2017年02月07日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回までに、例会で報告されたレジュメを紹介したあと、2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』の要約を4回に分けて掲載し、次いで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介してきました。

 最終回となる今回は、例会を受けての参加者の感想を掲載しておきたいと思います。

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 今回の例会では、カント『純粋理性批判』を読んでいくに当たっての指針を獲得したいと考えていたが、その観点からして大きな収穫があったと感じている。

 まず報告者レジュメで、南郷先生が『純粋理性批判』について触れている箇所が引用されていたが、ここで説かれている南郷先生の言葉をしっかりと理解することがこの2年間の目標となるだろう。常にこの南郷先生の言葉をアタマに入れながら、『純粋理性批判』を読んでいくようにしなければならないと思った。

 中身を具体的に言うと、『純粋理性批判』は二律背反と物自体論が学的に評価できるものであり、カントはこれまでの哲学の成果を二律背反としてまとめたものの、二律背反をどう解決すればいいのかがわからず、物自体論という形で逃げてしまったということである。したがって、二律背反がどのようにして生まれてきたのか、また二律背反をどのように解決すればいいのかという観点から、『純粋理性批判』を読んでいくのがよいのだろうと思った。

 また、南郷先生は学問への準備運動として、ヘーゲル『哲学史』→カント『純粋理性批判』→ヘーゲル『エンチクロペディー』という過程を辿らなければならないと説いておられるが、これも1つには以上のような観点から意味づけることできるということがわかったのもよかった。つまり、哲学の歴史を大きく押さえた上で、それがどう結実して『純粋理性批判』(二律背反)になったのか、また二律背反をどうヘーゲルは解決したのかという過程を把握することをとおして、世界全体の体系的なイメージを創るということである。

 以上のような形で、『純粋理性批判』を読んでいくための指針とその意義を確認できたことがよかった。

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 今回の例会では、これまでのシュヴェーグラー『西洋哲学史』やヘーゲル『哲学史』の学びを踏まえて、カントの『純粋理性批判』の全体像をアバウトに描くとともに、それを大きな哲学の発展史の中に位置づけることを目的として臨んだ。『純粋理性批判』の構成に従って、それぞれの個所でどのようなことが説かれているのかをしっかり確認できた。また、ヒュームの懐疑論によって、独断論のまどろみから覚めたカントは、それでも科学的認識の確実性を求めて研鑽していたこと、カントのいう「構想力」がヘーゲルの絶対精神につながっていった可能性が高いことなども再確認できた。

 しかし、今回の例会で一番の収穫だったのは、南郷継正先生の言葉を通して、二律背反論と物自体論の関係が明確に掴めたことである。すなわち、カントは二律背反の問題に解答しようと苦しんだ挙句、その解答として物自体論を出したのだ、ということである。『純粋理性批判』の叙述の順序はこれとは逆になっていることもあって、このようなつながりは意識できない可能性があるだけに、われわれはここを明確に意識しながら読んでいく必要があるだろう。

 また、二律背反は、カント以前の哲学的成果を総括したものである可能性が高く、そのようなものとして捉えていく必要性も感じた。さらに、物自体論も含めて、現象論レベルでとらえてはいけないという指摘もあり、これはどういうことか現時点では不明であるが、ヘーゲルや三浦つとむレベルの把握の仕方では不十分なのだということだけは強烈に意識させられた。『武道哲学講義(第二巻)』では、「諸氏には『純粋理性批判』の学習はとても難解だと思うが、これは本書で説いている弁証法の成立過程に諸氏がしっかりと学んでいれば、次第にカントの理論の中身が分かってくることになっていく」と説かれているということなので、この書をしっかりと学びながら、カント『純粋理性批判』を読んでいく2年間としたいと思った。

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 今回の例会では、シュヴェーグラー『西洋哲学史』とヘーゲル『哲学史』における、カント『純粋理性批判』の内容を確認することをテーマに議論が行われた。私自身の問題意識としては、カント哲学の全体像を、「二律背反」論と「物自体」論を中心にしっかりと把握しておくということがあった。

 報告レジュメにおいて、南郷継正先生のカントに関わる記述が引用されていたことによって、「二律背反」論と「物自体」論の関係がすっきり整理できたことが今後の学びにとって非常に大きかったと思う。つまり、カントは説くことのできない二律背反に陥ってしまったために、悩んだ挙句、それは物自体の性質によるのではなくて、かえって物自体に何の性質もないためだとしたのであった。物自体にあると思っている性質は、実は人間の認識が与えたものであって、物自体は人間の認識では捉えられないもの、人間の認識が捉えることができるのはただ現象の世界であるにすぎないとしたのである。

 こうしたカント哲学の中心概念の理解を踏まえて、今後具体的に『純粋理性批判』を読み進めていくことにしたのである。もちろん、個々の記述の内容で理解できない場面も多々あるとは思うが、細かい中身に振り回されることなく、弁証法の生成発展の歴史もしっかりと学び返す中で、カント哲学の理解を深めていきたいと思う。

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 1月例会では、報告レジュメの担当となっており、どういう内容のものにすべきか色々と悩んだのだが、最終的には、『純粋理性批判』に関わって南郷継正が説いている内容をまとめるものにした。南郷継正は、カントの哲学で評価に値する成果は二律背反と物自体論であること、二律背反の解決に悩んで物自体論が出てきたという関係(立体構造)があること、二律背反が出てくる必然性を古代ギリシャ以来の弁証法の発展史にたずねなければならないことなどを、説いていた。こうしたことを、『純粋理性批判』そのものを読んでいく前提として、しっかりと確認することができたのは、今後の例会の進行にとって非常によかったのではないかと思っている。『武道哲学講義(第二巻)』などの弁証法の発展史を真面目に学んでいけば、難解な『純粋理性批判』もだんだんと理解できていくはずなのだ、と説かれているのも、大いに勇気づけられるものであった。ヘーゲル『哲学史』の再読とも絡めて、しっかりと取り組んでいきたい。

(了)
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2017年02月06日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(9/10)

(9)論点3:カント『純粋理性批判』は哲学史上、どのように位置づけられるか

 前回は、カント『純粋理性批判』ではどのようなことが説かれているのかに関する議論について見ていきました。ここでは主に、「二律背反」論と「物自体」論が展開されていて、世界についての解くことのできない矛盾を「二律背反」として述べられるとともに、それを解消すべく、物自体には何の性質もなく、物自体に備わっていると思う諸々の性質は、実は人間の認識が物自体に与えて現象させたものに過ぎないという「物自体」論が展開されているということでした。

 さて今回は、3つ目の論点として、『純粋理性批判』の哲学史上の位置づけに関する論点を見ていきたいと思います。

論点3:カント『純粋理性批判』は哲学史上、どのように位置づけられるか

 カント『純粋理性批判』は哲学史上、如何なる問題に如何なる解決を与え、如何なる課題を残したのか。また、その成果(特に「二律背反」論、「物自体」論)はどのようにその後のドイツ観念論に受け継がれ、ヘーゲル哲学(絶対精神論)につながっていくのか。ヘーゲル『哲学史』からカント『純粋理性批判』を経て、ヘーゲル『エンチクロペディー』へと学びを進めていく必要がある(南郷継正先生の言)のはなぜか。

 この論点に関しては、まず、『純粋理性批判』は哲学史上、如何なる問題に如何なる解決を与えたのかという問題について確認しました。この論点に関しては、大きな見解の相違はありませんでした。すなわち、大きな観点からすれば、イギリス経験論と大陸合理論が掲げた真理の源泉について、カントが解答を出したということがいえるのであって、より具体的には、ヒュームの因果律批判が提起した大問題、すなわち、人間の認識と現実の世界の客観的法則性とはどのように関係しているのかという大問題に対して、人間の認識は自身にもともと備わっている枠組み(感性的直観の純粋形式としての時間・空間、および純粋悟性概念の12のカテゴリー)から物自体の世界に問いかけることによって、自身の対象となる現象の世界(客観的世界)を成立させるのだ、換言すれば、現象の世界に存在する客観的法則性は人間の認識によって創造されたものにほかならないのだ、と解決することによって、客観的法則性の認識可能性を根拠づけ、因果律の客観的妥当性を主張したのだ、ということでした。

 カントが残した課題についても概ね共通した理解で、物自体と自我とを絶対的に区別し、世界を物自体の世界と現象の世界とに2つに分けてしまったことが問題で、二律背反を客観的世界の性質にもとづくものとして捉えきるという課題が後世に残ったということでした。ここに関しては、カントが物自体論として逃げてしまった課題をヘーゲルが解決したのではないかとか、カントを読む上では二律背反と物自体論に全てを収斂させて読んでいくべきだという意見が出されました。

 カント哲学がどのようにヘーゲル哲学につながっていくのかという問題については、ヘーゲルはカントが第1版で述べた「自我と物自体とが同一の思考的な実体であることはありえないことではない」という問題提起を突っ込んで検討し、カントのいわゆる直観的悟性に解決の糸口を見出し、ここから絶対精神の自己運動として、自我=世界は矛盾によって発展していく存在だと考えたのではないかとい見解が示されました。これは黒崎政男『「純粋理性批判」入門』(講談社選書メチエ)の記述を参考にした見解ですが、内容的に非常に難しいという声も上がりました。重要なことは、この見解と南郷さんの二律背反に悩んで物自体論に行ったのだという論とを合わせて考えて熟成させる必要があるということであって、必ず絡む、大きな弁証法の歴史としてカントからヘーゲルの流れをつかむ必要があるということを全員で確認しました。

 最後に、ヘーゲル『哲学史』からカント『純粋理性批判』を経て、ヘーゲル『エンチクロペディー』へと学びを進めていく必要がある(南郷継正先生の言)のはなぜかという問題についてです。この論点に関しては、以前ある会員が我々の師に質問し、師から得た回答を踏まえて、以下のように見解をまとめました。すなわち、ごくごく簡単に(大雑把に)いえば、『哲学史』は一般教養、『純粋理性批判』は認識論、『エンチュクロペディー』は弁証法(論理学)ということであり、客観(世界)と主観(自己)との関係という問題について、徹底的に突き詰めて考え抜いたのが『純粋理性批判』だといえるであろう、端的には、認識論の問題ということであるが、角度を変えていえば、自己がこの世界とどのように対峙していくか、「そもそも何のために学問を?」という姿勢に関わるところをしっかりと押さえた上で、全世界の論理的体系的把握(『エンチュクロペディー』)に進まなければならない、ということがいえるのではないだろうか、ということでした。この見解については皆が同意しました。さらにこの会員は、『エンチュクロペディー』はそれなりの世界の全体像を描いたものであって、『純粋理性批判』はこれまでの哲学をまとめたものであり、これらを理解するためには『哲学史』が分かる必要がある、ということもいえると発言しました。別の会員も、まずは哲学の全体像を押さえるために哲学の流れを『哲学史』で把握し、そこから『純粋理性批判』によって世界全体の「本質論的構造論」を学び、その学びをふまえて、自然や精神といった諸々の事物・事象に関して筋を通して学んでいく必要がある(『エンチュクロペディー』)、という趣旨の見解を示しました。

 以上のような議論を行い、今回の例会における論点についての議論を終了しました。
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2017年02月05日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(8/10)

(8)論点2:カントは『純粋理性批判』で何を説いたか

 前回は1つ目の論点、すなわちカント『純粋理性批判』の構成及びカントの問題意識に関する論点についての討論を見ていきました。カントはヒュームの主張に反駁して、自然科学的認識の確実性を明らかにすべく、認識能力そのものの研究を行おうとして『純粋理性批判』を執筆したのであって、ここでは、認識の2つの主要な要因として、感性(受容性)と悟性(自発性)とを挙げ、先験的感性論、先験的分析論、先験的弁証論という3つの構成で論を展開しているということでした。

 さて今回は、2つ目の論点として挙げられた、『純粋理性批判』の中身に関する論点について見ていきたいと思います。

論点2:カントは『純粋理性批判』で何を説いたか

 カントは『純粋理性批判』において、何を説いたのか。特に「物自体」論と「二律背反」論については、哲学史上、重要な概念であると考えられるので、「二律背反」論とはどのようなものか、「物自体」論とはどのようなものか、「二律背反」論と「物自体」論とはどのような関係にあるのかについて議論したい。

 この論点に関しては、まず、端的にいえば、『純粋理性批判』では人間の認識能力とはどのようなものかということが説かれているということを確認しました。このことを踏まえて、我々の弁証法の教科書である三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』の中からカントについて説かれている部分を読み合わせました。

「世界は時間のうちに一つの出発点をもち、また空間的にも限界があるということを証明できますが、それと同時に、世界は時間的な出発点もなければ空間的な限界もないことをも証明できるのです。この解くことのできない矛盾が、「二律背反」として述べられています。この矛盾が何に基づいているかをカントは正しく解決しなかったとはいえ、それが必然性として指摘されたことは、弁証法にとって重要な進歩だといえましょう。カントは、この矛盾が、世界自体の性格に原因するもの、すなわち客観的な矛盾に原因があるものとは考えませんでした。彼は、わたしたちが物自体にそなわっていると思う諸性質を、認識から与えられたものと解釈しました。人間の認識はもともとそういう能力をそなえているのであって、物自体は何の性質も持っていないし、わたしたちの認識の向こうの岸にあってとらえることができない存在だと主張しました。」(p.60)

 さらにある会員は、論点1の『純粋理性批判』執筆時のカントの問題意識と絡めて、我々が眺めている客観的な世界(現象の世界)は、我々の認識の側に備わっている条件によって、きちんと因果律が成り立つものとして構成されている(人間の認識がまさにそのようなものとして創造した!)ということになる、ということが説かれていることを強調しました。

 さて、ではもう少し具体的にカントの主張を見ていくとどうなるでしょう。まず、「二律背反」論とはどのようなものかについて押さえていきました。これは悟性の諸カテゴリーを制約されないものに適用しようとすることで陥る矛盾のことであり、悟性概念の4つのカテゴリーに対応して、4つの二律背反があるということでした。また、「物自体」論に関しても議論し、端的には、我々の認識が捉えることができるのは、あるがままの「物自体」ではなくて、現象の世界に過ぎず、「物自体」は何の性質も持っていないのだという論であることを確認しました。ここでは、『純粋理性批判』だけを読んでいても、「二律背反」というのは単に先験的仮象の1つとして出てくるだけで、それが重要であることは分からないのではないかとか、三浦さんの理解ではカントが哲学史を踏まえた成果として「二律背反」論を提出していることがよく分からない、哲学史の総決算だという感じがしないから、二律背反の突っ込んだ検討が必要で、哲学の成果を4つに整理したということをしっかりと掴む必要があるのではないかとかいった意見が出されました。

 最後に、「二律背反」論と「物自体」論とはどのような関係にあるのかについて考えていきました。まず、南郷継正『全集第12巻』にある「論理学基本用語 五十」の記述を確認しました。すなわち、「二律背反の先にある難問の解決に悩んだあげく、二律が背反するのは、対象の性質のゆえではなく対象に性質がないが故として論理の問題として自分の観念たる認識、すなわち頭脳活動の実力に解決を求めてしまったのである。つまり、対象が二律になるのは、対象の成立が実際には無なるがために、自らの観念である認識の働き、すなわち頭脳の働きで、二律のどちらにもなるのだ、すなわちどちらも正しいのだ、としたのである」(p.113)という部分です。ここでは端的には、「二律背反」を解消するために「物自体」論が出てきたのだということです。この部分に関しては、三浦さんの文章では明確には説かれていないことであるし、『純粋理性批判』そのものにおいても「物自体」論が先に説かれることもあって、なかなかこうした理解には到達できない、だからこそこれは決定的に重要な指摘なのではないか、ということで意見が一致しました。

 ともかく、今後『純粋理性批判』を読み進める上で、以上のことを指針として学んでいくことを確認して、この論点に関する議論を終えました。
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2017年02月04日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(7/10)

(7)論点1:カント『純粋理性批判』の構成はどのようなものか

 前回は、シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』においてカント『純粋理性批判』が取り上げられていた部分のうち、ポイントとなる部分を改めて振り返った後、1月例会で提出された3つの論点を紹介しました。

 今回から、その3つの論点について順次検討した内容を紹介していきたいと思います。まず1つ目の論点として挙げられたのは、カント『純粋理性批判』の構成を問う論点です。

論点1:カント『純粋理性批判』の構成はどのようなものか

 これから2年間にわたってカント『純粋理性批判』を読んでいく前提として、どういう構成で論が展開されているのか、シュヴェーグラー『西洋哲学史』の記述に沿って、その全体像を確認しておきたい。合わせて、『純粋理性批判』を執筆したときのカントの問題意識も確認したい。

 この論点については、まず、カント『純粋理性批判』の構成に関して確認していきました。概ね見解は共通していて、カントが認識の2つの主要な要因として、感性(受容性)と悟性(自発性)とを挙げていることに触れた後、大きく先験的感性論、先験的分析論、先験的弁証論という3つの構成で本論を展開していることが指摘されました。また、先験的感性論では、感性の純粋形式は空間と時間であること、我々は物をありのままに認識するのではなくて、時間と空間という主観的媒質を通して物が我々に現象する姿を認識するに過ぎない、ということなどが論じられ、先験的分析論では、空間と時間という感性的直観の形式によって把握された対象が、さらに悟性にもともと(ア・プリオリに)備わっている形式(カテゴリー)によって把握されること、そのカテゴリーとは量(全体性、数多性、単一性)、質(実在性、否定性、制限性)、関係(実体性と内属性、原因性と依存性、相互性あるいは相互作用)、様相(可能性と不可能性、存在性と非存在性、必然性と偶然性)であることが論じられ、先験的弁証論では自然科学のように経験に基づくのではない(霊魂とは何か、世界とは何か、神とは何かなどを扱う)形而上学が扱われ、このような無制約的な理念に、悟性の概念を適用しようとすれば、われわれを欺く先験的仮象が生まれること、この先験的仮象は、心理学的理念、宇宙論的理念、神学的理念という3つにおいて論じられ、心理学的理念に関わっては魂の不滅の問題が、宇宙的理念に関わっては二律背反の問題が、神学的理念に関わっては神の存在証明の問題が論じられていることをそれぞれ押さえていきました。

 さらに、悟性を感性的対象に適用するには、感性と悟性との中間的な第三のものによって媒介される必要があるとして、「先験的図式」や「構想力」が取り上げられているという指摘もありました。シュヴェーグラーによれば、感性によって得られた素材とカテゴリー(純粋悟性概念)とは異質なものなので、それらを統一するために第三のものが必要であって、それを「先験的図式」や「構想力」と呼んで議論を深めていったということでした。感性と悟性との関係については、感性がイギリス経験論、悟性が大陸合理論の流れをくむものだという指摘もありました。大枠としては、感性と悟性の中間に値するものとして、「先験的図式」や「構想力」というものをカントが想定していたのだということを押さえておけばいいのではという結論になりました。

 次に、『純粋理性批判』を執筆したときのカントの問題意識について、議論していきました。この点についても概ね意見は一致していました。すわなち、カントの問題意識は、端的にいえば、因果律(原因と結果のつながり)は主観的な信念にすぎない、というヒュームの主張に反駁して、自然科学的認識の確実性を明らかにしたい、ということであって、人間が何を認識できるかを明らかにするために、認識能力そのものを研究しなければならないというものであった、ということでした。ここでチューターが、ある会員の見解に対して、「ヴォルフの独断論」という表現が使われているが、これは具体的にどのようなものか質問しました。これに対してその会員は、独断論とは経験によらずに神などの確実なもの(世界)についての認識を得られるということであって、ヒュームの懐疑論と対をなすものであるという説明をしました。これに対してはチューターも概ね納得しました。

 以上でこの論点に対する議論を終了しました。
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2017年02月03日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 前回までの4回にわたって、シュヴェーグラー『西洋哲学史』及びヘーゲル『哲学史』において、カント『純粋理性批判』がどのように取り上げられていたのかの要約を紹介してきました。ここで改めて、そのポイントとなるところを振り返っておきたいと思います。

 まず、『西洋哲学史』に関してみていきました。純粋理性(理論的理性)の批判では、我々がこの世界をア・プリオリに認識しうるか否かが問題となっています。ここでカントは、認識を2つの要因、すなわち感性(受容性)と悟性(自発性)とに分けた上で考察しています。先験的感性論では、感性的認識に本源的に具わっている形式として、空間と時間の問題が説かれます。空間と時間はあくまでも主観的な形式であって客観的実在ではない、とカントは主張したのでした。結局、カントにおいては、我々は物をありのままに認識するのではなく、時間と空間という主観的形式を通して物が我々に対して現象する姿を認識するにすぎないのだ、ということになるのでした。我々は物自体(Ding an sich)ではなく現象(Erscheinung)を認識するにすぎない、ということこそ、純粋理性批判におけるカントの核心的な主張であるともいえます。

 先験的分析論においては、悟性の本源的形式が考察されています。ここは、対象を能動的に把握しようとする悟性にもともと備わっている形式が分析される部分であり、量(全体性、数多性、単一性)、質(実在性、否定性、制限性)、関係(実体性と内属性、原因性と依存性、相互性あるいは相互作用)、様相(可能性と不可能性、存在性と非存在性、必然性と偶然性)の4つが悟性の根本概念(カテゴリー)として示されていました。これらの形式が悟性によって対象(物自体を現象させたもの)に付与されるのだ、というのがカントの主張です。

 さらに、先験的弁証論においては、カテゴリーを物自体にまで及ぼして認識しようとすることによって生じてしまう「先験的仮象」について論じられていました。カントは、理性の誤った使用(理性を無制約的なものにまで及ぼそうとすること)によって、心理学、宇宙論、神学の3つの領域において、二律背反が生じてしまうことを示したのでした。例えば、宇宙論的仮象においては、「時間・空間は有限である」という定立(テーゼ)と「時間・空間は無限である」という反定立(アンチテーゼ)との二律背反など、4つの二律背反が示されています。

 続いて『哲学史』に関してです。カント哲学の全般的な特徴として、ヘーゲルは、@普遍性や必然性を否定したヒュームの議論を受け止めつつ、普遍性と必然性は思惟のなかに存在するとしたこと、A認識する前に認識能力を認識すべきだとしたこと、Bア・プリオリな総合判断は思惟によって与えられる関係で関係づけることだとしたことを挙げていました。ヘーゲルは、認識する前に認識能力を研究しなければならないというカントの主張について、泳ぐことができるようになるまでは前もって水に入ろうとしないようなものだ、と厳しく批判する一方で、認識能力そのものを研究の対象として設定したことについては、カントのなした偉大な一歩であったと評価していました。

 カントの純粋理性批判に関わってヘーゲルは、理論的意識の三段階区分――感性、悟性、理性――が、もっぱら経験的になされたもので概念の必然的な展開としては把握されていないと指摘していました。その上で、三段階のそれぞれについてのカントの議論を検討していました。カントによれば、経験によって与えられた材料は、感性の純粋形式である時間と空間の枠組みで取り込まれ、悟性の普遍的思惟規定であるカテゴリーと結合することで、はじめて認識が成立します。カントによれば、このようにして認識できるのは、物自体ではなく現象です。カントによれば、カテゴリーは悟性の対象たる有限的な存在には適用できるものの、理性の対象たる制約されないものに適用しようとすると、4つの二律背反に陥ってしまいます。カントはこの二律背反について、物自体ではなく主観の側に存在するものだと説きました。

 ヘーゲルは、こうしたカントの議論について、時間空間の本来の性質やカテゴリーの必然性を問題にしていない点を批判していました。また、純粋感性と純粋悟性との共通の根に位置付けられる直観的悟性について、突っ込んだ考察がなされていない点をも批判していました。さらに、カントの二律背反論については、二律背反の必然性を指摘したことを高く評価しつつ、矛盾はただ我々の思惟のなかにあるもので物自体は矛盾していないのだとしてしまったことを批判していました。

 以上のような内容について、例会では大きく3つの論点が提示されました。そして、各論点をめぐって様々な議論・討論がなされていきました。そこで今回は、その3つの論点を紹介したいと思います。次回以降、それぞれの論点をめぐってなされた討論過程と、その結果どのような(一応の)結論に到達したのかということを詳しく紹介していく予定です。

論点1:カント『純粋理性批判』の構成はどのようなものか

 これから2年間にわたってカント『純粋理性批判』を読んでいく前提として、どういう構成で論が展開されているのか、シュヴェーグラー『西洋哲学史』の記述に沿って、その全体像を確認しておきたい。合わせて、『純粋理性批判』を執筆したときのカントの問題意識も確認したい。

論点2:カントは『純粋理性批判』で何を説いたか

 カントは『純粋理性批判』において、何を説いたのか。特に「物自体」論と「二律背反」論については、哲学史上、重要な概念であると考えられるので、「二律背反」論とはどのようなものか、「物自体」論とはどのようなものか、「二律背反」論と「物自体」論とはどのような関係にあるのかについて議論したい。

論点3:カント『純粋理性批判』は哲学史上、どのように位置づけられるか

 カント『純粋理性批判』は哲学史上、如何なる問題に如何なる解決を与え、如何なる課題を残したのか。また、その成果(特に「二律背反」論、「物自体」論)はどのようにその後のドイツ観念論に受け継がれ、ヘーゲル哲学(絶対精神論)につながっていくのか。ヘーゲル『哲学史』からカント『純粋理性批判』を経て、ヘーゲル『エンチクロペディー』へと学びを進めていく必要がある(南郷継正先生の言)のはなぜか。
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2017年02月02日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約A

 前回は、ヘーゲル『哲学史』でカントが取り上げられている部分の前半の要約を紹介しました。そこでは、認識する前に認識能力を研究しなければならないというカントの主張に対して、ヘーゲルがそれはできない相談だと非難していたこと、しかし認識を考察の対象としたことはカントの偉大な成果だと述べられていたことを紹介しました。

 今回はヘーゲル『哲学史』でカントが取り上げられている部分の後半の要約を紹介します。ここでは、理論的理性が感性、悟性、理性という3つの主要段階に分けて説かれています。

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ヘーゲル『哲学史』より「第3部 近代の哲学/第3篇 最近のドイツ哲学」

B カント(承前)

1〔理論的理性〕
 
 カントは純粋理性批判において、理論的意識の主要段階を叙述する。第一の能力は感性一般、第二は悟性、第三が理性である。以上は、概念からの発展として必然性をもって進行するものではなく、全く経験的にとりあげられたものである。

a、感性
 先験的なものの出発点は、感性におけるアプリオリなもの、感性の形式である。この感性についての論定を、カントは先験的感性論と呼ぶ。カントによれば、直観とは感性によって我々に与えられた対象の認識であり、感性とは外的なものとしての表象によって触発される能力にほかならない。直観には色や硬さや怒りや愛や快等々あらゆる種類の内容が見出されるが、こうした材料のなかにありながらそれとは別のものとして、空間と時間の規定が含まれる。空間と時間は純粋直観すなわち抽象的直観であり、その直観のなかにおいて我々は個々の感覚の内容を、あるときは時間のなかで前後に流れるものとして、あるときは空間のなかに並立するものとして、我々の外に置くのである。カントは、外的な物自体は時間空間を欠いており、それらが意識によって経験されることの制約として時間空間が加わるのだ、というように考える。そうであるならば、一体どうして、心はほかならぬ時間空間という形式的制約をもつのであろうか。しかし、時間空間の本来の性質は何かということは、カント哲学は全く問題にしないのである。

b、悟性
 感性は受動性であるが、思惟一般は自発性であるとカントはいう。悟性は感性から経験的な材料とアプリオリな材料(時間と空間)を得て思惟する。感性と悟性の双方が働いたときのみ、認識が姿を現わす。先験的論理学は、悟性がアプリオリにそれ自身においてもつ概念を掲げる。思想のもつ形式は多様を統一にもたらす総合的機能である。この統一は、先験的統覚たる自我・自己意識の純粋統覚作用であり、自我はあらゆる我々の表象に随伴するとされる。生硬な言い方だが、偉大で重大な認識である。
 自我が、表象一般の経験的材料を結合するのは、普遍的思惟規定たる範疇の先験的な本性である。カントによれば、12の根本範疇があり、これが3元をなす4つの組に分かたれる。@量の範疇…単一性・雑多性・総体性。A質の範疇…実在性・否定性・制限性。B関係の範疇…実体と偶有性・原因と結果・相互作用。C様態の範疇…可能性・現実性・必然性。カントが、第一の範疇は積極的であり、第二は第一を否定するもので、第三は両者の総合だといっているのは、概念の偉大なる本能である。しかし、カントは、これらの範疇を経験的にとりあげるだけで、統一からこれらの差別を必然性をもって発展させることには思い至らない。
 これら範疇はそれだけでは空虚であり、知覚や感情等々の与えられた多様な材料と結合してはじめて意味をもつ。感情または直観に属する知覚の材料はその個別性と直接性の規定のままに放置されず、むしろ私はそれに対して働きかけてそれを範疇によって結合し、普遍的類や自然法則等々に高めるのである。経験のなかにこれら2つの構成部分を見出すことは正当であるが、カントはこれに結び付けて、経験は単に現象を捉えるにすぎない、としてしまう。
 純粋悟性概念が如何にして現象に適用され得るかの可能性を示すのが、先験的判断力である。純粋直観を範疇にしたがって規定し、経験への移り行きをなすのは、純粋悟性の図式論であり、先験的構想力である。これによって先に絶対的に対立するとされた純粋感性と純粋悟性とが今や合一される。そこには直観的悟性あるいは悟性的直観が含まれるのだが、カントはそうは考えず、この思想をまとめ上げることはしない。

c、理性
 カントは悟性から出発して同じく心理学的に理性に向って進んでいく。理性はカントによれば、原理から認識する能力、すなわち、概念によって特殊的なるものを普遍的なもののうちに認識する能力である。悟性は有限的な関係における思惟であり、理性は制約されぬものを対象とする思惟であって、理性の産物は理念だとされるが、カントにおいてそれは抽象的な普遍的なるもの、規定されぬものにすぎない。
 この制約されぬものを具体的に把握することに真の困難がある。ここでカントは、理性は無限的なるものを認識しようとしつつそれを果たしえない、という。その第一の理由は、無限的なものは感性的知覚の世界には与えられない、ということである。しかし、そもそも無限的なものを感性的に知覚しようというのが誤りである。第二の理由は、理性が範疇という思惟形式以外のものをもたない、ということである。範疇は客観的規定を与えるが、それ自体においては主観的なものであり、ただ現象に適用され得るこれら範疇を無限的なものの規定に用いるならば、誤った推理と矛盾(二律背反)のなかに巻き込まれてしまう――これがカント哲学の重要な規定である。
 制約されぬものには、形式論理学の3つの理性推理――断言的・仮言的・選言的――にしたがって、3つの種類がある。第一は思惟する主観、第二は一切の現象の総体、すなわち世界、第三は思惟され得る一切のものの可能性の最高の制約を含むもの、すなわち神である。
(α)先験的主観の統一という必然的な理性理念が物としていいあらわされる点に、推理の誤謬が生じる。自我は自己自身のなかで持続的であるが、ただ意識のなかだけでそうなのであって、意識の外においてではない。我々が思惟するものについて表象をもつのは、外的経験によってではなく、単に自己意識によってである。自我が主観的であることは分かっても、我々が自己意識を超えてそれを実体であるというならば、我々は我々に正当に許された範囲以上に出ることになる。したがって、私は主観に何らの実在性をも与えることはできない。カントが自我について、感性的存在をもつ心的事物や死んだ持続体でないと主張するのは正当である。しかし、カントはこれと正反対の点、すなわち、この普遍的なるもの、または自己思惟としての自我が、彼が対象的あり方として望む真の現実性を自己自身に備えているということを主張しない。彼は、実在性とは感性的実在であるというような考え方を抜け切れていないのである。
(β)二律背反、すなわち制約されぬものの理念を世界に適用し、世界が諸制約の完全な総体であると叙述するときに生ずる矛盾。現象は有限であり、世界は制限されたものの連関であるが、もしこの理性の内容が思惟されて制約されぬもののうちに包括されると、有限と無限という相互に矛盾する2つの規定が生じる。カントは4つの矛盾を指摘するが、本当はあらゆる概念のなかに二律背反があるのである。
 (αα)二律背反の第一。「定立 世界は時間において始めと終わりがあり、また限られた空間内にある。反定立、世界は時間において始めも終わりもなく、また空間においても限りがない」。カントは両方とも充分に証明され得るという。
 (ββ)第二の二律背反。定立は「合成された実体はいずれも単一な部分からなる」、反定立は「単一なるものは存在せず」。
 (γγ)第三の二律背反は自由と必然性の対立である。
 (δδ)第四の二律背反。一方において、総体が完結するのは出発点として自由というものがあるか、世界の原因として絶対的必然的存在があるかいずれであるが、いずれにしても当然に進行は中断される。しかし他方において、自由に対しては原因結果の制約による進行の必然性が対立し、必然的存在に対しては一切が偶然であるということが対立する。すなわち「世界には端的に必然的な存在がある」、その逆は「世界の部分としても、世界の外にも端的に必然的な存在は存在しない」。
 これらの矛盾の必然性こそ、カントが我々に意識させた興味ある側面である。しかし、彼はこれら二律背反を、先験的観念論に独特な意味においてしか解かず、物自体はこのように矛盾するものではなく、この矛盾はその源をただ我々の思惟のなかにもっている、としてしまう。
(γ)カントは次いで神の理念に達する。これをカントは、たんに一切の可能性の総体にすぎない理念と区別して理性の理想体と呼ぶが、これは存在する理念である。カントはここで神の実在の証明を考察し、この理想体に実在性が与えられるか否かを問うている。カントが固く執って譲らない規定は、概念から存在をひねり出すことは決してできないということである。しかしカントは、理性だけでは悟性認識の方法的組織化への形式的統一をもつにすぎない、というところから一歩もふみ出さなかった。理性または表象としての自我と外的事物は、両者とも相互に端的に他者として相対し、そしてそれがカントによれば究極の立場なのである。
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2017年02月01日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史、』ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約@

 前回は、シュヴェーグラー『西洋哲学史』でカントが取り上げられている部分の後半の要約を紹介しました。先験的分析論とは、対象を能動的に把握しようとする悟性にもともと備わっている形式が分析される部分であり、量(全体性、数多性、単一性)、質(実在性、否定性、制限性)、関係(実体性と内属性、原因性と依存性、相互性あるいは相互作用)、様相(可能性と不可能性、存在性と非存在性、必然性と偶然性)の4つが悟性の根本概念(カテゴリー)として示されました。これらの形式が悟性によって対象(物自体を現象させたもの)に付与されるのだ、というわけです。先験的弁証論とは、これらカテゴリーを物自体にまで適用して認識しようとすることによって生じてしまう「先験的仮象」について論じられる部分であり、心理学、宇宙論、神学の3つの領域において、「先験的仮象」が論じられていました。

 さて今回は、ヘーゲル『哲学史』でカントが取り上げられている部分の前半の要約を紹介します。ここでは、カント哲学が総論的に論じられていきます。

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ヘーゲル『哲学史』より「第3部 近代の哲学/第3篇 最近のドイツ哲学」

B カント

 ヤコービにあっては、第一に思惟すなわち証明は、有限的なるものや制約されたものをついに超えないし、第二に、たとえ神が形而上学的対象である場合でさえ、証明はむしろ神を制約し有限とすることに終わる。そして第三に、制約されぬものでありしかも直接に確実なものはただ信仰のなかのみにあり、主観的には動かすべからざるものであるが、それはしかし認識できぬものであり、換言すれば規定されないもの、規定すべきでないもの、したがって実を結ばぬものである。これに反してカントの哲学の立場は、第一に思惟がその推究によって、自らを偶然的なものとしてではなく、むしろ自己自身のなかにおいて絶対に究極的なものとして捉えるに至ったという点にある。有限的なるものにおいて、またそれとの関連において絶対的な立場が現われ、それが中間項ともなって、有限的なるものを結合するとともに、無限的なるものへと昇り行く通路となる。思惟は自己自身を絶対的に決定的なものとして捉えた。思惟の確信にとっては外的なものは何らの権威もなく、一切の権威はただ思惟によってのみ有効となりうる。しかし、この自己自身内で自己を規定する具体的な思惟は、第二に主観的なものとして把握された。主観性のこの側面こそヤコービの見解においてとくに支配的な形式であるが、これに反して思惟が具体的であるということはヤコービがどちらかといえば不問に付したのである。両者の立場はともに主観性の哲学にとどまる。すなわち、思惟が主観的たることによって思惟には即自且対自的存在者を認識する能力が否定されるのである。カントにあっては神は、一面、経験のなかには見出されない。外的経験のなかにもなく内的経験のなかにもない。他面、カントは推論によって神に到達する。すなわち、神は彼にとっては説明のための仮説であり、実践理性の要請である。カント哲学の真実なる点は、自由を容認することである。すでにルソーが自由のなかに絶対者を掲げていたが、カントもまた同一の原理を、理論的な側面から掲げたのである。フランスでは、抽象的な自由を現実に当てはめることで現実を破壊したが、ドイツにおいては、意識が自己に関心をもつということが、ただ理論的な形で遂行されたのである。

〔批判的観念論〕
 全てのものがそれに対して存在すべきものは、つまるところ人間であり自己意識であって、しかもその人間とは全ての人間一般としてのそれにほかならない――こういうことを抽象的な形で意識にのぼらせたのがカント哲学なのである。それは、自己意識に自体的なものの一切の要素を取り戻すことを要求しながら、しかもこの自体的なものをなお自己と区別することによって、みずからは依然として対立から抜けきれないでいる観念論である。カント哲学は、単純な思惟を自己自身に区別を備えたものと解しはするが、一切の実在がまさにこの区別によって成立することを未だ解するに至らず、自己意識の個別性を克服する術も知らず、理性を描くことには巧みを究めるものの、その描き方は、真理それ自身を再び失うような没思想的な経験的な仕方でしかないのである。カント哲学は、知り得るものは真実体でなくただ現象のみであるというにすぎない。それは知を意識と自己意識のなかに導入するものの、この知は主観的な有限的な認識として固定されてしまう。この哲学は、客観的独断論としての悟性形而上学を終息させたが、しかし実際にはそれをただ主観的な独断論に、換言すれば同一の有限な悟性規定が根差している意識のなかに移しかえ、即自且対自的に真なるものを求める問題を放棄してしまったのである。
 カント哲学は、第一に、ヒュームと直接に関係する。カント哲学の一般的意味は、普遍性や必然性という規定は知覚のなかには見当たらないというヒュームの指摘を、ただちにその根本から認めることにある。しかし、ヒュームが総じて範疇の普遍性と必然性に反対し、ヤコービはその有限性を難じたのに対して、カントは、その客観性にのみ反対する。もっとも彼は、数学や自然科学の例が示すように、それが普遍妥当的必然的なものの意味では客観的であるとして主張するが、外的事物それ自身のなかに存在するかのような意味では、その客観性に反対するのである。我々が客観的なものを成立させるものとして普遍性と必然性を希求するという事実は、カントはこれを充分に容認する。しかし、普遍性と必然性が外的事物のなかにないとすれば、それはどこに見出されるかが問題になる。ここでカントはヒュームに反対して、それはアプリオリに、換言すれば理性自身のなかに、自覚した理性としての思惟のなかに存在しなければならない、その源泉は私の自己意識内の主観、自我なのである、という。これがカント哲学を簡明に表わした主要命題である。
 カント哲学は、第二に、その目的がカントの言葉によれば認識能力の批判にあるという理由で、批判哲学とも呼ばれる。すなわち認識する前に、人は認識能力を研究せねばならぬというのである。認識はその場合、真理を獲得するための道具だと考えられている。真理それ自身に到達する前に、まずその道具の性質や作用を認識しなければならない、というのである。しかし、人は認識する前に認識能力を認識すべき、というのはできない相談である。泳ぐことができるようになるまでは前もって水に入ろうとしないようなものである。とはいうものの、認識を考察の対象としたことは、カントのなした偉大にして重大な一歩ではある。
 第三に、経験によって与えられる材料と範疇との関係についていえば、カントによると、思惟の主観的な規定、例えば、原因と結果のなかには、すでにそれ自身だけで上の材料の区別を結合する素地がある。その限りカントは、思惟を総合的活動と呼び、したがって彼は、哲学の問題を次のように設定する。「如何にしてアプリオリな総合判断は可能であるか」と。アプリオリな総合判断とは、相反するものの自己自身による連関、または絶対概念にほかならない。換言すれば、原因と結果等々のような区別された規定を経験によって与えられないで、思惟によって与えられる関係で関係づけることにほかならない。同じように、空間と時間も結合するものであり、それらもまたアプリオリ、すなわち自己意識のなかにある。カントは思惟が知覚から汲み取られないアプリオリな総合判断を有することを指摘することによって、思惟を自己内において具体的なものとして示すのである。このなかには偉大な理念があるが、展開そのものは粗雑な経験的見解にとどまり、学問的形式をもっていない。
 カントの粗野な表現の一例をあげれば、自身の哲学が純粋理性の諸原理の体系であり、その諸原理は自覚した悟性のなかの普遍的なものと必然的なものとを示すだけで、対象に携わることもなく、また普遍性や必然性の何たるかを研究することもない、という意味で、先験哲学(Transzendental-philosophie)などと呼ぶことである。そうならば、それは超越的(transzendent)というべきだろう。transzendent と tranzendental とは厳密に区別しなければならない。カントは先験哲学を、超越的となり得るものについてその源を主観的思惟のうちに、意識のうちに指摘する哲学である、と規定する。必然的なもの普遍的なものは人間の認識能力のなかにあるとされるのだが、カントはこの人間の認識能力から依然として物自体を区別するから、普遍性と必然性とはただ認識の主観的制約であるにとどまり、理性はその普遍性と必然性をもってしては、真理の認識に到達できないのである。理性は主観性として認識するために、直観や経験、すなわち経験的に与えられた材料を必要とするからである。もし、理性がそれだけで自存しようとし、自己自身においてまた自己自身から原理を汲み取ろうとするなら、理性は超越的となり、経験を超える。それゆえ、理性は認識においては構成的でなくて単に統制的であり、感性の多様に対する統一であり、規則である。しかし、この統一はそれだけでは経験を超えてただ矛盾に陥ってしまう。したがって、理性の批判は、まさに対象を認識することではなく、認識とその原理を認識すること、認識が飛躍的にならないためにその限界と範囲を認識することである。
 以上が一般論であり、続いて個々の部分をみていく。カントは第一に理論的理性、すなわち外的対象に関する認識を考察する。第二に、自己実現としての意志を考究し、第三に判断力、すなわち普遍的なものと個別的なものとの統一を考察の対象にする。いずれにせよ、認識能力の批判が主要な事柄である。
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2017年01月31日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史、』ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(3/10)

(3)シュヴェーグラー『西洋哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約A

 前回は、シュヴェーグラー『西洋哲学史』でカントが取り上げられている部分の前半を要約したものを紹介しました。ここでは、カントの生涯が紹介された後、認識の2つの主要な要素である感性(受容性)と悟性(自発性)とをカントが詳しく調べたこと、感性的直観に備わっている主観的な形式が空間と時間であって、われわれは物をありのままに認識するのではなくて、時間と空間という主観的媒質を通して物がわれわれに現象する姿を認識するにすぎないことが説かれていました。

 今回は、シュヴェーグラー『西洋哲学史』でカントが取り上げられている部分の後半の要約を紹介しましょう。ここでは、純粋悟性概念の12のカテゴリーが説明された後、二律背反とはどのようなことかについて説かれていきます。

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シュヴェーグラー『西洋哲学史』より「第39章 カント」(承前)

B 先験的分析論
 人間の精神は感性の受容的な態度にのみ満足するものではない。それは、対象を概念によって思考し悟性の形式のうちで把握しようとすることによって、受け入れられた対象に自己の自発的活動をも加えるのである。このようなア・プリオリな概念あるいは思考形式の研究が先験的分析論の対象である。
 分析論の最初の課題は、純粋な悟性概念を見出すことである。悟性の諸原理は判断から導き出されるべきである。カントは普通の論理学が示す判断の4つの種類から、悟性の根本概念すなわちカテゴリーを導いた。

 量(全体性、数多性、単一性)
 質(実在性、否定性、制限性)
 関係(実体性と内属性、原因性と依存性、相互性あるいは相互作用)
 様相(可能性と不可能性、存在性と非存在性、必然性と偶然性)

 その他のカテゴリーはこれら12のカテゴリーの結合から導きだされる。これらの概念はア・プリオリであるから、必然的かつ普遍的な妥当性を持っている。しかし、それらは自身では空虚な形式であって、直観を通してのみ内容をあたえられるのである。
 感性的対象への悟性の適用は直接にはおこなわれない。両者のあいだには、言わば両者の性質をあわせもった(一方では純粋、他方では感性的)第三のものが介在しなければならない。このような性質をもつものは、2つの純粋直観、空間と時間のみであり、とくに時間である。先験的な時間規定は一方ではア・プリオリであるからカテゴリーと同質であり、他方には現象するものはすべて時間のうちにのみ表象されうるから現象する対象とも同質である。この意味でカントは先験的な時間規定を先験的図式と呼び、悟性によるその使用を純粋悟性の先験的図式性と呼んでいる。図式は自発的に内官を図式的に規定する構想力の産物である。
 カテゴリーのそれぞれにたいして先験的な時間規定を求めると、(1)量の普遍的図式としての時間系列あるいは数、(2)質の図式としての時間の内容、(3)関係の図式としての時間の順序、(4)様相の図式としての時間の総括――が見出される。各々のカテゴリーおよびその図式とともに、現象を悟性の普遍妥当的な形式のもとにもたらす特殊な仕方が与えられている。したがって各々のカテゴリーから悟性認識の諸原則(普遍的な綜合判断)が生まれる。
 これら概念および原則は、経験しうる対象としての物にのみ適用しうるのであって、物自体に適用することは許されない。ア・プリオリな概念および原則は、人間の経験をはなれては構想力および悟性が表象をもてあそぶものにすぎない。しかし、人はここで避けがたい錯覚におちいる。すなわち、カテゴリーは感性に基づくものではなくて、起源から言えばア・プリオリなものであるから、その適用から言っても感性を越えているかのように思われるのである。物自体はけっして可能的な経験のうちに与えられず、われわれの認識はあくまで現象に限られている。現象の世界と物自体の世界を混同したことが、これまでの形而上学におけるあらゆる混乱と誤謬と争いの源だったのである。

C 先験的弁証論
 このほかになお、あきらかに経験の範囲を越えるという使命をもち、したがって「超験的」と呼ぶことにできる概念がある。これらの概念こそこれまでの形而上学の根本概念および原則となってきたものである。これらが誤って生みだす客観的な学問および認識という見せかけを破壊することが、先験的論理学の第二部門である先験的弁証論の課題である。
 悟性が概念から原則をつくるのにたいして、理性は理念から原理(悟性の原則の最高の基礎づけ)をつくる。理性は対象と直接に関係せず、悟性とその諸判断とのみ関係するから、その活動はあくまで内在的でなければならない。もしそれが最高の理性的統一をたんに先験的な意味に理解せず、認識の現実的な対象にまで高めようとするならば、それは悟性の概念を無制約的なものの認識に適用することによって、超験的となる。カテゴリーのこのような超経験的な誤った使用から、純粋悟性を経験を越えて拡大しうるかのような幻想をもってわれわれを欺くところの先験的仮象が生まれる。理性の思弁的理念には、心理学的理念、宇宙論的理念、神学的理念の3つがあるが、先験的仮象は、それぞれにおいて異なった現れ方をする。
 心理学的理念における純粋理性の誤謬推理。思考する不滅の実体としての魂という(伝統的)合理的心理学の命題は、カントによればまったくの虚偽である。これらの命題の根拠となった「我思う」は直観でもなければ概念でもなく、単なる心の作用である。
 宇宙論の二律背反。宇宙論的理念を完全に集めるには、4つのカテゴリーを導きの糸にする必要がある。世界の量にかんしては空間と時間について、質にかんしては物質の分割性について確定されなければならず、関係については原因の完全な系列が見出されなければならず、様相については偶然的なものの依存性の絶対的完全性が理解されなければならない。ところが、理性がこれらの問題を決定しようとすると、4つのすべての点について、相反する主張が同じ妥当性をもって証明されるのである。(1)定立:世界は時間のうちに始まりをもち、空間的にも限られている。反定立:世界は時間的始まりをもたず、空間的限界をもたない。(2)定立:世界の全ては単純なものから成り立つ。反定立:単純なものはなく全て合成されている。(3)定立:世界には自由による原因がある。反定立:いかなる自由もなく全ては自然法則である。(4)定立:世界には絶対的に必然的な存在であるような何かが実在する。反定立:世界の原因として絶対に必然的な存在というものは全く存在しない。これら宇宙論的諸理念の弁証法的な争いから、この争いがすべて無価値であるという帰結がおのずから生まれるのである。 
 純粋理性の理想あるいは神の理念。カントは、理性がいかにしてもっとも実在的な存在という理念に到達するかを示し、それからこのもっとも実在的な存在の実在を証明しようとする旧形而上学の努力に反対して、神の存在にかんするこれまでの論証(存在論的証明、宇宙論的証明、自然神学的証明)にたいする批判をおこなっている。最高の存在者という理想は、理性の規制的原理にすぎず、人間の全認識の究極および頂点をなしてはいるが、その客観的な実在性は明確に証明もされず、といってもちろん反駁もできない一概念にすぎない。
 理性の諸理念に客観的な意味がないとすれば、それらは何のためにわれわれのうちに存在しているのか。それらは構成的でないにせよ規制的原理なのである。われわれの心の諸能力を整理するには、心というものが存在する「かのように」取扱うのがうまくゆく。宇宙論的理念は叡智的原因は排除しないで原因の系列が無限である「かのように」世界を考察するように指示を与える。神学的理念は、世界という複合体の全体を、秩序ある統一という見地のもとに見るために役立つ。理性の諸理念は、規制的原理としてわれわれの経験に秩序を与え、それを或る種の仮定的統一にもたらす役目はもっているのである。
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2017年01月30日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(2/10)

(2)シュヴェーグラー『西洋哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約@

 前回は、京都弁証法認識論研究会の1月例会の場において、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介しました。今回から4回に渡って、シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』においてカント『純粋理性批判』が取り上げられている部分の要約を紹介していくことにします。

 今回は、シュヴェーグラー『西洋哲学史』でカントが取り上げられている部分の要約を紹介します。カントの生涯と先験的感性論が説かれています。

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シュヴェーグラー『西洋哲学史』より「第39章 カント」

 イマヌエル・カントは、1724年4月22日、プロイセンのケーニヒスベルクに、正直な馬具匠の父と信仰篤くものわかりのよい母との間に生まれた。大学での専攻は神学であったが、主として哲学と数学と物理学を研究し、1747年(23歳)のとき、『活力の真の測定にかんする考察』という論文をもって著作生活をはじめた。1755年ケーニヒスベルク大学の私講師となり、論理学、形而上学、物理学、数学の講義をし、後にはさらに倫理学、人類学、自然地理学の講義もした。この時代のかれはだいたいヴォルフ学派の立場に立っていたが、しかしはやくから独断論にたいして疑いを述べている。かれは一度も故郷の州から出たことはなかったが、旅行記を読むことによって、とくにその地理学の講義が示しているように、世界について非常に詳しい知識をえていた。かれはルソーの著作をすべて読んでおり、『エミール』が出たときは毎日かかさなかった散歩を2、3日やめたほどであった。カントは、1804年2月12日、80歳で死んだ。
 劃期的な主著『純粋理性批判』が出版されたのはようやく1781年のことであった。カントはその批判的立場の内面的な起源を主としてヒュームに帰している。「デーヴィッド・ヒュームの警告こそ、数年前はじめてわたしの独断のまどろみをやぶって、思弁的哲学の分野におけるわたしの諸研究にまったく別の方向を与えたものである」(『プロレゴメナ』序言)。ヒュームの警告とは、原因と結果との必然的結合の問題にかんするこれまでの理解にたいしてヒュームがくわえた批判的反駁である。『純粋理性批判』を閉じるにあたってカントは言っている――「これまでは、ヴォルフのように独断論的にふるまうか、あるいはヒュームのように懐疑的にふるまうか、いずれかを人は選ばなければならなかった。……批判の道こそ、まだ開かれていない唯一の道である。」
 かれは自分が哲学においてつくりだした変革を、天文学においてコペルニクスによってひき起こされた革命と比較している。「これまでは、われわれの認識はすべて対象に従わなければならないと想定されていた。しかし対象にかんしてア・プリオリな概念をもってなんらかの――それによってわれわれの認識が拡張されるような――決定をしようとする企ては、このような想定のもとではすべて失敗してしまった。したがって対象がわれわれの認識に従わなければならないと想定したら、形而上学の問題がもっとうまく解決されはしないかどうか、やってみようではないか。……コペルニクスの最初の思想についても事情はこれと同じであって……」この言葉のうちには主観的観念論の原理がもっとも明白かつ意識的に語られている。
 カントはわれわれのあらゆる心的能力は、それ以上共通の根源にさかのぼることのできない3つのもの、認識、感情、意欲に還元されると言っている。第一の能力が3つのすべてにたいする原理、指導的な法則を含んでいる。認識能力が認識作用そのものを含んでいるかぎり、それは理論的理性であり、欲求と行為の諸原理を含んでいるかぎり、それは実践的理性であり、最後にそれが快不快の感情の原理を含んでいるかぎり、判断力の能力である。かくしてカントの哲学は(批判の面からすれば)3つの批判にわかれる。(1)(純粋)理論理性の批判、(2)実践理性の批判、(3)判断力の批判がそれである。

1、純粋理性の批判

 純粋理性の批判とは、われわれが純粋理性によってもっている全所有物の組織的に排列された目録である、とカントは言っている。これらの所有物はどんなものであろうか。認識の成立にわれわれがもたらすものは何であろうか。カントはこれを見出すために、われわれの認識の2つの主要な要因、すなわち感性(受容性)と悟性(自発性)をくまなく調べる。第一に、われわれの感性または直観能力のア・プリオリな所有物は何であろうか(先験的感性論)。第二に、われわれの悟性のア・プリオリな所有物は何であろうか(先験的論理学の第1門、先験的分析論)。

A 先験的感性論
 われわれの感性的認識のア・プリオリな原理、感性的直観に本源的に具わっている形式は、空間と時間である。感覚の質料に属するあらゆるものを捨象しても、外官のすべての質料がそのうちに排列される普遍的な形式である空間が残り、内官の質料に属するあらゆるものを捨象しても、心の動きを容れていた時間が残る。空間および時間は外官および内官の最高の形式である。これらの形式がア・プリオリに人間の心にあることを、これらの概念の性質から直接に証明するのが形而上学的究明であり、これらの概念をア・プリオリなものと前提しなければ、疑うことのできない妥当性をもっている或る種の科学(純粋数学)がまったく不可能となることを示すことによって間接的に証明するのが先験的究明である。
 われわれ人間は、時間と空間を普遍的直観としてもつ感性をつうじてのみ直観、すなわち直接に認識することができる。ところで、空間と時間という直観は客観的な関係ではなくて、主観的な形式にすぎないから、われわれの直観にはすべて主観的なものがまじっている。すなわち、われわれは物をありのままに認識するのではなくて、時間と空間という主観的媒質を通して物がわれわれに現象する姿を認識するにすぎない。これが、われわれは物自体(Ding an sich)をではなく現象(Erscheinung)を認識するにすぎない、というカントの命題の意味である。かれの言うところによれば、かれは時間、空間の先験的観念性を主張しはするが、その経験的実在性を否定するものではない。すなわち、われわれの外部に物が実在するということは、われわれ自身およびわれわれの内的状態が存在しているのと同じ程度に確かなのであって、ただそれらは、空間と時間とから独立してそれ自らがあるとおりに現れるのではないと言うだけである。
 現象の背後にかくれている物自体について、カントは批判の第1版では、自我と物自体とが同一の思考的な実体であることはありえないことではない、と言っている。カントが憶測としてもらしたこの思想こそ、ヘーゲルまでの哲学の発展の源となった物である。しかしカントはその第2版では右の文章を削除している。
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2017年01月29日

2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』(1/10)

目次

(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)シュヴェーグラー『西洋哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約@
(3)シュヴェーグラー『西洋哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約A
(4)ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約@
(5)ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』 要約A
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:カント『純粋理性批判』の構成はどのようなものか
(8)論点2:カントは『純粋理性批判』で何を説いたか
(9)論点3:カント『純粋理性批判』は哲学史上、どのように位置づけられるか
(10)参加者の感想の紹介

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(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は、昨年までの2年間にわたるヘーゲル『哲学史』の学びを踏まえて、今年からはカント『純粋理性批判』に挑戦していきます。哲学の流れの概要を一般教養レベルで押さえた上で、二律背反と物自体論を中心とするカント哲学の構造を明らかにし、自己がこの世界とどのように対峙していくのかをしっかりと押さえていこうというわけです。

 1月例会では、『純粋理性批判』を読み進めていくにあたって、これまでこの例会で扱ったシュヴェーグラー『西洋哲学史』及びヘーゲル『哲学史』において、『純粋理性批判』がどのように取り上げられていたのかを確認しました。今回の例会報告では、まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと、扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し、ついで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。

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京都弁証法認識論研究会 2017年1月例会
カント『純粋理性批判』を読んでいくにあたって

はじめに
 我々がカント『純粋理性批判』を読んでいくのは、いうまでもなく、自分自身の学問的実力(世界の全てを論理的・体系的に把握する力)を創っていくための取り組みの一環として、である。そのためには、「個体発生は系統発生を繰返す」の観点から、哲学の歴史を自分自身が辿り返すために『純粋理性批判』を読んでいくのだ、という姿勢が欠かせない。『純粋理性批判』を、あくまでも哲学の歴史の大きな流れのなかに位置付け、人類の認識の発展史においてどのような問題を解決し、どのような問題を後世に残したのかをつかんでいく必要がある。今回は、カント『純粋理性批判』の哲学上の位置づけを考える上で踏まえるべきものとして、南郷継正の著作における『純粋理性批判』に関する記述を確認しておきたい。

1.「二律背反」「物自体論」とはどういうものか
 南郷継正は、「新版 武道と弁証法の理論」(『全集第十二巻』所収)の「論理学基本用語五十」で、「二律背反」「物自体論」を取り上げて解説している。

「(四七)二律背反とは何か。カントが『純粋理性批判』で空間は無限であると証明できると説いているが、また、空間は有限であるとも証明できる。このように、あることを証明するのに、一方ではAと証明でき、他方では非Aと証明できるといった具合に、正反対のことが同一のことでしっかりと間違いなく証明できることを、二律背反というのである。……
 弁証法ではこれを対立物の統一として解決できるのであるが、カントは背反している二律を統一できるほどの実力の形成が今一歩及ばず、結果として物自体の性質は主観としての認識が決定するのだと「物自体論」でもって、説くことになってしまったのである。」(『武道哲学講義 著作・講義全集 第十二巻』p.112)
「(四八)物自体論とは何か。カントは……二律背反の先にある解決に悩んだあげく、二律が相反するのは、対象の性質のゆえではなく対象に性質がないがゆえとして論理の問題として自分の観念たる認識、すなわち頭脳活動の実力に解決を求めてしまったのである。……」(同、p.113)

 また、『武道哲学講義(第二巻)』の「第二部 『学問としての弁証法の復権』――弁証法の学的復活を願って――」の「第三章 学問としての弁証法の学びに必須の認識論」の「第二説 歴史上の哲学者による認識論の究明」では、カント『純粋理性批判』からヘーゲルへの発展について次のように説いている。

「カントの学問的な評価として本当に存在するものは、「二律背反」と、「物自体論」なのだと、諸氏が私の読者であるなら分かってほしいものである。ここをしっかりと分かることが、カントの真髄を理解できるかどうかの分かれ道となるからである。
 諸氏には『純粋理性批判』の学習はとても難解だと思うが、これは本書で説いている弁証法の成立過程に諸氏がしっかりと学んでいれば、次第にカントの理論の中身が分かってくることになっていく。
 カント以上の大哲学者たるヘーゲルは、カントのここをしっかりと弁証法的レベルで学びとって理解しきれたからこそ、彼ヘーゲルは学問上の実力が見事に培えたのだと断言しておこう。……
また、ここを単なる「理論上の」二律背反としただけで、そこを理解する能力のなかった人は、二律背反を学問的哲学的、弁証法的に説明しきれず、ましてやこの二律背反と物自体論の含む立体構造を体系として解ききることはなかったのである。でもさすがにヘーゲルはそれを成し遂げたのだともいえるのであるが、肝心の点で大失策をしてしまったと、ここでは説いておこう。」(『武道哲学講義(第二巻)』、p.179)

2.ヘーゲルの「大失策」とは何か
 この「大失策」については、「ヘーゲル」の「物自体論」理解、およびそれをふまえた「三浦つとむ」の「物自体論」解説が引用された上で、次のように述べられている。

「学的レベルで説けば、カントの「物自体論」なるものは、本質論レベルでの概念であることを、お二方は分かることがなかったということである。それだけに、お二方はここを現象レベルで捉え返して、このような解説をなしてしまうとの愚を犯すことになったのである。
 「論理学」の本質論と「論理学」の現象論とはレベルが大きく異なるのであり、「現象論」は「構造論」を経てようやくに「本質論」へと転成していけるのであり、「現象論レベル」への物自体と二律背反は、「構造論レベル」の物自体と二律背反でないことくらい、お二方には分かるべきだったのである。
 まして本質論レベルでは、二律背反は存在しない(できない)し、物自体の本質論というものを概念化することなしには、本当の二律背反の概念も成立できないのである。」(『武道哲学講義(第二巻)』p.185)

 さらに、このことに関わって『全集第二巻』の「あとがき」では、次のように述べられている。

「カントの『物自体』論、『二律背反』論は本当はその成立過程の論理構造こそが大事であるのに、すなわちここは学問レベル、論理学レベル、哲学レベルでその構造の成立過程をとらえ返さなければならないのに、『物自体』論を事実レベルにおとしめて批判したヘーゲル(『大論理学』〔先験的観念論の物自体論〕)も含めて、そこをなすことをしなかったばかりに、多くの学者たちは哲学者カントの実力をずいぶんと低くみてしまったものだなあ」(『武道哲学講義 著作・講義全集 第二巻』、p.366)

 また、『全集第十二巻』では次のように述べられている。

「カントの「物自体」論は、これは本質論であり、けっして構造論でもなければましてや現象論や実体論でもない。なのにどうしてヘーゲルほどの人物が、事実的批判! レベルなのであろうか。これはまったくもって現象論がようやくである。では、ヘーゲルはどうすべきだったのか。解答は簡単である。カントの「物自体」はカントにとっての本質論なのであるから、ヘーゲルは自らの本質論である「絶対精神」の過程的構造ないし構造の過程を把持して、そのレベルで批判すべきだったのである」(『武道哲学講義 著作・講義全集 第十二巻』、p.87)

3.報告者からの若干のコメント
 カントにおいて学問的に重要なのは「二律背反」と「物自体論」であり、ここが分かっていなければカントの真髄は理解できない、という指摘を、『純粋理性批判』を読み進めていく上での大前提として、改めてしっかりと確認しておくべきであろう。また、カントの理論の中身を分かるためには、『武道哲学講義(第二巻)』などで説かれている「弁証法の成立過程」をしっかりと学んでおかなければならない、という指摘もしっかりと受け止めておかなければならない。古代ギリシャ以来の弁証法の生成発展の歴史の流れのなかで、カントの「二律背反」「物自体論」がどのような位置を占めるのか、その立体構造の成立過程をしっかりとつかむことが必要であろう。そのようにしてこそ、「現象論レベル」の物自体と二律背反と「構造論レベル」の物自体と二律背反とはどういうものか、また、カントの「物自体」はカントにとっての本質論であるとはどういうことか、などの問題が解けてくるのではないだろうか。

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 以上の報告に対しては、概ね肯定的な評価が述べられました。南郷先生がカント哲学に関わって説いておられる部分を引用してあるので、今後の学びの指針とすることができるとか、もう一度南郷先生著作をしっかりと読み返してみることで、カントがどのようなことを哲学史上で成し遂げ、何が課題として残ったのかを把握しておく必要があるとか、南郷先生の指摘に従って、『純粋理性批判』を理解するために弁証法の歴史を徹底して学ぶ必要があるとかいったコメントがありました。
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2016年12月31日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(10/10)

(10)参加者の感想の紹介

 前回までは3回にわたって、論点に関してどのような討論がなされ、どのような(一応の)結論が導き出されたのかについて報告してきました。

 さて、本例会報告の最終回である今回は、参加者のメンバーそれぞれの感想を掲載したいと思います。

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 今回の例会では、2年間かけて扱ってきたヘーゲル『哲学史』のまとめを行った。ヘーゲルが哲学史をどのようなものとして描いていたのか、それは「生命の歴史」とどのような共通点があるのか、我々が唯物論の立場から哲学史を説くにはどのような視点が必要か、などについて議論することになっていた。

 今回は、論点への見解が全く書けずに、他のメンバーの見解をもとにして、担当になっていた報告レジュメを執筆することになってしまった点は、非常に心残りではあるが、何とか他のメンバーについていくことを最重要課題として取り組んだ。

 こうした中でまとめてみると、やはり「生命の歴史」が生命と地球環境との壮絶ともいえる相互浸透の過程であることに比較すれば、ヘーゲルの「絶対精神」は、もともとゴールが定められていて、そこに向っていわば自動的に発展していくという説き方になっている感は否めないと思った。全てを絶対精神として説くという点では、非常に筋が通っているといえるのであるが、なぜ絶対精神はそのように発展していったのかという必然性に関しては、完全に説き切れてはいない、これがヘーゲルの『哲学史』の評価ではないかと思ったのである。

 これはやはり、世界観レベルの問題が大きくからんでのことであろう。つまり、全てが絶対世親だと説くヘーゲルにとっては、唯物論の立場から説く認識と自然的・社会的外界との相互浸透過程が十分な形では説き切れないのであって、ここが曖昧なまま絶対精神がなぜかしら発展していくと説かざるを得ないのではないかと思った。

 我々の課題としては、生命の歴史の延長としての人類の歴史の中の、認識の最高形態がどのような過程を経て発展していったのかを、当初は自然的外界を、後には社会的外界を中心とした相互浸透関係を丁寧に解き明かしながら説いていく必要があるだろう。そのためには、まだまだ十分に解明できたというわけではないヘーゲル『哲学史』の論理構造を深めていく努力をしつつ、世界歴史の流れを論理的に措定し、生き生きとした事実レベルで説けるような研鑽を積んでいく必要があるだろう。

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 ヘーゲル『哲学史』の全体について、結語におけるヘーゲル自身の要約を念頭に置く形で議論したが、ヘーゲルの文言そのものをもっと丁寧に押さえていくべきでなかったか、という反省はある。吉本隆明の「実体の世界」「学問の世界」という構図を念頭において、我々なりには何となく筋を通して把握できたという感じはあるのだが、ヘーゲルのアタマのなかにあったイメージとはズレてしまっているのではないか、自己流の解釈に陥っているのではないか、という恐れもないではない。とはいえ、ヘーゲルが哲学史のゴールとして描いていたであろうイメージについては、この2年間の議論を通じて、かなり鮮明にすることができたという手ごたえはある。

 来年の4月には、この2年間のヘーゲル『哲学史』の学びの成果を統括するものとすて、「ヘーゲル『哲学史』を読む」と題した論稿を掲載する予定である。私個人としては、今回の例会の議論を念頭に置きつつも、それに過度に縛られないようにして、ヘーゲル『哲学史』の全体を、来年1〜3月で読み直していく計画を立てたい。

 また、唯物論の立場から筋の通った(ヘーゲルを超える)哲学史を書き上げる、という我々自身の課題も忘れてはならない。そのためにも、南郷学派の先生方が出されている哲学・論理学についての成果にこれまで以上に真摯に学びながら、世界歴史の学びもしっかりとやっていきたい。

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 今回の例会では、ヘーゲル『哲学史』の総まとめができた。中でも、南郷学派が措定した「生命の歴史」と重ね合せてみる試みがよかった。生命の歴史も哲学の歴史も大きく分けると2部構成になっており、第1部から第2部への移行は比較的安定した場所から激変・激動する場所への変更を伴っていたということが見えてきたのが一番の収穫であった。
生命の歴史でいうと水中から陸へであり、哲学の歴史でいうとギリシア・ローマ世界からヨーロッパ世界へという場所の変更であるが、このような場所の変更がものごとの発展にとっては必然性であることは、唯物論の立場からでしかきちんと筋を通して解けないことを確認できた。

 また、哲学の歴史を吉本隆明の言葉であるとされる「実体の世界」と「学問の世界」という観点から大きく整理できたことも、今回の例会の成果の一つである。この吉本の言葉のおかげで、哲学史の理解が深まった。どういうことかというと、もともと人類の頭の中で、この二つの世界が分離していたわけではなく、当初は未分化な状態であった。これが分かれ始めたのがパルメニデスの段階であり、学問の芽生えといえる段階であった。これが完全に分離したのがアナクサゴラスのからプラトンにかけての段階であるが、この段階ではまだ実体の世界と学問の世界が並べられただけであり、両者のつながりがはっきりとはしていなかった。両方の世界を一致させようと努力して、現象レベルでそれなりの一致を見い出したのがアリストテレスといえるのであり、続くヘレニズムの時代には、社会が不安定になっていく中で自己意識が芽生えてきて、ストア派とエピクロス派が心の安寧を求めて真理とは何かを追求し、実体の世界と学問の世界が個人の意識の中で表象レベルで一致することで満足していたのである。それに対してスケプシス派は、具体的な個人の自己意識から独立した客観的な世界そのものを否定してしまった。つまり、実体の世界の否定である。そしてギリシア哲学の完成形態といえる新プラトン主義においては、自己の内部にある抽象的で無内容な主観的世界(学問の世界)を、具体的に規定された世界、すなわち叡智的世界として構成し直そうとし、そのために、世界の全ては一者(=神)からの流出なのであり、あらゆる存在は精神的なものであるとしたのであった。

 近代になると、個人的・具体的な意識とは独立しているとされていた叡智界(学問の世界)と、具体的な個人の眼前に広がっている自然(実体の世界)の両方を、自分自身の意識の中に取り戻すことが課題として浮上してきた。個人の視点から世界を眺めて客観と主観というように分けていたのを、もっと俯瞰した視点から、物質と精神というようにして眺められるようになってきたのである。デカルトにおいては、人間は精神的存在であると自覚されるようになり、精神と物質の統一(宥和)という課題が明確になった。すなわち、学問の世界と実体の世界をぴったり一致させることが哲学の課題であることが自覚されるようになったのである。ここからスピノザやライプニッツがこの一致のために努力していったがうまくいかなかった。ドイツ観念論のカントに至っては、人間の精神(認識)について研究し、いってみれば実体の世界は保留して(物自体は認識できないとして)、学問の世界をきちんと描こうとした。フィヒテはこれを引き継ぎ、自我からすべてを説こうとしたし、シェリングは、自然を研鑽したうえで、自我(学問の世界)と自然(実体の世界)に共通するものがあるはずだとして絶対的な「神」を措定した。この絶対的な「神」が実は自己運動する絶対精神なのだとして、人間精神の展開として全世界を説ききったのがヘーゲルであり、ここにおいて一応、自己=世界という図式が完成し、学問の世界と実体の世界がぴったりと一致したといえるレベルにまで到達したのであった。

 大雑把にいえば以上のような内容が確認できた例会であった。まだまだ、ヘーゲルのいわんとしていることと一致しているのかどうか、あやしい点もあるが、今後もくり返し学んでいくことによって、深めていきたい。

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 今回の例会はかなり重たい論点が挙がっていたが、この2年間の学びをしっかりと振り返る形で議論ができたのがよかったと思う。チューターも務めたが、それなりにしっかりとそれぞれの見解を整理し、進行していくことができたのではないかと思っている。

 今回の例会の中でヘーゲルの哲学史を自分の視点から神的な視点(第三者の視点)へという過程として捉える見解が出ていて検討したが、これは学級をどう見るかという点でも当てはまりそうだと思った。例えば、学級で何か問題が起こったとする。そのときに、いつも特定の子どもが問題を起こすことに気づいたとき、教師は「この子が根本的な原因だな」というような理解をする。これは教師が教師としての視点から学級を眺めている状態である。しかし、第三者として眺めてみると、実は教師の働きかけに対する反発としてその子が悪いことをしているということがある。たとえば、全然認めてくれなくて叱ってばかりとかそういうものに対して、ふてくされていて、いろんな問題を起こすということである。そうやって見てみると、学級の状況(客観・客体)は結局教師(主観・主体)が創りだしたものだということになり、それが教師にはね返ってきているだけなのだということになる(ここでは悪い場合を挙げたが、よい場合でも同じことが言えるだろう)。このように学級も絶対精神の自己運動として捉えることができるのではないか、などと思った。

 あと、観念論の立場からの哲学史と、唯物論の立場からの哲学史の違いという点について、論点を作成する中で、また見解を整理する中で理解を深めることができたのがよかった。端的には、哲学の発展の必然性を外界との相互浸透という観点から見るかどうかが最も大きな違いだということである。確かにこのような視点がなければ、ヘーゲルの哲学史についても、どうしてヘーゲル自身が説いているような8つの段階を辿って発展していくのかが説けないなということを議論の中で感じた。

 まだまだ十分に消化できたとは言えないが、とりあえずヘーゲルの大著をしっかりと読み通せたことは自信になった。来年からはカント『純粋理性批判』を扱うが、この2年間で培った実力をひっさげて取り組んでいきたい。

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2016年12月30日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(9/10)

(9)論点3 唯物論の立場から哲学史を説く目的と方法とは何か。

 前回は、ヘーゲル『哲学史』を生命の歴史から見ていくとどうなるかという点について、どのような議論を行い、どのような(一応の)結論に至ったのかを確認しました。これについては、両者とも大きくは2部構成になっていることと、発展の終末局面において急激な発展をしていることが取り上げられました。2部構成になっていることについては、外界との相互浸透ということが関わっているのだろうが、ヘーゲル自身はその点を自覚できていないから、2部構成になっている必然性を捉えられてはいないだろうということでした。

 さて今回は、唯物論の立場から哲学史を説くにはどうすればよいかについての議論を紹介します。論点は以下のようなものでした。

【論点再掲】
 観念論の立場から説く哲学史と唯物論の立場から説く哲学史は何が同じで何が異なるのか。とりわけ哲学と社会の関係について、両者の立場の捉え方はどのように異なるのか。唯物論の立場から哲学史を説く必要性は何か。唯物論の立場から哲学史を説くために必要な作業は何か。


 この論点については、時間が大きく不足したために、あらかじめ各メンバーが出した見解を簡単に整理し、確認するのみに留まりました。

 まず観念論の立場から説く哲学史と、唯物論の立場から説く哲学史の共通点については、「ひとつの精神(認識)が発展してきたものだと捉える点では同じである」「精神の発展を描いているという点では・・・同じだと言える」という見解、さらに「人間がこの世界全体を自分自身のこととして体系的に筋を通して把握しきるに至る過程である」「自分自身を知ることと世界全体を知ることとは同じことであり、世界全体を自分自身のこととして分かること」という見解が出されました。精神の発展を捉えようとするのが哲学史ですが、自分自身はその精神の発展の先にいるのだという観点からすれば、これは結局自分自身を知ることとも言えます。このような形で提示された見解を整理しました。

 では、両者の差異は何かについては、まず観念論哲学と唯物論哲学の違いについて、あるメンバーが前回の例会での議論を踏まえて「観念的な自己をいわば神の立場に立たせて、世界全体を(その歴史性をも含めて)眺め渡すという過程において、これはフィクションであると自覚しているのが唯物論の哲学で、実際にその通りなのだ、自分はもともと神と同じものなのだ(自己=絶対精神)と思い込んでしまうのが観念論の哲学である」という見解を出しました。

 その上で、観念論の立場から説く哲学史と、唯物論の立場から説く哲学史の違いについては、「観念論の立場では、精神は精神として発展すると捉えるのに対して、唯物論の立場では、精神は、自然的・社会的外界との相互浸透によって発展すると捉える」「観念論の立場では、物質の(いわば見せかけの)運動の背後にある精神の運動を見てとるという形になる。一方、唯物論の立場では、精神はあくまでも物質の発展形態として捉えるのであるから、物質とのかかわりの中で精神の発展を捉える」「観念論の立場から説く哲学史は、精神はもともと神的なものとして存在していたのであり、自らの力で、本来の自己のあり方へとたち返っていくのだ、ということになるのに対して、唯物論の立場から説く哲学史では、客観的な世界の反映を原基形態として人間の頭脳において成立した精神が、人間が社会的労働を通じて客観的な世界(自然、社会)と主体的に関わっていく(問題にぶつかり解決しようと苦闘を積み重ねていく)なかで、世界の現象、構造、本質についての体系的な像を形成していくことになる」という見解が出されました。

 結局、観念論の立場では精神が自らの力によって発展すると捉えるのであり、唯物論の立場では精神が物質的な外界(自然・社会)との相互浸透によって発展していくということで、ほぼ共通した見解であることを確認しました。

 哲学と社会の関係については、「観念論ではその精神(哲学)の現れとして社会が存在すると考えるのに対して、その精神が社会を統括しているのと捉えるのが唯物論だと言える」という見解が出されましたが、唯物論の立場では確かに精神=哲学とも言えるが、観念論の立場ではすべてが精神であり、哲学はその一形態であるから、精神と哲学を同一視することはできないのではないかという疑問が提示されました。一方、別のメンバーの出した見解は「観念論の立場においては哲学も社会も世界精神の現れであるが、哲学はその最高の成果としてあるのに対して、唯物論の立場においては社会(複数の人間が協同によって自然に働きかけ、また相互に働きかけ合いながら、生活を生産していく集団)のなかで、自然および社会と人間の認識との相互浸透を通じて、次第に形成されていくものだ」というものでした。ここでは観念論の立場では哲学も社会も精神の現れとして捉えられており、こちらの方が妥当ではないかということになりました。

 唯物論の立場から哲学史を説く必要性(なぜ観念論の立場ではなく唯物論の立場から説く必要があるのか)については、「対立物との統一においてこそ、真の発展の必然性が捉えられる」「唯物論の立場でなければ、精神と自然・社会との相互浸透の関係の捉え方が甘くなってしまい、精神の発展の構造がまともに捉えられなくなってしまうから」という見解が出されており、要するに外界との相互浸透という視点をもってこそ精神の発展の構造(必然性)がしっかり捉えられるのだという点で同様だということを確認しました。

 唯物論の立場から哲学史を説くために必要な作業については、「サルから人間に至る過程でどのように認識が誕生したのかという点からきちんと筋を通すこと」、「アリストテレスが現象論、カントが構造論、ヘーゲルが本質論という把握がなされているが、それがどういうことかを把握すること」「人類(精神)と世界との相互浸透という観点から、世界歴史の流れを把握すること」「(自らが)専門分野における学問の構築過程を辿ること」などの意見が提示されました。

 以上で、12月例会の議論を終えました。
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2016年12月29日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(8/10)

(8)論点2 生命の歴史とはどのようなものか

 前回は、ヘーゲル『哲学史』全体に関わる論点について、どのような議論を行い、どのような(一応の)結論になったのかを紹介しました。端的には古代ギリシャにおいて、現実の世界と観念の世界が未分化な状態から明確に分離され、両者の一致ということが課題となったのでした。しかし、それが果たすことができないなかで現実の世界が否定され、新プラトン派において、自己の内部にある抽象的で無内容な主観的世界を、具体的に規定された世界―叡智的世界―として構成しなおそうとしたのでした。近代においては、具体的な意識とは別個のものとして広がっている叡智界(=「観念の世界」)、および、具体的な個人の眼前に広がっている自然(=「現実の世界」)の両方を、自分自身の意識のなかに取り戻そうとする試みが始められ、それがヘーゲルにおいて果たされたのだということでした。

 さて今回は、このヘーゲル『哲学史』を生命の歴史から見ていくとどうなるかという点についての議論を紹介します。論点は以下のようなものでした。

【論点再掲】
 生命の歴史は、結局、何を目指した過程と言えるか。その過程において、単細胞段階、カイメン段階、クラゲ段階、魚類段階、両生類段階、哺乳類段階(哺乳類→サル→ヒト)は、どのような役割を担う段階として位置づけられているか。それにヘーゲルの哲学史を対応させると、どのようなことが言えるか。


 まずこの論点の文言に関わって、「何を目指した過程と言えるか」というと生命体が意志をもって発展していったようになり、このままでは観念論になってしまうのではないかという指摘が出されました。生命体はあくまでも結果として人間まで発展していくことになったのであり、生命の歴史はその結果から過程を捉え返そうとしたものだということを押さえておかないといけないということでした。これは全員が納得しました。

 その上で生命の歴史が何を目指したものなのかについては、「『自由(自在)』を目指した過程」「地球環境に生命体がしっかりと対応できるようになっていく過程」「地球から分離した生命体が、母体たる地球(および月、太陽など)と相互浸透しながら、主体的な自由を獲得していく過程」など、ほぼ共通した見解が出されました。

 さらにその過程は魚類段階までとそれ以降で大きく2つに区分できるという捉え方も共通しており、「魚類段階は、水中での運動体としての完成であり、それ以前の段階は、魚類に至るための実力を培う段階として位置付けられるとともに、魚類段階で創出された統括器官・運動器官・代謝器官という形態がスタート地点となって、地上での運動性が徐々に獲得されていく」「統括する存在が創られる過程とそれが使われる過程という2つに区分することができる」「水中での発展(a〜d)という第1部と、陸上での発展(e〜f)という第2部に分けられる」「生命体は、水中で培った実力を引っさげて陸上に進出」などの見解が出されました。

 その上で、ヘーゲル哲学史との対応関係について確認をしました。その際の注意点として、メンバーの一人が「『生命の歴史』では、運動・変化・発展の論理が説かれているのであるが、運動・変化・発展の一般性と、『生命の歴史』に特殊な運動・変化・発展の論理(特殊性)をしっかりと区別しなければならない」という指摘を行いました。何となくイメージとして似ているからといって対応させていくのではなく、そこにはどんな運動・変化・発展の論理があるのか、それは一般的な論理なのか生命の歴史のみに当てはまる特殊な論理なのかを考えなければならないということです。これは全員が納得しました。

 具体的な対応関係については、メンバーの一人が、古代ギリシャ哲学という第1部と、近代哲学(ゲルマン哲学)という第2部に分け、「第1部では、精神は、自己意識をもつようになり、『現実の世界』を『観念の世界』に解消した上で、その『観念の世界』を、具体的に規定された内容のある叡智界として完成させる。第2部では、『観念の世界』と対立する『現実の世界』が厳然としてあることを(改めて)確認した上で、思惟(「観念の世界」)=存在(「現実の世界」)という宥和が実現される」という見解を提示しました。

 これに対して、別のメンバーが「確かに2部にわかれる点は共通しているが、それは偶然ではないのか。偶然ではないとすれば、そこにどんな必然性があるのか」という疑問を提示しました。

 この問題については、まずそもそもヘーゲルの哲学史の2部構成とはどういう段階からどういう段階へと発展したのかを検討しました。これについては、ヘーゲルの哲学史においては、現実の世界と観念の世界の2つを重ね合わせるということが大きな課題となっていたわけですが、その重ね合わせ方の違いなのではないかという見解が出されました。つまり、新プラトン派までは表象レベルであったのに対して、近代哲学においてはこれが概念レベルで行われるようになったということでした。

 疑問を出したメンバーはこの見解に対して、「なぜそのような発展がなされるのか、そこに2部構成になる必然性はあるのか」とさらなる疑問を提示しました。これについては、やはり生命の歴史と同じように環境の変化が関わっているのではないかという見解が出されました。生命の歴史では海のような(相対的に)安定した環境から、陸のような(相対的に)変化の激しい環境へと移り変わっています。ヘーゲルの哲学史においても、海(地中海)の近くの限られた世界から、ヨーロッパ内陸を中心としたヨーロッパ世界全土という環境の変化が存在するのではないかということでした。ただし、ヘーゲルは環境との相互浸透が説けていないから、ヘーゲル自身は2部構成になる必然性は見えていないのではないかということでした。この見解には全員が納得しました。

 また、メンバーの一人は生命の歴史において、哺乳類が四足哺乳類からサルへ、さらにヒトへと発展していることと、ヘーゲルの哲学史においてドイツ観念論がカントからフィヒテ、シェリングを経てヘーゲルへと発展していることが非常に似ているという見解を出しました。つまり、発展の終末局面において、急激な発展をしていくという点は共通しているのではないかということでした。これについて、別のメンバーは、確かに発展が進むにつれて複雑な構造をもつようになると、外界との相互浸透もより複雑になって加速度的に発展が進むということが言えそうだと発言しました。

 一応、以上のような結論に至って、この論点についての議論を終えました。
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2016年12月28日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(7/10)

(7)論点1 ヘーゲルの哲学史とはどのようなものか

 前回は、今回扱った内容を再度まとめ直した後、例会で扱った3つの論点を紹介しました。

 今回からは、それぞれの論点に対してどのような討論がなされ、どのような(一応の)結論が出されたのかのプロセスを紹介していきます。

 まずはヘーゲル『哲学史』全体に関わる論点です。以下に再掲します。

【論点再掲】
 ヘーゲルの哲学史は、何を目指した過程と言えるか。その過程において、「結語」に示している8つの段階は、どのような役割を担う段階として位置づけられているか。


(注)ヘーゲルは哲学史を大きく8つの段階に区分しています。
@与えられた対象から出発してそれを理念に転化した「ある」(存在)の段階
A抽象的思考であるヌースが全体を貫く実在として知られるようになるイデアの段階(プラトン)
B概念的思考が宇宙のすべての形態に精神をふきこむ段階(アリストテレス)
C概念が主観としてあらわれ、主客の抽象的な分離が生じる段階(ストア派から懐疑主義)
Dすべての実在のうちに理念を見るが、その理念が自己を知らない段階(新プラトン主義)
(近代の課題:理念を精神として、自己を知る理念として、とらえること)
E自己意識が自分が意識であると考える段階(デカルトからライプニッツ)
F自己意識が他とも否定的な関係を結ぶ段階(フィヒテ)
G自己意識が純粋な思考と存在を一体化したものとして認識する知的直観の段階

 この論点については、まずヘーゲルの哲学史が何を目指した過程と言えるかを確認しました。これについては、おおむね同じような見解が出されました。つまり、この全世界が自己自身の展開なのだという把握こそ「世界=自己」という意識をもつこと、自らが絶対精神であると自覚するということであり、ヘーゲルの哲学史はこの過程を描いたのだということです。それは世界全体を論理的に把握することであり、吉本隆明流に言えば、学問の世界と実体の世界が重なり合うレベルで一致するということであるということです。ここで一人のメンバーから、ヘーゲルの言う「自由とはどういうものかを確認しておいた方がいいのではないか」という意見が出されました。そこで、チューターの方から「自由とは、自分に由るということであり、すべては自分から生まれてきているということである」と解説しました。また、別のメンバーは「自由とは他に依存しないということであり、他のものがないということ、つまり、すべては自分自身なのだということである」と解説しました。つまり、「世界=自己」という把握をすることが直接に自由なのだということです。

 この過程を@〜DとE〜Gという2つにわけている点はみな共通していました。メンバーの一人は「@〜Dは、絶対精神があくまでの自己の視点から世界を眺めていた段階であり、E以降は神的な視点から、自己(意識)と物質世界を対象化しうる視点から、精神と物質を眺めてその統一を目指した段階だ」という見解を提示しました。これについて、別のメンバーから、「言いたいことはわかるけれども、ヘーゲルにおいてはすべては絶対精神なのであり、神的な立場の神というのも絶対精神なのであり、この神的な視点というのも絶対精神としての自己の視点なのではないか。そういう意味で自己の視点と神的な視点という形で対比した表現はあまり適切ではないと思う」という見解が出されました。そして、「あえて言えば、個別的人間の視点と神的な視点という対比になるのではないか」ということでした。これについては見解を提示したメンバーも納得しました。

 一方、チューターは「@〜Dを自分自身こそが絶対的実在なのではないかという予見が生まれる段階」「E〜Gは自らが絶対的実在であること(絶対精神であること)を確信する過程」という見解を出し、別のメンバーは「人間と神とは同じものであるという啓示が、イエス・キリストの降誕と受難によって与えられるが、これはイエス・キリストという特殊な人間についてのものと捉えられ、人間一般というレベルではまだ把握されなかった」という見解を出していました。両者の関係について、チューターは前者を詳しくしたものが後者だと整理していたのですが、それに対して異論が出されました。つまり、チューターの見解では予見から確信へということでいわば濃淡の違いであるのに対して、もう一人のメンバーの見解では個別から普遍という違いになっており、両者は異なっているということでした。これについてはチューターも納得しました。さらにどちらの見解の方が妥当かという点については、やはりイエス個人が神(絶対精神)だと捉えられていたものが、人間一般に拡大したのだと捉える方が妥当だろうということになりました。

 その上でチューターは、最初に出されていた見解(自己の視点から神的な立場の視点へ)という見解と、この見解(個別から普遍へ)との関係はどうなるのかと問題提起し、次のように解説しました。最初は自分の立場にしか立てていないわけですから、目の前のイエスが神だということしかわかりません。しかし、やがて神的な立場(第三者の立場)に立てるようになると、自分も含めて、人間一般が神(絶対精神)であることがわかったということです。この整理については、他のメンバーも納得しました。

 続いて、各段階の意義について具体的に見ていきました。まず@については、世界の本質が探究されるようになった段階ということで見解が共通していました。しかし、吉本隆明のいう「実体の世界」と「学問の世界」という観点から、あるメンバーは「『学問の世界』を描いたはじめと言えるだろう」としているのに対して、別のメンバーは「『現実の世界』をあるがままに眺め、『現実の世界』のなかに絶対的な本質を見い出そうとするものであった」としており、この段階では「学問の世界」はまだ誕生してきていないという見解を出していました。この点について議論を重ねた結果、結論としては次のようになりました。当初はこの「実体の世界」も「学問の世界」も混然一体として存在していたのであり、それが@の段階だということです。エレア派が「すべては一だ」と唱えたあたりから少しずつ「学問の世界」の姿が見え始めてきたが、明確に「実体の世界」から分離したのはアナクサゴラスやプラトンの段階であろうということになりました。このように未分化なものが分化するということは発展の一般的なあり方だと言えるだろうということでした。

 次のAについては、ほぼ共通した見解が出されていました。つまり、この世界の本質が物質的な現実の世界とは別のところ(精神的な存在)に見出さなければならないことが明らかになってきたということです。アナクサゴラスのヌースやプラトンのイデアがそれですが、ただしこの段階では学問の世界と実体の世界が並びたてられるだけで、両者のつながりが明確になっていなかったのでした。

 この課題を克服しようとしたのがBのアリストテレスだという点も共通していました。ここで、チューターは「イデアから現実の世界が生まれ、その現実の世界がイデアに引っ張られるような形で運動すると説いた」という見解を出していましたが、これについて「イデアに引っ張られるというのはいいとしても、イデアから現実の世界が生まれるということをアリストテレスは説いていたのか」という疑問が出されました。また「この見解だと円環運動のイメージになるが、アリストテレスは一直線というイメージだったように思う」という意見も出されました。これについて別のメンバーが「神から現実の世界が生まれるとは言っているようなので、その神をイデアだと捉えればこういう解釈も成り立ちうるだろうが、まだアリストテレスの段階ではこのように筋の通った把握はなされていなかったのではないか」と発言しました。チューターはこれらの意見に同意し、アリストテレスは学問の世界と実体の世界を重ね合わせようとしていたのだということを確認しました。このアリストテレスの限界について、別のメンバーは、「この能動的ヌースというのは、『現実の世界』の具体的な内容とは別個の主体(能動的ヌースにとって、具体的な内容は外から与えられるもの)と捉えられていたし、具体的な個人の意識とも重ねられていなかった」と指摘していましたが、これは全員が納得しました。

 Cについては、「表象レベルで一致することをもって満足するストア派とエピクロス派に対して、そもそも両者は一致などしないのだ、真理なんてものはないのだとする懐疑主義」という見解と、「エピクロス派やストア派は、表象レベルの認識において『現実の世界』と『観念の世界』の一致を見いだして満足しようとしたが、最終的に、スケプシス主義〔懐疑主義〕において、具体的な個人の自己意識から独立した客観的な世界そのものが否定されてしまう」という見解が出されましたが、両者はほぼ共通しており、要するに「現実の世界」と「観念の世界」をどのような形で一致させるか(真理とは何か)が問題とされたものの、結局、真理など存在しないのだとして、「現実の世界」が廃棄されてしまったということを確認しました。

 Dについても各自が見解を出しましたが、あるメンバーが出した「自己の内部にある抽象的で無内容な主観的世界を、具体的に規定された世界―叡智的世界―として構成しなおそうとした。そのために、世界の全ては一者(=神)からの流出なのであり、あらゆる存在は精神的なものであるとされた」という見解がすべてを包摂しているだろうということになりました。新プラトン派は、「太陽が全世界を覆っている」というような表象レベルで観念の世界を説いたのだということでした。

 これについて、あるメンバーから疑問が出されました。新プラトン派が表象レベルで説明したということと、ストア派やエピクロス派が表象を真理の基準だとしたこととは何が違うのかということでした。これについて、別のメンバーは、そもそも表象ということが出てくる根源が違うと発言しました。ストア派やエピクロス派では、「現実の世界」と「観念の世界」の一致をどこに見出すかという問題意識の中で表象こそその一致の具体的なあり方だと主張したのあるが、新プラトン派では、そもそも「現実の世界」は否定されてしまって、観念の世界を抽象的無内容とせず具体性をもったものとして説こうとする中で表象レベルの説明が出てきている、ということでした。これについては疑問を出したメンバーも納得しました。ただ、このギリシャ哲学のレベルは全体としてみれば表象レベルだったということが言えるのではないかと発言しました。これについては他のメンバーも同意しました。

 続いて、Eについては、「近代に至って、具体的な理念として捉えられた世界の全体(新プラトン派で打ち立てられた叡智界)を、具体的な個人としての意識から、自分自身のものとして捉えていこうとする。具体的な意識とは別個のものとして広がっている叡智界(=「観念の世界」)、および、具体的な個人の眼前に広がっている自然(=「現実の世界」)の両方を、自分自身の意識のなかに取り戻そうとするのである」「それ以前は主観と客観という形で分けていたものを、それらを対象化して精神と物質という世界の二大存在として眺めうる神的視点に立てるようになった」などの見解が出されましたが、これらはほぼ同様の見解であることを確認しました。また、その近代の哲学の出発点であるデカルトについて、「自己を思考する自己意識こそが絶対的な実在だと考えた」「人間は精神であるという自覚は、まずデカルトにおいて芽生えた」という見解が出されましたが、これも妥当だろうということを確認しました。

 この自己意識からすべてを説こうとしたのがFのフィヒテの段階であり、それが果たされ、当初掲げた自由が実現するのがGの段階であるという点もほぼ共通した見解でした。

 こうして各段階についての確認を行ってきたわけですが、全体としてこれまでの議論で出てきた見解を整理するにとどまっており、ヘーゲルが実際に書いている言葉から遊離してしまった感があった点についての反省がなされました。ただ、実際問題として、ヘーゲルの文言に忠実に沿って検討していくのはかなり難しいものがあっただろうという見解も出されました。またいずれ我々が哲学史を書くときには、再度ヘーゲル『哲学史』を読み返していくことにしようという意見も出されました。

 以上で論点1についての議論を終了しました。
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2016年12月27日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(6/10)

(6)改めての要約と論点の提示

 ここまで、ヘーゲル『哲学史』全体の要約を紹介しました。ここで改めて重要なポイントについてふり返っておきたいと思います。

 そもそも哲学とは、ヘーゲルによれば「普遍的内容として、あらゆる存在であるような思想である」ということでした。そしてその哲学の始まりは古代ギリシャにあり、哲学史は、思想を理念にまで発展させたギリシャ哲学と、思想を精神として把捉したゲルマン哲学という大きく2つに区分できるということでした。

 古代ギリシャ第1期において、世界の本質(絶対的実在)が探究されるようになったのでした。当初は水や空気など現実の物質的な世界に存在するものがその本質だと考えられていましたが、徐々に現実の物質的な世界とは別のところに本質は存在するのではないかと考えられるようになり、精神的なものがこの世界を動かしているのではないかと主張されるようになったのでした。プラトンのイデアはその精神的なものを捉えたものだったのですが、そこには主体性の原理が欠けており、物質的なものと精神的なものが並び立っている状態だったのでした。それを克服しようとしたのがアリストテレスであり、ここで古代ギリシャ第1期は終了することとなります。

 古代ギリシャ第2期は、独断論と懐疑論の時代です。ここでは真理とは何かが問われ、それに対して諸々の解答を与えたのですが、結局、全ての外的な存在、特定の内容や固定観念や真理が否定されたのでした。

 続く古代ギリシャ第3期は、新プラトン派です。新プラトン派において、絶対的な実在は自己意識と無縁のものではなく、自己意識と直接に関わらないような実在は存在しない、という理念ないし原理が世界精神の一般原理となったのでした。そして、この新プラトン派において、自己意識が絶対的実在であり、絶対的実在が自己意識であるという知が生まれたのですが、この自己意識はひとりの人間(イエス)という生身の存在でしかなかったのでした。

 ここからギリシャ哲学とゲルマン哲学の過渡期にあたる中世の哲学に入ります。中世のスコラ哲学では、真理は現実の土台をなしておらず、生活の全般が2つの部分に分裂し、精神の国と世俗の国が対立していたのでしたが、やがて教会が世俗化していくとともに、世俗の権力そのものも精神化されて、学問は目の前の材料を扱うようになり、世俗的なものがそれなりに価値を認められ、主観的自由に基づいて捉えることができると見なされるようになったのでした。

 こうして近代の哲学の幕開けとなります。デカルトを出発点として、理性を自立的な出発点とし、自己意識が真理の本質的契機であることを自覚している哲学がスタートすることとなったのです。そこでは存在と思惟の統一ということが大きな課題となり、これに応えようとして諸々の哲学が生まれてきたのであり、その最終段階としてドイツ哲学(ドイツ観念論)が位置づけられています。カントにおいて物自体と自我という対立が明確になり、フィヒテは自我一元論を唱えようとしたものの克服することはできなかったのでした。この流れを受け継いだシェリングは、「理性は主観と客観との絶対的無差別である」という命題を知的直観によって示したものの、それを証明することはできなかったのだということでした。

 2016年12月例会の場では、おおよそ以上のような内容に関わっての報告を受けて、参加したメンバーから諸々の意見・論点が提起され、議論がたたかわされました。これから、その内容を大きく3つの論点に沿って整理した上で、紹介していくことにします。今回はその3つの論点を紹介し、次回以降、討論の具体的な内容を紹介していくことにします。

論点1 ヘーゲルの哲学史とはどのようなものか
 ヘーゲルの哲学史は、何を目指した過程と言えるか。その過程において、「結語」に示している8つの段階は、どのような役割を担う段階として位置づけられているか。

論点2 生命の歴史とはどのようなものか
 生命の歴史は、結局、何を目指した過程と言えるか。その過程において、単細胞段階、カイメン段階、クラゲ段階、魚類段階、両生類段階、哺乳類段階(哺乳類→サル→ヒト)は、どのような役割を担う段階として位置づけられているか。それにヘーゲルの哲学史を対応させると、どのようなことが言えるか。

論点3 唯物論の立場から哲学史を説く目的と方法とは何か。
 観念論の立場から説く哲学史と唯物論の立場から説く哲学史は何が同じで何が異なるのか。とりわけ哲学と社会の関係について、両者の立場の捉え方はどのように異なるのか。唯物論の立場から哲学史を説く必要性は何か。唯物論の立場から哲学史を説くために必要な作業は何か。

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2016年12月26日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(5/10)

(5)ヘーゲル『哲学史』要約C 近代の哲学

 前回はギリシャ哲学第2期、第3期、および中世の哲学の部分の要約を紹介しました。古代ギリシャ第2期において真理とは何かが問われ、全ての外的な存在、特定の内容や固定観念や真理が否定されたのでした。そして第3期の新プラトン派において、絶対的な実在は自己意識と無縁のものではなく、自己意識と直接に関わらないような実在は存在しない、という理念ないし原理が世界精神の一般原理となったのでした。
 中世のスコラ哲学では、真理は現実の土台をなしておらず、生活の全般が2つの部分に分裂し、精神の国と世俗の国が対立していたのでしたが、やがて教会が世俗化していくとともに、世俗の権力そのものも精神化されて、学問は目の前の材料を扱うようになり、世俗的なものがそれなりに価値を認められ、主観的自由に基づいて捉えることができると見なされるようになったのでした。

 今回はデカルトを出発点として始まる近代の哲学の部分の要約です。
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第3部 近代の哲学

序論

 宗教改革とともに第3期が始まる。人間は自分自身を信頼し、自分の思惟そのものを、自分の知覚を、自分の内と外の感覚的自然を信頼するようになる。近代の哲学は、古代の哲学が到達した原理から、すなわち、現実の自己意識(現実に存在する精神)という立場から出発する。近代の哲学は思惟の世界と存在する宇宙を分離する中世の立場を超えて、この2つの領域を対立するものと捉え、その対立を克服しようとする。したがって、主要な関心事は、対象の真理とは何かを思惟することではなく、前提された客観の意識化にほかならぬ主客の統一過程を思惟することである。統一を概念的に捉えるには2つの道がある。ひとつは経験を土台とする方向、もうひとつは内面的な思考から出発する方向である。だから、対立の解決という点からして、哲学は2つの主要な形式――実在論的な哲学の形式と観念論的な哲学の形式――に分かれる。換言すれば、思考の客観的な内容を知覚から引き出してくる哲学と、思考の自立性から出発して真理へ向かう哲学とに分かれるのである。しかし、この2つの方向はやがて合流するものである。

1、近代哲学の黎明

 精神がその認識内容のうちをあたかも自己の領土内さながらに動いており、その占有した領土が具体的存在として現われて来る。この領土は経験と帰納法を出発点とするベーコンにおいては、有限な自然的な現世的存在として規定され、神(三位一体の汎神論)を出発点とするベーメにおいては、内的な神秘的な、また神的なキリスト教的な存在および生活として規定される。

2、思惟する悟性の時期

 デカルトとともに、新プラトン学派以来はじめて、本格的な哲学が登場する。それは、理性を自立的な出発点とし、自己意識が真理の本質的契機であることを自覚している哲学である。しかし、神の規定、現象する多の世界観はいまだ思惟から必然的に発するものとして示されるには至らず、そこにあるのは、イメージや観察や経験によって与えられる内容についての思惟にすぎない。
 一方には形而上学(抽象的な思惟そのもの)があり、他方に特殊な学問(経験に由来する思惟の内容)がある。思惟に妥当する諸規定は思惟そのものから取り出されるべきだというア・プリオリな思惟と、我々は経験からはじめ、推理し思惟しなければならない、という規定との対立がある。これこそ、合理論と経験論との対立であるが、その対立はとことんまで突き詰められるものではない。というのも、内在的な思惟のみに価値を認める哲学が、思惟の必然性に依拠して首尾一貫した方法的発展の道筋をたどるのではなく、内外の経験からも内容を得てくることがあって、形而上学的側面に経験的な方法が入り混じるからである。

(1)悟性形而上学

 形而上学は実体への傾向にほかならないから、二元論に反対して、ひとつの統一、ひとつの思惟を確立しようとする。しかし、形而上学それ自身の内部には、実体を重んじる立場と個体を重んじる立場との対立がある。第一は、無邪気で無批判な形而上学であり、存在と思惟の統一を立てるデカルトとスピノザである。第二は、経験の形而上学的な理念を考察しつつ対立そのものを扱うロックである。第三にライプニッツの単子に至ってはじめてそれ自身世界観の総体となるのである。

(2)過渡期

 カント哲学に至るまで思惟は凋落の一途を辿る。上述の形而上学に対立して、いわゆる一般的な通俗哲学、すなわち反省的経験論と呼ばれ得るものが台頭する。これまで現れた諸々の矛盾、その作為的な技巧性――神の助力、予定調和、最善の世界、等々――対置されたのは、教養ある人間の胸裏に感じられ直観され崇められたものを内容とした、精神に内在する確固たる根本原理である。これらの具体的な諸原理は、ただ彼岸の神のなかにのみ解決を見出すのとは違って、人が一般に健全なる人間悟性(良識)と呼んできたものから見い出された現世的な宥和であり自立性であり、また合理的に納得のいく拠りどころにほかならない。しかし、生まれながらの知や直接的な感情を標準とする人は、宗教や倫理的事象・法律的事象が人間の胸裏に内容として見出されるときには、これが教養や教育のお陰であり、教養や教育によってはじめてこのような根本命題が自然な感情とされてきたのだという事実に気づかないのである。気づかないままに、このような自然な感情や健全な人間悟性が原理とされているのだから、原理の多くが理にかなったものであるのは当然である。このようなものが、18世紀における哲学である。
 ヒュームは懐疑論者であり、一切の普遍的なるものを否定する。これに対立してスコットランド学派は、普遍的命題や真理を掲げはするが、それはあくまでも思惟によってするのではない。それゆえ、いまや確固たる立場がとられるにしても、それは経験的なものそれ自身のうちに求められることになる。フランス人は現実のなかに普遍的なるものを見出すが、その内容は思惟によって得られるのではなく、生物や自然や物質が原理とされる。

3、最近のドイツ哲学

 カント、フィヒテ、シェリングの哲学こそは、精神が最近のドイツにおいて思想の形式をとって遂行した革命を記録し、かつ表明するものにほかならない。これらの哲学的思索が継起する順序のなかには、同時に思惟そのものがとった進行過程が含まれている。最近のドイツ哲学の課題は、哲学一般の根本理念たる思惟と存在との統一をいまやそれ自体として対象とし、かつこれを概念的に捉える、すなわち、その最深の必然性たる概念を捉えことである。
 全てのものがそれに対して存在すべきものは、つまるところ人間であり自己意識であって、しかもその人間とは全ての人間一般としてのそれにほかならない――こういうことを抽象的な形で意識にのぼらせたのがカント哲学である。それは、自己意識に自体的なものの一切の要素を取り戻すことを要求しながら、しかもこの自体的なものをなお自己と区別することによって、みずからは依然として対立から抜けきれないでいる観念論である。カント哲学は、単純な思惟を自己自身に区別を備えたものと解しはするが、一切の実在がまさにこの区別によって成立することを未だ解するに至らず、自己意識の個別性を克服する術も知らず、理性を描くことには巧みを究めるものの、その描き方は、真理それ自身を再び失うような没思想的な経験的な仕方でしかないのである。カント哲学は、知り得るものは真実体でなくただ現象のみであるというにすぎない。
 カント哲学の欠陥、すなわち全体系に思弁的統一を欠く原因となった没思想的な不整合を止揚したのがフィヒテであった。フィヒテは自我を絶対的原理として掲げ、宇宙の全内容をこの自我(自己自身の直接的確実性)からの所産として叙述しようとした。しかし、彼はこうした概念のみを掲げたのであって、この概念を自己自身からする学の実現へともっていくことはできなかった。
 フィヒテ哲学を越えて最も重大なあるいは哲学的見地からして唯一の意味ある一歩を踏み出したのはシェリングである。シェリングは「理性は主観と客観との絶対的無差別である」という絶対者の命題もしくは定義として表現された絶対的直観をもって始める。しかし、彼にあってそれは、知的直観のみによって証明される直接的真理にとどまった。主観的なものと客観的なものとの同一が真理であるという証明は、各々が独立にその論理的規定において、すなわちその本質的規定において追究されるようにしてのみ行われるべきである。それによって、やがて主観的なものは自らを変じて客観的なものとなり、客観的なものもまたそのままに止まらず、自らは主観的なものとするという結果が生じるに違いない。同じように、有限的なものそのものについて、それが矛盾を内に含み自らを無限なものとすることが示されねばならない。そうしてこそ、有限なものと無限なものとの合一が得られる。
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2016年12月25日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(4/10)

(4)ヘーゲル『哲学史』要約B ギリシャ哲学第2期、第3期、中世の哲学

 前回は、ギリシャ哲学の第1期、タレスからアリストテレスまでの要約を紹介しました。タレスにおいて世界の本質が探究されるようになったのですが、物質的なものの中にはそうした存在はないと気づき、精神的な存在が求められるようになったのでした。それをイデアという形で打ち出したがプラトンでしたが、プラトンにおいては主体性の原理が欠けていたのでした。その限界を克服しようとしたのがアリストテレスだったのでした。

 今回からギリシャ哲学第2期、第3期、および中世の哲学の部分の要約です。

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2、独断論(Dogmatismus)と懐疑論(Skeptizismus)

 ギリシャ哲学の第2期においては、普遍的なものから特殊なものの総体を展開するという思想がまだ存在しないために、普遍的なものを特殊なものに適用することが支配的である。しかし、特殊的なものの真理をひとつの原理にもとづいて認識するという体系化への要求はあり、これが独断主義を生みだした。真理とは思惟と存在の一致だとされるから、それらが一致しているかどうかを判定する規準ないし原理が問われた。しかし、この問いは形式的かつ独断的にしか解決されず、すぐさま懐疑主義による弁証法〔反駁〕が現われる。

3、新プラトン派

 ギリシャ哲学の第3期は、キリスト教と密接に関連する。第2期の終わりでは、自己意識が自分の内面に返り、無限の主観性によって、全ての外的な存在、特定の内容や固定観念や真理が否定された。哲学は、思考する自己意識が自己を絶対者だと自覚する段階にまで到達した。次の段階は、内部に様々な差異を捉えて、真理を叡智界として形成することである。絶対的な実在は自己意識と無縁のものではなく、自己意識と直接に関わらないような実在は存在しない、という理念ないし原理が世界精神の一般原理となる。精神はここからさらに、主観性を抜け出して再び客観的なものへと向う。この客観性は個々の外的対象とか義務ないし個別的道徳といった客観性ではなく、精神と真理のうちにある絶対的な客観性である。それは一方では神への帰還であり、他方では神が人間に現れるという啓示の関係である。自己意識が絶対的実在であり、絶対的実在が自己意識であるという知が、いまや世界精神である。しかし、この知は直観されているだけで、自覚されていない(思想として捉えられていない)。自己意識はひとりの人間(イエス)という生身の存在でしかなく、特定の時代に特定の場所に住んだひとりの人間が絶対的精神なのであって、自己意識の概念が絶対精神となっているわけではない。

第2部 中世の哲学

 第1期の哲学は、異教のうちにあったが、第2期以後はキリスト教世界に位置を占める。キリスト教においては、神とは何かが啓示され、神の本性と人間の本性との一致が意識に明らかになる。新プラトン派には、内的必然性の形式が欠けていたが、三位一体にしか真理がないことが、意識されなければならない。キリスト教の原理を真理として認識するためには、精神の理念の真理が具体的な精神として認識されねばならなかった。

1、アラビアの哲学

 西洋で、これまでローマ帝国の支配していた地域がゲルマン民族の所有に帰し、その征服が確固たる形を整えるに至るころ、東洋ではイスラム教という新たな宗教が現われた。外的な権力支配という点でも、精神の開化という点でも、急速に完成の域に達したイスラム教は、多種多様な芸術と並んで、独自性があるとはいえないにせよ、哲学も大いに花を咲かせた。

2、 スコラ哲学

 スコラ哲学は600年に及び、教父哲学を合わせると1000年になる。キリスト教の内部にあっては、人間のうちに真理と絶対精神の意識が目覚めることが絶対的に要求される。しかし、万人が真理を知るためには、真理は、物事を素朴にイメージする感覚的意識にとって存在する対象として、人間のもとにやってこなければならない。神の本性と人間の本性との一致を直接に意識させるのがキリストその人であった。人間は生まれつき悪であり、自然的なものを乗り越えることではじめて精神となり、真理に到達する。自然態のこの放棄はキリストの苦しみと死、復活と昇天のうちに直観される。キリストの事件は、精神の概念ないし理念そのもので、世界史はいまや、このように直接に真理を知るほどの完成度に達したのである。
 スコラ哲学者は、キリスト教会の教義を形而上学的な根拠の上に打ち建てようとした。その際、教義の根拠と反対根拠が対比され、神学は学問的体系の形で叙述されることになった。12世紀末から13世紀にかけて、西洋の神学者たちはアリストテレスの著作とその注釈書を広く知るようになり、それらの書物が大いに利用され、注釈を施され、議論の対象となった。アリストテレスの論理学によって、明敏な問答法的思考が養われ、分析の形式は極端に精緻化された。なお触れておかなければならないのは、普遍と個別との形而上学的な対立が、何世紀にもわたってスコラ哲学を悩まし、ここから実在論者と唯名論者の論争を生んだことである。
 スコラ派の全体は、分析的思考の支配する全く粗野な哲学であり、現実の素材や内容が欠けている。そこにあるのは形式のみで、空虚な分析的思考が、カテゴリーや分析的概念を根拠もなく結びつけるだけである。真理は現実の土台をなしておらず、生活の全般が2つの部分に分裂し、精神の国と世俗の国が対立する。学問そのものも土台がなく、思考を内面的に統一する内的絆である自我がなかった。

3、学問の復興

 教会が世俗化していくとともに、世俗の権力そのものも精神化されていく。学問は目の前の材料を扱うようになる。時代精神は、こうした転回点に立って観念世界を放棄し、いまや此岸の世界に目を向ける。世俗的なものがそれなりに価値を認められ、主観的自由に基づいて捉えることができると見なされるようになった。精神は集中力を取り戻し、自らの手中にある理性に目を向ける。この再生は芸術と学問の復興となって現われる。精神は真の意味で世界と宥和する。道徳や法を探し求めていた人は、彼岸ではなく、自己の内面と外部の自然に赴く。自然観察において、精神は自然のうちに精神が働いているのを予感する。精神は天国を引き下ろし、宗教的な意味づけを剥ぎ取ることで、有限な現在へ目を向けるのである。精神は、超感覚世界のうちにも、直接の自然のうちにも、自分が現実の自己意識として存在することを発見しよう、認識しようという欲求を感じるに至る。
 精神がこのように自己に目覚めたとき、古代の芸術と学問の掘り起こしが行われる。これは神と対立する人間に関心が向けられ、人間の作品に価値が認められた、ということである。精神の現実そのものに神々しいものが見出されたのである。
 一方で、古代哲学の穏やかな登場と並んで、認識と知と学問への激しく力強い衝動が登場した。この時代には、暴力や破滅をものともせず、思想や心情や現実の状況にのめりこむような個人(カルダーノ、ブルーノなど)が登場したのである。
 大きな曲がり角をなしたのは、ルターの宗教改革である。人間は彼岸から精神の現在へと呼び戻され、大地とその肉体たる人間の徳や共同体、自身の心や良心が価値あるものだとみなされる。認識の面でも人間は、彼岸の権威から解き放たれて、自分自身に返ってくる。理性は完全無欠の普遍性を持つ神のごときものと認識される。いまや宗教的なものが人間の精神のうちに位置付けられ、人間の精神のうちで救済の秩序の全過程が進行していかねばならぬことが認識され、精神の救済は精神自身を主体とする事柄で、精神はかつて救済の秩序の核心をその手に握っていた司祭の仲介なしに、自分の良心と関係し、直接に神と関係するのである。聖霊は人間の心のうちに住み、そのなかにあって人間に働きかけねばならないのである。宗教改革の原理は、精神の内面性、自由性、自己への帰還という点にあった。自由とは他なるものと見えたものが自分自身へと返っていく精神の生命活動である。精神がその本質からして内面的に自由であり、自分自身のもとにある、というのは精神の根本定義である。次に精神が認識へと向かい、精神的な具体性を求めて周囲を見渡し、内容へと足を踏み入れると、精神は自分の所有物を相手としつつあくまでも自分を守り通し、自分の世界を生きようとする。その動きは具体的であり、精神は具体的存在となる。
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2016年12月24日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(3/10)

(3)ヘーゲル『哲学史』要約A ギリシャ哲学第1期

 前回は、ヘーゲル『哲学史』の総論部分の要約を紹介しました。ヘーゲルは「哲学とは、普遍的内容として、あらゆる存在であるような思想である」と規定した上で、特殊諸科学や宗教との違いについて論じていたのでした。また哲学史は、思想を理念にまで発展させたギリシャ哲学と、思想を精神として把捉したゲルマン哲学という大きく2つに区分できると主張していたのでした。

 今回はギリシャ哲学の第1期、タレスからアリストテレスまでの要約です。

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第1部 ギリシャの哲学

 ギリシャ哲学は、3つの主要な時期に区分される。第一はタレスからアリストテレスまで。自然的または感性的形態をもつ全く抽象的な思想から出発し、規定された理念にまで進む。第二はローマの世界におけるギリシャ哲学。具体的な理念が対立の形をとって展開し、一面的な原理が世界観の全体を貫くことになる。第三は新プラトン哲学。対立がひとつの理想世界、思想世界、神的世界のなかに退却する。そこには総体性にまで発展した理念があるが、無限的な対自有としての主観性は欠けている。

1、タレスからアリストテレスまで

(1)タレスからアナクサゴラスまで

 タレスらイオニア派の人々は、根源本質を物質の相(水や空気など)においてみた。これは貧弱な抽象的思想だが、あらゆるもののなかに普遍的実体を把捉したこと、この実体は形態なく感性的表象を伴わないものであるとしたことは功績である。しかし、こうした対象を概念としては示しきれなかった(反省された水や空気は非物質的〔意識の本質〕でもあることを知らなかった)ため、普遍的なものを特殊な形態として表すしかなかったし、運動の原理(絶対者の自己自身への帰還)を探究しきれなかった。
 実在哲学から知性の哲学〔観念の哲学〕への推移の役目をしたのが、ピュタゴラス派である。ピュタゴラス派は、絶対的なものを自然的な形態において立てるのではなく、普遍的で観念的な諸規定たる数一般を原理として掲げた。しかし、それらは全く独断的な方法でのみ確定されたものでしかなく、非弁証法的な静止した諸規定であった。
 自然哲学においては運動が客観的な運動として捉えられ、ピュタゴラス派もまたこれらの概念にほとんど反省を加えることをせず、その本質たる数をただ流動的に使用したにとどまる。ところが、エレア派においては、変化がその抽象の極において無と見られることによって、対象的な運動が主観的なものに移され(意識の側面におかれ)、同時に本質は不動なものとなる。ここに弁証法、即ち概念における思惟の純粋な運動の始まりがある。エレア派の完成者たるゼノンにおいては、単純な思想が単独に自己を主張するのではなく、敵地における闘いを敢行する。しかし、この弁証法の結果は否定的なものであって、対象が矛盾によって空なものになるだけで、肯定的なものはまだ現れてこない。
 主観の運動としてのゼノンの弁証法に対して、ヘラクレイトスは絶対者そのものを弁証法の過程と解し、「有と非有とは同一のものである、すべてのものは有るとともに無い」とした。さらにこの原理の意味を徹底して「万有は流転する」と表現し、さらに「恒常なものはただ一者のみで、この一者から他の全ては形成される」と主張した。この普遍的原理の立ち入った規定は生成にほかならず、運動こそが原理であるとされたのである。
 エレア派は有を立てて非有はないとし、ヘラクレイトスはただ有と非有との転換として生成のみがあるとした。レウキッポスおよびデモクリトスは、両者の各々にそれぞれ固有の位置を与え、肯定的なものとしての原子と否定的なものとしての空虚を立てた。エムペドクレスは、火・風・水・土という4つの自然元素を実在的原理とし、友愛と憎悪を観念的原理としつつ、運動を混合的統一に総合する。
 エムペドクレスの綜合においては、対立はまだ綜合から離れて独立にあったが、アナクサゴラスは、ヌース(理性)こそが世界とあらゆる秩序の原因であるとした。ここでは思想は純粋な、自分自身における自由な過程として、自分自身を規定する普遍的なものとされる。一方でアナクサゴラスは、ヌースに対してホモイオメレー(物質)を立ててしまい、両者を思弁的に統一することができなかった。イオニア出身のアナクサゴラスがアテナイに移り住んだことで、哲学はアテナイに移っていく。

(2)ソフィスト派からソクラテス派まで

 アナクサゴラスのヌースは、全く形式的な、それ自身を規定する働きでしかなく、抽象的、無内容なものであり、一切の存在者と個物をおのが内へ沈み込ませるような絶対的な力(単一な否定者)である。単純な概念を思想として一般に世間的諸対象に当てはめ、その単純な概念をあらゆる人間的な状況に浸透させたのが、ソフィスト派である。絶対的かつ唯一の本質として自覚した概念が、その否定的な力をあらゆる真理、諸法則、諸原則に向け、普通の観念にとって固定したものが思想のなかで融解させられる。ソフィスト派は、自由な思惟的な反省の必然的な歩みによって、現に行われている習俗と宗教への信頼と素朴な信仰をのりこえさせずにはいなかった。他方しかし、思惟のうちにまだどのような確固たる原理も見出されていなかったのであり、無規定のままに残ったところは恣意によってのみ満たされることができた。
 ソクラテスにおいて思惟の主観性はもっと詳しく規定され、もっと突っ込んだ形で意識されるに至った。ソクラテスが意識において展開したところの肯定的なものは、意識から知によってもたらし出されるかぎりでの善にほかならず、イデアと呼ばれる永遠な、客観的に普遍的なものにほかならず、目的であるからこそ同時に善でもあるところの真なるものにほかならない。この点でソクラテスは、人間は万物の尺度という命題に特殊な諸目的を含めたソフィスト派に対立している。しかし、ソクラテスにはまだ、常に目的そのものとして根底に横たわるところの善の発明はなされていない。ソクラテスの善は、アナクサゴラスのヌースほど抽象的ではないが、まだ具体的に展開された形で描き出されてはいないのである。
 ソクラテスの原理が不明確で抽象的であったことから、ソクラテスの哲学の特殊な側面のひとつを完成し固持する形で、種々様々な学派と原理が登場した。こうしたなかで、本質に対する自覚的思惟の関係についての問いが登場する。本質は単純な即自的存在であり、真なるものは思惟された本質である。本質は、生成、原子、ヌース、尺度などといわれている場合、対象的なあり方(対象的なものと思惟との単純な一体性)であるが、知において自己意識は一方に自らを対自的存在として立て、もう一方に存在を立てて、この区別を意識してそこから両者の一体性へと戻りこむ。成果であるこの一体性が知られたものが真なるものである。この時期から、思惟の存在への関係、または普遍的なものの個的なものへの関係が定立され、哲学の対象としての意識の矛盾というものが意識されるようになるのがみられる。

(3)プラトンとアリストテレス

 プラトンは、本質は意識のうちにあるというソクラテスの原理を、絶対的なものは思想のうちにあり、一切の実在性は思想である、という本当の意味でつかんだ。プラトン哲学の特有の使命は、人間のうちなる感性的世界の表象を超感性的世界の意識から区別することである。プラトンのいわゆるイデアとは、絶対的客観的に存在するものとして、本質として、唯一の真実在として理解されるような普遍のことである。人間の精神は、それ自身、本質的なものを内に蔵するのであって、神的なものを知るためにはそれを自己自身から展開し、意識へもたらせねばならない。プラトンは、こうした認識への形成は、単なる学びではなく想起にほかならぬ、といった。これは、個的意識が即自的にその内容を既に所有していたという見方であり、学知の出現を個的なもの、表象と混同するものではあるが、感性的意識を通じて真なるものが与えられるという考え方に反対し、内容はただ思想によってのみ満たされるとしたのは、プラトンの偉大な教説である。内容とは、思惟の働きによってのみつかまれうる普遍的なものであり、絶対的イデアの分化したものである。それによって絶対的イデアは、それ自身の内でひとつの学問的体系に組織化される。この内容は、プラトンにおいて、論理哲学、自然哲学、精神哲学という3つの部分に分かれ始める。プラトンの偉大さは、イデアを立ち入って規定したことである。しかし、プラトンにおいては、被規定性と普遍性(正、美、善、真)とが別のものとされてしまう。規定されたイデアが弁証法的な運動の成果として登場するのではなく、直接に受け入れられた前提として現われるのである。
 プラトンの理念には生き生きとした活動の原理、主体性の原理が欠けていたが、アリストテレスは、理念の諸契機の関係を詳細に捉え、これら諸規定相互の関係を主体的な活動一般として把握しようとする。アリストテレスでは、可能態(デュナミス)は抽象的な普遍的なもの一般であり、現実態(エネルゲイア)つまり形式がはじめて活動であり、実現するものであって、自己を自己と関係づける否定性である。質料はたんに可能性であり、形相がそれに現実性を与えるが、形相も質料ないし可能性なしにはありえない。現実態が具体的な主体性であり、可能性が客観的なものである。また、真に主体的なものは可能態をうちに含み、真に客観的なものは活動性を自己の内に含む。プラトンの場合、肯定的原理である理念(イデア)はたんに抽象的に自己自身と等しいものであったが、アリストテレスの場合、それは否定性の契機(他在、すなわち対立を揚棄するものであり、対立を自己の内に連れもどすもの)である。この否定性は変化としてでも無としてでもなく、区別し規定する働きとして現われるのである。アリストテレスは実在する宇宙の全領域と全側面に深く突きすすみ、それらの豊かさと多様さとを概念的に把捉した。だが、彼の哲学は、概念によって体系化されていく全体ではなく、諸部分は経験的にとり上げられ同列に置き並べられているにすぎない。アリストテレスにとって大事なのは、様々な規定を対立の統一に還元することではなく、むしろ反対にそれぞれのものをそれの規定においてしっかりと捉えることであった。アリストテレス哲学の欠点は、論理の諸形式によって多様な現象が概念にまで高められてはいるが、その後一連の特定された概念がばらばらになっていて、統一つまりそれらを絶対的に合一する概念が表明されていないという点にある。それは後世の人がしなければならない仕事である。なくてはならないのは概念の統一(絶対的な本質)である。それは何よりもまず自己意識と意識との統一として、純粋な思考としてあらわれる。
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2016年12月23日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(2/10)

(2)ヘーゲル『哲学史』要約@ 総論

 前回は、例会の冒頭で提示されたレジュメを紹介し、そのレジュメにかかわった出されたコメントを紹介しました。

 さて今回から4回にわたって、ヘーゲル『哲学史』全体の要約を掲載していきます。今回は、「哲学とは何か」「哲学史とは何か」といった総論部分の要約です。

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哲学史講義

序論

 哲学の歴史を講ずるには、その対象となる哲学を明確に定めておかねばならないが、それはただ暫定的な始点としてであり、本質的には全歴史の論述の結果が哲学の概念となる。思想は自分を生み出すことによってのみ自分を発見し、自分を発見することによってのみ現実的に存在する。この諸々の産出こそ哲学にほかならない。哲学史は、自分自身を発見しようとして立ち向かった思想の2500年の労作なのである。
 
A 哲学史の概念

 哲学の目的は、唯一の真理が全ての他のもの(自然の全法則、生命と意識との全現象)の流れ出る源泉であると認識することである。それゆえ、唯一の真理がただ単純な、空虚な思想ではなく、それ自身において規定された思想であることを認識することが大切である。それ自身において規定された真なるものは、発展しようという衝動をもつ。哲学は、それ自身この発展の認識である。しかも概念的思惟として自身が、この思惟的発展なのである。哲学的理念の発展における進行は、他者になることでなく、むしろ自分のなかに入っていくことであり、自分を自分のなかに深めることである。
 精神の行動は自分を知ろうとする行動である。自分を自分自身に外的なもの〔知る対象〕として定立することによって、精神は自分を定有とする。純粋な哲学は、思惟をエレメントとしながら、時間のなかで進展する実存として立ち現われる。この思惟なるエレメントは、個別的な意識の活動という形をとる。しかし、精神は単に個別的な有限的な意識としてあるのではなく、それ自身において普遍的な、具体的な精神である。精神の思惟的な自己把捉の進展は、個別的意識の形成の沃野を足場にして世界史のなかで自分を演出する普遍精神として現われる。

B 哲学の他の領域に対する関係

 哲学史は、民族と時代の一般的性格、一般的状況の頂点を叙述する。こうした本質的な関連は、2つの側面から考察せねばならない。第一は、関連の本来歴史的な側面であり、第二は、内容〔事柄〕そのものの関連の面、即ち哲学の宗教などとの関連の面である。
 一般に哲学が生ずるためには、民族の精神的文化のある程度の段階が必要である。民族が一般にその具体的生活(最初の自然生活の無頓着な無感覚性)を抜け去り、身分の分離と区別が生じ、民族が没落に近づくとき、精神は、現実的世界に対立して思想の国を形成するために思想の世界に逃避する。哲学は、実在世界の滅亡の宥和(現実における宥和ではなく、観念的世界における宥和)である。哲学の特定の形態は、民族の特定の形態とときを同じくする。哲学は民族の精神的文化の多様な側面のひとつの形式であり、最高の花である。哲学は内容上その時代を超越しないにしても、形式上は超越する。哲学は、その時代の実体的精神であるものの思惟として、また知識として、実体的精神を自分の対象とするものだからである。
 認識と思惟とは哲学のエレメントであるとともに、特殊諸科学のエレメントでもある。しかし特殊諸科学の諸対象は、まず有限的対象であり、また現象である点で、哲学とは異なる。全く普遍的な対象を内容とする点では、哲学は芸術と、特に宗教と一致する。しかし、芸術や宗教は、最高の理念を感覚的な、直観的な、表象的な意識によって捉えるものである。即且対自的に〔絶対的に〕普遍的な内容がはじめて哲学に所属するようになるための形式は思惟の形式であり、普遍的なものそのものの形式である。哲学は本質を認識するものだという場合、本質とはあるものそのものの本質であって、そのあるものに外面的なものでないということが大事である。私の精神の本質は、私の精神そのもののなかにあるのであって、その外にはない。個人的精神においては、この本質的なもの〔神的精神〕の現象にすぎないところの、非常にたくさんの実存がある。しかし外面的な実存に囲繞された個体的なものは、この本質とは区別されねばならない。宗教もまた、この本質について知ろうとする態度ではある。しかし、宗教が想像の所産としてであれ、歴史的存在としてであれ、意識の対象として表象するものを、哲学は思惟し、概念するのである。この両形式は互いに差異するものであり、またそれゆえに対立するものとなり、さらに矛盾するものとなりうる。宗教は哲学と共通の内容をもつが、形式だけがちがっている。概念の形式が宗教の内容を把捉しうるところまで完成することが大切である。哲学が宗教に打ち勝つのではなく、それと宥和せねばならない。宗教は表象を元にするものであり、哲学(概念とか普遍的な思惟諸規定)を理解することはできないが、哲学はこの内容の概念的思惟として、宗教を理解することができる点において優っている。
 我々は哲学の概念を「哲学とは、普遍的内容として、あらゆる存在であるような思想である」と定義した。哲学の本来の始まりは、自由な思想が単に絶対者を思惟し、絶対者の理念を把捉するところにおかれねばならない。この哲学の始元は同時にある民族の具体的形態である。政治的自由と思想の自由との一般的関連のために、哲学はただ自由な憲政が敷かれるところにのみ歴史に現われる。精神が哲学を始めるには、精神はその自然的意欲と素材への沈没の状態とから離脱しなければならなかった。東洋にあっては思惟がまだ自立的に自由でないために、意志もまだ普遍的なものとして捉えられていない。精神は東洋から昇り始めるとはいえ、そこでは主観は人格としてはなく、客観的な実体的なもののなかに没入しているから、如何なる哲学的認識もありえない。自己意識の自由はギリシャ民族において初めて現われる。だから哲学はギリシャに始まる。

C 哲学史の区分

 一般的には、哲学史は元来、ギリシャ哲学とゲルマン哲学とのただ2つの時期に区別すべきである。ギリシャの世界は思想を理念にまで発展させた。これに対してキリスト教的ゲルマン世界は、思想を精神として把捉した。
 第1期における発展は、無規定的で直接的な普遍者、神、存在という実体的規定が、深く自分に入り込んで自分を意識していくことである。第二の段階は、このように展開された諸規定が、主観性の面において、観念的な具体的統一へと総合されることである。思惟が自分を把捉して、その思惟的活動性が根底となるところの主観的全体性が始まる(アナクサゴラスのヌース、より深くはソクラテス)。第三の段階は、この最初の抽象的な全体性が、活動的、規定的、区別的な諸規定によって実現されることで、自分自身をハッキリ区別された規定として打ち立てることである。ここに、区別の両者(例えば、ストア派とエピクロス派)の各々が全体性の体系に高められるという現象が生ずる。第四の段階は、理念の統一である(フィロン、プロティノス)。そこでは、これら全ての区別が全体性としてあると同時に概念の唯一の具体的統一のなかに消される。こうしてギリシャの世界は、アレクサンドリアの哲学(新プラトン派)において理念まで達し、その役割を終えた。
 ギリシャ哲学の終結は思想と至福の完全な王国であるが、この世界には概念の本質的契機である個別性そのものが欠けているため、非現実的なものにとどまっている。これが現実的なものになるためには、理念の両側面〔普遍と個別〕の同一性のなかで、自立的な全体性がさらに否定的なものとして定立されることが必要であった。精神が自分にとって対象であるもの(精神自身)を全体性として知るととともに、精神それ自身が全体性である場合、精神は真に精神としてある――この原理はキリスト教世界において出現した。この意味で近代の原理においては、主観はそれ自身で自由となり、人間は人間として自由になる。人間が精神であること、また神が精神であることが知られる。精神は自分を2つに分化するが、この区分を直ちに止揚し、区別のなかで自立的に、また自分の許にあることになる。世界の事業は一般に、自分をこの精神と宥和し、そこで自分を認識することであるが、この事業こそゲルマン世界に委ねられているのである。宗教はこの原理の直観であり、信仰である。キリスト教のなかに興った哲学の根底には、2つの全体性、実体の二重化〔主観的理念と実体的な具体的理念〕がある。この原理の発展と完成(この原理が思想の意識となって来ること)が、近代哲学の課題である。この両側面の対立を最も一般的な意味にとれば、思惟と存在、個性と実体性との対立であり、ここでは主観の自由は主観そのもののなかで再び必然性に対立することになる。またそれは主観と客観との対立であり、精神が有限的なものとして自然に対立しているかぎり、精神と自然との対立である。
 ギリシャの哲学は、まだ存在と思惟との対立を考慮に入れず、思惟はまた存在でもあるという無意識的な前提から出発するのだから、単純である。近代においては相対立する両側面はともに全体性としてたがいに根本的に関係しあうものとされる。この2つの対立は理性と信仰との対立という形式をとる。哲学史の出発点は、神が直接的な、まだ発展しない普遍者と解されるところにあり、哲学史の目標は、あの2500年の、そのかぎり緩慢な世界精神の労力によって絶対者を精神として把捉することであり、その目標は我々の時代にあるのである。
 結局、ギリシャ哲学とゲルマン哲学という2つの哲学があるのだが、後者はさらに、哲学が本格的に哲学として現われた時代と、近代に対する形成、準備の時期とが区別されねばならない。だから哲学史は、ギリシャ哲学(思想がその根本規定をなす)、中世哲学(本質と形式的反省との対立に分かれる)、近代哲学(概念を根底にもつ)の3期に分けられる。
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2016年12月22日

2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ(1/10)

<目次>
(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)ヘーゲル『哲学史』要約@ 総論
(3)ヘーゲル『哲学史』要約A ギリシャ哲学第1期
(4)ヘーゲル『哲学史』要約B ギリシャ哲学第2期、第3期、中世の哲学
(5)ヘーゲル『哲学史』要約C 近代の哲学
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1 ヘーゲルの哲学史とはどのようなものか
(8)論点2 生命の歴史とはどのようなものか
(9)論点3 唯物論の立場から哲学史を説く目的と方法とは何か。
(10)参加者の感想の紹介

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(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は、昨年および今年の2年間を費やして、ヘーゲル『哲学史』の学びに取り組んでいます。3年前のヘーゲル『歴史哲学』、一昨年のシュヴェーグラー『西洋哲学史』の学びを踏まえて、この『哲学史』を通読することにより、ヘーゲルが描く哲学史の流れを理解することはもちろんのこと、それを唯物論的に捉え返すことで唯物論哲学の創出に向けた一歩を確実に進めていくことを課題としています。

 12月例会では、これまで読んできた『哲学史』全体を振り返りました。今回の例会報告では、まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと、扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し、ついで、参加者から提起された論点について、どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に、この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず、報告担当者から提示されたレジュメ、およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。

ヘーゲル『哲学史』全体のまとめ

【1】ヘーゲルの説く哲学史とは
 ヘーゲルによれば、世界の全ての事物・事象は絶対精神のそれなりの現れだということになり、当然、哲学の歴史に関しても、絶対精神が自己を展開していく過程の一部として、筋を通して把握されるべきものだということになる。

 もう少し具体的にいえば、一度自然に外化した絶対精神は、古代ギリシャにおいて自然から分離し、再び精神的な存在となったのである。この精神に復帰した絶対精神は、対象的世界のあり方を眺めつつ、その中に世界の本質(原理)を見出そうとした(パルメニデスの存在)。しかし、世界の本質(原理)というものは、感性的で物質的に把握できるものではないということがそれとなく分かってきて、物質的な世界の背後に潜む何かが想定されたのである(プラトンの普遍者)。さらにその何かは、物質的なあり方との統一として把握された(アリストテレスの概念)。

 このころまでは、世界の本質(原理)は物質的なものではない何かというくらいの把握であったが、それが人間自らの主観としての概念、表象レベルで対象を把握した概念として徐々に把握されてきた(ストア学派、エピクロス学派、懐疑派の主観)。さらに、その主観としての概念以外に実在などというものは存在しないのだという形で世界の本質(原理)が把握されるようになっていった(新プラトン学派の具体的理念)。

 ここまでは、世界の本質(原理)が明確に自分自身を知る理念だというようには捉えられていないのだが、近代になると、世界の本質(原理)を自分自身を思惟する自己意識として認識するようになっていく(デカルトの純粋思惟)。そうして、思惟と存在とが対立させられるとともに同一のものだという把握が試みられるようになっていき(スピノザの神)、思惟の主観性が止揚されていく(ライプニッツの表象する単子)。

 次に、自己意識が他者に対する否定的関係においても対自的である(カントの思惟の批判)として、世界の本質(原理)が自我として表明される(フィヒテの自我)。さらに実体が自己内において認識と同一であるという把握がなされ(シェリングの知的直観)、最終的には世界の本質(原理)が絶対精神であるというヘーゲルの把握に至るのである。

【2】生命の歴史とは
 生命の歴史とは、端的にいえば、地球環境から相対的に独立した代謝という運動が、あたかも自由を目指して発展していくかのように展開していく過程であるといえる。唯物論的にいえば、地球環境とそこから分離した生命との相互浸透の発展過程の論理を説いたものが生命の歴史ということになる。具体的には以下である。

 まず、代謝運動が明確に地球環境から区別される(細胞膜の誕生)ことによって、地球環境の変化に影響されながらも影響を受けない(自己を維持できる)という構造が創られる(単細胞段階)。次に、自らが生みだした水に流されないとともに逆らわないという運動(固着)が発展していく(カイメン段階)。この運動をさらに全身運動にまで発展させることで、より量を増した水中での浮遊運動が可能となっていく(クラゲ段階)。さらに、水量の増加が海流と呼べるほどのものを創出したことに対応し、激流の中を泳ぎ切ることが可能な運動器官(柔軟性と硬質性との統一)、それらに適切に栄養を与えることができる代謝器官、さらに両者を統一して生命体を維持する統括器官が分化していく(魚類段階)。

 生命は、この段階までに水中での完成形態となるのであるが、さらに増していった水量によって地球表面が覆いつくされていくと、内にこもった熱を発散させるべく、地震や火山の爆発が頻発し、海であったところが陸となり、陸が海となるなどする中で、生命が陸上に進出していくことになっていくのである。

 水中での自由自在な動きを陸上にも適用すべく、必死で訓練する時期(両生類段階)を経て、陸上での自由自在な運動形態を勝ち得るようになっていく(哺乳類段階)。さらに、燃え盛る大地を必死で逃げ回る中で、動物と共に上陸していた草本レベルの植物に登っては落ち、登っては落ちし続けることで、植物が木本レベルの大樹に発展していくとともに、動物も樹に自由自在に上り下りできる運動器官、代謝器官、統括器官を創っていくことになる(哺乳類段階中のサルの段階)。

 さらに樹上での生活が生命のエサ(食)を変化させ、統括器官たる脳細胞をいわば内から揺さぶっていくとともに、自身の乗っている枝も対象も揺れていることによる脳細胞への物理的な揺さぶりが加わることで、感覚器官による全き反映像ではない、いわゆるもどき像が形成されていくことになり、ここを大本として、やがては目的像を意図的に描いて地球環境へ働きかけること(労働)によって自らの自由を獲得できる段階に到達したのである(哺乳類中の人間の段階)。

【3】唯物論の立場から説く哲学史とは
 ヘーゲルの説く哲学史を概観し、そこに生命の歴史の流れを重ねてみると、生命の歴史において決定的な役割を果たした地球環境に当たるものが、ヘーゲルの哲学史では何なのか、ハッキリしないことがまず指摘されよう。生命は地球環境とつながりながら、地球環境の変化に対応すべく、自らを変化させていくとともに、そのことによってまた地球環境を変化させていくという相互浸透の過程において発展してきたのである。しかしヘーゲルの説く哲学史においては、もともとあるとされる絶対精神が自ら完成していく過程が描かれているのみで、発展の契機に触れられていない。そもそも絶対精神は、一度自然に外化し、再び精神に復帰することで、全てが自分自身だという把握を深めていって完成する、そういうものだ! とされているからである。唯物論の立場に立てば、確かに哲学史は人間の精神の発展史であることは間違いなのだが、その精神なるものが如何なる自然的・社会的外界を反映することによって発展していったのかという相互浸透の過程を見逃すわけにはいかないだろう。生命と地球環境との相互浸透が生命の歴史を形作っていったように、人間の精神と自然的・社会的外界との相互浸透が哲学の歴史を創っていったのだという観点が、唯物論の立場から哲学史を説く場合には必須になってくる。簡単にいえば、人類はいかなる問題にぶつかり、それを如何に解決しようとしてきたのかという流れを押さえておく必要があるのである。

 とはいえ、ヘーゲルが観念論の立場から説いた哲学史が、唯物論の立場から説く哲学史にとって何の関係もない、何の意味もないものかというと、そうでは決してないだろう。ヘーゲルの哲学史が、哲学の発展の必然性を完全に説き切れたとはいえないにしても、世界の全ての事物・事象に一定の筋を通すべく、絶対精神の自己運動という形で哲学史を説いたことは、観念論の立場からすれば哲学の完成まであと一歩と評価することができるものである。問題は、我々が唯物論の立場から、観念的な自己分裂としてヘーゲル哲学史を捉えておいて、そこから現実の自己に復帰することが必要だということである。精神の論理に反映された物質の論理を捉え返す必要があるといえるかもしれないし、より比喩的にいえば、魚類が水中で獲得した実力を人間が陸上という別世界で完成させて自由を獲得したように、ヘーゲルが観念論の世界で獲得した実力を、我々が唯物論の世界で完成させ、学問による真の自由を実現していく必要があるともいえるかもしれない。


 このレジュメに対して、大筋ではよいものの、細かい部分を見ていくとひっかかる表現があるということで、2点指摘がなされました。

 1つは、「地球環境の変化に影響されながらも影響を受けない(自己を維持できる)という構造が創られる(単細胞段階)」という部分に関わってです。影響されながらも影響を受けないとあるが、影響は受けるのではないか。そもそも『いのちの歴史の物語』では、こうした表現は使われていなかったのではないか、ということでした。そこで確認してみると、「地球そのものと区切られるとともに、それでも地球とつながって」(p.96)という表現が使われていました。影響を受けた結果、このような構造ができたと捉えた方が正確であろうし、また『いのちの歴史の物語』でこの表現が使われている以上、現時点ではそれをなぞる方がよいのではないかということでした。

 もう1つは、「草本レベルの植物に登っては落ち、登っては落ちし続けることで、植物が木本レベルの大樹に発展していくとともに、動物も樹に自由自在に上り下りできる運動器官、代謝器官、統括器官を創っていくことになる(哺乳類段階中のサルの段階)」という部分で、「登っては落ち、登っては落ち」という表現がひっかかるということでした。これだと、登ってスッテンコロリンと落ちるイメージが描かれるのだが、そうではないのではないかということでした。実際に、『いのちの歴史の物語』で確認してみると、「むりやり登りかけては降り、登りかけては降りする過程」(p.196)と書かれていました。これだと登ろうとしたけど登れなかったというイメージも含まれるが、「登っては落ち、登っては落ち」ではそういうイメージが抜け落ちてしまうのではないかということでした。

 もちろんレジュメの表現が絶対的に間違っているというわけではないものの、自分の描いているイメージを相手に正確に伝えるためにはどういう言語表現がいいのかという観点で言えば、『いのちの歴史の物語』で使われているものをそのまま使う方がよいのではないかということでした。これについてはレジュメ報告者も納得しました。
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 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
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 ・一会員による『学城』第11号の感想
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 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
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 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
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 ・一年間の育児を振り返る
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 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
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 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
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 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
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 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
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 ・2年間の育児を振り返る
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 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
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 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
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 ・ケネー『経済表』を読む
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 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
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 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
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 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
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 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
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 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
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 ・一会員による『学城』第4号の感想
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 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
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 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する