2016年12月30日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(9/10)

(9)論点3 唯物論の立場から哲学史を説く目的と方法とは何か。

 前回は、ヘーゲル『哲学史』を生命の歴史から見ていくとどうなるかという点について、どのような議論を行い、どのような(一応の)結論に至ったのかを確認しました。これについては、両者とも大きくは2部構成になっていることと、発展の終末局面において急激な発展をしていることが取り上げられました。2部構成になっていることについては、外界との相互浸透ということが関わっているのだろうが、ヘーゲル自身はその点を自覚できていないから、2部構成になっている必然性を捉えられてはいないだろうということでした。

 さて今回は、唯物論の立場から哲学史を説くにはどうすればよいかについての議論を紹介します。論点は以下のようなものでした。

【論点再掲】
 観念論の立場から説く哲学史と唯物論の立場から説く哲学史は何が同じで何が異なるのか。とりわけ哲学と社会の関係について、両者の立場の捉え方はどのように異なるのか。唯物論の立場から哲学史を説く必要性は何か。唯物論の立場から哲学史を説くために必要な作業は何か。


 この論点については、時間が大きく不足したために、あらかじめ各メンバーが出した見解を簡単に整理し、確認するのみに留まりました。

 まず観念論の立場から説く哲学史と、唯物論の立場から説く哲学史の共通点については、「ひとつの精神(認識)が発展してきたものだと捉える点では同じである」「精神の発展を描いているという点では・・・同じだと言える」という見解、さらに「人間がこの世界全体を自分自身のこととして体系的に筋を通して把握しきるに至る過程である」「自分自身を知ることと世界全体を知ることとは同じことであり、世界全体を自分自身のこととして分かること」という見解が出されました。精神の発展を捉えようとするのが哲学史ですが、自分自身はその精神の発展の先にいるのだという観点からすれば、これは結局自分自身を知ることとも言えます。このような形で提示された見解を整理しました。

 では、両者の差異は何かについては、まず観念論哲学と唯物論哲学の違いについて、あるメンバーが前回の例会での議論を踏まえて「観念的な自己をいわば神の立場に立たせて、世界全体を(その歴史性をも含めて)眺め渡すという過程において、これはフィクションであると自覚しているのが唯物論の哲学で、実際にその通りなのだ、自分はもともと神と同じものなのだ(自己=絶対精神)と思い込んでしまうのが観念論の哲学である」という見解を出しました。

 その上で、観念論の立場から説く哲学史と、唯物論の立場から説く哲学史の違いについては、「観念論の立場では、精神は精神として発展すると捉えるのに対して、唯物論の立場では、精神は、自然的・社会的外界との相互浸透によって発展すると捉える」「観念論の立場では、物質の(いわば見せかけの)運動の背後にある精神の運動を見てとるという形になる。一方、唯物論の立場では、精神はあくまでも物質の発展形態として捉えるのであるから、物質とのかかわりの中で精神の発展を捉える」「観念論の立場から説く哲学史は、精神はもともと神的なものとして存在していたのであり、自らの力で、本来の自己のあり方へとたち返っていくのだ、ということになるのに対して、唯物論の立場から説く哲学史では、客観的な世界の反映を原基形態として人間の頭脳において成立した精神が、人間が社会的労働を通じて客観的な世界(自然、社会)と主体的に関わっていく(問題にぶつかり解決しようと苦闘を積み重ねていく)なかで、世界の現象、構造、本質についての体系的な像を形成していくことになる」という見解が出されました。

 結局、観念論の立場では精神が自らの力によって発展すると捉えるのであり、唯物論の立場では精神が物質的な外界(自然・社会)との相互浸透によって発展していくということで、ほぼ共通した見解であることを確認しました。

 哲学と社会の関係については、「観念論ではその精神(哲学)の現れとして社会が存在すると考えるのに対して、その精神が社会を統括しているのと捉えるのが唯物論だと言える」という見解が出されましたが、唯物論の立場では確かに精神=哲学とも言えるが、観念論の立場ではすべてが精神であり、哲学はその一形態であるから、精神と哲学を同一視することはできないのではないかという疑問が提示されました。一方、別のメンバーの出した見解は「観念論の立場においては哲学も社会も世界精神の現れであるが、哲学はその最高の成果としてあるのに対して、唯物論の立場においては社会(複数の人間が協同によって自然に働きかけ、また相互に働きかけ合いながら、生活を生産していく集団)のなかで、自然および社会と人間の認識との相互浸透を通じて、次第に形成されていくものだ」というものでした。ここでは観念論の立場では哲学も社会も精神の現れとして捉えられており、こちらの方が妥当ではないかということになりました。

 唯物論の立場から哲学史を説く必要性(なぜ観念論の立場ではなく唯物論の立場から説く必要があるのか)については、「対立物との統一においてこそ、真の発展の必然性が捉えられる」「唯物論の立場でなければ、精神と自然・社会との相互浸透の関係の捉え方が甘くなってしまい、精神の発展の構造がまともに捉えられなくなってしまうから」という見解が出されており、要するに外界との相互浸透という視点をもってこそ精神の発展の構造(必然性)がしっかり捉えられるのだという点で同様だということを確認しました。

 唯物論の立場から哲学史を説くために必要な作業については、「サルから人間に至る過程でどのように認識が誕生したのかという点からきちんと筋を通すこと」、「アリストテレスが現象論、カントが構造論、ヘーゲルが本質論という把握がなされているが、それがどういうことかを把握すること」「人類(精神)と世界との相互浸透という観点から、世界歴史の流れを把握すること」「(自らが)専門分野における学問の構築過程を辿ること」などの意見が提示されました。

 以上で、12月例会の議論を終えました。
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2016年12月29日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(8/10)

(8)論点2 生命の歴史とはどのようなものか

 前回は、ヘーゲル『哲学史』全体に関わる論点について、どのような議論を行い、どのような(一応の)結論になったのかを紹介しました。端的には古代ギリシャにおいて、現実の世界と観念の世界が未分化な状態から明確に分離され、両者の一致ということが課題となったのでした。しかし、それが果たすことができないなかで現実の世界が否定され、新プラトン派において、自己の内部にある抽象的で無内容な主観的世界を、具体的に規定された世界―叡智的世界―として構成しなおそうとしたのでした。近代においては、具体的な意識とは別個のものとして広がっている叡智界(=「観念の世界」)、および、具体的な個人の眼前に広がっている自然(=「現実の世界」)の両方を、自分自身の意識のなかに取り戻そうとする試みが始められ、それがヘーゲルにおいて果たされたのだということでした。

 さて今回は、このヘーゲル『哲学史』を生命の歴史から見ていくとどうなるかという点についての議論を紹介します。論点は以下のようなものでした。

【論点再掲】
 生命の歴史は、結局、何を目指した過程と言えるか。その過程において、単細胞段階、カイメン段階、クラゲ段階、魚類段階、両生類段階、哺乳類段階(哺乳類→サル→ヒト)は、どのような役割を担う段階として位置づけられているか。それにヘーゲルの哲学史を対応させると、どのようなことが言えるか。


 まずこの論点の文言に関わって、「何を目指した過程と言えるか」というと生命体が意志をもって発展していったようになり、このままでは観念論になってしまうのではないかという指摘が出されました。生命体はあくまでも結果として人間まで発展していくことになったのであり、生命の歴史はその結果から過程を捉え返そうとしたものだということを押さえておかないといけないということでした。これは全員が納得しました。

 その上で生命の歴史が何を目指したものなのかについては、「『自由(自在)』を目指した過程」「地球環境に生命体がしっかりと対応できるようになっていく過程」「地球から分離した生命体が、母体たる地球(および月、太陽など)と相互浸透しながら、主体的な自由を獲得していく過程」など、ほぼ共通した見解が出されました。

 さらにその過程は魚類段階までとそれ以降で大きく2つに区分できるという捉え方も共通しており、「魚類段階は、水中での運動体としての完成であり、それ以前の段階は、魚類に至るための実力を培う段階として位置付けられるとともに、魚類段階で創出された統括器官・運動器官・代謝器官という形態がスタート地点となって、地上での運動性が徐々に獲得されていく」「統括する存在が創られる過程とそれが使われる過程という2つに区分することができる」「水中での発展(a〜d)という第1部と、陸上での発展(e〜f)という第2部に分けられる」「生命体は、水中で培った実力を引っさげて陸上に進出」などの見解が出されました。

 その上で、ヘーゲル哲学史との対応関係について確認をしました。その際の注意点として、メンバーの一人が「『生命の歴史』では、運動・変化・発展の論理が説かれているのであるが、運動・変化・発展の一般性と、『生命の歴史』に特殊な運動・変化・発展の論理(特殊性)をしっかりと区別しなければならない」という指摘を行いました。何となくイメージとして似ているからといって対応させていくのではなく、そこにはどんな運動・変化・発展の論理があるのか、それは一般的な論理なのか生命の歴史のみに当てはまる特殊な論理なのかを考えなければならないということです。これは全員が納得しました。

 具体的な対応関係については、メンバーの一人が、古代ギリシャ哲学という第1部と、近代哲学(ゲルマン哲学)という第2部に分け、「第1部では、精神は、自己意識をもつようになり、『現実の世界』を『観念の世界』に解消した上で、その『観念の世界』を、具体的に規定された内容のある叡智界として完成させる。第2部では、『観念の世界』と対立する『現実の世界』が厳然としてあることを(改めて)確認した上で、思惟(「観念の世界」)=存在(「現実の世界」)という宥和が実現される」という見解を提示しました。

 これに対して、別のメンバーが「確かに2部にわかれる点は共通しているが、それは偶然ではないのか。偶然ではないとすれば、そこにどんな必然性があるのか」という疑問を提示しました。

 この問題については、まずそもそもヘーゲルの哲学史の2部構成とはどういう段階からどういう段階へと発展したのかを検討しました。これについては、ヘーゲルの哲学史においては、現実の世界と観念の世界の2つを重ね合わせるということが大きな課題となっていたわけですが、その重ね合わせ方の違いなのではないかという見解が出されました。つまり、新プラトン派までは表象レベルであったのに対して、近代哲学においてはこれが概念レベルで行われるようになったということでした。

 疑問を出したメンバーはこの見解に対して、「なぜそのような発展がなされるのか、そこに2部構成になる必然性はあるのか」とさらなる疑問を提示しました。これについては、やはり生命の歴史と同じように環境の変化が関わっているのではないかという見解が出されました。生命の歴史では海のような(相対的に)安定した環境から、陸のような(相対的に)変化の激しい環境へと移り変わっています。ヘーゲルの哲学史においても、海(地中海)の近くの限られた世界から、ヨーロッパ内陸を中心としたヨーロッパ世界全土という環境の変化が存在するのではないかということでした。ただし、ヘーゲルは環境との相互浸透が説けていないから、ヘーゲル自身は2部構成になる必然性は見えていないのではないかということでした。この見解には全員が納得しました。

 また、メンバーの一人は生命の歴史において、哺乳類が四足哺乳類からサルへ、さらにヒトへと発展していることと、ヘーゲルの哲学史においてドイツ観念論がカントからフィヒテ、シェリングを経てヘーゲルへと発展していることが非常に似ているという見解を出しました。つまり、発展の終末局面において、急激な発展をしていくという点は共通しているのではないかということでした。これについて、別のメンバーは、確かに発展が進むにつれて複雑な構造をもつようになると、外界との相互浸透もより複雑になって加速度的に発展が進むということが言えそうだと発言しました。

 一応、以上のような結論に至って、この論点についての議論を終えました。
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2016年12月28日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(7/10)

(7)論点1 ヘーゲルの哲学史とはどのようなものか

 前回は、今回扱った内容を再度まとめ直した後、例会で扱った3つの論点を紹介しました。

 今回からは、それぞれの論点に対してどのような討論がなされ、どのような(一応の)結論が出されたのかのプロセスを紹介していきます。

 まずはヘーゲル『哲学史』全体に関わる論点です。以下に再掲します。

【論点再掲】
 ヘーゲルの哲学史は、何を目指した過程と言えるか。その過程において、「結語」に示している8つの段階は、どのような役割を担う段階として位置づけられているか。


(注)ヘーゲルは哲学史を大きく8つの段階に区分しています。
@与えられた対象から出発してそれを理念に転化した「ある」(存在)の段階
A抽象的思考であるヌースが全体を貫く実在として知られるようになるイデアの段階(プラトン)
B概念的思考が宇宙のすべての形態に精神をふきこむ段階(アリストテレス)
C概念が主観としてあらわれ、主客の抽象的な分離が生じる段階(ストア派から懐疑主義)
Dすべての実在のうちに理念を見るが、その理念が自己を知らない段階(新プラトン主義)
(近代の課題:理念を精神として、自己を知る理念として、とらえること)
E自己意識が自分が意識であると考える段階(デカルトからライプニッツ)
F自己意識が他とも否定的な関係を結ぶ段階(フィヒテ)
G自己意識が純粋な思考と存在を一体化したものとして認識する知的直観の段階

 この論点については、まずヘーゲルの哲学史が何を目指した過程と言えるかを確認しました。これについては、おおむね同じような見解が出されました。つまり、この全世界が自己自身の展開なのだという把握こそ「世界=自己」という意識をもつこと、自らが絶対精神であると自覚するということであり、ヘーゲルの哲学史はこの過程を描いたのだということです。それは世界全体を論理的に把握することであり、吉本隆明流に言えば、学問の世界と実体の世界が重なり合うレベルで一致するということであるということです。ここで一人のメンバーから、ヘーゲルの言う「自由とはどういうものかを確認しておいた方がいいのではないか」という意見が出されました。そこで、チューターの方から「自由とは、自分に由るということであり、すべては自分から生まれてきているということである」と解説しました。また、別のメンバーは「自由とは他に依存しないということであり、他のものがないということ、つまり、すべては自分自身なのだということである」と解説しました。つまり、「世界=自己」という把握をすることが直接に自由なのだということです。

 この過程を@〜DとE〜Gという2つにわけている点はみな共通していました。メンバーの一人は「@〜Dは、絶対精神があくまでの自己の視点から世界を眺めていた段階であり、E以降は神的な視点から、自己(意識)と物質世界を対象化しうる視点から、精神と物質を眺めてその統一を目指した段階だ」という見解を提示しました。これについて、別のメンバーから、「言いたいことはわかるけれども、ヘーゲルにおいてはすべては絶対精神なのであり、神的な立場の神というのも絶対精神なのであり、この神的な視点というのも絶対精神としての自己の視点なのではないか。そういう意味で自己の視点と神的な視点という形で対比した表現はあまり適切ではないと思う」という見解が出されました。そして、「あえて言えば、個別的人間の視点と神的な視点という対比になるのではないか」ということでした。これについては見解を提示したメンバーも納得しました。

 一方、チューターは「@〜Dを自分自身こそが絶対的実在なのではないかという予見が生まれる段階」「E〜Gは自らが絶対的実在であること(絶対精神であること)を確信する過程」という見解を出し、別のメンバーは「人間と神とは同じものであるという啓示が、イエス・キリストの降誕と受難によって与えられるが、これはイエス・キリストという特殊な人間についてのものと捉えられ、人間一般というレベルではまだ把握されなかった」という見解を出していました。両者の関係について、チューターは前者を詳しくしたものが後者だと整理していたのですが、それに対して異論が出されました。つまり、チューターの見解では予見から確信へということでいわば濃淡の違いであるのに対して、もう一人のメンバーの見解では個別から普遍という違いになっており、両者は異なっているということでした。これについてはチューターも納得しました。さらにどちらの見解の方が妥当かという点については、やはりイエス個人が神(絶対精神)だと捉えられていたものが、人間一般に拡大したのだと捉える方が妥当だろうということになりました。

 その上でチューターは、最初に出されていた見解(自己の視点から神的な立場の視点へ)という見解と、この見解(個別から普遍へ)との関係はどうなるのかと問題提起し、次のように解説しました。最初は自分の立場にしか立てていないわけですから、目の前のイエスが神だということしかわかりません。しかし、やがて神的な立場(第三者の立場)に立てるようになると、自分も含めて、人間一般が神(絶対精神)であることがわかったということです。この整理については、他のメンバーも納得しました。

 続いて、各段階の意義について具体的に見ていきました。まず@については、世界の本質が探究されるようになった段階ということで見解が共通していました。しかし、吉本隆明のいう「実体の世界」と「学問の世界」という観点から、あるメンバーは「『学問の世界』を描いたはじめと言えるだろう」としているのに対して、別のメンバーは「『現実の世界』をあるがままに眺め、『現実の世界』のなかに絶対的な本質を見い出そうとするものであった」としており、この段階では「学問の世界」はまだ誕生してきていないという見解を出していました。この点について議論を重ねた結果、結論としては次のようになりました。当初はこの「実体の世界」も「学問の世界」も混然一体として存在していたのであり、それが@の段階だということです。エレア派が「すべては一だ」と唱えたあたりから少しずつ「学問の世界」の姿が見え始めてきたが、明確に「実体の世界」から分離したのはアナクサゴラスやプラトンの段階であろうということになりました。このように未分化なものが分化するということは発展の一般的なあり方だと言えるだろうということでした。

 次のAについては、ほぼ共通した見解が出されていました。つまり、この世界の本質が物質的な現実の世界とは別のところ(精神的な存在)に見出さなければならないことが明らかになってきたということです。アナクサゴラスのヌースやプラトンのイデアがそれですが、ただしこの段階では学問の世界と実体の世界が並びたてられるだけで、両者のつながりが明確になっていなかったのでした。

 この課題を克服しようとしたのがBのアリストテレスだという点も共通していました。ここで、チューターは「イデアから現実の世界が生まれ、その現実の世界がイデアに引っ張られるような形で運動すると説いた」という見解を出していましたが、これについて「イデアに引っ張られるというのはいいとしても、イデアから現実の世界が生まれるということをアリストテレスは説いていたのか」という疑問が出されました。また「この見解だと円環運動のイメージになるが、アリストテレスは一直線というイメージだったように思う」という意見も出されました。これについて別のメンバーが「神から現実の世界が生まれるとは言っているようなので、その神をイデアだと捉えればこういう解釈も成り立ちうるだろうが、まだアリストテレスの段階ではこのように筋の通った把握はなされていなかったのではないか」と発言しました。チューターはこれらの意見に同意し、アリストテレスは学問の世界と実体の世界を重ね合わせようとしていたのだということを確認しました。このアリストテレスの限界について、別のメンバーは、「この能動的ヌースというのは、『現実の世界』の具体的な内容とは別個の主体(能動的ヌースにとって、具体的な内容は外から与えられるもの)と捉えられていたし、具体的な個人の意識とも重ねられていなかった」と指摘していましたが、これは全員が納得しました。

 Cについては、「表象レベルで一致することをもって満足するストア派とエピクロス派に対して、そもそも両者は一致などしないのだ、真理なんてものはないのだとする懐疑主義」という見解と、「エピクロス派やストア派は、表象レベルの認識において『現実の世界』と『観念の世界』の一致を見いだして満足しようとしたが、最終的に、スケプシス主義〔懐疑主義〕において、具体的な個人の自己意識から独立した客観的な世界そのものが否定されてしまう」という見解が出されましたが、両者はほぼ共通しており、要するに「現実の世界」と「観念の世界」をどのような形で一致させるか(真理とは何か)が問題とされたものの、結局、真理など存在しないのだとして、「現実の世界」が廃棄されてしまったということを確認しました。

 Dについても各自が見解を出しましたが、あるメンバーが出した「自己の内部にある抽象的で無内容な主観的世界を、具体的に規定された世界―叡智的世界―として構成しなおそうとした。そのために、世界の全ては一者(=神)からの流出なのであり、あらゆる存在は精神的なものであるとされた」という見解がすべてを包摂しているだろうということになりました。新プラトン派は、「太陽が全世界を覆っている」というような表象レベルで観念の世界を説いたのだということでした。

 これについて、あるメンバーから疑問が出されました。新プラトン派が表象レベルで説明したということと、ストア派やエピクロス派が表象を真理の基準だとしたこととは何が違うのかということでした。これについて、別のメンバーは、そもそも表象ということが出てくる根源が違うと発言しました。ストア派やエピクロス派では、「現実の世界」と「観念の世界」の一致をどこに見出すかという問題意識の中で表象こそその一致の具体的なあり方だと主張したのあるが、新プラトン派では、そもそも「現実の世界」は否定されてしまって、観念の世界を抽象的無内容とせず具体性をもったものとして説こうとする中で表象レベルの説明が出てきている、ということでした。これについては疑問を出したメンバーも納得しました。ただ、このギリシャ哲学のレベルは全体としてみれば表象レベルだったということが言えるのではないかと発言しました。これについては他のメンバーも同意しました。

 続いて、Eについては、「近代に至って、具体的な理念として捉えられた世界の全体(新プラトン派で打ち立てられた叡智界)を、具体的な個人としての意識から、自分自身のものとして捉えていこうとする。具体的な意識とは別個のものとして広がっている叡智界(=「観念の世界」)、および、具体的な個人の眼前に広がっている自然(=「現実の世界」)の両方を、自分自身の意識のなかに取り戻そうとするのである」「それ以前は主観と客観という形で分けていたものを、それらを対象化して精神と物質という世界の二大存在として眺めうる神的視点に立てるようになった」などの見解が出されましたが、これらはほぼ同様の見解であることを確認しました。また、その近代の哲学の出発点であるデカルトについて、「自己を思考する自己意識こそが絶対的な実在だと考えた」「人間は精神であるという自覚は、まずデカルトにおいて芽生えた」という見解が出されましたが、これも妥当だろうということを確認しました。

 この自己意識からすべてを説こうとしたのがFのフィヒテの段階であり、それが果たされ、当初掲げた自由が実現するのがGの段階であるという点もほぼ共通した見解でした。

 こうして各段階についての確認を行ってきたわけですが、全体としてこれまでの議論で出てきた見解を整理するにとどまっており、ヘーゲルが実際に書いている言葉から遊離してしまった感があった点についての反省がなされました。ただ、実際問題として、ヘーゲルの文言に忠実に沿って検討していくのはかなり難しいものがあっただろうという見解も出されました。またいずれ我々が哲学史を書くときには、再度ヘーゲル『哲学史』を読み返していくことにしようという意見も出されました。

 以上で論点1についての議論を終了しました。
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2016年12月27日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 ここまで、ヘーゲル『哲学史』全体の要約を紹介しました。ここで改めて重要なポイントについてふり返っておきたいと思います。

 そもそも哲学とは、ヘーゲルによれば「普遍的内容として、あらゆる存在であるような思想である」ということでした。そしてその哲学の始まりは古代ギリシャにあり、哲学史は、思想を理念にまで発展させたギリシャ哲学と、思想を精神として把捉したゲルマン哲学という大きく2つに区分できるということでした。

 古代ギリシャ第1期において、世界の本質(絶対的実在)が探究されるようになったのでした。当初は水や空気など現実の物質的な世界に存在するものがその本質だと考えられていましたが、徐々に現実の物質的な世界とは別のところに本質は存在するのではないかと考えられるようになり、精神的なものがこの世界を動かしているのではないかと主張されるようになったのでした。プラトンのイデアはその精神的なものを捉えたものだったのですが、そこには主体性の原理が欠けており、物質的なものと精神的なものが並び立っている状態だったのでした。それを克服しようとしたのがアリストテレスであり、ここで古代ギリシャ第1期は終了することとなります。

 古代ギリシャ第2期は、独断論と懐疑論の時代です。ここでは真理とは何かが問われ、それに対して諸々の解答を与えたのですが、結局、全ての外的な存在、特定の内容や固定観念や真理が否定されたのでした。

 続く古代ギリシャ第3期は、新プラトン派です。新プラトン派において、絶対的な実在は自己意識と無縁のものではなく、自己意識と直接に関わらないような実在は存在しない、という理念ないし原理が世界精神の一般原理となったのでした。そして、この新プラトン派において、自己意識が絶対的実在であり、絶対的実在が自己意識であるという知が生まれたのですが、この自己意識はひとりの人間(イエス)という生身の存在でしかなかったのでした。

 ここからギリシャ哲学とゲルマン哲学の過渡期にあたる中世の哲学に入ります。中世のスコラ哲学では、真理は現実の土台をなしておらず、生活の全般が2つの部分に分裂し、精神の国と世俗の国が対立していたのでしたが、やがて教会が世俗化していくとともに、世俗の権力そのものも精神化されて、学問は目の前の材料を扱うようになり、世俗的なものがそれなりに価値を認められ、主観的自由に基づいて捉えることができると見なされるようになったのでした。

 こうして近代の哲学の幕開けとなります。デカルトを出発点として、理性を自立的な出発点とし、自己意識が真理の本質的契機であることを自覚している哲学がスタートすることとなったのです。そこでは存在と思惟の統一ということが大きな課題となり、これに応えようとして諸々の哲学が生まれてきたのであり、その最終段階としてドイツ哲学(ドイツ観念論)が位置づけられています。カントにおいて物自体と自我という対立が明確になり、フィヒテは自我一元論を唱えようとしたものの克服することはできなかったのでした。この流れを受け継いだシェリングは、「理性は主観と客観との絶対的無差別である」という命題を知的直観によって示したものの、それを証明することはできなかったのだということでした。

 2016年12月例会の場では、おおよそ以上のような内容に関わっての報告を受けて、参加したメンバーから諸々の意見・論点が提起され、議論がたたかわされました。これから、その内容を大きく3つの論点に沿って整理した上で、紹介していくことにします。今回はその3つの論点を紹介し、次回以降、討論の具体的な内容を紹介していくことにします。

論点1 ヘーゲルの哲学史とはどのようなものか
 ヘーゲルの哲学史は、何を目指した過程と言えるか。その過程において、「結語」に示している8つの段階は、どのような役割を担う段階として位置づけられているか。

論点2 生命の歴史とはどのようなものか
 生命の歴史は、結局、何を目指した過程と言えるか。その過程において、単細胞段階、カイメン段階、クラゲ段階、魚類段階、両生類段階、哺乳類段階(哺乳類→サル→ヒト)は、どのような役割を担う段階として位置づけられているか。それにヘーゲルの哲学史を対応させると、どのようなことが言えるか。

論点3 唯物論の立場から哲学史を説く目的と方法とは何か。
 観念論の立場から説く哲学史と唯物論の立場から説く哲学史は何が同じで何が異なるのか。とりわけ哲学と社会の関係について、両者の立場の捉え方はどのように異なるのか。唯物論の立場から哲学史を説く必要性は何か。唯物論の立場から哲学史を説くために必要な作業は何か。

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2016年12月26日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』要約C 近代の哲学

 前回はギリシャ哲学第2期、第3期、および中世の哲学の部分の要約を紹介しました。古代ギリシャ第2期において真理とは何かが問われ、全ての外的な存在、特定の内容や固定観念や真理が否定されたのでした。そして第3期の新プラトン派において、絶対的な実在は自己意識と無縁のものではなく、自己意識と直接に関わらないような実在は存在しない、という理念ないし原理が世界精神の一般原理となったのでした。
 中世のスコラ哲学では、真理は現実の土台をなしておらず、生活の全般が2つの部分に分裂し、精神の国と世俗の国が対立していたのでしたが、やがて教会が世俗化していくとともに、世俗の権力そのものも精神化されて、学問は目の前の材料を扱うようになり、世俗的なものがそれなりに価値を認められ、主観的自由に基づいて捉えることができると見なされるようになったのでした。

 今回はデカルトを出発点として始まる近代の哲学の部分の要約です。
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第3部 近代の哲学

序論

 宗教改革とともに第3期が始まる。人間は自分自身を信頼し、自分の思惟そのものを、自分の知覚を、自分の内と外の感覚的自然を信頼するようになる。近代の哲学は、古代の哲学が到達した原理から、すなわち、現実の自己意識(現実に存在する精神)という立場から出発する。近代の哲学は思惟の世界と存在する宇宙を分離する中世の立場を超えて、この2つの領域を対立するものと捉え、その対立を克服しようとする。したがって、主要な関心事は、対象の真理とは何かを思惟することではなく、前提された客観の意識化にほかならぬ主客の統一過程を思惟することである。統一を概念的に捉えるには2つの道がある。ひとつは経験を土台とする方向、もうひとつは内面的な思考から出発する方向である。だから、対立の解決という点からして、哲学は2つの主要な形式――実在論的な哲学の形式と観念論的な哲学の形式――に分かれる。換言すれば、思考の客観的な内容を知覚から引き出してくる哲学と、思考の自立性から出発して真理へ向かう哲学とに分かれるのである。しかし、この2つの方向はやがて合流するものである。

1、近代哲学の黎明

 精神がその認識内容のうちをあたかも自己の領土内さながらに動いており、その占有した領土が具体的存在として現われて来る。この領土は経験と帰納法を出発点とするベーコンにおいては、有限な自然的な現世的存在として規定され、神(三位一体の汎神論)を出発点とするベーメにおいては、内的な神秘的な、また神的なキリスト教的な存在および生活として規定される。

2、思惟する悟性の時期

 デカルトとともに、新プラトン学派以来はじめて、本格的な哲学が登場する。それは、理性を自立的な出発点とし、自己意識が真理の本質的契機であることを自覚している哲学である。しかし、神の規定、現象する多の世界観はいまだ思惟から必然的に発するものとして示されるには至らず、そこにあるのは、イメージや観察や経験によって与えられる内容についての思惟にすぎない。
 一方には形而上学(抽象的な思惟そのもの)があり、他方に特殊な学問(経験に由来する思惟の内容)がある。思惟に妥当する諸規定は思惟そのものから取り出されるべきだというア・プリオリな思惟と、我々は経験からはじめ、推理し思惟しなければならない、という規定との対立がある。これこそ、合理論と経験論との対立であるが、その対立はとことんまで突き詰められるものではない。というのも、内在的な思惟のみに価値を認める哲学が、思惟の必然性に依拠して首尾一貫した方法的発展の道筋をたどるのではなく、内外の経験からも内容を得てくることがあって、形而上学的側面に経験的な方法が入り混じるからである。

(1)悟性形而上学

 形而上学は実体への傾向にほかならないから、二元論に反対して、ひとつの統一、ひとつの思惟を確立しようとする。しかし、形而上学それ自身の内部には、実体を重んじる立場と個体を重んじる立場との対立がある。第一は、無邪気で無批判な形而上学であり、存在と思惟の統一を立てるデカルトとスピノザである。第二は、経験の形而上学的な理念を考察しつつ対立そのものを扱うロックである。第三にライプニッツの単子に至ってはじめてそれ自身世界観の総体となるのである。

(2)過渡期

 カント哲学に至るまで思惟は凋落の一途を辿る。上述の形而上学に対立して、いわゆる一般的な通俗哲学、すなわち反省的経験論と呼ばれ得るものが台頭する。これまで現れた諸々の矛盾、その作為的な技巧性――神の助力、予定調和、最善の世界、等々――対置されたのは、教養ある人間の胸裏に感じられ直観され崇められたものを内容とした、精神に内在する確固たる根本原理である。これらの具体的な諸原理は、ただ彼岸の神のなかにのみ解決を見出すのとは違って、人が一般に健全なる人間悟性(良識)と呼んできたものから見い出された現世的な宥和であり自立性であり、また合理的に納得のいく拠りどころにほかならない。しかし、生まれながらの知や直接的な感情を標準とする人は、宗教や倫理的事象・法律的事象が人間の胸裏に内容として見出されるときには、これが教養や教育のお陰であり、教養や教育によってはじめてこのような根本命題が自然な感情とされてきたのだという事実に気づかないのである。気づかないままに、このような自然な感情や健全な人間悟性が原理とされているのだから、原理の多くが理にかなったものであるのは当然である。このようなものが、18世紀における哲学である。
 ヒュームは懐疑論者であり、一切の普遍的なるものを否定する。これに対立してスコットランド学派は、普遍的命題や真理を掲げはするが、それはあくまでも思惟によってするのではない。それゆえ、いまや確固たる立場がとられるにしても、それは経験的なものそれ自身のうちに求められることになる。フランス人は現実のなかに普遍的なるものを見出すが、その内容は思惟によって得られるのではなく、生物や自然や物質が原理とされる。

3、最近のドイツ哲学

 カント、フィヒテ、シェリングの哲学こそは、精神が最近のドイツにおいて思想の形式をとって遂行した革命を記録し、かつ表明するものにほかならない。これらの哲学的思索が継起する順序のなかには、同時に思惟そのものがとった進行過程が含まれている。最近のドイツ哲学の課題は、哲学一般の根本理念たる思惟と存在との統一をいまやそれ自体として対象とし、かつこれを概念的に捉える、すなわち、その最深の必然性たる概念を捉えことである。
 全てのものがそれに対して存在すべきものは、つまるところ人間であり自己意識であって、しかもその人間とは全ての人間一般としてのそれにほかならない――こういうことを抽象的な形で意識にのぼらせたのがカント哲学である。それは、自己意識に自体的なものの一切の要素を取り戻すことを要求しながら、しかもこの自体的なものをなお自己と区別することによって、みずからは依然として対立から抜けきれないでいる観念論である。カント哲学は、単純な思惟を自己自身に区別を備えたものと解しはするが、一切の実在がまさにこの区別によって成立することを未だ解するに至らず、自己意識の個別性を克服する術も知らず、理性を描くことには巧みを究めるものの、その描き方は、真理それ自身を再び失うような没思想的な経験的な仕方でしかないのである。カント哲学は、知り得るものは真実体でなくただ現象のみであるというにすぎない。
 カント哲学の欠陥、すなわち全体系に思弁的統一を欠く原因となった没思想的な不整合を止揚したのがフィヒテであった。フィヒテは自我を絶対的原理として掲げ、宇宙の全内容をこの自我(自己自身の直接的確実性)からの所産として叙述しようとした。しかし、彼はこうした概念のみを掲げたのであって、この概念を自己自身からする学の実現へともっていくことはできなかった。
 フィヒテ哲学を越えて最も重大なあるいは哲学的見地からして唯一の意味ある一歩を踏み出したのはシェリングである。シェリングは「理性は主観と客観との絶対的無差別である」という絶対者の命題もしくは定義として表現された絶対的直観をもって始める。しかし、彼にあってそれは、知的直観のみによって証明される直接的真理にとどまった。主観的なものと客観的なものとの同一が真理であるという証明は、各々が独立にその論理的規定において、すなわちその本質的規定において追究されるようにしてのみ行われるべきである。それによって、やがて主観的なものは自らを変じて客観的なものとなり、客観的なものもまたそのままに止まらず、自らは主観的なものとするという結果が生じるに違いない。同じように、有限的なものそのものについて、それが矛盾を内に含み自らを無限なものとすることが示されねばならない。そうしてこそ、有限なものと無限なものとの合一が得られる。
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2016年12月25日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』要約B ギリシャ哲学第2期、第3期、中世の哲学

 前回は、ギリシャ哲学の第1期、タレスからアリストテレスまでの要約を紹介しました。タレスにおいて世界の本質が探究されるようになったのですが、物質的なものの中にはそうした存在はないと気づき、精神的な存在が求められるようになったのでした。それをイデアという形で打ち出したがプラトンでしたが、プラトンにおいては主体性の原理が欠けていたのでした。その限界を克服しようとしたのがアリストテレスだったのでした。

 今回からギリシャ哲学第2期、第3期、および中世の哲学の部分の要約です。

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2、独断論(Dogmatismus)と懐疑論(Skeptizismus)

 ギリシャ哲学の第2期においては、普遍的なものから特殊なものの総体を展開するという思想がまだ存在しないために、普遍的なものを特殊なものに適用することが支配的である。しかし、特殊的なものの真理をひとつの原理にもとづいて認識するという体系化への要求はあり、これが独断主義を生みだした。真理とは思惟と存在の一致だとされるから、それらが一致しているかどうかを判定する規準ないし原理が問われた。しかし、この問いは形式的かつ独断的にしか解決されず、すぐさま懐疑主義による弁証法〔反駁〕が現われる。

3、新プラトン派

 ギリシャ哲学の第3期は、キリスト教と密接に関連する。第2期の終わりでは、自己意識が自分の内面に返り、無限の主観性によって、全ての外的な存在、特定の内容や固定観念や真理が否定された。哲学は、思考する自己意識が自己を絶対者だと自覚する段階にまで到達した。次の段階は、内部に様々な差異を捉えて、真理を叡智界として形成することである。絶対的な実在は自己意識と無縁のものではなく、自己意識と直接に関わらないような実在は存在しない、という理念ないし原理が世界精神の一般原理となる。精神はここからさらに、主観性を抜け出して再び客観的なものへと向う。この客観性は個々の外的対象とか義務ないし個別的道徳といった客観性ではなく、精神と真理のうちにある絶対的な客観性である。それは一方では神への帰還であり、他方では神が人間に現れるという啓示の関係である。自己意識が絶対的実在であり、絶対的実在が自己意識であるという知が、いまや世界精神である。しかし、この知は直観されているだけで、自覚されていない(思想として捉えられていない)。自己意識はひとりの人間(イエス)という生身の存在でしかなく、特定の時代に特定の場所に住んだひとりの人間が絶対的精神なのであって、自己意識の概念が絶対精神となっているわけではない。

第2部 中世の哲学

 第1期の哲学は、異教のうちにあったが、第2期以後はキリスト教世界に位置を占める。キリスト教においては、神とは何かが啓示され、神の本性と人間の本性との一致が意識に明らかになる。新プラトン派には、内的必然性の形式が欠けていたが、三位一体にしか真理がないことが、意識されなければならない。キリスト教の原理を真理として認識するためには、精神の理念の真理が具体的な精神として認識されねばならなかった。

1、アラビアの哲学

 西洋で、これまでローマ帝国の支配していた地域がゲルマン民族の所有に帰し、その征服が確固たる形を整えるに至るころ、東洋ではイスラム教という新たな宗教が現われた。外的な権力支配という点でも、精神の開化という点でも、急速に完成の域に達したイスラム教は、多種多様な芸術と並んで、独自性があるとはいえないにせよ、哲学も大いに花を咲かせた。

2、 スコラ哲学

 スコラ哲学は600年に及び、教父哲学を合わせると1000年になる。キリスト教の内部にあっては、人間のうちに真理と絶対精神の意識が目覚めることが絶対的に要求される。しかし、万人が真理を知るためには、真理は、物事を素朴にイメージする感覚的意識にとって存在する対象として、人間のもとにやってこなければならない。神の本性と人間の本性との一致を直接に意識させるのがキリストその人であった。人間は生まれつき悪であり、自然的なものを乗り越えることではじめて精神となり、真理に到達する。自然態のこの放棄はキリストの苦しみと死、復活と昇天のうちに直観される。キリストの事件は、精神の概念ないし理念そのもので、世界史はいまや、このように直接に真理を知るほどの完成度に達したのである。
 スコラ哲学者は、キリスト教会の教義を形而上学的な根拠の上に打ち建てようとした。その際、教義の根拠と反対根拠が対比され、神学は学問的体系の形で叙述されることになった。12世紀末から13世紀にかけて、西洋の神学者たちはアリストテレスの著作とその注釈書を広く知るようになり、それらの書物が大いに利用され、注釈を施され、議論の対象となった。アリストテレスの論理学によって、明敏な問答法的思考が養われ、分析の形式は極端に精緻化された。なお触れておかなければならないのは、普遍と個別との形而上学的な対立が、何世紀にもわたってスコラ哲学を悩まし、ここから実在論者と唯名論者の論争を生んだことである。
 スコラ派の全体は、分析的思考の支配する全く粗野な哲学であり、現実の素材や内容が欠けている。そこにあるのは形式のみで、空虚な分析的思考が、カテゴリーや分析的概念を根拠もなく結びつけるだけである。真理は現実の土台をなしておらず、生活の全般が2つの部分に分裂し、精神の国と世俗の国が対立する。学問そのものも土台がなく、思考を内面的に統一する内的絆である自我がなかった。

3、学問の復興

 教会が世俗化していくとともに、世俗の権力そのものも精神化されていく。学問は目の前の材料を扱うようになる。時代精神は、こうした転回点に立って観念世界を放棄し、いまや此岸の世界に目を向ける。世俗的なものがそれなりに価値を認められ、主観的自由に基づいて捉えることができると見なされるようになった。精神は集中力を取り戻し、自らの手中にある理性に目を向ける。この再生は芸術と学問の復興となって現われる。精神は真の意味で世界と宥和する。道徳や法を探し求めていた人は、彼岸ではなく、自己の内面と外部の自然に赴く。自然観察において、精神は自然のうちに精神が働いているのを予感する。精神は天国を引き下ろし、宗教的な意味づけを剥ぎ取ることで、有限な現在へ目を向けるのである。精神は、超感覚世界のうちにも、直接の自然のうちにも、自分が現実の自己意識として存在することを発見しよう、認識しようという欲求を感じるに至る。
 精神がこのように自己に目覚めたとき、古代の芸術と学問の掘り起こしが行われる。これは神と対立する人間に関心が向けられ、人間の作品に価値が認められた、ということである。精神の現実そのものに神々しいものが見出されたのである。
 一方で、古代哲学の穏やかな登場と並んで、認識と知と学問への激しく力強い衝動が登場した。この時代には、暴力や破滅をものともせず、思想や心情や現実の状況にのめりこむような個人(カルダーノ、ブルーノなど)が登場したのである。
 大きな曲がり角をなしたのは、ルターの宗教改革である。人間は彼岸から精神の現在へと呼び戻され、大地とその肉体たる人間の徳や共同体、自身の心や良心が価値あるものだとみなされる。認識の面でも人間は、彼岸の権威から解き放たれて、自分自身に返ってくる。理性は完全無欠の普遍性を持つ神のごときものと認識される。いまや宗教的なものが人間の精神のうちに位置付けられ、人間の精神のうちで救済の秩序の全過程が進行していかねばならぬことが認識され、精神の救済は精神自身を主体とする事柄で、精神はかつて救済の秩序の核心をその手に握っていた司祭の仲介なしに、自分の良心と関係し、直接に神と関係するのである。聖霊は人間の心のうちに住み、そのなかにあって人間に働きかけねばならないのである。宗教改革の原理は、精神の内面性、自由性、自己への帰還という点にあった。自由とは他なるものと見えたものが自分自身へと返っていく精神の生命活動である。精神がその本質からして内面的に自由であり、自分自身のもとにある、というのは精神の根本定義である。次に精神が認識へと向かい、精神的な具体性を求めて周囲を見渡し、内容へと足を踏み入れると、精神は自分の所有物を相手としつつあくまでも自分を守り通し、自分の世界を生きようとする。その動きは具体的であり、精神は具体的存在となる。
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2016年12月24日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(3/10)

(3)ヘーゲル『哲学史』要約A ギリシャ哲学第1期

 前回は、ヘーゲル『哲学史』の総論部分の要約を紹介しました。ヘーゲルは「哲学とは、普遍的内容として、あらゆる存在であるような思想である」と規定した上で、特殊諸科学や宗教との違いについて論じていたのでした。また哲学史は、思想を理念にまで発展させたギリシャ哲学と、思想を精神として把捉したゲルマン哲学という大きく2つに区分できると主張していたのでした。

 今回はギリシャ哲学の第1期、タレスからアリストテレスまでの要約です。

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第1部 ギリシャの哲学

 ギリシャ哲学は、3つの主要な時期に区分される。第一はタレスからアリストテレスまで。自然的または感性的形態をもつ全く抽象的な思想から出発し、規定された理念にまで進む。第二はローマの世界におけるギリシャ哲学。具体的な理念が対立の形をとって展開し、一面的な原理が世界観の全体を貫くことになる。第三は新プラトン哲学。対立がひとつの理想世界、思想世界、神的世界のなかに退却する。そこには総体性にまで発展した理念があるが、無限的な対自有としての主観性は欠けている。

1、タレスからアリストテレスまで

(1)タレスからアナクサゴラスまで

 タレスらイオニア派の人々は、根源本質を物質の相(水や空気など)においてみた。これは貧弱な抽象的思想だが、あらゆるもののなかに普遍的実体を把捉したこと、この実体は形態なく感性的表象を伴わないものであるとしたことは功績である。しかし、こうした対象を概念としては示しきれなかった(反省された水や空気は非物質的〔意識の本質〕でもあることを知らなかった)ため、普遍的なものを特殊な形態として表すしかなかったし、運動の原理(絶対者の自己自身への帰還)を探究しきれなかった。
 実在哲学から知性の哲学〔観念の哲学〕への推移の役目をしたのが、ピュタゴラス派である。ピュタゴラス派は、絶対的なものを自然的な形態において立てるのではなく、普遍的で観念的な諸規定たる数一般を原理として掲げた。しかし、それらは全く独断的な方法でのみ確定されたものでしかなく、非弁証法的な静止した諸規定であった。
 自然哲学においては運動が客観的な運動として捉えられ、ピュタゴラス派もまたこれらの概念にほとんど反省を加えることをせず、その本質たる数をただ流動的に使用したにとどまる。ところが、エレア派においては、変化がその抽象の極において無と見られることによって、対象的な運動が主観的なものに移され(意識の側面におかれ)、同時に本質は不動なものとなる。ここに弁証法、即ち概念における思惟の純粋な運動の始まりがある。エレア派の完成者たるゼノンにおいては、単純な思想が単独に自己を主張するのではなく、敵地における闘いを敢行する。しかし、この弁証法の結果は否定的なものであって、対象が矛盾によって空なものになるだけで、肯定的なものはまだ現れてこない。
 主観の運動としてのゼノンの弁証法に対して、ヘラクレイトスは絶対者そのものを弁証法の過程と解し、「有と非有とは同一のものである、すべてのものは有るとともに無い」とした。さらにこの原理の意味を徹底して「万有は流転する」と表現し、さらに「恒常なものはただ一者のみで、この一者から他の全ては形成される」と主張した。この普遍的原理の立ち入った規定は生成にほかならず、運動こそが原理であるとされたのである。
 エレア派は有を立てて非有はないとし、ヘラクレイトスはただ有と非有との転換として生成のみがあるとした。レウキッポスおよびデモクリトスは、両者の各々にそれぞれ固有の位置を与え、肯定的なものとしての原子と否定的なものとしての空虚を立てた。エムペドクレスは、火・風・水・土という4つの自然元素を実在的原理とし、友愛と憎悪を観念的原理としつつ、運動を混合的統一に総合する。
 エムペドクレスの綜合においては、対立はまだ綜合から離れて独立にあったが、アナクサゴラスは、ヌース(理性)こそが世界とあらゆる秩序の原因であるとした。ここでは思想は純粋な、自分自身における自由な過程として、自分自身を規定する普遍的なものとされる。一方でアナクサゴラスは、ヌースに対してホモイオメレー(物質)を立ててしまい、両者を思弁的に統一することができなかった。イオニア出身のアナクサゴラスがアテナイに移り住んだことで、哲学はアテナイに移っていく。

(2)ソフィスト派からソクラテス派まで

 アナクサゴラスのヌースは、全く形式的な、それ自身を規定する働きでしかなく、抽象的、無内容なものであり、一切の存在者と個物をおのが内へ沈み込ませるような絶対的な力(単一な否定者)である。単純な概念を思想として一般に世間的諸対象に当てはめ、その単純な概念をあらゆる人間的な状況に浸透させたのが、ソフィスト派である。絶対的かつ唯一の本質として自覚した概念が、その否定的な力をあらゆる真理、諸法則、諸原則に向け、普通の観念にとって固定したものが思想のなかで融解させられる。ソフィスト派は、自由な思惟的な反省の必然的な歩みによって、現に行われている習俗と宗教への信頼と素朴な信仰をのりこえさせずにはいなかった。他方しかし、思惟のうちにまだどのような確固たる原理も見出されていなかったのであり、無規定のままに残ったところは恣意によってのみ満たされることができた。
 ソクラテスにおいて思惟の主観性はもっと詳しく規定され、もっと突っ込んだ形で意識されるに至った。ソクラテスが意識において展開したところの肯定的なものは、意識から知によってもたらし出されるかぎりでの善にほかならず、イデアと呼ばれる永遠な、客観的に普遍的なものにほかならず、目的であるからこそ同時に善でもあるところの真なるものにほかならない。この点でソクラテスは、人間は万物の尺度という命題に特殊な諸目的を含めたソフィスト派に対立している。しかし、ソクラテスにはまだ、常に目的そのものとして根底に横たわるところの善の発明はなされていない。ソクラテスの善は、アナクサゴラスのヌースほど抽象的ではないが、まだ具体的に展開された形で描き出されてはいないのである。
 ソクラテスの原理が不明確で抽象的であったことから、ソクラテスの哲学の特殊な側面のひとつを完成し固持する形で、種々様々な学派と原理が登場した。こうしたなかで、本質に対する自覚的思惟の関係についての問いが登場する。本質は単純な即自的存在であり、真なるものは思惟された本質である。本質は、生成、原子、ヌース、尺度などといわれている場合、対象的なあり方(対象的なものと思惟との単純な一体性)であるが、知において自己意識は一方に自らを対自的存在として立て、もう一方に存在を立てて、この区別を意識してそこから両者の一体性へと戻りこむ。成果であるこの一体性が知られたものが真なるものである。この時期から、思惟の存在への関係、または普遍的なものの個的なものへの関係が定立され、哲学の対象としての意識の矛盾というものが意識されるようになるのがみられる。

(3)プラトンとアリストテレス

 プラトンは、本質は意識のうちにあるというソクラテスの原理を、絶対的なものは思想のうちにあり、一切の実在性は思想である、という本当の意味でつかんだ。プラトン哲学の特有の使命は、人間のうちなる感性的世界の表象を超感性的世界の意識から区別することである。プラトンのいわゆるイデアとは、絶対的客観的に存在するものとして、本質として、唯一の真実在として理解されるような普遍のことである。人間の精神は、それ自身、本質的なものを内に蔵するのであって、神的なものを知るためにはそれを自己自身から展開し、意識へもたらせねばならない。プラトンは、こうした認識への形成は、単なる学びではなく想起にほかならぬ、といった。これは、個的意識が即自的にその内容を既に所有していたという見方であり、学知の出現を個的なもの、表象と混同するものではあるが、感性的意識を通じて真なるものが与えられるという考え方に反対し、内容はただ思想によってのみ満たされるとしたのは、プラトンの偉大な教説である。内容とは、思惟の働きによってのみつかまれうる普遍的なものであり、絶対的イデアの分化したものである。それによって絶対的イデアは、それ自身の内でひとつの学問的体系に組織化される。この内容は、プラトンにおいて、論理哲学、自然哲学、精神哲学という3つの部分に分かれ始める。プラトンの偉大さは、イデアを立ち入って規定したことである。しかし、プラトンにおいては、被規定性と普遍性(正、美、善、真)とが別のものとされてしまう。規定されたイデアが弁証法的な運動の成果として登場するのではなく、直接に受け入れられた前提として現われるのである。
 プラトンの理念には生き生きとした活動の原理、主体性の原理が欠けていたが、アリストテレスは、理念の諸契機の関係を詳細に捉え、これら諸規定相互の関係を主体的な活動一般として把握しようとする。アリストテレスでは、可能態(デュナミス)は抽象的な普遍的なもの一般であり、現実態(エネルゲイア)つまり形式がはじめて活動であり、実現するものであって、自己を自己と関係づける否定性である。質料はたんに可能性であり、形相がそれに現実性を与えるが、形相も質料ないし可能性なしにはありえない。現実態が具体的な主体性であり、可能性が客観的なものである。また、真に主体的なものは可能態をうちに含み、真に客観的なものは活動性を自己の内に含む。プラトンの場合、肯定的原理である理念(イデア)はたんに抽象的に自己自身と等しいものであったが、アリストテレスの場合、それは否定性の契機(他在、すなわち対立を揚棄するものであり、対立を自己の内に連れもどすもの)である。この否定性は変化としてでも無としてでもなく、区別し規定する働きとして現われるのである。アリストテレスは実在する宇宙の全領域と全側面に深く突きすすみ、それらの豊かさと多様さとを概念的に把捉した。だが、彼の哲学は、概念によって体系化されていく全体ではなく、諸部分は経験的にとり上げられ同列に置き並べられているにすぎない。アリストテレスにとって大事なのは、様々な規定を対立の統一に還元することではなく、むしろ反対にそれぞれのものをそれの規定においてしっかりと捉えることであった。アリストテレス哲学の欠点は、論理の諸形式によって多様な現象が概念にまで高められてはいるが、その後一連の特定された概念がばらばらになっていて、統一つまりそれらを絶対的に合一する概念が表明されていないという点にある。それは後世の人がしなければならない仕事である。なくてはならないのは概念の統一(絶対的な本質)である。それは何よりもまず自己意識と意識との統一として、純粋な思考としてあらわれる。
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2016年12月23日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(2/10)

(2)ヘーゲル『哲学史』要約@ 総論

 前回は、例会の冒頭で提示されたレジュメを紹介し、そのレジュメにかかわった出されたコメントを紹介しました。

 さて今回から4回にわたって、ヘーゲル『哲学史』全体の要約を掲載していきます。今回は、「哲学とは何か」「哲学史とは何か」といった総論部分の要約です。

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哲学史講義

序論

 哲学の歴史を講ずるには、その対象となる哲学を明確に定めておかねばならないが、それはただ暫定的な始点としてであり、本質的には全歴史の論述の結果が哲学の概念となる。思想は自分を生み出すことによってのみ自分を発見し、自分を発見することによってのみ現実的に存在する。この諸々の産出こそ哲学にほかならない。哲学史は、自分自身を発見しようとして立ち向かった思想の2500年の労作なのである。
 
A 哲学史の概念

 哲学の目的は、唯一の真理が全ての他のもの(自然の全法則、生命と意識との全現象)の流れ出る源泉であると認識することである。それゆえ、唯一の真理がただ単純な、空虚な思想ではなく、それ自身において規定された思想であることを認識することが大切である。それ自身において規定された真なるものは、発展しようという衝動をもつ。哲学は、それ自身この発展の認識である。しかも概念的思惟として自身が、この思惟的発展なのである。哲学的理念の発展における進行は、他者になることでなく、むしろ自分のなかに入っていくことであり、自分を自分のなかに深めることである。
 精神の行動は自分を知ろうとする行動である。自分を自分自身に外的なもの〔知る対象〕として定立することによって、精神は自分を定有とする。純粋な哲学は、思惟をエレメントとしながら、時間のなかで進展する実存として立ち現われる。この思惟なるエレメントは、個別的な意識の活動という形をとる。しかし、精神は単に個別的な有限的な意識としてあるのではなく、それ自身において普遍的な、具体的な精神である。精神の思惟的な自己把捉の進展は、個別的意識の形成の沃野を足場にして世界史のなかで自分を演出する普遍精神として現われる。

B 哲学の他の領域に対する関係

 哲学史は、民族と時代の一般的性格、一般的状況の頂点を叙述する。こうした本質的な関連は、2つの側面から考察せねばならない。第一は、関連の本来歴史的な側面であり、第二は、内容〔事柄〕そのものの関連の面、即ち哲学の宗教などとの関連の面である。
 一般に哲学が生ずるためには、民族の精神的文化のある程度の段階が必要である。民族が一般にその具体的生活(最初の自然生活の無頓着な無感覚性)を抜け去り、身分の分離と区別が生じ、民族が没落に近づくとき、精神は、現実的世界に対立して思想の国を形成するために思想の世界に逃避する。哲学は、実在世界の滅亡の宥和(現実における宥和ではなく、観念的世界における宥和)である。哲学の特定の形態は、民族の特定の形態とときを同じくする。哲学は民族の精神的文化の多様な側面のひとつの形式であり、最高の花である。哲学は内容上その時代を超越しないにしても、形式上は超越する。哲学は、その時代の実体的精神であるものの思惟として、また知識として、実体的精神を自分の対象とするものだからである。
 認識と思惟とは哲学のエレメントであるとともに、特殊諸科学のエレメントでもある。しかし特殊諸科学の諸対象は、まず有限的対象であり、また現象である点で、哲学とは異なる。全く普遍的な対象を内容とする点では、哲学は芸術と、特に宗教と一致する。しかし、芸術や宗教は、最高の理念を感覚的な、直観的な、表象的な意識によって捉えるものである。即且対自的に〔絶対的に〕普遍的な内容がはじめて哲学に所属するようになるための形式は思惟の形式であり、普遍的なものそのものの形式である。哲学は本質を認識するものだという場合、本質とはあるものそのものの本質であって、そのあるものに外面的なものでないということが大事である。私の精神の本質は、私の精神そのもののなかにあるのであって、その外にはない。個人的精神においては、この本質的なもの〔神的精神〕の現象にすぎないところの、非常にたくさんの実存がある。しかし外面的な実存に囲繞された個体的なものは、この本質とは区別されねばならない。宗教もまた、この本質について知ろうとする態度ではある。しかし、宗教が想像の所産としてであれ、歴史的存在としてであれ、意識の対象として表象するものを、哲学は思惟し、概念するのである。この両形式は互いに差異するものであり、またそれゆえに対立するものとなり、さらに矛盾するものとなりうる。宗教は哲学と共通の内容をもつが、形式だけがちがっている。概念の形式が宗教の内容を把捉しうるところまで完成することが大切である。哲学が宗教に打ち勝つのではなく、それと宥和せねばならない。宗教は表象を元にするものであり、哲学(概念とか普遍的な思惟諸規定)を理解することはできないが、哲学はこの内容の概念的思惟として、宗教を理解することができる点において優っている。
 我々は哲学の概念を「哲学とは、普遍的内容として、あらゆる存在であるような思想である」と定義した。哲学の本来の始まりは、自由な思想が単に絶対者を思惟し、絶対者の理念を把捉するところにおかれねばならない。この哲学の始元は同時にある民族の具体的形態である。政治的自由と思想の自由との一般的関連のために、哲学はただ自由な憲政が敷かれるところにのみ歴史に現われる。精神が哲学を始めるには、精神はその自然的意欲と素材への沈没の状態とから離脱しなければならなかった。東洋にあっては思惟がまだ自立的に自由でないために、意志もまだ普遍的なものとして捉えられていない。精神は東洋から昇り始めるとはいえ、そこでは主観は人格としてはなく、客観的な実体的なもののなかに没入しているから、如何なる哲学的認識もありえない。自己意識の自由はギリシャ民族において初めて現われる。だから哲学はギリシャに始まる。

C 哲学史の区分

 一般的には、哲学史は元来、ギリシャ哲学とゲルマン哲学とのただ2つの時期に区別すべきである。ギリシャの世界は思想を理念にまで発展させた。これに対してキリスト教的ゲルマン世界は、思想を精神として把捉した。
 第1期における発展は、無規定的で直接的な普遍者、神、存在という実体的規定が、深く自分に入り込んで自分を意識していくことである。第二の段階は、このように展開された諸規定が、主観性の面において、観念的な具体的統一へと総合されることである。思惟が自分を把捉して、その思惟的活動性が根底となるところの主観的全体性が始まる(アナクサゴラスのヌース、より深くはソクラテス)。第三の段階は、この最初の抽象的な全体性が、活動的、規定的、区別的な諸規定によって実現されることで、自分自身をハッキリ区別された規定として打ち立てることである。ここに、区別の両者(例えば、ストア派とエピクロス派)の各々が全体性の体系に高められるという現象が生ずる。第四の段階は、理念の統一である(フィロン、プロティノス)。そこでは、これら全ての区別が全体性としてあると同時に概念の唯一の具体的統一のなかに消される。こうしてギリシャの世界は、アレクサンドリアの哲学(新プラトン派)において理念まで達し、その役割を終えた。
 ギリシャ哲学の終結は思想と至福の完全な王国であるが、この世界には概念の本質的契機である個別性そのものが欠けているため、非現実的なものにとどまっている。これが現実的なものになるためには、理念の両側面〔普遍と個別〕の同一性のなかで、自立的な全体性がさらに否定的なものとして定立されることが必要であった。精神が自分にとって対象であるもの(精神自身)を全体性として知るととともに、精神それ自身が全体性である場合、精神は真に精神としてある――この原理はキリスト教世界において出現した。この意味で近代の原理においては、主観はそれ自身で自由となり、人間は人間として自由になる。人間が精神であること、また神が精神であることが知られる。精神は自分を2つに分化するが、この区分を直ちに止揚し、区別のなかで自立的に、また自分の許にあることになる。世界の事業は一般に、自分をこの精神と宥和し、そこで自分を認識することであるが、この事業こそゲルマン世界に委ねられているのである。宗教はこの原理の直観であり、信仰である。キリスト教のなかに興った哲学の根底には、2つの全体性、実体の二重化〔主観的理念と実体的な具体的理念〕がある。この原理の発展と完成(この原理が思想の意識となって来ること)が、近代哲学の課題である。この両側面の対立を最も一般的な意味にとれば、思惟と存在、個性と実体性との対立であり、ここでは主観の自由は主観そのもののなかで再び必然性に対立することになる。またそれは主観と客観との対立であり、精神が有限的なものとして自然に対立しているかぎり、精神と自然との対立である。
 ギリシャの哲学は、まだ存在と思惟との対立を考慮に入れず、思惟はまた存在でもあるという無意識的な前提から出発するのだから、単純である。近代においては相対立する両側面はともに全体性としてたがいに根本的に関係しあうものとされる。この2つの対立は理性と信仰との対立という形式をとる。哲学史の出発点は、神が直接的な、まだ発展しない普遍者と解されるところにあり、哲学史の目標は、あの2500年の、そのかぎり緩慢な世界精神の労力によって絶対者を精神として把捉することであり、その目標は我々の時代にあるのである。
 結局、ギリシャ哲学とゲルマン哲学という2つの哲学があるのだが、後者はさらに、哲学が本格的に哲学として現われた時代と、近代に対する形成、準備の時期とが区別されねばならない。だから哲学史は、ギリシャ哲学(思想がその根本規定をなす)、中世哲学(本質と形式的反省との対立に分かれる)、近代哲学(概念を根底にもつ)の3期に分けられる。
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2016年12月22日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(1/10)

<目次>
(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)ヘーゲル『哲学史』要約@ 総論
(3)ヘーゲル『哲学史』要約A ギリシャ哲学第1期
(4)ヘーゲル『哲学史』要約B ギリシャ哲学第2期、第3期、中世の哲学
(5)ヘーゲル『哲学史』要約C 近代の哲学
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1 ヘーゲルの哲学史とはどのようなものか
(8)論点2 生命の歴史とはどのようなものか
(9)論点3 唯物論の立場から哲学史を説く目的と方法とは何か。
(10)参加者の感想の紹介

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(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は、昨年および今年の2年間を費やして、ヘーゲル『哲学史』の学びに取り組んでいます。3年前のヘーゲル『歴史哲学』、一昨年のシュヴェーグラー『西洋哲学史』の学びを踏まえて、この『哲学史』を通読することにより、ヘーゲルが描く哲学史の流れを理解することはもちろんのこと、それを唯物論的に捉え返すことで唯物論哲学の創出に向けた一歩を確実に進めていくことを課題としています。

 12月例会では、これまで読んできた『哲学史』全体を振り返りました。今回の例会報告では、まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと、扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し、ついで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。

ヘーゲル『哲学史』全体のまとめ

【1】ヘーゲルの説く哲学史とは
 ヘーゲルによれば、世界の全ての事物・事象は絶対精神のそれなりの現れだということになり、当然、哲学の歴史に関しても、絶対精神が自己を展開していく過程の一部として、筋を通して把握されるべきものだということになる。

 もう少し具体的にいえば、一度自然に外化した絶対精神は、古代ギリシャにおいて自然から分離し、再び精神的な存在となったのである。この精神に復帰した絶対精神は、対象的世界のあり方を眺めつつ、その中に世界の本質(原理)を見出そうとした(パルメニデスの存在)。しかし、世界の本質(原理)というものは、感性的で物質的に把握できるものではないということがそれとなく分かってきて、物質的な世界の背後に潜む何かが想定されたのである(プラトンの普遍者)。さらにその何かは、物質的なあり方との統一として把握された(アリストテレスの概念)。

 このころまでは、世界の本質(原理)は物質的なものではない何かというくらいの把握であったが、それが人間自らの主観としての概念、表象レベルで対象を把握した概念として徐々に把握されてきた(ストア学派、エピクロス学派、懐疑派の主観)。さらに、その主観としての概念以外に実在などというものは存在しないのだという形で世界の本質(原理)が把握されるようになっていった(新プラトン学派の具体的理念)。

 ここまでは、世界の本質(原理)が明確に自分自身を知る理念だというようには捉えられていないのだが、近代になると、世界の本質(原理)を自分自身を思惟する自己意識として認識するようになっていく(デカルトの純粋思惟)。そうして、思惟と存在とが対立させられるとともに同一のものだという把握が試みられるようになっていき(スピノザの神)、思惟の主観性が止揚されていく(ライプニッツの表象する単子)。

 次に、自己意識が他者に対する否定的関係においても対自的である(カントの思惟の批判)として、世界の本質(原理)が自我として表明される(フィヒテの自我)。さらに実体が自己内において認識と同一であるという把握がなされ(シェリングの知的直観)、最終的には世界の本質(原理)が絶対精神であるというヘーゲルの把握に至るのである。

【2】生命の歴史とは
 生命の歴史とは、端的にいえば、地球環境から相対的に独立した代謝という運動が、あたかも自由を目指して発展していくかのように展開していく過程であるといえる。唯物論的にいえば、地球環境とそこから分離した生命との相互浸透の発展過程の論理を説いたものが生命の歴史ということになる。具体的には以下である。

 まず、代謝運動が明確に地球環境から区別される(細胞膜の誕生)ことによって、地球環境の変化に影響されながらも影響を受けない(自己を維持できる)という構造が創られる(単細胞段階)。次に、自らが生みだした水に流されないとともに逆らわないという運動(固着)が発展していく(カイメン段階)。この運動をさらに全身運動にまで発展させることで、より量を増した水中での浮遊運動が可能となっていく(クラゲ段階)。さらに、水量の増加が海流と呼べるほどのものを創出したことに対応し、激流の中を泳ぎ切ることが可能な運動器官(柔軟性と硬質性との統一)、それらに適切に栄養を与えることができる代謝器官、さらに両者を統一して生命体を維持する統括器官が分化していく(魚類段階)。

 生命は、この段階までに水中での完成形態となるのであるが、さらに増していった水量によって地球表面が覆いつくされていくと、内にこもった熱を発散させるべく、地震や火山の爆発が頻発し、海であったところが陸となり、陸が海となるなどする中で、生命が陸上に進出していくことになっていくのである。

 水中での自由自在な動きを陸上にも適用すべく、必死で訓練する時期(両生類段階)を経て、陸上での自由自在な運動形態を勝ち得るようになっていく(哺乳類段階)。さらに、燃え盛る大地を必死で逃げ回る中で、動物と共に上陸していた草本レベルの植物に登っては落ち、登っては落ちし続けることで、植物が木本レベルの大樹に発展していくとともに、動物も樹に自由自在に上り下りできる運動器官、代謝器官、統括器官を創っていくことになる(哺乳類段階中のサルの段階)。

 さらに樹上での生活が生命のエサ(食)を変化させ、統括器官たる脳細胞をいわば内から揺さぶっていくとともに、自身の乗っている枝も対象も揺れていることによる脳細胞への物理的な揺さぶりが加わることで、感覚器官による全き反映像ではない、いわゆるもどき像が形成されていくことになり、ここを大本として、やがては目的像を意図的に描いて地球環境へ働きかけること(労働)によって自らの自由を獲得できる段階に到達したのである(哺乳類中の人間の段階)。

【3】唯物論の立場から説く哲学史とは
 ヘーゲルの説く哲学史を概観し、そこに生命の歴史の流れを重ねてみると、生命の歴史において決定的な役割を果たした地球環境に当たるものが、ヘーゲルの哲学史では何なのか、ハッキリしないことがまず指摘されよう。生命は地球環境とつながりながら、地球環境の変化に対応すべく、自らを変化させていくとともに、そのことによってまた地球環境を変化させていくという相互浸透の過程において発展してきたのである。しかしヘーゲルの説く哲学史においては、もともとあるとされる絶対精神が自ら完成していく過程が描かれているのみで、発展の契機に触れられていない。そもそも絶対精神は、一度自然に外化し、再び精神に復帰することで、全てが自分自身だという把握を深めていって完成する、そういうものだ! とされているからである。唯物論の立場に立てば、確かに哲学史は人間の精神の発展史であることは間違いなのだが、その精神なるものが如何なる自然的・社会的外界を反映することによって発展していったのかという相互浸透の過程を見逃すわけにはいかないだろう。生命と地球環境との相互浸透が生命の歴史を形作っていったように、人間の精神と自然的・社会的外界との相互浸透が哲学の歴史を創っていったのだという観点が、唯物論の立場から哲学史を説く場合には必須になってくる。簡単にいえば、人類はいかなる問題にぶつかり、それを如何に解決しようとしてきたのかという流れを押さえておく必要があるのである。

 とはいえ、ヘーゲルが観念論の立場から説いた哲学史が、唯物論の立場から説く哲学史にとって何の関係もない、何の意味もないものかというと、そうでは決してないだろう。ヘーゲルの哲学史が、哲学の発展の必然性を完全に説き切れたとはいえないにしても、世界の全ての事物・事象に一定の筋を通すべく、絶対精神の自己運動という形で哲学史を説いたことは、観念論の立場からすれば哲学の完成まであと一歩と評価することができるものである。問題は、我々が唯物論の立場から、観念的な自己分裂としてヘーゲル哲学史を捉えておいて、そこから現実の自己に復帰することが必要だということである。精神の論理に反映された物質の論理を捉え返す必要があるといえるかもしれないし、より比喩的にいえば、魚類が水中で獲得した実力を人間が陸上という別世界で完成させて自由を獲得したように、ヘーゲルが観念論の世界で獲得した実力を、我々が唯物論の世界で完成させ、学問による真の自由を実現していく必要があるともいえるかもしれない。


 このレジュメに対して、大筋ではよいものの、細かい部分を見ていくとひっかかる表現があるということで、2点指摘がなされました。

 1つは、「地球環境の変化に影響されながらも影響を受けない(自己を維持できる)という構造が創られる(単細胞段階)」という部分に関わってです。影響されながらも影響を受けないとあるが、影響は受けるのではないか。そもそも『いのちの歴史の物語』では、こうした表現は使われていなかったのではないか、ということでした。そこで確認してみると、「地球そのものと区切られるとともに、それでも地球とつながって」(p.96)という表現が使われていました。影響を受けた結果、このような構造ができたと捉えた方が正確であろうし、また『いのちの歴史の物語』でこの表現が使われている以上、現時点ではそれをなぞる方がよいのではないかということでした。

 もう1つは、「草本レベルの植物に登っては落ち、登っては落ちし続けることで、植物が木本レベルの大樹に発展していくとともに、動物も樹に自由自在に上り下りできる運動器官、代謝器官、統括器官を創っていくことになる(哺乳類段階中のサルの段階)」という部分で、「登っては落ち、登っては落ち」という表現がひっかかるということでした。これだと、登ってスッテンコロリンと落ちるイメージが描かれるのだが、そうではないのではないかということでした。実際に、『いのちの歴史の物語』で確認してみると、「むりやり登りかけては降り、登りかけては降りする過程」(p.196)と書かれていました。これだと登ろうとしたけど登れなかったというイメージも含まれるが、「登っては落ち、登っては落ち」ではそういうイメージが抜け落ちてしまうのではないかということでした。

 もちろんレジュメの表現が絶対的に間違っているというわけではないものの、自分の描いているイメージを相手に正確に伝えるためにはどういう言語表現がいいのかという観点で言えば、『いのちの歴史の物語』で使われているものをそのまま使う方がよいのではないかということでした。これについてはレジュメ報告者も納得しました。
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2016年12月02日

2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回までの3回にわたって,ヘーゲル『哲学史』の最後の部分を扱った例会で,3つの論点についてどのような討論を行い,どのような(一応の)結論に到達したのかを見てきました。

 本例会報告の最終回である今回は,いつものように参加者の感想を紹介したいと思います。

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 今回はレジュメ担当にあたっており,論点への見解の作成段階や,レジュメの作成段階において,フィヒテ・シェリング・ヘーゲルの流れを自分なりに生命の歴史や,学問の構築過程に当てはめながら見ていったつもりであったが,例会での議論をとおして,無理やりなものになってしまっていたということがわかった。生命の歴史や学問の構築過程を見ていく場合,そこに潜む発展の論理構造をしっかりと見抜いた上で,その構造が同じだということを指摘しないといけない。ともすれば現象的な類似性で当てはめを行ってしまうのであるが,それではダメなのだということを改めて確認できたのはよかった。

 また,当初,フィヒテがカント哲学の完成とはどういうことか(カント哲学の完成はヘーゲルではないのか),フィヒテとシェリングはどう違うのか,という点があまり明確ではなかったのだが,ここがある程度わかるようになったのもよかった。カントは自我と物自体という二元論に陥っていたが,それをカントの枠組みにそってしっかりと整理しきったのがフィヒテだということである。それをもって,フィヒテはカント哲学の完成者だと評価されているのである。一方,ヘーゲルはそういうレベルではなく,そもそもそういう枠組みからして異なるのだということであった。たとえ話でいえば,論争において,何を言っているのかわからないものをわかるように整理したのがフィヒテであり,その内容に足りないものを補ってより高度な論を展開したのがヘーゲルということになるだろう。

 具体的にいうと,フィヒテは自我ということを根本において,そこからすべてを説こうとしたということである。しかし,フィヒテは自我と非我という対立を克服することができなかったのであった。それに対してシェリングは,(フィヒテの言葉を使うなら)自我と非我の共通性・同一性というものを指摘し,対立を克服できる可能性を示したということがフィヒテからの発展だと言える。これがフィヒテとシェリングの違いであるが,もう少し言うと,シェリングは自我(主観)と非我(客観)の同一性を結論として示しただけでその証明がないから,そこを絶対精神の自己運動という観点から示したのがヘーゲルだということになる。こういった形でフィヒテ・シェリング・ヘーゲルという流れを大まかに確認することができたのはよかった。

 なお,シェリングとヘーゲルの違いに関わって,シェリングのように結論だけを示して「わかれ!」というのでは,天才的な人しか哲学ができないではないかとヘーゲルは批判しているが,ここにはヘーゲルの人間観ということが現れているように思った。就任演説にあるように,ヘーゲルにとって人間は精神であるから,誰でも哲学ができるはずなのである。そういう観点からして,シェリングはおかしいと思ったのだろう。

 いよいよ次回はヘーゲルの哲学史の流れを把握し直すとともに,唯物論の立場に立った哲学史の構築に向けての議論を行う。例会に向けての準備作業は非常に膨大なものになりそうであるが,これまでの学びを総動員して,実りのある例会にしたい。

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 今回の例会では,ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリングの範囲,つまり『哲学史』の最後の部分を扱った。正直にいうと,フィヒテやシェリングの哲学説について説かれている部分はあまりはっきりとは分からなかったのだが,最後の最後に「結語」として説かれている部分は非常に印象的で,格調の高い文章になっていて,ヘーゲルの学的実力もさることながら,人間としての高みが感じられるものであった。

 さて,今回の例会に向けては,何とか論点を提示し,何とかそれへの見解を書くことはできたのだが,他会員と比べると,質的にも量的にも圧倒的に劣った見解しか書けなかった。前回のカントを扱った例会でもそうであったが,ヘーゲル『哲学史』を扱える論理能力,さらにレベルを下げていえば基本的な哲学の知識が全く足りていないのだと思う。それでも,前回は論点への見解が全く書けなかったので,今回は何とか,論点に対してズバリと答えを書くことだけは何とかしようと思い,少し分かりそうな部分はもう少し加筆するというやり方を行ったのであった。

 例会を通じて,自分の何とか分かった範囲の理解はそう間違ってはいないことが確認できた。しかし,やはり理解し切ったというレベルには程遠いし,唯物論の立場からそれぞれの哲学説を評価するという課題については,相変わらずまともに答えることができない部分があった。何としてもヘーゲルの哲学の把握をものにしなければ,自分の学の確立などあり得ないのだという強い気持ちを持って取り組む必要があると思う。

 次回はいよいよ『哲学史』のまとめである。例会報告を中心に『哲学史』の流れをしっかりと頭に描き切るとともに,「いのちの歴史」の論理構造がどのように哲学の歴史や世界歴史に貫かれているのかという点をしっかりと自分なりに自分の頭脳で筋を通して見解を書いていきたい。また,ここを踏まえて,唯物論の立場から『哲学史』を執筆する際の基本的な視点についても考察を深めておきたい。

 次回は報告レジュメの担当になっているので,ヘーゲル『哲学史』の大きな流れを必然性を持って流れているものとしてしっかりとまとめるとともに,それに対して筋の通ったコメントができるよう,早め早めに準備しておくことにしよう。

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 今回はヘーゲルの一歩手前のフィヒテとシェリングの哲学を扱った。細かなところを突っ込みはじめるときりがないが,カントからヘーゲルに至る大まかな流れは掴めたように思う。

 個人的に一番印象的だったのは,フィヒテの初めての論文がカントのものだと間違えられたということは知っていたが,シェリングも「フィヒテ哲学のひきうつし」「フィヒテそのまま」として出発し,「フィヒテの原理や表現の影響は,ことばづかいにもおよんでいる」と説かれるほど,フィヒテに二重化していたということである。カント,フィヒテ,シェリングは,同じ国の人間だったということもあり,文体レベルまで先人を徹底的にまねして,自分の他人化レベルで先人の認識を受け取っていったということであろう。これはちょうど,南郷継正先生が三浦つとむさんに徹底的に二重化し,当初の著作などは,まるで三浦つとむさんが書いた武道論であるかのように現象しているのとまったく同じ論理構造であろう。あるいは,南郷先生の弟子筋の論文は,まるっきり,南郷先生の文体そのままという印象があり,例えば『医学の復権』などは,南郷先生が書かれた医学論文であるかのように現象しているといってもいいのではないか。そういったこととまったく同じことが,ドイツ観念論の発展の歴史の中で見られたのだと思った次第である。

 もちろん,文体さえまねればそれで相手の認識が受け取れる,などということをいいたいのではない。自然と同じ文体になるくらいに必死に先人に二重化し,その認識を受け取ったうえでないと,発展などありえないのであり,逆にいうと,何らかの発展があったからには,必ず,その先人の認識の段階を経過しているということなのである。これが発展の必然性ということであろう。すなわち,必ず前段階を自己の実力と化すことなしには,それ以上の発展はないのである。これはさらに先人の先人,さらにその先人といった形で,どんどん遡っていけるものであり,究極的には,人類誕生の段階から,古代ギリシャの哲学誕生の段階から,人間の認識の系統発生の流れをしっかりと辿り返すことなしには,人類の社会的認識を発展させることなどできないのだ,ということになるだろう。

 さて,今回はチューターとして例会に臨んだが,時間の関係で,当日議論すべき点と,確認程度に済ます点を,明確には分別できなかった点が反省点である。もちろん,ある程度は区分けしていたものの,議論すべき点は,何を議論すべきなのか,明確に細かな論点までは設定できていなかったし,本当に流していいところも明確ではなかったために,議論が中途半端になってしまい,時間がオーバーしてしまった。やはりチューターたるもの,議論の流れを支配できるように,しっかりと事前準備に時間をかけて,当日の議論を活発に促すとともに,個々の会員の貴重な時間を必要以上に使わないように配慮すべきであると痛感した。今後はしっかりとチューターとしての役割を果たしていかなければならないと決意した次第である。

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 今回の例会のなかでは,フィヒテの「自我(我)」(Ich)について,三浦つとむが『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)で言及している個所について確認しておきたい,という意見を出した。三浦は「観念論者は,……想像の世界のなかの自分こそ,本源的な自分であり,人間を人間として自覚させる「純粋な」自分であり,現実の自分を創造する「我」(Ich)であるなどと説明したのでした」(p.146)と説いている。また,「この観念的な自分は,必ずしも現実の自分と似た存在ではなく,人間以外の存在にも,あるいは「神」にもなれます」(p.141)とも説いている。現実の自分と観念的な自分(「自我」=神)との関係を転倒させた,という観点から捉えるならば,カントからヘーゲルへのドイツ観念論哲学の発展過程が非常によく分かるのではないか,と思わされた。「ドイツ古典哲学の発展は,観念的な自己分裂のあり方についての解釈の発展という面からも,検討されなければならない」(三浦つとむ『認識と言語の理論 第一部』p.26)との提起を真剣に受け止めて,考えていかなければならない。

 さらにいえば,このような「観念的な自己分裂」という観点からの三浦の解説が手掛かりとなって,哲学というものが――観念論であろうと唯物論であろうと――把持していなければならない構造が非常に明確に浮き彫りになってきたことも,大きな収穫であった。哲学というものは,世界全体(宇宙の生成から現代までの歴史性をも含む)に体系的に筋を通して把握したものであるが,そのためには,観念的な自己をいわば神の立場に立たせて,世界全体を(その歴史性をも含めて)眺め渡すという過程が絶対に必須になってくるのである。唯物論の立場からすれば,これはもちろんフィクションなのだが,そうではなくて,自分はもともと神と同じものなのだ(自己=絶対精神)と本気で思いこんでしまったところに,ヘーゲルの観念論哲学が成立している訳なのである。しかし,これは決して笑うべきことではなく,そういう観念論の立場で,自分は精神だからこそ絶対なのだ! と真剣に信じて努力し続けたからこその(「就任演説」参照)成果だったことをきちんとみるべきものであろう。

(了)

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2016年12月01日

2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語(9/10)

(9)論点3:ヘーゲルは哲学史をどのようなものとして描いたか

 前回は,シェリングの哲学に関する論点に対して,どのような討論がなされたのかを紹介しました。

 今回は,ヘーゲル『哲学史』の結語に関わる最後の論点について見ていきます。論点は以下です。


【論点再掲】

3.ヘーゲルは哲学史をどのようなものとして描いたか
 ヘーゲルは,「結語」において,哲学史の全体を概観しようとしているが,ヘーゲルの考える哲学とはそもそもどういうものであったか。哲学の完成とはどのような状態であり,どのような過程を経てその完成へと至るものだとされているか。
 ヘーゲル哲学について特に再度深く検討すべき事柄(次回例会の論点)はどのようなことか。
 我々が唯物論の立場から哲学の歴史の流れを描くとすれば,ヘーゲル哲学史の何を継承し,何を批判していかなければならないのか。



 この論点に関わって,まず,ヘーゲルの考える哲学とはどのようなものであったかを確認しました。ヘーゲルの考える哲学とは,端的にいうと,絶対精神の自己運動として全世界を説き切ることに他ならなず,その完成とは,自然と精神の同一を自覚(認識)すること,自分自身が世界の全てを自分自身のこととして分かること(「世界=自分」という意識をもつこと)でした。チューターは,世界=自分という意識を持つという視点が大切であるとした上で,ここをもう少し詳しく,以下のように説きました。

 ヘーゲルにおいて哲学とは,絶対精神が自己自身(の過去)を知ることであった。またヘーゲルにおける哲学の目的とは,「唯一の真理が同時に,そこからすべての他のもの,自然の全法則,生命と意識の全現象の流れ出る源泉であることを(即ちこれらは,この唯一の真理の反映にすぎない)認識すること」(『哲学史 上巻』(岩波書店)p.47;『哲学史序論』(岩波文庫)p.66)であった。すなわち,ヘーゲルにおける唯一の真理である(絶対)精神が,自ら主体として自己運動し,自然の全法則や生命と意識の全現象へと転化し,それらを生み出していくプロセスを説くことこそが,絶対精神が自分自身を知ることであり,それこそが哲学なのである。また,「真理が現実に存在するためにとりうる真の形態は,学問としての体系にほかならない」(『精神現象学 序論』,中央公論社版,p.92)と説いている通りに,哲学たる絶対精神の自己運動は体系としてしか叙述できないと考えていた。


 さらにチューターは,南郷継正先生による「ヘーゲルが哲学を完成していたら書いたであろう概念規定」(『学城』第11号,pp.190-192)を紹介しました。それは以下です。

「学問とは,客観的絶対精神の発展形態である自然・社会・精神を主観的精神の自己運動として捉え返して体系化することにある。」


「学問とは,客観的絶対精神の実体レベルでの発展形態である自然から社会へ,そして社会から精神への歩みを,主観的精神の絶対精神から絶対理念までの発展的自己運動として捉え返して体系化することにある。」


「学問とは,『客観的絶対精神の自己的発展形態』である自然から社会へ,社会から精神へ,精神から絶対精神への生成発展を,自らの『主観的精神の自己運動の発展形態』として捉え返しながら,そこを『観念的(絶対精神的)=学的世界』として体系化する,つまりそれを学一般として体系的に措定しながら,その構造を学的最高形態にまで高めた学問であり,すなわちそれは絶対精神を哲学として完成させることにある。」


 これに関してチューターは,ヘーゲルにおける哲学の完成とは,漫画化していうならば,絶対精神が過去の自分をしっかりと辿り返して,今の自分はこのようにして成長してきたのだということをしっかりと筋道を立てて理解しきることである,といえるのではないかと主張しました。そうすると,精神はすでに,客観的絶対精神としては,自然から社会へ,そして社会から精神(その中にプラトン段階やアリストテレス段階,デカルト段階やカント段階などがあり,そのゴールがヘーゲル段階)へと発展しきっており,これを主観的精神(ヘーゲル)が,自分(=精神)の発展過程として捉え返し,それを体系的に説くことこそが哲学史であるということになる,そうすると,哲学の完成に至る過程には二重の意味,すなわち,客観的絶対精神の歩みのプロセスと,主観的精神の自己運動のプロセス(過去の自分のプロセスと,今現在,過去の自分のプロセスを辿り返しているプロセス)があるのではないか,どちらがここで問題にしている哲学の歴史といえるのか分からない,と述べました。ある会員は,これに対して,客観的絶対精神の歩みのことを哲学の歴史というのだと断言しました。そうでないと,ヘーゲル以前は哲学の歴史がないことになるからです。この見解にはチューターも納得しました。こうなると,例えばアリストテレス段階であっても,主観的精神(=アリストテレス)がそれまでの客観的絶対精神の歩みを辿り返している,ということはいえそうであるということで,皆の同意が得られました。

 次に,論点の順序を変えて,唯物論の立場からの哲学史について議論しました。我々が唯物論の立場から哲学の歴史の流れを描くとすれば,ヘーゲル哲学史の何を継承し,何を批判していかなければならないのか,という問題です。議論した結果,継承すべき点としては,一つの哲学の必然的な発展として哲学の歴史を説くことや,全てを一から説き切るという姿勢,それに,世界のあらゆる事物・事象について,あたかも自分のことであるかのように分かる,ということが挙げられました。これに対して,批判すべき点としては,発展の主体が世界精神(絶対精神)ではなく,社会的認識(社会的労働)であること,だから,精神(文化)の歴史を社会の歴史から切り離すことなく見ていかなければならないこと,精神がはじめからあるとしてはいけないことが挙げられました。

 ここで一会員から,批判すべき点があるのに,なぜ唯物論の立場から継承すべき点は継承できるのか,この点について,しっかりと共通認識にしておかなければならない,という指摘がありました。たとえば,あたかも一人の人間の認識の発展であるかのように説く必要があるというが,本当は違うのに「あるかのように」が許される根拠は何か,こういった点をきちんと押さえておくべきだ,ということでした。そこで,少しこの問題について議論した結果,唯物論の立場でも,社会的認識の流れとして哲学の歴史をとらえることができるがゆえに,あたかも一人の人間の認識の発展のように説けるのだ,ということになりました。ある(小)社会で共有されている認識があり,それが表現され物質化されることによって別の社会や次の世代の人間に伝わる可能性が出てきて,それを別の人間が受け取ってさらに発展させ,その認識がまた社会化して社会的認識となり,それがまた表現される,というようなことがくり返されてきた歴史があるからこそ,唯物論の立場からも哲学の発展の歴史を「一つの哲学」の発展として説けるのであり,逆にいうと,社会的認識ということを認めないと,哲学史は説けないのだ,ということを皆で共有しました。

 また,かつての唯物論者が書いた哲学の歴史を,今のわれわれが簡単に超えられるものではない,非常に困難なことにチャレンジしているのだという自覚をしっかりと持っておかなければならない,ということも確認しました。

 最後に,ヘーゲル哲学について特に再度深く検討すべき事柄を出し合い,次回の例会に向けての論点を整理しました。議論の結果,およそ,次の3点になりました。

1.ヘーゲルが挙げている哲学の発展段階の8つはどのようなことなのか?
2.「生命の歴史」からヘーゲルの哲学史をとらえ返すとどうなるか?
3.我々自身が唯物論の立場から哲学史を展開する際,どのような視点が必要となるか?


 具体的な文言や論点の順序については,次回のチューターに一任することになりました。

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2016年11月30日

2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語(8/10)

(8)論点2:シェリングの哲学とはどのようなものか

 前回は,フィヒテの哲学に関する論点1について,どのような討論がなされたのかを紹介しました。

 今回は,シェリングの哲学に関わる論点について,どのような討論がなされ,どのような(一応の)結論に到達したのかを説きたいと思います。論点は以下でした。

【論点再掲】

2.シェリングの哲学とはどのようなものか
 ヘーゲルは,シェリングの哲学のどのような点を評価し,シェリングはフィヒテの哲学をどのように発展させたと説いているのか。また,どのような点に欠陥をみているのか。シェリングの哲学とヘーゲルの哲学との共通点と相違点を挙げるとすればどうなるか。両者の決定的な相違は何であろうか。
 唯物論の立場からすると,シェリングの哲学はどのように評価できるのか。



 この論点についてはまず,シェリング哲学はフィヒテ哲学をどのように発展させたとされるかについて話し合いました。この点については,概ね,皆同じような理解でした。すなわち,フィヒテのいう自我と非我に共通する根本的な存在として神を措定し,その神(主観=客観)を生き生きとした運動として把握することによって,絶対者の自己運動による世界(あらゆる具体的なもの)の創造という把握に向かって大きく前進したということです。もう少し詳しくいうと,哲学の課題は,主観と客観の統一であり,絶対者を世界の全てを生み出す活動として把握することでありました。しかし,フィヒテにおいては,主観性(自我)から全てが生み出されるとしつつも,主観の側から客観の側への道を十分には明らかにすることができませんでした。いってみれば結論だけ示したようなものでした。これに対してシェリングは,ヤコービの直接知(叡智的直観)を援用しつつ,主観的なものと客観的なものの統一を強く押し出しました。この主観的なものと客観的なものの統一が神であり,神は主観的なものと客観的なものとの具体的な統一として,生き生きとした運動を内に含むものとされているのでした。ここに関して,シェリングが神を生き生きとした運動として把握したのか,それができたのはヘーゲルではないのかという指摘がありましたが,確かにヘーゲルは,シェリングのいう神は生き生きとした存在である矛盾をはらんだ存在として説いていることをテキストで確認しました。要するに,生き生きとした運動として把握したものの,それが中途半端で,ヘーゲルの絶対精神のようには説けなかったということで,皆が同意しました。また,不十分であっても,主観=客観としての神を措定できたのは,それまでの自然科学の成果を踏まえて自然哲学を研鑽したという点が影響しているのではないかという点も確認しました。

 次に,ヘーゲルの指摘するシェリング哲学の欠陥とは何かについて,討論しました。ある会員は,ヘーゲルは,主観的なものと客観的なものとの無差別ということ(理性の概念)が絶対的に前提とされるだけで,これが真理であるという証明が全くなされていないことを,シェリング哲学の欠陥として挙げていると指摘しました。ここに関してチューターは同意したうえで,「シェリングは哲学者でありながら悲しいことに,論理ということが全くもって分からなかったのだ」(南郷継正『武道哲学講義 第3巻』p.129)という指摘を紹介し,シェリングには論理的考察や論の展開がなかったと補足しました。これらについては,皆が同意しました。別の会員は,ヘーゲルの立場からすれば,シェリングが措定した絶対者というものは,非常に抽象的でそれ自身から次々に概念を展開して,世界の全てを説明し切るようなものではなく,運動性のない静的なものだったと指摘しました。これも,証明のプロセスがないという意味では,先の見解と同様であろうということになりました。

 さらに,シェリングとヘーゲルの共通点と相違点というテーマに移りました。この点については,皆が程同じような見解でした。すなわち,共通点は,主観(自我)も客観(自然)も同一であるということを強調した点であり,一方から他方への移行を説いた点であるということでした。他方,相違点はその説き方にありました。すなわち,シェリングが形式主義に陥り,必然性を欠いた表面的な説き方になっていたのに対して,ヘーゲルは概念の自己運動として,その内的必然性を一貫した展開として説き切った,ということです。端的にいうと,シェリング哲学には弁証法性がなく,ヘーゲル哲学の根本概念である絶対精神は弁証法そのものという違いが決定的ということです。シェリングが結論だけ提示して「分かれ!」というだけだったのに対して,ヘーゲルの場合はその過程を絶対精神の自己運動として論理的に説いたのだという指摘もなされました。ここにも関連して,シェリングにおいては,絶対者が把握できるかどうかは個人的な才能にもとづく偶然的な事柄だとされてしまったのに対して,ヘーゲルにおいては,まともに思惟する人間であれば誰でも必然的に絶対者を把握することができるはずだ,という観点が強く打ち出されることになったという見解も出されました。これらには皆が同意し,異論は出されませんでした。

 最後に,シェリング哲学の唯物論の立場からの評価について議論しました。この点についてある会員は,シェリングが啓蒙思想の合理主義に反対して,美的感情を重視するロマン主義の芸術家とも親交をもったという点が重要だとした上で,そうして芸術に関わる中で,人間が創り出すリズムと,自然の中で見られるリズム(具体的にはどういうものかよくわからないのではあるが)が一致することに気づき,そこから両者の根源は何かと考察していくようになったということではないかと指摘しました。しかし,報告レジュメへのコメントにもあったように,ロマン主義の芸術家とも親交をもったのは,シェリングの特殊性ではないため,この主張の根拠はやや薄いのではないかという反論がありました。これには,この見解を出した会員も納得しました。別の会員は,過去の様々な哲学者を出発点として,ゼロから学び続けるシェリングの姿勢は,それなりに評価に値するものであるといえるとしながらも,学の出発点において学問の世界地図を描いておかなければシェリングのように右往左往してしまうと指摘しました。チューターは,後半については同意できたものの,前半部分については,「過去の文化遺産を如何に継承し発展させていけるか学問の大きな課題」なのは,観念論哲学でも同じなのではないだろうかと疑問を呈しました。それに対してこの会員は,観念論では文化遺産という言い方はしないのではないかと反論しましたが,その明確な根拠は示せませんでした。

 別の会員は,フランス革命後の混乱によって,フランス革命への憧れということが薄れてきていた時代の雰囲気が反映して,社会的な現実からの乖離を深めて自然へと向かい,かつ,観念的な色彩が濃くなったのではないかと指摘しました。これには皆が同意しました。またチューターは,フィヒテの場合と同じく,シェリングにおいても,先行の哲学者に「自分の他人化」レベルで二重化したことを指摘しました。すなわち,シェリングも,「フィヒテ哲学のひきうつし」「フィヒテそのまま」として出発したのであり,「フィヒテの原理や表現の影響は,ことばづかいにもおよんでいる」といわれるくらい,フィヒテに対して二重化したのであり,「自分の他人化」レベルで二重化できたのである,このように当時の最先端の社会的認識であるフィヒテの哲学をしっかりと反映して,自分の認識を形成していった点が大切である,と指摘しました。これには皆も同意しました。さらに,シェリングの哲学は,当時の自然科学の著しい発展を反映したものであり,自然を弁証法的に把握しようという意図をもったこと自体は,唯物論の立場からも評価に値するという見解も出されました。これにも異論は出ませんでした。

 以上,今回は論点2についての討論過程を紹介してきました。


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2016年11月29日

2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語(7/10)

(7)論点1:フィヒテの哲学とはどのようなものか

 前回は,今回扱った範囲の大切な点を改めてまとめた後,例会で扱った論点を提示しました。今回からは,論点に対して,どのような討論がなされたのかを紹介していきます。


 今回は,フィヒテの哲学についての論点です。以下にもう一度提示しておきます。

【論点再掲】

1.フィヒテの哲学とはどのようなものか
 ヘーゲルは,フィヒテの哲学について,「カント哲学の完成であり,特にその首尾一貫した展開である」(p.129)としているが,これはどういうことか。カントの哲学をどのように発展させたものだと捉えているのか。また,どのような点にフィヒテの哲学の欠陥を見出しているのか。
 ヘーゲルは,フィヒテのいわゆる自我をどのようなものとして捉えているのか。デカルトの思考(自我)とはどう異なるのか。フィヒテの自我なるものは,カントとヘーゲルをどのように媒介しているといえるのであろうか。
 フィヒテ哲学を唯物論の立場から評価するとどのようなことがいえるか。



 この論点についてはまず,フィヒテ哲学がカント哲学の完成であるとはどういうことかについて議論しました。この点については,皆がほぼ同様の見解でした。すなわち,フィヒテはカントの二元論を克服しようと試みた,ということでした。カントの二元論とは,直接的には,物自体の世界と現象の世界との二元論ですが,より根本的にいえば,思惟(主観)と存在(客観)との間に絶対的な壁を設けてしまって,両者の統一がありえなくなってしまったということです。フィヒテはカントの二元論という難点を自我一元論として克服しようとしたのであり,カントのように,世界を2つに分離するのではなくて,1つのもの,つまり自我から全てを説こうとしたこと,それも筋を通して説き切ろうとしたということでした。

 ここで一人の会員から,ヘーゲル哲学もいってみればカント哲学を完成させたといえるわけであるが,フィヒテとヘーゲルは何が違うのか,という疑問が呈されました。フィヒテは自我を,ヘーゲルは絶対精神を,それぞれ根本的な原理だと説いたのであるが,両者は何が違うのか,ということです。これに対して別の会員は,フィヒテはカントの枠を超えておらず,カントがいおうとしていえなかったことをしっかりと主張したに過ぎないのに対して,ヘーゲルはそういうカントの枠組みを超えているのだ,と説明しました。この説明には,疑問を呈した会員も納得しました。

 次に,ヘーゲルの指摘するフィヒテ哲学の欠陥についての議論に移りました。この問題については,ある会員は,ヘーゲルにすれば,普遍者は個別的な主観を超えた存在であるが,フィヒテはそこまでの絶対的な理念を打ち立てられておらず,全てのものを統一する理念を把握していないと指摘し,別の会員は,理性は概念と現実の総合であるにもかかわらず,フィヒテはもっぱら主観的な面に終始して終始対立につきまとわれてしまったのであり,対象を概念的に把握しきることで,思惟と存在とを完全に一致させて両者の対立を解消させる,ということはできなかったのだと説きました。これを踏まえてもう一人の会員は,対立する両者の一方が根本的だと考えたにすぎなかった点がフィヒテの限界だと言えると指摘しました。チューターはこれらを,要するに,自我一元論という形で概念と現実の統一を果たそうと試みた,その枠組み・狙い自体はよかったのだが,それを実際になして,学問を構築することはできなかった,ということであろうとまとめました。これに対して異論は出ませんでした。

 続いて,フィヒテのいわゆる自我をヘーゲルはどう評価するかという問題の検討に入りました。チューターはフィヒテの自我について,直接に存在し,それだけで確実な存在であるとし,デカルトの自我とは狙いと要求が違うのだと説きました。すなわち,フィヒテは,自我に他の観念を付け加えるのではなく(外から経験的なものを全く取り入れるのではなく),全く一要素だけから演繹されるような哲学を目指していたということでした。さらに,カントにあっては,物自体は客観的に存在しているが,われわれには認識できないものとされていたが,フィヒテは,そういった物自体を否定して,物自体をも自我が創り出したものとしてとらえることこそが哲学の狙いであり,実現できなかったとはいえ,それに向けて第一歩を歩みだしたのだと述べました。別の会員は,自我の活動により非我が生み出され,非我が自我の活動を妨げるという相互浸透を指摘したうえで,人間が対象に働きかけ,また対象によって人間が創られるという労働・疎外というイメージがここで創られたのではないか,そしてそれが,ヘーゲルによって,絶対精神が自然へと転化し,また絶対精神に立ち戻ってくるという円環運動として捉えられたのだろうと主張しました。別の会員は,ヘーゲルは,フィヒテのいわゆる自我について,これこそが純粋思惟,カントのいわゆるア・プリオリな総合判断であり,概念的に把握された現実(自己意識のうちに取り戻された他在)であるとしたうえで,宇宙の全内容が自我から顕現する,といった説明からすれば,自我とはヘーゲルのいわゆる絶対精神とほぼ同じものだといってよさそうであるという見解を提示しました。同じような内容を,それぞれなりに説いているということで,チューターは,要するに,フィヒテの自我はヘーゲルの絶対精神につながる枠組みを提供したのであり,その枠組みにしたがって,絶対精神の自己運動として実際にその中身をしっかり説いたのがヘーゲルであるとまとめました。これには,皆が同意しました。

 ここで一会員が,カントのいうア・プリオリな総合判断というのがいまいち理解できないと述べました。そこで,教科書レベルで確認しました。その内容は以下です。

 総合判断とは,主語を分析したら述語の内容が出てくるというのではなくて,主語に新しい内容を付け加えるような判断のことである。また,ア・プリオリなというのは経験的ではないということであり,経験を超えてという意味である。だから例えば,「三角形の内角の和は二直角である」や「2プラス3は5である」といった判断はア・プリオリな総合判断である。ともに,主語のどこをどう分析しても述語は出てこないし,これらは単なる経験的な判断ではなく,経験を超えて通用する判断だからである。

 この説明を受けて,別の会員は,絶対精神は,(そのうちに萌芽的に内容を把持しているとはいえ)次々に新しいものを生み出していくのであり,それも必然的な発展として生み出していくのであるから,これはカントの言葉でいうとア・プリオリな総合判断だといえるのである,と説明しました。これには皆が納得しました。

 最後に,フィヒテ哲学の唯物論の立場からの評価について討論しました。これについてはいろいろな観点から見解が出されました。まず,なぜフィヒテが自我を根源においたのかを考察するならば,ナポレオン軍によってドイツが占領されていたことが関わっているのではないかという見解が出されました。しかし,これについてはチューターが,ナポレオンがベルリンを占領したのは1806年であるのに対して,フィヒテの自我を根源においた哲学はそれより以前に説かれているため,因果関係が逆ではないかと指摘しました。これについては,この見解を出した会員も納得しました。続いて,別の会員は,全てを自我という自分自身の本質的な要素から説き切ろうとした姿勢は大きく評価できるとして,主体性の重要性を指摘したことがフィヒテ哲学の大きな成果だと説きました。この見解についてチューターは,これは,あえて唯物論の立場からの評価といえるだろうかと疑問を呈しました。すると,この見解を提示した会員は,自我から説くのということは,唯物論の立場からは本来的には許容されないが,自分の問題意識から説く,主体性から説くという意味では,唯物論の立場からも評価できるという意味であると補足しました。これにはチューターも納得しました。さらに社会的な背景について,フィヒテが自我を根源において,この世界の全てを自我の活動として把握しようとしたことは,世界に主体的に働きかけていきたいという人間の欲求(18世紀末から19世紀初頭にかけてのドイツ・ブルジョアジーの欲求)を反映したものであるという見解も出されました。また,別の会員は,フィヒテが当初はカントと間違われるほど「自分の他人化」をなして,当時の最先端の社会的認識たるカント哲学をしっかり反映し,自分のものにした点が重要だと指摘しました。これらについては皆が同意しました。

 さらに,フィヒテ哲学の内容に関して,三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』(講談社現代新書)の内容を確認したいという意見も出されました。同書では,「自分自身の二重化」という項で,次のように説かれています。

「……マルクスは,ここからさらにすすんで,ドイツ観念論が逆立ちさせた「理智的に自分自身を二重化する」(マルクス『経済学手稿』)事実をとりあげて,どうしてこの二重化が発生するか,その現実的な根拠をあきらかにしました。「人間は,鏡を持って生れてくるのでもなく,また,我は我なりというフィヒテ的哲学者として生れてくるのでもないから,人間はまず,他の人間という鏡に自分を映して見る」(マルクス『資本論』)というのです。この皮肉なフィヒテ批判のなかに,観念的な自分が,フィヒテ流の「我」が,現実の自分以前から存在していたものでないこと,人間が現実の世界を鏡とすることによって発生するものであることが指摘されています。」(p.148)


 この内容に関して,一会員は,哲学というものは観念的な自己をいわば神的な立場(全世界の創造主の立場)において世界全体を見渡すことによってこそ成立するものであるが,それはまずは,観念論哲学として,すなわち,この観念的な自己こそ本当の自分(絶対精神)であり,身体をもった自分はそこから派生してきた仮の姿にすぎないとみなすことによって成し遂げられたのだ,これに対して唯物論の立場からは,神的な立場に立つ観念的な自己は,あくまでの現実の自己から派生したフィクションであるといわなければならないが,神的な立場に立った観念的な自己が世界全体に筋を通して把握しきるという意味では,唯物論哲学も観念論哲学と共通した構造をもたなければならないのだ,と説明しました。これについては,皆が納得しました。

 以上で論点1に関わる討論を終了しました。

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2016年11月28日

2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 前回までの4回は,今回扱ったヘーゲル『哲学史』の最後の部分の要約を掲載してきました。ここで,その中で大切なポイントを改めてまとめておきたいと思います。

 初めに,ヘーゲルがフィヒテの哲学について説いている部分を見ました。ヘーゲルは,フィヒテの哲学をカントの哲学を完成させたものだとして,高く評価していました。どういうことかというと,カントは,哲学全体を体系として統一することはできませんでしたが,フィヒテは自我を絶対的な原理として,そこから首尾一貫した表現を与えようとしたのだ,ということでした。ヘーゲルは,自我とは概念が直接に現実となり,現実が直接に概念となったものであり,カントのいうところの真のアプリオリな総合判断であると説いていました。そして,哲学は最高の原則から出発して,すべての内容をそこから必然的に演繹してくる学問でなければならないという考え方を表明したという意味で,フィヒテの哲学は抜きん出た価値を持つのだと説いていました。

 自我の後には,非我についての説明に移行していきました。非我とは自我に対置される存在であり,客観一般であるとされていました。そして,これはわたしに対立する対象であり,わたしを否定するものであるから,この他なるものを「非我」と名付けたのは筋の通った表現法であるとしていました。しかし,フィヒテにおいては非我がそれ自体で無条件に存在するとされており,そうである以上,非我が絶対の自己意識へと帰っていくプロセスを説くことができないとヘーゲルは批判しており,そこにフィヒテの哲学の限界があるとされていました。ヘーゲルは,結局フィヒテの哲学も,カントの哲学と同じように,理論理性においては自我と非我の対立がつきまとい,実践理性においては感覚と理性の対立が現れると説いていたのでした。

 次にヘーゲルは,以上のようなフィヒテ哲学において,思惟と延長の統一の形式そのものが主観性として取り出され,主観性からすべての内容が出てくるとされていましたが,今やその一面性から解き放たれて,客観性や実体性と統一することが必要であると説いた上で,シェリング哲学へと移っていきました。ヘーゲルによると,シェリングの哲学は自然哲学と先験哲学の2つから成っており,ともに主観と客観がもともと同一のものであるという前提がありました。その上で,客観を第一のものとし,自然を知性化しようとするものが自然哲学であるのに対して,主観を第一のものとし,主観と一致するような客観がどのようにしてあらわれるかを明らかにしようとするものが先験哲学であるとされていました。

 ヘーゲルは,このようなシェリング哲学について,概念や理性の形式を自然に適用した点が功績だと説いていました。他方,シェリング哲学においては,主観と客観の無差別が前提とされており,それが真理であることが証明されていない点が欠陥であると指摘されていました。シェリング哲学においては,主観と客観の無差別は,知的に直観されるべきものであったため,天才的な技量を持つものでなければ哲学することが不可能となってしまうのでした。ヘーゲルはこれを批判して,本来の哲学は誰にでも開かれているものであると主張していました。その上で,ヘーゲルは,主観は客観へと転化するものであり,客観も客観にとどまりえず,主観となっていくものであることを示さなければならないと説いていました。

 最後にヘーゲルは,結語の部分で,哲学の現在の立場は理念の二つの側面たる自然と精神の同一性が必然的であるのを認識することにあると説いていました。そして,哲学の発展は一つの哲学の発展であるとした上で,これまでの哲学の発展段階を,以下のような8つに整理していました。

1.与えられた対象から出発してそれを理念に転化した「ある」(存在)の段階
2.抽象的思考であるヌースが全体を貫く実在として知られるようになるイデアの段階(プラトン)
3.概念的思考が宇宙のすべての形態に精神をふきこむ段階(アリストテレス)
4.概念が主観としてあらわれ,主客の抽象的な分離が生じる段階(ストア派から懐疑主義)
5.すべての実在のうちに理念を見るが,その理念が自己を知らない段階(新プラトン主義)
(近代の課題:理念を精神として,自己を知る理念として,とらえること)
6.自己意識が自分が意識であると考える段階(デカルトからライプニッツ)
7.自己意識が他とも否定的な関係を結ぶ段階(フィヒテ)
8.自己意識が純粋な思考と存在を一体化したものとして認識する知的直観の段階

 以上が,今回の範囲の大切な部分のまとめとなります。

 11月例会では,このような内容について,3つの論点に沿って議論していきました。以下に3つの論点を提示しておきます。


1.フィヒテの哲学とはどのようなものか
 ヘーゲルは,フィヒテの哲学について,「カント哲学の完成であり,特にその首尾一貫した展開である」(p.129)としているが,これはどういうことか。カントの哲学をどのように発展させたものだと捉えているのか。また,どのような点にフィヒテの哲学の欠陥を見出しているのか。
 ヘーゲルは,フィヒテのいわゆる自我をどのようなものとして捉えているのか。デカルトの思考(自我)とはどう異なるのか。フィヒテの自我なるものは,カントとヘーゲルをどのように媒介しているといえるのであろうか。
 フィヒテ哲学を唯物論の立場から評価するとどのようなことがいえるか。



2.シェリングの哲学とはどのようなものか
 ヘーゲルは,シェリングの哲学のどのような点を評価し,シェリングはフィヒテの哲学をどのように発展させたと説いているのか。また,どのような点に欠陥をみているのか。シェリングの哲学とヘーゲルの哲学との共通点と相違点を挙げるとすればどうなるか。両者の決定的な相違は何であろうか。
 唯物論の立場からすると,シェリングの哲学はどのように評価できるのか。



3.ヘーゲルは哲学史をどのようなものとして描いたか
 ヘーゲルは,「結語」において,哲学史の全体を概観しようとしているが,ヘーゲルの考える哲学とはそもそもどういうものであったか。哲学の完成とはどのような状態であり,どのような過程を経てその完成へと至るものだとされているか。
 ヘーゲル哲学について特に再度深く検討すべき事柄(次回例会の論点)はどのようなことか。
 我々が唯物論の立場から哲学の歴史の流れを描くとすれば,ヘーゲル哲学史の何を継承し,何を批判していかなければならないのか。



 次回以降の例会報告では,これらの論点についてどのような討論がなされ,どのような(一応の)結論に達したのかを紹介していきたいと思います。


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2016年11月27日

2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』結語 要約

 前回は,シェリングの哲学のうち,同一性の哲学について論じられている部分の要約を紹介しました。シェリングは主観と客観の同一性ということを証明する必要があることを感じ様々に試みたものの,結局,形式的な形にしかなっていないということでした。

 今回はいよいよヘーゲル『哲学史』の最終部分である結語の要約を紹介します。ここでは,哲学とは何か,哲学史とは何かを踏まえて,これまでの哲学史の大きな流れが8つの段階として示されています。

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E 結語

〔哲学の現在の立場〕
 哲学の現在の立場は,理念がその必然性において認識されること,言い換えれば,理念の分離の両側面である自然と精神の各々が理念の総体を現わすものとして,単に自体において同一なばかりでなく自己自身からこの唯一の同一性を生み出すものとされ,さらにそれによってこの同一性が必然的なものとして認識されることである。哲学の究極の目的と関心は,思想や概念を現実と宥和させることにある。我々は自己自身を把握する思想が立ち現れてくるのをみてきたが,思想は自己を自己内において具体的なものとすることこそを求めたのである。思想の最初の活動は形式的であるが,アリストテレスになってはじめて,ヌースが思惟の思惟であるということを口にするようになる。その結果として現われて来るのは,自己の許に安らい,同時に自己のなかに宇宙を包括し,宇宙を叡智界と変じる思想である。概念的把握において精神的宇宙と自然的宇宙とはただひとつの調和する宇宙となって相互に透徹し合う。その宇宙は,自ら自己のなかに逃れ,その各側面において絶対者を展開して総体となし,まさにそのことによって,その統一のうち思想のうちにおいて自己を意識する。哲学は,芸術や宗教やそれらの引き起こす感覚に対して,真の弁神論である。それは精神の宥和,しかもその自由と豊かな現実性において自己を捉えた精神の宥和である。

〔哲学史とは何であったか〕
 ここまで到達した世界精神の歩みの各段階は,諸々の真実な哲学体系のうちその独自の形を現わしている。最後の哲学がそれら諸々の形式の総体であることによって,およそ何ものも失われたものはなく,一切の原理は保持されている。この具体的理念は,ほとんど2500年間を通じて,自己自らを客観化し,自己を認識しようとした精神の真摯なる労苦の結果である。この長きにわたって,精神の概念は,その具体的な全発展,外的な存立やその豊かさを自己のなかに担いつつ,自己を徹底的に形成しさらに進展させて,自己のうちから自ら現われ出ることをもとめる。ただ精神のみが前進なのだから,精神は常に前進する。自己を認識する作業こそ,精神の生命であり,精神そのものである。哲学史は精神がその歴史においてこのことを欲したという事実の曇りなき洞察である。哲学史は世界史の核心である。この内的思惟における人間精神のこの労作は,現実のあらゆる段階と平行する。それゆえ,如何なる哲学といえどもその時代を超えない。思想規定がこのような重大さをもつということ,それは哲学史の領域には属さないそれ以上の認識である。この概念こそ,世界の精神の最も単純な啓示であり,それがいっそう具体的な形態をとったとき,それが歴史にほかならないのである。
 第一に,精神が現在勝ち得たところのものを過小評価することはできない。古きものは尊ぶべきであるが,最高のものは現在以外にはない。第二に,諸々の哲学は,偶然的なものではなく,精神的な理性的な前進であり,必然的に前進しつつある一哲学,自己自らを知る神の示現である。第三に,それぞれが新しい原理を打ち立てるのであるから,あら探しなどではなく,その原理をこそ認識すべきである。

〔全哲学史を概観する〕
 全哲学史を概観し,それぞれ一定の理念を現わす主要要素の必然的段階を総括する。何らの悟性に到達しない東洋の主観性の陶酔の後に,思想の光がギリシャに昇った。
 (1)古代人の哲学は,絶対的理念を思惟した。その理念の実現または現実は,現存の現在の世界を概念的に把握し,即自且対自的にあるがままの世界を考察する点に成立したのであった。この哲学は理念自身から出発しないで,所与としての対象的なものから出発し,これを理念へと変ずる。パルメニデスの有。
 (2)抽象的思想。ヌースは主観的思惟としてではなく普遍的本質として知られた。プラトンの普遍的なるもの。
 (3)アリストテレスにおいて概念が現われる。それは自由にして何ものにもとらわれず,宇宙のあらゆる形態を透徹し精神化する概念的思惟としてである。
 (4)主観としての概念。その独立化や自己内存在,抽象的分離等は,ストア派,エピクロス派,スケプシス主義となる。すなわち,自由な具体的形式ではなく,抽象的な,自己内において形式的な普遍性である。
 (5)総体性の思想。新プラトン派における具体的理念としての叡智界。この原理は一切の実在性を尽した観念性一般であるが,自己自らを知る理念ではない。しかしついに主観性・個体性の原理がそのなかに入り,神が精神として自己意識内において現実的となった。
 (6)近代の事業は,この理念を精神として自己自らを知る理念として捉える点にある。知る理念から自らを知る理念に至るためには,理念がその絶対的分裂の意識に到達するという無限の対立が必要である。精神が対象的本質を思惟することによって哲学は世界の叡智性を完成し,この精神界を自然――精神の最初の創造――と同様現在と現実の彼岸にある対象として生んだ。精神の仕事は,この彼岸を現実に自己意識に連れもどすことである。このことは自己意識が自己自身を思惟し,絶対者を自己自身を思惟する自己意識として認識する点に成し遂げられる。上の分裂を超えて,デカルトにおいて純粋思惟が現われた。自己意識は第一に自己を意識として考える。そのなかに一切の対象的現実が含まれ,またその現実と他の現実との積極的な直観的な関係が含まれる。思惟と存在とはスピノザにおいて対立すると同時に同一である。彼には実体的直観なるものがあるが,認識は実体に対しては外的である。ここに思惟の主観性を止揚するために,思惟そのものから出発する宥和の原理がある。例えば,ライプニッツの表象する単子において,そのことが行われた。
 (7)第二に意識はそれが自己意識であることを思惟する点で対自的になるが,他者に対する否定的関係においても対自的である。それがカントにおける思惟の批判として,またフィヒテにおける具体的なものへの衝動としての無限の主観性である。絶対的な純粋な無限の形式は自己意識,自我として表明される。
 (8)この電光は,精神的実体のなかに閃き,絶対的内容と絶対的形式とは同一となる。実体は自己内において認識と同一である。こうして自己意識はその積極的関係をその消極的関係として,その消極的関係を積極的関係として認識する。あるいはこの対立した活動を同一として,換言すれば,純粋思惟または存在を自己同一として,さらにこの自己同一を分裂として認識する。これが知的直観であるが,それが事実知的であるためには,絶対的に認識するものでなければならない。
 知的直観が認識されるのは,第一に,相対立するものは相互に分離されるにもかかわらず,一切の外的現実が内的現実として認識されることによる。もしそれがその本質上あるがままに認識されるなら,それは存続するものとしでてはなく,推移の運動であることが示される。各個物の本質が規定性であり,自己の反対であるというこの意識のなかにその反対との統一が概念的に把握されて現われてくる。第二に,この統一自身がその本質において認識される。この同一性としての本質は等しくその反対に移りゆくこと,あるいは自己を実現し,自ら他となることである。かくてその対立がそれ自身によって現われてくる。第三に,対立について,それが絶対者のなかにはないことをいわなければならない。絶対者は本質的存在であり,永遠なものである。しかし,こう考えれば,それはそれ自身抽象であり,単に一面的であり,対立は単に観念的なものとして捉えられるにすぎない。しかし,事実は,対立こそ,絶対者の運動の本質的要素たる形式にほかならない。純粋思惟は,主観的なものと客観的なものとの対立に進む。対立の真の宥和は,この対立はその絶対的尖端に押し詰められ,自己自身を解消し,対立するものが同一である(永遠の生命は永遠に対立を生じて永遠に宥和する)ことの洞察にある。統一において対立を,対立において統一を知ること,これこそ絶対知である。学とはこの統一をその全発展において自己自身を通じて知ることにほかならない。
 以上が今や時代一般の要求であり,哲学の要求でもある。世界に新たなる時代が現出したのである。一切の疎遠な対象的存在を自己から捨て去って,ついに自己を絶対的精神として捉え,自己に対象的となるものを自己から生み出し,それに対して安らうとともに,それを自己の力のなかにしっかりと保つことが,いまや世界精神に成功したようにみえる。有限的自己意識と絶対的自己意識との闘いは終わる。有限的自己意識は有限的であることを止めた。それによって,絶対的自己意識は,以前はもたなかった現実性を勝ち得たのである。精神は自己を自然とし国家として産み出す。自然は精神が精神としてでなく自ら他者となる精神の無自覚な活動である。国家において歴史の行為や生活において,また芸術において,精神は確かに意識的な仕方で自己を生みだし,その現実の様々な類別を知りもする。しかし,精神が絶対精神として自己自らを自覚するのは,ただ学においてのみである。この知のみが,すなわち精神のみが精神の真の存在である。以上が現代の立場であり,精神形成の系列は,今のところ,以上をもって完結しているのである。
 ここにおいてこの哲学史もまた完結したのである。

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2016年11月26日

2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』シェリング 同一性の哲学 要約

 前回は,シェリングの哲学の自然哲学と先験哲学について論じられている部分の要約を紹介しました。シェリングは主観と客観の同一性ということを指摘し,それを2つの側面から示すものとして先験哲学と自然哲学を打ち立てたのですが,結局,主観と客観の同一性は同一性を証明することができておらず,知的直観によって把握できると説くのみであったということでした。

 今回は,シェリングの哲学のうち,同一性の哲学について論じられている部分の要約を紹介します。

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 シェリングは主観的なものと客観的なものの同一たる絶対者の理念をもって始めたが,やがてこの理念を証明しようという要求が現われてきた。それは『思弁物理学雑誌』『新思弁的物理学雑誌』において試みられた。しかし,シェリングの証明は極度に形式的に進められており,したがってそれは証明されるべきものをいつも前提していることになる。
 『思弁物理学雑誌』でシェリングは,主観的なものと客観的なものとの絶対的同一から出発することで,スピノザ的実体,単一の絶対者を再び呼び覚ました。ここで彼はスピノザと同様,幾何学的方法を用いた(まず公理,次いで証明を行う諸命題,さらに系等々)が,この方法は哲学に対して何ら真実な適用性をもたない。シェリングは,この場合ある種の区別の形式を前提し,これをポテンツ(力,可能性)と呼んだ。これに次ぐシェリングの主要形式は,カントによって再び記憶に呼び覚まされた三元の形式,第一,第二,第三のポテンツである。
 フィヒテが自我即自我をもって始めるように,シェリングは「理性は主観と客観との絶対的無差別である」という絶対者の命題もしくは定義として表現された絶対的直観をもって始める。一と多の対立も,一切の対立と同様,そのなかでは消滅してしまう。次いでシェリングは,主観が反省につきまとわれてはならないことを要望する。それは悟性規定であり,それは感性的知覚と同様,感性的事物の相互分離を含む。
 こうして対立が形式や本質の上から絶対者に現れはする。しかし,それは単に相対的な,または非本質的な対立として規定される。主観と客観との質的相違は考えられないから,量的相違のみがありうる。この量的相違は顕勢的形式(一切の有限性の根拠)だとシェリングはいう。各一定のポテンツの段階は主観的なものと客観的なものとの一定の量的相違を示す。個々の存在は主権性と客観性との量的相違によって措定される。しかし,これは不十分である。量的相違は真実の区別ではなく,全く外的な関係であり,主観的なものと客観的なものとの優勢もまた決して思想規定ではなく,単に感性的な規定にすぎないのである。
 〔第一のポテンツ〕 絶対者の最初の量的相違または最初の相対的総体が物質だという点にある。第一次元:最初の前提たる相対的総体性(A=B)によって相対的同一性がある。第二次元:相対的な同一性を前提とする相対的な二重性。相対的な同一性と二重性とは,相対的総体性のなかに潜勢的に含まれている。第三の次元:相対立する二者の解消。AとBとの実在性の直接的な根拠となる絶対的同一性は重力である。それぞれ優勢を占めるAまたはBは,前者が牽引力,後者が膨張力である。牽引力と膨張力の量的措定は無限に進み,その平衡は全体においては存在するが,個々のものにおいては存在しない。
 〔第二のポテンツ〕 この同一性自身が存在するものとして措定される光。同じ同一性が,発現する両極性の形式下におかれると凝集力となる。凝集力は,自体性または自我性の物質内における印象であり,それによって物質はまず特殊的なものとして普遍的同一性から出て,形式の領域に自己を高める。惑星や金属その他の物質は,動的凝集力の形式において,一方では収縮力が他方では膨張力がそれぞれ優勢となる特殊な凝集関係を現わす一系列を形成する。
 〔第三のポテンツ〕 全ポテンツの相対的総体が措定されること(光と重力の結合たる全生産物)で重力は絶対的同一の単なるあり方の形式に引き下げられる。これが有機体である。
 シェリングは,全宇宙の構成を与えようとして,あまりにも多くの詳細な点にまでわたって自説を述べたが,その叙述を完成するには至らず,前提した図式によって外的に構成するという形式主義を混ぜた。シェリングは,我々の認識が自然をそのように考察する,というカント的な言葉を,自然はそのように形づくられている,というふうに変える。彼は自然のなかに精神を摘出するというカントの手掛けた仕事を,とりわけ観念的なもののなかに成立すると同一の図式・同一のリズムを対象的事物のなかにも認識するというような自然考察に再び着手したのであった。自然は総じて精神を対象的なあり方に投射したものであるという点から叙述されるのである。

 シェリングは,その形式の未完成と弁証法を欠くためにどれにも満足できず様々な形式のなかを彷徨したため,『新思弁的物理学雑誌』が提供する「私の哲学体系の再述」においては別の形式を選んだ。主観性と客観性との平衡の代わりに,本質と形式,普遍的なものと特殊的なもの,有限なものと無限なもの,積極的なものと消極的なものの同一を語り,絶対的無差別をこの形式あるいは他の形式のなかに規定する。差別は単に観念的な対立にすぎず,それらは絶対者においては端的に一である。形式としてのこの統一は知的直観であり,それは思惟と存在とを絶対的に等しいものとおき,また絶対者を形式的に表現することによって,同時にその本質の表現ともなるのである。一切と各個との真実の絶対性は,それがそれ自身普遍的なものと特殊的なものとして認識されることにあるのではなく,普遍的なものがそういう規定性にありながら,それ自身普遍的なものと特殊的なものとの統一として(同じように特殊的なものも両者の統一として)認識されるという点に成立するのである。特殊的なものの規定性はただそれの観念的契機にすぎず,むしろそれが絶対者のなかにあることこそその真実態である。これら3つの契機,すなわち,本質(無限なもの)を形式(有限なもの)へ造り入れることと形式を本質へ造り入れること――これら2つは相対的統一である――および第三者たる絶対的統一は,各個物のなかで再び繰り返される。したがって,本質を形式へとまた普遍的なものを特殊的なものへと造り入れたものとしての実在的側面を現わす自然は,それ自身再びこの3つの統一を備え,観念的側面もまた同様である。こうして各ポテンツはそれだけで再び絶対的となる。すなわち全体の三重構造を各個においても同様に反復し,それによって一切の事物の同一を示すとともに,これらの事物が全ての同一の統一を表現するようにこれらの事物をその絶対的本質において考察すること,これが宇宙の学的構成の一般的理念にほかならない。



 自然が精神および絶対者たる神に対してもつ関係を,シェリングは後期の叙述においてはじめて,次のように示した。すなわち,彼は神の本質を――無限の直観としての神がさらに自己自身を根拠とするかぎり――自然として規定し,叡智や思惟はただ存在と対置されることによってのみあるがゆえに,この自然を神における否定的要素であるとしたのである。
 シェリングの体系は,我々が考察しなければならない哲学のもつ最後の興味ある真実の形態である。第一にシェリングにあっては,彼が真実体を具体的なものとして,主観的なものと客観的なものとの統一として捉えたというその理念自身が挙げられねばならない。シェリング哲学の主要な点は,深い思弁的内容を問題にしていることである。それは,哲学の全歴史の上で問題にとなってきた内容である。自由に独立に存在するが,抽象的でなく自己内で具体的である思惟は,自らを自らのなかで叡智的現実的世界として捉える。これが自然の真理であり,自然自体である。シェリングの第二に偉大な点は,自然のなかで精神の諸形式を指摘したことである。電気,磁気等々は,彼にとっては理念の外的なあり方にすぎない。欠点となるところは,この理念一般,ならびにそれが観念界と自然界とに区別される点や,さらにはこれらの諸規定の総体が概念によってそれ自身のなかに必然的として示され発展させられていないことである。シェリングはこの面を把握しなかったので,思惟を見失ってしまった。こうして芸術品こそ理念が精神にたいしてある唯一最高のあり方となった。しかし,理念の最高のあり方はむしろ理念自身の境位にあり,思惟や概念的に把握された理念こそ芸術品より一層高次なものなのである。理念は真理であり,一切の真実体は理念である。そして理念を世界へ組織することが必然的な開示であり啓示であるとして証明されねばならない。これに反して,シェリングにあっては,形式はむしろ外的な図式となり,方法はこの図式の外的対象への依存となる。この外的に整えられた図式こそ弁証法的信仰の代わりに現われるものであり,それによって自然哲学は特に不信をかったのである。

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2016年11月25日

2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語(3/10)

(3)ヘーゲル『哲学史』シェリング 自然哲学と先験哲学 要約
 
 前回はフィヒテの哲学について論じられている部分の要約を紹介しました。そこでは,カントが物自体と自我という二元論に陥ってしまっていたのに対して,フィヒテが自我を根源において体系的に説いたということ,その自我とはカントのいうアプリオリな総合判断であることなどが説かれていました。しかし,フィヒテの哲学にも結局,自我と非我の対立がつきまとってしまったということでした。

 今回からシェリングの哲学について論じられている部分の要約を紹介します。その中でも自然哲学と先験哲学についての部分を今回は見ていきます。

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D シェリング

 フィヒテ哲学を越えて最も重大なあるいは哲学的見地からして唯一の意味ある一歩を踏み出したのはシェリングである。シェリングの哲学は,フィヒテ哲学と同様,神の認識を否定したカント哲学から出発しながら,神の認識へと移っていった。同時に,ヤコービの思惟と存在の統一の原理を根底におく。彼における具体的統一は,有限的なものも無限なものも,主観的観念も客観性もともに真実体ではなく,2つの真理ならざるものが相互に独立に離在しながら結合するのも真理ならざるものの結合でしかないとされる。具体的統一はただそれが過程であり,ひとつの定立(命題)のなかの生き生きとした運動であるというふうにしてのみ捉えられるにすぎない。こうした不可分性は,まさにただ神のなかのみにある。
 シェリングが登場したとき,哲学一般の要求は次のようなものであった。デカルトにおいては,思惟と延長が神のなかに合一され,スピノザにおいてはそれらが不動の実体として合一されていた。その後,形式が一部は諸科学において,一部はカント哲学において形成されていく。そして最後に,フィヒテ哲学において,形式そのものだけが主観性として現われ,この主観性から一切の規定が発展するとされたのであった。こうして時代の要求は,無限の形式たるこの主観性が,その一面性から自由となって客観性,客体性と合一することにある。あるいはスピノザ的実体が不動のものとしてでなく,叡智者として,自己内において必然性をもって活動する形式として,把握されるべきなのである。したがって,それは自然の創造者であり,しかもまたそれと同様,知や認識でもある。求められているのは,無限の形式を備えた総体性であり,これこそシェリング哲学において現われるものにほかならない。



 シェリングは,初期の著述『先験的観念論の体系』において,先験哲学と自然哲学とを学の両面として考えた。一切の知は客観と主観の一致に基づくが,両者の絶対的一致はただ神のみにおいてあり,その他の一切のものは主観と客観の不一致の要素を含んでいる。客観的なものの総体が自然,主観的なものの総体が自我または叡智であるが,一切の知が相互に前提し合い要求し合う2つの極をもつとすれば,2つの基礎学が存在しなければならず,一方の極から出発すれば必ず他方の極に向わずにいられなくなる,というのである。客観的なものを始元とし,自然から叡智的なものに至るのが自然哲学であり,主観的なものを始元とし,主観的なものから客観的なものを成立させるのが先験哲学である。

a 自我は主観と客観が直接に一となる点であり,自我即自我,主観即客観である。それが自己意識の作用であり,そのなかで私は私にとって対象となる。自我は自己自らが客観となる生産にほかならない。かくしてシェリングはフィヒテ哲学を引き合いに出しつつ,ヤコービのように直接知(叡智的直観)を原理とする。この叡智的直観の内容は,絶対者,神,即自且対自的存在であり,自己内において自己を媒介するものとして,主観的なものと客観的なものとの無差別として現わされるものである。
 しかし,絶対者を具体的なものとして知るこの知の形式の点で,さらに詳しくいえば,主観的なものと客観的なものとの統一の形式の点で,特に哲学はシェリング哲学となって日常の表象的意識やその反省の仕方から離れてしまったのであった。具体的なものは,その本性上,等しく思弁的である。シェリングにおいて思弁的形式が再び台頭して,哲学は再び独自の原理たる理性的思惟自体が思惟の形式を得たのである。

b 主観と客観の区別が入ってくると,自我と他者の関係が生じてくる。自我が自己を非我によって制限されたものとして措定することで,自我は自己を自己自身に対して措定する。自我のそれ自身への関係と無限の衝撃への関係は不可分離である。また,自我はそれが制限されないものである限りにおいてのみ制限されているが,この限界は,それを越えて行き渡るために必要不可欠である。この矛盾は,たとえ自我が非我を常に制限しても,依然として残る。

c 制限する活動によっても制限される活動によっても,自我は自己意識に到達しない。自己意識の自我を成立させるものは,両者から合成された第三の活動である。それはただ相対的同一性という本質的関係にとどまり,区別は依然としていつもそのなかに残ったままである。自我の自己内への方向と外への方向との争いが,無限の過程において解かれるというのは,単に外見上のことにとどまる。それが完結されるためには,内的および外的自然の全体がそのあらゆる細かな点まで叙述されなければならないのであるが,ただ主たる区画が掲げられるにすぎない。合一を直接自己内に含むこの第三者は,特殊性がうちに含まれている思想である。それはカントの直観的悟性,叡智的直観,または直観的叡智である。シェリングは特に矛盾の絶対的統一を知的直観と呼ぶ。ここでは自我は他者に対して一面的に対立しているのではない。それは無意識的なものと意識的なものとの一致であるが,しかしその一致の根底が自我自身のなかに存するといったようなものではないのである。
 客観的なものからは分離が措定され,別のものが対立させられるのだが,原理はこの対立の解消なのであるから,全哲学は絶対的同一者として非客観的な原理から出発しなければならない。絶対的同一者は,それ自身,主観的なものでも客観的なものでもないのだが,それは直接的な直観において客観として現わされる。知的直観の客観的となったものが芸術にほかならない。芸術において,同一不二の直観のなかにおいて自我はそれ自身を意識し,また無意識となる。こうして客観的となった知的直観はとりもなおさず客観的な感性的直観である。しかし,概念の客観性はこれとは別であり,それは洞察された必然性である。
 こうして,哲学の内容に対しても主観的な哲学的思索に対しても一つの原理が前提されるが,一面においては人は知的直観をもって終止するように要求されるとともに,他面においては,この原理がやはり確証を得なければならず,それがいまや芸術品において行われるのである。そこでは,感性的表象が叡智性と一つになっており,感性的存在はただ精神性の表現にすぎないのであるから,これは理性の客観化の最高のあり方である。主観が到達する最高の客観性,客観的なものと主観的なものとの最高の同一性こそ,シェリングが構想力と名づけるものにほかならない。哲学的思索はほかならぬ芸術の独創性と考えられるのである。しかし,芸術も構想力も決して最高のものではない。理念や精神は芸術が芸術の理念を表現するような仕方では真に表現されえないのだから,これは直観の一つのあり方にすぎず,こうした感覚的なあり方のために芸術品は決して精神にふさわしくあることはできない。構想力や芸術によっては,主観的なものと客観的なものの絶対的同一性にはならない。そのためには,理性的な思弁的思惟が必要なのだが,君は知的直観をもっていないのだ,といわれてしまう。
 シェリング哲学の欠陥は,主観的なものと客観的なものとの無差別点,言い換えるなら,理性の概念が絶対的に前提され,これが真理であると証明されることなしに終わる点にある。主観的なものと客観的なものとの同一が真理であるという証明は,各々が独立にその論理的規定において,すなわちその本質的規定において追究されるようにしてのみ行われるべきである。それによって,やがて主観的なものは自らを変じて客観的なものとなり,客観的なものもまたそのままに止まらず,自らは主観的なものとするという結果が生じるに違いない。同じように,有限的なものそのものについて,それが矛盾を内に含み自らを無限なものとすることが示されねばならない。そうしてこそ,有限なものと無限なものとの合一が得られる。こうした発展の結果を単に結果として捉えるのは一面的である。それは過程であって媒介を自己の内に含んでいる。この媒介そのものは再び止揚され,直接的なものとして措定される。おそらくシェリングはこうした考え方を一般には持っていただろうが,これを一定の論理的な仕方で遂行することはなかった。彼にあってそれは,知的直観のみによって証明される直接的真理にとどまったのである。

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2016年11月24日

2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語(2/10)

(2)ヘーゲル『哲学史』フィヒテ 要約

 前回は,京都弁証法認識論研究会の11月例会において,報告担当者から提示されたレジュメ,およびそれに対して他メンバーからなされたコメントを紹介しました。今回から4回にわたって,ヘーゲル『哲学史』の要約を紹介していくことにします。

 今回は,フィヒテの哲学について論じられている部分の要約です。ここでは,フィヒテが自我を原理としてカントの哲学を完成させたのだということが説かれています。

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C フィヒテ

 フィヒテの哲学はカント哲学の完成であり,その首尾一貫した展開である。これらの哲学とシェリングのそれ以外に,何ら哲学と称するに足るべきものはない。
 フィヒテの哲学と称されるものについては,厳密に終始一貫して進行しながらもあまり知られていない本格的な思弁哲学と,公衆向けに行われたベルリンでの講義(『至福の生活について』など)のような通俗哲学とを区別しなければならない。哲学史において取り扱われるものにあっては,内容そのものが思弁的に発展させねばならないが,それはただ彼の初期の哲学的書目においてのみそうなのである。

1,本来のフィヒテ哲学

 フィヒテこそ,カント哲学の欠陥,すなわち全体系に思弁的統一を欠く原因となった没思想的な不整合を止揚した当の人にほかならなかった。フィヒテの心を捉えた絶対的形式こそ絶対的対自存在,絶対的否定性であり,個別性の概念,現実性の概念である。フィヒテは自我を絶対的原理として掲げ,宇宙の全内容をこの自我(自己自身の直接的確実性)からの所産として叙述しようとした。それゆえ,フィヒテに従えば,理性は自己自身内において概念と現実の総合であるのだが,彼はこの原理を再び一面的に振り分けてしまった。すなわち,徹頭徹尾主観的で,対立につきまとわれており,この原理の実現は有限性のままの進行であり,先行するものへの回顧である。さらにまた叙述の形式には常に経験的自我を目にしているという不都合,不手際があり,それが内容にそぐわず,観点を狂わすのである。
 自我とは自己自身において相対立するものを自ら差別することである。自我が自己を思惟の単純性から区別し,またこの他者を区別する手段も,同様自我にとって直接的であり,自我と等しいかまたは区別されない。かくて自我は純粋思惟,あるいはカントがすでに名付けたように真のアプリオリな総合判断である。この原理は概念的に把握された現実である。なぜなら他在を自己意識のうちに取り戻すことこそ概念的把握にほかならないからである。この側面からすれば,概念の概念は,概念的に把握されるもののなかにおいて自己意識が自己自身の確実性をもつということによって見出される。この絶対的概念,あるいは即自且対自的に存在する無限性こそは,学において発展させられ,その差別が宇宙の一切の差別として自己から顕現する当のものであり,宇宙は依然としてその差別のなかにおいて同様の絶対性のまま,自己のうちに反省するものでなければならないのである。
 フィヒテはこうした概念のみを掲げたのであって,この概念を自己自身からする学の実現へともっていくことはできなかった。フィヒテにおいては,この概念が概念として固定され,ただそれが実現されない概念として実在に対立する限りで絶対性をもっていたからである。フィヒテ哲学は,およそ哲学は一切の規定が唯一最高の原則からして必然的に演繹される学でなければならないということを確立した点で,大きな長所をもっている。彼は学の規定を自我から構成する仕事を遂行しようとしたことで一歩前進したのであった。
 カントが認識を樹立したように,フィヒテは知を樹立する。フィヒテは哲学が知の理説であるというように哲学の課題を言い表す。哲学的認識の目的は意識の本性としての知を知ることである。それゆえ,フィヒテはかれの哲学を智識学と名づけたのである。

a〔自我と非我〕
 彼が出発点としたのは,カントに存在した自己意識の先験的統一である。知の単純な根底となるのは私自身の確実性である。フィヒテはデカルトの「我思う,ゆえに我あり」を想起するが,自我はフィヒテによれば,範疇や理念の源泉であり,しかも一切の表象や思想は思惟によって総合された多様だからである。デカルトにあっては自我に次いでは,我々がただ我々のなかにのみ見出すその他の思想,すなわち神や自然等々のものが現われて来るが,フィヒテにあっては何ら経験的なものを外部から取り入れることなく,全く一丸となった哲学が企てられる。
 フィヒテは自我を学の全体が導出されるべき3つの根本命題に分析する。
 α 第一の原則はA=A(自我=自我)である。これは抽象的な無規定的な同一性であって,自我の自己確実性が何らの対象性も有せず,区別される内容の形式をもっていない。
 β 第二の原則は「自我は自我に対して非我を対置する」。非我は対象一般であり,自我の否定者であるから,非我というのは筋の通った表現である。
 γ 第三の原則は,「自我も非我も,ともに自我によって,自我のうちに,相互に制限し合うものとして,すなわち,一方の実在性が他方の実在性を止揚するものとして,措定される」。自我が非我によって制限されれば理論理性・叡智の定立であり,非我が自我によって制限されれば実践理性・意志の定立である。

b〔理論理性〕
 自我は自己を非我によって制限されたものとして措定するが,しかし私はこの制限を私の制限作用とする。したがって,それは私のなかにあり,自我のこの受動性はそれ自身自我の活動である。事実こうして対象において自我に対して現われる実在性は全て自我の規定にほかならない。ここで,他在が絶対的自己意識に立ち戻ることが期待されるが,他在が無制約的に,すなわち自体的にみられることで,この還帰は成立しない。自我が他者を規定するにしても,この統一は有限的であり,自己意識と他者の意識との交代の絶えざる進行にすぎない。

c〔実践理性〕
 自我は非我を規定するものとして自らを措定する。今や自我はそれを越える彼岸を規定することで自己自身のもとにあるというふうにして,対立は解消されることになる。こうして自我は無限の活動となり,自我即自我として絶対的自我となる。しかし,それは抽象的なものでしかない。有限な精神は必然的に絶対的なものを自己の外に措定しなければならない(物自体),しかもそれがただ有限な精神にとってのみある(必然的本体である)ことを認めなければならない。自我は絶対的概念であるが,まだ思惟の統一には到達せず,非我を概念的に把握していない。

〔フィヒテ哲学の欠陥〕
 フィヒテ哲学の欠陥の第一は,普遍的な絶対的な自己意識に対立して,個別的な現実的な自己意識の意味を離されていないことである。
 第二に,主観と客観あるいは自我と非我との完成した実在的統一としての理性の理念に到達していない。統一はカントにおけるのと同様,信仰のなかに合一を求める思想として立てられているにすぎず,フィヒテもまた信仰をもって終わるのである。
 第三に,自我が一方に固定されているがゆえに,この極限たる自我から学の内容の一切の進行が出発する。そしてフィヒテ哲学の演繹,すなわち認識なるものはその内容上からも形式上からも,ある規定性から他の規定性に進むだけで決して統一に帰着することがない。絶対者を内に含まない有限性の系列を通じての進行にほかならないのである。そこには絶対的考察も絶対的内容もともに欠けている。

2,改造されたフィヒテの体系〔略〕

3,フィヒテ哲学と関連する主要形式〔略〕

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2016年11月23日

2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語(1/10)

(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)ヘーゲル『哲学史』フィヒテ 要約
(3)ヘーゲル『哲学史』シェリング 自然哲学と先験哲学 要約
(4)ヘーゲル『哲学史』シェリング 同一性の哲学 要約
(5)ヘーゲル『哲学史』結語 要約
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:フィヒテの哲学とはどのようなものか
(8)論点2:シェリングの哲学とはどのようなものか
(9)論点3:ヘーゲルは哲学史をどのようなものとして描いたか
(10)参加者の感想の紹介

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(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は,昨年および今年の2年間を費やして,ヘーゲル『哲学史』の学びに取り組んでいます。3年前のヘーゲル『歴史哲学』,一昨年のシュヴェーグラー『西洋哲学史』の学びを踏まえて,この『哲学史』を通読することにより,ヘーゲルが描く哲学史の流れを理解することはもちろんのこと,それを唯物論的に捉え返すことで唯物論哲学の創出に向けた一歩を確実に進めていくことを課題としています。

 11月例会では,ヘーゲル『哲学史』の最後の部分であるフィヒテとシェリングの哲学を扱いました。彼らがカントの哲学をいかにして発展させ,それがヘーゲル哲学にどのようにつながっていったのかを中心に検討しました。また,最後の結語の部分も今回の範囲でした。ここでは,ヘーゲルの考える哲学が端的に説かれており,これまでの流れも整理されていました。

 今回の例会報告では,まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと,扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し,ついで,参加者から提起された論点について,どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に,この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず,報告担当者から提示されたレジュメ,およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。

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京都弁証法認識論研究会12月例会

ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング

1.フィヒテの哲学とはどのようなものか

 ヘーゲルはフィヒテの哲学をカントの哲学を完成させたものだとしている。カントの哲学は体系全体が哲学的に統一されることがなかったが,フィヒテは自我を絶対的な原理として,そこから首尾一貫した表現を与えるものだとして評価しているのである。自我とは概念が直接に現実となり,現実が直接に概念となったものであり,真の先天的総合判断だと解説した上で,「哲学は最高の原則から出発して,すべての内容をそこから必然的に演繹してくる学問でなければならない」という考えをうちたてた点で,フィヒテの哲学はぬきんでた価値をもつという。
 この自我は自我に非我を対置するというフィヒテの原則を紹介した上で,非我とは,客観一般であり,わたしに対立する対象であり,わたしを否定するものだとヘーゲルは解説している。ヘーゲルは,この他なるものを非我と名付けたのは筋のとおった表現法だと評価するものの,フィヒテにおいては,他なる存在がそれ自体で無条件に存在するとされている以上,他なる存在が絶対の自己意識へとかえっていくさまを示すことができないとして,フィヒテの哲学の限界を指摘している。そして,カントと同じように,理論理性においては自我と非我の対立がフィヒテにつきまとい,実践理性においては感覚と理性との対立が現れているとしている。

<報告者コメント>
 ヘーゲルはフィヒテが自我ということを最高の原理として掲げたことを高く評価しているようであるが,これは学問の構築過程からすれば,学問体系における一般論を掲げたということ,しかもその一般論の中身も妥当だと評価しているということになりそうである。
 しかし,結局,自我と非我の対立があって統一して説くことができなかったとしている。これは,まともな一般論を掲げたものの,それをもってして現実の世界を説いていくことができなかったということであろう。唯物論的にいえば,事実と論理ののぼりおりができなかったということであり,ヘーゲル流にいえば,絶対精神が円環を閉じることができなかったということになるだろう。


2.シェリングの哲学とはどのようなものか

 ヘーゲルは,フィヒテの哲学において,思考と延長の統一の形式そのものが主観性としてとりだされ,主観性からすべての内容が出てくるとされたが,今はその一面性から解きはなって,客観性や実体性と統一することが必要だとした上で,シェリングの哲学の解説に入っている。
 ヘーゲルによれば,シェリングの哲学は自然哲学と先験哲学の2つから成っている。主観と客観がもともと同一のものであるという前提のもと,客観を第一のものとし,自然を知性化しようとするものが自然哲学である。一方,主観を第一のものとし,主観と一致するような客観がどのようにしてあらわれるかを明らかにしようとするものが先験哲学である。
 こうしたシェリングの哲学に対して,ヘーゲルは,概念や理性の形式を自然に適用した点が功績だとしている(別の個所では「自然のうちに概念や概念形式を導入した」「観念世界に生じるのとおなじ図式やリズムを対象世界のうちに認識しようとした」とも書いているが,ほぼ同じような意味であろう)。
 一方,シェリングの哲学の欠陥として,ヘーゲルは,主観と客観の無差別が前提とされ,それが真理であることが証明されず,「知的に直観せよ」と要求されるところにあると指摘している。これでは哲学は天才的な技量を必要とするものとなり,幸運児にしか許されないものになると批判し,主観が客観へと転化するものであり,客観も客観にとどまりえず,主観となっていくものであることを示さなければならないとしている。

<報告者コメント>
 シェリングは主観と客観が同一のものであるとしている。学問の構築過程からすれば,一般論として掬い上げた性質が,現実の様々な事実にも存在していることを確認したということになるだろう。フィヒテが自我を原理として掲げたものの,そこから説くことができなかったことを比べると,これは一歩前進していると言えるだろう。なお,「観念世界に生じるのとおなじ図式やリズムを対象世界のうちに認識しようとした」とあるが,その背景にはシェリングがロマン主義の芸術家と親交をもっていたことも関わっているだろう。
 ただし,シェリングにおいては主観と客観の無差別が前提とされていて,それが真理であることが証明されていないとしている。これは事実から一気に一般論にのぼってしまう,あるいは一般論から一気に事実におりてしまうということではないか。例えば,認識は対象の反映であり,像であるというのが認識一般論である。コップを思い浮かべて,それが現実の対象の反映(をもとにして創られた像)だと言われれば,それはある程度納得できるだろうが,仮に自由や権利など抽象的な概念がいきなり対象の反映だと言われても納得できないだろう。そのような抽象的な概念が対象の反映からどのように生成・発展して生まれてくるのかを説かなければならない。こうした過程がとんでしまっているのがシェリングだということではないだろうか。


3.ヘーゲルの『哲学史』を振り返る

 ヘーゲルはシェリングの哲学についての解説を終えた後,「哲学の現在の立場は理念の二つの側面たる自然と精神の同一性が必然的であるのを認識することにある」としている。そして,ここに至るまでの過程を以下の8つの段階として示している。
1.与えられた対象から出発してそれを理念に転化した「ある」(存在)の段階
2.抽象的思考であるヌースが全体を貫く実在として知られるようになるイデアの段階(プラトン)
3.概念的思考が宇宙のすべての形態に精神をふきこむ段階(アリストテレス)
4.概念が主観としてあらわれ,主客の抽象的な分離が生じる段階(ストア派から懐疑主義)
5.すべての実在のうちに理念を見るが,その理念が自己を知らない段階(新プラトン主義)
(近代の課題:理念を精神として,自己を知る理念として,とらえること)
6.自己意識が自分が意識であると考える段階(デカルトからライプニッツ)
7.自己意識が他とも否定的な関係を結ぶ段階(フィヒテ)
8.自己意識が純粋な思考と存在を一体化したものとして認識する知的直観の段階
 その上で,この哲学史をとおして示したかったものは,「後の哲学は必ず前の哲学を前提にして生まれる」ということであったとしている。

<報告者コメント>
 ヘーゲルは,絶対精神の自己運動として全世界を捉え,人間が絶対精神としての自覚を深める過程として哲学史を描いたわけであるが,絶対精神という観点で現代にいたるまでの過程を説ききったという実力をまずはしっかり受け止める必要があるだろう。この間,様々な哲学者が出てきたが,基本的にはその哲学者の著書をヘーゲルは読んでいるであろうし,まずそれだけで大変な労力であるし,ましてそれを自らの哲学の中に組み込んでいくなど,とんでもない実力だと言えるだろう。唯物論の立場からヘーゲルを上回る哲学を構築するなど,本当に並大抵のことではないということをわかった上で取り組んでいく必要がある。
 その上でなすべき作業としては,このヘーゲルが説いた哲学史の過程からしっかり運動・変化の一般性を読み取っていくことであろう。生命の歴史や人類の歴史,個体発生の過程,学問構築の過程,上達論,それぞれの専門分野における学問史などに重ね合わせながら,そこから運動・変化の一般性を導き出していくことが,唯物論の立場から哲学史を構築する際の指針を獲得するという意味で必要だろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この報告に対して,まず,シェリングについての報告者コメントがよく分からないという指摘がありました。「シェリングは主観と客観が同一のものであるとしている。学問の構築過程からすれば,一般論として掬い上げた性質が,現実の様々な事実にも存在していることを確認したということになるだろう」という部分についてです。レジュメ報告者からは,ヘーゲル哲学を学問構築の一般論として読もうとしたとして補足の説明がありましたが,つまり,事実から論理を導き出したことがすなわち主観と客観の同一であるということでした。この結論自体も当てはめ的な感じがするが,何よりも論理の飛躍があり,今のような説明がなければ,読者としてはつながりがよく分からないという指摘がありました。

 また,フィヒテについてのコメントも,フィヒテが自我を最高の原理として掲げたことは,学問体系における一般論を掲げたということだと説かれているが,これは,哲学という特殊性を無視した主張になってしまっているという指摘がありました。また,唯物論の立場と観念論の立場は違うのであって,フィヒテは現実から抽象して,全ては自我である,というように唯物論的な手続きを経て結論したわけではないのであるから,単純に自我を最高の原理として掲げたことを一般論の構築といってしまうのはどうなのか,という指摘もなされました。

 さらに,シェリングについての「ロマン主義の芸術家と親交をもっていた」ことに関して,そういう影響もなくはないだろうが,これはシェリングに特殊な事情というよりも,ドイツ観念論一般にいえることなのではないか,「図式」という言葉などは直接的にはカントの『判断力批判』を受け継いでいるのではないか,という意見も出ました。

 これらの指摘や意見について,レジュメ報告者は同意しました。

 では,次回以降4回は,今回扱った範囲の要約を掲載していきたいと思います。

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2016年11月03日

2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 ここまで、例会で報告されたレジュメを紹介したあと、ヘーゲル『哲学史』のヤコービとカントについて論じられている部分の要約を4回に分けて掲載し、参加者から提起された論点についてどのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介してきました。

 最終回となる今回は、例会を受けての参加者の感想を紹介します。

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 今回の例会では、ヘーゲル『哲学史』のうち、ヤコービとカントの部分を扱った。論点の提示まではできたのであるが、それに対する見解で行き詰ってしまって、結局、見解をまとめることができなかった点は大いに反省する必要があると思っている。

 例会当日は、自分の読みで内容を把握できず混乱してしまった部分を少しでも理解し、大枠でヤコービやカントがどのような主張をしているのか、それをヘーゲルがどのように評価しているのか、何とか把握できるようになることを目標に議論していった。

 ヤコービに関しては、神はその存在を証明できるようなものではなく、思惟によって把握できないものであること、信仰によってこそ直接その存在を捉えられるものであることを主張していることが分かり、またヘーゲルはこうしたヤコービのいわば二元論、思惟と信仰とを全く別のものとして分けて捉えてしまっていることを批判していることが理解できた。

 カントに関しては、人間の認識能力を研究したこと、人間の認識能力を、対象に関する理論理性、自立的な実践理性、個別者と普遍者を統一する判断力の3つに分けたこと、理論理性には対象を時間と空間という制限を加えて捉える感性、12のカテゴリーで把握する悟性、それに超感性的なものを捉える理性に分けていること、自由と必然、物自体の世界と現象の世界を何とか統一しようと苦闘したことなどが分かってきた。カントのいう感性と悟性とを統一した直観的悟性こそがヘーゲルのいう絶対精神の萌芽形態であるということも何となく理解できたが、やはりカントの認識論を全て把握できたとは全く言い難いところがある。来年以降、『純粋理性批判』を読んでいくこととなるので、言語学創出のためにも、カントが人間の認識をどのように捉えたのか、しっかりと理解して自分の実力にしていく必要がある。

 次回はいよいよ『哲学史』の最後の部分、フィヒテとシェリングを扱う。細かな部分に捕われて大きな流れを見失ってしまわないように、過去の例会報告も参考にして、しっかりと準備していきたいと思う。

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 今回の例会では、カント哲学を大まかにも把握したいと考えていた。それは来年度からカントの『純粋理性批判』を扱うからであるが、その目標は達成できたのではないかと感じている。つまり、なぜカントが物自体の世界と現象の世界という2つに区分したのか、またそれらを統一するためにどう考えたのかという点を大体理解できたということである。

 カントが物自体の世界と現象の世界という2つに区分したのは、ヒュームの問題提起(必然性や因果関係といったものは客観的に存在しないという主張)に答えるためである。カントは、物自体の世界は何の性質ももたないが、その物自体の世界から得た材料が我々の感性・悟性を通過した結果として、現象の世界が成立するのであり、この現象の世界こそ我々が見ている世界(客観的な世界)だとしたのである。この現象の世界は悟性がもつカテゴリー(因果関係や必然性などを含む)を通過しているからこそ、因果関係や必然性などは存在しているのだと主張したということであった。そして、この感性と悟性は共通の根から誕生するとして、その共通の根として「直観的悟性」という概念を打ち立てたのだが、これがのちにヘーゲルに引き継がれて、絶対精神へと昇華したということであった。

 また、理性とは一体何なのかという点について、感性や悟性は現象の世界に関わるのに対して、理性(理論理性・実践理性ともに)は物自体の世界に関わるものだということだった。そして、両者を統一するものとして、理性と悟性の間に判断力があるのだということだった。

 以上を図式化すると、以下のようになると思う。

物自体    理性
         \
          判断力
         /
現象     悟性
         \
          直観的悟性
         /
現象     感性


 このような形で、カント哲学を大まかに把握できたこと、またヘーゲル哲学へのつながりについて少し理解できたことがよかった。

・・・・・・・・・・・・・

 今回の例会では、まず、カントの立場に立って、なぜ物自体論や二律背反論を構築しなければならなかったのか、その必然性をしっかりと掴むことが大切だと思った。哲学史は一つにつながっているのであり、カントならカントの時代状況で、それまで明らかにされてきたことや取り組まれたりしてきた問題が前提としてある。そこから出発して、新たな学説を打ち立てたのであるから、カントが身を置いていた世界をしっかり描いて、カントの立場に立って、カントの理論構築の過程を辿り直す必要があるだろう。なぜこのような一見当たり前とも思えることを再確認しているのかというと、今回の例会の途中で、私はカントがなぜ二元論に陥ってしまったのか、その必然性をきちんと理解できていないことが明らかになったからである。もう少しいうと、カントの出発点たるヒュームとカントの哲学のつながりを、すっかり忘却していたのである。

 ヒュームは、経験論の立場を徹底させ、必然性や普遍性などといったものは、客観的世界やその反映である感覚の中には含まれていないのであるから存在しない、単なる観念の連合にすぎないとした。カントはこのヒュームの考え方から出発して、確かに客観的世界や感覚の中には必然性や普遍性はないが、それが存在しているのは確実であるから、それは悟性が与えるものであるに違いないとして、純粋悟性概念たるカテゴリーを措定したのであった。つまり、必然性や普遍性は、認識の中にしか存在しないということである。しかし他方で、経験がなければ認識が成立しないことも明らかであるので、認識を成立させるスタート地点としての経験を認め、経験によって与えられた材料に、感性の純粋形式である時間・空間の枠組みが与えられ、さらにそれを悟性がカテゴリーに適合させることによって認識が成立する説いたのである。こうなると、われわれが必然性や普遍性が存在するものとして認識しているのは、われわれの認識が作り出した現象の世界でしかないということになり、真に客観的な存在たる物自体は認識することができないということになる。物自体には時間も空間もなく、当然に、必然性や普遍性もない。そのようなものをわれわれは認識することができないのである。このようにしてカントの二元論が成立したのであった。一見するとカントの物自体論や二律背反論は、常識からかけ離れた非常におかしな論である。しかし、カントの立場に立って、その前提であったヒュームからの発展を考えると、この論は必然性のあるものだということが分かる。このように、それぞれの哲学者の立場に立ち、その哲学者が見ていた世界や前提としてた先行学説をしっかりと踏まえたうえで、その哲学者の学説の成立する必然性を押さえることが大切だと、再確認したことであった。

 さらにカントからヘーゲルへの流れとして、この二元論を克服するための取り組みであるということも大切だと感じた。カント自体が、この二元論を克服するためのヒントいうか、基本的発想を出してはいる。感性と悟性の共通の基盤としての悟性的直観や、悟性と理性の間にあるとされる判断力などの概念がそれである。一方では、必然性が支配する自然の世界たる現象界があり、他方では、自由が支配する物自体界がある。理性とか自我とかいったものは、物自体界の住人でもあるという捉え方のようである。ここをどう統一的に説き切るのかという格闘の歴史が、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルへと発展するドイツ観念論の歴史といっていいのであろう。こういう観点を忘れずに、次回の例会に臨みたいと思う。

・・・・・・・・・・・・・

 今月は、チューターにあたっていたわけだが、その役割を果たす以前に、毎月継続して行ってきた『哲学史』の要約作業に、思った以上に時間とエネルギーを費やすことになってしまった。読めば何となく分かるのだが、その要点を短くまとめる上でどういう言葉を選択していけばよいのか、『哲学史』のこれまでの部分以上に、難しさを感じた。とくにカントの部分は大変であった。

 各自から出された論点の整理にあたっては、論点3に多くのテーマを詰め込み過ぎて、3つの論点の間のバランスが少々悪くなってしまったのは反省点である。整理した論点への自身の見解の執筆も、ヘーゲルがカントの議論に沿って展開している中身に沿ってまとめていくと、相当な分量になってしまってなかなか大変であった。それでも、丁寧に見解を書いていくなかで、ヘーゲルがカントの二元論を如何にして一元論にしようとしたか、より具体的には、カントの直観的悟性とヘーゲルの絶対精神が繋がるものであることが、次第に鮮明になってきた感があった。

 なお、見解の執筆に際しては、自身の過去のブログ掲載論稿「ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたのか」を読み直してみたが、非常に得るところがあった。自分自身が書いた文章を繰り返し読んでしっかりと血肉化していく事の大切さを改めて痛感した。

 各自から出された見解の整理については、特に問題なく行えたのではないかと思う。当日の議論も含めて、ヒュームとカントとの関係、カントが二元論に陥ってしまった必然性、二元論を克服する可能性を秘めていたはずの直観的悟性という着想等々について、研究会としての共通認識にすることができたのではないかと思う。

(了)
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<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
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 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
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 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
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 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
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 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
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 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
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 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
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 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想