2016年08月24日

2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部(2/10)

(2)ヘーゲル『哲学史』ロック 要約

 前回は、例会の冒頭で提示されたレジュメを紹介し、そのレジュメにかかわった出されたコメントを紹介しました。

 さて今回から4回にわたって、2016年8月例会の範囲の要約を掲載していきます。今回は、ロックの哲学の一般的な特徴について触れられている部分の要約です。

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B 第二部

1、ロック

 この時期のものの捉え方の全体を体系的に提示したのがロックである。彼は、感覚的存在のうちに真理があるとしたベーコンの考えを受けて、感覚的な存在のうちに一般観念が宿ることを証明し、一般的な真理は経験から得られるとした。

 観念が内面に直接に与えられるという前提を拒否し、観念を定義や公理の形で記述する方法を拒否し、さらには絶対的な実体をも拒否したところで、観念を結果として記述しようという要求が現われ、個人や自己意識に正当な価値が認められるようになる。こうした要求は、不十分ながらも、ロックの哲学にもライプニッツの哲学にも認められる。両者は、スピノザやマルブランシュに反対して、特殊なもの、有限なもの、個別的なものを原理として掲げた。いまや、差別を固守することが意識の普遍的傾向になる。それは、自然や神に対して自己を内的に自由なものと規定し、この対立〔存在と意識の対立〕のなかに統一を意識し、そこから統一を生み出すためであろう。ロックにおいては、哲学におけるこの原理が、スピノザ的実体の硬直した無差別の同一性に対立して登場するので、感性的なもの、制限されたもの、直接的な存在が第一義となり根本となる。ロックは我々の外にある対象が実在するもので真実体だという意識の日常的段階に全くとどまっている。有限なものが絶対的否定性として、すなわちその無限性において把握されない。それこそ我々が第三にライプニッツにおいてはじめて見るに至るものである。

〔ロックの生涯〕
 ジョン・ロックは1632年イギリスのリントンに生まれた。オックスフォードにおいて、当時まだ勢力のあったスコラ哲学を捨てて独学でデカルト哲学を研究した。医学を研究し、病弱のため医者として働くことはなかったものの、その医学的知識を買われて、才気あるアシュリ卿(後のシャフツベリ伯)の家に迎えられた。シャフツベリ伯がイギリスの大法官になるとロックも官職を得たが、伯の失脚と同時にロックもその地位を失った。伯が閣僚に復帰すると彼も再び官吏となったが、新たな政変のためにオランダへの亡命を余儀なくされた(当時のオランダは、政治的ないし宗教的弾圧を逃れようとする人々にとっての安住の地であった)。1868年の革命が成功すると、彼は王位継承者ウィリアム3世とともに帰国し、貿易と植民地統治の長官となった。同じころ、有名な『人間悟性論』を発表し、晩年は公職を退いて、病身をいたわりつつエセックスの別荘で隠遁生活を送った。1704年10月28日、73歳で没した。

〔ロックの思想の基本的な特徴〕
 ロックの思想を簡単にまとめれば、一面において、真理や認識は経験と観察にもとづくが、他面においては普遍的規定の分析と抽出が認識の歩みとして指定される、といえる。スピノザがあらかじめ定義を打ち立てるのと正反対に、ロックは一般観念が経験から出てくる様を示そうとする。出発点とされてきた単なる定義の道を棄て、普遍概念を演繹することを企てたのはロックの功績であり、ここにスピノザからの一歩前進があった。しかし、ロックの関心は心理的なものにあり、具体的経験から一般概念を析出するだけで、およそ弁証法的でなく、真理そのものが追究されることがない。

 a、〔生得観念の否定〕 ロックは、理論的にも実践的にも、いわゆる「生得観念」を否定し、魂を内容のない白紙(タブラ・ラサ)と考え、その白紙は経験と呼ばれるものから内容を与えられるとした。「生得観念」の本当の意味は、思惟の本性のうちにもともと存在する本質的な要素という意味で、いまだ実在しない萌芽的性質をいう。生得観念が思惟の本質に含まれることを証明しない限り、その観念を本質的で明確な概念とみなすことはできないのだから、ロックの反論には重要な指摘が含まれている。精神の発展は外部にきっかけを求めざるを得ず、精神の活動はまず、外部への反動という形をとるので、そうなって初めて精神の本質が意識されるのである。

 b、〔観念の起源〕 ロックは観念が経験から形成されることを示そうとする。ロックの主張は、概念をただ外部からだけ受け取るという一面的なもので、他との関係だけにとらわれて、概念それ自体を全く認めないという歪んだものになっている。経験とは何かを対象としてもつという形式にほかならない。人の知るものは如何なる種類たるを問わず、経験されねばならないことに何ら疑いの余地はない。理性的なものがあるというのは、それが意識に対して存在し、意識がそれを経験するということである。それは、見られ聞かれるものとして、世界のなかの現象として、現実に存在しなければならない(普遍的なものが対象的なものと結び付いて現われなければならない)。しかし、意識に対してあることがその唯一の存在形式ではなく、それ自体としてあるという形式も絶対不可欠である。つまり、経験されたものが概念化され、他在の仮象が止揚されて、自己自身による事象の必然性が認識される必要がある。

 観念の種類に関しては、ロックはこれを完全にとりあげたのではなく、ただ経験的にとりあげた。

 α、単純観念は、ロックによれば一部は外的経験すなわち感覚から、一部は内的経験すなわち反省(意識の内的規定)から生ずる。感覚からは色、光、非透徹性、形態、静止、運動等々の表象が生ずる。反省からは信念、疑惑、判断、推理、思惟、意志等々の表象が生じ、両者結合したものから快・苦等々が生ずる。如何にも平板な話である。

 β、ロックは、悟性が反省と感覚によって得た表象を加工し、比較し区別し対照し、最後に分離または抽象することで、複合観念(空間、時間、存在、単一と相違、能力、原因と結果、自由、必然等々)をつくるという。ロックの説明は、全く形式的なものであり、空虚な同義反復である。隔たりについての感覚が空間という普遍表象を形成する。これは演繹ではなく、ただ他の規定の排除にすぎない。複合観念たる実体(ロックはそれをスピノザよりも悪い意味にとる)は、我々がしばしば青、重さ等々の単純観念を一緒に知覚することから生ずる。これら一緒に知覚される単純観念の担い手になるものがあるはずだというのである。自由と必然、原因と結果といった規定も同様に導き出される。

 こうした観念の演繹は、規定されたものを普遍的なるものの形式へ翻訳しただけであり、根底にそれ自体としてあるべき本質に何ら触れるところはない。

 γ、彼は外的性質について、アリストテレスやデカルトにおいてもみられた区別を立てている。第一性質と第二性質の区別である。前者は対象それ自身に真に帰するもの(延長、充填性、形状、運動、静止)、他は実在する性質ではなく、感覚器官の本性にもとづくもの(色、音、匂い、味等々)である。第二性質について、デカルトは物体の本質をなすものではないとしたが、ロックは感覚に対する存在であるとする。ロックはここで、即自〔自体としてある性質〕と対自〔他に対してある性質〕との区別を設け、後者を二次的なものとしているが、実際には彼の経験論は、真理の一切を他に対する存在にしか認めないものなのである。
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2016年08月23日

2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部(1/10)

<目次>
(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)ヘーゲル『哲学史』ロック 要約
(3)ヘーゲル『哲学史』ロック他 要約
(4)ヘーゲル『哲学史』ライプニッツ 要約
(5)ヘーゲル『哲学史』ライプニッツ他 要約
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:ロックの哲学とはどのようなものか
(8)論点2:ライプニッツの哲学とはどのようなものか
(9)論点3:形而上学の時代とはどのようなものであったか
(10)参加者の感想の紹介

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(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は、昨年および今年の2年間を費やして、ヘーゲル『哲学史』の学びに取り組んでいます。3年前のヘーゲル『歴史哲学』、一昨年のシュヴェーグラー『西洋哲学史』の学びを踏まえて、この『哲学史』を通読することにより、ヘーゲルが描く哲学史の流れを理解することはもちろんのこと、それを唯物論的に捉え返すことで唯物論哲学の創出に向けた一歩を確実に進めていくことを課題としています。

 8月例会では、「悟性形而上学」(形而上学の時代)とされる時代の第二部と第三部を扱いました。具体的な哲学者としては、ロック、ライプニッツ、ヴォルフなどが取り上げられていました。今回の例会報告では、まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと、扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し、ついで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。


ヘーゲル『哲学史』ロック〜ドイツの通俗哲学

【1】ロックの哲学
 ヘーゲルはロックの哲学について、感覚的存在の内に真理があるとしたベーコンの考えを受けて、一般的な真理は経験から得られるとしたと述べている。ロックが、外的な対象が実在するもので真実体だと主張したことについては、意識の日常的段階に留まっているとも述べている。より詳細については、ヘーゲルは、ロックが単なる定義の道を棄て、普遍概念を演繹することを企てたことを評価するとともに、具体的経験から一般概念を析出するだけだとして、ロックの哲学が非弁証法的で、真理そのものが追及されていないと批判もしている。

 ヘーゲルはロックの『人間悟性論』を取り上げ、ロックが生得観念を否定したこと、観念の起源を経験に求めたこと、類概念が精神の産物だとしたことなどを説明した後、要するにロックにおいては、真理とは表象と事物との一致を意味するにすぎず、本来の内容それ自体に対する関心が失われてしまっていて、哲学の目的も全く忘れ去られてしまっていると批判している。ヘーゲルにとっては、真理が認識される過程よりも、真理そのものの追及こそが課題だというわけである。

<報告者コメント>
 ロックの哲学は、唯物論的認識論の土台を築いたという点で、大きく評価されるべきである。つまり、認識の大本は対象を脳細胞に反映した像である、という把握に大きく一歩を踏み出したということである。こうしたロックの哲学には、ニュートンによる万有引力の法則の発見に代表されるような、当時のイギリス社会のものの見方・考え方が大きく反映しているといえる。すなわち、人類の長い歴史の過程において、自然との相互浸透を積み重ねていく中で、徐々に徐々に対象の性質を人間が把握できるようになっていき、やがて18世紀中葉からの産業革命に通じるような、技術的な革新につながる認識が芽生え始めていたという社会的認識がロックの哲学を生んだといえるのである。実験や観察を通じて、生産力の向上に資するような発見を目指すというイギリス社会の雰囲気こそが、ロックの哲学の背景にあったのである。

 一方で、ロックの哲学の限界もしっかりと確認しておく必要がある。ヘーゲルも述べているように、ロックの真理観は、対象と認識との一致のみを問題とする機械的反映論の域を超えるものではない。ロックは「実体」に関して、単純観念を組み合わせることで頭の中で創造したものであるにもかかわらず、現実の世界にも「実体」が存在することをどのように説明するのか、説き切れていないし、認識の能動性についても説明できていない。また、これもヘーゲルが指摘しているように、真理を矮小化して、学問体系については全く念頭にないようである。
 我々は、唯物論的な認識論の基礎を創ったロックの業績やアタマの働かせ方に学びつつも、その限界をしっかりと見極め、真理や学問体系についての大きな像を創っていく必要がある。

【2】ライプニッツの哲学
 ヘーゲルはライプニッツの哲学について、ロックの哲学と対立し、スピノザの哲学とも対立するものの、両者を結合するものであると述べている。感性的存在にではなく思惟されたものに真理の本質があるとする点でロックの哲学とは対立するし、普遍的な唯一の実体ではなく変化を内に含む無数の単子をおいた点でスピノザに対立する、しかし一方で、個体的実体の多数性を主張した点はロックの哲学を継承しており、真理が思惟されたものにあるとした点でスピノザを継承していて、両者を統一したところに観念的な多数の単子がそれぞれに影響を与えることなく他から区別されて存在するというライプニッツの単子論が成立したというわけである。

 ヘーゲルは、ライプニッツの単子について、普遍的な規定であるとして、多様な運動が単一性として統一されているあり方を高く評価している。しかし、個々の単子が自立していて、互いに影響を与えないにもかかわらず、それぞれの単子が調和していることについて、結局は神を持ち出してきて、全ての矛盾を神に委ねられてしまっていることに関しては、概念的な把握に欠けるものであり、通俗的な見解であると批判しているのである。

<報告者コメント>
 ライプニッツの単子というものは、ヘーゲルの絶対精神にあと一歩のところまで迫った把握だといえるだろう。宇宙は精神的な存在である無数の単子で満たされていて、それぞれは他に影響を及ぼさない自律的存在であり、多様な運動を内に含みつつも単一性を保っているものであるというライプニッツの単子論は、絶対精神の自己運動として世界を把握したヘーゲル哲学に大きく繋がっていくものであるといえるだろう。ただ、ヘーゲルの絶対精神が「一」たる存在であるのに対して、ライプニッツの単子が「多」であり、この「多」を統一するために弁神論を持ち出し、統一を神に委ねる、すなわち矛盾を絶対的存在である神に解決させるという通俗的な見解をとってしまった点で、ヘーゲルの把握に及ばないといえるだろう。ヘーゲルにいわせれば、全てを「一」から展開して説明し、全てを「一」に収斂させる形で説くのでなければ、哲学の完成とはいえないということだろう。

 ライプニッツの単子という考え方は、彼が諸都市を遍歴し、それぞれの都市がそれぞれの違ったあり方としてそれなりに統一されているというあり方を反映したからこそ生じたものではないだろうか。当時のドイツが領邦に分裂していて混乱状態にあったことも、精神的な実体を想定する基盤となった、つまり現実世界を否定して観念の世界に逃げ込んだ(逃げ込まざるを得なかった)という結果に繋がったのではないか。

【3】形而上学の時代
 ヘーゲルは、思惟する悟性の時期の第1期として、デカルト・スピノザ、ロック、ライプニッツが活躍する形而上学の時代を取り上げている。形而上学は実体を追求するものであって、思惟と存在とを統一的に把握することを課題として発展していったものである、とヘーゲルは考えている。デカルトにおいて、「我思う、故に我あり」という形で主張された思惟と存在との統一は、スピノザの普遍的な唯一の実体である神の中に見出されるとともに、ロックにおいては感性的存在と観念との一致として把握され、さらにはライプニッツの単子論において、それなりに達成されたとヘーゲルはいう。しかし、ライプニッツの段階までにおいては、思惟と存在との対立は、神が解決するものとされただけであって、これらの対立がそれ自体の下で、理性的に解決されたのではないとヘーゲルは述べている。

<報告者コメント>
 長い中世期を経て、徐々に対象のあり方を究明しつつ自らの認識の実力を培っていった人間は、教会の権威によるのではなくて、自らの力で世界を把握していくという方向に向かうことになっていった。これがヘーゲルのいう「形而上学の時代」として現象したのであろう。感覚的な世界と、その背後にある真実在の世界とを分けて把握するとともに、それらを何としても統一して、世界全体のあり方を筋を通して把握したい、把握できるはずだという社会的認識が育ってきた時代だということである。

 そうした中において、世界の全ての存在を物質と精神という2つに括って論理的に把握できるだけの実力が人類についてきたことがこの時代の大きな特徴である。まだまだ精神がどのように物質から生じるのか(唯物論の立場)、あるいは物質がどのように精神から生じるのか(観念論の立場)という根本的な問題に関しては、神を持ち出して説明するほかなかったとはいえ、世界の把握の仕方の大きな枠組みができあがってきたことは、哲学の発展にとって非常に大きな意味があるといえるだろう。


 このレジュメに対して、ロックの哲学に関する報告者コメントにある「対象と認識との一致のみを問題とする機械的反映論」という点について、メンバーから指摘がありました。この表現だと、対象と認識の一致を真理とみなすのは機械的反映論だというように読めるが、機械的反映論に限らず、我々の立場(弁証法的唯物論の立場)でも、真理とは対象と認識の一致といえるのではないか、ということでした。対象の感覚的な現象の背後にある構造についての認識、あるいは感覚的には直接捉えられない法則性についての認識も、それが対象のあり方と合致している以上、対象と認識が一致したものとして真理性を主張できるのではないか、ということでした。

 これに関して、報告者は、「ヘーゲルがロックの真理観は『表象と事物の一致』だとして批判していることを踏まえた」と発言しましたが、指摘したメンバーは、「ヘーゲルの言う『表象と事物の一致』ということと、『思惟と存在の一致』ということとは、レベルの違うものとして捉える必要があるのではないか」と主張しました。表象と事物の一致というのは、要するに個々の事物そのものとピッタリと一致する個別的な感覚像のレベルのことであり、思惟と存在の一致というのは、この世界全体が体系性をもって存在していることを踏まえて、それとピッタリと重なり合うレベルで体系性をもった学問を構築すること、簡単に言えば、絶対精神(思惟)がこの世界全体(存在)を自分自身にほかならぬものとして自覚しきること、ということでした。ただし、どちらも唯物論的には「対象と認識の一致」だと言えるから、もう少し表現を改める必要があるのではないか、ということでした。これについては報告者も納得しました。
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2016年08月07日

2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回までは3回にわたって,論点に関してどのような討論がなされ,どのような(一応の)結論が導き出されたのかについて報告してきました。

 さて,本例会報告の最終回である今回は,参加者のメンバーそれぞれの感想を掲載したいと思います。

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 今回の例会では,ヘーゲル『哲学史』のうち,デカルトとスピノザを扱った範囲を中心に議論した。

 改めて感じたことは,「唯物論の立場で評価すれば」という論点については,問題とする哲学がどのような時代に創出されたのか,つまり世界歴史の一般教養が問われる,ということである。その時代の,その国がどのような背景を背負っていたからこそ,そうした哲学が生まれてくることになったのか,ここをしっかりと筋を通して展開できるような実力を,一般教養の学びで身につけておかなければならないということである。「唯物論の立場で」といいながらも,一般的な評価しか与えられていないということをしっかりと反省して,世界観の根本から学び直すとともに,世界歴史を含めた一般教養をゼロから学び始めなければならない。

 デカルトやスピノザの哲学に関しては,思考と延長,あるいは神といった実体から,世の中の全ての事物を説明しきるということができなかったことが大きな限界としてヘーゲルは論じているわけであるが,これは論文の書き方として,また学問構築論として捉えるべきだという指摘がなされたことが,非常に大切だと思った。論文を執筆する際には,序論において「一」たる問いを立てて,論証過程を経て,最後に結論部分でまたこの「一」に復帰する必要があるのであるが,こうした円環運動をデカルトもスピノザも辿ることができなかったというわけである。さらに大きな視点でいえば,学問とは「一」たる一般論を掲げて,全ての事実をここから説明し,ここへと収斂する形で,論理的に展開していくべきものであるが,これもデカルトやスピノザにはかなわなかった,ヘーゲルのいう「絶対精神の自己運動」「円環運動」である。このように,ヘーゲルの説く哲学史を,自らの論文や学問との関連において把握することなしには,つまり主体性をもって把握しようとすることなしには,単なるヘーゲルの解説者になってしまうだけであるということを,もう一度しっかりと見つめ直さなければならない。

 次回は報告レジュメの担当に当たっているのだが,内容の把握はもちろんのこと,自らの学問として捉え返した場合,どのようなことがいえるのかという主体性を表現できるような報告にすべく,しっかりと取り組んでいきたいと思う。
 
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 今回の例会では,まず,デカルトとスピノザの時代に,人類の社会的認識が,全世界のありとあらゆる存在を物質と精神という二大実体にまとめ切ったのであり,これは客観と主観を俯瞰的に眺めうる立場に人類が立つことができるほどの抽象化能力を身につけたことの証である,ということをしっかりと確認できた点がよかったと思う。このことは2年前のシュヴェーグラー『西洋哲学史』の学びの中で確認したことであったが,今回,ヘーゲル『哲学史』の学びの中でも改めて確認できた。

 一番印象に残ったのは,デカルトやスピノザをヘーゲル自身の哲学と比較して,評価していた点である。ヘーゲルにおいては,思惟=存在であるところの絶対精神が,自己運動をすることによって,非常に単純なというかカオス状態にある中から,次々と具体的なものを生み出していくことになる。すべてが絶対精神なのであり,絶対精神が自然へ,そして社会へと外化していき,再び精神に立ち戻って,その発展の中でついには絶対精神に復帰する。この運動のすべてが,絶対精神の自己運動として一貫した流れで説かれていくのである。しかし,ヘーゲルもいきなりこのような着想を得たわけではなく,ここに至るまでには,前提として,思惟=存在という命題を人類の社会的認識として獲得する必要があったのであり,それをなしえたのがデカルトでありスピノザである,ということが今回非常に明確になったと思う。逆に言うと,この時代は,このような哲学の本質論とでもいうべき命題を措定できただけで十分であり,そこからの論理的に一貫した展開など,望むべくもなかった,といえるのかもしれない。

 唯物論の立場からの評価ということに関しても,改めて確認できたことがあった。それは,唯物論的に把握すれば,認識とは外界の反映で成立するものであり,その外界とは自然的外界と社会的外界の二重性があるのであるから,ある哲学者の認識の成立を唯物論的に評価するためには,その当時の自然と社会をしっかりと掴むことが必須になる,ということである。そのためにも,以前学習したシュテーリヒ『西洋科学史』などの学びと重ね合わせながら,ヘーゲルの『哲学史』を読み解いていく必要があることをしっかりと再確認できたのはよかった。

 「悟性」や「理性」というような概念や,「自己意識」というような概念については,今後の課題となった。今後は目的意識的に,このような概念の意味するところを探っていきたいと思う。 

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 今回の例会を通じては,デカルトやスピノザの偉大さと限界について,学問体系の構築という観点から深めて把握することができたのが大きな収穫であったと思う。

 ヘーゲル哲学へと至る過程としてみたとき,デカルトからスピノザへという流れのなかで,出発点として思惟と存在の直接性が主張され,絶対者としての神が確認されたことは大きな前進であった。しかし,諸々の具体的なもの(特殊的なもの,個別的なもの)が,絶対者が自己を展開していくなかで必然的に生じてくるものとしては把握されなかった(要するに,概念的に把握されなかった)のは,大きな限界であったといわざるを得ないのである。デカルトやスピノザは,諸々の定義を行ったが,それは出発点たる思惟=存在という絶対者とは必然的なつながりのないものとして,経験的に措定されたものにすぎず,固定的なものとして,相互が無関係のままに羅列されてしまう,というものにしかならなかったのである。

 これは,たとえていうならば,「教育とは国家社会の維持発展を担う社会的個人の育成である」という立派な教育本質論を掲げていたとしても,諸々の具体的な教育現象をその教育本質論から筋を通して把握しきることなく,経験的に(行き当たりばったりに)解釈して済ませてしまう,といったあり方にちょうど対応するものであるといえよう。このように,学的体系の完成に向けた道程として哲学史を描こうとしているヘーゲルの論は,他ならぬ自分自身の学問構築上の課題は何なのか,という問題意識を鋭く持ってこそまともに理解できるのだ,ということを強く感じ取ることができたのは,今回の例会の大きな収穫であった。

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 例会レジュメを作成する過程で,論点への見解を作成する当初においてはあまり理解できていなかった点について,ある程度理解を深めていくことができた。デカルトが全世界を物質と精神という形で整理したこと,その統一こそが課題として残され,それに取り組んだのがスピノザであったこと,しかし,スピノザは神の属性として物質と精神を捉えたものの,神からどのようにして物質と精神が生まれてくるのかが解けておらず,運動性に欠いた原理でしかなかったこと,などである。

 しかし,例会での議論をとおして,このスピノザ(あるいはデカルト)の課題をしっかりと自分のものとして受けとめなければならないのだと感じた。神という原理を掲げたものの,そこからすべてを説くことはできなかったというのは,学問構築という観点からいえば,一般論を掲げたものの,その一般論からすべての問題を説くことができなかった,一般論を使って現実の問題を解決することができなかったということである。現在の自分を振り返ってみれば,教育一般論から教師としての授業行為すべてを説くということは到底できていない。しかし,そのような一般論と事実ののぼりおりを繰り返してこそ学問は構築できるのであり,それこそがヘーゲルのいう絶対精神の自己運動である。そもそもヘーゲルの哲学史は,南郷学派の先生方によれば,学問構築論として読むことができるのであるから,そういう観点から,個々の哲学者に対するヘーゲルの評価を自らのものとして受け止めていかなければならないと感じた次第である。


(了)
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2016年08月06日

2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ(9/10)

(9)論点3:スピノザの哲学とはどういうものか?

 前回は,デカルトの哲学に関わっての討論過程を紹介しました。ヘーゲルは,自己の思惟=存在である絶対精神の立場から,デカルトの思惟=存在を表す命題を評価していましたが,それ自体が自己運動によって具体的なものを生み出していくということにはなっておらず,具体的なものは経験から取ってくる形になっていたことを批判していたのでした。また,デカルトの哲学は,普遍数学の時代の社会的認識を象徴するものであった,ということも確認しました。

 今回は,スピノザの哲学に関する論点について,どのような討論がなされたのかを紹介します。論点は,以下のようなものでした。


【論点再掲】

 スピノザはデカルトの哲学をどのように受け継いだとヘーゲルは説いているか。ヘーゲルは,スピノザの哲学を無神論と見なす見解に対して,それは正鵠を射ておらず,むしろ無宇宙論というべきものだ,と述べているが,これはどういうことなのか。また,スピノザの「規定はすべて否定である(すべての限定は否定である)」という命題をどのようなものとして捉えているのか。否定の否定としての矛盾を捉えていない,と批判しているようであるが,これはどういうことなのか。自己意識の問題はここにどのように絡んでくるのであろうか。

 唯物論の立場からすれば,スピノザの哲学をどのように評価することができるか。



 この論点については,まず,スピノザはデカルトの哲学をどのように受け継いだとヘーゲルは説いているかについて確認しました。この点については,皆の見解が一致していました。すなわち,デカルトの思惟と延長という二元論を,神のみが唯一の実体であり,思惟も延長もその属性にすぎないとする一元論へと発展させた,ということです。また,唯一の実体である神から,思惟と延長という二つの属性がどのようにして生じるのかについては,スピノザは説けていないということも確認しました。

 次に,ヘーゲルは,スピノザの哲学を無神論と見なす見解に対して,それは正鵠を射ておらず,むしろ無宇宙論というべきものだ,と述べているが,これはどういうことなのかという問題に移りました。これについては,およそ次のような内容で,見解の一致を見ました。すなわち,スピノザによると,神こそ唯一の実体であり,自然や世界は特殊に規定された神にほかならないのであり,神のみが実体的なものとして永続することが許され,世界は何ら真実なる現実性をもたないとされるのだから,無神論ではなく,むしろ無宇宙論である,ということです。

 続いて,ヘーゲルが,スピノザの「規定はすべて否定である(すべての限定は否定である)」という命題をどのようなものとして捉えているのか,否定の否定としての矛盾を捉えていない,と批判しているようであるが,これはどういうことなのか,という問題について討論しました。「規定はすべて否定である」という命題について,ヘーゲルはかなり高く評価していることを確認しました。この命題は,唯一の実体である神だけが規定されえない積極的なものであって,その他の諸々の属性や様態といったものは,神の規定されたあり方である,否定を含むものである,ということを意味しています。このように,否定を本質的なものとして捉え得たことを,ヘーゲルは高く評価しているのでした。

 しかし,否定を一面的にしか捉えられていないとして,ヘーゲルはスピノザを批判してもいるのでした。この点についても討論して,次のような結論に至りました。すなわち,このスピノザの捉え方には悟性的思考の限界が露呈されており,否定が一面的にしか捉えられておらず,矛盾(否定の否定)が捉えられていないとヘーゲルは批判しているのであり,本来であれば(ヘーゲルの立場からすれば),実体は主体(ないし精神)として捉えられ,自己を否定して運動していき,実体から属性,属性から様態が演繹される(実体が自己を展開していくなかでの必然的なつながりとして生み出される)べきであるのに,そうなっておらず,その都度,眼前の対象から経験的に取り上げられるだけに終わっており,出発点としての実体(神)へと還帰するわけでもないとヘーゲルは批判している,ということです。

 ここを現代のわれわれの言葉で説き直すと,本質論・構造論・現象論ののぼりおりがないという批判だ,ということになります。本来であれば,本質論を自己運動させる必要があるのに,そうはなっていないという批判だ,ということです。ここに関連して,ある会員は,論文を書くときも同じだとして,次のように説きました。すなわち,論文を書くときも,序論で「一」を立てて,その「一」を自己運動させて本論を展開し,そして結論部分で再び「一」に帰ってくる必要がある,このような筋の通った論文を書く苦労をしていると,スピノザにはこのような「一」の自己運動がなかったからダメだと分かるはずである,ということでした。これには皆が納得しました。

 この問題に関連して,自己意識の問題はここにどのように絡んでくるのかについても討論しました。チューターは,ヘーゲルは哲学史を自己意識の深化と捉えているが,スピノザにはこのような自己意識が欠如しており,そのために思考対象に関わる認識の運動がないのだとヘーゲルは批判していると述べました。ある会員は,個別的な精神としての自己意識が,唯一の実体からの必然的な展開としては捉えられず,単なる制限された神のあり方として,すなわち,真実の絶対的な存在ではないものとして,捉えられてしまっているのがスピノザの問題点であると説きました。別の会員は,神という実体を現実の自己意識として把握することができなかった,神という実体を対象的に把握して,唯一無二の肯定者として把握してしまったために,現実の自己意識が運動性に富み,諸々の対象の性質を暴き出していくという過程性が掴めなかったのだと主張しました。

 チューターは,それぞれを取り出してみれば,もっともな主張のように思えるが,そもそも「自己意識」とは何かが共通の認識として成立していないように思えると発言しました。そこで,自己意識とは何かを議論しました。ある会員は,自己意識とは個々の人間の認識・精神のことであると理解していると述べました。確かに,ヘーゲルの描く哲学史は,自己意識の深化の過程(人間の意識の発展の過程)ということができるが,それは,人間が自由になっていくことを意味している,すなわち,奴隷的な立場ではなく,何らかの権威に押さえつけられているというのでもなく,自分のことは自分で決められるようになっていくということを意味しているのだ,ということでした。また,ヘーゲルはあくまでも「人間」ということに関心があるのであり,もともとは,絶対者が人間とは別物であった段階があり,キリスト教においてヒントが与えられ,それを踏まえて絶対者=人間としっかりと措定したのがヘーゲルである,ヘーゲルは人間は精神であるから絶対であるとしたのである,とも主張しました。このように考えるならば,自己意識=個々の具体的な個別的な認識と,絶対者である神がつながらないのがスピノザの弱点であり,これが自己意識を欠いているということの意味である,ということでした。

 この見解に対して,皆が概ね納得しました。しかし,チューターが,これだと意識と自己意識を同一視しているように受け止められるのであるが,ヘーゲルにおいて,意識と自己意識は区別されているのではないだろうか,という疑問を出しました。南郷先生は,『全集第1巻』の「読者へのあいさつ」や,最新刊の『武道哲学講義第3巻』において,ヘーゲルの言う「自己」について詳しく説かれているが,これを踏まえると,「自己意識」という場合の「自己」も,絶対精神のことを意味しているのではないか,というのです。ここに関しては,石ころや山や川も意識を持つといえるのか,意識を持つとしても自己意識を持つといえるのか,動物の場合はどうかなど,少し議論しましたが,結論は出ませんでした。先の見解を提示していた会員も,「自己」が絶対精神のことを指すということ自体に反対しているのではないと主張しました。すなわち,個々の具体的な人間の認識こそが絶対精神が自己という意識をもつ形態ではないかということでした。しかし,これ以上議論しても深まらないと判断したため,この問題については保留として,今後,『哲学史』を読み進めたり読み返したりする際の問題意識として,念頭に置いておくことになりました。

 さて最後に,唯物論の立場からすれば,スピノザの哲学をどのように評価することができるかについて議論しました。ある会員は,デカルト同様,世界の全てを思惟と存在として大きく括ることができたことが評価できよう,さらにこれらを「一」たる神から説こうとした頭の働かせ方がデカルトとの違いとして挙げられる,と主張しました。チューターは,この主張自体はもっともであるが,はたしてこれが唯物論の立場からの評価といえるかどうか,疑問であると述べました。この見解を出した会員も,確かに,唯物論の立場からの評価とはいえないと認めました。別の会員は,大きくいえば,デカルトと同様,数学的・力学的な世界観を象徴するような存在であるといえるとしたうえで,スピノザの生きた17世紀のオランダが世界最強の海運国として繁栄をきわめていたことや宗教的にも比較的寛容であったという社会状況が,スピノザの無神論ともいわれる哲学(認識)に反映しているのではないかと説きました。これに対しては皆が,社会的外界の反映という形でスピノザの認識を説いたものであり,唯物論の立場からの評価としても妥当であると納得しました。

 以上で論点3についての討論を終了しました。
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2016年08月05日

2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ(8/10)

(8)論点2:デカルトの哲学とはどういうものか?

 前回は,ヘーゲルの説く「形而上学の時代とはどういうものか」という論点に関わって,どのような討論を行い,どのような(一応の)結論に達したのかを紹介しました。端的には,形而上学とはそもそも,感覚によって捉えられる諸々の事物・事象の背後に隠されている真実の姿(=実体)を探ろうとするものであり,そのような努力がデカルトの時代に始まったのだ,ということでした。

 さて今回は,デカルトの哲学とはどのようなものかについての討論過程を紹介します。まず,論点は以下のようなものでした。


【論点再掲】

 ヘーゲルは,デカルトの形而上学をどのように捉えているのか。「一切を疑わねばならない」(p.78)とは,デカルトのどのような考えを表現したものだとされているか。デカルトの「われ思う,ゆえにわれあり」という命題を推理(推論)であるとする見解(思考〔思惟〕から存在が出てくると考える見方)について,どのように批判しているのか。ヘーゲルの考える思考(思惟)と存在との不可分の結合とはどういうものであり,その観点から,このデカルトの命題をどのように捉えているのか。

 唯物論の立場からすれば,デカルトの哲学をどのように評価することができるか。



 この論点については,初めに,デカルトの形而上学をヘーゲルがどのように捉えているかについて確認しました。デカルトが思惟を出発点とした点をヘーゲルは新プラトン派以来の本来的な哲学の復活として,高く評価しているということでした。また,ある会員は,ヘーゲルによるデカルトへの否定的な評価についても触れました。すなわち,デカルトのいう思惟は非常に抽象的で単純なものでしかなく,自ら展開して具体的な内容を次々と産み出していく,というようなものにはなっていないのであり,具体的な内容は,経験,観察などを通じて,外部から思惟のなかに持ち込まれるしかないということでした。このようなデカルトの限界もしっかり把握しておく必要があるということになりました。

 次に,「一切を疑わねばならない」とは,デカルトのどのような考えを表現したものだとされているかについて議論しました。これについては,当初から,概ね見解が一致しました。すなわち,それは,あらゆる偏見(直接に真理とみなされるすべての前提)を捨て去って,思考から出発し,思考を純粋な始まりとして,そこから確実なものに至るべきだという考えの表現であるということでした。また,同じように「疑う」といっても,懐疑主義との違いを押さえておくべきだという見解も出されました。それによると,懐疑主義においては,疑うこと自体が目的であるのに対して,デカルトのいわゆる方法的懐疑においては,あくまでも確実なものに至るためにこそ,すべてを疑うのだということでした。ここに関しては,皆が同意しました。

 続いて,デカルトの「われ思う,ゆえにわれあり」という命題を推理(推論)であるとする見解(思考〔思惟〕から存在が出てくると考える見方)について,ヘーゲルがどのように批判しているのかという問題に移りました。この問題についても,見解の相違はありませでした。端的には,思考と存在が直接のつながりであることを捉えられていないという批判であり,「われ思う」の中には,既に自我の存在が含まれており,この思考=存在からデカルトが出発した点をヘーゲルは高く評価しているということでした。

 この問題に関連して,ヘーゲルの考える思考(思惟)と存在との不可分の結合とはどういうものであり,その観点から,このデカルトの命題をどのように捉えているのかについても検討しました。ある会員の見解によると,ヘーゲルにおいては,絶対精神こそが思惟と存在とを直接に結合した存在にほかならず,デカルトの命題を思惟と存在との直接のつながりを主張したものと捉えてこそ,まずはじめに絶対精神があった(全ての絶対的基礎としての絶対精神)というヘーゲルの発想に通じるのだということでした。

 このようなデカルトに対する肯定的な評価だけではなく,否定的な側面も見ておく必要があるとして,ある会員は,デカルトの場合は,思惟=存在といっても,極めて単純で抽象的なレベルにとどまっているので,そこから客観的に存在する諸々の具体的な事物にまで筋を通して展開していこうとしても,それは無理であったために,第三者として神をもってくるしかなかったのだと主張しました。ヘーゲルの立場からすれば,思惟=存在の原点である絶対精神が自己運動して,あらゆる具体的なものを生み出していくのであるが,デカルトの場合はそうではなく,具体的なものは経験から取ってこられるほかない,ということでした。要するに,思惟=存在というところからすべてを説ききることができていない,本質論から説ききれていないのだ,ということでした。これは喩えていうと,教育本質論から教育の具体的な現象が説けていないということであり,本質と現象がつながらずに,バラバラの状態にあるということである,という補足もありました。チューターも,デカルトは具体的内容に移行すると,思考と延長が別々のものとされ,一方は他方に依存することなく存在する実体であるから,両者を統一するためには,神の誠実さが必要だとされており,デカルトの哲学は結局,思惟と延長の二元論になってしまって,それを媒介するために第三者としての神を持ち出してこざるをえなくなったのだとまとめました。これらについては,皆が納得しました。

 最後に,唯物論の立場からすれば,デカルトの哲学をどのように評価することができるかという問題を討論しました。チューターは,聖書の記述や宗教的権威による先入見を排して,純粋に世界を見ようとする努力が始まったと評価することができるし,自我から始めて世界を説こうとするのは,主体性の芽生えといってもいいのではないかと述べました。ある会員は,人間の理性こそが真理の基準であると主張した点が重要であるとし,別の会員は,「思惟と延長」という形で世界の根本的な存在を2つに整理したことがあげられると主張しました。確かにそのようなことはいえるにしても,これらは唯物論の立場からの評価といえるのかがあいまいだということになりました。

 これに対して別の会員は,シュテーリヒ『西洋科学史』で説かれていた「普遍数学の時代」ということが大切なポイントになるのではないかと主張しました。すなわち,デカルトの哲学は,大航海時代における航海術の知識の蓄積や,戦争による火薬・武器の設計など,17世紀における社会的労働のあり方に規定された自然科学的(数学的,力学的)認識の発展を象徴するような存在であったといえるだろうということでした。この時代になると,中世期のように神の意図を問うようなことをせずに(=「なぜ」を問わずに),デカルトは,数学的な明快(単純で一面的)な論理で哲学を構築することを意図し,自然がどのように動くのかを数量的に把握しようという傾向が強まりました。そうして,機械的な自然観が成立していくことになったのですが,このような時代の社会的認識を象徴しているのが,デカルトの哲学だ,ということでした。これには他の会員も強く納得したのでした。

 以上で論点2に対する討論を終了しました。


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2016年08月04日

2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ(7/10)

(7)論点1:形而上学の時代とはどういうものか?

 前回は,今回扱った内容を再度まとめ直した後,例会で扱った3つの論点を紹介しました。

 今回からは,それぞれの論点に対してどのような討論がなされ,どのような(一応の)結論が出されたのかのプロセスを紹介していきます。

 最初の論点は,ヘーゲルが「思惟する悟性の時期」の第一の時期として位置づけた形而上学の時代とはどういうものかに関わる論点です。以下に再掲します。


【論点再掲】
 ヘーゲルが,「思惟する悟性の時期」(思考する知性の時代)の第一の時期として位置づけた形而上学の時代とはどういうものか。そもそもヘーゲルのいわゆる形而上学とはどういうものなのか。ヘーゲルは,形而上学は実体に向かおうとする傾向がある,形而上学そのもののうちに,実体性(実体を重んじる立場)と個体性(個体を重んじる立場)との対立があるなどと述べているが,これらはどういうことなのか。

 唯物論の立場からすれば,この形而上学の時代なるものをどのように評価することができるか。



 この論点に関しては,まず全般的にいって,「形而上学の時代」とはどのような時代かについて確認しました。これに対してある会員は,ごく大雑把にいえば,デカルト以降,近代における哲学らしい哲学が行われるようになった時代であると述べました。また,思惟と存在の統一という課題に向かって主体的な努力がなされはじめた時代であるという見解も出されました。チューターは,教会の権威に頼るのではなく,自らの思惟を働かせて課題に取り組むようになったという点が重要であり,これが哲学らしい哲学ということにつながっていくのだとまとめました。

 次に,ヘーゲルのいう「形而上学」とはそもそもどのようなものかについて議論しました。これについては,世界の本質がどういうものなのかを見極めようとする学問であるという見解が出されました。これに対して,「世界の本質がどういうものなのかを見極めようとする学問」というのは一般的すぎるという批判がなされました。そもそも,本質という意識があったのかどうかも不明ですし,哲学と形而上学の関係をどのように考えるかという視点が欠けているということでした。これを踏まえて,感覚的(経験的)な世界の背後にある真実在の世界を対象にして普遍的な原理を探究する学問というくらいでいいのではないか,いわば形而上学とは哲学の核心的部分のようなイメージということでいいのではないか,ということになりました。

 この形而上学の問題について,チューターはが補足を行いました。ヘーゲルは「形而上学」という言葉を批判的に用いているとしたうえで,形而上学は,悟性的思考の立場にとどまっており,矛盾や対立の諸契機を含む対象をバラバラに,固定的・一面的にしか捉えられない,ヘーゲルにあっては,このような矛盾を捉えるのは理性であるとされている,ということでした。これはいわゆる,弁証法に対立する意味での「形而上学」という場合のニュアンスのことです。これに対して,ある会員は,ヘーゲルは別に形而上学自体を批判しているのではなく,古い形而上学を批判しているのであると反論しました。この会員は,南郷継正の「形而上学というのは,実体としてあるものを研究して,その論理構造を観念的に体系化したもの」という文言を紹介した後,ヘーゲルは,旧来の形而上学を批判しながらも,本来あるべき形而上学を構築しようとしたのだが,それは果たせなかったのだと主張しました。これには,皆が納得しました。

 続いて,形而上学には実体に向かおうとする傾向があるとはどういうことかについて議論しました。ある会員は,形而上学とはそもそも,感覚によって捉えられる諸々の事物・事象の背後に隠されている真実の姿(=実体)を探ろうとするものであったということを意味していると主張しました。別の会員は,実体(他のものに依存せず独立して存在するもの)としての存在と思考を統一しようとしたのだということだと述べました。チューターは,端的には一元論を目指すものであるとしたうえで,「実体」という原理から全てを説こうとした,哲学の原理となるべき「実体」とは何であるかを説こうとしたということだとまとめました。それぞれほぼ同じような中身であると確認しました。

 形而上学には実体性(実体を重んじる立場)と個体性(個体を重んじる立場)との対立があるとはどういうことかについては,もろもろ議論しましたが,よく分からない点が残りました。特に,ロックの哲学を形而上学といっていることについては,ロックの箇所を読んでみないと分からないということになりました。それでも一応,前者は,現象的な姿の背後にある実体レベルのものをまっすぐに追究していき,思惟(精神)と存在(物質)という問題につきあたって,両者を何とか統一しようと試みたのに対して,後者は思惟(精神)と存在(物質)という実体レベルの問題にぶつかりながらも,それをあくまでも個別的な人間の経験の問題として考えようとしているという理解でおおよそいいのではないか,ということになりました。

 最後に,唯物論の立場からこの形而上学の時代なるものを評価するとどうなるかという問題を考えました。チューターは,中世期の人間の自然化の結果,自己と世界,主観と客観を精神と物質という形で俯瞰できる認識能力が培われたのであり,その認識能力をもってして,世界全体についての思索を深めていった時代だと述べました。別の会員は,端的には,人間が人間としての自信を土台に,人間に対峙するこの世界の実体(世界の真実の姿)は何なのか,という本質的な問いを発するようになった時代だと主張しました。そのうえで,中世期における長い長い社会的労働の積み重ねによって,人間は世界を能動的に変革する主体としての自己という意識を培ってきた,自己がキリスト教の絶対的権威によって抑えつけられていた状況が打破されたことで,カトリック教会のいうことを無批判に受け入れて世界を理解しようとするのではなく,世界との間で生き生きとした相互浸透関係をもっているほかならぬ自己自身の立場から,世界の実体とは何か,という問いかけが発せられるようになったのだと説きました。これに皆は納得しました。

 以上で論点1に関する議論を終了しました。

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2016年08月03日

2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 前回までの4回にわたって,今回扱ったヘーゲル『哲学史』のデカルト・スピノザの部分の要約を掲載してきました。ここでもう一度,重要な部分をまとめておきたいと思います。

 はじめに,思惟する悟性の時期の特徴が概観されていました。そこでは,デカルトとともに,理性を自立的な出発点とし,自己意識が真理の本質的契機であることを自覚している本格的な哲学に足を踏み入れると説かれていました。ただし,まだまだ哲学の原理が,思惟の必然性に依拠して首尾一貫した方法的発展の道筋をたどるのではなく,内外の経験からも内容を得てくることがあると,その限界も説かれていました。

 デカルト哲学が属するのは,形而上学の形式ですが,ヘーゲルによると形而上学は実体への傾向にほかならず,二元論に反対して,ひとつの統一,ひとつの思惟を確立しようとする,ということでした。

 デカルトに対して,ヘーゲルはものごとをもう一度全くはじめからやりなおし,哲学の土台を新しく形成した巨人であると高く評価していました。デカルトの核心をなすのは,全ての前提を排し,自由で単純で誰にも分かるやり方をもちいて,誰でも思いつく思想や全く単純な命題を出発点として,対象となる内容を思想と延長(あるいは存在)に還元し,思想にいわばその対立物をぶつけた点にあると説かれていました。

 人はただ思惟そのものから出発しなければならないことをデカルトは,「一切を疑わなければならぬ」と表現しているとヘーゲルは説いていました。そして確実で真なるものを求めて,「我思う,ゆえに我あり」という認識に到達したのでした。「我思う」は,直接に私の存在を含んでおり,これが全ての哲学の絶対的基礎だとデカルトは述べていたということでした。

 デカルトは,事物を二つに分けて,思惟するものと延長をもつものという二つの実体を措定しました。この2つが実体と名づけられるのは,それぞれがそれ自体でひとつの全域,全体をなすからであり,互いに相手を必要としないからだとされていました。しかし,この二つの実体をうまく統一できなかったとヘーゲルは説いていました。すなわち,デカルトは,抽象的な自己と外部の個物を結合する中間項が神であるとしたが,神が第三者として両者の外に現れることとなったために,統一が概念化されることはなく,思惟と身体が概念として捉えられることもなかったのだ,と説かれていたのでした。

 続いてヘーゲルは,スピノザの哲学の解説に移っていきました。ヘーゲルによると,スピノザの哲学は,もっぱらデカルト哲学の原理を首尾一貫した体系へと展開したものであり,デカルトの体系中に存在した二元論は,スピノザによって全く止揚されてしまった,ということでした。つまり,スピノザの哲学は,真なるものは端的にひとつの実体であり,この実体は思惟と延長を属性とする,それらの絶対的統一体が現実であり,それが神にほかならない,と定式化できるのでした。このように二元論を克服した点を評価しながらも,ヘーゲルは,絶対的実体が真理の全体を覆うものとなるためには,内部に活動と生命をもつような精神としても定義されなければならないのに,スピノザの実体は,一般的抽象的に定義されものにすぎず,硬直した実体の立場にとどまるものであると批判もしているのでした。

 ヘーゲルは,スピノザの『エチカ』は定義から始まるとして,その展開を紹介していました。最初の自己原因については,他者を分離しながら同時に自己自身を生み出し,かくて生み出すことにおいてこの差別を止揚する原因であり,原因と結果が一致するような無限の原因であると説き,高く評価していました。その後,有限なものや実体,属性や様相などについて説かれていくのでした。ヘーゲルはこれらの定義について,全体として形式的であり,定義から始めたところにスピノザの欠陥があると説いていました。スピノザは,単純な思想を説明し,それを具体的に表現するような定義を打ち立てはしたが,要求されるのは,この内容が真理かどうかを探究することであるというのです。

 定義の後には命題が来るのでした。スピノザは実体なる普遍的なものから下り,思惟と延長なる特殊なものを経て,個別的なものに達しますが,彼は個別性に該当する様態を本質的なものとは認めず,様態を概念には高めないとヘーゲルは批判していました。スピノザにとって,神の本質とは神の絶対的な力であり,神にあっては,現実と可能,思惟と存在がひとつであったのでした。ここでヘーゲルは,全て規定は否定である,というスピノザの言はとりわけ特異なこととして注目せねばならないと述べていました。

 スピノザの難点について,ヘーゲルは,属性がなぜ思惟と延長の2つだけなのかを示せていないこと,絶対的実体と属性と様態とを定義として順次に並べ,これを与えられたものとして受け取り,属性を実体から,様態を属性から引き出すことをしないことを挙げていました。

 最後にヘーゲルは,スピノザ哲学に対する批判を取り上げていました。第一に,スピノザ主義は無神論であるという批判について,神のみが実体的なものとして永続することが許され,世界は何ら真実なる現実性をもたないとされるのだから,むしろ無宇宙論と呼んだ方がよいとしていました。第二に,スピノザはその哲学の叙述のために幾何学の証明法を用いたが,これは思弁的内容には役立たぬものであると説いていました。スピノザは,一切の規定はそのうちに否定を含む,という偉大な命題を立てたが,否定は否定の否定であり,それによって真の肯定となる,という否定的な自己意識の契機を欠いていたとヘーゲルは批判していたのです。最後に,主観性,個体性,人格性の原理,本質における自意識の契機がスピノザにあっては根絶されてしまった,実体は自己を展開せず,精神的な活動性には到達しない,とヘーゲルは説いていました。

 以上,今回扱った内容を再度まとめ直しました。

 2016年7月例会の場では,おおよそ以上のような内容に関わっての報告を受けて,参加したメンバーから諸々の意見・論点が提起され,議論がたたかわされました。これから,その内容を大きく3つの論点に沿って整理した上で,紹介していくことにします。今回はその3つの論点を紹介し,次回以降,討論の具体的な内容を紹介していくことにします。


論点1:形而上学の時代とはどういうものか?

 ヘーゲルが,「思惟する悟性の時期」(思考する知性の時代)の第一の次期として位置づけた形而上学の時代とはどういうものか。そもそもヘーゲルのいわゆる形而上学とはどういうものなのか。ヘーゲルは,形而上学は実体に向かおうとする傾向がある,形而上学そのもののうちに,実体性(実体を重んじる立場)と個体性(個体を重んじる立場)との対立があるなどと述べているが,これらはどういうことなのか。

 唯物論の立場からすれば,この形而上学の時代なるものをどのように評価することができるか。



論点2:デカルトの哲学とはどういうものか?

 ヘーゲルは,デカルトの形而上学をどのように捉えているのか。「一切を疑わねばならない」(p.78)とは,デカルトのどのような考えを表現したものだとされているか。デカルトの「われ思う,ゆえにわれあり」という命題を推理(推論)であるとする見解(思考〔思惟〕から存在が出てくると考える見方)について,どのように批判しているのか。ヘーゲルの考える思考(思惟)と存在との不可分の結合とはどういうものであり,その観点から,このデカルトの命題をどのように捉えているのか。

 唯物論の立場からすれば,デカルトの哲学をどのように評価することができるか。



論点3:スピノザの哲学とはどういうものか?

 スピノザはデカルトの哲学をどのように受け継いだとヘーゲルは説いているか。ヘーゲルは,スピノザの哲学を無神論と見なす見解に対して,それは正鵠を射ておらず,むしろ無宇宙論というべきものだ,と述べているが,これはどういうことなのか。また,スピノザの「規定はすべて否定である(すべての限定は否定である)」という命題をどのようなものとして捉えているのか。否定の否定としての矛盾を捉えていない,と批判しているようであるが,これはどういうことなのか。自己意識の問題はここにどのように絡んでくるのであろうか。

 唯物論の立場からすれば,スピノザの哲学をどのように評価することができるか。


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2016年08月02日

2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ要約C

 前回は,ヘーゲルがスピノザについて説いている箇所の前半部分の要約を紹介しました。そこでは,スピノザの哲学は,デカルト哲学の原理を首尾一貫した体系へと展開したものであり,神という一つの実体を措定し,思惟と延長はその属性であると位置づけたこと,自己原因とは,他者を分離しながら同時に自己自身を生み出し,生み出すことにおいてこの差別を止揚する原因であるとスピノザは説いていたこと,定義からはじめたところにスピノザの欠陥があることなどが説かれていました。

 さて今回は,スピノザについて説かれている後半部分の要約を紹介します。ここでは定義の後に来る命題について,スピノザの道徳論について,スピノザ哲学に対する批判について,説かれていきます。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

二,命題

 定義の後に命題が来る。スピノザは実体なる普遍的なものから下り,思惟と延長なる特殊なものを経て,個別的なものに達する。しかし,彼は個別性に該当する様態を本質的なものとは認めず,様態を概念には高めないのである。

 (a)要点は,定義された概念から,神という唯一の実体が存在するのを証明することである。論理は単純で,極めて形式的である。神は必然でもあれば自由でもある,とスピノザはいう。神の本質とは神の絶対的な力であり,神にあっては,現実と可能,思惟と存在がひとつである。神は自分が創造しえなかったような思惟をもつことはない。神は,特定の目的や内容を追求する知恵の対極にある,絶対的な力である。全て規定は否定である,というスピノザの言はとりわけ特異なこととして注目せねばならない。神は世界の原因であるといえば,神は有限なものとなってしまう。世界が神とは別のものとして並び立つことになるからである。

 (b)スピノザにおける最大の難点は,規定されたものの神に対する関係を捉え,しかもこの規定されたものがなお存続を保つように捉えることである。同一実体が,思惟の属性の下においては叡智界であるが,延長の属性の下においては自然であり,こうして自然と思惟の両者は神の同一の本質を表現する。この2つがどのようにして唯一の実体から生ずるかは,スピノザは示さない。また,なぜそれがただ2つでのみあり得るかも明らかにしないのである。スピノザは,絶対的実体と属性と様態とを定義として順次に並べ,これを与えられたものとして受け取り,属性を実体から,様態を属性から引き出すことをしない。その上,また特に属性に関しては,それがまさに思惟と延長であるという必然性が存在しないのである。

 (c)スピノザの個物,とりわけ自己意識への移り行きについていえば,彼は個々の事物を確立するというよりも,規定された事物ないし性質の全てが実体に還元されるという否定面を強調する。スピノザは,各属性には2つの様態がある,という。延長には静止と運動があり,思惟には悟性と意志がある,と。それは単に我々にとってのみ存在するもので,神の外にある様態にすぎない。これをスピノザは「所産的自然」という言葉で一括する。「能産的自然」とは自分のうちにあり,自分によって捉えられる,自由な原因としての神のことであり,永遠かつ無限の本質を表す実体の属性のことである。「所産的自然」とは,神の本性の必然性ないし神の各々の属性から生じてくる全ての様相のことであり,それらは神のうちにあり,神なくしては存在もしないし,認識もされないのである。

 スピノザは,様相,悟性,意志,感情,喜び,悲しみ,等々について名目上の定義を与え,意識について考察する。彼はただちに精神からはじめ,人間の本質は神の属性の様態からなる,という。この様態は人間の悟性との関係においてはじめて生じるものである。人間精神があれこれのものを知覚するというのは,無限なものとしてではなく,人間精神という形をとった神が,あれこれの観念をもつということにほかならない,という。
 人間の意識における思惟と延長の関係について,スピノザは,人間の精神を構成する観念の客体は身体である,さもなければ,人間精神を構成する神のうちにあるのは,身体の状態に関する観念ではない(身体の状態に関する観念が人間の精神のなかにない)ことになってしまう,という。一面において思惟と存在が絶対的同一性だとされるのに,他面において,それぞれが神の全本質を表わすがゆえに相互に絶対的に無関係だとされてしまうのである。
 個体ないし個物についてスピノザは,いくつかの物体が他からの圧力によって互いに統一されまとまったものだ,と規定する。個体や一が単なる寄せ集めにすぎず,ベーメの自我とは正反対の,自己意識のないものになる。スピノザは硬直した実体を無限と考えはしたが,それとは別の形式の無限は知らなかった。

三,道徳論

 有限な精神は,認識と意志を神に向け,神の観念を真に認識するときに道徳的真理を獲得する。混乱した観念である感情(特に波立ちが激しいのが喜びと悲しみ)が人間の行動を左右するとき,人間は受動的な不自由のなかにある。我々の幸福と自由は,神への絶えざる永遠の愛のうちにある。精神が一切の事物を必然的なものとして眺めるかぎり,それだけ精神は恣意的で偶然的な感情の力を支配する大きな力を獲得する。これこそ精神の神への還帰であり,これこそ人間の自由である。
 スピノザは,神のなかでは一切が一であり,善悪の区別が消滅する,という主張に反論する。神は,絶対的で真なる自己原因で,内部に実質(肯定的な実在)を含む一切のものの原因であるが,悪や誤謬や悪徳は,単に否定,欠如,限定,有限,様態にすぎず,それ自体として真に実在的なものではないから,神が悪の原因とはいえない,というのである。神こそは欠如なき実在なのだから,とは上手いいい方ではあるが,充分に納得できるものではない。

〔スピノザ哲学の一般的批判〕
 第一に,スピノザ主義は無神論であるとの批判がある。神と世界が区別されず,自然を神として神を自然に引き下ろす,したがって,神が消え失せてただ自然のみが立てられる,というのである。しかし,スピノザにおいては,神こそが絶対的真実であって,自然も人間精神も個人も特殊な形で顕われた神だとされるのである。神のみが実体的なものとして永続することが許され,世界は何ら真実なる現実性をもたないとされるのだから,むしろ無宇宙論と呼んだ方がよい。
 第二に,スピノザはその哲学の叙述のために幾何学の証明法を用いたが,これは思弁的内容には役立たぬものであった。スピノザが出発点とする諸々の定義は,幾何学が線や三角形からはじまるように,頭から採用され前提されるのみで,演繹されず,その必然性において証明されない。スピノザは,一切の規定はそのうちに否定を含む,という偉大な命題を立てたが,否定は否定の否定であり,それによって真の肯定となる,という否定的な自己意識の契機――思惟されたものに即して経過する認識の運動――を欠いていた。数学と同様,証明することはできても,事柄を概念的に把握することはできない。否定の否定は矛盾である。単純な規定性としての否定を否定すると,一面では肯定であるが,他面ではまた総じて否定一般でもある。この理性的な矛盾がスピノザには欠けているのである。そこには,無限の形式,精神性,自由が欠けている。
 否定が一面的に捉えられた結果,第三に,主観性,個体性,人格性の原理,本質における自意識の契機がスピノザにあっては根絶されてしまった。スピノザにおいては,絶対的普遍的実体のみが真に現実的なものであり,主観,精神等々といった場合の特殊なもの,個別的なものは,他に依存する制限された様態として,自立的に存在するものではないから,心も精神もそれが個別的存在である限り,一切の規定されたものと同様,単なる否定にすぎないのである。一切の規定は唯一実体に還元されるだけで,スピノザの体系においては一切が絶滅の深淵に投げ込まれてしまう。しかし,そこからは何も出て来ない。唯一実体から特殊的なものが演繹されるのではなく,眼前に見出された表象から正当な理由もなく特殊的なものが取り上げられるだけである。実体は自己を展開せず,精神的な活動性には到達しない。スピノザの哲学はただ硬直した実体をもつのみで,いまだに精神をもたないのである。


3,マルブランシュ

 マルブランシュの哲学はスピノザ主義と全く同一の内容を有するが,それとは違って敬虔な神学的形式をとった。このため,スピノザのように無神論という非難を浴びることはなかった。
 
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2016年08月01日

2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ要約B

 前回は,デカルト哲学の中身について説かれている部分の要約を紹介しました。そこでは,デカルトの出発点は,思想は自己自身からはじめられなければならないという点にあったこと,絶対に確実な「我思う」は,直接に私の存在を含んでおり,これが全ての哲学の絶対的基礎だとデカルトが説いていたこと,事物は思惟するものと延長をもつものという2種類に分けられるとされていたことなどが説かれていた。

 今回は,スピノザについて説かれた部分の前半の要約を紹介します。ここでは,スピノザの生涯やスピノザが『エチカ』の中で説いている定義についてヘーゲルが説いていきます。

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2,スピノザ

 スピノザの哲学は,もっぱらデカルト哲学の原理を首尾一貫した体系へと展開したものである。彼にとっては,魂と身体,思惟と存在とは,もはや,それぞれが別物として独立に存在するものではなくなる。デカルトの体系中に存在した二元論は,スピノザによって全く止揚されてしまった。それはいかにもユダヤ人にふさわしい。ヨーロッパにおいて表明された彼の哲学のこの深い統一,すなわち,神を第三者として設定するのではなく,神のうちで無限と有限が精神的に一体化するという発想からして,東洋的な余韻が感じられる。絶対的同一性という東洋の世界観が,ヨーロッパのデカルト哲学のすぐ近くに引き寄せられ,そのなかに取り入れられるのである。

〔スピノザの生涯〕
 彼は1632年アムステルダムにおいてあるポルトガルから移住したユダヤ系の家族から生まれた。青年時代にラビ(ユダヤ教の聖職者)から教育を受けたが,まもなくタムルード(経典)学者の夢想に異を唱えたために,シナゴーグ(会堂)から破門された。かといってキリスト教に移ったわけではなく,ラテン語に身を入れ,デカルトを研究した。後に,ライデンのリンスブルグに移り,多くの友人の尊敬を受けつつ,静かに暮らした。彼はみずからレンズ磨きをしながら生計を立てた。プファルツ選帝侯カール・ルードヴィヒはスピノザをハイデルベルグ大学に招聘しようとしたが,スピノザはこの申し出を断った。彼は長く患った肺結核が原因で,1677年2月21日,44歳で亡くなった。

 スピノザの哲学は極めて単純であり,全体として理解しやすいものである。スピノザの哲学は,デカルトの哲学を絶対的真理という形式のうちに客観化したものである。スピノザの観念論を簡単にいえば,真なるものは端的にひとつの実体であり,この実体は思惟と延長を属性とする,それらの絶対的統一体が現実であり,それが神にほかならない,と定式化できる。デカルトにあっては,物体性と思惟する自我とはそれだけで自立的なものであるが,両極端のこの自立性がスピノザにあっては唯一の絶対者の契機となることによって自己を止揚する。大切なのは,対立を廃棄することではなく,対立を媒介し解決することなのである。
 スピノザの理念は,エレア派の有と同一のものである。絶対的実体が真理の全体を覆うものとなるためには,内部に活動と生命をもつような精神としても定義されなければならない。しかし,スピノザの実体は,一般的抽象的に定義されものにすぎず,精神の基盤をなすとはいえるが,絶対的な土台となるような確固たる基礎ではなく,精神の内部にある抽象的統一体にすぎない。そのような実体のもとにとどまるかぎり,いかなる発展も精神性も活動も生まれてこない。彼の哲学は,硬直した実体の立場にとどまるもので,神は三位一体の精神的存在になっていない。

一,定義

 スピノザの『エチカ(倫理学)』は定義から始まる。展開は以下のようである。
 (a)自己原因。「自己原因とは,その本質(概念)が存在を含むもの,存在しないとは考えられないものである。」自己原因とは,他者を分離しながら同時に自己自身を生み出し,かくて生み出すことにおいてこの差別を止揚する原因であり,原因と結果が一致するような無限の原因である。自己原因の意味するところをスピノザがもっと掘り下げていたら,彼のいう実体はあれほど硬直したものにはならなかったはずである。
 (b)有限なもの。「有限なものとは,同種の他者によって制約されたものである。」他との関係が生じるところにしか,制約(限界)は存在しないのである。
 (c)実体。「実体とは自己のうちにあり,それを捉えるのに他のものの概念を必要としないもののことである。」他を必要とするものは,自立せず,他に従属したものである。
 (d)実体に対する第二のものとしての属性。「属性とは悟性が実体についてその本質を構成するものとして捉えるものである。」属性には思惟と延長の2つしかなく,その2つが悟性によって実体の本質と捉えられる。実体のこの2つの側面は,もともと表裏一体をなす無限の性質である。ここに実体は真に完成された姿を現し,悟性は属性のうちに実体の内容全体を捉えるのだが,実体がどこで属性に移項するのかは述べられていない。
 (e)実体に対する第三のものとしての様相。「様相とは実体が形を変えたものであり,他なるもののうちにあり,他なるものにとらわれた姿である。」様相は,他なるものを通じて,他なるもののうちに存在する実体の姿である。実体,属性,様相の定義は特に重要で,それらはそれぞれ,普遍,特殊,個別と呼ばれるものに対応する。スピノザは,このように実体から下りてくるのであり,様相は退化したものとされる。彼の欠点は,第三の存在を,悪しき個別たる様相としてしか捉えない点にある。真の個別性(主観性)は,端的に規定されて普遍から遠ざかるだけでなく,端的に規定されたものとして独立自存し,自己自身を規定するものである。個別的なもの,主観的なものは,普遍的なものへ返っていくのであり,個別的なものは,自己自身のもとにあることによって普遍的なものである。スピノザにはこの返っていく過程がない。硬直した実体こそスピノザにとっては究極の存在で,それが無限の形式をとることがない。スピノザの思惟は規定されたものを消し去っていくようなものでしかなかったのである。
 (f)無限。無限なものは,無限大ととるか即自且対自的に無限なものとしてとるか,曖昧な点がある。「その種において無限なるものについては無限の属性をもつとはいえない。しかし絶対的に無限なるものは,本質を現わし,かつ何らの否定をもふくまない一切のものを包み込んでいる。」スピノザはさらに想像上の無限と思惟上の無限を区別する。ほとんどの人が想像上の無限にしか思い当たらないのであるが,これは例えば,星から星への無限の空間とか,無限の時間とか,数学の無限数列とかであるが,実をいうと悪しき無限である。この無限がそっくりと眼前に現われることはなく,次々と否定を重ねていくだけで,現実の無限とはいえない。哲学的無限だけが現実の無限であり,自己肯定の無限である。悟性の無限をスピノザは絶対の肯定と名づけるが,これはまさにその通りである。惜しむらくはもっと良い表現があるということで,「それは否定の否定である」というべきところである。無限が現実に存在するものとしてイメージされるべきだとすれば,「自己原因」という概念こそ真の無限である。
 (g)「神は絶対的に無限な存在であり,無限の属性からなる実体であって,属性の各々は永遠にして無限の本質を表わしている。」神は2つの属性(思惟と延長)しか持たないとされるのだから,ここで無限とは無規定的な多ということではなく,積極的に,例えば円が自己内における完全な無限であるようにとらねばならない。

 スピノザの哲学の全体の以上の定義のなかに含まれているが,以上の定義は全体として形式的である。定義からはじめたところに彼の欠陥がある。彼は,単純な思想を説明し,それを具体的に表現するような定義を打ち立てはしたが,要求されるのは,この内容が真理かどうかを探究することである。
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2016年07月31日

2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ(3/10)

(3)ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ要約A

 前回は,思惟する悟性の時期について,形而上学について,さらにデカルトのさわりの部分について,要約を紹介しました。そこでは,デカルトとともに自己意識が真理の本質的契機であることを自覚している本格的な哲学に足を踏み入れること,形而上学は実体への傾向にほかならないから,二元論に反対して,ひとつの統一,ひとつの思惟を確立しようとすること,デカルトは,ものごとをもう一度全くはじめからやりなおし,哲学の土台を新しく形成した巨人であることなどが説かれていました。

 今回は,デカルト哲学の内容について説かれている部分の要約を掲載します。有名な「我思う,ゆえに我あり」という命題について,そして,物体と延長について説かれていきます。

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一,「我思う,ゆえに我あり」(コギト・エルゴ・スム)

 デカルトは,哲学において全く新たな転回を成し遂げた。彼とともに哲学の新しい時代が始まる。精神の高度な原理が普遍的な形式のもとに捉えられる。デカルトの出発点は,思想は自己自身からはじめられなければならないという点にあり,一切の従来の哲学的思索,特に教会の権威から発するものは無視されるに至った。しかし,思惟はここで抽象的悟性としてのみ自己を把捉しており,これに対して具体的内容は悟性からは演繹されず,経験的なやり方ではじめて受け入れられたのである。

 (a)人はただ思惟そのものから出発しなければならないことをデカルトは,「一切を疑わなければならぬ」と表現する。あらゆる偏見――直接に真理とみなされる全ての前提――を捨て去り,思惟を純粋なはじまりとして,そこから確実なものにいたるべきだ,というのである。しかし,デカルトがこの偉大で重大な原理の根拠としてあげるのは,感官も誤ることがあるとか,目の前のことを夢か夢でないか確実に判別できるのか,といった素朴で経験的な理由でしかない。デカルト的形式においては,自由の原理そのものが掲げられないから,通俗的な理由しか現われないのである。
 (b)デカルトは,それ自体として確実で真なるものを求める。デカルトにあっては,およそ何ものにせよ,意識おける内的明証をもたないもの,理性が明晰判明に疑いの余地なく認識したもの以外は真理ではない。「我思う,ゆえに我あり,という認識こそ,秩序だって思索する全ての人に第一に示される,最も確実な認識である」とデカルトはいう。「我思う」は,直接に私の存在を含んでおり,これが全ての哲学の絶対的基礎だと彼はいう。ここでは思惟と存在が不可分に結合されている。
 この命題をひとつの推論とみなす考えがあるが,そうすると,この命題のいおうとする真理の直接性が破棄されてしまう。この「ゆえに」は推論の「ゆえに」ではなく,存在と思惟の直接のつながりをいうものにすぎない。他の全ての命題はこのつながりの後にあらわれる。
 こうして哲学は再び本来の土台の上に立つことになった。思考は内面的に確実な自己から出発し,外的なもの,与えられたもの,何らかの権威にはよりかからない。思惟は「我思う」のうちにある自由を端的な出発点にするのである。
 (c)第三に取り上げるべきは,この確実性の真理ないし具体的な内容への移行のあり方である。デカルトはこの移行を如何にも素朴に行う。物体に関する知は,神の存在が証明されることではじめて真理であることが保証される。自己意識と対象意識との統一は神の手にゆだねられており,神そのものが統一だとされる。思惟と存在が統一された上に,神の存在論的証明が付け加わる。「神という完全無欠の存在の概念には,必然の存在が含まれる。そうでなかったら神は不完全な存在だということになろうから。」しかし,このような形で神という観念をもちだすのは,筋の通ったやり方とはいえない。神という観念形式のもとにあるのは,「我思う,ゆえに我あり」のうちにあるのと別のイメージではなく,存在と思惟との不可分の結合というイメージが,私が私のうちに所有するものという形態をもっているだけである。全能,全知,等々といった観念の内容は,全て後から付け加わった述語であり,それらの内容そのものは,あくまで観念の内容であって,それが後に実在や現実と結びつけられる。だから,これらの内容は経験的に次々と取り出されてきたものにすぎず,哲学的に証明されていない。アプリオリな形而上学において諸々の観念が前提され,前提された観念が思惟されているにすぎず,そのやり方は,経験的世界で探究や観察や経験が行われるのと変わらない。
 (d)第四に注目すべきは「神の啓示するところは,たとえ理解できなくても信じなければならない。我々が有限な存在である以上,神の本性のうちに,我々の理解を超えた無限なものがあったとしても,不思議はないのである。」ここでは議論が常識論に堕している。「神が誠実な存在である以上,……明晰に知覚されたものに目を向ける限り,誤ることはあり得ない。」ここでは全てが単純率直に述べられているが,内容は曖昧である。形式的に深みがないいい方で,まさにそうなのだ,といわれているにすぎない。

二,物体と延長

 デカルトは永遠の真理と対立する事物の考察に移り,事物は思惟するものと延長をもつものという2種類に分けられる,とする。思惟,概念,精神,自己意識は自分のもとにとどまるものであり,それと対立するのが自分のもとにとどまらない不自由な延長体(空間,外への拡がり)である。この2つは,それ以外のものより普遍的な存在であり,他の有限な事物は存在するためにさらにほかの事物や条件を必要とするのに対して,自然の領域をなす延長実体と精神としての実体は,互いに相手を必要としない。この2つが実体と名づけられるのは,それぞれがそれ自体でひとつの全域,全体をなすからである。2つの実体は,その本来のあり方からすれば同一で,絶対の実体たる神によって絶対の同一性を保証されている。
 デカルトは,思惟は精神の絶対的属性を構成し,延長は物体の本質的規定であって,それ以外のものはただ二次的性質たる様態にすぎないという(例えば,延長における形態や運動,思惟における想像力,感覚,意志等)。彼は延長物を追究しながら,形態や運動などを単なる感性的に把握するだけで,思惟することをしない。しかし,感性的特性の止揚は思惟の否定的運動であって,ここでは物体の本質は思惟によって制約されてしまい,真の本質となっていないのである。
 デカルトは,延長の概念から運動の法則へと考察を進める。延長と運動は力学の根本概念で,物体世界の真理を映し出す。彼は,感覚的性質の実在性をはるかに超えて自然を捉えようとしたが,自然の理念が特殊な場面でどう働くかを追究するには至らなかった。だから,力学的理解にとどまったのである。デカルトの自然哲学は,全ての関係を力学的運動に換言する,純粋に力学的なものである。この自然観は不十分なもので,生命現象などを説明できないが,思考に明確な枠組みを与え,その枠組みが自然の真相をなすものとした点で,偉大であった。

三,精神の哲学

 もうひとつが精神の哲学で,ここでも形而上学的な部分と経験的な部分がいりまじっている。デカルトが特別に注いで築いたのは物理学で,倫理部門までは手がまわらず,わずかに『情念論』なる論文が公刊されただけである。デカルトの形而上学は,全く素朴に綴られていて,哲学的思考からは程遠いものである。デカルトにあっては,思惟が原理とされてはいるが,この思惟がいまだ抽象的かつ単純で,具体的な内容をうちに含むものではなく,内容は経験から獲得せねばならない。思惟から具体的内容を発展させるべきだといった要求が,いまだ感じられていないのである。

 デカルトは,「我思う」という意識のなかに精神の自立性の基礎をおいた。デカルトは,この抽象的な自己と外部の個物を結合する中間項が神であるとした。ただ,デカルトの場合,神が第三者として両者の外に現れるために,統一が概念化されることはなく,思惟と身体が概念として捉えられることもない。思想へ返っていく仕事は,次のスピノザが引き受ける。

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2016年07月30日

2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ(2/10)

(2)ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ要約@

 前回は,例会の冒頭で提示されたレジュメを紹介し,そのレジュメにかかわった出されたコメントを紹介しました。

 さて今回から4回にわたって,2016年7月例会の範囲の要約を掲載していきます。今回は,ヘーゲルによって「思惟する悟性の時期」と名付けられた,デカルトから始まる時代の総論的な部分と,ヘーゲルが形而上学について説いている部分,さらにはデカルトの生涯について触れられている部分の要約です。

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第2節 思惟する悟性の時期

 デカルトとともに,我々は,新プラトン学派およびこれと関連する諸学派以来はじめて,本格的な哲学に足を踏み入れる。それは,理性を自立的な出発点とし,自己意識が真理の本質的契機であることを自覚している哲学である。とはいえ,哲学の原理が,思想から出発して首尾一貫して発展していく,といったことを期待するわけにはいかない。人間が反省的思考によってのみ真理に到達できるという古来の先入見が依然として前提され,これが文句なしに基礎となっている。しかも,神の規定,現象する多の世界観はいまだ思惟から必然的に発するものとして示されるには至らず,そこにあるのは,イメージや観察や経験によって与えられる内容についての思惟にすぎない。
 一方には形而上学があり,他方に特殊な学問がある。一方に抽象的な思惟そのものがあり,他方に経験に由来する思惟の内容がある。思惟に妥当する諸規定は思惟そのものから取り出されるべきだというア・プリオリな思惟と,我々は経験からはじめ,推理し思惟しなければならない,という規定との対立がある。これこそ,合理論と経験論との対立であるが,その対立はとことんまで突き詰められるものではない。というのも,内在的な思惟のみに価値を認める哲学が,思惟の必然性に依拠して首尾一貫した方法的発展の道筋をたどるのではなく,内外の経験からも内容を得てくることがあって,形而上学的側面に経験的な方法が入り混じるからである。
 第一に,思惟によって生み出される哲学の形式として,形而上学の形式,つまり思惟する悟性の形式がある。この時期に属する主要人物は,デカルトとスピノザ,マルブランシュ,更にはロック,ライプニッツ,ヴォルフ等である。第二に,懐疑論および批判主義である。これは思惟する知性や形而上学そのものに反対し,また,経験主義の一般理念に反対する。認識を純粋に認識として考察する試み,換言すれば,概念内容を認識そのものから導き出し,どのような概念内容が認識から出発してくるか,考察する試みである。ここで我々は一部はスコットランド哲学,一部はドイツ,一部はフランス哲学のさらに進んだ形態について述べるであろう。一方フランスの唯物論者に至っては,やがて再びまた形而上学へと逆行するのである。


第1章 悟性形而上学

 形而上学は実体への傾向にほかならないから,二元論に反対して,ひとつの統一,ひとつの思惟を確立しようとする。古代人が「有」を確立しようとしたのと似ている。しかし,形而上学それ自身の内部には,実体を重んじる立場と個体を重んじる立場との対立がある。第一は,無邪気で無批判な形而上学であり,存在と思惟の統一を立てるデカルトとスピノザである。第二は,経験の形而上学的な理念を考察しつつ対立そのものを扱うロックである。第三にライプニッツの単子に至ってはじめてそれ自身世界観の総体となるのである。

A 第一部門

 我々は第一にデカルトの生得観念に突き当たる。第二はスピノザの哲学,それはデカルトの哲学に対してその一貫した徹底化という関係を有するにすぎず,ここでは方法がおもな問題である。第三にスピノザ主義と並んでデカルト主義の完成形態として,マルブランシュがこの哲学をどう受け取ったが問題になる。

1,デカルト

 ルネ・デカルトは,ものごとをもう一度全くはじめからやりなおし,哲学の土台を新しく形成した巨人である。この地盤に,哲学は1000年の迂回の後,ようやく本来の場所に立ち戻ったのである。同時代および哲学教養一般に対するデカルトの多大な影響力のうち,その核心をなすのは,全ての前提を排し,自由で単純で誰にも分かるやり方をもちいて,誰でも思いつく思想や全く単純な命題を出発点として,対象となる内容を思想と延長(あるいは存在)に還元し,思想にいわばその対立物をぶつけた点にある。この単純な思惟は明確な悟性の形式で現れるので,思弁的思惟,思弁的理性と呼ぶことはできない。デカルトが出発するのは,ただ思想の規定であり,これがこの時代のやり方なのである。フランス人が精密科学,明確な悟性の科学と呼んだものは,この時代とともに始まった。哲学と精密科学の分離はさらに後になって起こる事柄である。

〔デカルトの生涯〕
 彼は1596年トゥレヌのラ・エーにおいて旧貴族の子として生まれた。イエズス会の学院で教育を受け,あらゆる方面に関心を向けてめざましい進歩を示した。書物を頼りとする研究への反感を強めて,学院を去ることになったが,学問への熱意はいよいよ掻き立てられるばかりであった。
 18歳の時パリに行き,上流社会の人となったが,そこでも満足は得られず,パリ郊外に隠棲して数学の研究に打ち込むものの,2年後に旧友に所在をつきとめられ,上流社会に連れもどされた。今度は書物の研究を全く断念し,軍務についたが,荒廃した戦場の光景に満足できず,1621年に軍隊を去り,ドイツの各地,ポーランド,スイス,イタリア,フランスを巡り歩いた。
 その後,彼はさらなる自由を求めてオランダに隠棲し,哲学の改造という自分のもくろみを実行に移した。晩年,スウェーデン女王に招かれて当代の最も著名な学者の集まるストックホルムの宮殿に赴き,この地で1650年に没した。
 デカルトは,哲学だけでなく,数学についてもあらたな興隆のきっかけをつくった。解析幾何学は彼の発明したもので,それは現代数学の針路を指し示すものであった。彼は物理学や光学や天文学にも身を入れ,その方面でも大発見をしたが,そうした点にはここでは触れない。

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2016年07月29日

2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ(1/10)

目次

(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ要約@
(3)ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ要約A
(4)ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ要約B
(5)ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ要約C
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:形而上学の時代とはどういうものか?
(8)論点2:デカルトの哲学とはどういうものか?
(9)論点3:スピノザの哲学とはどういうものか?
(10)参加者の感想の紹介

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(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は,昨年および今年の2年間を費やして,ヘーゲル『哲学史』の学びに取り組んでいます。3年前のヘーゲル『歴史哲学』,一昨年のシュヴェーグラー『西洋哲学史』の学びを踏まえて,この『哲学史』を通読することにより,ヘーゲルが描く哲学史の流れを理解することはもちろんのこと,それを唯物論的に捉え返すことで唯物論哲学の創出に向けた一歩を確実に進めていくことを課題としています。

 7月例会では,「思惟する悟性の時期」とされる時代の始まりの部分を扱いました。具体的な哲学者としては,デカルト,スピノザ,およびマルブランシュが取り上げられていました。今回の例会報告では,まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと,扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し,ついで,参加者から提起された論点について,どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に,この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず,報告担当者から提示されたレジュメ,およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。

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ヘーゲル『哲学史』(思惟する悟性の時代)

1.形而上学の時代とはどのようなものか

 ヘーゲルは,デカルトとともに,本格的な哲学に足を踏み入れるとしている。本格的な哲学とは,理性を自立的な出発点とし,自己意識が真理の本質的契機であることを自覚している哲学である。思惟によって生み出される哲学の形式として,ヘーゲルは形而上学の形式(思惟する悟性の形式)と,懐疑論および批判主義があるとしている。
 ヘーゲルによれば,形而上学は,二元論に反対して,ひとつの統一を確立しようとするもので,その内部には,実体を重んじる立場と個体を重んじる立場との対立がある。第一は,存在と思惟の統一を立てるデカルトとスピノザである。第二は,経験の形而上学的な理念を考察しつつ対立そのものを扱うロックである。第三にライプニッツの単子に至ってはじめてそれ自身世界観の総体となるとヘーゲルは述べている。

<報告者コメント>

 この形而上学の時代というのは,一言でいえば,世界について1つの原理から把握しようとする傾向が生まれた時代ということになるだろう。こうした問題意識が生まれた背景には,当時の混乱した社会情勢が大きくかかわっていると思われる。カトリック教会の絶対的な支配が崩れる中で,政治的には諸国が国家としての枠組みを固めていき,また宗教的には新教徒が勢力を伸ばすようになり,ヨーロッパでは様々な対立が生じるようになった。その最も代表的なものが三十年戦争だと言えるだろう。こうした中で,「一体何が正しいのか」という問題意識が社会的認識として浮上してくることになったのだと思われる。そこで絶対に正しい1つの原理を求める傾向が芽生えてきたのだろう。
 これを個体発生になぞらえるならば,青年期に相当するのではないか。『手にとるようにわかる発達心理学』では,「青年期には『自分とはどんな人間なのか』『自分は将来どんなことをやりたいのか』『自分の生きている意味は何だろうか』といった問題について模索し,ゆるぎない自分を確立することが必要になるのです」とかかれている。これをアイデンティティの確立と呼ぶが,それを求め始めた時期ということになるのではないか。

2.デカルトの哲学とはどのようなものか

 デカルトの出発点は,思想は自己自身からはじめられなければならないという点にあるとされる。これを「一切を疑わなければならぬ」と表現する。あらゆる偏見を捨て去り,思惟を純粋なはじまりとして,そこから確実なものにいたるべきだ,というのである。デカルトは「我思う,ゆえに我あり,という認識こそ,秩序だって思索するすべての人に第一に示される,最も確実な認識である」と言う。ヘーゲルは,この「我思う」は,直接に私の存在を含んでおり,これが全ての哲学の絶対的基礎だという。ここでは思惟と存在が不可分に結合されており,哲学は再び本来の土台の上に立つことになったと評価している。
 ヘーゲルによると,デカルトは事物を思惟するものと延長をもつものという2種類に分けたとされる。自然の領域をなす延長実体と精神としての実体は互いに相手を必要としない。思惟は精神の絶対的属性を構成し,延長は物体の本質的規定であって,それ以外のものはただ二次的性質たる様態にすぎないという。そこで,デカルトは延長の概念から運動の法則へと考察を進める。延長と運動は力学の根本概念で,物体世界の真理を映し出す。このようなデカルトの自然哲学をヘーゲルは,全ての関係を力学的運動に還元するものだとしている。一方,精神の哲学は,形而上学的な部分と経験的な部分がいりまじっており,デカルトの形而上学は哲学的思考からは程遠いものだとしている。
 デカルトは,「我思う」という意識のなかに精神の自立性の基礎をおき,この抽象的な自己と外部の個物を結合する中間項が神であるとしたが,神が第三者として両者の外に現れるために,統一が概念化されることはなかったとヘーゲルは述べている。

<報告者コメント>

 絶対的な真理を求める傾向が芽生える中で,そもそもそれが真理であるかどうかをどうやって判断するのかという問題に解答を与えたのがデカルトだということになるだろう。それ以前は教会の啓示的真理に合致するかどうかが真理かどうかを判定する基準であったのだが,デカルトは,真理かどうかを判定する基準は個々の人間がもっているのであり,それを理性(良識)と呼んだ。これは当時の人々が自然の人間化を推し進める過程で,自らの力に対する自信を取り戻していったこと,それに伴いカトリック教会がその権威を失っていったことを受けての主張だということになるだろう。デカルト自身,スコラ哲学に関する教育を受けたものの,スコラ哲学は意味がないと失望していたようである(このことは,南郷先生の著作でも紹介されていた)。このように,個人の体験として,カトリック教会,スコラ哲学の衰退というものを感じていたからこそ,それに代わるものを求めたのだと言えるだろう。
 ヘーゲルは「人間は精神であるから,自分の力に絶対の自信をもってよい」という内容を就任演説で述べていた。このような人間の力に対する絶対的な信頼というものが,このデカルトにおいて芽生えたのだということができるだろう。


3.スピノザの哲学とはどのようなものか

 ヘーゲルによれば,スピノザの哲学はデカルト哲学の原理を首尾一貫した体系へと展開したものだとされる。デカルトにあっては,物体性と思惟する自我とはそれだけで自立的なものであったが,スピノザにあっては,真なるものは端的にひとつの実体(神)であり,この実体が思惟と延長を属性とするということである。しかし,スピノザの実体は一般的抽象的に定義されたものにすぎず,いかなる発展も精神性も活動も生まれてこないとヘーゲルは指摘している。
 以下,ヘーゲルはスピノザ『エチカ(倫理学)』から定義・命題・道徳論について扱っている。定義においてスピノザは実体,実体に対する第二のものとしての属性,実体に対する第三のものとしての様相を扱っている。この実体,属性,様相は普遍,特殊,個別に対応するが,第三の存在を悪しき個別たる様相としてしか捉えない点がスピノザの欠点だとしている。個別的なもの,主観的なものは,普遍的なものへと返っていくのであり,個別的なものは,自己自身のもとにあることによって普遍的なものであるが,この返っていく過程がスピノザにはないと指摘している。
 命題の要点は,ヘーゲルによると,定義された概念から神という唯一の実体が存在するのを証明することである。しかし,スピノザはその唯一の実体である神から自然と思惟という2つの属性がどのように生じるのか,なぜ2つしかないのかの証明はしないと指摘している。
 続いてヘーゲルはスピノザの道徳論について紹介している。道徳の原理は,有限な精神が道徳的真理を獲得するのは,認識と意志を神に向け,神の観念を真に認識するときに限られるというものだとされる。感情が人間の行動を左右するとき,人間は受動的な不自由の中にある。しかし,精神がすべてのものを必然ととらえるとき,感情を制御することがずっとたやすくなるというスピノザの言葉に触れて,これが精神の神への帰還であり,人間の自由であるとヘーゲルは述べている。
 スピノザは一切の規定はそのうちに否定を含むという命題を立てた点をヘーゲルは評価する一方,その否定が一面的であったため(否定は否定の否定であり,それによって真の肯定となるという否定的な自己意識の契機を欠いていた)こと,その結果,主観性,個体性,人格性の原理,本質における自意識の契機が根絶されてしまったことを批判している。

<報告者コメント>

 スピノザの哲学はデカルト哲学の原理を首尾一貫した体系へと展開したものだとされているが,要するにデカルトによって整理された思惟するものと延長をもつものという2つの実体を,神の二側面であるという形で統一して捉え,すべてがこの神の現れに他ならない(汎神論)と主張したのがスピノザの哲学だということになるのだろう。ヘーゲルは全世界を絶対精神の現れだと捉えているが,このスピノザの主張はそれに近いものがあり,その点をヘーゲルは評価しているのだと思われる。
 一方で,ヘーゲルは絶対精神が自然,精神へと転化し,再び絶対精神に戻ってくるという自己運動の過程を説いているのに対して,そうした運動性・発展性について説けていないということがスピノザに対する批判だと言えるだろう。神という唯一の実体を定めたのはいいものの,そこからどのようにして思惟と延長が出てくるのか,なぜその2つしかないのかという点が明らかにされていないということである。
 こういう観点からみると,このデカルトからスピノザの流れは,ドイツ観念論におけるカントからフィヒテ,シェリングという流れに類似しているように思われる。カントは物自体の世界と現象の世界という形で世界を大きく2つに区分したものの,その2つをどう統一的に把握するかが課題として残ることとなった。その課題に取り組んだのがフィヒテ,シェリングであり,シェリングにおいて絶対的同一性なる「絶対者」が掲げられたが,無差別とか同一性とかいわれる抽象的な「絶対者」から,無限の多様性をもって展開する現実世界が如何にして生成してくるのか,まともに解くことができなかったということであった。
 シェリングはスピノザの汎神論にヒントを得て「絶対者」を発想したようであるが,そのまま横滑りさせてしまったために,同様の問題点を抱えることになってしまったのだろう。我々も先哲の見解を横滑りさせるのではなく,その意義と限界をしっかりと把握していかねば,同じ失敗をしてしまうことを意識すべきであろう。


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 このレジュメに対して,まず,「この形而上学の時代というのは,一言でいえば,世界について1つの原理から把握しようとする傾向が生まれた時代ということになる」とあるが,これでは一般的すぎる,という指摘がなされました。「世界について1つの原理から把握しようとする傾向」ということであれば,それこそソクラテスの時代から,いや,それ以前からあるのであって,何もこの時代に始まったことではない,という指摘です。また,時代背景についての説明も一般的すぎるという指摘もありました。これについては,レジュメ報告者も同意しました。

 また,個体発生になぞらえようとする姿勢は重要であるものの,系統発生と個体発生の対応は一つではないのであり,いくつもの正解がありうるのだから,どういう観点で対応させたのかを説かないと,あまり意味がないのではないか,という指摘もなされました。これについても,レジュメ報告者は同意しました。

 さらに,「デカルトからスピノザの流れは,ドイツ観念論におけるカントからフィヒテ,シェリングという流れに類似している」という指摘については,興味深い観点であり,論理的には筋が通っているというコメントがなされました。ここに関して,別の会員は,新プラトン主義に至る過程も,デカルトからスピノザへの過程も,さらにカントからフィヒテ,シェリングへと至る過程も,すべて一元論に解消していく流れということでは同一であり,同じような過程のくり返しがなされているといえる,これは正規分布図に従ったくり返しによって発展しているということだ,とコメントしました。これには皆が納得しました。

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2016年07月07日

2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 これまで、ヘーゲル『哲学史』の近代哲学の黎明期について論じられている部分を扱った我が研究会の2016年6月例会について、報告レジュメおよび当該部分を要約した文章を紹介した上で、諸々にたたかわされた議論について、大きく3つの論点に整理して報告してきました。

 6月例会報告の最終回となる今回は、参加していたメンバーの感想を紹介することにしましょう。なお、次回7月例会は、デカルト、スピノザ、マルブランシュについて論じられている部分を扱います。

 それでは、以下、参加者の感想です。

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 今回は,唯物論的に哲学の歴史を捉えていくということに関わって,大きく二つの学びがあった。1つは,今回取りあげたベーコンとベーメの登場を,社会の歴史とつなげて理解することである。ベーコンは,ルネサンス期のイングランドに生まれた哲学者であるが,この時代までのイングランドでは,王権の力が大陸に比較して弱く,個々の経済的Machtがそれぞれの意志を強力に押し出しつつ対抗していたのであり,商工業が大きく発展していたために,観念的な理念を云々するよりも,具体的な経験が重視されるような社会的認識が形成されていたのであった。このような社会的な土壌があったからこそ,イングランドにおいて経験論の祖であるベーコンが誕生してきたのだといえるだろう。

 他方ベーメは,ベーコンと同時期のドイツ人であるが,当時のドイツは,諸々の宗教戦争の結果,国土がかなり荒廃しており,ローマ帝政期と似たような社会の大混乱期であったといえる。このような状況では,個々人は自己の内面に引きこもりがちとなり,神秘主義的な思想が生まれやすくなると考えられる。ローマ時代に新プラトン主義という神秘主義思想が誕生し,影響力をもったのと同様に,当時のドイツにおいて,ベーメの神秘主義思想が誕生したのだろう。このように,社会状況につなげて,各々の哲学者の誕生の必然性をそれなりに理解できた点は,今回の例会の大きな収穫であった。

 もう一点,唯物論的に哲学史を把握するうえで重要な要素が,討論の中で浮上してきた。それは,唯物論的に哲学を評価する際は,国家的労働の統括に関連する哲学者の学説こそが高く評価されてしかるべきだ,という見解である。なぜならば,唯物論的には,世界の歴史とは,社会的労働(国家的労働)・社会的認識の発展の歴史であり,哲学の歴史は社会的認識の中でも頂点に位置づけられるような学的認識の発展の歴史を説くものだからである。その意味で,ベーメはひょっとすると,唯物論的にはそれほど重要な人物として,哲学史において取り上げる必要はないのではないか,という見解も出された。逆に,トマス・アクィナスは,中世の国家的労働にそれなりに関わった学説を提示したと思われるが,観念論者ヘーゲルはそれほど重視していなかったようである。このような点も,観念論的に哲学の歴史を捉えた場合と,唯物論的に哲学の歴史を捉えた場合の違いとして,重要な差異になってくるのではないかということが分かってきた。これも今回の例会の大きな収穫であった。

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 今回の例会では、近世哲学の序論から近世哲学の黎明までの範囲を扱った。内容を十分に把握した上で例会に臨むことができなかった点が反省点ではあるが、当日の議論を通じて、大きく2つの点を学んだと思う。

 1つ目は、古代哲学が到達した「現実の自己意識」という原理を手掛かりとして、中世から近世へと発展してきた哲学の大きな流れが大枠で把握できたことである。帝政ローマの混乱によって、人々は現実世界と対峙する自己という意識を強烈に抱くようになったわけであるが、この現実の自己意識が、中世期には大きく歪められることになった。思惟と存在との対立構造のうち、思惟に含まれていたはずの「現実の自己意識」が分離させられ、思惟の本質である「神」とは別のものとして、抑圧される側に回ってしまったのである。この歪んでしまった思惟と存在との対立構造を、もう一度「現実の自己意識」から捉え返そうとする試みが近世になって始まったのだという大きな流れが把握できたことであった。

 もう1つは、唯物論の立場から諸々の哲学者(の業績や限界)を評価するという論点に関わって、「唯物論の立場から」とは具体的にどのようなことか、今回の例会である程度イメージが持てたことである。まず、現実の社会情況が個々の哲学者の脳細胞に反映して、それが大本となって諸々の哲学説が生み出されるわけであるから、この社会情況と哲学との関係に着目して、なぜこのような哲学が生み出されたのかという原因を社会情況に求めるという姿勢が唯物論の立場からする評価になってくるということである。また、唯物論の立場から『哲学史』を叙述するという場面を具体的に思い描いてみて、ではある哲学者はどのような評価になるのかといえば、その哲学者が社会的労働の統括という国家の中心的役割に如何に関わったのかという観点から判断することが、唯物論の立場からの評価ということになるのではないか、という議論もあった。世界歴史を社会的労働の発展過程として捉える唯物論的な世界歴史の立場からの見解であって、非常に納得することができた。

 いずれにせよ、次回以降の例会に関しては、まずは準備をしっかりと行う、つまり該当範囲の読み込みを徹底して行ったうえで、こうしたこれまでの例会で獲得した観点でもって、論点を設定し、それに回答していくという繰り返しの作業が必須になってくると思う。自らが世界全体を把握するための学びとして、この例会での学びをしっかりと位置付ける必要がある。

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 今回の例会では、近世哲学の始まりについて扱った。例会の論点や、論点への見解が十分作成することができなかったのは大いに反省すべき点であるが、当日の議論を通じて、かなり理解を深めることができたと感じている。

 まず1点目は、古代・中世・近代という過程で哲学史においてどのようなことが問題となったかという点について、「現実の自己意識」というキーワードをもとに理解を深めることができた、ということである。ポリス社会が揺らいでいく中で存在(客観)から独立した思惟(主観・現実の自己意識)が芽生え始め、存在と思惟という対立をどう解決するかが問題視されるようになったが、中世において、カトリック教会が権威をもつようになる中で、現実の自己意識が神に対して抑圧されるようになった。ところが、この現実の自己意識が再評価されて、存在と思惟という形での対立が再び浮上してきたのが近代哲学であるということであった。人間観の変遷が大きく絡んで哲学史が流れてきたのだなということを感じた。

 もう1点は唯物論の立場から哲学史を見るとはどういことかについてである。そもそも唯物論の立場からすれば、哲学とは社会的労働(国家的労働)を統括する認識なのであるから、それぞれの哲学者の学説が国家的労働の統括にいかに関わったのかを見ていかなければならないし、その統括の具合に応じて評価していかなければならないのだと思った。また、このことは哲学史の先端に立とうとする我々自身の研鑽としても意識しなければならないことだと思った。今の社会に対して明確かつ強烈な問題意識を抱き、社会を大きく前進させるような哲学説を構築してこそ、唯物論の立場からまっとうに評価されうるのだと思った。

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 この6月は、例会のチューターにあたっていた。要約作業が当初の予定通り進められなかったこともあって、自分自身の論点の提起は不十分にしか行えなかった(他のメンバーからの論点の提起も、非常に難解な個所であったということで、必ずしも十分なものではなかった)が、論点は何とか整理することができた。整理された論点に対して出された各自の見解も必ずしも十分なものではなかったのだが、自分自身としては、遅ればせながら要約作業を進め、整理された論点への自身の見解を作成していく過程で、ヘーゲルが説こうとしている内容については、大よそつかむことができたと思う。他メンバーから出された見解に対するチューターとしてのコメントの作成を通じて、また当日の議論を主導する過程を通じて、近代哲学の黎明期において浮上してきた思考(思惟)と存在との関係の問題に、自己意識の問題がどのように絡んでくるのか、古代の哲学から中世のキリスト教神学への過程を踏まえながら、きちんと確認することができたと思う。

 もうひとつ特筆すべきは、唯物論の立場からの哲学史の把握ということに関して、研究会としての共通認識を大きく発展させることができたことであろう。私自身、論点への関係の作成の過程で、ベーコンおよびベーメが登場した歴史的社会的背景についての考察を試みてみたが、それなりに筋の通った説明ができたのではないかと思っている。また、当日の議論のなかで、ヘーゲルはベーメを高く評価しているが、唯物論の立場からの哲学史においても、同様の評価を与えうるのであろうか、という問題を提起してみることで、唯物論の立場からは、あくまでも国家的労働の発展との関係という観点から哲学的認識の発展についても評価しなければならないのではないか、ということが明確になったことも、非常に大きな収穫であったと思う。

(了)
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2016年07月06日

2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明(9/10)

(9)論点3:ヤコブ・ベーメの意義と限界とは

 前回は、第二の論点、すなわち、フランシス・ベーコンの意義と限界とは、という問題をめぐってなされた議論の内容をまとめて紹介しました。そこでは、ヘーゲルが経験的な側面の研究について、絶対精神が自己をよく知って、抽象的な理念を具体的なものへとしていくために必要な過程として評価していること、一方で、経験論者が経験のみによって事柄を純粋に把握できるかのようなつもりになっているのは誤りであると批判していること、唯物論の立場からすれば、当時のイングランドの社会情勢から経験論の登場の必然性をつかまなければならないこと、などが議論されたのでした。

 さて、今回は、第三の論点、すなわち、ヤコブ・ベーメの意義と限界とは、という問題をめぐってなされた議論の内容をまとめて紹介することにします。ここで論点を改めて紹介しておくことにしましょう。

【論点再掲】
 ヘーゲルは、ベーメの一般観念は深遠で根本的なものだが、その記述は粗野なものである、と述べている。ヘーゲルは、ベーメの思想の深遠さは、(α)神の子なる光が諸性質から産出されるという生き生きとした弁証法、(β)神(光)が自己自身を分離すること、の2点に認められるとしている(藤田訳ではp.69、長谷川訳ではp.203)が、これはどういうことなのか。一方で、そうした深遠な思想が非常に粗野な形でしか展開されえなかったのは何故なのか。
 唯物論の立場からすれば、哲学の歴史において果たしたベーメの役割(意義と限界)をどのように評価することができるか。


 この論点をめぐっては、ベーメについての記述は非常に難解でまともにほとんどまともに理解できなかった、という率直な感想も出されました。こうした感想に対してチューターは、ヘーゲルも述べているようにベーメの叙述には明瞭さも秩序もなく支離滅裂であり、概念が欠けているから宗教的なイメージが多用されていることも分かりにくさの原因であろう、として、細かい部分にとらわれて頭を悩ませるのはまったく生産的ではないのではないか、と発言しました。あくまでも大づかみに、ヘーゲルがベーメのどういう点に意義を見いだし、どういう点に限界を見いだしていたのか、簡単に確認しておけばよいだろう、ということでした。このことを前提として確認した上で、論点3をめぐっての議論に入りました。

 まず、ベーメ思想の深遠さとはどういうことか、という問題をめぐっては、端的には、極端に対立する両極(神と悪魔、など)を何とか統一しようとしていたことであろう、ということになりました。ベーメにおいては、絶対的存在としての神が自己自身を分割していく対立物の統一体としてイメージされているようです。こうした神の自己分割による対立の創出によって、あらゆる事物・事象が生じていくとされるのであって、ベーメにあっては全世界が神の身体としてイメージされることになります。ベーメは、神は自己自身を分割して対立を設定することなしには自己を認識できない、対立がなければ自己は外に向かうだけだが、対立があることによってこそ自己自身に帰ってくる(自己自身の何たるかを意識する)のだ、と説いています。ベーメは、あらゆる事物について、父なる神、子なる神(光)、聖霊という三位一体として把握しようとしているようですが、自己分裂によって対立物がつくりだされ、さらに対立する両者が絶対的に統一される、という過程が全世界に貫かれているというイメージをもっていたのではないかと思われます。これは、全てを絶対精神の自己運動として捉えるヘーゲル哲学の原型とも見なすことができるものです。ヘーゲルは、ベーメの神秘的な思想のなかに、自らの哲学の原型というべきものを見出したからこそ、ベーメを高く評価することになったのではないか、ということになりました。

 続いて、こうしたベーメの深遠な思想が非常に粗野な形でしか展開されえなかったのはなぜか、という問題について、議論を進めました。

 この問題をめぐっては、認識と言語との関係の問題であると指摘する見解が提示されました。当時までは学問的な思索はもっぱらラテン語でなされていたのであり、ドイツ語などは日常会話レベルの用をなすものでしかなく、哲学的な思索を行えるようなものではなかったのではないか、ということです。そういう未熟な言語たるドイツ語を用いて哲学的な思索を行ったために、感覚的で粗野な形でしか言語表現できなかったのではないか、ということです。もう少し踏み込めば、言語の未熟さが認識の成熟を妨げたという側面もあるのではないか、という指摘もなされました。諸々の哲学的な概念が未形成で、それらにふさわしい語彙が存在しなかったことが、ベーメの思考のレベルを大きく制約してしまったのではないか、ということです。こうした見解を踏まえて議論した結果、ベーメについては、対立を統一しなければ! とココロは逸るものの、それにアタマがついていけなかった、ということもできるだろう、ということになりました。

 最後に、哲学の歴史において果たしたベーメの役割(意義と限界)を唯物論の立場からどう評価するか、という問題に議論を進めました。

 ベーメが登場した社会的な背景については、1人の会員が見解を提示していました。それによれば、宗教戦争による国土の荒廃、人口の激減という社会の大混乱によって、(ちょうど新プラトン派が登場してきたローマ帝政期のように)人間が自己の内面に引きこもろうとする傾向が生れて来たことが、ベーメのような神秘主義的な思想を生み出したといえるのではないか、ということでした。ベーメのような神秘思想が登場してきた社会的背景の説明としては、概ね妥当なものではないか、ということになりました。

 唯物論の立場からみるベーメの哲学史上の意義については、ベーメがルター派の教義を徹底して深めていこうとしたことによって、後のドイツ観念論哲学の原型が創られたのであり、とりわけ、対立物の統一ということに大きな問題意識をもったことは、弁証法の発展という観点から大いに注目されることではないか、ということになりました。

 ベーメの限界については、具体的な社会的現実と格闘して論理的な像を形成していくという過程が全く(?)存在せず、言葉遊びのレベルに終始してしまったのではないか、という見解が示されました。

 ここでチューターから、ベーメについての唯物論の立場からの評価を問う場合には、唯物論の立場からの学問(哲学)とは何か、しっかりと踏まえて考えておく必要がある、という提起がなされました。唯物論の立場からする世界歴史とは、社会的労働(国家的労働)すなわち社会的認識の発展の歴史にほかならず、哲学の歴史とは、その社会的認識の頂点に位置づけられるような学的認識の発展の歴史を説くものにほかなりません。そのような観点を踏まえるならば、チューターは、唯物論の立場から哲学史を説く場合には、ベーメに対してそれほど重要な位置づけを与える余地はなくなるのではないか、という見解を述べました。ヘーゲルは、あくまでも自己の哲学の原型をベーメに見出したがゆえに、相当な紙幅を割いて詳しく論じているものの、吾々が『哲学史』なる著作を書く際には、それほど重視して取り上げる必要はないのではないか、ということです。逆に、ヘーゲルがわずか数行で片づけてしまっているトマス・アクィナスは、国家的な支配層に属する人間として、国家的労働の統括という観点を含んだ学説を提示していたという点で、唯物論的な哲学史の上では重視されることになるのではないか、という見解も出されました。

 観念論の立場からの哲学史と唯物論の立場の哲学史との違いをしっかりと意識して、とりわけ、将来的に自分たちの手で、唯物論の立場からヘーゲルを超える『哲学史』を書き上げるのだという意識で、この『哲学史』の学びに取り組んでいかなければならないのだ、ということを確認して、この論点3をめぐる討論を終えました。
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2016年07月05日

2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明(8/10)

(8)論点2:フランシス・ベーコンの意義と限界とは

 前回は、第一の論点、すなわち、近代の哲学は如何なる課題に取り組んだのか、という問題をめぐってなされた議論の内容をまとめて紹介しました。そこでは、古代哲学が到達した原理たる「現実の自己意識」が、中世におけるカトリック教会の絶対的権威の確立によって抑圧されるようになったものの、それが再び大きく力をつけて教会の絶対的権威に対抗するようになったことで、思惟と存在という対立構図が明確に浮上させられ、この対立を如何に宥和させるかが大きな課題になっていったのだ、ということが議論されたのでした。

 さて、今回は、第二の論点、すなわち、フランシス・ベーコンの意義と限界とは、という問題をめぐってなされた議論の内容をまとめて紹介することにします。ここで論点を改めて紹介しておくことにしましょう。

【論点再掲】
 ヘーゲルは、ベーコンについて経験的な認識の進め方についての一般原理を打ち立てたと評価している。ヘーゲルは、哲学史の歩みにおいて経験的な側面の研究が果たした役割についてどのように捉えているのか。経験的な側面の研究(形成)が理念の発展と具体化(規定)にとって必然的な条件となる、と説かれている(藤田訳ではp.25、長谷川訳ではp.172〕)が、これはどういうことなのか。また、経験的な認識方法の限界について、ヘーゲルはどのように説いているか。
 唯物論の立場からすれば、哲学の歴史において果たしたベーコンの役割(意義と限界)をどのように評価することができるか。


 この論点をめぐっては、まず、ヘーゲルは哲学史の歩みにおいて経験的な側面の研究が果たした役割についてどう捉えているか、という問題から議論していきました。

 この問題については、ヘーゲルの哲学史とは絶対精神が自己をよく知っていく過程であり、ベーコンが果たしたような経験的な側面の研究は外的な自己たる自然を知るためのものであったから、自己理解にとって不可欠な要素だったのだ、という見解が出されました。こうした見解に対してチューターは、大筋では間違っていないと思われるが、経験的な側面の研究と外的な自然の研究とを単純に同一視してしまっているのは不充分ではないか、と指摘しました。外的な自己たる外的自然の研究はなぜ経験的な方法でしかなされないのか説明が必要ではないか、ということです。また、より決定的な問題点として、ベーコンの当時、外的自然のみならず、内的自然(人間の本性)の研究もまた大きな課題として浮上してきていたことを指摘しました。こうした指摘に対して、先ほどの見解を示した会員は、自身の見解が不充分であることを認めました。外的自然の研究が経験的なものにならざるをえないことについて若干の意見交換を行ったところ、自己とは一応別個のものとして存在させられている対象を知っていく過程だから、経験的な接触が必要になってくるのではないか、との意見が出されました。内的自然(人間の本性)の研究に関わっても、自己の内面を客観的に見つめる視点の獲得が必須の前提であることが指摘され、結局、外的自然についても内的自然についても、客観的な対象に経験的に関わっていくようにして研究が積み重ねられていくようになったのであろう、ということになりました。

 経験的な側面の研究が果たした役割についてヘーゲルがどう捉えているか、という問題については、異なる角度からの見解も示されました。ヘーゲルが理念の抽象的なものから具体的なものへの発展過程を哲学史として描こうとしていることに着目し、理念の内容が抽象的なものから具体的なものへと発展していくためには、個々の事物についての経験的認識が欠かせないことを指摘する見解です。例えば、新人教師の抱く「教師とはこういうもの」という抽象的なイメージが、教師としての具体的な諸々の経験を積み重ねていくことを通じて、具体的な内容を豊かに含んだものに広がっていく過程のようなものだ、ということです。チューターは、これはこれで重要な指摘だと思われるが、哲学史とは絶対精神が自己をよく知ること、という先の見解で示されたような大きな視野での把握ときちんとつなげて理解する必要があるだろう、とコメントしました。ここでもポイントとなるのは「現実の自己意識」というキーワードではないか、すなわち、個としての具体的な人間が世界全体に対峙して、あらゆる物事を他人事ではなく我が事として知っていく過程としてつかむことだ、ということでした。

 なお、ヘーゲルが、学問の形成過程の歩み(経験的なものから始める必要がある)と完成された学問における論理展開(一般的な概念から始めることができる)の違いについて指摘していることについても重要ではないか、との指摘もなされました。

 続いて、ヘーゲルは経験的な認識方法の限界についてどう説いているか、という問題に議論を進めました。この問題をめぐっては、会員間に大きな見解の相違はありませんでした。観察と経験だけで事柄を純粋に取り出したつもりになっているが無自覚のうちに推論や概念を使っていること、経験のみに関わっていると信じていながら知覚を受け取る際に無意識のうちに形而上学的思考を働かせていることが共通して指摘されていました。このことに加えて、ベーコンが目的論的考察に否定的であったことを挙げる見解もありました。この見解についてチューターは、結論的にはそのようにいえるのかもしれないが、ことはそう単純ではないのではないか、と提起しました。ヘーゲルは「外的な目的の考察にベーコンが反対するのは理にかなっている」と述べているからです。外的な目的とは、例えば、まぶたにまつ毛があるのは目を保護するため、とか、動物の毛皮が厚いのは寒暑を防ぐため、とか、木に葉が茂るのは太陽や風から実を守るため、とかいったものです。アリストテレスの自然哲学についてのヘーゲルの議論を振り返ると、有機物というのは自己目的、すなわち、自己自身の維持それ自体を目的としたものと捉えるべきであって、外部に何らかの目的を求めるのはおかしい、という議論が展開されていたのではないか、そういう観点からしてみれば、ヘーゲルは、ベーコンが外的目的の考察というそれまでの自然観察のあり方に反対したこと自体は肯定的に評価しているのであって、その点はしっかりと押さえておくべきだろう、ということでした。ただし、ベーコンは、物の内在的性質や自然の法則といった一般的な概念を形式(フォルマ)的な原因と名づけ、その発見と認識を目標としたものの、それを達成することはできなかった、という趣旨のこともヘーゲルは説いています。この点を捉えれば、ヘーゲルは、ベーコンが目的論的な考察に否定的であったことを彼の限界とみなしていた、という先の見解も、結論的には間違ってはいないだろう、ということになりました。

 最後に、哲学の歴史において果たしたベーコンの役割(意義と限界)を唯物論の立場からどう評価するか、という問題に議論を進めました。

 ベーコンが登場した社会的な背景については、1人の会員が見解を提示していました。それによれば、当時までのイングランドにおいては、王権が有無をいわさず絶対的に支配するというよりも、個々の具体的な勢力がそれぞれの意志を主張してぶつかり合う、という社会的な雰囲気があったのであり、とりわけ商工業の大きな発展は、具体的な経験が何よりも重視される雰囲気を強く醸成したのではないか、ということでした。イングランドにおいて経験論が台頭してきた社会的な背景の説明としては、概ね妥当なものではないか、ということになりました。

 唯物論の立場からみるベーコンの哲学史上の意義については、認識は対象の反映であるという認識の一般論を措定したといえるのではないか、という見解が出されました。この見解に対してチューターは、ベーコンの問題意識は、認識とは何か、といったところにあったわけではなく、教会の権威に代えて自己の感覚を真理の規準として打ち出すところにこそ眼目があったのであり、せいぜい唯物論的認識論の萌芽といったレベルではないか、唯物論的認識論の一般論の措定はジョン・ロックまで待たねばならないのではないか、と指摘しました。このような指摘に対しては、先の見解を出した会員も納得しました。また、教会の権威ではなく自己の感覚を……という点に関わっては、ベーコンのいわゆる「イドラ」論が、問いかけ的反映としての認識のあり方を把握したものだといえることを確認しました。

 ベーコンの限界については、感覚的な経験から如何にして論理レベルの像が形成されていくのか分からなかった、ということを確認しました。

 以上で、この論点2をめぐる議論は一応の終了としました。
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2016年07月04日

2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明(7/10)

(7)論点1:近代の哲学は如何なる課題に取り組んだのか

 前回まで、ヘーゲル『哲学史』のうち、近代哲学の黎明期について論じられている部分の要約を提示し、その内容を踏まえて出された論点を紹介しました。今回からは、それらの論点に関わってどのような議論がなされたかを紹介し
ていくことにします。

 今回は、第一の論点、すなわち、近代の哲学は如何なる課題に取り組んだのか、という問題をめぐってなされた議論の内容をまとめて紹介することにします。ここで論点を改めて紹介しておくことにしましょう。

【論点再掲】
 近代哲学は、古代哲学が到達した原理(現実の自己意識)から出発して、思惟と存在との対立を克服しようとすると説かれているか、これはどういうことか。そもそも思惟と存在との対立とは、中世においてどのようなものとして考えられていたものなのか。この対立の解決をめぐって、哲学が実在論と観念論に分かれるというのはどういうことなのか。また、近代哲学に特有な問いとして4つの対立――@神の理念と存在との対立、A善と悪、B人間の自由と必然、C魂と物質の対立――があげられているが、これらはどのように関連しているのだろうか。
 唯物論の立場からは、近代哲学の登場をどのように評価することができるだろうか。


 この論点をめぐっては、まず、古代哲学が到達した原理(現実の自己意識)とはどういものか、という問題を確認しました。端的には、ギリシャのポリス共同体が崩壊してなかで、人間が個としての自覚を強めて(客観的世界から分離した主観が目覚めて)、この世界のなかで自分が如何に生きていくべきかは自分自身で決めなければならなくなってきた、ということでした。現実世界に対峙する自己という意識が痛切に自覚されるようになったわけです。ここから、思惟と存在との関係、すなわち、自己(主観)と世界(客観)との関係をどう捉えるかという大きな課題が浮上し、この課題をめぐる試行錯誤のなかから、自己と世界の絶対的本質(一者)との同一性を直観的に把握するに至った新プラトン派こそが古代哲学の到達点であったのだ、ということも確認しました。

 その上で、思惟と存在との対立が中世においてどのようなものと考えられていたか、という問題に議論を進めました。この問題については、思惟ばかりが重視されて、存在すなわち客観的な世界はほとんど等閑視されていたのではないか、という見解が出されました。この見解に対してチューターは、思惟と存在という対立構図そのものの存続を前提にしているがそれでよいのか、思惟と存在という対立構図そのものが大きく歪められてしまったことこそが問題なのではないか、と提起しました。その上で、以下のように説明しました。

 そもそも、イエス・キリストの受難を契機として成立したキリスト教は、新プラトン派と同様に、人間と神との本質的な同一性を主張するものでした。しかし、キリスト教の原理が未開民族であったゲルマン人に押しつけられ、カトリック教会の絶対的な権威が確立されていく過程で、個々の現実的な人間は、絶対的な存在としての神から分離されて、教会の権威によって支配される側に追いやられてしまったのです。自己と世界という対立構図と直接的に重なっていた思惟と存在という対立構図(両者の本質的な同一性の予感)は大きく歪められてしまい、「神の国」(宗教的な生活)と「地上の国」(外面的な生活)という対立構図(両者の絶対的分離)が描かれるようになり、自然(外的な自然と人間の自然=本性)は後者に属する価値の低いもので、克服されなければならないものだと捉えられるようになってしまったのです。

 以上のような説明に、他の会員も納得しました。

 このことを踏まえた上で、思惟と存在との対立の克服が近代哲学の課題となった経過について、確認しました。

 簡単には、個々の現実的な人間の力が強まってカトリック教会の絶対的権威に対抗していくようになっていくことで、宗教的な生活を外面的な生活に絶対的に優越させるという中世的なあり方が否定されていき、現実の自己意識が改めて出発点として設定され直されたのだ、ということでした。このことにより、思惟と存在という対立構図が明確に復活させられたのであり、この対立を何とかして克服しようと向かっていったのが近代哲学の歩みにほかならないのだ、ということでした。

 思惟と存在との対立の解決をめぐって哲学が実在論と観念論に分かれるとはどういうことか、という問題をめぐっては、会員間に大きな見解の相違はありませんでした。端的には、思惟と存在との対立を思惟の側から筋を通す形で克服するか、存在の側から筋を通す形で克服するか、対立する2つがあるからそれを克服する道も2つ考えられる、ということでした。

 近代哲学に特有な4つの対立(問い)とはどういうものか、という問題については、思惟と存在という根本的な対立に基づくものだ、この根本的な対立が特殊な形で現われたものだ、ということは共通して指摘されました。ただ、「具体的にどういうことなのかよく分からない」という率直な感想も出されましたので、それぞれの対立について、可能な限り突っ込んで検討してみました。@神の理念と存在との対立については、存在と思考を如何に一致させるかということを、この世界の絶対的本質にかかわるレベルで問うものであろう、ということになりました。A善と悪との対立については、この世界の絶対的本質たる神は理念としては完全な善であるべきはずなのに、現実には諸々の悪が存在する、という矛盾を解こうとするものかもしれない、ということになりました。B人間の自由と必然については、人間は内的には自由に振る舞っているが、外的自然は必然的に決定されているはずである(思惟は自由で、存在は必然である)という対立をどのように克服するか、という問題であろう、C魂と物質(肉体)との対立はBから派生したもので、魂と肉体はどのように結びついているのか、という問題であろう、ということになりました。

 チューターは、思惟と存在という根本的な対立に関わって、その時代の社会的認識――キリスト教の教義を個人の自覚の高まりとの関連でどのように解釈していくか――に規定される形で、もう少し具体的なレベルの一連の問いとして立てられたのが、この4つの問いであろう、と述べました。さらに、こうした流れが、やがてカントの二律背反につながっていくのではないか、との予想も述べました(Bがカントの4つの二律背反の3つ目と同じであることも指摘されました)。

 最後に、唯物論の立場から近代哲学の登場をどう評価するか、という問題について議論しました。

 この問題そのものについては、各会員から提示された見解の間に、大きな相違はありませんでした。チューターは、押さえておくべきポイントは2つあるだろう、として以下のように述べました。

 第一は、近代哲学の登場とは、自然の人間化の進展によって、人間が自然についての理解を深めつつ、それと同時に自然と関わる人間自身への理解も深めてきた流れのなかで、教会の権威(啓示的真理)によらず、自分自身のアタマで外的自然および内的自然(人間の本性)を理解したいという意欲を高めてきた結果にほかならないということです。

 第二は、教会の絶対的権威が具体的な個人を抑えつけていた関係が崩され、自己と世界という対立構図が改めて鮮明に浮かび上がってきたことで、これがやがて精神と物質の対立という構図(どちらが究極の根源かという問い)に整理されていく道筋が見え始めてきたということです。

 以上で、この論点1をめぐる議論は一応の終了としました。
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2016年07月03日

2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 前回までの4回にわたって、ヘーゲル『哲学史』のうち、近代哲学の黎明期について論じられている部分の要約を紹介してきました。ここで改めて、そのポイントとなるところをふり返っておくことにしましょう。

 まず、近代哲学についての序論部分において、ヘーゲルはまず、近代哲学は古代哲学が到達した原理である現実の自己意識という立場から出発すると説いていました。その上で、思惟の世界と存在する宇宙を絶対的に分離してしまっていた中世の立場を超えて、思惟と存在の対立を宥和させる(主観と客観とを統一する)ことこそが近代哲学の課題であったのだ、としていたのでした。ヘーゲルによれば、思惟と存在との対立を克服していくためには、2つの道がありました。第一は、経験を土台とする実在論的な哲学の道であり、第二は、内面的な思考(思惟)から出発する観念論的な哲学の道です。さらにヘーゲルは、近代哲学に特有な対立(問い)として、神の理念と神の存在との対立、善と悪との対立、人間の自由と必然との対立、魂と肉体との対立を挙げていました。これらの対立の存在を確認したヘーゲルは、近代哲学について、@存在と思惟の統一が独自の試案として具体性のない形式で予告される時期、A形而上学的統一として本来の近代哲学が始まる時期、B実現されるべき統一がどのようなものかが意識の対象となる時期、という3つの段階を経て発展していくのだ、という展望を示していました。

 続いて、ヘーゲルは、近代哲学の黎明期を対照的な形で代表する2人の人物として、イングランドの政府高官であったフランシス・ベーコンと、ドイツの靴屋の親方であったヤコブ・ベーメについて論じていました。

 ヘーゲルは、ベーコンについて、彼が導入した帰納法という方法、すなわち、経験を認識の唯一の源泉とみなし、経験にもとづいて思惟を秩序立てる方法こそ注目に値するものだ、と説いていました。ヘーゲルは、経験的な側面を研究することこそが、理念の発展と具体化にとって本質的な条件であり、ベーコンの指示によって生み出された経験的な近代科学がなければ、近代哲学は古代哲学を超えるものにはならなかっただろう、とも説いていました。一方で、ヘーゲルは、ベーコンの限界として、推論や概念なしに事柄を取り出すことなどできるはずがないのに観察と探究と経験だけから事柄を純粋に取り出した気になっていたこと、無意識のうちに形而上学的思考を働かせているのにそのことに気づいていないことなど、ベーコンの限界を指摘してもいました。

 ヘーゲルは、ベーメについて、ドイツで初めての哲学者であり、彼の哲学の内容は正真正銘のドイツ流である、としていました。ベーメの際立った特徴は、知的世界を自分の心情の内部に移し入れ、かつては彼岸にあった一切を自分の自己意識において直観し認知し感じるという、プロテスタントの原理であった、というのです。ヘーゲルは、ベーメの根本理念が一切を絶対的な統一のうちに維持することにあり、その中心思想は万物のうちに神聖な三位一体を捉えることである、と説いていました。ベーメの神は、自分で自分を分割していく対立物の統一体としてイメージされており、存在する一切のものはこの分割から流出すると捉えられたのだ、ということでした。このようにヘーゲルは、絶対的な対立を統一しようとするベーメの思想の深みについては高く評価していたのですが、一方で、彼が概念を欠いていたために、非常に強引で支離滅裂な記述にしかならなかったことも指摘していました。

 2016年6月例会の場では、おおよそ以上のような内容に関わっての報告を受けて、参加したメンバーから諸々の意見・論点が提起され、議論がたたかわされました。これから、その内容を、大きく3つの論点に沿って整理した上で、紹介していくことにします。今回はその3つの論点を紹介し、次回以降、討論の具体的な内容を紹介していくことにします。


1、近代の哲学は如何なる課題に取り組んだのか

 近代哲学は、古代哲学が到達した原理(現実の自己意識)から出発して、思惟と存在との対立を克服しようとすると説かれているか、これはどういうことか。そもそも思惟と存在との対立とは、中世においてどのようなものとして考えられていたものなのか。この対立の解決をめぐって、哲学が実在論と観念論に分かれるというのはどういうことなのか。また、近代哲学に特有な問いとして4つの対立――@神の理念と存在との対立、A善と悪、B人間の自由と必然、C魂と物質の対立――があげられているが、これらはどのように関連しているのだろうか。
 唯物論の立場からは、近代哲学の登場をどのように評価することができるだろうか。


2、フランシス・ベーコンの意義と限界とは

 ヘーゲルは、ベーコンについて経験的な認識の進め方についての一般原理を打ち立てたと評価している。ヘーゲルは、哲学史の歩みにおいて経験的な側面の研究が果たした役割についてどのように捉えているのか。経験的な側面の研究(形成)が理念の発展と具体化(規定)にとって必然的な条件となる、と説かれている(藤田訳ではp.25、長谷川訳ではp.172〕)が、これはどういうことなのか。また、経験的な認識方法の限界について、ヘーゲルはどのように説いているか。
 唯物論の立場からすれば、哲学の歴史において果たしたベーコンの役割(意義と限界)をどのように評価することができるか。


3、ヤコブ・ベーメの意義と限界とは

 ヘーゲルは、ベーメの一般観念は深遠で根本的なものだが、その記述は粗野なものである、と述べている。ヘーゲルは、ベーメの思想の深遠さは、(α)神の子なる光が諸性質から産出されるという生き生きとした弁証法、(β)神(光)が自己自身を分離すること、の2点に認められるとしている(藤田訳ではp.69、長谷川訳ではp.203)が、これはどういうことなのか。一方で、そうした深遠な思想が非常に粗野な形でしか展開されえなかったのは何故なのか。
 唯物論の立場からすれば、哲学の歴史において果たしたベーメの役割(意義と限界)をどのように評価することができるか。
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2016年07月02日

2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』ヤコブ・ベーメ(続) 要約

 前回は、ヤコブ・ベーメについて論じられた部分の前半の要約を紹介しました。そこでは、ベーメが善と悪といった対立物を統一しようと悪戦苦闘したものの、概念が欠けていたために、恐ろしく乱暴で粗野な力が必要となったこと、ベーメの中心思想が、万物のうちに神聖な三位一体を捉え、一切を三位一体的の顕現として捉えようとするものであったことが説かれていました。

 さて、要約文紹介の最後となる今回は、ヤコブ・ベーメについて論じられた部分の後半の要約を紹介します。ここでは、全ての力の源泉たる「父なる神」から、光り輝く力である「永遠なる子」が生れ、さらに光と力の実体との内的統一たる聖霊へと至る、というベーメの三位一体的なイメージが説明されています。

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2、対立と苦悩

 第一に来るのが全ての力や性質の源泉ないし胚胎であったとすれば、第二はその出現である。この第二原理は極めて多様な形式をとって現われる中心概念のひとつで、例えば、言葉、分割者、苦悩、啓示、などの形式で現れるが、一般的にいえば、自我の働きによって生じる全ての区別や意志の源泉であり、さらには自然物の力のうちにあって、光がのぼるとき安定へともたらされる内面存在の源泉である。
 (a)第二段階についてベーメは、絶対的な存在としての神の直観ないし認識のうちに分裂が生じなければならない、という。なぜなら、不快感がなければ絶対的存在は何も明らかにならないからである。自分と対立するものをもたない限り、それはいつもひとりで外に向かうだけで自分に帰ってくることがないが、自分の出発点であった自分の内部に戻ってこない限り、自分の原状態については何もわからない、という。見られるように、ベーメは、最高の存在という空虚な抽象などとは比較にならないほどの高みに立っている。
 (b)ベーメは、全ての存在の始まりは神の言葉である、という。言葉は一なる神の流出であり、啓示された神そのものである(ギリシャ語のロゴスはもともと言葉と理性の両方を意味する単語)。流出する言葉は全ての力をもった知恵であり、色、徳、性質の始まりであり、原因である。全世界とはまさに創造力によってつくられた神の存在にほかならない。
 (c)ベーメは、子は父に由来し、父のうちにあり、父の心臓であり光である、という。子は太陽が世界全体に光を与えるように、父の全体に光を与える。子の生命力が重要である。
 (d)抽象的な中性体たる神とは別のものとして、全ての存在と被造物の創造主として、神の似姿が現われる。それは意志の流出のなかで全体を分割し、永遠なる一の意志を宥和させ、宥和した意志のなかから力と性質を根源的に生みだす。しかし、神の第一子ルシフェルと呼ばれるこの分割者は堕落し、代わってキリストが登場してくる。それが神と悪魔とのつながりである。まず他なる存在があり、次に自分に向き合う存在、一に向き合う存在があって、他が一と対立する。それが神のうちにあって神から発する悪の起源である。自己知とは、自分と向き合うこと、一切を自分のうちに焼き尽くす火だからである。ここにベーメ思想の深遠の極致がある。分割者のうちにはそのような否定的な苦悩があり、それがすなわち神の怒りである。神の怒りとは地獄であり、自分の力で自分のうちに向って想像力を働かせる悪魔である。
 (e)この分割者は、自分のなかから性質をくりだし、そこから無限の多様性が生じ、それによって永遠なる一は、統一体からの流出として感覚されるようになる。流出はどんどん進んで極限の鋭さに至り、火を噴くようになる。この火が高まって切迫してくると光が生じる。この光が他の原理を受け止める形式となる。それが一に帰っていく過程である。
 (f)ベーメは、分割者における対立をいうのに、「イエス」と「ノー」の形式を用いる。「イエス」はまったき力、生命であり、神の真理もしくは神そのものである。が、神は「ノー」がなければ自分が何者か分からないし、内部の喜びも感覚ももたないであろう。「ノー」は「イエス」の対極にあって、真理の存在を照らし出し、そこに対立が生れ、永遠の愛が発動し、感受され、意志されるのである。たえず対立し続ける「イエス」と「ノー」がなければ、全ての事物は無であり、運動なしにじっとしているだろう。――以上が第二段階の要旨であるが、ベーメには概念が欠けていて、宗教的な表現形式と化学的な表現形式しかないために、思想の深みで悪戦苦闘している。
 (g)感覚の無限の働きのなかから目に見える世界が生じる。世界とは流出した言葉が性質のうちに入り込み、自分の意志を勝ち取ったものである。


3、三位一体

 最後に来るのが三位一体の形式であり、光と分割者と力の統一であって、それが聖霊である。ベーメの抱く本質的なイメージはこうである。自然と被造物の深淵(存在)が神そのものである。どこかに神という名のひとつの物体(7つの泉の精霊がうむ物体ないし心臓)があると考えてはならない。全天をまとめる天である全体的な神の力が父なる神とよばれ、そこから全ての天使や人間精神が永遠に生れてくる。天上でもこの世でも、どこかに神の生まれない場所といったものを指定することはできない。空間的な被造物の円環を閉じ、そこに神があると考えるなら、そこにはすでに神の泉の7つの精霊が存在する。
 この三位一体は普遍的な生命であり、あらゆる個体のうちに欠けることなく存在する生命であり、絶対的な実体である。この世の全てのものはこの三位一体の似姿をとって生成する。人間の心臓や血管や脳髄に宿る精神、そこに働く力は全て父なる神を指し示す。その力から立ち現れる光で全身が力と認識を得て活動する。それが子なる神である。その光のなかから現われる理性、知性、技術、知恵が同じ力となって現われ、全身を統制するとともに、身体の外にあるもの全てを弁別する。この2つの働きが心の支配下でひとつとなるのが精神であり、それこそが聖霊の似姿である。木や石や茎にも3つのものがある。第一に力があり、そこから身体が生じ、木や石や茎になる。次に同じ物体に樹液が生じ、それが事物の心臓となる。第三に、そのなかに力が溢れ、匂いや味が生じ、それが事物の精神である。それによって生長や繁殖が行われる。3つのうちどれか1つでも欠けると、事物はもちこたえられない。このように、ベーメは全てが三位一体をなすものと考えている。
 ベーメの個々の記述には曖昧なところが多く、具体例をめぐる解説にはあまり汲み取るべきものはない。

 ベーメの深遠な思想は、(α)神の子なる光が、性質から生み出されるという生命力溢れた弁証法、および、(β)光そのものの分裂、の2つに認められる。論の進め方が粗野なのは明白だが、彼は思想に言葉を与えようとして、神の塩、チンキ剤、エキス、苦悩、爆発などの感覚的イメージを強引に用いたのである。しかし、一方で、絶対的な対立を統一しようとして悪戦苦闘する思想の底深さも明白で、彼は対立を極端な荒々しさのうちに捉えながら、その厳しさに怯むことなく統一を打ちたてようとしたのである。その表現形式は人を納得させるものではなく、細部については明確なイメージをつくることが不可能である。しかし、この人のうちにどれほどに深い哲学的思索の欲求があったか、それを見損なう人はいないだろう。
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2016年07月01日

2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』ヤコブ・ベーメ 要約

 前回は、フランシス・ベーコンについて論じられた部分の要約を紹介しました。そこでは、ベーコンがスコラ派のやり方に反対して現にあるものをありのままに観察しようとしたこと、経験的な認識の進め方についての一般原理を打ち立てたことが評価されていました。同時に、推論や概念を否定しようとしつつ自ら無意識のうちに推論を行っていたこと(そもそも推論を排除することは不可能であること)、物の内在的性質や自然の法則を認識しようとしつつ果せなかったことが限界として指摘されていたのでした。

 さて、今回は、ベーコンの対極において近代哲学の黎明期を代表するもう1人の存在たるヤコブ・ベーメについて論じられた部分の前半部分の要約を紹介することにしましょう。ここでは、ベーメが如何にして善のうちに悪を捉えるか、神を出発点として悪魔を捉えるかを問題としたものの、概念が欠けていたために、その思想が極めて強引で粗野な表現にしかならなかったことが説かれています。

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B ヤコブ・ベーメ

 ベーコンの対極をなすのがチュートンの神智学者ベーメである。イギリスの司法長官にして外的感覚的な哲学の総帥から、いわゆるドイツの哲学者にしてラウジッツ出身のドイツ人靴屋に目を向けよう。
 ベーメはラウジッツ北部、ゲルリッツ近郊のアルト・ザイテンベルクで、1577年、貧しい両親の子として生まれ、若い頃は農家で家畜の番をしていた。彼はルター主義の教育を受け、ルター主義を離れることはなかった。彼は、靴屋の下に修行にやられ、1594年には自ら親方となり結婚した。一生のうち何度か、神々しい光に囲まれ、最高の瞑想と喜びの日々を送る、といった感情の昂ぶりを経験している。1624年、靴屋の親方として亡くなった。
 彼の最初の著作は『黎明』で、以後たくさんの著作があるが、最も有名なのは『3つの原理について』と『人間の3つの生き方について』である。彼が大変な読書家であったのは確かで、特にパラケルススの作品を含む、神秘的、神智学的、錬金術的著作をよく読んでいる。彼は「チュートンの哲学者」と呼ばれたが、実際、彼によってはじめてドイツに独自の性格をもつ哲学が生み出されたのである。
 ヤコブ・ベーメは初めてのドイツの哲学者であり、その哲学の内容は正真正銘のドイツ流である。ベーメの際立った特徴は、知的世界を自分の心情の内部に移し入れ、かつては彼岸にあった一切を自分の自己意識において直観し認知し感じるという、既に述べたプロテスタントの原理である。一方で、ベーメの一般観念は深遠にして根本的なものであるが、他方、その神秘な宇宙観を展開する上で、明晰さと弁別が必要で、その努力をしてほしいと思うのに、叙述には明瞭さも秩序もない。体系的なつながりに欠け、分類の仕方にも大きな混乱が見られる。結局は支離滅裂である。
 彼の記述の方法は粗野なものといわねばならない。ベーメは、絶対的存在の生命や運動を心情のうちに感じるとともに、全ての概念を現実のうちに直観する。換言すれば、現実を概念として扱い、概念内容を提示するかわりに、自然物や感覚的性質を強引にもちだしてきて自分の理念を記述する。例えば、硫黄や水銀などは、彼にあっては、普通にいう物ではなくて、物の本質を現わし、概念が現実の形をとったものである。彼は理念に深い関心をもち、理念と格闘する。彼が述べようとする瞑想上の真理は、思考という形式がなければ捉えられない。思考のうちにこそ統一があって、彼の精神はその統一の中心にあるものと捉えられねばならないのであるが、まさにその思考の形式が彼には欠けている。思考によって統一がもたらされない以上、記述が強引なものになってしまうのは当然である。
 もうひとつ、彼は理念の形式として感覚的なイメージで語るキリスト教の形式を採用している。それは一面では粗野なやり方であるが、他面では、全てのものについてその現実ないし心情から出発して語るという臨場感があり、天上のことも自分の内面に引き下ろされる。
 信仰者にとっては精神が真理であるが、その真理には自己確信という要素が欠けている。自己意識にあっては思考や概念が、つまりブルーノのいう対立物の統一が不可欠だとすれば、まさに信仰に欠けているのがこの統一である。信仰の様々な要素は、特殊な形態をもつものとしてバラバラに存在し、特に、最高の要素たる善と悪、神と悪魔などがそうなっている。神は存在し悪魔もまた存在し、両者はそれぞれにある。神は絶対の存在だが、全ての現実を、とくに悪を所持しない絶対の存在とはどういうものか。ベーメは、如何にして善のうちに悪を捉えるか、神を出発点として悪魔を捉えるかを問題とした。しかし、彼には概念がなかったため、この問題は苦痛に満ちた闘争としてイメージされるだけであった。かれは、善と悪といった対立物を統一し、結合しようと悪戦苦闘するが、概念が欠けているために、恐ろしく乱暴で粗野な力が必要であった。
 彼の文章の背後には、哲学的思考が隠されているが、それにふさわしい表現を得ていない。彼には体系的な叙述を期待できないし、細部の正確な追究も期待できない。神の理念のうちに否定的なものを捉え、神を絶対のものとして捉えることは、思想形成がまだ極めて不充分なベーメにとっては、ぞっとするような闘いである。
 私はまず、ベーメの主要な理念に簡単に触れ、次いで、彼の掲げる個々の問題や形式をみていく。彼の根本理念は、一切を絶対的な統一のうちに維持すること――神の絶対的な統一と全ての対象の神のなかでの合一――にある。彼の中心思想、いうならば一切を貫く彼の唯一の思想は、一般化していえば、聖なる三重性、万物のうちに神聖な三位一体を捉え、一切を三位一体的の顕現ないし表現として捉えることである。三位一体こそ、全ての存在を成り立たせている一般原理であり、しかも、万物はこの三位一体を、イメージの三位一体ではなく、現実の、絶対の、理念としてうちに含む。ベーメの中心思想は、宇宙が全一の神の生命であり、万物が神の啓示である、ということである。詳しくいえば、全ての力や性質を包括する神という存在から、永遠なる子が生れ、それが力となって光り輝く。光と力の実体との内的統一が聖霊である。

1、父なる神

 第一に来るのが父なる神である。一なる存在としての神のうちに苦悩による区別が生じる(苦悩ということばは絶対的な否定力を、つまり自己を否定する力を、したがって絶対的な肯定を表わす)。問題の全ては、対立を含む否定的なものを単一体として思考することにある。つまり、苦悩(Qual)は内面の分裂であるとともに単一体でもある。そこから源泉(Quelle)が導かれる。否定力たる苦悩が生命力や活動力へと連なり、こうして苦悩は性質(Qualität)ともつながる。区別されたものが絶対的に同一であることを彼は断固として主張するのである。
 (a)ベーメの神は空虚な単一体ではなく、自分を分割していく対立物の統一体としてイメージされる。最初の一なるものは、様々な要素の全てがそこで調和する統一体とされ、偉大なる塩とも呼ばれる(塩というのは中世の一般的物質を表わす)。新プラトン派の一が知られざるもの、隠されたもの、認識されないものであったように、この偉大なる塩も、隠された、啓示されない存在である。
(b)父なる神は、全ての力と性質を未分化のまま含んでおり、この神の塩はまた全ての性質や力を含む神の肉体としても現われる。だからこそ、神は全ての実在の実在だといわれる。自然の全体、すなわち、天と地、天地のうちなる万物、天を超えたもの、等々を含めて、神の肉体であるとされるのである。
(c)中心概念のひとつが性質である。『黎明』には「性質とはものの動き、源泉、衝動である」という言葉があって、後にそれが苦悩に結びつく。そこには熱があり、熱が全ての万物の源泉となり、自然の全ての力を支配し、全てを温める。熱のなかの光が全ての性質に力を与え、全てを愛らしい歓喜に満ちたものにする。
 彼はまた全ての力を父とも名付け、この力を主だった7つの泉の精に分けるが、そこには混乱があって区分は明確ではない。7つが相互に浸透しあってひとつの精神となり、それぞれが神のうちで全体をなす、とされる。
 ――神が全てである以上、善のうちに悪を捉え、神のうちに悪魔を捉えることが求められる。この闘いがベーメの著作を全体として特徴づけ、彼の精神の苦悩を表わす。
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2016年06月30日

2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明(3/10)

(3)ヘーゲル『哲学史』フランシス・ベーコン 要約

 前回は、近代哲学についての序論部分の要約を紹介しました。そこでは、近代哲学が古代哲学の到達点たる現実の自己意識から出発して、思惟と存在との対立の宥和を課題としたこと、そのための行き方として実在論と観念論という2つの大きな潮流が生まれたこと、近代哲学が大きく3つの段階(具体性のない形式的統一、形而上学的統一、原理としての統一)をたどって発展していくことなどが説かれていました。

 さて今回は、近代哲学の黎明期を代表する1人であるフランシス・ベーコンについて論じられた部分の要約を紹介します。ここでは、経験的な方法が果した歴史的な意義と限界が、ヘーゲルなりの立場から論じられています。

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第1節 近代哲学の黎明

 最初に考察しなければならない2人の哲学者は、ベーコンとベーメである。両者は、人物としても、その哲学からしても、全く異質であるが、精神がその認識内容のうちをあたかも自己の領土内さながらに動いており、その占有した領土が具体的存在として現われて来るという点では一致しているのである。この領土はベーコンにあっては有限な自然的な現世的存在として規定され、ベーメにおいては内的な神秘的な、また神的なキリスト教的な存在および生活として規定される。なぜならば、前者は経験と帰納法を出発点とし、後者は神(三位一体の汎神論)を出発点とするからである。

A ベーコン

 形式からしてもはや真理の名に値せず、自分と自分の現実を確信している自己意識にとっては何の意味もないような彼岸の内容を捨て去ること――ヴェルラムのベーコン卿は、前代の人々がすでに行っていたこのことを明確な意識の下に表現し、もって全ての経験哲学の総帥となった。1561年にロンドンに生れた彼は、先祖や親戚と同じく政府高官となったが、陰謀と不正に加担し、裁判にかけられ、ロンドン塔に幽閉された。やがて免責され釈放されたが、もはや自尊心も他人の敬意も取り戻すことはできず、貧困のなかで残りの日々をもっぱら学問研究にいそしんで、1626年に亡くなった。
 ベーコンは、認識をその真の源泉たる経験と関係づけた人としていまも賞賛される。経験知の方法の頂点に立つ人と見なされる。実際、彼はイギリスで哲学と名づけられるものの正真正銘の指導者であり代表者であって、イギリス人は今もその枠組みを超えてはいない。ベーコンの最大の功績は、内外の自然現象にどう目を向けるべきか示した点にある。事実から出発し、事実に基づいて判断することが、時代の思潮となり、イギリス人のものの考え方の基調となったのである。
 現にあるもの(政治、心情、心理、外的自然、等々)のあり方と価値を、ありのままに観察するのがベーコンの態度で、実際にあるものをしっかり目を開いて眺めたとき、その直観が尊重され承認される。そこには理性の自己への信頼と自然への信頼が見られ、自然はもともと調和の取れたものだから、理性が自然に対して思考の目を向ければ、自然の真理を発見できると考えられている。彼は、スコラのやり方を目の前にあるものから目を瞑るものだとして全面的に排斥した。
 同時にベーコンは学問の方法にも考えをめぐらした。物事を正確に捉え、学問的認識の方法を確立しようとした。唯一注目すべきなのは、彼の導入した探究の方法であり、それによってこそ彼は科学史や哲学史に名を残したのである。彼は経験的な認識の進め方についての一般原理を打ち立てたのである。
 経験に基づく知や推理は、概念や哲学的思索に基づく知と対立する。キケロがソクラテスについて、哲学を人間の家々のなかに引きずり込んだ、といっているのには、経験的認識に対する、絶対的な概念に基づく認識の優越意識が見られるが、理念にとってはその内容が特殊なものとして形成される過程が不可欠である。また、純粋無垢な抽象概念は個別化され具体化されなければならないが、そのためには個々の事物の認識を欠くことはできない。個々の事物はそれとして探究されなければならず、物理的自然や人間の自然といった経験的な自然が知られねばならないのである。
 学問が出来上がっていれば、理念は自己から出発しなければならず、もはや経験的なものから始める必要はない。しかし、学問が完成したものとして形を整えるには、個々の特殊なものから一般概念への歩みが必要である。経験的な学問が形成されなかったならば、近代の哲学は古代の哲学を超えるものにはならなかったはずである。

 1
 ベーコンは経験を、認識の唯一の源泉と見なし、それに基づいて思考を秩序立てる。2つの作品が有名である。第一にあげられる『学問の進歩』についてでは、学問の体系的な総まとめが行われる。ここでは、記憶と空想と理性という精神的な能力の区別をもとにして、記憶の学問としての歴史、空想の学問としての詩(芸術)、理性の学問としての哲学という形で、学問の一般的分類が述べられている。しかし、これは学問の概念とは異質の原理を持ち込んで区別したものである。本当の分類は概念そのものの発展に即した分類でなければならい。知のうちには確かに自己意識が働いているし、現実の自己意識は記憶と空想と理性という要素を備えているが、この分類法は自己意識の概念から得られるものではなく、たまたまそうした能力が見つかった、という経験に基づくものでしかない。

 2
 ベーコンを引き立たせるもう1点は、第二の著作『ノヴム・オルガヌム(新機関)』で知の新しい方法を普及させようと精力的に努力したことである。彼は、前提とされた概念的で抽象的な定義から出発して推理を重ねていくというスコラの推論方法に強く反対し、経験の内容を前提とした帰納法を採用すべきだと主張する。彼がそれと知らずに本当に求めているのは、内容の取り換えにすぎない。彼は推論一般を排斥したのではなく、帰納法による推論は認めたのであり、無意識のうちに推論を行っているのである。経験主義者が、観察と探究と経験だけから事柄を純粋にとりだした気になっていたとしても、推論や概念なしに事柄をとりだすことなどできるはずはない。帰納法とは、観察を行い、探究を重ね、経験に目を向け、そこから一般概念を引きだしてくることなのである。

 3
 ベーコンの特色は、考察の形式面に現れる。彼は、自然哲学を原因の考察と結果の産出に分ける。さらに、探究される原因を目的因(形式的原因)と物質的原因(動力的原因)に分けて、前者が形而上学、後者が自然学の対象となる、という。肝心な点は、ベーコンが目的論的な自然観、目的因に基づく自然観察に反対していることである。目的因を追究することは無駄なことで、動力因の考察が中心とならねばならない。目的因の考察とは、動物の毛皮が厚い原因は寒暑を防ぐためとか、木に葉が茂る原因は太陽や風から実を守るため、といったものである。このような外的な目的の考察にベーコンが反対するのは理にかなっている。有機体とは事柄の内的概念そのものである内的な目的であって、外的な目的は有機体には縁のないもので、考察の対象とつながりをもたないのである。
 ベーコンが動力因の研究を幅広く行ったことは、大きな影響力をもった。このことは、ゲルマン民族の無分別な迷信に対置されるとき、ちょうどストア派その他の迷信に対してエピクロスの哲学がもっていたような効用をもった。
 彼は、物の内在的性質や自然の法則といった一般的な概念を形式(フォルマ)と名づけ、この形式の発見と認識を目標としたが、それを達成することはできなかった。
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 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
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 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
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 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
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 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
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 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
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 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
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 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
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