2017年11月14日

続・徒然なるままに――40歳を迎えて(2/5)

(2)前史

 今の私の土台が創られたのは、高校時代から浪人時代にかけてである。

 私は、中学校では1、2を争う学力を把持していたので、当然ながら、私の住んでいた学区から行ける一番偏差値の高い高校に進学した。さすがの私も、高校に入ってからは授業の予習・復習をそれなりに行うようになった。特に英語である。英語は、予習をしていかなければ授業についていけなかった。中学校の3年間、同じ先生に英語を教わったが、その先生が新任の先生だったからか、英語の実力がいまいちだったようである。おそらく、私と同じ中学校出身の同級生は、全体的に英語ができなかったのではないか。それはともかく、予習で英単語を調べて訳しておき、授業で先生の解説を聞いて、試験一週間前に詰め込む、という形の学習で、定期試験はそこそこの点数がとれていた。これに対して数学は、本当に得意だった。授業を聞いているだけでほぼ完全に理解でき、試験勉強も英語ほどはやらなかったと思うが、常に高得点だった。

 兄は、十分に私と同じ高校に行けるだけの学力があったが、バスケットボール部が強いということで、2番目に偏差値の高い高校へ進学していった(高校に進学してみると、実際にバスケットボール部が強かったのは、むしろ私が進学した高校であったのだが)。その際、大学は同じところに行こうと約束したが、この約束は反故にされることなく、数年後、果たされることになる。私が帰宅して勉強している横で、兄は高校の友達と遊んでいるということがよくあった。高校時代の兄が家で勉強しいている記憶が、私にはほとんどない。

 高校に入っても私はバスケットボールを続けたが、これが大きな挫折体験になった。同級生には、身長が180pを超える者が4〜5名ほどいた。その中には、高校からバスケットボールを始めたため、全く素人同然であり、しかも運動能力もそれほど優れていない者もいた。しかし、バスケットボールでは身長がものをいう。そんな素人であっても、背が高いというだけで重用され、1年生の内から試合に出させてもらっていた。私はというと、背は170pとそれほど高くなく、中学校で顧問の先生からの指導を受けられなくなったことが響いて、技術的にも全然大したことはなかった。同級生には、背はそれほど高くなくても、非常にうまい者がいたので、私は全くレギュラーになれなかった。それどころか、2年生になると、中学時代に県の大会で優勝したチームのレギュラーメンバーが4人ほど入部してきて、他にも非常にうまい後輩が3人ほど入ってきた。彼らは背はそれほど高くなかったが、技術的に非常に優れていたので、ますます私の出番などなくなっていった。

 そうはいっても、負けず嫌いの私は簡単にあきらめたわけではない。自主的に朝練を行ったのである。確か、2年生になったくらいから始めたはずである。朝練を行っていたのは、私と一人の後輩だけであった。この後輩は、同じ学年内で7番手くらいの実力であった。バスケットボールは5人で行うスポーツであるから、彼はスターティングメンバーに入れていない。そこで、スタメンよりも努力して、何とかスタメンを勝ち取ろうと思っていたのである。目つきの鋭い、どちらかというと不良少年のような風体であったが、どういうわけか、かわいらしく、真面目そのものの私と気が合った。2人とも負けず嫌いで、努力を厭わなかった(彼はそれほど勉強ができる方ではなかったが、持ち前の負けず嫌いと努力で、後に筑波大学に合格している)。二人で、来る日も来る日も朝練に励んだ。私の記憶では、ちょうど、阪神淡路大震災が起こった日も、朝練をしていた時期である。ところが、震災の影響で電車が止まってしまい、いとことともに私の母親に車で高校まで送ってもらったのはいいが、もちろん休校。それは予想していたので、バスケットの練習だけしようと体育館に向かうと、顧問の先生から「今日は部活禁止だ」といわれて、あえなくとんぼ返りした記憶がある。この顧問の先生のことを、私は好きではなかった。私と同じくらいか、私より下手だと思われる同級生を試合で使うのに、私はあまり出してもらえなかったからである。しかし、毎日朝練に励んでいる姿を見て、少しは出してくれるようになった。ただ、私が不貞腐れて、反抗的な態度に出たり、乱暴なプレイをしたりしたために、評価はダダ落ちになり、全く試合に出してもらえなくなってしまった。こうした反抗的な態度のために、件の後輩は逆に私を評価して、高校卒業後、唯一といっていいほど付き合いが続いていくのであるが。ともかく、このような事情で、私にとって高校生時代の部活動は大きな挫折体験になり、高校を卒業してからも、それどころかつい最近まで、試合に出してもらえなかった場面を悪夢として何度も何度も見たものだった。

 ただ、こういった朝練の影響もあったのだろうか、身体能力は高校時代に大きく発展していった。特に、走るのが驚くほど速くなった。私の記憶では、小学校の4〜5年生までは、どちらかといえば走るのが遅い方で、クラス代表のリレー選手に選ばれるなどということは全くなかった。ところが、中学校くらいから徐々に早くなっていき、特に長距離では、根性を出して、学年で3番くらいになったこともあった。それが高校に入ってからは、短距離走も早くなり、裸足で走った50メートル走では6.3秒くらいだった。また、3年生の部活の最後の大会のまさにその日にあった1500m走では4分40秒くらいで、サッカー部の一人に最後に抜かされただけで2位であった。ウォーミングアップのやり方などを教えてくれた陸上部の友人には、ダントツで勝ってしまった。おそらく、高校時代の私のイメージは、頭がいいが運動(バスケットボール)は苦手な秀才君という感じだったので、こんなに走りが速いというイメージはなかったと思う。

 高校時代の思い出の授業は二つある。一つは世界史である。2年生と3年生で同じ先生に教わったが、この先生のおかげで哲学に興味を持つようになった。あまりどういう内容だったかは覚えていないが、非常に面白かったということと、古代ギリシャの文化のところで、ゼノンの詭弁について触れられたことは覚えている。アキレスと亀の話である。これで哲学に関心をいだき、この先生の所に話を伺いに行くと、「哲学といってもいろいろあるが、哲学を学ぶなら○○大学文学部だ」と教えてくださったように記憶している。あとから記憶の改変が起こっているかもしれないが、何となく、この先生の授業で、哲学というのは学問中の学問であり、哲学者というのはその時代の最も頭のよい人間だ、というようなことを刷り込まれたような気がする。

 もう一つの思い出の授業は、3年生の時の英作文である。これは思い出の授業というより、思い出の先生である。強烈な個性の持ち主であった。どういう仕組みになっているのか分からないが、この先生は、公立の進学校であったその高校に20年ほど連続して勤務されていた。確か初回の授業で、「1回目の校内模試で200点満点中120点を取れたら、この参考書をやれ! 10回やれ!」と、独特の口調で強調されたのである。その参考書とは、伊藤和夫『英文解釈教室』(研究社)である。先生は、これを10回やればどんな英文でも読めるようになること、伊藤和夫というのは教えるプロである予備校講師のなかでトップであること、だからこれは難解だが素晴らしい参考書であること、を非常に熱く語っておられた。進学校であったが、高校の先生が参考書を勧めている場面に出会ったのは、これが最初で最後であったと思う。ここでいわれている校内模試というのは、3年生の内に5回ほど行われるもので、大学入試を意識した本格的な試験である。200点満点中120点というのは、この模試のレベルからすれば、かなりハードルが高い。素直な私は、そんなにすばらしい参考書であれば、ぜひとも購入して取り組みたいと思ったのであった。ところが、その模試を受けてみると、英語の結果は散々であった。200点満点で49点、偏差値は30台であった。定期テストでは英語でもそれなりの点数がとれていたものの、大学入試には全く通用しないことが明らかとなった。

 しかし、あきらめの悪い私は、この先生に直訴しに行った。「先生、120点をこえたら『英文解釈教室』をやれということでしたが、私は49点でした。それでもやっていいですか?」と尋ねたところ、「おう! やれ! やったらいいんや!」と力強く即答されたのである。冷静に考えてみると、それなら120点という基準は何だったんだと突っ込みたくもなるが、当時の私の心情は全く違った。「よし! 許可を得たぞ! これで『英文解釈教室』に取り組める。そして英語もできるようになるぞ!」と心の底から喜んだものである。その後の私は、大げさにいうならば『英文解釈教室』一筋であった。3年生になってからは、バスケットボールの朝練に代えて、朝勉(朝の勉強)を行っていた。授業開始の1時間ほど前に学校に着いて、そこからひたすら勉強するのである。同じくらいの時間に来ている女子生徒が1人いた。おそらく、お互い意識はしていたが、一言も話さずに、もくもくと勉強していた。授業と授業の間の休み時間も、誰とも話さずに勉強した。もちろん、行き帰りの電車の中でも、である。もっと恐ろしいことに、18時に帰宅すると、すぐに2時間の仮眠をとり、20時から翌日の3時まで勉強する。そして3時からまた2時間寝て、5時に起きて準備をして、学校に行く、という生活だったのである。この間、自主的な勉強の時間は、ほとんど『英文解釈教室』に充てることができた。というのは、たとえば数学などは、学校の授業だけで偏差値80くらいを叩き出していたので、安心して英語に集中できたのである。さすがに10回やることはできずに一通り終わらせただけであったが、その結果、最後の校内模試では、英語に関しては、帰国子女のバスケットボール部女子生徒に負けただけで、学年2位の点数を叩き出したのである。

 英語に関しては驚くほど成績が上がったものの、英作文はほとんど手つかずであり、他の教科にしても、哲学を学ぶべく志望していた○○大学文学部(国立の超一流大学である)に合格するほどの実力はついていなかった。現役時代、その大学しか受けなかったが、予想通り、不合格となった。そこで私は、京都のとあるマイナー予備校に通うことにしたのである。この予備校を選んだ一番の理由は、学費が安かったからである。模試でいい成績をとっている者には、授業料の免除規定があり、私は確か、年間6万円しか払わなくてよかったと思う。また、この予備校は、京都にある○○大学専用のコースもあり、合格実績もよかった。それも、この予備校を選んだ理由である。

 この予備校もすばらしかった。すばらしすぎて、2年間も通ったほどである。特に印象に残っている先生が2人いる。一人は英語の名物先生で、私はこの先生に習ったおかげで、英語の構造が分かったというか、英文法や英作文もかなりできるようになった。英語の理屈を、これ以上になくクリアーに教えてくれた先生である。後に私は、塾の講師をすることになるが、それもこの先生の影響である。この先生のように英語を論理的に教えたいというのが、塾の講師になった一番の理由である。また、現在、翻訳の仕事もいただいているが、そこまで英語ができるようになったのは、完全にこの先生のおかげである。この件は、また後ほど触れたいと思う。

 もう一つは、後期試験の小論文対策を担当してくださった先生である。この先生は、普段は予備校にいなかった。おそらく、どこかの大学の先生で、小論文対策に特化して教えていたのだと思う。この先生は非常に教養豊かで、あらゆる問題に的確にコメントされていた。ごく少人数で指導を受けていたのだが、ある学生がとある課題に対して、日本人は明確な目標を定めると、集団的にそれに取り組み、すばらしい力を発揮する、というようなことを書いていたが、それに対して、丸山真男か誰かを引き合いに出して、解説されておられた。一番印象に残っているのは、ルネサンス期の万能人についての話である。「万能人」という言葉も、この先生から初めて聞いたのである。この先生によると、たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチは「最後の晩餐」や「モナ・リザ」で有名な画家・芸術家であるが、科学にも非常に精通しており、当時の最先端の知識を身につけていたという。このように、あらゆる分野に関心を持ち、それぞれの分野で一流の業績を残している人間を「万能人」と呼ぶ、ルネサンス期にはこのような万能人が何人も活躍したのだ、というような話だった。この話を聞いて私は、私が漠然と抱いていた哲学者というイメージと万能人のイメージが重なったような気がした。ありとあらゆる領域に関心を持ち、ありとあらゆる問題を解く実力を備えた人間こそ、哲学者であり万能人である、ということである。私はそのような哲学者・万能人に何としてでもなりたいと強く決意したことであった。

 熱心に勉強したこともあって、私の学力はみるみる向上していき、無事、志望の大学に合格することができた。本当は1年で合格することができたのであるが、2つの要因で2年間、予備校に通うことになった。一つは、ひょんなきっかけで入手した1万円を、その当時兄がはまっていたパチンコに費やして勝ってしまったために、パチンコに時間を割いて勉強時間が減ってしまったことである。もう一つは、センター試験の数学でのケアレスミスである。今でも覚えている。ある問題の途中の計算で、ルート4をなぜか4と計算してしまい(もちろん、正解は2である)、その後の問題が全滅してしまったのである。大問を丸々一つ、落したので、マイナス25点である。面白いことに、兄もまったく同じミスをしていた。途中の計算で、ルート4を4だとしてしまうと、その後の枠が合わないのである。センター試験はマークシート方式なので、たとえば2桁の答えの場合は、2つ枠があるのであるが、われわれの計算だと3桁になってしまう。こんな感じで、どう考えてもわれわれの出した答えが枠に合わないので、しかも、二人そろって同じ計算ミス(ルート4=4)をし、後はすべて正確に計算していたため、最終的に出てきた答えも同じであった。数学の試験が終わった後、お互いに「これは絶対に枠が間違っている。出題ミスだ」などと話し合っていたことを今でも鮮明に覚えている。

 予備校生活の最後も思い出深い。2年間、同じコースで勉強してきたが、お互い、全く口をきかなかったクラスメイトが、話しかけてくれたのである。「○○君、合格おめでとう。俺は落ちてしまったけど、この2年間、一緒にがんばってこれてよかったわ。これからもがんばって!」。彼はこういって握手を求めてきたのである。私は何ともいえず、感動して涙が出てきたのであった。彼は確か、第2志望の大阪大学に行ったはずである。

 このようなすばらしい予備校であったればこそ、2年間も通ったのであった。

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 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言