2016年11月22日

アダム・スミス『国富論』を読む(13/13)

(13)国民の富の持続的再生産という観点が必須である

 前回は、本稿で紹介してきた『国富論』の内容について、簡単に振り返ってみました。その内容を、スミスの哲学体系の全体に位置づけ、法学体系の一部を構成するものであるであることを意識しつつ、より端的にまとめなおしてみましょう(以下は、本ブログ掲載の「アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う」を下敷きにしたものです)。

 第1篇では、共感(想像上の立場の交換)の原理とつながる交換性向論を基礎に、お互いの所有物を自由に交換しあうことを可能にするような条件――所有権という具体的形態をとった正義――が確立された商業社会において、分業の発展によって国民の富が増大していくことが説かれていました。第2篇では、どの産業部門への資本投下がどの程度まで富の増大に寄与するのか検討された結果、国民の富の増大に最も寄与するのは農業であり、次いで国内製造業、国内商業、外国貿易と続くことが示唆されていました。ここで大きな役割を果すのが、慎慮の徳――『道徳感情論』において、自分の将来の幸福のために現在の欲求を抑える徳として説かれた徳――です。資本所有者が慎慮の徳を備えていれば、それぞれの部門において予想される利潤が極端に異ならない限り、投資の安全性や確実性を考慮して、外国貿易より国内商業、国内商業より製造業、製造業より農業に、自分の資本を投下するはずです。その結果、国民の富を最大化するような形で社会的総資本の配分が達成されていくのです。このように、『道徳感情論』をふまえた法学体系の一部として『国富論』を捉えた場合、第1篇においては正義の徳が、第2篇においては慎慮の徳が、大きな役割を果たしていると指摘できます。お互いの財産(所有物)を不当に侵害しないという正義の枠組みのなかで、個々の経済主体(資本所有者)が慎慮の徳にしたがって行動するならば、おのずから国民の富は増大していく――これが、『国富論』の第1篇および第2篇の主張です。

 しかし、スミスが眼にしていた現実の社会のあり方は、そのような理想(理論的に描かれた商品交換社会)とは少なからず距離がありました。現実の社会のあり方を批判的に分析することで、理想的な状態の実現を阻んでいる諸要因を摘出したのが、第3篇と第4篇です。第3篇では、西ローマ帝国の崩壊以来のヨーロッパ経済史が批判的に検討され、農業→製造業→国内商業→外国貿易という産業の自然な発展の順序が(国家権力の恣意的な介入によって)往々にして逆転させられてしまっていたたことが論じられます。第4篇では、このような国家権力による恣意的な介入の根拠となった重商主義が厳しく批判されます。そして結論として、特定産業を優遇したり抑制したりする一切の制度を完全に廃止することで、明瞭で簡潔な「自然的自由の体系(system of natural liberty)」を実現させるべきことを主張するのです。

 しかし、スミスは、「自然的自由の体系」が実現された社会において政府は無用となる、と考えていたわけではありません。第5篇において、政府のなすべき仕事について(経費論)、政府の仕事に必要な財源の調達について(租税論・公債論)、市場の自然で自由な動きとの関連を意識した財政論として議論されていくのです。ここでスミスが、政府のやるべき仕事としてあげているのは、国防、司法、公共事業の3つです。このうち、国防は国家の存立そのものに関わるものとして富裕に先だって重要なものであるとされ、司法は正義の制度的枠組みを守るものとしてその重要性が強調されています。また、政府がやらなければならない公共事業として教育が論じられ、文明社会の二面性――商業社会が生活習慣を洗練していくという積極面と、分業の発展が労働者階級の視野を狭くし知的能力を失わせていくという消極面――を視野に入れつつ、国民の徳を陶冶していくための基礎的な教育の重要性が強調されていくのです。

 以上、法学体系の一部としての『国富論』という観点から、その構成を概観してみました。端的には、第1篇と第2篇が自然的自由の体系の基礎となる市場(経済社会)についての論をなし、第5篇が自然的自由の体系を上から統括する政府についての論をなす一方、第3篇が現実の経済社会のあり方についての批判、第4篇が現実の経済社会のあり方を規定した政府の政策およびそれに影響を与えた重商主義への批判をなす、とまとめることができます。

『国富論』全体像.jpg

 こうした『国富論』の内容に関わって、前回、決定的に重要なこととして確認したのは、スミスが実現を目指していたのは、全ての国民(その大きな部分を占めるのが下層の労働者)がそこそこの物質的な豊かさを保障され、人間らしく生きていくことのできる社会状態にほかならなかった、ということでした。スミスのいわゆる「見えざる手」は、国民が消費する生活必需品と便益品の生産量(社会の全収入)を最大にするような資本と労働の配分を実現してくれるからこそ尊重されるのであって、市場における自由な競争それ自体が自己目的化されていたわけではありません。スミスが「見えざる手」を主張したのは、ハッキリいえば、経済的な強者(特権的な大商人や製造業者)の利害によって経済の自然なあり方が歪められてしまったために、経済的な弱者(下層労働者など)が痛めつけられている、という現状を打開しようとしたからにほかならないのです。ここでいう経済の自然なあり方とは、国民が年々に消費する生活必需品と便益品が、きちんと持続的に再生産されていけるように、資本と労働が適切に配分されていく状態のことです。スミスが「見えざる手」に任せるべきことを主張したのは、強者の利益のために歪められてしまった経済の自然なあり方を回復することこそが、下層労働者を含む国民全ての利益になると信じたからにほかならないのです。こうしたスミスの信念の根底には、「宇宙は一般法則に支配され、それ自身およびそのなかにいる全ての種の保存と繁栄という一般的な目的を目指して運動するまとまった体系である」(「古代の自然学の歴史」)という把握がありました。この世界(宇宙)全体は、本来的に調和的なものとして存在しているのであって、人為的にその動きをかき乱さなければ、おのずから望ましい状態が実現されていくはずだ、という信念があったのです。こうした文脈から切り離して、「見えざる手」という言葉をもっぱら市場の自動調節機能を賛美するものとして流布するのは、スミスの真意を曲解するものといわなければなりません。

 本稿の第1回では、アダム・スミスという名前、あるいは「見えざる手」という言葉を持ち出しながらの「アベノミクス」批判が行われていることをみました。しかし、本稿を読んでこられた読者の皆さんなら、わざわざアダム・スミスという名前を出して「アベノミクス」を批判するのに、単に「統制経済だ!」「社会主義的な経済政策だ!」「市場原理に反する!」というレベルにとどまってしまうのであれば、それはあまりに浅薄である、と感じられるのではないでしょうか。せっかくアダム・スミスという名前を持ち出すのであれば、最低でも、経済的な強者の利益のために経済の自然なあり方が歪められてしまっていないか、そのために経済的弱者が痛めつけられるような結果になっていないか、という問いかけをもつべきでしょう。そのような問題意識から「アベノミクス」を批判的に検討してみるならば、外国貿易で儲けようという一握りの巨大企業の利益ばかりが優先されているのではないか(円安誘導策、TPPなど)、国民が消費する必需品や便益品を持続的に再生産できるような資本と労働の配分ということとは無関係に、ともかくお金(カネ)の量を増やせば何とかなるという考え方にとりつかれてしまっているのではないか(異次元金融緩和)、といった疑惑が浮かんでこざるを得ません。要するに、「アベノミクス」は決して「社会主義的な経済政策」などではなく、スミスが厳しい批判の対象とした重商主義そのものなのではないか、ということにもなってくるのです。

 『国富論』を踏まえた「アベノミクス」批判という問題を、もう少し突っ込んで考えてみましょう。

 「アベノミクス」の最優先課題はデフレ脱却であるとされますが、そのためには何よりも賃上げ(個人消費の回復による需要の伸び)が必要ではないか、ということは広く指摘されています。安倍首相自身、経済界に対して繰り返し賃上げを要求してきました。しかし、賃上げが必要であるにしても、それが“官製賃上げ”と揶揄されるような形で実現されるのは、果たして社会にとって健全なことなのでしょうか。ここで想起すべきなのは、スミスが重農主義批判(第4篇、第9章)において、全ての人が自分の生活をよくしようと努力し続ける自然な動きこそ社会の健全性を維持する原理である、と述べていたことです(本稿の連載第8回を参照)。「見えざる手」は、自分の生活を少しでもよくしようという各個人の努力を媒介として機能するものだとされていたわけです。これを敷衍するならば、賃上げというものは、労働者が自分たちの力によって闘い取るという形で実現しなければ社会は健全なものにはならない、と指摘することができます。「安倍首相が企業に強く要請してくれたから賃上げが実現した。感謝しなければ!」ということではダメなのです(ここには、独裁者への個人崇拝につながりかねない危険な要素が含まれています)。根本的な問題は、1980年代以降、世界的な規模で押し進められてきた新自由主義的な政策・イデオロギー攻撃によって、労働者階級の闘争力が著しく奪われてきたことです(デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』〔2007年、作品社〕がこの問題を詳しく論じています)。そもそも、第二次世界大戦後の資本主義経済の高度成長は、労働者階級が自分たちの生活をよくしようとして賃上げと労働条件の改善を勝ち取ってきたからこそ実現したという側面があります。現在、世界的な規模で経済が停滞状況にあるのは、資本家階級がみずからの利益を確保しようとして無理矢理に労働者階級の闘争力を奪ってきたからだ、ということは否定できないのです。「アベノミクス」における“官製賃上げ”は、大資本家の私的な利益のために社会の健全性を維持する仕組み(ここでは労働者階級の闘争力)が破壊されてしまった結果にほかなりません。日本社会を健全なものにするためには、労働者みずからが自分の権利のために闘うという雰囲気を取り戻す必要がある――『国富論』を踏まえた「アベノミクス」批判としては、以上のようなこともいえるのです。

 もちろん、スミスが、資本と労働の配分を基本的に市場における自由競争に任せてしまおうとしたことについては、批判的に検討される余地があります。これは、利己的でありながら共感の能力をもつ人間どうしの関わり合いのなかで(各人の胸中に「公平な観察者」が創出されることを媒介にして)、おのずから望ましい秩序が形成されていくはずだというスミスの社会観、さらにいえば、「宇宙は一般法則に支配され、それ自身およびそのなかにいる全ての種の保存と繁栄という一般的な目的を目指して運動するまとまった体系である」というスミスの宇宙(世界)観の是非にまで踏み込んで検討されるべき問題だといえるでしょう。この問題についての踏み込んだ考察は今後の課題とすることを確認して、本稿は終えることにします。
 
(了)
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2016年11月21日

アダム・スミス『国富論』を読む(12/13)

(12)スミスは強者の利益のために経済が歪められることに反対した

 本稿は、“経済学の祖”と呼ばれるアダム・スミスの主著『国富論』を、彼の哲学体系の全体像を念頭に置きながら、概観していこうとするものでした。ここで、本稿で紹介してきた『国富論』の内容について、簡単に振り返っておきましょう。

 スミスは、「序論および本書の構想」において、国の富とは国民が日々の生活において消費するモノ(必需品+便益品)にほかならず、その源泉は国民自身の労働である、と宣言し、この国民の労働のあり方を研究対象として据えることを明らかにしていました。

 「第1篇 労働の生産力における改善の要因と、生産物が各階級に分配されていく際の自然な秩序について」においては、まず、人間の交換性向(これは共感の能力に関連するものであることが示唆されています)にもとづく分業こそ生産力発展の要因であるとことが力説され、分業の発展により商品交換が広く行われるようになったことで貨幣が成立したこと、商品の交換価値の真の尺度は労働であること、商品の価格(交換価値)は労働の賃金、資本の利潤、土地の地代によって構成され、国民の収入の源泉は結局この3つに還元されること、賃金、利潤、地代の自然水準を過不足なく払えるのが商品の自然価格であり、市場価格はこの自然価格を中心にして変動していることが明らかにされていました。次いでスミスは、商品の自然価格を構成する賃金、利潤、地代の自然水準そのものの変動について検討し、労働者の利害、資本家の利害、地主の利害が社会全体の利害とどう関係するかを考察していました。スミスによれば、労働者が得る賃金と地主が得る地代は、分業の発展による社会全体の富の増大と一致して増えていくのですが、資本家が得る利潤は、豊かな国(資本が過剰な国)では低く、貧しい国(資本が過小な国)では高く、急速に衰退している国(資本が急速に減少しつつある国)で最も高くなるので、資本家階級の利害は社会全体の利害と食い違うのだ、と指摘していました。

 「第2篇 資本の性質、蓄積、用途について」においては、資本の蓄積が分業の発展を規定することが確認され、生産的労働(商品という具体的な形で価値を残す労働。農業労働、手工業労働など)と不生産的労働(価値は生み出すもののそのまま消えてしまう労働。家事使用人、役者・音楽家、役人など)とが区別された上で、生産量を増やすためには収入を浪費せずに倹約して生産的労働者を雇用するための資本を蓄積していく必要のあることが論じられていました。スミスは、資本の用途として、農漁業・鉱山業、製造業、卸売業、小売業(国内取引、国内消費用物資の輸入、中継貿易)を挙げ、最も多くの生産的労働を維持する農業から出発して、国内産業の順調の発展の末に、国内の生産的労働を全て維持してもなお余るほどの資本が蓄積されてはじめて、中継貿易に資本が投下されるようになっていくのが自然な流れだ、と強調していました。

 「第3篇 国によって豊かさへの道筋が異なることについて」では、ローマ帝国崩壊後のヨーロッパの歴史において、豊かさへの自然な道筋がなぜ歪められてしまったのか、より具体的には、農業よりも中継貿易に資本を投下する方が有利だというような不自然な状況がなぜつくられてしまったのか、という問題が立てられ、社会の混乱状況において、領地の安全確保を最優先して土地の分割を禁じる仕組みがつくられたことによって土地の改良が阻まれてしまったこと、国王が封建領主との権力闘争のなかで、商人や職人などの都市住民を優遇する政策をとるようになったことなどが、指摘されていました。

 「第4篇 政治経済学の諸体系(systems)について」では、豊かさへの自然な道筋が歪められてしまった思想的・理論的な根拠として、主として重商主義の主張が批判的に検討されていました。スミスは、富とは金銀であり鉱山のない国は貿易黒字によって金銀を入手するしかない、という考え方が確立した結果、輸入をできる限り減らして輸出をできる限り増やすことが経済政策の大目標となったことを指摘していました。その上で、輸入規制として2つ(国内生産できる商品の輸入を規制すること、貿易赤字の相手国からの輸入を全商品にわたって規制すること)、輸出奨励として4つ(戻し税、輸出奨励金、通商条約、植民地建設)の手段を挙げ、それぞれについて、産業の年間生産物に如何なる影響を与えるか、という観点から検討していました。有名な「見えざる手」という言葉は、第一の輸入規制(国内生産できる商品の輸入の規制)を批判する文脈のなかで登場するものでした。本稿では、「見えざる手」は、国民が消費する生活必需品と便益品の生産量(社会の全収入)を最大にするような資本と労働の配分を実現してくれるからこそ尊重されるのであって、市場における自由な競争それ自体が自己目的化されていたわけではないことを強調しました。この第4篇におけるスミスの結論は、ある種の産業を特別に奨励したり抑制したりしようとして、資本と労働の自然な配分を歪めてしまうならば、年間生産物の真の価値は多かれ少なかれ減ってしまうことになる、というものでした。この第4篇の最後の部分で、スミスは、特定産業を優遇したり抑制したりする一切の制度が完全に廃止されたならば、明瞭で簡潔な「自然的自由の体系(system of natural liberty)」が実現する、としつつ、それでもなお政府には果たすべき役割が存在することを指摘していました。

 「第5篇 主権者あるいは公共社会(the Sovereign or Commonwealth)の収入について」では、「自然的自由の体系」においてなお政府が果すべき役割について、また、政府がそうした役割を果すために必要となる資金の調達のあり方について、論じられていました。スミスが、政府の義務としてあげていたのは、簡単には、国防、司法制度の確立、公共施設・機関の建設・維持の3つでした。本稿では、国家の外側からの攻撃に抗して「自然的自由の体系」の枠組みを守るためのものが国防であり、国家の内側からの攻撃に抗して「自然的自由の体系」の枠組みを守るためのものが司法制度であると整理して、国防と司法制度によって社会の中身がしっかりと守られていてこそ、分業と交換を通じた豊かさの実現が可能になるのだ、という国家観・社会観をスミスが抱いていたことを指摘しました。これに対して、政府の第三の義務たる公共土木事業および公共施設の建設・維持は、「自然的自由の体系」の中身に関わっていこうとするものである、と位置づけました。スミスは政府の果すべき義務について検討した結論として、国防費のように社会全体の利益のために支出される経費は、社会全体の負担によって、すなわち、全ての国民が各人の能力に応じて負担する形で賄うのが適切であること、司法の経費、道路などの建設・維持費、教育機関・宗教団体の経費など、社会の一部が直接に利益を受けることになる経費は、利益を受ける人が負担する形で賄う方が適切であることを確認していました(もっとも、後者の諸経費にも、社会全体の利益につながる面がある以上、社会全体の負担で賄おうとすることが必ずしも不適切ではないとも指摘されていました)。スミスは、社会全体の負担で国の経費を賄うための国民の収入への課税、国防費を中心に国の経費の膨張を賄うための富裕な商工業者からの借入について論じていました。税金については、公平、確実、便宜、最小徴税費の4つの原則が立てられた上で、どのような課税が望ましいのか検討されていました。そのなかで注目されるのは、負担能力の大きい人間がより大きな負担(収入に比例する以上の負担)を行うことは必ずしも不合理ではない、として、応能負担の原則が強く示唆されていたことでした。また、公債については、その起源から巨額の債務が累積するまでの過程が歴史的に辿られつつ、イギリスが抱える巨額の債務をまともに解消するためには、財政収入を増やすか財政支出を減らすしか方法はなく、そのためには、アメリカ植民地を合邦する(植民地住民に本土の国民と同等の政治的権利を与えつつ、同等の税負担を課す)かアメリカ植民地を独立させる(植民地防衛のための巨額の費用負担をなくす)しかない、と提言されていたのでした。

 以上、本稿で紹介してきた『国富論』の内容について、簡単に振り返ってみました。

 改めて確認しておきたいのは、スミスが決して硬直した自由放任主義者ではなかったことです。本稿の連載第5回では、銀行券(紙幣)の発行に関わって、スミスが、少数の個人による自由の行使によって社会全体が危険に晒されかねない場合、そうした自由は制限されなければならない、と断固として主張していたことをみました。また、本稿の連載第8回では、重農主義における自由放任主義(レッセ・フェール)に対するスミスの批判的コメントに触れて、スミスにおける「見えざる手」の主張が決して硬直したものでではなかったことを確認しました。今回の振り返りのなかでも触れたとおり、「見えざる手」は、国民が消費する生活必需品と便益品の生産量(社会の全収入)を最大にするような資本と労働の配分を実現してくれるからこそ尊重されるのであって、市場における自由な競争それ自体が自己目的化されていたわけではありません。『国富論』をまともに理解する上では、ここが決定的に重要です。スミスが目指していたのは、全ての国民(その大きな部分を占めるのが下層の労働者です)が、そこそこの物質的な豊かさを保障され、人間らしく生きることができる社会状態にほかなりません(スミスが、人間に本来備わっている知的能力を育てるための基礎教育は、たとえ国が何の利益を受けないにしてもやるべきだ、と主張していたことを想起して下さい)。『国富論』の全体を読み通してみれば、特権的な大商人や大製造業者の利益のために経済の自然なあり方が歪められて、下層の労働者が痛めつけられている状況に対して、スミスが激しい怒りを燃やしていたことがよく分かります。スミスが「見えざる手」に任せるべきことを主張したのは、強者の利益のために歪められてしまった経済の自然なあり方を回復することこそが、下層労働者を含む国民全ての利益になると信じたからにほかならないのです。
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2016年11月20日

アダム・スミス『国富論』を読む(11/13)

(11)政府の経費はどのように調達されるべきか

 前々回と前回の2回にわたっては、政府が果たすべき役割についてのスミスの議論を紹介しました。今回は、政府の仕事に必要となる経費の調達についてのスミスの議論を、大きく租税論と公債論とに分けて紹介することにしましょう。

 まず、スミスの租税論です。スミスは、国民の収入が最終的に土地の地代、資本の利潤、労働の賃金の3つの源泉に由来するものであることを確認した上で、税金は全て最終的にはこの3つのうちから支払われることになる、と指摘します。スミスは、地代への課税、利潤への課税、賃金への課税を順番に検討していくわけですが、こうした具体的な検討を行うための前提として、税金一般に通用する4つの原則(いわゆるスミスの租税四原則)を確認しています。@国民は各人の能力に応じて、つまり各人が国の保護の下で得ている収入に比例して税金を負担すべき、という公平の原則、A税金は恣意的であってはならず、支払時期、方法、額の全てを明確で分かりやすいものにすべき、という確実の原則、B税金の支払時期と方法が納税者にとって便利なものであるべき、という便宜の原則、C国民から徴収する額と国庫に入る額との差が最小になるよう設計すべき(徴税のために人手や手間のかかりすぎないようにすべき)、という最小徴税費の原則です。スミスはこの4原則を踏まえつつ、地代への課税、利潤への課税、賃金への課税について、それぞれ社会全体の富の生産にどのような影響を与えるのか、という観点から具体的な検討を加えています。

 スミスは、地代への課税方法としては、地代が変われば税額も変動する仕組み(農業が発達すれば高くなり、衰退すれば低くなる仕組み)がもっとも公平だとする重農主義派の主張に賛意を示しつつ、地主と借地人が共同で借地契約を登記するよう義務づければ、(検地という手間と経費をかけなくても)借地契約の全条件が登記簿によって十分に明らかになるだろう、と提言しています。このほかスミスは、土地の生産物への課税が、実際には地代に転嫁されてしまうことを指摘しています。地代は、農業経営者が資本を回収し平均的な利潤を確保した上で、残った部分から支払われます。農業経営者が土地生産物への税金を支払いながら、農業経営を変わらずに続けていくためは、地代部分を減らすしかなくなる、というわけです。また、家賃(家屋賃料+敷地地代)については、土地の地代に似ているものの、地代が生産的な土地の利用に対して支払われるのに対して、家賃は非生産的なものの利用に対して支払われるという基本的な違いがある、と指摘しています。借家人は、借家とは無関係な別の収入(賃金か利潤か地代)から家賃を支払わねばならないという点で、他の消費財に課される税金と同じ性格をもっている、というわけです。興味深いのは、スミスがここで、課税の公平さという問題に言及していることです。スミスは、生活費に占める家賃の割合は、豊かな人ほど高く貧しい人ほど低くなるので、家賃に対する税金の負担は一般に金持ちほど重くなるが、このような不公平は不合理とはいえない、とします。金持ちが収入に比例する以上の比率で財政に貢献するのは不合理なことではない、というのがスミスの主張なのです。

 スミスは、利潤への課税については、最終的に商人(資本所有者)の負担になることはない、と指摘します。消費者が、商人の納付する税金を商品価格の一部として支払わなければならなくなるからです。

 スミスは、賃金への課税についても、実際に労働者が支払っているとはいえない、と指摘します。賃金は労働への需要と食料品の価格で決まりますから、賃金への課税は税率より少し高い率で賃金を引き上げます(労働者の生存に週10シリングの賃金が必要である場合、そこに20%の賃金税をかけるなら、税込12シリングの賃金支払いだけでは税引後に10シリングを残せませんから、12シリング6ペンス〔1シリング=12ペンス〕まで上昇する必要があります)。賃金への課税は、雇用主の賃金支払い額を増やすわけですが、製造業労働者の賃金上昇分が製品価格に上乗せされれば、それは消費者の負担になりますし、農業労働者の賃金上昇分が地代の減少によって賄われれば、それは地主の負担になります。ただし、賃金への課税によって労働の需要は減少するのが普通なので、課税に見合って賃金が上昇するとは限らない、ともスミスは指摘しています。

 ここまでは、特定の種類の収入に課すことを意図した税金が取り上げられていましたが、スミスは収入の種類と無関係に課すことを意図した税金として、人頭税と消費財に対する税を挙げています。人頭税については、その人の資産や収入に比例するように課税しようとしても、各人の状況は刻々と変化するので、恣意的で不確実なものにならざるをえない、とされます(人頭税へのこのような評価は、各々の経済主体の所得を税務当局が的確に把捉することができず、公正な所得課税が不可能であった当時の条件に規定されたものだといえます)。スミスは、国民の収入に直接に課税する方法を編み出せなかったために、収入にほぼ比例すると考えられた支出に間接的に課税する方法、より具体的には、支出の対象となる消費財に課税する方法が使われるようになった、といいます。あえて現代の用語でいうならば、所得税の導入が技術的に困難であったために次善の策として消費税が導入されるようになった、ということです(*)。

 消費財は、生活必需品と奢侈品に分けられます(スミスは、必需品のなかに、生存するために最低限必要なものだけでなく、その社会の習慣からして恥ずかしくないだけの体裁を整えるのに必要なモノ全てを含めています)。生活必需品への課税は賃金を上昇させますから、その結果は賃金への課税と同じになる、とスミスはいいます。すなわち、製造業労働者の賃金上昇分が製品価格に上乗せされて消費者の負担になるか、農業労働者の賃金上昇分が地代の減少によって賄われて地主の負担になるか、です。スミスはまた、生活必需品の価格が上昇してもそれに見合った賃金の上昇がなければ、貧困層が子どもを育てるのが難しくなり、有用な労働力を供給する能力が低下する、とも指摘しています。一方、奢侈品(luxuries)への課税は、賃金を上昇させることはないし、貧困層の子育てを困難にすることもない、とスミスはいいます(税金によって倹約を強いられた結果、かえって子どもを育てやすくなるかもしれない、とすらいいます)。スミスによれば、奢侈品に対する税金は、課税商品の消費者によって最終的に負担され、他に転嫁されることはありません。

 以上、スミスの租税論を紹介してきましたが、スミスが推奨するのは、地代の変動に応じた地代税および奢侈品への課税だといえます。前者は、工夫次第で4つの原則を大体において満たすことができますし、後者は、最小徴税費の原則については難があるものの(多数の税務職員が必要になる、特定産業を抑制してしまう、税逃れ対策のための手間と経費がかかる等々)、残りの3つの原則はよく満たしています。

 次いで、スミスの公債論です。商業や製造業の発展した国では、政府(統治者)は、自国内の大土地所有者と同じく(本稿の連載第6回を参照)、収入の大部分を奢侈品に費やすようになり、平時に節約しなくなるので、いざ戦争になると(戦時の国防費は平時の3、4倍!)借入に頼るしかなくなる、とスミスはいいます。スミスは、政府に借金を余儀なくさせる商工業の発達が、一方で、国民のなかに貸付の能力と意志を生み出すことを指摘します。商工業の発展で資本の回転が速くなることで、膨大な資金を政府に貸し付ける能力を備えた人々が存在することになりますし、政府は貸手から有利な条件で借入を行おうとするので、政府の債務証書は当初の払込額よりも高く市場で売ることができ、政府に貸し付けることで自分の資本を増やしていくことも可能になるのです。こうした借入は、当初は信用(担保なし)で行われましたが、やがて、より多額の資金を調達すべく、特定の財源を担保としての借入が行われるようになりました。その方法としては、見込債務と永久債務がありました。前者は、担保を短期間(1年か数年)に限って提供し、その財源で元本と利子を期間内に十分に返済できるとされたものです。後者は、担保を無期限に提供し、担保で払えるのは利子だけであり元本をいつ返済するかは政府次第だとされたものです。見込債務だけであれば、財政収入の使い方が縛られるのは数年だけですむのですが、見込債務が乱発された結果、17世紀末以来、永久債務への依存が深まりました。永久債務を累積させたのは、戦争でした。戦争は財政支出を激増させますが、政府はそれに合わせて税収を増加させることを嫌がるし、またできもしない、とスミスは指摘します。嫌がるというのは、突然の増税で国民感情を害して戦争政策への支持を失うことを恐れるからですし、できないというのは、どういう増税で必要な収入を賄うのが適切なのかが分からない、ということです。だからこそ政府は、安易に借入に頼るようになりました。特に永久債務であれば、最小限の増税で最大限の資金を調達できます。従来からの財政収入に戦時の増税を加えたもので、経常経費と戦時に起債された公債の利子を支払ってなお余剰があれば、それは公債償還のための減債基金に繰り入れられるのですが、この減債基金は公債の全てを償還するには不十分だし、むしろ他の目的に流用されがちである、とスミスは指摘しています。

 公債による国(イギリス)の破滅は何としても防がなくてはならない、というスミスは、公債償却の正道は、財政収入を大きく増やすか財政支出を大きく減らすかどちらかしかない、といいます。そして、前者のためには、イギリス国内だけの税制改革では間に合わず、アメリカ植民地なども含めて同一税制を適用するしかないし、後者のためには、アメリカ植民地などを独立させて、植民地防衛のための巨額の費用負担を節減するしかない、と提起するのです。端的には、アメリカ植民地と合邦するか、アメリカ植民地の独立を認めるか、です。『国富論』は、「大英帝国のどの領土にせよ、帝国全体を支えるために貢献させられないというのであれば、戦時にそれら領土を防衛する経費、平時に行政的・軍事的制度を一部であれ支える経費を負担するのを止めて、グレート・ブリテン〔イギリス〕がおかれている全く平凡な状況に合わせて、将来への展望と計画を調整すべきときである」という一文で締め括られます。この『国富論』が出版されたのが1776年3月9日ですが、それから約4ヶ月後の7月4日にはアメリカ独立宣言が出されることになったのでした。

(*)各人が負担能力に応じて税を負担すべき、というスミスの原則からすれば所得税が、しかも、金持ちが収入に比例する以上の比率で財政に貢献するのは不合理なことではない、というスミスの主張を踏まえれば累進的な所得税が、最も望ましい税のあり方だということになるはずです。しかし、当時においては、公正な所得課税など非現実的なものである、とみられていたわけです。イギリスで所得税が初めて導入されることになるのは、スミスの死後の1799年のことです(もちろんイギリスが世界初です)。
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2016年11月19日

アダム・スミス『国富論』を読む(10/13)

(10)政府のなすべき仕事――公共事業について

 前回および今回は、「自然的自由の体系」を主張するスミスが、それでもなお政府の果たすべき義務が存在する、とするのはどのようなことであるのか、みてきています。前回は、政府の義務として、国防および司法制度の確立が挙げられていることをみました。これらはいずれも、「自然的自由の体系」を成り立たせるための枠組みを維持するためのものであったといえるでしょう。すなわち、国家の外側からの攻撃に抗してこの枠組みを守るためのものが国防であり、国家の内側からの攻撃に抗してこの枠組みを守るためのものが司法制度です。国防と司法制度によって社会の中身がしっかりと守られていてこそ、分業と交換を通じた豊かさの実現が可能になるのだ、という国家観・社会観をスミスが抱いていたことが分かります。

 さて、今回は、スミスが挙げる政府の第三の義務についてみていくことにしましょう。これは端的には、公共土木事業および公共施設の建設・維持です。もう少し詳しくいえば、社会全体にとっては有用でありながら、利益を生み出さないために個人では建設・維持できない機関や施設を建設・維持することです。国防および司法制度が「自然的自由の体系」の枠組みに関わるものであるとすれば、この第三の義務は、その中身に関わっていくものだといえるでしょう。スミスは、政府が建設・維持すべき公共機関として大きく3つ、社会の商業活動を促進するためのもの、青少年教育のためのもの、生涯教育(宗教教育)のためのものを挙げています。

 社会の商業活動を促進するための公的施設・機関は、さらに社会の商業活動全般に関わるものと、特定の部門のみに関わるものとに分けられています。

 商業活動全般に関わるものとしては、道路、橋、運河、港などがありますが、これらの施設の建設・維持の費用は、それを利用する馬車や船から少額の通行料を取れば賄える、とスミスはいいます。通行料は運送業者が支払うものの、最終的には商品の価格に上乗せされて消費者が負担することになります。しかし、運送費はその公共施設のために大幅に低下するので、通行料を払っても商品は公共施設を使わない場合より安く消費者に販売できるだろう、というのがスミスの主張です。また、これら施設の建設・維持費を、それを利用する馬車や船に負担させることは、これらの施設を商業に本当に必要なところだけに建設するようにする効果がある、とも指摘しています。

 商業活動の特定部門に関わる施設や機関としては、未開民族との交易を行う際、現地人の攻撃から商品を守るために倉庫を要塞化することなどが挙げられます。スミスは、こうした特別の経費は、その部門に小幅な税金をかけて賄うべきだと主張しても不当ではないが、商人の会社は、議会を巧みに説得して、政府の義務のうちこの部分を果たす責任とそれに不可欠な権限の全てを引き受けるようになった、と指摘します(東インド会社などが半ば行政機関化していたことをイメージして下さい)。こうした会社は、加入した各人がみずからの資本を使ってみずからのリスクで営業する場合には組合会社と呼ばれ、株主から拠出された資本で営業し、株主が出資比率にしたがって全体の利益か損失を分け合う場合には株式会社と呼ばれました。スミスは、何人かの商人が協力し、自分たちのリスクと経費で、はるか遠方にある未開の国との貿易を切り拓こうとした場合、株式会社の設立を認め、成功した場合にある年数にわたって貿易の独占権を与えるのは不当ではない、と認めます。しかし、決められた期間がたてば独占は必ず終了させるべきだ、と主張します。要塞や守備隊が必要だと判断されれば、政府が引き継ぎ対価を会社に支払いつつ、貿易そのものは全ての国民に開放すべきだ、というのです。独占を恒久化すれば、自由貿易が許されていればはるかに安くなるであろう商品が高い価格で売られ続け、収益性が高い適切な事業から多数の国民が排除されることになるからです。また、スミスは、株式会社が排他的特権なしでも成功を収められるのは、全く決まりきった作業で業務を遂行できるものだけだとして、銀行業、保険業(火災保険、海上保険、戦時拿捕保険)、水路・運河の建設・維持の事業、大都市への給水事業を挙げています。しかし、株式会社で上手く経営できる可能性があるというだけで株式会社を設立するのは適切ではない、とも指摘しています。株式会社が完全に適正だといえるためには、業務の規則と方法を厳密に決められること以外に、@通常の事業の大部分と比べて社会にとって大きく役立つ事業であること、A株式でなければ集められないほど大きな資本を必要とするものであること、の2点の条件を満たさなければならない、というのです(前述の4つの事業は以上の条件を満たす、とされています)。

 政府が建設・維持すべき公共機関の第二は、青少年教育のためのものです。スミスは、青少年教育のための機関も、学生が教師に支払う授業料という自然な収入で十分に経費を賄うことができる、とします。そうしてこそ、教師の努力や能力の向上が促されるのであって、一般財政収入などを投入することは教育機関の目的達成の妨げになりかねない、とスミスは主張します(もっとも、こうしたスミスの主張は、主として、大きな資産をもった上流階級の子弟の教育を念頭に置いたものであることに注意が必要です)。では、政府は国民の教育に関与すべきではないのか、という問題を提起したスミスは、産業が発達した文明社会においては、政府は庶民の教育に対して積極的に関与する必要がある、と主張します。スミスによれば、分業の進展によって労働者の仕事がごく小数の単純作業に限定されるようになると、労働者は仕事の上で難しい問題にぶつかることがなくなり、問題解決のために理解力を活かしたり工夫を凝らしたりする機会を失ってしまいます。その結果、私生活でぶつかるごく普通の義務についてすら適切な判断を下せなくなりますし、ましてや、自国がぶつかっている大きくて複雑な問題については、全く判断できなくなってしまいます。スミスは、人間に本来備わっている知的能力が適切に使われていないのは、人間として基本的な部分を欠いた卑しむべき状態である、といいます。そして、下層階級の教育によって国がたとえ何の利益を得られないとしても、下層階級を全く無教育な状態に放置しないよう、政府は真剣に配慮すべきだ、と主張するのです。こうした主張からは、全ての人間に人間らしいあり方(知的能力の活用)が保障されるべきだ、というスミスの人間観を窺うことができます。もっともスミスは、下層階級の教育が国にとっても利益となるとも指摘しています。民衆が無知な場合、狂信や迷信によって社会が大混乱に陥ることがあるが、教育が進めばこうしたことは起こりにくくなる、というわけです。また、国民が早まった判断や気まぐれな判断を下す傾向を持たなくなることは政府の安定性にも資する、とも述べています。スミスは、全国民に読み書き計算という基礎的教育を義務付けるのに大した費用はかからない、と指摘した上で、教会区や地域ごとに小さな学校をつくり、下層労働者の親でも負担できるほど少額の授業料をとって、教師の報酬に不足する分は政府が支給すればよい、と提言するのです。

 政府が建設・維持すべき公共機関の第三は、生涯教育のためのもの、具体的には宗教教育のための機関です(宗教施設が公共機関だとされることには、現代日本の感覚からは違和感がありますが、政教分離の原則が必ずしも確立されていなかった時代の議論であることを踏まえておく必要があります)。スミスは、宗教上の教師について、信者の寄付のみに頼っている場合の方が、他の収入源がある場合より、はるかに熱心で勤勉である可能性が高い、と指摘します。このため、聖職者が聖職給に安住してしまう国教の教団より、信者の寄付に頼る新興の教団の方が、大衆的な人気を獲得し、改宗者を獲得する力に優れている、というのです。ちなみに、スミスは、新興教団が庶民の間で人気を博する根拠を、階級社会における2種類の道徳観、すなわち、厳格で禁欲的な考え方と自由な考え方ということにも関連させて解いています。下層労働者はわずか1週間、軽率に浪費しただけでも破滅し、自暴自棄になって極悪の犯罪を犯すまでになることがありますが、上流階級は何年にもわたって浮かれ騒いでも破滅するとは限りません。したがって、庶民の間では厳格で禁欲的な考え方が主流になり、上流階級の間では自由な考え方が主流となります。庶民のなかから始まる新興教団は、厳格な道徳観を採用し、それを徹底して純化することで、庶民の敬意を集めるわけです。問題は、国教の教団が必要とする経費をどう賄うか、です。スミスは、国教の教団の収入は、教団の所有地(荘園)から得る部分を除けば、国の一般収入の一部門なのであり、例えば十分の一税(教団の所有地のみならず、あらゆる土地の収穫の10分の1を納めさせるもの)は政府の収入をその分だけ減らして、国家の防衛力を弱体化させてしまう、と指摘します。しかし、スミスは、そもそも教団はそれほど大きな収入は必要ないはずだ、として、スコットランド国教会やスイスのプロテスタント教会が、教会所有地などからのわずかな収入で、牧師にまずまずの生活を保障しながら教会の全経費を賄っている例を紹介しています。スミスは、どのような職務でも、それが立派に遂行されるためには、給与や報酬が職務の性格に見合っている必要がある、といいます。聖職者の収入が多すぎると、雄興と社交と享楽に時間を費やすようになってしまい、聖職者にふさわしい人格ではないと庶民に見られるようになって、義務を果たすのに不可欠な権威や重みがなくなってしまう、とスミスは指摘しています。

 以上、前回と今回の2回にわたって、政府が果たすべき義務についてのスミスの議論の内容を、ごく簡単に紹介してきました。スミスは結論として、国防費のように社会全体の利益のために支出される経費は、社会全体の負担によって、すなわち、全ての国民が各人の能力に応じて負担する形で賄うのが適切であること、司法の経費、道路などの建設・維持費、教育機関・宗教団体の経費など、社会の一部が直接に利益を受けることになる経費は、利益を受ける人が負担する形で賄う方が適切であることを確認しています。もっとも、後者の諸経費にも、社会全体の利益につながる面がある以上、社会全体の負担で賄おうとすることが必ずしも不適切ではないとも指摘されています。

 社会全体の負担によって国の経費を賄うためには、国有の土地あるいは資本からの収入によるか、国民の収入に課税するかしなければなりません。さらに、国防費を中心に国の経費が膨張していくなかで、政府が富裕な商工業者から借り入れを行うようにもなっていきます。第5篇後半の2つの章では、これらの問題が議論されて、『国富論』の全体が締め括られることになります。次回は、スミスの租税論・公債論の要点を紹介することにしましょう。
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2016年11月18日

アダム・スミス『国富論』を読む(9/13)

(9)政府のなすべき仕事――国防と司法制度の確立について

 本稿は、“経済学の祖”と呼ばれるアダム・スミスの主著『国富論』を、彼の哲学体系の全体像を念頭に置きながら、概観していこうとするものです。

 前回までの3回にわたっては、「第3篇 国によって豊かさへの道筋が異なることについて」および「第4篇 政治経済学の諸体系(systems)について」をみてきました。第3篇では、ローマ帝国崩壊後のヨーロッパの歴史において豊かさへの自然な道筋がなぜ歪められてしまったのか、という問題が論じられ、第4篇では、自然な道筋を歪めるような政策の根拠となった政治経済学の諸体系、より具体的には、重商主義と重農主義とが、批判的に検討されていたのでした。ある種の産業を特別に奨励したり抑制したりしようとして、資本と労働の自然な配分を歪めてしまうならば、年間生産物の真の価値は多かれ少なかれ減ってしまうことになる――これが第4篇におけるスミスの結論でした。

 この第4篇の最後の部分で、スミスは以下のように述べています。

それゆえに、〔特定産業を〕優遇したりあるいは抑制したりする一切の制度が完全に廃止されたならば、明瞭で簡潔な自然的自由の体系(system of natural liberty)がおのずからできあがってくることになる。どんな人でも、正義の法を犯さないかぎり、自分の利益を自分のやり方で追求する完全な自由をもつようになり、自分の勤労(industry)と資本の双方をもって、他のどんな人や他のどんな階級とでも競争(competition)する完全な自由をもつようになるのである。(第4篇、第9章)


 ここで注目しなければならないのは、このような「自然的自由の体系」が実現された社会においてもなお政府の果たすべき役割が存在する、とされていることです。スミスは、政府が配慮すべき義務として、3つのことを挙げています。第一は、自国を他国の暴力と侵略から守ること、第二は、社会の各成員を他の成員の不正や抑圧から守ること、第三は、公共土木事業を行ったり公共施設を建設・維持したりすることです。政府がこうした義務を果すためには必ず一定の経費が必要になり、それをどうやって賄うかが問題になります。この問題を扱うのが、「第5篇 主権者あるいは公共社会(the Sovereign or Commonwealth)の収入について」にほかなりません(sovereign は「主権者」と訳されることが多いですが、統治者とも訳しうるものであり、ここでは基本的に政府〔行政のみならず立法、司法をも含む広義の政府〕と同義と見なしても問題ありませんから、以下、基本的には「政府」とします)。この第5篇では、政府のなすべき仕事について(経費論)、政府の仕事に必要な財源の調達について(租税論・公債論)、市場の自然で自由な動きとの関連を意識した財政論として議論されていくことになります。今回と次回は、このうち、政府のなすべき仕事について論じられている部分についてみていくことにしましょう(*)。

 スミスが挙げる政府の第一の義務は、他国の暴力と侵略から自国を守ること、端的には国防です。この義務を果たすためには軍事力が不可欠となるわけですが、そのための経費のあり方は、社会の発展段階によって大きく異なってきた、とスミスは説いています。

 狩猟民族や遊牧民族の場合は、戦闘の場面が日常生活から切り離されていませんでしたから、兵士を育成するための独自の取り組みも、戦場で戦う兵士の生活を支えるための経費の負担も、とりたてて必要ではありませんでした。農業中心の社会においても、戦闘が農閑期に集中して行われる以上は、兵士たちは自分で自分の生活を支えることができましたから、社会が特別の経費を負担する必要はありませんでした。

 しかし、より発展した社会においては、大きく2つの要因によって、戦場で戦う兵士が自分で生活を支えることができなくなった、とスミスはいいます。第一の要因は製造業の発達です。手工業者は仕事場を離れれば収入を失ってしまいますから、もし兵士として戦場に行くのであれば、その間の生活を国に維持してもらうほかなくなります。第二の要因は、戦争技術の発展です。戦争技術が高度化すると、戦争は1回の戦闘で決着をつけるようなものではなくなり、ほとんど1年の全体を覆ってしまうほど長期にわたるものになってしまいました。こうなると、たとえ農民出身の兵士であっても、自分の生活は自分で支えられます、というわけにはいかなくなります。加えて、戦争技術をいっそう発展させるためには、分業が不可欠であり、軍務を他の職業から分離し独立した職業にしなければならなくなった、という事情もありました。スミスは以上のように常備軍の起源を解いています。

 当時(18世紀後半)、軍隊は民兵組織(いざというとき国民一般が武器を取って戦うもの)であるべきで、常備軍は自由を抑圧する危険なものだ、と警戒される傾向もありました。しかし、分業の効用という観点から常備軍成立の必然性を説いたスミスは、軍指導部と政府の意志(利害関心)が一致している限りは、常備軍が自由を抑圧する危険はない、と述べます。それどころか、規律の保たれた常備軍によって政府(統治者)の安全が確保されてこそ、国民に放埓ともいえるほどの自由を許容することができるのであるから、常備軍は自由を確立する上で有利な条件となるのだ、とまで述べています。政府は常備軍の圧倒的な武力を背景にしてこそ、制定した法律を国内の隅々にまで適用することができるのであり、常備軍がなければありえなかった正規の統治を維持できるようになるのだ、というわけです。

 以上のように、スミスは、国防のために政府(統治者)が負担しなければならない経費が、社会の発展とともに増大してきたことを説いています。具体的には、高価な武器弾薬の購入、職業軍人を訓練し生活を維持するための経費などですが、近代の戦争においては、こうした経費を負担できる国の方が明らかに有利ですから、貧しい未開国よりも豊かな文明国の方が優位に立つようになりました。古代では豊かな文明国が貧しい未開の国の攻撃から自国を防衛するのが難しかったが近代では逆になった、とするスミスは、このことが文明の永続と拡大にとって明らかに有利な条件となっている、とも述べています。いかにも啓蒙の時代(文明の進歩が素直に信じられていた時代)たる18世紀らしい主張だとはいえるでしょう。

 さて、スミスが挙げる政府の第二の義務は、社会の他の構成員による不正と抑圧から社会の全構成員を守ること、つまり厳正な司法制度の確立です。国防が、国家の外側からの攻撃に対して国民生活を守ろうとするものであるのに対して、司法は国家の内側からの攻撃に対して国民生活を守ろうとするものである、ということができるでしょう。スミスは、この司法のための経費も、社会の発展段階によって大きく異なることを説いています。

 狩猟民族には、財産というものがありませんから、司法制度はそもそも必要ありませんでした。しかし、遊牧民族の段階で富の不平等が現われると、貧乏人の妬みによる攻撃から金持ちの財産を守るために、政府および司法制度が必要とされるようになったのだ、とスミスは説きます(こうしたスミスの論は、私有財産と階級の発生と関わらせて国家権力の生成を解いたマルクス主義の先駆ともいえそうです)。

 ここで問題になるのは、こうした司法制度を支える経費です。スミスは、政府(統治者)にとって司法制度は、その経費が負担になるどころか、有利な判決を得ようとする当事者たちの贈り物などによって、重要な収入源となってきたことを指摘します。しかし、収入の確保を優先するような仕組みでは、裁判の腐敗は避けられません。そのため、やがて贈り物の授受が禁止され、判事には決まった収入が保証されるようになってきました。とはいえ、司法制度の運用に必要な経費は、全ての判事への給与の支払いを含めても、政府の全経費のごく小さな部分を占めるにすぎません。したがって、司法の全費用を裁判手数料で賄うことも容易であろう、とスミスはいいます。

 同時にスミスは、他の財源から判事に固定給を支払う場合も含めて、行政権を任された人たちが、そうした財源を管理する責任を負うべきではない、とも指摘しています。スミスは、司法権と行政権の分離が、単に社会の発展によって業務が増えたことに対応するためのものだったのはなく、政治的な思惑によって裁判が捻じ曲げられることを避けるためであったことに注意を促すのです。公平な裁判こそが個人の自由の基礎であり、個人が安全だと実感できる根拠である、と力説するスミスは、全ての国民が自分の権利を完全に保障されていると感じられるようにするには、司法は行政から分離するだけでなく、行政から最大限に独立していることが必要である、と力説するのです。スミスによれば、判事は行政当局の気まぐれによって解任できるようになっていてはなりませんし、判事に定期的に支払われる給与は、行政当局の好意によってはもちろん、行政当局の財政手腕によってすら左右されてはならないのです。行政と司法の分離、司法の行政からの独立という問題について、スミスが非常に厳格に考えていたことが分かります。「自然的自由の体系」を成り立たせるための大前提として、正義の法による支配が決定的に重視されていたのだ、ということができるでしょう。

(*)この第5篇の第1章は、政府のなすべき仕事を経費という観点から論じようとするものですが、例えば、国防費を論じるにあたっては国防のあり方そのものが社会の歴史的な発展段階のなかで問題にされる、という形で展開されています。論の展開を追うことを優先して本稿では省きましたが、古代ギリシャ・ローマにおける学問・教育のあり方、中世における学問・教育(大学)のあり方、キリスト教会の歴史について等々、非常に面白い議論が展開されています。その面白さは、ぜひ直接に『国富論』の文章に触れて味わってみて下さい。『国富論』の第5篇は脱線が非常に多いともいえますが、現実世界においては諸々の要素が絡み合って存在しているわけで、財政論としてスッキリと整理(純化)されきっていないからこその含み(味わい深さ)がある――リカード以降の経済学では削ぎ落されてしまう豊かさがある――ともいえるでしょう。
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2016年11月17日

アダム・スミス『国富論』を読む(8/13)

(8)国民と国をどのように豊かにするか――経済政策の考え方A

 前回は、まず「第4篇 政治経済学の諸体系(systems)について」の最初の部分、いわゆる重商主義の基本的な考え方が批判的に検討されている個所をみました。スミスは、富とは金銀であるとする考え方と、鉱山をもたない国は貿易収支の黒字によってしか金銀を入手できないとする考え方が確立した結果、輸入をできる限り減らして輸出をできる限り増やすことが経済政策の大目標となったのだとして、輸入規制として2つ(国内生産できる商品の輸入を規制すること、貿易赤字の相手国からの輸入を全商品にわたって規制すること)、輸出奨励として4つ(戻し税、輸出奨励金、通商条約、植民地建設)を挙げていました。スミスは、これら6つの手段について、産業の年間生産物に如何なる影響を与えるか、という観点から検討しているのでした。前回は、これら6つの手段のうち、輸入規制の2つの手段についてのスミスの批判を簡単に紹介しました。今回は、輸出奨励の4つの手段についてのスミスの批判を簡単に紹介した上で、重商主義と並ぶ政治経済学の体系(system)として取り上げられている重農主義についての批判的検討についても、簡単に紹介しておくことにしましょう。

 輸出奨励の第一は、戻し税です。これは、商人が商品を輸出する際、国内産業の生産物に課されている税金の一部または全部を還付するものです。戻し税によっても、還付対象の税金が課されていなかった場合より、輸出量が増えるわけではありません。本来ならある業種で使われるはずの資本の一部が、税金のために他の業種に振り向けられるのを防ぐだけです。資本の自然な配分を歪めるわけではないのだから、輸出奨励策のなかでは最も妥当なものだ、というのがスミスの評価です。

 輸出奨励の第二は、輸出奨励金です。これは、自国製品を外国市場で競争相手と同じかもっと安い価格で販売できるようにしようというものですが、国の貿易を自然の動きに任せた場合よりはるかに不利な方向に歪めてしまうものだ、とスミスは厳しく批判します。輸出奨励金は、重商主義の政策一般にいえる問題点として、国内の労働の一部を、自然に任せた場合に向う用途よりも利益が少ない用途に振り向けるよう強制してしまいます。さらに、輸出奨励金に特殊な問題点として、損失を被る用途にすら国内の労働を振り向けるように強制してしまうのです。そもそも奨励金がなければ成り立たないような貿易は必ず損失を被る貿易なのだ、とスミスは断じています。

 輸出奨励の第三は、通商条約です。2国間の通商条約によって、相手国が輸入を禁止している品目で他国より優遇されれば、優遇された側の国の商工業者は利益を得ることができます。スミスはこのことは否定しませんが、優遇した側の国は、特定国を優遇したことで、全ての国に自由競争を認めた場合と比べて、外国商品を高く買わなければならなくなることに注意を促しています。さらにスミスは、通商条約が以上とは全く違う原理にもとづいて有利だとされる場合があることを指摘します。ここでスミスが挙げるのは、1703年にイングランドとポルトガルの間で締結された「メンシェン条約」です。これは、ポルトガルがイングランド毛織物業の輸入を受け入れる代わりに、イングランドはポルトガル産ワインをフランス産ワインより低い関税率で輸入する、というものでした。この条約によって、ポルトガルからイングランドへのワインの輸入が増えた以上に、イギリスからポルトガルへの毛織物の輸出が増え、その対価として、ブラジルの金山から産出された金が大量にイングランドへ流れ込んでいくことになりました。しかし、スミスは、輸入された金のうちイギリスで食器か硬貨を増やすのに使われるのはごくわずかでしかなく、残りは国外に送られて、何らかの消費財と交換されるはずだと指摘します。その上で、同じ消費財をイギリス産の商品で直接に購入すれば、まずイギリス商品でポルトガルの金を買い次に金で同じ消費財を購入するよりも、イギリスにとって有利ではないか、と提起するのです。ともかく金を流入させればよい、という重商主義的な観念がここでも厳しく批判されているわけです。

 輸出奨励策の第四は、植民地です。スミスは、植民地貿易の独占(外国資本の排除)で、植民地貿易の利益が高くなれば、他の分野で使われてきた資本の一部が植民地貿易に引き付けられ、自然に任された場合よりもはるかに高い比率で植民地貿易に強制的に振り向けられ、その結果、産業の各部門間で自然に保たれるはずの均衡が、全く崩れてしまう、と指摘します。スミスは、イギリスの産業が多数の小規模場市場のそれぞれに適応するのではなく、アメリカ植民地というひとつの大市場に適応させられている現状について、身体にたとえながら批判的に検討しています。すなわち、器官の一部が肥大化しすぎたために、各器官の釣り合いがとれていれば避けられる危険な病気にかかりやすくなり、不健康になっているようなものだ、というわけです。自然なものより無理に太くした血管があり、国内の商工業が自然な比率を超えて大量にそこを流れるように強制されているので、その大血管の流れが少しでも止まれば、国全体がきわめて危険な混乱状態に陥る可能性が高くなっている、とスミスは指摘します。細い血管の一部が詰まっても、血流が太い血管に簡単に流れるので、危険な状態にはなりませんが、太い血管が詰まってしまえば、その直接の結果として痙攣か脳卒中か死かが避けられないでしょう。植民地貿易の独占を定めた法律を少しずつ段階的に緩和していき、最終的には大部分を自由にすることが、将来にわたってこの危険をなくす唯一の方法である、とスミスは提起しています。

 以上、重商主義が国を豊かにするための手段として提唱している輸入規制と輸出奨励について、スミスがどのように批判しているのか、簡単に紹介してきました。端的には、物事の自然な流れに任せたときに達成されるであろう資本と労働の諸産業部門への配分を人為的に歪めてしまうことで、多かれ少なかれ、国民が消費する生活必需品と便益品の生産量(社会の全収入)を減らすことになってしまう、というわけです。スミスは、消費こそ全ての生産の唯一の目的であり、生産者の利益は消費者の利益をはかるために必要な範囲内でのみ配慮されるべきであるにもかかわらず、重商主義においては消費者の利益はほぼ常に生産者の利益のために犠牲にされている、と厳しく批判しています。さらに「重商主義の政策によって主として奨励されているのは、富者と権力者の利益となる産業である。貧者や困窮者の利益となる産業は、無視されるか抑圧されることが多い」(第4篇、第8章)とも断じています。こうした箇所からも、スミスの最大の関心が、豊かな国民生活の実現にあったことを確認することができます。

 さて、政治経済学の体系(system)として、重商主義と並んで取り上げられているのが、重農主義です。この重農主義は、フランスにおいて、いわゆるコルベルティズム(14世紀の財務総監コルベール以来の重商主義政策)によって、都市の産業を奨励するために農業が抑圧されてきたことに反対して唱えられたものです(*)。この重農主義について、スミスは、曲がった竿を真っ直ぐにしようとして逆方向に曲げすぎたようなものだ、と評しています。コルベールの政策が都市産業を重視して農業を軽視したのは確かだが、重農主義が都市を軽視しすぎたこともまた確かだ、というのです。

 重農主義者たちは、国内を生産的階級(農民)、非生産的階級(手工業者)、土地所有者の3つの階級に分けた上で、これら3階級の全てが最大限の繁栄を達成できるようにするには、完全な正義、完全な自由、完全な平等を確立することこそが秘訣である、と主張しました。スミスは、重農主義の提唱者たるフランソワ・ケネーが医師であったことに着目しています。ある種の医学理論では、人体の健康を保つためには、食事と運動を厳格な規則に基づいて管理しなければならず、この規則にわずかでも反すると、その程度にしたがって病気や不調が生じると考えられています。医師であったケネーは、社会についても人体と同じように考えて、完全な自由と正義という厳格な規則に従わなければ繁栄しないと思ったのではないか、というのです。しかし、スミスは、人体が健全な状態であれば、まだ知られていない仕組みによって、食事と運動の面で不健康な生活を送っても、その悪影響を防いだり是正したりできるようになっているのと同じように、社会の場合には各人が自分の生活をよくするために努力し続ける自然な動きが健全性を維持する仕組みになっていて、ある程度片寄っていて抑圧的でもある経済政策の悪影響を多くの点で防いだり是正したりできるのだ、と主張するのです。重農主義における自由放任主義(レッセ・フェール)に対するこうしたコメントからしても、スミスにおける「見えざる手」の主張が決して硬直したものでではなかったことを確認することができるでしょう。

 それはさておき、スミスが重農主義の最大の誤りとして指摘するのは、商工業を全く非生産的なものとしたことです。スミスは、年間に消費されてしまうものの価値が商工業において年々再生産されていることだけでも「非生産的」という表現は全く不適切だし、そもそも商工業労働者の労働が社会の真の収入を増やさないと考えることはできないのだ、と主張します。とはいえスミスは、国の富が貨幣という消費できないものの豊富さにあるのではなく、その社会の労働で年間に再生産される消費財にあると主張している点で、そしてまた完全な自由の確立こそが年間の再生産を最大限に増やす上で効果のある唯一の方法だと主張している点で、重農主義の主張は全く正しいものである、という評価を与えています。

 以上、前回と今回の2回にわたって、政治経済学の諸体系に対するスミスの批判的検討の内容を、ごく簡単に紹介してきました。ある種の産業を特別に奨励したり抑制したりしようとして、資本と労働の自然な配分を歪めてしまうならば、年間生産物の真の価値は多かれ少なかれ減ってしまうことになる――これが、政治経済学の諸体系についての検討を踏まえたスミスの結論であるといえます。

(*)重農主義についての詳しい説明は、本稿では割愛します。本ブログに掲載した「ケネー『経済表』を読む」を参照してください。
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2016年11月16日

アダム・スミス『国富論』を読む(7/13)

(7)国民と国をどのように豊かにするか――経済政策の考え方@

 前回は、「第3篇 国によって豊かさへの道筋が異なることについて」をみました。ここでは、ローマ帝国崩壊後のヨーロッパの歴史において、豊かさへの自然な道筋がなぜ歪められてしまったのか、より具体的には、農業よりも中継貿易に資本を投下する方が有利だというような状況がなぜつくられたのか、という問題が立てられ、社会の混乱状況において、領地の安全確保を最優先して土地の分割を禁じる仕組みがつくられたことが土地の改良を阻んでしまったこと、国王が封建領主との権力闘争のなかで、商人や職人などの都市住民を優遇する政策をとるようになったことなどが、指摘されていました。

 さて、今回と次回の2回にわたっては、「第4篇 政治経済学の諸体系(systems)について」の内容を簡単に紹介していくことにしましょう。ここでは、豊かさへの自然な道筋が歪められてしまった思想的・理論的な根拠とはどういうものであったのかが論じられていくことになります。

 第4篇の冒頭で、スミスは、経済政策を扱う政治経済学(political economy)について、政治家や立法者のための学の一部門としてみたとき2つの目的をもっている、といいます。第一は、国民がみずからの力で、収入と生活必需品を豊富に確保できるようにすること、第二は、国が公共サービスを提供するのに必要な歳入を確保できるようにすることです。要するに、国民と国が豊かになるようにすることが、政治経済学の目的である、というわけです。このように確認したスミスは、時代あるいは国によって豊かさへの道が異なることから、経済政策の2つの考え方が生れた、といいます。ひとつは商業中心の考え方、いわゆる重商主義であり、もうひとつは農業中心の考え方、いわゆる重農主義です。第4篇では、これらの経済政策についての考え方が、批判的に検討されていくわけですが、分量としては、重商主義についての批判が圧倒的です。これは、その内容に問題が多かったということもさることながら、当時のイギリス社会の現実において、決定的な影響力をもっていたのが重商主義的な考え方であったから、という事情によるものです。

 スミスは、重商主義について、その基本的な考え方がどのようなものであるかを突っ込んで検討した上で、そのような考え方に基づいて採用されている実際の諸政策を詳細に批判していっています。

 それでは、重商主義の根本にあるものは何かといえば、それは端的には、富とは貨幣、つまり金とか銀のことである、という通俗的な見方にほかなりません。スミスは、こうした見方について、貨幣が取引手段と価値尺度という2つの機能を合わせもつことから自然に生じてきたものだ、とその起源を解いています。貨幣はどんなものとも交換できる機能をもっているし、それ自体として価値の大きさを表現する機能をもっていることから、あたかも貨幣こそが富そのものであると誤解されるようになってしまったのだ、というわけです。

 スミスは、豊かな国とはお金(カネ)がたくさんある国だと考えられてきたため、ヨーロッパの全ての国が金銀を国内に蓄積しようと、金銀の輸出を禁止するなどの政策を採用してきたものの、ほとんど効果はなかった、と指摘します。その上で、商業が盛んになるにつれ、金銀の輸出禁止が貿易の障害になることが明らかになったことで、各国政府は金銀の輸出そのものは禁止しようとはしなくなり、貿易黒字で国外から金銀を流入させようということになったことを説明しています。

 しかし、スミスは、金銀の流入や蓄積を目標とすること自体を批判します。貿易が自由でありさえすれば、金や銀は必ず必要な量だけ流入してくるものだ、と力説するのです。金や銀は容積の割には価値が高いので、どんな商品よりも簡単に、価格の安い地域から高い地域へと輸送できるからです。スミスは、国の富を増やすために金銀を必要量以上に輸入しようとしたり、国内に止めておこうとしたりするのは、各家庭の御馳走を増やすために、必要量以上の鍋釜をもつよう義務づけるのと同じくらい馬鹿げたことである、といいます。必要以上に増えた金銀は、輸送は簡単だし、使われないまま置いておくことの損失が大きいので、どんな法律で禁止したとしても、すぐに国外に送られるのを防ぐことはできないのです。

 こうしたスミスの批判の根底にあるのは、富とは国民の労働によって生産された生活必需品や便益品である、という捉え方にほかなりません。スミスは、人が貨幣を欲しがるのは貨幣自体を求めているのではなく、貨幣で買えるものを求めているからだ、という決定的な指摘を行っています。スミスは、ある国の土地と労働の生産物のうち、近隣の国から金や銀を買うために振り向けられるのはごく小さな部分にすぎず、はるかに大きな部分が国内で取引され消費されるのだし、国内で余って国外に送られる生産物も、その大部分が外国の財貨を買うためにあてられていることを指摘します。さらにいえば、そもそも仮に貨幣となる金や銀が不足したからといって、物々交換とか信用とか紙幣で代用すれば問題ないではないか、ともいうのです。

 スミスは、富とは金銀であるとする考え方と、鉱山をもたない国は貿易収支の黒字によってしか、つまり輸入総額よりも輸出総額を多くすることによってしか金銀を入手できないとする考え方が確立すると、その必然的な結果として、国内消費用の外国商品の輸入をできる限り減らすとともに、国内産業の生産物の輸出をできる限り増やすことが経済政策の大目標となったのだ、と説きます。国を豊かにする方法は、輸入の規制と輸出の奨励の2つとなったわけです。

 このうち、輸入規制には2つの種類があります。第一は、国内で生産できる商品の国内消費用の輸入を、どの国からのものでも規制することであり、第二は、2国間の貿易収支が自国に不利になっていると見られた国からの輸入を、ほぼ全ての商品にわたって規制することです。一方の輸出奨励には、戻し税、輸出奨励金、通商条約、植民地建設があります。スミスによれば、いわゆる重商主義というものは、この2種類の輸入規制と4種類の輸出奨励を主要手段として、貿易収支を黒字にし、国内の金銀量を増やすよう提案する政策体系(system)にほかなりません。スミスは、これら6つの手段について、産業の年間生産物に如何なる影響を与えるか、という観点から検討しています。

 輸入規制の第一は、国内で生産できる商品の輸入規制です。スミスは、こうした規制は、社会の労働と資本のうち、その産業に振り向けられる部分の比率を、自然に任せたときよりも高くしてしまう、といいます。そもそも人はみな、自分の資本を最も有利な形で使おうとしているわけですが、その際に考えるのは自分の利益だけであって、社会全体の利益ではありません。しかし、それぞれの産業部門において予想される利潤率が極端に異ならないのであれば、投資の安全性や確実性を考慮して、外国貿易より国内商業、国内商業より製造業、製造業より農業に、自分の資本を投下するのが自然ですから、結果的に国内の労働を支えるために資本を使うことになり、社会の年間の総収入(年間総生産物の交換価値)が多くなるように努力することになるのです。このようにスミスは、各人は自分の利益だけを考えて行動しながらも、「見えざる手」に導かれて、自分が全く意図していなかった目的(社会全体にとっての利益)を達成することになるのだ、と説明します。ここからスミスは、ある特定の産業に資本を投下するよう促す輸入規制は、有害無益なものになる、と断じるのです。一方でスミスは、外国商品に負担を課すのが適切な場合もあることを認めています。第一は、国防に必要な産業(造船業、海運業など)を保護するための規制です。第二は、国内産業と外国産業が同じ条件で競争できるよう、国内で税金が課せられている国内産業の商品と同様の外国商品に、同じように税金をかけることです。また、スミスは、外国が高関税や輸入禁止措置で自国の製造業製品の輸出を制約した場合、同様の高関税や輸入禁止措置で報復措置をとるのが当然であり、相手国が撤回する見込みがない以上は継続すべきであること、長い期間にわたって中断されてきた自由な輸入を回復するにあたっては、特定産業への打撃によって多数の労働者の雇用が奪われることのないよう、慎重に事を運ぶべきであることを強調しています。こうした個所からも、スミスの最大の関心が、国民の多数を占める労働者の生活の改善という点にあったことを確認することができるでしょう。スミスのいわゆる「見えざる手」は、国民が消費する生活必需品と便益品の生産量(社会の全収入)を最大にするような資本と労働の配分を実現してくれるからこそ、尊重されなければならないのであり、市場における自由な競争それ自体が自己目的化されていたわけではないのです。

 輸入規制の第二は、貿易赤字相手国からの輸入に対するほぼ全面的な規制です。スミスは、こうした規制は、相手国への偏見と敵対心に起因するもので、重商主義の原理にもとづいてすら不合理である、といいます。特定の相手国との取引で赤字になったからといって、貿易収支の全体が赤字となるとは限らないではないか、ある商品をその相手国から輸入した方が他の国から輸入するより安いのであれば、その相手国から輸入した方が結局は得ではないか、というのです。さらにスミスは、貿易赤字が損失で、貿易黒字が利益だ、という重商主義の考え方そのものが間違っている、と断じます。強制や制約なしに行われる貿易は、土地と労働の生産物の交換価値が増加するという点、すなわち、国民の年間収入が増加するという点において、どちらの国にとっても有利なはずだ、とスミスは主張するのです。スミスによれば、国の富の増減にとって重要なのは、輸出と輸入の差額ではなく、生産と消費の差額です。生産物の交換価値が消費の交換価値を上回っていれば、その社会の資本は差額分だけ増加します。これに対して、生産物の交換価値が消費より少ない場合、社会の資本は不足分だけ減少するからです。
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2016年11月15日

アダム・スミス『国富論』を読む(6/13)

(6)ローマ帝国崩壊後、豊かさへの自然な道筋はどう歪められたか

 本稿は、“経済学の祖”と呼ばれるアダム・スミスの主著『国富論』を、彼の哲学体系の全体像を念頭に置きながら、概観していこうとするものです。

 前回までの3回にわたっては、「第1篇 労働の生産力における改善の要因と、生産物が各階級に分配されていく際の自然な秩序について」および「第2篇 資本の性質、蓄積、用途について」をみてきました。国民の労働こそ国民の消費する全てを産み出す源泉であることを確認したスミスは、第1篇において、労働の生産性を向上させてきたのが分業にほかならなかったこと、分業の発展のなかで、商品の価格は賃金・利潤・地代という3つの部分から構成されるようになり、これが国民の諸階層の収入の源泉となることを論じていました。また、第2篇においては、資本の蓄積が分業の発展を規定すること、生産量を増やすためには収入を浪費せずに倹約して生産的労働者を雇用するための資本を蓄積していく必要があることなどを論じていました。

 しかし、実際には、ヨーロッパのどの国でも、農業が資本の他の用途より利潤率が高いという状況にはないことをスミスは認めます。それでは、資本をすぐ近くにある肥沃な土地に投下するより、はるか遠くのアジアやアメリカに投下する方が有利になってしまったのはなぜなのでしょうか。この問題を考察するのが、「第3篇 国によって豊かさへの道筋が異なることについて」と「第4篇 政治経済学(political economy)の諸体系(systems)について」です。今回は、このうち、第3篇の内容を簡単に紹介することにしましょう。

 スミスはまず、国が豊かさへと向う自然な道筋について確認します。スミスは、どんな文明社会でも、最大の取引は都市と農村の間のものだが、都市は物質を再生産することができないから、都市は究極的には全ての富を農村から得ていることになる、と指摘します。だからこそ、農村がまず発展して次に都市が発展するというのが自然の流れなのだ、というのがスミスの主張です。どんな人でも、利潤率が同じであれば、貿易業よりも製造業、製造業よりも農業に自分の資本を投下するだろう、とスミスはいいます。貿易業より製造業、製造業よりも農業の方が、監督しやすく、安全だからです。物事の自然な順序に従うなら、資本の大部分がまず農業に向けられ、次に製造業に向けられ、最後に貿易に向けられるはずです。しかし、ヨーロッパでは必ずしもそうはなっていないのは先にみたとおりです。

 では、物事の自然な流れはなぜ歪められたのでしょうか。スミスは、西ローマ帝国崩壊後の歴史を辿りながら、農業の発展がなぜ順調に進まなかったのか考察しています。スミスはまず、ゲルマン民族の侵入で西ローマ帝国が崩壊した後、ほとんどの土地が大地主に私有されるようになったが、秩序未確立のこの時代、大地主はみな領主であり、小国の国王のような存在であった、と指摘します。領地の安全(領民に与えられる保護の度合い)は領地の大きさに左右されたから、長子相続と限嗣相続法(相続した不動産の処分を禁止する)によって、土地の分割が行われないようにしたのだ、とスミスは説きます。興味深いのは、一旦つくられた法律は、その法律を合理的なものにしていた状況が変わってしまった後も、長く効力を持ち続けることがある、と指摘されることです。秩序が確立したヨーロッパの現状では、小さな私有地でも安全に保てるようになっているのに、家系の誇りという観点から、長子相続と限嗣相続がいまだに行われている、というのです。しかし、大地主が土地の開発と改良で大きな成果を挙げることは滅多にない、とスミスはいいます。土地の改良で利益を上げるには、細かな配慮が必要なのですが、大資産家の息子として育った者には、まずその能力はないからです。また、大地主の土地を耕作する農民は、半ば奴隷のような存在で、自分の利益のために耕作していたわけではありませんから、強制しない限り、自分の生活を支えるのに最低限必要である以上には働こうとしなかった、という事情もあります。

 では、中世ヨーロッパの都市はどのような状況にあったのでしょうか。都市の住民はもともと卑しい身分とされ、商品をもって集落や市を渡り歩いていました。当時、市に商品を持ち込んで店を出す際には税金が課せられていましたが、課税特権をもつ国王や大領主は、個々の商人にこれらの税金を免除し、その見返りとして人頭税を支払わせるようになります。やがて、国王は、都市の住民自身に徴税を請負わせるようになり、これによって都市住民は官吏の横暴から解放されるようになったのでした。都市住民は、市長を選んで議会をもち、自治のために条例を制定し、自衛のために一種の軍隊として組織する権利を得ました。国王がこのような特権を認めたのは、領土の全体で力の弱い臣下を大領主による圧迫から保護できるほどの力をもっていなかったからだ、とスミスは指摘しています。領主は都市住民を見下し、都市住民が豊かになれば容赦なく収奪しましたから、都市住民は当然、領主を憎み恐れていました。国王も都市住民を見下していたが、憎み恐れる理由はありませんでした。このため、両者の利害が一致して、都市住民は国王を支持し、国王は領主と対立する都市住民を支持したのだ、とスミスは説明しています。都市の力が強くなると、国王が決められた徴税請負額を超える税金を課す場合には、都市の同意を得なければならなくなりました。ここに都市の代表が議会に出るようになった起源がある、とスミスはいいます。こうして、農村で農民があらゆる種類の暴虐に晒されている一方で、都市では個人が自由と安全を保障されるようになったのだ、とスミスは説明しています。

 当時のヨーロッパでは、土地の生産物をもっと文明の発達した国の製品と交換する取引が、商業の中心になっていました。貿易によって、高級で進んだ製品に対する嗜好が持ち込まれて一般化すると、商人は運送にかかる費用を節約するために、同じ種類の製造業を自国に確立しようと努めるようになりました。これが起源になって、遠く離れた市場向けの製造業が生れたのですが、その道筋には2つの種類がある、とスミスはいいます。ひとつは、資本の乱暴な作用によって、一部の商人や事業主が外国の製造業をまねて同種の製造業を始めるものです。もうひとつは、ある素朴な家内工業が徐々に発達して遠隔市場向けの製造業が自然に生れてくるものです。スミスは、こうした製造業の自然な発達が、農業の発達を前提としていることを強調しています。

 スミスは、農業の発達が製造業の発達をもたらしたことを指摘する一方、製造業の発達は農業の発達にも寄与した、といいます。スミスは以下の3つの点を指摘します。第一に、土地生産物を販売できる大市場が近くに生れたことで、土地の耕作と改良が促進されたこと、第二に、富を獲得した都市の住民が土地を購入して地主となって土地を上手く開発したこと、第三に、商工業の発達で秩序と善政が確立して個人の自由と安全が守られるようになり、農村も領主に隷属していた状態から抜け出せるようになったことです。この第三の点について、スミスは、以下のように詳述しています。

 貿易が行われず、高級品をつくる製造業もない国では、領主は所有地の生産物のうち、農民の生活に必要な量を超える部分を、多くの家来や従者を養うために使うほかありませんでした。こうして、もっぱら領主の好意に依存して生活している家来や従者に対して、領主は絶対的な権威をもつことになったのだ、とスミスはいいます。しかし、貿易と製造業は、領地で余った生産物の全てを領主自身が消費する方法を提供することになりました。領主は、例えば、ダイヤモンドを散りばめたバックルなど、何の役にも立たない詰まらないものに目が眩んで、1000人を1年間養える食料を手放し、それとともに1000人を養うことで得られる力と権威を手放すようになった、とスミスは指摘しています。大地主は、所有地の改良の現状で可能な水準以上に地代収入を増やしたいと望むようになりましたが、借地人がそこまでの地代引き上げに同意できるのは、土地をさらに改良するのに必要な資本を回収し、利益を確保できるようになるまでの期間にわたって借地権が保障されるときだけです。これが長期借地契約の起源になった、とスミスは説きます。こうして借地人が事実上独立し、家来もいなくなることで、大地主の政治的な力は失われ、都市と同様に農村にも政府の支配が浸透することになったのだ、というわけです。

 スミスは、社会を良くするこうした変化は、社会のためという意図を全くもたない2つの階層によってもたらされたのだ、と指摘しています。大地主は子どもじみた虚栄心を満たそうとしただけだし、商人と手工業者も、自分の利害だけを考えて、稼げるときに稼ごうとして行動しただけだ、というのです。ここには、「見えざる手」という言葉こそ直接には使われていないものの、人々の利己的な行動が社会全体の利益へと自然に導かれていくのだ、というスミスの社会観がよく表れているといえるでしょう。

 スミスは第3篇での議論を総括して、ヨーロッパにおける都市の商業と製造業の発達は農村の開発と耕作が進んだ結果ではなく、その原因であったこと、こうした順序は物事の自然な道筋とは異なるので、遅くて不確実にならざるを得なかったことを確認しています。スミスは、ある国が商業と製造業によって獲得した資本は、その一部が土地の耕作と改良に投じられて具体化するまで、極めて不完全で不確かであることを指摘します。スミスは、もっぱら商業に依存する富は、戦争や政治によるごく普通の変化でも簡単に枯渇してしまうのであり、農業の進歩という着実な基盤があってこそ富は長続きするのだ、と力説するのです。
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2016年11月14日

アダム・スミス『国富論』を読む(5/13)

(5)資本の配分と労働の配分

 前回は、「第1篇 労働の生産力における改善の要因と、生産物が各階級に分配されていく際の自然な秩序について」の後半部分、すなわち、生産物が各階級に分配されていく際の自然な秩序について論じられている部分についてみていきました。ここでは、商品の自然価格を構成する賃金、利潤、地代の自然水準そのものの変動について検討された上で、労働者の利害、資本家の利害、地主の利害が社会全体の利害とどう関係するかが考察されていました。スミスによれば、賃金と地代は、分業の発展による社会全体の富の増大と一致して増えていくのですが、利潤は、豊かな国(資本が過剰な国)では低く、貧しい国(資本が過小な国)では高く、急速に衰退している国(資本が急速に減少しつつある国)で最も高くなります。したがって、資本家階級の利害は社会全体の利害と食い違うのであり、資本家階級が商業に対する新しい法律や規則を提案した場合には十分に注意しなければならない、とスミスは主張していたのでした。

 さて、今回は、「第2篇 資本の性質、蓄積、用途について」をみていくことにしましょう。冒頭、スミスは、未開社会にまでさかのぼって、資本の起源を確認しようとしています。すなわち、分業のない未開社会では、全ての人が自分の必要とするモノを自分の労働で確保していたものの、分業が確立して他人が生産したものを自分の生産物を売って得た対価で購入しなければならなくなると、自分の生産物が完成して売れるまでの間、自分の生活を支え、仕事に使う原材料と道具を確保しておかなければならなくなったのだ、というわけです。

 以上のように資本の起源を確認したスミスは、個々人が所有する資財、あるいは社会全体の資財が自然にどのような部分に分かれるか、論じていきます。スミスによれば、何ヶ月、何年もの生活を維持できるだけの資材を蓄えた人は、そのかなりの部分を使って収入を得ようとし、残りの部分で収入が入ってくるまでの生活を支えようとします。スミスは、前者を資本と呼びます。資本から収入を得る方法として、スミスは次の2つを挙げます。第一は、財貨を生産・加工するか、購入して転売することで利益を獲得する方法です。これは、財貨の交換の流れによってのみ利益を生み出すことができるから、流動資本と名づけるのが適当だ、とスミスはいいます。第二は、土地の改良、事業に役立つ機械や道具の購入など、所有者を変えないままで収入が得られるもので、こうした資本は固定資本と名づけるのが適切だ、とスミスはいいます。

 個々の資本家がもつ資本について以上のように確認したスミスは、国の総資財もまた、当然ながら3つの部分に分かれる、とします。第一は直接の消費に充てられる部分(まだ消費されていない食料・衣料・家具、賃貸住宅)であり、収入や利益を生み出しません。第二は固定資本であり、流通せず所有者が変わらないまま、収入と利益を生みます。固定資本としては、@機械や道具、A利益を生む建物、B土地の改良、C教育によって獲得された個人の能力が挙げられています。第三は流動資本であり、所有者が変わることで収入と利益を生みます。流動資本としては、@貨幣、A肉屋、穀物商、牧場主、農業経営者らが所有する食料品の在庫、B衣料、家具、建物の原材料、C完成品のうちまだ販売されていないもの、が挙げられています。スミスは、直接の消費にあてる資財を維持し増やすことが固定資本と流動資本の唯一の目的であって、国民が豊かなのか貧しいのかは、固定資本と流動資本によって、直接の消費用の資材を豊富に供給できるか否かに左右される、と力説しています。

 続いてスミスは、貨幣を社会全体の総資本のうちの特殊な部分として位置づけた上で、その性質や機能について検討していきます。スミスは、国民の総収入(交換価値の観点から見れば、個々の商品の価格と同じく労賃、利潤、地代に3分される)から固定資本および流動資本の維持費を控除したものが純収入(直接の消費にあてても資本を食いつぶさない部分)である、とします。そして、流動資本(貨幣、食料、材料、完成品)のうち、貨幣以外は全て直接の消費にあてられるから、社会の純収入の一部になる、といいます。貨幣は社会全体の収入を各人に分配する手段にすぎず、それ自体は収入の一部にはならない、というわけです。

 こうした観点からスミスは、金貨・銀貨を紙幣に置き換えることによって遊休資本(当面の支払い用に現金で用意しておかなければならない部分)を生産資本に転化することができる、と強調します。金貨・銀貨が紙幣に置き換えられると、社会全体の流動資本で供給できる原材料、機械、生活必需品の総量は、以前にこれらの購入に使われていた金銀の価値だけ増加できるのです。このように紙幣の効用を説くスミスですが、同時に、紙幣についての適切な管理を怠るならば大惨事になりかねないことを強調しています。スミスは、貨幣というのは幹線道路のようなもので、幹線道路は牧草や穀物を運ぶがそれ自体としては牧草も穀物も作ることはできない、金貨・銀貨を紙幣に置き換えるのは幹線道路を空中につくるようなもので、その分だけ牧草地や穀物畑に転換できるが、「紙幣の力で空中を飛ぶようになると、金貨と銀貨という堅固な道を歩んでいる場合と比べて、国の商業や産業は盛んになるだろうが、全く安全だとはいえなくなることは認識しておくべきだ」というのです。具体的な対策として、スミスは、少額の銀行券(=約束手形)の発行を禁止するよう提言しています。少額の銀行券の発行が認められるようになると、資力の乏しい人間まで銀行業に参入してきて、金貨・銀貨との交換が確実ではない銀行券が大量に発行されて大混乱に陥ってしまうから、というわけです。スミスは次のように述べています。

私人たちに、銀行家の発行した約束手形を金額の如何によらず受領する意志があるのに、それを抑制するとか、あるいは銀行家仲間の全てに、これらの手形を引き受ける意志があるのに、銀行家にこのような少額の約束手形の発行を抑制するとかいうのは、自然的な自由を明白に侵害する行為であり、法律は本来、この自由を侵害するのではなく、自由を守るためのものではないかという意見もあるだろう。確かに、こうした規制は、ある点では自然的な自由を侵害するものだといえる。しかし、少数の個人による自然的な自由の行使が社会全体の安全を危険に晒しかねない場合には、どの国の政府の法律でも自由に制限を加えているし、加えるべきである。最も専制的な政府であっても、最も自由な政府であっても、この点については変わりない。火災の拡大を防ぐために防火壁を作るよう義務づけるのは、自然的な自由を侵害する行為であるが、ここで提案した銀行業務に関する規制も、自然的な自由の侵害という点で全く同じ種類のものである。(第2篇、第2章)


 ここでスミスは、少数の個人による自由の行使が、社会全体を危険に晒しかねないのであれば、そうした自由は制限されなければならない、と断固として主張しているわけです。これは、アダム・スミスを自由放任主義者とみなすような俗説に対して、鋭く対置させるべき文章だといえるでしょう。

 さて、スミスは続いて、資本をその所有者自身が使用する場合の問題として、その資本によって雇用される労働の性格を考察しています。ここで、労働が生産的労働と不生産的労働とに2大別されます。すなわち、商品という具体的な形をとって同量の労働を購入できる価値を残す生産的労働(農業、製造業など)と、価値は産み出すもののそのまま消えてしまう不生産的労働(家事使用人、役者、音楽家、国王、裁判官、軍人など)です。生産的労働(者)は、年間生産物のうち、資本の回収にあてられる部分によって維持され、不生産的労働(者)は収入(主として地代と利潤、ごく一部は賃金)によって維持されます。年間生産物のうち、生産的労働の維持に使われる部分が多ければ多いほど、国の富は増えていきます。生産的労働の維持にあてられる資本を増やすには、収入を浪費するのではなく、倹約して収入の一部を貯蓄して資本に転化させていく必要があります。浪費と無謀な経営は資本を食いつぶしていきますが、倹約と堅実な経営は資本を増やして、生産的労働を増やし、結果として国富の増大につながっていく、というわけです(*)。

 続いてスミスは、資本が他人に貸し出される場合の問題として、利子付きで貸し出される資本、すなわち金融資本の問題を論じています。面白いのは、スミスが、融資は貨幣の形で行われるけれども本当は年間生産物の一部を入手する権利を譲渡しているのだ、と説いていることです。現象の背後にある構造を見てとろうとしているのは、金銀を直接に富とみなした重商主義的な観念からの大きな前進であるといえます。これとも関わって、利子率の変動は、あくまでも利潤率の上下に連動するもので、貨幣材料となる金銀の量の増減とは直接の関係はないと説明されているのも重要なポイントだといえるでしょう(スミスはここで、利子率の変動についての優れた考察として、ヒュームの『政治経済論集』を挙げています)。

 第2篇の最後では、資本の用途が国の労働量と年間生産物に直接に与える影響について、考察されています。スミスは、資本の用途として、農漁業・鉱山業、製造業、卸売業、小売業の4つを挙げます。小売業はさらに、国内取引、国内消費用物資の輸入、中継貿易に3分割されます。スミスは、同量の資本で雇用する生産的労働の量、付加される価値の大きさは、これらのそれぞれの用途によって大きく異なっていることを論じているのですが、結論的には、最も多く生産的労働を維持し、最も大きな価値を付加するのは農業に投下された資本であり、農業こそが国の繁栄に最も貢献するのだ、としています。反対に、最も国の繁栄に貢献することが少ないのが小売業、そのなかでも中継貿易である、とされます。ただし、物事の自然な成り行きとして、国内産業の順調な発展の末に、国内の生産的労働を全て維持してもなお余るほどの資本が蓄積されたならば、それが中継貿易に投下されるのは当然である、とされています。

 全体として、この第2篇の議論は、スミスが、国民経済の全体を視野に入れて、それも生成発展していくものとしてのイメージをしっかりと描いた上で論を展開していることがよく分かるものとなっています。

(*)興味深いのは、スミスが、人間の認識の問題として、浪費への衝動は一時的なものであるのに対し、生活をよりよいものにしていきたいという欲求は恒常的なもの(胎内から墓場まで!)であり、そのためには倹約による貯蓄が唯一の方法なのだから、大部分の人の人生を平均してみれば、倹約しようという欲求の方が圧倒的に強い、と論じていることです。同様に、無謀な経営については、破産は最も大きく屈辱的な災難だから大部分の人は破産を避けるために十分に注意する、と指摘しています。結局、民間人の浪費とか無謀な経営が国家経済を危うくするようなことはまずない、というのです。一方でスミスは、政府の浪費や無謀な政策が国家の存続を危うくすることはありうる、としています。とはいえ、現代のように高度に発展した資本主義では、スミスの時代とは比較にならないほど巨大化した個別資本の無謀な経営で国家経済が危機に晒されるという事態が起きている(金融化が決定的な要因でしょう)ことに注意が必要です。

 なお、倹約(貯蓄)と投資を同一視するようなスミスの議論は、ケインズの議論を踏まえていうならば、貯蓄されたものが全て投資に回される、ということを暗黙のうちに前提としたものだといえます。貨幣には価値貯蔵機能があるので、貯蓄されたものが必ずしも投資に回るとは限らないというのが、ケインズのいわゆる貨幣の一般理論です。
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2016年11月13日

アダム・スミス『国富論』を読む(4/13)

(4)各階層への生産物の分配――賃金、利潤、地代

 前回は、「第1篇 労働の生産力における改善の要因と、生産物が各階級に分配されていく際の自然な秩序について」の前半部分、すなわち、労働の生産力における改善の要因について論じられている部分をみました。ここでスミスは、分業こそ生産力発展の要因であるとことを力説し、分業の発展により商品交換が広く行われるようになったことで貨幣が成立したこと、商品の交換価値の真の尺度は労働であること、商品の価格(交換価値)は労働の賃金、資本の利潤、土地の地代によって構成され、国民の収入の源泉は結局この3つに還元されること、賃金、利潤、地代の自然水準を過不足なく払えるのが商品の自然価格であり、市場価格はこの自然価格を中心にして変動していることなどを論じていました。

 さて、今回は、同じく第1篇の後半部分、すなわち、生産物が各階級に分配されていく際の自然な秩序について論じられている部分についてみていくことにしましょう。ここでは、商品の自然価格を構成する賃金、利潤、地代の自然水準そのものの変動が問題になります。

 第一に、賃金の自然水準の変動の問題です。賃金は労働者と雇用主との契約で決まりますが、賃金をめぐる争議において、労働者は圧倒的に弱い立場にあります。しかし、労働者自身が食べていけることに加えて、子どもを育てることができなければ次の世代の労働者が育ってきませんから、賃金は長期間にわたってこれを保障する最低水準以下になることはありません。このように確認した上で、スミスは、国富が増加し続けている場合、人手不足により雇用主が競って賃金を引き上げて人手を確保しようとするので、労働者の立場は有利になる、といいます。国富が大きくても、長期にわたって停滞を続けている国では、すでに雇用されている労働者だけで人手は充分ですから、雇用主が人手を確保しようと賃上げ競争をする必要はありません。国富が減少している国では、労働者に対する需要が毎年減っていきますから、職をめぐる労働者間の競争が激しくなり、賃金は最低水準にまで下ってしまいます。要するに、人口の最大部分を占める下層労働者がとくに幸せに快適に暮らせるのは、豊かさが頂点に達したときではなく、社会が豊かになる方向へと前進しているときだ、というのがスミスの結論です。スミスは、高い賃金によって下層労働者の生活が向上することは社会にとってよいことだと強調します。大多数の人が貧しく惨めであれば、社会が繁栄しているとか幸せであるとかいえるはずはないし、社会全体に食料や衣服や住居を供給する役割を果たしている人々が、十分な分け前を受け取って、まずまずの食料、衣服、住居を確保するのは当然だ、というわけです。さらに、労働の報酬がよければ、人口の増加が促され、労働者の勤勉さも刺激されることも指摘しています。

 第二に、利潤の自然水準の変動の問題です。スミスは、利潤率の上下も、賃金の上下と同じく国富が増加傾向にあるか減少傾向にあるかによりますが、その影響は全く違う、といいます。例えば、資本の増加(資本家間の競争の激化)は賃金の上昇をもたらす一方、利潤の低下をもたらす要因になります。スミスは、利潤率の動向を正確に把握するのは困難だが、金利の変化をみればある程度まで感じをつかめる、といいます。利潤が大きければ資金の借り手が払える金利も高くなり、利潤が小さければ金利も低くなるからです。スミスは、豊かさに向けて急速に発展している国では、利潤率の低さによって賃金の高さを吸収することが可能だと指摘した上で、実際には高利潤率の方が高賃金よりも商品価格の上昇をもたらす力がはるかに強いのに、資本家は高賃金の悪影響を声高に主張し、利潤率上昇の悪影響については何も語らない、と批判しています。

 賃金および利潤の自然水準について以上のように論じたスミスは、物事の自然な成り行きに任せれば、すなわち、各人が自由に自分の職業を選べるならば、最終的にはどの職業においても賃金や利潤が均等化するはずだ、という前提のもと、実際にはそうなっていないのは何故か、という問題を考察していきます。

 まず指摘されるのは、業種そのものの性格の違いによる賃金や利潤の相違があるので、絶対に均一にはならない、ということです。賃金の差異の要因としては、@快適か不快か、A習得が困難か容易か、習得に要する費用が多いか少ないか、B仕事がいつもあるか不安定か、C信頼が大きいか小さいか、D成功を収められる可能性が大きいか小さいか、という5つが挙げられます。また、以上の5要因のうち、事業の快不快、事業の安全性の2つは、利潤の差異にも影響する、とされます。“自由競争の守護神”のようにいわれるアダム・スミスですが、自由競争が諸々の差異を解消していく作用を重視する一方、本質的に解消されようのない差異があることを具体的に検討していることは注目すべきでしょう。

 次に指摘されるのは、政策の歪みから生じる不均等です。ここで取り上げられる政策は3つ、@特定の業種で競争に加わるものの数を自然状態より少ない数に制限すること、A別の業種で競争に加わるものの数を自然の状態より増やすこと、B労働と資本の自由な移動を業種間と地域間の両方で妨げること、です。@の具体例として、同業組合や徒弟法による参入規制、Aの具体例として、聖職者の育成への多額の助成金が挙げられ、Bでは再び、同業組合や徒弟法による制限が取り上げられています。また、特にイングランドに特有な事情として、救貧法(貧民救済の義務を教会区に負わせる法)の存在が指摘されています。各教会区は貧民の流入をあの手この手で防ごうとして労働の自由な移動が妨げられてしまった、というのです。

 第三に、地代の自然水準の変動の問題です。スミスはまず、地代を地主による土地改良(原野の開拓、排水設備の整備など)投資の報酬だとする見方に対して、地主が改良していない土地(例えば有用な海草が自生する土地)についても地代を要求することを指摘し、地代は土地の独占によって生じるものにほかならないことを明らかにします。スミスは、地代は、その土地の生産物のうち、市場に供給するために必要な資本を回収し、通常の利潤を控除してなおかつ残った部分のことだ、といいます。賃金や利潤が価格の高低の原因になるのに対して、地代の高低は価格の高低の結果なのだ、というわけです。

 その上でスミスは、土地の生産物について、常に地代を生じる部分と、地代を生じる場合と生じない場合がある部分とに分けた上で、両者の比率が社会の発達段階に応じてどのように変化してきたかを考察しています。

 まず、常に地代を生じる部分についてです。これは、端的には食料のことです。食料への需要は多かれ少なかれ常にある(需要が常に供給を上回る)から、食料を生産すれば、資本の利潤を回収した上に地主が地代として確保できる部分が必ず残るだろう、というわけです。何を生産する場合でも、主食たる穀物の畑よりも地代が低ければ、すぐに穀物生産のために転用されてしまうので、主食となる食料を生産する耕地の地代によって、他の目的に使われる耕地の大部分の地代が決まることになります。

 続いて、土地の生産物のうち、地代を生じる場合と生じない場合がある部分についてです。これは、食料以外の生産物(衣、住の材料)のことであり、地代を払える価格になるほど需要があるかどうかが問題になります。特に重要なのは、石炭、金属です。石炭は、炭鉱の立地に制約されますが、金属は輸送が容易なため、操業中の鉱山のうち世界で最も豊かな鉱山での価格に左右されます。このため、大部分の鉱山では、操業の経費を賄うのがやっとであり、地主に高い地代を支払えることはめったにありません。

 両者の比率については、まず、一般的な傾向として、土地の改良と耕作が進んで食料(必ず地代を生じる部分)が豊富になると、衣服や住宅の材料、化石燃料や鉱物、貴金属や宝石(地代を生じる場合と生じない場合がある部分)に対する需要が増加し、それらの価格が上昇していくことが指摘されます。これらを流通させるため、銀の需要が増えますが、需要の増加に見合って供給が増えなければ、穀物価格に対する銀価格の比率が上昇(穀物の平均貨幣価格が下落)していくことになります。逆に、銀の供給の増加が需要の増加を上まわっていれば、銀価格は次第に低下(穀物の平均貨幣価格が上昇)していくでしょう。銀の供給が需要とほぼ同率で増加していれば、一定の銀で購入できる穀物の量はほぼ変わらない(穀物の平均貨幣価格は横ばい)はずです。この観点から、スミスは「過去400年の銀の価値の変動に関する余論」として、豊富な歴史的資料を踏まえた考察を展開しています。

 以上のように地代について論じた上でスミスは、結論的に、国民の収入(一国の富)が、結局は、賃金、利潤、地代の3つの部分に分かれることを改めて確認した上で、労働者の利害、資本家の利害、地主の利害が社会全体の利害とどう関係するかを考察しています。いうまでもなく、賃金の上昇が労働者の利益、利潤の上昇が資本家の利益、地代の上昇が地主の利益です。社会の発展、換言すれば、分業の発展による社会全体の富の増大と一致して増えていくのは、スミスによれば、賃金と地代です。賃金は、社会が発展しつつあるとき(生産が増大しつつあるとき)、最も高くなります。一方の地代は、土地が改良されれば増えますし、工業製品が安くなっても相対的に増えます。これに対して、利潤は、豊かな国(資本が過剰な国)では低く、貧しい国(資本が過小な国)では高く、急速に衰退している国(資本が急速に減少しつつある国)では特に高くなるので、資本家階級の利害は社会全体の利害と食い違う、といいます。このように説いた上でスミスは、資本家階級が商業に対する新しい法律や規則を提案した場合には、必ず十分に注意すべきだ、なぜなら「こうした提案は、その利害が社会全体の利害と決して正確には一致しない人々、しかも一般に社会全体をあざむき、抑圧することを利益にしており、これまで多くの場合に社会をあざむき抑圧もしてきたような階級から出てくるものだから」、とまでいうのです。

 地主の利害が社会全体の利害と一致する、という主張については、マルクスが『経済学・哲学草稿』で「馬鹿げたこと」として厳しく批判しています(マルクスは借地農と地主の対立関係を指摘しつつ、地主は結局のところ、社会全体の富を収奪するのだ、と論じます)が、ここでのスミスの主張の力点は、資本家階級への批判にあります。自由競争の主唱者として資本主義の守護神のような扱いをされることもあるスミスですが、彼自身は労働者階級に同情的で高賃金の効用を力説していたのであり、資本家階級に対しては極めて辛辣な視線を投げかけていたわけです。
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2016年11月12日

アダム・スミス『国富論』を読む(3/13)

(3)分業による生産力の発展について

 本稿は、“経済学の祖”と呼ばれるアダム・スミスの主著『国富論』を、彼の哲学体系の全体像を念頭に置きながら、概観していこうとするものです。

 今回は、「第1篇 労働の生産力における改善の要因と、生産物が各階級に分配されていく際の自然な秩序について」の前半部分、すなわち、労働の生産力における改善の要因について論じられている部分をみていくことにしましょう。

 スミスが労働の生産力改善の要因としてあげているものは、ズバリ、分業(division of labor)です。『国富論』の冒頭に出てくるピン工場のエピソードは非常に有名なものですので、聞いたことのある読者も多いことでしょう。スミスは、ピン(裁縫用待ち針)の製造は、1人目が針金を伸ばし、2人目が真っ直ぐにし、3人目が切り、4人目が先を尖らせ……等々、18ほどの作業に分かれていることを指摘しつつ、自分が見たことのある小さな製造所では、10人が働き、1人がときに2、3の作業をこなしていたものの、1日に4万8000本(1人当たり4,800本)以上も製造できていたことを報告しています。そして、もし10人がそれぞれ1人で働くとしたら、そしてピン製造の技能を身に着けていないとしたら、1日におそらく1本も作ることができないだろう、と述べるのです。スミスは、このような印象的なエピソードを交えながら、労働を細かく分割することこそ生産力発展の要因であり、政府によるまともな統治が行われている社会で国民の最下層まで豊かさが行き渡るようになるのは分業のおかげなのだ、と力説します(*)。

 それでは、このように大きな利益をもたらす分業は、どのようにして進められてきたのでしょうか。それは、決して計画的なものではなく、モノを交換し合うという人間の性質(交換性向)の必然的な結果であった、というのがスミスの答えです。スミスは、人間の生活のあり方と動物の生活のあり方(動物は交換ということを行わない!)とを比較しながら、人間の交換性向が、理性と言語という人間の能力と関係があることを示唆しています(**)。交換性向という把握の妥当性はさておいて、分業ということを人間の本質的なあり方というレベルにまで掘り下げて基礎付けようとするスミスのアタマの働かせ方、しかも、その際にきちんと動物との比較を行ってみるというアタマの働かせ方は、非常に見事なものだといえるでしょう。また、ここで注目されるのは、スミスが、人間の能力や性質の差異は生まれつきのものではなく、分業の結果として、習慣や教育の違いから生じるものである(能力差は分業の原因ではなく結果である)、という考察を行っていることです。こうした考察からも、スミスの人間観の堅実さを確認することができるでしょう。

 スミスは続いて、分業がどの程度まで発展するかは市場の大きさに規定されることを論じます。特定の商品の生産に特化して生産性を上げたとしても、市場が小さければ、すなわち、商品を買ってくれる人が少なければ、食べていけるだけの儲けを確保することはできないでしょう。分業が発展するためには、市場が大きくなければならないわけです。市場の拡大には、交通関係の発展が大きな役割を果たします。スミスは、水上輸送を利用すれば、それだけ大きな市場を確保できるようになるので、大河川や地中海の沿岸で最初に文明が発展することになったのだ、という考察も行っています。

 さて、分業が確立すると、各人は自分の生産物を他者と交換することによって、自分が必要とするモノを入手するようになります。しかし、ある生産物を手放そうとする人が必要とするモノを、その生産物を手に入れたいと思う人がたまたま持っていなければ、交換は成立しません。こうした事態を避けるために、賢明な人々は、自分で生産したモノ以外に、誰もが自身の生産物と交換するのを断らないであろう商品をある程度持っておく方法をとったのだ、とスミスはいいます。この目的のために最終的に選ばれたのは金属でした。金属ほど腐りにくいものはありませんし、分割することも溶解して再びまとめることも容易ですから、交換したい商品の量に合わせて分量を適当に調整することもできます。当初、交換手段としての金属は地金(塊)の形で使われていましたが、重さを測ったり純度を調べたりすることが厄介であったために、やがて、金属の決まった重さのものに公的な刻印が押されるようになりました。これが硬貨の起源です。硬貨の名称は当初、それに含まれる金属の重さを示していたのですが、国王の貪欲のために、質の悪い硬貨が造られるようになっていきます。例えば、1ポンドより軽い金しか含まれていない「1ポンド」金貨を鋳造すれば、本来のものより少ない量の金で、外見上、債務を返済してしまうことが可能になるのです。スミスは、こうした貨幣の改鋳は、債務者に有利で債権者に不利となる詐欺的行為だとして厳しく批判しています。

 このように、商品交換の便宜のために貨幣が成立したことを確認したスミスは、続いて、商品が売買され交換されるときに、自然に守られる法則がどのようなものであるか検討していきます。そのための前提として、使用価値と交換価値という基本的な概念が確認されています。あるモノがどこまで役立つかを意味するのが使用価値であり、他のモノをどれだけ買えるかを意味するのが交換価値です。スミスは、使用価値がとても高いのに交換価値はほとんどないモノもあれば、交換価値がとても高いのに使用価値はほとんどないモノもある、として、前者の例として水を、後者の例としてダイヤモンドをあげています(これは「水とダイヤモンドの逆説」としてよく知られています)。

 スミスは、商品の交換価値を決める要因を探るために、いくつかの点を検討しています。第一に検討されるのは、交換価値の真の尺度は何か、そして、商品の真の価格とは何なのか、という問題です。スミスは、自分がもっている商品の価値はそれでもって支配(購入)できる労働の量に等しい、といいます(このような考え方は、経済学史上、「支配労働価値説」と呼ばれています)。自分がもっているある商品と交換することで別の商品を入手するということは、その別の商品を自分で生産する手間・労苦を省いて、他人に負担してもらうことにほかならない、というわけです。したがって、労働こそが全ての商品の交換価値を測る真の尺度となるはずなのですが、商品の交換価値は、それによって支配できる労働の量より、それと交換できる他の商品の量によって考える方が理解しやすいですし、さらに他の商品の量によるよりも貨幣によるほうが理解しやすいですから、結局、貨幣によって商品交換が媒介されるようになります。とはいえ、貨幣材料となる金や銀の価値も変動しますし、貨幣そのものの価値も摩滅や改鋳によって変動しますから、真の尺度となるのはやはり労働しかありえません。スミスは、労働で測られる真の価格と、貨幣で測られる名目価格との関係を歴史的な資料を踏まえつつ考察していますが、そのなかでは、真の価格を近似的に知るためには、穀物価格の中長期的な平均に着目した方がよい、とも指摘しています(よく知られている商品の価格のなかでは、労働の価格との正確な比例に最も近いためです)。

 スミスが交換価値を決定する要因として第二に検討するのは、真の価格を構成する要素は何なのか、という問題です。社会の未開段階、つまり、資本が蓄積され土地が占有される以前は、各種のモノを獲得するのに必要な労働の量の比率が、モノとモノを交換する際の唯一の規準であった、といいます。例えば、狩猟民族で、ビーバーを仕留めるために通常、鹿を仕留める際の2倍の労働が必要だとすると、ビーバー1頭は鹿2頭と交換され、鹿2頭の価値があるとされるのが当然だった、というわけです。ところが、資本が蓄積され、勤勉な人々を雇って生産したモノを売って利益を得ようとする人が出てくると、労働者が原材料に付加した価値は、労働者の賃金のみならず、資本を事業に投じてリスクをとった事業主の利益にあてられるようになります。さらに、土地が私有されるようになると、地主は自然の産物に対しても地代を要求するようになります。こうして、発達した社会においては、商品の価格(交換価値)は、労働の賃金、資本の利潤、土地の地代という3つの部分で構成されるようになったのだ、とスミスは説明しています。個別の商品の価格(交換価値)が、この3つの部分からなる以上、ある国で1年間の労働によって生産される商品の価格も、全体としてみた場合、同じ3つの部分からなり、その国の住民の間に労働の賃金、資本の利潤、土地の地代のいずれかとして分配されることになるはずです。要するに、賃金、利潤、地代の3つが全ての収入の源泉であり、全ての交換価値の源泉であるということになるのです。

 スミスが交換価値を決定する要因として第三に検討するのは、価格の各要素の一部または全部を自然で通常の水準より上昇させたり下落させたりする状況はどのようなものか、という問題です。スミスは、賃金、利潤、地代には業種ごとに相場となっている平均的な水準、すなわち自然水準がある、と指摘した上で、ある商品を生産し市場に運ぶのに使われた土地の地代、労働の賃金、資本の利潤をそれぞれの自然水準にしたがって過不足なく払える価格を、その商品の自然価格と呼びます。これに対して、ある商品が実際に売買される一般的な価格を市場価格と呼びます。個々の商品の市場価格は、実際に市場に供給される量と、その商品の自然価格(地代+賃金+利潤)を支払う意志のある人の需要(これがスミスのいわゆる「有効需要」です)との比率によって決まります。供給が需要に満たなければ市場価格は自然価格を上回り、供給が需要と等しければ市場価格は自然価格と等しくなり、供給が需要を上回れば市場価格は自然価格を下回ります。生産者は、市場価格が自然価格より高ければ供給を増やそうとしますし、逆に、市場価格が自然価格より低ければ供給を減らそうとします。こうして、市場価格は絶えず自然価格に引き寄せられるのであり、ある商品を市場に供給するために年間投じられる労働量は、市場への供給量がつねに有効需要を過不足なく満たせるものになるように、自然に調整されているのだ、とスミスは説明しています。

(*)スミスは、文明が発達した豊かな国で、ごく普通の職人や労働者が日常使っているものを見てみれば、それらの生産にごく一部でも関与した人の数が見当もつかないほど多いことが分かる、と述べています。例えば、労働者の着ている毛織物の上着は、羊飼い、羊毛の選別工、梳き工、染色工、あら梳き工、紡績工、織工、仕上げ工、仕立て工など、多数の職人が働いた結果ですが、それだけでなく、染色工が使う薬剤を世界各地から運んでくるための商業と海運、さらには造船や船の運航、帆の生産、ロープの生産のために働いている人も考えなければなりません。さらに、船や水車や織機のような複雑な機器はいうまでもなく、羊飼いが使う鋏のようなごく単純な道具を生産するだけでも、鉱夫、鉄鉱石を溶かす炉の建設工、木材を売る樵、製鉄に使う木炭の炭焼き、煉瓦製造工、煉瓦積み工、製鉄工、機械工、鍛造工、鍛冶工が働かなければならないのです。これと同じように、衣服や家財道具を調べていけば、何千人、何万人もの人の助力、協力がない限り、文明国ではごく下層の庶民の一般的な生活すら維持できないことが分かる、とスミスはいうのです。

(**)『国富論』の原型というべき内容を含んだ『法学講義』(受講生のノート)において、スミスは、交換性向ということで究明をストップさせず、さらにその基礎を探って、人間本性のなかで支配的な説得の本能(他者に自分の考えや気持ちを理解し納得してもらいたい!)というところまで到達しています。ここには、人間が他者との精神的交通によってつくられていく存在であることの、スミスなりの把握があるといえます。
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2016年11月11日

アダム・スミス『国富論』を読む(2/13)

(2)スミスは自由放任を主張したのか

 前回は、いわゆる「アベノミクス」について、本来は自由であるべき経済活動にことさらに介入する「統制経済」的な手法であり、「見えざる手」の重要性を説いたアダム・スミス『国富論』以来の経済学の成果を踏まえていないものだ、という批判がなされていることをみました。

 しかし、これらは、“経済学の祖”であるアダム・スミスの名前を持ち出してまで「アベノミクス」を批判するにしては、いささか物足りない感がするのは否めません。せっかく“経済学の祖”の名前を持ち出すのであれば、もう少し深く突っ込んだ批判はできないものなのでしょうか。

 確かに、アダム・スミスの「見えざる手」という言葉は、現在においては、市場が自動的に最適な資源配分を達成する機能、簡単にいえば市場原理の別名として、広く使われているものです。もう少し具体的には、アダム・スミスは、各個人の利己的な行動が「見えざる手」によって社会全体の利益へと導かれていくことを主張し、政府が経済活動に恣意的に介入することに反対したのだ、というわけです。

 アダム・スミスといえば、まずこの「見えざる手」という言葉があげられるほどに、アダム・スミスの名前は市場原理と一体のものとして語られてきた歴史があります。とりわけ、1980年代以降、いわゆる新自由主義的な経済政策が全地球規模で推進されていくようになるなかで、さらに市場の機能を否定したソ連・東欧の計画経済が次々と破綻し、中国やベトナムなども市場原理を導入する経済改革を進めていくなかで、スミスは、市場の調整機能の素晴らしさを解明した偉大な経済学者として、あたかも自由な市場経済の守護神であるかのように、大きく持ち上げられていくことになったのでした。「統制経済」だとして「アベノミクス」を批判する際にアダム・スミスの名前が持ち出されるのも、こうした背景があってのことにほかなりません。 

 一方で、新自由主義的な経済政策の推進の果てに世界経済がたどり着いたサブプライム問題やリーマン・ショックが、市場の機能に対する人々の信頼を大きく損ねることになったことも見逃すわけにはいきません。個々の経済主体の利己的な行動は、社会全体の利益を増進するどころか、破滅的な結果を招きかねないものなのではないか――このような強い疑念が巻き起こされることになったのです。

 こうした情況は、アダム・スミスの評価について再検討を迫るものとなったといえます。スミスが市場万能主義の守護神として非難されるようになっていく一方で、こうしたスミス批判の流れに抵抗するような形で、これまで「見えざる手」という論理で利己心を容認した経済学者として一面的に捉えられてきたスミスの、いわば“知られざる側面”として、道徳の重要性を説いた倫理学者としての側面(利己心の自由放任を主張していたわけではなかった!)が強調されていくようになり、これが次第に大きく注目を集めるようになっていったわけです。より具体的にいえば、ここ数年来、『国富論』と並ぶスミスの主著である『道徳感情論』に世界的に大きな注目が集まり、『道徳感情論』を取り上げた諸々の本が出版されて話題になっているという状況があります。この日本でも『道徳感情論』そのものについて、新しい翻訳が2つ出ましたし(高哲男訳〔講談社学術文庫、2013年6月〕、村井章子・北川知子訳〔2014年4月〕)、最近では例えば『スミス先生の道徳の授業――アダム・スミスが経済学よりも伝えたかったこと』(ラス・ロバーツ著、村井章子訳、日本経済新聞出版社、2016年2月)といった本が話題になりました。

 しかし、スミスの『道徳感情論』に着目するのはよいとしても、利己心の原理を説いた『国富論』を共感の原理を説いた『道徳感情論』で補うのだ、といった把握にとどまるのであれば、それは決定的に不充分であるといえるでしょう。全く別の原理を説いた2つの著作を統一的に把握するということではなく、スミスが構築しようとした哲学体系の全体像を念頭に置きつつ、『国富論』も『道徳感情論』も、同じ根っこから伸びてきた2つの幹として、捉えていかなければならないのです。そのような観点から、『国富論』そのものについて、単に利己心の原理を説き、市場の調節機能の素晴らしさを賞賛しただけのものなのか、検討していく必要もあるでしょう。

 本ブログでは、これまで一連の論稿を通じて、スミスが構想した哲学体系の全体像を明らかにしようと試みてきました。大きくいえば、スミスは、自然について人類が歴史的に成し遂げてきた究明の成果をしっかりと学んだ上で、想像上の立場(境遇)の交換によって成立する共感を、社会と精神(学問・芸術一般)におけるバラバラの諸現象を結合していくための原理として位置づけ、歴史的に発展してきた社会および精神(学問・芸術)について体系的に筋を通して把握することを志していたわけです。スミスは、具体的な社会問題を解くにしても、この世界(宇宙)全体には一般的な法則性が貫かれている――宇宙は一般法則に支配され、それ自身およびそのなかにいる全ての種の保存と繁栄という一般的な目的を目指して運動するまとまった体系である――という観点から、全体のなかの部分としての位置づけを明確にしながら解いていこうという姿勢をもっていたのでした(*)。もう少し具体的なレベルでいえば、『国富論』が『法と統治の一般的諸原理と歴史』とでも題されるべき未完の大著の一部でしかなかったことも明らかにしてきました。ハッキリいえば、現代の私たちがイメージするような経済学の本としてではなく、法学の本の一部分として構想されていたものが、『国富論』として結実したのでした。

 こうした観点を踏まえて『国富論』を読み込んでいくならば、その印象は大きく異なってくるはずです。確かに、スミスの『国富論』には、政府による経済への恣意的な介入に対する批判がみられます。同時に強調されなければならないのは、スミスの『国富論』は決して国家(政府)を考察対象から除外しようとはしていなかったということです。『国富論』において、スミスは、政府の経済への恣意的な介入が排されたとしても、政府がなすべき仕事はなお存在するとして、国防、司法、公共事業の3つをあげているのです。

 さらにいえば、政府による経済への恣意的な介入の排除という主張自体も、さらに深く突っ込んで検討される余地があります。スミスにおいては、目的はあくまでも、社会全体の利益の実現であったことを見失ってはなりません。その目的を達成する手段として、政府の恣意的な介入の排除が主張されているにすぎないのです。それでは、スミスが「見えざる手」によって実現されるとした社会全体の利益とは何だったのでしょうか。また、目的達成の手段として、政府による恣意的介入の排除が主張されなければならなかった歴史的条件とはどういうものだったのでしょうか。これらの問題について、突っ込んで検討していく必要があるでしょう。

 そのような検討を踏まえれば、「アベノミクス」をアダム・スミスの名前を出して批判するにしても、単に「統制経済だ!」「社会主義的な経済政策だ!」「市場原理に反する!」というレベルにとどまらない、もっと深く突っ込んだ批判が可能になってくるはずです。

 1776年に初版が出版された『国富論』(正式なタイトルは『国の富の本質と原因に関する研究』、原題:An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations)の冒頭には、「序論および本書の構成」と題された文章が置かれ、以下のように書き始められています。

国民の年々の労働こそ、生活の必需品または便益品(conveniencies)として、その国民が消費する全てのものを本来的に産み出す源泉である。消費される必需品や便益品は、国内の労働の直接の生産物か、そうした生産物によって国外から購入したものである。


 国(nation)の富とは金銀などではなく、国民が日々の生活において消費するモノ(必需品+便益品)であり、その源泉は国民自身の労働にほかならない、というわけです。要するに、国民の労働のあり方こそが『国富論』の研究対象として設定されているのだ、ともいえるでしょう。スミスは、以下のような5つの篇によって、国の富の本質と原因に関する研究を進めていきます。

第1篇 労働の生産力における改善の要因と、生産物が各階級に分配されていく際の自然な秩序について
第2篇 資本の性質、蓄積、用途について
第3篇 国によって豊かさへの道筋が異なることについて
第4篇 政治経済学の諸体系について
第5篇 主権者または国家の収入について


 本稿では、アダム・スミスの哲学体系の全体像を念頭に置きながら、こうした『国富論』の全体像について、概観していきたいと考えています(**)。

(*)本ブログに2013年9月2日から掲載した「アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う」を参照して下さい。

(**)『国富論』の原文は例えば以下で読むことができます。本稿における『国富論』からの引用文は、筆者が訳したものですが、大河内一男監訳(中公文庫)および山岡洋一訳(日本経済新聞出版社)を大いに参考にしました。
http://www.econlib.org/library/Smith/smWNCover.html
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2016年11月10日

アダム・スミス『国富論』を読む(1/13)

(1)「統制経済」だと批判される「アベノミクス」

 2012年末に発足した安倍政権は、日本経済の再生を掲げていわゆる「アベノミクス」を進めてきました。しかし、政権発足から4年近くたった現在でも、世論調査では7〜8割の人々が景気の回復を実感していない、と答えています。こうした状況に対して、安倍首相は「アベノミクス」はまだまだ「道半ば」なのだと主張しています。

 この「道半ば」という捉え方を強く印象付けたのが、先日、日本銀行(以下、日銀)が行った「総括的な検証」なるものでした。日銀は、9月21日の政策決定会合において、2013年4月以来、3年半に及ぶ「量的・質的金融緩和」(いわゆる異次元金融緩和)についての「総括的な検証」を行い、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」と称する「金融緩和強化のための新しい枠組み」を決定したのでした。

 そもそもこの異次元金融緩和なるものは、2013年1月22日、政府(安倍政権)と日銀(当時の総裁は白川方明氏)との共同声明で、「物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%とする」「上記の物価安定の目標の下、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現する」とされたことが出発点になっています。こうして、「アベノミクス」の「第一の矢」として、大胆な金融政策(金融緩和)が位置づけられたわけです。同年4月4日、日銀が「量的・質的金融緩和」の導入を正式に決定した際には(総裁は黒田東彦氏に交代していました)、この物価安定目標を「2年程度の期間」で達成する、と宣言されました。

 そもそも金融緩和というのは、民間金融機関の保有している諸々の金融資産を日銀が買い取り(いわゆる「買いオペ」)、その代金をそれぞれの金融機関が日銀に開設している預金口座(この口座にあるお金が日銀当座預金)に振り込む、という方法で行われています。逆に、日銀の保有する金融資産を民間金融機関に売り(いわゆる「売りオペ」)、その代金を日銀当座預金から引き落とすのが金融引き締めの方法です。こうして民間金融機関への資金供給をコントロールすることで、民間金融機関どうしの短期の資金貸借にかかる金利(とりわけ1日で満期を迎える「無担保コール翌日物金利」)を操作しようというのが、いわゆる「伝統的」な金融政策でした。しかし、「非伝統的」といわれる「量的・質的金融緩和」においては、金利ではなく、民間金融機関からの資産の買取そのものの量と質が焦点となります。民間金融機関から多様な質の金融資産を大量に買い取って、「マネタリーベース」(日銀が市場に供給するお金の量、具体的には、実際に流通している現金すなわち紙幣〔日銀券〕と硬貨に、日銀当座預金残高を加えたもの)を2年間で2倍に拡大しようというのが、2013年4月に導入された日銀の「量的・質的金融緩和」の方針でした。「量的」というのは、まさにマネタリーベースの量そのものを操作目標にするということであり、「質的」というのは、そのために日銀が買い取る資産の質も多様なものにするということ、ハッキリいえば、短期の国債に加えてよりリスクの高い長期国債(国債は満期までの期間が長いほど価格変動リスクが大きくなります)や上場投資信託(ETF)なども積極的に購入していこうということです。こうした異次元金融緩和のもとで、民間金融機関の日銀当座預金の残高は、2013年4月には61.9兆円だったのが、2016年9月末には300.1兆円と、およそ4倍以上も増えたのでした。

 しかし、決定的に重要なのは、世間に実際に流通しているお金、いわゆる「マネーストック」(現金+預金)です。実は、マネーストックの代表的な指標であるM3(*)は、2013年4月の1147.3兆円から2016年9月の1263.4兆円まで、ほとんど増えていないのです(1.1倍)。マネタリーベースは激増したもののマネーストックはほとんど増えていないというのは、要するに、日銀が民間金融機関に対して膨大な資金を供給したにもかかわらず、それは日銀当座預金として積み上げられたままで(これは「ブタ積み」と呼ばれています)、一般企業や個人への貸し出しにはほとんどまわっていない、ということを意味します。

 このため、日銀の「量的・質的金融緩和」は、実際の物価の動向にはほとんど影響を与えませんでした。日銀は、2015年4月以降、目標時期の先送りを繰り返し(**)、2016年1月には、日銀当座預金の一部にマイナス0.1%の金利を付すという「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入にまで踏み込んだのですが、直近の統計(2016年7月)でみても、消費者物価の前年比上昇率は0.5%にとどまっています。期待された通りの成果を挙げていなからこその、「総括的な検証」だったわけです。そこでは、物価上昇率2%という目標が達成できなかった理由として、@2014年夏以降の原油価格の下落と消費税率の引き上げ後の需要の弱さ、A2015年夏以降の新興国経済の減速とそれを受けた世界的な金融市場の不安定化、という「逆風」が指摘されました。しかし、これらは日銀の政策でどうにかできる問題ではなく、そもそも金融緩和で物価上昇を実現しようと考えたこと自体が間違いだったのではないか、という疑問が浮かんできます。

 ところが日銀は、この「総括的な検証」を踏まえつつ、2%という「物価安定の目標」をあくまで下ろさず、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入することを決定したのです。これは、短期の金利のみならず長期の金利までも操作してしまおう、という前代未聞の政策です。具体的には、短期金利をマイナス0.1%に維持する一方、長期金利(残存期間10年の国債の利回り)を0%程度に誘導しようというのです。通常、短期の金利は低く、長期の金利は高くなります。縦軸に金利、横軸に期間をとったイールドカーブと呼ばれる曲線は右上がりとなるわけです。しかし、この間、日銀が長期国債を積極的に購入し続けたことで、長期の金利が下りすぎて、本来は右上がりであるはずのイールドカーブが平坦になってしまっていました。こうなると、保険や年金の運用が難しくなるといった副作用が出てきますから、イールドカーブがきちんと右上がりになるように、短期金利のみならず長期金利までも操作対象にしようというのが、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」なのです。

 長期金利を操作するということについて、「日本経済新聞」の連載「日本国債 見えざる手を冒す(1)」(2016年10月6日付朝刊)では、以下のように述べられています。

長期金利は経済の力強さや財政の健全さを示すその国の体温計。人々のインフレ予想や財政リスクに左右される。「長期金利を操ろうなんて傲慢だ」。日銀内にも不安を残したまま「官製固定相場」が走り始めた。
 日本国債の利回りである長期金利。「神の見えざる手」が決める市場の均衡に逆らう試みはいつか限界を迎える。


 「見えざる手」に逆らってまで長期金利を操ろうというのは傲慢であり、いつか限界を迎えるだろう、と警告を発するのです。この「見えざる手」という言葉が、もともとはアダム・スミスの『国富論』に登場するものであることはいうまでもないでしょう。

 本来は自由であるべき経済活動に介入して無理やり何らかの結果を出そうとする――これは、大胆な金融政策という「第一の矢」に限らず、「アベノミクス」全般にいえる特徴ではないか、とみる向きもあります。「毎日新聞」(2015年10月30日付夕刊)の「続報真相 アベノミクスは統制経済か」は「本来、企業活動は自由なはずだが、2年連続で経済界に賃上げを要請した「官製春闘」に続き、設備投資を促したり、携帯電話の料金引き下げを求めたりしているのだ。アベノミクスとは「統制経済」なのか」として、識者の声を紹介しています。例えば、以下のような具合です。

エコノミストの田代秀敏さんは介入は短絡的な発想だと批判する。「企業が国内の設備投資になぜ消極的なのかを考えるべきです。人口が減り、人手不足も深刻な中、生産設備は増やせないし、生産拠点を成長する海外から縮む国内へ再び戻すのも難しい。経済活動への政府の介入は、民間が受け入れない限り必ず失敗する、というのがアダム・スミスの『国富論』以来の経済学の成果なのです。市場機構は万能ではないが、市場原理に反する政策は手ひどい結果を招く」  
アベノミクスの問題点を指摘している早稲田大ファイナンス総合研究所顧問の野口悠紀雄さんは、安倍政権の経済政策を「社会主義的な経済政策」と見ている。そして「旧ソ連がどうなったかを振り返れば分かるように、そのような経済政策は企業の効率性を阻害し、結果的に国を貧しくするだけ。誤った政策です」と手厳しく批判する。
 しかも重大な介入はまだあるという。「日銀の独立性を尊重せずに金融緩和を進め、為替レートを政治的に動かして円安状態をつくり出したり、公的資金の年金資金を株式市場に投入し、株価を支えたりしていることも経済活動への介入で、いずれも間違っています」と、野口さんは顔をしかめるのだ。


 このように、いわゆる「アベノミクス」については、本来は自由であるべき経済活動にことさら介入する「統制経済」的な手法なのではないか、という批判が少なからずなされているのです。安直に経済活動への政府の介入を行う「アベノミクス」は、アダム・スミスの『国富論』以来の経済学の成果を踏まえていない、というわけです。

(*)M3=現金+預金通貨(当座預金、普通預金などの要求払い預金)+準通貨(定期預金や外貨預金など)+譲渡性預金。

(**)日銀は、2016年11月1日に公表した「展望レポート」(経済と物価の最新の見通し)で、実に5回目となる目標先送りを行い、「平成30年度ごろになる可能性が高い」として、黒田総裁の現在の任期(2018年〔平成30年〕4月8日まで)中には物価目標の達成は困難だという見通しを示すに至りました。
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2016年11月09日

掲載予告:アダム・スミス『国富論』を読む

 本稿では、明日より「アダム・スミス『国富論』を読む」と題した論稿を掲載していきます(全13回)。『国富論』(正式なタイトルは『国の富の本質と原因に関する研究』、原題:An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations)といえば、経済学の古典中の古典であり、一般的には、「見えざる手」という言葉によって、政府の恣意的な経済介入を批判し、資源と労働の配分を市場経済の機能に委ねるべきことを主張したものだとして受け止められています。

 しかし、この『国富論』は、現代の私たちがイメージするような経済学の本としてではなく、もともとは法学の本(『法と統治の一般的諸原理と歴史』とでも題されるはずだった未完の大著)の一部分として構想されていたものでした。

 確かに『国富論』には、政府による経済への恣意的な介入に対する批判がみられます。同時に強調されなければならないのは、スミスの『国富論』は決して国家(政府)を考察対象から除外しようとはしていなかったということです。『国富論』において、スミスは、政府の経済への恣意的な介入が排されたとしても、政府がなすべき仕事はなお存在することを力説しています。

 さらにいえば、政府による経済への恣意的な介入の排除という主張自体も、さらに深く突っ込んで検討される余地があります。スミスにおいては、目的はあくまでも、社会全体の利益の実現であったことを見失ってはなりません。その目的を達成する手段として、政府の恣意的な介入の排除が主張されているにすぎないのです。それでは、スミスが「見えざる手」によって実現されるとした社会全体の利益とは何だったのでしょうか。また、目的達成の手段として、政府による恣意的介入の排除が主張されなければならなかった歴史的条件とはどういうものだったのでしょうか。そしてまた、こうしたスミスの主張は、現代の経済のあり方に対して、如何なる示唆を与えるものなのでしょうか。

 本稿では、『国富論』の全体を概観しながら、これらの問題について突っ込んで検討していくことにしたいと考えています。

 以下、目次(予定)です。

序論
(1)「統制経済」だと批判される「アベノミクス」
(2)アダム・スミスは自由放任を主張したのか
本論
1、分業と資本蓄積について
(3)分業による生産力の発展について
(4)各階層への生産物の分配――賃金、利潤、地代
(5)資本の配分と労働の配分
2、経済史および経済思想の批判的検討
(6)ローマ帝国崩壊後、豊かさへの自然な道筋はどう歪められたか
(7)国民と国をどのように豊かにするか――経済政策の考え方@
(8)国民と国をどのように豊かにするか――経済政策の考え方A
3、国家の財政支出と財源調達について
(9)政府のなすべき仕事――国防と司法制度の確立について
(10)政府のなすべき仕事――公共事業について
(11)政府の経費はどのように調達されるべきか
結論
(12)スミスは強者の利益のために経済が歪められることに反対した
(13)国民の富の持続的再生産という観点が必須である
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2016年05月28日

『吉本隆明の経済学』を読む(5/5)

(5)吉本は思想家として経済の諸問題に挑んでいった

 本稿は、従来の経済のあり方が行き詰まってきており、そこから脱却するための道を示す理論が切実に求められているという状況を念頭に、そのヒントを「吉本隆明の経済学」に探っていこう、というものでした。ここまで、新しい経済学体系の構築に向けて吉本の「経済学」が如何なる示唆を与えるか、という観点から、価値論の問題、消費社会論の問題、歴史的展望の問題という3つの柱を立てて、『吉本隆明の経済学』に収録されている文章の内容を紹介してきました。ここで、簡単に振り返っておくことにしましょう。

 まず、価値論の問題をめぐっては、吉本隆明さんがマルクスの商品価値論をヒントにして言語価値論を構築したこと、そこからさらに両者を含む普遍的な価値論の構築の必要性を示唆したこと、三木成夫の身体構造論をヒントにして使用価値と交換価値との密接不可分な絡み合いを捉えるべきだと指摘したこと、古典派経済学の歴史において経済学的な価値概念が形成されていく過程(対象にかかわっての諸々の感情が削ぎ落されてしまう過程)を辿ることを通じて、普遍的な価値論構築の必要性を確認したこと、などをみました。

 次いで、消費社会論の問題をめぐっては、吉本さんがマルクスの「生産は直接消費でもある」という命題に徹底して依拠しながら、生産と消費の分離によって産業が高次化していく過程を描いてみたこと、複雑に編み上げられた生産と消費の網の目構造が出来上がってくることで、諸々のモノ(商品)からの感覚的な反映が薄くなり、消費の対象がどのように生産されたものかがほとんど見えなくなってしまうことで、人々の心が非常に不安定になってしまう、と論じていたことをみました。

 さらに、歴史的展望の問題をめぐっては、吉本さんが、未開の原始社会と未来の高度社会の双方において贈与価値というものが大きな役割を果たす(であろう)ことを指摘し、交換価値によって発展していく社会、換言すれば、貨幣が主導する経済社会のあり方というのは人類史のごく一部分を覆うものにすぎないのであることを確認した上で、より根源的な価値のあり方(いわゆる「無形の価値」をも含めたもの)を、生産・再生産の構造に即して構想していく必要があることを強調していたことをみました。

 以上、本稿でこれまで説いてきた流れを簡単に振り返ってみました。

 以上でみてきたような「吉本隆明の経済学」の根底にあったのは、やはり何といっても、普遍的な価値論の構想であったといえるでしょう。吉本さんは、目的意識的に自然に働きかけることで自然を能動的に変革していくという人間の本質的なあり方、換言すれば、社会的な労働によって自然を変革するとともに自己を変革し国家的なレベルで文化を発展させていく、という人間の本質的なあり方をまるごと捉えことのできる普遍的な価値論を強く求めていたのだといえるのです。吉本さんは、こうした大きな観点から、未開の原始社会から未来の高度社会まで、人類史の全体に筋を通して把握しようとしていたのであり、未来の高度社会の一歩手前というべき現代資本主義経済の現実、すなわち、消費資本主義の現実へと切り込んでいこうとしていたのだといえます。こうした吉本さんの経済論は、マルクスの議論に大きく依拠したものでありながらも、俗流的なマルクス主義のような経済還元主義とは全く異なって、社会的な認識のあり方の問題にも正面から挑んでいこうとするものでありました。

 端的にいえば、「吉本隆明の経済学」とは、世界全体の歴史的発展を視野に入れつつ、とくに社会的認識に着目して経済を捉えていくべきことを強く示唆するものであったということもできるでしょう。総じていえば、吉本さんはあくまでも思想家として、すなわち、現実世界が突き付けてくるあらゆる問題について、自分なりの筋を通した(自分自身が納得できるレベルの)解答を与えようと苦闘するなかで、諸々の経済の問題にも挑んでいったのだといえるのです。この世界をどのように捉えるか、人間とはそもそも如何なる存在なのか、といった根源的な問いかけから、経済の諸々の問題が解かれていったのでした。

 吉本隆明さんのこうした思想家としての姿勢は、『吉本隆明の経済学』第8章後半の「世界認識の臨界へ」における以下の発言に、非常に鮮明に示されているといえます。

「いま自分の歩き方を考えてみると、戦争中から戦争が終わったときにかけて、大転換期を体験しました。それは目に見える動乱と混乱でした。現在は目に見えない大混乱と大転換の時期だとおもいます。
 これはまったくだめで間違ったな、という体験をしたのは、第二次大戦の終わり、つまり太平洋戦争の敗戦とその直後のことでした。これは徹底的にだめだったなとおもったのは、世界把握の方法を自分はまったく持ってなかったということでした。つまり主観的あるいは内面的だった文学青年にすぎなかったなということです。世界という外在をつかむことに関心も少なかったけれど、そのつかみ方すらわからなかった。だからうまく外側から権力者や同伴者のいうことに乗せられたと思います。
 現在、ぼくは世界的な規模で、敗戦にぶつかっているんだとみなすのが世界把握としてはいちばん考えやすいし、正確だとおもっています。内面さえ深めてゆけば人間はいいんだという考えはまったくだめだったというのが、戦後にいちばん考えたところです。現在までのところ半分は正確に世界をつかんできたとおもっています。そして半分はやっぱり、これはちょっとまいったな、よほど徹底して考えないと、現在のこの転換期の世界はうまく把めない。そんな問題が世界的な規模で目の前におかれているというのがぼくの現状理解の仕方です。」(『吉本隆明の経済学』pp.336-337)


 ここで吉本さんは、敗戦によって自身の価値観を根本からひっくり返されるような強烈な体験をしたことを率直に語っています。軍国青年として軍国主義的な価値観を一途に信じていたからこそ、敗戦という体験が強烈だったのであり、それが思想家としての大きな飛躍につながっていったのだといえるでしょう。吉本さんは、「内面さえ深めてゆけば人間はいいんだという考えはまったくだめだった」と語っています。社会的な現実に対して無関心な文学青年であったために、権力者やその同伴者のいうことに乗せられてしまった、という自分自身のあり方への痛切な反省の弁です。こうした深刻な反省を踏まえて、世界把握の方法を自分なりにしっかりと持たなければならない、という強烈な意志を抱いたこと、これこそが思想家・吉本隆明の原点なのです。

 ここで吉本さんは、「現在までのところ半分は正確に世界をつかんできた」ものの、残りの半分はうまくつかめない、と語っています。世界の半分は分かったけれども、残りの半分はまだ分からない――自身の到達点をこのように客観的に評価できるというのは、括目すべきことです。我々はここに、思想家・吉本隆明の凄まじい実力の程をまずは見てとるべきでしょう。

 同時にこの発言は、思想家・吉本隆明の限界を示したものとして受け止めておく必要もあるでしょう。主体的に捉えなおすならば、吉本隆明さんから我々に遺された課題を示したものだ、ということになります。その課題とは、もちろん、吉本さんがつかめなかった世界の残りの半分をどのようにつかんでいくか、ということにほかなりません。そのためには、自分自身が納得できればよい、というレベルを超えて、他者との徹底した討論を通じて社会的な共有財産となる概念を創出し、体系を構築していくという方向に向かっていくことが必要だといえるでしょう。

 本稿の連載第1回でみたとおり、現在、世界の資本主義経済は深刻な行き詰まりに直面しています。本稿の連載第3回の注で紹介した「これ〔相対的な貧困、すなわち格差――引用者〕が解けないってことが明らかになった時に、たぶん資本主義っていうのは本当のピンチを迎えるだろう」という吉本さんの言葉が、いよいよ現実味を帯びてきているのです。まさに「世界的な規模で、敗戦にぶつかっている」というような、大混乱と大転換の時期であることが、ますます鮮明になりつつあるといえるでしょう。貨幣(交換価値)が主導する経済社会のあり方を乗り越えて、生産と消費との密接な繋がりを回復した全く新しい経済のあり方を構築していくことが、人類史の大きな課題として浮上してきています。そのための理論的指針となる経済学体系の構築が急務です。

 世界全体に筋を通して主体的に捉えていくという吉本隆明さんの見事な思想家魂をしっかりと継承しつつ、研究会内での徹底した討論を通じて、社会的な共有な財産となる諸々の概念を創出しながら、人類史の新しい段階を切り拓く指針となるような経済学体系を構築すること――このことを筆者の大きな課題として確認して、本稿を終えることにします。

(了)
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2016年05月27日

『吉本隆明の経済学』を読む(4/5)

(4)吉本は未開の原始社会から未来の高度社会までを見通そうとした

 前回は、吉本さんが生産と消費の分離という観点から産業の高次化の問題を論じていたことをみましたが、吉本さんは、こうした産業高次化の流れは自然史の延長のようなもので、人間がそれを促進したり遅くしたりということはできたとしても、こうした流れそのものは動かすことのできない必然的なものだ、という考え方をもっていました。こうした考え方が鮮明に出ているのが、「第5章 現代都市論」と「第6章 農業問題」に収録された文章です。

 「第5章 現代都市論」において吉本さんは、ひとつのビルあるいは都市がどうなっており、どうなっていくかは、国家や社会がどうなっておりどうなっていくかに対応している、という興味深い発想の下、ひとつのビルあるいは都市において、第一次産業、第二次産業、第三次産業を如何なる割合で混合させるのがよいのか、という問題を提起しています。国家(社会)における第一次産業、第二次産業、第三次産業の比率はどうあるべきなのか、という問題を、ビルあるいは都市のあり方という問題を通じて考えていくことができるのではないか、というのが吉本さんの発想なのです。これがどれほどの妥当性をもつかはさておき、ここで注目したいのは、吉本さんが、国家(社会)の理想像については専門家の頭脳で如何様にも構想することができるとしても、文明史の自然の方向性というものは、どんな独裁的な政権でも強制的に変更することはできないのだ、と強調していることです。

 こうした考え方は、「第6章 農業問題」において、より鮮明な形で表現されています。吉本さんは「ぼくはマルクスの徒です。マルクスは経済史は自然史の延長なんだ、だから経済史は、人為的には動かせないんだといっています」(『吉本隆明の経済学』p.250)とした上で、以下のように述べています。

「徐々に、あるいは一挙に変えられるのは、政治とか制度とか、ぼくの言葉でいえば、共同幻想に属するものだけは、やり方によっては一挙にかえることもできる。しかし、自然史の延長としての経済史、経済の進展は、一挙に変えることはできない。これは自然に変わる以外にはないのです。そして自然に変わる必然に対して、人間がもっといいことをもっと早くさせようとするなら、それを促進したり、遅くしたりということは、もちろん人為的に可能ですけど、自然史全体の流れとしての経済史を動かすことはできないのです。ぼくだったら、そのことを根底に踏まえたうえで議論を進めるとおもいます。」(同、p.251)


 このように吉本さんは、経済史には人間の意志から独立した必然性というものがあることを強調するのです。ですから、こうした必然性を無視して、都市が栄えるためには農村をぶち壊せとか、農村を保持するために都市の横暴をぶち壊せとかいう議論をしても不毛だ、と考えられることになります。

 こうした吉本さんの主張は、ごく単純化していえば、国家社会を政治的な領域と経済的な領域とに切り分けた上で、前者は人間の意志で変えることができるが、後者は人間の意志で変えることはできない、と主張するようなものであり、その妥当性には疑問符をつけざるをえません。しかし、経済問題、とりわけ農業問題や環境問題についての議論に主観的な願望レベルの主張を持ち込むことを戒め、経済の歴史的な発展の方向性を素直に捉えることの大切さを強調したものとしては、重く受け止めるべき内容を含んでいるといえるでしょう。

 「第7章 贈与価値論」では、未開の原始社会と未来の高度社会の双方を視野に入れた議論が展開されています。未開の原始社会については、主にマリノウスキー(ポーランド出身のイギリスの文化人類学者)やモース(フランスの社会学者、文化人類学者)の研究に依拠しながら、未開人の性生活に関わって、贈与の問題が考察されています。マリノウスキーやモースは、ポリネシアやミクロネシアの原住民の生活が、交換や交易ではなく、贈与と返礼の制度化によって成り立っていることを明らかにしたわけですが、吉本はそうした物質的な贈与や返礼の根底に、母系社会に特有な霊魂の贈与という観念が存在することを確認しているのです。

 吉本さんは、夫が色々な氏族からたくさんの妻を迎えると、霊威が積み重なって強化され、妻の出身氏族に対する権威、権力を獲得するようになるのだ、とした上で、これこそがアジア的専制君主の起源(民衆の贈与としての貢納制の成立)である、と説きます。吉本は、アジア的専制君主というのは、非常に恐れられる存在であると同時に、仁慈にあふれる父のようにみなされる側面もある、という二重性を指摘しているが、非常に説得力ある議論だといえるでしょう。

 一方、未来の高度社会については、まず、第三次産業が主要な産業となり消費のうち半分以上が選択消費になっている、という消費資本主義の定義が確認された上で、消費資本主義が進めば世界が消費する地域と農業生産担当地域に二分割されてしまうが、前者と後者の関係は交換価値ではまともに繋ぐことはできず、前者が後者に贈与しなければならないのだ、という提起がなされています。交換価値論ではなく贈与価値論を形成しなければ、これからの世界の問題に対処できない、というわけです。先進国から途上国への援助あるいは貸し付けたはずの金が一向に返済されていないという形で、現に贈与が始まりつつあるのではないか、との指摘もなされています。こうした贈与について吉本さんは、交換価値論的にいえば無償でやってしまうことでしかないが、それに対応して無形の何ものか(無形の価値)を受け取っていることになるのではないか、と示唆します。

 吉本さんはここで、マルクスの発想に触れながら、価値形態論(交換価値論)ではなくて生産論・再生産論でいこう、という表現もしています。マルクスが展望した共産主義では、計画的な生産・消費が行われるようになり、生産と消費との密接な繋がりが回復されるために、貨幣(交換価値の実存形態)が存在する必要性が消滅してしまうことになっていますが、吉本さんのいわゆる贈与価値論というものが、こうした展望にも通じるものであることが示されているといえるでしょう。

 以上でみてきたように、吉本さんは、未開の原始社会と未来の高度社会の双方において、贈与価値というものが大きな役割を果たすことを指摘するのです。交換価値によって発展していく社会、換言すれば、貨幣が主導する経済社会のあり方というのは、人類史のごく一部分を覆うものにすぎないのであることを確認した上で、より根源的な価値のあり方(いわゆる「無形の価値」をも含めたもの)を、生産・再生産の構造に即して構想していく必要があることを強調したものとして、重く受け止めるべきでしょう。

 「第8章 超資本主義」には、1990年代前半の吉本さんの発言が収められています。そこで吉本さんは、国家が行う不況対策の問題、社会主義国家圏の崩壊の問題などに触れながら、消費資本主義と国家の関係の問題を論じています。

 第8章前半の「超資本主義の行方」は、バブル崩壊による日本経済の低迷が深刻化し始めたころ(いわゆる「失われた20年〔25年〕」の初めのころ)に書かれたものです。ここでは、いわゆる消費資本主義論、すなわち、個人の消費支出、企業総支出の半分以上が選択的なものになっているということを前提に、個人消費を喚起するような、企業の設備投資への意欲を刺激するような対策でなければ効果を発揮しないこと、また、公共投資をするならば、第三次産業が国内総生産的にも労働人口的にも過半を占める現状を踏まえて、第三次産業の分野(具体的には、大学や研究所施設、教育、医療、福祉の整備など)に公共投資の大半を振り向けるべきことなどが指摘されています。こうした政策の内容自体は、正統的なケインズ経済学(俗流化された“土建ケインズ主義”ではなく)から出てくる対策とほぼ同じもので、非常にまともなものである、と評価しうるものです。現代からみれば、取り立てて珍しい主張ではないかもしれませんが、バブル崩壊の直後に、「ど素人のくせに」(p.292)、こうした非常に的を射た不況対策論を展開できたというのは、吉本さんの慧眼を示すものとして評価しておくべきでしょう。

 しかし、こうした不況対策論に関連して、吉本さんが、経済学は支配の学であってはダメであり、国民大衆の自己支配による自己統御でなければならないのだ、と強調していることは注目されます。ここには、国家が大衆を管理・統制することへの吉本さんの強烈な反発がにじみ出ているのです。

 同様の問題意識は、第8章後半の「世界認識の臨界へ」において、社会主義国家圏の同様の問題を論じた個所にも表れています。ソ連・東欧圏の問題は国家と大衆の本質的な問題を露出させたものだとして、吉本さんは、大衆が意識的に国家を変え、歴史を変えるにはどうすればよいのか、という問題を提起するのです。

 こうした国家観(国家による統制への反発)は、吉本自身の軍国少年としての戦争体験、そこからの痛切な反省が根底にあるものだといえるでしょう。これはこれで傾聴すべきものを含んでいるといえますが、学問的に経済学を考えるならば、国家レベルでの生活の生産再生産過程の統括という視点は絶対に欠かせないものであることは確認しておきたいところです。
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2016年05月26日

『吉本隆明の経済学』を読む(3/5)

(3)吉本は消費が主導する経済のあり方をつかもうとした

 前回は、吉本隆明さんが、商品価値論をヒントにして言語価値論を構想し、さらに両者を含む普遍的な価値論の構築の必要性を示唆したことをみました。

 今回は、吉本さんの消費資本主義論についてみていくことにしましょう。吉本さんは、およそ1980年代以降の先進国の資本主義について、マルクスが眼にしていた資本主義から大きく変貌した「消費社会」あるいは「消費資本主義」として、その特質をつかもうとしました。しかし、吉本さんは、その消費資本主義という現実に斬り込むに際して、徹底してマルクスの論理に依拠しようとしたのです。「第4章 生産と消費」に収録された文章において吉本は、「生産は直接消費でもある」という『経済学批判序説』に登場する命題が如何なるものなのか徹底して検討した上で、それを現実の経済の構造を解いていくための武器として使おうとしているのです。

 マルクスの「生産は直接消費でもある」という命題は、「消費は直接生産でもある」という命題を伴うものであり、生活資料の生産は原料あるいは人間の労働力の消費でもあり、生活資料の消費は人間(身体と精神)の生産でもある、ということを意味しています。吉本さんは、生産が直接消費でもあり消費が直接生産でもあるというようなことは、何よりもまず、いわゆる生産の場面といわゆる消費の場面とが時間的にも空間的にも隔離していない「凝集と反復」によってこそ成り立っていたのだ、と主張します。これは、家族共同体のなかで生産も行われれば消費も行われる、という状態、自給自足を基本とする家族共同体の生活のあり方を指しているのでしょう。家族が生産の場でもあれば消費の場でもあり、家族が生産の主体でもあれば消費の主体でもあるというような状態であれば、何が生産であり何が消費であるのか、明確に区別することはできず、全てが渾然一体となっています。

 吉本さんは、こうした「凝集と反復」状態を出発点に、凝集が分散へ、反復が方向性へと転化されていく、という流れを描こうとします。これは、生産らしい生産と消費らしい消費とが分離していく過程、より具体的にいえば、ここは生産するための場所(例えば工場)、ここは消費するための場所(例えばレストラン)、という分離が社会通念として出来上がっていく過程のことだといえるでしょう。もちろん、そのような状態でも、生活資料の生産が原料や人間の労働力の消費であり、生活資料の消費が人間の生産である、ということ自体には変わりはありません。しかし、人間は、生産活動が身体の消費であることには(疲労が極端にならない限り)無意識になるし、消費(食べたり遊んだり)が身体の生産であることにも無意識になってくる、と吉本さんはいいます。生産の場面と消費の場面が大きく隔たることで、生産=消費、消費=生産というマルクスの概念は、実感しにくくなってしまう、というわけです。

 吉本さんは、こうした生産と消費との分離を、生産と消費との時間的な遅延および空間的な遅延である、と特徴づけ、この時空的な遅延こそが産業社会の高度化(高次化)のカギを握っている、と論じています。大きくいえば、第一次産業(農林漁業)中心の社会から第二次産業(製造業、建設業)、第三次産業(卸小売、流通、金融、サービス業)中心の社会へ、という過程が進行していくわけです(*)。こうした産業の高次化の要素として、吉本さんは、高付加価値化、生産手段の高度化(生産工程の改善)、関連技術の開発、多角化などをあげます。自動車を例にとれば、自動車に情報関係の機器を取り付けたり(高付加価値化)、組み立て工程を改善して多品種少量生産のシステムを確立したり(生産工程の改善)することであり、また、カー・エレクトロニクス装置を開発したり(技術開発)、またそのことによって他の産業分野との連結が生じたり(多角化)することです。このように、ひとつの産業分野のなかで生産工程の改善などが進んでいくこと、また、他の諸々の産業分野との間に網状の連結が形成されていくこと、この2つの側面で産業の高次化が進んでいくのだと吉本さんは捉えています。

 吉本さんが重視しているのは、こうした産業の高度化の過程につれて、消費の質が大きく変わっていくということです。すなわち、生存を維持するための「必需的消費支出」中心の状態から、必ずしも生存維持に必要ではない「選択的消費支出」へ重点が移っていき、それがさらに選択的な商品支出(家電製品、乗用車、衣料品等)と選択的なサービス支出(旅行、カルチャー・センター、外食等)とに分岐してゆく、というわけです。必需的消費はその絶対量を増大させながらも、消費全体に占める割合を低下させていきます。こうして、選択消費(生存維持に必須でない消費)が全消費額の50%を超えれば、それが消費社会の指標である、と吉本さんはいいます。

 吉本さんは、こうした消費社会(高度産業社会)が、平等な消費可能性へ万人を近づけ、格差をなくしていったことを強調します。例えば、テレビ、自動車、ステレオなど以前は特権的な階層にしか手に入らなかったものが、いまでは一般大衆でも手に入れられるようになった、というわけです。吉本さんは、こうした立場から、平等への格差の縮まりはうわべだけで社会的矛盾や不平等の内在をおしかくしている、というボードリヤール(『消費社会の神話と構造』によって知られるフランスの現代思想家)を厳しく批判します。上級官吏は自動車3台をもつことができるのに肉体労働者や農民は自動車1台しか購買できないといった格差は、特権的な上級者は自動車1台を購買できるのに農民や肉体労働者は車をもつことができないといった格差とは雲泥の差があるのであり、消費社会によって社会的矛盾や不平等の一部が解消されたことは紛れもない事実ではないか、というわけです(**)。

 しかし、だからといって吉本さんは、消費社会を手放しで賞賛しているわけではありません。吉本さんは次のように述べています。


「第三次産業以後において、わたしたちは生産が物(商品、製品)の手ごたえ、感覚的な反射から距てられたところからうまれる不定さ、視覚的、触覚的な物の、映像化による非実在感などに由来する不安に対応する方法をもちあわせていないこと。ボードリヤールの見解と反対に、消費行動の選択に豊かさや多様さ、格差の縮まりなどが生じていること。そこに核心があるようにおもえる。もっといえばこういう消費社会の肯定的な表象の氾濫に対応する精神の倫理をわたしたちはまったく編み出しておらず、対応する方途を見うしなっているところに核心の由来があるとおもえる。」(『吉本隆明の経済学』p.185)


 産業の高次化によって諸々のモノ(商品)からの感覚的な反映が薄いものになってしまっていること、にもかかわらず、格差の劇的な縮小という肯定的イメージが有無をいわせぬ迫力で突きつけられることで、我々の倫理観(人間いかに生きるのが理想的なのか)が全く対応しきれなくなっていること――ここに吉本さんは消費社会の根本的な問題を見出そうとしているわけです。確かに、こうした立場からすれば、ボードリヤール流の、格差の縮小は上辺だけ、というレベルの消費社会批判は、それこそ全く上辺だけの(表層的な)ピント外れの批判でしかない、ということになるでしょう。

 マルクスが「生産は直接消費でもある」とした頃は、生産と消費は密接な関係(吉本さんのいわゆる「凝集と反復」)にあり、生産の過程がまだ具体的に見えていたからこそ、消費の対象がどうやって生産されたのか、という点で人々が不安に感じることはほとんどなかったと思われます。ところが、産業の高次化の過程が著しく進んだ消費社会になると、消費の対象が具体的にどうやって生産されたのか、ほとんど見えなくなってしまいます。このことは確かに人々の不安を喚起するでしょう。その非常に分かりやすい例が、食品偽装問題ではないでしょうか。

 複雑に編み上げられた生産と消費の網の目構造が人間の認識に反映し、人々の心を非常に不安定な状態にさせている、ということがいえるかもしれません。産業高次化の極致が、いわゆる経済の金融化です。非常に不安定な金融市場で現実感のない数字が飛び交っている様は、人々を不安にさせずにはおかないものがあります。消費社会が心の不安定さをもたらすという吉本さんの論は、なぜ現代において心の病が増えているのか、金融化した社会の現実に規定されているのではないか、といった視点を提供するものだといえるでしょう。

(*)吉本は、「第8章 超資本主義論」の「2 世界認識の臨界へ」において、産業の高次化の過程について、以下のように述べている。

「初期は農村、漁村が食料だけでなくて、同時に衣食住でいえば、衣料や住居に関する産業の家内工業的に処理してきたわけです。それが規模も大きくなって第二次産業、つまり工業あるいは製造業という形で、農村から別のところに製造工場の場所を求めて分離していき、都市をつくります。そこまでのイメージが、第一次産業と第二次産業……との分離と対立」(p.311)
「その未知の萌芽はもちろん第二次産業のときにすでにあるわけです。流通業、サービス業、娯楽教育産業、外食産業、どれをとっても、第二次産業の胎内にもうすでにあったわけです」(p.312)。


 要するに吉本はここで、第二次産業の萌芽は第一次産業の胎内にあったのであり、第三次以降の産業の萌芽も第二次産業の胎内にすでにあったのだ、という見方を示しているわけである。結局のこところ、第三次以降の高次の産業も全て第一産業の時にその萌芽があったのだ、ということになる。第一次産業とは全く別のところから、何もないところから第二次産業が出てくるのではなく、第一次産業の胎内からしか出てこない。全ては第一次産業から始まったのであって、その後の諸々の段階は全てそこからの発展として位置づけられる、ということである。これは非常にすぐれた見方だといってよいであろう。

(**)もちろん、消費社会がまだまだ多くの社会的矛盾や不平等を残存させており、それらは解決されるべきであることは、吉本も認めるところである。吉本は別の個所で、消費資本主義で絶対的な貧困は解消するけれども、相対的な貧困、すなわち格差は解消しようがない、「これが解けないってことが明らかになった時に、たぶん資本主義っていうのは本当のピンチを迎えるだろう」(p.285)と述べている。
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2016年05月25日

『吉本隆明の経済学』を読む(2/5)

(2)吉本は普遍的な価値論を構築しようとした

 本稿は、従来の経済のあり方が行き詰まってきており、そこから脱却するための道を示す理論が切実に求められているという状況を念頭に、そのヒントを「吉本隆明の経済学」に探っていこう、というものです。

 さて、吉本隆明さんといえば、そもそも詩人であり文芸評論家であって、代表作としてはまず『言語にとって美とはなにか』が挙げられるでしょう。要するに吉本隆明とは、何よりもまず、言語論に大きな関心を注いだ思想家であったといえるわけです。

 吉本言語論の核心的な命題は、言語を指示表出/自己表出という二重構造において把握したことです。指示表出とは、何らかの対象を〈指し示す〉〈伝える〉という機能を実現するものであり、自己表出とは、表現者の感情が表に出てくることです。「第1章 言語論と経済学」「第2章 原生的疎外と経済」に収録された文章において吉本さんは、この言語の二重性の把握が、マルクス『資本論』における商品の二重性――使用価値と価値(交換価値)に示唆されたものであることを語っています。

 『資本論』の商品論には「20エレの亜麻布=1着の上着」といった等式が出てきます。ここで「1着の上着」は着ることができるという使用価値でなく、20エレの亜麻布の価値を表現するという役割を担わされています。その意味で、この「1着の上着」は他の諸々の商品と置き換え可能であり、最終的には「20エレの亜麻布=10ポンド」というように、価値を普遍的かつ抽象的に表現する貨幣によって置き換えられます。価値は貨幣という普遍的表現を得ることで、自己増殖の運動へと導かれていきます。

 こうした『資本論』の議論を念頭に、吉本さんは、文学的表現として「あの美しい亜麻布は天使の上衣のようだ」すなわち「美しい亜麻布=天使の上衣」という等式を提示します。ここで「天使の上衣」は、天使の上衣という対象を指し示す機能ではなく、亜麻布の美しさへの表現者の感動を伝える役割を担わされています。その意味で、この「天使の上衣」は、「虹の切れ端」「孔雀の羽」など無数の言葉によって置き換え可能です。この流れの果てに、ちょうど貨幣に相当するような普遍的な言葉の存在を想定できるのではないか、こうした価値の自己増殖を目的としたものが、文学という営みなのではないか……というふうに吉本さんは考えていったわけです。要するに、言語の価値(言語にとっての美)は自己表出の部分、すなわち、表現者の感情がこめられている側面にこそある、というのが、吉本さんの言語論の核心なのです。

 ここで注目すべきなのは、マルクスの商品価値論が吉本さんの言語価値論を導いたというだけでなく、吉本さんの言語価値論によるマルクスの商品価値論の拡張の可能性が示唆されていた、ということです。より正確には、商品や言語のみならず、人間のあらゆる行動を包括した普遍的な価値論の創造が示唆されていたのです。吉本さんは、商品生産労働のような、対象の形を変えるような労働が産み出す価値のみならず、遊びとか芸能とか娯楽といったものに伴う「無形の、精神的なものの価値」にまで拡張した価値概念が必要ではないか、と主張するのです。

 こうした吉本さんの発想は、一方で、人間の身体のあり方をどう捉えるか、という問題に繋がっていきました。吉本さんは、「第2章 原生的疎外と経済」に収録された文章において、文学論に必要なかぎりでの言語論をやるという自身の問題意識が、三木成夫さんという脳解剖学者の考え方に触れることによって、文字で表現される以前の言葉とか、赤子のような言葉がないときの表現というものにまで広がっていった、と述べています。

 三木さんは人間の身体を植物神経系(内臓)と動物神経系(感覚器官)との二重構造で捉えようとしました。植物のように栄養を摂取する器官が中心にあり、その周りに外界の変化を受け止める感覚器官が存在しているのだ、というわけです。三木さんは、内臓の動きが人間の心情的な部分に対応し、感覚器官が脳の表面の働きに対応している、としました。しかし、内臓と脳とは繋がりを持ち、植物神経系と動物神経系は絡み合って存在しているのですから、何らかの精神的ショックで胃が痛くなったり心臓がドキドキしたりするわけです。

 吉本さんは、こうした捉え方に接して、言語における自己表出は内臓器官の動きに対応し、指示表出とは感覚器官の動きに対応するのではないか、との着想を得ました。こうして、指示表出/自己表出という吉本さんによる言語の二重性の把握は、使用価値/交換価値というマルクスによる商品の二重性の把握のみならず、動物神経系/植物神経系という三木成夫さんによる人間身体の二重性の把握によっても支えられることになったのでした。

 このことは、言語の二重性の把握を媒介として、商品の二重性の把握が人間身体の二重性の把握に繋げられる可能性を示唆するものといえます。人間の身体のあり方、またそれに規定された認識のあり方が、商品(労働生産物)にどのように対象化されていくのか、という視点を設定することで、価値論をさらに深めていくことができるかもしれません。また、非常に興味深いのは、吉本さんが、植物神経系と動物神経系が絡み合い、心臓と脳がどこかで通じ合っているように、使用価値と交換価値も必ずしも機能的に区別できないのではないか、特に現代のように産業が高度化した時代にあってはそうではないか、と指摘し、「三木流に両方を絡めあって、ミックスしている価値を捉えるべき」と主張していることです。経済学史をみてみると、交換価値こそ価値であるという労働価値論(スミス、リカード、マルクスなど)と使用価値こそが価値であるという効用価値論(メンガー、ワルラス、ジェボンズなど)との対立がありました。しかし、そもそも使用価値と交換価値とは絶対的に切り離されたものではありません。そもそも商品は消費されるためにこそ(つまり使用価値を想定して)生産(労働を投下)されるものなのですから。吉本の指摘は、労働価値論と効用価値論の対立を止揚する可能性を示唆したものといえるかもしれません。

 さて、吉本さんの価値論でもうひとつ注目されるのは、そもそも価値とは何なのかという原点に立ち返り、価値という概念が成立していく歴史的過程を辿ってみる、という発想を持っていたことです。吉本さんは、「第3章 近代経済学の「うた・ものがたり・ドラマ」」に収録された文章において、スミスの経済学を〈歌〉に、リカードの経済学を〈物語〉に、マルクスの経済学を〈ドラマ〉にたとえながら、価値概念の成立・発展の過程を辿ろうとしています。

 吉本さんは、スミスについて「草原や森林の匂いがするような、牧歌の聞こえてくるような分かりやすい考え方で」論を展開している、といいます。これに対してリカードは、スミスの概念を緻密化し構成を精密にしたことの代償として〈歌〉を喪失してしまった、せめてもの救いは、「地主」「資本家」「労働者」という3者がどのような関係にあるのが正しいのか、というリカードなりの〈物語〉を持っていたことだ、というのです。さらに、マルクスについては、リカードの概念を受け継ぎつつ〈ドラマ〉を打ち立てた、といいます。ここでキーワードになっているのは対立ということです。『資本論』は、使用価値と交換価値との対立を起点にして、全てが対立を含んで劇的に展開していきます。非常に緻密な展開だけれども非常に息苦しい、と吉本さんはいうのです。

 吉本さんは、このようにして「価値」をはじめとする諸々の概念が緻密化されていく流れのなかで、それに反比例するように、対象に対する豊かな感情は削ぎ落とされていったと、説いています。吉本さんは次のように述べます(以下は『吉本隆明の経済学』pp.75‐76を筆者なりに要約したものです)。


何よりも「価値」という言葉で思い浮かんでくる感覚的なこと、感情的なこと、論理的なこと、その他何でもよいので、全部思い浮かべてみよう。その思い浮かべ方は様々だろうが、その根底は、何となく大切なもの、という感情、感覚ではないだろうか。〈何か知らないが、具体的な何かというのでなく、何となく大切なものなんだ。しかし、それをどういうものだとしてしまったら、もう、大切なものがどこかで壊れてしまう、ましてやそれを「価値」という言葉でいってしまったら、とても重要なものがそこから抜け落ちてしまうような感じがする〉ということがあるだろう。そうすると、「価値」という概念を経済学のほうにではなく、牧歌、あるいは自然感情、または人間の自然本性のほうにどんどん放ってしまうと、とても漠然とした〈何となく大切なもの〉という源泉にまでいってしまう。それこそ「価値」という概念の「起源」にあるものであろう。

 スミスはそういうものから次々に、感覚とか感情とかを絞り込み、削り落として、「交換価値」とか「使用価値」という経済学上の概念を作っていったのであろう。問題なのは、スミスがそうして「価値」の概念を作ってしまったとき、人間が〈何か知らないけれど大切なものだ〉というイメージで思い浮かべるものから、何か重要なものがこぼれ落ちていることである。そうすると、こぼれ落ちてしまったものは、再び経済的な範疇に対してどこかで逆襲(復讐)するに違いない、ということが考えられる。


 「価値」という言葉の背後には、〈なんとなく大切なもの〉という感情があったのであり、そこから経済学的な「価値」という概念が形成されていく過程で、多くの重要な要素がこぼれ落ちていくほかなかった、というのです。吉本さんは、そのこぼれ落ちてしまったものに形を与えたのが、例えば、文学であり、絵画であり、音楽である、といいます(こうした捉え方は、精神的な無形なものをも含んだ価値概念の構築が必要だ、という先にみた提言に対応したものであることは明らかでしょう)。

 そもそも〈なんとなく大切なもの〉という感情から多くのものを削ぎ落とさなければ、経済学的に厳密な価値概念を確立することは不可能です。しかし、削ぎ落としてしまったものを無視してしまうと、経済学的な価値概念は、日常用語としての「価値」とは全くの別物ということになってしまい、経済学だけが他の領域と全く切り離されて孤立してしまうことになってしまいます。しかし、現実の経済は、他の領域から切り離せるような形で存在しているのではありません。経済学的に純粋な価値概念に囚われているようでは(経済学的な価値概念の成立過程で零れ落ちてしまったものを無視しているようでは)現実の経済問題にまともに対処できなくなってしまうのです。経済学的な価値概念は価値概念として、さらにそれを大きく包み込むような普遍的な価値概念を構築していく必要がある――吉本さんの価値論から我々が受け取るべきは、このような課題の存在でしょう。
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2016年05月24日

『吉本隆明の経済学』を読む(1/5)

目次

(1)吉本隆明の「経済学」は如何なるヒントを与えるか
(2)吉本は普遍的な価値論を構築しようとした
(3)吉本は消費が主導する経済のあり方をつかもうとした
(4)吉本は未開の原始社会から未来の高度社会までを見通そうとした
(5)吉本は思想家として経済の諸問題に挑んでいった

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(1)吉本隆明の「経済学」は如何なるヒントを与えるか

 明後日から明々後日にかけて、主要国首脳会議(サミット)が三重県の伊勢志摩において開催されます。サミットは、主要先進国の首脳が世界の重要課題を話し合うため年1回開く国際会議だとされていますが、今年の議長を務めることになる安倍首相は、今年のサミットの最大のテーマに世界経済を位置付けようとしています。その背景には、世界経済の行く末が大きく不透明感を増していることがあります。

 国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事は、4月5日の講演で、先進国の景気回復の遅れ、中国の成長減速やブラジル、ロシアの景気後退、資源国の財政悪化などの要因を挙げ、「世界経済の下振れリスクは恐らく増大している」との警告を発しました。2008年のリーマン・ショック以来、各国当局は、破局的な事態に落ち込むことを何とか回避しようとして、大胆な金融緩和や巨額の財政出動など、従来の常識の枠内で考えられる限りの策を尽くしてきました。しかし、世界経済はハッキリとした回復を見ないまま推移してきました。それどころか、再び大きな危機に直面しようとしているのではないか、との不安が広がりつつあるのです。

 経済政策に深刻な手詰まり感があるのは否めません。財政出動は各国の財政状況を悪化させ、いわゆるギリシャ危機のような事態が引き起こされたことをきっかけにして、今度は逆に、緊縮政策(歳出削減と増税)が進められるようにもなってきました。一方、金融緩和は、欧州中央銀行や日本銀行が「マイナス金利」という奇策を採用するまでに至り、金融市場には膨大な資金が溢れるようになっていますが、実体経済と金融経済の乖離が著しくなっているために、資金は実体経済の方にはほとんど流れていっていません。その結果、金融市場がバブル的な活況を呈するだけで、実体経済は疲弊して貧困と格差がますます拡大し、財政危機も深化しているのです。

 こうしたなか、いわゆる「パナマ文書」によって、世界中の富裕層が巨額の税逃れをしている実態の一端が明らかにされました。一握りの巨大企業や富裕層は、金融緩和の恩恵で巨万の富を築いたにもかかわらず、まともに税金を払おうとしていないのであり、そのために財政危機が深刻化し、それを口実にした緊縮政策によって、圧倒的多数の庶民が増税と公共サービスの縮小に苦しめられているのではないか――「パナマ文書」は、現代の世界経済が抱える深刻な歪みを強烈に印象付ける役割を果たしたといえるでしょう。

 いま、このような経済の不公正なあり方、貧困と格差の深刻な拡大に対して、民衆の怒りの声が大きく広がってきています。このことを背景にして、主要先進国において、経済政策のあり方をめぐる大きな政治的変化が起きつつあることが注目されます。アメリカ大統領選挙・民主党予備選挙におけるバーニー・サンダース候補の善戦健闘は、その象徴的な事例だといってよいでしょう。「民主社会主義者」を自称するサンダース候補は、深刻な格差と不公正(不正義)の是正を訴え、若者たちの熱狂的な支持を獲得して来たのです。サンダース候補は、次のように述べています。



「不正義とは、あまりにも少ない数の人たちが、あまりにも多く持つことだ。そして、あまりにも多くの人たちが、あまりにも少ししか持てないことだ。不正義とは、上位1パーセントの10分の1というごくわずかな人たちが、その他の90パーセント人たちとほぼ同じ富を所有していることだ。
 何百万人の人たちが長時間労働をし、明らかな低賃金で懸命に働き、それでも家庭で待つ子どもにまともな食事を与えるだけの収入を得ることができない。不正義とは、アメリカ合衆国という国が、世界のあらゆる主要国のなかで、子どもの貧困率が最も高いということだ。私たちがどうして道徳と政治を語ることができようか。自分の国の子どもたちに、背中を向けているというのに、私たちの国は多くの財源を世界で最も多くの人達を投獄するために使いながら、自分の国の若者たちに、仕事や教育を与えるための福祉の財源はないという。私たちは世界の主要国で唯一、権利としての医療を全ての国民に保障していない。全ての人々は神の子どもたちだ。貧困にあえいでいる人たち、彼らには病気になったら医者に行く権利がある。
 皆さんに考えて欲しい。この素晴らしい国が持つ可能性というものを。
 私たちは他の主要国のように全ての人々に権利としての医療を保障する国になることができる。
 私たちは働く親たちの全てが、安価で質の高い医療ケアを受けられる国になることができる。
 私たちはアメリカの子どもたち全てが、親の所得に関係なく大学教育を受けられる国になることができる。
 私たちは高齢者の全てが、人生の最後まで尊厳と安心を持って暮らせる国なることができる。
 私たちは全ての人が、人種、宗教、障害、性的嗜好に関係なく、生まれた時から約束されているアメリカ人としての平等の権利を十分に享受できる国になることができる。
 そんな国を私たちは創ることができる。私たちが共に立ち上がり、私たちを分断させようとする力に抵抗するならば。」


 こうした訴えが多くの人々の共感を呼び、当初は泡沫候補にすぎないと見られていたサンダース候補が、本命候補と目されたヒラリー・クリントン前国務長官に大きく迫るほどの躍進を見せたのです。予備選挙の制度的な制約もあって、サンダース候補が民主党の指名を勝ち取る可能性はほとんどなくなってきていると思われますが、資本主義の牙城であり、新自由主義の総本山ともいうべきアメリカ合衆国において、堂々と「社会主義者」を名乗る人物がここまで善戦健闘するとは、昨年秋の時点では、ほとんど誰もが予想できなかった展開でした。

 このことは、経済の歴史が、大方の人々の予想を超えて、大きく動き出しつつあることを示しているのかもしれません。資本主義経済の発展、新自由主義的政策の推進がもたらした深刻な格差と不公正への怒りが大きく広がっていくなかで、ソ連崩壊によって大きなマイナスイメージを纏ったはずの「社会主義」という言葉が、必ずしもタブー視されない状況がつくられつつあるのです。それほどまでに、従来の経済のあり方に代わる新しい経済のあり方への要求は切実だということでしょう。それを「社会主義」という言葉で表現することが妥当かどうかについては検討の余地があるにせよ、従来の経済のあり方が行き詰まってきており、そこから脱却するための道を示す理論が切実に求められる状況にあることだけは間違いありません。

 しかし、従来の経済理論を基本に据えて、そこにあれこれの微修正を加えていく、といったレベルの対応では、こうした時代の要求に到底応えることはできません。経済のみならず、政治や文化の領域をも含めた社会全体をまるごと捉えるような広い視野で、さらにいえば人間と自然との関係をもきちんと視野に入れて、経済というものを根本から捉え直していかなければならないのです。従来の経済理論の狭い枠組みにとらわれず、人間とは何か、社会とは何かを深く追究しようとしてきた先人たちの苦闘に広く学びながら、新たな経済のあり方を切り拓いていく指針となるような、確固とした理論体系を築いていく必要があるのです。

 こうした観点から、本稿で注目したいのは、吉本隆明さんの「経済学」です。“戦後最大の思想家”と称され、文学や政治、宗教など広範な領域にわたって言論活動を展開して来た吉本さんは、経済についての体系的な著作こそ遺さなかったものの、経済の諸々の問題についても積極的な発言を行っていました。そうした発言を集めることで、「吉本隆明の経済学」の姿を浮かび上がらせようとしたのが、中沢新一〔編著〕『吉本隆明の経済学』(筑摩選書、2014年)です。本書の構成は以下のようになっています。


 第1部 吉本隆明の経済学
  第1章 言語論と経済学
  第2章 原生的疎外と経済
  第3章 近代経済学の「うた・ものがたり・ドラマ」
  第4章 労働価値論から贈与価値論へ
  第5章 生産と消費
  第6章 都市経済論
  第7章 農業問題
  第8章 超資本主義論
 第2部 経済の詩的構造


 第1部は吉本さんの文章を抄録したものであり、各章の冒頭に編者の簡単なコメントが付されています。第2部は編者によるやや詳しい解説であり、ここで「吉本隆明の経済学」の姿を編者なりに提示しようと試みられています。

 本稿では、編者の解説に依拠しながら「吉本隆明の経済学」そのものの姿を明らかにする、というよりも、新しい経済学体系の構築に向けて「吉本隆明の経済学」が如何なる示唆を与えるものであるか、という観点から、この本に収録されている吉本さんの発言そのものを読み解いていくことにします。

 以下、大きく3つのテーマ――価値論の問題、消費社会の問題、歴史的展望の問題を設定して、検討していくことにしましょう。
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2016年02月13日

ケネー『経済表』を読む(5/5)

(5)ケネーは国民経済の健全な再生産を何よりも重視した

 本稿は、経済学という個別科学の確立に大きな役割を果たしたフランソワ・ケネー(Francois Quesnay、1694-1774)の『経済表』を取り上げ、それが如何なる時代背景の下で、如何なる問題意識によって作成されたものなのか確認した上で、『経済表』から如何なる経済政策が導かれることになったのか、それが現在の日本経済に対して如何なる示唆を与えるものなのか、考察していくことを目指したものです。ここで、本稿でこれまで説いてきた流れを簡単に振り返っておくことにしましょう。

 まず、ケネーの生涯を辿りながら、医師であったケネーが如何なる問題意識で『経済表』を描くことになったのか、確認しました。裕福でない小地主(農家)の家に生まれたケネーは、苦学の末に外科医となりますが、その学びの過程で、ハーヴェイの血液循環説に決定的な影響を受けます。このことが力となって、パリ医学界の権威であった内科医シルヴァとの論争に勝利し、ケネーの名声は決定的なものとなったのでした。やがてケネーは、ポンパドゥール夫人付きの侍医としてヴェルサイユ宮殿に居住するようになったことで、アンシャン・レジーム下のフランスの国家経済および国家財政の危機を目の当たりにします。ケネーは、一握りの特権的貿易商人が国民生活を犠牲にしつつ自らの利益のために植民地獲得戦争を煽っている現状に怒りをたぎらせ、国家経済を安定させて平和と繁栄の基礎としなければならない、という強烈な問題意識の下に、身体における血液循環と同じようなものとして国家経済における財貨の循環を捉える着想を温めていきます。このような医師ならではの着想が結実したものこそ、「経済表」にほかならなかったのでした。

 次いで、「経済表」において国家経済の再生産過程がどのように描き出されているのか、その完成版というべき「範式」を下にして、確認していきました。「経済表」の範式では、生産階級(農業者)、地主(僧侶と貴族)、不生産階級(手工業者)という3階級間での財貨のやり取りが、わずか5本の線に集約されることで、国家経済の再生産過程が図式化されていました。あたかも心臓から送り出された血液が動脈を通じて身体の各部に送られ、そこから静脈を通って再び心臓に戻ってくるように、農業によって産み出された富が社会の隅々へと流通しながら、国家経済の全体が再び元の状態に回帰していく様が描き出されたのです。

 このことを確認した上で、「経済表」から如何なる経済政策が導き出されることになったのか、検討しました。本稿では、ケネーの経済際策論の要点を、土地単一課税の主張、緊縮財政への批判、自由貿易の主張という3点に纏めて説明しました。土地単一課税の主張とは、土地の純生産物(地主の収入)のみを課税対象にすべきだというものであり、農業者や手工業者に課税することは生産活動を衰退させることにしかならない、という「経済表」から導かれた結論に依拠するものでした。緊縮財政への批判とは、財政再建のためと称する単純な財政支出削減を批判したものであり、道路や運河の建設など、生産活動を活発にするための公共投資はむしろ積極的に行われるべきだと主張するものでした。自由貿易の主張もまた、農業生産の振興という観点から主張されたものであり、自由貿易を通じて穀物価格の国際的な均等化が進んでこそ、農業生産者に安定した利潤を保証する「良価」が実現されるのだ、という考えにもとづいたものでした。こうしたケネーの経済政策論は、国家権力による経済への恣意的な介入を排しさえすれば、自然に望ましい経済状態が実現していくはずである、という信念にもとづいたものであり、その背景には、自然法思想があったことを確認しました。

 このようにケネーは、国家経済における財貨の循環は人体における血液の循環のようなものである、という発想にもとづいて、アンシャン・レジーム下のフランス国家経済(国民経済)および国家財政の危機に対して、何よりもまず国家経済(国民経済)の健全な成長を図ることこそが危機打開の道であること、そのためには国家権力による恣意的な介入を排して財貨が自然に流れるようにすべきであること、そうすれば国家経済の循環過程の自然な秩序が回復するはずであることを主張したのでした。

 もちろん、通常よく指摘されるように、ケネーが土地(自然)こそが富の源泉である、換言すれば、農業こそが唯一生産的な職業であるという把握――これは、土地が1粒の麦粒を何倍にもする、という現象に囚われていたということにほかなりません――にとどまり、人間の社会的労働こそが富の源泉なのだという把握には到達していなかったこと、このことは大きな限界であるといわねばなりません(ちなみに、明確にこのレベルの把握に前進したことこそ、アダム・スミスの偉大な功績です)。しかし、人体の構造になぞらえるようにして国家経済(国民経済)の全体を把握し、全てが過程において繋がっているというイメージを描き出したことは、経済学という個別科学の構築にとって決定的に重要な意義をもったのです。

 それでは、こうしたケネーの経済論から、現代日本に生きる我々は、いったい何を学び取っていくべきなのでしょうか。

 端的には、以下のようにいえるでしょう。すなわち、財政危機は財政危機として、国民経済の疲弊は国民経済の疲弊として、個別に捉えて各々解決を図っていくべきものではなく、また、2つの課題の解決を同時並行で進めて両立させていくべきものでもなく、何よりもまず国民経済の健全な成長を図っていくことこそが、国家財政の危機を打開していくための確実な道なのである、ということです。健全な国家財政は、健全な国民経済を土台にしてしかあり得ないのだ、ということです。そしてまた、決定的に重要なポイントは、国民経済の健全な成長のためには、国民経済の再生産過程(財貨の循環過程)において、いわば心臓のような役割を担っているところに、絶対に過大な負担をかけてはならない、ということです。

 このことを踏まえるならば、現代日本における経済再生および財政再建をめぐる議論の情況をどのように評価することができるでしょうか。

 まずいえるのは、経済再生は経済再生、財政再建は財政再建として、両者を切り離して追求していくべきだという議論(景気動向に左右されずに消費税増税を断行しなければならないという議論がその典型)は、全くナンセンスだということです。

 これに対して安倍政権は、経済再生と財政再建の両立という観点を強調してはいます。しかし、問題なのは、安倍政権の掲げる経済再生の中身です。安倍政権は、「アベノミクス」の3本の矢、さらに「アベノミクス第2ステージ」の新3本の矢、合計6本の矢(金融緩和、財政支出、成長戦略、強い経済、子育て支援、社会保障)を、何の脈絡もなく繰り出しています。日本の国民経済の再生にとって何が最も大事なのか、焦点を絞り切れず、手当たり次第に矢を放っているわけです。ケネーが、経済再生のためには何よりもまず心臓に相当する農業を振興することであるとして、あらゆる政策を農業の振興という一点に収斂させていったことと対比すれば、あまりにもみっともないといわざるを得ません。

 ケネーの論理を現代に適用してみるならば、富を生み出しているのはあくまでも労働者なのですから、雇用を安定させ賃金を上昇させることこそ経済再生のために何よりも大切だ、ということになるでしょう。6本もの矢を手当たり次第に放つのではなく、賃金上昇という1本の矢で経済再生という獲物を仕留めるべきなのです。

 その上で、財政再建が問題になりますが、ケネーの議論を踏まえるならば、消費税の増税という選択肢は絶対にとるべきではない、ということがいえます。ここでは詳述できませんが、消費税は、市場参加者に消費税込価格での競争を強いるものであり、あらゆる取引を通じて弱者に犠牲を集中させていくという性格をもっているからです。とりわけ重大なのは、消費税が“雇用破壊税”としての側面をもつことです。企業の納付すべき消費税額は、「消費者から預かった消費税−自身が負担した消費税」として計算されますから、企業は直接雇用(消費税課税の対象外)を派遣労働(消費税が含まれる)に置き換えることによって、消費税納税額を計算する際に控除できる消費税額を増やすことが可能となるのです(詳しくは本ブログに掲載した「消費税はどういう税金か」でご確認下さい)。国民経済の健全な成長のためには、生活費非課税、応能負担の原則を絶対に守らなければならないことが確認されなければなりません。

 富がグローバル企業に吸い上げられるような歪んだ構造を是正し、労働者の賃金上昇を起点にして国民経済の循環過程をまともにしてこそ、国民経済の健全な成長が可能になるのですし、また、そうであってこそ国民の担税力は向上していくのです。このような手順を無視して、単なる財政支出削減、単なる増税では絶対に財政再建はできません。国民経済の疲弊、国家財政の危機を打開するためには、国民経済の全体を、あたかも人体のように、過程においてひとつに繋がったものと捉える視点が何よりも重要なのです。この視点こそがケネーの最大の遺産といえるでしょう。

(了)
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