じて直接に反映することのできないものです。その認識は、一体どのようにして可能になるというのでしょうか。その答えは、すでに「天文学史」で与えられていました。端的には、想像力を駆使しての認識の側からの能動的な働きかけ、ということにほかなりません。もう少し詳しくいえば、以下のようになります。人間は、バラバラの諸現象(例えば、太陽の動きと月の動きと恒星の動きと諸惑星の動き)によって喚起される不安を何とか静めようとして、それら諸現象を繋げて理解するために、想像力を使って、何らかの結合原理(天文学の歴史でいえば、同心天球、離心円と周転円、エーテルの渦、万有引力など)を創り出します。しかし、心のなかで、結合原理を媒介にしてバラバラの諸現象が繋げられればそれで終わり! ということではありません。その結合原理が妥当かどうかは、あくまでも現実の諸現象と突き合わせることによって検証されていかなければならないのです。仮に、何らかの新奇な現象の登場によって既存の結合原理の不充分さが露呈してしまったならば、そのことが新たな不安を喚起するのであり、その不安を静めるために、より確かな結合原理が模索されていくことになります。人類は、このような過程をくり返すことで、客観的世界に存在する法則性についての認識をより確かなものにしてきたのでした。天文学の歴史を以上のように総括したスミスは、想像力を駆使してこそ感覚の限界を超えることが出来ること、感覚器官を通じた直接的な反映では捉えきれないような対象の姿に迫ることが出来ることを、漠然とした形であれ、着実に掴みかけていたといえます。天文学の歴史の検討を通じて獲得したこのような予感を、月下界の諸現象に関する探究の歴史を検討することで、より確かなものにすることを目指したのが「古代自然学史」であり、そもそも哲学という営みが「普遍的なるもの」の探究を目指したものにほかならなかったと確認することを目指したのが「古代論理学・形而上学の歴史」であった、ということができるのではないでしょうか。

 要するに、「古代自然学史」「古代論理学・形而上学の歴史」という2つの論文は、イギリス経験論のぶち当たっていた壁――受動的な反映論にとどまっていたが故に、対象の構造や客観的法則性など、感覚器官を通じて直接に反映できないものの認識可能性について懐疑的になり、科学的認識の成立根拠をまともに説明できなくなる――を突破するためのヒントを、学問の原点たる古代ギリシャ哲学の歴史に探ろうとしたものであった、ということができるのです。

(了)
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2015年02月21日

アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか(4/5)

(4)一般的諸観念の本性および起源こそ哲学の最大の難問であった

 前回から、「古代論理学・形而上学史」について検討しています。この論文ではまず、古代ギリシャの人々が、諸々の物体の変化について観察することを通じて、あらゆる物体に素材(質料)と「種的本質(Specific Essence)」(形相)という2つの原理が明白に存在すると考えるようになったこと、ある物体が特定の作用を持つのは「種的本質」(形相)の故であるから、「世界で生じる様々な変化の全てを結合しようと努力する科学」である哲学にとって、個々の対象から如何なる変化が生じうるか予測するためにその種的本質を確定することこそが任務になるとされたこと、自然のバラバラな諸現象を結合しようという自然学の探究のなかから普遍的なるものへの問題意識が成立し、これが形而上学として深められていくなかで、さらに普遍的なるものから個別具体的な物事を整除して捉えていくための論理学が成立させられたこと、が説かれていました。

 さて、今回は、プラトンやアリストテレスにおいて普遍的なるものの探究がどのように進められていったのか、スミスによる概説に沿って、みていくことにしましょう。

 プラトン(『ティマイオス』)によれば、神が世界を形づくる上で則った永遠の原理は3つあったといいます。すなわち、諸事物の素材、種的本質、および、この両者によって形成された感覚できる諸対象そのものです。このうち最後のものは(ヘラクレイトスが、誰も決して同じ川を2度渡ることはできない、と述べたように)、絶えざる流動と更新の状態にあるのであって、永続的で確固たる存在ではないとされました。感覚できる諸対象がこれほど儚いものであるとすれば、それらは科学の諸対象にはなりえません。スミスは、科学、理性(reason)、知性(understanding)の諸対象は、永続的かつ不変な存在で、生成したり消滅したりしないものでなければならなかった、といいます。それは、諸事物の「種的本質」にほかなりません。例えば、人間(man)は、その身体の全ての粒子を絶えず変化させており、精神における全ての思考も継続的な流動と更新の状態にあります。これに対して、人間性(humanity)あるいは人間本性(human nature)は、常に同一のものとして存在し、生成したり消滅したりすることはありません。したがって、人間本性こそが科学の対象となるのであって、人間(個々の具体的な人間のあり方)は感覚に基づく移り気な意見の対象となるにすぎない、ということになるのです。

 ここで重要なのは、感覚の諸対象(例えば人間)が感覚作用とは独立な外的存在を持つものと理解されていたように(*)、知性の諸対象(例えば人間本性)も、知性の作用とは独立な外的存在を持つものと想定されていた、ということです。プラトンによれば、神はこれらの外的本質を範型として、この世界とこの世界における全ての感覚できる諸対象を創り出した(例えば、人間本性という外的本質を範型として全ての人間を創り出した)のでした。神は、その無限の本質のなかに、全ての感覚できる諸対象(例えば、全ての人間)を包摂していたのと同様に、これらの永遠の範型(例えば、人間本性)をも包摂していたのだ、というわけです。しかしながらプラトンは、こうした範型(種的本質)もまた、感覚できる諸対象と同様、神の心の諸観念(と現代の我々が呼ぶもの)にすぎないものではなく現実的に存在するものだと見なしていたように思われる、とスミスはいいます(**)。プラトンにあっては、これら「種的本質」は、感覚の対象となる物体的世界の領域の外にひとつの固有の存在場所を持つ現実的存在である、と想定されていたのです。これこそ、あの有名なイデア界の想定のことにほかなりません(プラトンにおいては範型となる種的本質が「イデア」と呼ばれていたわけです)。プラトンによれば、この世界の全ての対象は特殊的で個別的ですから、人間精神は何らの普遍的本性を見る機会を持ちえません。それ故、人間精神が普遍的本性について何らかの観念を持つとすれば(プラトンはこのこと自体は明らかだとします)、それらの観念は、人間精神が以前、普遍的なるものが存在する領域を訪れた際に見たことの記憶から引き出されるに違いない、ということになるのです。つまり、普遍的なるものを知る科学は、記憶から引き出されるものにほかならず、何らかの対象の一般的本性を人に教えるということは、彼がかつて知っていたことの記憶を呼び覚ますことにほかならないのだ、ということになるわけです。これがいわゆる想起説です(***)。

 以上のようなプラトンの説について、スミスは、抽象的哲学の他の多くの説と同様、「観念においてよりも表現においての方が纏まっている(more coherent in the expression than in the idea)」という興味深い評を加えています。文章として表現されたものを読むとそれなりに筋が通っているように思われるが、それがどういうイメージなのか、その表現の背後の認識(観念)を丁寧に辿ろうとするとよく分からなくなってしまう、ということでしょう。そして、こうした説は「事物の本性からというより、言語の本性から(more from the nature of language,than from the nature of things)」生じたように思われる、というのです。プラトンのイデア説が言語の本性から生じたとはどういうことか、スミスは詳しくは説明していないのですが、ある事物に名前をつけるという行為は、その事物の「種的本質」に相当するもの(普遍的側面)の把握を媒介にしなければならないということ、その「種的本質」なるものは本当はフィクションであるにもかかわらず、あたかも客観的に存在するものであるかのように捉えられてしまいがちであること、に関わるといってよいでしょう。実際スミスは、そのすぐ後の部分で、人類は如何なる時代にも、自分達自身の諸抽象物を現実化しようとする(単なる思考の産物でしかないのに現実の外的存在だと考えてしまう)強い性向を持っていた、と述べているのです。

 ここで非常に興味深いのは、スミスが、一般的諸観念の本性を説明し、その起源を述べることは、今日においても抽象的哲学の最大の難題である、とした上で、人間の精神が三角形の一般的本性をどのように推論するのか、という問題をめぐって、ロックとマールブランシュ(いずれも17世紀に活躍した哲学者です)の見解を対比的に紹介していることです。この問題について、ロックが、どれか特定のひとつの三角形を想起する、としたのに対して、マールブランシュは、可能な限り全ての形状の三角形を同時に理解する、としました。一体どちらが正しいのか、容易に答えが出そうにない問題ですが、この問題を解決するためにマールブランシュは、人間の精神と神の精神とは親密に結合しているのであって、有限な知性は神の無限の本質のなかに無数の三角形を見るのだ、と主張しました。スミスは、こうしたマールブランシュの見解について「奇妙な空想」と断じているのですが、一般的諸観念の本性と起源をめぐっての推論が2000年以上も続いた後に、こうした奇妙な空想が登場してくるぐらいなので、科学の黎明期において、プラトンが「種的本質」の独立的存在などということを主張していたとしても、それほど驚くべきことではない、としています。

 スミスは、初期の哲学者たちを誤りに導いたのは、ある対象を構成する質料と形相とが、その対象に先だって存在しているに違いないという、最初は至極もっともに思われる考えであった、といいます。こうした考えは、ごく一般的な言語で表現されている限り、あるいは非常に詳しく明瞭に説明しようと企てられない限り、また、言葉どうしが観念における厳密な正確さを欠いても辻褄があうなら観念の代わりを言葉にさせる怠惰な想像力――いわゆる「概念の欠けているところに、言葉がうまくまにあうようにやってくる」(****)というものです――によって、容易に承認されてしまう、というのです。しかし、間もなくアリストテレスは、どんな特定の種によっても規定されていない一般的質料も、何らかの質料によって具体化されていない種も、現実に存在するとは考えられない、と主張するようになったのでした。アリストテレスもまた、感覚できる諸対象は質料と種的本質という2つの原理からなっていると主張します。しかし、プラトンのように、これらの原理が現実の諸対象に時間的に先行しているとは主張しませんでした。アリストテレスは、これらの原理は時間においてではなく本性において(すなわち論理的に)先行しているのだ、と主張したのです。彼はまた、現実的存在(エネルゲイアにおける存在)と可能的存在(デュナミスにおける存在)とを区別しました。質料は形相を欠いては現実に存在することはできないし、形相は質料を欠いては現実に存在することはできないのですが、両者は可能的には相互に分離した状態で存在しうる、というのです。可能的に存在した質料は、特定の形相を与えられて現実の存在になりうるのだし、形相もまた、質料の特定部分に具現化されることによって、同じく現実の存在になりうるのでした。ここでスミスが説こうとしているのは、以下のようなことだと思われます。例えば、材木はそれ自体として質料と形相の結びついた現実的存在ですが、可能的には家の質料とみなすこともできます。しかし、この材木(家の可能的な質料)は、家の形相とは分離した状態で存在しているのです。家の可能的質料たる材木は、家の形相と結びついてはじめて現実の家になりうるのですし、家の形相もまた材木という質料に具現化されてはじめて、同じく現実の家になりうるのだ、というわけです。以上が、アリストテレスの説についての説明です。

 このほか、スミスは、諸事物の種的本質の問題に関するストア派の考え方についても簡単に解説している(スミスは、旧ピュタゴラス派、アカデメイア〔プラトン〕派、アリストテレス派、ストア派を、古代哲学の4つの主要な学派、と評しています)のですが、これについては割愛します。

 総じていえば、この「古代論理学・形而上学史」では、普遍的なるもの(事物の一般的本性)の探究こそが哲学の任務にほかならなかったこと、にもかかわらず、これが単なる思考の産物であることがなかなか分からず、たとえそうであることが分かったとしても、そのような一般的諸観念が如何にして成立するのかは哲学史上の難問中の難問となってきた(事物の一般的本性なるものは感覚器官を通じて直接に反映させられるものではない!)こと、が説かれていたといえるでしょう。

(*)感覚の諸対象が感覚作用とは独立した外的存在を持つ、というのは、常識的には明らかなことですが、この常識をあえて疑ったのがジョージ・バークリです。この問題については、「アダム・スミス「外部感覚論」を読む」において詳しく論じましたので、ご参照下さい。

(**)スミスは、この箇所に長い注をつけて、プラトンのいわゆるイデアとは、もともとアリストテレスのエイドスと全く同義であり種を意味するものであったこと(もちろん、その種が具体的個物と切り離されて独立に存在するか否かという問題をめぐって、両者の立場は決定的に異なります)、ストア派において全ての種(種的本質)なるものが精神の単なる創造物(認識の抽象作用によって創り出されたもの)であり現実の存在を持たないことが明らかになってきたことにより、(もともとは種を指していた)イデア(アイディア)が、現在のように抽象的思考(抽象的概念)を指すようになって、別のギリシャ語であるエンノイアと同義になったこと、を説明しています。その上で、種的本質の独立的存在という考え方が論破されてしまった時代に生きた後期プラトン派の人々が、プラトンの真意は種的本質の独立的存在ということではない(神が、芸術家と同じように、自分の心のなかの計画に従って世界を形づくったということを意味するにすぎない)、という主張を展開していたことに対して、プラトンの主張を偽造するものとして、様々な角度から反駁を加えています。

(***)スミスは、プラトンもソクラテスも、このことを誤った実験――人は、それまで無知であった何らかの一般的真理について、何の情報も与えられなくても、それに関わるいくつかの質問を適切に与えられることにより、自ら悟るに至りうるということを示すもの――によって、よりハッキリと確認しうると想像した、と述べています。これは具体的には、プラトンの有名な対話篇『メノン』において、ソクラテスが、対話相手たるメノンの召使い(まともな学習歴のない下層の少年)に対して行った実験を念頭においたものだと思われます。ここでソクラテスは、召使いの少年に、いくつかの質問を投げかけてやることで、与えられた正方形の2倍の面積の正方形を作図するにはどうすればよいか、という幾何学の問題への正しい答え(2倍の面積の正方形は対角線を1辺としてつくることができる、という一般的真理)に導いたのでした。もっとも、こうした実験は誤ったものだと断じるスミスが、具体的にどこがどのように誤っていると考えているのか、詳しい説明はなされていません。

(****)ゲーテ『ファウスト』(岩波文庫〔第1部〕、p.133)。
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2015年02月20日

アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか(3/5)

(3)スミスは普遍的なるものの探究こそ哲学の任務であることを確認した

 前回は、アダム・スミスの「古代自然学史」(遺稿集『哲学論文集』に収録)という論文でどういったことが説かれているのか、ざっと確認しました。この論文は、「天文学史」の続編というべきものであり、バラバラな諸現象を結合するための「中間的諸事象の鎖」の想像力を駆使しての探求こそが「哲学的研究を導き指導する諸原理」となってきたことを、月下界におけるバラバラな諸現象を何とか結合しようと努力してきた古代ギリシャの人々の探求の歴史から、確認したものであったといえるのでした。

 さて、今回と次回は、「古代論理学・形而上学史」という論文でどういったことが説かれているのか、ざっと確認していくことにしましょう。

 この論文ではまず、先の論文で検討対象となった自然学と、この論文で検討対象となる論理学および形而上学とが一体如何なる関係にあるものなのか、古代ギリシャにおける学問的認識の発展過程を辿るような形で、考察されています。今回は、その辺りの展開を押さえておきましょう。
 この論文の冒頭でスミスは、一般的にいって事物が変化するとはどういうことなのか(古代ギリシャの人々はそれをどう捉えたのか)、という問題について検討しています。

 スミスは、ある元素から別の元素への変質であれ、ある複合物体の構成要素への分解あるいは他の複合物体への変質であれ、およそ変質というものにおいては、古い種(変化前の元素あるいは複合物体)と新しい種(変化後の元素あるいは複合物体)の両者において、同一の何物かと異なった何物かが存在することは明白であるように思われた、といいます。例えば、火が空気に変化したり、水が土に変化したりするとき、この変化後の空気や土は素材としては明らかに変化前の火や水と同一でありながら、その本性や種は全く異なるものだと思われました。同じように、瑞々しく香しい花々も、捨てられて山と積み上げられると、短時間のうちに腐敗して、以前の美しい外観とは似ても似つかないゴミの乱雑な一群へと転化してしまいます。しかし、花とゴミとがどんなに似ていないとしても、両者が素材としては同一のものであることは明白でした。

 それ故(こうした経験から)、単純物体であれ混合物体であれ、あらゆる物体には2つの原理が明白にあり、それらの結合がその特定の物体の全本性を形づくるのだと考えられるようになった、とスミスは説きます(*)。第一の原理は素材(質料と呼ばれるもの)のことであり、第二の原理はそのものをそのものたらしめている根本的要素(「種的本質(Specific Essence)」あるいは形相と呼ばれてきたもの)です。このうち前者は、全ての物体において同一のもので、如何なる性質も力能も有するものではなく(感覚器官を通じて知覚できるようなものではなく)、何らかの「種的本質」または形相との結合によってはじめて質を与えられ、知覚できるようになるものだと考えられた、といいます。つまり、古代ギリシャの人々は、あらゆる物体(元素であれ複合物体であれ)は、何らの性質を持たない素材(質料)と、その素材に一定の性質を与える「種的本質」あるいは形相との2つの要素からなる、という把握によって、諸々の物質の諸々な変化を説明しようとしたのだ、というわけです。火や空気や土や水(すなわち四元素)にそれぞれ固有の作用を生み出させることができるのは、それらの材料(質料)ではなく、各々に固有の「種的本質」あるいは形相にほかなりません。例えば、火が火としての作用を持つのは、その素材によるのではなく、火を火たらしめているもの(「種的本質」あるいは形相)によるのであって、空気が空気としての作用を持つのは、その素材によるのではなく、空気を空気たらしめているもの(「種的本質」あるいは形相)によるのによるのだ、というわけです。同じように、他の全ての単純物体あるいは複合物体が、それぞれなりの作用を持つのは、それらの素材(質料)によるではなく、それらをそれぞれの物体たらしめているもの(「種的本質」あるいは形相)によるのだ、ということになります。物質的世界におけるあらゆる変化は、諸物体相互の作用から生じるのですから、それらの素材によるものではなく(素材としては全ての物体が同一のものであるので、相互作用などありえない!)、各々の物体に固有の「種的本質」あるいは形相によるものだ、ということになるわけです。以上のようなことを確認した上で、スミスは、以下のように述べるのです。

「物質的世界の全ての変化と変革は、諸物体の相互作用から生ずる。したがって、それらのことが諸物体の種的本質(Specific Essence)に依存している以上、個々の対象の種的本質が何であるかを、そこから予期されうる変化や変革を予測するために確定することは、世界で生じる様々な変化の全てを結合しようと努力する科学である哲学の任務であるに違いない。しかし、個々の対象の種的本質は、個物としてのそれに固有のものではなく、同種類の他の全ての対象と共通のものである。したがって、いま私の目の前にある水の種的本質は、火によってある特定の温度にまで熱せられたり、空気によって冷やされていたりすることにあるのではなく、また、ある形またはある寸法の容器に入っているということにあるのでもない。これらのことは全て偶然の事情であって、水の一般的本性(general nature)には全く関係がなく、また水としての諸作用のうちひとつとしてそれに依存するものはない偶然の事情であって、だから、哲学は水の一般的本性を考察するとき、この容器に入っているとか、この火で熱せられているとかの、この水に固有の特殊性には注意を払わず、全ての水に共通の事柄に自らを限定するのである。もし哲学が、その探求の進展により、そうした特定の遇有性によって修正された水の本性を考察することになっても、なお、それは、その考察を、この容器に入っていて、この火でこのように熱せられている、水一般にまで視野を拡大するであろう。それ故、あらゆる場合に、個物ではなく種または普遍が哲学の対象なのである。なぜなら、個物によって生み出される作用は何であれ、また個物から生じうる変化は何であれ、全てそのなかに含まれる何らかの普遍的本性から発するに違いないからである。」


 ここではまず、哲学が「世界で生じる様々な変化の全てを結合しようと努力する科学」と規定されていることが注目されますが、そうである以上、個々の対象から如何なる変化が生じうるか予測するためにその「種的本質(Specific Essence)」――これは、その種をその種たらしめているところの根本的な要素、といった程度の意味にとっておくべきでしょう――を確定することこそが、哲学の任務になってきたのだ、というわけです。この「種的本質(Specific Essence)」の探究とはどういうことか、スミスは水を例にとって説明しています。すなわち、水の「種的本質(Specific Essence)」の探究とは、その個別的なあり方(特定の温度であるとか、特定の容器に入っているとか)については度外視して、全ての水という水に共通する事柄に考察を限定するということであり、これこそ水の「一般的本性(general nature)」を考察するということにほかならないのだ、というわけです。

 端的には、スミスはここで、哲学というものが、事物の個別的なあり方ではなく、一般的な本性を探究するものであることを主張しているといってよいでしょう。哲学の任務についてのスミスのこうした言明は、「事物の一般的本性」(感覚器官を通じて直接に反映することはできません!)の認識可能性について懐疑的になっていたイギリス経験論の立場と対比させてみるならば、非常に重いものがあるといえます。スミスは、古代ギリシャの哲学が何を課題としていたか、という問題について考察するという形をとりながら、事物の一般的本性の認識可能性こそが、哲学という営み(この世界におけるバラバラな諸現象を全て結合しきろうとする営み)を成り立たしめる大前提であることを、さりげなく、しかし、しっかりと、確認しているわけなのです。この問題については、本稿の最終回で改めて検討することにしましょう。

 さて、スミスは、物質世界で生じるあらゆる事象を結合すべく事物それぞれの本性が何であるかを確定するという任務を担っていた科学として、自然学(フィジクス)あるいは自然哲学のほかに2つの科学があった、として、形而上学と論理学について説明しています。スミスは、これらはもともと自然学の体系から派生してきたものであるが、自然の知識の伝達においては自然学に先行すべきものだとされた、とした上で、以下のように説明するのです。すなわち、形而上学は、普遍的なるもの(Universals)の一般的本性を考察した上で、それらがどのような種類に分類されうるか考察するものであり、こうした形而上学(普遍的なるものの一般的本性とそれらが分類された諸種類の一般的本性の究明)の成果を踏まえつつ、我々があらゆる個々の対象を一般的に分類していけるための規則を確定しようと努めるものが論理学であった、ということです。要するに、自然のバラバラな諸現象を結合しようという自然学の探究のなかから普遍的なるものへの問題意識が成立し、これが形而上学として深められていくなかで、さらに普遍的なるものから個別具体的な物事を整除して捉えていくための論理学が成立させられたのだ、ということになるのでしょう。

 スミスは、アリストテレス以前においてはこれら2つの科学の区別が明確でなかったこと、古代の弁証術(Dialectic)――スミスは「我々がこれほど多く耳にしながら、これほど理解することの少ない、あの古代の弁証術」というように、いささか皮肉な形で言及しています――がこの2つの科学から成り立っていたらしいことを述べています。

(*)これがピュタゴラス派の主張であることが、この論文最後の部分における概括で明らかになります。こうした把握がアリストテレスにおいて「質料」と「形相」という形で整理されたわけです。
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2015年02月19日

アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか(2/5)

(2)「中間的諸事象の鎖」の探究は天空から月下界へ

 本稿は、アダム・スミスの遺稿集『哲学論文集』に収録された「古代自然学史」「古代論理学・形而上学史」の内容を概説しつつ、アダム・スミスが古代ギリシャ哲学史から何を学び取ったのか、またそのことが、イギリス経験論の限界を突破する上でどのように役立ったのか、検討することを目的としたものです。

 今回は、「古代自然学史」の内容を概説することにしましょう。

 この論文の冒頭でスミスは、「哲学は、天空についての体系を整理し秩序づけることから、自然のより下位の部分、すなわち地球およびそれを直接に取り巻いている諸物体の考察へと下降していった」と述べ、この論文が「天文学史」の続編とでもいうべきものであることを明確に示しています。スミスは、こうした領域(月下界とよばれます)の諸対象は、偉大さや美しさにおいて天空の現象に劣っており、それゆえ、精神の注目を引きつけることは少なかったものの、一旦注目されるようになると、種類の多様さや継起の法則・順序の複雑さや見かけの不規則性によって、精神を困惑させがちである点では勝っていた、と述べます。雲、虹、稲妻、風、雨、あられ、雪といった大気中の気象現象は極めて多様で不規則に見えますし、水中や地表近くで見られる化石、鉱物、植物、動物は複雑に分かれていますし、それらの相互作用に注意するならば、ほとんど無限の多様性として見えてくることになります。それだけにスミスは、想像力が、地球の提示する諸対象に注意を向け、それらバラバラの諸現象を結合しようと努力したときには、天空の諸現象を考察した際よりもはるかに強く困惑させられたことであろう、と述べるのです。

 それでは、こうした異質でバラバラに見える諸現象を、想像力によって秩序とまとまりをもったものにするには、どうすればよかったのでしょうか。スミスは、次のような2つの想定が必須であった、と述べます。第一は、自然の壮大な劇場を構成している全ての見慣れぬ対象が、非常に馴染みの深い少数の対象から構成されていると想定すること、第二は、それら全ての性質・作用・継起の法則は、基本的な諸対象において想像力が慣れ親しんでいる性質・作用・継起の法則の変形にすぎないと想定すること、です。

 スミスは、第一の想定に関わっては、エンペドクレスらによって、土、水、空気、火といういわゆる四元素の説が唱えられたことを説明します。我々人間にとって、土はいつも踏み歩いているものですし、空気は絶えず呼吸しているものです。水も毎日使いますし、生活上の必需品を用意する上で火の利用は欠かせません。こうしたことから、これら4つの元素は我々人間にとって最も馴染み深いものとなっているのであって、これらの元素こそが、自然の下位の部分(地球とそれを直接に取り巻く領域)の全てを構成する最も基本的な元素であると想定されるようになっていったのだ、というわけです。

 一方、第二の想定に関わっては、我々人間にとって最も馴染み深い性質は、冷熱、乾湿、軽重の区別であった、とされます。これらの性質も、先の四元素に高い頻度で見出されるものです。スミスは、初期の自然探究者たちが、冷熱を物質の能動的性質とみなし、乾湿をその受動的性質とみなしたこと、さらに軽重については、月下界のあらゆる事物を、各々のふさわしい位置に向かわせる2つの運動原理であるとみなしたことを説明しています。初期の自然探究者たちは、これら6つの性質を様々に組み合わせることで、宇宙の下位部分に生ずるバラバラな諸現象を全て結合しうると考えました。熱+乾は火の元素を、熱+湿は空気の元素を、冷+湿は水の元素を、冷+乾は土の元素を特徴づけるものであって、これらの元素のうち土と水の自然的運動はその重さゆえに下向きだが、重さにおいて土のほうが勝っているので下に向かう傾向は土のほうが強く、火と空気の自然的運動はその軽さのゆえに上向きだが、軽さにおいて火のほうが勝っているので上に向かう傾向は火のほうが強い、というふうに考えられたわけです。

 こうして、四元素のそれぞれは、宇宙のなかで固有に割り当てられた場所(上から順に火、空気、水、土)へ自然に向かうのだとされました。それぞれの元素がそれぞれのあるべき場所に落ち着いてしまえば、もはや運動・変化の余地はなくなってしまいそうですが、ここで持ち出されてくるのが諸天球(太陽、月、惑星)の回転です(当時、各々の天体は各々の固体天球に貼り付いており、その天球の運動に伴って運動しているのだと考えられていました)。これら天球の回転によって生じる昼夜の変化や季節の変化が、火の元素(地球と諸天球との中間領域を占めます)を燃え上がらせたり、力ずくで空気、水、土の方へと押し下げたりすることによって、自然の低位諸部分の運動と循環を引き起こす様々な元素の混合が生み出されることになるのだ、というわけです。例えば、火と水が混合されれば火の軽さと水の重さを同時に持った水蒸気が生まれ、前者(火の軽さ)によって空気のなかへ上昇させられるものの、後者(水の重さ)によって火の領域まで上がることは阻止されます。そして、空気の領域で支配的な相対的な冷たさにより再び水へ圧縮され、分離した火は上方へ、残された水は雨として(季節によっては雪や雹として)地上へ降下するのでした。初期の自然探究者たちは、このようなやり方で(基本的な4つの元素および基本的な6つの性質という中間的諸事象の鎖を想定することで)、地球および直接にそれを取り巻く領域に生ずるバラバラな諸現象のほとんどを、何とか結合することができたのでした。

 この「古代自然学史」という論文で面白いのは、こうしたバラバラな諸現象の結合という哲学的認識(この文脈においては科学的認識と置き換えても問題ないでしょう)の発展が、宗教的認識の発展に大きく寄与したことが指摘されていることです。スミスは、初期の人類は、自然の諸現象が纏まりなく見えることに混乱させられ、それらに何らかの規則的体系を見出すことに絶望するほどであったろう、といいます。初期の人類は、無知と思考の混乱のゆえに、予期できぬ諸々の事象は、目には見えない諸々の存在者たちの気まぐれな意志によって引き起こされるのだ、とする迷信を生み出すしかなかったのでした。これは、諸々の自然諸現象に対応して、それぞれの領域に縛られ制限された多数の精神的存在、すなわち多くの神々が空想的に創出されたことを意味するといってよいでしょう。スミスはこのことについて、初期の人類は、世界全体を創造した普遍的精神としての神、世界全体を保存し繁栄させるための一般法則にしたがって世界を統括する神、といった観念にはとても到達しようがなかったのだ、という評価を加えています。古代ギリシャ初期の宗教的認識においては、神々は世界の誕生とともに、あるいは世界が誕生した後でそのなかに誕生したものでしかなく、神を世界の創造者とみなすなど思いもよらぬことだったのです。スミスは、ヘシオドス(『神統記』)が、混沌からまず地球(大地)が生み出され、そこから天空が生じて、その両者から全ての神々が生み出されていった、と考えていたことを紹介しています。さらに、世界の始原を精神的な存在と結び付けて考えようとしたのはアナクサゴラスが最初であって、それ以前の人々、例えば初期ピュタゴラス派なども世界の自生的起源(世界はそれ自身で誕生した)という考えを抱いていたのだ、とも述べています。

 しかし、先に見たような哲学者たちの努力によって、自然の諸々の現象を相互に結合する中間的諸事象の鎖がハッキリと見出されるようになると(あるいは見出されたと想像されるようになると)、世界の自生的起源という考え方は否定されるようになっていきます。スミスは、自然の諸現象がしっかり結合されて捉えられるようになっていくことで、この宇宙全体が、一般法則に支配され、それ自身の保存と繁栄、およびそこに存在する全ての種の保存と繁栄という一般的目的を目ざす、完全な機械、纏まった体系と見なされるようになっていった、と説明しています。ここからさらに、こうした完全な機械としての宇宙という捉え方は、人間の技術が作った機械より宇宙という機械の方がずっと見事なのだから、世界の創造者の技術は機械製造者たる人間の技術を遥かに凌駕するものに違いない、という信念が生み出されていったのだ、というのです。これこそ、普遍的精神としての神(一神教的な神)の存在への信念にほかならないといえるでしょう。このようにして、哲学的認識(科学的認識)の発展によって宗教的認識の発展が促されるという(ちょっとみたところ逆説的な)事態が生じた、というわけです。

 古代ギリシャにおいて、この段階の自然認識を代表するのが、プラトンとアリストテレスの自然学です。スミスは、プラトン(『ティマイオス』)が、世界を創始した知性的存在はこの世界の全ての運動・変化を統括しているのであり、世界のこの魂はそれ自身がひとつの神であって、下位の全ての創造された神々に絶して偉大な存在である、と論じていたこと、またアリストテレス(『自然学』『形而上学』)が、この世界は永遠なる原因(第一原因)の永遠なる結果にほかならず、その第一原因とは、宇宙の最初の至高の作動者であるところの知性的存在である、と論じていたことを紹介しています。

 以上、スミスの「古代自然学史」という論文について概説してきました。総じていえば、この論文は、バラバラな諸現象を結合するための「中間的諸事象の鎖」の想像力を駆使しての探究こそが哲学的認識の発展を牽引してきたことを、月下界におけるバラバラな諸現象を何とか結合しようと努力してきた古代ギリシャの人々の探究の歴史から、確認したものであったといえるでしょう。
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2015年02月18日

アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか(1/5)

目次

(1)スミスが古代ギリシャ哲学史から学びとったこととは
(2)「中間的諸事象の鎖」の探究は天空から月下界へ
(3)スミスは普遍的なるものの探究こそ哲学の任務であることを確認した
(4)一般的諸観念の本性および起源こそ哲学の最大の難問であった
(5)スミスは哲学の任務およびその遂行可能性を哲学の原点に探った

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)スミスが古代ギリシャ哲学から学んだこととは

 我々京都弁証法認識論研究会は、この間、本ブログに掲載した一連の諸論稿を通じて、学問史上のアダム・スミスを単なる「古典派経済学の祖」というレベルで片付けてしまってはならないこと、あくまでも、イギリス経験論の伝統の受け継ぎつつもその限界を突破することに挑戦した偉大な哲学者として評価しなければならないことを、明らかにしてきました。

 ここでいうイギリス経験論の限界とは、客観的法則性の認識可能性をめぐる問題、もっといえば、科学というものの成立根拠に関わる問題について、懐疑的な立場に立たざるを得なくなった、ということにほかなりません。

 イギリス経験論の創始者といってよいジョン・ロック(1632-1704)は、人間の精神はもともと白紙である、と主張し、認識は何よりもまず受動的な反映(感覚という経験)によって成立するという論を展開しました。このロック以来のイギリス経験論の流れにおいては、受動的な反映による認識の成立という原則的な立場が徹底されていくことにより、感覚器官を通じて直接に反映することのできない対象内部の構造や客観的な法則性について、認識可能なものといえるかどうか、懐疑的になっていったのです。デイヴィッド・ヒューム(1711-1776)に至っては、自然科学の基礎となる因果律(原因と結果の繋がりの法則)は、ある事象と他の事象を我々が心のなかで主観的信念として結びつけただけのものにすぎない(客観的な世界にそういう繋がりがあるわけではない!)、と断じるところまできてしまったのです。

 これに対してスミスは、1748年(25歳)前後に執筆されたと考えられている「天文学史」という論文において、古代ギリシャ以来の天文学の歴史を具体的に辿ってみることにより、人間が現実世界の客観的法則性についての認識を確立していく次第を明らかにしようとしました。この論文においてスミスは、想像力の持つ積極的な役割に着目し、人間の認識が単なる受動的な反映ではなく外界に向かって能動的に
問いかけていることを明らかにすることで、外界の客観的法則性の認識可能性について懐疑的になっていたイギリス経験論の限界を、事実上突破するような議論を展開したのです。

 この「天文学史」という論文を取り上げて、その哲学史的な意義について考察したのが、本ブログに昨年7月に掲載した論稿「アダム・スミス「天文学史」を読む」でした。そこでの議論の内容を、簡単に振り返ってみましょう。

 スミスによれば、人間は、ある現象と他の現象とがどうにも繋がらない、ということに不安を感じずにはいられない存在です。人間はこうした不安を何とか解消しようとして、想像力を使って、バラバラの諸事象を結合する「中間的諸事象の鎖」を創り出していくのだ、とスミスは論じます。こうした観点からスミスは、古代ギリシャ以来の天文学の歴史を、太陽の運動、月の運動、恒星の運動、惑星の運動というバラバラな天体諸現象を統一的に説明するための「中間的諸事象の鎖」が――古代における固体天球から、デカルトの渦動論、ニュートンの万有引力論に至るまで――様々に想定されてきた歴史として、描き出していったのでした。ここで非常に重要なのは、スミスが、天文学史についての考察をスタートさせる前に、過去の学者たちが採用してきた諸々の「自然の体系(system)」について「実在との一致・不一致を顧慮することなく」考察していく、としていたことでした。これは、科学的な理論や仮説が客観的実在と一致しているか否かという難問については、とりあえず棚上げして考察を進めていきますよ、という立場の表明であるとみなしうるものです。このように、イギリス経験論がぶつかっていた難問について棚上げすることを表明したスミスですが、天文学の歴史の流れを辿って、その最高の到達点というべきニュートンの体系に関する考察を終えた段階で、ニュートンの想定した鎖を自然界のなかに現実的に存在する真の鎖であるかのように説明せざるを得なくなった(そういうつもりではなかったのに!)、という感想を漏らすのです。「実在との一致または不一致を顧慮することなく」論じようとしても、天文学史の最高の到達点たるニュートンの万有引力論については、あたかもそれが客観的世界の真の姿と当然に一致するものであるかのように論じざるを得なくなる――このようにいうことでスミスは、客観的世界の法則性の認識は可能であるとの結論を読者に強く印象づけようとしていたのではないか、というのが私たちの読みでした。

 このように、「天文学史」は、古代ギリシャ以来の天文学の歴史を辿ってみることにより、人間が現実世界の法則性についての認識を確立していく次第を具体的に明らかにすることで、外界の客観的法則性の認識可能性について懐疑的になっていたイギリス経験論の限界を、事実上突破するものであったといえるのです。そこで大きな役割を果たしていたのが、想像力です。それまでの哲学の歴史においては、想像力は客観的な世界から遠ざかっていくものとして、すなわち、真理の把握を妨げるものとして、捉えられがちでした。これに対してスミスは、想像力によってこそ、感覚器官では捉えきれない客観的な世界の姿(対象の構造や法則性)の認識が可能になる可能性を示したのです(*)。三浦つとむさんは、『弁証法はどういう科学か』や『認識と言語の理論』などにおいて、私たちが想像(三浦さんの言葉では「観念的な二重化」あるいは「観念的自己分裂」)によって現実からより遠ざかることはより現実に接近していくことでもある、という矛盾を論じていますが、このような把握に繋がる論が、スミスにおいてすでに芽生えていたともいえるわけです。

 さて、この「天文学史」は、スミスの遺稿集『哲学論文集』に収録されています。スミスは死の一週間前、遺稿管理人に指定していた2人の親友――ジョセフ・ブラック(二酸化炭素の発見者として知られる化学者)とジェイムズ・ハットン(火成論で知られる地質学者)――のどちらかに依頼して、出版に値すると考えたいくつかの論文を除く全ての草稿を焼却処分したといわれているのですが、この「天文学史」は幸いにして焼却処分を免れたわけです。ここで注目しておきたいのは、この『哲学論文集』には、「天文学史」と密接に関連する2つの論文――「古代自然学史(**)」および「古代論理学・形而上学史」――が収録されていることです。実は、「天文学史」とこれら2つの論文は、「哲学的研究を導き指導する諸原理」(The Principles which Lead and Direct Philosophical Enquiries)という共通タイトルを冠されているのです。「天文学史」の正式なタイトルは「哲学的研究を導き指導する諸原理――天文学の歴史による例証」であり、以下同じく「哲学的研究を導き指導する諸原理――古代自然学の歴史による例証」「哲学的研究を導き指導する諸原理――古代論理学と古代形而上学の歴史による例証」ということになります。

 しかし、「古代自然学史」「古代論理学・形而上学史」は「天文学史」に比べるとごく短いものにすぎませんし(邦訳『哲学論文集』〔名古屋大学出版会〕では、「天文学史」がおよそ100ページを占めるのに対して、「古代物理学史」「古代論理学・形而上学史」はそれぞれ20ページ足らずです)、「天文学史」が古代ギリシャから18世紀(スミスにとっての現代)までの歴史を視野に入れているのに対して、「古代自然学史」「古代論理学・古代形而上史」はほとんど古代ギリシャ哲学に視野が限定されています。論述されている内容についても、人間の感情についての突っ込んだ分析から天文学の歴史の探究へと進んでいった「天文学史」に比べると、古代ギリシャにおける諸々の学説の内容紹介が主体となっており、スミス自身の積極的な主張が纏まって展開されているようにはみえません。それだけに、「天文学史」に比べると、その重要度において一段落ちるようにも思われます。

 しかし、スミスがこの「古代自然学史」「古代論理学・形而上学史」を焼却処分せず、「哲学的研究を導き指導する諸原理」という「天文学史」と共通タイトルの元で後世に遺したということに、我々は注目すべきでしょう。すなわち、これらの論文について、単なる古代ギリシャ哲学の解説にすぎないものとみなすべきではなく、「天文学史」において展開された議論を積極的に補足する内容が含まれているものとみなすべきではないか、と考えられるのです。

 それでは、アダム・スミスは古代ギリシャ哲学の歴史に関する学びから、どのような「哲学的研究を導き指導する諸原理」を掴み取ったのでしょうか。本稿では、「古代自然学史」「古代論理学・形而上学史」の内容を概説しつつ、アダム・スミスが古代ギリシャ哲学史から何を学び取ったのか、考察していくことにしましょう。

(*)この想像力は、スミスの主著『道徳感情論』においても決定的に重要な役割を果たしています。『道徳感情論』では、共感(sympathy)の原理が社会的な諸現象を結合するための「中間的諸事象の鎖」として位置づけられているといえるのですが、この共感とはそもそも、想像の世界で相手の立場に立ってみて、相手がどのような感情を抱いているのか、感じ取る能力のことにほかならないのです。

(**)この論文のタイトルにある Ancient Physics は通常「古代物理学」と訳されていますが、 physics という語が現在の我々のイメージするような物理学を指すようになるのは19世紀のことですので、ここでは「古代の自然学」と訳したほうが適当だと思われます。例えば、邦訳の『アリストテレス全集』でも「フィジカ」は「自然学」と訳されています。古代ギリシャの自然学は、いわゆる物理現象のみならず、天体現象や気象現象、生物現象などをも含む、幅の広いものでした。
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 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言