2017年12月02日

2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇(1/10)

目次
(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言前半
(3)カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言後半
(4)カント『純粋理性批判』先験的弁証論 第一篇前半
(5)カント『純粋理性批判』先験的弁証論 第一篇後半
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:先験的仮象とは何か?
(8)論点2:理性とは何か?
(9)論点3:先験的理念とは何か?
(10)参加者の感想の紹介

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(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は,今年および来年の2年間を費やして,カント『純粋理性批判』に取り組んでいくことにしています(あとで触れるように,この計画は若干変更することになりました)。これは,哲学の発展の歴史を,絶対精神という一つの主体の発展として描いたヘーゲル『哲学史』の学び(2015-2016年)を踏まえつつ,客観(世界)と主観(自己)との関係という問題について徹底的に突き詰めて考え抜いたカント『純粋理性批判』の学び(2017-2018年)を媒介にすることによって,全世界の論理的体系的把握を試みたヘーゲル『エンチュクロペディー』の学び(2019-2020年)に進んでいこうという計画に基づいたものです。

 11月例会では,『純粋理性批判』の先験的弁証論に入りました。その中の「緒言」と「第一篇 純粋理性の概念について」を扱いました。扱った部分の目次を引用すると,以下です。

第二部 先験的弁証論
 緒言
  T 先験的仮象について
  U 先験的仮象の在処としての純粋理性について
   A 理性一般について
   B 理性の論理的使用について
   C 理性の純粋使用について
 第一篇 純粋理性の概念について
  第一章 理念一般について
  第二章 先験的理念について
  第三章 先験的理念の体系

 
 今回の例会報告では,まず例会で報告されたレジュメを紹介します。その後,扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し,次いで,参加者から提起された論点について,どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に,この例会を受けての参加者の感想を掲載します。

 今回はまず,報告担当者から提示されたレジュメ,およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにします。

 なお,この研究会では,篠田英雄訳の岩波文庫版を基本にしつつ,他の翻訳やドイツ語原文を適宜参照するようにしています(引用文のページ数は,特に断りがない限り,岩波文庫版のものです)。

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『純粋理性批判』(中)緒言,第1篇 純粋理性の概念について(pp.12-54)

1.先験的仮象とは何か

 カントは仮象について,現象と同一視されてはならないとし,「真理も誤謬も,誤謬へ誘うものとしての仮象も,対象と我々の悟性との関係にのみあり得る」としている。この仮象として,カントは経験的仮象,先験的仮象,論理的仮象の3つを挙げている。経験的仮象は,例えば視覚的仮象であり,正しい悟性規則を経験的に使用する場合に生じるものであるとしている。先験的仮象は,カテゴリーの経験的使用の限界外に我々を連れ出すことによって生じるものだとしている。例えば,「世界は時間的な始まりをもつ」などである。論理的仮象は論理的規則に対する注意の欠如から生じるものだとしている。論理的仮象は(注意すれば)消滅させたり,仮象であることをやめさせたりすることができるが,先験的仮象ではそれができないとしている。

<報告者コメント>
 『カント事典』によれば,カント以前,仮象は経験的仮象と論理的仮象の2つに大きく分けられていたようである。そこへ,この2つとは異なる先験的仮象(『カント事典』では「超越論的仮象」)と書かれている)を出したのがカントだということである。先験的仮象の例として「世界は時間的な始まりをもつ」という命題が挙げられているが,カントはこのテーゼと同時に「世界は時間的な始まりをもたない」というアンチテーゼも成り立つというような矛盾をどうやって解決するかという問題にぶつかったときに,我々が見ている世界は物自体ではなく現象であるという物自体論や,そもそもこれらの命題は先験的仮象であると考えるようになったのだろう。

2.理性とは何か

 カントは,理性には間接的に推理する能力(形式的な使用・論理的使用)と,みずから概念を産出する能力(実在的使用・純粋使用)があると説いている。その上で,この2つの能力を統接するものとして,理性は原理の能力だとしている。これは悟性が規則の能力であることと対比されている。つまり,「悟性は規則を用いて現象を統一する能力であるが,理性は悟性の規則を原理のもとに統一する能力だ」ということである。そして,一般的命題と原理の違いを説いている。一般的命題は理性推理の大前提として使用せられ得るものであり,その命題のもとに包摂せられる得る事例に関しては,原理と名付けられてよいとしている。しかし,一般的命題は概念だけによる総合的認識ではないから,それはあくまでも相対的な原理だとしている。この概念だけによる総合的認識こそが原理だとカントは述べている。

<報告者コメント>
 この部分では,カントは理性の能力には間接的に推理する能力と,みずから概念を産出する能力があるとした上で,その2つを統一して原理の能力だとしている。また,その理性が原理の能力であるということを,悟性が規則の能力であることと対比して述べている(「理性の論理的使用」では悟性推理と理性推理の2つを並べて,理性推理の特徴も論じている)。さらに,その原理という言葉の意味を,一般的命題との対比で論じている。
 このような説き方は対立物の統一を踏まえた説き方と言えるであろうし,こうした説き方にカントの弁証法的な実力が現れているともいえるだろう。


3.先験的理念とは何か

 カントは先験的理念(純粋理性概念)を,理性推理の形式が含んでいる特殊でしかもア・プリオリな概念だとしている。先験的理性概念は,常に条件の総合における絶対的全体性を志し,絶対的無条件者に到達せねば止まないものであり,したがって,純粋理性概念の客観的使用は常に超越的だとしている。無条件者に到達するべく条件の側において連結推理を続けることを上昇的系列とカントは呼び,一方条件付きのものの側において続けることを下降的系列と呼んでいる。
 カントは我々の表象のもち得る一切の関係を(1)主観に対する関係,(2)現象における多様な客観に対する関係,(3)あらゆる物一般に対する関係の3つに区分している。そして,純粋理性はそれぞれにおいて無条件的なものを求めようとするから,先験的心理学,先験的宇宙論,先験的神学のそれぞれに理念を与えることになると説いている。

<報告者コメント>
 ここで要約した部分には入れていないが,カントは純粋理性概念をプラトンのイデア論を踏まえて説いている。その背景として,「新語を造るのは(中略)なかなか成功するものではない。それにまたこういうよくよくの手段に訴える前に,もう死語と見なされている学術語のなかで,自分の概念とこの概念に格好な表現とがないかどうかを探してみるのが当を得た遣り方である」と述べている。例えば,薄井先生が看護の本質論をナイチンゲールの言葉から拾ってきているが,これはまさにカントが言っているようなやり方をしたということになるのではないか。このように過去の文化遺産を受け継いで,それを自分なりのものにしていくということは確かに方法論として重要だと感じた。

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 このレジュメに対して,二つのコメントがなされました。第一に,「仮象」に関してのコメントにあるような,概念の歴史(変遷史)の把握は重要だという指摘です。黒崎政男『カント『純粋理性批判』入門』では,「理性」や「悟性」という概念の変遷について説かれていたが,このようなことは哲学史を理解するうえでかなり重要なのではないかということでした。

 第二に,3にある薄井先生の例はしっくりこないというコメントです。カントは純粋理性概念を表すのにぴったりな言葉としてプラトンの「イデア」という言葉を用いたのであるが,薄井先生は,何かの概念を表すのにぴったりな言葉としてナイチンゲールの「看護」という言葉を用いたわけではない,ということでした。そうではなく,薄井先生は,ナイチンゲールの「看護とは〜である」という看護一般論を継承して,それをもとにして科学的看護論を構築したのだ,ということです。したがって,薄井先生の場合は,新しい語をつくるか,それとも,以前からある学術語の中から選んでくるか,というような問題とは別次元のことだ,ということを確認しました。レジュメ報告者もこれで納得しました。

 以上,今回は報告レジュメと,それに関わって出されたコメントを紹介しました。
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 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
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 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
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 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
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 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言