2017年12月12日

南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想(1/5)

目次

(1)南郷継正の人生が説かれている
(2)弁証法の弁証法的な学び方
(3)全てを二重化して乃至対立物の統一として捉える
(4)南郷継正の歴史性
(5)南郷継正は弁証法の権化である

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(1)南郷継正の人生が説かれている

 本稿は,南郷継正『なんごうつぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義(6)』(現代社)の感想文である。2017年は一年かけて,この『“夢”講義』シリーズを組織的・集団的に読み込み,学んだことを交流して,その成果を筆者の責任で感想文としてまとめる,という作業を行ってきた。本稿は,その締めくくりとなる。

 これまで,本ブログに掲載してきた『“夢”講義』シリーズの感想文の内容と今回の内容とを一覧にしてみると,以下である。

認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想

(1)21世紀の新興学問である認識学を学ぶ
(2)認識論の基本を確認する
(3)認識と言語の関係を問う
(4)秀才は像抜きの文字を解釈する
(5)『“夢”講義』は鈍才的に学ばなければならない



重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想

(1)「弁証法の学び編」を読む
(2)「弁証法とは何か」を確認する
(3)労働と疎外の関係を問う
(4)「技とは何か」を考える
(5)弁証法・労働論・技術論は重層構造をなしている



弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想

(1)弁証法的頭脳活動で創られた『“夢”講義』
(2)脳の統括の多重構造とはいかなるものか
(3)真の学的方法とは何か
(4)夜泣きと辛い夢の共通性とは何か
(5)一から多への発展を捉える



夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想

(1)本書では学問そのものが説かれていく
(2)学問は原点からの歴史性に学んでこそ措定できる
(3)『弁証法はどういう科学か』旧版のあとがきの意義
(4)認識の成立と社会の関係性
(5)夢の解明のためには学問が必須である



過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想

(1)南郷継正の過程の原点
(2)認識の重層化を図るための前提のくり返し
(3)歩くにいたる過程的構造
(4)読者の感想文を引用する意義
(5)コマ送り的な量質転化の過程



南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想

(1)南郷継正の人生が説かれている
(2)弁証法の弁証法的な学び方
(3)すべてを二重化して乃至対立物の統一として捉える
(4)南郷継正の歴史性
(5)南郷継正は弁証法の権化である



 このように眺めてみると,南郷継正が12年間にわたって執筆し続けてきたものを,われわれはわずか1年で辿り返してきたことが分かる。もちろん,これで学び終わったなどということは決してなく,くり返しの上にくり返して辿り返す必要があるのであるが。

 中身を見ていくと,弁証法や認識論がくり返しくり返し説かれており,しかも基本から説き直されているにもかかわらず,毎回,新しい論の展開があり,少しずつ内容が深められていっていることが分かる。われわれもこの内容を辿り返したことによって,認識が重層的に積み重なり,認識が発展していったと考えられる。

 さて,『“夢”講義(6)』を一読して感じるのは,著者の南郷継正がかなり個人的なことをたくさん書いているということである。ちょうど連載時に吉本隆明が亡くなったということもあって,三浦つとむや滝村隆一,そして吉本隆明との出会いについて,詳しく説かれている。また,『武道の理論』からの著作の発展の歴史や,女性武道家の育成について,さらには『学城』の発刊にこめた願いについてなども説かれている。

 『学城』は,20世紀後半に華と咲きほこった『試行』誌が姿を消したので,21世紀を迎えたのを機に,『試行』に代わる新しい学問誌として発刊されたものであった。われわれも来年に学問誌の発刊を予定している。雑誌の形は変わろうとも,『試行』から『学城』へと受け継がれてきた学問的な精神の発展の流れを,われわれの機関誌でも受け継ぎ,あわよくば発展させていきたいと考えている。そのためにも,『“夢”講義(6)』にしっかり学んで,『試行』から『学城』へと受け継がれてきた学的精神を,本稿を執筆することによってよりクリアーに理解したい。

 これから本稿で説いていく内容は以下の三点である。すなわち,第一に,弁証法の弁証法的な学び方である。これまでも弁証法の学び方についてはくり返しくり返し説かれてきたのであるが,その総決算ともいえる内容となっている。第二に,全てを二重化してとらえるということ,あるいは,全てを対立物の統一としてとらえるということである。これだけだと,弁証法の基本中の基本だと思われるかもしれないが,本書ではかなり深くその構造に分け入って説かれていたり,あるいは,具体例をたくさん挙げながら説かれていたりする。そのあたりをしっかりと読み取っていきたい。最後に,南郷継正の歴史である。南郷継正のこれまでの人生は,もちろん,一個人の人生であるのだが,そこには,人類の認識の発展の必然性が貫かれており,まさにあるべき一つのモデルであるとも考えられる。そのあたりのことを考察していきたい。

 では以下に,本書の目次を引用しておく。


まえがき ―読者のみなさんへの挨拶

【 第1編 】 人間の成長過程をふまえて解明した上達の構造

第1章 人間としての実体かつ精神の成長過程の構造論

 第1節  運動選手の故障や敗退の要因とは
 第2節  「人間とは何か」 の原点を知らない指導者
 第3節  女性としての身体の発展過程をふまえた上達法とは
 第4節  卓球を例に,女性選手の体力の構造を説く
 第5節  健康体としての整体法と治療としての整体法の必要性
 第6節  武道の達人への修練の過程的構造とは

第2章 人間体の正常発達のための練習過程とは

 第1節  日本の文化としての精神の復興を願って
 第2節  『学城』 は日本文化の学的精神の向上を目指すものである
 第3節  指導者は時代の流れを読み,人生を深めるための学びが必要である
 第4節  人間の正常発達のために,赤ちゃん時代へと成長していく練習過程の必須性
 第5節  まともな人間体として成長するための仰向けの意義
 第6節  サルの四つ足から四つ手への過程を辿る必要性
 第7節  仰向け→寝返り→這い這いにおける手足の運動の過程的構造

【 第2編 】 弁証法を学問的に深化させる過程を説く

第1章 私の辿った学問への道を後から来る人に

 第1節  私の学問への道の志 (野望) への目覚め
 第2節  弁証法と武道空手を相互規定的に学び深める
 第3節  学問を志す人たちに ―世界観レベルでの志を抱くために
 第4節  新世紀への提言 ― 『学城』 発刊にこめた私の願い
 第5節  脳の問題が全く説けない現代の脳研究

第2章 恩師の文言の中身を私はどう捉え実践してきたか

 第1節  二人の恩師への学びを通して果たされた,弁証法と武道空手の解明の深化
 第2節  恩師滝村隆一に学んだものとは ―すべてを二重化して捉える頭脳の働き
 第3節  思想家吉本隆明への評価に欠けたるもの
 第4節  恩師三浦つとむ・滝村隆一,そして吉本隆明との出会い
 第5節  吉本隆明が示唆したヘーゲルの学問について

【 第3編 】 頭脳を弁証法的に活動させるための学び方とは

第1章 生命の歴史をふまえて上達の方法を考えるとは

 第1節  サルとは何か,ヒト (人類) とは何かの一般論不在のスポーツ界・武道界
 第2節  上達のための 「歩く」 という中身を考えることの大事性
 第3節  一般論から考えられるようになるには,哲学の歴史を尋ねる必要がある
 第4節  生命の歴史をふまえて人間体の 「立つ」 を実践するとは
 第5節  自らの修練の事実を弁証法的に考える ―ある達人志望者の修練日誌

第2章 弁証法の基本形態の学び方を説く

 第1節  『武道居合學 〔綱要〕 』 発刊に寄せて
 第2節  『武道居合學 〔綱要〕 』 で説かれた史上初の内容とは
 第3節  弁証法の学びとは ―弁証法のドアを閉めるということの意味
 第4節  正規分布を弁証法的に理解することの重要性
 第5節  人間の原点と原理を学んでいくことの大事性

第3章 頭脳活動の実力向上を把持するためには

 第1節  絶えざる頭脳の向上のために,時期を得ての区切りをつけることの大事性
 第2節  学的論文を書き続けていくことの困難さ
 第3節  「三年にして一作品」 という構造が分かるには
 第4節  頭脳の変革を促す執筆活動とは
 第5節  上達の構造を武道空手の修練で説く
 第6節  皮膚と筋肉の上達に一年を要する理由
 第7節  本物の琉球空手とは
 第8節  手と足の実力は労働形態のあり方で決まる

【 第4編 】 学問的世界・理論的世界を志す人へ

第1章 論文体の修行を通して培った哲学上の実力とは

 第1節  私の論文 (体系的論理の展開) 力向上の理由 ―その1
 第2節  私の論文 (体系的論理の展開) 力向上の理由 ―その2
 第3節  エンゲルスの説く唯物論は初心者レベル向きである
 第4節  哲学上の実力とは何か

第2章 弁証法が二重構造的に深まっていった過程を説く

 第1節  恩師滝村隆一の著作への学びの実態とは
 第2節  すべての出来事を二重性として捉え返すとは
 第3節  滝村隆一の示唆を受けて創出した私の 「世界歴史」 の概念とは
 第4節  エンゲルスの哲学上の実力,及び彼の説く 「概念」 とは

第3章 学問力を向上させ続けてきた私の道程とは

 第1節  私の学問力発展の契機とは
 第2節  学的研究会の発足と指導者としての歩み
 第3節  指導を通しての構造論の発展 ― 『武道の理論』 から 『武道の復権』 へ
 第4節  極意論,上達・指導の理論化 ― 『武道への道』 から 『武道修行の道』 へ
 第5節  実戦隊・飛翔隊との修練を通してのさらなる実体的・学的発展
 第6節  女性武道家の育成と 「“夢”講義」 の深化



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 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
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 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
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 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
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 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
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 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
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 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
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 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
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 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
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 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
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 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言
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