2016年06月25日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(3/5)

(3)「広島演説」は人類の歩みを「物語」として語った

 本稿は、主体的に日本国家を建設していく1つの手がかりとして、唯一の被爆国に暮らす我々日本人が核兵器のない世界を実現していくためには、オバマ米大統領が行った「広島演説」をどのように把握すべきか、「広島演説」の内容を具体的に検討していくことを通じて明らかにしていくことを目的とした小論である。

 前回は、「広島演説」における「選択」という言葉をキーワードにして、いくつかの箇所を具体的に引用しながら検討した。まず、「広島演説」の締めくくりの部分に着目し、オバマ大統領が、人類の「選択」如何によって、戦争のない平和な世界が実現できるのか、核戦争によって世界が滅んでしまうのかが決まってしまうのだということを前面に押し出すことで、子供たちのために世界平和が実現している未来を目指すべきであることを、被爆地広島の地で高らかに宣言したことを確認した。また、オバマ大統領は、人類が「新しい未来を発見するために過去から学ぶ」(三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』p.267)存在であるという認識のもと、国家の指導者がどのような「選択」をするかが世界の未来を決めるのだという把握を行っていることを見た。こうした問題提起自体は肯定的に捉えられえるとはいえ、「広島演説」には、こうした積極的な側面ばかりではなく否定的に捉えるべき点もあり、具体的には、戦後の米国による日本統治のあり方が、実際には日本の「選択」を許さない強制的なものであり続けているにもかかわらず、それを日米共同の「選択」であるかのごとき表現を行っていることは欺瞞であると述べておいた。

 さて今回は、「広島演説」に登場する「物語」に焦点を当てて、その内容を見ていくこととしたい。

 まず、「物語」(=”story”)という言葉が直接使われている次の箇所を検討したい。ここで” that ideal”とあるのは、その直前に示されている「全ての人間は生まれながらにして平等であり、創造主によって、生命、自由、幸福追求を含む不可侵の権利を与えられている」(米独立宣言の前文)という理想を指している。

Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens. But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for, an ideal that extends across continents and across oceans.
The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: that is the story that we all must tell.
 そうした理想の実現は、国内においてさえ、自国民の間においてさえ、決して簡単なものではなかった。しかし、そうした物語に忠実であることは、努力する価値があることである。それは懸命に追い求めるべき理想であり、大陸と海をまたぐ理想である。
 全ての人のかけがえのない価値、全ての命が貴重であるという主張、私たちは人類という1つの家族の一員であるという根源的で不可欠の考え方。こうしたことが、私たち全員が伝えなければならない物語なのである。

 ここでは、生存権、自由権、幸福追求権などが保障され、全ての人間が平等に扱われるような社会、全ての人間の価値が認められ、全ての人間の命が大切にされ、人類が1つの家族のように扱われる社会、こうした社会を実現することは、確かに非常に困難ではあるが、人類はこれまでもこうした理想を追求してきたし、これからも追求していかなければならないのだ、こうした人類の歩みを後世に伝えていかなければならないのだ、というオバマ大統領の思いが示されている。そしてオバマ大統領は、人類は理想を実現するという「物語」を生きているのだと把握している、つまりこうした理想実現に向けた人類の歩みを「物語」として把握しているのである。

 「広島演説」ではほかにも、「物語」(=”story”)という言葉が使われている部分がある。例えば、上記の米独立宣言の前文が示される直前には、” My own nation's story began with simple words”(私の国の物語は簡単な言葉で始まった)とあるし、前回紹介した” We're not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose”(私たちは過去の過ちを繰り返すよう、遺伝子によって縛られているわけではない。私たちは学ぶことができる。私たちは選択することができる)という部分の直後には、” We can tell our children a different story”(私たちは子供たちに違った物語を伝えることができる)という表現もある。また、” memorials that tell stories of courage and heroism”(勇気と英雄の物語を伝える記念碑)という言葉も出てくる。

 こうした「物語」(=”story”)という言葉の使われ方からすると、オバマ大統領は人類の歴史を超歴史的な視点から眺め、過去も現在も未来も含めた壮大な叙事詩として把握しているのではないかと思われてくる。そうすることで、この「広島演説」に格調の高さを与え、人類は歴史的な一歩をこの広島から歩み始めるのだということを強調しているように思われる。

 それはそれで、オバマ大統領がこの「広島演説」の価値を高めるために工夫を凝らしたのだといえるだろう。しかし問題は、このような歴史の事実を「物語」として語ることのもう1つの意図にあるのである。

 そもそも「物語」(=”story”)という言葉は、現実の世界とは別個の空想的な世界の出来事を、それなりの筋を通して展開したものを指す。だから、その空想的な世界の中に視点をおけば、人類がまだ実現できていない理想を描いて、それを目的として主体的に歩んでいくのだという積極面を持ちうる、今回の場合でいえば、人類の壮大な歩み、人類の選択の積み重ねによって理想を実現する過程を捉えて使うというような主体的な性格を持ちうる一方で、あくまでも現実の世界から空想の世界を眺めるという関係が強調されれば、現実の世界に生きる我々とは別の世界の空想的な出来事、我々が関与できない遠く離れた世界の出来事について語る場合に使うという受動的な性格をも持ってしまうことになる。端的には、「物語」(=”story”)には主体的に関われる(関わるべき)というイメージの他に、「他人事」として受け入れるしかないというイメージがついて回ることにもなるのである。

 こうした「物語」(=”story”)の2つの側面を念頭に置きつつ、「広島演説」の冒頭部分を見てみることにしよう。

Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.
 71年前、明るく雲一つない朝、死が空から降ってきて、世界は変わってしまった。閃光と火の壁が街を破壊し、人類が自らを破壊する術を手に入れたことを見せつけた。

 この冒頭の箇所では、広島の街に原爆が投下されたことや、その凄まじい破壊力が如何ほどのものであったのかということについて、(「物語」(=”story”)という言葉は直接は使われていないものの)「物語」的に語られている。つまり、全くの「他人事」として語られているのである。「広島演説」に登場する「物語」という意味では、これほど象徴的な箇所はないであろう。また、前回取り上げた結びの部分でも、” The world was forever changed here”(世界はここで永遠に変わってしまった)という表現があったが、これなども非常に「物語」的である。つまり、語り手とは関係のない、語り手がコントロールできない世界の出来事として、原爆投下が語られているのである。このことがどのようなことを意味するかといえば、現実の世界に存在するオバマ大統領(や米国)については、その「物語」の世界とは別の世界に生きているということを意味しているのである。ヨリ露骨にいえば、「物語」として語られた第二次世界大戦の原爆投下に関しては、現実の世界にいるオバマ大統領(や米国)とは一切関係がないのだ、ということをほのめかすためにこそ、こうした「物語」的な表現が使われているのである。

 オバマ大統領はこうした表現を用いることによって、被爆者ではなく、米国にいる退役軍人組織(米国で一定の政治的勢力を持つ)を中心とした米世論に語りかけ、原爆投下という「加害者」意識を喚起しないように配慮しているのである。原爆によって街は壊滅し、多くの無辜の人々の命が奪われ、今のなお、その後遺症に苦しむ人々がいるという事実、通常であれば「加害者」意識から罪の意識に苛まれかねないような現実、これらを「物語」に解消することで、原爆投下に対する責任を回避すること、これこそが、「歴史の事実を「物語」として語ることのもう1つの意図」なのである。こうしたやり口が成功していることは、日本の世論調査における「オバマ広島訪問支持」が圧倒的多数であることが証明しているが、ここは厳しく問い直されなければならない。
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2016年06月24日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(2/5)

(2)「広島演説」は未来が「選択」できるものであることを強調した

 前回は、オバマ米大統領が現職米大統領として初めて、被爆地広島を訪れ、「広島演説」を行ったことに関して、核廃絶へ向けた大きな一歩であったという評価がある半面、原爆投下に対する謝罪がなかったことに対する厳しい意見などもあることを見た。その上で、我が国日本が将来に向けた主体的な国家建設をしていくために、この「広島演説」をどのように捉えるべきかを問うことが本稿の目的であると述べた。

 さて今回から、いよいよ具体的に「広島演説」の中身を見ていくこととしたい。

 先ず注目したいのは、「広島演説」の締めくくりにあたる以下の部分である。

The world was forever changed here, but today the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting and then extending to every child.
That is a future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.
 世界はここで永遠に変わってしまったが、今日、この街の子供たちは平和の内に暮らしている。なんと貴重なことか。それは守る価値があり、そして全ての子供たちに広げる価値があることだ。
 それは私たちが選択することのできる未来だ。広島と長崎が核戦争の夜明けとしてではなく、私たちの道徳的な目覚めの始まりとして知られる未来なのだ。

 ここでオバマ大統領は、世界中の全ての子供たちが平和に暮らす未来を思い描きながら、それは我々の「選択」によって実現可能なのだと宣言している。しかも、世界平和が訪れた未来の社会においては、広島と長崎に原爆が投下されたことこそが、人類が核兵器の非人道性を痛感し、人類が核廃絶という道徳的な道に目覚めるまさに始まりだったのだといえるように、そういう「選択」を我々は行っていかなければならないのだ、逆に我々が「選択」を誤れば、核戦争で世界が滅亡の危機に立つような未来も招来しかねないのだ、という「選択」肢を提示することで、人類の未来のあるべき姿を強調しているのである。

 このように、オバマ大統領は、我々人類の「選択」如何によって、戦争のない平和な世界が実現できるのか、核戦争によって世界が滅んでしまうのかが決まってしまうのだということを前面に押し出すことで、子供たちのためには世界平和が実現している未来こそ「選択」すべき世界の将来像であることを、被爆地広島の地で高らかに宣言して、「広島演説」を終えているのである。

 では、こうした「選択」を行う人類とはどのような存在なのであろうか。オバマ大統領はこのことに関して、” We're not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose”(私たちは過去の過ちを繰り返すよう、遺伝子によって縛られているわけではない。私たちは学ぶことができる。私たちは選択することができる)という独特の表現で説明している。これはつまり、「選択」を行う主体たる人類は、他の動物とは違って、遺伝子によって予め行動が規定されているような存在ではなくて、自らの意志で文化遺産を学び、自らの意志で将来を「選択」することができる能力を有する存在であるということである。端的にいえば、「新しい未来を発見するために過去から学ぶ」(三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』p.267)存在だということになるだろう。オバマ大統領はこのように、「選択」することができるのは、人間特有の能力であることを強調するとともに、人間だからこそ正しい「選択」をすることが重要になってくると主張しているのである。

 さらに注目すべきは、この「選択」は、一般的な人間の個別的な判断ということではなくて、国の指導者が行うべき国家レベルでの「選択」を意味しているということである。オバマ大統領は「広島演説」の中で、” the choices made by nations”、あるいは” the choices made by leaders”という表現で、国家の「選択」、国の指導者の「選択」の重要性を指摘しているのである。

 オバマ大統領は以上のように、国家の指導者が真摯に過去から学び、その学びの上で将来の国家像を「選択」することで初めて、全ての子供たちが平和に暮らせる世界を創ることができるのであって、それが米国の大統領たる自らの使命であることを全世界に向かって発信しているのである。こうしたメッセージを発信することで、各国首脳の「選択」という問題を提起したこと自体は、肯定的に捉えられることといえよう。

 とはいえ、この「広島演説」において用いられた「選択」というキーワードを全て、我々日本人が肯定的に受け止めるべきかというとそうではないのである。

And since that fateful day we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people that we can ever claim through war.
 そしてあの運命の日以来、私たちは希望をもたらす選択をしてきた。米国と日本とは、同盟関係を築くだけではなく、戦争を通じて得られるよりもはるかに多くのものを国民にもたらす友情をも築いてきた。

 この部分は、日米両国は第二次世界大戦で対立を深め、遂には世界初の原爆投下という悲劇にまで至ってしまったにもかかわらず、戦後は日米同盟を結び、互いに協力しながら平和と経済発展をともに享受してきたということを述べていて、表面的に受け止めれば、特に問題ないように思われるかもしれない。しかし、もしここで述べられている「選択」の主体が米国と日本とをともに指すのであれば、それは欺瞞といわざるを得ない。戦後日本は、実質的な米軍の統治下にあり、国民レベルでは自らで未来のあり方を「選択」できるような情況ではなかったことは明らかである。さらに、サンフランシスコ講和条約締結後においても、戦力を持たない(戦力不保持を強要された)日本を守るという美名のもと、アメリカの国家戦略により駐留軍がそのまま在日米軍として日本に留まり、数々の軍人、軍属による犯罪を被りながらもその犯人をまともに裁くこともできず、首都にまで治外法権を認める米軍基地が70年以上にわたって存在し続ける、そんな日本に(一部の支配層が保身のために嬉々として米国に従属する「選択」を行ったことを除けば)主体的な「選択」の余地などありはしなかったのである。いわゆる「軍隊」を持たない日本は、首都も含めた全国各地に基地を持ち、いざとなれば日本を軍事的に制圧することなど他愛もない米国に逆らうことはできなかったからである。端的にいえば、ここでいう「選択」とはあくまでも米国の「選択」であって、それをあたかも日米共同の「選択」であったかの如くに論じることは、米国による戦後の日本政策を米国側から一方的に正当化しているものだといわざるを得ない。米国の特殊な利益を日米共同の利益に見せかける欺瞞だといわざるを得ないのである。

 なおここで、オバマ大統領が以前盛んに用いていた”change”という言葉と、ここで取り上げた”choice”という言葉とを比較してみると、何としてもアメリカを、世界を変えてやるのだという大きな展望を示していたオバマ大統領が、残りの任期が8カ月となる中で、当初可能性に過ぎなかった(”change”という抽象的な目標しか提示できなかった)ものを現実的なものとして提示する(”choice”が可能であることは選択肢を提示できているということであるから)ことができるまでに大統領の仕事を進めてきたのだという自負が現れていると解釈できる一方で、大きな展望を示す余地がなくなり、ありきたりな選択肢を提示するしかなくなったのだと否定的に評価することもできよう。トランプ共和党次期大統領候補を意識して、トランプへの「変革」をイメージさせる文言ではなくて、トランプでいいのかという「選択」を迫る文言を選んだという側面もなきにしもあらずと思われる。
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2016年06月23日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(1/5)

〈目次〉

(1)オバマ米大統領の「広島演説」はどのように捉えるべきか
(2)「広島演説」は未来が「選択」できるものであることを強調した
(3)「広島演説」は人類の歩みを「物語」として理想化して語った
(4)「広島演説」は焦点をぼかした表現を多用している
(5)崇高な理念を実現するための具体的な筋道を主体的に模索する必要がある


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(1)オバマ米大統領の「広島演説」はどのように捉えるべきか

 先月27日、オバマ米大統領は、現職米大統領として初めて、被爆地広島を訪れた。主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)閉会後、広島入りしたオバマ大統領は、平和記念公園で安倍首相の出迎えを受け、平和記念資料館の視察、平和記念公園での献花に続いて、約17分間の演説(本稿ではこの演説を「広島演説」(※1)と表記する)を行った。さらに、被爆者のもとに歩み寄り、言葉を交わし、被爆者の男性を抱擁した。(※2)

 こうした一連のオバマ大統領による“歴史的”な広島訪問は、4月11日にケリー米国務長官が主要七カ国外相会合に合わせて広島を訪問したことが地ならしとなっていた。ケリー国務長官は、現役の米国閣僚として初めて広島の平和記念公園を訪れ、被爆死没者慰霊碑に献花した。その後の記者会見で「すべての人が広島を訪れるべきだ」と語り、オバマ大統領の広島訪問に前向きな姿勢を示したのであった。オバマ大統領は、ケリー国務長官の広島訪問に対する内外の反応を見た上で、最終判断する方針を示したということであった。(※3)

 その後約1カ月間、米国内外で特に大きな反対の声もなく、米有力紙のニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストはオバマ大統領の広島訪問を促す社説を掲載するなど、世論が広島訪問を後押しする形になった。そこでオバマ大統領は5月10日、最終的に広島訪問を決断し、日本政府にその意思を伝えたのであった。(※4)

 オバマ大統領といえば、大統領就任直後の2009年4月23日、チェコ・プラハのフラッチャニ広場において行われた、いわゆる「プラハ演説」が有名である。核なき世界の実現を訴え、ノーベル平和賞を受賞したこの演説では、核安保サミットの開催を主導すること、イランの核開発を大幅に削減すること、ロシアとの新戦略兵器削減条約を結ぶこと、核実験を重ねる北朝鮮に歯止めをかけることなど、具体的な提起が行われた。世界の超大国である米国の大統領が、核兵器廃絶に向けて大きな一歩を踏み出そうとしたということで、世界はこの「プラハ演説」に大きな評価を与えたのである。

 今回の広島訪問に際しても、オバマ大統領は核軍縮促進のメッセージを世界に発信するとされていて、その内容に注目が集まっていた。オバマ大統領は2009年11月に大統領として初めて日本を訪れた際、「広島、長崎を将来訪問することができれば非常に光栄だ」と述べるなど、被爆地訪問に早くから意欲を示していたこともあって、被爆地広島から核廃絶に向けた如何なる「思い」が語られるのか、全世界が注目していたのである。

 広島訪問が正式に決まった当初は数分間の「所感」を述べるとされていたメッセージは、実際には約17分間の「広島演説」として発表され、その内容に関しては、多くの共感、評価の声が上がった。オバマ米大統領の広島訪問全体に関しても、共同通信社の全国電話世論調査では、「よかった」と評価した回答が98.0%に達したということである。被爆者からも「原爆投下から70年が過ぎ、ようやく来てくれたことには感謝している」、「被爆者を元気づけたことは確かだ」、「難しい立場にあって、哲学的な表現で核廃絶を世界に発信した」など、肯定的な受け止めがなされていることが報道されている。一方で、「オバマさんは多くの子どもやお年寄りの骨が埋まっている土地を踏みながら歩いた。謝罪の気持ちを聞きたかった」、「やっと実現したが任期はあとわずか。何も変わらない」、「広島で何を見て何を感じたか、まったく言及がなかった」など、否定的な意見が出されていることも報じられている。(※5)

 原爆を投下した当事国の大統領が被爆地を訪れ、世界に向けて核廃絶のメッセージを発信する。このこと自体が世界平和の実現に向けての大きな一歩であって、大きく評価されるべきではないか。これが多くの日本国民のオバマ大統領広島訪問に対する評価ではないだろうか。「広島演説」に関しても、被爆者の言葉として「哲学的な表現」とあるように、格調高く核廃絶に向けた理念が語られたものとして、概ね肯定的な評価がなされているようである。

 一方で、やはり原爆という非人道的な無差別兵器を使用した唯一の国の大統領として、その被害者に対して謝罪の気持ちを言葉で伝えてしかるべきではないのか、大統領の任期が8カ月となる中で、「レガシー」(政治的な遺産)を築くための単なるパフォーマンスなのではないか、といったオバマ大統領への厳しい見解も存在する。

 しかし、ここで最も重要なことは、今回のオバマ大統領の広島訪問、並びに「広島演説」に関して、論理的な考察を抜きにした感情論や傍観者的な立場で、何となく評価して、あるいは批判してそれで終わり、という態度では決して核兵器の廃絶への筋道という問題の本質を解明できない、ということではないだろうか。北朝鮮やロシアや中東において、いまだに核兵器の脅威が取り除かれていない現在、唯一の被爆国に暮らす日本人として、戦後の日本のあり方、世界のあり方をどのように把握し、どのように押し進めていくべきかを厳しく問うならば、今回の「広島演説」でオバマ大統領が何を伝え、世界をどのようにしていこうとしたのかという問題に関して、戦後の日米関係の本質的なあり方も踏まえつつ、「広島演説」に表現された諸々の認識を、筋を通した形で評価していく必要があるのではないだろうか。有体にいえば、「広島演説」には日本国民を納得させる内容が含まれているとともに、アメリカの意志もしっかりと表現されているのであって、そのアメリカの意志にしても、統一的な意志が表現されているわけではなくて、オバマ大統領の個人的意志はもちろんのこと、原爆投下を戦争の犠牲者を最小限に食い止めたとして正当化するアメリカ国内の世論の意志なども含まれているのである。こうした内容の分析なしには、戦後70年以上経った現在においても、戦争の経験をきちんと清算し、未来の主体的な国家日本に向けた建設的な歩みを進めていくことはできないと考えるのである。

 本稿では以上のような問題意識を踏まえて、賛否両論ある「広島演説」を我々はどのように捉えるべきか、「広島演説」にはどのような意志が反映しているのかに関して、「広島演説」の具体的な内容を丁寧に読んでいくことで解明していくこととしたい。特に、戦後70年を経ても日本が置かれている立場が占領期と変わらない側面があることをしっかりと踏まえつつ、主体的に国家を建設していくためにという視点から「広島演説」を繙いていくこととしたい。

(※1)「広島演説」の具体的な内容については、下記参照。本稿では、日本語訳については下記を参照しつつ、筆者自身の訳によることとする。

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20160528-OYT1T50005.html

朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/ASJ5W4TKRJ5WUHBI01N.html?rm=664

毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160528/k00/00m/040/171000c

中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/ee/feature/obama/obama_speech_in_hiroshima.html

日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO02903620X20C16A5FF1000/

産経新聞
http://www.sankei.com/politics/news/160527/plt1605270066-n1.html

NHK
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160528/k10010537911000.html

(※2)外務省ホームページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_002105.html

(※3)朝日新聞DIGITAL2016年4月12日
http://www.asahi.com/articles/ASJ4C45P7J4CUHBI01G.html

(※4)毎日新聞Web版2016年5月10日
http://mainichi.jp/articles/20160511/k00/00m/030/104000c

(※5)YOMIURI ONLINE 2016年5月28日
http://www.yomiuri.co.jp/kyushu/news/20160528-OYS1T50023.html
朝日新聞DIGTAL 2016年6月4日
http://digital.asahi.com/articles/ASJ6313KCJ62PITB024.html?rm=293
産経ニュース2016年5月29日
http://www.sankei.com/world/news/160529/wor1605290031-n1.html
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2016年01月19日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(13/13)

(13)国家としての主体性の確立へ、政治教育の重要性

 前回は、本稿でこれまで書いてきた流れを振り返り、日本が主体性ある国家として生きていくためには、日米安保条約を廃棄し対米従属の軍隊(米軍の補完部隊)である自衛隊を解散した上で、必要ならば憲法9条を改正し、独立日本を防衛するための必要最小限度の実力組織を新たに創設するべきだ、という結論を改めて確認した。その上で、こうした方向へ前進するためには、如何に困難であっても、日本がどのような国家であるべきなのか、真に主体性ある国家となるためにはどうすればよいのか、本質的なところから問題提起を行い、敗戦後70年の日本の歩みを問い直して、国民世論を根本的に作り変えていくという事業に挑むほかないことを説いたのであった。この困難な課題に正面から挑もうとしないところに、日本共産党をはじめとする左翼勢力の堕落がある。ここを曖昧にしては、安倍政権の反立憲主義的、反民主主義的な暴走を根本のところから食い止めることはできないのである。

 安保法制をめぐる議論の混迷は、推進派の側にしろ反対派の側にしろ、戦後日本の欺瞞――対米従属の下で、無理な憲法解釈を重ねて、米軍の補完部隊としての自衛隊を増強させてきたこと――を直視することから逃げてしまったことから生じたものなのである。安保法制をめぐる対立というのは、この欺瞞を将来にかけてさらに深化させていこうとする安保法制推進派、これまでの欺瞞は不問にしたまま(あるいはむしろ肯定的に捉えた上で)これ以上の深化には抵抗しようとする安保法制反対派、という構図でしかなかった。厳しくいえば、推進派、反対派の双方が、本質的なレベルの議論を回避したまま、表層的なレベルで感情的な言葉の応酬を繰り返した、というものでしかなかったのである。

 日本が真に主体性ある国家になるためには、何よりもまず日米安保体制をこのままにしておいてよいのか、正面から問題提起をしていかなければならない。そうした観点からして決定的に重要な意義を有するといえるのが、辺野古への米軍基地建設をめぐる沖縄の闘いである。新基地建設に反対する闘争が従来の保守・革新の枠を超えて展開されるなかで、一昨年の12月、翁長雄志氏が沖縄県知事となった。翁長知事は辺野古の埋め立て承認を取り消したが、国はその撤回を求めて、法廷闘争に持ち込んだ。翁長知事は、その代執行訴訟の第1回口頭弁論(2015年12月2日)における意見陳述で、「沖縄県にのみ負担を強いる日米安保体制は正常といえるのか。国民すべてに問いかけたい」と提起した。これは、敗戦後70年に及ぶ日本の欺瞞を鋭く衝く言葉にほかならない。日米安保体制の下、過酷な基地負担を沖縄に押し付けたことによって、日本本土は平和で民主的な文化国家という看板の下に、経済的繁栄を享受することができていたに過ぎないのである。何よりもまず、この欺瞞を直視しなければならない。沖縄の基地問題は、本土の人間にとって、決して他人事として捉えられてはならないものである。沖縄からの提起を、まさに自分自身の問題として受け止め、主体性ある国家の確立へと向かうきっかけにしていかなければならない。「国防は国の専権事項」(菅義偉官房長官)だから……というような、国家論の原則からすれば確かに正しいかもしれない言説に寄りかかって、沖縄の声を切り捨てるなどもってのほかであるし、日米安保体制は大事だけれども沖縄ばかりに負担を押し付けるのは確かによくないな……というレベルの受け止めにとどまるのも決定的に不充分である。端的に、日米安保体制そのものの是非が問われているものだと受け止めなければならない。沖縄から鋭い問題提起がなされている現局面は、日本が主体性ある国家として生まれ変わっていくための大きなチャンスでもあるのである。

 もうひとつ注目しておきたいのは、今夏の参院選から18歳選挙権が実施される見通しとなったことである。今回の安保法制をめぐる動きでは、SEALDsの学生たちのみならず、高校生が反対運動に立ち上がったことが注目を集めた。SEALDsについては、本稿では批判的に言及することになったが、政治的無関心層とされがちであった若者たちのなかから、自らの主張を鮮明に掲げての行動が見られるようになってきたこと自体は、前向きな変化である。こうした若者の動向は決定的に重要である。日本が敗戦後70年間にわたって積み重ねられてきた欺瞞を清算して真に主体性ある国家として立ち直っていくことは、そう簡単にできることではない。これから何十年もの時間を費やしていかなければならない難事業である。それだけに、現在の若い世代が果たす役割は決定的なのである。そしてまた何よりも、過去のしがらみに囚われず、柔軟な発想ができる若い世代だからこそ、根本的な変革を成し得るのだという側面を無視するわけにはいかない。そういう観点からして、高校生が有権者となることの意義は決定的に大きい。学校の授業で、世界歴史を学び、日本歴史を学び、政治経済を学ぶ高校生だからこそ、そもそも民主主義とは何か、何故に民主主義が大切なのか、民主主義を勝ち取るために人類はどのような苦闘の歴史を歩んできたのか、そもそも憲法とは何か、何故に憲法が大切なのか、憲法を勝ち取るために人類はどのような苦闘の歴史を歩んできたのか、そしてまた戦争の惨禍をなくすことを目指して人類がどのような苦闘の歴史を歩んできたのか等々、生き生きとした感情像として描いた上で、有権者になることができるのである。

 安保法制など、国論を二分するような大きな課題が山積している現在、18歳選挙権の実施をめぐって、求められる「教育の政治的中立性」とは何か、という問題が大きく浮上してきている。特定の政治主張を教育現場に持ち込んではならないということであるが、このことは浅薄なレベルで理解されてはならない。教師が自身の信奉する特定の政治的主張を、そのまま問答無用に正しいものとして押し付けることが絶対にあってはならないのは当然である。しかし、それは、国論が二分され激しい対立を招いている問題について、できる限り直接触れないようにしておくとか、どちらの主張からも等しく距離を取るようにして説明を試みる、とかいったことではないはずである。ここで絶対に踏まえておかなければならないのは、平和、人権、民主主義などの獲得を目指して人類が苦闘の歴史を歩んできたことの重みである。この歴史の重みをしっかりと学ばせて、その歴史的な文化遺産を継承し、発展させていく主体を形成するためにこそ、教育という営みがあるのである。例えば、極端に復古主義的な政治勢力が伸長してきて、女性から参政権を奪え、参政権は高額納税者だけに限定しろ、などの主張を掲げ始めたとき、「教育の政治的中立性」というのは、「参政権は全国民に認められるべき」という主張と「参政権は一部の男性に限られるべき」という主張のいずれにも与しないようにする、ということになるのであろうか。そんなことはないはずである。教育基本法は、第1次安倍政権の時代(2006年)に改定されたが、その前文でも以下のように述べられているのである。

「我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。
 我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。
 ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。」


 旧教育基本法の前文と比較すると、公共の精神の尊重や伝統の継承など、いわゆる「安倍カラー」を感じさせる文言が混入されてはいるものの、基本的な骨格は維持されているといえよう。民主的で文化的な国家の発展、世界の平和と人類の福祉の向上を担いうる人間の育成こそが教育の大目標なのであり、そのためには日本国憲法の精神にのっとって教育の基本を確立しなければならない、というのである。教育基本法にこのように規定されていることからしても、護憲論、改憲論という相互に対立する2つの論があるから、国民主権、人権の尊重、平和主義といった日本国憲法の理念を守るべき大切なものだと教えるのは政治的偏向である、などという議論がおよそ成り立ち得るものではないことは明らかである。このことをしっかりと押さえておかなければならない。

 もちろん、民主的で文化的な国家の発展とはそもそもどういうことか、世界の平和と人類の福祉の向上はどのようにすれば実現されるのか、といった問題をまともに解いていくためには、確固とした社会科学的な指針がなければならない。日本が真に主体性ある国家となるための道を指し示すためにも、そうした主体性ある国家をまともに担いうる主権者を育成していくためにも、国家学を中核とする社会科学体系の構築が急務である。このことこそが我々京都弁証法認識論研究会の歴史的任務であることを確認して、本稿を終えることにしたい。

(了)
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2016年01月18日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(12/13)

(12)学的国家論を踏まえ世界歴史の流れを視野に入れた議論が必須

 本稿は、昨年9月に成立させられた安保法制をめぐって、その推進派、反対派双方の主張を批判的に検討することを通じて、日本の安全保障についてどのように考えていけばよいのか、ある程度の方向性を示すことを目指したものであった。ここで、これまで論じてきた流れを振り返っておくことにしよう。

 まず検討したのは、安保法制推進派の言説が如何にデタラメなものであったか、ということである。安保法制の直接の根拠としては、一昨年7月1日の閣議決定によって、集団的自衛権の行使は禁止されているという政府の憲法解釈が変更されたことがある。この閣議決定では、いわゆる武力行使の旧三要件――@我が国に対する急迫不正の侵害があること、Aこれを排除するために他の適当な手段がないこと、B必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと――の骨格を最大限維持しながら、集団的自衛権の行使容認という正反対の結論を導きだすために、@に相当する個所に「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」という文言を付け加えたのであった。本稿では、これが具体的な像を伴わない単なる言葉遊びレベルの解釈改憲であったことを厳しく批判した。また、集団的自衛権の行使が必要となる事例として安倍首相が真っ先に挙げた、邦人を乗せた米艦の防護という事例について検討し、国会質疑を通じて、こうした事例の提示は根拠のない不安をあおるものにほかならず、真の狙いは邦人を守ることではなく米艦を守るところにこそあったことが明らかになったことをみた。さらに、安保法制と「アーミテージ・ナイ・レポート」との類似性を指摘し、米国(ジャパン・ハンドラー)の要望に何とか応えることを最優先に、像のない言葉を弄び、非現実的で情緒的な事例をデッチ上げて国民をミスリードしようとするようでは、国家の主体性の確立に繋がるどころか、ますます対米従属を深めるだけだ、と結論付けたのであった。

 次いで、対する安保法制反対派の言説もまた浅薄なものでしかなかったことを批判した。ここではまず、安保法制反対派が「日本を取り巻く安全保障環境の根本的な変容」という政府与党側の立論のいい加減さを衝こうとするあまり、日本周辺あるいは世界情勢の全般に対する真剣な検討がおろそかになっていたことを指摘するとともに、その根底に「戦後日本の平和は憲法9条によって守られていたのに、それを変えれば日本が戦争に巻き込まれてしまう」といった一国平和主義的な気分が根深く存在したことを論じた。また、旧来の革新系の人々(左翼的な人々)が、保守的な人々との共同闘争の必要性を口実に、自衛隊違憲論や日米安保条約廃棄論といった自身の本来の主張を棚上げして、国家の安全保障に関わる本質的な議論から逃げてしまったことを指摘した。日米安保条約の廃棄、自衛隊の解消という目標と、日米軍事同盟が強化されて自衛隊の海外派兵が恒常化されようとしているという現実との大きな落差をどのようにして埋めていくか、真剣に考え抜くということをやらずに、ズルズルと現実と妥協していくという不誠実な態度がそこにはあった。そうした反対運動の思想的・理論的な弱さがあったからこそ、「かっこよく民意を示す」(SEALDs)など民意の内実よりも表現方法にこだわる傾向が生み出され、現象的には運動が大きく高揚したようにみえても、実態としては国民世論を大きく持続的に動かし続けるということにはならなかったのだ、と結論付けたのであった。

 本稿では、以上のような、推進派、反対派双方の言説についての問題点の確認の上に立って、日本の安全保障についてどのように考えていけばよいか、ある程度の方向性を示すことを試みたのであった。そこでまず確認したのは、国家の独立維持にとって軍事力は不可欠であり、軍隊の保持を明確に禁じた日本国憲法第9条が極めて異常な国家のあり方を規定するものであることである。ここでは、かつての日本共産党が掲げていた武装中立論――日米安保条約を廃棄し、憲法違反・対米従属の軍隊を解散した上で、独立日本を防衛するために憲法を改正して新たな軍隊を保持する――こそ、国家論の観点からして正当なものであり、日本のあるべき防衛について筋を通して考えていく上で参考になるものであることを指摘した。一方で、日本国憲法を単に異常なものとして切って捨てるわけにはいかないことを、20世紀における戦争違法化の流れを簡単に振り返りながら確認した。日本国憲法第9条は、戦争違法化の流れの最高の到達点として人類史的な意義を有したものであり、日本のあるべき防衛について考えていく上では、人類史の大きな流れを視野に入れてあるべき未来を展望するとともに、日本国憲法の徹底した平和主義の理念については最大限に尊重されるべきであることを、カントの歴史観にも触れながら、指摘したのであった。これらの議論を踏まえて、以下の諸点を確認した。

 @現在、安倍政権が進めている改憲・再軍備の動きは、日米軍事同盟の強化を前提にしたものであり、米国からの自立に繋がるどころか対米従属をますます深めていく道であること。

 A米国からの自立は大日本帝国の「栄光」を懐古するような復古的イデオロギーの主導の下になされてはならないこと。それは世界から孤立した軍事的独裁国家への道であること。

 B憲法9条と自衛隊との矛盾の解決は、自衛隊の現状に憲法9条を合致させるのではなく、基本的には自衛隊を解消することによって図られなければならないこと。憲法の規範性を回復するために、憲法を改正して自衛隊の存在を明記すべきという「護憲的改憲論」は、日米安保体制の現状、対米従属的な軍隊としての自衛隊の現状をそのまま肯定するものにしかならないこと。

 以上の諸点を確認した上で、日本が主体性ある国家として生きていくためには、日米安保条約を廃棄し対米従属の軍隊(米軍の補完部隊)である自衛隊を解散した上で、必要ならば憲法9条を改正し、独立日本を防衛するための必要最小限度の実力組織を新たに創設するべきだ、という結論を提示したのであった。

 もちろん、この結論は、国家論の原則から筋を通して考えていけばそのようにならざるを得ない、といった性質のものであり、現在の国民世論の情況からみて、そうした方向への前進にどの程度の実現可能性があるかはまた別の問題である。本稿の連載第7回に紹介した通り、2009年に内閣府が実施した調査によれば、「日米安全保障条約をやめて、自衛隊も縮小または廃止すべき」とした回答者は全体のわずか4.2%に過ぎなかったのである。マスコミを通じた強力なイデオロギー支配の下、日米安保条約や自衛隊の存在が当然視されている情況を覆すのは、極めて困難な課題であるといわねばならない。さらにいえば、仮に国民世論を日米安保条約廃棄の線で纏めることに成功し、安保条約廃棄を掲げる勢力が政権の獲得に成功したとしても、米日の支配層がそれで安々と引き下がるとは考えられないのである。我々は、民主党・鳩山政権のあの程度のごくささやかな対米自立性ですら、無残に潰されてしまったことを想起しなければならない。安保条約第10条(*)に従って終了を通告しさえすればそれで片がつく、などと安易に考えることは決して許されないのである。米国側から陽に陰に諸々の妨害工作を受けながら、日本国民が果たして日米安保条約廃棄の強固な意志を堅持しきれるのかどうか。これは想像を絶する厳しい闘いとなるといわざるを得ない。さらにその先、仮に日米安保体制を打破することに成功したとして、これまで米国の属国という地位に甘んじてきた日本が、自主独立の国家として周辺諸国と対等に渡り合っていくことが果たしてできるのか、という大問題もある。

 しかし、だからといって国民世論の現状に適当なところで妥協して、対米従属状態を事実上固定化することにしかならない護憲的改憲論を唱えたり、あるいは違憲で対米従属の軍隊の永続に事実上道を拓くことにしかならない自衛隊の段階的解消論を唱えたりするようでは、「パクス・アメリカーナ」終焉後の世界において、日本が真に主体性ある国家として振舞っていくことなど到底不可能なことになってしまうのである。国民世論の現状からみてどんなに困難であっても、日本がどのような国家であるべきなのか、真に主体性ある国家となるためにはどうすればよいのか、本質的なところから問題提起を行っていくほかないのである。敗戦後70年の日本の歩みを問い直して、国民世論を根本から作り変えていくという難事業に挑まなければならない。そのためには、学的国家論を踏まえ、世界歴史の流れを視野に入れた議論が必須となる。

(*)「この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する。」
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2016年01月17日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(11/13)

(11)国際情勢の厳しさを直視つつ理想に向かって前進を

 前回は、20世紀における戦争違法化の流れを簡単に振り返りつつ、日本国憲法第9条はそのひとつの到達点として人類史的な意義を有したものであることを確認し、日本のあるべき防衛について考えていく上では、人類史の大きな流れを視野に入れてあるべき未来を展望するとともに、日本国憲法の徹底した平和主義の理念については最大限に尊重されるべきである、と指摘した。

 今回は、本稿のこれまでの議論を念頭に置いた上で、日本のあるべき防衛について具体的に考えていくために、いくつかのポイントを確認しておくことにしよう。

 まず指摘されなければならないのは、安倍政権が現在進めているような集団的自衛権の行使の具体化の動き、ないしは憲法9条改定の動きは、日米軍事同盟の強化を大前提としたものであって、何ら日本の国家としての主体性の確立に繋がるものではない、ということである。そもそも憲法改定は、自民党の結党(1955年)以来の悲願とされながら、その実現に向けた動きが本格化してきたのは、冷戦の終焉後、1990年代以降のことでしかなかった(改憲のための国民投票法が制定されたのはようやく2007年のことである)。この背景には、冷戦後の米国が、それまで「世界の警察官」として一手に担ってきた軍事的負担を同盟諸国にも分担させていこうとする流れを強めてきたことがある。さらに、21世紀に入って、いわゆる「パクス・アメリカーナ」の綻びが明らかになるとともに、財政危機による軍事費削減圧力が強まってきたことも大きい。オバマ政権が2012年1月に打ち出した「新国防戦略」は、冷戦後の米軍の戦力展開の基本となっていた「二正面戦略」(ほぼ同時に2つの大規模な紛争が起きても、どちらにも勝てるだけの戦力を世界規模で配備しておく)を放棄する一方、中国の軍事的脅威が増すアジア太平洋地域については戦力展開を強化していく、というものであった。こうしたアジア太平洋重視の「新国防戦略」によって、米国の国益に沿う形で日本の軍事力を利用できるようにしたいという要求は極めて切実なものとなっていった。第2次安倍政権以降、改憲への動きが急速に強まってきている背景に、こうした米国の世界戦略があることは否定できないのであり、現在進行している改憲と再軍備への動きは、日本が今まで以上に米国の世界戦略に深く組み込まれていくことを意味するものに他ならず、日本の自立性を強めるどころか、対米従属をより深化させる結果に繋がるものなのである。日本が国家としての主体性を確立するためには、米国から自立すること、より具体的にいえば、日米安保条約を廃棄し在日米軍を撤退させて、自国の独立は自力で維持するという構えを確立することが絶対的な条件となる(*)。

 しかし、米国からの自立といっても、それは、かつての大日本帝国を復活させるようなものであってはならない。戦争違法化に向かって前進してきた人類史の流れを逆行させてはならないのである。第二次世界大戦を「ファシズム対反ファシズム」の戦いとして描き出し、大日本帝国を一方的に悪玉に仕立て上げることは不当であるにしても、大日本帝国が周辺のアジア諸国に対して、侵略と植民地支配によって多大な損害と苦痛を与えたこと自体は、決して否定してはならぬことである。我々は、日本国憲法第9条が、周辺諸国に対する詫び証文としての性格をも有していることについて、重く受け止めておかなければならない。対米自立が復古的イデオロギーの主導の下になされるのは、極めて危険である。アジア諸国を支配し、米国に戦いを挑んだ大日本帝国の歴史を偉大な栄光として称えつつ、あたかも子どもがオモチャの銃や戦車を欲しがるようなレベルで再軍備に向かうならば、国際社会における日本の立場は決定的に厳しいものとならざるを得ない。それは、北朝鮮のような、孤立した軍事独裁国家への道である。対米自立は、過去を懐かしむ形ではなく、未来を展望する形でなされなければならない。自国の独立は自力で維持すべきといっても、それは必ずしも重武装を意味しないのであって、何よりもまず巧緻な外交努力がその中核をなすことは当然である。

 もうひとつ、対米自立の問題と相対的に独立した課題として検討しておかねばならないのは、憲法9条と自衛隊をどうするべきか、という問題である。そもそも自衛隊は、政府の無理な憲法解釈の上に存在させられてきた軍隊である。立憲主義(国家権力は憲法の制限下になければならない)の観点からすれば、憲法9条を堅持して自衛隊を解消するか、憲法9条を改正して自衛隊の存在を明記するか、いずれかが選択されるべきだということになる。そうでなければ、最高法規たる憲法から筋を通して統治するということにはならない。そういう意味では、安保法制反対派の一部から、安倍政権の進めるような軍事大国化の流れに歯止めをかけるという意図も含みつつ、憲法を改正して自衛隊の存在を明記すると同時に集団的自衛権の行使の禁止をも明記するといった、いわば護憲的改憲論とでもいう議論が提示されていることには、一定の根拠があるといえよう。

 しかし、こうした議論には大きな陥穽があることを指摘しなければならない。こうした議論は、日米軍事同盟や自衛隊について、これ以上の改悪を防ぐためにとりあえず現状で固定するようにしましょう、というものでしかないのである。こうした議論の立て方では、敗戦後70年の日本の歩みがどうであったか、不問に付されてしまう。建前としては憲法9条を維持しつつ、実質的には米軍を駐留させその補完部隊たる自衛隊を増強させながら、両者の齟齬を無理な憲法解釈を重ねることによって誤魔化してきた、という歩みについて、批判的に検討する視点を欠いてしまうのである。むしろ、憲法9条の制約下、専守防衛の理念を掲げて抑制的かつ現実的な防衛政策を模索してきた歴史として、積極的に肯定されてしまうことになる。もちろん、こうした防衛政策の歴史のなかに、これからの日本のあるべき防衛を考えていく上で、継承すべき多くの遺産が含まれている、ということはできるだろう。しかし、それらが対米従属という大枠のなかでしかありえなかったこと、対外的な諸問題について米国の意志に逆らう意志決定をなすことが絶対に許されないという条件下のものでしかなかったことは、しっかりと直視しなければならない。日米軍事同盟や自衛隊を現状のレベルで固定するということは、米国からの更なる要求を拒否し、これ以上の対米従属化を阻止するという意味で、一定の積極的な意義を有するとはいえなくもないが、対米従属状態の根本的な解決にはならず、むしろ固定化するものにほかならないのである。

 だとすれば、憲法9条と自衛隊との矛盾の解決は、自衛隊の現状に憲法9条を合致させるのではなく、基本的には自衛隊を解消することによって図られなければならないということになるであろう。もちろん、対米従属状態の打破のためには、日米安保条約の廃棄が不可欠の前提となることはいうまでもない。しかし、ここで大きな問題として浮上してくるのは、現在の国際情勢の下、果たして非武装で日本の独立が維持できるのかどうか、ということである。現在の世界は、戦争は原則的に違法なものとされるところにまで到達してはいるものの、諸国家はいまだに軍隊を保持したまま相互に対峙しているのであり、とりわけ21世紀に入ってからは「パクス・アメリカーナ」の綻びとともに、世界情勢は混沌とした情況を見せつつある。そうした現実を直視すれば、残念ながら、日本だけが今すぐ完全な丸腰になるというわけにはいかないであろう。ここで我々は、自衛隊は解消しなければならないが、かといって非武装のままでいることもできない、という隘路に陥ってしまうのである。

 ここから抜け出そうとして、自衛隊は違憲だから解消すべきだとする一方、国民的合意がなければ解消することはできないとして、国民世論の側に責任を押し付けるようにして、事実上その存続を容認してしまったのが、現在の日本共産党の段階的解消論である。しかし、これは極めて不誠実な態度というほかない。そもそも自衛隊は、その創設の当初から、在日米軍を補完する役割を担わされ続けてきたのであり、米軍との繋がりにおいてしか行動できない組織となってしまっている。これをそのまま、独立日本の防衛のために活用することはできないのである。したがって、対米従属の軍隊である自衛隊は、日米安保条約の廃棄とセットで、解消することを目指すのが筋というものであろう。その上で、非武装のままでは日本の独立維持が危ういというのならば、憲法9条を改正して、新たな実力組織を保持するようにするべきなのである(**)。ただし、その場合でも、専守防衛を建前としてきた自衛隊を大きく超えるようなものであってはならず、日本国憲法の徹底した平和主義の理念を最大限に尊重し、戦争の絶滅という人類の理想に向かって努力する姿勢を明確にすることは当然である。現代の世界において、第二次世界大戦の終結直後にあったような、戦争絶滅という理想実現への熱意のようなものが薄れていることは否定できないが、例えばテロに対して軍事的に対応するだけでは事態を悪化させてしまうのであり、貧困や格差による社会の荒廃に対処してこそ根本的な解決に繋がるという認識が、主要国家の首脳レベルでも否定することのできないものとなって来ているのも事実なのである(***)。平和主義を掲げる日本は、この線でこそ積極的な役割を果たしていかなければならない。

 以上を要するに、日本が主体性ある国家として生きていくためには、日米安保条約を廃棄し対米従属の軍隊(米軍の補完部隊)である自衛隊を解散した上で、必要ならば憲法9条を改正し(ただし、平和主義の理念は最大限に尊重することは明確にしながら)、独立日本を防衛するための必要最小限度の実力組織を新たに創設していく必要があるということになるのである。

(*)国家の主体性という問題を一応度外視するにしても、国力に翳りを見せつつある米国にいつまでも付き従っていくことが果たして得策なのか、という問題もある。しかし、覇権国であった米国から自立するということは、単に衰退しつつある米国から距離をとるといったことですむものではなく、「パクス・アメリカーナ」に変わる新たな世界秩序の構想を提示していく責任を背負うことでもあるのである。

(**)自衛隊の解散→新たな実力組織の創設という流れは、形式的な変更に過ぎず自衛隊をそのまま存続させるのと変わらないのではないか、との疑問もあるかもしれない。確かに、新たな実力組織はその装備や人員の少なからぬ部分を旧自衛隊から引き継ぐことになるであろう。そうした意味では、創設されるべき新たな実力組織は自衛隊との連続性を持ったものといえる。しかし、そもそも組織は意志の支配・服従関係によって構成されるものであり、この意志関係のあり方が根本的に変革され、全く新しいものに創り直されるのであれば、それは論理的には旧組織の解体・新組織の創設といわねばならないのである(ロシア革命後、トロツキーによって率いられた赤軍にも、帝政ロシアの軍人が少なからず加わっていたことを想起すべきである)。在日米軍の補完部隊と独立日本を防衛する実力組織とでは、そのイデオロギー性が全く異ならなければならないのであって、このことを明確にするためにも、自衛隊の改革ではなく解散という目標を明確に掲げるべきだといえる。

(***)「米国政府が主催した過激派組織「イスラム国」など過激派対策に関する閣僚級国際会議は、従来の軍事力中心のテロ対策を見直し、同組織の巧みなインターネット宣伝への対抗を重点課題に挙げた。加えて、テロリストの素地となる貧困や格差、教育といった根本的な問題に結束して取り組むことで一致した。国際社会のテロ対策は新たな段階に入ったといえる」(「京都新聞」2015年2月24日「社説」)
http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20150224_3.html
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2016年01月16日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(10/13)

(10)戦争放棄という理想に向けて前進してきた人類史の歩み

 前回は、国家の独立維持にとって軍事力は不可欠であり、軍隊の保持を明確に禁じた日本国憲法が極めて異常な国家のあり方を規定したものであること、かつての日本共産党の武装中立論――日米安保条約を廃棄し、憲法違反・対米従属の軍隊を解散した上で、独立日本を防衛するために憲法を改正して新たな軍隊を保持する――こそ、国家論の観点からして正当なものであり、日本のあるべき防衛について筋を通して考えていく上で大いに参考になるものであることを指摘した。

 さて、憲法9条の背景に、大日本帝国の復活阻止という米国の世界戦略上の思惑が存在したのは前回指摘した通りであるが、憲法9条をこの側面だけで捉えてしまうのは一面的である。第二次世界大戦の終了直後というのは、平和な世界の建設という理想が高らかに掲げられた時代でもあったのであり、そうした時代の雰囲気と切り離して、憲法9条を捉えることはできないのである。日本国憲法前文を味読してみれば、戦争の惨禍を二度と繰り返したくないという強い決意、世界平和への真摯な願いという時代の雰囲気を感じ取ることができるであろう。このことを決して軽く捉えてはならない。

 さらに決定的に重要なのは、こうした平和な世界の切実な希求というのは、何も日本国憲法だけに特殊なものではない、ということである。20世紀において人類は、戦争の違法化という課題において、紆余曲折を含みながらも、大きな前進を遂げてきたのであり、日本国憲法もまたそうした流れのなかにあるものなのである。

 戦争はもともと「他の手段をもってする政治の継続である」(クラウセヴィッツ『戦争論』)として当然視されるものであった。しかし、20世紀に入ると、大量破壊兵器の登場や総力戦の展開によって、戦争の残虐性や社会全体に与える被害の甚大さが大きな問題として捉えられるようになり、戦争のやり方に規制を加えるとともに、戦争そのものを違法化しようとする動きが生じてきた。第一次世界大戦終了後の1920年には国際連盟が設立され、1928年には「戦争放棄に関する条約」(いわゆるパリ不戦条約)が締結された。この条約では、国際紛争を解決する手段として、締約国相互での戦争を放棄し、紛争は平和的手段により解決することを規定したのであった。しかし、侵略戦争ならぬ自衛戦争は禁止されていないとの解釈が拡大されていったことで、この条約は事実上空文化してしまったのであり、第二次世界大戦の勃発を防ぐことができなかったのである。

 この反省の上に立って1945年に創設されたのが国際連合であった。国際連合憲章は、その第2条第4項で「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と定め、戦争を含む武力の威嚇・行使を違法化したのである(*)。第二次世界大戦後に制定された各国の憲法にも、こうした戦争違法化の流れを反映した条項が入った。日本と同じ敗戦国であるイタリアの憲法(1947年)は「他人民の自由に対する攻撃の手段としての戦争及び国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する」と規定し、同じく敗戦国のドイツの基本法(1949年)は「諸国民の平和的共同生活を妨げ、特に侵略戦争の遂行を準備するのに役立ち、かつ、そのような意図をもってなされる行為は、違憲である」と規定した。日本国憲法もまた、こうした戦争違法化の流れを反映したものであるが、交戦権の明確な否認、軍隊の不保持という徹底的に厳格な規定は、他国の憲法に類を見ないものであるといえる。

 以上を要するに、軍隊の保持を明確に禁ずる日本国憲法は、確かに異常な国家のあり方を規定したものだともいえるが、それは現代世界における他の諸国家のあり方と全く隔絶したものというわけでもない、ということになる。戦争違法化の流れ、換言すれば、戦争放棄という理想に向けて(紆余曲折を含みながらも)前進してきた人類史の歩みを重視するならば、戦力の不保持という憲法9条の規定について「日本は正しいことを、ほかの国よりも先に行ったのです」(文部省『あたらしい憲法のはなし』1947年)と捉えるのは、必ずしも間違ったものとはいえない、ということができるであろう。

 戦争の違法化に向けた人類史の歩みということに関わって、イマヌエル・カントの歴史観について簡単に触れておくことにしたい。カントは「世界公民的見地における一般史の構想」(1784年)において、個々人の敵対的関係からスタートし、国際連合の創設というゴールに至るという歴史観を打ち出したのである。

 もう少し詳しく、カントの論の流れを確認しておこう。カントはまず、人間は相集まって社会を形成しようとする傾向(社交的性質)と同時に、仲間から離れて自分一人になろう(孤立しよう)とする強い傾向(非社交的性質)をも備えていると把握する(後者の傾向は、他者の抵抗を排して一切を自分の意のままに処理しようというところから生じるとされる)。つまりカントは、人間とは集団のなかでしか生きていけないにもかかわらず集団においては生きていけないという矛盾を含んだ存在であると把握するわけである。カントによれば、人類はこの矛盾を解決するために、自分と他人とが互いに傷つけ合うことなく自由に共存しうるような法的組織として「公共公民体」を形成していくことになる(これは、法的規範によって統括された国家のことであるといってよい)。カントは、人類が備えている理性や意志の自由といった素質は、この公共公民体の枠内ではじめて全面的に開花し得るようなるという。しかし、この段階では、自分と他人とが互いに傷つけ合うことなく自由に共存しうるという状態は、個々の国家の枠組み内で実現されているに過ぎない。国家どうしが互いに敵対的に抗争し合うという問題は解決されていないのである。そこで人類は、国家的な公民的組織を形成するにとどまらず、一個の世界公民的組織(世界国家あるいは国際連合)を創設する方向に進まなければならなくなる、というのである。要するに、まず、個人間の敵対関係が国家意志(法的規範)への個人意志の従属という形態によって解決され、次いで、国家間の敵対関係が国家間の関係を律する規範(国際法)の確立によって解決されていく、という大きな流れをみてとることができる、というわけである。

 戦争違法化の流れ、とりわけそのなかでの国際連合の創設という歴史的な事実は、こうしたカントの展望が夢物語ではないことを示しているのではないだろうか。もちろん、国連憲章の第2条第1項が「この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている」とし、同第7項が「この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではない」としているように、現在の国際連合は決して全世界を統括する「世界政府」や「世界連邦」の如き存在ではなく、独立した主権国家どうしの寄り合い所帯に過ぎない。第二次世界大戦後の世界においても国家間の紛争は絶えなかったし、冷戦終結後には、唯一の超大国となった米国が、国連を無視してでも「世界の警察官」としての役割を果たすという単独行動主義を露骨に示したこともあった。さらに現在は、経済の衰退などで米国の地位が相対的に低下していく一方で、中国やロシアなどの新興大国が対外膨張路線をとるようになってきている。大国による情勢のコントロールが効かなくなったことによって、地域紛争やテロも頻発している。世界情勢はまさに混沌とした様相を呈してきているのである。

 とはいえ、人類史の全体を視野に入れるような広い視野で眺めればどうだろうか。現在、まともに統治された国家の内にあっては、個々人が自衛のために武装しなくても治安が保たれているように、やがては、国際社会においても、個々の国家が自衛のために武装しなくても平和が保たれるという情況が到来しうるのではないか、と考えることは決して不可能ではないのではないだろうか。日本国憲法第9条というのは、戦争放棄という崇高な理想に向かっての人類の探究のひとつの到達点としての側面も有しているのであって、決して嘲笑的に扱われるべきものではない。日本のあるべき防衛について考えていく上では、人類史の大きな流れを視野に入れてあるべき未来を展望するとともに、日本国憲法の徹底した平和主義の理念については最大限に尊重されるべきである、といえる。およそ70年に渡って憲法9条を掲げ続けてきた我々日本国民には、戦争の絶滅という人類の究極的理想に向かって主導的な役割を果たす責任があるといえるだろう。

(*)もっとも、第51条においては「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」とされたこと、とりわけ米国の強い要求で「集団的自衛」の文言が入ったことが大きな抜け穴となったことは否定できない。現実には、国連が米国の軍事的な世界戦略の隠れ蓑となってきた側面も決して否定はできないのである。それでもなお、崇高な理想が掲げられたこと自体を軽くみるべきではないであろう。
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2016年01月15日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(9/13)

(9)国家の独立維持に軍事力は不可欠

 本稿は、昨年9月に成立させられた安保法制をめぐって、その推進派、反対派双方の主張を批判的に検討することを通じて、日本の安全保障についてどのように考えていけばよいのか、ある程度の方向性を示すことを目指したものである。前回までの3回に渡っては、安保法制反対派の言説の浅薄さについて検討してきた。簡単に振り返っておこう。まず、安保法制反対派が「日本を取り巻く安全保障環境の根本的な変容」という政府与党側の立論のいい加減さを衝こうとするあまり、日本周辺あるいは世界情勢の全般に対する真剣な検討がおろそかになっていたことを指摘するとともに、その根底に「戦後日本の平和は憲法9条によって守られていたのに、それを変えれば日本が戦争に巻き込まれてしまう」といった感覚が根深く存在したことを論じた。次いで、旧来の革新系の人々(左翼的な人々)が、保守的な人々との共同闘争の必要性を口実に、自衛隊違憲論や日米安保条約廃棄論といった自身の本来の主張を棚上げして、国家の安全保障に関わる本質的な議論から逃げてしまったことを指摘した。さらに、そうした反対運動の思想的・理論的な弱さの故に、「かっこよく民意を示す」など民意の内実よりも表現方法にこだわる傾向が生み出され、現象的には運動が大きく高揚したようにみえても、実態としては国民世論を大きく持続的に動かし続けるということにはならなかったのだ、と結論付けたのであった。

 安倍政権による安保法制の成立強行が暴挙であることは論を俟たない。しかし、そうした安倍政権のあり方に対抗して、民主主義の理念の定着や成熟を本当に目指していくためには、これら本質的な諸問題について、国民的なレベルで突っ込んだ議論が展開されなければならないのである。今回から3回に渡っては、そもそも国家とはどういうものか、という原点を踏まえつつ、これらの問題についてどのように考えていけばよいのか、大雑把な方向性を提示することを試みてみたい。

 まず確認されなければならないのは、一般的にいって、国家の独立維持にとってやはり軍事力は不可欠のものだ、ということである。そもそも国家とは、社会が自立的に存続できるための枠組みであり、他国との関係において、自らの存在を維持していけるだけの実力を保持していることが絶対に欠かせない。他国家との対峙の極限状態は戦争である。その意味では、軍隊こそが、国家において最も重要な要素であるとすらいえるものであり、このような軍隊の保持を明確に禁じた日本国憲法が、極めて異常な国家のあり方を規定したものであることは否定できないのである。

 では、なぜそのような異常な規定が創られたかといえば、端的には大日本帝国の復活を許さないためであった。「大東亜共栄圏」構想を掲げた大日本帝国によるアジア諸国への侵略と植民地支配は、欧米列強が世界を分割して植民地支配する従来の秩序への挑戦に他ならなかった。第二次世界大戦後、米国主導で世界秩序が再編されていく過程では、このような米国支配の体制(いわゆるパクス・アメリカーナ)を脅かす邪魔モノとして大日本帝国が復活してくることは、何としても認められなかった。そのため、大日本帝国の軍隊を徹底的に解体した上で、その再組織について強い制限をかける必要があったのである。その必要性を決定的にしたのが、天皇制の存続であった。占領軍は、統治を容易にする観点から、日本の支配層が強く要望していた「国体護持」(天皇制の存続)を認める方針を採った。天皇を神格化するイデオロギーこそが、日本軍国主義の精神的主柱であったにもかかわらず、占領軍は天皇制の存続を認めようとしたのである。それだけに、日本軍国主義の復活に対しては、なおさら念には念を入れてその芽を摘んでおく必要があった。この観点から、天皇制の存続を認めることと引き換えに、交戦権の放棄と戦力の不保持を規定した日本国憲法第9条が押し付けられたのである。

 しかし、冷戦構造が深まるなかで、米国は日本を反共の防波堤とする方針を採るようになり、日米安保条約を結んで米軍の駐留を半永久化するとともに、日本自身にも再軍備を迫ったのである。こうして、日本国憲法の制約下にありながら警察予備隊が創設され、在日米軍の機能を補完する機能を担わされながら、保安隊、自衛隊として強化されていったのであった。結果としてみれば、厳しい冷戦構造のなかで日本という国家が存立し続けることができたのは、在日米軍およびその補完部隊としての自衛隊という実力組織の存在があったからこそ、という側面を否定することは困難であろう。端的には、建前としての憲法9条と実質としての日米安保体制は密接不可分であって、日米安保体制という実質によってこそ、憲法9条という建前が支えられ続けてきたという皮肉な現実があるわけである。しかし、このことは、国家の存立という最重要課題を、宗主国たる米国に完全に丸投げしてきたことを意味するのである。これが敗戦後の日本が国家としての主体性を喪失することに繋がったのは間違いない。

 いわゆる55年体制下では、日本社会党を中心に、自衛隊は憲法違反の軍隊なので解消すべきだという非武装中立論が一定の影響力を持っていた。しかし、現在では自衛隊の即時解散を求める声はほとんど存在しなくなったといってよいだろう。日本共産党ですら、もはや自衛隊の即時解散を唱えていないのである。日本共産党は、憲法違反の軍隊である自衛隊は解消すべきであるとする一方、そのためには「国民の圧倒的多数が「万が一の心配もない。もう自衛隊は必要ない」という合意が成熟する」(2000年の第22回党大会でにおける志位和夫委員長の報告)ことが必要になるという条件を付し、自衛隊が存続している段階で急迫不正の侵害などがあった場合には自衛隊も活用して対応するという段階的解消論を唱えているのである。しかし、「万が一の心配がなくなれば自衛隊を解消する」というのは「万が一の心配がある限り自衛隊を保有する」ということの裏返しであるから、これは事実上、自衛隊の半永久的存続に道を拓くものにほかならない。自衛隊の解消を掲げる政党であっても、多少なりとも現実的な政策を打ち出そうとすれば、事実上はその存在を容認せざるを得なくなってしまうというところに、無防備国家など現実にはあり得ないのだということが如実に示されているもといえよう。

 しかし、自衛隊は憲法違反の軍隊であると主張しながら事実上はその存続を容認し、いざとなれば活用する、というのは全く筋の通らない話ではないだろうか。この点、かつての日本共産党の安全保障政策は、それなりに筋の通ったものであったといえる。そもそも日本共産党は、日本国憲法の制定時、第9条に関わって自衛権の放棄を主張する吉田茂首相を批判し、「民族の独立を危うくする」(野坂参三衆議院議員)として、帝国憲法改正案(日本国憲法案)に反対票を投じたのであった。間もなく政府が憲法解釈を変更して創設した自衛隊について、日本共産党は、在日米軍の補完部隊でしかなく民族の独立を守る組織ではあり得ない、という態度をとった。1970年代の民主連合政府の提案においても、日米安保条約を廃棄し、対米従属の軍隊である自衛隊を解消することを主張すると同時に、必要とあらば憲法を改正した上で独立日本を防衛するための新たな実力組織を創設することに含みを持たせていた。ところが、日本共産党は、1994年の第20回党大会において、憲法9条の掲げた理想は共産主義の理想と合致したものであると表明した上で、2000年の第22回党大会で自衛隊の段階的解消論に転じたのである。

 かつての日本共産党は、憲法9条について批判的な立場をとりつつも、憲法違反・対米従属の軍隊を独立日本の防衛に使うことはできないから、必要ならば憲法を改正して新たな軍隊を保持するのだ、としていた。これに対して現在の日本共産党は、憲法9条の擁護を掲げる一方、憲法違反・対米従属の軍隊の存続を事実上容認した上で、いざとなれば活用する、とまでいうのである。どちらが筋の通った見解であるかは明らかである。かつての武装中立論こそ国家論の観点からして正当なものであり、日本のあるべき防衛について筋を通して考えていく上で、大いに参考になるものであるといえよう。
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2016年01月14日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(8/13)

(8)デモの高揚が民主主義の成熟を示すという幻想

 前回は、旧来の革新系の人々(左翼的な人々)が、保守的な人々との共同闘争の必要性を口実に、自衛隊違憲論や日米安保条約廃棄論といった自身の本来の主張については事実上棚上げして、国家の安全保障にかかわる本質的な議論から逃げてしまったことを指摘した。

 そのような問題を含みつつも、安保法制に反対する運動は、思想的立場の異なる多くの人々を巻き込みながら、大きく高揚していったようにみえる。本稿の連載第1回でも触れたように、衆議院憲法審査会に参考人として招致された3人の憲法研究者全員が、安保法制は違憲であると断じた2015年6月4日以来、「SEALDs(シールズ:Students Emergency Action for Liberal Democracy-s〔自由と民主主義のための学生緊急行動〕)」、「安全保障関連法案に反対する学者の会」、「安保関連法に反対するママの会」などの運動が大きな注目を集めるようになり、8月30日には「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」が呼びかけた国会包囲デモに「12万人」(主催者発表)の人々が集まるに至って、反対運動の高揚を印象付けることになったのであった。こうしたデモの高揚は、しばしば60年安保闘争と比較され、労働組合などによる組織動員が主体であった60年安保に対して、一人ひとりの自覚的な市民が自発的に声を上げたものとして、肯定的なイメージで描かれることが多かったのも、本稿の連載第1回で触れた通りである。

 しかし、こうした反対運動の高揚は、安保法制の成立を阻止することができなかったばかりか、安倍政権の存立を揺るがすことすらできなかった。この事実を直視しなければならない。60年安保闘争は、安保条約の改定を阻止することはできなかったものの、岸政権の打倒という結果を残すことができた。このことと対比してみれば、今回の安保法制反対運動の高揚というのが、どの程度のレベルのものであったのか、疑問が生じてくる。安保法制成立後のマスコミの世論調査において、安倍内閣の支持率が順調に回復し、安保法制の成立を評価する人びとの割合が漸増しているという事実によって、その疑問はますます深いものにならざるをえない。

 安保法制反対運動の「高揚」を象徴する存在として押し上げられていったのは、SEALDsであった。「かっこよく民意を示す」(SEALDs創設メンバーの奥田愛基氏)という学生たちの行動は、ラップ調のコールや、凝ったデザインのプラカードやビラならぬフライヤー等を通じて、旧来の左翼系のデモ・集会の野暮ったさ(?)とは大きく異なる、洗練された(?)雰囲気を醸し出し、一人ひとりの市民が自発的に立ち上がった、というイメージを創り出すことに大きく貢献した。このようなイメージを踏まえて、例えば、以下のような評価がなされることになる。

「戦争法案の廃案を求めて、国民一人ひとりが、主権者として自覚的・自発的に声をあげ、立ち上がるという、戦後かつてない新しい国民運動が広がっていること、そのなかでとりわけ若者たちが素晴らしい役割を発揮していることは、日本の未来にとっての大きな希望です。……この間の戦争法案に反対する新しい国民運動の歴史的高揚は、戦後70年を経て、日本国憲法の理念、民主主義の理念が、日本国民の中に深く定着し、豊かに成熟しつつあることを示しています。」(志位和夫「「戦争法(安保法制)廃止の国民連合政府」の実現をよびかけます」)


 ここで問題になるのは、そうしたイメージは、実態と少なからず乖離した、まさに創られたイメージだったのではないか、ということである。民主主義の理念が国民に深く定着して豊かに成熟しつつあるのならば、安保法制の成立を強行した安倍政権の支持率が順調に回復していくなどということが、なぜ生じてしまったのであろうか。反対運動は本当は如何なるレベルのものであったのか、ここで厳しく問われなければならないのである。

 この問題について検討する上で鍵となるのは、SEALDsの運動を象徴するといってもよい「民主主義って何だ!」「これだ!」のコールである。ここには、多くの人々が集まって抗議の声を上げることそれ自体が民主主義(の成熟)を示すものだ、という認識が見え隠れする。しかし、これはあまりに現象的なあり方に囚われた、浅薄なものの考え方ではないだろうか。民主主義とは何かを規定する場合、最低でも、国民の意志が国家意志にしっかりと反映させられるという契機は絶対に欠かすことはできない。国民の意志が表明され、それが国家意志に反映された上で、その国家意志に従って政治が行われていく、という全過程を視野に入れなければならないのである。にもかかわらず、「民主主義って何だ!」「これだ!」というのでは、意志が表明されている場面(認識が音声や文字など物質的な形をとって表現されている場面)のみに着目していることになってしまうのである。さらにいえば、「かっこよく民意を示す」という言葉に象徴されるように、如何なる意志を表明するかという内容面よりも、如何なる形で意志を表明するかという形式面こそが重視されていた嫌いがある。それを如実に表すのが、ラップ調のコール、凝ったデザインのプラカードやフライヤー等である。厳しくいえば、民意を国家意志に何がなんでも反映させてやる(この件に限っていえば、安保法制の成立を阻止する)という断固たる決意を政府・国会に強力に突き付けるというよりも、安保法制反対という意志を如何に「かっこよく」表現するかということの方に精力が傾けられていったといわざるを得ないのである。しかし、デモそれ自体は民主主義でも何でもなく、民主主義のための手段、一契機に過ぎない。その一手段、一契機に過ぎないものが度外れに拡大されて、自己目的化されてしまったのである。

 こうして、どのような意志を表現するかという課題よりも、どのように表現するかという課題の方が優先されていった結果、反対運動の側からは国家の安全保障はそもそもどうあるべきかという本質的な問題にまで踏み込んだ考察は示されず、「戦争はイヤだ」「平和が大事」という素朴な感情のままに、「アベはやめろ!」レベルの浅薄なスローガンが叫ばれ続けるということになってしまったのである。

 もちろんこれは、SEALDsの学生たちのだけの責任ということではない。安保法制反対運動の中枢を担ったはずの旧来の革新系の人々(左翼的な人々)が、前々回、前回に論じたような弱点を抱えていたことに大きく規定されてのことであろう。さらにいえば、「安全保障関連法案に反対する学者の会」に結集した「学者」たちこそが、現在の国際情勢の全般をどのように捉えるべきか、そのなかで日本はどのような位置にあるのか、そもそも国家の安全保障はどうあるべきか、といった本質的な諸問題について積極的に議論を提起し、反対運動を理論的にリードすべきであっただろう。これら本質的な諸問題について、全国民的なレベルで真剣な討論が展開されなければ、民主主義の理念の定着とか成熟とかいうことはあり得ない。しかし、残念ながら「学者の会」には、そのような活躍が見られなかったのである。これは、現代日本におけるアカデミズムの劣化を象徴的に示すものだといえよう。

 そうした反対運動の理論的な面、思想的な面での弱さこそが、「民意をかっこよく示す」というSEALDsの学生たちを反対運動の象徴として押し上げ、一人ひとりの市民が自発的に立ち上がったというイメージづくりのレベルに反対運動が収斂させられてしまうという結果を招いたのである。要するに、安保法制反対運動は、表層的な気分の高揚というレベルでしかなかったのであり、だからこそ安保法制の成立後には、急速に潮が引いたように沈静化してしまい、安倍政権の支持率が順調に回復するということになってしまったのであった。
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2016年01月13日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(7/13)

(7)保守との共同による本質的な議論の回避

 前回は、安保法制反対派の側の議論について、「日本を取り巻く安全保障環境の根本的な変容」という政府与党側の立論のいい加減さを衝こうとするあまり、日本周辺あるいは世界情勢の全般に対する真剣な検討がおろそかになっていた嫌いがあることを指摘するとともに、その根底として、「戦後日本の平和は憲法9条によって守られていたのに、それを変えれば日本が戦争に巻き込まれてしまう」といった感覚が根深く存在したことは否定できないことを論じた。

 さて、安保法制反対派の議論について、第二に指摘されなければならないのは、旧来の革新系の人々(左翼的な人々)が、保守的な人々との共同を優先するために、自衛隊違憲論や日米安保条約廃棄論といった自身の本来の主張については事実上棚上げして、国家の安全保障にかかわる本質的な議論から逃げてしまったことである。

 今回の安保法制をめぐる反対運動は、何も左翼的な人々(社会民主党や日本共産党、その他の新左翼諸党派、およびそれらの影響力の強い労働組合などの諸団体)のみによって展開されたものではない。反対運動をリードした存在として、自民党のかつての大物政治家(野中広務氏、河野洋平氏、古賀誠氏、加藤紘一氏など)や元防衛官僚など、かつて政権の中枢を担ってきた人々を無視するわけにはいかない。とりわけ、元防衛官僚の柳澤協二氏(2004年から2009年まで、第2次小泉・第3次小泉・福田・第1次安倍・麻生内閣の下で内閣官房副長官補〔安全保障・危機管理担当〕を務めた)の精力的な活動は象徴的であった。柳澤氏は、安保法制に関連して政府が提示した15事例が如何に現実離れしたものであるかを厳しく指摘し、言葉遊びレベルの解釈変更で自衛隊員の生命を危険に晒す政治家の無責任さを鋭く衝いた。柳澤氏の主張は、憲法9条との整合性に腐心しながら防衛政策を創り上げてきた防衛官僚としての矜持に裏打ちされたものであり、今回の安保法制が如何にデタラメなものであるか暴露する上で、非常に大きな役割を果たしたといえる。柳澤氏らの活動によって、今回の安保法制が従来の防衛政策の延長線上にあるものではなく、これまでの解釈の積み重ねを乱暴に投げ捨ててしまうものであることが鮮明になったのである。

 柳澤氏の主張は、これまでの防衛政策を担ってきた人物の発言としては、きちんと筋の通ったものであった。防衛の専門家としての具体的な論の展開には相当な説得力があった。柳澤氏自身について、ここで非難すべきことはない。問題なのは、これまで政府の安全保障政策に厳しく対決してきた旧来の革新系の人々が、結果として、柳澤氏の主張に迎合してしまったことである。柳澤氏の論は、自衛隊や日米安全保障条約の存在は当然のこととして、1997年の新ガイドライン(日米防衛協力のための指針)、1999年の周辺事態法など、それこそ麻生政権の頃までの法制度を前提として、展開されているものである。これら政府の安全保障政策に対して厳しく対峙してきたはずの旧来の革新系の人々が、柳澤氏など保守的な人々との共同闘争を優先するあまり、過去の自己の主張との整合性について突き詰めた検討をしないまま、個別的自衛権はよいが集団的自衛権の行使は認められない、といった最大公約数的なレベルで、安保法制への反対を叫ぶことに終始してしまったのである。

 しかし、そもそも、個別的自衛権の行使は認められるが集団的自衛権の行使は認められない、などという政府のこれまでの憲法解釈は、軍隊の不保持を規定した憲法9条の制約下で自衛隊の存在を何とかして認めようとして捻り出された詭弁の類に過ぎない。自衛隊の違憲性を主張してきたはずの旧来の革新系の人々(左翼的な人々)の周辺に、日本の存立を脅かす攻撃には個別的自衛権で対処できる(自衛隊だけで対処すればよい)のだから集団的自衛権を持ち出す必要はない、などという主張が散見されたのは、まさに奇観というほかなかった。これまで政府の安全保障政策に厳しく対峙してきた左翼的な人々こそ、そもそも国家の自衛権とは何か、自衛権を実効性あるものとするための実力組織とはどのようなものか、自衛権を個別的なものと集団的なものとに画然と分離することは可能なのか、といった本質的な議論を提起し、そこからしっかりと筋を通していかなければならないのにもかかわらず、そういう原点的なところにまで遡っての積極的な議論の提起はなかった。

 もちろん、反対運動の具体的な場面で、柳澤氏らの主張に対して、自衛隊や日米安保条約の存在を前提にしているのはけしからん、ガイドラインや周辺事態法などもってのほかだ……などと果敢に論争を吹っかけるべきであった、というのではない。当面する重要な課題に取り組む際、見解の相違は脇において、一致点で共同闘争をつくっていくのは当然のことである。しかし、共同闘争における一致点を大切にしていくということと、自己の思想的・理論的立場を貫いていくということとは、きちんと両立させるべく努力していかなければならない課題である。自衛隊は違憲なので解消すべきである、日米安保条約もまた廃棄されるべきである、といった自己の本来の主張を、安保法制反対運動のなかでどのように貫いていくのか。左翼的な人々には、このような問いが鋭く突き付けられたのであって、この問いに真摯に向き合ってそれなりの解答を持つように努力すべきであったのである。

 しかし、国民世論の情況としては、安保法制に反対する声はそれなりに多くあっても、日米安保条約を廃棄すべき、自衛隊は解消すべき、という意見は極めて少ない(2009年に内閣府が実施した調査によれば、「日米安全保障条約をやめて、自衛隊も縮小または廃止すべき」とした回答者は全体の4.2%だった)。安保法制反対を主張すればそれなりの支持獲得が見込めるものの、日米安保の廃棄、自衛隊の解消といった主張は過激なものと受け止められて避けられてしまうのではないか、と考えざるを得ない情況がある。左翼的な人々は、そうした情況に流されて、自衛隊をどうするか、日米安保条約をどうするかは当面の争点ではない、自衛隊を認め、日米安保条約を認める人でも戦争法案に反対しているのだから……と、幅広い共同闘争の構築の必要性を口実に、自己の本来の立場と真摯に向き合うことから逃げてしまったのではないだろうか。

 確かに、左翼的な人々が掲げる理想、すなわち、日米安保条約を廃棄して自衛隊も解消するという理想と、日米軍事同盟が強化されて自衛隊の海外派兵が恒常化されようとしているという現実とは、極めて大きな落差がある。現実と理想との間にどのように折り合いをつけていけばよいのか。その落差が極めて大きいだけに、これは極めて辛く苦しい作業にならざるを得ない。理想の実現に向かって現実をどのように変革していくのか、単に抽象的なスローガンを繰り返すのではなく、具体的な変革の道筋をリアリティあるものとして構想していくのには、相当に強靭な思考力が必要であろう。

 現実の厳しさを直視することで、自己の掲げていた理想は空想的なものでしかなかったと総括するのも、それはそれでひとつの道である。しかし、左翼的な人々は、安保法制反対運動のなかで、自衛隊や日米安保条約の是非が直接の争点になっていないことをいいことに、そうした厳しい自己検証をサボってしまったのではないだろうか。これでは、理想を捨てたわけではないけれど……と弁明しながら、ズルズルと現実と妥協していき、自己の思想的立場をなし崩し的に解体していくことにしかならない。かつては自衛隊に反対し、日米安保条約に反対し、ガイドラインに反対し、周辺事態法に激しく反対してきたのにもかかわらず、そうした自己の立場はそっくり棚上げしたままに、柳澤氏らの主張に喝采するだけというのであれば、これは極めて不誠実な態度であるといわざるを得ないのである。それなりの総括をして、理想を放棄する方が、余程に誠実な態度であるといえよう。
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2016年01月12日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(6/13)

(6)空想的な一国平和主義

 本稿は、昨年9月に成立させられた安保法制をめぐって、その推進派、反対派双方の主張を批判的に検討することを通じて、日本の安全保障についてどのように考えていけばよいのか、ある程度の方向性を示すことを目指したものである。前回までの3回に渡っては、安保法制推進派の言説のデタラメさ加減について検討してきた。簡単に振り返っておこう。まず、いわゆる武力行使の旧三要件と新三要件とを比較し、2014年7月1日の閣議決定が、具体的な像を伴わない単なる言葉遊びレベルの解釈改憲であったことを明らかにした。次いで、集団的自衛権の行使が必要となる事例として安倍首相が真っ先に挙げた、邦人を乗せた米艦の防護という事例について、根拠のない不安をあおるものにほかならないことをみた。さらに、安保法制と「アーミテージ・ナイ・レポート」との類似性を指摘した上で、米国(ジャパン・ハンドラー)の要望に何とか応えることを最優先に、像のない言葉を弄び、非現実的で情緒的な事例をデッチ上げて国民をミスリードしようとするようでは、国家の主体性の確立に繋がるどころか、ますます対米従属を深めるだけだ、と結論付けたのであった。

 それでは、安保法制反対派の議論には何の問題点もなかったのだろうか。引き続いて、このことが真剣に検討されなければならない。

 まず指摘すべきなのは、「日本を取り巻く安全保障環境の根本的な変容」という政府与党側の立論のいい加減さを衝こうとするあまり、日本周辺あるいは世界情勢の全般に対する真剣な検討がおろそかになっていたのではないか、ということである。厳しくいえば、「憲法9条のもと、専守防衛という方針でこれまで平和にやってこれたのだから、それをわざわざ変える必要はない」という低度の怠惰な思考が見え隠れしていた、ということである。

 そもそも、2014年7月1日の閣議決定では、「安全保障環境の根本的変容」の例として、「パワーバランスの変化」「技術革新の急速な進展」「大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発及び拡散」「国際テロなどの脅威」が挙げられてはいる。しかし、これらは非常に漠然としていて、憲法解釈の根本的な転換の根拠としては、説得力に欠けるものであるのは否めない。実際、日本共産党の宮本徹衆議院議員は、2015年6月19の衆議院安保法制特別委員会において、政府はいつから何をもって「根本的変容」を判断したのか、具体的に示すよう厳しく迫り、明確に答弁することができないという政府側の醜態をさらけ出させるのに成功した。「安全保障環境の根本的な変容」こそが憲法解釈の大転換の根拠とされているのだから、これらの点を明確に示すべきだというのは当然のことであるし、政府側がいい加減な答弁しかできなかったことは厳しく批判されるべきであろう。

 しかし、政府側の答弁のいい加減さがこれみよがしに強調されればされるほど、では日本を取り巻く安全保障環境は取り立てて変容していないといってよいのか、という疑問が生じて来る。現在の世界情勢の全般をどのように捉えるべきなのか、それに対してわが国はどのように対処していくべきなのか。残念ながら、反対運動の側からは、こうした角度からの突っ込んだ具体的な見解はほとんど聞こえてこなかったのである。聞こえてきたのは、対話と協調、あるいは粘り強い外交的努力といった、極めて漠然とした文言ばかりであった。

 件の閣議決定において、「安全保障環境の根本的変容」の例として真っ先に挙げられていたのは「パワーバランスの変化」であるが、これは名指しこそ避けられているものの、台頭する中国を念頭に置いたものであることは間違いない。中国は、急速な経済発展を背景に軍事費を拡大させ、東シナ海や南シナ海で積極的に海洋進出を試みて、周辺諸国との軋轢を深めている。日本においては中国脅威論が過剰に煽られている嫌いはあるものの、中国脅威論そのものが全く無根拠であるかといえば、そうとはいえないであろう。当然のことながら、安保法制を推進しようとする側は、中国脅威論を煽りに煽って、抑止力としての集団的自衛権の効果を強調する戦術をとった。これに対する反対運動の側は、中国脅威論が過度に誇張された議論であることを衝くとともに、中国を敵視して軍事的対応を突出させることの危険性を説くことになった。

 例えば、日本共産党の大門実紀史参議院議員は、2015年8月5日の参議院安保法制特別委員会において、「中国が軍事力で彼らの野望を実現する可能性はきわめて少ない」(米太平洋軍のブレア元司令官)などとする米政府・軍関係者の発言を紹介するとともに、日中間の経済相互依存度の深さ指摘し、岸田外相から「中国を脅威とみていない」という言質を取ったのである。中国を脅威と見なすか、と正面から問われれば、政府としてまず肯定することはあり得ないのであるが、あえてこのような言質を取ったことは、安保法制推進派の議論に水を差し、政府の今後の行動に一定の制約をかけるという戦術的効果はあったといえよう。

 しかし、安保法制反対派による中国脅威論への批判は、中国の挑発的な行動を軽視し、中国への批判を控えようとする傾向と深く結びついたものであったことは否定できない(*)。そもそも、日本の左翼的な人々の間には、大日本帝国による中国侵略戦争への負い目から、また右翼的な人々の反中国的な気分への反発から、中国への批判を控えようとする(むしろ肯定的に受け止める)傾向があることは否めない。このような傾向が、米国の衰退による従来の世界秩序の揺らぎの間隙を衝いて中国が自らの国益を露骨に主張し始めているという情勢の大きな変化を、過小評価させてしまっているのではないだろうか。もちろん、米国と中国とは対立一辺倒ではない。米中関係は対立の火種を含みながらも、基本的には戦略的対話という線で動いている。中国脅威論は安保法制の必要性の根拠にはならないこと、中国敵視政策は危険であることなど、安保法制反対派の主張は、結論としては基本的に妥当なものであったといえる。しかし、その結論的な主張だけが喧伝されると、中国の挑発的な行動への批判的な視点が消えてしまい、世界情勢の大きな変化を的確に捉えることができなくなってしまうのではないだろうか。

 安保法制反対派の側が、国際情勢の変化について鈍感さを示していた根本には、戦後日本の平和は憲法9条によって守られていたのに、それを変えれば日本が戦争に巻き込まれてしまう、といった感覚が根深く存在したことを指摘しなければならない。厳しくいえば、日本国外がどれほど大きな戦乱に見舞われても、憲法第9条が防波堤になってその影響が日本に及ぶことを阻止してくれるのだ、といった能天気かつ利己的な気分が存在していたことは否定できないのである。

 しかし、平和憲法があったおかげで日本は戦後70年に渡って平和と繁栄を享受しえたのだ、という把握は果たして妥当であろうか。この点に関わっては、ベストセラーとなった『永続敗戦論』(白井聡著、太田出版)における以下のような指摘が極めて重要である。

「戦後日本においてデモクラシーの外皮を身に纏う政体がとにもかくにも成立可能であった(特に、五五年体制においては親共産主義勢力が国家における不動の第二勢力を占めた)のは、日本が冷戦の真の最前線ではなかったために、少々の『デモクラシーごっこ』を享受させるに足るだけの地政学的余裕が生じたからにほかならない。この構図に当てはまらない、言い換えれば、戦略的重要性から冷戦の真の最前線として位置づけられたのが沖縄であり、ゆえにかの地では暴力的支配が返還以前はもちろん返還後も日常的に横行してきた。日本の本土から見ると沖縄のあり方は特殊で例外的なものに映るが、東アジアの親米諸国一般という観点からすれば、日本の本土こそ特殊であり、沖縄のケースこそ一般性を体現するものにほかならない。」(白井聡『永続敗戦論』太田出版、pp.39-40)


 東アジアにおける冷戦(対中国、対北朝鮮)の最前線であった台湾や韓国あるいは沖縄では、軍事独裁政権あるいは暴力的支配が継続したのに対して、日本(本土)は「地政学的余裕」の故に平和憲法を保持して少々の「デモクラシーごっこ」を享受しえたに過ぎない、という指摘である。この指摘を踏まえれば、日本国憲法があったから平和で民主的な社会を築くことができたということではなくて、平和で民主的な社会という外皮を纏えるだけの「地政学的余裕」があったからこそ日本国憲法を改変する必要にせまられなかったのだ、ということになるだろう。平和憲法があるから大丈夫、などということはないのである。だとすれば、強引な解釈改憲の動きが出てくるのはこれまで平和憲法の保持を可能としていた前提条件が崩れつつあるからではないか、という問いかけで、現今の世界情勢に深く切り込んでいく姿勢が必要となる。残念ながら、安保法制に反対する側には、そうした姿勢が欠けていたといわざるを得ない。総じて、空想的な一国平和主義のレベルにとどまっていたと批判されても仕方がないであろう。

(*)公平さのために付け加えておけば、大門議員は「我が党は、この中国の南シナ海での一方的な行動に対して批判的な立場を表明してまいりました」「批判すべきときははっきり批判して、きちっと道理に基づいて交渉して態度を改めてもらうということは大変重要だと思っております」と述べてはいる。
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2016年01月11日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(5/13)

(5)結局は米国への従属を深めるだけ

 前回は、集団的自衛権の行使が必要となる事例として安倍首相が真っ先に挙げた、邦人を乗せた米艦の防護という事例について、根拠のない不安をあおるものにほかならないことをみた。安倍首相は、現行の憲法解釈だと邦人輸送中の米艦防護が不可能なので解釈の変更が必要だ、と力説してきたわけであるが、中谷防衛相の「邦人が乗っているか乗っていないか、これは絶対的なものではございません」との発言で化けの皮がはがれ、結局のところ重要なのは、輸送される邦人ではなく米艦そのものであったことが露呈したのである。

 こうなってくると、安保法制は、国民の命と暮らしを如何に守るか真剣かつ具体的に検討した結果というよりも、米国の意向にどう応えるかあれこれ思いめぐらした結果なのではないか、という疑問が生じてくるのは必然である。

 実際、集団的自衛権行使容認の閣議決定から安保法制の成立まで、安倍政権は日本国民への説明よりも米国への説明を優先しているとしか思えない出来事が多々あった。その筆頭に挙げられるべきは、2015年4月29日、訪米中の安倍首相が米国議会での演説で、以下のように述べたことであろう。

「日本はいま、安保法制の充実に取り組んでいます。実現のあかつき、日本は、危機の程度に応じ、切れ目のない対応が、はるかによくできるようになります。この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。それは地域の平和のため、確かな抑止力をもたらすでしょう。戦後、初めての大改革です。この夏までに、成就させます。」


 安保法制の関連法案が国会に提出されたのは5月11日のことであるから、安倍首相は法律案がまだ日本の国会に提出されてもいない段階で、米国議会に対して夏までの成立を約束したことになる。当然のことながらこのことは、日本の国会よりも米国の議会を重視するのか、と厳しい批判を浴びた。

 さらに、国会での審議の過程では、防衛省制服組トップの河野克俊統合幕僚長が、2014年12月――法案が国会に提出されていないどころか法案作成ための与党協議すらスタートしていない!――に訪米した際、米軍幹部に対して安保法制関連法の来夏(2015年夏)までに成立する見通しであることを伝えていたことが暴露された(日本共産党の仁比聡平参議院議員による)。

 国会審議では、安保法制の原点はそもそも米国にあるのではないか、との指摘もなされた。山本太郎参議院議員(生活の党と山本太郎となかまたち)が、安保法制は「第3次アーミテージ・ナイ・レポート」の「完全コピー」だと断じたのである(2015年8月19日)。問題のレポートは「ジャパン・ハンドラー」と呼ばれるリチャード・アーミテージ元国務副長官、ジョセフ・ナイ元国防次官補らによってまとめられたものである(2000年10月に第1次、2007年2月に第2次、そして2012年の8月に第3次)。この報告書について、東京新聞(2015年9月22日付朝刊)は次のように報じている。

「報告書は日本に米国との同盟強化を迫り、日本が集団的自衛権を行使できないことを「日米同盟の障害となっている」と断じた。
 自衛隊の活動範囲の拡大や中東・ホルムズ海峡での機雷掃海も求め、南シナ海での警戒監視活動の実施も要求。国連平和維持活動(PKO)でも、離れた場所で襲撃された他国部隊などを武器を使って助ける「駆け付け警護」の任務追加の必要性を強調した。かなり具体的な内容だ。
 これらの方向性は、ほぼ安保法に網羅され、首相は集団的自衛権行使の事例として、ホルムズ海峡での機雷掃海にこだわり続けた。防衛省は安保法の成立前から、南スーダンでPKOを続ける自衛隊に駆け付け警護の任務を追加することや、南シナ海での警戒監視活動の検討を始めた。
 報告書では、情報保全の向上や武器輸出三原則の見直し、原発の再稼働にも言及。特定秘密保護法の制定、武器輸出の原則解禁、原発再稼働方針に重なる。安倍政権は一二年の発足以降、これらすべての政策を手がけてきた。」


 集団的自衛権の行使を可能とする安保法制のみならず、秘密保護法、武器輸出の解禁、原発再稼動など、安倍政権の諸政策は基本的に「アーミテージ・ナイ・レポート」に沿ったものになっていた、との指摘である。このうち、問題の集団的自衛権について、アーミテージ氏らがどのように考えていたか、5年ほど前(民主党・菅直人政権時代)に出版された『日米同盟vs.中国・北朝鮮』なる本――春原剛日本経済新聞編集局国際部編集委員とアーミテージ、ナイ両氏との鼎談本――から引用しておこう。

「春原 日米同盟の進化・発展に向けて、日本がクリアすべき課題とは何でしょう。
 アーミテージ それは日本人が自ら決めることですね。それが第一に言えることです。次に憲法九条と集団的自衛権の関係は、この同盟関係にとって阻害要因となっています。それが二番目。三番目に言いたいのは、何も日本は憲法を改正する必要はないということです。ただ、内閣法制局による(憲法九条の)解釈を変えればいいのです。」(リチャード・L・アーミテージ/ジョセフ・S・ナイJr/春原剛『日米同盟vs.中国・北朝鮮』文春新書〔2010年12月〕、pp.270−271)


 現時点からみると、解釈改憲の動きを見事に予言(指示?)した、というほかない発言である。

 さて、安保法制への「アーミテージ・ナイ・レポート」の影響を指摘する山本太郎議員に対して、岸田外相は「あくまでもこれは民間の報告書」「今審議をお願いしております平和安全法制、これはこの御指摘の報告書を念頭に作成したものではない」「平和安全法制につきましても、あくまでも我が国の国民の命や暮らしを守るためにどうあるべきなのか、これは自主的な取組であると考えております」と弁明し、中谷防衛相も「今回の平和安全法制につきましては、あくまでも我が国の主体的な取組として国民の命と平和な暮らしを守るというために作ったわけでありまして……このナイ・レポート等の報告書を念頭に作成したものではない」と弁明した。しかし、ここまでの類似性がある以上、念頭になかったというのは信じ難い。むしろ、このレポートに積極的に応えようとした結果が安保法制として結実した、とみるほうが自然であろう。

 そうした推測を裏付けるかのような事実を紹介しておこう。2013年2月22日、就任(第2次)後、初めて訪米した安倍首相が、超党派のシンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)――アーミテージ、ナイ両氏はそのアジア太平洋部門の共同議長を務めている――を訪れて、以下のように演説しているのである。これは首相官邸ホームページにしっかりと掲載されているものである。

「昨年、リチャード・アーミテージ、ジョゼフ・ナイ、マイケル・グリーンやほかのいろんな人たちが、日本についての報告を出しました。そこで彼らが問うたのは、日本はもしかして、二級国家になってしまうのだろうかということでした。
 アーミテージさん、わたしからお答えします。日本は今も、これからも、二級国家にはなりません。それが、ここでわたしがいちばん言いたかったことであります。繰り返して申します。わたくしは、カムバックをいたしました。日本も、そうでなくてはなりません。」


 ここで安倍首相が言及している「日本についての報告」こそ「第3次アーミテージ・ナイ・レポート」にほかならない。念頭にはなかった、似ているのは偶然の一致だ、などという弁明が言い逃れでしかないことは明らかである(彼らはここでもすぐにバレる嘘を吐いて国民を欺こうとしている!)。さらに驚くべき事実を付け加えておけば、2015年秋の叙勲でアーミテージ氏は旭日大綬章を受賞しているのである。安保法制が成立したタイミングでの叙勲は実に意味深長というほかない。

 もちろん、国家意志の成立過程というのは、諸勢力の意志が複雑に絡み合ったものである。「アーミテージ・ナイ・レポート」自体が必ずしも米国支配層の総意を反映したものとはいえないだろうし、ひょっとすると安倍首相自身には、日本を中国やロシアと対抗できる軍事大国にしたいという個人的願望があり、米国の意向を利用する形でその実現に向けた突破口を開こうとしているだけなのかもしれない。単線的に「アーミテージ・ナイ・レポート」→安全法制という繋がりだけで描くのは、事態を極度に単純化するものとの謗りを免れないであろう。

 それでも、安保法制の成立過程を直接的に規定する要因として、いわゆるジャパン・ハンドラーの存在があったことを否定することはできないのである。ここから透けて見えてくるのは、「あくまでも我が国の主体的な取組」との言葉とは裏腹の、属国としての卑屈な姿である。米国(ジャパン・ハンドラー)の要望に何とか応えるために、像のない言葉を弄び、非現実的で情緒的な事例をデッチ上げて国民をミスリードしようとする――こんなことでは、国家の主体性の確立に繋がるどころか、ますます対米従属を深めるだけである。
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2016年01月10日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(4/13)

(4)説得力を欠いた安保法制の必要性

 前回は、いわゆる武力行使の旧三要件と新三要件とを比較し、2014年7月1日の閣議決定が、具体的な像を伴わない単なる言葉遊びレベルの解釈改憲であったことを明らかにした。

 では、そのような無理をしてまで集団的自衛権の行使を容認しなければならなかったのは何故なのだろうか。政府与党が繰り返し強調したのは、日本を取り巻く安全保障環境が根本的に変容しているということであった。しかし、安全保障環境の激変なるものを漠然と持ち出すだけでは、従来の政府見解を大きく転換させて集団的自衛権の行使を可能としなければならない必要性は何ら説明されたことにならない。ここはあくまでも、集団的自衛権の行使が必要となる事例としてどのようなものが想定されていたのか、という観点から検証されなければならないであろう。

 実際、安倍首相は、2014年7月1日の閣議決定を受けた記者会見において、以下のように述べている。

「集団的自衛権が現行憲法の下で認められるのか。そうした抽象的、観念的な議論ではありません。現実に起こり得る事態において国民の命と平和な暮らしを守るため、現行憲法の下で何をなすべきかという議論であります」


 それでは、安倍首相は集団的自衛権の行使が必要となる「現実に起こり得る事態」として、どのような事例を挙げるのであろうか。ここで安倍首相は、日本人の母子を乗せた米艦のイラストを示しつつ、以下のように述べたのである。

「例えば、海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を同盟国であり、能力を有する米国が救助を輸送しているとき、日本近海において攻撃を受けるかもしれない。我が国自身への攻撃ではありません。しかし、それでも日本人の命を守るため、自衛隊が米国の船を守る。それをできるようにするのが今回の閣議決定です。」


 安倍首相は、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の報告を受けての記者会見(2014年5月15日)においても、次のように述べている。

「今や海外に住む日本人は150万人、さらに年間1,800万人の日本人が海外に出かけていく時代です。その場所で突然紛争が起こることも考えられます。そこから逃げようとする日本人を、同盟国であり、能力を有する米国が救助、輸送しているとき、日本近海で攻撃があるかもしれない。このような場合でも日本自身が攻撃を受けていなければ、日本人が乗っているこの米国の船を日本の自衛隊は守ることができない、これが憲法の現在の解釈です。」


 端的には、日本人の命を守るため、日本人が乗っている米国の船を自衛隊が守ることができるようにするために、憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使を容認することが必要なのだ、ということである。

 もちろん、政府が具体的な例として示しているのは、邦人を乗せた米輸送艦の防護には限られない。政府は、「安全保障法制整備に関する与党協議会」に対し、集団的自衛権の行使を含む安全保障の新方針を検討するための材料として、この事例を含む合計15の事例を提示している(2014年5月27日)。しかし、安倍首相が集団的自衛権の必要性を国民に対して説明する際に真っ先に持ち出してきた事例がこれであり、この事例はその後も何度も何度も繰り返し持ち出されてきた以上、この事例が果たしてどの程度のリアリティをもつものであるか検討するのが筋というものであろう。ここで注目したいのは、2014年6月11日の衆院外務委員会における辻元清美議員(民主党)による質疑である。

 この質疑ではまず、辻元議員の「これまでに戦争時に米輸送艦が邦人を輸送した例はありますか」との質問に対して、外務省の三好真理領事局長は「過去の戦争時に米輸送艦によって邦人が輸送された事例があったとは承知いたしておりません」と答弁したのである。さらに、辻元議員は、1999年3月18日の衆議院日米防衛協力指針委員会において中谷元委員(現防衛大臣)が、朝鮮有事の際の韓国の在留邦人の救出について、「当初、ガイドラインにも米軍による邦人の救出を入れて、米国が実施する項目というようなことでお願いをしておったんですが、最終的にはアメリカから断られました」「自分のことは自分でやりなさいというようなことで、当然のことだと思います」と発言していたことを指摘した。その上で辻元議員は、米国政府における「外国にいる米国市民及び指定外国人の保護と退避に関する国務省と国防総省との間の合意メモ」なるものの存在を指摘し、「この文書では外国政府に対してどのように要請することになっているのか」と質したのである。これに対して、冨田浩司北米局長が「カナダ及び英国を含む全ての外国政府は、自国民の避難についての計画を立て、また米国政府の手段に依存しないことが求められる」というメモの内容を読み上げたのであった。結局のところ、米国の基本方針は外国人の退避についての協定は結ばない(各国が米国に依存せず自力で自国民を救出するようにすべき)というものであり、日本人を輸送する米艦の防護を要請されるような事態は現実的にはまず考えられない、ということが明らかになったのである。

 この話には、さらに落ちがつく。2015年8月26日、参議院の「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」において、中谷防衛大臣は自衛隊による米艦防護について「邦人が乗っているか乗っていないか、これは絶対的なものではございません」と答弁してしまったのである。邦人輸送中の米艦防護を可能にしなければならないというが、結局のところ重要なのは、輸送される邦人ではなく米艦そのものなのであった。集団的自衛権の行使容認の真の狙いは、紛争地域から逃れる日本人母子の生命を守ることではなく、米艦を守ることにこそあったことを事実上認めてしまったわけである(そもそも、紛争地域から逃れる日本人母子の生命を守るためというのであれば、わざわざ集団的自衛権を持ち出さなくても、個別的自衛権で充分に対応できる話であろう)。

 日本の存立を全うし国民を守るために米艦の防護が必要であると考えるのであれば、正面から堂々とそのように訴えればよい。真の狙いを覆い隠し、女性や子どもをダシにするなど、姑息極まりない。現実にはまず考えられない米艦による邦人輸送という事例を想定し、不安そうな表情の母親が赤ちゃんを抱きかかえるイラストを描いたパネルを使って、国民感情に訴えかけようとする――これのどこが、国際情勢を踏まえた冷静な議論だといえるだろうか。「戦争法案」という呼称について根拠なき不安をあおるレッテル貼りであると反発し、「安全保障の議論というものはしっかりと国際情勢を分析しながら、どのように国民を守っていくかという冷静な議論をしていくべき」と主張する安倍首相であるが、自身が好んで持ち出していた事例は、根拠薄弱で情緒的なものでしかなかったのである。いわゆる「15事例」の他の14事例についても、推して知るべし、である(*)。結局のところ、なぜ安保法制が必要なのか、政府与党は、説得力のある説明をまともに展開することができなかったというほかない。

(*)防衛の専門家からみて、いわゆる「15事例」が如何にリアリティを欠いたものであるか、以下を参照のこと。 
http://kenpou-jieitai.jp/symposium_20141005.html
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2016年01月09日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(3/13)

(3)解釈改憲という手法の姑息さ

 本稿は、昨年9月に成立させられた安保法制をめぐって、その推進派、反対派双方の主張を批判的に検討することを通じて、日本の安全保障についてどのように考えていけばよいのか、ある程度の方向性を示すことを目指したものである。

 まず問われなければならないのは、集団的自衛権の行使の容認を、憲法改正によらず、閣議決定によって従来の政府見解を変更するという手法によって行ったことの妥当性である。安倍首相は、2014年7月1日の閣議決定後の記者会見で「現行の憲法解釈の基本的考え方は、今回の閣議決定においても何ら変わることはありません」として、従来の政府見解との連続性を強調していたが、そのような捉え方は果たして妥当なのであろうか。そもそも政府の従来の憲法解釈がどのようなものであったのか、確認しておくことにしよう。

 1972年10月14日、政府が参議院決算委員会に提出した資料「集団的自衛権と憲法との関係について」においては、戦争放棄を定めた憲法9条のもとで許容され得る自衛の措置について、3つの要件が示されている。

「あくまでも外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの擁利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである」


 要するに、自衛の措置は、@我が国に対する急迫不正の侵害があること、Aこれを排除するために他の適当な手段がないこと、B必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、という「三要件」を満たす場合に限られる、ということである。このことを確認した上で、「わが憲法の下で武カ行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」と明確に結論付けていたのが、1974年の政府見解であった。

 ところが、2014年7月1日の閣議決定は、これを以下のように変更したのである。

「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。」


 要するに、@我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること、Aこれを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと、B必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、という「新三要件」によって、集団的自衛権の行使を容認したのである。このことについて、閣議決定後の記者会見で、安倍首相は以下のように述べている。

「今回の新三要件も、今までの三要件と基本的な考え方はほとんど同じと言っていいと思います。……表現もほとんど変わっていないと言ってもいいと思います。
 今回の閣議決定は、現実に起こり得る事態において、国民の命と平和な暮らしを守ることを目的としたものであります。武力行使が許されるのは、自衛のための必要最小限度でなければならない。このような従来の憲法解釈の基本的考え方は、何ら変わるところはありません。したがって、憲法の規範性を何ら変更するものではなく、新三要件は憲法上の明確な歯止めとなっています。」


 従来の憲法解釈の基本的な考え方は何ら変わらない、その証拠に表現もほとんど変わってないではないか! というのである。確かに、表現は非常によく似ている。しかし、導き出される結論は全く逆である。旧三要件は、集団的自衛権の行使は憲法上許されないとし、新三要件は、集団的自衛権の行使も憲法上許されるとするのである。旧三要件とは180度異なった結論を導き出すために、新三要件には「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」という文言が付加されている(それ以外の部分の表現は安倍首相がいう通りほとんど変わっていない)。

 しかし、この部分は、木に竹を接いだように不自然であるといわざるを得ない。他国が攻撃されているだけなのに(日本は攻撃されていないのに)、日本の存立が脅かされ、国民の生命が危機に晒される事態(いわゆる「存立危機事態」)とは、具体的にどういうものなのか、果たしてイメージできるであろうか。実際、岸田文雄外相は、「存立危機事態」なるものがかつて世界で起きた例があるかと問われて、「例を挙げるのは大変困難だ」と、一例も挙げることができなかったのである(2015年6月19日、衆議院平和安全法制特別委員会での宮本徹衆議院議員〔日本共産党〕への答弁)。要するに、新三要件なるものは、旧三要件の骨格を最大限維持しつつ正反対の結論を導くために、言葉の背後に確たるイメージもないまま言葉遊び的に作文されたもの、という気配が濃厚なのである。

 像の伴わない言葉を切り貼りすることによってしか集団的自衛権の行使容認という結論を導き出すことができなかったのは、武力の行使を禁じた憲法9条の規定が前提としてあるからに他ならない。安全保障環境の根本的変容の結果、集団的自衛権の行使容認が必要になったと考えるのならば、言葉遊び的な解釈改憲などという姑息な手段によらず、正々堂々と憲法改正という手順を踏むべきであっただろう。日本は法治国家であり、最高規範である憲法から法律や政策の全てに体系的に筋を通していかなければならない。それが法的安定性ということである。いくら占領憲法は無効だとの信念の持ち主であっても、現に日本国憲法を頂点とする法的秩序の枠に守られて生存しているのであって、このこと自体を否定することはできない。もし、現行の憲法では安全保障環境の根本的変容に対応した法律がつくれず、適切な政策が採れないというのであれば、憲法そのものを修正すべきであろう。言葉遊びレベルの解釈改憲など、全く筋の通らないことであり、法的安定性を大きく揺るがすものにほかならない。

 安保法制の審議の過程では、安倍政権のなかから「現在の憲法を、いかにこの法案に適応させていけばいいのか、という議論を踏まえて閣議決定を行なった」(中谷防衛相)とか、「考えないといけないのは、我が国を守るために必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ない」(礒崎陽輔首相補佐官)といった、信じ難い程に低レベルの失言が相次いだ。安倍首相がどれほど「憲法の規範性を何ら変更するものではな」いと必死で弁明しても、これらの失言こそが解釈改憲の実態を如実に示しているといえよう。安倍首相は、中国の海洋進出を牽制する意味合いで「法の支配」という言葉を好んで使うが、最高法規である憲法を軽んじる安倍政権に「法の支配」を語る資格はないといわざるを得ない。
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2016年01月08日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(2/13)

(2)安保法制をめぐる議論の混迷は何を問いかけているか

 前回は、昨年の通常国会で成立させられた安保法制の審議の過程において、憲法違反の戦争法案であるとの批判が強く出されて、国論を二分するような情況がつくられていったことをみた。法案の審議が進めば進むほどに、安保法制を成立させることへの反対の声が強まっていったにもかかわらず、政府・与党はあくまでも通常国会で成立させる方針を変えることなく、採決に踏み切ったのであった。

 それでは、安倍首相自身は、大きく広がった反対の声について、どのように捉えていたのであろうか。通常国会の閉会直後、9月25日の記者会見において、安倍晋三首相は次のように述べている。

「我が国を取り巻く安全保障環境は、私たちが望むと望まざるとにかかわらず、厳しさを増しています。北朝鮮は日本の大部分を射程に入れる数百発の弾道ミサイルを保有し、そのミサイルに搭載可能な核兵器の開発も深刻の度を深めています。更に、テロの脅威は世界中に広がっています。いかにして子供たちに平和な日本を引き渡していくか。あらゆる事態に切れ目のない対応ができるよう、しっかりとした備えを行う。万一、日本に危険が及んだときには、日米同盟が完全に機能する。そして、そのことを世界に向かって発信していく。戦争を未然に防止し、地域の平和と安定を確固たるものとする。それが平和安全法制であります。……
 私も含めて、日本人の誰一人として戦争など望んでいない。当然のことであります。世界に誇る民主主義国家の模範であるこの日本において、戦争法案といったレッテル貼りを行うことは、根拠のない不安をあおろうとするものであり、全く無責任である。そのことを改めて申し上げたいと思います。」
「戦争法案とか徴兵制になる、こうした無責任なレッテル貼りが行われたことは大変残念に思います。国民の命を守り、そして幸せな暮らしを守る、平和な暮らしを守っていくための法制であり、安全保障の議論というものはしっかりと国際情勢を分析しながら、どのように国民を守っていくかという冷静な議論をしていくべきであろう。我々国会議員は、そういう中において単なるレッテル貼り、無責任な議論は厳に控えなければならない。こう思っております。そういう無責任な議論があったことは大変残念なことでありました。」


 このように安倍首相は、反対運動のなかで聞かれた「戦争法案」という言葉について、無責任なレッテル貼りである、と切って捨てるのである。安全保障については国際情勢をしっかり分析して冷静に議論すべきなのに、根拠のない不安をあおるような無責任な議論があったのは大変残念だ、というのが安倍首相の主張である。こうした感情的ともいえる激しい言葉遣いからは、安倍首相が「戦争法案」という批判に対して相当に強い反発を感じていたことがうかがえる。

 確かに、安倍首相がいうように、安全保障についての議論は国際情勢をしっかり分析しながら冷静に行われるべきものであろう。根拠のない不安をあおるような議論は無責任であり、控えられるべきものであろう。

 それでは、日本を取り巻く安全保障環境は本当に「平和安全法制」なるものを必要とするようなものだったのだろうか。憲法改正という手続きを踏まずに閣議決定による解釈改憲という手法をとって、また国論が二分された情況のままで、成立を急がなければならないほどに切迫した危険があったのだろうか。そして何よりも、冷静な議論の必要性を強調する安倍首相自身が、「戦争法案」という「レッテル貼り」に色をなして反論するなど、冷静さを失っているように見えるのはなぜなのだろうか(安倍首相自身が、安保法制の審議の過程で度々ヤジを飛ばして審議を紛糾させたことが想起される)。そもそも「戦争法案」というのは本当に根拠のない「レッテル貼り」なのだろうか……。様々な疑問が浮かんでくる。安保法制は成立させられたとはいえ、本格的な運用はこれからであるし、違憲訴訟の準備が進められるなど、廃止をめざす運動も展開されている。今こそ、主権者である我々国民こそが、国際情勢をしっかりと分析しながら冷静に、この安保法制が本当に「戦争を未然に防止し、地域の平和と安定を確固たるものとする」といえるものなのかどうか、厳しく吟味していく必要があるのである。

 その過程では、安保法制に対して反対運動を展開した側の主張についても、厳しい吟味が加えられるべきであろう。大きな高揚をみせた安保法制反対運動であったが、そのなかでは、本当に冷静に国際情勢をみた上で、安保法制など必要はない(あるいは戦争への道を開くものである)という判断が下されていたのであろうか。単に「戦争はイヤだ」「平和が大事」という素朴な感情のままに「憲法9条を守れ!」「戦争法案反対!」「アベはやめろ!」と叫んでいた、という節はなかったであろうか。安保法制については、政府与党としても、少なくとも建前としては、戦争を未然に防ぐためのものとして出してきているわけだから、単に「戦争反対!」などと叫ぶだけでは、安保法制を支持する人々との間で議論が噛み合わず、不毛であるといえよう。

 また、安倍政権が立憲主義と民主主義を破壊していると捉えられたこととの対比で、多くの人々が集まって抗議の声を上げること自体が民主主義(の成熟)を示すものだと捉えられる向きがあったことも見逃せない。それを象徴するのが、SEALDsによる「民主主義って何だ!」「これだ!」のコールであったが、そうした捉え方が妥当なのかどうか、大きな問題であろう。今回の安保法制をめぐる反対運動については、しばしば1960年の安保闘争と対比され、労働組合などによる組織動員が主体であった60年安保に対して、一人ひとりの自覚的な市民が自発的に声を上げたものだとして肯定的なイメージで描かれる向きもあったわけだが、60年安保闘争が曲がりなりにも岸内閣を打倒しえたのに対して、今回の安保法制反対運動は安倍政権を打倒することはおろか、政権基盤を直接的に揺るがすことすらできなかったという冷厳な事実を直視しておく必要もあるだろう。例えば、日本共産党は、安保法制が成立させられた直後、「戦争法(安保法制)廃止の国民連合政府」構想を打ち出して大きな注目を集めたが、その「よびかけ」では「戦争法案の廃案を求めて、国民一人ひとりが、主権者として自覚的・自発的に声をあげ、立ち上がるという、戦後かつてない新しい国民運動が広がっていること、そのなかでとりわけ若者たちが素晴らしい役割を発揮していることは、日本の未来にとっての大きな希望です」「この間の戦争法案に反対する新しい国民運動の歴史的高揚は、戦後70年を経て、日本国憲法の理念、民主主義の理念が、日本国民の中に深く定着し、豊かに成熟しつつあることを示しています」と述べられていた。しかし、そうだとすれば、なぜ安保法制成立後、安倍政権の支持率が順調に回復していくという現象が生じた(例えば毎日新聞の調査では、成立直後には32%まで落ち込んでいた支持率が約2か月後には43%にまで回復した)のであろうか。反対運動の高揚の意義が過大評価されているという可能性はないのか。きちんと検証しておく必要があるであろう。

 以上でみてきたように、安保法制を推進した側の主張についても、安保法制に対する反対運動を展開した側の主張についても、数多くの疑問が浮かんでこざるをえないのである。厳しくいえば、双方ともにいささか説得力に欠ける論を諸々に並べるだけであって、議論がまともに噛み合わず、感情的な言葉の応酬に終始してしまった嫌いがなきにしもあらず、なのである。そこで、本稿では、安保法制推進派、反対派の両方の主張を批判的に検討することで、混迷した議論の情況を多少なりとも整理することを試みるとともに、何故にそのような議論の混迷が生じてしまうのか、日本という国家のあり方から(世界のなかの日本という視点から)考察することで、日本の安全保障をどのように考えていくべきか、ある程度の方向性を示すことを目指して、論を展開していくことにしたい。
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2016年01月07日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(1/13)

(1)国論を二分した安保法制

 2015年9月19日、「平和安全法制」関連2法――「平和安全法制整備法」と「国際平和支援法」――が成立し、9月30日に公布された。「平和安全法制整備法」(我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律)は、自衛隊法、国際平和協力法など、安全保障関連の10本の法律の一部改正を束ねたものであり、「国際平和支援法」(国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律)は新法であった。これらは、従来は禁止されていると解されていた集団的自衛権の行使を限定的に可能にし、自衛隊の海外での活動範囲を大きく広げるものであり、日本の安全保障政策の大転換となるものである(集団的自衛権とは、政府の解釈によれば「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」のことである)。

 「平和安全法制」関連2法案は、2014年7月1日の国家安全保障会議および閣議で決定された「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」に基づいて作成されたものであった。この閣議決定では、「日本国憲法の施行から 67年となる今日までの間に、我が国を取り巻く安全保障環境は根本的に変容するとともに、更に変化し続け、我が国は複雑かつ重大な国家安全保障上の課題に直面している」との認識が示された上で、以下のように述べられていた。

「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において、これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに、必要最小限度の実力を行使することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った。」


 つまり、安全保障環境の根本的な変容を理由に、戦争放棄を定めた憲法9条のもとで例外的に武力行使が可能になるのは我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみであるとしてきた政府の従来の憲法解釈を変更し、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生」した場合でも武力行使できるようにしよう、というのである。端的には、集団的自衛権の行使は憲法上禁止されているという従来の政府見解を変更して、集団的自衛権の行使も容認されるということにしよう、ということであった。

 この閣議決定に基づいて作成された「平和安全法制」関連2法案(以下、安保法制とする)であったが、数十年にわたって積み重ねられてきた政府の憲法解釈を一内閣の閣議決定で変更し、それに基づく立法作業を行うことは許されないのではないか、という批判の声が、数多くの憲法研究者から上がることになった。とりわけ、6月4日の衆議院憲法審査会において、参考人として招致された3人の憲法研究者の全員が、すなわち、与党推薦の参考人も含めて、安保法制は違憲であると断言したことは、大きな衝撃を与えた。与党推薦の参考人であった長谷部恭男氏(早稲田大学法学学術院教授)は、次のように述べたのである。

「安保法制というのは多岐にわたっておりますので、その全てという話にはなかなかならないんですが、まずは、集団的自衛権の行使が許されるというその点について、私は憲法違反であるというふうに考えております。従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつきませんし、法的な安定性を大きく揺るがすものであるというふうに考えております。」
「昨年七月一日の、集団的自衛権も行使されることが許容される場合があり得る、あの閣議決定による政府の憲法解釈の変更は、要するに、あの閣議決定の文面自体が、基本的な論理の枠内であることと法的な安定性が保たれることを政府の憲法解釈変更の許容度を示す要件としているんですけれども、いずれの点でもやはり大いに欠陥がある。従来の政府の憲法解釈の基本的な論理の中におさまっていない。個別的な自衛権のみが許されるという、その論理によって、なぜ集団的自衛権の行使が許されるのか、その説明が十分とはとても言えないものであるというふうに考えますし、その変更の結果として、では、どこまでも武力の行使は許されることになったのか、その点も不明確でございまして、法的な安定性も保たれているとは言えないというふうに考えております。」(第189回国会 憲法審査会 第3号


 端的には、集団的自衛権の行使容認は、従来の政府の憲法解釈の基本的な論理(個別的な自衛権のみが許されるという論理)の枠内では説明がつかず、解釈変更の結果としてどこまで武力行使が許されることになるのかも不明確であり、法的安定性を大きく揺るがすものである、ということである。

 この6月4日を境に潮目が変わったといわれるくらいに、安保法制に反対する運動は大きな高揚をみせていくことになった。「安全保障関連法案に反対する学者の会」、「SEALDs(シールズ:Students Emergency Action for Liberal Democracy-s〔自由と民主主義のための学生緊急行動〕」、「安保関連法に反対するママの会」などの運動が大きな注目を集め、歴代の内閣法制局長官や最高裁判所長官からも、集団的自衛権の行使を認める立法は違憲である、との声が上がるようになってきたのであった。

 安保法制については、立憲主義――ごく簡単には、国家権力は憲法の制限下になければならない、という考え方――の破壊であり法的安定性を損なうものである、との批判に加えて、集団的自衛権の行使を容認することは戦争への道を開くことものである、との批判も強く出されることとなった。例えば、日本共産党の志位和夫委員長は、5月14日、安倍内閣が安保法制を閣議決定したことを受けての記者会見において、以下のように述べている。

「政府は「平和安全法制」を標榜するが、その内容は、日本の国の「平和」とも、国民の「安全」ともまったく無縁のものだ。アメリカが、世界で行う戦争にさいして、いつでも、どこでも、どんな戦争でも、自衛隊が支援・参加する戦争法案がその正体だ。」


 「平和安全法制」の正体は戦争法案だとの批判であるが、実際に、反対運動のなかでは「戦争法案」という呼称が広く使われていくようになったのである。

 以上でみてきたように、安保法制に対しては、一内閣の判断で従来の政府見解を根本的に転換するのは立憲主義の破壊ではないかという形式的な面と、集団的自衛権の行使容認によって日本が戦争を始めることになるのではないかという内容的な面との両面において非常に強い批判が出され、まさに国論を二分するような情況がつくられていったのである。毎日新聞が実施した世論調査によれば、安保法を今通常国会で成立させる方針について、4月には賛成34%、反対54%であったのが、7月には賛成33%、反対63%となったように、法案の審議が進めば進むほど、安保法制の成立に対する反対の声は強まっていった。それでも安倍政権は、あくまでも通常国会で成立させる方針を変えなかったために、国会の周辺では大規模な抗議行動が連日繰り広げられるようにもなったのである。こうした国会外の情況に押されて国会内での与野党の対決も先鋭化し、国会審議は大いに紛糾した末に、「強行採決」という批判の声が上がるなかでの成立となったのであった。
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2016年01月06日

掲載予告:安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(全13回)

 本ブログでは、明日より「安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う」と題した論稿を掲載していく予定です。昨年の日本において、最大の政治的争点となったのは、安保法制の問題でした。これは、従来憲法上禁止されていると解されてきた集団的自衛権の行使を可能にする法制であり、日本の安全保障政策を大転換するものとされ、まさに国論を二分するような大きな論争が展開されました。国会審議の最終盤においては、国会議事堂周辺で連日に渡って大規模な反対集会が開催され、反対運動が大きく高揚していることを印象付けました。学生団体「SEALDs」や「ママの会」などが大きな注目を集め、これらを自立した市民の登場として評価し、新しい民主主義が始まったのだとする論調も見られました。

 しかし、国論を二分するような論争が展開されたとはいえ、その議論のレベルはどうだったのか、ということに関しては、慎重な吟味が必要です。安保法制をめぐる議論を通じて、国家の安全保障はそもそもどうあるべきか、という問題について、あるいは民主主義とはそもそも何かといった本質的な問題について、国民的な認識のレベルが本当に大きく深まったといえるのでしょうか。もしそうであれば、論争の結果はどうあれ、有意義な過程であったということができるでしょう。しかし、実際の論争の過程を振り返ってみるならば、安保法制を推進しようという政府与党の側からは「法的安定性など関係ない」(礒崎陽輔首相補佐官)などあまりにレベルの低い失言が続出し、これに対峙する反対運動の側も、感情的に「憲法9条守れ!」「アベはやめろ!」といった表層的な言葉を繰り返しただけ、という印象は拭えません。現代の世界情勢をどのように捉えるべきなのか、テロや地域紛争などの問題にどのように対処していくべきなのか、米国などのやり方はよいのか悪いのか、そうしたなかで日本の安全保障はそもそもどうあるべきなのか、といった諸々の問題について、国民的な規模で広く突っ込んだ議論が展開されて、世論のレベルが大きく向上したかと問われれば、残念ながらなかなか肯定的な答えを与えることはできないでしょう。単に安保法制に賛成か反対か、もっと露骨にいえば、安倍政権が好きか嫌いかというレベルで感情のぶつかり合いがあったにすぎない、ともいえるのです。

 本稿では、なぜ本質的なところにまで突っ込んだ議論が展開されなかったのか、それは安保法制賛成派も安保法制反対派も、敗戦後の日本の国家としてのあり方を根本的に問い直すことから逃げてしまったからではないか、という角度から、検討を行っていきたいと考えています。

 以下、目次(予定)です。

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安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う

はじめに
(1)国論を二分した安保法制
(2)安保法制をめぐる議論の混迷は何を問いかけているか

1、安保法制推進派の議論のデタラメさ
(3)解釈改憲という手法の姑息さ
(4)説得力を欠いた安保法制の必要性
(5)結局は米国への従属を深めるだけ

2、安保法制反対派の議論の浅薄さ
(6)空想的な一国平和主義
(7)保守との共同による本質的な議論の回避
(8)デモの高揚が民主主義の成熟を示すという幻想

3、日本の安全保障をどのように考えていくべきか
(9)国家の独立維持に軍事力は不可欠
(10)戦争放棄という理想に向けて前進してきた人類史の歩み
(11)国際情勢の厳しさを直視つつ理想に向かって前進を

おわりに
(12)学的国家論を踏まえ世界歴史の流れを視野に入れた議論が必須
(13)国家としての主体性の確立へ、政治教育の重要性
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2015年04月30日

心理職の国家資格化を問う(5/5)

(5)科学的認識論を土台に据えた学問体系が求められている

 本稿は,目前に迫っている心理職の国家資格化について,「公認心理師法案」に欠けたるものを明らかにすべく,考察してきた。ここで,これまでの内容を振り返ってみたい。

 初めに,国を挙げてのメンタルヘルス対策の一環として,スクールカウンセリング事業の開始や職場でのストレスチェックの義務化とならんで,心理職の国家資格化が実現しようとしているとして,これまでの経緯を確認した。2005年には臨床心理士と医療心理師の二つの資格を国家資格化しようとする動きがあったが頓挫してしまい,その後約10年を経て,ようやく,昨年6月に「公認心理師法案」が国会に提出されたのであった。11月の衆議院解散によって一時は廃案となってしまったが,今年の3月末に自由民主党の「心理職の国家資格化を推進する議員連盟総会」において,本国会で同法案が再提出されることが確認され,成立の見込みとなっているのが現状であった。公認心理師は保健医療領域に限られない汎用性の資格であり,基本的には大学院修了が資格取得の条件となっている。また,診療補助職でない点と,業務独占ではないが名称独占の資格である点を紹介した。

 続いて,この「公認心理師法案」について,臨床心理士からさまざまな賛成意見・反対意見が出されているので,それらを整理してみた。大多数の臨床心理士は,国家資格になれば信用も高まるし,病院で心理療法を実施すれば保険点数がとれるようになる可能性が高まるし,さらに就職状況の改善の見込みがあるということで,なんとなく賛成しているように見えることを紹介した。ところが反対派も一定数おり,@「公認心理師法案」では学部卒業者にも受験資格が与えられている点,A「当該支援に係る主治の医師があるときは,その指示を受けなければならない」という医師の指示条項がある点,B臨床心理士の何倍もの公認心理師が誕生して,就職状況が一層厳しくなる見込みがある点,さらにC資格の更新制度がない点の4点が批判されていることを見た。@とCは,臨床心理士に比して専門性の水準が低下するとの批判であった。Aは,心理職は独立した専門職であるから,主治医の指示を受けてからでないと心理的支援が行えないのはおかしいという指摘である。Bは,就職状況が国家資格化によってかえって悪くなってしまうという懸念の表明である。このような反対派の見解に対して,賛成派は,条文の細かい部分の修正にとらわれていては,法案成立の機会を逃して,また国家資格化が遠のいてしまうというという心配が前提としてあり,そのうえで,臨床心理士資格と同様に大学院修了の6年のコースがメインルートであるから質の担保には問題がなく,医師の指示条項も,現行の臨床心理士が行っているような業務を妨げるものではないと反論しているのであった。さらに,就職状況については,本法案の趣旨の埒外であると考えていることを確認した。

 連載の第3回では,反対派が前提としている臨床心理学や臨床心理士の水準の高さに疑義を呈した。反対派は「学としての臨床心理学」を過剰に高く評価しており,公認心理師の養成にあたっても臨床心理学を基幹に据える必要性を説いていた。ところが,臨床心理学に誇りを持つ人々は,臨床心理学を心理学や政治学,経済学などと同等の一学問分野であると考えているという,論理的な誤謬を犯しているのであった。さらに,内容面においても,本質論をしっかり措定して,そこからの構造論的展開をなすという学問の構造を全く把持しておらず,ただ単にいろいろな学説が寄せ集められているだけの現状であることを確認した。すなわち,学としての統一性や体系性など,まったく存在しないのが現状の臨床心理学なのである。さらに,この臨床心理学を学ぶ場である臨床心理士養成の大学院や,それを学んで資格を取得した臨床心理士の現状についても,筆者の経験をもとにして紹介した。まず,臨床心理士資格には学部で何を専攻していたかは問われないため,実質,2年間の大学院教育だけで資格が取得できる事実を指摘した。また,その大学院も,素人がわずか数か月間の独学で入学できるほどのレベルでしかない(少なくとも,そういう指定大学院が存在する)点も指摘した。大学院に入学してきた院生を見ても,本を読まない者,日本語がまともに書けない者がいる始末で,それに合わせた授業のレベルも,せいぜい大学の一般教養レベルでしかなかったのである。高度な専門性を有するはずの臨床心理士養成の教育がこのありさまであるから,必然的に臨床心理士資格を取得したとしても,(当初は)使い物にならない。実際にそれなりの業務ができるようになるには,現場で3〜5年ほどの研修時間が必要なのであり,現状の臨床心理士も,決して「高度な専門性を有する」などといえるレベルではないことを説いた。

 そして前回は,なぜ臨床心理学,および臨床心理士がこのような現状になってしまっているのか,その根本的な原因を説いた。そしてそれを,臨床心理学を貫くような統一理論がないためだとした。そのために,いくら「公認心理師法案」の条文をいじくったとしても,真に「国民の心の健康の保持増進に寄与する」心理職を育成することは不可能なのであると論じた。たとえば,心理的介入(心理療法やカウンセリング)においては,フロイトの理論やロジャースの理論,ベックの理論など,さまざまな理論(パラダイム)が乱立しており,その選択は個人の自由(趣味?)に任されているのが現状である。そのため,心理臨床を確かなものにするための統一した指針や,臨床実践を評価する統一的な基準が存在しないことになり,心理臨床実践の発展が阻害されているのであった。では,求められている統一理論とは何かと言うと,それは科学的な認識論なのであった。なぜなら,心理臨床で問題となるのは,すべて認識の問題,あるいは認識が関わる問題であるからであった。したがって,レベルの高い心理臨床の実践のためには,人間の認識とは何かが解明されている必要があるのであり,科学的認識論が土台・基礎として,統一理論として,存在しないと,臨床心理学が真の意味で学問体系となることはありえないと説いた。このような論に対して,基礎心理学が統一理論たりえるのではないか,という批判があるかもしれないとして,それに対して反論しておいた。すなわち,心理学は認識を部分に分けて自然科学的に研究するという限界をもっており,それでは認識とは何かを究明することにはならないのだと説いておいた。そうではなくて,認識は弁証法的に,より広い観点から捉え返してこそ,真に解明できるのだとして,「生命の歴史」を踏まえることの重要性を確認した。すなわち,物質の生成発展の中で生命が誕生し,生命の生成発展の中でサルを経て,認識の誕生と直接に人間が誕生したのであるから,このような全プロセスを解明してこそ,物質の発展の最高段階にある人間の認識が解明できるのであるとしておいた。そして,このような認識の解明,科学的認識論の構築は,日本においてなされつつあるのであり,これを学ばずして真に高度な専門性を有する心理臨床の実践は不可能であると結んでおいた。

 以上のように,心理職の国家資格誕生が目前に迫っているとはいえ,科学的認識論を基盤に据えていない現在の心理学の水準では,真に「国民の心の健康の保持増進に寄与すること」は叶わないのである。したがって,何としてでも科学的認識論を土台とした,真の臨床心理学の学問体系を創出する必要があるのである。

 科学的認識論という統一理論がない状態では,国家資格になろうとなるまいと,心理的援助の質はそれほど変わらないと予想される。それでも,国家資格になれば,病院で心理職が行う心理療法が保険診療の対象となる可能性があるし,そうなれば,現在よりも心理的支援を低コストで受けられる人が増える見込みがある。また,国民全体の社会的認識として,心理的に困ったことがあれば心理的支援を受ければいいのだという意識が増していくと考えられる。したがって,筆者は「公認心理師法案」には,どちらかといえば賛成である。ただし積極的な賛成ではないのは,くり返し説いているように,現状ではいずれにせよ,それほど高度な心理支援が提供できないからである。

 このような現状における,筆者の課題を最後に確認しておきたい。何といっても,科学的認識論が学問体系として完成されつつある現代日本に生きる,誇りを持った心理士として,何としてでも科学的認識論の再措定をはかりながら,臨床心理学を学問体系として構築しなければならない。これが筆者に使命である。このことは,本ブログでもくり返し説いてきた。

 しかし,このような歴史的な業績は,筆者一人の力で成し遂げることはできないと思われる。もちろん,われわれ京都弁証法認識論研究会には,すでに,自己の専門分野で,現代日本が直面している諸々の問題を解決するための学問体系を構築すべく,ともに研鑽している同志は存在している。だが,心理学や認識論に特化したメンバーは,いまだに筆者一人というのが実情なのである。

 かつて,看護学も同様に道を辿った。薄井坦子先生は,科学的な看護理論が存在しない状況のなかで,(おそらく)仲間と共に弁証法・認識論を研鑽され,見事に『科学的看護論』をものされ,宮崎県立看護大学という,自らの看護理論に基づいた教育・研究を行う大学まで創られたのである。これは,おそるべき大事業であったと思う。

 われわれ心理士も,この日本における看護学の発展の歴史に深く学び,これをモデルとして,しっかりと科学的な心理学の構築に進んでいかなければならない。それも,本稿で説いたように,さらに看護学がそうであったように,三浦つとむの認識論を踏まえた科学的な認識論をしっかりと自らの実力としながら,である。そうでないと,真の学問体系が不可能であるのは,看護学も心理学も同様なのである。看護学が,真の科学的学問体系として創出されたのか,薄井坦子という現代日本人の手によってであることは,偶然ではないのである。三浦つとむがいた日本だからこそ,そして,三浦つとむの認識論を引き継ぎ,さらに発展させた南郷継正先生がおられたのが(当然)日本であったからこそ,認識の問題を抜きにしては論じられない看護を対象とした学問体系が,日本で誕生したのである。

 そう考えると,認識の問題を抜きにしては絶対に論じられない心理臨床を対象とした新の科学的臨床心理学が誕生すのは,日本を措いて他にはないはずである。日本人として生まれ,諸々の事情で心理士になったわれわれは,この好機を逃さず,しっかりと日本で発展した認識論という文化遺産を修得して,心理臨床の実践の質を高めていくとともに,臨床心理学を心の科学的学問体系として創出する使命が存在するのだといえる。

 本稿を読んだ大志ある若い心理士,あるいは心理士志望者で,弁証法・認識論を学びたいという方は,ぜひとも連絡をいただき,一緒に真の学問体系構築に向けて研鑽していきたいものである。われわれは志ある若者を歓迎する準備は,いつでもできている。このような若人に向けたメッセージでもって,本稿を終えたいと思う。

(了)
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2015年04月29日

心理職の国家資格化を問う(4/5)

(4)人間とはを踏まえた科学的認識論がない

 前回は,「公認心理師法案」に反対する臨床心理士の見解の不十分な点を指摘した。反対派は,「学としての臨床心理学」やそれに基づいて養成される臨床心理士をかなり高く評価しており,それに比して公認心理師の質が劣ることを懸念しているのだが,この前提となっている臨床心理学や臨床心理士の水準は,実際はかなりお粗末な程度にすぎないことを指摘したのである。すなわち,まず,臨床心理学を心理学や経済学,政治学と並ぶ一学問領域としている点で論理的におかしいし,内容的にも,本質論を措定したうえでの構造論的展開からは程遠い中身でしかない,さまざまな学派(パラダイム)が乱立している状態であり,とても統一的な体系とはいえない,ということを確認した。さらに,大学院で養成される臨床心理士にしても,実質2年間の教育で資格が取得できるうえに,大学院教育とは名ばかりのレベルの低い中身でしかないことも,筆者の経験に照らして紹介した。

 このような現状であるから,仮に,反対派のいうように法案の条文を書きかえて国家資格をつくったとしても,率直にいってしまえば,現行の法案が成立するのとそれほど変わらない,五十歩百歩のものにしかならない,ということができるだろう。

 では,なぜこのような事態になっているのか,どうすれば,真に「国民の心の健康の保持増進に寄与する」(法案第1条)ことができるような国家資格をつくることができるのであろうか。今回はこの点を考察したい。

 端的に結論からいうと,臨床心理学を貫くような統一理論がないことが根本的な欠陥であり,統一理論がないままにいくら法案の文言をいじくったとしても,決定的な解決策にはならないのである。逆にいうと,統一理論ができれば,真に「国民の心の健康の保持増進に寄与する」心理職を育成することが可能となり,統一理論を踏まえたカリキュラムが作成され,その通りに教育が行われれば,現在の臨床心理士をはるかに凌駕するほどの実力を備えた心理師が誕生することになる。

 前回も述べたように,心理的介入(心理療法・カウンセリング)の学派は非常にたくさんあり,それぞれがそれぞれなりの「理論」(パラダイム)をもっている。精神分析的心理療法はフロイトを中心とした理論に依拠しているし,クライエント中心療法はロジャースの理論に依拠している。認知行動療法は少し複雑である。もともと,認知行動療法というものがあったのではなく,パブロフやスキナーの条件づけの理論(学習理論)に依拠した行動療法と,ベックの認知モデルに依拠した認知療法があり,両者は技法の上ではよく似たものを使っているためにまとめて,認知行動療法と呼ばれるようになったのである。しかし,条件づけの理論(学習理論)と認知モデルは全く別物であり,認知行動療法を実践している我々は,まったく別の複数の理論に基づいて心理療法を行っているわけである。最近は折衷派と呼ばれる人々も多く,純粋に精神分析的心理療法をやっているわけではないが,おおむね,精神分析の考え方に従って心理療法をやりながら,基本的な態度はロジャース派である,というようなパターンも多い。こうした場合も,複数の「理論」に基づいて実践しているわけである。

 ここでは詳しく説かないが,心理検査の場合も同様であって,さまざまな「理論」が乱立している状態である。

 このような現状では,確かな指針をもって心理臨床の実践を進めていくことはできない。なぜなら,A理論ではこうなるが,別のB理論ではそれとはまったく異なる結論になる,ということも多く,迷いが生じるためであるし,同じ実践にしても,統一した基準がないから,各理論ごとに評価が異なることになるからである。それゆえ,心理臨床全体を支える統一理論が求められるのである。

 では,その統一理論とは,いったいどのようなものであろうか。端的には,科学的認識論がそれである。なぜそういえるのかを,詳しく説明していきたい。

 まず,前回紹介したAPA(米国心理学会)による臨床心理学の定義を再掲する。

「科学,理論,実践を統合して,人間行動の適応調整や人格的成長を促進し,さらには不適応,障害,苦悩の成り立ちを研究し,問題を予測し,そして問題を軽減,解消することを目指す学問である」


 この定義のおかしさには前回触れたが,それは措くとして,今回注目していただきたい点がある。それは,ここにある,「人間行動」を規定するのも,「人格的成長」の実体も,「不適応,障害」になる要因も,「苦悩」を生み出すのも,さらに,「問題を軽減,解消する」主体も,すべて人間の認識である,という点である。人間の行動は,脳細胞が描いた目的像にしたがってなされる。だから,人間の行動が適切かどうかは,描かれた目的像次第なのである。また,人格的成長というのも,認識=像の積み重ねの問題である。蓄積された像=過去像こそが,人格の実体であり,人格が成長するとは,適切な認識=像が積み重なっていくということである。不適応や心の障害も,端的には認識の歪みのことであり,苦悩というのも認識がもたらすものである。さらに,問題を問題視するのも認識であり,それゆえ,問題を問題視しないのも認識の問題である。「問題」となっている外界を改善するのも,認識のなせる業である。このように,臨床心理学の根底には,認識の問題が貫かれているのである。

 したがって,レベルの高い心理臨床の実践のためには,人間の認識とは何かが解明されている必要があるのであり,科学的認識論が土台・基礎として,統一理論として,存在しないかぎり,きちんとした臨床心理学が構築されることはありえないのである。

 ここでもしかしたら,次のような批判があるかもしれない。それは,「ご存じないようだが,基礎心理学が研究しているものが,まさにここでいわれている“認識”のことであって,科学的認識論とやらに頼らずとも,しっかり基礎心理学を踏まえた臨床を行えばことは足りるはずだ。実際,基礎と臨床をつなぐ活動も,さまざまな心理系の学会で積極的に行われているし,公認心理師のカリキュラム案として出されているものも,学部時代にみっちりと基礎心理学を学ぶように計画されているではないか」という批判である。ところが,現行の基礎心理学と科学的認識論は全く別物であり,前者が後者に取って代わることなどできないのである。

 それはどうしてであろうか。それを説くには,心理学の歴史をさかのぼる必要がある。現代の心理学の源流は19世紀後半のドイツにある。ヴィルヘルム・ヴント(1832〜1920)やヘルマン・エビングハウス(1850〜1909)などが哲学から心理学を独立させたのであり,心理学の起源は彼らの研究にあるといえる。彼らは,感覚や記憶を実験的手法で研究した。ここで重要な点は,人間の認識なり心理なりを全体として研究したのではなく,部分に分けて,その部分を部分として,実験を用いて自然科学的に解明しようとした点にある。この点が,心理学を哲学から分ける分水嶺であり,心理学のアイデンティティともいえるものである。この特徴は,もちろん現在の心理学にも受け継がれている。

 ところが,人間の認識なり心理なりは,自然そのものとは全く別物であり,その特殊性を踏まえずに自然科学的手法で研究できる範囲などごく限られている。それを無理に自然科学的に研究していけば,必ず歪みが生じるのである。これは貨幣を研究するのに,顕微鏡をもって行うのと同様の誤りなのである。また,全体から部分を切り離し,部分のみを研究するのでは,いつまでたっても全体像が分からないことになってしまう。「群盲,像を評す」のことわざの通りである。実際,部分の研究を積み重ねている心理学の研究者が,結局「心理」となんなのか,明らかにしたという話は聞いたことがない。部分をいくら研究しても,全体は分からないのである。全体が分かるためには,弁証法的に考えていくしかないのである。

 では,弁証法的に考えるとはどういうことであろうか。それは,より広い観点から捉え返していく,ということである。具体的には,臨床心理学では認識の異常を扱わなければならないが,認識の異常が分かるためには,正常な認識が分かっていなければならない。これが臨床心理学に統一理論たる科学的認識論が必要な所以であった。さらに,人間の認識が分かるためには,サルと人間の違いが分からなえればならない。すなわち,認識のないサルから,いかなる必然性で認識が生じたのかを解明しなければならないのである。別言すれば,人間とは何かを踏まえないと,人間の認識も明らかにできないのである。現在の臨床心理学にはこのような視点が皆無のために,さまざまな「理論」が乱立してしまっているのである。

 さらにいうと,サルもサルとして,初めから地球上に存在していたはずはないのであるから,サル以前の生命体からサルへの発展の必然性を解明しなければならず,結局単細胞段階からサルを経て人間に至った過程を,論理的に解明しなければならない,ということになるのである。そうしないと,人間の認識が解明できないのである。まだある。単細胞段階の生命体も,初めから地球上に存在していたわけではないのであるから,それがいかなる必然性で誕生したのかを解明しなければならず,同様に地球の誕生の謎や太陽系誕生のなぞまで解明しないと,本来的に人間の認識を明らかにすることなどできないのである。このように,世界の発展の最先端にある人間の認識を解明するためには,これまでの物質と生命の発展の全過程を明らかにしなければならないのである。

 「確かに理屈としては分かるが,そんな壮大なことができわけがない」という反論が聞こえてきそうである。ところが,である。実はこのような認識の解明は,すでに行われ,その一部は書物として発表されているのである。代表的なものとして,以下がある。

本田克也ほか『看護のための「いのちの歴史」の物語』(現代社)
瀬江千史・菅野幸子『新・頭脳の科学』上・下巻(現代社)
南郷継正『なんごうつぐまさが説く看護学科・心理学科学生への“夢”講義』(1)〜(5)(現代社)
海保静子『育児の認識学』(現代社)
薄井坦子『科学的看護論』(日本看護協会出版会)

 これらの先生方は,共通して三浦つとむに学ばれている。三浦はドイツのマルクス・エンゲルス・ディーツゲンに学んで,認識論を研究した人物である。したがって,19世紀ドイツで,(心理学が誕生する以前に)萌芽的な形態で生まれた科学的認識論を,20世紀,そして21世紀の日本人が受け継ぎ,さらに飛躍的に発展させた,ということができる。

 以上のように,臨床心理学の根本的な欠陥となる統一理論の欠如を埋め合わせる科学的認識論が,すでにわが日本において完成されつつあるのであり,それを学ばずして高度な専門性を有する心理臨床の実践など不可能ということになるだろう。
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2015年04月28日

心理職の国家資格化を問う(3/5)

(3)臨床心理士・臨床心理学の現状

 前回は,「公認心理師法案」に賛成派の見解と,反対派の見解を整理して提示した。賛成派は,ごく素朴に,現在民間資格である臨床心理士が,公認心理師として国家資格になれば,信用も増すし,就労に関しても,非常勤で薄給が多いという現状が改善されるのではないかという漠然とした期待がある。これに対して反対派は,@「公認心理師法案」では学部卒業者にも受験資格が与えられている点,A「当該支援に係る主治の医師があるときは,その指示を受けなければならない」という医師の指示条項がある点,B臨床心理士の何倍もの公認心理師が誕生して,就職状況が一層厳しくなる見込みがある点,さらにC資格の更新制度がない点を批判していることを見た。これらの批判は,現在存在する民間資格である臨床心理士との比較を前提としていることも確認した。この反対派の見解に対して,賛成派は,多少の譲歩があっても国家資格化を急ぐべきだという見解から,より具体的に,大学院修了を受験資格とするのがメインルートであるから質の担保はそれなりになされる,医師の指示条項も臨床心理士が現在行っているような業務を妨げることにはならない,本法案は国民のためであるから,心理職の就職状況は多少犠牲になっても仕方がない,などと反論していることも見てきた。

 今回は,一応もっともであるように見える反対派の見解における,不十分な点を指摘したい。それは端的にいうと,現行の臨床心理士資格をかなり高く評価している点である。詳しく見ていこう。

 たとえば,前回も引用した「公認心理師法案の国民と臨床心理士等への影響について」には,次のような記述がある。

「試験科目や養成課程のカリキュラムに医療等が 多く入る可能性あり臨床心理学科目を軸とした専門職にならず,様々な心理的問題をかえた国民の要請に応えられないことになる。」


 ここでは,心理職の養成は臨床心理学科目を軸とすべきだと主張されていると読める。

 また,日本臨床心理士養成大学院協議会が発表した「公認心理師法案についての声明」では,臨床心理士資格について,「心理職としてすでに4分の1世紀にわたり,国民の間に浸透し,公的な機関においても雇用・任用が進んでいる資格」であるとしたうえで,その特徴と実績として,「修士課程修了レベルの資質を保障・担保して」いることなど,4点挙げた後,以下のように述べられている。

「しかるに,今回検討されている公認心理師法案は,学問的な基盤も対人援助としての学としての臨床心理学を基幹にしていないなど,最も実績ある臨床心理士資格を継承せず,これと同じ程度の対人援助職の資質を維持させることが全く期待できません。これでは,現に臨床心理士等によって行われている国民への心のケアが継承されなくなる可能性が高く,国民ユーザーまたは受益者に対して十分な資質を保証・担保するどころか,多大の不利益をもたらす可能性もあります。」


 ここでは,「学としての臨床心理学を基幹にしていない」ために,対人援助職の資質の担保ができない点が批判されている。

 このように,反対派は,「学としての臨床心理学」やそれに基づいて養成される臨床心理士をかなり高く評価しており,それに比して公認心理師の質が劣ることを懸念しているのである。臨床心理士には高度な専門性があるのに,公認心理師にはそれがなくなり,国民の心の健康の保持増進に寄与することができなくなってしまうということであろう。

 確かに,臨床心理学に誇りを持って,その専門性を高めるべく研鑽されている先生方の熱意や誇りは認めたい。しかし,その論理性は,そして現状は,どうなのであろうか。

 通常,「臨床心理学」と聞いて,どのようなイメージが湧くであろうか。形式的にいっても,ここでいう「臨床」とは,「心理学」を修飾する言葉であるからして,「臨床心理学」というのは,「心理学」の一特殊分野ということになるだろう。ところが,「臨床心理学」に誇り(?)をもっておられる先生方は,そういう通常の受け取り方をしないのである。筆者は大学院時代,次のような話を聞いてびっくりした経験がある。ある「臨床心理学」に誇りを持っておられる先生が,「臨床心理学」は「心理学」と同等ではあるが,別領域であり,「心理学」とは独立した一学問分野である,とおっしゃったのである。すなわち,「臨床心理学」というのは,「心理学」「政治学」「経済学」「物理学」「化学」などと同じレベルの,これらと並置すべき一学問分野である,というわけである。

 こんなおかしな話があるだろうか。これではたとえば,ミクロ経済学を,経済学や政治学と並ぶ,一学問領域だといっているようなものである。あるいは,キリスト教の一特殊教派であるルター派を,キリスト教やイスラム教,仏教などと並置して平然としているようなものである。「学としての臨床心理学」などといっているものの,その論理性は(失礼ながら)この程度なのである。

 「このような形式的な批判は受け入れるとしても,中身が充実しているのだから「学としての臨床心理学」を認めてもいいのではないか」という臨床心理士もおられるかもしれない。では,ということで,代表的なテキストを取り上げて,「臨床心理学」の中身を見てみよう。

 下山晴彦編『よくわかる臨床心理学』(2003年,ミネルヴァ書房)の目次を見ると,「T 臨床心理学とは何か」の中に,「2 臨床心理学の全体構造」という項目がある。「学」というからには,本質論があって,そこからの構造論的展開がなされるべきであるから,期待に胸を膨らませて本文を読んでみると,次のような記述がある。

「米国心理学会(APA)では,臨床心理学を「科学,理論,実践を統合して,人間行動の適応調整や人格的成長を促進し,さらには不適応,障害,苦悩の成り立ちを研究し,問題を予測し,そして問題を軽減,解消することを目指す学問である」と包括的に定義しています。つまり,臨床心理学の特徴として,人間行動がどのように維持発展されるかについての科学的探究に関わること,および人間の苦悩を生み出す状況を改善し,問題を解決していく専門的援助実践に関わることがあるといえます。」(p.5)


 ここが,あえていえば臨床心理学の本質論ということになるのだろうが,「科学」「理論」「実践」が並置されている時点で,先と同じような論理的な違和感を抱く。さらに,これが本質論だとすると,この本質論によって統括された構造論的展開が期待される。

 そこでたとえば,「問題を軽減,解消すること」に相当すると思われる「介入」という章を眺めてみると,まず「理論モデル」として,「精神分析」「分析心理学」「行動療法」「クライエント中心療法」「認知行動療法」「家族療法」などが順に説かれていく。これだけ見ても,臨床心理学にはいろいろな理論モデルがあり,まだ学的に体系化されていないということが明らかである。それぞれがそれぞれなりの「理論」に基づいて,それぞれなりの介入を行っているのが現状なのである。

 本書だけではない。馬場禮子『改訂版 臨床心理学概説』(2003年,放送大学教育振興会)でも,「心理療法」として「精神分析的心理療法」「ユング派の心理療法」「クライエント中心療法」「認知療法」が紹介されている。端的にいってしまうと,いろいろな「理論」があり,それに基づいたいろいろな心理療法がある,というだけであって,何ら「学」としての体系性や統一性が存在しているわけではないのである。

 事情は近年でも同じである。最新の丹野義彦他『臨床心理学 (New Liberal Arts Selection)』(2015年,有斐閣)でも,「第11章 さまざまなパラダイム」とあるように,「臨床心理学」としての統一した体形などないことが目次にも示されているというものである。

 ここでひょっとしたら,学問とそれを用いた実践とは相対的に独立しており,学問としてはまだまだ十分とはいえないが,どれか一つの学派(パラダイム)を選んで学習を積み重ね,臨床心理士の資格を取ったものは,それなりに「高度な専門性」を有する援助者になっているのではないか,という反問があるかもしれない。ところが,この反問も当らない。これを説明するために,臨床心理学をしっかり学んで資格をとったはずの臨床心理士や,その臨床心理士を養成する指定大学院の現状を紹介しよう。

 まず,臨床心理士資格を取得するためには,特定の大学院を修了した後,資格試験に合格することが必要である。これだけを見ると,学部の4年間と大学院の修士課程の2年間,合わせて6年物間,臨床心理学を徹底的に学び,心理療法(カウンセリング)や心理検査の実習・訓練も,相当に積み重ねていると思われるかもしれない。しかし,現実はそうではない。どうしてかというと,指定大学院に入るためには学部で何を学んでいたかは問われないからである。筆者のように,学部時代は哲学を学んでいたものでも,もっと極端なことをいうと,理学部で理論物理学を専攻していたとしても,大学院入試に合格しさえすれば,指定大学院に入ることができ,順調にいけば,その3年後に臨床心理士資格が取得できるのである。実際に,学部時代は心理学とは無縁の領域を専攻していた臨床心理士も,それなりに存在している。したがって,実際は大学院2年間の教育を受けるだけで,臨床心理士資格が取得可能なのである。

 それでも,「大学院入試に合格しないといけないというのだから,専門が違った人も,かなり必死になって大学院入試の対策のために独学する必要があり,それなりに専門的な知識を身につけてからの大学院教育ということになるのではないか」という疑問が出されるかもしれない。ところが,これも違うのである。実際,筆者はわずか数カ月の受験勉強で大学院に合格した。しかも,かなりいい成績で合格したことがのちに判明したので,そこまでやる必要すらなかったのが現実である。

 また,大学院に入学してきた面々を見てみると,よくこれで「大学院生」といえるなというレベルの人間も,かなりの数,存在していたのである。その典型的な根拠をあげれば,本を読まないということである。しかも,それを恬として恥じない。そういう人間が一人や二人ではなかったのである(一人いただけでも驚くべきことだが)。大学院の授業も,その院生のレベルに合わせるがごとく,よくて大学の一般教養レベルの内容であった。修了のためには修士論文を書かなければならないのだが,これもひどかった。エッセイか感想文かというレベルのものもあれば,そもそも日本語がしっかりかけておらず,主述の関係が至る所でめちゃくちゃというようなものすら存在した。これが臨床心理学の大学院教育の実情である。

 このようなありさまであるから,たとえ修了の翌年,運よく試験に合格して臨床心理士資格を取得したとしても,心理援助職としては全く使い物にならない。心理検査の所見を作成するのに,期待される時間の4倍ほどの時間はかかるし,書かれたものもテキスト丸写しというレベルである。カウンセリングでも,うんうんとうなずいているだけなので,こんなものに1時間6000円も払っていられるかということで,クライエントが次々とドロップアウトしてしまう。これが「高度な専門性」を有するとされる臨床心理士の現状である。

 だから,実際に使えるようになるには,現場での継続的な教育が必要なのである。それでも,かなりいい現場・指導者に恵まれて,熱意をもって目的意識的に取り組んだとしても,それなりの仕事ができるようになるまでには3〜5年ほどかかるというのが筆者の印象である。

 また,前回触れたように,大半の臨床心理士は,「公認心理師法案」について中身をあまり知らずに,何となく賛成している。これも臨床心理士のレベルの低さを物語っているといえる。本来であれば,反対派の見解も十分に検討して,それはこういう点がおかしい,やはり賛成だ,と自己の主張をすべきである。それなのに,反対派がなぜ反対しているのかもよく理解しようとせずに,単に和を乱すおかしな人たちだと受け取っているというのが,大半の臨床心理士の現状ではないだろうか。本稿では,反対派の臨床心理士の論を批判してきているが,それは,漠然と賛成しているものなど,論じるにあたらないからでもある。

 なお,最後に断っておくことがある。それは,筆者が修了した大学院は国立であり,修了生の約6割が翌年の臨床心理士試験に合格する。これは,臨床心理士試験を受ける者全体の合格率と同じであるから,今経験をもとにして書いた内容は,ごく平均的なレベルを反映しているといって間違いないのである。

 以上見てきたように,「公認心理師法案」反対派の面々がその前提としている臨床心理士の「高度な専門性」も,学としての論理性という意味でも,実際の臨床心理士の力量という意味でも,かなりお粗末な現状なのである。
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 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
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 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
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 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
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 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言