2017年01月10日

激動する世界情勢を問う(5/5)

(5)世界歴史の大きな流れを視野に、混迷を前向きに打開する努力を

 本稿は、世界中でこれまでの常識を覆すような衝撃的な出来事(イギリスのEU離脱、アメリカでのトランプ大統領の誕生など)が相次いでいることを踏まえ、世界歴史の大きな流れは一体どのような方向に向かおうとしているのか、という問いを念頭に置きつつ、激動する世界情勢の根底に何があるのか、検討していくことを目的にしたものであった。ここで、これまで説いてきた流れを簡単に振り返っておくことにしよう。

 まず、2016年に起きた諸々の出来事のなかでも最大の衝撃だったといえる、アメリカ大統領選挙でのトランプ勝利について検討した。トランプが「金持ちと権力者」と闘う労働者の味方として自らを押し出す一方で、「封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った」(「東京新聞」社説)のは、新自由主義的な「グローバル資本主義」によってもたらされた格差と貧困の拡大に対する民衆の不満が明確な方向性に集約されきっておらず、社会的強者に立ち向かっていこうとする前向きな要素と、社会的弱者を叩いて溜飲を下げようとする後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているからこそである、ということであった。

 次いで、アメリカのトランプのみならず、フィリピンのドゥテルテ、中国の習近平、ロシアのプーチン、トルコのエルドアン等々、世界各国で相次いで強権的な指導者が登場してきているのはなぜなのか、検討した。端的には、新自由主義的な「グローバル資本主義」により、全世界的な規模で格差と貧困の拡大が進行していることが根底にある、ということであった。現状に対する強い不満はあるが、怒りの矛先を、どのような対象に対して、どのよう向けていくべきなのかは分からない――こうしたなかで、ナショナリズム的な気分も高まってきている、ということであった。

 さらに、強権的な指導者がナショナリズムを煽る背景に、「パクス・アメリカーナ」の崩壊という国際環境の変化があることについて検討した。そこでは、トランプの「アメリカ第一主義」の宣言は、アメリカの国力の衰退に伴って、アメリカの特殊利害を人類の普遍的な共同利害であるかのように偽装していく余裕がなくなってきたことの表現にほかならないこと、アメリカが「世界の警察官」としての役割を放棄していくことは、世界情勢の混乱に拍車をかけるものであることは間違いないものの、特定の大国が世界を支配するという構造が壊されること自体は前向きに捉えられるべきであることを指摘した。

 以上でみてきたように、世界中でこれまでの常識を覆すような衝撃的な出来事が相次いでいる背景には、「グローバル資本主義」、すなわち、巨大な多国籍企業がより大きな利益を求め国境を超えて傍若無人に暴れまわるというあり方が、各国の国民生活を不安定化させ地域社会を衰退させていることがある。ポピュリズム、保護主義、ナショナリズムなどといわれる最近の動向、あるいは、「強い指導者」への待望論は、国民生活を守る国民国家の役割を求める民衆の切実な要求の反映にほかならないともいえよう。そこに排外主義の肯定や民主主義の否定につながりかねないような危険な要素が含まれていることを否定できないが、「グローバル資本主義」に欠けている要素を求めていくものとしては、基本的には肯定的に捉えられるべきものだというべきであろう。少なくとも、「無責任な人間たちの暴走」(本稿の連載第1回で紹介した津山恵子の言)などと切って捨てしまってよいものでは絶対にない。

 現在の世界では、「パクス・アメリカーナ」衰退による地政学的な混乱も含めて、左か右か、帝国主義か反帝国主義かという伝統的な単純な二分法では事態をまともに把握できないような状況が大きく広がっている(例えば、「イスラム国」は反アメリカ帝国主義だから進歩的だ、などということは到底できない)。現状への諸々の異議申し立てには、前向きの要素と後ろ向きの要素とが未分化のまま混在している。そのことを良いとか悪いとか云々する以前に、従来の社会体制が「グローバル資本主義」に規定されて深刻な行き詰まりに直面している事実を直視しなければならない。

 「グローバル資本主義」が中間層を疲弊させ、格差と貧困の拡大をもたらしたことで、従来の社会体制の安定は大きく揺らいでいる。これまで、支配層(社会の特殊な階層)の特殊利害をあたかも社会全体の共同利害であるかのように偽装するために利用されてきた諸々の理念が空洞化し説得力を失ってきている。「自由」といっても結局は金持ちと権力者が好き勝手に利益追及するための自由でしかないのではないか、規制緩和による自由競争の促進や自由貿易の推進で経済が活性化すれば国民みんなが豊かになるといわれたが全くそんなことはないではないか、「民主主義」といっても結局は政治屋どもが金持ちや権力者に都合のいいことを決めているだけではないか――こうした疑問が浮上してきているわけである。あるいは、「女性差別はいけない」「障害者差別はいけない」「民族差別はいけない」等々のお説教がなされる一方で、これまで国を支えてきたはずの普通の労働者(男性労働者)の生活が苦しくなってきていることはまともに省みられていないではないか――こうした不満が広がってきているわけである。「ポリティカル・コレクトネス」への嫌悪感の広がりというのは、要はそういうことなのだといえるだろう。各国の内部をみても、国家どうしの関係をみても、特殊利害どうしのむき出しの衝突が起きている。「自国第一主義」を標榜する強権指導者の登場も、そうした文脈のなかで捉えられるべきものである。

 「ポリティカル・コレクトネス」への嫌悪、「強い指導者」への待望論などが、それ自体として不健全なものであることは論を俟たない。しかし、これらが、従来の社会体制を変革しようとする民衆のエネルギーの(歪んだ)表現であることをみてとらなければならない。アメリカが「世界の警察官」としての役割を放棄していくことによる地政学的な混乱の深まりも、「自国第一主義」の広がりも、それ自体としてみれば、決して望ましいものではないことは当然のことである。しかし、これが、特定の大国が世界を支配するというあり方が崩されていく過程に必然的に伴わざるを得ないものであることをみてとらなければならない。各国の「自国第一主義」への開き直りは、圧倒的な超大国アメリカの支配の下で、その他の国々が主張したいことをまともに主張できなかった状態が崩されたものと捉えることもできるのである。まずは各国が主張したいことを存分に主張すること、次いでそれらを安定した秩序の枠に収めていくこと――このような過程をたどることによってこそ、真に対等・平等な国際関係が構築できるのだ、と考えることもできるだろう。

 現在の国連は、安全保障理事会の常任理事国が実質的に支配するようなものであるし、EUにしても、「ドイツ帝国」(エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』文春新書)と揶揄されるように、加盟国どうしの関係は非常に不均衡なものとなっている。こうした現実を、もっともらしいが空虚な理念によって糊塗するのではなく、各国が「自国第一主義」的な主張によって動揺させることによってこそ、真に対等・平等な国家関係を構築していくための前提条件がつくられていくのだといってもよいかもしれない。

 現在の世界情勢の混迷は、幻想的な共同利害の下で抑えつけられてきた諸々の特殊利害が強烈に押し出されつつあることによるものだといえる。ポリティカル・コレクトネスへの嫌悪とかトランプの「アメリカ第一主義」とかは、それぞれの主体の特殊利害を剥き出しのまま通用させようという開き直りなのである。これが危険な動きであることは間違いないが、だからといって、旧来の体制を正当化するために利用されてきた諸々の理念の側に大衆を押し戻そうとしても、それは不可能なのである。いま求められているのは、諸々の特殊利害の主張を否定することではなく、それらの特殊利害を真の共同利害と調和させていくのに資するような新たな理念を構築していくことである。

 そのためにも、民衆の生活の苦境をもたらした社会の構造(いわゆる「グローバル資本主義」)についての理論的な把握を踏まえて、民衆の不満を前向きに解決していくための体系的な社会変革の構想の提示が求められているのである。そのためには、国家学を中核とする社会科学体系の構築が急務である。このことこそが我々京都弁証法認識論研究会の歴史的任務であることを確認して、本稿を終えることにしたい。

(了)
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2017年01月09日

激動する世界情勢を問う(4/5)

(4)アメリカの衰退による地政学的な混乱の深まり

 前回は、世界各国で相次いで強権的な指導者が登場してきているのはなぜなのか、検討した。端的には、新自由主義的な「グローバル資本主義」により、全世界的な規模において、格差と貧困の拡大が進行していることが根底にあるのであった。現状に対する強い不満はあるが、怒りの矛先を、どのような対象に対して、どのよう向けていくべきなのかが明確に認識されていないなかで、ともかく何でもいいから現状を変えてくれるような強い指導者に期待したい、という感情が大きく広がっている。こうしたなかで、ナショナリズム的な気分が高まっているのも、新自由主義的な「グローバル資本主義」、すなわち、国境を超えて「ヒト・モノ・カネ」が激しく行き交うという状況のなかで、各国の国民生活や地域社会の安定が崩されていることへの民衆の怒りの表現だというべきであろう。

 しかし、こうした強権的指導者がナショナリズムを煽る背景、とりわけ、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領などが領土拡張主義的な行動に打って出ている背景には、単に民衆の国内的な不満の矛先を国外に向けさせるという狙いだけではなく、「パクス・アメリカーナ」の崩壊という国際環境の変化があることも見逃してはならないだろう。

 こうした文脈のなかでは、トランプが「偉大なアメリカ」「アメリカ第一主義(America First)」を掲げていることが注目される。トランプのいわゆる「偉大なアメリカ」については、まず、これがかつてブッシュ(ジュニア)政権を支配したネオコン勢力が掲げた「強いアメリカ」とは大きく異なるものであることが確認されなければならない。

 2002年9月の「アメリカ合衆国の国家安全保障戦略」(いわゆる「ブッシュ・ドクトリン」)は、「アメリカは、人間の尊厳という妥協の余地のない要求――法の支配、国家の絶対的権力の制限、言論の自由、信仰の自由、公平な裁判、女性への敬意、 宗教や民族への寛容、私有財産の尊重――のために、確固として闘わねばならない。」「偉大な多民族民主主義国家としてのアメリカの経験は、多様な文化的遺産や信仰を持つ人々が平和的に共生し 繁栄することができるという我々の確信を肯定するものである」と述べていた。すなわち、ネオコンの主張した「強いアメリカ」は、自由と民主主義という普遍的な価値観の擁護者たるアメリカが、一元的に世界を支配してしまおう(アメリカを盟主とする有志連合が国連を無視してでも世界のルールを体現しよう)という強固な意志に基づくものであったのである。

 これに対して、トランプの「偉大なアメリカ」「アメリカ第一主義」には系統だった内容はなく、過去の栄光を懐かしむ気分のようなものにすぎないといえよう。あえていえば、アメリカを「世界の警察官」として維持していく負担を減らしつつ(NATOや日本に一層の負担を求め、ロシアとの敵対を避けるなど)、民主主義や人権、多民族の共生といった建前(いわゆる「ポリティカル・コレクトネス」)にこだわらず、その時々のアメリカの利益を最優先していこうというものである(*)。

 もっとも、トランプの掲げる「アメリカ第一主義(America First)」は、トランプだけの特殊な考え方だともいうこともできない。すでにオバマ大統領が、2016年1月の一般教書演説において、「危機的状況にある全ての国を引き受け、再建することはできない」と述べて「世界の警察官」から脱することを宣言している。2001年の9・11テロ事件以降、ネオコン勢力に支配されたブッシュ(ジュニア)政権は、「世界の警察官」として、テロ支援勢力の掃蕩や「中東民主化」を掲げ、アフガニスタン戦争やイラク戦争など、中東への軍事介入を強めてきたが、これが事態を深刻に悪化させてしまったことは、もはや否定しようがない。そもそもオバマは、アフガニスタンやイラクからの撤退を掲げて、2008年の大統領選挙に勝利したのである。大統領に就任したオバマは、アメリカの世界戦略の重心を中東からアジア太平洋地域に移すリバランス政策を打ち出した。これは、アメリカ経済の低迷と財政赤字の増大のなかで、国防予算を削減せざるを得ないという条件の下、軍事力をアジア太平地域に集中的に配分していこうとするものであった。中国が台頭するアジア太平洋地域の秩序の安定を最優先し、この地域の経済活力をアメリカに取り込もうというのである。とはいえ、巨額の財政赤字を抱えるアメリカが単独で秩序維持を図るのはもはや不可能であり、日本などの同盟国にこれまで以上の軍事的負担が求められるのは必然であった。日本における安保法制の制定の背景には、こうしたアメリカの世界戦略上の都合があったわけである。

 いずれにせよ、アメリカが世界を一元的に支配するのはもはや不可能であるということは、アメリカの支配層に広く共有されつつあることは間違いない。アメリカの国力の衰退に伴って「パクス・アメリカーナ」が衰退し崩壊していくことは、大きな方向性としては避けられないのである。「アメリカ第一主義」を掲げるトランプの登場は、こうした流れのなかで捉えられなければならない。オバマは、普遍的な理念の擁護を掲げつつも、アメリカの国力の衰退に見合った形で、「世界の警察官」としての役割を縮小しようとしてきた。これに対して、トランプは、もはや普遍的な理念を掲げること自体を放棄しようとしているのである。トランプの「偉大なアメリカ」「アメリカ第一主義」の宣言は、決してアメリカの自信の表れというようなものではなく、アメリカの世界支配の行き詰まりの端的な表現にほかならない。現在のアメリカには、アメリカの特殊利害を、あたかも人類の普遍的な共同利害であるかのように偽装していく余裕がなくなってきているのであり、アメリカの特殊利害を特殊利害のままで露骨に押し出そうとしているのである。要するに、開き直りである。

 第二次世界大戦後、アメリカが支配的な位置を占めたことが、国際社会を良くも悪くもそれなりに安定させてきたことは否定できない。それだけに、アメリカが「世界の警察官」の役割から退いていくとすれば、これまで抑えつけられ隠されていた諸々の対立が表面化し、国際社会が少なからず混乱することは避けられないだろう。

 とりわけ深刻なのは、中東である。中東情勢の混迷の根本的な要因は、第一次世界大戦中に結ばれた「サイクス=ピコ協定」(イギリス、フランスにロシアが加わった秘密協定)にあるといえる。ドイツ、オーストリアなどの同盟国の側に立って第一次世界大戦に参戦したオスマン帝国は、イギリス、フランスを中心とする連合国に敗北し、オスマン帝国の支配領域のうち、アラブ人やクルド人など非トルコ系の諸民族が主として居住する地域が分割・解体されて、イギリス、フランスの植民地支配下に置かれた。このときに、民族や宗派を分断するような国境が引かれてしまったことで、アラブ人は単一の国家にまとまることができなくなり、クルド人は自分たちの国をもつことができなくなった。

 このように、「サイクス=ピコ協定」によって国境が恣意的に引かれてしまったことで、各国内部に諸々の対立が潜在させられたことが、中東情勢の混迷の根本的要因であるといえるのであるが、イギリス、フランスによる植民地支配、あるいは、第二次世界大戦後の米ソ冷戦構造の下では、それらが大きく顕在化することはなかった。しかし、米ソ冷戦の崩壊後、ブッシュ(シニア)政権による1991年の湾岸戦争を嚆矢として、中東におけるアメリカの一元的な支配を目指した軍事介入が繰返されたことで、諸々の対立が一挙に顕在化していくことになった。湾岸戦争の後、アルカイーダなどアメリカを敵視するイスラム過激派が伸長し、2001年の9・11事件へとつながる。これを受けたブッシュ(ジュニア)政権による「対テロ戦争」のなかでイラクのフセイン政権が崩壊させられたが、イラク情勢の混乱のなかフセイン政権の残党も合流する形で、「サイクス=ピコ協定」に基づく秩序の打破を掲げた「イスラム国」勢力が伸長してくることになったのである。

 中東情勢は、現在、諸大国による事態のコントロールが困難な状況に陥っている。シリアの内戦に象徴されるように、植民地支配の歴史によって深刻な対立を抱え込まされた中東の諸国家は、内外の攻撃から国民生活を守るという国家としての機能をまともに果たせなくなっている。このことが、大量の難民の流出(欧州への流入)を招いているのである。同様のことは、南スーダンなど、内戦を頻発させているアフリカ諸国についてもいえるであろう。

 アメリカが「世界の警察官」としての役割を放棄することは、こうした混乱に拍車をかけるものであることは否定できない。だからといって、アメリカが「世界の警察官」としての役割を果たし続けるべきだ、などと求めるのは筋違いというべきであろう。特定の大国が世界を支配するという構造が壊されること自体は、前向きに捉えられるべきことである。現在の混乱を前向きに打開するにはどうすればよいか、特定の大国の支配によらずに世界の秩序を保つことはどのようにして可能なのか――こうしたことが真剣に模索されるべきなのである。

(*)国防長官に「狂犬」の異名をもつジェームズ・マティスが指名されたことからして、トランプの「アメリカ第一主義」は、単純に、対外的に戦争を仕掛けることはやめる、というようなものではないとみておくべきである。アメリカの直接的な利益になると見れば戦争を仕掛けることも厭わないが、普遍的な理念を掲げて攻撃の正当化を図るなどというまどろっこしいことは(積極的には)やらない、ということであろう。
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2017年01月08日

激動する世界情勢を問う(3/5)

(3)各国で相次ぐ強権的指導者の登場

 前回は、2016年に起きた諸々の出来事のなかでも、最も衝撃的なものであったといえるアメリカ大統領選挙におけるトランプの勝利について、検討した。トランプが、「金持ちと権力者」と闘う労働者の味方として自らを押し出す一方で、「封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った」(「東京新聞」社説)のは、現状に対する民衆の不満が明確な方向性に集約されきっておらず、社会的強者に立ち向かっていこうとする前向きな要素と、社会的弱者を叩いて溜飲を下げようとする後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているからこそであることを指摘した。前向きの要素と後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているとはいえ、ともかく現状に対する民衆(とりわけ「グローバル資本主義」のなかで疲弊させられてきた中間層)の強烈な不満が、現状を変革する強いリーダーの登場を求めたことは否定しようがないのである。 

 しかし、これはアメリカのトランプ勝利だけに限られる現象ではない。トランプと同じように、世界中の様々な国々で相次いで、強権的な指導者が登場してきていることが注目されるのである。例えば、フィリピンのドゥテルテも、トランプと基本的に同様に、既得権益層と闘う「強い指導者」のイメージを打ち出すことで大統領選挙に圧勝したのだといえよう。今年行われるフランスの大統領選挙では、反EU・反移民を掲げる国民戦線のマリーヌ・ルペンが決選投票に進むことがほぼ確実視されており、決選投票でも勝利する可能性が指摘され始めている。また、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席など、もともと民主的とはいえない国家の指導者も、より独裁的な色彩を強めてきているように思われる。トルコでも、2016年7月のクーデター失敗以降、エルドアン大統領がこれまで以上に独裁的な傾向を強めているとされる。

 しかし、こうした強権的指導者は、必ずしも恐怖政治によって国民を支配しているということではない。強く頼もしいリーダーとして国民に支持されている側面を否定できないのである。中国の習近平の例を取り上げて検討してみよう。

 2016年10月に開催された中国共産党第18期中央委員会第6回全体会議は、習近平総書記を党中央の「核心」であると明記した。これまでに「核心」という表現が使われたのは、毛沢東、ケ小平、江沢民の3人だけだったということもあり、習近平への権力集中が強く印象付けられることになった。また、習は、最高指導者としての任期延長を視野に入れているのではないかとの見方も出されている(「日本経済新聞 電子版」2016年9月28日付「任期延長競う習近平主席と安倍首相の思惑」) 。中国共産党の最高指導部である政治局常務委員については、選出される党大会の時点で68歳以下でなければならない、という慣例がある。また、国家主席の任期については、憲法上、2期10年までという規定がある。したがって、2013年に国家主席となった習の任期は、最長2023年まで(2013年―2018年が第1期、再選されれば2018年―2023年が第2期)ということになる。しかしながら、現在63歳の習(1953年6月15日生れ)は、共産党の慣例となっている68歳定年を引き上げた上で、あわよくば憲法を改正して国家主席の任期を3期までに延長しようとしているのではないか、というのである。

 習がこのように強気に打って出られるのは、それなりに国民の支持があるからこそ、であろう。この点でまず注目しなければならないのは、習の華々しい「反腐敗闘争」である。習は最高指導者となった直後から、「トラもハエも一緒にたたけ」との号令をかけ、徹底した反腐敗の姿勢をアピールしてきた。この4年間で、最高指導部の元メンバーも含めて、党幹部らが次々と汚職で摘発されてきている。党規違反などで処分を受けた人数は、2013年で約18万2000人、2014年で約23万2000人、2015年で約33万6000人、2016年も9月までで約26万人にものぼる。習近平は、こうした反腐敗闘争を通じて、共産党内の規律を強化し、権力基盤を固めてきたわけであるが、これは極端に広がってきた格差から生じる民衆の不満を巧みに吸収するものであったともいえるだろう。ケ小平による市場経済の導入以降、中国経済は、新自由主義的な「グローバル資本主義」の不可欠の構成部分としての性格を強めていき、都市と農村の格差に加えて、都市住民の内部でも劇的な格差の拡大が見られるようになってきた。中国国家統計局は、2015年にジニ係数を0.426と公表した。ジニ係数は、所得格差を測る指標のひとつで、格差が小さいほど0に近づき、格差が大きいほど1に近づく。ジニ係数が0.4を超えると社会不安が広がるとされるが、公表された統計でも、中国はすでにこの水準を超えていることになる(*)。華々しい反腐敗闘争を演出してガス抜きを図らない限り、劇的な格差の拡大によって蓄積させられた民衆の不満が現体制の安定を脅かしかねないところまできているのだともいえよう。既得権益層と闘う「強い指導者」というイメージを創り出すことで民衆の支持を獲得するという点では、習近平もまたトランプと同様の性格をもっているのである。

 加えて、こうした強権的指導者について指摘しなければならないのは、ナショナリズムを煽ることで、現状に対する民衆の不満を解消しようとする傾向がみられることである。中国の習近平は、「中華民族の偉大なる復興」というスローガンを掲げつつ、南シナ海や東シナ海において、領土拡張主義的な行動をとっている。また、ロシアのプーチンは、アメリカや欧州諸国からの批判を振り切って、ウクライナからの独立を宣言したクリミアのロシアへの併合を強行した。これらは、経済的な苦境で自信を失ってしまった民衆に対して、自分も偉大な国家の一員なのだという満足感(慰め)を与えようとするものだともいえるであろう。中国やロシア、あるいはトルコの場合、過去の帝国(中華帝国、ロシア帝国〔またはソ連邦〕、オスマン帝国)への郷愁がくすぐられるという側面があることも無視できない。

 大きくいえば、世界各国で強権的指導者の登場が相次いでいるのは、新自由主義的な「グローバル資本主義」のなかで、全世界的な規模において、格差と貧困の拡大が進行していることが根底にあるといえる。現状に対する強い不満はあるが、怒りの矛先を、どのような対象に対して、どのよう向けていくべきなのかが明確に認識されていないなかで、ともかく何でもいいから現状を変えてくれるような強い指導者に期待したい、という感情が大きく広がっているのである。こうしたなかで、ナショナリズム的な気分が高まっているのも、新自由主義的な「グローバル資本主義」、すなわち、国境を超えて「ヒト・モノ・カネ」が激しく行き交うという状況のなかで、各国の国民生活や地域社会の安定が崩されていることへの民衆の怒りの表現だというべきであろう。過去の帝国への郷愁をくすぐられたり、あるいは、安い労働力として流入してくる移民への反感を煽られたり、必ずしも健全なものとはいえないにしても、ナショナリズム的な気分の高揚を全否定するわけにはいかないのである。

 強権的な指導者だからこそ国民の支持を集める――こうした現象は、この日本も決して例外ではない。2012年末に発足した安倍晋三政権(第2次安倍政権。2014年12月24日以降、第3次)は、2014年、閣議決定により憲法解釈を変更して集団的自衛権の容認に踏み切り、2015年、安保法制の成立を強行した。昨年秋の臨時国会でも、会期を無理やり延長した上で、カジノ法や年金改革法の成立を強行するなど、強引な国会運営が目立った。しかし、野党や市民運動の側から、立憲主義の破壊だ、独裁的だ、という強い批判がいくら繰り返されても、内閣支持率は依然として堅調である。政権発足から4年たった現在においてもなお、いまだに6割程度の内閣支持率が維持されているのである。こうしたなか、自民党総裁の任期が「連続2期6年まで」から「連続3期9年まで」に延長されることがほぼ確実になった。安倍は、2018年の総裁選挙にも立候補が可能となり、最長で2021年9まで政権を維持する道を拓いたのである。「安倍一強」体制とも呼ばれるような状況がつくられているのである。

 これは安倍政権が、日本経済の長期停滞、格差と貧困の広がりのなかで、「アベノミクス」による経済再生という幻想を振りまき続けていることが大きく影響しているだろう(大企業経営者に対する賃上げ要請などのアピールも重要な要素であろう)。また、台頭する中国の脅威を煽り、それに対して強硬姿勢をとることで、現状に対する国民の不満を巧みに吸収(経済的に中国に追い抜かれてしまったという悔しさを解消)しているという側面も無視できない。

 野党が安倍政権を本気で打倒しようとするならば、安倍政権は独裁的だ、などと非難するだけではダメである。なぜならば、独裁的だからこそ国民の支持を集めているという側面があるからである。野党には、なぜ安倍政権の支持率がここまで堅調なのかをきちんと踏まえた上で、日本の政治経済の現状、世界における日本の立ち位置について、まともな変革の展望を明確に打ち出していくことが求められているといえよう。

(*)北京大学は2014年に、中国の国内個人資産の3分の1を上位1%の富裕層が握り、実際にはジニ係数は0.73に達しているとの独自調査を公表、極端な富の偏在が進行している状況に警告を発した。
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2017年01月07日

激動する世界情勢を問う(2/5)

(2)いわゆる「グローバル資本主義」に苦しめられた民衆の怒りの爆発

 本稿は、世界歴史の大きな流れは一体どのような方向に向かおうとしているのか、という問いを念頭に置きつつ、激動する世界情勢の根底に何があるのか、検討していくことを目的にしたものである。

 今回は、2016年に起きた諸々の出来事のなかでも、もっとも衝撃的なものであったといえるアメリカ大統領選挙におけるトランプの勝利について、少し踏み込んで検討しておくことにしたい。

 前回の注で触れたとおり、一般投票での得票では、クリントンがトランプを上回っている。最終的な集計結果によれば、クリントンの得票数は6584万4954票(得票率48.2%)で、トランプの6297万9879票(得票率46.1%)を約290万票上回った。トランプは激戦州とされる州を確実に押えることで、過半数を上回る選挙人を獲得することができたのである。なかでもトランプとクリントンの勝敗を決定的に分けたのは、「ラストベルト(錆びついた地帯)」と呼ばれる中西部の工業地帯、すなわち、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの4州であった。これら4州は、前々回2008年、前回2012年の大統領選挙では民主党のオバマが押さえたところであるが、今回は全て共和党のトランプが押さえることになった。この「ラストベルト」と呼ばれる地域は、かつては鉄鋼や石炭、自動車製造業などで栄えてきたものの、NAFTA(北米自由貿易協定)など新自由主義的な政策の推進によって、低賃金のメキシコなどに雇用が流出することで、大きく衰退していた。「ラストベルト」におけるトランプの勝利は、雇用の流出に苦しむ労働者層の反乱としての側面をもつことは否定できないであろう。トランプが選挙戦中、ミシガン州において、もしフォードが工場を閉鎖してメキシコへ移転するならメキシコで製造されてアメリカに入って来る自動車の全てに35%の関税を掛けると主張し、労働者の喝采を浴びたのは象徴的である。トランプは、労働者層の不満を巧みに吸収したのである。普通に働けばそこそこの暮らしが可能であったという状況が崩されていくなかで、8年前に「チェンジ」を約束して登場した民主党オバマ政権の下でも一向に状況が改善しなかったことが、民主党のクリントンへの投票をためらわせる要因にもなったであろう。

 こうした事情について、「東京新聞」11月10日付社説「トランプのアメリカ(上) 民衆の悲憤を聞け」では、次のように述べられている。

ロイター通信の出口調査によると、「金持ちと権力者から国を取り返す強い指導者が必要だ」「米経済は金持ちと権力者の利益になるようゆがめられている」と見る人がそれぞれ七割以上を占めた。/トランプ氏はその怒りをあおって上昇した。見識の怪しさには目をつぶっても、むしろ政治経験のないトランプ氏なら現状を壊してくれる、と期待を集めた。/逆に、クリントン氏はエスタブリッシュメント(既得権益層)の一員と見なされ、クリントン政権になっても代わり映えしないと見放された


 このように、トランプは、「金持ちと権力者から国を取り返す強い指導者」というイメージをつくりだすことで、現状に対する民衆の不満を吸収し、大統領選挙に勝利することができたのだといえよう。

 同時に、見逃してはならないのは、格差と貧困の拡大に苦しむ民衆の不満が、「金持ちや権力者」という社会的強者に向けられただけでなく、女性や障害者や移民といった社会的弱者にも向けられていることである。「東京新聞」の同じ社説では、次のように述べられている。

女性や障害者をさげすみ移民排斥を唱えるトランプ氏は、封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った。そうした暴言は多民族国家である米社会の分断を、一層進行させることにもなった


 このことに関わって、トランプが首席戦略官にスティーブ・バノンを起用したことは重大である。バノンは、ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の会長で、インターネットを通じて影響力を拡大してきた白人至上主義的な右翼運動「オルタ・ライト」(日本でいうところの「ネット右翼」に相当する)の重要人物とみなされる。白人至上主義者、女性差別主義者とされるバノンの起用は、共和党内からも激しい非難が沸き起こった。トランプは、オルタ・ライトについては非難し、バノンとオルタ・ライトとのつながりも否定しようとしているが、トランプ自身が、移民排斥を煽るような人種差別的な発言、女性蔑視的な発言を繰返して物議をかもしてきたことは周知の事実であり、トランプが、選挙戦勝利のために、また政権への支持を獲得するために、白人(男性)至上主義的な気分を利用しようとしてきていることは否定しようがないであろう。

 トランプが、一方では「金持ちと権力者」と闘う姿勢をアピールしながら、他方では「封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った」のはなぜなのだろうか。結論から言えば、それは、現状に対する民衆の不満が明確な方向性に集約されきっておらず、社会的強者に立ち向かっていこうとする前向きな要素と、社会的弱者を叩いて溜飲を下げようとする後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているからこそだといえるであろう。 

 第二次世界大戦後の資本主義経済の高度成長期には、普通に働けばそこそこの暮らしが可能になるという状況が実現され、白人男性労働者層が中間層として社会の安定を支えていた。しかし、低成長への移行とともに、1980年代以降、新自由主義的な改革が押し進められるようになり、少しでも安い労働力を求めて資本が地球規模で動き回るという「グローバル資本主義」の現実のなかで、労働者の生活は大きく不安定化させられてきた。昔は良かったのにどんどん暮らしが苦しくなっている――こうした状況への怒りはどこに向かうのか。利潤追求のために雇用を劣化させてきた資本家に向かうのか。それとも、白人男性労働者の職を奪ってきた移民に向かってしまうのか。白人男性労働者の置かれた状況がますます厳しくなってくる一方で、女性や障害者がことさらに保護され優遇されているように見えてしまうことへの不満も醸成されてくるかもしれない。

 要するに、民衆(とりわけ疲弊させられてきた中間層)の生活の苦しさがどのような構造によってもたらされてきているのかが明確に認識されておらず、どのような対象に対してどのように怒りを向けていくべきかが明らかになっていないのである。端的にいえば、新自由主義的な「グローバル資本主義」を変革していくための展望が見えていないからこそ、「金持ちや権力者」への怒りが、純粋な形で登場してくるのではなく、社会的弱者への攻撃をも伴った形で噴出してこざるをえないのである(*)。

 トランプは、自らの経済政策について、大きな理念からきちんと筋を通して考えているというよりも、こうした混沌とした民衆の不満に対して、その場その場で最も受けのよさそうな言動をとっているのではないかと思われる節がある(雇用の確保のアピール、バラマキ的な財政支出の拡大、TPP離脱などの「保護主義」、中国や日本の「為替操作」攻撃)。とはいえ、トランプ政権の人事を見ると、商務長官に投資家のウイルパー・ロス、経済政策の司令塔である国家経済会議(NEO)委員長にゴールドマン・サックス社長兼最高執行責任者(COO)のゲーリー・コーンなど、経済関係では元企業幹部の起用が目立つ。「金持ちと権力者」と闘う労働者の味方というトランプ像は虚像でしかなく、いわゆる「トランプノミクス」は、法人減税や規制緩和など供給力重視の経済政策で企業収益の拡大を通じて「強いアメリカ」をつくりあげようとした「レーガノミクス」の焼き直しにすぎないというべきであろう。「トランプノミクス」は、「グローバル資本主義」の深刻な行き詰まりを打開するようなものでは到底なく、一時的な活況をもたらすことがあるにしても、長期的にみれば、アメリカ経済と世界経済の危機をいっそう深くするものでしかない。

(*)イギリスのEU離脱をめぐる国民投票でも、排外主義的な右翼が反移民的な感情を煽るような形でEU離脱を主張したのみならず、左翼の一部も、EUが押しつける緊縮政策、新自由主義的な政策への反発からEU離脱を主張していた。労働党のコービン党首も、一応は離脱反対派でありながら、EUに対して懐疑的な見解を繰り返し表明していた。
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2017年01月06日

激動する世界情勢を問う(1/5)

目次
(1)世界中で衝撃的な出来事が相次いだ2016年
(2)いわゆる「グローバル資本主義」に苦しめられた民衆の怒りの爆発
(3)各国で相次ぐ強権的指導者の登場
(4)アメリカの衰退による地政学的な混乱の深まり
(5)世界歴史の大きな流れを視野に、混迷を前向きに打開する努力を

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)世界中で衝撃的な出来事が相次いだ2016年

 2016年は、世界中で、これまでの常識を覆すような衝撃的な出来事が相次いだ1年であった。

 それを象徴するのは、何といっても、11月8日に行われたアメリカ大統領選挙の結果であろう。移民排斥を煽るような人種差別的な発言、女性蔑視的な発言を繰返して物議をかもしてきた共和党のドナルド・トランプ候補が、女性初のアメリカ大統領を目指した民主党のヒラリー・クリントン候補に「圧勝」したのである(*)。全米屈指の「不動産王」と称される実業家で、公職経験のないトランプは、2015年6月に大統領選挙への出馬を表明した当初においては、単なる泡沫候補としてしか見られていなかった。トランプが、共和党の予備選挙において、ジェブ・ブッシュ、マルコ・ルビオなど本命とされた候補者を退けて指名を獲得したこと自体が一般的には驚きをもって迎えられたのであるが、本選挙においても、大本命とされたヒラリー・クリントンに勝利してしまったのである。ほとんどのメディアが、世論調査の結果などを踏まえて、直前までクリントンの勝利をほぼ確実なものとして予想していただけに、これを覆すトランプの勝利は、巨大な衝撃として受け止められたのであった。また、本選挙に先立つ民主党の予備選挙においても、大本命候補とされたクリントンに対して、「民主的社会主義者」を自称するバーニー・サンダース候補が、学費ローンの重い負担に苦しむ若者たちの熱狂的な支持を受けて、あと1歩というところにまで迫るような大健闘をした。サンダースも、当初は泡沫候補としてしか見なされておらず、こうした大健闘は大方の予想をくつがえす出来事であった。アメリカ大統領選挙のこうした展開については、格差と貧困が広がるなかで、エスタブリッシュメント(既得権益層)に対する民衆の不満が表れたものだと報じられることになった。

 6月23日にイギリスで行われたEU離脱の是非を問う国民投票において、離脱支持が多数となったことも、世界に大きな衝撃を与えた(残留48%、離脱52%)。そもそもこの国民投票は、デイビッド・キャメロン首相が、EU離脱を主張して支持を伸ばしてきたイギリス独立党の勢いに歯止めをかけるとともに、与党・保守党内のEU離脱派の勢力を抑え込むために、賭けに出たものだといわれたものである。しかし、離脱反対が勝利するだろうというメディアの事前の予想を覆して、離脱支持が多数となったのであった。この結果を受けて、キャメロン首相は辞任、政界からも引退することを表明した。このイギリスで国民投票の結果については、大量の移民が流入して低賃金で働いていることによってイギリス人の雇用が奪われているという労働者層の不満が背景にあった、と解説されることになった。

 イギリス以外のヨーロッパ諸国においても、反EU感情、反移民感情の高まりが顕在化している。12月4日に投開票が行われたオーストリア大統領選挙のやり直し決選投票では、緑の党のアレクサンダー・ファン・デア・ベレン候補が、反EU・反移民を掲げる極右・自由党のノルベルト・ホーファー候補に辛うじて勝利したものの、同日に行われたイタリアの憲法改正の是非を問う国民投票では、改憲反対が多数となった。この改憲案は、上院の権限を縮小して政治を安定させることを狙ったものとされたが、マッテオ・レンツィ首相の事実上の信任投票とされた(レンツィ首相が、改憲反対多数なら首相を辞任すると表明した)ことで、EU条約にしたがって緊縮政策を進めてきたレンツィ政権の政策の是非が争点として浮上させられることになり、反EU・反緊縮を掲げる新興政党「五つ星運動」などの野党が強力な反対運動を展開していたのであった。

 このほか、5月9日に行われたフィリピン大統領選挙においても、事前の予想を覆して、ダバオ市長であったロドリゴ・ドゥテルテ候補が圧勝した。ドゥテルテは、麻薬取り締まりのために「犯罪者は殺す」など過激な言動を繰り返したことなどから「フィリピンのトランプ」とも称されたが、サンダースのように「社会主義者」を自称してもいる(ドゥテルテの大学時代の恩師はフィリピン共産党の創設者ジョマ・シソンであり、ドゥテルテ政権の閣僚には4人の共産党員が起用されている)。

 これらの一連の動きは、しばしば、ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭として、自由と民主主義を脅かす危険な動きとして捉えられている。例えば、ハフィントンポスト日本版の「「世界はポピュリズムに流され無責任な社会に」英米在住のジャーナリスト、EU離脱とトランプを語る」と題された記事はその典型だといえよう。これは「ハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎が、イギリス在住のジャーナリスト小林恭子氏、アメリカ在住のジャーナリスト津山恵子氏に聞いた」というものである。このインタビュー記事では、EU離脱を選択し、トランプを躍進させた英米の民衆の選択に対して、「数字的な検証や理論立てて説明することなど「知性」への嫌悪感や、「理屈はもういい。私たちの感情が大事なんだ」という無責任な雰囲気」(竹下)、「世界経済や政治の秩序なんて無視してもいい、というような動きはあるような気がします。現実や事実を基にして議論するのではなく、自分たちの感情にまかせて行動しているのです」(小林)といった罵詈雑言を浴びせかけた上で、「このポピュリズムの台頭を端的に言い表すと、どのような言葉がふさわしいでしょうか」という竹下の問いに対して、津山が「「無責任」ですね。これからの将来を担う若者たちに大きなダメージを与えている無責任な人間たちの暴走です」と答えて切って捨てているのである。

 しかし、イギリス国民のEU離脱の選択やアメリカにおける「トランプ現象」は、本当にこのように全面的に否定されるべきものなのだろうか。こうした動きを一方的に非難するだけでは、問題の解決にはつながらないのではないだろうか。まずは、こうした動きが生じてきている必然性、従来の体制のどこに無理が来ているのかを深くつかむ必要があるのではないだろうか。

 2016年のアメリカ大統領選挙やイギリスの国民投票、あるいはフィリピンの大統領選挙のみならず、ここ数年、ロシアのクリミア併合や中国による南シナ海での領土拡張主義的な行動、中東での「イスラム国」の伸長、アフリカ諸国における国家的機能の崩壊と内戦、ヨーロッパへと押し寄せる難民の波など、従来の世界の秩序が大きく揺らぎ、世界情勢は混沌とした様相を見せている。

 本稿では、世界歴史の大きな流れは一体どのような方向に向かおうとしているのか、という問いを念頭に置きつつ、激動する世界情勢の根底に何があるのか、検討していくことにしたい。

 第一に、トランプの勝利は「グローバル資本主義」によって没落させられた中間層の反乱である、という捉え方を踏まえつつ、それが排外主義的な気分を伴って現われてきていることについて検討する。

 第二に、「グローバル資本主義」による世界的な格差と貧困の拡大が、世界各国で相次いで強権的な指導者を登場させていることについて検討する。

 第三に、世界各国で相次ぐ強権的な指導者の登場の背景としては、アメリカの衰退による地政学的な混乱の深まりという要因を無視することができないことを論じる。

(*)アメリカ大統領選挙では、一般の有権者は直接に大統領候補に投票するのではなく、大統領選挙人に投票する。アメリカの大半の州では「勝者独占方式」を採用しており、州ごとに得票数で上回った候補者が、その州の選挙人の票を独占(総取り)できるという仕組みになっている。このため、たとえ一般投票における得票数で上回っても、獲得した選挙人の数によって敗北してしまうということが生じうる。今回の大統領選挙では、獲得した選挙人数でトランプがクリントンを引き離したため(クリントン232人に対してトランプ303人)、トランプの「圧勝」というイメージがつくられているが、実際には、一般投票での得票数ではクリントンが大差(およそ290万票差)で上回っている。 
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2016年10月10日

高校生に説く立憲主義の歴史(5/5)

(5)立憲主義の歴史を辿り返す必要がある

 本稿は,立憲主義の危機が叫ばれる現状において,選挙権を得た18歳も含む高校生に対して,立憲主義の歴史を説き,立憲主義とは何かを理解してもらうための講義でした。ここで,これまでのポイントをおさらいしておきたいと思います。

 初めに,憲法の原点・起源ともされるマグナ・カルタについて説きました。マグナ・カルタが成立した中世のヨーロッパ社会は,封建領主という,限られた土地を支配する権力者が乱立しており,そのもとに農奴と呼ばれる人びとがおり,領主のために土地を耕作している社会でした。封建領主間の対立は,大領主の中で最も勢力の強い者が国王として調停することとなりました。当時の国王は権力が弱く,臣下との間の契約や伝統・慣習を守らなければなりませんでした。このような中世社会は,十字軍をきっかけとして崩壊していきます。ヨーロッパで新しく台頭した都市の商工業者たちの活動で貨幣経済が進展し,農奴の地位が高まっていくと同時に,封建領主の力が弱まっていきました。しかしその中でも国王だけは,新興勢力である都市の商工業者と結んで献金を受ける見返りに彼らの活動の自由と安全を保障したのでした。こうして勢力を増してきた国王・商工業者連合軍と,既得権益を主張する貴族・教会連合軍の争いが生じてきたのです。このようなプロセスの途上で,イギリスにジョン王が出て,慣習法を無視して貴族や教会に重税を課し,自身に反対するものを不当に逮捕したりもしたのでした。これを見たイギリスの貴族や聖職者たちは,あまりにも自分たちの既得権(特権)と慣習法を踏みにじっていると怒り,63か条の契約を作って,これを守るように王に要求したのです。これがマグナ・カルタでした。これは特権階級の既得権を守ることが目的でしたが,権力者の横暴を防ぐために権力者を縛るという機能を有するものであり,これこそが憲法の中心的な機能ということができるのでした。

 次に,現代では当たり前の「人権」という考え方がどのようにして誕生してきたのかを見ました。人権とは,人間が生まれながらにして平等にもっている権利のことであり,これは人類の歴史全体でいうと,ごく最近に誕生したものでした。それ以前の中世の社会においては,人権ではなく,数多くの特権が認められていました。身分ごとに,国王には国王の,封建領主には封建領主の,商工業者には商工業者の特権があり,それは親から子へと受け継がれていくものとされていたのでした。このような中世の伝統主義が支配する社会において,カルヴァンが唱えたキリスト教の予定説を媒介として,人権という考え方が生まれていくことになりました。堕落・腐敗していた当時の教会に対して批判の声を上げたカルヴァンは,全知全能の絶対の神が全てを予定しているのであり,現世において勤勉に働くことこそが救済への道であると主張しました。カルヴァンの説くような絶対的な神に比べれば,人間など,何の価値もない存在だといえます。すなわち,神様に比べれば,どんな人間もけし粒以下の存在であり,何らかの人為的な権威や決まり事など,どうでもよいことだということになり,国王も貴族も市民階級も,しょせんは原罪を背負った神の奴隷にすぎないのであり,大した違いはないのだということになります。このような神のもとにおいては人間はみな平等であるという人間観を基盤として,人間は生まれながらにして平等な権利をもっているという人権の考え方が生まれてきたのでした。そして,このような人間観が社会的認識として力をもち得たからこそ,ピューリタン革命のように,臣下が王様を処刑するという従来のヨーロッパの伝統では考えられないことが起こったのでした。

 最後に,近代的な立憲主義の背景にあるロックの思想を紹介しました。中世も末期になってくると,近代国家が絶対王権として誕生しました。この時代の国王は,立法権・課税権・徴兵権を有しており,強大な権力を握っていました。このような絶対王権が市民革命によって倒され,近代デモクラシーの国家へと生まれ変わる時に,その青写真を提供したのがロックの社会契約説でした。社会契約説はホッブスによって初めて唱えられましたが,彼は,「万民の万民に対する闘争」が支配する自然状態を収めるためには,国家権力に強力なパワーを与えるしかないと主張しました。これに対してロックは,王権は議会によって制限されるべきだと考えました。ロックによれば,自然状態における自然人は,所有権を持ち,自らの労働でつくったものを自分のものとして富を増やしていましたが,泥棒や殺人のために調和が乱れる可能性があるために,トラブルの仲裁機関として権威ある国家を作り,人民の生命と私有財産を守ってもらうという契約を結んだのでした。だからロックは,自分たちに奉仕しない,あるいは自分たちの自然権=人権を蹂躙するような国家権力であれば,それに抵抗したり,革命によって倒したりすることもできるのだと主張したのです。このロックの思想に基づいて,自分たちに勝手に課税するイギリス政府を倒し,自分たち自身の契約によって新しい国家を作ったのがアメリカ人たちでした。その過程で成立したアメリカ独立宣言には,ロックのいう自然権に基づく人権という主張が明確に規定されていますし,その影響を受けたフランス人権宣言も同様です。これらがその後作られた憲法に反映して,国家権力が人権を蹂躙することがないように縛りをかける機能が明記されていったのでした。

 このように見てくると,憲法とは何か,立憲主義とは何かということが,明確に理解できてくると思います。連載の初回で紹介したように,立憲主義とは,端的にいってしまうと「国民が憲法を通じて権力を律する」ことなのですが,その中身が,歴史性を踏まえて具体的に理解できたのではないでしょうか。すなわち,そもそも憲法は,恣意的に,好き勝手にふるまいがちな権力者を縛るために作られたものであり,権力者が暴走して,人々に権利が蔑ろにされないように,その権利を守る機能を有していたということができるでしょう。単に権力を律するのではなく,人々の権利をきちんと守るためにこそ,権力を律するのです。つまり,憲法が存在する目的は人々の権利保障なのです。さらに大切なことは,憲法によって守るべきとされた権利が,特定の身分のみがもっていた「特権」から,人間が生まれながらにして平等にもっているとされる「人権」へと拡大していった,ということです。これは,時の権力者によってないがしろにされていた人々の自由が,徐々に拡大していったということを意味しているといってもいいでしょう。

 実際,前回までに見たようなアメリカ独立革命やフランス革命以後の歴史においても,憲法によって保障される対象となる範囲が広がっていき,保障される人権の内容も深まっていきました。例えば当初は,労働者や女性やアメリカに存在していた奴隷などは,憲法によって守られているとはいえない状態でした。それが徐々に労働者や女性の権利も正当に認められるようになり,奴隷という存在も解放されて,みな人権をもつ人間として扱われるようになっていきました。また権利の内容も,国家によって自由が奪われないという自由権から,国家権力の意志決定に参加できる参政権へ,そして人間らしい生活を営む権利である社会権へと,徐々に拡大されていっています。こうして,国家権力が暴走しないだけではなく,しっかりとその時代時代で認められた人権を保障するように,国家権力に命令をするのが憲法であり,そういった憲法に基づいて行われる政治が立憲主義と呼ばれるものなのです。

 このような理解のもとに,連載第1回で取り上げた閣議決定による憲法解釈の変更について考えてみましょう。内閣というのは,憲法で縛られるべき国家権力の代表的なものです。その内閣が,自分を縛るルールを,自分の勝手な判断で180度変更してもよいものでしょうか。これまで,本講義で立憲主義や憲法歴史を辿ってこられたみなさんであれば,答えは容易に出せるでしょう。答えは否です。すなわち,憲法とは権力が暴走しないように,そして,国民の人権が守られるように,国家権力と国民が契約したルールであり,国民との合意なく,国家権力の側が一方的に変更することなど,あってはならないのです。

 例えば,マグナ・カルタを承認して,勝手な課税をしないと約束したジョン王が,しばらくした後,マグナ・カルタの内容を180度変更して,王は恣意的に課税してもよいという内容にしてしまったとしたらどうでしょうか。全くマグナ・カルタの意味がなくなり,その役割が果たせないことになってしまいます。2014年に行われた閣議決定による憲法解釈の変更というのは,このようなことなのです。こんなことをされたら,イギリスの植民地だったアメリカの人々のように,政府に抵抗してしかるべきです。これに抵抗しないというのは,やはりわれわれ日本人は,立憲主義をしっかりと自家薬籠中のものにしていないということでしょう。

 このように,現在叫ばれているような立憲主義の危機という問題についてしっかり考えられるようになるためには,そのものの起源から歴史を辿り返す必要があるのです。今回説いたような歴史は,主に西洋の歴史でしたから,われわれ日本人はともすれば,これらの歴史を主体的に学ぶことができません。よその国で大昔に起こった出来事であり,われわれには関係がないと勘違いしてしまいかねないのです。

 ところが,人間の歴史は連綿と積み重なっており,大昔のヨーロッパでの出来事が,今の日本にもつながっているのです。したがってわれわれは,人類の歴史を,まるで自分が一人の人間として追体験するかのごとくに,辿り返して,人類の歴史で獲得されてきた諸々の文化遺産を,しっかり自分のものとしていく必要があるのです。憲法や立憲主義という考え方も,人類がその長い歴史の中で創り出し,獲得してきた貴重な文化遺産ですから,その歴史を主体的に辿り返していってこそ,立憲主義の問題にきちんと答えを出せるようになるのです。

 高校生のみなさんには,受験勉強と思って細かな歴史的事実を暗記するだけではなく,現在の問題にしっかりつながっているのだという意識で,主体的に歴史を学んでいってほしいと思います。みなさんにはそのようにお願いして,本稿を閉じたいと思います。

(了)


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2016年10月09日

高校生に説く立憲主義の歴史(4/5)

(4)ロックの思想と市民革命

 前回は,立憲主義と非常に関係の深い「人権」概念の誕生のプロセスを見ました。中世においては,身分ごとに異なる権利=特権が認められており,これは親から子へと受け継がれていくものでしたが,宗教改革で活躍したカルヴァンの予定説を媒介として,限りなく高いところにいる神から見れば人間はみな同じであるという人間観が生まれ,それが人はみな生まれながらにして平等な権利をもっているという人権思想の誕生の基盤となったのでした。

 さて今回は,近代的な立憲主義の歴史を語るうえで避けては通れない,アメリカ独立革命やフランス革命とその背景にあるロックの思想を見ていきたいと思います。

 連載第2回で見たように,中世も末期になってくると,王権が伸長してきて,絶対王権が成立します。この絶対王権の時代に,現代の国家につながる近代国家が誕生しました。この国家の中で絶対的な権力を有していた国王には,立法権や課税権,徴兵権があるとされていました。フランスのルイ14世が「朕は国家なり」といったように,この時代の国王は強大な権力を手中に収め,好き放題できる存在だったといっていいでしょう。

 このような絶対王権は,市民革命によって倒され,その後,近代デモクラシーの国家に変わっていきます。革命によって絶対王権を打倒し,中世の伝統主義的社会を終わらせるのに大きく貢献したのが,前回説いたカルヴァンの予定説でした。そして,革命後にどのような社会を構築するのかという青写真を提供したのが,今回説くロックの社会契約説だったのです。

 社会契約説について,林健太郎『歴史の流れ』(新潮文庫)では,次のように説明されています。

「啓蒙主義の社会・政治学説の中心をなすものは『社会契約』の説であり,この説の背後には『自然法』の思想が横たわっている。自然法の思想とは人間のつくった諸々の法律の上に合理的な自然の法則が存在するという考え方で,……それを社会理論として発展させたのはホッブスであった。彼はその主著『リヴァイアザン』において社会の最初の状態として『自然状態』を想定し,ここでは人間が利己的衝動に従って行為するため『万人に対する万人の闘争』の状態を現出したが,人はそれを免れるため契約を結んで主権者を定め,それに支配権を譲渡したとなした。これは社会契約説と呼ばれ国家の起源に関する合理的解釈であるが,彼はこの権利の譲渡を絶対的なものとなしてそれに対する反抗を否認したため,当時支配権を握っていた王政復古のステュアート絶対主義の弁護と目された。しかし名誉革命の当時に出たロックの『政治論』においては,ホッブスと同一の前提から出発しながらその結論が逆になり,ここに社会契約説は人民主権説の有力な武器となった。すなわち彼によれば人間は本来自由で『自然権』を有している。彼らが社会契約によってそれを主権者に譲渡したのはただそれを守るためであり,主権者がそれを犯すならばそれは契約の違反であって人民は直ちに支配権を取戻すことが出来るというのである。ロックの思想は当時絶対主義の弊害に悩んだフランスにおいて大いに歓迎された。」(pp.147-148)


 ここでは,ホッブスの社会契約説とロックのそれとが対比して説かれていますので,もう少し補足しながら説明します。

 ホッブスの考える自然状態とは,いわば生存競争が行われている原始時代のような状態であり,人間は食べ物を奪うために戦いが絶えない状態でした。これが彼のいう「万人の万人に対する戦い」という言葉の意味です。このような闘争の連続を収めるためには,みんながルールを決めてそれを守っていく必要がありますが,どうしてもルールを破る人間が出てきます。そうしたルール破りに対して刑罰をしっかり与えるために,国家権力に強力なパワーを与えた,というのがホッブスの主張なのです。

 彼の書物のタイトルでもある「リヴァイアサン」とは,旧約聖書に登場する怪物の名前であり,口からは炎を吐き,その姿を見れば神々ですら戦慄するようなモンスターです。ホッブスは,国家権力はこのリヴァイアサンのように強くなくてはならない,そうしないと,ルールを破る人間が現れて,再び「万人の万人に対する戦い」である自然状態に逆戻りしてしまうのだ,と説いたのでした。これは結果的に,当時の絶対王権を擁護する説となりました。

 これに対してロックは,王の権力を議会が牽制することは当然であると考え,王政復古時代に王が絶対権力をもっている方がいいのだと主張した王党派の人たちに反論するために,『統治二論』という論文を書きました。これは同時に,上記のホッブスの説に対する反論でもあったのです。

 ロックによると,自然状態に置かれていた自然人たる人間は,自分で働き,働いてできたものは自分のものとして所有して富を増やしていました。人間はもともと自然権として,所有権を有しているという考え方です(人権思想はロックにおいて理論的に結実したということができるでしょう)。ところが,怠け者が泥棒を働いたり殺人を犯したりして他人の財産を奪うなどといったように,自然状態の調和を乱す者が現れる可能性があります。そこでトラブルの仲裁機関として権威ある国家を作り,人民の生命と私有財産を守ってもらうという契約を結んだのです。したがってロックにあっては,国家権力は人民が自分たちに奉仕するように作ったものであるから,しっかりと自分たちのために働いているかを監視する必要があるのであり,もし国家権力が暴走した場合には,一人一人の人間は契約違反だとしてそれに抵抗することができるし,それでも横暴を続けるのであれば,革命を起こして新しい国家権力を作ることもできる,ということになります。このようにロックは,「抵抗権」や「革命権」も認めていたのでした。

 このロックの思想に基づいて作られたのが実はアメリカという国なのです。イギリスの植民地であったアメリカの人々が革命を考え始めたのは,1765年のことでした。この年,イギリスの議会で印紙条例という法律が可決されたのです。これは,植民地で発行される新聞や証書などに印紙を貼らせて,そのお金でアメリカ駐屯軍の経費をまかなおうとしたものです。つまり,勝手に植民地人だけを対象とした税金を作ったのでした。

 これに対して植民地の人々は怒ります。イギリスの憲法には「代表なくして課税なし」という大原則があったのですが,アメリカ植民地の代表からの承認を得ずして,勝手に課税がなされたからです。そもそもアメリカ植民地から,本国イギリスの議会には代表すら送れないシステムになっていました。だからこれは憲法違反だというのがアメリカ側の言い分だったのです。その後もイギリスは,貿易関税を作って,アメリカに入ってくるお茶などの品物に税金をかけたりもしました。

 こうした状況を見たアメリカの植民地の人々の頭に浮かんだのがロックの抵抗権であり革命権だったのです。イギリス政府は人民に対して不当なことを行っているのであるから,これに抵抗し,革命によって,自分たちの社会契約で作られた新しい政府を作るべきだと考えたわけです。こうしてアメリカ独立革命が起こり,実際にアメリカという新しい国家が誕生することになったのです。その過程で成立したアメリカ独立宣言には,ロックのいう自然権に基づく人権という主張が明確に規定されています。そして後に成立したアメリカ合衆国憲法はジョン・ロック憲法ともいうべきもので,国家成立以前に人間が平等にもっていた自然権=人権は国家権力から守られるべきであるとされています。

 また,先程の引用の最後にもあったように,ロックの思想はフランスで大歓迎されます。そこで,フランス革命時の人権宣言にもロックの思想は反映しており,後のフランスの憲法にも継承されていったのでした。

 このようにして,市民革命によって作られた近代憲法は,ロックの思想が反映され,国家が暴走して人間が生まれながらにしてもっている平等な権利たる人権が蹂躙されることがないように,国家権力に縛りをかけるという機能を有するようになったのでした。
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2016年10月08日

高校生に説く立憲主義の歴史(3/5)

(3)予定説を媒介とした「人権」の誕生

 前回は,憲法の原点ともされるマグナ・カルタ(大憲章)を取り上げました。中世のヨーロッパ社会は,封建領主が分割して統治しており,領主間の争いはもっとも勢力の強い封建領主の一人であった国王によって調停されていました。ところが,十字軍をきっかけに都市の商工業者が台頭してきて,貨幣経済の進展によって農奴の立場が高まり,逆に領主=貴族や教会の力が衰えていくと,国王・商工業者連合軍と,既得権益を主張する貴族・教会連合軍の争いが生じて,国王の失政を引き金にして,特権階級の既得権を守るためのマグナ・カルタが成立したのでした。これは権力者=国王の横暴を縛る機能を有しているものなのでした。

 さて今回は,中世社会が進展していく中で,現代の立憲主義には不可欠の「人権」という考え方がどのようにして誕生してきたかを見ていきます。

 人権とは,「人間がもっている権利・自由の中で,最も基本的であり誰もが生まれながらにしてもつ権利」(『政治・経済用語集』,山川出版社)のことです。現代に生きるみなさんは,このような人権という概念を当たり前のように思っているかもしれませんが,人権という考え方は,人類の歴史でいうとごく最近,誕生してきたものなのです。では,どのように誕生してきたのでしょうか。

 人権という考え方が誕生する以前の中世においては,人間は,生まれ育った階級に従ってそれぞれ特別な権利,すなわち「特権」を持つと考えられていました。国王には王権がありましたし,封建領主たちには領主なりの特権がありました。都市の商工業者はギルドという特権的な組合を作って,新規参入する業者を排除していました。彼らにも特権があったのです。

 何の権利も与えられていなかったと思われる農奴にも,それなりの特権がありました。古代ギリシャやローマの奴隷は,牛や馬と同じように扱われ,もし奴隷に子どもが生まれたら,持ち主はその子どもを親から引き離し,自由に売りさばくことができました。ところが中世の農奴は土地とセットになっているため,家族をバラバラに売り飛ばすことはできなかったのです。このような家族をばら売りにされない権利というのは,ある意味,農奴が持っていた特権ということができます。したがって,領主であっても,このような農奴の特権を奪うことはできなかったのです。

 このような特権は,伝統主義が支配していた中世においては,親から子へと受け継がれていくものでした。したがって,封建領主の子どもは封建領主になり,商人の子どもは商人に,農奴の子どもは農奴になるほかなかったのです。

 国王には国王の,領主には領主の,商人には商人の,それぞれ別々の特権があると考えられていた状態から,どのようにして,人が生まれながらにして平等な権利をもっているという人権の考え方が生まれてきたのでしょうか。

 それは,キリスト教の予定説が関係しています。予定説とは,宗教改革家の一人であるカルヴァンが唱えた説です。

 前回にも少しだけ触れましたが,14世紀ころからキリスト教の教会は極度に腐敗していました。金儲けのために免罪符(贖宥状)を信者に売りつけて,これさえ買えば救われるなどと説いていたのです。売官や妻帯なども日常茶飯事で,本来の教義の反するようなことが当たり前に行われていたのです。

 こうした教会の堕落,腐敗に対して批判の声を上げ,宗教改革を行ったのがルターでありカルヴァンであったわけです。では,カルヴァンの唱えた説はどのようなものだったのでしょうか。今回も,林健太郎『歴史の流れ』(新潮文庫)から引用します。

「カルヴィンの説はルーテルより出てそれよりも一歩進んだものであった。彼の思想の根底には,神の全能の意志を極度に重視し,人間の救済はすでに神によって予め定められているという予定説が横たわっていたが,また神に召される外的な印しは道徳的な行為であり,キリストの神性は思索や理性によってでなく体験によってのみ理解されるとなす実践的な性格が彼の教えの特徴であった。そこで彼は聖書に文字通り則った厳格な道徳律を建て,それによって現世においてひたすら勤勉に働く事の中に救済への途を見たのである。ここにおいて現世の生活はカトリックにおけるような第二義的なものではなく,まさに神の恩寵を得るための第一義的なものとなり,営利や致富も,それが道徳的に行われる限り,正当な立派な行為とされたのである。この教えはまさに当時勃興しつつあった市民階級,未だ自己の努力によって事業を拡大し資本を蓄積しつつあった初期の工業者階級の利害に一致し,かつその意識を代表するものであった。そしてそれは神と人間との直接的な結合を説き,その間に何等の伝統的な人為的権威を認めない点において,極めて共和的,民主的なものであった。」(pp.115-116)


 すなわち,予定説とは,全知全能の絶対の神が全てを予定しているのだという説であり,現世において勤勉に働くことこそが救済への道であるということです。これは,当時勃興しつつあった都市の商工業者の利害に一致し,その意識を代表するものでした。また,「神と人間との直接的な結合を説き,その間に何等の伝統的な人為的権威を認めない」というのも,カルヴァンの主張の特徴なのでした。

 少し補足します。カルヴァンによると,神は絶対的な存在であり,神の意志を妨げる要因はありません。善行をなしたから神がこの人間を救おう,と考えるのではないのです。これだと,神の意志決定が人間によって左右されることになります。そうではないのです。神は全知全能で絶対的であり,全てのことを予め決めているのです。ですから,少なくとも予定説を信じることが神の御心に沿うことであり,神から与えられた天職を一生懸命に行うことこそが,救われないのではないかという不安を和らげる唯一の方法になるのです。

 カルヴァンのいうような絶対的な神に比べれば,人間など,何の価値もない存在だといってもいいでしょう。予定説によって神様をとてつもなく高いところに置いてみれば,世界の見方が変わります。すなわち,神様に比べれば,どんな人間もけし粒以下の存在であり,何らかの人為的な権威や決まり事など,どうでもよいことだと思えてくるのです。神様の目から見たら,国王も貴族も市民階級も,しょせんは原罪を背負った神の奴隷にすぎないのであり,大した違いはないのだ,という人間観が生まれてくることになります。

 ここから,人間は生まれながらにして平等な権利をもっているという人権の考え方が生まれてきたのです。すなわち,人間は神のもとにあってはみな平等であるのだから,人間がもっている権利もみな同じである,という考え方が生じてきたのです。もちろん,カルヴァンの予定説から直接に,人権という考え方が生まれてきたということではありません。たとえば,カルヴァンの弟子が師匠の予定説を発展させて,「人権」なる概念を打ち立てた,というようなことではないのです。そうではなくて,人権という考え方が誕生するにあたって,カルヴァンの予定説が必須の前提条件になっていた,ということなのです。人類の社会的認識の中に予定説が生成発展していったからこそ,社会的認識の次なる量質転化として,人間は生まれながらにして平等な権利をもっているという「人権」という考え方が誕生したのだ,ということなのです。人権という考え方は,例えば,イギリスで1689年に成立した権利の章典や,次回に触れるロックの思想の影響で成立したアメリカ独立宣言(1776年)やフランス人権宣言(1789年)などで次第に社会的認識として確立していくのですが,これらに関わった人間がカルヴァンの予定説を研究して「人権」なる概念を創り上げたわけではないのです。そうではなくて,無意識的な前提としてカルヴァンの予定説があったからこそ,これらが作られたのだ,ということなのです。

 さて,カルヴァンの予定説は,人間観だけではなく社会観も変えていき,歴史を動かす原動力になりました。先の引用にもあったように,カルヴァンの説は「神と人間との直接的な結合を説き,その間に何等の伝統的な人為的権威を認めない」ものでした。したがって,中世末期の絶対王権なども,まさしく伝統的で人為的な権威であり,そういったものを否定する方向へと歴史を動かしたということもできます。その典型的な例が1642年に始まるイギリスのピューリタン革命です。

 ピューリタン革命とは,当時のチャールズ1世が絶対王権を振りかざしていたことに対して,議会が反発したことを引き金に始まった革命です。結局,クロムウェルが率いるピューリタンの独立派が主導権を得て,国王を処刑してしまいます。国王が臣下に処刑されるなどということは,それまでのヨーロッパの伝統では考えられないことでした。それが実際に行われたのは,予定説による人間観の変更があったからです。

 クロムウェル家はもともと,イギリスのジェンドリー階層出身で,堂々たる王党派の特権階級でした。そのようなクロムウェルでさえ,母親の影響で熱心なピューリタンになると,王様を殺しても許されると考えるようになったのです。というのは,予定説を信じるピューリタンにとっては,従来の特権だらけの社会こそが神と人間との直接的な結合を引き離す人為的なものであり,こうした社会は変革する必要があるものだったからです。また,王が生まれながらにして尊いなどということは,神の下の平等を唱える彼らにとってみれば,信じるわけにはいかないものだったのです。

 このように,カルヴァンの唱えた予定説があったからこそ,そしてそれをもとにして誕生した人間観や社会観があったからこそ,臣下が王様を処刑するというような市民革命が実現したということができるのです。そしてこの市民革命は,憲法を大きく発展させることになるのですが,そのことについては次回説きたいと思います。

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2016年10月07日

高校生に説く立憲主義の歴史(2/5)

(2)中世における憲法の萌芽形態

 本稿は,立憲主義の危機が叫ばれている現状において,選挙権が与えられた18歳の年齢層を含む高校生に対して,立憲主義の歴史を説く講義です。

 今回は,憲法の原点ともされるマグナ・カルタ(大憲章)を取り上げます。マグナ・カルタは1215年にイギリスで公布されたものです。権力者が好き勝手に支配する(人の支配)のではなく,法が権力行使の方向と限界を示す(法の支配)というイギリス憲法の伝統の出発点となったと評されるものです。イギリスは,世界で最古くから憲法に基づく政治が行われていたところですから,これは世界の憲法の起源だといってもいいでしょう。

 さて,マグナ・カルタについて説くために,まずはヨーロッパ中世の社会について説明します。

 古代ローマ帝国が崩壊したのちのヨーロッパは,多くの封建領主によって分割統治されていました。封建領主とは,限られた土地を支配する権力者のことです。そのもとに,農奴と呼ばれる人々がおり,封建領主のために土地を耕作していました。

 このように,中世のヨーロッパには,自分の土地と武力を持った封建領主が群雄割拠していたのです。しかし,このままでは封建領主間で対立やもめごとが起こり,不安定な状況になります。そこで,領地をめぐる争いの調停役として,国王が誕生してくるのです。この時代の国王は,大領主の中のもっとも勢力の強い人であり,全体のとりまとめ役を任されていたのです。ですから,この時代の国王は「同輩中の首席」とも呼ばれ,その権力も限られたものでした。

 当時の国王は,単に封建領主の中の一人にすぎませんでしたから,主従関係を結んだ臣下の領土であっても,口出しすることはできませんでした。もちろん,土地に付属しているとされた農奴に対して,何らかの命令をすることもできなかったのです。臣下との間には,例えば国王が臣下である領主の土地を保護する代わりに,もし戦争が起きたら何人の家来を連れて従軍する,というような契約を結びましたが,国王といえども,この契約を守る義務があったのです。

 また,国王であっても,伝統や慣習を守らねばなりませんでした。当時にあっては,過去からの伝統や慣習だけが「法」であったので,国王が勝手に法律を作ることも,当然にできませんでした。

 このように,農奴の労働に支えられた封建領主がそれぞれの領土を支配し,領土間の対立はもっとも勢力が強い封建領主の一人である国王によって調停される形で,中世ヨーロッパの社会はそれなりに安定していきました。

 しかし,このような中世社会が,主として1096年に始まった十字軍をきっかけに崩壊していくこととなります。十字軍によって,当時のヨーロッパは,世界貿易によって経済的に栄え,古代ギリシャの文化遺産を引き継いで学問も発展していた中近東と交わることになります。この結果,イスラム圏の中近東から,陶器や織物,金属加工品など,ヨーロッパにはなかった贅沢品がヨーロッパにもたらされることになりました。

 この影響で,ヨーロッパには,新しい階級が生まれてきます。それが,都市の商工業者たちです。彼らは封建領主の手の届かないところに都市をつくり,そこで貿易を行ったり,作った手工業製品をヨーロッパ中に売り歩いたりしたのです。こうして貨幣経済が発展していくことになります。

 貨幣経済の発展は,農奴の地位を高くしていき,逆に封建領主の力を弱めていきました。お金を貯めて領主に一定額を支払い,農奴の身分から自由になるものも出てきました。加えて,1348年前後から起きた黒死病(ペスト)の大流行で,人口が激減したことも,農奴の立場を有利にしました。封建領主は農奴なしには生活できないので,数が減った農奴を大切にせざるを得なくなったからです。

 このように中世社会が変容・崩壊していくと,これまで名目的にトップに立っていた国王の力が,相対的に増してきました。国王も封建領主の一人でしたから,農奴の力が増し,数が減っていく中で,直轄地からの収入は減っていきました。しかし,国王は,新興勢力である都市の商工業者と結んだために,収入減を補って余りある金づるを手にしたのでした。というのは,当時の商工業者には,国王に多額のお金を支払ってでも,商工業を保護してもらう必要があったからです。当時の封建領主の軍隊は,平時には山賊や海賊として食いぶちを稼いでいました。その被害を受けていたのが商工業者たちです。だから彼らにとっては,封建領主は憎むべき存在だったのです。そこで彼らは,国王に献金や融資をして多額の金銭を差し出す代わりに,自分たちの安全の保障を国王に依頼したのでした。

 このように国王と都市の商工業者の利害が一致し,両者は力をつけていきます。軍資金を得た国王は,常備軍を編成するようになります。これによって自由な商工業が保障されると,都市の商工業者はますます発展して,都市は大きくなっていきました。両者とは反対に,領主=貴族の立場はますます弱いものとなっていったのです。また同じころ,国王と争っていた法王(教皇)の力も弱まりだし,教会は堕落していき,聖職者の立場も弱まっていったのです。

 こうして,勢力を増してきた国王・商工業者連合軍と,既得権益を主張する貴族・教会連合軍の争いが生じてくることになるのです。

 中世ヨーロッパ社会の変容には以上のようなプロセスがあり,その途上でマグナ・カルタ(大憲章)が発布されたのです。次に,その内容を見ていきましょう。

 マグナ・カルタの成立過程とその内容,後世への影響について,林健太郎『歴史の流れ』(新潮文庫)では次のように説かれています。

「……イングランドはその島国という位置からして,また『ノルマン征服』によって新王朝が始められた事からして,中世においても他国に比して比較的国家主権の権力が強大であった。しかし第三回十字軍に活躍したリチャード獅子心王の時代はなお封建制度の最も盛んな時期であった。リチャードが外征に没頭している間,国内ではその弟のジョンが勢力を得てやがて王位についたが,彼は内政外交に失敗が多く,ついに諸侯の反抗にあって有名な大憲章(マグナ・カルタ)を発布させられた(1215年)。これは正式の裁判によらなければ人民を逮捕,監禁しない事,貴族僧侶の大会議の承認を経なければ新税を課さない事を約したものである。この大憲章は一般人民の権利を保証したというよりはむしろ封建諸侯の権利を擁護したものであるが,しかしここに定められた主要な条項は,後一般人民の勢力が増大すると共に自ら人民の権利の保証に転化されて,イギリス立憲政治の規範となる事が出来たのである。」(p.92。読みやすいように旧字体を新字体に改めたり,漢字を平仮名にしたりしている。以下も同様)


 ここでは,イングランドにおいて封建制度が盛んな時期にジョン王が出て,内政外交の失敗が多かったために諸侯の反乱にあってマグナ・カルタを認めさせられたこと,その内容は不当な逮捕・監禁の制限や課税権の制限であったこと,この貴族の特権を保護した法が後に人民の権利の保証に転化されてイギリス立憲主義の規範となったことが説かれています。

 少し補足しておきます。そもそもマグナ・カルタが作られたのは,ジョン王があまりにも慣習法を無視したからでした。フランスとの戦争のために貴族や教会に重税を課し,情け容赦なく,厳しく取り立てたのでした。また,自分に対立するものを強制的に逮捕して,その財産を没収するというようなこともしていたようです。これを見たイギリスの貴族や聖職者たちは,あまりにも自分たちの既得権(特権)と慣習法を踏みにじっていると怒り,63か条の契約を作って,これを守るように王に要求したのです。先の引用文の中に,「正式の裁判によらなければ人民を逮捕,監禁しない事,貴族僧侶の大会議の承認を経なければ新税を課さない事」を承認させたとありますが,それは,ジョン王が慣習法を無視して不当に逮捕・監禁したり,自分勝手に新税を課したりしていたことの裏返しであるわけです。

 以上から明らかなことは,マグナ・カルタの目的は,あくまでも伝統を守ることであり,一部の特権階級(貴族や聖職者)の既得権を守ることであった,ということです。つまり,当時にあってはこれは民主主義とは何の関係もないものだったのです。

 しかし,現在でもこれが憲法や立憲主義の起源だと評価されているのには,それなりの理由があります。それは,王といえども法の下にあること,すなわち,法を守る義務があることが確認され,王が習慣法を破った場合は反乱に訴えることができることが明記されたためです。この二大原則が,後のイギリス憲法,そして世界の憲法の柱となっていったのです。

 要するに憲法とは,権力者が好き勝手にふるまうことを厳しく制限するためにこそ生まれたのだということです。もちろん,当時にあっては,そのことによって守られるのは貴族や聖職者の特権が中心でした。しかし,権力者を縛る,権力者に対して命令するという機能は,憲法が誕生当初から持っていた中心的な機能であるということができるのです。

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2016年10月06日

高校生に説く立憲主義の歴史(1/5)

目次
(1)立憲主義が問われている
(2)中世における憲法の萌芽形態
(3)予定説を媒介として生まれた「人権」概念
(4)ロックの思想と市民革命
(5)立憲主義の歴史を辿り返す必要がある

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(1)立憲主義が問われている

 高校生のみなさん。本稿は高校生のみなさんに対して,憲法の歴史について説いていく講義です。なぜこのような講義をするのかというと,みなさんもご承知のとおり,2015年6月に改正公職選挙法が成立して,選挙権年齢が20歳以上から18歳以上に引き下げられたからです。この法律は,今年の6月19日に施行され,7月に行われた参議院議員通常選挙から,18歳,19歳であっても選挙権が与えられ,投票することが可能となったのです。つまり,高校生であっても,選挙に行って投票する人が出てきたということなのです。

 しかし,投票するためには,政治の仕組みについてしっかり分かっておく必要があります。現代日本では,憲法に基づいて政治が行われています。これを立憲主義(あるいは立憲政治)といいますが,この政治の一番の要(かなめ)は,もちろん,憲法にありますから,憲法とはどのようなものであるのかを,その歴史も含めてみなさんにしっかりと理解してもらいたいのです。

 もう一つ,最近の政治状況において,その立憲主義が危うくなっているという指摘があります。以下の新聞の社説を読んでみてください。

「安保法成立1年 違憲性は拭い去れない

 安全保障関連法の成立から一年。「違憲立法」の疑いは消えず,既成事実化だけが進む。戦後日本の平和主義とは何か。その原点に立ち返るべきである。

 与野党議員が入り乱れる混乱の中,安倍政権が委員会採決を強行し,昨年九月十九日に「成立」したと強弁する安保関連法。今年三月に施行され,参院選後の八月には自衛隊が,同法に基づく新たな任務に関する訓練を始めた。

 政権は既成事実を積み重ねようとしているのだろうが,その土台が揺らいでいれば,いつかは崩れてしまう。その土台とは当然,日本国憲法である。

◆他衛認めぬ政府解釈
 七月の参院選では,安保関連法の廃止と立憲主義の回復を訴えた民進,共産両党など野党側を,自民,公明両党の与党側が圧倒したが,そのことをもって,安保関連法の合憲性が認められたと考えるのは早計だろう。

 同法には,「数の力」を理由として見過ごすわけにはいかない違憲性があるからだ。

 安保関連法には,武力で他国を守ったり,他国同士の戦争に参加する「集団的自衛権の行使」に該当する部分が盛り込まれている。

 安倍内閣が二〇一四年七月一日の閣議決定に基づいて自ら認めたものだが,歴代内閣が長年にわたって憲法違反との立場を堅持してきた「集団的自衛権の行使」を,なぜ一内閣の判断で合憲とすることができるのか。

 憲法の法的安定性を損ない,戦後日本が貫いてきた安保政策の根幹をゆがめる,との批判は免れまい。成立から一年がたっても,多くの憲法学者ら専門家が,安保関連法を「憲法違反」と指摘し続けるのは当然である。

(中略)

 国会での長年にわたる議論を経て確立した政府の憲法解釈には重みがあり,一内閣による恣意(しい)的な解釈が認められないのは当然だ。それを許せば,国民が憲法を通じて権力を律する立憲主義は根底から覆る。安倍内閣の手法は,歴史の検証には到底,耐えられない。

◆憲法の危機直視せよ
 日本の安保政策を,専守防衛という本来の在り方に戻すには,集団的自衛権の行使を認めた閣議決定を撤回し,安保関連法を全面的に見直すしかあるまい。

 安倍政権は,自民党が悲願としてきた憲法改正に向けて,衆参両院に置かれた憲法審査会での議論を加速させたい意向のようだが,政府の恣意的な憲法解釈を正すことが先決だ。与野党ともに「憲法の危機」を直視すべきである。」(2016年9月20日 東京新聞社説)


 ここでは,一年前に成立した安全保障関連法には違憲立法の疑いがかけられていること,それは,この法律に含まれる「集団的自衛権の行使」が,従来の政府の憲法解釈では違憲であるとされていたのに,2014年7月の閣議決定で合憲だと180度判断が変わってしまったからであることが説かれています。このように,憲法について「一内閣による恣意(しい)的な解釈」を許してしまえば,「国民が憲法を通じて権力を律する立憲主義は根底から覆る」として,立憲主義が危機的な状況にあると指摘されているのです。

 本当に立憲主義が危うくなっているのか,それとも,そんなことはないのか,現在の安倍政権の行っていることは憲法に基づいた政治といえるのか,そうでないのか。これらの問題については,多様な立場があるでしょう。しかし,これらの問題にしっかりと答えるためには,その前提として,そもそも立憲主義とは何なのか,憲法に基づく政治とはどのようなことなのか,そもそも憲法とはどのような存在なのか,ということがしっかりと理解できていなければなりません。

 ところが,現在高校で習う世界史にしても政治・経済にしても,この根本的なところがなかなか理解しにくくなっています。というのは,大学受験を目指してこれらの科目を勉強すると,どうしても細かな知識の暗記になってしまい,歴史の大きな流れや政治の大きな柱といったようなところが,なかなか理解できないからです。もちろん,この社説で説かれているように,立憲主義とは,端的にいってしまうと「国民が憲法を通じて権力を律する」ことなのですが,この言葉だけでは,なぜ権力を律する必要があるのか,権力を律するのはそもそも何のためなのかといった具体的な内容が分かりませんし,単なる薄っぺらな知識に終わってしまいます。

 そこで本稿では,憲法の歴史,立憲主義の歴史をダイジェストで,一番大切なポイントに絞って説いていくことにします。その際,細かな事実にとらわれることなく,高校の世界史や政治・経済の教科書に説かれているような知識に筋をとおす形で,憲法がどのように誕生して,どのように成長してきたのか,憲法にはどのような機能があり,立憲主義とは具体的にどのようなことであるのか,ということを,物語風に説いていければと思っています。なお,本校執筆にあたっては小室直樹『痛快!憲法学』(集英社インターナショナル,2001年)を参考にしました。

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2016年06月27日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(5/5)

(5)崇高な理念を実現するための具体的な筋道を主体的に模索する必要がある

 本稿は、オバマ米大統領よって先月行われた“歴史的”な広島訪問、特にその中でも「広島演説」を取り上げ、唯一の被爆国に暮らす我々日本人が核兵器のない世界を実現していくためには、この演説をどのように捉えるべきか、この演説にはどのような意志が反映されているのかという問題について、日本という国家がおかれている情況を踏まえつつ、主体的に国家を建設していくためにという観点で検討していくことを目的とした小論である。

 本稿ではこれまで、「広島演説」の評価すべき点、不十分な点、もっといえば欺瞞的な部分を取り上げて分析してきた。ここで、これまでの流れを大事な点に絞って振り返っておきたい。

 まず、「広島演説」では未来が「選択」できるものであることが強調されていたことを見ていった。オバマ大統領は、国家の指導者が真摯に過去から学び、その学びの上で将来の国家像を「選択」することで初めて、核戦争を廃絶し、全ての子供たちが平和に暮らせる世界を創ることができるのだ、それが米国の大統領たる自らの使命なのだということを全世界に向かって発信したのであった。しかし一方で、終戦から戦後にかけての日米の「選択」に関しては、米国の利益に基づいて一方的な要求を突きつけておきながら、それがあたかも日米共同の利益であるかのように見せかけることで、国民レベルでは主体的な「選択」の余地などない日本の方向性を日本自身が「選択」したかのように論じている部分もあり、これは欺瞞に過ぎないと指摘しておいた。

 次に、「広島演説」が人類の歩みを「物語」として語っていることに着目して、その中身を検討していった。オバマ大統領は、人類は人権が保障され、全ての人間が平等に扱われる理想的な社会に向って進んできたし、これからも進んでいくであろうということを、1つの壮大な「物語」として語ることで、「広島演説」を格調高いものとして演出したのであった。しかし、「物語」という言葉には二面性があるのであり、この人類の歩みを「物語」として語ることで、語り手とは関係のない、語り手がコントロールできない世界の出来事として、原爆投下が語られているという側面もあることを指摘し、これはオバマ大統領が米国世論に配慮したものであることを明らかにした。

 最後に、「広島演説」では焦点をぼかした表現が意図的に多用されている事実を指摘した。人類の歩みを「物語」として語ることについては、人道的見地から原爆投下への謝罪をすべきところを、責任を逃れるために格調高い「哲学的な表現」で内容の曖昧さを見えなくしてしまっているという意味で、我々日本人が許すことのできない欺瞞であることを説いた。他にも、原爆の悲劇を戦争一般の悲劇に解消してしまっている点、つまり核兵器の廃絶を訴えているのか、戦争そのものがない社会を目指しているのか、内容が曖昧である点、人権が保障され、全ての人間が平等に扱われる社会を目指すべきだという訴えは、被爆地広島での演説としては内容がぼやけてしまって一般的すぎるという点、核兵器廃絶という理念が語られているだけで、その具体的な道筋が示されていない点を指摘した。

 ここで改めて、オバマ大統領が行った「広島演説」をどのように評価すべきかについて、本論で取り上げられなかった部分も含めた「広島演説」全体を視野に入れて確認しておきたい。

 オバマ大統領は「広島演説」において、一定の崇高な理念を示している。人権が保障され、全ての人間が平等に扱われるような理想的な社会への人類の歩みは、国家の指導者の「選択」によって可能であることを示し、国家間の問題については、戦争ではなく外交によって解決することも主張している。また、核保有国は、核廃絶への勇気を示す必要があることも強調している。これらのことは、超大国のリーダーが世界のあるべき姿について明確な目的像を示したとして、肯定的に評価できることである。人間は目的像を描いて、それを実現すべく行動するものである。人類全体に関わる大きな理念、将来像を提示したことは、人類の歩みにおける強力な原動力となるだろうという意味で、画期的な演説であったと評価できるだろう。被爆者を含めた多くの日本人がオバマ大統領の広島訪問を好意的に受け止めていることは、こうした「広島演説」の積極的側面を受け止めてのことであり、また特に被爆者がこの演説にある程度納得していること自体にも意味があるといえるだろう。

 しかし一方で「広島演説」は、よく練り上げられた「作文」という側面があることも否定できない。オバマ大統領はこの演説で、広島を実際に訪れ、平和記念資料館を視察することで、どのような思いが湧き上がってきたのかに関して、全く触れていないのである。米国世論に配慮して、格調高く「哲学的」で「物語」のような演説であったが、具体性がなく、原爆投下の当事者としての人道的観点からの謝罪もない、曖昧で欺瞞に満ちた演説になってしまっているのである。

 この「広島演説」の欺瞞を象徴するように、オバマ大統領は今月になって、インドのモディ首相と会談し、米国の会社がインドで6基の原子力発電所を建設することで合意したのである。「核拡散防止条約(NPT)未加盟の核保有国インドとの原子力協力拡大は、核不拡散政策に逆行しているとの批判もある」(中日新聞2016年6月8日夕刊)との報道もあるし、オバマ大統領が僅か半月前に「広島演説」で語った核廃絶、核不拡散への決意との矛盾も指摘しなければならない。オバマ大統領としては、核兵器と核の“平和利用”とを区別しているつもりかもしれないが、ヒロシマ、ナガサキに続いてフクシマの悲劇を体験した日本にとっては、いわゆる“平和利用”かどうかに関わらず、核そのものの脅威をなくしていくことこそが目指すべき将来像である。これは世界中で共有されている思いであることを考えれば、オバマ大統領の行動は、「広島演説」が欺瞞であったことの証明以外何物でもないのである。

 以上を踏まえて、我々日本人はどのような道を進んでいくべきか、最後にこの問題について検討しておきたい。

 まず、「広島演説」の肯定的側面、すなわち人類の平和に向けた崇高な理念を示したという側面に関していえば、この理念の具体化に向けた筋道を模索していく必要がある。「広島演説」で示された理念は、建築でいえば、まだ建物の外観のイメージが示されたにすぎないのであって、どのような構造でその建物を支えるのか、どういう過程で建築していくのかという具体的な中身、具体的な方法については、人類の今後の課題としてしっかりと受け止める必要があるわけである。特に我々日本人は、唯一の被爆国の一員として、自らが主体的にこの道程に関わっていく必要がある。世界平和に向けた具体的な道筋を構想し、世界に働きかけながら具体化していく必要があるのである。

 さらに重要なことは、「広島演説」の否定的側面をしっかりと把握する必要がある、ということである。どういうことかというと、これまで見てきたとおり、「広島演説」は米国世論に配慮しつつ、オバマ大統領自身の「レガシー」という側面も含みつつ、日本人、特に被爆者やその遺族をある程度納得させるものでなければならなかったため、相当程度に練り上げた「作文」として発表されたものである。こうした背景を把握せず、単に立派な国の立派な大統領が立派な演説をしてくれた、世界平和に向けた理念が素晴らしかった、などと受け止めているだけでは駄目なのである。なぜなら、これまで縷々説いてきたとおり、この「広島演説」には大きな欺瞞が含まれているのであって、これを肯定的に認めてしまうことは、「奴隷根性」、「植民地根性」の現れ以外何物でもないからである。

 敗戦から戦後にかけて、日本は徹底的に主体性を奪われ続けてきた。国家防衛という死活問題を米軍に依存せざるを得なくされ、経済的繁栄の裏側では米国に屈辱的な妥協を強いられ続けてきた(※1)。そうした情況を背景にして、日本人は主体的に考えることを已め、米国の主張は常に正しいものとして受け入れ続けてきたのである。この延長線上にあるのが、「広島演説」を圧倒的多数の日本国民が肯定的に受け止めているという現実である。

 しかし、原爆投下の責任を否定し続ける「広島演説」に対して、それを肯定的に受け止めるなどという態度が、果たして主権を持つ国家としてのまともな態度といえるかどうか、よく考えてみる必要がある(※2)。自分でなすべきことを決定するとともに、そのなした結果に対してしっかりと責任をとるという主体性をなくしてしまった今の日本は、まずこの問題を徹底的に考え抜かねければならない。

 我々は、「広島演説」に示された崇高な理念には賛同しつつも、その理念へ至る筋道を具体的に描く努力を主体的に行っていく必要があるのであって、その前提として、「広島演説」の否定的側面、欺瞞に満ちた内容をしっかりと把握する必要があるのである。そうして初めて、日本が米国の属国状態から脱し、世界で責任ある地位を占める展望も開けてくるのである。

(※1)こうした過程の詳細については別稿に譲るとして、当面、前泊博盛『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』、ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』などを参照されたい。

(※2)安倍首相が南京を訪れ、「死が津波のように押し寄せてきた」などと演説すれば、中国からどれほどの非難の声が挙がるか、想像してみるのもよいだろう。

(了)
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2016年06月26日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(4/5)

(4)「広島演説」は焦点をぼかした表現を多用している

 前回は、「広島演説」に登場する「物語」に焦点を当ててその内容を検討していった。まず、「物語」(=”story”)という言葉が直接使われている箇所を引用し、権利が保障され、人間が平等に扱われる世界を追求していく決意をオバマ米大統領が述べていることを見た。また、こうした理想を追求していく人類の歩みを「物語」として把握することで、壮大な歴史を語っているのだという効果を引き出しているというオバマ大統領の技巧上の工夫についても言及した。しかし、ヨリ注意すべき点として、「物語」(=”story”)という言葉が直接使われているわけではないが、「物語」的な語りを行っている部分、すなわち冒頭の部分と結びの部分について、「物語」(=”story”)という言葉には二面性があることに触れつつ取り上げた。ここでは、原爆投下の事実を「物語」として語ることによって、いわば「他人事」にして、米国人が「加害者」意識に苛まれることを防ぐという配慮がなされていたのであり、我々日本人としては、この米国の責任回避の姿勢をこそ厳しく追及しなければならないのではないかと提起しておいたのであった。

 さて今回は、今も原爆の後遺症で苦しむ人々が暮らしている日本という国、特に広島(長崎)に対するある意味での「被害者」である米国の大統領が行った演説としてみた場合、「広島演説」が十分な内容であったのか、検証していきたいと思う。

 先回の最後にも述べたように、「広島演説」では原爆投下の事実をあたかも「物語」であるかのように、語り手の制御できない架空の世界で起こった出来事であるかのように、語るという「技巧」が施されていた。冒頭の部分、特に” death fell from the sky”(死が空から降ってきた)などは、「物語」的である以上に、あたかも原爆投下が自然現象であったかの印象を意図的に与えようとしているのではないかと勘繰られても仕方のない表現にもなっている。これはもちろん、オバマ大統領が米国世論に配慮した結果には違いないが、これを我々日本人はどのように受け止めるべきなのか。

 もちろん、その受け止め方が、米国人と同様であっていいはずがない。なぜなら、原爆投下という事実だけを抜き出せば、我々日本人は明らかに「被害者」であって、米国人は「加害者」であるからである。米国では、いまだに原爆投下を正当化する議論、原爆投下によって戦争が早期に終結した結果、米国軍人の命はもちろんのこと、日本人の命も多数が救われたのだという議論がなされている。しかしこのことは、原爆の悲劇を自らのこととして受け止め、その苦難の道を歩んできた我々日本人にとっては、到底それだけで受け止められるものではない。原爆投下による被害をリアルに知り抜き、その苦痛を今でも受け続けている被爆者や遺族にとっては尚更である。だからこそ、原爆の事実をヨリ多くの各国首脳に知ってもらいたい、特に原爆投下の当事者である米国の大統領に知ってもらいたいとして、米大統領の広島訪問が熱望されていたのであって、現にオバマ大統領の広島訪問が“歴史的”といわれているのである。原爆の悲惨さを知ってなお、原爆投下を(少なくとも人道的観点で)正当化し続けられるか、ここが今回のオバマ大統領の広島訪問で問われた本質的な部分であったのではないか。

 こうした点から見れば、端的にいえば、「広島演説」は被爆国からすれば全く不十分な内容であったといわざるを得ない。「物語」的表現を隠れ蓑にして、米国の原爆投下を覆い隠し、米国の判断でなされた原爆投下を、あたかも人間の意志が介在しない自然現象のように言い張るなどということは、非人道的な核兵器を使用した責任から逃避しているということ以外何でもないのである。人道的見地からの謝罪があってしかるべきところを、責任逃れのために格調高い「哲学的な表現」で内容の曖昧さを見えなくしてしまっている、こうした側面があることを我々日本人は許してしまってはならないのである。

 「広島演説」が不十分でることは、以上の点に限らない。以下にいくつかの点を見ていこう。

 まず、「広島演説」が目指す未来は、戦争そのものがない社会なのか、核兵器の廃絶なのかが曖昧な点である。「広島演説」では、「戦争」(=”war(s)”,”warfare”)という言葉が16回使われているのに対して、「核兵器」(=” nuclear weapons”)や「原爆」(=” the atomic bomb”)を意味する言葉は、「きのこ雲」(=” a mushroom cloud”)や「原子の分裂」(=” the splitting of an atom”)などのほぼ原爆や核兵器のことを表しているといえる言葉を含めても、6回しか登場しない。さらに象徴的なのが、爆弾(=”the bomb”)、拡散(=”the spread”)、死の物質(=”deadly materials”)などのように、核や原爆という言葉を意図的に避けている印象がある言葉が使われていることである。ここには、被爆地広島の現実に真摯に向き合おうとする姿勢が見られず、ただひたすら原爆投下の正当性を主張するアメリカ世論へ配慮しようとする姿勢のみが見られるといえるのではないか。わざわざ被爆地広島でメッセージを発信するのであれば、広島の悲劇を戦争一般に解消してしまうような姑息な表現を用いずに、核兵器の廃絶に焦点を絞った内容のメッセージを発信すべきであったともいえるだろう。

 次に、焦点が絞り切れていないということでは、前回の初めに引用した、「物語」(=”story”)という言葉が直接使われている箇所に関しても同じである。ここでオバマ大統領は、生存権、自由権、幸福追求権などが保障され、全ての人間が平等に扱われるような社会、全ての人間の価値が認められ、全ての人間の命が大切にされ、人類が1つの家族のように扱われる社会の実現を目指すべきだと述べているのであるが、これも一般論としては否定しようがない内容であるものの、「広島演説」の中に配置されてしまうと、どうしても一般的すぎる表現に思えてしまうのである。よく読めば分かることであるが、この部分には核兵器や原爆という言葉はおろか、戦争という言葉すら使われていないのである。人権の尊さという抽象的な理念を語るだけで、内容がぼやけてしまっている印象が拭えない。

 最後に、連載第2回で取り上げた「選択」の中身に関しても、非常に抽象的であるといわざるを得ない。オバマ大統領は「広島演説」の締めくくりの部分において、我々人類の「選択」如何によって、戦争のない平和な世界が実現できるのか、核戦争によって世界が滅んでしまうのかが決まってしまうのだ、平和な世界の実現に向けてこそ努力しなければならないのだということを説くわけであるが、この中身はよく考えてみると、核戦争の未来ではなく、平和が実現した未来を「選択」しようではないかというありきたりな、抽象的な内容であって、その平和な世界の実現に向けてどのような道を歩むべきかという、「プラハ演説」で提起されたような具体的な中身は何もないのである。被爆地広島での演説であれば、核兵器廃絶への具体的な道筋を示すべきであったといえよう。

 以上見てきたように、「広島演説」では焦点をぼかした表現を多用することで、非人道的な核兵器を使用した米国の責任を回避し、当然謝罪の言葉もない、そもそも原爆の悲劇を戦争一般の悲劇に解消してしまっているというように、被爆地広島から発信するメッセージとしては非常に不十分な内容であると評価できるのである。
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2016年06月25日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(3/5)

(3)「広島演説」は人類の歩みを「物語」として語った

 本稿は、主体的に日本国家を建設していく1つの手がかりとして、唯一の被爆国に暮らす我々日本人が核兵器のない世界を実現していくためには、オバマ米大統領が行った「広島演説」をどのように把握すべきか、「広島演説」の内容を具体的に検討していくことを通じて明らかにしていくことを目的とした小論である。

 前回は、「広島演説」における「選択」という言葉をキーワードにして、いくつかの箇所を具体的に引用しながら検討した。まず、「広島演説」の締めくくりの部分に着目し、オバマ大統領が、人類の「選択」如何によって、戦争のない平和な世界が実現できるのか、核戦争によって世界が滅んでしまうのかが決まってしまうのだということを前面に押し出すことで、子供たちのために世界平和が実現している未来を目指すべきであることを、被爆地広島の地で高らかに宣言したことを確認した。また、オバマ大統領は、人類が「新しい未来を発見するために過去から学ぶ」(三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』p.267)存在であるという認識のもと、国家の指導者がどのような「選択」をするかが世界の未来を決めるのだという把握を行っていることを見た。こうした問題提起自体は肯定的に捉えられえるとはいえ、「広島演説」には、こうした積極的な側面ばかりではなく否定的に捉えるべき点もあり、具体的には、戦後の米国による日本統治のあり方が、実際には日本の「選択」を許さない強制的なものであり続けているにもかかわらず、それを日米共同の「選択」であるかのごとき表現を行っていることは欺瞞であると述べておいた。

 さて今回は、「広島演説」に登場する「物語」に焦点を当てて、その内容を見ていくこととしたい。

 まず、「物語」(=”story”)という言葉が直接使われている次の箇所を検討したい。ここで” that ideal”とあるのは、その直前に示されている「全ての人間は生まれながらにして平等であり、創造主によって、生命、自由、幸福追求を含む不可侵の権利を与えられている」(米独立宣言の前文)という理想を指している。

Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens. But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for, an ideal that extends across continents and across oceans.
The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: that is the story that we all must tell.
 そうした理想の実現は、国内においてさえ、自国民の間においてさえ、決して簡単なものではなかった。しかし、そうした物語に忠実であることは、努力する価値があることである。それは懸命に追い求めるべき理想であり、大陸と海をまたぐ理想である。
 全ての人のかけがえのない価値、全ての命が貴重であるという主張、私たちは人類という1つの家族の一員であるという根源的で不可欠の考え方。こうしたことが、私たち全員が伝えなければならない物語なのである。

 ここでは、生存権、自由権、幸福追求権などが保障され、全ての人間が平等に扱われるような社会、全ての人間の価値が認められ、全ての人間の命が大切にされ、人類が1つの家族のように扱われる社会、こうした社会を実現することは、確かに非常に困難ではあるが、人類はこれまでもこうした理想を追求してきたし、これからも追求していかなければならないのだ、こうした人類の歩みを後世に伝えていかなければならないのだ、というオバマ大統領の思いが示されている。そしてオバマ大統領は、人類は理想を実現するという「物語」を生きているのだと把握している、つまりこうした理想実現に向けた人類の歩みを「物語」として把握しているのである。

 「広島演説」ではほかにも、「物語」(=”story”)という言葉が使われている部分がある。例えば、上記の米独立宣言の前文が示される直前には、” My own nation's story began with simple words”(私の国の物語は簡単な言葉で始まった)とあるし、前回紹介した” We're not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose”(私たちは過去の過ちを繰り返すよう、遺伝子によって縛られているわけではない。私たちは学ぶことができる。私たちは選択することができる)という部分の直後には、” We can tell our children a different story”(私たちは子供たちに違った物語を伝えることができる)という表現もある。また、” memorials that tell stories of courage and heroism”(勇気と英雄の物語を伝える記念碑)という言葉も出てくる。

 こうした「物語」(=”story”)という言葉の使われ方からすると、オバマ大統領は人類の歴史を超歴史的な視点から眺め、過去も現在も未来も含めた壮大な叙事詩として把握しているのではないかと思われてくる。そうすることで、この「広島演説」に格調の高さを与え、人類は歴史的な一歩をこの広島から歩み始めるのだということを強調しているように思われる。

 それはそれで、オバマ大統領がこの「広島演説」の価値を高めるために工夫を凝らしたのだといえるだろう。しかし問題は、このような歴史の事実を「物語」として語ることのもう1つの意図にあるのである。

 そもそも「物語」(=”story”)という言葉は、現実の世界とは別個の空想的な世界の出来事を、それなりの筋を通して展開したものを指す。だから、その空想的な世界の中に視点をおけば、人類がまだ実現できていない理想を描いて、それを目的として主体的に歩んでいくのだという積極面を持ちうる、今回の場合でいえば、人類の壮大な歩み、人類の選択の積み重ねによって理想を実現する過程を捉えて使うというような主体的な性格を持ちうる一方で、あくまでも現実の世界から空想の世界を眺めるという関係が強調されれば、現実の世界に生きる我々とは別の世界の空想的な出来事、我々が関与できない遠く離れた世界の出来事について語る場合に使うという受動的な性格をも持ってしまうことになる。端的には、「物語」(=”story”)には主体的に関われる(関わるべき)というイメージの他に、「他人事」として受け入れるしかないというイメージがついて回ることにもなるのである。

 こうした「物語」(=”story”)の2つの側面を念頭に置きつつ、「広島演説」の冒頭部分を見てみることにしよう。

Seventy-one years ago, on a bright cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.
 71年前、明るく雲一つない朝、死が空から降ってきて、世界は変わってしまった。閃光と火の壁が街を破壊し、人類が自らを破壊する術を手に入れたことを見せつけた。

 この冒頭の箇所では、広島の街に原爆が投下されたことや、その凄まじい破壊力が如何ほどのものであったのかということについて、(「物語」(=”story”)という言葉は直接は使われていないものの)「物語」的に語られている。つまり、全くの「他人事」として語られているのである。「広島演説」に登場する「物語」という意味では、これほど象徴的な箇所はないであろう。また、前回取り上げた結びの部分でも、” The world was forever changed here”(世界はここで永遠に変わってしまった)という表現があったが、これなども非常に「物語」的である。つまり、語り手とは関係のない、語り手がコントロールできない世界の出来事として、原爆投下が語られているのである。このことがどのようなことを意味するかといえば、現実の世界に存在するオバマ大統領(や米国)については、その「物語」の世界とは別の世界に生きているということを意味しているのである。ヨリ露骨にいえば、「物語」として語られた第二次世界大戦の原爆投下に関しては、現実の世界にいるオバマ大統領(や米国)とは一切関係がないのだ、ということをほのめかすためにこそ、こうした「物語」的な表現が使われているのである。

 オバマ大統領はこうした表現を用いることによって、被爆者ではなく、米国にいる退役軍人組織(米国で一定の政治的勢力を持つ)を中心とした米世論に語りかけ、原爆投下という「加害者」意識を喚起しないように配慮しているのである。原爆によって街は壊滅し、多くの無辜の人々の命が奪われ、今のなお、その後遺症に苦しむ人々がいるという事実、通常であれば「加害者」意識から罪の意識に苛まれかねないような現実、これらを「物語」に解消することで、原爆投下に対する責任を回避すること、これこそが、「歴史の事実を「物語」として語ることのもう1つの意図」なのである。こうしたやり口が成功していることは、日本の世論調査における「オバマ広島訪問支持」が圧倒的多数であることが証明しているが、ここは厳しく問い直されなければならない。
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2016年06月24日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(2/5)

(2)「広島演説」は未来が「選択」できるものであることを強調した

 前回は、オバマ米大統領が現職米大統領として初めて、被爆地広島を訪れ、「広島演説」を行ったことに関して、核廃絶へ向けた大きな一歩であったという評価がある半面、原爆投下に対する謝罪がなかったことに対する厳しい意見などもあることを見た。その上で、我が国日本が将来に向けた主体的な国家建設をしていくために、この「広島演説」をどのように捉えるべきかを問うことが本稿の目的であると述べた。

 さて今回から、いよいよ具体的に「広島演説」の中身を見ていくこととしたい。

 先ず注目したいのは、「広島演説」の締めくくりにあたる以下の部分である。

The world was forever changed here, but today the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting and then extending to every child.
That is a future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.
 世界はここで永遠に変わってしまったが、今日、この街の子供たちは平和の内に暮らしている。なんと貴重なことか。それは守る価値があり、そして全ての子供たちに広げる価値があることだ。
 それは私たちが選択することのできる未来だ。広島と長崎が核戦争の夜明けとしてではなく、私たちの道徳的な目覚めの始まりとして知られる未来なのだ。

 ここでオバマ大統領は、世界中の全ての子供たちが平和に暮らす未来を思い描きながら、それは我々の「選択」によって実現可能なのだと宣言している。しかも、世界平和が訪れた未来の社会においては、広島と長崎に原爆が投下されたことこそが、人類が核兵器の非人道性を痛感し、人類が核廃絶という道徳的な道に目覚めるまさに始まりだったのだといえるように、そういう「選択」を我々は行っていかなければならないのだ、逆に我々が「選択」を誤れば、核戦争で世界が滅亡の危機に立つような未来も招来しかねないのだ、という「選択」肢を提示することで、人類の未来のあるべき姿を強調しているのである。

 このように、オバマ大統領は、我々人類の「選択」如何によって、戦争のない平和な世界が実現できるのか、核戦争によって世界が滅んでしまうのかが決まってしまうのだということを前面に押し出すことで、子供たちのためには世界平和が実現している未来こそ「選択」すべき世界の将来像であることを、被爆地広島の地で高らかに宣言して、「広島演説」を終えているのである。

 では、こうした「選択」を行う人類とはどのような存在なのであろうか。オバマ大統領はこのことに関して、” We're not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose”(私たちは過去の過ちを繰り返すよう、遺伝子によって縛られているわけではない。私たちは学ぶことができる。私たちは選択することができる)という独特の表現で説明している。これはつまり、「選択」を行う主体たる人類は、他の動物とは違って、遺伝子によって予め行動が規定されているような存在ではなくて、自らの意志で文化遺産を学び、自らの意志で将来を「選択」することができる能力を有する存在であるということである。端的にいえば、「新しい未来を発見するために過去から学ぶ」(三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』p.267)存在だということになるだろう。オバマ大統領はこのように、「選択」することができるのは、人間特有の能力であることを強調するとともに、人間だからこそ正しい「選択」をすることが重要になってくると主張しているのである。

 さらに注目すべきは、この「選択」は、一般的な人間の個別的な判断ということではなくて、国の指導者が行うべき国家レベルでの「選択」を意味しているということである。オバマ大統領は「広島演説」の中で、” the choices made by nations”、あるいは” the choices made by leaders”という表現で、国家の「選択」、国の指導者の「選択」の重要性を指摘しているのである。

 オバマ大統領は以上のように、国家の指導者が真摯に過去から学び、その学びの上で将来の国家像を「選択」することで初めて、全ての子供たちが平和に暮らせる世界を創ることができるのであって、それが米国の大統領たる自らの使命であることを全世界に向かって発信しているのである。こうしたメッセージを発信することで、各国首脳の「選択」という問題を提起したこと自体は、肯定的に捉えられることといえよう。

 とはいえ、この「広島演説」において用いられた「選択」というキーワードを全て、我々日本人が肯定的に受け止めるべきかというとそうではないのである。

And since that fateful day we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people that we can ever claim through war.
 そしてあの運命の日以来、私たちは希望をもたらす選択をしてきた。米国と日本とは、同盟関係を築くだけではなく、戦争を通じて得られるよりもはるかに多くのものを国民にもたらす友情をも築いてきた。

 この部分は、日米両国は第二次世界大戦で対立を深め、遂には世界初の原爆投下という悲劇にまで至ってしまったにもかかわらず、戦後は日米同盟を結び、互いに協力しながら平和と経済発展をともに享受してきたということを述べていて、表面的に受け止めれば、特に問題ないように思われるかもしれない。しかし、もしここで述べられている「選択」の主体が米国と日本とをともに指すのであれば、それは欺瞞といわざるを得ない。戦後日本は、実質的な米軍の統治下にあり、国民レベルでは自らで未来のあり方を「選択」できるような情況ではなかったことは明らかである。さらに、サンフランシスコ講和条約締結後においても、戦力を持たない(戦力不保持を強要された)日本を守るという美名のもと、アメリカの国家戦略により駐留軍がそのまま在日米軍として日本に留まり、数々の軍人、軍属による犯罪を被りながらもその犯人をまともに裁くこともできず、首都にまで治外法権を認める米軍基地が70年以上にわたって存在し続ける、そんな日本に(一部の支配層が保身のために嬉々として米国に従属する「選択」を行ったことを除けば)主体的な「選択」の余地などありはしなかったのである。いわゆる「軍隊」を持たない日本は、首都も含めた全国各地に基地を持ち、いざとなれば日本を軍事的に制圧することなど他愛もない米国に逆らうことはできなかったからである。端的にいえば、ここでいう「選択」とはあくまでも米国の「選択」であって、それをあたかも日米共同の「選択」であったかの如くに論じることは、米国による戦後の日本政策を米国側から一方的に正当化しているものだといわざるを得ない。米国の特殊な利益を日米共同の利益に見せかける欺瞞だといわざるを得ないのである。

 なおここで、オバマ大統領が以前盛んに用いていた”change”という言葉と、ここで取り上げた”choice”という言葉とを比較してみると、何としてもアメリカを、世界を変えてやるのだという大きな展望を示していたオバマ大統領が、残りの任期が8カ月となる中で、当初可能性に過ぎなかった(”change”という抽象的な目標しか提示できなかった)ものを現実的なものとして提示する(”choice”が可能であることは選択肢を提示できているということであるから)ことができるまでに大統領の仕事を進めてきたのだという自負が現れていると解釈できる一方で、大きな展望を示す余地がなくなり、ありきたりな選択肢を提示するしかなくなったのだと否定的に評価することもできよう。トランプ共和党次期大統領候補を意識して、トランプへの「変革」をイメージさせる文言ではなくて、トランプでいいのかという「選択」を迫る文言を選んだという側面もなきにしもあらずと思われる。
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2016年06月23日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(1/5)

〈目次〉

(1)オバマ米大統領の「広島演説」はどのように捉えるべきか
(2)「広島演説」は未来が「選択」できるものであることを強調した
(3)「広島演説」は人類の歩みを「物語」として理想化して語った
(4)「広島演説」は焦点をぼかした表現を多用している
(5)崇高な理念を実現するための具体的な筋道を主体的に模索する必要がある


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(1)オバマ米大統領の「広島演説」はどのように捉えるべきか

 先月27日、オバマ米大統領は、現職米大統領として初めて、被爆地広島を訪れた。主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)閉会後、広島入りしたオバマ大統領は、平和記念公園で安倍首相の出迎えを受け、平和記念資料館の視察、平和記念公園での献花に続いて、約17分間の演説(本稿ではこの演説を「広島演説」(※1)と表記する)を行った。さらに、被爆者のもとに歩み寄り、言葉を交わし、被爆者の男性を抱擁した。(※2)

 こうした一連のオバマ大統領による“歴史的”な広島訪問は、4月11日にケリー米国務長官が主要七カ国外相会合に合わせて広島を訪問したことが地ならしとなっていた。ケリー国務長官は、現役の米国閣僚として初めて広島の平和記念公園を訪れ、被爆死没者慰霊碑に献花した。その後の記者会見で「すべての人が広島を訪れるべきだ」と語り、オバマ大統領の広島訪問に前向きな姿勢を示したのであった。オバマ大統領は、ケリー国務長官の広島訪問に対する内外の反応を見た上で、最終判断する方針を示したということであった。(※3)

 その後約1カ月間、米国内外で特に大きな反対の声もなく、米有力紙のニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストはオバマ大統領の広島訪問を促す社説を掲載するなど、世論が広島訪問を後押しする形になった。そこでオバマ大統領は5月10日、最終的に広島訪問を決断し、日本政府にその意思を伝えたのであった。(※4)

 オバマ大統領といえば、大統領就任直後の2009年4月23日、チェコ・プラハのフラッチャニ広場において行われた、いわゆる「プラハ演説」が有名である。核なき世界の実現を訴え、ノーベル平和賞を受賞したこの演説では、核安保サミットの開催を主導すること、イランの核開発を大幅に削減すること、ロシアとの新戦略兵器削減条約を結ぶこと、核実験を重ねる北朝鮮に歯止めをかけることなど、具体的な提起が行われた。世界の超大国である米国の大統領が、核兵器廃絶に向けて大きな一歩を踏み出そうとしたということで、世界はこの「プラハ演説」に大きな評価を与えたのである。

 今回の広島訪問に際しても、オバマ大統領は核軍縮促進のメッセージを世界に発信するとされていて、その内容に注目が集まっていた。オバマ大統領は2009年11月に大統領として初めて日本を訪れた際、「広島、長崎を将来訪問することができれば非常に光栄だ」と述べるなど、被爆地訪問に早くから意欲を示していたこともあって、被爆地広島から核廃絶に向けた如何なる「思い」が語られるのか、全世界が注目していたのである。

 広島訪問が正式に決まった当初は数分間の「所感」を述べるとされていたメッセージは、実際には約17分間の「広島演説」として発表され、その内容に関しては、多くの共感、評価の声が上がった。オバマ米大統領の広島訪問全体に関しても、共同通信社の全国電話世論調査では、「よかった」と評価した回答が98.0%に達したということである。被爆者からも「原爆投下から70年が過ぎ、ようやく来てくれたことには感謝している」、「被爆者を元気づけたことは確かだ」、「難しい立場にあって、哲学的な表現で核廃絶を世界に発信した」など、肯定的な受け止めがなされていることが報道されている。一方で、「オバマさんは多くの子どもやお年寄りの骨が埋まっている土地を踏みながら歩いた。謝罪の気持ちを聞きたかった」、「やっと実現したが任期はあとわずか。何も変わらない」、「広島で何を見て何を感じたか、まったく言及がなかった」など、否定的な意見が出されていることも報じられている。(※5)

 原爆を投下した当事国の大統領が被爆地を訪れ、世界に向けて核廃絶のメッセージを発信する。このこと自体が世界平和の実現に向けての大きな一歩であって、大きく評価されるべきではないか。これが多くの日本国民のオバマ大統領広島訪問に対する評価ではないだろうか。「広島演説」に関しても、被爆者の言葉として「哲学的な表現」とあるように、格調高く核廃絶に向けた理念が語られたものとして、概ね肯定的な評価がなされているようである。

 一方で、やはり原爆という非人道的な無差別兵器を使用した唯一の国の大統領として、その被害者に対して謝罪の気持ちを言葉で伝えてしかるべきではないのか、大統領の任期が8カ月となる中で、「レガシー」(政治的な遺産)を築くための単なるパフォーマンスなのではないか、といったオバマ大統領への厳しい見解も存在する。

 しかし、ここで最も重要なことは、今回のオバマ大統領の広島訪問、並びに「広島演説」に関して、論理的な考察を抜きにした感情論や傍観者的な立場で、何となく評価して、あるいは批判してそれで終わり、という態度では決して核兵器の廃絶への筋道という問題の本質を解明できない、ということではないだろうか。北朝鮮やロシアや中東において、いまだに核兵器の脅威が取り除かれていない現在、唯一の被爆国に暮らす日本人として、戦後の日本のあり方、世界のあり方をどのように把握し、どのように押し進めていくべきかを厳しく問うならば、今回の「広島演説」でオバマ大統領が何を伝え、世界をどのようにしていこうとしたのかという問題に関して、戦後の日米関係の本質的なあり方も踏まえつつ、「広島演説」に表現された諸々の認識を、筋を通した形で評価していく必要があるのではないだろうか。有体にいえば、「広島演説」には日本国民を納得させる内容が含まれているとともに、アメリカの意志もしっかりと表現されているのであって、そのアメリカの意志にしても、統一的な意志が表現されているわけではなくて、オバマ大統領の個人的意志はもちろんのこと、原爆投下を戦争の犠牲者を最小限に食い止めたとして正当化するアメリカ国内の世論の意志なども含まれているのである。こうした内容の分析なしには、戦後70年以上経った現在においても、戦争の経験をきちんと清算し、未来の主体的な国家日本に向けた建設的な歩みを進めていくことはできないと考えるのである。

 本稿では以上のような問題意識を踏まえて、賛否両論ある「広島演説」を我々はどのように捉えるべきか、「広島演説」にはどのような意志が反映しているのかに関して、「広島演説」の具体的な内容を丁寧に読んでいくことで解明していくこととしたい。特に、戦後70年を経ても日本が置かれている立場が占領期と変わらない側面があることをしっかりと踏まえつつ、主体的に国家を建設していくためにという視点から「広島演説」を繙いていくこととしたい。

(※1)「広島演説」の具体的な内容については、下記参照。本稿では、日本語訳については下記を参照しつつ、筆者自身の訳によることとする。

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20160528-OYT1T50005.html

朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/ASJ5W4TKRJ5WUHBI01N.html?rm=664

毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160528/k00/00m/040/171000c

中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/ee/feature/obama/obama_speech_in_hiroshima.html

日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO02903620X20C16A5FF1000/

産経新聞
http://www.sankei.com/politics/news/160527/plt1605270066-n1.html

NHK
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160528/k10010537911000.html

(※2)外務省ホームページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_002105.html

(※3)朝日新聞DIGITAL2016年4月12日
http://www.asahi.com/articles/ASJ4C45P7J4CUHBI01G.html

(※4)毎日新聞Web版2016年5月10日
http://mainichi.jp/articles/20160511/k00/00m/030/104000c

(※5)YOMIURI ONLINE 2016年5月28日
http://www.yomiuri.co.jp/kyushu/news/20160528-OYS1T50023.html
朝日新聞DIGTAL 2016年6月4日
http://digital.asahi.com/articles/ASJ6313KCJ62PITB024.html?rm=293
産経ニュース2016年5月29日
http://www.sankei.com/world/news/160529/wor1605290031-n1.html
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2016年01月19日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(13/13)

(13)国家としての主体性の確立へ、政治教育の重要性

 前回は、本稿でこれまで書いてきた流れを振り返り、日本が主体性ある国家として生きていくためには、日米安保条約を廃棄し対米従属の軍隊(米軍の補完部隊)である自衛隊を解散した上で、必要ならば憲法9条を改正し、独立日本を防衛するための必要最小限度の実力組織を新たに創設するべきだ、という結論を改めて確認した。その上で、こうした方向へ前進するためには、如何に困難であっても、日本がどのような国家であるべきなのか、真に主体性ある国家となるためにはどうすればよいのか、本質的なところから問題提起を行い、敗戦後70年の日本の歩みを問い直して、国民世論を根本的に作り変えていくという事業に挑むほかないことを説いたのであった。この困難な課題に正面から挑もうとしないところに、日本共産党をはじめとする左翼勢力の堕落がある。ここを曖昧にしては、安倍政権の反立憲主義的、反民主主義的な暴走を根本のところから食い止めることはできないのである。

 安保法制をめぐる議論の混迷は、推進派の側にしろ反対派の側にしろ、戦後日本の欺瞞――対米従属の下で、無理な憲法解釈を重ねて、米軍の補完部隊としての自衛隊を増強させてきたこと――を直視することから逃げてしまったことから生じたものなのである。安保法制をめぐる対立というのは、この欺瞞を将来にかけてさらに深化させていこうとする安保法制推進派、これまでの欺瞞は不問にしたまま(あるいはむしろ肯定的に捉えた上で)これ以上の深化には抵抗しようとする安保法制反対派、という構図でしかなかった。厳しくいえば、推進派、反対派の双方が、本質的なレベルの議論を回避したまま、表層的なレベルで感情的な言葉の応酬を繰り返した、というものでしかなかったのである。

 日本が真に主体性ある国家になるためには、何よりもまず日米安保体制をこのままにしておいてよいのか、正面から問題提起をしていかなければならない。そうした観点からして決定的に重要な意義を有するといえるのが、辺野古への米軍基地建設をめぐる沖縄の闘いである。新基地建設に反対する闘争が従来の保守・革新の枠を超えて展開されるなかで、一昨年の12月、翁長雄志氏が沖縄県知事となった。翁長知事は辺野古の埋め立て承認を取り消したが、国はその撤回を求めて、法廷闘争に持ち込んだ。翁長知事は、その代執行訴訟の第1回口頭弁論(2015年12月2日)における意見陳述で、「沖縄県にのみ負担を強いる日米安保体制は正常といえるのか。国民すべてに問いかけたい」と提起した。これは、敗戦後70年に及ぶ日本の欺瞞を鋭く衝く言葉にほかならない。日米安保体制の下、過酷な基地負担を沖縄に押し付けたことによって、日本本土は平和で民主的な文化国家という看板の下に、経済的繁栄を享受することができていたに過ぎないのである。何よりもまず、この欺瞞を直視しなければならない。沖縄の基地問題は、本土の人間にとって、決して他人事として捉えられてはならないものである。沖縄からの提起を、まさに自分自身の問題として受け止め、主体性ある国家の確立へと向かうきっかけにしていかなければならない。「国防は国の専権事項」(菅義偉官房長官)だから……というような、国家論の原則からすれば確かに正しいかもしれない言説に寄りかかって、沖縄の声を切り捨てるなどもってのほかであるし、日米安保体制は大事だけれども沖縄ばかりに負担を押し付けるのは確かによくないな……というレベルの受け止めにとどまるのも決定的に不充分である。端的に、日米安保体制そのものの是非が問われているものだと受け止めなければならない。沖縄から鋭い問題提起がなされている現局面は、日本が主体性ある国家として生まれ変わっていくための大きなチャンスでもあるのである。

 もうひとつ注目しておきたいのは、今夏の参院選から18歳選挙権が実施される見通しとなったことである。今回の安保法制をめぐる動きでは、SEALDsの学生たちのみならず、高校生が反対運動に立ち上がったことが注目を集めた。SEALDsについては、本稿では批判的に言及することになったが、政治的無関心層とされがちであった若者たちのなかから、自らの主張を鮮明に掲げての行動が見られるようになってきたこと自体は、前向きな変化である。こうした若者の動向は決定的に重要である。日本が敗戦後70年間にわたって積み重ねられてきた欺瞞を清算して真に主体性ある国家として立ち直っていくことは、そう簡単にできることではない。これから何十年もの時間を費やしていかなければならない難事業である。それだけに、現在の若い世代が果たす役割は決定的なのである。そしてまた何よりも、過去のしがらみに囚われず、柔軟な発想ができる若い世代だからこそ、根本的な変革を成し得るのだという側面を無視するわけにはいかない。そういう観点からして、高校生が有権者となることの意義は決定的に大きい。学校の授業で、世界歴史を学び、日本歴史を学び、政治経済を学ぶ高校生だからこそ、そもそも民主主義とは何か、何故に民主主義が大切なのか、民主主義を勝ち取るために人類はどのような苦闘の歴史を歩んできたのか、そもそも憲法とは何か、何故に憲法が大切なのか、憲法を勝ち取るために人類はどのような苦闘の歴史を歩んできたのか、そしてまた戦争の惨禍をなくすことを目指して人類がどのような苦闘の歴史を歩んできたのか等々、生き生きとした感情像として描いた上で、有権者になることができるのである。

 安保法制など、国論を二分するような大きな課題が山積している現在、18歳選挙権の実施をめぐって、求められる「教育の政治的中立性」とは何か、という問題が大きく浮上してきている。特定の政治主張を教育現場に持ち込んではならないということであるが、このことは浅薄なレベルで理解されてはならない。教師が自身の信奉する特定の政治的主張を、そのまま問答無用に正しいものとして押し付けることが絶対にあってはならないのは当然である。しかし、それは、国論が二分され激しい対立を招いている問題について、できる限り直接触れないようにしておくとか、どちらの主張からも等しく距離を取るようにして説明を試みる、とかいったことではないはずである。ここで絶対に踏まえておかなければならないのは、平和、人権、民主主義などの獲得を目指して人類が苦闘の歴史を歩んできたことの重みである。この歴史の重みをしっかりと学ばせて、その歴史的な文化遺産を継承し、発展させていく主体を形成するためにこそ、教育という営みがあるのである。例えば、極端に復古主義的な政治勢力が伸長してきて、女性から参政権を奪え、参政権は高額納税者だけに限定しろ、などの主張を掲げ始めたとき、「教育の政治的中立性」というのは、「参政権は全国民に認められるべき」という主張と「参政権は一部の男性に限られるべき」という主張のいずれにも与しないようにする、ということになるのであろうか。そんなことはないはずである。教育基本法は、第1次安倍政権の時代(2006年)に改定されたが、その前文でも以下のように述べられているのである。

「我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。
 我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。
 ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。」


 旧教育基本法の前文と比較すると、公共の精神の尊重や伝統の継承など、いわゆる「安倍カラー」を感じさせる文言が混入されてはいるものの、基本的な骨格は維持されているといえよう。民主的で文化的な国家の発展、世界の平和と人類の福祉の向上を担いうる人間の育成こそが教育の大目標なのであり、そのためには日本国憲法の精神にのっとって教育の基本を確立しなければならない、というのである。教育基本法にこのように規定されていることからしても、護憲論、改憲論という相互に対立する2つの論があるから、国民主権、人権の尊重、平和主義といった日本国憲法の理念を守るべき大切なものだと教えるのは政治的偏向である、などという議論がおよそ成り立ち得るものではないことは明らかである。このことをしっかりと押さえておかなければならない。

 もちろん、民主的で文化的な国家の発展とはそもそもどういうことか、世界の平和と人類の福祉の向上はどのようにすれば実現されるのか、といった問題をまともに解いていくためには、確固とした社会科学的な指針がなければならない。日本が真に主体性ある国家となるための道を指し示すためにも、そうした主体性ある国家をまともに担いうる主権者を育成していくためにも、国家学を中核とする社会科学体系の構築が急務である。このことこそが我々京都弁証法認識論研究会の歴史的任務であることを確認して、本稿を終えることにしたい。

(了)
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2016年01月18日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(12/13)

(12)学的国家論を踏まえ世界歴史の流れを視野に入れた議論が必須

 本稿は、昨年9月に成立させられた安保法制をめぐって、その推進派、反対派双方の主張を批判的に検討することを通じて、日本の安全保障についてどのように考えていけばよいのか、ある程度の方向性を示すことを目指したものであった。ここで、これまで論じてきた流れを振り返っておくことにしよう。

 まず検討したのは、安保法制推進派の言説が如何にデタラメなものであったか、ということである。安保法制の直接の根拠としては、一昨年7月1日の閣議決定によって、集団的自衛権の行使は禁止されているという政府の憲法解釈が変更されたことがある。この閣議決定では、いわゆる武力行使の旧三要件――@我が国に対する急迫不正の侵害があること、Aこれを排除するために他の適当な手段がないこと、B必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと――の骨格を最大限維持しながら、集団的自衛権の行使容認という正反対の結論を導きだすために、@に相当する個所に「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」という文言を付け加えたのであった。本稿では、これが具体的な像を伴わない単なる言葉遊びレベルの解釈改憲であったことを厳しく批判した。また、集団的自衛権の行使が必要となる事例として安倍首相が真っ先に挙げた、邦人を乗せた米艦の防護という事例について検討し、国会質疑を通じて、こうした事例の提示は根拠のない不安をあおるものにほかならず、真の狙いは邦人を守ることではなく米艦を守るところにこそあったことが明らかになったことをみた。さらに、安保法制と「アーミテージ・ナイ・レポート」との類似性を指摘し、米国(ジャパン・ハンドラー)の要望に何とか応えることを最優先に、像のない言葉を弄び、非現実的で情緒的な事例をデッチ上げて国民をミスリードしようとするようでは、国家の主体性の確立に繋がるどころか、ますます対米従属を深めるだけだ、と結論付けたのであった。

 次いで、対する安保法制反対派の言説もまた浅薄なものでしかなかったことを批判した。ここではまず、安保法制反対派が「日本を取り巻く安全保障環境の根本的な変容」という政府与党側の立論のいい加減さを衝こうとするあまり、日本周辺あるいは世界情勢の全般に対する真剣な検討がおろそかになっていたことを指摘するとともに、その根底に「戦後日本の平和は憲法9条によって守られていたのに、それを変えれば日本が戦争に巻き込まれてしまう」といった一国平和主義的な気分が根深く存在したことを論じた。また、旧来の革新系の人々(左翼的な人々)が、保守的な人々との共同闘争の必要性を口実に、自衛隊違憲論や日米安保条約廃棄論といった自身の本来の主張を棚上げして、国家の安全保障に関わる本質的な議論から逃げてしまったことを指摘した。日米安保条約の廃棄、自衛隊の解消という目標と、日米軍事同盟が強化されて自衛隊の海外派兵が恒常化されようとしているという現実との大きな落差をどのようにして埋めていくか、真剣に考え抜くということをやらずに、ズルズルと現実と妥協していくという不誠実な態度がそこにはあった。そうした反対運動の思想的・理論的な弱さがあったからこそ、「かっこよく民意を示す」(SEALDs)など民意の内実よりも表現方法にこだわる傾向が生み出され、現象的には運動が大きく高揚したようにみえても、実態としては国民世論を大きく持続的に動かし続けるということにはならなかったのだ、と結論付けたのであった。

 本稿では、以上のような、推進派、反対派双方の言説についての問題点の確認の上に立って、日本の安全保障についてどのように考えていけばよいか、ある程度の方向性を示すことを試みたのであった。そこでまず確認したのは、国家の独立維持にとって軍事力は不可欠であり、軍隊の保持を明確に禁じた日本国憲法第9条が極めて異常な国家のあり方を規定するものであることである。ここでは、かつての日本共産党が掲げていた武装中立論――日米安保条約を廃棄し、憲法違反・対米従属の軍隊を解散した上で、独立日本を防衛するために憲法を改正して新たな軍隊を保持する――こそ、国家論の観点からして正当なものであり、日本のあるべき防衛について筋を通して考えていく上で参考になるものであることを指摘した。一方で、日本国憲法を単に異常なものとして切って捨てるわけにはいかないことを、20世紀における戦争違法化の流れを簡単に振り返りながら確認した。日本国憲法第9条は、戦争違法化の流れの最高の到達点として人類史的な意義を有したものであり、日本のあるべき防衛について考えていく上では、人類史の大きな流れを視野に入れてあるべき未来を展望するとともに、日本国憲法の徹底した平和主義の理念については最大限に尊重されるべきであることを、カントの歴史観にも触れながら、指摘したのであった。これらの議論を踏まえて、以下の諸点を確認した。

 @現在、安倍政権が進めている改憲・再軍備の動きは、日米軍事同盟の強化を前提にしたものであり、米国からの自立に繋がるどころか対米従属をますます深めていく道であること。

 A米国からの自立は大日本帝国の「栄光」を懐古するような復古的イデオロギーの主導の下になされてはならないこと。それは世界から孤立した軍事的独裁国家への道であること。

 B憲法9条と自衛隊との矛盾の解決は、自衛隊の現状に憲法9条を合致させるのではなく、基本的には自衛隊を解消することによって図られなければならないこと。憲法の規範性を回復するために、憲法を改正して自衛隊の存在を明記すべきという「護憲的改憲論」は、日米安保体制の現状、対米従属的な軍隊としての自衛隊の現状をそのまま肯定するものにしかならないこと。

 以上の諸点を確認した上で、日本が主体性ある国家として生きていくためには、日米安保条約を廃棄し対米従属の軍隊(米軍の補完部隊)である自衛隊を解散した上で、必要ならば憲法9条を改正し、独立日本を防衛するための必要最小限度の実力組織を新たに創設するべきだ、という結論を提示したのであった。

 もちろん、この結論は、国家論の原則から筋を通して考えていけばそのようにならざるを得ない、といった性質のものであり、現在の国民世論の情況からみて、そうした方向への前進にどの程度の実現可能性があるかはまた別の問題である。本稿の連載第7回に紹介した通り、2009年に内閣府が実施した調査によれば、「日米安全保障条約をやめて、自衛隊も縮小または廃止すべき」とした回答者は全体のわずか4.2%に過ぎなかったのである。マスコミを通じた強力なイデオロギー支配の下、日米安保条約や自衛隊の存在が当然視されている情況を覆すのは、極めて困難な課題であるといわねばならない。さらにいえば、仮に国民世論を日米安保条約廃棄の線で纏めることに成功し、安保条約廃棄を掲げる勢力が政権の獲得に成功したとしても、米日の支配層がそれで安々と引き下がるとは考えられないのである。我々は、民主党・鳩山政権のあの程度のごくささやかな対米自立性ですら、無残に潰されてしまったことを想起しなければならない。安保条約第10条(*)に従って終了を通告しさえすればそれで片がつく、などと安易に考えることは決して許されないのである。米国側から陽に陰に諸々の妨害工作を受けながら、日本国民が果たして日米安保条約廃棄の強固な意志を堅持しきれるのかどうか。これは想像を絶する厳しい闘いとなるといわざるを得ない。さらにその先、仮に日米安保体制を打破することに成功したとして、これまで米国の属国という地位に甘んじてきた日本が、自主独立の国家として周辺諸国と対等に渡り合っていくことが果たしてできるのか、という大問題もある。

 しかし、だからといって国民世論の現状に適当なところで妥協して、対米従属状態を事実上固定化することにしかならない護憲的改憲論を唱えたり、あるいは違憲で対米従属の軍隊の永続に事実上道を拓くことにしかならない自衛隊の段階的解消論を唱えたりするようでは、「パクス・アメリカーナ」終焉後の世界において、日本が真に主体性ある国家として振舞っていくことなど到底不可能なことになってしまうのである。国民世論の現状からみてどんなに困難であっても、日本がどのような国家であるべきなのか、真に主体性ある国家となるためにはどうすればよいのか、本質的なところから問題提起を行っていくほかないのである。敗戦後70年の日本の歩みを問い直して、国民世論を根本から作り変えていくという難事業に挑まなければならない。そのためには、学的国家論を踏まえ、世界歴史の流れを視野に入れた議論が必須となる。

(*)「この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する。」
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2016年01月17日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(11/13)

(11)国際情勢の厳しさを直視つつ理想に向かって前進を

 前回は、20世紀における戦争違法化の流れを簡単に振り返りつつ、日本国憲法第9条はそのひとつの到達点として人類史的な意義を有したものであることを確認し、日本のあるべき防衛について考えていく上では、人類史の大きな流れを視野に入れてあるべき未来を展望するとともに、日本国憲法の徹底した平和主義の理念については最大限に尊重されるべきである、と指摘した。

 今回は、本稿のこれまでの議論を念頭に置いた上で、日本のあるべき防衛について具体的に考えていくために、いくつかのポイントを確認しておくことにしよう。

 まず指摘されなければならないのは、安倍政権が現在進めているような集団的自衛権の行使の具体化の動き、ないしは憲法9条改定の動きは、日米軍事同盟の強化を大前提としたものであって、何ら日本の国家としての主体性の確立に繋がるものではない、ということである。そもそも憲法改定は、自民党の結党(1955年)以来の悲願とされながら、その実現に向けた動きが本格化してきたのは、冷戦の終焉後、1990年代以降のことでしかなかった(改憲のための国民投票法が制定されたのはようやく2007年のことである)。この背景には、冷戦後の米国が、それまで「世界の警察官」として一手に担ってきた軍事的負担を同盟諸国にも分担させていこうとする流れを強めてきたことがある。さらに、21世紀に入って、いわゆる「パクス・アメリカーナ」の綻びが明らかになるとともに、財政危機による軍事費削減圧力が強まってきたことも大きい。オバマ政権が2012年1月に打ち出した「新国防戦略」は、冷戦後の米軍の戦力展開の基本となっていた「二正面戦略」(ほぼ同時に2つの大規模な紛争が起きても、どちらにも勝てるだけの戦力を世界規模で配備しておく)を放棄する一方、中国の軍事的脅威が増すアジア太平洋地域については戦力展開を強化していく、というものであった。こうしたアジア太平洋重視の「新国防戦略」によって、米国の国益に沿う形で日本の軍事力を利用できるようにしたいという要求は極めて切実なものとなっていった。第2次安倍政権以降、改憲への動きが急速に強まってきている背景に、こうした米国の世界戦略があることは否定できないのであり、現在進行している改憲と再軍備への動きは、日本が今まで以上に米国の世界戦略に深く組み込まれていくことを意味するものに他ならず、日本の自立性を強めるどころか、対米従属をより深化させる結果に繋がるものなのである。日本が国家としての主体性を確立するためには、米国から自立すること、より具体的にいえば、日米安保条約を廃棄し在日米軍を撤退させて、自国の独立は自力で維持するという構えを確立することが絶対的な条件となる(*)。

 しかし、米国からの自立といっても、それは、かつての大日本帝国を復活させるようなものであってはならない。戦争違法化に向かって前進してきた人類史の流れを逆行させてはならないのである。第二次世界大戦を「ファシズム対反ファシズム」の戦いとして描き出し、大日本帝国を一方的に悪玉に仕立て上げることは不当であるにしても、大日本帝国が周辺のアジア諸国に対して、侵略と植民地支配によって多大な損害と苦痛を与えたこと自体は、決して否定してはならぬことである。我々は、日本国憲法第9条が、周辺諸国に対する詫び証文としての性格をも有していることについて、重く受け止めておかなければならない。対米自立が復古的イデオロギーの主導の下になされるのは、極めて危険である。アジア諸国を支配し、米国に戦いを挑んだ大日本帝国の歴史を偉大な栄光として称えつつ、あたかも子どもがオモチャの銃や戦車を欲しがるようなレベルで再軍備に向かうならば、国際社会における日本の立場は決定的に厳しいものとならざるを得ない。それは、北朝鮮のような、孤立した軍事独裁国家への道である。対米自立は、過去を懐かしむ形ではなく、未来を展望する形でなされなければならない。自国の独立は自力で維持すべきといっても、それは必ずしも重武装を意味しないのであって、何よりもまず巧緻な外交努力がその中核をなすことは当然である。

 もうひとつ、対米自立の問題と相対的に独立した課題として検討しておかねばならないのは、憲法9条と自衛隊をどうするべきか、という問題である。そもそも自衛隊は、政府の無理な憲法解釈の上に存在させられてきた軍隊である。立憲主義(国家権力は憲法の制限下になければならない)の観点からすれば、憲法9条を堅持して自衛隊を解消するか、憲法9条を改正して自衛隊の存在を明記するか、いずれかが選択されるべきだということになる。そうでなければ、最高法規たる憲法から筋を通して統治するということにはならない。そういう意味では、安保法制反対派の一部から、安倍政権の進めるような軍事大国化の流れに歯止めをかけるという意図も含みつつ、憲法を改正して自衛隊の存在を明記すると同時に集団的自衛権の行使の禁止をも明記するといった、いわば護憲的改憲論とでもいう議論が提示されていることには、一定の根拠があるといえよう。

 しかし、こうした議論には大きな陥穽があることを指摘しなければならない。こうした議論は、日米軍事同盟や自衛隊について、これ以上の改悪を防ぐためにとりあえず現状で固定するようにしましょう、というものでしかないのである。こうした議論の立て方では、敗戦後70年の日本の歩みがどうであったか、不問に付されてしまう。建前としては憲法9条を維持しつつ、実質的には米軍を駐留させその補完部隊たる自衛隊を増強させながら、両者の齟齬を無理な憲法解釈を重ねることによって誤魔化してきた、という歩みについて、批判的に検討する視点を欠いてしまうのである。むしろ、憲法9条の制約下、専守防衛の理念を掲げて抑制的かつ現実的な防衛政策を模索してきた歴史として、積極的に肯定されてしまうことになる。もちろん、こうした防衛政策の歴史のなかに、これからの日本のあるべき防衛を考えていく上で、継承すべき多くの遺産が含まれている、ということはできるだろう。しかし、それらが対米従属という大枠のなかでしかありえなかったこと、対外的な諸問題について米国の意志に逆らう意志決定をなすことが絶対に許されないという条件下のものでしかなかったことは、しっかりと直視しなければならない。日米軍事同盟や自衛隊を現状のレベルで固定するということは、米国からの更なる要求を拒否し、これ以上の対米従属化を阻止するという意味で、一定の積極的な意義を有するとはいえなくもないが、対米従属状態の根本的な解決にはならず、むしろ固定化するものにほかならないのである。

 だとすれば、憲法9条と自衛隊との矛盾の解決は、自衛隊の現状に憲法9条を合致させるのではなく、基本的には自衛隊を解消することによって図られなければならないということになるであろう。もちろん、対米従属状態の打破のためには、日米安保条約の廃棄が不可欠の前提となることはいうまでもない。しかし、ここで大きな問題として浮上してくるのは、現在の国際情勢の下、果たして非武装で日本の独立が維持できるのかどうか、ということである。現在の世界は、戦争は原則的に違法なものとされるところにまで到達してはいるものの、諸国家はいまだに軍隊を保持したまま相互に対峙しているのであり、とりわけ21世紀に入ってからは「パクス・アメリカーナ」の綻びとともに、世界情勢は混沌とした情況を見せつつある。そうした現実を直視すれば、残念ながら、日本だけが今すぐ完全な丸腰になるというわけにはいかないであろう。ここで我々は、自衛隊は解消しなければならないが、かといって非武装のままでいることもできない、という隘路に陥ってしまうのである。

 ここから抜け出そうとして、自衛隊は違憲だから解消すべきだとする一方、国民的合意がなければ解消することはできないとして、国民世論の側に責任を押し付けるようにして、事実上その存続を容認してしまったのが、現在の日本共産党の段階的解消論である。しかし、これは極めて不誠実な態度というほかない。そもそも自衛隊は、その創設の当初から、在日米軍を補完する役割を担わされ続けてきたのであり、米軍との繋がりにおいてしか行動できない組織となってしまっている。これをそのまま、独立日本の防衛のために活用することはできないのである。したがって、対米従属の軍隊である自衛隊は、日米安保条約の廃棄とセットで、解消することを目指すのが筋というものであろう。その上で、非武装のままでは日本の独立維持が危ういというのならば、憲法9条を改正して、新たな実力組織を保持するようにするべきなのである(**)。ただし、その場合でも、専守防衛を建前としてきた自衛隊を大きく超えるようなものであってはならず、日本国憲法の徹底した平和主義の理念を最大限に尊重し、戦争の絶滅という人類の理想に向かって努力する姿勢を明確にすることは当然である。現代の世界において、第二次世界大戦の終結直後にあったような、戦争絶滅という理想実現への熱意のようなものが薄れていることは否定できないが、例えばテロに対して軍事的に対応するだけでは事態を悪化させてしまうのであり、貧困や格差による社会の荒廃に対処してこそ根本的な解決に繋がるという認識が、主要国家の首脳レベルでも否定することのできないものとなって来ているのも事実なのである(***)。平和主義を掲げる日本は、この線でこそ積極的な役割を果たしていかなければならない。

 以上を要するに、日本が主体性ある国家として生きていくためには、日米安保条約を廃棄し対米従属の軍隊(米軍の補完部隊)である自衛隊を解散した上で、必要ならば憲法9条を改正し(ただし、平和主義の理念は最大限に尊重することは明確にしながら)、独立日本を防衛するための必要最小限度の実力組織を新たに創設していく必要があるということになるのである。

(*)国家の主体性という問題を一応度外視するにしても、国力に翳りを見せつつある米国にいつまでも付き従っていくことが果たして得策なのか、という問題もある。しかし、覇権国であった米国から自立するということは、単に衰退しつつある米国から距離をとるといったことですむものではなく、「パクス・アメリカーナ」に変わる新たな世界秩序の構想を提示していく責任を背負うことでもあるのである。

(**)自衛隊の解散→新たな実力組織の創設という流れは、形式的な変更に過ぎず自衛隊をそのまま存続させるのと変わらないのではないか、との疑問もあるかもしれない。確かに、新たな実力組織はその装備や人員の少なからぬ部分を旧自衛隊から引き継ぐことになるであろう。そうした意味では、創設されるべき新たな実力組織は自衛隊との連続性を持ったものといえる。しかし、そもそも組織は意志の支配・服従関係によって構成されるものであり、この意志関係のあり方が根本的に変革され、全く新しいものに創り直されるのであれば、それは論理的には旧組織の解体・新組織の創設といわねばならないのである(ロシア革命後、トロツキーによって率いられた赤軍にも、帝政ロシアの軍人が少なからず加わっていたことを想起すべきである)。在日米軍の補完部隊と独立日本を防衛する実力組織とでは、そのイデオロギー性が全く異ならなければならないのであって、このことを明確にするためにも、自衛隊の改革ではなく解散という目標を明確に掲げるべきだといえる。

(***)「米国政府が主催した過激派組織「イスラム国」など過激派対策に関する閣僚級国際会議は、従来の軍事力中心のテロ対策を見直し、同組織の巧みなインターネット宣伝への対抗を重点課題に挙げた。加えて、テロリストの素地となる貧困や格差、教育といった根本的な問題に結束して取り組むことで一致した。国際社会のテロ対策は新たな段階に入ったといえる」(「京都新聞」2015年2月24日「社説」)
http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20150224_3.html
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2016年01月16日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(10/13)

(10)戦争放棄という理想に向けて前進してきた人類史の歩み

 前回は、国家の独立維持にとって軍事力は不可欠であり、軍隊の保持を明確に禁じた日本国憲法が極めて異常な国家のあり方を規定したものであること、かつての日本共産党の武装中立論――日米安保条約を廃棄し、憲法違反・対米従属の軍隊を解散した上で、独立日本を防衛するために憲法を改正して新たな軍隊を保持する――こそ、国家論の観点からして正当なものであり、日本のあるべき防衛について筋を通して考えていく上で大いに参考になるものであることを指摘した。

 さて、憲法9条の背景に、大日本帝国の復活阻止という米国の世界戦略上の思惑が存在したのは前回指摘した通りであるが、憲法9条をこの側面だけで捉えてしまうのは一面的である。第二次世界大戦の終了直後というのは、平和な世界の建設という理想が高らかに掲げられた時代でもあったのであり、そうした時代の雰囲気と切り離して、憲法9条を捉えることはできないのである。日本国憲法前文を味読してみれば、戦争の惨禍を二度と繰り返したくないという強い決意、世界平和への真摯な願いという時代の雰囲気を感じ取ることができるであろう。このことを決して軽く捉えてはならない。

 さらに決定的に重要なのは、こうした平和な世界の切実な希求というのは、何も日本国憲法だけに特殊なものではない、ということである。20世紀において人類は、戦争の違法化という課題において、紆余曲折を含みながらも、大きな前進を遂げてきたのであり、日本国憲法もまたそうした流れのなかにあるものなのである。

 戦争はもともと「他の手段をもってする政治の継続である」(クラウセヴィッツ『戦争論』)として当然視されるものであった。しかし、20世紀に入ると、大量破壊兵器の登場や総力戦の展開によって、戦争の残虐性や社会全体に与える被害の甚大さが大きな問題として捉えられるようになり、戦争のやり方に規制を加えるとともに、戦争そのものを違法化しようとする動きが生じてきた。第一次世界大戦終了後の1920年には国際連盟が設立され、1928年には「戦争放棄に関する条約」(いわゆるパリ不戦条約)が締結された。この条約では、国際紛争を解決する手段として、締約国相互での戦争を放棄し、紛争は平和的手段により解決することを規定したのであった。しかし、侵略戦争ならぬ自衛戦争は禁止されていないとの解釈が拡大されていったことで、この条約は事実上空文化してしまったのであり、第二次世界大戦の勃発を防ぐことができなかったのである。

 この反省の上に立って1945年に創設されたのが国際連合であった。国際連合憲章は、その第2条第4項で「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と定め、戦争を含む武力の威嚇・行使を違法化したのである(*)。第二次世界大戦後に制定された各国の憲法にも、こうした戦争違法化の流れを反映した条項が入った。日本と同じ敗戦国であるイタリアの憲法(1947年)は「他人民の自由に対する攻撃の手段としての戦争及び国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄する」と規定し、同じく敗戦国のドイツの基本法(1949年)は「諸国民の平和的共同生活を妨げ、特に侵略戦争の遂行を準備するのに役立ち、かつ、そのような意図をもってなされる行為は、違憲である」と規定した。日本国憲法もまた、こうした戦争違法化の流れを反映したものであるが、交戦権の明確な否認、軍隊の不保持という徹底的に厳格な規定は、他国の憲法に類を見ないものであるといえる。

 以上を要するに、軍隊の保持を明確に禁ずる日本国憲法は、確かに異常な国家のあり方を規定したものだともいえるが、それは現代世界における他の諸国家のあり方と全く隔絶したものというわけでもない、ということになる。戦争違法化の流れ、換言すれば、戦争放棄という理想に向けて(紆余曲折を含みながらも)前進してきた人類史の歩みを重視するならば、戦力の不保持という憲法9条の規定について「日本は正しいことを、ほかの国よりも先に行ったのです」(文部省『あたらしい憲法のはなし』1947年)と捉えるのは、必ずしも間違ったものとはいえない、ということができるであろう。

 戦争の違法化に向けた人類史の歩みということに関わって、イマヌエル・カントの歴史観について簡単に触れておくことにしたい。カントは「世界公民的見地における一般史の構想」(1784年)において、個々人の敵対的関係からスタートし、国際連合の創設というゴールに至るという歴史観を打ち出したのである。

 もう少し詳しく、カントの論の流れを確認しておこう。カントはまず、人間は相集まって社会を形成しようとする傾向(社交的性質)と同時に、仲間から離れて自分一人になろう(孤立しよう)とする強い傾向(非社交的性質)をも備えていると把握する(後者の傾向は、他者の抵抗を排して一切を自分の意のままに処理しようというところから生じるとされる)。つまりカントは、人間とは集団のなかでしか生きていけないにもかかわらず集団においては生きていけないという矛盾を含んだ存在であると把握するわけである。カントによれば、人類はこの矛盾を解決するために、自分と他人とが互いに傷つけ合うことなく自由に共存しうるような法的組織として「公共公民体」を形成していくことになる(これは、法的規範によって統括された国家のことであるといってよい)。カントは、人類が備えている理性や意志の自由といった素質は、この公共公民体の枠内ではじめて全面的に開花し得るようなるという。しかし、この段階では、自分と他人とが互いに傷つけ合うことなく自由に共存しうるという状態は、個々の国家の枠組み内で実現されているに過ぎない。国家どうしが互いに敵対的に抗争し合うという問題は解決されていないのである。そこで人類は、国家的な公民的組織を形成するにとどまらず、一個の世界公民的組織(世界国家あるいは国際連合)を創設する方向に進まなければならなくなる、というのである。要するに、まず、個人間の敵対関係が国家意志(法的規範)への個人意志の従属という形態によって解決され、次いで、国家間の敵対関係が国家間の関係を律する規範(国際法)の確立によって解決されていく、という大きな流れをみてとることができる、というわけである。

 戦争違法化の流れ、とりわけそのなかでの国際連合の創設という歴史的な事実は、こうしたカントの展望が夢物語ではないことを示しているのではないだろうか。もちろん、国連憲章の第2条第1項が「この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている」とし、同第7項が「この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではない」としているように、現在の国際連合は決して全世界を統括する「世界政府」や「世界連邦」の如き存在ではなく、独立した主権国家どうしの寄り合い所帯に過ぎない。第二次世界大戦後の世界においても国家間の紛争は絶えなかったし、冷戦終結後には、唯一の超大国となった米国が、国連を無視してでも「世界の警察官」としての役割を果たすという単独行動主義を露骨に示したこともあった。さらに現在は、経済の衰退などで米国の地位が相対的に低下していく一方で、中国やロシアなどの新興大国が対外膨張路線をとるようになってきている。大国による情勢のコントロールが効かなくなったことによって、地域紛争やテロも頻発している。世界情勢はまさに混沌とした様相を呈してきているのである。

 とはいえ、人類史の全体を視野に入れるような広い視野で眺めればどうだろうか。現在、まともに統治された国家の内にあっては、個々人が自衛のために武装しなくても治安が保たれているように、やがては、国際社会においても、個々の国家が自衛のために武装しなくても平和が保たれるという情況が到来しうるのではないか、と考えることは決して不可能ではないのではないだろうか。日本国憲法第9条というのは、戦争放棄という崇高な理想に向かっての人類の探究のひとつの到達点としての側面も有しているのであって、決して嘲笑的に扱われるべきものではない。日本のあるべき防衛について考えていく上では、人類史の大きな流れを視野に入れてあるべき未来を展望するとともに、日本国憲法の徹底した平和主義の理念については最大限に尊重されるべきである、といえる。およそ70年に渡って憲法9条を掲げ続けてきた我々日本国民には、戦争の絶滅という人類の究極的理想に向かって主導的な役割を果たす責任があるといえるだろう。

(*)もっとも、第51条においては「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」とされたこと、とりわけ米国の強い要求で「集団的自衛」の文言が入ったことが大きな抜け穴となったことは否定できない。現実には、国連が米国の軍事的な世界戦略の隠れ蓑となってきた側面も決して否定はできないのである。それでもなお、崇高な理想が掲げられたこと自体を軽くみるべきではないであろう。
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2016年01月15日

安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う(9/13)

(9)国家の独立維持に軍事力は不可欠

 本稿は、昨年9月に成立させられた安保法制をめぐって、その推進派、反対派双方の主張を批判的に検討することを通じて、日本の安全保障についてどのように考えていけばよいのか、ある程度の方向性を示すことを目指したものである。前回までの3回に渡っては、安保法制反対派の言説の浅薄さについて検討してきた。簡単に振り返っておこう。まず、安保法制反対派が「日本を取り巻く安全保障環境の根本的な変容」という政府与党側の立論のいい加減さを衝こうとするあまり、日本周辺あるいは世界情勢の全般に対する真剣な検討がおろそかになっていたことを指摘するとともに、その根底に「戦後日本の平和は憲法9条によって守られていたのに、それを変えれば日本が戦争に巻き込まれてしまう」といった感覚が根深く存在したことを論じた。次いで、旧来の革新系の人々(左翼的な人々)が、保守的な人々との共同闘争の必要性を口実に、自衛隊違憲論や日米安保条約廃棄論といった自身の本来の主張を棚上げして、国家の安全保障に関わる本質的な議論から逃げてしまったことを指摘した。さらに、そうした反対運動の思想的・理論的な弱さの故に、「かっこよく民意を示す」など民意の内実よりも表現方法にこだわる傾向が生み出され、現象的には運動が大きく高揚したようにみえても、実態としては国民世論を大きく持続的に動かし続けるということにはならなかったのだ、と結論付けたのであった。

 安倍政権による安保法制の成立強行が暴挙であることは論を俟たない。しかし、そうした安倍政権のあり方に対抗して、民主主義の理念の定着や成熟を本当に目指していくためには、これら本質的な諸問題について、国民的なレベルで突っ込んだ議論が展開されなければならないのである。今回から3回に渡っては、そもそも国家とはどういうものか、という原点を踏まえつつ、これらの問題についてどのように考えていけばよいのか、大雑把な方向性を提示することを試みてみたい。

 まず確認されなければならないのは、一般的にいって、国家の独立維持にとってやはり軍事力は不可欠のものだ、ということである。そもそも国家とは、社会が自立的に存続できるための枠組みであり、他国との関係において、自らの存在を維持していけるだけの実力を保持していることが絶対に欠かせない。他国家との対峙の極限状態は戦争である。その意味では、軍隊こそが、国家において最も重要な要素であるとすらいえるものであり、このような軍隊の保持を明確に禁じた日本国憲法が、極めて異常な国家のあり方を規定したものであることは否定できないのである。

 では、なぜそのような異常な規定が創られたかといえば、端的には大日本帝国の復活を許さないためであった。「大東亜共栄圏」構想を掲げた大日本帝国によるアジア諸国への侵略と植民地支配は、欧米列強が世界を分割して植民地支配する従来の秩序への挑戦に他ならなかった。第二次世界大戦後、米国主導で世界秩序が再編されていく過程では、このような米国支配の体制(いわゆるパクス・アメリカーナ)を脅かす邪魔モノとして大日本帝国が復活してくることは、何としても認められなかった。そのため、大日本帝国の軍隊を徹底的に解体した上で、その再組織について強い制限をかける必要があったのである。その必要性を決定的にしたのが、天皇制の存続であった。占領軍は、統治を容易にする観点から、日本の支配層が強く要望していた「国体護持」(天皇制の存続)を認める方針を採った。天皇を神格化するイデオロギーこそが、日本軍国主義の精神的主柱であったにもかかわらず、占領軍は天皇制の存続を認めようとしたのである。それだけに、日本軍国主義の復活に対しては、なおさら念には念を入れてその芽を摘んでおく必要があった。この観点から、天皇制の存続を認めることと引き換えに、交戦権の放棄と戦力の不保持を規定した日本国憲法第9条が押し付けられたのである。

 しかし、冷戦構造が深まるなかで、米国は日本を反共の防波堤とする方針を採るようになり、日米安保条約を結んで米軍の駐留を半永久化するとともに、日本自身にも再軍備を迫ったのである。こうして、日本国憲法の制約下にありながら警察予備隊が創設され、在日米軍の機能を補完する機能を担わされながら、保安隊、自衛隊として強化されていったのであった。結果としてみれば、厳しい冷戦構造のなかで日本という国家が存立し続けることができたのは、在日米軍およびその補完部隊としての自衛隊という実力組織の存在があったからこそ、という側面を否定することは困難であろう。端的には、建前としての憲法9条と実質としての日米安保体制は密接不可分であって、日米安保体制という実質によってこそ、憲法9条という建前が支えられ続けてきたという皮肉な現実があるわけである。しかし、このことは、国家の存立という最重要課題を、宗主国たる米国に完全に丸投げしてきたことを意味するのである。これが敗戦後の日本が国家としての主体性を喪失することに繋がったのは間違いない。

 いわゆる55年体制下では、日本社会党を中心に、自衛隊は憲法違反の軍隊なので解消すべきだという非武装中立論が一定の影響力を持っていた。しかし、現在では自衛隊の即時解散を求める声はほとんど存在しなくなったといってよいだろう。日本共産党ですら、もはや自衛隊の即時解散を唱えていないのである。日本共産党は、憲法違反の軍隊である自衛隊は解消すべきであるとする一方、そのためには「国民の圧倒的多数が「万が一の心配もない。もう自衛隊は必要ない」という合意が成熟する」(2000年の第22回党大会でにおける志位和夫委員長の報告)ことが必要になるという条件を付し、自衛隊が存続している段階で急迫不正の侵害などがあった場合には自衛隊も活用して対応するという段階的解消論を唱えているのである。しかし、「万が一の心配がなくなれば自衛隊を解消する」というのは「万が一の心配がある限り自衛隊を保有する」ということの裏返しであるから、これは事実上、自衛隊の半永久的存続に道を拓くものにほかならない。自衛隊の解消を掲げる政党であっても、多少なりとも現実的な政策を打ち出そうとすれば、事実上はその存在を容認せざるを得なくなってしまうというところに、無防備国家など現実にはあり得ないのだということが如実に示されているもといえよう。

 しかし、自衛隊は憲法違反の軍隊であると主張しながら事実上はその存続を容認し、いざとなれば活用する、というのは全く筋の通らない話ではないだろうか。この点、かつての日本共産党の安全保障政策は、それなりに筋の通ったものであったといえる。そもそも日本共産党は、日本国憲法の制定時、第9条に関わって自衛権の放棄を主張する吉田茂首相を批判し、「民族の独立を危うくする」(野坂参三衆議院議員)として、帝国憲法改正案(日本国憲法案)に反対票を投じたのであった。間もなく政府が憲法解釈を変更して創設した自衛隊について、日本共産党は、在日米軍の補完部隊でしかなく民族の独立を守る組織ではあり得ない、という態度をとった。1970年代の民主連合政府の提案においても、日米安保条約を廃棄し、対米従属の軍隊である自衛隊を解消することを主張すると同時に、必要とあらば憲法を改正した上で独立日本を防衛するための新たな実力組織を創設することに含みを持たせていた。ところが、日本共産党は、1994年の第20回党大会において、憲法9条の掲げた理想は共産主義の理想と合致したものであると表明した上で、2000年の第22回党大会で自衛隊の段階的解消論に転じたのである。

 かつての日本共産党は、憲法9条について批判的な立場をとりつつも、憲法違反・対米従属の軍隊を独立日本の防衛に使うことはできないから、必要ならば憲法を改正して新たな軍隊を保持するのだ、としていた。これに対して現在の日本共産党は、憲法9条の擁護を掲げる一方、憲法違反・対米従属の軍隊の存続を事実上容認した上で、いざとなれば活用する、とまでいうのである。どちらが筋の通った見解であるかは明らかである。かつての武装中立論こそ国家論の観点からして正当なものであり、日本のあるべき防衛について筋を通して考えていく上で、大いに参考になるものであるといえよう。
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<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
 ・男前はなぜ得か
 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
 ・2011年4月例会報告:南郷継正『武道哲学講義W』読書会
 ・三浦つとむ弁証法の歴史的意義を問う
 ・新人教師に説く学級経営の意義と方法
 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・横須賀壽子さんにお会いして
 ・続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・学びにおける目的意識の重要性
 ・ブログ毎日更新1周年を迎えてその意義を問う
 ・2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会
 ・心理療法における外在化の意義を問う
 ・佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売
 ・新人教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む
 ・2011年8月例会報告:加納哲邦「学的国家論への序章」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論1三浦つとむの哲学不要論をめぐって
 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか