2017年03月23日

一会員による『学城』第14号の感想(14/14)

(14)「発展の論理構造」を文字として捉えるのではなく、像として主体的に描いていく必要がある

 本稿は『学城』第14号の感想を認めることによって、特に全体を貫くテーマである「発展の論理構造」という観点から、この第14号の中身を主体的に自分の実力とすることを目的として、これまで第14号に掲載されている12本の論文を取り上げ、その要約を行い、学ぶべき点を明かにしてきたものである。

 ここで、第14号全体を貫くテーマである「発展の論理構造」ということの中身を中心に、これまでの展開を振り返っておきたい。

 連載第2回で取り上げたP江論文では、「発展の論理構造」は「新しい弁証法の構造」であると述べられ、動く遺伝子の構造が説かれていた。また、「発展の論理構造」は生命の歴史から学ぶべきものであることも強調されていた。

 「発展の論理構造」を把握するためには、弁証法の理解が必要だという観点から展開されていたのは、連載第4回に扱った神庭論文であった。ここでは、弁証法的なものの見方・考え方が看護の実例を通して説かれていたのであった。同じ事例を繰り返し別の観点から説いているというのは「量質転化」的な説き方であることも指摘しておいた。連載第7回のP江論文では、治療論を医学体系の全体像の中で把握すること、また治療論と病態論を対立物の統一として捉えることの重要性が説かれていたし、連載第11回の朝霧論文に関しては、「素直さ」が自分を否定し指導者に二重化するという意味で「否定の否定」になることを説いておいた。

 「発展の論理構造」を生命の歴史から学ぶ必要があることも、随所に説かれていた。連載第5回で取り上げた悠季論文では、アリストテレスの認識が論理的な像を形成し始める際の過程が生命の歴史を媒介として説かれていたし、連載第9回の症例検討論文では、呼吸とは何かという把握が生命の歴史を学ぶことで大きな発展を遂げたことが述べられていた。連載第12回で扱った橘論文では、生命の歴史から武道空手上達のための論理が導かれていた。すなわち、黒帯になっても白帯の鍛錬から辿り返していく必要があること、またある段階で完璧にできあがってしてしまうような修練の仕方をしてはならないことであった。

 「発展の論理構造」は原点からの辿り返しだという内容に関しては、他にも連載第3回の北條論文で説かれていた。武道空手の修練としては、初めは骨体力などの養成から始めなければならないこと、上達した段階でも常に基本技のチェックを行ってはならないことが説かれていた。また、連載第6回の北嶋・志垣論文においても、人間の個体発生においては前の段階を自らの実力と化しつつ発展していくことが説かれていたし、連載第8回の新・医学教育概論では、医師の実力養成のためには何が必要かについて、そのためには、そのためにはという形で原点にまで遡って考察されていた。連載第10回の法医学原論では、それぞれの専門分野の発展のためにはその原点を歴史的に辿り、踏まえることで一般論を確立する必要があることが説かれていた。

 そして最後に、連載第13回で取り上げた南郷論文では、学問発展のための土台としての一般教養の学びの重要性が説かれ、それぞれの専門分野の個別学問の発展のためには学問一般たる哲学の発展との相互規定的相互浸透が必要であることを説いておいた。また、これは連載第5回の悠季論文を扱った際にも触れたが、自分かかつて執筆した論文の内実を自らの実力として常識化しておく必要があることも説いておいた。さらに重要なこととして、「発展の論理構造」を対象の性質として客観的に受け止めるのではなくて、自らの頭脳活動を発展させるためにこそ学ぶのだという主体的な把握が必要だということも説いた。

 以上、今回第14号を読み、その内容を主体的に把握するために、「発展の論理構造」をテーマとしてこれまで説いてきた流れを振り返っておいた。端的にいえば「発展の論理構造」とは、対象の持つ弁証法的な性質であって、生命の歴史に学ぶことによって、あらゆる物事の発展の一般的なあり方を掴み取ることができるのだといえるだろう。その基本的な性質は、前段階のあり方に上書きする形で変化していくという構造を持っているのである。

 ここで重要なことを指摘しておきたい。それは「発展の論理構造」を、弁証法だの生命の歴史だの原点からの辿り返しだのという文字で把握するだけではダメだということである。このことに関しては、「人類の遺伝子が把持している重層構造」(p.169)の内実を分かっていくとはどういうことかが以下のように説かれていることをしっかりと踏まえる必要があろう。

「しかしこれを「文字」で追うだけでは理解とは程遠く、それどころかまったく意味がない。そうではなく、自分自身で筋道にそった頭脳活動としての自身の思い、思惟レベルでの像をまずはそれなりにでも描く努力をし続けなければ、いつまでたっても本当の理解はできてはいかないものである。」(同上)

 つまり、文字を文字として把握するのではなくて、その文字が表す中身について、像として描けるような努力をしていく必要があるということである。このことはもちろん、「発展の論理構造」という文字についても当てはまるのであって、それがどういうことか、しっかりと像としてイメージし続けていく必要があるのである。

 さらに改めて確認しておきたいことは、学びにおける主体性ということである。先にも少しふれたが、「発展の論理構造」をある対象に関する性質であるとして、自分から切り離した存在として把握していてはダメであって、あくまでも自分の頭脳活動を発展させるための構造として把握し学んでいく必要があるのである。この主体性という問題は、当然、認識論を学ぶ際にも、弁証法を学ぶ際にも、いのちの歴史を学ぶ際にも必要になってくる。認識論に関しては、前回、このブログにかつて掲載した論文「認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想」の中で説いていることを紹介したが、弁証法については、自分の頭脳を弁証法的にすることで、世界のすべてを弁証法的に把握できるようになるために学ぶのであって、生命の歴史についても、自分と関係のないかつての生命体の発展史だなどと考えるのではなくて、他でもない自分自身がどのような発展の歴史を背負っているのかを把握し、自分の生き方を生命の歴史の延長線上にある世界歴史、人類の歴史に重ねて発展させていくためにこそ学ぶのである。では例えば筆者の専門分野である言語はどうか。これも単なる対象として、自分の他にある存在として捉えるのではなくて、あくまでも自分の認識を発展させるべく研鑽し、その結果描いた像を何としても表現するのだ、社会化するのだという必死の過程を経て創出されるものだというように、主体的に捉えていく必要があるのではないか。

 さて、以上の中身を端的にいえば、『学城』第14号から学ぶべきことは、「発展の論理構造」を文字として捉えるのではなく、像として主体的に描いていくための学びが必須であるということではないだろうか。自らの頭脳活動を発展させ、それぞれの専門分野の学問を創出していくためには、どうしても認識をどのようにすれば発展させられるかの論理構造をしっかりとつかんでおく必要があるのである。そのための学びの指針が、第14号全体にわたって説かれていると捉え、引き続き学んでいく必要があるということだろう。「発展の論理構造」を像として描くという点に関していえば、「正規分布図」(p.174)のイメージが大きなヒントになりそうである。主体的な学びという点についていえば、自らの大志をどのように見事に描くかということにかかってくることであろう。いずれにしても、「発展の論理構造」を正しく捉え、集団力を駆使しつつ学問の構築を図っていくという我々京都弁証法認識論研究会の使命を確認して、本稿を終えたいと思う。

(了)
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2017年03月22日

一会員による『学城』第14号の感想(13/14)

(13)「発展の論理構造」を自分のこととして把握する必要がある

 今回取り上げるのは、南郷継正先生の武道哲学講義である。ここでは、哲学への道の厳しさが説かれている。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する。

南郷継正
武道哲学講義〔Ⅺ〕
―学問とはいわば世界地図を描くことである―
(2008年冬期ゼミ講義詳説)

 《目 次》
プロローグ
一、学問とは、いわば世界地図を描くことである
 (一)学者は「学問とは何か」のいわゆる世界地図をもって出立しなければならない
 (二)医学教育は自らの分野のいわゆる教育内容としての世界「地図」を示さない
二、ヘーゲルは絶対精神の自己運動としての学問地図を描こうとしていた
 (一)歴史上、アリストテレスを踏まえたヘーゲルのみが体系的地図を描く努力をしてみせた
 (二)ヘーゲルの学問的世界地図とは絶対精神の自己運動を描いたものであった
 (三)ヘーゲルは観念論者であるが、彼の学問は見事に唯物論的であった
 (四)ヘーゲルは絶対精神が辿った自然・社会・精神を学問化しようと努めたのである
第13号のプロローグ
 (五)ヘーゲルの絶対精神の自己運動を「宇宙の自然的・歴史的自己運動と看做せば唯物論的展開となる
 (六)ヘーゲルを理解するには自然・社会・精神の一般教養が必要である
(以上、第11号、第12号、第13号所収。以下、本号目次)

本号のプロローグ
三、哲学すなわち学問一般と科学との関係とはいかなるものか
 1 ソフィアからフィロソフィーへの歴史的過程
 2 哲学とは個別科学のすべてを学的に体系すべく研鑽して創るものである

 本論文ではまず、誰も説いたことのない問題にしっかりと解答を与えるレベルのことを論じるのが真の大学教育であり、そのための第一歩として一般教養たる社会科学・精神科学・自然科学の一般性を入門レベルでの講義として説く人物が現われてほしいと説かれる。そして、南郷先生にとって想い出の深い『武道とは何か』が誕生した「因縁話」が語られ、哲学への精神レベルの書として推薦できるものとして、以前から説かれている出隆『哲学以前』、河合栄治郎『学生に与う』に加え、御厨良一『哲学が好きになる本』、『哲学用語に強くなる本』が紹介される。ここまでをプロローグとして、本題では哲学、学問、科学の区別と連関が説かれていく。まず、学問を志しつつ潰れていかないためには、哲学の歴史を弁証法の歴史と重ねる形で知って識ることであることが確認された後、古代ギリシャにおけるソフィアからフィロソフィアへの過程が説かれ、これを踏まえて、その中身は学問であると説かれる。つまり哲学と学問は同じだということである。ここから、哲学=学問と生物学や物理学などの個別学問との違いが説かれていく。端的には、全学問を一身に集めて学一般となった学問が哲学の実態だということである。そして、そこに至る道は、精神科学、社会科学、自然科学のすべての学問をまともに網羅して、それらを土台とする必要がある、非常に厳しい道のりであって、ヘーゲルですら学問一般をよじ登ることは可能とならなかったと説かれるのである。

 この論文に関しては、まず第一印象で、非常に引用が多い論文になっていると感じた。論文全体の大体3分の1くらいの分量が引用になっている。それも大半は、南郷先生のかつての著作からの引用である。このことは連載第5回の悠季論文を扱った際にも説いたことだが、自らの論文を引用しつつ論を展開していくことは、「その執筆時の頭脳活動を常識化すべく、そこを土台として向上していく必要がある」という「発展の論理構造」を実践しているものとして、我々もしっかりと見習いつつ実践していく必要があろう。

 さて、この論文の内容に関わってであるが、最も重要なことは、そのかつての著作の引用中にある「人間としての実力の発展の方法」(p.179)が『武道への道』に説かれているとされていることである。しかも、「人間としての実力の発展の方法」というのは、「頭脳すなわちアタマが本当によくなる方法」(同上)だと明確に説かれていることである。どういうことかというと、「発展の論理構造」が『学城』第14号全体を貫くテーマであって、それは「生命の歴史」の論理構造から学ぶ必要があるし、人間の個体発生においてもこうした論理構造が見られるなとどいうと、何か自分とは別の対象に関わっての論理であるかのように思われなくもないが、ここで説かれていることはそうではなく、あくまでも「発展の論理構造」を自分のこととして受け止めているのである。このことは、本ブログに掲載した「認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想」において、認識論に関わって、「「認識」という対象を,あくまでも客体として,客観的に研究しようというのではなく,自分自身の問題として,自分のアタマをよくするための学問として,認識論・認識学が把握されている」と説いたこととも繋がるものである。すなわち、認識論なり「発展の論理構造」なりを学ぶ必要があるのは、それらの論理を用いて対象の性質を究明しようということももちろんあるのだが、それ以上に、自らの認識をどのようにすれば発展させることができるのか、頭脳活動をより活発にしていくためには何をすべきか、といった主体的な問題として、これらの問題を把握しておられるということである。このように考えると、『武道への道』で説かれている内容についても、しっかりと学び続けていかなければならないと改めて感じたことであった。

 さて、この論文には他にも、色々と重要なことが説かれている。まず、「本号のプロローグ」においては、齋藤孝『使う哲学』という著作を引用しつつ、この著者に一般教養レベルの授業を持ってもらい、「一般教養たる社会科学、精神科学、自然科学の一般性を、入門レベルでの講義として、説き続けてほしい」(p.178)という願いが語られている。また、高校生向けに哲学=学問への書として、御厨良一『哲学が好きになる本』、『哲学用語に強くなる本』を紹介しておられるが、これらの本は随分と古いために、ここでも齋藤氏にこのような初心者向けの本を執筆してほしいと述べておられる。何がいいたいのかというと、当然、齋藤孝がそうした書物を執筆してくれれば、それに学んでいく必要はあるのだろうが、そんなことがいいたいのではなくて、この南郷先生の記述は、逆にいえば、学問への道を歩むためには一般教養レベルの学びが必須であることを強調しておられるのだととることも可能だ、ということである。自らの認識を学問化可能な実力を把持したものへと発展させていくためには、そうした一般教養の学びが必要なのであって、ここを踏まえることなしには、学問への道は歩めないのだということである。

 もう1つ、簡単にでも確認しておく必要があることは、哲学と科学との関係である。ここで科学とは、政治学、経済学などの個別学問のことを指すのだが、まず、「哲学という学問は、すべての個別科学たる、つまり政治学、経済学、物理学、生物学、医学……といったすべての科学を土台として、そこの上に築きあげられたもの」(p.189)だということである。つまり、科学の成果が哲学の発展を規定するということである。しかし一方で、ヘーゲルの時代のドイツが医学などの輝かしい成果を上げていったのは、ヘーゲルの哲学が科学の発展を規定していたのだという側面があるからであって、端的にいえば、哲学の成果が科学の発展を規定するのである。要するに、哲学と科学とは相互に規定しあいながらも相互浸透による「発展の論理構造」があるのである。だから、例えば筆者が言語学を創出したいとして、そのための努力をなしていく過程には、必ず哲学的な学びを含んでいる必要があるということになる。簡単には、言語学は言語学のみで存在できるものではないからである。
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2017年03月21日

一会員による『学城』第14号の感想(12/14)

(12)「いのちの歴史」から「発展の論理構造」の具体を学ぶ

 今回は橘美伽先生による食事に関する論文を取り上げる。ここでは食事に関する問題が遺伝子の構造を絡めて説かれていく。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下である。

橘美伽
武道空手上達のための人間体を創る「食事」とは何か(3)
―遺伝子としての食事を考える

 《目 次》
一、はじめに
二、戦前と戦後のスポーツ選手はどう違うのか
三、戦前の選手の強さは「食事」から
四、武道空手上達のために「遺伝子」とは何かを説く
五、「いのちの歴史」の論理で武道空手の上達を説く

 本論文では、「戦前の日本は世界的な陸上王国だった」という趣旨の新聞記事が引用され、戦前は陸上だけではなく、テニスや競泳でも五輪でメダルをたくさん獲得していた事実が述べられる。しかも当時は、現代以上に諸外国人との体格差があり、スポーツ環境も劣り、現地の環境など想像もできない情況であり、さらに監督やコーチ、国家や財界などの支援に満たされた現代の選手のような出場条件ではありえなかったのにである、と説かれる。そして、日本の食物を摂ることによって日本人一般の遺伝子が創られてきたのであるから、日本が強かった理由の核心は「食事」にあるとされる。ここから論の展開は遺伝子論に移っていく。遺伝子とは、その生命体がその生命体として生き続けるための統括をする、いわばその生命体が生きるための重層構造を持った構造的設計図のようなものだとされた後、この遺伝子の重層構造がマンガレベルで説かれていく。「いのちの歴史」における前の段階の遺伝子が完成する直前に次の段階の遺伝子に溶かし込まれていく重層的構造が“論理のメガネ”を掛ければ見えてくるというのである。そして、以上のことを「食」に繋げて考えるとして、「いのちの歴史」のそれぞれの段階がそれぞれの流れを「食」としても辿ることによって人類が誕生したことが述べられる。さらにこの論理で武道空手が説かれていく。黒帯の者の遺伝子の構造は、その者の「白帯的レベル×緑帯的レベル×茶帯的レベル」という重層構造を内に含んでのものになっていて、黒帯としての修練を繰り返すのではなく、白帯からの辿り返しが必要であり、さらに完璧に上達させることをせず、上達しかかっているという状態であり続けさせることが重要だと説かれる。最後に大事なこととして、武道空手上達のためにはそれだけではなく、「人間としての繰り返し」、「いのちの歴史」たる単細胞体からの辿り返しが必要であることも説かれるのである。

 本論文では、『学城』第12号、第13号で説かれてきた「いのちの歴史にそった食事」の大事性に加えるに、「日本人としての食事」を摂るようにすべきだという内容が、遺伝子という角度から検討されていく。このことは同時に、連載第2回で取り上げたP江論文同様、第13号の冒頭論文である本田論文で説かれている、南郷継正先生による「遺伝子の体系性から生命の世界の発展性の帰結たる人間の遺伝子の重層構造を説く」という講義の内容を深めていくものでもある。

 ここに関わって若干触れておきたいことは、日本弁証法論理学研究会の組織としての認識の発展過程についてである。それはまず、南郷先生が結論をバンと示して、それについて弟子の先生方がなぜそうなるのかの過程的構造を研究していかれるという過程である。連載第2回に取り上げたP江論文でも、南郷先生が「遺伝子は情報を吸収して変化する」(p.14)と説かれたことに対して、当初は定説がアタマに刷り込まれているためにその見解に対立しその見解と闘論しつつも、最終的には定説を否定するに至り、南郷先生の結論が論理的に正しいことが明らかにされていくことが説かれている。また、「認識が遺伝子を変える」(p.8)という南郷先生の説に当初は違和感を覚えつつも、考えを進めていき「自らの認識を立て直し」(同上)ていく中で、その南郷先生の結論が「理論的には当然と言え」(同上)ると思えるまでの論理展開をP江先生が辿っていかれたことも述べられている。我々の場合も同様、師が「それは違う」とか「これはこうだ」とかまずは結論を説かれて、それに基づいて議論していくということがよくあるように思う。南郷先生や師はどんな問題についてもまずは結論が「見える」のだと思う。それは世界全体に関する論理的な把握がなせる業だと思うが、まだまだ直観レベルであるから、ここを支える論理展開をしっかりと構築していくことが、組織としての認識を一体のものとして発展させていくことになるのだと思う。

 さて、橘先生の論文に話を戻せば、『学城』第14号全体を貫くテーマとして設定した「発展の論理構造」に関して、非常に重要なことが説かれている。それは「いのちの歴史」から導かれた武道空手の上達のための論理として説かれている。

 まず、「黒帯としての実力を保ち、かつ、より上達していけるようにするためには、その黒帯としての現在のままの修練を繰り返すのではなく、白帯からの辿り返しが必要である」(p.173)と説かれていることである。これは黒帯の者の遺伝子の構造はこれまでの白帯、緑帯、茶帯のそれぞれのレベルの重層構造になっていて、この土台部分を強固に固めておく必要があるからだと説かれているのである。我々の学問への道でいえば、専門分野の学びに入っていったからといって、弁証法や認識論の基本的な概念に関しては、繰り返し辿り返していく学びが必要だということになるだろう。

 次に、「武道空手の上達において、白帯レベルの者を立派に白帯レベルとして完成させては絶対にならない」(同上)ということである。これは、もし白帯として完成してしまっては、それ以上の上達が望めなくなってしまうからだとされている。そして「この論理構造を修練の仕方にあてはめて説けば」(p.174)として、「その修練を上達へと繋げていくためにはどうすればよいかといえば、その修練をしている者たちが、その修練をうまくできかかったころにやめさせて、次の修練へと移っていくことである」(同上)と説かれている。これはつまり、「完璧に上達させることをせずに、上達しかかっている、という状態であり続けさせること」(同上)であり、これこそが「真の上達への道」(同上)だと説かれているのである。これを我々の学問への道にあてはめて考えてみると、例えば、専門分野たる対象に関わっての論理がどのように歴史的に発展してきたのかを原点にまで遡って辿る必要がある、簡単にいえば個別科学史を学ぶ必要がある、と連載第10回の法医学に関わる論文に関して説いた中で触れたが、これも非常に細かい内容にまで踏み込んで、いわば完成レベルでその個別科学史を把握してしまうなどという必要はない、というより、そんなことをしていては自らの専門分野の学としての創出などできないのであって、個別科学史をアバウトに押さえた後は、次なる課題に向って進んでいく、例えば専門分野の対象に関わる構造を深く把握するための学びに移っていく、などが必要になってくるということである。

 最後に、「この白帯からの繰り返しに加え、「人間としての繰り返し」も忘れてはならない」(同上)として、武道空手を行う土台となる人間体をより見事にするために、「仰向け→うつ伏せ→寝返り→お座り→ズリバイ→ハイハイ→摑まり立ち→立ち→伝い歩き→歩きといった過程」(同上)を辿り返す必要があり、さらにこの過程は「いのちの歴史」における単細胞体からの辿り返しにもなっていくものだと説かれていることである。この論理構造はなかなか学問の世界でどのようなことかを考えることは難しいのであるが、あえていえば、例えば言語を研究するにしても言語の土台となる人間の個体発生や「いのちの歴史」を含めた系統発生の論理が分かる必要があるということであろうか。

 いずれにしても、こうした「いのちの歴史」から掴んだ「発展の論理構造」の具体をしっかりと頭に入れて、実力向上の過程を創っていく必要があろう。
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2017年03月20日

一会員による『学城』第14号の感想(11/14)

(11)「素直さ」=「否定の否定」は発展のために必須である

 今回取り上げるのは、朝霧華刃先生による唯物論の歴史に関する論文である。シュヴェーグラーがどれほどの実力をもっているのかが認められている。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトルを示しておく。なお、『学城』誌上では、目次はなく、本文に項番も振られていない。

朝霧華刃
唯物論の歴史を学ぶ(2)

 本論文ではまず、『哲学・論理学研究』第1巻を引用して、古代ギリシャの時代性が振り返られる。すなわち、この時代はエジプトやペルシャが文化の中心であり、相次ぐ戦乱で精神的な豊かさを持てるほどのゆとりが生まれなかったが、ギリシャでは戦争状態が幾分落ち着いてきて現実世界についてややゆとりを持って眺め渡す認識の変化が徐々に生じてきたというのである。こうした時代性を踏まえて、続きのアナクシマンドロスに進もうとしたところ、南郷先生からシュヴェーグラー『西洋哲学史』を読んで、哲学の歴史を踏まえて『唯物論の歴史』を学んでいく方がよいとアドバイスされたと述べられる。そこで『西洋哲学史』を学んでいくと、まずこの書の訳者の解説で、シュヴェーグラーが解説的な文章ではなくて、できるだけそれぞれの哲学者自身の言葉で語らせようとしていること、シュヴェーグラーはヘーゲル中央派で術語等がかなりヘーゲル的であることが分かったと述べられる。さらに冒頭の数行を読むだけで南郷先生が推薦された理由が分かってきたと述べられる。それはシュヴェーグラーが哲学を単なる思考や思索とは違うものとして説いていること、哲学を他の経験科学とは大きく異なるものだということを説いていることだとされる。しかしその後数十ページあとまで読み進めると、シュヴェーグラーの実力の程が大体分かってくるようになったと述べられる。すなわち、現象としての共通性すらもしかしたら分かっていなかったのではと説かれるのである。

 この論文については、『学城』第14号全体を貫くテーマである「発展の論理構造」に関わって、非常に重要な内容が含まれていると思われる。それは何かというと、一言でいえば「素直さ」である。

 筆者は前回の『学城』第13号に掲載された「唯物論の歴史を学ぶ(1)」においても感じたのであるが、この朝霧先生の論文は非常に読みにくく、どういうことが説きたいのかよく分からないと思っていたのである。今回も、一読しただけではどういうことが言いたいのか、正直よく分からなかったのであった。例えば、「南郷先生の恩師三浦つとむさんの『弁証法はどういう科学か』や『認識と言語の理論T』なども「そう!」でした。」(p.163)とある部分について、「そう!」が何を指しているのか分からず、なんて分かりにくい論文だ、などと思ってしまっていたのであった。

 ところが、14号全体を貫くテーマとして「発展の論理構造」というものを見出し、その観点でこの論文を読んでみると、発展のためには、初めはこの論文のような平易は言葉で自分の感想を綴っていくレベルで説いていくという段階から始めなければならないのだと思い、それを学ぶ側もこの論文をそういうものとして素直に受け止めて読んでいくべきだということが分かってきたのであった。そうするとこの論文が、今までなぜこんな分かりやすい展開で説かれているのに分からなかったのかと思えるほどよく分かるように読めていったのであった。ここはやはり「素直」に学んでいく必要があるのだ、あれこれ批判的な態度などということは自分の実力のなさを棚に上げて分からない理由を相手に押しつけてしまっていたのだ、ということが分かってきたのであった。

 では、この論文で具体的にどのような事柄が朝霧先生の素直さだと思ったのかというと、1つには、この「唯物論の歴史を学ぶ」という論文の執筆に際して、「できるものなら、まともな哲学の歴史を説いている書物も一冊くらいは読み取ってそれをふまえながら書いていくほうが、実力をつけるためにはよいと思う」(p.157)と南郷先生に指導され、シュヴェーグラー『西洋哲学史』を薦められたため、それを「素直」に学んでいかれているということである。こんなことをいうと、「そんなことは当たり前ではないか。師の指導に従って学んでいるだけで、それを取り立てて「素直」だなどと大げさに評価すべきではないのではないか。」という反論がありそうである。しかし、これは筆者の経験に照らしていえば、なかなかそう「素直」に実践できるようなものではないのである。それがたとえ師の言葉であっても、である。ついつい自分の思いが頭をもたげてきて、自分ではこう思うのに、師は違うことを言っている、何故自分の思うようにやることが間違っているのか、それが分からない、などとなかなか「素直」にいうことを聞けないものである。挙句の果てに、自分の幼い頭で考えたことの方が正しくて、師は何か勘違いをしているのではないか、などとあらぬことをいつまでも考え続けて、時間と労力を無駄にしてしまうのである。しかしこれでは自分の実力の発展はあり得ないのである。こんないらぬことを様々に考えている暇があったら、師のいう通りを実践していくべきなのである。これは弁証法の術語でいえば「否定の否定」であるが、特に師のレベルであれば、自分などが考えも及ばないような論理でもって説いておられるのであるから、そこを自分の低レベルな頭で分からないからといって、自分を肯定し師を否定するのではなくて、あくまでも自分をまずは否定して、師のいう通りの実践をしてみることを続けていくことで、当時の自分の実力のなさも分かってくるというものである。最近の自分の幼さを思い返しつつ、そんなことを考えた次第である。

 もう1つ、朝霧先生の「素直さ」が現われていると感じた部分を紹介しておこう。それは『西洋哲学史』の訳者の解説に、シュヴェーグラーの良い点が書かれてあるとして、「1つにはシュヴェーグラーができるだけそれぞれの哲学者自身の言葉で語らせようとしているからである」(p.159)という部分と、「シュヴェーグラーは大体ヘーゲル中央派と見ることができる。術語(使用している言葉、文体(朝霧注))もかなりヘーゲル的である。そこに哲学史として或る一貫したものがあり、新カント学派の哲学者の多いわが国においては、その点でもこの書が意味を持つわけである」(同上)という部分とを引用した後、以下のように述べておられることである。

「この訳者の解説については、私なりに思うことがありました。それは「他の哲学者は解説的な文章が多いだけで、肝心のそれぞれの哲学者にはあまり語らせていないのだな……」であり、もう1つは、「ヘーゲル左派という言葉はマルクス、エンゲルスはそうだったので知っていたが、ヘーゲル右派のみならず、ヘーゲル中央派という人物も相当にいたということなのだな……」でした。」(同上)

 訳者の解説を非常に「素直」に受けとめて、シュヴェーグラーとそれ以外の哲学者やヘーゲル派を対比的に捉えていることがよく分かる感想になっていると思う。筆者自身も、これくらいまともに、素直に、他者の言葉を受け止められるような感性をしっかりと育てていくとともに、いつまでも持ち続けていかなければ、学問の構築など不可能なのだということを肝に銘じて取り組んでいきたいと思った。
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2017年03月19日

一会員による『学城』第14号の感想(10/14)

(10)発展のためにはそれぞれの専門分野の原点を歴史的に辿る必要がある

 今回取り上げるのは、本田克也先生、矢野志津江先生、小田康友先生、菅野幸子先生による法医学の入門論文である。ここでは、法医学の原点たる片山國嘉の説く法医学とは何かに焦点を当てて論が展開されていく。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・目次を示しておく。

本田克也・矢野志津江
小田康友・菅野幸子
法医学への入門(3)
―医学生のための法医学原論―

 《目 次》
はじめに―一般論確立のために原点を見直すことの必須性
一 我が国における「法医学」の始まり―近代国家形成に必須となった「裁判医学」
二 日本法医学の始祖、片山國嘉
 (1)片山國嘉の壮大なる理念―「裁判医学」から「国家医学」としての「法医学」へ
 (2)主著『最新法医学講義』の構成
三 学問としての法医学創出に向けて

 本論文ではまず、学問としての法医学とは、病なり傷害なりの異状性に着目して、その病や傷害がいかなる社会関係性をもって生活不能的状態ないしは死に至ったのかの過程的構造を説くことであることが確認され、今回は我が国の法医学の原点たる片山國嘉の「法医学」の内実や意義を説いてくとされる。そこで初めに確認されるのが、「法医学」の元となった「裁判医学」がどのように誕生したのかについてである。江戸時代までの封建制社会においては、厳格な身分制社会の秩序を乱す者はお上の一存で容赦なく極刑に処されていたが、明治期の近代国家形成期になると、国民の「人権」が考慮され、それに基づいて法整備がなされてきたと述べられる。そして、刑罰の判定に際して、客観的証拠を示す必要があり、ここに「裁判医学」が必須となってきたというのである。では、片山國嘉の説く法医学とはいかなるものか、次にこの問題が説かれていく。片山は単に裁判官に求められた時だけ医学的意見を述べるといった、裁判官に従属的な位置づけではなく、そもそも近代国家において然るべき法とはいかなるものかという問題意識を追求すべく、裁判医学を法医学へと改称すべきだと主張したのである。そして片山の著作の中身は、法医学を一般的に定義することから始まり、医学全体の中での法医学の位置づけがなされ、医師の守るべき法律について説かれていく総論に加え、各論では最初に人間の精神状態、次に身体状態、そして死体の検査について説かれていくというのである。この構成からは、片山がそもそも社会において法秩序が守られなくなるという全体を問題とし、何故人間は罪を犯すような精神状態へと歪んでしまうのかも含めて究明しようとしていたことが分かると説かれる。そして最後に、社会の中で法秩序をいかに創っていくのか、そしてその法が犯される過程及び正常化させていく全過程の究明を目指した片山の法医学は、前回説いた狭義の法医学の定義に加え、あくまでも国家社会全体として法医学を捉える必要があることを説いているといえると説かれる。

 この論文では、『学城』第14号全体を貫くテーマとして設定した「発展の論理構造」という問題に関して、「それぞれの専門分野においての一般論を確立するために、その原点を歴史的に辿り、ふまえることの重要性」(p.144)が説かれている部分を取り上げることとしたい。どういうことかというと、本ブログに掲載した「一会員による『学城』第4号の感想」でも説いたように、「一般論を掲げての学び」というのは、その専門的対象の構造を深く把握していくためには必ずなさなければならないものであって、そのためには、そもそもアバウトにでもその専門的対象に関しての一般論を措定しておく必要がある。そして今回、この論文では、一般論を確立するためには、それぞれの専門分野の原点を歴史的に振り返り踏まえる必要があると説かれているのであるから、このことは認識の発展に大きくつながるものであるということである。

 では今回は、法医学という専門分野に関して、「日本法医学の始祖片山國嘉」(同上)という原点にまで遡って繙いてくことで、具体的にどのようなことが明らかになり、一般論の確立のためにどのような成果があったというのであろうか。この問題については以下のように説かれている。

「端的には、片山國嘉の説く「法医学」なるものは、個々の人間レベルの問題解決に終始するようなものでは決してなく、もっと根本的なレベルで、諸々の違法性ある事態が生じてくるところの社会そのものの病む・歪む過程を究明し、それをまさに治していかんとするもの、つまり「国患を救治せん」との実に壮大なスケールであったのである。」(同上)

 つまり、前回までは、「学問としての法医学とは、まずは、病なり傷害なりの異状性に着目して、その病や傷害がいかなる社会関係性をもって生活不能的状態ないしは死に至ったのかの過程的構造を説くことである」(同上)という形で、「個々の人間レベル」で説かれていたのであるが、片山が説く法医学はこうしたレベルを大きく上回っていて、まさに「国家社会全体」(p.154)の歪みを対象として、その歪む過程、正常化させる過程の究明を行わなければならないということである。ここで注意すべきは、「我々が前回までに説いた定義は、間違いではないものの、個人レベルに焦点を当てた狭義の法医学ともいえよう」(同上)と述べられていることである。つまり、簡単にいえば法医学には「二重構造」(同上)があるということである。ここに関しては以下のように説かれている。

「すなわち、国家としての社会は国民の生活が円滑に行われるべく法秩序を形成することによって成り立っているが、「それらが外的内的要因にて歪んでいく、その社会そのものの構造」の究明と、その社会的国民生活の歪みが現象してきて諸々の犯罪レベルでの生成過程の究明が1つであり、その実力をふまえて、それが犯罪と化したとされる場合において、確かにその犯罪がいかなる内実であるのかの犯罪現象と、犯罪者の病理及び、被害者の病傷態の実際を判断(判定)できる能力を養うことにある。」(同上)

 ここでは、これまで説かれていた法医学の「個人レベル」の定義、「狭義の法医学」の内実の背景には、個々の犯罪者をそういう犯罪に走らせた社会の歪みがあるという把握が展開されているのである。つまり、「狭義の法医学」の背景にいわば「広義の法医学」としての社会病理学が「二重構造」として把握されてはじめて、法医学の正しい理解に至るということである。

 こうした「個人レベル」と「国家社会全体」のレベルとの「二重構造」で把握する必要があるという論理は、筆者の専門分野である言語についてもよく考えておく必要があることだと思う。言語は、「個人レベル」で捉えるならば、コミュニケーションのための表現の一種だという把握になり、これはこれで「間違いではないものの」、「国家社会全体」のレベルで見てみれば、それは文化遺産の継承を可能とさせていったとともに、規範という社会的認識の形成をも促したというより大きな役割を捉えることができるのである。こうした大きな視点から、個々の人間同士の精神的な交通関係を捉える必要があるということである。

 今回は法医学を題材として、「それぞれの専門分野においての一般論を確立するために、その原点を歴史的に辿り、ふまえることの重要性」を確認した。法医学においては、その原点に遡ることによって、法医学の有する「二重構造」が明らかになったということであり、この視点は他分野でも有効に活用できるということであった。
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2017年03月18日

一会員による『学城』第14号の感想(9/14)

(9)生命の歴史の論理と人類の系統発生の歴史の論理が発展のための契機である

 今回取り上げるのは、聖瞳子先生、高遠雅志先生、九條静先生、北條亮先生による医療における理論的実践を問う論文である。ここでは、マイコプラズマ肺炎の事例について考察するために、呼吸とは何か、呼吸器官とは何かが説かれていく。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・目次を示しておく。

聖瞳子・高遠雅志
九條静・北條亮
医療における理論的実践とは何か
―初期研修医に症例の見方、考え方の筋道を説く―
〈第6回〉マイコプラズマ肺炎A

 《目 次》
(1)はじめに
(2)教科書による呼吸器官の生理構造の知識的な学び
(3)教科書による呼吸器官の生理構造の説明の欠陥
(4)生理学の知識から呼吸の生理構造の像を描く
(5)生命の歴史をふまえて「呼吸とは何か」の一般論を説く
(6)生命の歴史における呼吸および呼吸器官の発展過程

 本論文ではまず、研修医が科学的理論に基づく実践方法論を駆使して、いかなる病気に対しても自信を持って正しい診断と治療が行える実力を培っていくことができるようになることが本症例検討の目的だということが確認され、今回は過酷ともいえる生活を続けることでいつどこに、どのような生理構造の歪みが起こってもおかしくない状態であったL君が、なぜマイコプラズマ肺炎を発症したのかについて説いていくとされる。まず、研修医が呼吸器官の正常な生理構造について、教科書を基に説明するが、指導医はこの説明に空気を体内に取り込む気道に関する過程がすっぽりと抜け落ちていて、それは研修医が生理構造ということが分かっていないからだと指摘する。さらに、生理学の教科書に書いてある知識を暗記するだけではダメで、生きている人間の体の内部をまずは大雑把に像として描いてみること、次にはその人間が外界と相互浸透することによって生きていることをその像に加えて描くこと、その上で生理学の教科書の必要十分な知識をその大枠の中に収めていくことが必要だと指導される。次に、それだけではL君が肺炎になった理由は分からないとして、「病気とは何か」「呼吸とは何か」「呼吸器官とは何か」を理解する必要があるとして、生命の歴史が辿られる。まず、生命現象の時の代謝の原基形態が呼吸の大本であると説かれ、生命体と地球との相互浸透のあり方が「食」と「呼吸」に分けられると説かれる。そして、食は生命の歴史において複雑化してきたが、呼吸は一貫して酸素を取り入れているとして、ここから呼吸は「生きていることの本質を支える原基形態的代謝過程」と概念化される。ここからさらに呼吸器官の発展過程が概観され、単細胞生命体は水に溶け込んだ酸素を取り込んでいたため、両生類以降の生命体も、大気中の酸素をそのまま取り入れるのではなく、気道や肺胞内で加湿したり浄化したりするのであって、また、両生類以降の生命体は、鰓のように自然に酸素を含んだ水が取り込まれることがないために、肺は呼吸器官として単独で機能できるものではなく、気道や呼吸筋等が一体となって呼吸器官を形成していることが説かれていく。

 この論文に関しては、『学城』第14号を貫くテーマとして設定した「発展の論理構造」という問題について、次の2つの点に着目したいと思う。

 1つ目は、研修医の認識において、生命体が行う「呼吸」の意味が、当初は酸素と二酸化炭素のガス交換という事実的把握であったものが、生命の歴史から捉えることによって、「生きていることの本質を支える原基形態的代謝過程」(p.138)という概念として理解するまでに発展していったことである。ではなぜ、生命の歴史から呼吸を捉える必要があるのか。ここに関しては、指導医が以下のように述べている。

「なぜ、生命の歴史を辿らなければならないのかということについては、前回も説明したように、地球上の生命体の中で、最も進化発展して複雑になった人間の呼吸や呼吸器官だけを見ていては、「呼吸とは何か」「呼吸器官とは何か」の一般論を導き出すことは困難だからである。」(p.136)

 つまり、生命の歴史という発展の過程的構造をしっかりと踏まえ、その過程を内に含むものとして人間の呼吸や呼吸器官を捉える必要があるのであって、呼吸をガス交換だと事実レベルで把握することは、非常に表面的で、発展過程の運動性を等閑視するという意味で、形而上学的な見方だということになるだろう。連載第5回には、アリストテレスの認識の発展過程を解明するために、生命の歴史を媒介とする必要があったことを説いたが、ここでは、生命の歴史が直接、呼吸の意味を解明する契機となっているのである。

 さらに次のようなこともしっかりと押さえておく必要がある。前回、『学城』第13号においては、L君の生理構造が歪んでいった過程の事実が確認されていたが、今回のこの視点は、L君を系統発生における過程性を有した、生命体の中での最も進化発展した存在としての人間だという形で捉えているのである。つまり、前回は個体発生における過程性として、そして今回は系統発生における過程性として、それぞれL君を捉えているのである。この把握を論理的にいえば、全て物事は個体発生と系統発生という二重性で把握する必要があるということになろう。この論理は、我々京都弁証法認識論研究会の例会の場でも繰り返し学んでいることであって、例えば、目の前にある缶コーヒーに関しても、その個別具体的な缶コーヒーがどこでどのようにつくられ、それがどのように自動販売機まで運ばれ、それを自分が購入したのかという、いわば「個体発生」の側面を考えることもできるし、種類としての缶コーヒーというものがどのメーカーの誰によっていつくらいに考案され、それが実用化されたのがどこでどのような形でであったのか、それがどのように進化していった(例えば、昔の缶コーヒーはプルラブが缶本体から外れたのに、今では外れないような工夫がなされている、など)のかという、いわば「系統発生」の側面を考えることもできる。こうした二重性で物事を把握することの重要性も、この論文の前回と今回の内容を合わせて考えるとき、しっかりと確認しておくべきだろう。

 さて、「発展の論理構造」というテーマに関してこの論文で着目しておきたいことの2つ目は、この論文の説き方が会話レベルの形態を中心にしたものから論文体といえるものに発展しているということである。これは人類の系統発生の歴史において、プラトンあたりまでは実際に行われた会話の事実を綴っていくのがやっとという実力であったものが、アリストテレスに至るとその会話の事実からある流れ、筋を導き出し、それを記述することが可能となっていったことに対応したものではないか。つまり、筆者の先生方が実地に人類の系統発生の歴史を辿り返しておられるのではないかと思われるのである。「巻頭言」や連載第5回で取り上げた悠季論文で述べられているように、人類が事実レベルの反映像から表象レベルの論理的な像を形成可能な実力を培っていくための過程を、この論文の執筆過程において辿り返すことで、自らの論理能力の発展に資する実践として、この論文執筆を捉えておられるのではないだろうか。我々も、研究会の例会の内容を、まずは会話レベルの事実を中心に振り返り、そこを論理的に捉え返してみるという学びの過程を繰り返し持つことで、論理能力の養成を図ってきているし、これからも図っていく必要があると思う。
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2017年03月17日

一会員による『学城』第14号の感想(8/14)

(8)実力向上のための学びには順序がある

 今回取り上げるのは、P江千史先生、本田克也先生、小田康友先生、菅野幸子先生による新・医学教育 概論である。医学教育が成功するためには何が必要かについての論が展開されている。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下の通りである。

P江千史・本田克也
小田康友・菅野幸子
新・医学教育 概論(3)
─医学生・看護学生に学び方を語る─

 《目 次》
(1)医学教育が21世紀日本に果たすべき役割
(2)歴史に見る医学教育と医学体系、医療実践の関係性
(3)医学教育の最難関は入口である医学部教育にある
(4)医学部教育のゴールである一般医に求められる実力とは何か
(5)すべての病気に共通する考え方の筋道を技として創出しなければならない
(6)科学的医学体系に基づく文化遺産教育の全体像を説く
(7)学問的論理を導きの糸とした文化遺産の習得

 本論文ではまず、第1回、第2回の内容が軽く押さえられた後、今回は医学教育のゴールである一般医に到達するために必要な医学教育の内容と方法を設定するには、「医学体系」が不可欠であることを説いていくとされる。そして、「医学体系」と「医療実践論」、そして「医学教育論」が切り離せない関係を持っていることが医学教育の歴史を振り返ることで確認される。その上で、医学教育論の中で最も重要なのは、医師としての教育の出発点であり、その後のすべてのキャリアの基盤となる医学部教育のあり方だと説かれる。それは、そこで地域の第一線の医療機関での一般医としての実力を養成できなければ、専門分化してしまうその後の研修においては絶対に実現不可能となっていくし、専門医が医師としての基盤を欠落させた単なるテクニシャンへと堕してしまうからだと説かれる。そこで地域の第一線の医療機関での一般医に求められる実力とはどういうものかが確認されていく。それは端的には、多種多様な患者の病気を的確に診断し治療することであるのだが、そのためには、病名をつけ標準的とされる治療法を当てはめるために膨大な知識を正確に記憶するということではなくて、すべての病気に共通する一般論を学び取り、いなかる患者を目の前にしても、その一般論から筋道を通して考えていけるように、アタマの働きを技化することだと説かれる。そして、それが可能となる条件として、科学的医学体系に導かれた教育課程に学ぶ必要があるとして、まずは人間とは何かをふまえて人間の正常な生理構造を究明した常態論を学び、それを土台として病態論と治療論とを学ぶ必要があるとされる。最後に、医学教育におけるこうした文化遺産教育の全体像を示す図が示され、学ぶべき対象の全体像を一般的に把握する重要性が指摘されるのである。

 この論文では、医学教育が成功するためには何が必要かが説かれている。別の視点でいえば、的確な診断と治療を行える実力のある医者を育てるには、どのような教育をしていく必要があるのかということである。この問題に関しては、簡単にまとめれば以下のように説かれている。

 まず、あらゆる病気をとりあえず的確に診断し治療するためには、全ての病気に共通する一般論を学び取り、いかなる患者を目の前にしてもその一般論から筋道を通して考えていけるように、アタマの働きを技化することが必要だと説かれる。しかし、病気の一般論を知識として記憶しただけではダメで、病気を診断し治療するのに必要十分な医療の文化遺産を筋道を通して体系的に学ぶ必要があるとされる。ではその医師養成のための文化遺産とは何かといえば、直接的には病態論と治療論になるのだが、正常な生理構造が歪んで病気になるのであるし、また正常な生理構造を踏まえて歪んだ生理構造を回復させるのであるから、人間の正常な生理構造を究明した常態論を土台としてしっかりと習得する必要もあると説かれる。さらにこれらの学びの前提として、人間の認識が外界との相互浸透を規定し、そこから正常な生理構造が歪んでいくのが病気であるから、「人間とは何か」、「人間が認識的実在であるとはどういうことか」が分からなければならないとされる。さらにさらに、人間とは何かを学ぶためには、地球上で誕生した単細胞生命体が人間へと進化を遂げてきた過程、人間社会が生成発展して現代へと歴史を重ねてきた過程を含めて学ぶ一般教養教育が必要だと説かれるのである。

 以上のように、実力のある医師を養成するためには、どのような学びが必要であるかについて、そのためには、そのためには、……と遡っていって、学びの真の土台、大本にまで言及されていくのである。このことは逆にいえば、生命の歴史と世界歴史を含めた一般教養を土台として、人間とは何か、人間が認識的実在であるとはどういうことかを把握し、この把握に基づいて人間の正常な生理構造を究明した常態論をまずは押さえ、それを踏まえて正常な生理構造が病む過程を究明した病態論と病んだ生理構造の回復過程を究明した治療論を学ぶことによって、病気の一般論を診断と治療の指針として使いこなすことが実力ある医師の養成のためには必要である、これこそが医学教育論の骨子である、医師の実力の「発展の論理構造」は以上のようなものである、ということである。

 ここを端的にいえば、前々回に説いたように、「発展は前段階を実力と化すことによって可能となる」ということになろう。つまり、学びには順序があるのであって、医学教育に関していえば、いきなり病態論や治療論は学べるはずもなく、上に示したような一般教養教育から専門教育への体系性を有した教育を通して初めて、医師としての実力の土台が形成されていくということである。

 ここで考えさせられるのは、連載第3回で説いた「例えば言語学を志して出立したとしても、弁証法や認識論の基本的な用語や概念に関しては、繰り返し繰り返し学んでいく必要があるのであって、このことをおろそかにしては決して言語学の創出など不可能なのだということを肝に銘じておく必要がある」ということである。すなわち、言語学でいえば、言語を創出し生活に役立てているのは人間であるから、まずは人間とは何かを認識的実在ということをキーワードにして徹底的に学ぶ必要があるし、地球上で誕生した単細胞生命体が如何にして人間にまで発展したのか、そして人間社会がどのようにして現代へと歴史を積み重ねてきたのかについてもしっかりと把握しておく必要がある。そのためには、人間の人間たる所以の認識について解明した認識論、発展の論理構造を明らかにした弁証法を基礎からみっちりと学び続ける必要があるのであって、そうした学びの過程をすっ飛ばして、いきなり概念とは何かとか、言語過程はどのようなものかとかいった、言語に直接かかわる高度な問題に突っ込んでいってはいけないのだということである。そうした問題を論じていくには、それなりの基礎の学びの繰り返しの上の繰り返しの過程が必要だということである。この論文で説かれている科学的医学体系に匹敵する科学的言語学体系を創出するためには、まだまだ道は長いが、人間とは何かといった基本的な問題からしっかりと像を描けるように研鑽していく必要あると感じた次第である。
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2017年03月16日

一会員による『学城』第14号の感想(7/14)

(7)部分を全体に位置づけることが認識の発展につながっていく

 今回は、P江千史先生による医学原論講義を取り上げる。治療論の構造論がインフルエンザの事実で説かれていく論文である。

 以下に、本論文の著者名・タイトル・目次を提示する。

P江千史
「医学原論」講義(12)
―時代が求める医学の復権―

 《目 次》
(一)これまでの要旨
 @医学体系の構造論としての治療論
 A治療論の構造論の構築過程
(二)治療論の構造論の構造
 @「一般的治療論」と「特殊的治療論」
 A「特殊的治療論」の四重構造
(三)治療論の構築過程で浮上してきた病態論の構造論
 @病気の全過程を「医学体系の全体像」から説く
 A病態論で重要なのは病気への必然性の解明である
 B現代医学は病気への必然性を解明できない
(四)治療論の構造論をインフルエンザの事例で説く
 @インフルエンザにおいて生理構造の歪みを察知する
 A生理構造が歪み始める段階の一般的治療の重要性
 B生理構造治療が歪んでしまった段階の特殊的治療の重要性
 C生理構造の機能の歪みから実体の歪みに対応した治療の必要性

 本論文では、前回提示された治療論の構造論を、さらに事実で検証することで深めて説いていくとされる。まず、治療論の構造論の骨子が病気の一般性に基づいた「一般的治療論」と病気の個別性・特殊性に基づいた「特殊的治療論」の二重構造であり、「特殊的治療論」はさらに機能が歪みかけているのか歪んでしまっているのか、実体が歪みかけているのか歪んでしまっているのかによって四重構造を有することが確認される。そして、この治療論の構造論構築の労苦の過程で思いがけない収穫があったとして、病態論の構造論が少しずつ浮上してきたというのである。そしてその骨子が説かれていく。すなわち、病気は生理構造の機能レベルの歪みから実体レベルの歪みへと発展すること、病態論の対象は正常な生理構造が歪み始める段階から歪んでしまった段階への過程、さらに治療によって歪んだ生理構造が回復していくあるいは回復しない過程の全過程を対象とすること、病態論においては病気への過程の必然性を究明する必要があることが病体論の構造論の骨子であると説かれる。さて、ここからはまた治療論の構造論に戻って、その構造化の重要性がインフルエンザの事実で説かれていく。まず、インフルエンザに罹患した際には、ゾクゾク寒気がするという感覚があるものだから、この時に暖かくして、栄養があって消化の良いものを取り、よく眠ることが「一般的治療」として重要だと説かれる。合わせて、乾燥を防ぐようマスクを着用したり、水分を取ったり、首を温めるためにスカーフを巻いたりする「特殊的治療」も必要だとされる。次に、高熱が出てしまったような場合には、「一般的治療」に加えて、抗ウイルス薬を処方するなどの「特殊的治療」が必要になると説かれる。そして最後に、合併症として肺炎を引き起こした場合には、その段階に応じた特殊的治療が求められるとされるのである。

 この論文について、本稿全体のテーマである「発展の論理構造」という観点から取り上げるべき内容は、治療論の構造論の構築過程において、病態論の構造が浮上してきたと述べられていることである。P江先生は、医学体系の創出を志して以来、病態論の構築に取り組み続けているとして、病態論の一般論を措定し、あらゆる病気の事実でその一般論の正当性を実証し続けてきているものの、病態論の構造論に関しては明確に浮上させることができずにいたとして、以下のように述べておられる。

「ところが今回、これまで手をつけずにおいた「治療論」の構築に取り組む過程で、「病態論」の「構造論」が、いささか感性的に言えば、少しずつ姿を現わすことになったのである。これは理論的には当然のことであると言えよう。なぜならば、治療とはあくまで病気を回復させる過程であるから、治療の構造化は、病気の構造化に基づいたもの以外ではありえないからである。」(p.101-102)

 つまり、治療論の構造を解明していく流れの中で、必然的に、しかも意図せず病態論の構造化を果たしてきていたのであって、そこを意識的に捉え返せば、病態論の構造論の体系性を説くことが可能となるということである。

 ここをもう少し広い視点から見てみると、これは治療論と病態論とを完全に別のものとして捉えるのではなくて、医学体系の全体像の中のそれぞれの部分として押さえることで、両者の必然的なつながりに媒介され、治療論の構造論の構築が病体論の構造論を浮上させていったということである。このことは、論理的に把握すれば、全体の中の部分という捉え方をしなければ論理的な発展はなかったかもしれない、つまり論理的な発展のためには全体との関係を常に意識しておく必要があるということである。

 この教訓は、言語学史の論理を捉えようとする場合にも当然当てはまるものである。すなわち、言語学史だけをいくら研鑽していったところで、そこから論理的な像を形成できるには自ずから限界があるのであって、学的認識の発展史たる哲学史の学びを通じて、学問全体の発展における言語学の発展をしっかりと押さえつつ、あるいは認識論の発展と言語学の発展との連関を常に意識的に捉えつつ、個別科学史たる言語学史の発展の論理構造を把握していく必要があるのである。あるいは、さらに大きな視点でいえば、社会の発展の歴史たる世界歴史の中に言語学史を位置づけ、その相互浸透関係や相互規定性を考察する必要もあるかもしれない。いずれにせよ、全体の中の部分という把握、全体の中の部分同士の関係という把握なしには、学問構築上の壁にぶつかる可能性が大きいのだということはしっかりと学んでおかなければならないだろう。

 もう1つ、この論文について触れておきたいことは、病気というものが人間の正常な生理構造が歪んだ状態になったものであることに関わって、「その歪みの過程の構造に分け入ると、生理構造の機能レベルの歪みから、実体レベルの歪みへと発展していくのである」(p.102)と説かれていることに関してである。これは病気の発展に関してであるが、連載第2回に取り上げた同じP江先生の論文では、マラソンの完走を目指してのトレーニングを例にして、「日常的に歩くというレベルから、42キロをスピードを伴って走り切るというレベルへと筋肉の機能が変化した時には、筋肉の実体そのものが変化している」(p.32)というように、運動能力の発展に関しても同様のことが説かれている。つまり、発展の論理構造としては、まず機能レベルの発展があり、それに伴って実体レベルの発展があるということである。何とかできるようになろうと努力し続けることによって、徐々に徐々にそれができるようになっていく過程で、その機能を支える実体すらもそういうことが可能な形態に変化・発展してきているということである。この論理は、『看護の生理学(3)』で説かれていた、なぜ他の代謝器官と違って呼吸器官だけは認識によってある程度自由にコントロールできるのかや、声帯が「人間の認識が統括できるようになって、音声言語が形成され、人間の文化を担ってきた」(『看護の生理学(3)』p.82)ということとつながるように思う。端的にいえば、もともとは全ての筋肉が本能により統括されていたわけであるが、このうち、必要に応じて「訓練」(同書p.66)がなされていく流れの中で、徐々に呼吸器官や声帯を認識が統括できるようになっていき、遂には呼吸器官や声帯が認識による統括が可能な器官として創られるようになっていったということである。いずれにしても、言語が歴史的に創出された過程の解明は言語学の大きな柱であるから、こうした論理をしっかりと身に着けることで、言語がどのように創出されたのか、当たり前のように説ける実力をつけていく必要がある。
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2017年03月15日

一会員による『学城』第14号の感想(6/14)

(6)発展は前段階を実力と化すことによって可能となる

 今回は北嶋淳先生、志垣司先生による障害時教育とは何かを問う論文を取り上げる。ここでは、生まれてから首が座るまでの運動機能の獲得過程が一般的な育ちと障害を負った育ちとではどのように異なってくるのかが論じられていく。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲げておく。

北嶋淳
志垣司
人間一般から説く障害児教育とは何か(8)
─障害児教育の科学的な実践方法論を問う─

 《前回目次》
はじめに
一、肢体不自由特別支援学校の現状と運動障害の理解
 (一)肢体不自由特別支援学校の運動教育の現状と問題点
 (二)機能訓練と教育
二、脳性麻痺児A子の運動の変化過程
 (一)転校してきた時のA子の様子
 (二)転校してきてからのA子の変化

 《今回目次》
はじめに
 (一)前回の要旨
 (二)「心理療法」としての「動作訓練」の持つ限界
一、A子の運動の育ちを障害の二重構造より説く
 (一)人間の育ちにおける一般的な運動性の獲得過程とは何か
   @人間の育ちにおける一般的な運動性の獲得過程の構造とは
   A「運動の発展構造」に分け入って説く、人間の運動性の獲得過程
 (二)障害を受けて育つ運動の獲得過程の歪みとは何か

 《以下は次号》
二、科学的実践方法論に基づいた脳性麻痺児への運動教育とは
 (一)A子の運動の成長をもたらした教育の視点とは何か
 (二)障害児教育一般からA子の成長を説く
   @系統発生を機能的に繰り返させる働きかけ
   A脳と認識を育てる働きかけ
 (三)自立活動より説くA子への教育
 (四)母親と共に
おわりに

 本論文ではまず、全国に普及している「心理療法」としての「動作訓練」の持つ限界が説かれる。それは端的には、「意志」の育成が説かれておらず、人間の運動を歴史性を持ったものとして捉えられていないことであるとして、「生命の歴史」に基づいて運動障害を捉えるとどうなるのかがこれからA子の事例を通して説かれていくと述べられる。A子は5年生でありながら走り回ることも手を使うこともできないのは、「障害の二重構造」の故であるが、その中身を把握するためには、まず人間の運動性は一般的にどのように獲得されてくるものなのかを把握する必要があるとして、P江千史著「看護のための生理学――運動器官」が参照されていく。ここでは、人間は母体内で実体としての系統発生を繰り返すだけではなく、誕生後には機能としての系統発生を繰り返さなければならないことが説かれているとして、生まれてから首が座るまでの過程が取り上げられる。そして、一般には自然に可能になっていくと思われている、生まれてから首が座るまでの人間の最初期の運動形態も、「生命の歴史」を辿る運動を繰り返し、それと直接に認識の発展や母親を中心にした社会関係の発展の過程もあると把握されていく。では、障害を負うとこの過程がどうなるのか、この問題が次に説かれていく。重症の脳性麻痺児は未熟な実体を持って出生するため、普通の子育て以上に丁寧に働きかける必要があるのだが、それがNICUでの生活で妨げられるというのである。具体的には、泣く、オッパイを飲むという全身運動も、仰向けで手足を動かし背骨をつくっていくこともできないし、さらには認識に目を向けても、快・不快の感情がはっきりすることも意志や人間的な感情の育ちも遅れてしまうというのである。こうして外界をきちんと反映できなくなるとともに、運動もまた外界の変化に見合った対応ができにくいものになり、合わせて母親の育児上の不安が子供の認識に影響するという社会関係も加わってくると説かれる。そして最後に、運動機能の向上だけではなく、社会関係と意志とを育てていくことを通してしっかりとした人間に育て上げていくことが教育でなければならないと説かれるのである。

 この論文では、「「できない」とされていることの中には、実体及び機能上の不可逆的な変化によって生じた障害ゆえのものと、「育てられていない(知らない)」ゆえにできないでいるものが混在している」(pp.86-87)という「障害の二重構造」(p.87)の中身をどのように把握することができるのかとして、以下のように説かれている。

「それを知るには、まず人間の運動は一般的にどのように獲得されてくるものなのかを問いかけ、そこと比較して、障害を負うとそれがどうなるのかが問われなければならないだろう。この時、単に運動形態だけに着目するのではなく人間全体、すなわち、体、心、社会関係に育て方(育ち方)を重ねて問いかけていくことが重要である。」(同上)

 つまり、一般的な運動性獲得の過程をものさしにして、障害を負うとその過程がどのように歪むのかについて、実体と認識、それに社会関係にも着目して確認していく必要があるということである。これはこれで見事な把握だと思われるが、「しかし、これだけでは人間の運動の発達を理解するにはまだ十分ではない」(同上)として、「発展の論理構造」に分け入って理解するために、P江千史先生の「看護のための生理学――運動器官」という論文に学んでいかれるのである。そしてまさにこの部分が、本稿のテーマに深く関係する部分であるから、少し詳しく見ていきたいと思う。

 まず重要なのは、「人間は、母体内で実体としての系統発生を繰り返すだけではなく、誕生後には機能として系統発生を繰り返さなければなら」(p.88)ないと説かれた後、その必要性についいて、「それが「発展というものの構造」による」(同上)と述べられている部分である。では、その「発展というものの構造」とは何かといえば、P江先生の論文から引用して、「そもそも発展というものは、連続的であると同時に段階的な過程を、同時的・直接的に内に含むものであり、前段階を自らの実力と化すことをふまえることによって初めて! 次の段階をふむことへ! と至ることが可能となる」ということだと説かれている。そしてこのことが具体的に、人間が生まれてから首が座るまでの運動の上達過程の構造として辿っていかれるのである。

 その中身はまず、生まれたばかりの赤ん坊は、泣くこととオッパイを飲むことが重要な運動形態であって、これは赤ん坊にとっては重労働といえる全身運動であり、これを行っていく過程を通して、がんばる気持ちも育てていくと説かれている。そしてこの段階は、「生命の歴史」においては単細胞段階の運動の段階(その場を移動することのない、うごめき運動)に当たると説かれている。

 次の段階は「仰向け」に寝る状態についてである。ここでは、手足を自由に動かすことで手足がつくられるばかりでなく、立つために最も大事なしっかりとした背骨もつくられると説かれる。さらに、この姿勢は視野を広く働かせることができるから、見ることによって周囲への興味が育まれ、それがさらに運動を発展させていくと説かれる。そしてこの段階はカイメン段階の運動に当たると説かれるのである。

 さらに首が座るために必要な働きかけとして、“横抱き”から“たて抱き”に移行していくことが必要だと説かれたうえで、次のように結論付けられるのである。

「このように辿ってくる時、一般には自然に可能になっていくと思われている、生まれてから首が座るまでの人間の最初期の運動形態も、その過程的な構造に立ち入れば、そこには「生命の歴史」における系統発生を胎内で辿っていく過程の上に、生後における「単細胞段階」の運動、そしてそこから「海綿段階」の運動を繰り返していく過程、そして“横抱き”から“たて抱き”へと移行していく過程があり、それらと直接に積み上げられかつ膨らんでいく「意志の芽生え」たる認識の発展が重なり、これらが1つになって「首が座っていく」のである。しかもその1つ1つの段階には皆、愛情を基盤にした強烈な教育(学習)の過程があり、そこを経て初めて獲得されていくのが人間としての運動性であると理解されてくるのである。」(p.91)

 このように、実体たる身体の運動は、段々と前の段階を踏まえての積み重ねによって発展していること、そこには意志の芽生えへと至る認識の発展過程が重ね合わされていること、さらにはこうした心身の発展には母親を中心とした社会関係の発展に伴う教育(学習)の過程が絡んでいること、これが「発展というものの構造」であって、「生命の歴史」を導きの糸として解明していくべきものだと説かれているのである。

 「発展というものの構造」、あるいは「前段階を自らの実力と化す」ということをこの学びによって生き生きとした像として描くことで、例えば言語の発展とはどのようなものか、学問化可能な頭脳はどのようにすれば創出できるのかといった問題を主体的に解決していって、自らの学問を構築していきたいと決意を新たにした次第である。
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2017年03月14日

一会員による『学城』第14号の感想(5/14)

(5)「発展の論理構造」は生命の歴史を媒介とする必要がある

 今回取り上げるのは、悠季真理先生による哲学・論理学研究に関する論文である。アリストテレスの原語からアリストテレスの認識が如何なるものであったのかが、生命の歴史の論理を媒介にしつつ解明されていく。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下のとおりである。

悠季真理
哲学・論理学研究余滴(5)

 《目 次》
はじめに
一 アリストテレスの学的認識の形成とは
 (1)『哲学・論理学研究』第1巻執筆の過程で分かってきたこと
 (2)τὸ τί ἦν εἶναιは哲学界でどう捉えられてきたか
 (3)アリストテレスはいかなるレベルの像を描くに至ったのか
 (4)アリストテレスの像形成を生命現象の生生・生成発展過程と重ね合わせて考える
 (5)アリストテレスの像の中身を時代性を踏まえて具体的に考える
(以下次号)
二 法とは何かを国家形成の原点から考える
三 国家形成において政治的なことがなされ始める原点について考える
四 国家において政治経済として誕生してくる原点のところを考える

 本論文では、まず、今回は人類の学的認識の形成過程について考察されていくことが述べられ、『哲学・論理学研究』第1巻の執筆過程において、τὸ τί ἦν εἶναι(ト・ティ・エーン・エイナイ)というアリストテレスの原語がやがて論理的な像へと発展していくその出発点としての像を描き始めていく途上の必然的な言語表現だと解明できたと説かれる。そしてその原語の意味が解説される。すなわち、「ト」は英語のthe、「ティ」はwhat、「エーン」はbe動詞の未完了過去形、「エイナイ」もbe動詞だが不定詞であり、特に時制が違う動詞が続く理由が当初は分からなかったという。しかし、そもそも言語は認識の表現であるから、アリストテレスがいかなるレベルの像を描いていたのかから考え、アリストテレスの研鑽過程を推し量っていくと、これは「それをそうあり続けされてきているそのものの何たるか、とは一体何物であるか」となるはずだと考えるに至ったと述べられ、その理由が説かれていく。ここから論の展開は、アリストテレスの像の形成のあり方へと移っていく。すなわち、生命の歴史において生命現象的なあり方ができては消えという繰り返しによって生命現象が実存できるようになっていったように、アリストテレスの頭脳は対象を論理的に把握できかかるかと思えばできない、論理化しかかっては消え、というような頭脳活動が積み重ねられていくことによって創出されたというのである。こうして、現実と過去の像が何となく二層化していくような過程性を伴っていく像を内に含んだ原語が創出されたというのである。例えば、軍馬の例でいえば、アリストテレスが若い頃から現在に至るまで見てきた諸々の馬の像を振り返っているのが、あの未完了過去形という表現に表れていると説かれている。そしてこの表現は、事実レベルの像でありつつも、そこから表象レベルの像が描かれつつある過程そのものを表していると結論されるのである。

 この論文では、アリストテレスのτὸ τί ἦν εἶναι(ト・ティ・エーン・エイナイ)という原語を、いわゆる「文法」に従って意味不明的に訳すのではなくて、アリストテレスの認識の発展に対応したものとして、そういう発展しつつある認識の表現として、アリストテレスの原語を把握する必要があることが中心に説かれている。そのアリストテレスの認識の「発展の論理構造」を解明するために媒介とされたものは、生命の歴史、それも生命現象から生命体への流れの論理構造であった。以下、このことが説かれている部分の引用である。

「プラトンの、互いに闘い滅ぼし合うような討論を経てのアリストテレスの頭脳へと至る道というのは、対象を論理的に把握できかかるかと思えばできない、論理化しかかっては消え、というような頭脳活動がなされ、積み重ねられていくことであり、これは喩えてみれば生命現象的なあり方ができては消え、というのを繰り返しながら生命現象が実存できるようになっていくのと同様の道程であると言えよう。」(p.76)

 ここで説かれているのは、地球上に当初現われた生命現象は、「次第次第にできかかっては消え、できかかっては消え……という気の遠くなるほどの長い過程を繰り返していくことを通して、生命現象として実存し得るようになっていく過程、さらには地球が徐々に冷えていく中での、生命現象がそのものとして実存し続けるために、いわばまとまることができる、つまり、まだ他との区別も定かではないan sichであるような状態から、己として成りゆく、自らを他と区別するところの膜らしきものを作り得る方向へと向かってゆく」(p.75)流れが、アリストテレスの描く像が事実レベルの像から表象レベルの像、論理的な像へと発展しかかっては消えていって、という繰り返しを通して、表象レベルの像、論理的な像として実存し得るように発展していく流れを考察する際に、大きな示唆を与えるということである。簡単にいえば、論理的な像というものは、アリストテレスがいきなり形成できたのではなくて、ソクラテスからプラトンへと至る長い過程の成果を踏まえて、アリストテレスが必死の研鑽を経る中で、徐々に徐々に形成できていったものだということである。生命の歴史においては、「膜を形成するにも、形成しうるだけの実力を生命現象が培っていくことが必要であった」(同上)と説かれているが、まさにこの実力養成課程が、論理的な像を形成するということに関して、人類史上、アリストテレスの段階において持たれたのだということである。

 この、生命の歴史における生命現象から生命体への「発展の論理構造」、また人類史における事実レベルの像から論理レベルの像形成への「発展の論理構造」は、筆者の専門とする言語の歴史的創出過程に関しても大きなヒントになりそうである。すなわち、自分の認識を言語として表現できかかるかと思えばできない、言語化しかかっては消えるような長い過程を経ることによって、徐々に徐々に、単なる叫び声であったものが言語として創出されていくようになっていったというように考えられそうである。これは個体発生における言語の獲得過程についてもいえることであって、当初は単なる泣き声しか発することができなかった赤ちゃんが、「今、ママって言ったよね!」と周囲を驚かせるような声を発したかと思えば、またそうは言えなくなって、しかしまた言えたように思えるという過程を繰り返し経ることによって、徐々に言葉が話せるようになっていく過程についても同様だということである。こうした過程に関しては、「そうなれるだけの実力を培っていくというのはいかなることなのか、ここの過程を像として描ける頭脳にしていくことが」(pp.75-76)必須だとあるように、ヒントを参考に直観的なレベルで説いている段階から、より高い論理性のレベルで説けるように研鑽していく必要がある。

 さて、「発展の論理構造」ということに関して、もう1つ取り上げたいのは、かつて悠季先生が自身で説かれた論文を引用しつつ、その内容を前提として論を展開していっておられることである。我々もこのブログにおいて、毎日毎日論文を発表してきているわけであるが、例えば1年以上前に執筆した論文であれば、その執筆当初に活性化された頭脳でもって一気に書き記した内容に関する像が、相当程度薄らいでいってしまっているのである。しかし、認識の更なる発展のためには、これまでの研鑽の中身が凝縮されている論文については、その執筆時の頭脳活動を常識化すべく、そこを土台として向上していく必要があるのである。そのためには、折に触れてかつて自らが執筆した論文を読み返し、そのレベルにまで何度も何度も自分を引きかげてやる作業が重要になってくるのである。おそらく悠季先生は、こうした作業を繰り返しておられるために、新たしい論文を執筆するに際しても、かつて自分が説いた関連する内容に関して即座に引用して、そこから更なる論理展開をしていくことが可能なのだろうと思われる。こうした作業も目的意識的にしっかりと実践していく必要があろう。
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2017年03月13日

一会員による『学城』第14号の感想(4/14)

(4)対象を弁証法的に捉える、対象と弁証法的に関わるとは如何なることか

 今回取り上げるのは、神庭順子先生の看護論論文である。前号までに取り上げられた事例に関して、今回は弁証法に焦点を当てて展開されていく。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する。

神庭純子
現代看護教育に求められるもの(3)
―弁証法・認識論から説くナイチンゲール看護論―

 《目 次》
(一)看護学を学的に説く実力養成のためには「論理とは何か」を学ぶ必要がある
(二)対象を弁証法的に捉えるとはどういうことかを事例から説く
(三)対象を生成発展する存在としてみてとることが弁証法的な捉え方である
(四)変化の過程性をみてとることの重要性
(五)対象の弁証法性をみてとらない実践で失うものとは
(六)弁証法の「量質転化」の法則性から事例を説く
(七)弁証法の「対立物の相互浸透」の論理から事例を説く
(八)弁証法とは「自然・社会・精神の一般的な運動性に関する科学」であるとは

 本論文は、まず、論理とはある場所へのまともな、到着しやすい道順を示してくれるものだということが確認された後、今回は看護者の弁証法的な思考を具体的に解き明かしていくとされる。初めに「対象を弁証法的に捉える」とは、自分の専門に関わる出来事(対象)を必ず動き、変化、発展として見做すことだと説かれ、その例として、2つの物事(母親と子ども)を統一して考えようとすることや、対象を生成発展する存在としてみてとる(子どもの身体的、認識的発展過程、母親の関わりの過程をみてとる)ことなどが弁証法的だとされる。逆に、弁証法的な考え方をしないならば、変化の過程性を創り上げる関わりが求められている看護というものも否定されかねないと説かれる。また、対象を「量質転化」の法則からみてとるとして、楽しくおもちゃで遊んでいた子どもが「ママ」と声をあげて泣き出す過程的構造が展開される。次に、「対象と弁証法的に関わる」とはということに関して、保健師が「対立物の相互浸透」を意識して、母親には子育ての安心感と意欲を持ってもらえるよう、子どもには小さな誇りを育てたいとの思いから、言葉かけをしていった中身が説かれていく。合わせてこのことは、母親の認識と子供の認識との相互浸透、子どもの将来像と現実性との相互浸透なども図ることができることが説明される。そして結論として、事実を通して少しずつでも弁証法的なものの見方・考え方を理解していってほしいと述べられるのである。

 この論文ではまず、「発展の論理構造」の中心である弁証法が正面に据えて説かれていることに着目したい。以下、弁証法に関わって説かれている内容の引用である。

「弁証法は一言では、動くものを対象とする学問です。「動く」を論理的に説けば、ある「もの」、ある「こと」が、そこに「ある」と共に「ない」ということです。」(p.52)
「「動くもの」「動くこと」「変化するもの」「変化すること」「運動するもの」「運動すること」「発展するもの」「発展すること」「消えるもの」「消えること」「捉えどころがない」「捉えようがない」等々の現実を論理的に扱う学問を弁証法というのです。」(同上)

「弁証法とは「動く」「働く」「変わる」「ある」「生きる」「病む」「学ぶ」「運動する」「看護する」「介護する」「教育する」「仕事する」等々の動き、変化の中身を持つすべての世の中の出来事を扱う学問なのです。」(p.53)

「弁証法とは「自然・社会・精神の一般的な運動性に関する科学」であるといわれています。ここで「自然・社会・精神の」というのはどういうことかというと、この宇宙の、世界のありとあらゆるもの、森羅万象そのものすべて、ということであり、森羅万象そのものすべて、言い換えれば「万物」ということです。そのような万物(=ありとあらゆるもの)の「一般的な運動性に関する科学」である、ということは、この世界のありとあらゆるものは、一般的に運動しているという性質を持っているとして、その運動性に着目し、その過程的構造を体系的に明らかにする学問であるということです。」(p.65)

 このように、弁証法とは簡単にいえば、万物の運動に関する学問であるということになる。しかし、こうした知識的な理解をしただけでは、「弁証法的なものの見方・考え方」(p.66)をすることで、対象を正しく把握したり、対象を発展させるべく関わっていったりすることはできない。では「弁証法的なものの見方・考え方」とはどのようなことか、弁証法はどのように現実の問題の把握や関わりに役立つのか、これらの問題について、本論文では具体的な事例を通して説かれているのである。

 例えば、低出生体重児の親の集いでは、親が子育てを学んだり親同士が交流したりするのみならず、別室で子どもたちを預かることで子どもの発達を見守りアセスメントする機会にもなるという意味で、母親も子どもも双方を支援する取り組みになっていることが紹介されている。これは「あれかこれか」と別々に考えるのではなくて、「あれもこれも」という形で2つの物事を統一して考えようとしているという意味で弁証法的といえると説かれている。

 また別の例では、グループワークが終わって母親が子どものもとに戻ってきた場面において、保健師が母親と子どもに対してどのような言葉をかけるのか、その判断をした時にも弁証法的な見方・考え方に支えられて言葉を選んだことが説かれている。具体的には、「お母さん、お疲れ様。A君、バイバイ」(p.62)で終わってしまうのではなくて、母親に対しては「車で上手に遊べていましたよ。さっきまでは泣かずに頑張ってお母さんを待っていられたのですよ。何ともすごいことに、A君は自分でダイジョブ、ダイジョブと励ましているようでしたよ」(同上)と伝え、子どもには「車やおもちゃで遊んだね。泣かずに待っていられたね。お友達と過ごすことができたね」(p.63)と話しかけたのである。このことによって、「母親の認識にA君の育ちを専門職者に認めてもらっている安心感と実際に成長していることでの自信と次なる目標と励みを自ら描くことができる意欲とを創り出せるように」(p.64)意図したのであり、子どもに対しては「頑張りを認めることで自ら乗り越えたのだという小さな誇りを育てたい」(同上)と考えたのだということである。簡単にいえば、「認識の相互浸透による成長、発展を意識して関わった」(同上)という意味で、弁証法的な関わりであったと説かれているのである。

 以上のように、この論文では具体的な事例を通して、「弁証法的なものの見方・考え方」がどのようなものか、弁証法がどのように役立つのかが説かれているのであるが、もう1つ押さえておきたいことがある。それは、同じ事例を何度も何度も、焦点の当て方を少しずつ変えながら説かれているということに関してである。前々回は事例を事実的に説かれ、前回は認識論的な観点から説かれ、今回は弁証法という観点から事例が説かれている。こうした説き方自体が、何度も繰り返し同じ問題を丁寧に説いていくことで、看護とはどのようなものかの理解を深めていこうという意図があるのであり、「量質転化」的な説き方だという意味で弁証法的な説き方だといえるだろう。我々も、1つの事例、1つの概念などに関して、もう学び切ったとして終わってしまうのではなくて、繰り返し何度でも学んでいくことで、質的に把握の度合いを深めていく必要があると感じた次第である。
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2017年03月12日

一会員による『学城』第14号の感想(3/14)

(3)発展のためには基礎をおろそかにしてはならない

 今回は北條翔鷹先生の実戦部隊飛翔隊の修業過程に関わっての論文を取り上げる。武道空手技を修得するための鍛錬とは如何なるものかが説かれていく論文となっている。

 本論文の著者名・タイトル・目次は以下である。

北條翔鷹
実戦部隊飛翔隊修業の総括小論(4)
―1983年〜1988年3月の実戦部隊飛翔隊合宿修業小論―

 《目 次》
一、武道空手体力養成のために学んだ柔道の「木立への打ち込み」
二、武道空手体力養成のために学んだ薩摩示現流を超える鍛錬
三、達人としての武技体得における姿形を覚えるとは

 本論文ではまず、立木蹴りと立木打ちの鍛錬が、武道空手体力養成のための基本であることが説かれ、これが講道館柔道の達人木村政彦の修行に由来すること、骨体力・筋体力鍛錬の重要な養成課程であり、かつ一撃必倒の武技創りとなっていったことが説かれる。さらに、この鍛錬が薩摩示現流の太刀斬り鍛錬(立木を木刀で叩く鍛錬)の武道空手版であるとして、薩摩示現流の立木打ちが説明され、その修練方法の意義や示現流の見事さが南郷先生の著作を引用しつつ明らかにされていく。そして、そうした他の武道に学ぶ場合、現象的にそれらを真似て取り入れるのではなくて、見事な重層的な構造を持った大発展レベルでの変革をなして学ぶ必要があることが説かれ、女子武道家の卵の実践が紹介される。すなわち、骨体力の強靭化や神経体力の自由自在な動きへ向けての発達、内臓体力の強靭化を目指して、炊事、洗濯、水汲み、薪割り、田畑の耕し、リヤカーの押し引きなどを行ったというのである。合わせて、武道空手基本武技の再措定をすべく日課として、武技の姿形を覚えこみ、覚えた姿形を自分のものにする鍛錬を繰り返し実践していったことが紹介され、その中で単なる現象的な姿形をとるということが問題なのではなく、武技としての構造をともなった上で姿形をとっていることが重要だということが思い知らされたと説かれるのである。

 『学城』第14号全体と貫くテーマである「発展の論理構造」に関して本論文で取り上げたいことは、「一撃必倒の武道空手技を修得するための鍛錬」(p.48)とは如何なる過程を持ったものであるのかということについてである。ここに関しては以下のように説かれている。

「我々飛翔体が目指す一撃必倒の武道空手技を修得するための鍛錬であったはずの“立木打ち、蹴り込み”や武道居合技斬り下ろしの鍛錬は、さらにその鍛錬がまともにできるようになるための“丸太土手打ち”がまともにできる必要があり、さらにそれがまともにできるようになるための修練の1つにもっと強烈な鍛錬があったのである。」(同上)

 すなわち、「一撃必倒の武道空手技を修得するための鍛錬」にはそれなりの段階があり、いきなり武道空手技を修練するものではないということである。ここで「強烈な鍛錬」とあるのは、明示はされていないものの、おそらくは「炊事、洗濯、水汲み、薪割り、田畑の耕し、以上のそれが実力をもつための、材木を積んでのリヤカーを押し引きしながらを、坂道の傍らの道なき道での坂道の上り下り」(pp.45-46)であり、「海岸では何時間もの砂浜での鍬の打ちこみであり、流木の引き回し等々であり、海のなかでは泳ぐのではなく、波に逆らっての四方八方への強烈な歩き(走り!)」(p.46)などのことであろう。こうした「通常の武道修練の若者が行う内容とはおそらくは大きく異なった」(p.45)鍛錬は、筋肉鍛錬などの皮相なことではなくて、骨体力の強靭化や神経体力の自由自在な動きへ向けての発達、内臓体力の強靭化を図るために実践されるものだと説かれている。

 ここで注意しなければならないことは、こうした鍛錬を行う武道修練の若者が、こんなものは武道でもなんでもないとして、ここを避けて通ろうとすることはあってはならないということである。こうした「強烈な鍛錬」を踏まえることなしには、決して武道の道を歩むことができないということである。このことは、学問の世界でも当てはまる論理である。すなわち、例えば言語学を志して出立したとしても、弁証法や認識論の基本的な用語や概念に関しては、繰り返し繰り返し学んでいく必要があるのであって、このことをおろそかにしては決して言語学の創出など不可能なのだということを肝に銘じておく必要があるのである。武道空手技の修得過程における「発展の論理構造」は、そのまま自らの学問構築過程の「発展の論理構造」であるとして、自らの問題としてしっかりと受け止める必要がある。

 さて、ではこうした基本的な鍛錬を積んだ後、諸々の鍛錬を経て、武道空手技の鍛錬に入ったとして、そこでも注意すべき点があると本論文では説かれている。それはまず、基本技の厳格なチェックや型修練を行っていく必要があるということである。そしてこうした鍛錬は、達人レベルに到達すればもはや「モデルチェンジは不可能なものであるから、最高の姿形で学ばなければならないからである」(p.47)と説かれているのである。つまり、歪んた形で基本技を覚えてしまっては、それを修正することが不可能であるから、基本技の型を常に正しいものとして創っていく努力が必要だということである。先の学問の世界の観点でいえば、基本的な用語や概念に関する学びを一応終え、本格的に言語学の学びを行っていく際にも、常に合わせて基本技の確認をしていく必要があるということであろう。

 そしてさらに注意すべき点として、「武道においては現象的な姿形をとるということが問題なのではなく、武技としての構造をともなった上で姿形をとっていることが重要だ」(同上)と述べられているのである。ではここでいう「武技としての構造をともなった上で姿形をとっている」とは一体どういうことであろうか。その後の展開を踏まえて考えると、それは実践を想定した練習を行う必要があるということだと思われる。ではこの「実戦を想定した練習」と「現象的な姿形をとる」練習とはどこがどう違うのであろうか。これも明確には説かれていないが、おそらくは認識が違うということではないかと思う。つまり、単に現象的な形をきちんと取れるように基本技の学びを行っていけばそれでいいというのではなくて、その修練を行う際には、常に実践を意識して、実戦さながらの緊張感や気合でもって修練を行う必要があるということだと思う。人間は認識的実在であるから、単なる実体的な動きということはあり得ないのであって、常に認識のあり方に規定された実体の運動であるから、実体と認識とを統一的に鍛えておく必要があるという指摘だと思われる。これも学問の世界ではどういうことになるのかを考えると、単に本から文字を暗記レベルで学ぶというのではなくて、そこに生き生きとした像を伴いながらの学び、例えば認識論の学びであれば、自分の頭脳活動を立派にするためにこその学びが必要だということであろう。

 以上、武道空手の上達過程に重ねる形で、学問の構築過程における認識の発展過程の論理構造を考察してきた。端的には、基本技は当初はもちろん、学びの一定の段階に至った後でも繰り返し確認していく必要があるし、単なる文字の暗記レベルの学びではなく、その文字から生き生きとした像を描きながらの学びが発展のためには必須であるということであった。
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2017年03月11日

一会員による『学城』第14号の感想(2/14)

(2)「発展の論理構造」は「弁証法の構造」である

 今回から、『学城』第14号に掲載されている各論文について、順次その感想を述べていきたい。

 初めに取り上げるのは、第13号に掲載された本田克也先生の遺伝子の体系性、重層構造に関わっての論文をP江千史先生が解説される論文である。ここでは、人類の遺伝子はどのようなものか、それはどのように変化していくのかが説かれていく。

 まずは以下に、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する。

P江千史
「南郷継正講義」遺伝子の体系性から生命の世界の
発展性の帰結たる人間の遺伝子の重層構造を説く」
から発展の論理構造を学ぶ

 《目 次》
(T)はじめに
(U)生命体にとっての遺伝子とは何か
 (1) 講義録 人類の遺伝子は重層構造を把持している
 (2) 遺伝子とは何か
 (3) 生命体に遺伝子はなぜ必要か
 (4) 遺伝子は外界は勿論自らの内界そのものの情報をも吸収して変化する
 (5) 遺伝子は変化しないとする定説「セントラル・ドグマ」
 (6) 定説に対する新たな「動く遺伝子」説
 (7) 遺伝子と進化論の関わり
 (8) 遺伝子が変化することは「生命の歴史」が証明している
(V)人類の遺伝子は構造的体系性を把持した重層構造となっている
 (1) 遺伝子の歴史的発展過程
 (2) 遺伝子の構造的体系性を把持した重層構造とは
 (3) ヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」
 (4) ヘッケルの遺伝子「終端付加の原理」の誤りを正す
(W)認識の変化が遺伝子の構造を変化させる
 (1) 人間の脳の機能としての認識=像の形成
 (2) 認識論から説く「思う」と「考える」の違い
 (3) 「考える」によって複雑化・重層化する遺伝子の中身
 (4) 認識を形成する脳の機能と実体との関係
 (5) 「生命の歴史」に見る脳の遺伝子の変化
(X)おわりに

 本論文では、南郷先生の講義が新たな弁証法の歴史を切り拓いたものであるとはどういうことかを明らかにし、この新たな弁証法の構造をしっかりと学びたいという決意がまずは述べられる。その上で、「人類の遺伝子は、構造的体系性を把持した重層構造というものになっている」という大事な中身が確認され、遺伝子=DNAではないということが強調される。さらに、生命体が自らを自らとして維持し、次世代へ伝えていくしくみとして、設計図レベルでその役割を担っていたものが遺伝子であること、遺伝子は従来考えられていたように不変のものではなく、変化してはならない構造と新たな情報を吸収して変化しなければならない構造の二重構造を持つものであることが説かれていく。ここから「人類の遺伝子は、構造的体系性を把持した重層構造というものになっている」の内容が説かれていく。まず、前の生命体の設計図の上に次の生命体の設計図がなぞるように上書きされること、また単細胞体×海綿体……という立体的重層構造が大切であると説かれる。そして、発展の論理構造が構造的体系性を把持した重層構造を持つものであることを理解しなければならないと述べられる。ここから議論はヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」、すなわち遺伝子「終端付加の原理」の批判へと移っていく。端的には、ヘッケルが前段階の生命体の遺伝子に新たな遺伝子が「+(プラス)」されると考えたことが誤りで、「前段階の遺伝子×(掛ける)新たな遺伝子」というように構造的体系性を把持しての立体的重層構造を有したものと把握しなければならなかったということである。論の展開はここからさらに、認識の変化が遺伝子の構造を変化させるということに関わっていく。このことに関わって、まずは認識とは何か、人間の脳とは何かが確認され、「思う」と「考える」の違いが説かれる。すなわち、「思う」は頭脳の中の認識を取り出して使うことであり、その像は過去、現在の像であるが、「考える」は思い描いている像を筋道を立てて何とか動かした未来的像だというのである。そして「考える」という労苦を続けていくことで遺伝子が複雑化・重層化してくるというのである。最後に結論として、変化し続ける外界に適応して、自らを維持していくために、変化の情報を吸収し、自らを変化させる設計図を創り直し続けているのが遺伝子であることが説かれるのである。

 本論文に関してまず述べておく必要があることは、『学城』第14号を貫くテーマとして設定した「発展の論理構造」というものは、「新たな弁証法の構造」(p.9)のことを意味しているということである。p.19には「唯物論を把持した弁証法の新たな構造、すなわち生成発展の論理構造」という文言もある。これはどういうことかというと、簡単には、弁証法は世界の全ての事物・事象に関わっての生成発展に関する学問であるということである。では、ここに「新たな」と付加されているのはどういうことか。それは、南郷継正先生による「遺伝子の体系性から生命の世界の発展性の帰結たる人間の遺伝子の重層構造を説く」という講義によって、弁証法の新たな歴史が切り拓かれたのであって、その新たな弁証法の構造をしっかりと学び取る必要があるということである。南郷先生はこの講義で、「遺伝子の構造的体系性を把持した重層構造」(p.23)に焦点を当てて説いておられるのだが、これは「一般性としての発展の論理構造」(同上)をも学べる中身を持っているということである。言葉を変えていえば、生命の歴史に発展の論理構造を学ぶ、生命の歴史から弁証法を学ぶ、ということによって、どんな事物・事象であってもその発展の論理構造を捉えることができるということである。

 では、「遺伝子の構造的体系性を把持した重層構造」とはどのようなものであろうか。ここを理解するために、P江先生は南郷先生の講義録から以下の2つの部分を引用しておられる。

「歴史を経るにつれて、(遺伝子の)その単細胞的紋様の設計図の上に海綿的設計図がなぞるようにして上書きされていくようになる」(p.20)

「結果としてのこの遺伝子を歴史的に分析すれば、単細胞体×海綿体……×哺乳類体×猿類体としての壮大かつ華麗なる体系性的構造を把持しての立体的重層構造となる」(同上)

 そして、この中で重要なのは、「上書き」という文言と「×(掛ける)」という文言であると説かれる。「上書き」に関しては、パソコンの文章作成ソフトでの「上書き」保存や、板敷きを何枚にも重ね合せたり板に何重ものペンキを上塗りしたりするイメージで説明しておられる。また「×(掛ける)」については、単に「+(足す)」という量的な変化ではなくて、質的な変化を伴うものだと説明されている。そして結論的には、「体系的に発展するということは、前段階の内実を自己の内に持たなければならないが、しかしそれはそのままに取り入れればよいというものではなくて、それを取り入れながらしっかりと自己化し、かつ変化させる実力を有することによって、前段階とは違った段階へと自らを変えていくということ」(p.22)だと説かれている。こうした「発展の論理構造」に関するイメージはしっかりと創っておく必要があると感じた。

 ここで筆者の専門分野である言語に関わって、少しだけ触れておきたい問題がある。それは、人間が幼少期に言語の知識を獲得していくに際して、周りの人間が話している日常の言葉以上の豊富で複雑な言葉を理解したり話したりできるようになるのは何故かという問題である。この問題の本格的な解答については、科学的な認識論(像論)をしっかりと踏まえて行う必要があると思うが、少なくとも、上記の「発展の論理構造」、特に「×(掛ける)」ということはどのような中身を持っているのかをヒントにすれば、筋を通した解答ができるのではないか。また、「単細胞体でしかなかった場合の設計図であった遺伝子の構造は、海綿体の誕生(進化)によって、単細胞体の遺伝子がより簡略化していき、その分海綿体の遺伝子の重要部分がより見事な重層構造化を果たしていく」(同上)という部分などを考察していくことも大きな手掛かりとなりそうである。このような検討を重ねていけば、生成文法でいわれている、複雑な言語知識を獲得可能にしている「言語機能」なる「心的器官」の存在に問題の解決を委ねてしまうような、観念論的・形而上学的把握に陥ることはなくなるであろう。
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2017年03月10日

一会員による『学城』第14号の感想(1/14)

《目 次》(予定)

(1)「発展の論理構造」が『学城』第14号の全体を貫くキーワードである
(2)「発展の論理構造」は「弁証法の構造」である
(3)発展のためには基礎をおろそかにしてはならない
(4)対象を弁証法的に捉える、対象と弁証法的に関わるとは如何なることか
(5)「発展の論理構造」は生命の歴史を媒介とする必要がある
(6)発展は前段階を実力と化すことによって可能となる
(7)部分を全体に位置づけることが認識の発展につながっていく
(8)実力向上のための学びには順序がある
(9)生命の歴史の論理と人類の系統発生の歴史の論理が発展のための契機である
(10)発展のためにはそれぞれの専門分野の原点を歴史的に辿る必要がある
(11)「素直さ」=「否定の否定」は発展のために必須である
(12)「いのちの歴史」から「発展の論理構造」の具体を学ぶ
(13)「発展の論理構造」を自分のこととして把握する必要がある
(14)「発展の論理構造」を文字として捉えるのではなく、像として主体的に描いていく必要がある


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(1)「発展の論理構造」が『学城』第14号の全体を貫くキーワードである

 2016年12月17日、遂に『学城』第14号が発刊された。

 前号、前々号は2号とも2015年に発刊されたため、今後もこのペースでと期待していたのだが、14号については、何とか2016年中に世に出たといったところであった。しかし待ちに待った分、また前号から1年以上経っている分、とても楽しみに読んでいくことができたし、内容が非常に濃いものになっていて、非常に勉強になった思いもある。特に前号の冒頭論文である、本田克也「「南郷継正講義」 遺伝子の体系性から生命の世界の発展性の帰結たる人間の遺伝子の重層構造を説く(1)」に関しては、非常に難解であったとの思いがあったのであるが、14号においては2つの論文においてこれが取り上げられていて解説されているのである。これらの解説をもとにして、改めて前号の論文を読み込んでいくことで、大きく認識を発展させていきたいと思っているところである。

 さて、今回も第14号全体に貫かれているであろうテーマを設定し、そのテーマを中心に据えて、各論文の感想を認めていきたいと思う。今回の第14号では、各論文において「発展の論理構造」が説かれているのではないか、これが筆者の読後感である。なぜそのように感じたのか。各論文の中身については次回以降、詳細に見ていくとして、ここではいつものように、「巻頭言」と「編集後記」の文言を見ておくことにしよう。まずは「巻頭言」である。

 「巻頭言」では、学問を体系化するための実力養成の土台として、弁証法的な論理能力を培う必要があるとした上で、本物の学的弁証法の実力の起源として、アリストテレスに着目されていくのである。「当時のアリストテレスの頭脳は事実レベルの反映像の並列的・経過的形成から、ようやくにしてそれらを一体化し始めるべき表象レベルの像形成へと二重化しかかる途上」(p.1)であったのであり、「学的将来として描かれるべき論理的な像へとしての出発点としての像を、描き始めていく途上」(同上)だったと説かれている。そして、そうした像を何とか表現しようとして、「ト・ティ・エーン・エイナイ」という言葉を生み出したというのである。これがアリストテレス弁証法の原基形態となり、学的弁証法の歴史的原基形態なのだと説かれているのである。

 ここで確認しておくべきことは、ある物事がどのようなものであるのかをしっかりと押さえるためには、その原点から、どのような発展を遂げた結果として、現在のあり方があるのかを把握する必要があるということである。このことは当然、弁証法についても当てはまるのであって、その原点からの発展の第一歩がこの「巻頭言」で説かれているということである。この原点からの第一歩という過程が、発展の論理構造を問う場合にはもっとも難しい部分であって、生命の歴史でいえば、生命現象が如何にして自分自身の体を持った単細胞生命体に発展したのかを説くことに等しい論理構造が、弁証法に関してこの「巻頭言」で説かれているのではないかと感じたのである。

 では「編集後記」に関してはどうか。ここでは以下のように説かれている。

「この生命の歴史を再措定的に学び直す中で強く考えさせられたことは、生命の歴史構築の過程で明らかとなってきた、森羅万象として現象してきている万物の生生・生成発展の重層構造の論理性ということである。万物の生生・生成発展してきた体系性としての流れを一般性的過程として把握しつつ、その一般性を論理的に押さえつつ、いかに生生・生成が体系的であったか、というところから見つめ直し、辿り返していく、生生・生成していくにもどれほどの体系的過程性が必要だったのかを説く努力をし続けていくことの重要性を、以前にも増して感じるようになってきた。この頭脳活動の営為なしには、社会の歴史へも、そして精神の歴史へも究明の道程が視えてこない筈である。」(p.191)

 ここでは、生命の歴史から発展の論理構造を学び直していく作業を続けていくことで、その発展の論理構造には重層構造があり体系性があるということが次第次第に分かってきて、その重層構造や体系性をこそしっかりと説き続けていくことが論理能力を向上させるためには必須であり、また自然の歴史から社会の歴史、精神の歴史を究明していく大本の実力ともなるということが説かれている。つまり端的には、「巻頭言」で説かれている弁証法の原基形態、そこからの発展の論理構造を把握するためには、やはりまずは生命の歴史の発展の論理構造にしっかりと学び続けていく必要があるということである。こうした過程を経てこそ、真の弁証法を自分のものとすることが可能となっていくのであって、さらに自らの頭脳活動の実力を「発展の論理構造」に沿った形で向上させていくことが可能となっていくのである。

 以上を踏まえて、本稿では次回以降、14号に掲載されている12本の論文を順次読んでいき、特に「発展の論理構造」とはどのようなものかを把握することを目的として、その感想を認めていくことにしたい。その際、発展の「重層構造」、「体系的過程性」ということに着目して、発展の内実を深く捉えていきたいと思う。

 では最後に、『学城』第14号の全体の目次を以下にお示しする。

学 城 (学問への道)  第14号


◎ 南郷継正   巻頭言 ― 「アリストテレス弁証法」 の起源を解く

◎ 瀬江千史   「〔南郷継正講義〕 遺伝子の体系性から生命の世界の発展性の帰結たる人間の遺伝子の重層構造を説く」 から発展の論理構造を学ぶ

◎ 北條翔鷹   実戦部隊飛翔隊修業の総括小論 (4)
           ― 1983年〜1988年3月の実戦部隊飛翔隊合宿修業小論

◎ 神庭純子   現代看護教育に求められるもの (3)
           ― 弁証法・認識論から説くナイチンゲール看護論

◎ 悠季真理   哲学・論理学研究余滴 (5)

◎ 北嶋  淳   人間一般から説く障害児教育とは何か (8)
  志垣  司   ― 障害児教育の科学的な実践理論を問う

◎ 瀬江千史   「医学原論」 講義 (12)
           ― 時代が求める医学の復権

◎ 瀬江千史   新・医学教育 概論 (3)
  本田克也   ― 医学生・看護学生に学び方を語る
  小田康友
  菅野幸子

◎ 聖  瞳子   医療における理論的実践とは何か
  高遠雅志   ― 初期研修医に症例の見方、考え方の筋道を
  九條  静   説く
  北條  亮   〈 第6回 〉 マイコプラズマ肺炎2

◎ 本田克也   法医学への入門 (3)
  矢野志津枝  ― 医学生のための法医学原論
  小田康友
  菅野幸子

◎ 朝霧華刃   唯物論の歴史を学ぶ (2)

◎ 橘  美伽   武道空手上達のための人間体を創る 「食事」 とは何か (3)
           ― 遺伝子としての食事を考える

◎ 南郷継正   武道哲学講義 〔11〕
           ― 学問とはいわば世界地図を描くことである (2008年冬期ゼミ講義詳説)

◎ 悠季真理   編集後記
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2017年01月28日

一会員による『学城』第4号の感想(13/13)

(13)我々はどのような研究活動を行っていくのか

 本稿は『学城』第4号の感想を認めることによって、特に全体を貫くテーマとして設定した「一般論を掲げての学びの重要性」という観点から、この第4号の中身を主体的に自分の実力とすることを目的として、これまで第4号に掲載されている11本の論文を取り上げ、その要約を行い、学ぶべき点を明かにしてきたものである。

 ここでこれまでの流れを、「一般論を掲げての学びの重要性」という点に絞って、大きく振り返っておきたいと思う。

 まず、連載第2回に取り上げた加納論文では、「一般論を掲げての学びの重要性」が総論的に説かれていた。すなわち、まずは自らの専門とする対象の一般論を措定するまでの学びとして、先学の業績をしっかりと自らの実力と化しつつ、その歴史的な流れを論理的に把握するとともに、さらに広く、哲学史の流れを押さえること、一般教養を深く学ぶことが必要だとされていた。そうした過程を経て一般論を措定した後は、その一般論から対象的事実を説いていく必要があるということであった。

 こうした「一般論を掲げての学び」が学問構築過程において必須であることも説かれていた。連載第5回に取り上げたP江論文では、「一般論を掲げての学び」が学問構築過程での鍵であり、こうした学びを経て、当初仮説的に掲げた一般論が本質論へと昇華することが説かれていた。連載第6回に扱った本田・P江論文では、一般論を磨き上げておくことによって、他者の提唱する学説の成否が即座に判断できることが説かれていた。また、連載第8回に取り上げた小田論文でも、「一般論を掲げての学び」が学問構築一般論であり、対象の構造を深めていくことになっていくことが述べられていた。

 連載第9回の志垣論文では、自らの対象とする分野をより広い一般論から考察していくことの重要性が説かれていた。すなわち、障害とは何かを問うにはそもそも人間とは何かから問い、障害児教育を問題にする際にはそもそも教育一般論を土台にすべきことが説かれていたのであった。つまり、ある対象に関する「一般論」はそれだけで独立してあるのではなくて、諸々の対象の構造に見合った形で「一般論」も立体的な構造をなしているということである。

 では、どのような学問をするにしても必須の「一般論」にはどのようなものがあるのか。連載第3回第4回の悠季論文、連載第7回の諸星・悠季論文では、認識一般論の重要性が指摘されていた。具体的には、認識一般論を媒介として、古代ギリシャのタレスの認識に関する具体的な事実が論理的に説かれていたり、ギリシャが文化のレベルをアップさせていった過程が展開されていたり、ヒポクラテスの時代の医療が一般的に措定されて、それが事実レベルで説かれていたりしたのであった。連載第10回の横田論文では、住宅などの人間に関わる問題を説くためには、「生命の歴史」をしっかりと踏まえる必要があることが説かれていた。連載第12回で取り上げた南郷論文では、こうしたことを踏まえて、「人間とは何か」を「国家とは何か」を押さえつつ把握することが重要だとされていたのであった。

 連載第11回で扱った井上先生の小説では、「一般論」の理解を深めるために、宗教における「悟り」ということに絡めて「一般論」が展開されていた。すなわち、「悟り」とは主客合一の境地であり、学問でいえば「一般論」に到達したことを意味するということであった。

 以上、これまで説いてきた中身の重要な点を振り返っておいた。端的にまとめると、学問構築過程においては、何よりもまず、一般論を掲げての学びが重要であって、そのためには、個別科学史を哲学史をふまえる形で研鑽しつつ、一般教養レベルの学びを深めていく必要があるのであって、こうした過程を経て仮説的にでも一般論を掲げたならば、そこから対象的事実に問いかけ、対象の構造をしっかりと把握しつつ、一般論を本質論へと高めていく必要がある、これが学問構築過程であるということであった。さらに、こうした学びの過程においては、認識とは何か、「生命の歴史」はどのようなものか、人間とはどういう存在かという本質的な問題については深く学んでおく必要があるということであった。

 連載第1回に述べたように、今回取り上げた『学城』第4号はそれまでの「弁証法編」という文言が消え、いわば弁証法が当たり前の実力を身に着けた上での学びの過程が説かれていたのであった。しかし、ここでよく考えておくべきことは、これは何も、もう弁証法の学びを卒業したとして、弁証法の学びを全くしなくてよいということでは決してないということである。

 我々京都弁証法認識論研究会においても、20年になろうという歩みにおいて、あるいは新規会員が入会してきたことをきっかけとして、あるいは基本的な概念がまだまだ不明確であることが判明したことによって、弁証法の基本書である三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』に立ち返っての学びを繰り返し実践してきたのである。つまり、今回取り上げた『学城』第4号への学びにおいても、弁証法を全く度外視しての学びということはあり得ないのであって、弁証法の学びを土台としつつ、さらに「一般論を掲げての学び」を実践していくということでなければならないのである。

 こうした基本はしっかりと押さえつつ、さらに認識論や「生命の歴史」をしっかりと踏まえつつ、「人間とは何か」に関する諸々の学びを実践していくことを土台として、また深い一般教養の学びに取り組みながら、それぞれの個別科学史、その背景にある哲学史を深めていくこと、そうしてそれぞれの分野での一般論をまずは措定して、そこから対象の構造を深めていくことを目指して、今後も我々京都弁証法認識論研究会は今後も活動していく予定である。具体的には、弁証法については常に『弁証法はどういう科学か』に立ち返って学び続け、認識論については海保静子『育児の認識学』、南郷継正『なんごうつぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義』に徹底的に学び、「生命の歴史」については本田克也・加藤幸信・浅野昌充・神庭純子『看護のための「いのちの歴史」の物語』を土台にして学び続け、「人間とは何か」を分かるために「歴史を題材とした時代小説」「人間の心を主題にしている小説」「社会派とされている推理小説」(『なんごうつぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義(1)』p.106)をしっかりと学んでいき、さらに哲学の流れの理解を深めていくことを研究会共通の土台とする。その上に、個別科学史の研鑽及び一般論の措定、さらにはその一般論から対象とする専門分野の構造を把握していくことを大きな目標として活動していく予定である。本ブログのタイトル部分にも掲げてある通り、「日本復興」のための学問の道を歩み続けていく覚悟を述べて、本稿を終えることにする。

(了)
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2017年01月27日

一会員による『学城』第4号の感想(12/13)

(12)学問構築のためには「人間とは何か」、「国家とは何か」を学ぶ必要がある

 今回取り上げるのは、南郷継正先生による「学問への道」に関する講義である。ここでは、弁証法の学びの重要性について説かれていく。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する(本論文にはリード文はない)。

南郷継正
東京大学学生に語る「学問への道」(2)
―平成16年、夏期東京大学合宿講義―

 〈目 次〉
第1章 真の東京大学の復権に向かって、何をいかに学ぶべきか
 第1節 弁証法と武道空手の学びの同一性について
 第2節 農学とは何か―歴史における農業のおこり
 第3節 武術の歴史上の登場について
(以上、『学城』第3号 収録)
 第4節 論理的な頭脳を創るための学びを説く
 第5節 日本のリーダーとなるために
第2章 東大生に贈る、見事な頭脳になるための「学問としての弁証法」
 第1節 学問一般としての哲学を説く
 第2節 弁証法とは何か
 第3節 人間の頭脳は創り創られた実力によって活動範囲が確定される
 (以下次号)
 第4節 東大生として創り創られてきたことの欠陥
 第5節 頭脳を創りかえるためには
第3章 質問に答える
 第1節 組織について学ぶことの意義
 第2節 アリストテレスとヘーゲルを学ぶ理由
 第3節 人間体を武道空手体に創りかえるとは
 第4節 法は社会によって創られる
 第5節 社会にはそれを統括する指導者が必要である
第4章 弁証法・認識論・論理学とはなにか
 第1節 一流の人間になるためになすべきこと
 第2節 今の大学教育に欠けたるもの
 第3節 弁証法とはなにか、どう学べばよいのか
 第4節 認識論とはなにか
 第5節 論理学とはなにか

 本論文ではまず、論理的な頭脳ができない理由が説かれる。1つは、脳が頭脳として働くための運動不足のため、2つ目は、一般教養の知識が決定的に不足しているためだとされる。そして、一般教養の体系的な勉強が弁証法の学びのための基本であること、一般教養として修得した知識を体系性を持って並びかえられるための実力としての論理学の学びも必要であることが説かれる。次に、日本のリーダーとなって、自らの意志で日本を創るためには、「人間とは何か」、「国家とは何か」を知り、武道空手を修業して第一級の人生を歩めるための体力・精神力を培う必要があると述べられる。また、世界一を目指すためには、「学問としての弁証法」と「武道としての空手」をともに学ぶ必要があると説かれる。論の展開はここから哲学と科学に移っていく。科学は哲学から分かれたものであって、逆に東京大学全体の講座を集合させ、それを統括したものが哲学であると説かれる。そして弁証法に関しては、学問が弁証法的な努力の末に創出されたものであり、古代ギリシャ、カント、ヘーゲルの学問を学ぶためには、弁証法の真の実態を知らなければ不可能であると述べられる。最後に、人間はすべてにおいて人間として育てられるべく育てられないと、決して人間にはなれないということをしっかりとおさえて、頭脳(実体)と頭脳活動(機能)を向上できるようにしていく必要があると説かれる。

 本論文についてまず感じたことは、今まであまり意識していなかったのだが、この講義の内容ではなくて雰囲気が、非常に格調高いということである。もちろん、内容が伴ってこその講義であるが、実際に当時、南郷先生が東京大学の学生に向って説いておられた風景がはっきりと頭の中に浮かんでくるような、圧倒的な存在感を持った文章であることが、まずもって非常に印象的であった。さらに内容についても、細かいところからいえば、サル(猿類)からヒト(人類)への過程において、農業の創出、労働による手足の駆使が如何なる役割を果たしたのか、記憶力と思考力が如何なる関係にあるのか、一般教養の学びは如何にあるべきか、空気中の窒素の役割は何か、肺の役割は何か、といった諸々の問題に触れられていることが分かってくる。もちろん、これらの問題に関しては、その全てがこの短い講義の中で説き切られているわけではないのであるが、自分もそうした問題を単に知識として知っているだけではなくて、論理的に筋を通して考えられる頭脳の実力を手に入れたい! 何としてもそうした実力をつけて日本の真の指導者になりたい! と思わせるような感動的な展開となっているのである。

 さて、本稿全体を貫くテーマとして設定した「一般論を掲げての学びの重要性」ということに関わって、本論文から学ぶべきことを考えてみよう。それは、何といっても、「人間とは何か」という一般論をしっかりと把握してかかる必要があるということである。そもそも学問とは、人間が創出するものであり、人間が直面する諸々の問題を解決して、よりよい生活を享受するために創出するものである以上、その学問を生み出す主体であり、学問の成果を享受する客体であるところの「人間とは何か」という問題については、どの分野の学問であってもしっかりと押さえておくべき事柄になるのである。

 では、その「人間とは何か」である。本論文では以下のように説かれている。

「人間は創られて人間となり、創って人間となる」(p.196)

 この規定は、人間と他の動物とを分かつ決定的な要因が内に含まれているものであり、人間に関わる問題を説く際には、必ず踏まえなければならない人間一般論である。つまり、人間は他の動物のように、放っておいても育っていくというものではなくて、教育如何によって人間になれるのであるし、いわゆる個性というものも、生得的なものはほとんどなく、大半は生まれてからのしつけや教育によって創られてきたものであるということであるし、人間の認識を問題にするにしても、人間の言語を問題にするにしても、経済にしてももちろん教育に関しても、全て人間に関する問題を説こうとするならば、必ずこの人間一般論を押さえて、ここから説いていく必要があるということである。例えば、筆者の専門分野たる言語に関しても、人間は創り創られて人間となるということの過程における言語の役割をしっかりと考察することから研究をスタートさせていく必要があるのである。そもそもなぜ言語を人間が生み出したのか、その原点から問うていく必要があるのである。

 本論文ではさらに、この「人間とは何か」に加え、「国家とは何か」を知る必要がある、それはまともな人間社会のリーダー、統括者となるために必須の事柄であるとされていることも注目に値する。すなわち、人間の問題を考える際には、個別に人間を取り出し、人間だけを視野に研究を進めるというやり方では駄目であって、必ず社会的個人としての人間、国家の成員としての人間という視点で研究を進める必要があるということが示唆されているのである。人間は、社会から断絶されては生きていけないし、その社会とは、国家という枠組みを持って初めて成立可能なものだからである。故に、「人間とは何か」、「国家とは何か」という原点をしっかりと学びつつ、それぞれの個別科学の発展にまい進していく必要があるのである。

 以上をしっかりと踏まえて、何度も何度もこの論文に学び続けていくとともに、言語学の新たな地平を切り開いていく決意を述べておきたいと思う。
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2017年01月26日

一会員による『学城』第4号の感想(11/13)

(11)「悟り」と一般論との共通性とはどのようなものか

 今回取り上げるのは、井上真紀先生による小説である。前号の続きとして、今回も「悟りへの道を考える」ための内容が展開されている。

 以下、本小説の著者名・タイトルである。(本小説にリード文はない。)

井上真紀
青頭巾―『雨月物語』より(下)
―悟りへの道を考える(2)

 本小説のあらすじは以下の通りである。

 夜になり雨が降り出した。座禅を組んだ西庵のもとに、昼間の青年僧が歩み寄る。昼と違い、髪は肩まで届き、髭におおわれ、血走った眼だけが光っている。西庵を探し出そうとしているようであるが、本尊の真ん前に鎮座しているのに目に映らないらしい。西庵が呼びかけやっと気づいた住職は、自分と白菊丸との寺に土足で入り込んだ西庵に我慢ならず飛びかかるが、西庵はその鼻面を杖で撲りつけ、白菊丸に住職を救ってくれと言われてここにやってきたことを話し、静かに語り始めた。―紀清(西庵の俗名)は主人の奥方に歌を披露し褒められた上、御簾の隙間から白い横顔をちらりと見て以来、恋に落ちてしまった。22の紀清には妻子もいたが、恋慕がつのるばかりであった。その後幾度か、人のいないときに声をかけられ会ううちに、ますます思いは募る。そしてとうとうある夜、奥方腹心の侍女に連れられて、紀清は邸奥の寝所へ引き入れられた。その一夜、ついに願いがかなったが、その後奥方は手のひらを返したように、邸の奥に引きこもり、紀清に姿を見せることがなくなってしまった。そのため余計に心が乱れた紀清は、いつか手引きをしてくれた侍女をつかまえ、その情熱を訴えると、老境の侍女は「奥方様は、『あこぎの浦ぞ』とおっしゃっておれらます」とそっけなく告げた。さらに今までこっそりと何人の殿方を通わせたことかと紀清をさげすむ。それでも思慕の念が激しさを増した紀清は、自殺や心中を考えるが、とうとう23歳で出家し、自分の心を歌にして吐き出し続けた。風の便りにあの奥方も40代の若さで亡くなったことを聞いたりもして、あるときふと気づいた。あの人はここにいる、月も花も雨水もすべてあの人の変わり身だということに。―話を終えた西庵は住職に声をかけるが、そこには誰もいない。翌朝、本堂の中に住職が身に着けていた青い頭巾が落ちていたのを拾って寺を後にした西庵は、あの夜、枕元に現れた稚児に礼を言われた。稚児は畜生の身に生まれ変わると言い残して消えていったのである。

 この小説に関して考えてみたいことは、副題にもある「悟り」についてである。

 まず、「悟り」とはどういうことかを考察してみたい。この小説は非常に捉えどころがなく、「悟り」の手がかりがないようにも思えるが、読んでいくと少し気になる表現がいくつか出てくることに気が付いてくる。それは、住職が目の前にいるはずの西庵を見つけられない、あるいは見失うという場面が描かれている部分である。

「座禅を組んだ西庵は、昼間の姿勢のまま、彫像のように身動き1つしていない。端然とし得て静謐なる様は、埃に覆われたこの堂の本尊と同じ有様である。」(p.153)

 昼間の姿とは違った、まるで鬼か怪物かにでもなってしまったかのような住職が初めて登場する場面の西庵の描写である。この西庵を住職は目の前にいるにもかかわらず見つけられないのである。

 もう1つの場面は、住職が、自らが喰ってしまった白菊丸と一心同体だと主張するのに対して、西庵が「白菊丸は、そなたと共にはおらぬよ」と反論したことに激高して、西庵に飛びかかる場面である。

「西庵は、その刹那、すうと眼を閉じて、心をある境地に集中させた。」(p.156)

 そうすると飛びかかった住職は、途端に目標を見失ってしまうのである。

 こうした住職が西庵を見失う場面の描写に加え、西庵が出家して最後に辿りついた境地についての以下の説明を合わせることで、「悟り」とはどういうことかが見えてくるのである。

「そしてあるとき、ふと気付いた。自分はあの人を手に入れられないと苦しんで悲しんでいたけれど、そうではないではないか。あの人はここにいる。自分とともに、ここに存在している。自分が歌を詠もうと眺める月も、桜の花も、天からしたたる雨水も、すべてあの人の変わり身だ。眼を閉じれば、静かになった自分の心に寄り添って、いや、自分自身を包み込むようにしてあの人が存在するのを感じられる。」(p.161)

 つまり、先の描写とこの引用部分を合わせて考えるならば、「悟り」とは主客合一、自分も相手も、全ての自然も何もかも、結局は自分自身と同じものだと知ることだということになろう。自分が思慕した奥方は、奥方としての姿であるのではなくて、そこにもここにも様々な形で自分の前にいるのであるし、さらにそれらは自分を包んで自分と一体化しているのだという境地こそが「悟り」であり、だからこそ上の場面では住職が西庵と他のものとの区別がつかずに、西庵を見失うことにもなってしまったのである。

 では次に、この「悟り」ということと、本稿のテーマである「一般論を掲げての学びの重要性」ということとのつながりはどのようなものか、この問題を考えておきたい。答えを端的にいえば、それは「一」ということになる。どういうことかというと、「悟り」の境地においては、自分も自分以外のものも全ては一体化しており、区別し難く結びついていたのであるが、これは全ては「一」ということである。一方、学問における「一般論」に関しても、これは自らの対象とするものの全てをここから問い、全てをここに収斂させるべき「一」であって、哲学でいえば、世界の森羅万象の本質、根本原理、ヘーゲルのいう「絶対精神」である。だから、「悟り」の境地に達したということは、学問の世界でいえば「一般論」を措定し得たということであり、この物語に即していえば、西庵が出家してから諸国を巡り、寺社を訪ね、参禅し、歌を詠み続けた末に到達した主客合一の境地というのは、学問を志し、大志・情熱を持って論理能力を磨くとともに、自らの対象とする学的世界に格闘レベルで関わる中で、遂に到達できた「一般論」であるといえるのである。さらにいえば、この物語で西庵は、主客合一の境地に達してからも研鑽し続けているように、そしてその境地を語るという実践を続けているように、我々も学問の世界において、仮説的に捉えた「一般論」を高く掲げて、そこから自らの専門分野の対象に問いかけ、深めていった構造を世に問うていくという実践が必要になってくるのである。ここを端的にいえば、「一般論」を措定してからがスタートであって、ここから学問の道が始まるのだということである。

 我々京都弁証法認識論研究会は、長年の研鑽をふまえて、やっと今スタート地点に立ったという認識を踏まえて、今年1年を大きく飛躍の年と位置付け、研究会の機関誌の発行を目指して歩んでいることは、今年の年頭論文「年頭言:機関誌の発刊を目指して」で説いた通りである。全てを自らの問題として考察し続けていくことで、自らの学問を創出していく決意を改めて述べておくこととしたい。
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2017年01月25日

一会員による『学城』第4号の感想(10/13)

(10)人間に関する問題を説くには「生命の歴史」を踏まえる必要がある

 今回取り上げるのは、横田政夫先生によるバリアフリー住宅についての論文である。そもそも人間にとって住宅とは何かという本質的な問題からバリアフリー住宅が問われていく。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・リード文・目次を示しておく。

横田政夫
「バリアフリー住宅」は転ばぬ先の杖か
―人間にとって「住宅」とは何か―

 本稿では、「バリアフリー住宅」を、若く健康な時期から導入することが、いかなる結果を招くことになるかを、人間にとっての住宅とは何かをふまえながら論じていく。

 〈目 次〉
一、「バリアフリー住宅」とは
 (1) 「バリアフリー住宅」は一般的にどうとらえられているか
 (2) 「反バリアフリー住宅」をつくった芸術家
 (3) 「バリアフリー住宅」は本当に転ばぬ先の杖か
二、そもそも住宅とは何かから「バリアフリー住宅」を問う
 (1) 人間にとって「住宅とは何か」
 (2) 住宅一般から、「従来の住宅」と「バリアフリー住宅」とを考える
 (3) 住宅一般からみると「バリアフリー住宅」は身体を必要以上に衰えさせることにつながる

 本論文ではまず、バリアフリー化が高齢者の健康を維持する上で効果があるかどうかについては、人間とは何かをしっかりとふまえて考える必要があると説かれた後、一般的な見解として、高齢者にとっても安全で快適で使いやすく住み続けられる住宅をバリアフリー住宅というということが紹介される。また、こうした見解ときわめて対極的な考え方として、「反バリアフリー住宅」、すなわち床が傾き凸凹しており、球形や円筒の部屋があるユニークな住宅をつくった芸術家が取り上げられる。彼は、五感を懸命に駆使した生活をすれば体が活性化し新しい自分が生れてくると主張するが、横田先生はこの住宅について、通常の住宅としては失格であると断じるのである。そして、確かに体が不自由になってしまった高齢者にとっては「バリアフリー住宅」は必要であるが、まだ健康で働きざかりの内から「バリアフリー住宅」を導入することはかえって自立を妨げると説かれる。そのことを理解してもらうためとして横田先生は、そもそも人間にとって住宅とは何かを問う必要があるとして、「住宅とは、人生レベルでの生命と身体の一般性を、しっかりと維持できるように、その一般性を過程的に把持可能な形式で囲った生活の実体的枠組み」だと説かれる。そして、この住宅一般論を踏まえて「バリアフリー住宅」が人々の生活の再生産がうまくいくような住宅であるか検討しなければならないと述べられる。そこで昔の段差ばかりの家に住みながらも、かくしゃくとして生活をしている方が取り上げられ、そうした人たちは食事・睡眠に加え、必ず手足を使った運動をしているし、脳が運動体をしっかりと統括しているのだと説かれる。そして結論として、「バリアフリー住宅」では手足の運動をさほど必要としないことから、バリアフリーで生きるに必要なレベルでしか手足や脳を使わないため、結果として脳や体全体を衰えさせるのだと述べられる。

 この論文についても、まず取り上げるのは、『学城』第4号全体を貫くテーマとして設定した「一般論を掲げての学びの重要性」についてである。そもそもタイトルにも「人間にとって「住宅」とは何か」とあるように、「バリアフリー住宅」という特殊な問題を論じるについても、住宅一般論をしっかりと把持して説いていく必要があることが示されているのである。また、こうした問題を論じるにあたって、「人間とは何かをしっかりとふまえて考える必要があろう」(p.139)と述べられている通り、住宅一般論すらも人間一般論から導き出されているのである。これは前回確認したように、ある対象についての一般論を措定するためには、より広い対象についての一般論を踏まえる必要があるということであり、住宅という問題について考えるのなら、その住宅に住む人間とは何かという問題についてもしっかりと踏まえておく必要があるということである。

 こうしたことを踏まえて、横田先生が措定された住宅一般論がまた多くの学ぶべき事柄を備えたものとなっている。横田先生が措定された住宅一般論は、「住宅とは、人生レベルでの生命と身体の一般性を、しっかりと維持できるように、その一般性を過程的に把持可能な形式で囲った生活の実体的枠組み」であるというものであるが、この規定には、生命が単細胞生物から人間にまで進化してきた歴史の論理である「生命の歴史」が内実として含まれているのである。どういうことかというと、この一般論にある「その一般性を過程的に把持」することとはどういうことかについて、横田先生は、「生命体を誕生させた地球が、その「いのち」の発展の最高段階である人間にまで発展させた、その地球との関係性の一般的性質を把持する、ということである」(p.144)と説いておられるのである。つまり、住宅という人間の住まいに関する問題を考えるにしても、その人間とはどういう存在であるのかということを生命誕生時から連綿と続いてきた地球環境と生命との相互浸透過程を射程に入れつつ捉えておられるということである。そして、ここで述べられている生命体と地球との「関係性の一般的性質」については、具体的に、「住宅の中が、十分な陽光でそそがれていること、そして陽光にあたった水分を含む新鮮な空気がいつも入ってくること、動植物が育まれる大地に接していること、そして、その大地から湧き出す水を取り入れることができる、といったような、生物を育む自然の、その一般的な性質」(p.145)だと述べておられる。このように、住宅一般論について考える際に、「生命の歴史」をも土台として含んだような規定をサラッと説いておられるという見事な展開となっているのである。

 もう1つ、この論文から学ぶべきことは、人間の労働とはどのようなものかということについてである。横田先生は、先に提示した住宅一般論を踏まえられていない典型例として、「地上200メートル、300メートルといった超高層マンション(オフィスも含めて)」(同上)を挙げつつ、次のように説いておられる。

「人間はどのような住宅を創るかによって、その住宅のあり方に規定される形で、生活する人間自身をも創り創られもするということである。…人間が、何か対象に働きかければ、必ず何かを創りだすことになり、その結果、それに見合った自分が創りだされることになり、ましてやそれを住宅として日常的に使うとなれば、その生活そのものによって観念的にも肉体的にも、自分自身が規定されるばかりか、別の人格すら誕生されてくるということである。」(pp.146-147)

 ここで説かれていることは、一般的には、労働によって人間が創りだしたものは、逆に人間自身を規定してくるのであって、それが住宅といった日常的に使うものであればあるほど、精神的にも物質的にも人間のあり方をより大きく規定してくるものとなるということである。例としては、高層ビルに住む子供たちは、外に出る機会も少なく、野山を駆け巡るといった運動が少ない分、手足を自然とのかかわりの中で運動形態に置くことも少なく、そういう貧弱な手足を統括するレベルでしか脳も育たないことを挙げておられる。労働と疎外の関係といった弁証法的な把握もサラリと展開しておられて、非常に納得感のある展開となっている。人間の労働とは何かというイメージを大きく膨らませ、言語の謎に迫っていく上でも重要な展開だと感じた次第である。
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2017年01月24日

一会員による『学城』第4号の感想(9/13)

(9)一般論を措定するためにはより広い対象についての一般論を踏まえる必要がある

 今回取り上げるのは、志垣司先生による障害児教育に関する論文である。ここでは、教育実践の指針となる障害一般論、障害児教育一般論が展開される。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・リード文・目次を示しておく。

志垣司
障害児教育の科学的な実践理論を問う

 我が国の障害児教育は特別支援教育と改称され一見順調に発展しているかに見える。しかしその内実を問えばいまだ教育実践の指針となる科学的な実践方法論はなく、日々の実践は手探りの混迷状態にある。本稿では、人間一般をふまえた実践方法の理論の必要性を説く。

 〈目 次〉
はじめに
一、障害児教育とは
 (1)障害とは何かを人間一般から問う
 (2)障害児教育とは何かを教育一般から問う
二、科学的実践方法論の構築と確立に向けて
 ―私の専門分野は障害児教育全体の中のどこに位置づけられるのか
 (1)「自立活動」とは何か
 (2)「自立活動」の目標と内容とは
 (3)「自立活動」の担当者とは
 (4)「自立活動」(教育)と「機能訓練」(医療)とは
今回のまとめ

 本論文ではまず、障害児教育の現場では思いつきレベルや他分野からの借り物の実践が積み上げられるのみという厳しい現実が紹介され、それが人間一般・教育一般から障害を問うことがなく、認識を見てとり育てる術をもつことができないためだとされる。そして、学習指導要領の障害児教育の定義や国連や厚生労働省による障害の規定が確認され、これらは全て現象的な把握に過ぎず、教育のための指針は出てこないと断じられる。そこで、「人間とは何か」や「教育とは何か」という一般論から、障害や障害児教育の概念規定がなされていく。すなわち、「障害を負うとは、実体及び機能上の不可逆的な変化によって、そのままでは環境との相互浸透ができにくくなることである」し、「障害児教育とは、成長過程における障害による認識(=像)のゆがみを最小にするように環境を整えながら、文化遺産の継承を可能な限り大きくさせていくことにある」というのである。さらに、実践方法論とは何かが問われ、これは実践の事実の共通性を論理化し理論化したものであると説かれる。ここで志垣先生の専門分野である「自立活動」について説かれる。「自立活動」とは、普通教育の基礎・基盤を培うために、直接に障害に関わる指導領域として位置づけられるものであり、自らの障害に関わって子ども自身の主体的な改善・克服のための認識形成をめざして健康の保持、心理的な安定等を図るものだとされているが、その中身は何もないという現実だという。しかも「自立活動」の担当者の養成も十分ではなく、だからこそ志垣先生は自らの責任でその中身を創り上げていくしかなかったと説かれる。最後に、「自立活動」と「機能訓練」の違いが説かれる。すなわち、両者は同じ運動をさせていくという共通点があるものの、前者は教育であり、その目的が認識に働きかけつつ子どもたちを育てていくことにあるのに対して、後者は医療であり、健康を守ることを目的に運動の獲得を目指すものだと述べられる。

 この論文に関してまず取り上げるべきことは、『学城』第4号全体を貫くテーマとして定めた「一般論を掲げての学びの重要性」に関わって、その一般論というものは単独で存在するのではなくて、諸々の対象に関する一般論が立体的に絡み合っているのだということについてである。どういうことかというと、本論文では「障害とは何か」の障害一般論を導き出すにあたって、「人間とは何か」という人間一般論を踏まえておられるし、「障害児教育とは何か」という一般論を説くためにも、そもそも「教育とは何か」という教育一般論を踏まえておられるというように、自らの専門的対象に関わっての一般論を措定するに際して、より広い観点から自らの専門的対象を取り上げて、そのより広い観点をしっかりと内に含む形でその中の特殊領域である自らの専門分野の一般論を構築しておられるのである。このことを具体的に見ていこう。

 まず、志垣先生は障害の概念規定をするに際して、「本質的にいって、人間はすべてにわたって教育されてはじめて〈人間〉となりうる」存在であるという南郷継正先生の「人間一般」の規定を確認しておられる。そしてこの規定は「人間とは何か」を教育から見たものだとして、さらに環境との関わりで捉え返して、「人間は生まれてこのかた、環境とのやり取りをしながら育ち、また育てられていく存在である」(p.127)と述べておられる。しかも、この「環境とのやり取り」について、他の動物とは違い、「人間は認識によって環境に働きかけ、環境を変え、変えたその環境に適応し、さらに環境と自分を変えていくという限りの無い環境との相互浸透的な労働をして発展してきたのであり、そのように育って人間となる存在としてある」(pp.127-128)と説いておられる。こうしたことを確認した上で、「障害を負うとは、実体及び機能上の不可逆的な変化によって、そのままでは環境との相互浸透ができにくくなることである」(p.128)という障害の概念規定を展開しておられるのである。この概念規定には、先に踏まえられた人間一般論が見事な基盤として溶け込んでいて、人間一般を捉えた上での障害の規定であることがよく分かる内容になっている。

 さらにいえば、この規定は、国連や厚生労働省が行っている「先天的であると否とを問わず、その身体的又は精神的能力の不全のために、通常の個人的及び(又は)社会生活の必要性を、全部又は一部、自分自身では確保することができない、すべての人間」(p.126)などという障害者の規定に比べると、実践の指針となる内容が含まれていることが分かる。すなわち、後者の規定においては、人の手助けが必要なことくらいしか分からないのであるが、前者の規定においては、環境との相互浸透のあり方に注意しつつ、その障害を負った方の認識を整えていく必要があるという教育方針が導き出されるのである。

 以上のように、「障害とは何か」という一般論を措定するにしても、そもそも障害を負うのは人間であるから、「人間とは何か」という一般論を踏まえて措定すべきであるというアタマの働かせ方を学ぶ必要があるし、そうした過程で措定された一般論の力も確認する必要がある。筆者の専門分野でいえば、「言語とは何か」を措定するためには、より広い観点から言語とを捉えて、「表現とは何か」という問題から検討していく必要がある、そうしてこそ、本当に役立つ言語一般論を創出することができるのだ、ということになるだろう。

 もう1つ取り上げたいのは、隣接する領域との連関と区別をしっかりといていくことも、学問構築過程においては非常に重要になってくるということである。この論文では、「自立活動」という障害児教育の中核に関して、それが「機能訓練」という医療とどのように関わり、どのように違っているのか、詳しく展開されている。詳細は措くとして、教育の目的は認識に働きかけることで子どもを育てていくことであるが、医療の目的は健康を守ることであるという違いが強調されている。これも筆者の専門分野である言語について、例えば絵画との違いは何か、音楽との違いは何か、筋を通して展開できてこそ、言語の特徴がより深く把握できていくことになるであろうから、こうした課題にも取り組んでいく必要があると感じた次第である。
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2017年01月23日

一会員による『学城』第4号の感想(8/13)

(8)一般論を掲げての学びを通して対象の構造を深めていく

 今回取り上げるのは、小田康友先生による日本近代医学教育史に関する論文である。今回は18世紀末のフランスの医学教育改革について説いていかれる。

 いつものように、まずは本論文の著者名・タイトル・リード文・目次を示しておく。

小田康友
日本近代医学教育百五十年の歴史を問う(3)
─医学教育論序説─

 医学教育近代化の過程的構造をより深く把握するため、今回は、18世紀末・フランスの医学教育改革に焦点を当てる。西洋の医学教育近代化の結節点を問えば、実践的医学教育のための貴重な遺産が次々と浮上する。

 〈目 次〉
はじめに―西欧の医学教育近代化の結節点を問う
一、革命前・フランスの医学教育と医療
 (1) 「大学医学部」教育の零落
 (2) 中世の医術と教育
 (3) 医学教育の改革を促したもの
二、18世紀末・フランスの医学教育改革とその歴史的意義
 (1) 改革の指針
  A 「手先の技術と理論的教訓との統一」
  B 病院における教育と研究
  C 医学教育者の専門化
 (2) 衛生(健康)学校の教育の内容と方法
  A カリキュラム概観
  B 継続的かつ段階的な実践教育―徒弟制教育からの継承
  C 臨床講義に見る教育の構造の深化
  D 全的な文化遺産の習得、中でも病理解剖を重視した教育と研究
三、フランスの医学教育改革の残した桎梏

 本論文ではまず、今回は18世紀末のフランスの教育改革に焦点が当てられることが述べられる。中世においては、大学教育や資格試験があったとはいえ、医術は徒弟制度によって経験的に習得していくものであり、革命前のフランスの情況も同じようなものであったという。しかし、医療の対象となる患者層の拡大、植民地拡大のための戦争等による軍医の不足など、量・質ともに従来を大きく超える医師への社会的要請が生じ、社会そのものの大転換がなされたフランスにおいて改革が行われたと述べられる。すなわち、医術に関わる文化遺産をあくまで全体として、内科と外科、知識と術を統一して、母国語であるフランス語で教育することになり、病人や貧困者の収容所であった病院が医療施設として整備され、教育・研究を行うという制度が取り入れられ、多くの症例が研究され、さらに、医学教育に携わる人には教育に専念できる環境が提供されたと説かれている。また、衛生学校のカリキュラムが概観され、病院での実践が初年度より3年間を通じて設定され、継続的・段階的に実践経験を積みつつ、文化遺産を習得していく内容となっていることが述べられる。そして、この教育改革の意義について、段階的な現場教育の方法が徒弟制教育から受け継がれていること、臨床講義では教授自らが病床にて模範的実践を示すだけでなく、その実践を行うに至った「医師としてのアタマのはたらき」をきちんと教育したことが挙げられる。最後に、こうした教育改革には、実践と並行して講義が行われるため、知識の習得についてもいきいきとした像を描きながら学べるし、その必要性も理解しながら学べるという見事な遺産が含まれている一方、重大な欠陥も潜んでいたと述べられるのである。

 この論文については、何といっても、「一般性として浮上させた「医学教育とは何か」をものさしに、歴史的事実を問い、学ぶべき貴重な文化遺産を明らかにしていくとともに、「医学教育とは何か」の構造を深めていくことになる」(p.106)と説かれている中身をしっかりと把握することが必要になってくるだろう。

 まず押さえておくべきことは、ここで説かれていることが学問構築の一般論であるということである。学問を構築しようとすれば、まずは対象とする事物・事象の一般性を把握した論理である一般論を仮説的にでも高く掲げ、この一般論から事実に問いかけ、対象とする事物・事象の構造をしっかりと把握していくことが必要になってくるのであった。小田先生の場合には、「医学教育」が対象であって、その構造を深めていくために、「医学教育とは何か」という一般論を掲げて、歴史的事実に問いかけ、学びを深めていっておられるということである。

 では、「医学教育とは何か」の一般論とはどのようなものであろうか。これは前号で説かれていた。すなわち、「科学的医学体系に導かれた医術教育」こそが医学教育の一般論であって、その中身は、まずは医学が科学的に体系化される必要があるし、その科学を現実の対象に適用するための理論である「技術論」と、それを学ぶ・教育するための理論である「上達論」の構築も必要になってくるということであった。

 次に、この「医学教育とは何か」の一般論でもって、18世紀末にフランスで行われた「実践的教育に論理の光を当てて見る」(p.122)ことで浮上してくる「見事なる内容」(同上)とはどのようなものかが問われなければならない。それは以下の通りであると説かれる。

「@病院での継続的・段階的実践と並行して講義を行い、時代の文化遺産の最先端を全的かつ系統的に習得させたこと、Aなかでも観察と経験を重視し、病床での患者の観察と死後の病理解剖所見をつきあわせることによって、病気を理解する教育・研究を徹底したこと、B臨床講義を通して、実践の模範を示すばかりでなく、そのような実践の根拠となるアタマのはたらきを示し教育したこと、という点である。」(p.123)

 これらをさらに端的にまとめれば、事実と論理ののぼりおりを重視しつつ、診断と治療を実践する際の過程的構造を教育したことが18世紀末のフランスの教育改革から学ぶべき遺産だということだろう。

 ここで注意すべきは、一般論を「ものさし」にして歴史的事実に問いかけるとき、そこから浮上してきた「現代日本の医学教育改革が学ぶべき、多くの遺産」(p.123)は、同時に「医学教育」の構造を深めるものでもあるということである。ここで明らかにされた「遺産」は、科学的医学体系をアタマの中に描くに際して、事実と論理ののぼりおりを通して学んでいくことが重要であることを示しているし、実際の診断と治療の技術を習得しようとする際には、結果のみではなくて、そうした診断や治療をした過程的構造をしっかりとしたものとして確立しなければならないことも示している。

 この「医学教育」を例として説かれた学問構築過程を、筆者の専門分野である言語でもしっかりと辿りかえしていくことこそ、この論文に学ぶことになるのだと肝に銘じて研鑽を積んでいかなければならない。
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 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編