2016年10月24日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(13/13)

(13)科学的な言語学体系の創出を目指して

 前回は、改めて本稿の内容を振り返った上で、三浦の言語理論の歴史的意義(*)について考察しました。端的には、弁証法を駆使して、言語における矛盾の構造を解き明かしたのだということでした。

 ここで、連載第1回に取り上げたレスリングの吉田沙保里選手の言葉を思い出してみましょう。吉田選手は、五輪4連覇を逃した決勝戦の後、涙ながらに「取り返しのつかないことになってしまった」と語ったのでした。この言葉を表面的に、言語の「意義」として把握すると、「失ったものを取り戻すことが不可能になってしまった」というようになると思います。しかし、こうした把握では、内容があまりにも抽象的であって、吉田選手が思い描いていた認識を部分的にしか捉えられていないということがいえるでしょう。それでは言語の「意味」、すなわち内容全体を捉えるとどうなるでしょうか。そのためには、観念的な自己を吉田選手の立場に立たせ、吉田選手の認識を追体験する必要があります。こうした過程を経ることによって、亡き父との約束を果たすことができなかったからこその「取り返しのつかないことになってしまった」という表現なのだということが分かるのです。連載第1回で述べた「取り返しのつかない」という表現に関する分析は、論理的にいえばこのようになるわけです。

 それでは、三浦の言語理論でもって言語学は完成したのだといいきることができるのでしょうか。実はそうではないのです。連載第2回に示した『認識と言語の理論』の目次をご覧いただければ分かるように、三浦は本書で言語に関する諸々の問題を一応の筋を通して説いてはいるのですが、科学的な言語学体系としては不十分だといわざるを得ないのです。三浦が本書を執筆した当時の、個別的な言語に関わる論争に関わる記載が、論理的な展開と並列されていたり、言語表現の過程的構造を説くにしても日本語についてのみ解説されていたりと、体系だった流れとはなっていないのです。何よりも、言語の一般的な概念規定がない、言語の本質論がない、というのが決定的に不十分な点として指摘されなければならないでしょう。

 三浦は『認識と言語の理論』第3部p.53において、自身が「言語理論の建設を目ざすようになった」理由について、「根本的にはまだ一般論すら確立されていない分野で仕事をしてみよう」、「言語学者の手におえない難問題を解決してやろう」ということがあったと述べています。では三浦が措定した言語の「一般論」とはどのようなものなのでしょうか。果たして本当に言語の「一般論」が説かれているのでしょうか。pp.56-57には以下のように述べられています。

「感性的な音声や文字を使って超感性的な一般的な認識を直接に表現しなければならぬという言語の矛盾から、特定の一般的な認識にはつねに特定の種類の音声や文字を対応させて表現するよう強制する規範が欠くべからざるものとなり、この規範による表現の媒介という特殊な過程の存在こそ、言語における矛盾がもって自らを実現するとともに解決する運動形態である」

 確かにこの規定は、言語がどのような過程を経て創出されるのか、その必然性も含めて言語の特徴をよく表しているといえるでしょう。しかし、この規定を読んだだけでは、言語とは何かの本質は理解できません。言語の「一般論」といいながら、言語とは何かを本質レベルで説けていないといわざるを得ないのです。それはつまり、言語がどういうものであるのかについて、一言で言い表したような概念規定ができていないということです。言語の本質論がなければ、そこから体系的な構造論を展開し、科学的な言語学体系を創っていくことはできないでしょう。さらにいえば、人間が言語を創出した歴史的必然性についてや、言語が表す認識はどのような過程で人類の頭脳に生成してきたのかについては、つまり言語やその基盤となる認識の原点については、論理的に筋を通して説かれてはいないのです。三浦の言語理論は、言語を矛盾として把握し、静的な構造を解明しただけであって、こうした言語や認識の原点から論理的に把握し、なぜ言語学を創出する必要があるのかを現代社会の諸問題も絡めながら説ききれるような科学的な言語学体系にはなっていないのです。厳しくいえば、弁証法を適用して言語の謎の一部を解き明かすことができましたという以上の言語学創出に対する情熱がなかったのだといえるでしょう。

 それでは最後に、筆者が考える言語の仮説的一般論を示しておきます。

「言語とは、人間が精神的交通を可能にすることで社会的労働を統括し社会を維持・発展させられるよう、社会的認識を媒介することで概念を音声や文字の類的創造として物質化した表現である。」

 この言語の仮説的一般論は、日常的なコミュニケーションにおける言語がどのようなものかを規定するのみならず、連載第2回で触れた人間の本質的なあり方、すなわち認識によって集団生活を統括するという人間のあり方における言語の役割をも規定していると考えています。

 さらにいえば、これまで人類が獲得してきた文化を世代を超えて継承し発展させる上で、言語が果たしてきた大きな役割についても内包していると思います。言語のように、抽象的、一般的な認識を表現する手段なくしては、学問の発展もあり得ないといえるでしょう。人類が長い年月をかけて獲得してきた文化遺産を継承し、さらに発展させていくためには、どうしても言語が必要になってくるのです。

 言語は単なるコミュニケーションの手段ではなくて、こうした人類の生成発展の流れと共に生成発展して、社会の維持・発展に欠かすことのできない役割を担っています。人間の社会の土台であり、全ての学問の基礎であるこうした言語の本質的な役割をしっかり踏まえた上で、言語の本質論が統括する科学的な言語学体系を創出することを決意して、本稿を終えたいと思います。

(*)三浦の言語理論を言語研究史という角度から評価すると、ソシュールの「ラング」と「パロール」を統一したのだともいえます。ソシュールは言語の持つ2つの性格を分けて把握し、それぞれに「ラング」と「パロール」という名前を付けました。言語の社会的・精神的・体系的な性格を「ラング」と呼び、言語の個人的・物理的・個別的な性格を「パロール」と呼んで、全く別の実体として把握したのです。「ラング」は頭の中にあり、「パロール」は現実の世界の中にあるというわけです。そして「ラング」は他の全ての記号と異なるという関係において、自らを同定する記号の体系だと捉えたのでした。また、「パロール」は物理的なあり方が問題であって、言語の本質からは外れる存在だとソシュールは考えたのでした。詳細については、本ブログに掲載した「文法家列伝:ソシュール編」を参照していただくとして、このソシュールの把握は、言語を言語表現と非言語表現との統一だとする三浦の把握に、今一歩のところまで迫ったものだと評価することができます。つまり、言語には2つの性格があることを見抜いたものの、音声や文字そのものに種類という側面があることを把握し切れず、言語の本質たる「ラング」を頭の中にある記号の体系に解消してしまったのでした。三浦は、音声や文字の中に「ラング」的な性質である言語表現と、「パロール」的な性質である非言語表現とが、不可分に統一されていることを見事に指摘したのでした。

(了)
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2016年10月23日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(12/13)

結論
(12)三浦言語学は言語を矛盾として把握した

 本稿は、認識を正しく伝える言語を創っていくためには、あるいは言語に表れている認識を正しく把握するためには、認識と言語とのつながりをしっかりと把握する必要があるという問題意識のもと、三浦つとむ『認識と言語の理論』を読み進め、三浦の言語理論の歴史的意義を明らかにするとともに、科学的な言語学体系を構築する土台を築きあげることを目的として執筆する小論です。これまで三浦が、言語の問題を解くためにまずは認識の理論を説いていったこと、認識から表現への過程的構造を明らかにしたこと、言語を二重性で把握したことを述べてきました。

 ここで改めて、本稿の流れをポイントとなる部分を中心に振り返っておくことにしましょう。

 三浦は、言語はまず訴えようとする思想や感情が成立し、それから音声や文字が創造されるという形で生まれるものであるために、言語学のためには認識についての科学的な理論が必要だと述べた上で、認識の個別的性格と社会的性格について説いていきました。認識とは現実の世界の感覚器官を通した模像であって、個人の頭脳にしか描かれないものであるにも関わらず、認識が交通関係に入っていくことによって、他人の認識を受け取り、社会的な性質を帯びていくものであるということでした。認識の基本的な性質を確認した上で三浦は、認識論の2つの柱について説いていきました。1つ目は、観念的な自己分裂という問題についてでした。三浦は、人間の認識は「受動的であり限界づけられていると同時に、能動的に現実に向って問いかけその限界を超えていく」という性質があると述べ、「現実的な自己」から分裂した「観念的な自己」が時間空間を超えて移行していき、そこで捉えた成果を引っさげて「現実的な自己」に復帰することで、認識が発展していくのだと説いていたのでした。もう1つは、規範とは何かという問題でした。規範とは、観念的に対象化された意志であって、心の中から自分自身に命令するものでした。規範は、個人の頭の中にしか存在しないにも関わらず、対象化された意志という形をとるために、個人の独自の意志と対立することがあるということでした。

 言語学に必要な認識論を説いた上で、三浦は認識から表現への過程的構造について説いていきました。三浦はまず、表現一般について、精神の物質的な模像であると規定しました。そして、現実の世界にある物質的な存在においては、実体が直接に内容とよばれるのに対して、表現の場合は、実体は媒介的に内容を形成する存在であるということでした。言語についていえば、言語の内容(意味)とは、認識が言語の形式(音声や文字)と結ぶ関係であって、感性的に捉えられるものではないということでした。続いて三浦は、言語の表現としての特殊性について説いていきました。言語には、言語を規定する社会的な約束である言語規範が必須であって、この規範を媒介するということこそ、言語の表現における特殊性だというのでした。では、なぜ言語には規範が必要となってくるかといえば、それは言語が具体的な感性的な対象のあり方を捨象した認識である概念を表現するものであるために、こういう種類の認識(概念)を表現するためには、こういう種類の音声や文字を使うのだという社会的な約束が言語には必要になってくるのだということでした。さらに三浦は、言語における観念的な自己運動とはどういうものかについて説いていきました。過去の追想や否定判断を用いる場合には、簡単な構造の文であっても、その背後には、観念的な自己が時間空間を移行するという運動が潜んでいるのでした。また代名詞を用いる際にも、観念的な自己が現実的な自己から分離して、聞き手の立場に立つなどの運動を行うのでした。

 最後に、三浦が言語を二重性で把握した中身を見ていきました。まず、表現一般について、客体のあり方のみならず、主体のあり方をも表現している事実を確認し、この客体的表現と主体的表現とが、言語においては分離する可能性があることを見ていきました。これは言語が対象の感性的なあり方から解放された表現であるために、対象のあり方を表現しても、必ずしも主体のあり方を共に表すということにはならないためでした。次に三浦は、言語の「意味」と「意義」の違いを説いていきました。言語の「意義」とは、規範に対応する内容の抽象的・部分的な面であって、言語の「意味」とは具体的な内容全体のことでした。三浦は、言語の「意義」を手掛かりにしてその「意味」を把握する必要があるとして、観念的な自己が表現者の認識を追体験することで、言語の「意味」を掴むことができるのだと説いたことを見ていきました。最後に、言語は言語表現と非言語表現の統一であるということがどのようなことか、見ていきました。三浦は、言語がどのような形で表されようと、一定の範囲に属する限りは同じ言語として取り扱うのだと述べて、同じ種類に属するという側面こそが言語表現であるとしたのでした。一方、同じ種類に属していたとしても、感性的なあり方は様々であって、言語のこうした感性的なあり方の側面を非言語表現と名付けたのでした。

 以上、三浦つとむ『認識と言語の理論』の論理展開を概観してきました。改めてまとめてみると、三浦は、言語とはどういうものかを解明するために、まずは観念的な自己がどのように運動するのかという問題と、規範とは何かという問題とを中心に認識の理論を説いた上で、認識から表現に至る過程を明らかにしつつ、言語を表現一般に位置づけながらその特殊性を指摘し、言語と認識との関係を繙いてきたといえると思います。

 ここで三浦の言語理論の歴史的意義を問えば、それは徹底して言語を矛盾として把握しようとしたことだといえるでしょう。三浦は弁証法を「物ごとの本質そのものにおける矛盾の研究」(『弁証法はどういう科学か』p.25)だと述べていますが、それを言語において実践したことが大きな成果であるといえるということです。「矛盾の本質は、ある事物が対立を「せおっている」という関係」(同上書p.276)だと説く三浦は、言語においては超感性的な認識を感性的な音声や文字として表す必要があるという根本的な矛盾があるという把握のもと、言語における3つの二重性、すなわち客体的表現と主体的表現との二重性、意味と意義との二重性、言語表現と非言語表現との二重性を解き明かしたのでした。言語の根本矛盾を解決するためには、音声や文字を種類として創造する、つまり言語表現と非言語表現との統一したものとして創造する必要がありました。これを実現するためには、規範を媒介するという認識の運動が必要不可欠であって、この規範を媒介するという手段を創出することは、直接に言語の「意味」と「意義」とを二重化するということだったのです。こうした言語の過程的構造を創出したことは、対象の感性的なあり方に縛られない表現が可能となったことを意味し、結果として客体的表現と主体的表現の分離という言語の特殊性が生じてきたのでした。
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2016年10月22日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(11/13)

(11)言語表現と非言語表現との統一としての言語

 前回は、三浦が言語の「意味」と「意義」をどのように捉えていたのかについて見ていきました。言語は超感性的な認識である概念を表現したものであるために、音声や文字から直接把握できるものは、表現者の認識のうち、規範に対応する内容の抽象的・部分的な面でしかないのであって、これを三浦は言語の「意義」と呼んだのでした。一方、言語が表す具体的な内容全体のことを三浦は言語の「意味」と呼び、言語の「意義」から「意味」を把握する過程を解き明かしたのでした。具体的には、観念的な自己が表現者の立場に立ち、表現者が表現の過程で捨象した具体的な認識を追体験することによって、言語の「意味」を把握することが可能となってくるということでした。

 さて今回は、言語の二重性の最後の1つである、言語表現と非言語表現との統一とはどういうことかについて、三浦の論理展開を追っていくことにしましょう。

 連載第7回において、三浦が言語は「対象を類的存在において概念として忠実にとらえ音声や文字の類的創造において忠実に表現する」ものだと説いたことを紹介しました。簡単にいえば、言語は「音声や文字の類的創造」としての表現であるということです。ではこの「類的創造」とはどういうことでしょうか。このことに関して三浦は、以下のように説いています。

「たとえ、感性的な具体的なありかたとしてどんなに異っていても、行書で書かれた原稿用紙の文字を活字や電光ニュースで複製することが許されたり、あるいは文字を読みあげて音声で複製することが許されたりするのは、ほかならぬ種類として同一と認められているからである。これは、種類としての普遍的な側面こそが言語としての表現であって、種類として対応する複製ならば感性的にどのような変化があろうとも表現として忠実な複製であることを、実践的に承認しているのである。」(p.388)

「言語表現の持っている感性的なかたちそれ自体は決して言語としての表現でないからこそ対象の感性的なかたちからいくらでも遊離できるのだ」(p.387)

 ここで三浦は、音声や文字の二重性について言及しています。すなわち、音声や文字は「種類としての普遍的な側面」と「感性的なかたちそれ自体」という側面との統一であるというのです。そして三浦は、前者を言語表現、後者を非言語表現と規定しています。これは一体、どういうことでしょうか。

 例えば、「犬」という文字があります。この文字は、黒で書こうが赤で書こうが、行書で書こうが楷書で書こうが、鉛筆で書こうが万年筆で書こうが筆で書こうが、電光ニュースで流すために光の点で書こうが、どのような感性的なあり方をしていても同じ文字だといえます。ある一定の範囲に属している限り、同じ文字だとして扱うことになるのです。但し、限界を超えて別の種類として扱われてしまうような変更は許されません。「犬」という文字の「点」を中央下方に移して、「太」とすれば、これはもう別の種類の文字だということになります。音声についても同様です。「イヌ」という音声を、低く発音しようと高く発音しようと、早くいおうと遅くいおうと、その感性的なあり方に関係なく、同じ音声だといえます。ある一定の範囲に属している限り、同じ音声だとして扱うことになっているのです。但し、限界を超えて別の種類として扱われるような変更、例えば、「キヌ」(絹)とか「イン」(印、員など)とか発音すれば、これはもう別の種類の音声として扱われることになります。このように、音声や文字には、ある一定の範囲に属しているという種類の面(言語表現)と、具体的な感性的なあり方そのものという面(非言語表現)という二重性が存在していて、それらが統一されていると三浦はいうのです。

 三浦は非言語表現を活用する例として、「音声言語から相対的に独立した感性的な具体的な表現の系列を音楽として作曲するところに」(p.390)成立する「歌唱」(同上)や、「文字言語から相対的に独立した感性的な具体的な表現の系列を絵画として創造するところに」(同上)成立する「文字デザインあるいは書」(同上)などを挙げています。音声言語や文字言語の種類としての側面を保ちつつ、その範囲内で音声や文字の感性的なあり方、つまり非言語表現の部分を工夫して、様々な芸術が生み出されているというわけです。

 さらに三浦は、連載第9回に取り上げた客体的表現と主体的表現について、これらは言語表現だけではなく非言語表現にも存在するといいます。具体的には、非言語表現の客体的表現としては、以下のように、文字の配置で「「谷間」や蛾の「飛び立つ」ありかたを絵画的に示している」(p.395)例が挙げられています。

非言語表現の客体的表現.png

 非言語表現の主体的表現としては、「怒りや、憎しみや、悲しみや、あるいは愛情などが、非言語表現としての主体的表現すなわち声色によって示される」(p.396)例が挙げられています。例えば、「バカ!」という言葉を頑固おやじがいたずら息子を叱りつけるときに使えば、この声色という非言語表現が父親の怒りを直接に表現する主体的表現であると捉えることができるというわけです。

 以上三浦は、言語は「音声や文字の類的創造」としての言語表現という側面と、感性的なあり方そのものとしての非言語表現という側面とが統一されたものであると説き、この言語表現と非言語表現との二重性と、客体的表現と主体的表現との二重性とが複雑に絡み合った構造を解き明かしたのでした。
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2016年10月21日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(10/13)

(10)言語の「意味」と「意義」の違いを説く

 前回は、客体的表現と主体的表現とは何かという問題に関して、三浦の見解を追っていきました。三浦はまず、表現一般について、客体のあり方を表現した客体的表現と、主体のあり方を表現した主体的表現とがどのようなものか説明していきました。例えば写真であれば、被写体となったものの表現であることは間違いないのですが、同じ写真の画面に、主体の位置も表現されているということでした。そして、感性的なあり方を忠実に捉えて表現する場合には、客体的表現と主体的表現とが不可分に統一されていること、言語の場合には、対象の感性的なあり方から自由であるために、客体的表現と主体的表現とが分離し得ることを確認しました。

 さて今回は、三浦が言語を二重性で把握した中身の2つ目として、言語の意味と言語の意義との違いについて見ていくことにしましょう。

 三浦は、言語が概念の表現であることを踏まえて、「概念以前の対象や認識のありかたの差異は表現の向こう側にかくれてしまって、聞き手や読み手が言語から直接にとらえることができるのはすべて話し手や書き手の概念でしかないのである」(p.381)と述べています。これはどういうことかというと、連載第7回で見たように、言語が表現する概念は、対象を一般化して捉えた認識なのですから、対象の感性的なあり方やその具体的な認識については、言語から直接把握することはできないということです。例えば、山を対象として絵画を描くのであれば、その具体的、感性的なあり方がキャンバスの上に描かれるのですから、「対象の感性的なあり方やその具体的な認識」を直接捉えることができますが、言語の場合、「山がある」といわれても、その対象たる「山」の感性的なあり方や、それを表現者が具体的にどのように認識したのかについては、言語から直接掴むことはできないのです。

 ではどのようにして言語の内容(意味)を把握するのでしょうか。この問題について三浦は、「音声や文字に接したときに、その内容の抽象的・部分的な面を規範に従って直ちに予想するわけであるが、つぎにこの予想を手びきにしてそれ以外の話し手や書き手の認識がどんなものかを推察していき、内容全体の理解に達するのである」(pp.328-329)と述べています。ここで重要なのが、三浦が言語の「内容の抽象的・部分的な面」と言語の「内容全体」とを区別していることです。三浦は別の箇所で、「言語の場合は、規範に対応する抽象的な部分と具体的な内容とを区別する」(p.303)必要があるとも述べています。さらに『日本語はどういう言語か』においては、前者(規範に対応する内容の抽象的・部分的な面)を「意義」とよび、後者(具体的な内容全体)の「意味」と区別して、「意義」は「辞書の教えてくれる表現上の社会的な約束」(『日本語はどういう言語か』p.63)であり「普遍的・抽象的に対象を取り上げているだけ」(同上)だと述べているのです。また、「個々の言語はすべて「意義」に相当するものをふくんでいる」(同上)のであって、「話したり書いたりする場合の対象の認識には、個別的な事物の特殊なありかたが具体的にとらえられていて、いわば「意味」が「意義」に相当するものをふくんでいる状態にあ」(同上)るとも述べています。

 ここで三浦が説いていることは、例えば、ある人が「犬がいる」という表現を行った場合、その「犬」という語から聞き手なり読み手が直接把握できるものは、ワンワン鳴く動物という概念だけであって、この語の「意義」から、具体的な内容、すなわちどんな大きさでどんな色の犬か、どちらを向いているのかといった「内容全体」つまり「意味」を把握して初めて、その「犬」という語を理解したといえるということです。

 では、先の問いに戻って、言語の「意義」から言語の「意味」を把握するためには、どのようにすればいいのでしょうか。連載第6回に、「言語の内容(意味)は、認識が言語の形式(音声や文字)と結ぶ関係である」ということを述べました。また、連載第3回には、「認識とは客観的な現実の世界を感覚器官を通して捉え、脳細胞に描き出した模像」であることも述べていました。つまり、言語の表現者は、対象を把握して認識を形成し、それを音声や文字に表したのですから、言語の「意味」を正しく掴むためには、音声や文字に「むすびついている関係を逆にたどって、作者の頭の中へ、対象へと、その背後にあったはずの関係した存在をたぐっていく」(p.339)必要があるわけです。「表現は関係を逆にたどっていくための手がかりを形式として与えているのであって、この手がかりにもとづいて作者が表現したときの観念的な世界を自分の頭の中に近似的に再現しようと努力する」(同上)必要があるのです。

 これがどういうことを意味するかというと、言語の「意味」を把握するためには、観念的な自己を現実的な自己から分裂させて、観念的な自己を表現者の立場に位置づけ、表現者がかつて辿った表現への過程を遡ることによって、表現者の体験を追体験する必要があるということです。こうして、表現者の認識を把握したうえで、現実的な自己に復帰し、表現に込められた具体的な内容全体を理解することができるのだということです。

 以上のように三浦は、言語における「意味」と「意義」の違いを、具体的な内容全体と規範に対応する内容の抽象的・部分的な面との違いとして把握するとともに、「意義」から「意味」の把握への過程において、観念的な自己の運動が必要不可欠であることを説いたのでした。
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2016年10月20日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(9/13)

3、三浦は言語を二重性で把握した
(9)客体的表現と主体的表現とは何か

 本稿は、言語の問題を本質的に把握するためには、言語が認識とどのようにつながっているのかを明らかにする必要があるという問題意識のもと、三浦つとむ『認識と言語の理論』を読み解き、三浦言語学の歴史的な位置づけを明らかにするとともに、筆者自身の科学的言語学体系構築の一助とすることを目的として執筆するものです。

 前回まで3回にわたって、三浦が認識から表現への過程的構造についてどのような解明をなしたのかについて見てきました。三浦はまず、言語を表現の一種と捉えて、表現が精神の物質的な模像であるとしたのでした。では言語が如何にして認識を模写するのかといえば、その過程において言語規範を媒介するということでした。超感性的な認識である概念を感性的なあり方に模写するためには、こういう種類の認識(概念)にはこういう種類の音声や文字を用いるのだという社会的な約束である言語規範が必要だということでした。さらに、言語の場合、認識から表現に至る過程において、観念的な自己が如何なる運動を行うのかという問題についても見ていきました。三浦は、時制の表現や代名詞を用いた表現において、観念的な自己が時間的、空間的に様々に移行しつつ、現実的な自己に復帰したり、復帰せずにそのまま観念的な世界に留まったりする認識の運動と言語とのつながりを解き明かしたのでした。

 さて今回から3回は、言語の問題を論じる際には認識の理論が不可欠であることを踏まえた上で、三浦が言語を二重性で把握した中身を見ていこうと思います。まず今回は、三浦が言語を大きく客体的表現と主体的表現とに分けて捉えたことを見ていきたいと思います。

 三浦はまず、表現一般が「客体についての表現であるばかりでなく主体についての表現でもある」(p.356)ことを、写真や映画を例にとって説明します。例えば写真であれば、「対象の感性的なありかたを忠実にとらえ忠実に表現する」(p.355)だけでなく、「作者が写真機を手にした位置」(p.356)をも表しているというのです。また映画の場合には、「ねむくなると画面がとけて流れる」(同上)ことによって、あるいは「よっぱらって帰って来た夫には、迎えに出た妻の顔が二重にも三重にも映じる」(同上)ことによって、あるいは「悲しい思いで手紙を読んでいるうちに、目に涙があふれて手紙の文字がぼやけてくる」(同上)ことによって、「主体的な認識のありかた」を表現しているというのです。このように、表現には表現しようとする対象である客体のあり方のみならず、対象を捉えるところの主体のあり方、例えば主体の位置であったり主体の生理的なあり方であったり主体の感情なども映し出されているというわけです。そして三浦は、客体についての表現という側面を客体的表現、主体についての表現という側面を主体的表現と呼ぶのです。

 さらに三浦は、「対象の感性的なありかたを忠実にとらえ忠実に表現する場合には、客体についての表現が同時に主体についての表現でもある」(同上)と述べます。つまり、写真や絵画などの場合には、客体的表現と主体的表現とは直接統一されていて、分離することが不可能であるというのです。上記の例でいえば、写真が対象のあり方を表現しているのと同時に、作者がどの位置から写したかという主体のあり方をも表現しているのですが、両者は写真の画面の上に統一されていて、どの部分が客体的表現でどの部分が主体的表現だというようには分けられないということです。

 では言語の場合の客体的表現と主体的表現とはどのようになるのでしょうか。三浦は言語の特殊性について、「主体的表現ぬきの客体的表現ということが言語表現にあっては可能であり、また客体的表現と関係ない独立した主体的表現ということも可能である」(p.393)と述べています。これは、言語においては、主体的表現と客体的表現とが分離する可能性があることを説いているのですが、それはなぜかというと、「対象の感性的なありかたに足をひっぱられない」(同上)からだといいます。つまり、対象の感性的なあり方を表現しようとするからこそ、表現者の位置や認識のあり方が必然的にそこに表れてしまうのであって、言語の場合には、概念という超感性的な認識を表現するのであるから、そうした制約からは解放されているというのです。例えば、山を対象として、絵画で描く場合と言語で表現する場合を考えてみましょう。絵画の場合、対象である山を目で捉えて、それを忠実に表現していくことになります。当然、絵画には山の客体としてのあり方の他に、主体である表現者がどの位置から山を捉えたのかが表れています。しかし言語の場合であれば、単に「山」と表現する限りにおいては、山が客体として把握されていることが分かるのみで、そこに表現主体のあり方は何ら表れてはいないのです。逆に例えば「あなたは学生ですか」と質問されて、「はい」と答える場合は、「学生」という対象のあり方を捉えた客体的表現を抜きにして、単に表現者の承認する気持ちを直接に表しているといえるでしょう。「学生です」という形で、対象のあり方を「学生」と捉えた上で、肯定判断という表現主体の認識を直接に表現する「です」を加えることもできます。いずれにしても、客体的表現と主体的表現が不可分に統一されているのではなくて、分離している(分離し得る)というのが言語の大きな特殊性だということです。

 言語における客体的表現や主体的表現にはどのようなものがあるかについて三浦は、『認識と言語の理論』ではあまり詳しく説いていないのですが、『日本語はどういう言語か』において、日本語を例にして説明しています。客体的表現には、実体を対象として捉えて表現する〈名詞〉、属性を運動し発展し変化するものとして捉えて表現する〈動詞〉、属性を静止し固定し変化しないものとして捉えて表現する〈形容詞〉などがあり、主体的表現には、主観的な感情や意識を直接表す〈感動詞〉、〈助動詞〉、〈助詞〉などがあるといいます。また欧米の言語では、客体的表現の語に主体的表現の部分が語尾変化の形で癒着していて、別の単語として分離していないものも多く存在する事実も指摘しています。英語の”liked”のような動詞の過去形は、日本語では「好き・だっ・た」と客体的表現の語に主体的表現の語を累加した形をとるところを、一語で表していて、客体的表現と主体的表現が癒着しているということです。
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2016年10月19日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(8/13)

(8)言語における観念的な自己運動とはどのようなものか

 前回は、三浦が認識の理論の柱として述べたものの1つである規範論が言語の問題とどのようにつながっているのか見ていきました。三浦は、表現一般における言語の特殊性として、規範を介した表現であると述べていました。ではなぜ、言語においては規範を介する必要があるのかというと、それは言語が超感性的な認識である概念を表現するからでした。感性的な認識であれば、絵画のように、直接それを感性的に忠実に表現することができますが、超感性的な認識である概念を表現しようとすれば、こういう種類の認識(概念)にはこういう種類の音声や文字を用いるのだという社会的な約束、すなわち言語規範を媒介して表現する必要があるのでした。

 さて今回は、三浦の認識の理論のもう1つの柱である観念的な自己分裂という問題が、言語とどのように関わっているのかについて見ていきたいと思います。

 三浦はまず、「言語表現は現実の世界のありかたを直接にとりあげるにとどまる場合もすくなくないが、…追想や予想や空想をとりあげる場合のほうが多い」(p.486)と述べ、「このような言語表現をとりあげる場合には世界の二重化および観念的な自己分裂がその背後に存在するものとして、認識構造を考えてみなければならない」(同上)ことを指摘します。それでは、「追想や予想や空想をとりあげる場合」に「世界の二重化および観念的な自己分裂がその背後に存在する」とは具体的にどのようなことか、以下で詳しく見ていくことにしましょう。

 三浦が取り上げるのは、「少年だ」(1)と「少年だった」(2)という簡単な文です。

「現実の世界での対象が「少年」であるときには、…それをそのままとらえて、これに話し手の肯定判断「だ」を加えてそれですむ。これが追想になると、観念的な世界での対象「少年」をとらえて、観念的な自己としての肯定判断「だ」を加えてから、現実的な自己へもどって来て「た」をさらに加えるのである。」(p.487)

 ここで三浦は、いわゆる「現在形」で対象をとりあげる場合(1)においては、現実的な自己が現実の世界の対象を捉えて、そのまま肯定判断を下すだけであるのに対して、いわゆる「過去形」の文(2)では、観念的な自己が現実的な自己から分離して、過去の世界という観念的な世界に移行し、そこで対象を捉え、観念的な自己として肯定判断を下した後、現実的な自己に復帰して、これまでの表現が過去の認識の表現であったことを「た」で指摘するのだというのです。このように三浦は、実に簡単な構造の文であっても、「助動詞といわれるものが累加される場合には、そこに自己の立場の移行が存在することがしばしばであるから、その点に注意しなければならない」(p.488)ことを指摘するのです。

 「明日は晴れるだろう」という表現では、観念的な自己が明日という未来の観念的な世界に移行し、そこで「晴れる」という対象のありかたを把握して肯定判断を加えて後で、現実的な自己に戻って、「う」という形で、これまでの表現が未来の認識の表現であったこと(「予想」であったこと)を表しています。また、「お化けはいない」という表現では、観念的な自己がお化けがいる空想の観念的な世界に移行し、そこで対象を捉え、そこから現実的な自己に復帰した後で、これまでの表現が空想の世界での認識の表現であったことを「ない」という形で、否定判断を加えて表しているのです。

 三浦はさらに、いわゆる「歴史的現在」(過去の出来事であるにもかかわらず、それを「現在形」で表現する用法のことです)と呼ばれる「現在形」の用法について詳しく解説していきます。

 三浦はまず、「現在」という時制がどのようなものであるのかについて、「同じ時点にあるという客観的な関係を現在とよぶ」(p.499)と説明します。これは具体的にどういうことかといえば、過去のある時点の対象について、その時点、その世界に移行した観念的な自己の立場からすれば、その対象は「現在」という関係にあるということです。このときの観念的な自己にとってその対象は「現在」という関係にあるということです。

 以上のように、「言語表現における時制は対象における時の区別と直接に対応しない」(p.500)ことを確認した上で、三浦は、いわゆる「歴史的現在」というのは、観念的な自己分裂によって観念的な自己が過去のある時点に移行し、ここで対象を「現在」として把握し表現し、その後次々にその観念的な世界で対象を捉えていき、現実の自己に復帰しないままで表現し続ける場合のことであると説明します。通常であれば、「カエサルは、ガリア戦争を行い、ポンペイウスと対決し、ブルートゥスに暗殺された」となりますが、これを観念的な自己が古代ローマ時代に移行したままで事件を「現在」として把握し表現し続けて、現実的な自己に復帰しなければ、「カエサルは、ガリア戦争を行い、ポンペイウスと対決し、ブルートゥスに暗殺される」というように、いわゆる「歴史的現在」と呼ばれる形になるということです。現実的な自己から分裂した観念的な自己は、ガリア戦争やポンペイウスとの対峙やブルートゥスによる暗殺の現場を、カエサルと共に体験しているのです。

 三浦は、こうした時制に関わる観念的な自己分裂の他に、代名詞における観念的な自己分裂についても述べています。例えば、「この俺が承知するものか」という表現を取り上げて、観念的な自己が現実的な自己を「こ」と呼べる位置に移行して、そこで対象たる現実的な自己を取り上げる場合の表現であると説明しています。また、親が子供に対して、「お母さんはちょっとお使いにいって来ますよ」とか「おまえにはお父さんの心配がわからないのか」とかいう表現を取り上げて、このような場合の「「お母さん」「お父さん」は客体化された主体であり、これを表現する主体は観念的な自己として現実的な自己の外部に位置づけられている」(pp.524-525)と説明しています。つまり、こうした表現を行う親は、観念的な自己を「現実的な自己の外部」、この場合であれば聞き手である子供の立場に位置づけて、子供の立場で現実的な自己を捉えて表現している、というわけです。

 以上見てきたように、三浦は言語が表現される際に、現実的な自己から観念的な自己が分裂し、その観念的な自己が如何に運動するかについて、具体的に説明しているのです。
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2016年10月18日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(7/13)

(7)言語の表現としての特殊性とは何か

 前回は、表現とは何かという問題についての三浦の見解を見ていきました。三浦は、表現とは「精神の物質的な模像」であり、「精神のありかたをそれに対応する物質的なありかたに模写し、それによって他の人間に理解できるよう表面化した」ものであると規定しているのでした。また、対象から認識へ、表現へという過程において、一貫して像としての反映関係があるのだということでした。三浦はさらに、表現の内容というものは、認識が表現形式との間に結ぶ関係であって、決して実体的なものではないということを、形式と内容との統一に関して、像でない場合と像である場合の違いを明らかにすることで説いていたのでした。

 さて今回は、三浦が言語の表現としての特殊性をどのように考えていたのかについて見ていくことにしましょう。

 三浦は言語の表現としての特殊性について、「絵画表現には見られない言語表現に特殊なものとして、規範によって表現が媒介されているという事実」(p.364)を取り上げます。ここでいう「規範」とは言語規範のことですが、言語規範については、前々回に軽く触れました。簡単にいえば、言語規範とは言語を規定する社会的な約束ということでした。では、なぜ言語にだけ、こうした規範が必要になってくるのでしょうか。以下、三浦の説く論理の流れを追っていきたいと思います。

 三浦は言語を表現の一形態として、つまり言語を模写として把握する姿勢を貫きつつ、「言語的な模写は絵画的な模写とは異っている」(p.366)と説きます。絵画の場合、対象の「感性的な色彩のありかたを忠実にとらえ忠実に表現することができるのだが、言語ではそれは不可能」(p.376)だというのです。では、言語では対象をどのように捉え表現するのかというと、言語は対象を「一般化して表現」(同上)すると三浦は説きます。例えば、我々が「赤い」といった場合、「色彩の変化に対してある幅を設定」(p.377)することになり、その「主観的な幅・主観的な境界線」(同上)の中にあるものはまとめて「同じ種類として近似的に扱っている」(p.378)ことになりますが、これが言語は対象を「一般化して表現する」ということなのです。そして、この主観的な幅の中にある同じ種類として捉えた認識を、三浦は概念と呼びます。ですから、端的にいえば、言語は概念を表現するものであるということになります。

 概念とはどういうものかをもう少し分かりやすく説明しておきましょう。例えば「犬」という言葉があります。ある人が「あっ、犬だ」という言葉を発した場合、その人の頭の中には、個別具体的な犬のイメージが描かれていることになります。茶色の毛並みの良い、大型の犬がこちらに向ってゆっくりと歩いてきているのかもしれません。黒色の小型犬が、目の前をサッと横切ったのかもしれません。いずれにしても、こうした情況における対象を言語で示すならば、それは「犬」ということになります。その時の認識は、対象の具体的なあり方がそぎ落とされ、種類という側面で対象を捉えているのです。これが概念です。また、「私は犬より猫の方が好きだ」という場合の「犬」は、具体的なあり方をもとから捨象して、種類として捉えています。これも概念です。このように言語では、「「一般化」して表象としてから概念化するなり、あるいは直接に「普遍相」を概念としてとらえるなりして、それを表現する」(p.381)ことになるのです。

 この概念というものは、現実の多様なあり方を一般化して捉え、具体的な感性的な認識が捨象されているものですから、超感性的な認識でありながら、それを運用するためには感性的な手がかりを必要とします。ここに言語の特殊性として、言語規範が必要になってくる理由があると三浦はいうのです。どういうことかというと、こういう種類の認識(概念)を表現するためには、こういう種類の音声や文字を使うのだという社会的な約束が言語には必要になってくるということです。感性的な認識を絵画で表現するのであれば、その感性的な認識のあり方そのものを忠実に絵画で再現すればいいのですが、超感性的な認識である概念を言語で表現する場合には、その概念をどういう種類の音声や文字で表すのかという社会的な約束がなければ、表現のしようがないということです。

 言語に言語規範が必須である理由について、以上のように説いた三浦は、「対象の感性的なありかたを感覚として忠実にとらえ絵画やカラー写真に忠実に表現するのが模写であるならば、対象を類的存在において概念として忠実にとらえ音声や文字の類的創造において忠実に表現するのもこれまたりっぱな模写で」(p.388)あると述べています。三浦は、言語にも表現一般の特徴である模写という性質が貫かれていることを主張しているのです。このことは逆からいえば、言語は表現の一種であることを証明しているともいえるでしょう。

 以上のように三浦は、表現とは精神の物質的な模写であって、言語も表現の一種であるとした上で、言語の表現としての特殊性について、概念という超感性的な認識を感性的な形として表現するために、こういう種類の認識(概念)にはこういう種類の音声や文字を用いるのだという社会的な約束である言語規範が必要になってくると説いているのです。ここでひょっとしたら、少し引っかかる読者があるかもしれません。それは何かといえば、「こういう種類の音声や文字」と述べたり、1つ前の引用では、三浦が「音声や文字の類的創造」と述べたりしていることです。音声や文字が「類的創造」であるとはどういうことか、この問題については連載第11回で詳しく述べていくことにします。
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2016年10月17日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(6/13)

2、三浦は認識から表現への過程的構造を解明した
(6)表現とは何か

 本稿は、言語を本質的に把握するためには、認識と言語とのつながりをしっかりと検討する必要があるという問題意識のもと、三浦つとむ『認識と言語の理論』を読み進め、三浦の言語理論の歴史的意義を明らかにするとともに、科学的な言語学体系の構築の第一歩とすることを目的として執筆する小論です。

 前回まで3回にわたって、三浦の認識論を見てきました。言語はまず訴えようとする思想や感情が成立し、それから音声や文字が創造されるという形で生まれるものであるために、認識についての科学的な理論が必要だと考えた三浦は、人間の認識の私的な側面と社会的な側面についてまずは説明したのでした。認識は個人の頭脳にしか描かれないという面で私的な側面を持つものであるが、その認識が交通関係に入ることで、社会性を帯びたものとして発展していくということでした。こうした認識の一般的な性質を押さえた上で、三浦は認識論の2つの大きな柱について説明していきました。1つ目が観念的な自己分裂、2つ目が規範の問題についてでした。まず、観念的な自己分裂とは、現実的な自己が感覚器官の捉えられる限界に規定されているという限界を突破するために、現実的な自己から観念的な自己を分裂させることであり、この観念的な自己が時間的空間的に様々に移行し、そこでの経験を踏まえて現実的な自己に復帰することで、認識を発展させていくことが可能となるということでした。また、規範の問題については、規範とは意志を観念的に対象化したものであって、心の中から自分自身に命令を下すものでした。約束、契約、法律などが規範であって、「表現上の秩序を維持するために、人びとの間の社会的な約束として成立したもの」であって、「民族全体の言語表現を規定する」言語規範も規範の一種だということでした。

 さて今回から、いよいよ三浦の言語の理論について見ていきたいと思います。とはいっても、三浦はいきなり言語の問題に入るのではなくて、表現一般をまずは問題にします。

 三浦はまず、表現とは「精神の物質的な模像」(p.300)であり、「精神のありかたをそれに対応する物質的なありかたに模写し、それによって他の人間に理解できるよう表面化した」(同上)ものであると規定します。絵画や映画、彫刻などの他にも、「痛みを感じるときにいつでも顔をしかめて見せたり、怒ったときにいつでもこぶしをふりあげたり、嘲るときにいつでも舌を出したり」(p.301)することも表現の1つのあり方だといいます。簡単にいえば、認識という感覚器官で捉えられないものを感覚器官で捉えられる形にしたもの、これが表現だということです。例えば、作者がどのような風景を見ているのかを直接知ることはできません。しかし、それが絵画として、物質的なあり方として表現されれば、その時の作者の頭の中のイメージを捉えることができるのです。また、足の小指をタンスの角にぶつけたような場合、それがどれほどの痛みであるのかについては、周りの人間は直接経験することはできません。しかし、そのぶつけた本人が顔を歪め悶絶することを見れば、それがどれほどの痛みであるのか、ある程度の想像はつきます。物質的なあり方としてはいろいろありますが、とにかく、感覚器官で捉えられない認識を物質的なあり方に写し代えたものが表現だということです。

 ここで、三浦が認識は現実の世界の映像であり模写であると述べていたことを思い出していただきたいと思います。認識は現実世界の対象の精神的な模像だということです。このことと表現は認識の物質的な模像だという上記の論理をつなげて考えるとどうなるでしょうか。それは、対象から認識へ、表現へという過程においては、常に像としての反映関係が貫かれているということです。対象は認識に反映し、認識は表現に反映する、ということです。しかし注意が必要なのは、最初の対象と最後の表現が物質的な存在であるのに対して、真ん中の認識は精神的な存在だということです。そして、対象が像ではないのに対して、認識も表現も像としての性質を持っているということです。

 このように、表現一般の性質について確認した上で、三浦は形式と内容との統一という問題の考察に移っていきます。三浦は、「まず、像でない場合の形式と内容との統一から考えてみよう」(p.309)といい、現実の世界にある物質的な存在について、「空間的なかたち」(同上)が形式であり、「それらを構成している実質」(同上)が内容であることを指摘します。例えば、1つのリンゴが目の前にあるとすれば、そのリンゴの形式とはその形のことであって、そのリンゴの中身が内容だということになります。そして、「像でない場合」には、「実体が直接に内容とよばれる」(同上)ことに特徴があると述べています。では、認識や表現のような像の場合には、形式と内容との統一はどのようなものになるのでしょうか。これらの場合、「像のかたちを形式とよぶ」(同上)が、「実体が直接に内容とよばれるのではなくて、実体は媒介的に内容を形成する存在」(同上)であると説明しています。具体的にいえば、例えば太陽の光が地上に影を落とす場合、その影の形式とはその影の形のことであるが、その影そのものは何ら実体的ではなくて、原型の側に実体的な存在があるというのです。そしてその影の内容というのは、原型の側にある実体的な存在から媒介されて形成されるというのです。認識の場合でいえば、認識そのものは実体的なものではなくて、対象の側に実体的な存在があり、その対象たる実体自体が認識の内容なのではなくて、その対象たる実体は媒介的に内容を形成する存在だということです。リンゴを見た場合、リンゴの像が形成されますが、この認識の内容は、リンゴという対象たる実体そのものではなくて、リンゴという対象たる実体から媒介的に形成されるのだということです。リンゴを見た後で、そのリンゴを食べてしまったとしても、リンゴの像を維持できますが、もとのリンゴなくしてはリンゴの像は形成されなかったという意味で、認識の内容は「リンゴという対象たる実体から媒介的に形成される」というのです。

 以上のことを、言語という表現について考えてみると、言語の内容(意味)は、認識という実体が媒介的に形成するものだということになります。言葉を換えれば、言語の内容(意味)は、認識が言語の形式(音声や文字)と結ぶ関係であるということになります。だから、言語の内容(意味)はどこにあるかといわれれば、それは言語の形式(音声や文字)の中にあるのですが、言語の内容(意味)は感性的に把握できるようなものではない(関係は目には見えない!)ということになります。物質的な存在である音声や文字を分解してみても、言語の内容(意味)がその中から物質的に取り出されるわけではないのです。
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2016年10月16日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(5/13)

(5)規範とは何か

 前回は、三浦が認識の構造について突っ込んで検討している部分を見ていきました。三浦はまず、人間の認識がなぜ・いかにして・変化・発展するのかという問いを立てて、その原動力として、「現実の世界が無限であるのに対して、われわれ個人の認識に限界がある」という「認識の本質的な矛盾」を挙げていることを紹介しました。そして、この矛盾を解決する手段として、人間は世代を超えて他人の認識を受け継いでいくということがあることに触れた後、「個人の認識の構造」を見ていきました。三浦は、人間の認識は「受動的であり限界づけられていると同時に、能動的に現実に向って問いかけその限界を超えていく」という性質があると述べ、「現実的な自己」から分裂した「観念的な自己」が時間空間を超えて移行していき、そこで捉えた成果を引っさげて「現実的な自己」に復帰することで、認識が発展していくのだと説いていたのでした。

 さて今回は、三浦が説く認識の理論において、観念的な自己分裂に並んで重要な規範の問題を見ていくことにしましょう。

 三浦はまず規範について、「心の中から自分自身になされる命令」(p.149)であって、「社会的な関係で規定されながらもさらに社会的な関係を発展させるためにつくり出す、意志の特殊な形態」(同上)であると説明しています。例えば、酒とたばこを楽しんでいる者が自分で酒やたばこを有害だと判断して、ここから「やめよう」という意志をつくり出したとすれば、この「やめよう」という意志が規範だということです。また、恋人同士で「5時に有楽町で会いましょう」という約束をしたとすれば、この約束も規範の一種ということになります。他にも三浦は、契約や法律なども規範の一種だと述べています。

 しかしこのような三浦の説明を見てみると、「約束が規範であるというのは何となく分かるが、契約や法律が規範であるとはどういうことか分からない」、「契約や法律は「心の中から自分自身になされる命令」ではなくて、契約書や六法全書が外部から自分に命令するのではないのか」「契約や法律が「意志の特殊な形態」であるとはどういうことか分からない」などといった反論や疑問があることが想定されます。そこで三浦が規範をどのようなものだと考えているかについて、少し詳しく見ていくことにしましょう。

 三浦はまず、「簡単な規範のありかた」(p.154)を検討していきます。「簡単な規範のありかた」にも「規範の本質が示されている」(同上)からだというのです。そこで取り上げられるのが、先に示した「禁酒禁煙」の例です。初めに示されるのが、医師から「おやめなさい」といわれる場合です。医師からこういわれて、患者自身の自由意志でこの医師の命令を受け入れることになれば、この医師の命令の複製が患者の頭の中で患者の意志として維持されこれに従うことになるというのです。ここでは、命令の複製が患者にとって観念的な「外界」として、つまり観念的に対象化されたかたちをとって、維持されていくということがポイントになります。次に、患者が自分で酒やたばこを「やめよう」と思った場合が取り上げられます。この場合には、「自分でつくり出した「やめよう」という意志を自分から観念的に対象化して、「外界」から「おやめなさい」と命令されているかたちに持ってい」(p.153)き、「この観念的に対象化された意志を維持して、これに対立する「楽しもう」という意志が生れてくるのを押さえつけていく」(同上)というのです。これは先に見た医師から「おやめなさい」といわれて従う場合とまったく同じ構造になっています。このように、「自己の意志が観念的に対象化されたかたちをとり、「外界」の客観的な意志として維持される場合には、ここに規範が成立したのであって、単なる意志と区別する必要がある」(同上)と説明されているのです。

 ここで三浦が述べていることの要点は、規範というものは意志の一形態であって、自分の頭の中にしか存在しないものであること、それにも関わらず対象化されているため、つまり自分とは別の対象の位置に置かれているため、自分独自の意志と対立する可能性があること、この2点です。具体的に考えてみればよく分かるでしょう。例えば、酒やたばこを「やめよう」と決めたにもかかわらず、どうしても誘惑に負けて楽しみたい気持ちを押さえられないこともありますし、恋人と「5時に有楽町で会いましょう」という約束をしたのに、他にもっと楽しい用事ができて恋人との約束をキャンセルしたくなることもあります。このような場合、頭の中で、対象化された意志である規範とその時の自分の独自の意志とがせめぎ合い、葛藤することになるのです。

 以上のような三浦の説明をもとにすれば、「契約や法律が規範であるとはどういうことか」、「契約書や六法全書が外部から自分に命令するのではないのか」「契約や法律が「意志の特殊な形態」であるとはどういうことか」という問題も解けてきます。まず契約についていえば、「契約に際して自分の意志が同時に他人の意志でもあるような、両者に共通の意志を成立させる」(p.156)のであって、これが取も直さず自分たちの行動を規制する規範だということになります。契約書というのは、「後になって共通の意志の存在を否認されることのないように、客観的なかたちを与えて証拠とする」(p.157)ためのものであって、契約書がないから契約が成立しないということはありませんし、契約によって従わなければならないのは、自分たちの頭の中に成立した「共通の意志」、すなわち規範なのです。契約が特殊な人々(契約した者)だけに適用される命令であるのに対して、法律の場合は、「社会全体に適用されるものとして成立する」(p.164)ものである点が特殊性ですが、その他の点については契約と同じ構造になっています。つまり、人間が法律に従うというのは、いちいち六法全書を参照して従うのではなくて、頭の中に複製された社会全体に「共通の意志」に従うのであって、制定されている法律でも本人が知らなければ「共通の意志」を観念的に対象化できないわけで、思いもよらず法を犯してしまうこともあるでしょう。

 三浦は以上のような「目的的につくり出す規範」(p.170)の他に、「自然成長的な規範」(同上)もあるとして、言語規範についても触れています。言語規範は、「表現上の秩序を維持するために、人びとの間の社会的な約束として成立したもの」(p.177)であって、「民族全体の言語表現を規定する」(同上)ものであるとされていますが、詳細は次々回に扱うことにします。
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2016年10月15日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(4/13)

(4)人間の観念的な自己分裂とは何か

 前回から、いよいよ三浦つとむ『認識と言語の理論』の中身に入っていきました。前回はまず、言語を問うためには認識を問う必要があると主張する三浦の論理展開を追っていきました。言語はまず訴えようとする思想や感情が成立し、それから音声や文字が創造されるという形で生まれるものであるために、認識についての科学的な理論が必要だということでした。そこで認識とは何かを簡単に見ていきました。認識とは、あくまでも個々の人間の脳細胞に描かれる客観的な現実世界の模像として成立するものであるが、人間の認識が交通関係に入ることによって、認識は社会的な性質も帯びることになるということでした。そして、認識の科学が個別科学として科学者の手で体系化されなければならないという三浦の科学観も紹介しました。

 さて今回は、三浦が認識の構造についてさらに突っ込んで検討していく内容を見ていくことにしましょう。

 まず三浦は、人間の認識が変化し発展していくことに関して、「なぜ・いかにして・この変化と発展が起るのかを説明しなければならない」(p.16)と述べます。そして、「現実の世界が無限であるのに対して、われわれ個人の認識に限界がある」(同上)という「認識の本質的な矛盾」(同上)こそが原動力となって、認識が変化・発展していくのだと説くのです。具体的には、まず先回も説明したように、他の人間の認識を受け継ぐことで個人の認識の限界を突破するということが述べられます。しかもこのことは、「事実上限りなく継続していく人間の世代の認識を系列化すること」(同上)を通じてヨリ発展していくというのです。つまり、人間は言葉などの表現を介して他人の認識を受け取って認識を変化・発展させていくのですが、このことは同時代の人間間の問題に限られず、世代を超えて継続させられていくのだということです。例えば、人間が獲得した成果を書き言葉として書物などの形態で残しておけば、同世代のみならず、世代を超えた人々の認識に働きかけることができますし、いわゆる伝統とか習慣とかいったものも、家庭での躾や学校教育などによって世代を超えて継承されていくというわけです。

 三浦はこのように、集団における人間の認識の変化・発展の構造を説いた後、「個人の認識の構造」(同上)にも言及しています。つまり、人間の認識は「受動的であり限界づけられていると同時に、能動的に現実に向って問いかけその限界を超えていく」(同上)という性質があるというのです。これはどういうことかといえば、前回も説明したように、「認識は、客観的に存在している現実の世界のありかたを、個々の人間が目・耳その他の感覚器官をとおしてとらえる」(p.4)ものであるという意味で、確かに受動的な反映だといえるのですが、それだけではなくて、「能動的に想像していく」(p.16)という性質も持っていて、このことによって感覚器官で捉えられる限界を超えた認識が可能になっていく、ということです。例えば、縁側の障子から尻尾が現れているのを見て、その陰に猫がいることを予想する場合には、実際には障子によって隠されてしまっている猫の体の大部分を頭の中に描いているということなどが「能動的に想像していく」ということなのです。

 このように、人間の認識には受動的な側面と能動的な側面があることを説いた上で、三浦はさらにこの能動的な側面について詳しく説明していきます。「能動的に現実に向って問いかけその限界を超えていく」とは具体的にどのようなことなのかが説かれていくわけです。

 三浦はここで、「現実的な自己」「観念的な自己」(p.24)という概念を導入します。これがどういうものであるかについて三浦は、自分の家の中で、訪ねてくる友人のために自分の家のありかを教える地図を描く場合の例で説明しています。地図を描くときは、机に向って現実的な位置で目の前の白紙を眺めながら描くのですが、地図としての自分の家は、現実的な感覚器官(目)の位置では捉えられず、観念的に自分の家の上空から自分の家を見下ろすところに自分(の感覚器官(目))を位置づけて描かれるというのです。このときの現実の白紙を眺めている自己が「現実的な自己」であり、上空から自分の家を見下ろしている自己が「観念的な自己」だということです。「現実的な自己から、観念的な自己が分裂して、観念的に空中の一点に自己を位置づけていることになる」(同上)わけです。先の障子に隠れている猫の例でいえば、「現実的な自己」の目では、現実の世界の障子に隠されている猫の本体の部分は見えないわけですが、「観念的な自己」の目では、障子が取り外された観念的な世界を見ていて、猫の本体の部分もしっかりと見えているわけです。

 このように三浦は、人間の認識が感覚器官が捉えられる限界に規定されているという受動的な側面(現実的な自己の側面)と、感覚器官が捉えられる限界を超えて生成される能動的な側面(観念的な自己の側面)とを持つことを説きつつ、人間が観念的に「この限界を超えたりまたもどったりする活動をくりかえしながら生活している」(同上)ことによって、認識が発展していくことを説明しているのです。

 三浦は、「観念的な自己」が持つ目をクリスティの探偵小説の中の表現をとって「頭の中の目」とも呼んでいますが、この「頭の中の目」は「空間的時間的制約をのりこえて真理をとらえる」(p.58)ことができると説明しています。具体的には、「直接見ることのできない原子核の内部やガン細胞の内部」(同上)、「物的証拠の抹消された殺人事件」(同上)、あるいは「自然の法則」(同上)などを、この「頭の中の目」は見抜くことができるというのです。これは「現実的な自己」から分裂した「観念的な自己」は、「現実的な自己」が入りこめないような微細な空間に入りこんだり、「現実的な自己」が戻れないような過去の殺人現場に時間的に移行したり、または「現実的な自己」が捉えられないような超感性的な世界の関係性を捉えたりすることができることを述べたものです。

 以上見てきたように、三浦は「現実の世界が無限であるのに対して、われわれ個人の認識に限界がある」という「認識の本質的な矛盾」が原動力となって、「現実的な自己」から「観念的な自己」が分離することを述べ、この人間の観念的な自己分裂が認識の変化・発展に大きく関わっていることを説いているのです。
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2016年10月14日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(3/13)

本論
1、三浦は言語学にとって必要な認識論から説き始めた
(3)言語を問う前提として認識を問う

 本稿は、認識を正しく伝える言語を創っていくためには、あるいは言語に表れている認識を正しく把握するためには、認識と言語とのつながりをしっかりと把握する必要があるという問題意識のもと、三浦つとむ『認識と言語の理論』を読み進めていくことで、三浦の言語理論の歴史的意義を明らかにするとともに、科学的な言語学体系を構築する土台を築きあげることを目的として執筆する小論です。

 今回からいよいよ『認識と言語の理論』の中身について見ていくことにしましょう。

 三浦はまず、言語の問題を解明するためには、認識についての理論を説明する必要があるとして、以下のように述べています。

「法律学には法哲学なるものが、言語学には言語哲学なるものがそれぞれくっついてまわっているばかりでなく、法律学者あるいは言語学者も、この問題は法哲学に属するとか言語哲学に属するとか述べて、いわば下駄を預けている状態にある。しかも、それではいけないのだという反省さえ見られないのである。では、この哲学に下駄を預けている問題はどんな問題かというと、それは精神活動に関する問題である。法律は国家の意志という特殊な認識として成立する。言語は話し手や書き手の頭の中にまず訴えようとする思想や感情が成立し、それから音声や文字を創造する活動がはじまるのである。法律学あるいは言語学が、いまだに哲学と名のるものによりかからなければならないのは、認識についての科学的な理論を持たないためであって、この理論を持つことによって真に科学の名に値するものになるであろう。それゆえ、本書はまず、言語学にとって必要な認識論を述べてから、言語についての理論に入っていくことにする。」(p.3)

 ここで三浦は、「精神活動に関する問題」を「哲学」に委ねてしまっている法律学や言語学の現状を憂い、それでは駄目なのだ、認識についての科学的な理論を土台としてこそ、法律学や言語学が真の科学となれるのだ、だからこそまずは認識論から説いていくのだ、と述べているのです。これまでの言語研究史においては、言語の問題を検討するに際して、認識の問題を考察する必要があるということが、長い歴史の中で徐々に把握されてきたのでしたが、ここまで明確に認識論を取り上げることはなかったといっていいでしょう。そういう意味では、三浦の言語理論は言語研究史の最先端に位置づけられるものだといえるでしょう。

 上記のように、言語が表現者の「思想や感情」をもとにして創造されるからこそ、まずは「言語学にとって必要な認識論」を論じなければならない、ということのほかに三浦は、「なぜ・いかにして・言語の意味が変動変遷するのかという問題」(p.5)や「なぜ・いかにして・単語を構成していくのかという問題」(p.6)を解決するためにも、認識論の構築が必須であると述べています。言語の意味の変遷や単語の構成方法というものは、認識のあり方が大きくかかわっているというのです。

 以上のように、言語の理論を展開する前提として認識の理論を検討していくとした上で、三浦は認識とはどういうものか簡単に説明していきます。

「認識は、客観的に存在している現実の世界のありかたを、個々の人間が目・耳その他の感覚器官をとおしてとらえるところにはじまるのである。認識は現実の世界の映像であり模写であって、たとえどのような加工が行われたとしてもその本質を失うことはないし、脳のはたらきとして個々の人間の頭の中にしか存在しない。」(p.4)

 ここで三浦は、認識とは客観的な現実の世界を感覚器官を通して捉え、脳細胞に描き出した模像が大本であって、私的なものだと説明しています。今、現に見ているものは、個人の認識として形成されるのであって、決して他人と共有されるものではないという認識の私的な側面を説いているのです。しかし一方で三浦は、「人間の認識は社会的なものである」(p.3)とも述べています。これは一体どういうことでしょうか。

 三浦は、「人間は…精神的に相互につくり合っている」(p.4)といいます。これはどういうことかといえば、「他の人間の認識を自己の頭に受けとめたり自己の認識を他の人間に伝えたり」(同上)することによって、「人間の認識が交通関係に入りこむ」(同上)ということです。具体的にいえば、日常的な会話によって、あるいは仕事上のやりとりによって、あるいは学問上の議論によって、人間は他の人間の認識を知り、自分の認識を相手に伝えることによって、互いに認識に影響を与え、互いの認識をつくり合っているということです。「他の人間の認識を自己の頭に受けとめることによって認識がさらに広く深くなる」、「自己の認識は他人的になることによって自己として成長していく」(同上)というわけです。これが認識が社会的であるということの意味であって、個々別々の人間の認識も他の人間の認識によって創られる側面があるということです。そして、こうした精神的な交通を媒介するものこそ、言語を中心とした表現であると三浦は説くのです。

 認識について、個々の人間の頭の中にしか存在しないにもかかわらず社会的な性質も受け取ると述べた上で、三浦は「認識の科学も、科学者の手によって一つの個別科学として体系化されなければならないのであり、認識の具体的なありかたととりくんで研究しなければならない」(p.6)ことを強調します。こうした考え方の背景には、「科学は哲学者が机に向ってあれこれと空想を展開しながら体系化していくものではなく、あくまでも対象ととりくんで対象からつかみとりたぐっていくものである」(同上)という三浦の科学観があり、「この問題は法哲学に属するとか言語哲学に属するとか述べて」いる現在のいわゆる法律学者や言語学者への批判があるといえるでしょう。あくまでも現実の問題を自分自身の手で解決するのだという三浦の主体性にも学ぶ必要があるといえるでしょう。
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2016年10月13日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(2/13)

(2)三浦言語学の歴史的意義とは何か

 前回は、リオデジャネイロオリンピックにおいて、4連覇を目指しながらそれが果たせなかった吉田沙保里選手の試合後の発言を取り上げて、吉田選手がどのような思いを持っていたのかを分析してみました。単に期待してくれていた国民の願いに応えることができなかったとか、日本選手団の主将として4連覇をしなければならないという責任があったのにもかかわらずそれが果たせなかったとか、そういう謝罪や無念の気持ちだけではなくて、亡くなった父との約束が果たせなかったことこそが、「取り返しのつかないことになってしまった」という表現に表れているのだということを説明しました。そして、こうした言葉の正確な理解のためには、あるいは言葉の正確な表現のためには、認識と言語との関係に関する科学的な理論が必要だと述べたところまででした。

 では、認識と言語との関係はどのようなものなのでしょうか。

 まず、前回も見た通り、認識は必ずしも言語に表現されるわけではありません。父との約束が果たせなかったという強烈な思いがあったとしても、それが必ずしも言語として全て表現されるとは限らないわけです。逆に、表現しようと意図していなかったことまで言語で表現してしまうということもあります。例えば、殺人事件の犯人が捕まって、当初は否認していたものの、警察の巧みな誘導によって、犯人しか知りえないことをうっかりと話してしまった、などということもあるでしょう。このように、認識と言語とは相対的に独立しているという関係があるのです。

 しかし一方でしっかりと押さえておくべきことは、言語には認識が間違いなく表現されているということです。なぜこんな当たり前のことを強調するかというと、言語研究の歴史において、言語を人間の認識とは無関係の、それ自体で生成・発展・消滅する有機的な存在であると考えられていたこともあるからです。また、言語には認識が表現されているからこそ、前回見たように、吉田選手の言葉から、そこには直接表れていない父との約束が果たせなかった無念さを把握することができるのです。

 認識と言語との関係というのは、こうした日常的な事柄に関する関係だけではなくて、人間の本質的なあり方にも大きく関わっています。

 人間は、他の動物と違って、本能の統括によってではなく、認識の統括によって生活している存在です。例えば、ライオンであれば、空腹時にはエサを求めて草原を駆け巡り、満腹であればたとえ目の前にエサとなる動物がいたとしても、決して襲うことはないでしょう。これは本能によって統括されているからです。しかし人間の場合であれば、もちろん空腹時には食事をとろうとし、満腹になれば食事をやめることが基本となるのですが、これは本能という予め決められたプログラムによってなされるのではなくて、目的像を描いて行動するという認識の統括によるのです。ですから、ダイエット中であればたとえお腹が空いても食事をとらないこともありますし、逆にスポーツなどで体を大きくする必要があるような場合には、満腹でも食べ続けるようなこともあります。これが認識の統括によって生活しているということの中身です。

 人間はさらに、集団での生活を統括するために、掟レベルの社会的認識を創出してきました。他の動物であれば、集団生活は本能により統括されているために、それぞれが勝手に行動するなどということはあり得ないのですが、人間の場合であれば、本能が薄れている分、独自の認識に基づいてバラバラに行動し、集団生活が維持できないということになりかねません。そこで、自分たちの集団内において守るべき事柄を掟として定めておいて、これに従って生活することで、集団を統括するという形態が生み出されたのです。単純な掟、例えばあの場所には近寄ってはならないとか、ボスには従わなければならないとかいったものであれば、これは言語なしにも創ることは可能でしょう。危険な場所に近寄ろうとした者を力ずくで引き止めたりすれば、そこには近寄ってはならないのだということが分かってきて、そうした掟を自分の頭に持つこともできるからです。しかし、現代社会における法律のような複雑で込み入った内容を言語なしに理解させることは不可能です。端的にいえば、人間が社会を維持するのに必須の規範(社会的認識)を形成するためには、言語はなくてならない存在なのです。こうしたことを考えてみても、認識と言語とが如何に深くつながっているかということが分かってくると思います。

 そこで本稿では、こうした認識と言語との関係を解明するために、三浦つとむ『認識と言語の理論』を読んでいきたいと思います。三浦はこの著作のタイトルが示唆している通り、言語の問題を考える上で、認識の問題を解く必要があるという問題意識の下、認識の構造を解明し、認識から言語に至る過程的構造を解き明かしているのです。この著作を読み進めることで、認識と言語との関係を明らかにするとともに、これまでの言語研究者の研究史の流れを踏まえつつ、三浦の言語理論の歴史的位置づけを明らかにし、科学的な言語学体系を構築する土台を固めたいと思います。

 今回の最後に、『認識と言語の理論』の目次を提示しておきます。なお、本書は第3部までありますが、この第3部は第1部第2部では十分に説けなかった部分を補うために、独立した論文を集めたものですので、本稿では第1部第2部を中心に読んでいくこととします。

『認識と言語の理論』 目次

まえがき

第1部 認識の発展

 第1章 認識論と矛盾論
  1 識論論と言語学との関係
  2 認識における矛盾
  3 人間の観念的な自己分裂
  4 「主体的立場」と「観察的立場」
  5 認識の限界と真理から誤謬への転化
  6 表象の位置づけと役割
  7 予想の段階的発展――庄司の三段階連関理論

 第2章 科学・芸術・宗教
  1 法則性の存在と真理の体系化
  2 仮説と科学
  3 概念と判断の立体的な構造
  4 欲望・情感・目的・意志
  5 想像の世界――観念的な転倒
  6 科学と芸術
  7 宗教的自己疎外

 第3章 規範の諸形態
  1 意志の観念的な対象化
  2 対象化された意志と独自の意志との矛盾
  3 自然成長的な規範
  4 言語規範の特徴
  5 言語規範の拘束性と継承
  6 国際語とその規範

 第4章 パヴロフ理論とフロイト理論の検討
  1 パヴロフの人間機械論と決定論
  2 フロイト理論の礎石
  3 不可知論と唯物論との間の彷徨
  4 フロイトの基礎仮説――「エス」「自我」「上位自我」
  5 無意識論と精神的エネルギー論
  6 夢と想像
  7 性的象徴
  8 「幼児期性生活」の正体
  9 「エディプス・コンプレックス」の正体
  10 エロスの本能と破壊本能
  11 右と左からのフロイト批判

第2部 言語の理論

 第1章 認識から表現へ
  1 表現――精神の物質的な模像
  2 形式と内容との統一
  3 ベリンスキイ=蔵原理論
  4 対象内容説・認識内容説・鑑賞者認識内容説
  5 言語学者の内容論
  6 価値論と内容論の共通点
  7 吉本と中井の内容論
  8 記号論理学・論理実証主義・意味論

 第2章 言語表現の二重性
  1 客体的表現と主体的表現
  2 記号における模写
  3 小林と時枝との論争
  4 言語における「一般化」
  5 概念の要求する矛盾
  6 言語表現と非言語表現との統一

 第3章 言語表現の過程的構造(その1)
  1 身ぶり言語先行説
  2 身ぶりと身ぶり言語との混同
  3 言語発展の論理
  4 「内語」説と第二信号系理論
  5 音声と音韻
  6 音声言語と文字言語との関係
  7 言語のリズム

 第4章 言語表現の過程的構造(その2)
  1 日本語の特徴
  2 「てにをは」研究の問題
  3 係助詞をどう理解するか
  4 判断と助詞との関係
  5 主体的表現の累加
  6 時制における認識構造
  7 懸詞、比喩、命令
  8 代名詞の認識構造
  9 第一人称――自己対象化の表現

 第5章 言語と文学
  1 作者に導かれる読者の「旅行」
  2 言語媒材説と芸術認識説
  3 鑑賞法の表現としての俳句の構造
  4 文体と個性
  5 芸術アジ・プロ論――政治的実用主義
  6 生活綴方運動と「たいなあ方式」
  7 上部構造論争――芸術の価値の基礎はどこにあるか
  8 本多の「人類学的等価」とマルクスのギリシァ芸術論

 第6章 言語改革をめぐって
  1 言語観の偏向と言語改革論の偏向
  2 文字言語に対する見かたの対立
  3 表音文字フェティシズムからの幻想
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2016年10月12日

三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(1/13)

序論
(1)言語に関する科学的な理論が求められている

 8月に行われたリオデジャネイロオリンピックでは、数々の名場面が誕生するとともに、多くの名言も残されました。皆さんは、どのシーン、どの言葉が印象に残っているでしょうか。内村航平選手の体操個人総合二連覇でしょうか。男子400mリレーでの日本の銀メダルでしょうか。あるいは、柔道73kg級で金メダルに輝いた大野将平選手の「柔道の素晴らしさ、美しさ、強さを伝えられたと思う」という言葉でしょうか。卓球シングルスで銅メダルを獲得した水谷隼選手の「今日負けたら一生後悔すると思った。死にたくなると思った。絶対に負けたくないという気持ちで頑張りました」という言葉でしょうか。

 筆者が最も印象に残っているのは、五輪4連覇を目指したレスリングの吉田沙保里選手が、惜しくも決勝戦で敗れた後、涙を流し声を詰まらせながら次のように話したことでした。

「たくさんの方に応援していただいたのに、銀メダルに終わってしまって申し訳ない。日本選手団の主将として金メダルを取らないといけなかった。最後は勝てるだろうと思っていたが、取り返しのつかないことになってしまった。」(*1)

 映像で見ていただくと非常によく分かるのですが、日本選手団の主将として金メダルを取らなければならない試合、それも五輪4連覇もかかった試合に敗れたことの無念さ、責任を果たせなかった悔しさ、大きな期待を寄せてくれた国民への申し訳なささがとてもよく表れている言葉だと思います。ただ、筆者はこの発言を聞いた時、少し引っかかることがありました。それはこの発言の最後の部分で「取り返しのつかないことになってしまった」と吉田選手が述べていることです。通常、「申し訳ない」と言われれば、期待してくれた沢山のファンに謝っているのだということが分かりますし、それは「たくさんの方に応援していただいたのに」という言葉で直接表現されてもいます。また、責任を果たせなかったということについても、「日本選手団の主将として」という部分によく現れています。だから、吉田選手が国民の大きな期待を背負って、4連覇を果たすべく日本選手団の主将としての大きな責任感を持って戦ったのに金メダルを取れかなった、そのことに対して謝罪し、無念さをにじませるということはとてもよく分かるのです。しかしそのことを、「取り返しのつかないことをしてしまった」といわれると、少し大げさ過ぎる表現ではないかと感じました。筆者はそこに何か非常に大きな背景があるのではないかと思ったのでした。

 そこで調べてみると、次のようなことが分かりました。吉田選手の父は幼いころから吉田選手の指導をしていました。2年前に亡くなる前には、吉田選手と4連覇の約束をしていたそうです。また、「勝って終わるのと負けて終わるのは違うよ」とよく吉田選手に話していたそうです。(*2)

 こうした事実を踏まえるならば、吉田選手はまず何よりも、亡き父との約束を果たすべく決勝戦に臨んだはずです。もしかしたら4連覇を成し遂げて、勝ち切って引退を考えていたのかもしれません。しかし、今回の五輪で決勝で敗れ、4連覇を果たせなかった、勝って終わることができなかった、父との約束を果たせなかった、約束をした父はすでに他界しているため、再度約束してそれを果たすこともできない、だからこそ「取り返しのつかないことになってしまった」という表現になったのだろうと思います。

 ここで考えてみなければならないことは、言語は人間の認識を表現するものなのですが、認識にあることの全てが言語として表現されるわけではない、ということです。吉田選手の言葉には、先に見たように、謝罪の気持ちや責任感については、直接に表現されています。「申し訳ない」とか「日本選手団の主将として」などと述べられています。しかし、この吉田選手の言葉には、「取り返しのつかないことをしてしまった」という以外に、父との約束に関するものは、言葉としては表現されていないのです。ではこの発言をした時、吉田選手の頭の中に父との約束は全くなくなってしまっていたのかといえば、そうではないはずです。吉田選手の頭の中には父との約束がしっかりと存在していて、必ず4連覇するのだという強い気持ちがあったにも関わらず、それが達成できなかったからこその「取り返しのつかないことになってしまった」という発言になったのです。

 このように、言葉の意味するところを正確に掴むためには、その言葉を発した人間の頭の中をしっかりと捉える、つまり言葉からその背後にある認識を辿っていく必要があるのです。そうすることによって、実際には言葉として語られなかった認識をも把握することができるのです。言葉として語られた部分だけで吉田選手の気持ちを全て把握したつもりになるのであれば、この吉田選手の言葉に込められた重みを理解できていないということになってしまうでしょう。

 しかし、言葉から認識を辿っていくというのは、そう簡単なことではありません。言葉に込められた全ての内容を正しく把握することは非常に難しいことです。一体、どのようにすれば、言葉から認識を辿っていって、その言葉に込められた思いをしっかりと受け止めることができるのでしょうか。逆に、一体、どのようにすれば、認識をしっかりと言葉に表すことができるのでしょうか。

 こうした問題に解答を与えるためには、認識と言語との関係について、きちんと把握した理論が必要になってきます。

(*1)朝日新聞DEGITAL2016年8月19日
http://www.asahi.com/articles/GCO2016081901001112.html
参考ページhttps://www.youtube.com/watch?v=U2KSd4pHnEA

(*2)livedoor news2016年8月19日、Sponichi Annex2016年8月18日
http://news.livedoor.com/article/detail/11907765/?p=2
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/08/18/kiji/K20160818013189650.html
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2016年10月11日

掲載予告:三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む(全13回)

 本ブログでは、明日より「三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む」と題した論稿を掲載していきます。

 人が自分の思いを正確に伝えようとすれば、また他人の気持ちを正確に理解しようとすれば、言語についての正しい把握が必要になってきます。筆者はこれまで、本ブログにおいて、人類が言語をどのように研究してきたのかの歴史を概観してきました。その中で明らかになったことは、言語の問題を解明するためには、認識の問題を論理的に解き明かしておく必要があるということでした。それは、言語が認識を表現したものであるからです。

 こうした言語研究史の流れを踏まえて、今回は三浦つとむ『認識と言語の理論』を読み解いていきたいと思います。三浦は戦前から映画論などを発表し、戦後は認識論、表現論について言語を中心に研究するとともに、マルクス主義の研究者として、マルクスやエンゲルスの思想を正しく継承し発展させることに尽力した人物です。特に『弁証法はどういう科学か』は、我々の研究会でも弁証法の基本書として、何度も何度も繰り返し学んでいるものです。今回は、弁証法学者としての三浦ではなく、言語学者としての三浦に焦点を当てて『認識と言語の理論』を読んでいきますが、ここにも三浦の弁証法の実力がいかんなく発揮されています。

 三浦は本書において、言語研究のためには認識の理論を構築しておく必要があるという明確な問題意識のもと、第1部において言語学に必要な認識論を説き、それを踏まえて第2部では言語の理論を説いていきます。いわゆる「言語学者」が、言語の形式や機能にだけ着目して、言語の内容を一切問えないような実力しか持っていないことを徹底的に批判し、言語が表現の一種であること、すなわち言語が認識の反映としての性質を持つことを明らかにするとともに、言語の表現一般における特殊性について、特に言語を二重性として把握するという形で解明しています。

 本稿では、こうした三浦の言語理論の詳細について説いていくこととします。そして三浦の言語理論の歴史的位置づけを明らかにするとともに、筆者の志す科学的な言語学体系の創出の土台を固めていきたいと考えています。

 では以下に、連載論文の目次を示しておきます。

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〈目次〉

序論
(1)言語に関する科学的な理論が求められている
(2)三浦言語学の歴史的意義とは何か

本論
1、三浦は言語学にとって必要な認識論から説き始めた
(3)言語を問う前提として認識を問う
(4)人間の観念的な自己分裂とは何か
(5)規範とは何か

2、三浦は認識から表現への過程的構造を解明した
(6)表現とは何か
(7)言語の表現としての特殊性とは何か
(8)言語における観念的な自己運動とはどのようなものか

3、三浦は言語を二重性で把握した
(9)客体的表現と主体的表現とは何か
(10)言語の「意味」と「意義」の違いを説く
(11)言語表現と非言語表現との統一としての言語

結論
(12)三浦言語学は言語を矛盾として把握した
(13)科学的な言語学体系の創出を目指して
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2016年08月22日

文法家列伝:ソシュール編(5/5)

(5)ソシュールは「ラング」という心的な記号の体系を言語の事実から抽出した

 本稿は、科学的言語学体系の創出過程への1つの道として、歴史上の優れた言語研究者の業績を取り上げ、それを歴史的に位置づけることを目的にした「文法家列伝シリーズ」のソシュール編です。ここまで、ソシュールの言語理論の歴史的意義に関して、大きく3つに分けて説いてきましたが、ここでこれまでの展開の大事な部分を振り返っておくことにしましょう。

 まず、ソシュールが言語を体系として、認識との連関において取り上げたことを見ていきました。19世紀の比較言語学に至るまでの言語研究史を簡単に振り返り、言語研究が認識の解明の深化とともに発展してきた流れが、比較言語学において寸断され、ここでは個々の音声が歴史的にどのように変化するのか、その法則性を扱う研究として、認識とは無関係の自然科学的方法において、言語研究がなされていったことを確認しました。こうした比較言語学に対して、ソシュールは批判的な見解を述べていたのですが、それは「言語が何よりもまず記号の体系である」というソシュールの根本的な言語観によるものだとして、その中身を詳しく見ていきました。ソシュールによれば、言語は価値の体系であって、他の言語と違うという対立関係が変らなければ、言語の価値は変化しないのだということでした。では、その言語の価値体系とはどのようなものかといえば、それは「観念の差異に結びつけられた音の差異としてのラングの全体系」に他ならないということでした。つまり、ある観念にある音のイメージが結びついた記号が人間の頭の中にあって、その記号の集合体、総体が言語=「ラング」=「記号の体系」=「価値の体系」だということでした。こうしたソシュールの言語観を言語研究史に位置づけてみるならば、言語を体系として把握し、認識との連関において取り上げたということができるのでした。

 次に、ソシュールが言語の同定性(何によって同一の言語だといえるのか)をどのように考えたのかについて確認していきました。ソシュールはまず、言語の同定性は音声や文字といった物理的なあり方そのもので決定されるものではないと主張しました。文字を何色で書こうと、彫って表そうと、また音声をどのような声色で話そうと、同じ言語として認められるということです。ソシュールはこうした言語の同定性について、チェスの駒や急行列車の例を挙げて、それらと同じ性質の同定性であることを説明したのでした。それではなぜ、言語の同定性が物理的なあり方そのものによって決定されないかというと、それは言語の恣意性に根拠があるということでした。言語は、聴覚映像と概念との結びつきに必然性がないことに加え、概念がどのような範囲を表すのか、聴覚映像がどのように区別されるのか、定まった基準もないという意味で恣意的であって、そうした物理的なあり方の恣意性には言語の同定性の根拠を置くことはできないのだとソシュールは主張したのでした。では、言語の同定性の根拠はどこに求められるのかといえば、それは他と違うという関係、体系全体におけるその語の位置づけによって決定されるということでした。つまり、言語の同定性は、物理的な形そのものではなくて、言語全体の体系においてその語が他の全ての語と異なっているという関係にこそ、その根拠があるということでした。

 最後に、ソシュールが「ラング」を「パロール」から区別したことの意味を検討していきました。まず、「ラング」とは人間の頭の中にある言語に関する社会的な約束事の総体であって、一方「パロール」は個々の人間が話したり書いたりする個別的な音声や文字のことであることを見ていきました。また、両者は相互依存関係にあり、「パロール」は「ラング」なくしては実現しませんし、「ラング」も「パロール」の繰り返しにより社会的に承認されて初めて成立するものであることも確認しました。それでは、ソシュールは言語研究の中心的なテーマがどちらにあると考えていたのか、続いてこの問題について検討していきました。ソシュールは「言語が何よりもまず記号の体系である」と述べていたことを確認し、ここでいう「言語」とは、聴覚映像と概念とが結びついた心的記号の総体のことであり、これはとりもなおさず「ラング」のことであるから、ソシュールは言語学の中心的なテーマが「ラング」の研究にあると考えていたのだということを説明しました。その上で、ソシュールが「ラング」を「パロール」から区別したことの意味を検討しました。第1に、「ラング」は認識の一形態であるから、言語研究は認識の研究そのものだという形で、直接的に認識の研究を問題にしたこと、第2に、言語の本質が(これまで考えられてきたように)音声や文字であるということに疑問を呈し、言語の本質は社会的・精神的・体系的なものである、つまり「ラング」であるという形で、言語の持つ2つの性格を分けて把握したこと、この2点を見ていったのでした。

 以上、ソシュールの言語理論の歴史的意義について、3つに分けて説きてきた流れを確認しました。再度ソシュールの言語理論をまとめるとすると、ソシュールの時代までに隆盛を極めていた比較言語学の方法論、つまり個別の音声が歴史的にどのように変化していくのかに関する法則を研究するというやり方に対して、言語の本質は音声や文字の物理的なあり方そのものにあるというのは違うのではないかとソシュールは考えたのです。それは文字をどのような色で書いても、音声をどのような声色で話しても、同じ言語として通用する事実にも裏打ちされていました。では、言語の本質とは何かといえば、それは音声や文字といった物理的なあり方そのものではなく、聴覚映像と概念とが人間の頭の中で結びついた記号が、他の記号との対立関係の中で打ち立てる体系にあるのではないか、これがソシュールの根本的な言語観なのです。こうした考えをまとめ上げることによって、「ラング」を「パロール」から区別し、「ラング」という心的な記号の体系を抽出したものが、ソシュールの言語理論の中心なのです。

 では、こうしたソシュールの言語理論を自らの実力と化す、つまり連載第1回に用いた言葉でいえば、「科学的言語学体系を構築する」ための1つの過程にするには、どのような作業が必要になってくるのでしょうか。単にソシュールの言語理論の成果を捉えるだけでいいのでしょうか。この問題に関しては、南郷継正先生が以下のように説いておられることが非常に重要となってきます。

「論文を書くとは、相手の論の欠点を正しく説いて見せながら、つまり正当な論文になるように仕上げてみせることが重要なのであり、これを実践していってこそ自分の学の形成過程の一助となるのであり、これが体系化への第一歩となっていくのである。」(『武道哲学講義 第3巻』p.228)

 つまり、成果は成果として正当に評価しつつ、「相手の論の欠点」も同時に指摘しなければならず、その欠点を正していくことが必要になってくるということです。

 ではここで、これまで見てきたソシュールの言語理論を俎上に載せて、簡単にではありますが、このことを実践してみたいと思います。

 まず、ソシュールは言語の持つ2つの性格を分けて把握し、それぞれに「ラング」と「パロール」という名前を付けました。言語の社会的・精神的・体系的な性格を「ラング」と呼び、言語の個人的・物理的・個別的な性格を「パロール」と呼んで、全く別の実体として把握したのです。「ラング」は頭の中にあり、「パロール」は現実の世界の中にあるというわけです。そして「ラング」を研究の中心に据え、「ラング」は他の全ての記号と異なるという関係において、自らを同定する記号の体系だと捉えたのでした。このことを別の言葉でいえば、「ラング」は「絶対的な差異」が問題なのではなくて、「相対的な差異」が問題だということになります。そしてこの「相対的な差異」というのは、簡単にいえば「種類」のことです。しかし、「ラング」を「種類」としての記号の体系だと捉えるならば、それは何も「ラング」に限った把握ではなくなってしまうのです。どういうことかといえば、「パロール」は物理的なあり方が問題であって、言語の本質からは外れる存在だとソシュールは考えていたのですが、「種類」という概念を導入することによって、「パロール」にも2つの性格がある、つまり物理的なあり方そのものという側面と、「種類」としての側面と、2つの性格が「パロール」において統一されている、ということがいえるようになるわけです。ある言語(音声や文字)の物理的なあり方の変化は、「種類」が変ってしまうという限界に達するまでの範囲内においては許容されるのだと考えることで、ソシュールが「ラング」と「パロール」という形で二分した言語の2つの性格を、音声や文字の中に二重性として統一的に捉えることができるようになるのです。そしてこのことは、音声や文字が言語であり、言語学の中心的な研究テーマであるとする従来の言語観への、ヨリ高いレベルでの復帰を意味するのです。

 それでは、音声や文字(ソシュールのいう「パロール」)が言語であるとすると、ソシュールのいう「ラング」とは一体何なのかが問題になります。実はこれは言語に関する約束事、つまり言語規範なのです。そして言語規範は言語そのものと大きく関係していますが、言語そのものではありません。これは、例えば野球のルールは野球に大きく関係していますが、野球のルールそのものが野球であるとはいえないことと同じことです。ソシュールは、言語が「絶対的な差異」ではなくて「相対的な差異」に基づく体系であることを把握したまでは良かったのですが、音声や文字の中に「相対的な差異」が「絶対的な差異」との二重性で存在していることを見抜くことができず、「絶対的な差異」としての「パロール」とは別の実体として、人間の頭の中にある「相対的な差異」としての「ラング」を想定し、これこそが言語だとしてしまったことに誤りがありました。「ラング」を言語だとしてしまうと、連載第1回で引用した安倍首相の発言について、その意図を平板に表面的に捉えておしまいとなってしまうのです。なぜならば、「ラング」は記号の体系であって、その記号は聴覚映像と概念とが一義的に結びついているからです。「参院選の最大の焦点はアベノミクスだ」といえば、その意味は完全に固定化されてしまい、実は安倍首相の頭の中では憲法改正問題が最も大きなテーマなのではないか、などと考える余地がなくなってしまうのです。

 以上、ソシュールが「ラング」と「パロール」として言語の2つの特徴を分けて把握したことの意義と限界について考察してきました。言語に物理的な性質と「種類」としての性質とが存在することを指摘したことは、言語研究史上におけるソシュールの大きな業績だと評価できるのですが、それらを二分して把握してしまい、音声や文字の中に二重性としてそれらが存在すると理解できなかったことがソシュールの限界だったのです。

 実は、言語の同定性の根拠が「種類」であると明確に言い切ったのは三浦つとむさんなのです。三浦さんは言語を二重性(いわば「二分性」ではなく)で捉え、言語の感性的なあり方そのものは言語表現に不可欠ではあるものの、言語表現ではなく非言語表現であって、言語の「種類」としての側面こそが本来の言語表現であると説いておられます。また、言語と言語規範がどのような関係にあるのかも明らかにされています。三浦言語論については、10月に本ブログに掲載予定の「三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む」の中で詳細に展開することをお約束して、本稿を終えることとします。

(了)
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2016年08月21日

文法家列伝:ソシュール編(4/5)

(4)ソシュールは「ラング」を「パロール」から区別した

 前回は、ソシュールが言語の同定性(何によって同一の言語だといえるのか)をどのように考えたのかについて見ていきました。ソシュールはまず、言語を様々な色で書いた入り、彫って表したり、色々な声色で発声したりしても、それらの同一性が揺るがないことを述べ、言語の同一性の根拠は、通常の「物」の同一性のように、物理的なあり方そのものに求められるものではないと主張しました。そして、言語の同一性は、チェスの駒や毎日ある一定の時刻に出発する急行列車の同一性と同じ性質をもっていることを示唆したのでした。では、言語の同一性はなぜ、物理的なあり方そのものに根拠を求められないのか、ソシュールは次にその理由について説明していったのでした。ここで取り上げられたのが、言語の恣意性ということでした。ソシュールは、言語記号においてある概念がどのような聴覚映像に結びつくのかは恣意的であり、また、概念がどのような範囲を表すのか、聴覚映像がどのように区別されるのかについても恣意的であるため、言語が何によってできているのかという物理的なあり方そのものに言語の同一性の根拠を求められないのだと主張したのでした。では、言語の同一性は一体どこに求めるべきなのでしょうか。この問題についてソシュールは、ある言語が他の全ての言語と異なるという関係こそが、言語の同定性の根拠であると述べたのでした。

 さて今回は、ソシュールの言語理論における最大の特徴ともいえる、「ラング」と「パロール」の区別について見ていくことにしましょう。両者はともに、大雑把にいえば言語のことを意味しているのですが、両者の区別を理解するために、まずは以下のソシュールの表現を読んでみてください。ちなみに、1つ目の引用文に出てくる「ランガージュ」というのは、言語活動といった意味の用語です。

「ラング=受動的なもので集団の中に存在する。これはランガージュを組織化し、言語能力の行使に必要な道具を構成する社会的なコードである。
パロール=能動的で個人的なもの。」(p.201)


「ディスクールの要請によって口にされるすべてのもの、そして個別の操作によって、表現されるものはすべてパロールである。個人の頭脳に含まれるすべて、耳に入り自らも実践した形態とその意味の寄託、これがラングである。」(p.98)

 ここでは、「ラング」が「社会的なコード」であり「頭脳に含まれる」「組織」的なものであるのに対して、「パロール」は「個人的」であり「口にされ」「表現される」「個別」的なものであると説明されていることが分かります。端的にいえば、「ラング」は社会的・精神的・体系的なものであり、「パロール」は個人的・物質的・個別的なものであるということになります。これはどういうことかというと、ある個人が話したり書いたりする具体的な個々の音声や文字が「パロール」であって、人間の頭の中にある言語に関する社会的な決まり事の全体が「ラング」であるということです。

 両者の区別を以上のように説いた上で、ソシュールは両者の連関について以下のように述べています。

「ラングとは、ランガージュ能力の行使を個人に可能にすべく社会が採り入れた、必要な契約の総体である。パロールとは、ラングという社会契約によって自らの能力を実現する個人の行為の謂である。パロールのなかには、社会契約によって容認されたものの実現という概念がふくまれている。」(p.121)

「人が語るためにはラングの宝庫がつねに必要であるというのも事実であるが、それとは逆に、ラングに入るものはすべてまずパロールにおいて何回も試みられ、その結果、持続可能な刻印を生み出すまでくり返されたものである。ラングとはパロールによって喚起されたものの容認にすぎない。」(pp.97-98)

「個人ひとりでは決してラングに達することはないだろう。ラングはすぐれて社会的なものである。いかなる事象も、その出発点はどうあれ、それが万人の事象となる瞬間までは言語的に存在しない。」(p.120)

「ラングとパロールが、お互いを前提とし、その存在は他の存在なしにあり得ない」(p.204)

 まず1つ目の引用文では、「パロール」が「ラング」の個人的な実現であることが述べられています。頭の中にある言語に関する社会的な決まり事(「ラング」)を使って、人は話したり書いたりする、つまり音声や文字(「パロール」)を生み出すのだということです。次に2つ目と3つ目の引用文では、「ラング」が「パロール」の繰り返しによって万人が承認して初めて成立するものであることが述べられています。これは例えば、「スマートフォン」なる「ラング」は初めから存在から存在していたものではなくて、ある企業が自社製品に「スマートフォン」という名称を与え、それが繰り返し繰り返し使用される(いわば「パロール」される)ことで、一般的に多機能型携帯電話端末のことを指すようになった(「ラング」になった)という例で分かってほしいことです。以上のように、「パロール」のためには「ラング」が必要であって、「ラング」には「パロール」が必要であるという相互関係を、ソシュールは4つ目の引用文で表しているわけです。

 以上によって、ソシュールが「ラング」と「パロール」の区別と連関をどのように考えていたのかが明らかになりました。簡単にまとめておきますと、「ラング」というのは人間の頭の中にある言語に関する社会的な約束事の総体で、「パロール」は個々の人間が話したり書いたりする個別的な音声や文字のことでした。両者は相互依存関係にあり、「パロール」は「ラング」なくしては実現しませんし、「ラング」も「パロール」の繰り返しにより社会的に承認されて初めて成立するものでした。

 ここで念のため確認しておきたいことは、ソシュールが「ラング」と「パロール」の区別に関して、「ラング」=社会的、「パロール」=個人的という形で完全に割り切って把握していたわけではないということです。

「この二つの領域のうち、パロールの領域はより社会的であり、もう一方はより完全に個人的なものである。ラングは個人の貯蔵庫である。ラングに入るもの、すなわち頭の中に入るものはすべて個人的なものである。」(p.98)

 これはどういうことかというと、「ラング」は確かに言語に関する社会的な約束事なのですが、これは個人の頭脳の中にしか存在しえないという意味で個人的であるともいえるし、また「パロール」に関しても、確かに個人的な行為を意味するのですが、これは表現によって相互の意思疎通を行うためになされるものであるという意味で社会的であるともいえるのだということです。ここには、ソシュールの非常に弁証法的な思考が現れているといえるでしょう。

 さて、「ラング」と「パロール」の区別と連関を明らかにしたところで、では言語学の中心的なテーマはどちらなのかという問題が出てきます。ここで、前回、前々回に触れた、言語は記号の体系だというソシュールの言語観を思い出してほしいのです。ソシュールは、「言語が何よりもまず記号の体系である」ことは明らかだと述べていました。そして記号とは、概念が聴覚映像に結びついたものであって、「心的なものであり主体の中に存在する」ものであると述べていたのでした。このことを今回の展開と重ねてみますと、ソシュールの主張が見えてきます。つまり、「言語」が「記号の体系」だというときの「言語」は、個々の人間の頭の中にある言語に関する約束事(=概念と聴覚映像との結びつき=記号)の総体を指しているのであって、これはとりもなおさず「ラング」のことである、ということです。ソシュールは言語を記号の体系だと捉えることによって、「ラング」こそが言語学の中心的なテーマであることを示唆したのでした。このことは、「ラングの中に与えられているもののパロールによる実行は、非本質的」(p.203)という言葉からも裏打ちされています。さらにいえば、言語を音声そのもの(「パロール」)ではなく、心的記号の体系(「ラング」)だとみなしたからこそ、連載第2回で見たように、現実的な音韻の変化の法則を扱う比較言語学を批判したのだともいえるでしょう。もしかしたら、比較言語学の方法論に直観的に違和感を覚えたソシュールは、その違和感を解明する過程において、「ラング」(心的記号の体系)という着想を得て、これこそ言語学の中心的なテーマだと考えるに至ったのかもしれません。

 いずれにしても、ここで最も重要なことは、ソシュールが「ラング」を「パロール」から区別したことの意味を問うことです。ではその「ラング」を「パロール」から区別したことの意味とは何なのでしょうか。それは第1に、これは連載第2回でも説きましたが、「ラング」を言語学の中心テーマに据えることで、言語学における認識の研究の重要性を指摘したことです。「ラング」とは言語に関する社会的な約束事であって、人間の頭の中にあるものだということは繰り返し述べていますが、このことは端的にいえば、「ラング」は認識の一形態だということです。これまでの言語研究史においても(比較言語学の時代は除くとして)、言語研究は認識の研究とともに発展させていく必要があることは徐々に指摘されるようになってきていました。しかしソシュールは、これまでのように言語研究を認識の研究を媒介として深めていこうとする方向性をとったのではなくて、言語研究は認識の研究そのものだという形で、直接的に認識の研究を問題にしたのです。そしてこのことは、「ラング」という認識を「パロール」という物理的な音声や文字から区別したことによって可能となったのです。

 第2に、言語というものの性質を2つに分けて把握したことです。これまでの言語研究の歴史においては、音声や文字が言語であることは問題にならないくらい当然の前提でした。古代ギリシャにおいては、言語(音声や文字)が何を指し示すのかが問題になりましたし、中世から17世紀の『ポール・ロワイヤル文法』の時代くらいまでは、正しい言語の使い方はどのようなものかという形で言語(音声や文字)が検討されていきました。19世紀の比較歴史言語学においても、言語(音声や文字)の歴史的変遷の法則性を取り扱うことが言語学だとされていたことを見ても、言語は音声や文字であるということは当たり前のことだったのです。しかしソシュールにおいては、確かにそうしたものも言語である(「パロール」である)ことは認めつつ、そうした物理的なあり方そのものは言語の本質ではないと主張したのでした。では、音声や文字としての言語が言語の本質ではないとすると、言語とは一体何なのかという問題が出てきます。そこでソシュールは、言語とは社会的・精神的・体系的なものである、つまり「ラング」であるとして、通常、言語といわれるものにも2つの種類があることを明らかにしたのでした。

 以上見てきたように、ソシュールは言語を「ラング」と「パロール」とに二分して把握し、「ラング」の考察こそ言語の本質を明らかにするものだとして、記号の体系としての認識を言語研究の直接のテーマに据えたのでした。
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2016年08月20日

文法家列伝:ソシュール編(3/5)

(3)ソシュールは言語の同定性を関係に求めた

 本稿は、言語とはどのようなものかという本質的な理解なしには言語に係わる諸々の現象の意義を説くことはできないのだという問題意識のもと、その言語の本質的理解のための要となる科学的言語学体系の創出を目指して執筆するものです。直接的には、過去の偉大な言語研究家を取り上げ、その成果を歴史性も踏まえて考察していくことを目的とした「文法家列伝」シリーズの1つとして、「近代言語学の父」であるフェルディナン・ド・ソシュールに焦点を当て、その言語研究史上の業績を検討していきます。

 前回は、ソシュールの言語研究史上の意義の1つ目として、ソシュールが言語を体系と捉え、認識との連関において取り上げたことを説いてきました。17世紀までの言語論においては、言語とそれが指し示す対象との間に、人間の認識というものが介在しているのではないかということが徐々に分かってきたのであって、認識とは何かを解明しつつ言語研究が発展してきたという流れがありました。しかし、19世紀の比較言語学においては、こうした流れが寸断され、言語を人間の認識とは無関係に生成・発展・消滅する自然科学的対象として把握し、個別の音韻法則という言語の音の変化に関する法則を扱う研究が中心となったのでした。ソシュールは、こうした言語学の現状に対して強い不満を示し、個々の言語の音声がどのように変化するかということは、言語の価値体系には何の影響も与えないのであって、比較言語学の考え方は言語の不完全な捉え方だと非難したのでした。それでは、言語の価値体系とはどのようなものかが問題になりますが、ソシュールによれば、それは人間の認識の中で「音の差異」が「観念の差異」と結びついた記号の体系だということでした。ソシュールは言語をこのように捉えることで、言語を再び認識との連関におけて把握しようとしたのでした。

 さて今回は、ソシュールの言語研究史上の意義の2つ目として、ソシュールが言語の同定性(何によって同一の言語だといえるのか)をどのように考えたのかを見ていきたいと思います。

 ソシュールはまず、言語の同定性は音声や文字といった物理的なあり方そのもので決定されるものではないと主張します。

「記号の生産手段は全く非関与的であること……私が記号を白で書こうが黒で書こうが、彫ろうが浮き彫りにしようが、そんなことは非関与的でしかない。……道具は何の重要性ももっていない。……我々はラングの音的性格などというところにその本質がないことを確認できるのである。」(pp.131-132)

 ここで述べられていることは、簡単にいえば、「万年筆」という文字を何色で書こうと、書くのではなくて彫って表そうと、楷書で書こうと草書で書こうと、どういうあり方として表したとしても、それらは全て「万年筆」という同じ言葉なのだ、ということです。また、音声言語についても同様のことがいえることをソシュールは述べています。戦争に関する演説で繰り返された「戦争」という語は、たとえ「音的素材」(p.149)が異なっていようとも、全て同じ言葉だといえるというのです。強調のために大きく強く発声しようと、しんみりと静かに発声しようと、「戦争」は「戦争」だということです。

 ソシュールは、こうした言語の同定性についての理解を促すために、チェスの駒や急行列車の例を挙げて説明を続けていきます。チェスのナイトという駒は、物質的にどういう素材で作られ、どういう形をしていたとしても、「ナイト以外のすべての駒と異なる限りにおいて」(p.155)ナイトとして扱うのだ、毎日毎日同じ急行列車に乗っているという場合、それは実体として別の車両であったとしても、同じ急行列車といえるのだ、こうしたことと同様のことが言語についてもいえるのだ、というわけです。

 ここで考えてみなければならないことは、「同じもの」とはどういうことかということです。例えば、電車に乗っていて、傘を置き忘れて下車してしまったとしましょう。傘を失くしてしまったことに気付いた場合、その鉄道会社の忘れ物センターに問い合わせて取りに行くことになると思います。その際、センターの担当者は、「どういう傘でしたか?」「色は何色ですか?」「どんな特徴がありましたか?」などとその物理的なあり方を確認します。そして、「傘の柄の部分に名前を書いた白色のシールを張っていました」などと答えると、その特長に基づいて担当者が忘れ物の山の中から探してくれるということになるのです。つまり、通常の「物」であれば、「同じもの」だと主張できる根拠は、あくまでも色や形や、それに名前が書いてあったり、印をつけてあったり、偶然ついてしまったキズなどが目印になったりするなどのような物理的な特徴にあるのです。ところが言語の場合には、同じ言語だといえるための根拠が、赤のボールペン字であったり墨汁で書いた毛筆であったり、高い音であったり低い音であったりといった、「生産手段」や「音的素材」など、つまり物理的なあり方そのものには求められないのです。

 ではそれは一体なぜなのでしょうか。ソシュールはこの問題を解決するために、言語の恣意性ということを持ち出してきます。ここで、言語の恣意性とは一体どういうことなのかを理解するために、前回も触れた言語が記号の体系だということに関して、もう少し詳しく見ていきましょう。

 ソシュールは言語を記号の体系だと述べたのですが、それではその記号というものはどのようなものなのでしょうか。

「言語記号は2つのまことに異なった事象の間に精神が樹立する結合であるが、それらの事象は2つとも心的なものであり主体の中に存在する。1つの聴覚映像が1つの概念に結合されているのである。聴覚映像は物質音ではない。これは音の心的な刻印である。」(p.205)

 前回は、「「鉛筆」という観念が「ボールペン」という観念や「万年筆」という観念と違ったものとして頭の中にイメージされていて、その観念に「えんぴつ」という音が結びついて頭の中に存在しています」という例を述べました。この例でいえば、上記の引用で述べられている「聴覚映像」というのが「えんぴつ」という音のイメージのことであり、「概念」というのが「鉛筆」という観念のことになります。ソシュールはこのように、人間の認識の中で聴覚映像と概念とが結びついていると主張し、これが記号だとしたのです。そして言語とは、こうした心的な記号の集合体だというわけです。

 ソシュールのいう言語の恣意性は、この記号内あるいは記号間の関係をどのように理解するかに関連しています。ソシュールは次のように述べています。

「言語事実がその間に起きるこれら2つの領域が無定形であるばかりか、2つを結ぶ絆の選択、価値を生み出す2つの領域の合体は、完全に恣意的である。」(p.249)

 ここでは、「2つの領域」、つまり聴覚映像と概念のことですが、これらが一定の決まった形がないこと、つまり恣意的であることと、聴覚映像と概念との結びつきが恣意的であることと、2つのことが述べられています。まず分かりやすい後者から説明しますと、これはある概念に1つの聴覚映像が結びつくその結びつき方が規則的ではない、ということです。具体的にいえば、日本人はワンワン鳴く動物を「いぬ」と呼び、ニャーニャー鳴く動物を「ねこ」と呼んでいますが、それは何か機械的に結びつけられるような法則に基づいてそう呼ばれているわけではないのであって、その逆であっても構わないということです。ただ習慣によってそう呼んでいるだけであって、そういう意味で聴覚映像と概念との結びつきが恣意的であるとソシュールはいっているわけです。一方、前者の方は少し分かりにくいのですが、分かりやすくいうと次のようになります。まず、概念が無定形=恣意的であるというのは、色を表す言葉を考えてみるとよく分かります。日本人は通常、青と緑を別の色として把握していますが、ヴェトナム人は青も緑も同じ色として把握しているようです。こうした事実を見ると、色をどのように分類するのかということには一定の規則があるわけではなくて、どのようにも分けることができる、つまり概念は恣意的であるといえることになります。また、聴覚映像が無定形=恣意的であるというのは、例えば、日本人は[r]と[l]の音は区別しませんが、アメリカ人は両者を区別します。これは聴覚映像をどのように分けるかということについても規則的ではなく、恣意的に決定されるということです(音声ではなくて、文字で考えてみると、例えば、「士」と「土」は区別するのに、「吉」と「𠮷」は区別しない、といったことを恣意的とソシュールはいっているのだと思いわれます)。つまり、ソシュールのいう言語の恣意性とは、聴覚映像と概念との結びつきに必然性がないことに加え、概念がどのような範囲を表すのかや聴覚映像がどのように区別されるのかについての定まった基準もない、ということです。

 ソシュールは、このような言語の恣意性があるからこそ、言語の同定性は物理的なあり方そのものには求められないのだと主張する訳です。つまり、ある言語の物理的なあり方は恣意的であるから、そうした恣意的なものを言語の同定性の根拠にはできないのだということです。ではソシュールは、言語の同定性の根拠として、どのようなものを考えていたのでしょうか。ここで改めて、前回引用した次の2つの文章を読んでもらいましょう。

「音素を分類するにあたっては、それらが何からできているかを知ることより、それらが互いに何において異なっているかを知る方が問題である。したがって、分類に際しては、否定的な要因の方が実定的な要因より重要となる。」(p.79)

「コトバは根柢的に、対立に基盤を置く体系という特性をもつ。」(p.147)

 他にもソシュールは、「いかなる価値といえども個的存在ではあり得ず、記号は集団〔体系〕の容認によってしか即自的な価値をもつには至らない」であるとか、「1つの語が単独に存在し得るという幻想があるが、ある語の価値は、いかなる瞬間においても、他の同じような単位との関係によってしか生じない」であるとか述べていました。こうした箇所でソシュールが述べていることは、言語はそれ自体がどういうものかによって決められる(同定される)のではなく、他と違うという関係、体系全体におけるその語の位置づけによって決定される、ということです。先に言語の同定性とチェスの駒の同定性が同じ性質のものだとソシュールが述べていることを確認しましたが、チェスのナイトという駒が「ナイト以外のすべての駒と異なる限りにおいて」決定づけられるということが、非常に分かりやすい例になっていると思います。つまり、ナイトという駒は、馬の首から上の形をもっているという「何からできているか」は問題ではなくて、紙片に「ナイト」と書いたもので代用できることから明らかなように、他の駒と「対立」している、つまり「ナイト以外のすべての駒と異なる」のであれば、いかなる形をとっても「ナイト」は「ナイト」として機能するのだということです。そしてこれは言語においても同様であるとソシュールは主張しているわけです。

「かりに音が変化しても関係が変らない限り、言語学はそのような音変化に係わらない。」(p.80)

 ソシュールはさらにこのことを端的に次のように表現しています。

「言語の中には(つまり一言語状態の中には)差異しかない。」(p.253)

 以上見てきたように、ソシュールは言語の同定性という問題について、物理的な形そのものではなくて、言語全体の体系においてその語が他の全ての語と異なっているという関係こそが、その根拠になるのだと主張していたのでした。
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2016年08月19日

文法家列伝:ソシュール編(2/5)

(2)ソシュールは言語を体系として、認識との連関において取り上げた

 前回は、先月行われた参院選における安倍首相の発言や、5月に行われたオバマ大統領の「広島演説」を取り上げ、こうした言語から認識を正確に読み取っていくことが非常に難しいこと、それは言語の性質に規定されているのであって、言語とは何かを解明した科学的言語学体系によってこそ、自分の認識を正しく漏れなく伝えることができるし、相手の認識も正しく漏れなく理解することができるのだということを説きました。こうした科学的言語学を創出することこそが筆者の人生を賭した目標であって、そのために「文法家列伝」シリーズを執筆することで、優れた「文法家」の言語に関する考え方を丁寧に辿っていき、文化遺産を発展的に継承していきたいとの決意を述べました。そして今回取り上げるソシュールについて、その生涯と言語理論の大枠を簡単に紹介したところまででした。

 さて今回は、ソシュールの言語理論の特徴の1つとして、言語を体系と考え、言語と認識との間の連関を取り上げたという点についてみていきたいと思います。

 この問題を考察するために、まずは17世紀までの言語論から19世紀の比較言語学への流れを簡単に振り返っておくことにしましょう。

 言語研究が始まった古代ギリシャにおいては、言語とそれが指し示す対象との関係が考察されました。言語の意味は、それが指し示す対象にあるとされたのです。また、言語そのものの形態の変化(屈折)や文の中での位置づけ(修飾する語か修飾される語かなど)も研究テーマとなっていました。

 こうした古代ギリシャの言語研究の成果は、続く古代ローマ時代にラテン語に適用されました。中世になると、言語にはそれを表現する話者の心、つまり認識が関係していることが直観的に把握され始めました。具体的には、文法は全ての言語で本質的に同一であり、言語間の表面の差異は偶然的な変化であるという普遍文法が追及され、そこでは世界の事物の存在様式を人間の精神が感知し、言語として表現するという全ての人間に普遍的な様式が考えられました。また、動詞の屈折形について、単に対象となる事物の運動を表すのみならず、話し手の心を反映していることも直観的に把握されたのでした。

 言語研究が古代ギリシャ以来の大きな進展を見せたのが、17世紀後半に登場したポール・ロワイヤル文法とロックの言語論においてでした。これらの言語論においては、語を認識のあり方に基づいて大きく二分し、さらにそれらの細目を分類するという立体的な品詞分類を行ったのでした。具体的には、ポール・ロワイヤル文法では「思考の対象を表す語」と「思考の形態や様式を表す語」、ロックにおいては「心の中の観念の名前である語」と「心が観念や命題に与える関係を表す語」という形で語の二大別を行ったのです。両者とも、認識のあり方と言語との関係を大雑把にでも掴むことができたために、実体や属性という、これまである程度解明されてきたといえる直接の対象がある語(名詞や動詞など)だけでなく、直接の対象があるわけではない語(前置詞や接続詞など)に関する鋭い分析が可能となったのでした。

 18世紀から19世紀にかけては、言語の起源に関する考察が活発になるとともに、比較言語学という新たな研究が盛んになってきます。これは、言語学の対象を人間の意志とは関わりのない音韻法則にまで還元するもので、例えば、インド・ヨーロッパ語族の共通基語がどのような音韻法則によって、現在のドイツ語やフランス語や英語などに変化していったのか、その法則性を追求する研究です。言語の音には変化の法則があるのであって、それを明らかにすることこそが言語学の目的であると考える研究方法です。19世紀の終わりには、音韻法則に例外なしと宣言する学派も登場してくるまでに、音韻法則の研究が進んできたのでした。

 以上のような言語研究の流れを見てみると、大きな観点からは、17世紀までの言語研究では、言語とそれが指し示す対象との間に認識が介在するのではないかということが徐々に分かってきて、その認識というものと言語との関係を深めていく、という流れがあったのですが、19世紀に盛んになった比較言語学においては、言語の音声が歴史的にどのように変化していくのかという発展法則に関して、人間の認識とは切り離して考察されていったということがいえると思います。こうした変化の背景には、ヘーゲルの歴史主義やダーウィンが描いた生物進化の系統樹、さらには当時の経験主義的・実証主義的研究方法の隆盛といったことが大きく影響していると考えられます。(詳細については、本ブログに掲載されている「比較言語学誕生の歴史的必然性を問う」を参照していただきたいと思います。)

 ソシュールが言語学の道に進んだ時の情況というのは、まさにこうした比較言語学が隆盛を極めていた時代だったのです。

 ではソシュールは、当時流行していた比較言語学をどのように捉えていたのでしょうか。

「音声変化というものは我々が意識していない言語現象の1つで、当然、直接与えられてはいないものである。すべての語において、個別(﹅﹅)の(﹅)要素が音声変化を蒙ったからといって、個別(﹅﹅)の(﹅)要素がある法則下におかれて変化するなどということはあり得ない! したがって、音声法則などという語を使用することは誤りである。」(p.89)

 ここでソシュールは、個別の要素の音声変化を扱う比較言語学について、否定的な評価をしていることが分かります。そもそも、ある一時代に暮らしている個々の人間にとっては、音声変化は通常意識されないもの(はっきりいえば、どうでもいいもの!)です。また「個別の」に傍点がついていることからも分かるように、ソシュールの考えでは、個々の音声に焦点を当てたような研究方法は、たとえそこからどのような「法則」的なものが導き出されたとしても、それは言語学全体から見れば単なる1つの現象に過ぎず、「法則」などいう全体を貫く規則性を表す言葉は使えないのだということになります。

 さらにソシュールは、言葉に関する不完全な考え方として、「言語を、根も環境ももたない1つの有機体と考えたり、自らの生をもち、おのずから生長する1つの種の如くみなす考え方」(p.84)、「“食べる”という機能と同じような自然的機能を、言語の中にも見かねない」(p.85)考え方を挙げています。こうした考え方は、言語を人間の認識とは関係なく生成・発展・消滅する有機体であるとみなし、言語を自然科学の対象として扱った比較言語学の考え方そのものであり、ソシュールはそれを言語に関する不完全な考え方であると非難しているのです。

 こうしたソシュールの考え方は、言語をどのようなものと考えるのかという根本的な思想に規定されています。ソシュールは、「言語が何よりもまず記号の体系である」(p.127)ことは明らかだとしたうえで、言語がどのようなものであるかについて、以下のように語っているのです。

「シーニュ〔記号〕の体系という単位の体系は、価値体系にほかならぬ。……いかなる価値といえども個的存在ではあり得ず、記号は集団〔体系〕の容認によってしか即自的な価値をもつには至らないであろう。」(p.67)

「我々には1つの語が単独に存在し得るという幻想があるが、ある語の価値は、いかなる瞬間においても、他の同じような単位との関係によってしか生じない。語や辞項から出発して体系を抽き出してはならない。……その反対に、出発すべきは体系からであり、互いに固く結ばれた全体からである。」(p.68)

「私たちは孤立した語からではなく、諸語の体系から出発するみちを選んで価値という観念に到達した。」(p.48)

「音素を分類するにあたっては、それらが何からできているかを知ることより、それらが互いに何において異なっているかを知る方が問題である。したがって、分類に際しては、否定的な要因の方が実定的な要因より重要となる。」(p.79)

「言語学なる営為を行うとき、そのすべての規則において、音声学者とか生理学者である必要は全くない。(……)生理学的音声学は言語学に属していない。」(同上)

「コトバは根柢的に、対立に基盤を置く体系という特性をもつ。」(p.147)

 ここでソシュールがいわんとしていることは、言語を考察する場合には、個々の言語のある音素がどのように変化するかというような問題は大した意味がなく、言語を価値の体系として検討していく必要があるということです。そして、言語の価値(*)というものは、「それが何からできているか」という「実定的な要素」ではなくて、他の言語との違いという「否定的な要素」によって決定されるというのです。つまり、他の言語と「対立」を示してさえいれば、他の言語と違うという「関係」が変化しなければ、ある言語のある音素が変化しようがしまいが、その言語の価値は何ら変化しないのだということです。

 それでは、ソシュールのいう言語という価値の体系とはどのようなものなのでしょうか。このことについてソシュールは、「観念の差異に結びつけられた音の差異としてのラングの全体系」(p.254)という表現を使っています(ここで「ラング」とは何かということが問題になりますが、詳細は次々回に説くとして、ここでは簡単には言語のことだと考えておいてください)。言語が「音の差異」であると把握されていることは、上に述べたことで分かると思うのですが、問題は、その「音の差異」が「観念の差異」に結びつけられているとされていることです。端的に結論をいえば、ソシュールは言語の価値体系は物質的な存在ではなくて、人間の精神の中にある心的な存在だと主張しているのです。具体的にいえば、例えば「鉛筆」という観念が「ボールペン」という観念や「万年筆」という観念と違ったものとして頭の中にイメージされていて、その観念に「えんぴつ」という音が結びついて頭の中に存在しています。同じように、「ボールペン」という観念も「万年筆」という観念も音のイメージとともに頭の中に存在していて、それらの記号の集合体、総体が言語=「ラング」=「記号の体系」=「価値の体系」だというのです。

 ここで初めに述べた言語研究史の流れの中にソシュールの言語観を位置づけてみると、どのようなことがいえるでしょうか。それは言語を全体として把握し、認識との連関において再び取り上げたのだ、ということです。17世紀の言語論に至るまでの過程においては、言語研究は言語と認識との関係を深めていくという流れにあったことは上に見た通りですが、19世紀の比較言語学において、言語が個別の音韻法則として、人間の認識とは無関係のものとして、自然科学の対象として、把握されたのでした。しかし、言語を人間の認識と完全に切り離してしまって、個々の音声の変化法則だと理解したのでは、言語とは何かを把握することはできないのではないかと考えたソシュールは、前回少しふれたように、通時的言語学ではなくて共時的言語学を構築しようした流れの中で、言語研究の中心テーマは個別の音声がどのように変化するかということではなくて、言語全体の体系を解明することだと考えるに至り、それを価値体系として、心的な存在として、人間の認識との連関において検討していったのでした。

(*)ソシュールが「言語の価値」をどのようなものとして把握しているかについては、明確には述べられていないが、ある音がどのような観念を担っているのかという言語の役割のことを指しているように思われます。
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2016年08月18日

文法家列伝:ソシュール編(1/5)

〈目次〉

(1)ソシュールの言語理論の歴史的意義とは何か
(2)ソシュールは言語を体系として、認識との連関において取り上げた
(3)ソシュールは言語の同定性を関係に求めた
(4)ソシュールは「ラング」を「パロール」から区別した
(5)ソシュールは「ラング」という心的な記号の体系を言語の事実から抽出した


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(1)ソシュールの言語理論の歴史的意義とは何か

 先月行われた参議院議員選挙において、自公政権をはじめとするいわゆる「改憲勢力」が、非改選も含めた参議院全体の議席の3分の2を占めるに至りました。衆議院においても、自公などのいわゆる「改憲勢力」は既に3分の2以上の議席を占めているため、憲政史上初めて、改憲の発議が可能な情勢となったのです。

 安倍晋三首相は選挙前から、「後戻りすれば混乱の4年前に戻ってしまう」、「アベノミクスを前進させるか後退させるか、それを決める選挙」(*1)だとして、参院選の最大の争点が「アベノミクス」にあると語っていました。また、選挙期間中においても、同様、「アベノミクス」の是非が争点との認識を示し、「政策を前に進め、国民を豊かにしていくのか。それとも再び混迷の状況に国民を置くのか。前進か後退かを決める選挙だ」(*2)ということを強調していたのでした。これらの発言には、民主党政権の失敗との対比において、「アベノミクス」の成果を強調する意図が含まれているといえるでしょう。「アベノミクス」そのものをそのものだけで評価するとすれば、賛否両論あるかもしれませんが、「アベノミクス」を民主党政権の経済政策の失敗と並べ、「アベノミクス」が「前進」であって、民主党政権時代の復帰が「後退」であるという印象を強く打ち出すことで、国民が「後退」より「前進」が望ましいとして、「アベノミクス」を支持する方向に向かうよう、言葉巧みに訴えたのでした。

 加えて、もう1つ、安倍首相の発言には重大な意義があったことを見逃してはなりません。つまり、参院選の最大の争点を「アベノミクス」の是非を問うことにあると訴えることで、憲法改正という国の重大事を参院選の争点から実質上、外してしまうということです。安倍首相は以前から、憲法改正は自民党の党是であり、「私の在任中に成し遂げたい」(*3)と語っていました。しかし、参院選においては、この論点を全く取り上げず、野党との間での争点化という形をとらなかったのです。これは、各種の世論調査委おいて、憲法改正に「反対」が「賛成」を上回っていた(*4)ことによるものと思われます。要するに安倍首相は、参院選の最大の争点として「アベノミクス」の「前進か後退か」を問うことを前面に押し出すことによって、場合によっては与党側に不利に働く可能性のある憲法改正問題を棚上げするという戦略をとったのであり、その意図が選挙期間中の安倍首相の発言に表れているということです。

 ここで最も注意すべきことは、安倍首相が選挙期間中に全く語らなかった憲法改正問題は、安倍首相の頭の中から消えてしまっていたのではなくて、重要課題としての認識が薄れてしまったのでもなくて、終始一貫して最大の懸案としてイメージされていたのだ、ということです。その証拠に、参院選での勝利の翌日、安倍首相は次のように語っているのです。

「自民党は立党60年でございます。常にわれわれは憲法改正を掲げ続けてきたわけであります。このたいまつは、私の前任者の谷垣(禎一)幹事長から私が受け継いでいます。谷垣さんが総裁のときに、改正草案ができあがったわけでございます。それを実現していくというのは総裁としての責務ではあります」(*5)

 端的にいえば、安倍首相の認識は一貫していたものの、その表現は選挙期間中だけ変更させられていたということです。こうした、選挙期間中の発言だけを捉えて安倍首相の認識を把握したとすることが誤りであることの傍証として、2013年7月の参院選では全く触れていなかったいわゆる特定機密保護法を同年12月に成立させたことや、「アベノミクス解散」と名付けた2014年12月の衆院選後には、多くの憲法学者らが違憲と指摘した安保関連法の成立を強行したことなどが挙げられます。一般的にいえば、ある人物の認識とその表現とは相対的に独立しているのであって、ある表現のみから相手の認識を把握したと簡単に決めてかかってはならないということです。

 このことは、5月27日に行われたオバマ米大統領による「広島演説」についてもいえることです。詳細は本ブログに掲載した「オバマ米大統領の「広島演説」を問う」に説きましたが、簡単には、「哲学的な表現で核廃絶を世界に発信した」と被爆者からも評価された「広島演説」の背後には、米国世論に配慮しつつ、自らの「レガシー」を構築したいというオバマ大統領の認識が隠されていたのでした。

 以上の安倍首相の発言やオバマ大統領の「広島演説」の例から一体何がいいたいのかを再度まとめておくと、簡単には、言語という表現から認識を把握することは非常に難しいのであって、それほど言語というものは把握しにくいものだということになります。言語を表面的に理解していたのでは、安倍首相の言葉を簡単に信じてしまって、日本の未来が閉ざされてしまったり、オバマ大統領の「広島演説」を絶賛することで、日本人の主体性を取り戻すことができなくなったりといった、誤った方向に進んでしまいかねないのであるということです。しかしこのことは逆からいえば、言語とはどのようなものかという本質的な理解があれば、日本の明るい未来を切り開いていくことも可能となるし、日本人が主体性を取り戻して、世界において重要な地位を占め、世界をリードしていく道も開かれていくのだ、ということでもあるのです。

 では、言語とはどのようなものかという本質的な理解を可能とするものとは、一体何なのでしょうか。それこそ、筆者が生涯を賭して創出しようとしている科学的言語学体系に他なりません。この科学的言語学に学び、生活の中で実践していくことで、自分の認識を正しく漏れなく伝えることができるとともに、相手の認識を正しく漏れなく掴み取ることができる、そうした言語の実践が可能となるような理論体系を構築すること、これこそ筆者の全人生をかけての目標なのです。(*6)

 それでは、筆者が目指す科学的言語学体系はどのような道筋で構築していくことができるのでしょうか。実はその道筋の1つが、本稿を含めた「文法家列伝」シリーズの執筆なのです。どういうことかといえば、一般的に、科学的理論体系というものは、ある天才的な個人がその生涯において、全くのゼロから創出できるような簡単なものではなくて、世代交代を通じて獲得し継承されてきた文化遺産をまずは自らの実力とし、その上でそれらの遺産を批判的・発展的に継承していくことでこそ創出可能なものなのです。そしてこのことは言語学についても同様であって、言語に関して人類が獲得してきた知見がどのように発展していったのかを辿り科学的言語学体系を構築するためにこそ、時代時代の優れた「文法家」を取り上げ、彼らの歴史的意義を考察してきているのです。

 ということで今回取り上げるのは、「近代言語学の父」といわれるフェルディナン・ド・ソシュールです。まずはソシュールの簡単な経歴を紹介しておきましょう。ソシュールは1857年、スイスのジュネーヴに生まれます。ギリシャ語やサンスクリットを学び、1876年、創立されたばかりのパリ言語学会に入会します。10代のうちに数々の比較言語学関係の論文を発表し、途中、ベルリン大学にも留学して、1880年、ライプツィヒ大学を卒業します。その後、パリ大学の講師を務め、1891年、故郷のジュネーヴに戻ります。1906年にはジュネーヴ大学の正教授となり、3度にわたって有名な「一般言語学講義」を行います。そして1913年、55歳で没したのでした。

 ソシュールは、19世紀に盛んであった比較言語学から言語学の道に入ったのですが、最終的には比較言語学を離れ、一般言語学の構築を目指したといえます。ソシュールの用語でいえば、通時的言語学ではなくて共時的言語学を構築しようとしたということです。つまり、ある時代の言語を捉え、それがどのような体系によって成り立っているのかを解明しようとしたのでした。

 本稿では、「一般言語学講義」(*7)などをもとに、こうしたソシュールの言語理論の特徴的な部分を取り上げ、その歴史的意義を考察していくこととします。まず、ソシュールが言語を体系と考え、言語と認識の間の連関を取り上げたことについて述べ、次に、ソシュールが言語の同定性(何によって同一の言語だといえるのか)をどのように考えたのかを見ていきます。そして最後に、ソシュールの言語理論の最大の特徴である「ラング」と「パロール」について考察していきます。

(*1)6/7自民党全国幹事長会議での発言
https://www.youtube.com/watch?v=uEuzEVQUHhY

(*2)7/6自公連絡会議での発言
https://www.komei.or.jp/news/detail/20160607_20290

(*3)3/2参院予算委員会での発言
http://mainichi.jp/senkyo/articles/20160302/k00/00e/010/259000c

(*4)例えば、産経新聞社とFNNによる合同世論調査など
http://www.sankei.com/politics/news/160620/plt1606200052-n1.html

(*5)7/11自民党本部での記者会見での発言
http://www.sankei.com/politics/news/160711/plt1607110206-n5.html

(*6)科学的言語学体系の創出によって可能となることは、単に日常会話レベルの意志疎通が誤りなく行われるようになるというレベルにとどまりません。そもそも言語は、人間社会を維持発展させるためにこそ創出されたものであり、こうした言語というものを科学的理論として把握できれば、人間社会の大きな発展に資することができるというのが筆者の志の原点にある考え方です。このあたりの詳細については、別途機会を設けて説いていきたいと考えています。

(*7)ソシュールの「一般言語学講義」は小林英夫訳『一般言語学講義』として出版されていますが、これは当時の聴講学生たちの講義録を弟子のバイイたちが再構成したものです。この『一般言語学講義』は、その後に発見されたソシュールの手稿などの原資料などによって、ソシュールの真意がかなり歪曲されていることが明らかになっています。そこで本稿では、特に断りがない場合には、丸山圭三郎『ソシュールを読む』(2012年、講談社学術文庫)からソシュールの言葉を引用(孫引き)することにします。原資料なども含めて、より正確にソシュールの言語理論を把握することができると考えるからです。なお、引用文に付されている傍点については、必要と思われる箇所を除いて省略しました。
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2016年05月23日

比較言語学誕生の歴史的必然性を問う(5/5)

(5)比較言語学は言語の過程的構造を人類が把握するために必然的な段階であった

 本稿は、言語研究の王道、つまり言語と認識との関係に焦点を当てつつ言語の性質を解明していくという言語研究の流れが、19世紀に誕生した比較言語学において寸断された論理的な原因について解明していくことを目的とした小論です。古代ギリシャにおいて始まった言語研究は、当初、言語とそれが指し示す対象との関係として考察されていきました。中世に至って、徐々に言語と対象との間に認識が介在するのではないかということが明らかにされるようになって、17世紀においては、言語が認識を媒介して現れるものであることが明確に把握されることにより、認識のあり方に基づく語の二大別がなされるまでになりました。20世紀には、言語の基盤となる認識に関して、言語規範という認識が存在することがソシュールによって明らかにされ、一方で言語として表現される認識の生成発展過程が、時枝誠記によって言語過程説として、つまり素材である具体的事物が概念過程を経て一般化され、さらに発音行為によって言語が表出されるという過程として、考察されるようになったのでした。しかしこの20世紀に至る直前の19世紀には、言語研究の流れは大きく逸脱し、言語を人間の意志とは全く無関係に生成・発展・消滅する音声であるとして、その音声がどのように歴史的に変化してきたのかの法則である音韻法則を追求することこそ言語学の目的であるとする比較言語学が誕生し、大きく発展していったのでした。言語研究の流れにおけるこの比較言語学の誕生の歴史的必然性を問うことが、本稿の目的であったわけです。

 ここでこれまで本稿で説いてきた中身について、大事な点を中心にその流れを再確認しておくことにしましょう。

 まず、比較言語学が誕生した直接的な契機について見ていきました。比較言語学誕生の原点は、ヨーロッパ世界によってサンスクリットが「発見」されたことでした。イギリス人のウィリアム・ジョーンズによって、古代インドの言語であるサンスクリットとヨーロッパの言語であるギリシャ語やラテン語との間に、驚くべき共通性が存在することが指摘され、ここに端を発して、サンスクリットの研究や、親縁関係にある言語の比較研究が盛んに行われるようになったのでした。こうした中で、グリムによって、インド・ヨーロッパ共通基語の無声閉鎖音([p,t,k])は、ゲルマン祖語で無声摩擦音([f,θ,x])になるという規則性(「グリムの法則」)が発見され、さらにはその例外だと思われていた事象の中にも規則性が存在することが明らかにされていったのでした。そして遂に青年文法学派といわれる人たちによって、「全ての音韻変化は、同一方言内、かつ所与の時期にあっては、例外のない法則に従って機械的に生じ、同じ音韻は同じ環境では常に同じように発展する」という主張がなされるまでに至ったのでした。

 次に、比較言語学が誕生した19世紀とはどのような時代であったのかを確認していきました。19世紀はロマン主義が流行することで、経験主義的・実証主義的研究方法が盛んになった時代であったことをまずは説明しました。しかし一方では、科学の狭い領域への細分化、個別化の流れに対抗するようなヘーゲル哲学が時代を支配していたことも述べました。いい意味でも悪い意味でも、意識的にも無意識的にも、ヘーゲル哲学がヨーロッパの学界に浸透していた時代であったということです。ヘーゲルは世界歴史について、絶対精神が自己を展開し、自由を実現する過程として把握していました。全ては絶対精神であって、全ては生成発展するというヘーゲル哲学の根本は、歴史主義という言葉で表すことができるのでした。また、ダーウィンによる進化論が一世を風靡した時代であったことも説きました。適者生存の原理によって環境に適応した形質を獲得した生物種が分岐し、多様な生物種が生じるという進化論的発想が19世紀の思想的特徴の1つであったわけです。

 最後に、比較言語学が誕生し発展していった背景には、当時の認識論的な実力の幼さという問題があることを指摘し、そこから比較言語学誕生の歴史的必然性を考察していきました。そもそも言語は、認識を物質化するものである点で他の表現と同様なのですが、言語規範という社会的な約束事を媒介することで、はじめて認識を外化できるものである点で他の表現とは異なっているのでした。そして、その言語表現を媒介する言語規範も認識の1つのあり方として存在するものである以上、言語として表現された認識に加えて、言語規範という認識も、言語とは何かを考える際には重要となってくるのでした。19世紀の当時は、こうした認識のあり方そのものや、言語と認識との関連を把握するという認識論的な実力がまだまだ不足していたため、感性的に把握できる現象的な違いを比較検討していくという比較言語学が隆盛を極めるに至ったのでした。しかし、いわば言語研究の王道から外れた形で発展していったこの比較言語学は、第1に、言語研究においては、単に「今、ここ」にある言語のみを対象とするのではなくて、その生成発展過程を問う必要があることを明らかにした点、第2に、言語を言語の物質的形態のみから究明していくことが不可能であって、やはり認識のあり方の究明を深化させていく必要があることを示した点、以上2つの意味において、その後の言語研究の発展に大きく関わっていたのでした。

 以上のここまでの展開を踏まえて、本稿の大きな問題意識、つまり比較言語学誕生の歴史的必然性はどのようなものであったのかに改めて答えておくとすると、端的には、言語とはどのようなものかの過程的構造を人類が把握するための必然的な段階として比較言語学が誕生したのだ、ということになります。これまで説いてきたように、言語研究は認識とは何かを解明しつつ発展してきました。この方向性が限界に突き当たったのが19世紀であって、当時の歴史主義、進化論的発想を背景に、加えて経験主義的・実証主義的研究方法の隆盛に媒介される形で、比較言語学という言語研究方法が誕生してきたのでした。これは、ヘーゲルの歴史主義、つまりすべては1つであって、全ては生成発展するという思想、またダーウィンが描いた系統樹に触発されて、(少なくともインドとヨーロッパの)言語はある共通基語から枝分かれして派生したものであることを、事実に基づいて実証的に明らかにするものでした。また、前回の最後にも触れたように、こうした比較言語学の誕生、発展があったからこそ、個々の言語が具体的に如何なる過程を経て創出されるのかの考察がなされ、合わせて言語と認識との関係の考察の重要性が再認識されていったのでした。言語は対象→認識→表現という過程的構造において言語を把握することが必須であること、さらに、言語は言語の物質的形態である音声や文字だけをいくら研究しても、その本質を明らかにすることはできず、認識に基盤があることを把握することが決定的に重要であること、こうしたことは言語の過程的構造であって、この言語の過程も含めた全体像を明らかにするためには、19世紀の比較言語学というまわりみちが言語研究史には必要であった、ということなのです。

 今回の論稿は、言語研究史の論理的な把握に向けて、その一端を明らかにしたに過ぎません。2年半ほど前に執筆した「言語過程説から言語学史を問う」と題した小論についても、今後、より論理的なものとして再生させていく必要があると感じています。比較言語学では明らかにされなかった認識論を踏まえた言語の系統発生を解明し、加えて言語研究史の論理構造を究明していくことで、言語とは何かの本質論、構造論をしっかりと構築していくとともに、その創出した言語学でもって、世の中の全ての問題を説き切る学問一般を構築する土台を創り上げていく決意を述べて、本稿を終了することにします。

(了)
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<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
 ・男前はなぜ得か
 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
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 ・三浦つとむ弁証法の歴史的意義を問う
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 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
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 ・続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・学びにおける目的意識の重要性
 ・ブログ毎日更新1周年を迎えてその意義を問う
 ・2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会
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 ・佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売
 ・新人教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会
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 ・2011年8月例会報告:加納哲邦「学的国家論への序章」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論1三浦つとむの哲学不要論をめぐって
 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
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 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
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 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
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 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む