2017年09月24日

新しい国家資格・公認心理師を問う(5/5)

(5)基盤となる認識論の構築を目指して

 本稿は、この9月に施行された法律によって新しく誕生した国家資格である公認心理師を取り上げ、その概要を紹介し、臨床心理士と比較したうえで、その意義と限界を論じた論考であった。ここで、これまでの流れをまとめてみよう。

 まず、公認心理士の概要を紹介した。国民の心の健康の保持増進に寄与することが、法の目的であると同時に、公認心理師の活動の目的であり、この目的を達成するために、@ 心理に関する支援を要する者の心理状態の観察、その結果の分析、A 心理に関する支援を要する者に対する、その心理に関する相談及び助言、指導その他の援助、B 心理に関する支援を要する者の関係者に対する相談及び助言、指導その他の援助、C 心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供、という4つの業務を行うこととされていた。このような業務を担うことが可能となるためのカリキュラムとしては、大学で25科目、大学院で10科目の履修が求められていることを見た。この中で、認知心理学や社会心理学、発達心理学など、主だった心理学の領域は全て学ばなければならないし、研究法や統計法、実験に関しての科目も必須となっていることも確認した。また、医療、福祉、教育、司法、産業という、公認心理師が活躍するであろう5領域に関わる科目も、学部、大学院、共に全て修める必要があり、実習も、特に大学院では長時間、課されているということも指摘しておいた。最後に、公認心理士資格試験の実施方法等と合格基準も確認した。すなわち、事例問題の多い150〜200問ほどのマークシート方式であり、合格基準としては正答率が60%程度以上ということであった。その中に、「公認心理師としての基本的姿勢を含めた基本的能力を主題とする問題」というものがあり、これは、間違うと、公認心理師としての基本的能力に欠けていると判断されるような問題であり、たとえば、3問以上間違うと無条件に不合格となる、というような、全体の正答率の基準とは別の、より高い基準が設定されるものと考えられると説いておいた。

 次に、現在存在する心理関係の資格の中で、もっとも著名で、もっとも難易度が高いとされる臨床心理士資格と、公認心理師資格を比較することによって、後者の特徴をさらに浮き彫りにしようと試みた。まず類似点を指摘した。それは業務内容であった。臨床心理士の業務としては、A臨床心理査定、B臨床心理面接、C臨床心理的地域援助、D上記A〜Cに関する調査・研究、の4つが挙げられているが、これは、先に指摘した公認心理師の4業務と、多少の分類の違いはあるとはいえ、ほぼ同じ内容なのであった。次に、両者の相違点を見ていった。臨床心理士は民間の資格であるのに対して、公認心理師は国家資格であるという点、公認心理師になるために必要な科目は、学部でも25科目が必要とされており、その範囲は主な心理学の領域はカバーしているし、研究法や統計法、実験に関するものまで含まれており、実に多種多様な心理学の知識の習得が求められているのに対して、臨床心理士は、何学部かは問われないし、大学院で履修する必要のある科目も、公認心理師と比べると実に限られたものであるという点を指摘した。さらに、臨床心理師養成にあたっては、限られた臨床心理学関係の科目だけでよいのはなぜなのかを考察した。それは、日本の臨床心理士のリーダー的な先生方の間では、臨床心理学とその他の心理学は、全く別の学問であるとの考えが支配的だからであると説いた。すなわち、露骨に極言してしまうと、臨床心理士というのは臨床心理学が専門であって、心理学とはほとんど何の関係もない、だから、認知心理学や発達心理学、社会心理学などは、臨床心理士になるために必ず学ばなければならないということなどは決してなく、まあ、隣接他領域ということで参考程度に学んでもよいもの、というような位置づけになっているのだということであった。

 最後に、以上を踏まえて、公認心理師の意義と限界を考察した。まず、公認心理師の意義としては、何といっても、心理職の国家資格がつくられたこと自体にあると説いた。心理的支援を要する人が増えている現状において、国家資格として、心理職の質の担保が図られることの意味は大きいし、心理師による心理療法が保険点数化される可能性のあることも指摘した。もう一つの意義として、臨床心理士に比べると、非常に幅広く心理学の知見を学ぶ必要があるし、支援する領域についても、主要な5つの領域(医療、教育、福祉、産業、司法)をひととおり学ぶ必要があるという点を挙げた。このため、心理職のレベルアップが期待できることについても触れた。しかし他方で、公認心理師には欠けたるものがあり、限界もあることを説いた。公認心理師に欠けたるものの中で最も重大なのは、人間の心理に関する統一理論=科学的認識論の欠如であった。このため、学部の段階で学ぶ20科目以上は、バラバラなものとして存在しており、そのためにそれぞれを何の関連もないものとして学ばざるを得ないのであった。このため、学ぶ量が増えていき、学んでも学んでも、結局心理とは何なのか、もっと一般的にいうと、人間の認識とは何であるのか、ということが分からないままになり、真に知識を身につけて、それを使いこなして支援することが難しくなる、という弊害が生じてくるのであった。もう一つの問題点として、上達論がない点も指摘した。特に大切なのに等閑視されていることとして、学部の1年生や2年生段階の一般教養の学びを挙げ、実力ある公認心理師になるためには、認識誕生に至るまでの過程を描いた「生命の歴史」の学び、認識の対象たる自然や社会についての自然科学・社会科学の学び、そして、感性的に心を捉えられるようにするための文学作品の学びなどが必要となることを説いた。

 以上をまとめるならば、公認心理師という国家資格の誕生は、その大枠においては非常に意義があるものであるものの、現在の心理学の学問的水準を反映して、その教育内容や教育方法には、大きな課題があるといえるのである。

 初回でも触れたように、そもそも公認心理師が誕生したのは、心理的な支援を必要とする人が増加し、これが国家的な問題となってきたからであった。そして、その支援の質を担保すべく、これまでになかった心理職の国家資格化が実現したのである。このような問題意識は、筆者も共有しており、心理的な問題を何とか解決していかなければならないという思いは同じである。しかし、これまでに見てきたように、公認心理師には、現在の心理学の学問レベルに規定されて、大きな欠陥が存在しているのであり、法律によってその枠組みを作ることができただけであるといえる。

 そこでその枠組みの中身をしっかりと創っていくために、これからの筆者の課題を2、3、述べておきたい。

 まず大前提として、2018年の12月までに実施されることになっている、第1回の公認心理師資格試験に合格することである。本稿では触れなかったが、臨床心理師養成の指定大学院を修了している臨床心理士は、たいていが公認心理師の受験資格を与えられることになっている。したがって、対象の臨床心理士は、この1年ほどの間に、公認心理師試験に出題されるような分野の知識を、しっかり学んでいく(学び直していく)必要がある。筆者としては、認知心理学や社会心理学などの諸々の心理学の領域の知識を、科学的認識論の論理とつなげながら、科学的認識論の論理で整序しながら、修得していくつもりである。

 ここに関わって、実は筆者は、来年度、公認心理師養成に関わる2つの科目を2つの大学で教えることがほぼ決定している。そこで、連載第4回で説いたようなアバウトな上達過程を踏まえて、公認心理師を目指す学生に対して上達の適切な指針を与えつつ、自らの臨床経験を踏まえたうえで、筋を通した講義を実現していきたいと考えている。この講義のための準備も、自らの公認心理師試験の対策勉強と合わせて、半年ほどかけて行っていく予定である。

 そしてこれがもっとも重要な課題であるが、何といっても心理学の統一理論たりうる科学的認識論を、しっかりと構築・再措定していく必要がある。これを欠いては、公認心理師に欠けたるものとして説いた限界を突破することはできない。科学的認識論を構築・再措定するために、三浦つとむや南郷継正などの認識論関係の著作をしっかりと学び直し、学び続けるとともに、自らの心理臨床の実践をしっかりと認識論的に捉えていく修練を継続することが求められるだろう。同時に、自らが措定した、実力ある公認心理師になるためのカリキュラムを、初心に帰って、また0から辿り返してみることも有効であると考えている。その中で、心理学の諸々の知見を、認識とは何かの本質につなげて考えられるように訓練していき、また、自然科学や社会科学もきちんと学び直して、それが人間の認識理解にどのように結びつくのかについても、理解を深めていきたい。さらに、心理職の具体的な心理テストの実施・解釈スキルや面接スキルは、どのように技化していけばいいのかということも、体験的に辿り返して論理化していくことも忘れずに行いたい。

 このような課題をこなしていく中で、現代社会に生じている諸々の心理に関わる問題にも、的確で、一貫した論理で筋をとおして解説し、その解決の指針を提示できるようになっていくことも求められるだろう。心理に関わる問題は、うつ病であろうと認知症であろうと、不登校・ひきこもりの問題であろうといじめの問題であろうと、会社内の人間関係の問題であろうと夫婦間のトラブルであろうと、子どもの発達の問題であろうと育児の問題であろうと、非行や犯罪にかかわる問題であろうと、いかなる問題であっても、認識とは何かの本質論から筋をとおして解明し、きちんとした解決の指針を提示できるような実力を養っていくことが求められる。

 このような実力を養成していき、公認心理師の中身をより充実したものにしていけるようになることを決意して、本稿を終えたいと思う。

(了)

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2017年09月23日

新しい国家資格・公認心理師を問う(4/5)

(4)公認心理師の意義と限界

 前回は、公認心理師を臨床心理士と比較して、その類似点と相違点を指摘した。業務内容は似ているものの、その養成の課程において、公認心理師は、臨床心理学以外の心理学の諸々の領域も重視していることが大きく臨床心理士養成と異なっている点であることを説いた。

 さて今回は、前々回と前回の内容を踏まえて、新たに創設された国家資格である公認心理師について、その意義と限界を考察していきたいと思う。

 まず、公認心理師の意義についてである。何といっても、心理職の国家資格がつくられたこと自体に、大きな意義があるといえる。連載第1回で触れたように、時代の大きな流れの中で、心理的支援を必要としている人は、確実に増えてきている。そのような現状において、しっかりと国家が認めた心理職の資格がつくられたということは、心理職の質の担保という意味で、非常に大きな意味があるだろう。たとえば、病院での保険診療として、心理職が行なう認知行動療法が認められる可能性も高まったと考えられる。現在、病院で保険診療として認められている認知行動療法を実施できるのは、医師と看護師のみである。しかし、実際上、認知行動療法を実施しているのは、大半が心理職なのである。それなのに、心理職の認知行動療法が、保険診療として認められていないのは、これまで、心理職には国家資格がなかったこともその一因であると思われる。今回、公認心理師が新設されたことによって、保険診療として、心理職による質の高い認知行動療法が提供できるようになる可能性が増したといえるだろう。

 公認心理師のもう一つの意義は、臨床心理士に比べると、非常に幅広く心理学の知見を学ぶ必要があるし、支援する領域についても、主要な5つの領域(医療、教育、福祉、産業、司法)をひととおり学ぶ必要があるという点が挙げられる。要するに、偏った知識で、部分しか理解していないようなものは、公認心理師にはなれないのである。そのような意味で、公認心理師は、臨床心理士よりもレベルが上がると筆者は見ている。

 このようにいうと、自らのアイデンティティが臨床心理士であるような方から、次のような反論があるかもしれない。すなわち、「現在臨床心理士になるためには、指定の大学院を修了する必要がある。そして、大学院を修了した年に資格試験を受験し、合格すれば翌年から資格を取得できるのであるから、臨床心理士になるためには、学部4年間と大学院2年間、それに修了後の1年を合わせて7年必要である。ところが、公認心理師は、場合によっては学部卒業だけでなれてしまうので、心理職のレベルが下がることが懸念される。その意味で臨床心理士は、心理職の上級資格として、生き続けるだろう」と。

 しかし、このような反論は、事実を正確に捉えていない暴論だといえると思う。前回確認したように、確かに臨床心理士になるためには、大学卒業後、指定の大学院を修了する必要があるのだが、大学に関しては、何学部でもかまわないのである。したがって、この学部の4年間を臨床心理士養成に必要な期間としてカウントするというのは、かなり無理がある。そもそも、現状においては心理学部や心理学科などというのはごく限られており、発表されたような公認心理師になるために必要な20以上の科目を履修している臨床心理士など、ごく少数だといってよい。それに、公認心理師養成も、メインルートは大学院修了までのコースである。大学院のカリキュラムを比較しても、履修科目の幅広さや実習時間の長さからして、むしろ、臨床心理士養成のカリキュラムよりも公認心理師養成のカリキュラムの方が、充実しているといえるくらいである。したがって筆者は、臨床心理士が心理職の上級資格として生き残っていくことはないのではないかと、現時点では考えている。

 公認心理師資格の創設は、以上のような意義があるものの、大きな限界も存在していると考えられる。そこで以下では、公認心理師の限界について考察していきたい。

 まず、公認心理師に欠けたるものの中で、最も重大なものを指摘しておく。それは、人間の心理に関する統一理論がないということである。すなわち、科学的認識論の不在である。これはどういうことか。

 先にも触れたように、公認心理師になるためには、学部の段階で20以上の心理学に関わる科目を履修する必要がある。このこと自体は、心理に関わる一般教養的なものを学ぶという意味では、臨床心理士よりも前進していると筆者は評価している。しかし、人間の心理に関する統一理論=科学的認識論がないために、それぞれの科目がバラバラなものとして存在しており、学生はそれぞれの科目を、ほとんど何の関係もないものとして学ばされることになるのである。これによって、どのようなことが生じるか。

 第一に、学ぶ量が増えていく。それぞれのつながりがよく分からないのであるから、それぞれをバラバラに覚えていくことになる。たとえば、認知心理学で記憶について学び、発達心理学で愛着について学び、社会心理学で印象形成について学ぶ。しかし、これらの間には、ほとんど何の関係もないものとして説かれているので、3つを独立に覚えていくことになるのである。さらに、新しい研究によって新しい知見が蓄積されていくので、どんどんと覚えるべき知識が増えていくのである。

 第二に、学んでも学んでも、結局心理とは何なのか、もっと一般的にいうと、人間の認識とは何であるのか、ということが分からないままなのである。これは、医学生が、心臓、肺、肝臓、腸、皮膚、筋肉、骨、脳、神経などをバラバラに学んでも、結局人間とは何かが分からないのと、論理的には同様である。すなわち、人間の認識のある側面をバラバラに学んだとしても、そもそも認識とは何かという本質を踏まえていなければ、認識についてのトータルな理解が深まっていかないのである。結果、部分部分の知識の寄せ集めに終わってしまい、認識とは何かが分からないままになってしまうのである。

 ここに関連して第三に、真に知識を身につけて、それを使いこなして支援することが難しくなる。バラバラなままの知識では、非常に限定された条件のもとでは活用できるかもしれないが、知識が体系として理解されていないので、実際に使おうとしてもなかなか使えない、ということになってしまう。科学的認識論がないために、心理学のもろもろの知見を、筋を通して理解して使いこなすということができないのである。

 以上のように、公認心理師に統一理論としての科学的認識論が欠けているために、さまざまな弊害が生じてくることが予想されるのである。

 科学的認識論が欠けていることと密接に関わるが、別の問題点として、上達論がないという点も限界の一つとして挙げられる。すなわち、心理職としてきちんと仕事ができるようになるためには、学部の1〜2年生ではどのようなことを身に付け、3〜4年生では何を習得し、大学院の修了時点ではどのようなスキルが身に付いているべきなのか、そしてそれらはどのように訓練すれば可能なのか、といったことに対して、明確な答えが出せないのである。このようなことに答えを出すためには、まず、学ぶべきものがもう少し論理的に整序されている必要があり、そのためにこそ、先ほど説いたような科学的な認識論が必要なのである。

 公認心理師のカリキュラムについては、以前筆者が、「心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想(5/5)」の中で、アバウトに提示したことがあった。それを以下に引用する。

「以上を踏まえて、もし筆者が公認心理師のカリキュラムを作るとしたら、どのようなものになるのか、アバウトではあっても考えて提示してみたい。

 まず、学部の1年生2年生の間は、専門の学びに突入する前の一般教養の学びを重視する。心理士は人間の認識を扱う職種であるから、人間の認識を理解することがその専門性となるべきではあるが、その前提をまずは学ばせるのである。この前提には二重構造があると思う。一つは、人間の認識に至る歴史性の学びである。人間の認識は、初めからあったものでもなければ、何の必然性もなく突然生じたものでもない。物質の生成・変化・発展の流れの中で、必然性をもって誕生してきたものである。この物質の発展の必然性を、すなわち「生命の歴史」を、しっかり学ばせることである。「過程も含めて全体である」(ヘーゲル)のだから、認識が誕生するに至った過程をしっかり理解しておかないと、認識そのものの理解が不十分なものとなってしまうと考えられる。もう一つの前提は、自然と社会の学びである。認識とは外界の反映によって成立するものであり、その外界は自然的外界と社会的外界の二つであるから、認識を理解するためにはそれら自然的・社会的外界のことをしっかりと理解しておく必要があるのである。これらと並行して、時代の心、社会の心、人の心を描いた文学作品をたくさん読ませるようにする。

 学部の3年生4年生では、認識論の基礎をしっかり身につけられるようにする。具体的には、認識学原論として、そもそも認識とは何か、どのように生成発展していくのか、ということをきちんと学ばせる。認識の正常な(健康な)生成発展の過程を、観念的二重化や問いかけ的反映という基本的な論理でもって筋を通して把握できるようにしていくのである。それに合わせて、科学的認識論で整序した(臨床)心理学や精神医学の文化遺産をしっかりと学ばせるようにする。その際、しっかりと事実から論理を導き出せるような頭脳創りも行っていく。卒業研究は、統計学の基礎をしっかりと理解し、使いこなせるようになることを目的とし、内容のオリジナリティにはそれほどこだわる必要がないだろう。『統計学という名の魔法の杖 ― 看護のための弁証法的統計学入門』(現代社)によって、統計学の発展の歴史を学ぶとともに、t検定を徹底的に技化できればそれで十分だといえる。

 大学院の修士課程の2年間は、心理臨床の技を創出する教育課程と位置づければいいであろう。心理検査の具体的な実施・解釈技法や心理面接の諸技法を、認識とは何かからしっかりと筋を通して学び、先生方の陪席を通して、あるいはロールプレイや事例検討を通して、徹底的に訓練する期間とすればいいであろう。気分障害や不安障害など、心理的介入が特に効果的と思われる精神疾患については、精神疾患の認識論的な理解に基づいた介入方法を、これまた認識論的にしっかりと筋を通して理解していくことも求められる。また、医療、教育、産業、司法、福祉領域など、心理士が活動する領域を一般的に押さえたあと、自分の志望する領域の特殊性について、ある程度の専門知識の学びと専門的な技能の訓練を行う必要もあるだろう。修士論文は、しっかりとした研究方法に則った、それなりにオリジナリティのある論文が求められよう。」


 これについては、現時点でも付け加えるものはない。このように科学的認識論を柱として、段階的に知識や技を習得していけるように、適切に配列されなければならないだろう。

 この中で特に大切なのに等閑視されているのは、学部の1年生や2年生段階の一般教養の学びであろう。すなわち、認識誕生に至るまでの過程を描いた「生命の歴史」の学び、認識の対象たる自然や社会についての自然科学・社会科学の学び、そして、感性的に心を捉えられるようにするための文学作品の学びである。このようなものは、発表された公認心理師養成のカリキュラムでも大きく欠けているところであるから、きちんとした実力を養成したい学生は、特に念頭に置いて学びを進めていく必要があるといえるだろう。

 以上今回は、公認心理師の意義と限界について考察した。

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2017年09月22日

新しい国家資格・公認心理師を問う(3/5)

(3)臨床心理士との比較

 前回は、公認心理師の概要を紹介した。すなわち、4つの業務内容を紹介し、大学および大学院で履修しなければならない科目を確認して、資格試験についても概説したのであった。

 今回は、公認心理師を、従来からある資格である臨床心理士と比較して、その特徴をさらに明確にしていきたいと思う。臨床心理士を比較対象として取り上げるのは、現在存在する心理関係の資格の中で、最も難易度が高く、それゆえ、最も専門性が高いといわれているのが臨床心理士であり、筆者自身の臨床心理士であるため、他の資格よりも臨床心理士資格について詳しいからである。

 まず、両者の類似点から指摘しておきたい。似ている点はずばり、業務内容である。日本臨床心理士資格認定協会のホームページでは、臨床心理士について、次のように説明されている。

「臨床心理士は、心の問題に取り組む“心理専門職”の証となる資格です。

「臨床心理士」とは、臨床心理学にもとづく知識や技術を用いて、人間の“こころ”の問題にアプローチする“心の専門家”です。」


 そのうえで、臨床心理士の専門業務として、次の4つが挙げられている。

A臨床心理査定
B臨床心理面接
C臨床心理的地域援助
D上記A〜Cに関する調査・研究


 念のために、公認心理師の業務として前回紹介したものを再掲しておく。

@ 心理に関する支援を要する者の心理状態の観察、その結果の分析
A 心理に関する支援を要する者に対する、その心理に関する相談及び助言、指導その他の援助
B 心理に関する支援を要する者の関係者に対する相談及び助言、指導その他の援助
C 心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供


 見比べてみると明らかであるが、臨床心理士業務のAとBは、公認心理師の業務@とAと全くといっていいほど同じである。Aと@が心理アセスメントであり、BとAが心理的介入である。

 臨床心理士業務のCは、公認心理師業務のBとCを合わせたものに近いであろう。というのは、Cの説明として、「専門的に特定の個人を対象とするだけでなく、地域住民や学校、職場に所属する人々(コミュニティ)の心の健康や地域住民の被害の支援活動を行うことも臨床心理士の専門性を活かした重要な専門行為です。これらのコンサルテーション活動は……」と書かれているからである。すなわち、Cには不特定多数を対象にした働きかけ(公認心理師業務のCに相当)やコンサルテーション(公認心理師業務のBに相当)が含まれているのである。

 臨床心理士業務のDは、調査や研究である。これは、あえて分類すると、公認心理師業務のCに含まれるといえる。なぜなら、Dの調査や研究は、いってみれば心の健康に関する知識の獲得を目指すものであり、こうした調査や研究の結果は広く社会に向けて公表され、その知識は普及を図っていくことが求められるからである。

 このように見てくると、分類の仕方に若干の違いがあるものの、臨床心理士と公認心理師は、ほぼ同じような業務に携わるのだ、ということが分かる。

 では、両者の相違点はどこにあるのだろうか。まず、決定的に重要な違いとして、臨床心理士は民間の資格であるのに対して、公認心理師は国家資格である、という点がある。これまで、心理職には国家資格がなかったため、たとえばスクールカウンセラーの採用や病院の心理職の採用などにあっては、臨床心理士であることが要件とされるケースが多かった。しかし、同じような業務に携わる国家資格が誕生してしまったら、学校や公的な機関はもちろん、民間の病院などでも、臨床心理士であるか否かは問題とされずに、国家資格たる公認心理師であることを採用の条件とするようになっていくと考えられる。国が認めた資格というのは、それほど威力やインパクトが大きいといえるのではないか。

 また、それぞれを養成するカリキュラムに着目するならば、そこには大きな違いがあることが分かる。公認心理師になるために必要な科目については、前回紹介したが、学部でも25科目が必要とされており、その範囲は主な心理学の領域はカバーしているし、研究法や統計法、実験に関するものまで含まれており、実に多種多様な心理学の知識の習得が求められていたのであった。加えて大学院でも、5つの領域における理論と支援の展開をもれなく学ぶ必要があるし、450時間以上の実習もクリアーする必要があるのであった。

 これに対して臨床心理士はどうか。臨床心理士になるためには、臨床心理士資格認定協会が指定する大学院を修了する必要があるのだが、実は、大学の学部で何を学んでいたかは全く問われないのである。筆者のように学部時代は哲学を専攻していてもかまわないし、極論すれば、理系の工学部などを卒業していても、全く問題ないのである。事実、筆者の知人の臨床心理士には、学部時代は理系だったという方もおられる。それゆえ、大学さえ卒業していれば、臨床心理士になるためには2年間、指定の大学院で学べばいいということになるのである。

 大学院の2年間で履修する必要のある科目も、公認心理師と比べると実に限られたものである。必修の科目としては、臨床心理学特論、臨床心理面接特論、臨床心理査定演習、臨床心理基礎実習、臨床心理実習という5つがあるだけで、あとは5つのグループからそれぞれ一つ以上の科目を履修すればいいのである。場合によっては、心理学研究法も心理統計法も、履修しなくても修了できる。もっと極端な例を出せば、発達心理学も認知心理学も、社会心理学も、そして精神医学すらも、必ず学ばなければならないというわけではないのである。もちろん、前回列挙したように、これらは公認心理師になるためには、全て必修である。

 なぜ、臨床心理士の養成はこのようになっているのであろうか。それは、日本の臨床心理士のリーダー的な先生方の間では、臨床心理学とその他の心理学は、全く別の学問であるとの考えが支配的だからである。これは特に、河合隼雄の影響を受けている京都大学系の臨床心理士には、根強い考え方であると思われる。ふつうに考えれば、認知心理学や発達心理学、社会心理学や臨床心理学など、諸々の心理学の領域があり、それぞれは特殊性を持ちながらも、心理学としての普遍性に貫かれているはずである。別言するならば、心理学とは、認知心理学や発達心理学、社会心理学や臨床心理学などをひっくるめた総称だと考えるのが普通である。ところが、臨床心理士の中には、そのように考えるのではなく、臨床心理学を、心理学とは別の、独立した一つの学問領域だと考える人が多いのである。もちろん、それは、そのような教育を受けてきたからである。

 このことを示す、一つの典型例を紹介しよう。以下の書物のタイトルに注目していただきたい。

上里一郎編『臨床心理学と心理学を学ぶ人のための心理学基礎事典』(至文堂)

 臨床心理学と心理学が、並列に並べられているのである。これはたとえば、『精神医学と医学を学ぶ人のための医学基礎事典』などといっているのと同様の、論理的な混乱に思える。「精神医学と医学」とあるが、医学の中には精神医学も入っているのであるから、この2つを同レベルで並べるのはおかしい、というのが普通の人の反応であろう。これと同様に、「臨床心理学と心理学」というように、この2つを同じレベルで並べるのはおかしいと感じるのが普通の感覚であろう。ところが、上述のとおり、この編者の先生や臨床心理士の典型的な教育を受けた人は、臨床心理学は、心理学とは全く別の、独立した学問領域だと固く信じているため、臨床心理学と心理学を同じレベルで並べることに、違和感がないのである。これは、たとえば、社会学と心理学を同じレベルで並べることと同じだと考えているのである。

 このような考え方が支配的だからこそ、臨床心理士養成のカリキュラムにあっては、心理学が軽視されているのである。すなわち、露骨に極言してしまうと、臨床心理士というのは臨床心理学が専門であって、心理学とはほとんど何の関係もない、だから、認知心理学や発達心理学、社会心理学などは、臨床心理士になるために必ず学ばなければならないということなどは決してなく、まあ、隣接他領域ということで参考程度に学んでもよいもの、というような位置づけになっているのだと考えられるのである。

 以上のようなカリキュラムの他にも、公認心理師と臨床心理士には違いがある。それは、臨床心理士養成の大学院では、基本的には臨床心理学に関する修士論文を書かなければならないが、公認心理師養成の大学院では、現在までの情報では、修士論文を書くことは課されていないという点である。これは、臨床心理士のほうが、調査や研究を重視していることの反映であろう。また、資格試験に関しても若干の違いがある。臨床心理士の資格試験には、マークシートのテストだけではなく、論述試験があり、これらの1次試験に合格したものは、2次試験である面接試験に進むことになる。ところが、公認心理師の資格試験には、論述試験も面接試験もないのである。さらに、臨床心理士資格には、5年に一回の更新制度があるが、公認心理師資格には、現在のところ、そのような更新制度はないという違いもある。

 以上、今回は、公認心理師を臨床心理士と比較して、その類似点と相違点を指摘した。
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2017年09月21日

新しい国家資格・公認心理師を問う(2/5)

(2)公認心理師の概要

 本稿は、新しく誕生する国家資格である公認心理師について、その歴史的な意義や限界を問うことを目的としている。

 今回は、公認心理師法や公認心理師のカリキュラム等検討会の報告書をもとに、公認心理師というのはどのような資格であるのか、その概要を紹介する。

 公認心理師法では、その目的として、「公認心理師の資格を定めて、その業務の適正を図り、もって国民の心の健康の保持増進に寄与することを目的とする」と書かれている。すなわち、国民の心の健康の保持増進に寄与することが、法の目的であると同時に、公認心理師の活動の目的であると考えてよいだろう。この目的の達成のために、「保健医療、福祉、教育その他の分野において、心理学に関する専門的知識及び技術をもって」、次の4つの行為を行うものが公認心理師であるとされている。

@ 心理に関する支援を要する者の心理状態の観察、その結果の分析
A 心理に関する支援を要する者に対する、その心理に関する相談及び助言、指導その他の援助
B 心理に関する支援を要する者の関係者に対する相談及び助言、指導その他の援助
C 心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供


 順に、もう少し詳しく説明したい。

 @はいわゆる心理査定とか心理アセスメントとか呼ばれるものであり、典型的には、心理テストを実施して、その結果を解釈するような作業のことである。たとえば、知能検査を実施して、対象者の知的な能力の偏り(得意なところと不得意なところ)を分析したり、パーソナリティ検査を行って、対象者の性格傾向を把握したりすることである。精神疾患のある方が対象である場合は、その疾患の重症度を測ったりもする。もちろん、心理テストを用いずに、あるいは心理検査と合わせて、対象者の行動を観察したり、本人から話を伺ったりすることによって、その心理状態を分析することもある。いずれにせよ、@では、対象者の心の状態がどのようなものかを専門的に調べて、分析・評価する仕事だといえるだろう。

 Aはカウンセリングや心理療法のことである。広く、心理的介入ということもある。たとえば、うつ病の方に認知行動療法を実施して、症状の緩和や回復を図っていくことや、不登校の中学生にカウンセリングを行い、登校できるように援助していくことなどである。もちろん個別に、1対1でカウンセリングや心理療法を行なうだけではなく、集団に対して心理的介入を行うこともある。うつ病の入院患者さんに対して、病棟のプログラムとして集団認知行動療法を行なうことや、刑務所で、出所後、きちんと就職できるように、就労に関するスキルを訓練するためにSSTを実施することも、ここに含まれるだろう。また、Cとの区別が微妙になるが、企業の新入職員を対象に、メンタルヘルスの研修を行うようなことも、広く解釈すれば、Aに入れてもいいだろう。

 Bは本人ではなく、その関係者に対する働きかけである。たとえば、うつ病患者さんのご家族に接し方のアドバイスをしたり、発達障害のあるの会社員の上司に、その特性をお伝えしたりする活動である。また、コンサルテーションといって、異なる専門家同士の相談もここに含まれる。企業の産業保健スタッフ(産業医や保健師など)と、休職中の方の復職時期やその後のサポートについて相談したり、教育の専門家である学校の先生と、対象の生徒について支援のあり方を相談したりする活動などである。コンサルテーションにおいては、心理の専門家として、その他の専門家と連携していくことが求められる。

 Cは、メンタルヘルスに関わる市民講座や各種メディアを通した情報提供などが想定されていると考えられる。@〜Bが、特定の対象者やその関係者に限られた活動であるのに対して、このCは、不特定多数を対象とした活動といえるだろう。公認心理師の「国民の心の健康の保持増進に寄与する」ためには、@〜Bにあるような「心理に関する支援を要する者」に対して、事後的に介入するだけではなく、現在は心理的な支援を必要としない不特定多数に対しても、事前に、予防的に関わっていく必要がある。そこで、講演会や雑誌、テレビなどのメディアを通じて、心の健康に関する知識を普及していくという活動も、公認心理師の仕事の一つだとされているのだと考えられる。

 このような4つの仕事を行うのが公認心理師であるとされているのである。そして、大学や大学院での公認心理師養成は、この4つの仕事が行えるように教育していく、ということになる。そこで次に、公認心理師養成の中身について、具体的に見ていきたい。

 今年の6月に公表された「公認心理師カリキュラム等検討会 報告書」では、公認心理師の養成について、以下の24の到達目標が挙げられている。

1. 公認心理師としての職責の自覚
2. 問題解決能力と生涯学習
3. 多職種連携・地域連携
4. 心理学・臨床心理学の全体像
5. 心理学における研究
6. 心理学に関する実験
7. 知覚及び認知
8. 学習及び言語
9. 感情及び人格
10. 脳・神経の働き
11. 社会及び集団に関する心理学
12. 発達
13. 障害者(児)の心理学
14. 心理状態の観察及び結果の分析
15. 心理に関する支援(相談、助言、指導その他の援助)
16. 健康・医療に関する心理学
17. 福祉に関する心理学
18. 教育に関する心理学
19. 司法・犯罪に関する心理学
20. 産業・組織に関する心理学
21. 人体の構造と機能及び疾病
22. 精神疾患とその治療
23. 各分野の関係法規
24. その他


 そして、これらの到達目標を達成するために、大学および大学院で必要な科目として、それぞれ次のような科目が指定されている。

大学における必要な科目
1. 公認心理師の職責
2. 心理学概論
3. 臨床心理学概論
4. 心理学研究法
5. 心理学統計法
6. 心理学実験
7. 知覚・認知心理学
8. 学習・言語心理学
9. 感情・人格心理学
10. 神経・生理心理学
11. 社会・集団・家族心理学
12. 発達心理学
13. 障害者(児)心理学
14. 心理的アセスメント
15. 心理学的支援法
16. 健康・医療心理学
17. 福祉心理学
18. 教育・学校心理学
19. 司法・犯罪心理学
20. 産業・組織心理学
21. 人体の構造と機能及び疾病
22. 精神疾患とその治療
23. 関係行政論
24. 心理演習
25. 心理実習(80時間以上)


大学院における必要な科目
1. 保健医療分野に関する理論と支援の展開
2. 福祉分野に関する理論と支援の展開
3. 教育分野に関する理論と支援の展開
4. 司法・犯罪分野に関する理論と支援の展開
5. 産業・労働分野に関する理論と支援の展開
6. 心理的アセスメントに関する理論と実践
7. 心理支援に関する理論と実践
8. 家族関係・集団・地域社会おける心理支援に関する理論と実践
9. 心の健康教育に関する理論と実践
10. 心理実践実習(450時間以上)

 見ていただければ分かるように、認知心理学や社会心理学、発達心理学など、主だった心理学の領域は全て学ばなければならないし、研究法や統計法、実験に関しての科目も必須となっている。また、医療、福祉、教育、司法、産業という、公認心理師が活躍するであろう5領域に関わる科目も、学部、大学院、共に全て修める必要がある。さらに、実習も、特に大学院では長時間、課されている。

 大学と大学院で、上記の科目を履修した者が、公認心理師試験の受験資格を得る。実は、大学院まで修了しなくても、受験資格を得られるルートは存在するのであるが、大学と大学院でこのような科目を修めることがメインルートとされている。

 では、公認心理師試験はどのようなものであるのか。実施方法等と合格基準について、先の報告書では次のように記されている。

「2.試験の実施方法等
 全問マークシート方式とし、1日間で実施可能な範囲(実施時間として合計300分程度を上限)で150〜200問程度を出題する。また、試験問題のうち、ケース問題を可能な限り多く出題する。なお、試験の実施時間は、1問当たり1分(ケース問題については同3分)を目安とする。公認心理師としての基本的姿勢を含めた基本的能力を主題とする問題と、それ以外の問題を設ける。
 障害のある受験者については、回答方法等、受験上の配慮をする。

3.合格基準
 全体の正答率は60%程度以上を基準とする。基本的能力を主題とする問題の正答率は、試験の実施状況を踏まえ、将来的に基準となる正答率を定める。」


 すなわち、事例問題の多い150〜200問ほどのマークシート方式であり、合格基準としては正答率が60%程度以上ということである。「公認心理師としての基本的姿勢を含めた基本的能力を主題とする問題」というのは、これを間違うと、公認心理師としての基本的能力に欠けていると判断されるような問題であり、たとえば、3問以上間違うと無条件に不合格となる、というような、全体の正答率の基準とは別の、より高い基準が設定されるものと考えられる。

 このような試験に合格すれば、晴れて公認心理師となれるのである。なお、第一回の資格試験は、2018年12月までに実施されることになっている。

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2017年09月20日

新しい国家資格・公認心理師を問う(1/5)

目次

(1)公認心理師法が施行された
(2)公認心理師の概要
(3)臨床心理士との比較
(4)公認心理師の意義と限界
(5)基盤となる認識論の構築を目指して

――――――――――――――――――――

(1)公認心理師法が施行された

 2015年12月に改正労働安全衛生法が施行された。この法律に基づき、従業員の心の健康状態を調べる検査を企業などに義務づけたストレスチェック制度が始まった。このストレスチェック制度の背景には、うつ病など精神疾患の発症による労災申請の増加がある。このストレスチェック制度に関して、最近、以下のような新聞記事があった。

「ストレスチェック実施82%、厚労省調べ、義務化後も徹底されず、医師の指導は32%。

 厚生労働省は26日、企業などに従業員の心の健康状態の点検を義務づけた「ストレスチェック制度」の実施状況を初めて公表した。実施率は82・9%にとどまり、実施したうえで部署による違いなどの分析までしたのは64・9%だった。同省は未実施の事業所を指導するほか、従業員が受け終わっている事業所には職場環境の改善につなげるよう促す。

 同制度は従業員のメンタルの不調を防ぐことを目的に2015年12月に開始。従業員50人以上の事業所は年1回、ストレスチェックを実施し、結果を受けて従業員から申し出があれば医師による面接指導などを行わなければならない。

 厚労省は今年6月末時点での状況をまとめた。全体の実施率は82・9%で、業種別では金融・広告業が93・2%で最も高かった。全事業所の従業員のうち、78・0%が同時点までにストレスチェックを受けた。

 医師による面接指導は32・7%の事業所が行っていた。高ストレスの従業員がいなかったことで面接をしなかった事業所もあるとみられるが、厚労省は面接指導が必要なのに受けていない従業員も多いとみている。

 ストレスチェック制度では、結果を踏まえて部署による多い・少ないなどストレスの現状を分析し、仕事の割り振りなども含む職場環境の改善に取り組むことを事業所の努力義務としている。しかし、チェックを実施した事業所のうち分析までしたのは78・3%で、同省によると、2割超は従業員にチェックを受けさせるだけで終わっている可能性が高い。

 一方、厚労省の研究班は15年度の同制度開始後最初の1年間の状況を分析した。それによると、チェック実施後に何らかの職場環境の改善をしていたのは37・0%にとどまった。

 研究班の代表を務める東京大大学院の川上憲人教授は「従業員への調査結果を見ると、ストレスチェックを受け、さらに職場環境の改善を経験した場合にストレスがやや軽減されている」と指摘。「制度の実効性を高めるためにも企業に対策を促していくことが重要だ」と強調する。研究班は今年度、職場環境の改善方法や医師の面接指導に関するマニュアルをつくる計画だ。」(2017年07月27日 日本経済新聞)


 この記事によると、ストレスチェックを実施した事業所は全体の82.9%であり、高ストレス者に対する医師による面接指導を行ったのはわずかに32.7%にすぎず、何らかの職場環境の改善を行ったのも37.0%にとどまっているという。労働者の心の健康を守るために施行された法律が、形式的なものにとどまっている現状がうかがえる。

 筆者も企業においてカウンセリングを行っているが、労働者の心の健康は、さまざまな形で害されているといってよい。長時間労働が当たり前の職場もあれば、質の高い業務を課される部署もある。パワハラや、そこまでいかなくても、上司との関係に悩んでいる方も多い。このような要因によってストレスを感じ、ついにはうつ病を発症して休職に追い込まれるような方も増えているのである。

 メンタルヘルス上の問題は、何も労働者に限定されたものではない。学校現場では、子どもの自殺が問題化している。内閣府が2015年に公表した自殺対策白書によると、1972〜2013年の42年間で18歳以下の自殺者数を日別に調べたところ、9月1日が突出して多かったという。9月1日前後の数日も自殺者数が多く、ゴールデンウィークや春休みの前後も多い傾向があると報告されている。このような中で、次のような取り組みが報道されていた。

「夏休み明け 悩み相談を 「応援委」カード 全小中生に配布へ

 【愛知県】名古屋市教委は新学期に入る九月一日、子どもの悩みに応じる「なごや子ども応援委員会」をPRするカードを全小中学生らに配布する。夏休み明け直後の悩みの顕在化が懸念される中、未然に問題を防ぎたい考えだ。

 応援委は中学校に常駐するスクールカウンセラー(SC)らが、不登校やいじめなどに対応する市独自の制度。二〇一四年に発足した。

 カードは名刺サイズの両面カラー刷りで、小中学生と教職員用の計十七万五千枚を作製した。「こころのこと、からだのこと、おうちのこと、なんでも相談してね!」などと呼び掛け、地域ごとの専用電話番号も記載している。

 全国的には夏休み明けの子どもの自殺が問題になっており、市教委の担当者は「二学期は学校行事が多く、気の重い状態となっている子もいる。不登校などになる前に気軽に相談してほしい」と話している。(安田功)」(2017年8月31日 中日新聞)


 ここでは、夏休み明けに不登校や自殺などの問題が生じないように、中学校のスクールカウンセラーが相談に応じることを周知するカードを配布しているということが紹介されている。

 筆者はスクールカウンセラーとして、週に1回、活動している。その中で、不登校に関する問題は非常に多い。中には、うつ病や統合失調症などの精神疾患を発症しているケースもある。また、思春期特有の発達上の課題で悩んでいる生徒も多い。

 このように、現代日本においては、メンタルヘルス(心の健康)に関わる問題が、さまざまな領域で、多様な形で噴出しているのである。そして、国家レベルでメンタルヘルス対策がなされており、その一環として新しい国家資格が誕生することになった。それが、本稿で取り上げる公認心理師である。

 公認心理師の資格を法定する公認心理師法は、2015年9月に成立し、公布された。そして、公布の日から2年を超えない範囲内において施行されることとされていたのであり、実際、この9月15日に施行された。この法案には、法律案を提出する理由として、次のように記されている。

「近時の国民が抱える心の健康の問題等をめぐる状況に鑑み、心理に関する支援を要する者等の心理に関する相談、援助等の業務に従事する者の資質の向上及びその業務の適正を図るため、公認心理師の資格を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」


 ここに記されているとおり、国民が抱える心の健康に関する問題が多様化し深刻化する中で、心理職に対する社会的ニーズが高まり、その質の担保が求められるようになったために、心理職の国家資格化が実現したといってよい。

 そこで本稿では、この新しい国家資格である公認心理師について、その意義と限界を問うことを目的としている。そのために、まずは公認心理師とはどのような資格であるかを紹介したい。そして、現在最も知名度があり、最も取得が難しいとされている心理系の資格である臨床心理士と比較して、その特徴を浮上させたい。これを踏まえた上で、公認心理師の意義と限界を考察していく予定である。
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2017年09月04日

現代日本の政治家の“失言”を問う(3/3)

(3)現代日本の政治家の言語の問題は、日本社会全体の危機を表している

 前回は、国会議員や、ましてや大臣クラスの政治家が、品性の欠片も感じられない暴言を吐いたり、行政の初歩の初歩であるような知識も持ち合わせていなかったりしたことを、具体的な発言を取り上げて論じたところまでであった。今回は、こうした誰が見ても“失言”だと分かる(低)レベルのものではなくて、“失言”かどうか、評価が分かれるようなものを取り上げて論じたい。

 まずは「まだ東北で、あっちの方だったから良かった」という今村発言である。前々回も触れたように、この発言に関しては、「もし首都圏の近くで同じ規模の震災が起きたら、もっと大きな影響が出ただろう、ということを述べたにすぎず、問題視するほどの発言ではない」という見解もあるかもしれない。しかし、「言語は認識の表現である」という規定をしっかりとふまえれば、これは大きな問題なのである。

 そもそもこの発言の前には、東日本大震災の被害について、「25兆円」という数字が語られている。この発言後の弁明会見でも同様の数字に触れていることは前々回にも見たとおりである。しかしこの捉え方が問題なのである。被災者やその遺族からすれば、東日本大震災の被害は、自分自身が負傷したり恐怖を感じたりしたことであり、家族や家屋、仕事などの生活の基盤を失ったことである。このことは、東北で震災しようが首都圏で震災しようが同じことであって、どちらが「良かった」という問題ではない。この発言の前になされた「自主避難は本人の責任だ」という発言もふまえれば、今村のアタマの中には、東日本大震災の被害がお金でしか描かれておらず、現実に苦しんだり悲しんだりしながら避難生活を余儀なくされている被災者の思いは全く描かれていないということが分かるのである。こんな人物に、震災復興の仕事ができるはずがないのは明らかである。

 もう1つ検討しておかなければならないのが、「文書の存在は確認できなかった」という松野発言である。この発言はある意味、自分の認識を正確に表現しているといえる。どういうことかというと、文書が「存在しなかった」ということと、文書を「確認できなかった」ということとは全く別のことであり、そのことを明確に示しているからである。松野にしても、さすがに“嘘の答弁”はできないわけで、かといって「総理のご意向」などという文書が存在したと認めれば、政権にとっては大きな痛手となる。そこで「文書の存在は確認できなかった」という表現になるのである。これなら、省内の「共有ファイル・共有フォルダ」だけを調べ、「個人のファイル・フォルダ」を意図的に調査対象外とすれば、文書の存在を認めることなく“嘘の答弁”もせずに済むのである。予め省内に調査範囲を伝えておけば、頭の回転の速い職員が“忖度”して、件の文書ファイルを個人フォルダに移すことも可能である。

 しかし松野が浅はかだったのは、「文書の存在は確認できなかった」という調査報告を行えば、それで全て問題が解消すると考えたことであった。どれだけ追及されても、再調査はしない、の一点張りで切り抜けられる、「一強」の首相もこれを支持してくれる、だから大丈夫だと考えたのであろう。事実は松野の思いに反して、文部科学省の現役職員までもが文書の存在を認めたこともあり、再調査をせざるを得ない情況になって、遂には文書の存在を認めるほかなくなってしまったのであった。そもそもをいえば、「文書の存在は確認できなかった」などという表現をした時点で、「文書は存在する」ことを松野は認識していたといえるだろう。徹底した調査を行っても文書が見つからなかったということであれば、「文書は存在しなかった」と表現していたはずだからである。曖昧な表現の背後には、文書の存在を認める認識があったのである。

 では、以上見てきたような現代日本の政治家の“失言”は、一体何が問題だといえるだろうか。単に政治家個人の(資質の)問題だと結論すれば足りるような問題であろうか。もちろん、こうした政治家は、政治家の資質に欠けるという意味で、その政治家個人に大きな問題があることはいうまでもない。しかし問題は、そうした個人的な問題にとどまらないのである。

 まずいえることは、国会議員は「全国民を代表する」のであるから、全国民の代表の問題は全国民の問題だと捉えなければならないだろう。「どうせ国会議員はそんな奴らばかりだ」などと突き放して、評論家ぶっていても事態は改善しない。全国民が自らの問題として主体的に考えていかなければならない。国会議員を選挙するのは我々国民なのである。

 次に、「言語は認識の表現である」という規定をふまえれば、こうした“失言”問題は認識の問題であるということである。言語が歪んでいるのは認識が歪んでいるからだといえる。そしてその認識というものは、人間が生れてから成長していく過程において、他人の認識を受け取ったり、他人の認識に影響を与えたりして、人間が相互に創り合っているものである。昨年の相模原障害者施設殺傷事件が示しているように、犯人のいわゆる「優生思想」は、その犯人が自分一人で創り上げたものではなくて、同様の思想が社会に蔓延していることの1つの現われなのである。同じように、政治家の認識の歪みは、社会全体の認識の歪みの現象形態であるから、社会全体の認識の歪みの問題として、この問題は把握する必要があるということである。

 最後の問題は、言語をどのように捉えるかという問題である。現在主流を占めている考え方は、本稿で示したような「言語は認識の表現である」というものではなくて、言語は頭の中にある「心的辞書」であるというものである。これは頭の中に持っている「心的辞書」から言葉を選び出して、それを並び替えることで表現がなされているという考え方であり、「言語道具説」といわれる考え方である。詳細は本ブログに掲載した「現代の言語道具説批判」シリーズをお読みいただくとして、端的にいえば、「言語道具説」の考え方では、今村のように現実の対象を生き生きとした認識として頭の中に描きそれを言語で表現することができないし、また言語から表現者の認識を正確に追体験することもできないのである。言語の意味を一般的な意味に解消してしまうことで、言語の基となる認識が固定化され豊かさを失うとともに、言語に表れている多様な認識が辞書的な意味に矮小化されてしまうからである。こうなってしまえば、本稿で取り上げたような問題を問題として把握し追及していくことが不可能になってしまうという情況も生じないとは言い切れないだろう。

 このように、現代日本の政治家の言語の問題は、日本社会全体の危機を表している非常に大きな問題なのである。極端にいえば、科学的な言語学がなければ、日本の主体性を取り戻すことはできないし、日本全体を覆う認識の歪みも正せない、さらにいえば、豊かな言語、豊かな認識が日本から失われてしまうということにもなってしまいかねないのである。

 そうならないように、つまり国民が主体性を持って国家の問題に取り組んでいくことで、全うな日本社会を実現できるように、今後も研鑽を重ねて学問の力で貢献していく覚悟を述べて、本稿を終えることとする。

(了)
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2017年09月03日

現代日本の政治家の“失言”を問う(2/3)

(2)政治家の発言を具体的に分析してみると・・・

 本稿は、言語とは何かという根本的な規定から、現代日本の政治家の問題発言を取り上げることで、これらの政治家の“失言”の何が問題なのかを問うことを目的とした小論である。

 前回は、現代日本の政治家の“失言”を具体的に紹介した。今回は、これらの発言の内容を具体的に分析してみたいと思う。

 その前にまず、言語とは何かを確認しておきたい。言語は、人間とは無関係に存在しているものでは決してなくて、その表現者の認識を背負ったものである。簡単には、言語は認識の表現である、ということになる。「お腹が空いたなー」と言えば、その表現はその発言者の空腹感(認識)を表しているし、「こらっ!」と言えば、その表現はその発言者の怒りや注意の意識(認識)を表している。仕事で遅くなって帰宅したとき、台所のテーブルの上に、「いつも遅くまで仕事してくれてありがとう。がんばってね。」という子供の手紙が置いてあれば、これは子供の感謝の気持ち(認識)が表れているといえる。

 同じ言語(表現)でも、その表現者が描いている認識が異なることもある。「その机の上にあるのは、私が愛用している万年筆です」と言ったとすれば、この発言の中にある「万年筆」は、特定の個別の万年筆を表しているが、「うちが扱っている商品に万年筆なんてないよ」という場合は、万年筆という種類の筆記用具全般を表している。個別的な対象を表したり、種類という一般的な対象のあり方を表したりするのは、それぞれの表現者のアタマの中に描かれている認識が異なるからである。さらにいえば、前者の場合の「万年筆」には、単なる個別的な対象の認識のみならず、愛着という思い(認識)も表れているのに対して、後者の場合の「万年筆」には、ある種類の筆記用具という対象一般の認識のみならず、軽い軽蔑感(認識)も表れているといえるだろう。

 このように、言語を具体的に分析する際には、その言語に込められた表現者の認識をきちんと辿っていく必要があるのである。「言語は認識の表現である」という根本的な規定には、こうした意味合いがあるのである。

 さて、言語とは何かを簡単に確認したところで、前回挙げた事例を具体的に見ていくことにする。

 簡単なものから順次取り上げると、まずは豊田による「この、ハゲー!」という表現である。「言語は認識の表現である」という規定を忘れて、一般的な・辞書的な意味でこの表現を分析してしまうと、「近くにある、毛のない頭を指している」などという解釈にもなってしまいかねない。もちろんこの表現はそんな一般的な意味ではなくて、対象たる人物を侮蔑感を持って叱りつけるという激しい怒り(認識)が表現されているのである。ただ、表れているのはそれだけではないのである。「最も劣悪なもの」として前回引用した、ミュージカル調の表現にも端的に表れているように、これらの表現には豊田の品性というか人間性というか、そうした人間の本質的なものが表れているのである。政策秘書は、自分が犯したミスについて、豊田の評判を下げるためにわざとやったのではないということを、「そんなつもりではなかった」と表現したのであろう。それに対して豊田は、「つもり」、つまり意図してやったかどうかに関わらず、やったことの結果が重大な事態になり得る場合があることを説明しようとして、件の「ミュージカル」を歌ったのだろう。しかし同じことを説明するにしても、引用したような表現を使うというのは、あまりにも「劣悪」だといわざるを得ない。品性の欠片も感じられない。こんな表現をするような認識の持ち主が国会議員とは、と驚きを禁じ得ない。

 では、大臣クラスの人物の発言はどうであろうか。稲田の「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」という演説を取り上げてみよう。この発言の中で問題になるのは、特に「防衛省、自衛隊〜としてもお願いしたい」という部分である。一般的にいえば、組織のトップはその組織や組織の構成員を代表している。だから、例えばA社の社長が、「A社としてもお願いしたい」とか、「社員全員が一丸となって後押しします」などといっても、特段の問題はない。「それは社長の個人的な見解で、A社全体としてお願いしたわけではない」とか、「社長は後押しすると言っているが、個々の社員にそんなつもりはない」とかいった非難や反論は、通常の場合はないだろう。それが組織のトップということだからである。しかし稲田発言の場合はこの一般論が当てはまらない。それは日本国憲法第15条第2項で「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と定められ、自衛隊法第61条で「隊員は、〜選挙権の行使を除くほか、〜政治的行為をしてはならない」とされているからである。つまり稲田発言は、豊田発言のように発言それ自体が直接問題なのではなくて、憲法や法律の規定を媒介とすることで問題となってくるものである、ということである。日本の憲法や法律は、そもそも国家機関が選挙運動をすることを想定していない。それをあたかも防衛省が組織ぐるみで特定候補者を支援しているかの表現をしている。これは憲法や法律も想定外の「お願い」としかいいようがない。個々の自衛隊員に関しても、「地方公共団体の議会の議員〜の選挙において、特定の候補者を支持し、又はこれに反対すること」(施行令第86条第1号)を目的とした選挙応援は禁止されている。これが「行政の中立性」であるが、こんな基本的な事柄も知らない(認識にない)人物が大臣である。

 基本的な事柄を知らないといえば、義家発言も同様である。義家は「副大臣が確認していない文書がどうして行政文書になるのか」と述べたのであるが、公文書等の管理に関する法律第2条第4項においては、「行政文書」の定義として、「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書〜であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」をいう。職務として職員が作成した打ち合わせ記録(議事録)は、作成された段階で「行政文書」の性格を受け取るのであって、副大臣が確認したかどうかなど関係がない。義家は文部科学省が保有する「行政文書」は全て確認しているとでもいうのだろうか。義家は文部科学省行政文書管理規則第27条に定められている、「行政文書の管理を適正かつ効果的に行うために必要な知識及び技能を習得させ、又は向上させるために必要な研修」を受けておくべきだった。そうすれば、同規則第10条にも(というのは、こんなことは行政に関わる人間ならば常識なのだが)ご丁寧に掲げられている「文書主義の原則」(*)がどのようなものか、しっかりと分かった(認識できた)であろう。

(*)「文書主義の原則」とは、端的にいえば、事務処理は必ず文書を介して行うという原則のことである。意思決定の過程を明らかにし、責任の所在を明確にするために、行政機関では特に「文書主義の原則」が徹底されている。全ての事務処理が文書を介して行われるのが原則であるから、副大臣のような要職にある者が「確認していない」「行政文書」など、無数に存在することは明らかである。
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2017年09月02日

現代日本の政治家の“失言”を問う(1/3)

《目 次》(予定)

(1)現代日本の政治家の言語が崩壊している
(2)政治家の発言を具体的に分析してみると・・・
(3)現代日本の政治家の言語の問題は、日本社会全体の危機を表している


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(1)現代日本の政治家の言語が崩壊している

 現代日本の政治情況を見るとき、法案や政策の内容以上に注目を集めているのは、政治家のいわゆる“失言”であるといえる。もちろん、共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が言論の自由を脅かし監視社会を招く恐れがあることや、その成立過程における政府与党の強硬姿勢(強行採決)に多くの問題があること、また、いわゆる「残業代ゼロ」法案(労働基準法改定案)が過労死を助長し給料が削減される可能性を秘めていることなど、政治の中身自体が大きく問われていることは論を俟たない。しかし、それにも増して批判の的となっているのは、「全国民を代表する」(日本国憲法第43条)はずの国会議員の(それも多くの場合は閣僚の)問題発言である。

 今年に入ってからだけでも、様々な“失言”が飛び出している。これで日本は本当に大丈夫かと思いたくなるような情況である。それらを具体的に見てみよう。

 まずは東日本大震災についての発言である。今村雅弘復興大臣(当時)は、自民党の派閥のパーティーで、東日本大震災の被害に関し「まだ東北で、あっちの方だったから良かった」と発言し、その後、記者団に対して「すみません、これはですね、東北でもあんなにひどい25兆円も毀損するような災害があったと。ましてやこれが首都圏に近い方だったら、もっととんでもない災害になっているだろうという意味で言いました」などと語った。

 次に、公務員の政治的中立性に関わる問題である。稲田朋美防衛大臣(当時)は、東京都議選の応援演説の中で「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」という趣旨の発言をし、その後、記者団から発言の真意を問われ、「(陸上自衛隊)練馬駐屯地も近いし、防衛省・自衛隊の活動にあたっては地元に理解、支援をいただいていることに感謝しているということを言った」と述べた。

 第3に、行政文書のあり方に関わってである。松野博一文部科学大臣(当時)は、「加計学園」の獣医学部新設をめぐり、「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っている」などと内閣府が文部科学省に早期開学を促したとされる文書の存在に関する問題について、「文書の存在は確認できなかった」とする調査結果を発表した。その後、「文部科学省と内閣府との打ち合わせは確認できない」とする答弁書を閣議決定し、義家弘介文部科学副大臣(当時)は、当初の調査では共有ファイル・共有フォルダしか調べていないが、個人のファイル・フォルダにも行政文書が含まれる可能性はあると指摘されたことに対して、「副大臣が確認していない文書がどうして行政文書になるのか」と発言した(この問題に関しては結局、世論に押されての再調査の結果、同じ内容か極めて似た文書が見つかったと文部科学省から発表された)。

 まだある。以上の発言は、公の場でなされたもので、発言者は勿論そのことを理解しながら発言している。だから、我を忘れたかの如く剥き出しの感情が現われている、というようなことはない。しかし、プライベートの空間では、そうとも言い切れないのである。具体的には、豊田真由子代議士による政策秘書(当時)への暴言(及び暴力)である。これは、政策秘書が運転中の車の中での豊田の発言を、秘かに録音しておいたものなどで、耳を覆いたくなるレベルである。「この、ハゲー!」、「あたしが違うって言ったら違うんだよ!」、「豊田真由子様に向かって、お前のやってることは違うと、言うわけ? あたしに?」、「これ以上私の評判を下げるな!」と言いたい放題である。最も劣悪なものは、引用するのも憚られるが、論の展開上、お示しするほかない。

そんなつもりじゃなくても~~~♫
お前の~~~♫
娘を轢き殺してそんなつもりはなかったんです~~~♫
って言われているのと同じ~~~♫
あーそうじゃしょがありません
そんなつもりなかったんじゃしょうがありませんね?~~~♫
(元政策秘書)の娘が顔がグシャグシャになって
頭がグシャグシャ 脳みそ飛び出て車に轢き殺されても
そんなつもりはなかったんです~~~♫
で済むと思っているなら同じ事を言い続けろ~~~♫
(♫という記号はミュージカル調に歌っていることを示している)

 どうだろうか。皆さんはこれらの発言についてどう考えるだろうか。稲田発言や豊田発言は論外としても、例えば、今村発言についてはどうだろう。この発言は、「もし首都圏の近くで同じ規模の震災が起きたら、もっと大きな影響が出ただろう、ということを述べたにすぎず、問題視するほどの発言ではない」という見解もあるだろう。松野の調査結果報告についても、「調査範囲には当該文書が見当たらなかったという事実を述べているもので、これのどこが問題なのか」と思われるかもしれない。しかしこれらも大きな問題を含んでいるのである。

 詳細は次回以降に譲るが、端的にいえば、これらの発言が問題だというのは、言語とは何かという根本的な規定から導き出される結論なのである。簡単に説けば、言語は認識の表現であるから、こうした発言は言語としてのみ考えてはならず、その言語の基となった認識をも合わせて考えていくべき問題なのである。

 そこで本稿では、こうした政治家の発言を言語とは何かを媒介とすることを通じて具体的に分析し、こうした政治家の発言は何が問題なのか、丁寧に説いていくこととしたい。
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2017年01月10日

激動する世界情勢を問う(5/5)

(5)世界歴史の大きな流れを視野に、混迷を前向きに打開する努力を

 本稿は、世界中でこれまでの常識を覆すような衝撃的な出来事(イギリスのEU離脱、アメリカでのトランプ大統領の誕生など)が相次いでいることを踏まえ、世界歴史の大きな流れは一体どのような方向に向かおうとしているのか、という問いを念頭に置きつつ、激動する世界情勢の根底に何があるのか、検討していくことを目的にしたものであった。ここで、これまで説いてきた流れを簡単に振り返っておくことにしよう。

 まず、2016年に起きた諸々の出来事のなかでも最大の衝撃だったといえる、アメリカ大統領選挙でのトランプ勝利について検討した。トランプが「金持ちと権力者」と闘う労働者の味方として自らを押し出す一方で、「封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った」(「東京新聞」社説)のは、新自由主義的な「グローバル資本主義」によってもたらされた格差と貧困の拡大に対する民衆の不満が明確な方向性に集約されきっておらず、社会的強者に立ち向かっていこうとする前向きな要素と、社会的弱者を叩いて溜飲を下げようとする後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているからこそである、ということであった。

 次いで、アメリカのトランプのみならず、フィリピンのドゥテルテ、中国の習近平、ロシアのプーチン、トルコのエルドアン等々、世界各国で相次いで強権的な指導者が登場してきているのはなぜなのか、検討した。端的には、新自由主義的な「グローバル資本主義」により、全世界的な規模で格差と貧困の拡大が進行していることが根底にある、ということであった。現状に対する強い不満はあるが、怒りの矛先を、どのような対象に対して、どのよう向けていくべきなのかは分からない――こうしたなかで、ナショナリズム的な気分も高まってきている、ということであった。

 さらに、強権的な指導者がナショナリズムを煽る背景に、「パクス・アメリカーナ」の崩壊という国際環境の変化があることについて検討した。そこでは、トランプの「アメリカ第一主義」の宣言は、アメリカの国力の衰退に伴って、アメリカの特殊利害を人類の普遍的な共同利害であるかのように偽装していく余裕がなくなってきたことの表現にほかならないこと、アメリカが「世界の警察官」としての役割を放棄していくことは、世界情勢の混乱に拍車をかけるものであることは間違いないものの、特定の大国が世界を支配するという構造が壊されること自体は前向きに捉えられるべきであることを指摘した。

 以上でみてきたように、世界中でこれまでの常識を覆すような衝撃的な出来事が相次いでいる背景には、「グローバル資本主義」、すなわち、巨大な多国籍企業がより大きな利益を求め国境を超えて傍若無人に暴れまわるというあり方が、各国の国民生活を不安定化させ地域社会を衰退させていることがある。ポピュリズム、保護主義、ナショナリズムなどといわれる最近の動向、あるいは、「強い指導者」への待望論は、国民生活を守る国民国家の役割を求める民衆の切実な要求の反映にほかならないともいえよう。そこに排外主義の肯定や民主主義の否定につながりかねないような危険な要素が含まれていることを否定できないが、「グローバル資本主義」に欠けている要素を求めていくものとしては、基本的には肯定的に捉えられるべきものだというべきであろう。少なくとも、「無責任な人間たちの暴走」(本稿の連載第1回で紹介した津山恵子の言)などと切って捨てしまってよいものでは絶対にない。

 現在の世界では、「パクス・アメリカーナ」衰退による地政学的な混乱も含めて、左か右か、帝国主義か反帝国主義かという伝統的な単純な二分法では事態をまともに把握できないような状況が大きく広がっている(例えば、「イスラム国」は反アメリカ帝国主義だから進歩的だ、などということは到底できない)。現状への諸々の異議申し立てには、前向きの要素と後ろ向きの要素とが未分化のまま混在している。そのことを良いとか悪いとか云々する以前に、従来の社会体制が「グローバル資本主義」に規定されて深刻な行き詰まりに直面している事実を直視しなければならない。

 「グローバル資本主義」が中間層を疲弊させ、格差と貧困の拡大をもたらしたことで、従来の社会体制の安定は大きく揺らいでいる。これまで、支配層(社会の特殊な階層)の特殊利害をあたかも社会全体の共同利害であるかのように偽装するために利用されてきた諸々の理念が空洞化し説得力を失ってきている。「自由」といっても結局は金持ちと権力者が好き勝手に利益追及するための自由でしかないのではないか、規制緩和による自由競争の促進や自由貿易の推進で経済が活性化すれば国民みんなが豊かになるといわれたが全くそんなことはないではないか、「民主主義」といっても結局は政治屋どもが金持ちや権力者に都合のいいことを決めているだけではないか――こうした疑問が浮上してきているわけである。あるいは、「女性差別はいけない」「障害者差別はいけない」「民族差別はいけない」等々のお説教がなされる一方で、これまで国を支えてきたはずの普通の労働者(男性労働者)の生活が苦しくなってきていることはまともに省みられていないではないか――こうした不満が広がってきているわけである。「ポリティカル・コレクトネス」への嫌悪感の広がりというのは、要はそういうことなのだといえるだろう。各国の内部をみても、国家どうしの関係をみても、特殊利害どうしのむき出しの衝突が起きている。「自国第一主義」を標榜する強権指導者の登場も、そうした文脈のなかで捉えられるべきものである。

 「ポリティカル・コレクトネス」への嫌悪、「強い指導者」への待望論などが、それ自体として不健全なものであることは論を俟たない。しかし、これらが、従来の社会体制を変革しようとする民衆のエネルギーの(歪んだ)表現であることをみてとらなければならない。アメリカが「世界の警察官」としての役割を放棄していくことによる地政学的な混乱の深まりも、「自国第一主義」の広がりも、それ自体としてみれば、決して望ましいものではないことは当然のことである。しかし、これが、特定の大国が世界を支配するというあり方が崩されていく過程に必然的に伴わざるを得ないものであることをみてとらなければならない。各国の「自国第一主義」への開き直りは、圧倒的な超大国アメリカの支配の下で、その他の国々が主張したいことをまともに主張できなかった状態が崩されたものと捉えることもできるのである。まずは各国が主張したいことを存分に主張すること、次いでそれらを安定した秩序の枠に収めていくこと――このような過程をたどることによってこそ、真に対等・平等な国際関係が構築できるのだ、と考えることもできるだろう。

 現在の国連は、安全保障理事会の常任理事国が実質的に支配するようなものであるし、EUにしても、「ドイツ帝国」(エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』文春新書)と揶揄されるように、加盟国どうしの関係は非常に不均衡なものとなっている。こうした現実を、もっともらしいが空虚な理念によって糊塗するのではなく、各国が「自国第一主義」的な主張によって動揺させることによってこそ、真に対等・平等な国家関係を構築していくための前提条件がつくられていくのだといってもよいかもしれない。

 現在の世界情勢の混迷は、幻想的な共同利害の下で抑えつけられてきた諸々の特殊利害が強烈に押し出されつつあることによるものだといえる。ポリティカル・コレクトネスへの嫌悪とかトランプの「アメリカ第一主義」とかは、それぞれの主体の特殊利害を剥き出しのまま通用させようという開き直りなのである。これが危険な動きであることは間違いないが、だからといって、旧来の体制を正当化するために利用されてきた諸々の理念の側に大衆を押し戻そうとしても、それは不可能なのである。いま求められているのは、諸々の特殊利害の主張を否定することではなく、それらの特殊利害を真の共同利害と調和させていくのに資するような新たな理念を構築していくことである。

 そのためにも、民衆の生活の苦境をもたらした社会の構造(いわゆる「グローバル資本主義」)についての理論的な把握を踏まえて、民衆の不満を前向きに解決していくための体系的な社会変革の構想の提示が求められているのである。そのためには、国家学を中核とする社会科学体系の構築が急務である。このことこそが我々京都弁証法認識論研究会の歴史的任務であることを確認して、本稿を終えることにしたい。

(了)
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2017年01月09日

激動する世界情勢を問う(4/5)

(4)アメリカの衰退による地政学的な混乱の深まり

 前回は、世界各国で相次いで強権的な指導者が登場してきているのはなぜなのか、検討した。端的には、新自由主義的な「グローバル資本主義」により、全世界的な規模において、格差と貧困の拡大が進行していることが根底にあるのであった。現状に対する強い不満はあるが、怒りの矛先を、どのような対象に対して、どのよう向けていくべきなのかが明確に認識されていないなかで、ともかく何でもいいから現状を変えてくれるような強い指導者に期待したい、という感情が大きく広がっている。こうしたなかで、ナショナリズム的な気分が高まっているのも、新自由主義的な「グローバル資本主義」、すなわち、国境を超えて「ヒト・モノ・カネ」が激しく行き交うという状況のなかで、各国の国民生活や地域社会の安定が崩されていることへの民衆の怒りの表現だというべきであろう。

 しかし、こうした強権的指導者がナショナリズムを煽る背景、とりわけ、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領などが領土拡張主義的な行動に打って出ている背景には、単に民衆の国内的な不満の矛先を国外に向けさせるという狙いだけではなく、「パクス・アメリカーナ」の崩壊という国際環境の変化があることも見逃してはならないだろう。

 こうした文脈のなかでは、トランプが「偉大なアメリカ」「アメリカ第一主義(America First)」を掲げていることが注目される。トランプのいわゆる「偉大なアメリカ」については、まず、これがかつてブッシュ(ジュニア)政権を支配したネオコン勢力が掲げた「強いアメリカ」とは大きく異なるものであることが確認されなければならない。

 2002年9月の「アメリカ合衆国の国家安全保障戦略」(いわゆる「ブッシュ・ドクトリン」)は、「アメリカは、人間の尊厳という妥協の余地のない要求――法の支配、国家の絶対的権力の制限、言論の自由、信仰の自由、公平な裁判、女性への敬意、 宗教や民族への寛容、私有財産の尊重――のために、確固として闘わねばならない。」「偉大な多民族民主主義国家としてのアメリカの経験は、多様な文化的遺産や信仰を持つ人々が平和的に共生し 繁栄することができるという我々の確信を肯定するものである」と述べていた。すなわち、ネオコンの主張した「強いアメリカ」は、自由と民主主義という普遍的な価値観の擁護者たるアメリカが、一元的に世界を支配してしまおう(アメリカを盟主とする有志連合が国連を無視してでも世界のルールを体現しよう)という強固な意志に基づくものであったのである。

 これに対して、トランプの「偉大なアメリカ」「アメリカ第一主義」には系統だった内容はなく、過去の栄光を懐かしむ気分のようなものにすぎないといえよう。あえていえば、アメリカを「世界の警察官」として維持していく負担を減らしつつ(NATOや日本に一層の負担を求め、ロシアとの敵対を避けるなど)、民主主義や人権、多民族の共生といった建前(いわゆる「ポリティカル・コレクトネス」)にこだわらず、その時々のアメリカの利益を最優先していこうというものである(*)。

 もっとも、トランプの掲げる「アメリカ第一主義(America First)」は、トランプだけの特殊な考え方だともいうこともできない。すでにオバマ大統領が、2016年1月の一般教書演説において、「危機的状況にある全ての国を引き受け、再建することはできない」と述べて「世界の警察官」から脱することを宣言している。2001年の9・11テロ事件以降、ネオコン勢力に支配されたブッシュ(ジュニア)政権は、「世界の警察官」として、テロ支援勢力の掃蕩や「中東民主化」を掲げ、アフガニスタン戦争やイラク戦争など、中東への軍事介入を強めてきたが、これが事態を深刻に悪化させてしまったことは、もはや否定しようがない。そもそもオバマは、アフガニスタンやイラクからの撤退を掲げて、2008年の大統領選挙に勝利したのである。大統領に就任したオバマは、アメリカの世界戦略の重心を中東からアジア太平洋地域に移すリバランス政策を打ち出した。これは、アメリカ経済の低迷と財政赤字の増大のなかで、国防予算を削減せざるを得ないという条件の下、軍事力をアジア太平地域に集中的に配分していこうとするものであった。中国が台頭するアジア太平洋地域の秩序の安定を最優先し、この地域の経済活力をアメリカに取り込もうというのである。とはいえ、巨額の財政赤字を抱えるアメリカが単独で秩序維持を図るのはもはや不可能であり、日本などの同盟国にこれまで以上の軍事的負担が求められるのは必然であった。日本における安保法制の制定の背景には、こうしたアメリカの世界戦略上の都合があったわけである。

 いずれにせよ、アメリカが世界を一元的に支配するのはもはや不可能であるということは、アメリカの支配層に広く共有されつつあることは間違いない。アメリカの国力の衰退に伴って「パクス・アメリカーナ」が衰退し崩壊していくことは、大きな方向性としては避けられないのである。「アメリカ第一主義」を掲げるトランプの登場は、こうした流れのなかで捉えられなければならない。オバマは、普遍的な理念の擁護を掲げつつも、アメリカの国力の衰退に見合った形で、「世界の警察官」としての役割を縮小しようとしてきた。これに対して、トランプは、もはや普遍的な理念を掲げること自体を放棄しようとしているのである。トランプの「偉大なアメリカ」「アメリカ第一主義」の宣言は、決してアメリカの自信の表れというようなものではなく、アメリカの世界支配の行き詰まりの端的な表現にほかならない。現在のアメリカには、アメリカの特殊利害を、あたかも人類の普遍的な共同利害であるかのように偽装していく余裕がなくなってきているのであり、アメリカの特殊利害を特殊利害のままで露骨に押し出そうとしているのである。要するに、開き直りである。

 第二次世界大戦後、アメリカが支配的な位置を占めたことが、国際社会を良くも悪くもそれなりに安定させてきたことは否定できない。それだけに、アメリカが「世界の警察官」の役割から退いていくとすれば、これまで抑えつけられ隠されていた諸々の対立が表面化し、国際社会が少なからず混乱することは避けられないだろう。

 とりわけ深刻なのは、中東である。中東情勢の混迷の根本的な要因は、第一次世界大戦中に結ばれた「サイクス=ピコ協定」(イギリス、フランスにロシアが加わった秘密協定)にあるといえる。ドイツ、オーストリアなどの同盟国の側に立って第一次世界大戦に参戦したオスマン帝国は、イギリス、フランスを中心とする連合国に敗北し、オスマン帝国の支配領域のうち、アラブ人やクルド人など非トルコ系の諸民族が主として居住する地域が分割・解体されて、イギリス、フランスの植民地支配下に置かれた。このときに、民族や宗派を分断するような国境が引かれてしまったことで、アラブ人は単一の国家にまとまることができなくなり、クルド人は自分たちの国をもつことができなくなった。

 このように、「サイクス=ピコ協定」によって国境が恣意的に引かれてしまったことで、各国内部に諸々の対立が潜在させられたことが、中東情勢の混迷の根本的要因であるといえるのであるが、イギリス、フランスによる植民地支配、あるいは、第二次世界大戦後の米ソ冷戦構造の下では、それらが大きく顕在化することはなかった。しかし、米ソ冷戦の崩壊後、ブッシュ(シニア)政権による1991年の湾岸戦争を嚆矢として、中東におけるアメリカの一元的な支配を目指した軍事介入が繰返されたことで、諸々の対立が一挙に顕在化していくことになった。湾岸戦争の後、アルカイーダなどアメリカを敵視するイスラム過激派が伸長し、2001年の9・11事件へとつながる。これを受けたブッシュ(ジュニア)政権による「対テロ戦争」のなかでイラクのフセイン政権が崩壊させられたが、イラク情勢の混乱のなかフセイン政権の残党も合流する形で、「サイクス=ピコ協定」に基づく秩序の打破を掲げた「イスラム国」勢力が伸長してくることになったのである。

 中東情勢は、現在、諸大国による事態のコントロールが困難な状況に陥っている。シリアの内戦に象徴されるように、植民地支配の歴史によって深刻な対立を抱え込まされた中東の諸国家は、内外の攻撃から国民生活を守るという国家としての機能をまともに果たせなくなっている。このことが、大量の難民の流出(欧州への流入)を招いているのである。同様のことは、南スーダンなど、内戦を頻発させているアフリカ諸国についてもいえるであろう。

 アメリカが「世界の警察官」としての役割を放棄することは、こうした混乱に拍車をかけるものであることは否定できない。だからといって、アメリカが「世界の警察官」としての役割を果たし続けるべきだ、などと求めるのは筋違いというべきであろう。特定の大国が世界を支配するという構造が壊されること自体は、前向きに捉えられるべきことである。現在の混乱を前向きに打開するにはどうすればよいか、特定の大国の支配によらずに世界の秩序を保つことはどのようにして可能なのか――こうしたことが真剣に模索されるべきなのである。

(*)国防長官に「狂犬」の異名をもつジェームズ・マティスが指名されたことからして、トランプの「アメリカ第一主義」は、単純に、対外的に戦争を仕掛けることはやめる、というようなものではないとみておくべきである。アメリカの直接的な利益になると見れば戦争を仕掛けることも厭わないが、普遍的な理念を掲げて攻撃の正当化を図るなどというまどろっこしいことは(積極的には)やらない、ということであろう。
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2017年01月08日

激動する世界情勢を問う(3/5)

(3)各国で相次ぐ強権的指導者の登場

 前回は、2016年に起きた諸々の出来事のなかでも、最も衝撃的なものであったといえるアメリカ大統領選挙におけるトランプの勝利について、検討した。トランプが、「金持ちと権力者」と闘う労働者の味方として自らを押し出す一方で、「封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った」(「東京新聞」社説)のは、現状に対する民衆の不満が明確な方向性に集約されきっておらず、社会的強者に立ち向かっていこうとする前向きな要素と、社会的弱者を叩いて溜飲を下げようとする後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているからこそであることを指摘した。前向きの要素と後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているとはいえ、ともかく現状に対する民衆(とりわけ「グローバル資本主義」のなかで疲弊させられてきた中間層)の強烈な不満が、現状を変革する強いリーダーの登場を求めたことは否定しようがないのである。 

 しかし、これはアメリカのトランプ勝利だけに限られる現象ではない。トランプと同じように、世界中の様々な国々で相次いで、強権的な指導者が登場してきていることが注目されるのである。例えば、フィリピンのドゥテルテも、トランプと基本的に同様に、既得権益層と闘う「強い指導者」のイメージを打ち出すことで大統領選挙に圧勝したのだといえよう。今年行われるフランスの大統領選挙では、反EU・反移民を掲げる国民戦線のマリーヌ・ルペンが決選投票に進むことがほぼ確実視されており、決選投票でも勝利する可能性が指摘され始めている。また、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席など、もともと民主的とはいえない国家の指導者も、より独裁的な色彩を強めてきているように思われる。トルコでも、2016年7月のクーデター失敗以降、エルドアン大統領がこれまで以上に独裁的な傾向を強めているとされる。

 しかし、こうした強権的指導者は、必ずしも恐怖政治によって国民を支配しているということではない。強く頼もしいリーダーとして国民に支持されている側面を否定できないのである。中国の習近平の例を取り上げて検討してみよう。

 2016年10月に開催された中国共産党第18期中央委員会第6回全体会議は、習近平総書記を党中央の「核心」であると明記した。これまでに「核心」という表現が使われたのは、毛沢東、ケ小平、江沢民の3人だけだったということもあり、習近平への権力集中が強く印象付けられることになった。また、習は、最高指導者としての任期延長を視野に入れているのではないかとの見方も出されている(「日本経済新聞 電子版」2016年9月28日付「任期延長競う習近平主席と安倍首相の思惑」) 。中国共産党の最高指導部である政治局常務委員については、選出される党大会の時点で68歳以下でなければならない、という慣例がある。また、国家主席の任期については、憲法上、2期10年までという規定がある。したがって、2013年に国家主席となった習の任期は、最長2023年まで(2013年―2018年が第1期、再選されれば2018年―2023年が第2期)ということになる。しかしながら、現在63歳の習(1953年6月15日生れ)は、共産党の慣例となっている68歳定年を引き上げた上で、あわよくば憲法を改正して国家主席の任期を3期までに延長しようとしているのではないか、というのである。

 習がこのように強気に打って出られるのは、それなりに国民の支持があるからこそ、であろう。この点でまず注目しなければならないのは、習の華々しい「反腐敗闘争」である。習は最高指導者となった直後から、「トラもハエも一緒にたたけ」との号令をかけ、徹底した反腐敗の姿勢をアピールしてきた。この4年間で、最高指導部の元メンバーも含めて、党幹部らが次々と汚職で摘発されてきている。党規違反などで処分を受けた人数は、2013年で約18万2000人、2014年で約23万2000人、2015年で約33万6000人、2016年も9月までで約26万人にものぼる。習近平は、こうした反腐敗闘争を通じて、共産党内の規律を強化し、権力基盤を固めてきたわけであるが、これは極端に広がってきた格差から生じる民衆の不満を巧みに吸収するものであったともいえるだろう。ケ小平による市場経済の導入以降、中国経済は、新自由主義的な「グローバル資本主義」の不可欠の構成部分としての性格を強めていき、都市と農村の格差に加えて、都市住民の内部でも劇的な格差の拡大が見られるようになってきた。中国国家統計局は、2015年にジニ係数を0.426と公表した。ジニ係数は、所得格差を測る指標のひとつで、格差が小さいほど0に近づき、格差が大きいほど1に近づく。ジニ係数が0.4を超えると社会不安が広がるとされるが、公表された統計でも、中国はすでにこの水準を超えていることになる(*)。華々しい反腐敗闘争を演出してガス抜きを図らない限り、劇的な格差の拡大によって蓄積させられた民衆の不満が現体制の安定を脅かしかねないところまできているのだともいえよう。既得権益層と闘う「強い指導者」というイメージを創り出すことで民衆の支持を獲得するという点では、習近平もまたトランプと同様の性格をもっているのである。

 加えて、こうした強権的指導者について指摘しなければならないのは、ナショナリズムを煽ることで、現状に対する民衆の不満を解消しようとする傾向がみられることである。中国の習近平は、「中華民族の偉大なる復興」というスローガンを掲げつつ、南シナ海や東シナ海において、領土拡張主義的な行動をとっている。また、ロシアのプーチンは、アメリカや欧州諸国からの批判を振り切って、ウクライナからの独立を宣言したクリミアのロシアへの併合を強行した。これらは、経済的な苦境で自信を失ってしまった民衆に対して、自分も偉大な国家の一員なのだという満足感(慰め)を与えようとするものだともいえるであろう。中国やロシア、あるいはトルコの場合、過去の帝国(中華帝国、ロシア帝国〔またはソ連邦〕、オスマン帝国)への郷愁がくすぐられるという側面があることも無視できない。

 大きくいえば、世界各国で強権的指導者の登場が相次いでいるのは、新自由主義的な「グローバル資本主義」のなかで、全世界的な規模において、格差と貧困の拡大が進行していることが根底にあるといえる。現状に対する強い不満はあるが、怒りの矛先を、どのような対象に対して、どのよう向けていくべきなのかが明確に認識されていないなかで、ともかく何でもいいから現状を変えてくれるような強い指導者に期待したい、という感情が大きく広がっているのである。こうしたなかで、ナショナリズム的な気分が高まっているのも、新自由主義的な「グローバル資本主義」、すなわち、国境を超えて「ヒト・モノ・カネ」が激しく行き交うという状況のなかで、各国の国民生活や地域社会の安定が崩されていることへの民衆の怒りの表現だというべきであろう。過去の帝国への郷愁をくすぐられたり、あるいは、安い労働力として流入してくる移民への反感を煽られたり、必ずしも健全なものとはいえないにしても、ナショナリズム的な気分の高揚を全否定するわけにはいかないのである。

 強権的な指導者だからこそ国民の支持を集める――こうした現象は、この日本も決して例外ではない。2012年末に発足した安倍晋三政権(第2次安倍政権。2014年12月24日以降、第3次)は、2014年、閣議決定により憲法解釈を変更して集団的自衛権の容認に踏み切り、2015年、安保法制の成立を強行した。昨年秋の臨時国会でも、会期を無理やり延長した上で、カジノ法や年金改革法の成立を強行するなど、強引な国会運営が目立った。しかし、野党や市民運動の側から、立憲主義の破壊だ、独裁的だ、という強い批判がいくら繰り返されても、内閣支持率は依然として堅調である。政権発足から4年たった現在においてもなお、いまだに6割程度の内閣支持率が維持されているのである。こうしたなか、自民党総裁の任期が「連続2期6年まで」から「連続3期9年まで」に延長されることがほぼ確実になった。安倍は、2018年の総裁選挙にも立候補が可能となり、最長で2021年9まで政権を維持する道を拓いたのである。「安倍一強」体制とも呼ばれるような状況がつくられているのである。

 これは安倍政権が、日本経済の長期停滞、格差と貧困の広がりのなかで、「アベノミクス」による経済再生という幻想を振りまき続けていることが大きく影響しているだろう(大企業経営者に対する賃上げ要請などのアピールも重要な要素であろう)。また、台頭する中国の脅威を煽り、それに対して強硬姿勢をとることで、現状に対する国民の不満を巧みに吸収(経済的に中国に追い抜かれてしまったという悔しさを解消)しているという側面も無視できない。

 野党が安倍政権を本気で打倒しようとするならば、安倍政権は独裁的だ、などと非難するだけではダメである。なぜならば、独裁的だからこそ国民の支持を集めているという側面があるからである。野党には、なぜ安倍政権の支持率がここまで堅調なのかをきちんと踏まえた上で、日本の政治経済の現状、世界における日本の立ち位置について、まともな変革の展望を明確に打ち出していくことが求められているといえよう。

(*)北京大学は2014年に、中国の国内個人資産の3分の1を上位1%の富裕層が握り、実際にはジニ係数は0.73に達しているとの独自調査を公表、極端な富の偏在が進行している状況に警告を発した。
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2017年01月07日

激動する世界情勢を問う(2/5)

(2)いわゆる「グローバル資本主義」に苦しめられた民衆の怒りの爆発

 本稿は、世界歴史の大きな流れは一体どのような方向に向かおうとしているのか、という問いを念頭に置きつつ、激動する世界情勢の根底に何があるのか、検討していくことを目的にしたものである。

 今回は、2016年に起きた諸々の出来事のなかでも、もっとも衝撃的なものであったといえるアメリカ大統領選挙におけるトランプの勝利について、少し踏み込んで検討しておくことにしたい。

 前回の注で触れたとおり、一般投票での得票では、クリントンがトランプを上回っている。最終的な集計結果によれば、クリントンの得票数は6584万4954票(得票率48.2%)で、トランプの6297万9879票(得票率46.1%)を約290万票上回った。トランプは激戦州とされる州を確実に押えることで、過半数を上回る選挙人を獲得することができたのである。なかでもトランプとクリントンの勝敗を決定的に分けたのは、「ラストベルト(錆びついた地帯)」と呼ばれる中西部の工業地帯、すなわち、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの4州であった。これら4州は、前々回2008年、前回2012年の大統領選挙では民主党のオバマが押さえたところであるが、今回は全て共和党のトランプが押さえることになった。この「ラストベルト」と呼ばれる地域は、かつては鉄鋼や石炭、自動車製造業などで栄えてきたものの、NAFTA(北米自由貿易協定)など新自由主義的な政策の推進によって、低賃金のメキシコなどに雇用が流出することで、大きく衰退していた。「ラストベルト」におけるトランプの勝利は、雇用の流出に苦しむ労働者層の反乱としての側面をもつことは否定できないであろう。トランプが選挙戦中、ミシガン州において、もしフォードが工場を閉鎖してメキシコへ移転するならメキシコで製造されてアメリカに入って来る自動車の全てに35%の関税を掛けると主張し、労働者の喝采を浴びたのは象徴的である。トランプは、労働者層の不満を巧みに吸収したのである。普通に働けばそこそこの暮らしが可能であったという状況が崩されていくなかで、8年前に「チェンジ」を約束して登場した民主党オバマ政権の下でも一向に状況が改善しなかったことが、民主党のクリントンへの投票をためらわせる要因にもなったであろう。

 こうした事情について、「東京新聞」11月10日付社説「トランプのアメリカ(上) 民衆の悲憤を聞け」では、次のように述べられている。

ロイター通信の出口調査によると、「金持ちと権力者から国を取り返す強い指導者が必要だ」「米経済は金持ちと権力者の利益になるようゆがめられている」と見る人がそれぞれ七割以上を占めた。/トランプ氏はその怒りをあおって上昇した。見識の怪しさには目をつぶっても、むしろ政治経験のないトランプ氏なら現状を壊してくれる、と期待を集めた。/逆に、クリントン氏はエスタブリッシュメント(既得権益層)の一員と見なされ、クリントン政権になっても代わり映えしないと見放された


 このように、トランプは、「金持ちと権力者から国を取り返す強い指導者」というイメージをつくりだすことで、現状に対する民衆の不満を吸収し、大統領選挙に勝利することができたのだといえよう。

 同時に、見逃してはならないのは、格差と貧困の拡大に苦しむ民衆の不満が、「金持ちや権力者」という社会的強者に向けられただけでなく、女性や障害者や移民といった社会的弱者にも向けられていることである。「東京新聞」の同じ社説では、次のように述べられている。

女性や障害者をさげすみ移民排斥を唱えるトランプ氏は、封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った。そうした暴言は多民族国家である米社会の分断を、一層進行させることにもなった


 このことに関わって、トランプが首席戦略官にスティーブ・バノンを起用したことは重大である。バノンは、ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の会長で、インターネットを通じて影響力を拡大してきた白人至上主義的な右翼運動「オルタ・ライト」(日本でいうところの「ネット右翼」に相当する)の重要人物とみなされる。白人至上主義者、女性差別主義者とされるバノンの起用は、共和党内からも激しい非難が沸き起こった。トランプは、オルタ・ライトについては非難し、バノンとオルタ・ライトとのつながりも否定しようとしているが、トランプ自身が、移民排斥を煽るような人種差別的な発言、女性蔑視的な発言を繰返して物議をかもしてきたことは周知の事実であり、トランプが、選挙戦勝利のために、また政権への支持を獲得するために、白人(男性)至上主義的な気分を利用しようとしてきていることは否定しようがないであろう。

 トランプが、一方では「金持ちと権力者」と闘う姿勢をアピールしながら、他方では「封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った」のはなぜなのだろうか。結論から言えば、それは、現状に対する民衆の不満が明確な方向性に集約されきっておらず、社会的強者に立ち向かっていこうとする前向きな要素と、社会的弱者を叩いて溜飲を下げようとする後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているからこそだといえるであろう。 

 第二次世界大戦後の資本主義経済の高度成長期には、普通に働けばそこそこの暮らしが可能になるという状況が実現され、白人男性労働者層が中間層として社会の安定を支えていた。しかし、低成長への移行とともに、1980年代以降、新自由主義的な改革が押し進められるようになり、少しでも安い労働力を求めて資本が地球規模で動き回るという「グローバル資本主義」の現実のなかで、労働者の生活は大きく不安定化させられてきた。昔は良かったのにどんどん暮らしが苦しくなっている――こうした状況への怒りはどこに向かうのか。利潤追求のために雇用を劣化させてきた資本家に向かうのか。それとも、白人男性労働者の職を奪ってきた移民に向かってしまうのか。白人男性労働者の置かれた状況がますます厳しくなってくる一方で、女性や障害者がことさらに保護され優遇されているように見えてしまうことへの不満も醸成されてくるかもしれない。

 要するに、民衆(とりわけ疲弊させられてきた中間層)の生活の苦しさがどのような構造によってもたらされてきているのかが明確に認識されておらず、どのような対象に対してどのように怒りを向けていくべきかが明らかになっていないのである。端的にいえば、新自由主義的な「グローバル資本主義」を変革していくための展望が見えていないからこそ、「金持ちや権力者」への怒りが、純粋な形で登場してくるのではなく、社会的弱者への攻撃をも伴った形で噴出してこざるをえないのである(*)。

 トランプは、自らの経済政策について、大きな理念からきちんと筋を通して考えているというよりも、こうした混沌とした民衆の不満に対して、その場その場で最も受けのよさそうな言動をとっているのではないかと思われる節がある(雇用の確保のアピール、バラマキ的な財政支出の拡大、TPP離脱などの「保護主義」、中国や日本の「為替操作」攻撃)。とはいえ、トランプ政権の人事を見ると、商務長官に投資家のウイルパー・ロス、経済政策の司令塔である国家経済会議(NEO)委員長にゴールドマン・サックス社長兼最高執行責任者(COO)のゲーリー・コーンなど、経済関係では元企業幹部の起用が目立つ。「金持ちと権力者」と闘う労働者の味方というトランプ像は虚像でしかなく、いわゆる「トランプノミクス」は、法人減税や規制緩和など供給力重視の経済政策で企業収益の拡大を通じて「強いアメリカ」をつくりあげようとした「レーガノミクス」の焼き直しにすぎないというべきであろう。「トランプノミクス」は、「グローバル資本主義」の深刻な行き詰まりを打開するようなものでは到底なく、一時的な活況をもたらすことがあるにしても、長期的にみれば、アメリカ経済と世界経済の危機をいっそう深くするものでしかない。

(*)イギリスのEU離脱をめぐる国民投票でも、排外主義的な右翼が反移民的な感情を煽るような形でEU離脱を主張したのみならず、左翼の一部も、EUが押しつける緊縮政策、新自由主義的な政策への反発からEU離脱を主張していた。労働党のコービン党首も、一応は離脱反対派でありながら、EUに対して懐疑的な見解を繰り返し表明していた。
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2017年01月06日

激動する世界情勢を問う(1/5)

目次
(1)世界中で衝撃的な出来事が相次いだ2016年
(2)いわゆる「グローバル資本主義」に苦しめられた民衆の怒りの爆発
(3)各国で相次ぐ強権的指導者の登場
(4)アメリカの衰退による地政学的な混乱の深まり
(5)世界歴史の大きな流れを視野に、混迷を前向きに打開する努力を

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)世界中で衝撃的な出来事が相次いだ2016年

 2016年は、世界中で、これまでの常識を覆すような衝撃的な出来事が相次いだ1年であった。

 それを象徴するのは、何といっても、11月8日に行われたアメリカ大統領選挙の結果であろう。移民排斥を煽るような人種差別的な発言、女性蔑視的な発言を繰返して物議をかもしてきた共和党のドナルド・トランプ候補が、女性初のアメリカ大統領を目指した民主党のヒラリー・クリントン候補に「圧勝」したのである(*)。全米屈指の「不動産王」と称される実業家で、公職経験のないトランプは、2015年6月に大統領選挙への出馬を表明した当初においては、単なる泡沫候補としてしか見られていなかった。トランプが、共和党の予備選挙において、ジェブ・ブッシュ、マルコ・ルビオなど本命とされた候補者を退けて指名を獲得したこと自体が一般的には驚きをもって迎えられたのであるが、本選挙においても、大本命とされたヒラリー・クリントンに勝利してしまったのである。ほとんどのメディアが、世論調査の結果などを踏まえて、直前までクリントンの勝利をほぼ確実なものとして予想していただけに、これを覆すトランプの勝利は、巨大な衝撃として受け止められたのであった。また、本選挙に先立つ民主党の予備選挙においても、大本命候補とされたクリントンに対して、「民主的社会主義者」を自称するバーニー・サンダース候補が、学費ローンの重い負担に苦しむ若者たちの熱狂的な支持を受けて、あと1歩というところにまで迫るような大健闘をした。サンダースも、当初は泡沫候補としてしか見なされておらず、こうした大健闘は大方の予想をくつがえす出来事であった。アメリカ大統領選挙のこうした展開については、格差と貧困が広がるなかで、エスタブリッシュメント(既得権益層)に対する民衆の不満が表れたものだと報じられることになった。

 6月23日にイギリスで行われたEU離脱の是非を問う国民投票において、離脱支持が多数となったことも、世界に大きな衝撃を与えた(残留48%、離脱52%)。そもそもこの国民投票は、デイビッド・キャメロン首相が、EU離脱を主張して支持を伸ばしてきたイギリス独立党の勢いに歯止めをかけるとともに、与党・保守党内のEU離脱派の勢力を抑え込むために、賭けに出たものだといわれたものである。しかし、離脱反対が勝利するだろうというメディアの事前の予想を覆して、離脱支持が多数となったのであった。この結果を受けて、キャメロン首相は辞任、政界からも引退することを表明した。このイギリスで国民投票の結果については、大量の移民が流入して低賃金で働いていることによってイギリス人の雇用が奪われているという労働者層の不満が背景にあった、と解説されることになった。

 イギリス以外のヨーロッパ諸国においても、反EU感情、反移民感情の高まりが顕在化している。12月4日に投開票が行われたオーストリア大統領選挙のやり直し決選投票では、緑の党のアレクサンダー・ファン・デア・ベレン候補が、反EU・反移民を掲げる極右・自由党のノルベルト・ホーファー候補に辛うじて勝利したものの、同日に行われたイタリアの憲法改正の是非を問う国民投票では、改憲反対が多数となった。この改憲案は、上院の権限を縮小して政治を安定させることを狙ったものとされたが、マッテオ・レンツィ首相の事実上の信任投票とされた(レンツィ首相が、改憲反対多数なら首相を辞任すると表明した)ことで、EU条約にしたがって緊縮政策を進めてきたレンツィ政権の政策の是非が争点として浮上させられることになり、反EU・反緊縮を掲げる新興政党「五つ星運動」などの野党が強力な反対運動を展開していたのであった。

 このほか、5月9日に行われたフィリピン大統領選挙においても、事前の予想を覆して、ダバオ市長であったロドリゴ・ドゥテルテ候補が圧勝した。ドゥテルテは、麻薬取り締まりのために「犯罪者は殺す」など過激な言動を繰り返したことなどから「フィリピンのトランプ」とも称されたが、サンダースのように「社会主義者」を自称してもいる(ドゥテルテの大学時代の恩師はフィリピン共産党の創設者ジョマ・シソンであり、ドゥテルテ政権の閣僚には4人の共産党員が起用されている)。

 これらの一連の動きは、しばしば、ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭として、自由と民主主義を脅かす危険な動きとして捉えられている。例えば、ハフィントンポスト日本版の「「世界はポピュリズムに流され無責任な社会に」英米在住のジャーナリスト、EU離脱とトランプを語る」と題された記事はその典型だといえよう。これは「ハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎が、イギリス在住のジャーナリスト小林恭子氏、アメリカ在住のジャーナリスト津山恵子氏に聞いた」というものである。このインタビュー記事では、EU離脱を選択し、トランプを躍進させた英米の民衆の選択に対して、「数字的な検証や理論立てて説明することなど「知性」への嫌悪感や、「理屈はもういい。私たちの感情が大事なんだ」という無責任な雰囲気」(竹下)、「世界経済や政治の秩序なんて無視してもいい、というような動きはあるような気がします。現実や事実を基にして議論するのではなく、自分たちの感情にまかせて行動しているのです」(小林)といった罵詈雑言を浴びせかけた上で、「このポピュリズムの台頭を端的に言い表すと、どのような言葉がふさわしいでしょうか」という竹下の問いに対して、津山が「「無責任」ですね。これからの将来を担う若者たちに大きなダメージを与えている無責任な人間たちの暴走です」と答えて切って捨てているのである。

 しかし、イギリス国民のEU離脱の選択やアメリカにおける「トランプ現象」は、本当にこのように全面的に否定されるべきものなのだろうか。こうした動きを一方的に非難するだけでは、問題の解決にはつながらないのではないだろうか。まずは、こうした動きが生じてきている必然性、従来の体制のどこに無理が来ているのかを深くつかむ必要があるのではないだろうか。

 2016年のアメリカ大統領選挙やイギリスの国民投票、あるいはフィリピンの大統領選挙のみならず、ここ数年、ロシアのクリミア併合や中国による南シナ海での領土拡張主義的な行動、中東での「イスラム国」の伸長、アフリカ諸国における国家的機能の崩壊と内戦、ヨーロッパへと押し寄せる難民の波など、従来の世界の秩序が大きく揺らぎ、世界情勢は混沌とした様相を見せている。

 本稿では、世界歴史の大きな流れは一体どのような方向に向かおうとしているのか、という問いを念頭に置きつつ、激動する世界情勢の根底に何があるのか、検討していくことにしたい。

 第一に、トランプの勝利は「グローバル資本主義」によって没落させられた中間層の反乱である、という捉え方を踏まえつつ、それが排外主義的な気分を伴って現われてきていることについて検討する。

 第二に、「グローバル資本主義」による世界的な格差と貧困の拡大が、世界各国で相次いで強権的な指導者を登場させていることについて検討する。

 第三に、世界各国で相次ぐ強権的な指導者の登場の背景としては、アメリカの衰退による地政学的な混乱の深まりという要因を無視することができないことを論じる。

(*)アメリカ大統領選挙では、一般の有権者は直接に大統領候補に投票するのではなく、大統領選挙人に投票する。アメリカの大半の州では「勝者独占方式」を採用しており、州ごとに得票数で上回った候補者が、その州の選挙人の票を独占(総取り)できるという仕組みになっている。このため、たとえ一般投票における得票数で上回っても、獲得した選挙人の数によって敗北してしまうということが生じうる。今回の大統領選挙では、獲得した選挙人数でトランプがクリントンを引き離したため(クリントン232人に対してトランプ303人)、トランプの「圧勝」というイメージがつくられているが、実際には、一般投票での得票数ではクリントンが大差(およそ290万票差)で上回っている。 
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2016年10月10日

高校生に説く立憲主義の歴史(5/5)

(5)立憲主義の歴史を辿り返す必要がある

 本稿は,立憲主義の危機が叫ばれる現状において,選挙権を得た18歳も含む高校生に対して,立憲主義の歴史を説き,立憲主義とは何かを理解してもらうための講義でした。ここで,これまでのポイントをおさらいしておきたいと思います。

 初めに,憲法の原点・起源ともされるマグナ・カルタについて説きました。マグナ・カルタが成立した中世のヨーロッパ社会は,封建領主という,限られた土地を支配する権力者が乱立しており,そのもとに農奴と呼ばれる人びとがおり,領主のために土地を耕作している社会でした。封建領主間の対立は,大領主の中で最も勢力の強い者が国王として調停することとなりました。当時の国王は権力が弱く,臣下との間の契約や伝統・慣習を守らなければなりませんでした。このような中世社会は,十字軍をきっかけとして崩壊していきます。ヨーロッパで新しく台頭した都市の商工業者たちの活動で貨幣経済が進展し,農奴の地位が高まっていくと同時に,封建領主の力が弱まっていきました。しかしその中でも国王だけは,新興勢力である都市の商工業者と結んで献金を受ける見返りに彼らの活動の自由と安全を保障したのでした。こうして勢力を増してきた国王・商工業者連合軍と,既得権益を主張する貴族・教会連合軍の争いが生じてきたのです。このようなプロセスの途上で,イギリスにジョン王が出て,慣習法を無視して貴族や教会に重税を課し,自身に反対するものを不当に逮捕したりもしたのでした。これを見たイギリスの貴族や聖職者たちは,あまりにも自分たちの既得権(特権)と慣習法を踏みにじっていると怒り,63か条の契約を作って,これを守るように王に要求したのです。これがマグナ・カルタでした。これは特権階級の既得権を守ることが目的でしたが,権力者の横暴を防ぐために権力者を縛るという機能を有するものであり,これこそが憲法の中心的な機能ということができるのでした。

 次に,現代では当たり前の「人権」という考え方がどのようにして誕生してきたのかを見ました。人権とは,人間が生まれながらにして平等にもっている権利のことであり,これは人類の歴史全体でいうと,ごく最近に誕生したものでした。それ以前の中世の社会においては,人権ではなく,数多くの特権が認められていました。身分ごとに,国王には国王の,封建領主には封建領主の,商工業者には商工業者の特権があり,それは親から子へと受け継がれていくものとされていたのでした。このような中世の伝統主義が支配する社会において,カルヴァンが唱えたキリスト教の予定説を媒介として,人権という考え方が生まれていくことになりました。堕落・腐敗していた当時の教会に対して批判の声を上げたカルヴァンは,全知全能の絶対の神が全てを予定しているのであり,現世において勤勉に働くことこそが救済への道であると主張しました。カルヴァンの説くような絶対的な神に比べれば,人間など,何の価値もない存在だといえます。すなわち,神様に比べれば,どんな人間もけし粒以下の存在であり,何らかの人為的な権威や決まり事など,どうでもよいことだということになり,国王も貴族も市民階級も,しょせんは原罪を背負った神の奴隷にすぎないのであり,大した違いはないのだということになります。このような神のもとにおいては人間はみな平等であるという人間観を基盤として,人間は生まれながらにして平等な権利をもっているという人権の考え方が生まれてきたのでした。そして,このような人間観が社会的認識として力をもち得たからこそ,ピューリタン革命のように,臣下が王様を処刑するという従来のヨーロッパの伝統では考えられないことが起こったのでした。

 最後に,近代的な立憲主義の背景にあるロックの思想を紹介しました。中世も末期になってくると,近代国家が絶対王権として誕生しました。この時代の国王は,立法権・課税権・徴兵権を有しており,強大な権力を握っていました。このような絶対王権が市民革命によって倒され,近代デモクラシーの国家へと生まれ変わる時に,その青写真を提供したのがロックの社会契約説でした。社会契約説はホッブスによって初めて唱えられましたが,彼は,「万民の万民に対する闘争」が支配する自然状態を収めるためには,国家権力に強力なパワーを与えるしかないと主張しました。これに対してロックは,王権は議会によって制限されるべきだと考えました。ロックによれば,自然状態における自然人は,所有権を持ち,自らの労働でつくったものを自分のものとして富を増やしていましたが,泥棒や殺人のために調和が乱れる可能性があるために,トラブルの仲裁機関として権威ある国家を作り,人民の生命と私有財産を守ってもらうという契約を結んだのでした。だからロックは,自分たちに奉仕しない,あるいは自分たちの自然権=人権を蹂躙するような国家権力であれば,それに抵抗したり,革命によって倒したりすることもできるのだと主張したのです。このロックの思想に基づいて,自分たちに勝手に課税するイギリス政府を倒し,自分たち自身の契約によって新しい国家を作ったのがアメリカ人たちでした。その過程で成立したアメリカ独立宣言には,ロックのいう自然権に基づく人権という主張が明確に規定されていますし,その影響を受けたフランス人権宣言も同様です。これらがその後作られた憲法に反映して,国家権力が人権を蹂躙することがないように縛りをかける機能が明記されていったのでした。

 このように見てくると,憲法とは何か,立憲主義とは何かということが,明確に理解できてくると思います。連載の初回で紹介したように,立憲主義とは,端的にいってしまうと「国民が憲法を通じて権力を律する」ことなのですが,その中身が,歴史性を踏まえて具体的に理解できたのではないでしょうか。すなわち,そもそも憲法は,恣意的に,好き勝手にふるまいがちな権力者を縛るために作られたものであり,権力者が暴走して,人々に権利が蔑ろにされないように,その権利を守る機能を有していたということができるでしょう。単に権力を律するのではなく,人々の権利をきちんと守るためにこそ,権力を律するのです。つまり,憲法が存在する目的は人々の権利保障なのです。さらに大切なことは,憲法によって守るべきとされた権利が,特定の身分のみがもっていた「特権」から,人間が生まれながらにして平等にもっているとされる「人権」へと拡大していった,ということです。これは,時の権力者によってないがしろにされていた人々の自由が,徐々に拡大していったということを意味しているといってもいいでしょう。

 実際,前回までに見たようなアメリカ独立革命やフランス革命以後の歴史においても,憲法によって保障される対象となる範囲が広がっていき,保障される人権の内容も深まっていきました。例えば当初は,労働者や女性やアメリカに存在していた奴隷などは,憲法によって守られているとはいえない状態でした。それが徐々に労働者や女性の権利も正当に認められるようになり,奴隷という存在も解放されて,みな人権をもつ人間として扱われるようになっていきました。また権利の内容も,国家によって自由が奪われないという自由権から,国家権力の意志決定に参加できる参政権へ,そして人間らしい生活を営む権利である社会権へと,徐々に拡大されていっています。こうして,国家権力が暴走しないだけではなく,しっかりとその時代時代で認められた人権を保障するように,国家権力に命令をするのが憲法であり,そういった憲法に基づいて行われる政治が立憲主義と呼ばれるものなのです。

 このような理解のもとに,連載第1回で取り上げた閣議決定による憲法解釈の変更について考えてみましょう。内閣というのは,憲法で縛られるべき国家権力の代表的なものです。その内閣が,自分を縛るルールを,自分の勝手な判断で180度変更してもよいものでしょうか。これまで,本講義で立憲主義や憲法歴史を辿ってこられたみなさんであれば,答えは容易に出せるでしょう。答えは否です。すなわち,憲法とは権力が暴走しないように,そして,国民の人権が守られるように,国家権力と国民が契約したルールであり,国民との合意なく,国家権力の側が一方的に変更することなど,あってはならないのです。

 例えば,マグナ・カルタを承認して,勝手な課税をしないと約束したジョン王が,しばらくした後,マグナ・カルタの内容を180度変更して,王は恣意的に課税してもよいという内容にしてしまったとしたらどうでしょうか。全くマグナ・カルタの意味がなくなり,その役割が果たせないことになってしまいます。2014年に行われた閣議決定による憲法解釈の変更というのは,このようなことなのです。こんなことをされたら,イギリスの植民地だったアメリカの人々のように,政府に抵抗してしかるべきです。これに抵抗しないというのは,やはりわれわれ日本人は,立憲主義をしっかりと自家薬籠中のものにしていないということでしょう。

 このように,現在叫ばれているような立憲主義の危機という問題についてしっかり考えられるようになるためには,そのものの起源から歴史を辿り返す必要があるのです。今回説いたような歴史は,主に西洋の歴史でしたから,われわれ日本人はともすれば,これらの歴史を主体的に学ぶことができません。よその国で大昔に起こった出来事であり,われわれには関係がないと勘違いしてしまいかねないのです。

 ところが,人間の歴史は連綿と積み重なっており,大昔のヨーロッパでの出来事が,今の日本にもつながっているのです。したがってわれわれは,人類の歴史を,まるで自分が一人の人間として追体験するかのごとくに,辿り返して,人類の歴史で獲得されてきた諸々の文化遺産を,しっかり自分のものとしていく必要があるのです。憲法や立憲主義という考え方も,人類がその長い歴史の中で創り出し,獲得してきた貴重な文化遺産ですから,その歴史を主体的に辿り返していってこそ,立憲主義の問題にきちんと答えを出せるようになるのです。

 高校生のみなさんには,受験勉強と思って細かな歴史的事実を暗記するだけではなく,現在の問題にしっかりつながっているのだという意識で,主体的に歴史を学んでいってほしいと思います。みなさんにはそのようにお願いして,本稿を閉じたいと思います。

(了)


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2016年10月09日

高校生に説く立憲主義の歴史(4/5)

(4)ロックの思想と市民革命

 前回は,立憲主義と非常に関係の深い「人権」概念の誕生のプロセスを見ました。中世においては,身分ごとに異なる権利=特権が認められており,これは親から子へと受け継がれていくものでしたが,宗教改革で活躍したカルヴァンの予定説を媒介として,限りなく高いところにいる神から見れば人間はみな同じであるという人間観が生まれ,それが人はみな生まれながらにして平等な権利をもっているという人権思想の誕生の基盤となったのでした。

 さて今回は,近代的な立憲主義の歴史を語るうえで避けては通れない,アメリカ独立革命やフランス革命とその背景にあるロックの思想を見ていきたいと思います。

 連載第2回で見たように,中世も末期になってくると,王権が伸長してきて,絶対王権が成立します。この絶対王権の時代に,現代の国家につながる近代国家が誕生しました。この国家の中で絶対的な権力を有していた国王には,立法権や課税権,徴兵権があるとされていました。フランスのルイ14世が「朕は国家なり」といったように,この時代の国王は強大な権力を手中に収め,好き放題できる存在だったといっていいでしょう。

 このような絶対王権は,市民革命によって倒され,その後,近代デモクラシーの国家に変わっていきます。革命によって絶対王権を打倒し,中世の伝統主義的社会を終わらせるのに大きく貢献したのが,前回説いたカルヴァンの予定説でした。そして,革命後にどのような社会を構築するのかという青写真を提供したのが,今回説くロックの社会契約説だったのです。

 社会契約説について,林健太郎『歴史の流れ』(新潮文庫)では,次のように説明されています。

「啓蒙主義の社会・政治学説の中心をなすものは『社会契約』の説であり,この説の背後には『自然法』の思想が横たわっている。自然法の思想とは人間のつくった諸々の法律の上に合理的な自然の法則が存在するという考え方で,……それを社会理論として発展させたのはホッブスであった。彼はその主著『リヴァイアザン』において社会の最初の状態として『自然状態』を想定し,ここでは人間が利己的衝動に従って行為するため『万人に対する万人の闘争』の状態を現出したが,人はそれを免れるため契約を結んで主権者を定め,それに支配権を譲渡したとなした。これは社会契約説と呼ばれ国家の起源に関する合理的解釈であるが,彼はこの権利の譲渡を絶対的なものとなしてそれに対する反抗を否認したため,当時支配権を握っていた王政復古のステュアート絶対主義の弁護と目された。しかし名誉革命の当時に出たロックの『政治論』においては,ホッブスと同一の前提から出発しながらその結論が逆になり,ここに社会契約説は人民主権説の有力な武器となった。すなわち彼によれば人間は本来自由で『自然権』を有している。彼らが社会契約によってそれを主権者に譲渡したのはただそれを守るためであり,主権者がそれを犯すならばそれは契約の違反であって人民は直ちに支配権を取戻すことが出来るというのである。ロックの思想は当時絶対主義の弊害に悩んだフランスにおいて大いに歓迎された。」(pp.147-148)


 ここでは,ホッブスの社会契約説とロックのそれとが対比して説かれていますので,もう少し補足しながら説明します。

 ホッブスの考える自然状態とは,いわば生存競争が行われている原始時代のような状態であり,人間は食べ物を奪うために戦いが絶えない状態でした。これが彼のいう「万人の万人に対する戦い」という言葉の意味です。このような闘争の連続を収めるためには,みんながルールを決めてそれを守っていく必要がありますが,どうしてもルールを破る人間が出てきます。そうしたルール破りに対して刑罰をしっかり与えるために,国家権力に強力なパワーを与えた,というのがホッブスの主張なのです。

 彼の書物のタイトルでもある「リヴァイアサン」とは,旧約聖書に登場する怪物の名前であり,口からは炎を吐き,その姿を見れば神々ですら戦慄するようなモンスターです。ホッブスは,国家権力はこのリヴァイアサンのように強くなくてはならない,そうしないと,ルールを破る人間が現れて,再び「万人の万人に対する戦い」である自然状態に逆戻りしてしまうのだ,と説いたのでした。これは結果的に,当時の絶対王権を擁護する説となりました。

 これに対してロックは,王の権力を議会が牽制することは当然であると考え,王政復古時代に王が絶対権力をもっている方がいいのだと主張した王党派の人たちに反論するために,『統治二論』という論文を書きました。これは同時に,上記のホッブスの説に対する反論でもあったのです。

 ロックによると,自然状態に置かれていた自然人たる人間は,自分で働き,働いてできたものは自分のものとして所有して富を増やしていました。人間はもともと自然権として,所有権を有しているという考え方です(人権思想はロックにおいて理論的に結実したということができるでしょう)。ところが,怠け者が泥棒を働いたり殺人を犯したりして他人の財産を奪うなどといったように,自然状態の調和を乱す者が現れる可能性があります。そこでトラブルの仲裁機関として権威ある国家を作り,人民の生命と私有財産を守ってもらうという契約を結んだのです。したがってロックにあっては,国家権力は人民が自分たちに奉仕するように作ったものであるから,しっかりと自分たちのために働いているかを監視する必要があるのであり,もし国家権力が暴走した場合には,一人一人の人間は契約違反だとしてそれに抵抗することができるし,それでも横暴を続けるのであれば,革命を起こして新しい国家権力を作ることもできる,ということになります。このようにロックは,「抵抗権」や「革命権」も認めていたのでした。

 このロックの思想に基づいて作られたのが実はアメリカという国なのです。イギリスの植民地であったアメリカの人々が革命を考え始めたのは,1765年のことでした。この年,イギリスの議会で印紙条例という法律が可決されたのです。これは,植民地で発行される新聞や証書などに印紙を貼らせて,そのお金でアメリカ駐屯軍の経費をまかなおうとしたものです。つまり,勝手に植民地人だけを対象とした税金を作ったのでした。

 これに対して植民地の人々は怒ります。イギリスの憲法には「代表なくして課税なし」という大原則があったのですが,アメリカ植民地の代表からの承認を得ずして,勝手に課税がなされたからです。そもそもアメリカ植民地から,本国イギリスの議会には代表すら送れないシステムになっていました。だからこれは憲法違反だというのがアメリカ側の言い分だったのです。その後もイギリスは,貿易関税を作って,アメリカに入ってくるお茶などの品物に税金をかけたりもしました。

 こうした状況を見たアメリカの植民地の人々の頭に浮かんだのがロックの抵抗権であり革命権だったのです。イギリス政府は人民に対して不当なことを行っているのであるから,これに抵抗し,革命によって,自分たちの社会契約で作られた新しい政府を作るべきだと考えたわけです。こうしてアメリカ独立革命が起こり,実際にアメリカという新しい国家が誕生することになったのです。その過程で成立したアメリカ独立宣言には,ロックのいう自然権に基づく人権という主張が明確に規定されています。そして後に成立したアメリカ合衆国憲法はジョン・ロック憲法ともいうべきもので,国家成立以前に人間が平等にもっていた自然権=人権は国家権力から守られるべきであるとされています。

 また,先程の引用の最後にもあったように,ロックの思想はフランスで大歓迎されます。そこで,フランス革命時の人権宣言にもロックの思想は反映しており,後のフランスの憲法にも継承されていったのでした。

 このようにして,市民革命によって作られた近代憲法は,ロックの思想が反映され,国家が暴走して人間が生まれながらにしてもっている平等な権利たる人権が蹂躙されることがないように,国家権力に縛りをかけるという機能を有するようになったのでした。
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2016年10月08日

高校生に説く立憲主義の歴史(3/5)

(3)予定説を媒介とした「人権」の誕生

 前回は,憲法の原点ともされるマグナ・カルタ(大憲章)を取り上げました。中世のヨーロッパ社会は,封建領主が分割して統治しており,領主間の争いはもっとも勢力の強い封建領主の一人であった国王によって調停されていました。ところが,十字軍をきっかけに都市の商工業者が台頭してきて,貨幣経済の進展によって農奴の立場が高まり,逆に領主=貴族や教会の力が衰えていくと,国王・商工業者連合軍と,既得権益を主張する貴族・教会連合軍の争いが生じて,国王の失政を引き金にして,特権階級の既得権を守るためのマグナ・カルタが成立したのでした。これは権力者=国王の横暴を縛る機能を有しているものなのでした。

 さて今回は,中世社会が進展していく中で,現代の立憲主義には不可欠の「人権」という考え方がどのようにして誕生してきたかを見ていきます。

 人権とは,「人間がもっている権利・自由の中で,最も基本的であり誰もが生まれながらにしてもつ権利」(『政治・経済用語集』,山川出版社)のことです。現代に生きるみなさんは,このような人権という概念を当たり前のように思っているかもしれませんが,人権という考え方は,人類の歴史でいうとごく最近,誕生してきたものなのです。では,どのように誕生してきたのでしょうか。

 人権という考え方が誕生する以前の中世においては,人間は,生まれ育った階級に従ってそれぞれ特別な権利,すなわち「特権」を持つと考えられていました。国王には王権がありましたし,封建領主たちには領主なりの特権がありました。都市の商工業者はギルドという特権的な組合を作って,新規参入する業者を排除していました。彼らにも特権があったのです。

 何の権利も与えられていなかったと思われる農奴にも,それなりの特権がありました。古代ギリシャやローマの奴隷は,牛や馬と同じように扱われ,もし奴隷に子どもが生まれたら,持ち主はその子どもを親から引き離し,自由に売りさばくことができました。ところが中世の農奴は土地とセットになっているため,家族をバラバラに売り飛ばすことはできなかったのです。このような家族をばら売りにされない権利というのは,ある意味,農奴が持っていた特権ということができます。したがって,領主であっても,このような農奴の特権を奪うことはできなかったのです。

 このような特権は,伝統主義が支配していた中世においては,親から子へと受け継がれていくものでした。したがって,封建領主の子どもは封建領主になり,商人の子どもは商人に,農奴の子どもは農奴になるほかなかったのです。

 国王には国王の,領主には領主の,商人には商人の,それぞれ別々の特権があると考えられていた状態から,どのようにして,人が生まれながらにして平等な権利をもっているという人権の考え方が生まれてきたのでしょうか。

 それは,キリスト教の予定説が関係しています。予定説とは,宗教改革家の一人であるカルヴァンが唱えた説です。

 前回にも少しだけ触れましたが,14世紀ころからキリスト教の教会は極度に腐敗していました。金儲けのために免罪符(贖宥状)を信者に売りつけて,これさえ買えば救われるなどと説いていたのです。売官や妻帯なども日常茶飯事で,本来の教義の反するようなことが当たり前に行われていたのです。

 こうした教会の堕落,腐敗に対して批判の声を上げ,宗教改革を行ったのがルターでありカルヴァンであったわけです。では,カルヴァンの唱えた説はどのようなものだったのでしょうか。今回も,林健太郎『歴史の流れ』(新潮文庫)から引用します。

「カルヴィンの説はルーテルより出てそれよりも一歩進んだものであった。彼の思想の根底には,神の全能の意志を極度に重視し,人間の救済はすでに神によって予め定められているという予定説が横たわっていたが,また神に召される外的な印しは道徳的な行為であり,キリストの神性は思索や理性によってでなく体験によってのみ理解されるとなす実践的な性格が彼の教えの特徴であった。そこで彼は聖書に文字通り則った厳格な道徳律を建て,それによって現世においてひたすら勤勉に働く事の中に救済への途を見たのである。ここにおいて現世の生活はカトリックにおけるような第二義的なものではなく,まさに神の恩寵を得るための第一義的なものとなり,営利や致富も,それが道徳的に行われる限り,正当な立派な行為とされたのである。この教えはまさに当時勃興しつつあった市民階級,未だ自己の努力によって事業を拡大し資本を蓄積しつつあった初期の工業者階級の利害に一致し,かつその意識を代表するものであった。そしてそれは神と人間との直接的な結合を説き,その間に何等の伝統的な人為的権威を認めない点において,極めて共和的,民主的なものであった。」(pp.115-116)


 すなわち,予定説とは,全知全能の絶対の神が全てを予定しているのだという説であり,現世において勤勉に働くことこそが救済への道であるということです。これは,当時勃興しつつあった都市の商工業者の利害に一致し,その意識を代表するものでした。また,「神と人間との直接的な結合を説き,その間に何等の伝統的な人為的権威を認めない」というのも,カルヴァンの主張の特徴なのでした。

 少し補足します。カルヴァンによると,神は絶対的な存在であり,神の意志を妨げる要因はありません。善行をなしたから神がこの人間を救おう,と考えるのではないのです。これだと,神の意志決定が人間によって左右されることになります。そうではないのです。神は全知全能で絶対的であり,全てのことを予め決めているのです。ですから,少なくとも予定説を信じることが神の御心に沿うことであり,神から与えられた天職を一生懸命に行うことこそが,救われないのではないかという不安を和らげる唯一の方法になるのです。

 カルヴァンのいうような絶対的な神に比べれば,人間など,何の価値もない存在だといってもいいでしょう。予定説によって神様をとてつもなく高いところに置いてみれば,世界の見方が変わります。すなわち,神様に比べれば,どんな人間もけし粒以下の存在であり,何らかの人為的な権威や決まり事など,どうでもよいことだと思えてくるのです。神様の目から見たら,国王も貴族も市民階級も,しょせんは原罪を背負った神の奴隷にすぎないのであり,大した違いはないのだ,という人間観が生まれてくることになります。

 ここから,人間は生まれながらにして平等な権利をもっているという人権の考え方が生まれてきたのです。すなわち,人間は神のもとにあってはみな平等であるのだから,人間がもっている権利もみな同じである,という考え方が生じてきたのです。もちろん,カルヴァンの予定説から直接に,人権という考え方が生まれてきたということではありません。たとえば,カルヴァンの弟子が師匠の予定説を発展させて,「人権」なる概念を打ち立てた,というようなことではないのです。そうではなくて,人権という考え方が誕生するにあたって,カルヴァンの予定説が必須の前提条件になっていた,ということなのです。人類の社会的認識の中に予定説が生成発展していったからこそ,社会的認識の次なる量質転化として,人間は生まれながらにして平等な権利をもっているという「人権」という考え方が誕生したのだ,ということなのです。人権という考え方は,例えば,イギリスで1689年に成立した権利の章典や,次回に触れるロックの思想の影響で成立したアメリカ独立宣言(1776年)やフランス人権宣言(1789年)などで次第に社会的認識として確立していくのですが,これらに関わった人間がカルヴァンの予定説を研究して「人権」なる概念を創り上げたわけではないのです。そうではなくて,無意識的な前提としてカルヴァンの予定説があったからこそ,これらが作られたのだ,ということなのです。

 さて,カルヴァンの予定説は,人間観だけではなく社会観も変えていき,歴史を動かす原動力になりました。先の引用にもあったように,カルヴァンの説は「神と人間との直接的な結合を説き,その間に何等の伝統的な人為的権威を認めない」ものでした。したがって,中世末期の絶対王権なども,まさしく伝統的で人為的な権威であり,そういったものを否定する方向へと歴史を動かしたということもできます。その典型的な例が1642年に始まるイギリスのピューリタン革命です。

 ピューリタン革命とは,当時のチャールズ1世が絶対王権を振りかざしていたことに対して,議会が反発したことを引き金に始まった革命です。結局,クロムウェルが率いるピューリタンの独立派が主導権を得て,国王を処刑してしまいます。国王が臣下に処刑されるなどということは,それまでのヨーロッパの伝統では考えられないことでした。それが実際に行われたのは,予定説による人間観の変更があったからです。

 クロムウェル家はもともと,イギリスのジェンドリー階層出身で,堂々たる王党派の特権階級でした。そのようなクロムウェルでさえ,母親の影響で熱心なピューリタンになると,王様を殺しても許されると考えるようになったのです。というのは,予定説を信じるピューリタンにとっては,従来の特権だらけの社会こそが神と人間との直接的な結合を引き離す人為的なものであり,こうした社会は変革する必要があるものだったからです。また,王が生まれながらにして尊いなどということは,神の下の平等を唱える彼らにとってみれば,信じるわけにはいかないものだったのです。

 このように,カルヴァンの唱えた予定説があったからこそ,そしてそれをもとにして誕生した人間観や社会観があったからこそ,臣下が王様を処刑するというような市民革命が実現したということができるのです。そしてこの市民革命は,憲法を大きく発展させることになるのですが,そのことについては次回説きたいと思います。

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2016年10月07日

高校生に説く立憲主義の歴史(2/5)

(2)中世における憲法の萌芽形態

 本稿は,立憲主義の危機が叫ばれている現状において,選挙権が与えられた18歳の年齢層を含む高校生に対して,立憲主義の歴史を説く講義です。

 今回は,憲法の原点ともされるマグナ・カルタ(大憲章)を取り上げます。マグナ・カルタは1215年にイギリスで公布されたものです。権力者が好き勝手に支配する(人の支配)のではなく,法が権力行使の方向と限界を示す(法の支配)というイギリス憲法の伝統の出発点となったと評されるものです。イギリスは,世界で最古くから憲法に基づく政治が行われていたところですから,これは世界の憲法の起源だといってもいいでしょう。

 さて,マグナ・カルタについて説くために,まずはヨーロッパ中世の社会について説明します。

 古代ローマ帝国が崩壊したのちのヨーロッパは,多くの封建領主によって分割統治されていました。封建領主とは,限られた土地を支配する権力者のことです。そのもとに,農奴と呼ばれる人々がおり,封建領主のために土地を耕作していました。

 このように,中世のヨーロッパには,自分の土地と武力を持った封建領主が群雄割拠していたのです。しかし,このままでは封建領主間で対立やもめごとが起こり,不安定な状況になります。そこで,領地をめぐる争いの調停役として,国王が誕生してくるのです。この時代の国王は,大領主の中のもっとも勢力の強い人であり,全体のとりまとめ役を任されていたのです。ですから,この時代の国王は「同輩中の首席」とも呼ばれ,その権力も限られたものでした。

 当時の国王は,単に封建領主の中の一人にすぎませんでしたから,主従関係を結んだ臣下の領土であっても,口出しすることはできませんでした。もちろん,土地に付属しているとされた農奴に対して,何らかの命令をすることもできなかったのです。臣下との間には,例えば国王が臣下である領主の土地を保護する代わりに,もし戦争が起きたら何人の家来を連れて従軍する,というような契約を結びましたが,国王といえども,この契約を守る義務があったのです。

 また,国王であっても,伝統や慣習を守らねばなりませんでした。当時にあっては,過去からの伝統や慣習だけが「法」であったので,国王が勝手に法律を作ることも,当然にできませんでした。

 このように,農奴の労働に支えられた封建領主がそれぞれの領土を支配し,領土間の対立はもっとも勢力が強い封建領主の一人である国王によって調停される形で,中世ヨーロッパの社会はそれなりに安定していきました。

 しかし,このような中世社会が,主として1096年に始まった十字軍をきっかけに崩壊していくこととなります。十字軍によって,当時のヨーロッパは,世界貿易によって経済的に栄え,古代ギリシャの文化遺産を引き継いで学問も発展していた中近東と交わることになります。この結果,イスラム圏の中近東から,陶器や織物,金属加工品など,ヨーロッパにはなかった贅沢品がヨーロッパにもたらされることになりました。

 この影響で,ヨーロッパには,新しい階級が生まれてきます。それが,都市の商工業者たちです。彼らは封建領主の手の届かないところに都市をつくり,そこで貿易を行ったり,作った手工業製品をヨーロッパ中に売り歩いたりしたのです。こうして貨幣経済が発展していくことになります。

 貨幣経済の発展は,農奴の地位を高くしていき,逆に封建領主の力を弱めていきました。お金を貯めて領主に一定額を支払い,農奴の身分から自由になるものも出てきました。加えて,1348年前後から起きた黒死病(ペスト)の大流行で,人口が激減したことも,農奴の立場を有利にしました。封建領主は農奴なしには生活できないので,数が減った農奴を大切にせざるを得なくなったからです。

 このように中世社会が変容・崩壊していくと,これまで名目的にトップに立っていた国王の力が,相対的に増してきました。国王も封建領主の一人でしたから,農奴の力が増し,数が減っていく中で,直轄地からの収入は減っていきました。しかし,国王は,新興勢力である都市の商工業者と結んだために,収入減を補って余りある金づるを手にしたのでした。というのは,当時の商工業者には,国王に多額のお金を支払ってでも,商工業を保護してもらう必要があったからです。当時の封建領主の軍隊は,平時には山賊や海賊として食いぶちを稼いでいました。その被害を受けていたのが商工業者たちです。だから彼らにとっては,封建領主は憎むべき存在だったのです。そこで彼らは,国王に献金や融資をして多額の金銭を差し出す代わりに,自分たちの安全の保障を国王に依頼したのでした。

 このように国王と都市の商工業者の利害が一致し,両者は力をつけていきます。軍資金を得た国王は,常備軍を編成するようになります。これによって自由な商工業が保障されると,都市の商工業者はますます発展して,都市は大きくなっていきました。両者とは反対に,領主=貴族の立場はますます弱いものとなっていったのです。また同じころ,国王と争っていた法王(教皇)の力も弱まりだし,教会は堕落していき,聖職者の立場も弱まっていったのです。

 こうして,勢力を増してきた国王・商工業者連合軍と,既得権益を主張する貴族・教会連合軍の争いが生じてくることになるのです。

 中世ヨーロッパ社会の変容には以上のようなプロセスがあり,その途上でマグナ・カルタ(大憲章)が発布されたのです。次に,その内容を見ていきましょう。

 マグナ・カルタの成立過程とその内容,後世への影響について,林健太郎『歴史の流れ』(新潮文庫)では次のように説かれています。

「……イングランドはその島国という位置からして,また『ノルマン征服』によって新王朝が始められた事からして,中世においても他国に比して比較的国家主権の権力が強大であった。しかし第三回十字軍に活躍したリチャード獅子心王の時代はなお封建制度の最も盛んな時期であった。リチャードが外征に没頭している間,国内ではその弟のジョンが勢力を得てやがて王位についたが,彼は内政外交に失敗が多く,ついに諸侯の反抗にあって有名な大憲章(マグナ・カルタ)を発布させられた(1215年)。これは正式の裁判によらなければ人民を逮捕,監禁しない事,貴族僧侶の大会議の承認を経なければ新税を課さない事を約したものである。この大憲章は一般人民の権利を保証したというよりはむしろ封建諸侯の権利を擁護したものであるが,しかしここに定められた主要な条項は,後一般人民の勢力が増大すると共に自ら人民の権利の保証に転化されて,イギリス立憲政治の規範となる事が出来たのである。」(p.92。読みやすいように旧字体を新字体に改めたり,漢字を平仮名にしたりしている。以下も同様)


 ここでは,イングランドにおいて封建制度が盛んな時期にジョン王が出て,内政外交の失敗が多かったために諸侯の反乱にあってマグナ・カルタを認めさせられたこと,その内容は不当な逮捕・監禁の制限や課税権の制限であったこと,この貴族の特権を保護した法が後に人民の権利の保証に転化されてイギリス立憲主義の規範となったことが説かれています。

 少し補足しておきます。そもそもマグナ・カルタが作られたのは,ジョン王があまりにも慣習法を無視したからでした。フランスとの戦争のために貴族や教会に重税を課し,情け容赦なく,厳しく取り立てたのでした。また,自分に対立するものを強制的に逮捕して,その財産を没収するというようなこともしていたようです。これを見たイギリスの貴族や聖職者たちは,あまりにも自分たちの既得権(特権)と慣習法を踏みにじっていると怒り,63か条の契約を作って,これを守るように王に要求したのです。先の引用文の中に,「正式の裁判によらなければ人民を逮捕,監禁しない事,貴族僧侶の大会議の承認を経なければ新税を課さない事」を承認させたとありますが,それは,ジョン王が慣習法を無視して不当に逮捕・監禁したり,自分勝手に新税を課したりしていたことの裏返しであるわけです。

 以上から明らかなことは,マグナ・カルタの目的は,あくまでも伝統を守ることであり,一部の特権階級(貴族や聖職者)の既得権を守ることであった,ということです。つまり,当時にあってはこれは民主主義とは何の関係もないものだったのです。

 しかし,現在でもこれが憲法や立憲主義の起源だと評価されているのには,それなりの理由があります。それは,王といえども法の下にあること,すなわち,法を守る義務があることが確認され,王が習慣法を破った場合は反乱に訴えることができることが明記されたためです。この二大原則が,後のイギリス憲法,そして世界の憲法の柱となっていったのです。

 要するに憲法とは,権力者が好き勝手にふるまうことを厳しく制限するためにこそ生まれたのだということです。もちろん,当時にあっては,そのことによって守られるのは貴族や聖職者の特権が中心でした。しかし,権力者を縛る,権力者に対して命令するという機能は,憲法が誕生当初から持っていた中心的な機能であるということができるのです。

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2016年10月06日

高校生に説く立憲主義の歴史(1/5)

目次
(1)立憲主義が問われている
(2)中世における憲法の萌芽形態
(3)予定説を媒介として生まれた「人権」概念
(4)ロックの思想と市民革命
(5)立憲主義の歴史を辿り返す必要がある

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(1)立憲主義が問われている

 高校生のみなさん。本稿は高校生のみなさんに対して,憲法の歴史について説いていく講義です。なぜこのような講義をするのかというと,みなさんもご承知のとおり,2015年6月に改正公職選挙法が成立して,選挙権年齢が20歳以上から18歳以上に引き下げられたからです。この法律は,今年の6月19日に施行され,7月に行われた参議院議員通常選挙から,18歳,19歳であっても選挙権が与えられ,投票することが可能となったのです。つまり,高校生であっても,選挙に行って投票する人が出てきたということなのです。

 しかし,投票するためには,政治の仕組みについてしっかり分かっておく必要があります。現代日本では,憲法に基づいて政治が行われています。これを立憲主義(あるいは立憲政治)といいますが,この政治の一番の要(かなめ)は,もちろん,憲法にありますから,憲法とはどのようなものであるのかを,その歴史も含めてみなさんにしっかりと理解してもらいたいのです。

 もう一つ,最近の政治状況において,その立憲主義が危うくなっているという指摘があります。以下の新聞の社説を読んでみてください。

「安保法成立1年 違憲性は拭い去れない

 安全保障関連法の成立から一年。「違憲立法」の疑いは消えず,既成事実化だけが進む。戦後日本の平和主義とは何か。その原点に立ち返るべきである。

 与野党議員が入り乱れる混乱の中,安倍政権が委員会採決を強行し,昨年九月十九日に「成立」したと強弁する安保関連法。今年三月に施行され,参院選後の八月には自衛隊が,同法に基づく新たな任務に関する訓練を始めた。

 政権は既成事実を積み重ねようとしているのだろうが,その土台が揺らいでいれば,いつかは崩れてしまう。その土台とは当然,日本国憲法である。

◆他衛認めぬ政府解釈
 七月の参院選では,安保関連法の廃止と立憲主義の回復を訴えた民進,共産両党など野党側を,自民,公明両党の与党側が圧倒したが,そのことをもって,安保関連法の合憲性が認められたと考えるのは早計だろう。

 同法には,「数の力」を理由として見過ごすわけにはいかない違憲性があるからだ。

 安保関連法には,武力で他国を守ったり,他国同士の戦争に参加する「集団的自衛権の行使」に該当する部分が盛り込まれている。

 安倍内閣が二〇一四年七月一日の閣議決定に基づいて自ら認めたものだが,歴代内閣が長年にわたって憲法違反との立場を堅持してきた「集団的自衛権の行使」を,なぜ一内閣の判断で合憲とすることができるのか。

 憲法の法的安定性を損ない,戦後日本が貫いてきた安保政策の根幹をゆがめる,との批判は免れまい。成立から一年がたっても,多くの憲法学者ら専門家が,安保関連法を「憲法違反」と指摘し続けるのは当然である。

(中略)

 国会での長年にわたる議論を経て確立した政府の憲法解釈には重みがあり,一内閣による恣意(しい)的な解釈が認められないのは当然だ。それを許せば,国民が憲法を通じて権力を律する立憲主義は根底から覆る。安倍内閣の手法は,歴史の検証には到底,耐えられない。

◆憲法の危機直視せよ
 日本の安保政策を,専守防衛という本来の在り方に戻すには,集団的自衛権の行使を認めた閣議決定を撤回し,安保関連法を全面的に見直すしかあるまい。

 安倍政権は,自民党が悲願としてきた憲法改正に向けて,衆参両院に置かれた憲法審査会での議論を加速させたい意向のようだが,政府の恣意的な憲法解釈を正すことが先決だ。与野党ともに「憲法の危機」を直視すべきである。」(2016年9月20日 東京新聞社説)


 ここでは,一年前に成立した安全保障関連法には違憲立法の疑いがかけられていること,それは,この法律に含まれる「集団的自衛権の行使」が,従来の政府の憲法解釈では違憲であるとされていたのに,2014年7月の閣議決定で合憲だと180度判断が変わってしまったからであることが説かれています。このように,憲法について「一内閣による恣意(しい)的な解釈」を許してしまえば,「国民が憲法を通じて権力を律する立憲主義は根底から覆る」として,立憲主義が危機的な状況にあると指摘されているのです。

 本当に立憲主義が危うくなっているのか,それとも,そんなことはないのか,現在の安倍政権の行っていることは憲法に基づいた政治といえるのか,そうでないのか。これらの問題については,多様な立場があるでしょう。しかし,これらの問題にしっかりと答えるためには,その前提として,そもそも立憲主義とは何なのか,憲法に基づく政治とはどのようなことなのか,そもそも憲法とはどのような存在なのか,ということがしっかりと理解できていなければなりません。

 ところが,現在高校で習う世界史にしても政治・経済にしても,この根本的なところがなかなか理解しにくくなっています。というのは,大学受験を目指してこれらの科目を勉強すると,どうしても細かな知識の暗記になってしまい,歴史の大きな流れや政治の大きな柱といったようなところが,なかなか理解できないからです。もちろん,この社説で説かれているように,立憲主義とは,端的にいってしまうと「国民が憲法を通じて権力を律する」ことなのですが,この言葉だけでは,なぜ権力を律する必要があるのか,権力を律するのはそもそも何のためなのかといった具体的な内容が分かりませんし,単なる薄っぺらな知識に終わってしまいます。

 そこで本稿では,憲法の歴史,立憲主義の歴史をダイジェストで,一番大切なポイントに絞って説いていくことにします。その際,細かな事実にとらわれることなく,高校の世界史や政治・経済の教科書に説かれているような知識に筋をとおす形で,憲法がどのように誕生して,どのように成長してきたのか,憲法にはどのような機能があり,立憲主義とは具体的にどのようなことであるのか,ということを,物語風に説いていければと思っています。なお,本校執筆にあたっては小室直樹『痛快!憲法学』(集英社インターナショナル,2001年)を参考にしました。

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2016年06月27日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(5/5)

(5)崇高な理念を実現するための具体的な筋道を主体的に模索する必要がある

 本稿は、オバマ米大統領よって先月行われた“歴史的”な広島訪問、特にその中でも「広島演説」を取り上げ、唯一の被爆国に暮らす我々日本人が核兵器のない世界を実現していくためには、この演説をどのように捉えるべきか、この演説にはどのような意志が反映されているのかという問題について、日本という国家がおかれている情況を踏まえつつ、主体的に国家を建設していくためにという観点で検討していくことを目的とした小論である。

 本稿ではこれまで、「広島演説」の評価すべき点、不十分な点、もっといえば欺瞞的な部分を取り上げて分析してきた。ここで、これまでの流れを大事な点に絞って振り返っておきたい。

 まず、「広島演説」では未来が「選択」できるものであることが強調されていたことを見ていった。オバマ大統領は、国家の指導者が真摯に過去から学び、その学びの上で将来の国家像を「選択」することで初めて、核戦争を廃絶し、全ての子供たちが平和に暮らせる世界を創ることができるのだ、それが米国の大統領たる自らの使命なのだということを全世界に向かって発信したのであった。しかし一方で、終戦から戦後にかけての日米の「選択」に関しては、米国の利益に基づいて一方的な要求を突きつけておきながら、それがあたかも日米共同の利益であるかのように見せかけることで、国民レベルでは主体的な「選択」の余地などない日本の方向性を日本自身が「選択」したかのように論じている部分もあり、これは欺瞞に過ぎないと指摘しておいた。

 次に、「広島演説」が人類の歩みを「物語」として語っていることに着目して、その中身を検討していった。オバマ大統領は、人類は人権が保障され、全ての人間が平等に扱われる理想的な社会に向って進んできたし、これからも進んでいくであろうということを、1つの壮大な「物語」として語ることで、「広島演説」を格調高いものとして演出したのであった。しかし、「物語」という言葉には二面性があるのであり、この人類の歩みを「物語」として語ることで、語り手とは関係のない、語り手がコントロールできない世界の出来事として、原爆投下が語られているという側面もあることを指摘し、これはオバマ大統領が米国世論に配慮したものであることを明らかにした。

 最後に、「広島演説」では焦点をぼかした表現が意図的に多用されている事実を指摘した。人類の歩みを「物語」として語ることについては、人道的見地から原爆投下への謝罪をすべきところを、責任を逃れるために格調高い「哲学的な表現」で内容の曖昧さを見えなくしてしまっているという意味で、我々日本人が許すことのできない欺瞞であることを説いた。他にも、原爆の悲劇を戦争一般の悲劇に解消してしまっている点、つまり核兵器の廃絶を訴えているのか、戦争そのものがない社会を目指しているのか、内容が曖昧である点、人権が保障され、全ての人間が平等に扱われる社会を目指すべきだという訴えは、被爆地広島での演説としては内容がぼやけてしまって一般的すぎるという点、核兵器廃絶という理念が語られているだけで、その具体的な道筋が示されていない点を指摘した。

 ここで改めて、オバマ大統領が行った「広島演説」をどのように評価すべきかについて、本論で取り上げられなかった部分も含めた「広島演説」全体を視野に入れて確認しておきたい。

 オバマ大統領は「広島演説」において、一定の崇高な理念を示している。人権が保障され、全ての人間が平等に扱われるような理想的な社会への人類の歩みは、国家の指導者の「選択」によって可能であることを示し、国家間の問題については、戦争ではなく外交によって解決することも主張している。また、核保有国は、核廃絶への勇気を示す必要があることも強調している。これらのことは、超大国のリーダーが世界のあるべき姿について明確な目的像を示したとして、肯定的に評価できることである。人間は目的像を描いて、それを実現すべく行動するものである。人類全体に関わる大きな理念、将来像を提示したことは、人類の歩みにおける強力な原動力となるだろうという意味で、画期的な演説であったと評価できるだろう。被爆者を含めた多くの日本人がオバマ大統領の広島訪問を好意的に受け止めていることは、こうした「広島演説」の積極的側面を受け止めてのことであり、また特に被爆者がこの演説にある程度納得していること自体にも意味があるといえるだろう。

 しかし一方で「広島演説」は、よく練り上げられた「作文」という側面があることも否定できない。オバマ大統領はこの演説で、広島を実際に訪れ、平和記念資料館を視察することで、どのような思いが湧き上がってきたのかに関して、全く触れていないのである。米国世論に配慮して、格調高く「哲学的」で「物語」のような演説であったが、具体性がなく、原爆投下の当事者としての人道的観点からの謝罪もない、曖昧で欺瞞に満ちた演説になってしまっているのである。

 この「広島演説」の欺瞞を象徴するように、オバマ大統領は今月になって、インドのモディ首相と会談し、米国の会社がインドで6基の原子力発電所を建設することで合意したのである。「核拡散防止条約(NPT)未加盟の核保有国インドとの原子力協力拡大は、核不拡散政策に逆行しているとの批判もある」(中日新聞2016年6月8日夕刊)との報道もあるし、オバマ大統領が僅か半月前に「広島演説」で語った核廃絶、核不拡散への決意との矛盾も指摘しなければならない。オバマ大統領としては、核兵器と核の“平和利用”とを区別しているつもりかもしれないが、ヒロシマ、ナガサキに続いてフクシマの悲劇を体験した日本にとっては、いわゆる“平和利用”かどうかに関わらず、核そのものの脅威をなくしていくことこそが目指すべき将来像である。これは世界中で共有されている思いであることを考えれば、オバマ大統領の行動は、「広島演説」が欺瞞であったことの証明以外何物でもないのである。

 以上を踏まえて、我々日本人はどのような道を進んでいくべきか、最後にこの問題について検討しておきたい。

 まず、「広島演説」の肯定的側面、すなわち人類の平和に向けた崇高な理念を示したという側面に関していえば、この理念の具体化に向けた筋道を模索していく必要がある。「広島演説」で示された理念は、建築でいえば、まだ建物の外観のイメージが示されたにすぎないのであって、どのような構造でその建物を支えるのか、どういう過程で建築していくのかという具体的な中身、具体的な方法については、人類の今後の課題としてしっかりと受け止める必要があるわけである。特に我々日本人は、唯一の被爆国の一員として、自らが主体的にこの道程に関わっていく必要がある。世界平和に向けた具体的な道筋を構想し、世界に働きかけながら具体化していく必要があるのである。

 さらに重要なことは、「広島演説」の否定的側面をしっかりと把握する必要がある、ということである。どういうことかというと、これまで見てきたとおり、「広島演説」は米国世論に配慮しつつ、オバマ大統領自身の「レガシー」という側面も含みつつ、日本人、特に被爆者やその遺族をある程度納得させるものでなければならなかったため、相当程度に練り上げた「作文」として発表されたものである。こうした背景を把握せず、単に立派な国の立派な大統領が立派な演説をしてくれた、世界平和に向けた理念が素晴らしかった、などと受け止めているだけでは駄目なのである。なぜなら、これまで縷々説いてきたとおり、この「広島演説」には大きな欺瞞が含まれているのであって、これを肯定的に認めてしまうことは、「奴隷根性」、「植民地根性」の現れ以外何物でもないからである。

 敗戦から戦後にかけて、日本は徹底的に主体性を奪われ続けてきた。国家防衛という死活問題を米軍に依存せざるを得なくされ、経済的繁栄の裏側では米国に屈辱的な妥協を強いられ続けてきた(※1)。そうした情況を背景にして、日本人は主体的に考えることを已め、米国の主張は常に正しいものとして受け入れ続けてきたのである。この延長線上にあるのが、「広島演説」を圧倒的多数の日本国民が肯定的に受け止めているという現実である。

 しかし、原爆投下の責任を否定し続ける「広島演説」に対して、それを肯定的に受け止めるなどという態度が、果たして主権を持つ国家としてのまともな態度といえるかどうか、よく考えてみる必要がある(※2)。自分でなすべきことを決定するとともに、そのなした結果に対してしっかりと責任をとるという主体性をなくしてしまった今の日本は、まずこの問題を徹底的に考え抜かねければならない。

 我々は、「広島演説」に示された崇高な理念には賛同しつつも、その理念へ至る筋道を具体的に描く努力を主体的に行っていく必要があるのであって、その前提として、「広島演説」の否定的側面、欺瞞に満ちた内容をしっかりと把握する必要があるのである。そうして初めて、日本が米国の属国状態から脱し、世界で責任ある地位を占める展望も開けてくるのである。

(※1)こうした過程の詳細については別稿に譲るとして、当面、前泊博盛『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』、ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』などを参照されたい。

(※2)安倍首相が南京を訪れ、「死が津波のように押し寄せてきた」などと演説すれば、中国からどれほどの非難の声が挙がるか、想像してみるのもよいだろう。

(了)
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2016年06月26日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(4/5)

(4)「広島演説」は焦点をぼかした表現を多用している

 前回は、「広島演説」に登場する「物語」に焦点を当ててその内容を検討していった。まず、「物語」(=”story”)という言葉が直接使われている箇所を引用し、権利が保障され、人間が平等に扱われる世界を追求していく決意をオバマ米大統領が述べていることを見た。また、こうした理想を追求していく人類の歩みを「物語」として把握することで、壮大な歴史を語っているのだという効果を引き出しているというオバマ大統領の技巧上の工夫についても言及した。しかし、ヨリ注意すべき点として、「物語」(=”story”)という言葉が直接使われているわけではないが、「物語」的な語りを行っている部分、すなわち冒頭の部分と結びの部分について、「物語」(=”story”)という言葉には二面性があることに触れつつ取り上げた。ここでは、原爆投下の事実を「物語」として語ることによって、いわば「他人事」にして、米国人が「加害者」意識に苛まれることを防ぐという配慮がなされていたのであり、我々日本人としては、この米国の責任回避の姿勢をこそ厳しく追及しなければならないのではないかと提起しておいたのであった。

 さて今回は、今も原爆の後遺症で苦しむ人々が暮らしている日本という国、特に広島(長崎)に対するある意味での「被害者」である米国の大統領が行った演説としてみた場合、「広島演説」が十分な内容であったのか、検証していきたいと思う。

 先回の最後にも述べたように、「広島演説」では原爆投下の事実をあたかも「物語」であるかのように、語り手の制御できない架空の世界で起こった出来事であるかのように、語るという「技巧」が施されていた。冒頭の部分、特に” death fell from the sky”(死が空から降ってきた)などは、「物語」的である以上に、あたかも原爆投下が自然現象であったかの印象を意図的に与えようとしているのではないかと勘繰られても仕方のない表現にもなっている。これはもちろん、オバマ大統領が米国世論に配慮した結果には違いないが、これを我々日本人はどのように受け止めるべきなのか。

 もちろん、その受け止め方が、米国人と同様であっていいはずがない。なぜなら、原爆投下という事実だけを抜き出せば、我々日本人は明らかに「被害者」であって、米国人は「加害者」であるからである。米国では、いまだに原爆投下を正当化する議論、原爆投下によって戦争が早期に終結した結果、米国軍人の命はもちろんのこと、日本人の命も多数が救われたのだという議論がなされている。しかしこのことは、原爆の悲劇を自らのこととして受け止め、その苦難の道を歩んできた我々日本人にとっては、到底それだけで受け止められるものではない。原爆投下による被害をリアルに知り抜き、その苦痛を今でも受け続けている被爆者や遺族にとっては尚更である。だからこそ、原爆の事実をヨリ多くの各国首脳に知ってもらいたい、特に原爆投下の当事者である米国の大統領に知ってもらいたいとして、米大統領の広島訪問が熱望されていたのであって、現にオバマ大統領の広島訪問が“歴史的”といわれているのである。原爆の悲惨さを知ってなお、原爆投下を(少なくとも人道的観点で)正当化し続けられるか、ここが今回のオバマ大統領の広島訪問で問われた本質的な部分であったのではないか。

 こうした点から見れば、端的にいえば、「広島演説」は被爆国からすれば全く不十分な内容であったといわざるを得ない。「物語」的表現を隠れ蓑にして、米国の原爆投下を覆い隠し、米国の判断でなされた原爆投下を、あたかも人間の意志が介在しない自然現象のように言い張るなどということは、非人道的な核兵器を使用した責任から逃避しているということ以外何でもないのである。人道的見地からの謝罪があってしかるべきところを、責任逃れのために格調高い「哲学的な表現」で内容の曖昧さを見えなくしてしまっている、こうした側面があることを我々日本人は許してしまってはならないのである。

 「広島演説」が不十分でることは、以上の点に限らない。以下にいくつかの点を見ていこう。

 まず、「広島演説」が目指す未来は、戦争そのものがない社会なのか、核兵器の廃絶なのかが曖昧な点である。「広島演説」では、「戦争」(=”war(s)”,”warfare”)という言葉が16回使われているのに対して、「核兵器」(=” nuclear weapons”)や「原爆」(=” the atomic bomb”)を意味する言葉は、「きのこ雲」(=” a mushroom cloud”)や「原子の分裂」(=” the splitting of an atom”)などのほぼ原爆や核兵器のことを表しているといえる言葉を含めても、6回しか登場しない。さらに象徴的なのが、爆弾(=”the bomb”)、拡散(=”the spread”)、死の物質(=”deadly materials”)などのように、核や原爆という言葉を意図的に避けている印象がある言葉が使われていることである。ここには、被爆地広島の現実に真摯に向き合おうとする姿勢が見られず、ただひたすら原爆投下の正当性を主張するアメリカ世論へ配慮しようとする姿勢のみが見られるといえるのではないか。わざわざ被爆地広島でメッセージを発信するのであれば、広島の悲劇を戦争一般に解消してしまうような姑息な表現を用いずに、核兵器の廃絶に焦点を絞った内容のメッセージを発信すべきであったともいえるだろう。

 次に、焦点が絞り切れていないということでは、前回の初めに引用した、「物語」(=”story”)という言葉が直接使われている箇所に関しても同じである。ここでオバマ大統領は、生存権、自由権、幸福追求権などが保障され、全ての人間が平等に扱われるような社会、全ての人間の価値が認められ、全ての人間の命が大切にされ、人類が1つの家族のように扱われる社会の実現を目指すべきだと述べているのであるが、これも一般論としては否定しようがない内容であるものの、「広島演説」の中に配置されてしまうと、どうしても一般的すぎる表現に思えてしまうのである。よく読めば分かることであるが、この部分には核兵器や原爆という言葉はおろか、戦争という言葉すら使われていないのである。人権の尊さという抽象的な理念を語るだけで、内容がぼやけてしまっている印象が拭えない。

 最後に、連載第2回で取り上げた「選択」の中身に関しても、非常に抽象的であるといわざるを得ない。オバマ大統領は「広島演説」の締めくくりの部分において、我々人類の「選択」如何によって、戦争のない平和な世界が実現できるのか、核戦争によって世界が滅んでしまうのかが決まってしまうのだ、平和な世界の実現に向けてこそ努力しなければならないのだということを説くわけであるが、この中身はよく考えてみると、核戦争の未来ではなく、平和が実現した未来を「選択」しようではないかというありきたりな、抽象的な内容であって、その平和な世界の実現に向けてどのような道を歩むべきかという、「プラハ演説」で提起されたような具体的な中身は何もないのである。被爆地広島での演説であれば、核兵器廃絶への具体的な道筋を示すべきであったといえよう。

 以上見てきたように、「広島演説」では焦点をぼかした表現を多用することで、非人道的な核兵器を使用した米国の責任を回避し、当然謝罪の言葉もない、そもそも原爆の悲劇を戦争一般の悲劇に解消してしまっているというように、被爆地広島から発信するメッセージとしては非常に不十分な内容であると評価できるのである。
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 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
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 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
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 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
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 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
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 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
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 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
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 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
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 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
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 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
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 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
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 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
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 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
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 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
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 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史