2017年10月24日

過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想(1/5)

目次

(1)南郷継正の過程の原点
(2)認識の重層化を図るための前提のくり返し
(3)歩くにいたる過程的構造
(4)読者の感想文を引用する意義
(5)コマ送り的な量質転化の過程

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(1)南郷継正の過程の原点

 本稿は、南郷継正『なんごうつぐまさが説く 看護学科・心理学科学生への“夢”講義(5)』(現代社)を組織的に読み込み、学んだ内容を感想文として認める論考である。2017年になってからこれまで、『“夢”講義』シリーズの感想文をブログに掲載してきたが、今回で5回目である。

 『“夢”講義(5)』の冒頭には、南郷継正の読者にとっては非常に興味深いエピソードが説かれているので紹介したい。はっきりと自覚的・主体的に描いた人生に関わったの最初の“夢”は「僕は、生涯にわたって、とにかく死ぬまで勉強し続けるぞ!」というものであったとした後、次のように説かれている。

「それを決定的なものにしたのが、三年生の時に兄が借りてきた『プルターク英雄伝』(「少年版」だったと思います)を、深夜こっそりと兄のランドセルから抜きだして読んだことからです。なぜ、深夜なのかというと、兄は自分の借りてきた本は絶対に弟たちには見せることすら嫌がっていたからです。そこで、兄がぐっすりと寝入った頃を見はからって、そーっと抜きだして読みきって、また、そーっと返しておくしかなかったのです。同じ部屋で寝ている兄が、目を覚まさないように、電灯には寝巻きをかぶせて、灯りがもれないように工夫しながら読書をすることの連夜だったのです。

 その『英雄伝』の中の「アレキサンダー大王」の項での最終章に、「巨星堕つ」(どういうワケか、この文言だけはしっかりと記憶できています)とあった、大王が病死した場面で、泣きながら決意したのです。「僕は学問の世界でこのアレキサンダーのような存在になりたい」と。そして、その決心(生涯、勉強し続けるという)だけは、いついつまでも変わることがありませんでした。」(pp.11-12)


 ここでは、「僕は、生涯にわたって、とにかく死ぬまで勉強し続けるぞ!」という夢を決定的なものとしたのは、『プルターク英雄伝』のアレクサンダー大王の病死の部分を読んだことであると説かれている。この「巨星堕つ」の部分に感動したという話は、以前の別の著作でも紹介されていたように記憶しているが、どこだったか、少し探しても見つからなかった。

 それはともかく、南郷継正にここまで影響を与えた本であるならば、ぜひとも読みたいと以前から思っていた。『プルターク英雄伝』は、現在、いくつかの日本語訳で読めるが、以前、玄和会関係の方から鶴見祐輔訳の『プルターク英雄伝』(潮文庫)を勧められていた。ただこの訳書は、固有名詞が英語発音になっていて、誰が誰だか分からないというような評価もあるようであった。今回、改めてネットで検索した結果、南郷継正が読んだと思しきものを発見できた。それは、澤田謙訳『プリューターク英雄伝』である。現在は、2012年に講談社文芸文庫から出たものが入手できる。

 本書はもともと、昭和5年に少年向けとして刊行されたものらしい。プルタークの『対比列伝』を著者独自の視点で書き直し、編纂したものであるという。つまり、単なる翻訳ものではないのである。『青木育志の書斎』の「二つのプルターク英雄伝」(https://kyoyoushugi.wordpress.com/2014/07/11/二つのプルターク英雄伝/)によると、澤田訳は鶴見訳とならんで、戦前のベストセラーだったという。

 これこそが南郷継正が読んだものだと私が断言したのは、「大王アレキサンダー」の項の最後の小見出しが「将星つひに地に墜つ」であったからである。南郷継正はアレキサンダー大王に関する最終章に「巨星堕つ」とあったと説いているが、これはかなりの一致だといえるだろう。本当は「将星つひに地に墜つ」だったのが、「巨星堕つ」と誤って記憶してしまったのか、記憶が変化してしまったのか、あるいは、澤田訳には別の(もっと少年向けの)バージョンがあり、そこの見出しは「巨星堕つ」だったのか。いずれにせよ、南郷継正が読んだのは、この澤田訳だったと考えて間違いなさそうである。

 なお、この原稿を書くために再度ネット上で調べていたら、澤田訳は国立国会図書館のサイトで、全文が公開されていることが分かった。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1717830

 昔のなかなか入手できない書物が、このような形でデジタル化されてきれいに保存され、誰もが読むことができるというのは素晴らしい取り組みだと思う。

 さて、このような自己の夢に関するエピソードの紹介から始まる本書であるが、キーワードは「過程的構造」ということにある。これは「あとがき」でも触れられているが、後に引用する本書の目次を眺めていただければ、頻繁に「過程的構造」なる語が登場することが分かる。「過程」や「過程性」という語もかなりたくさん登場する。そこで本稿では、この「過程」ということに特に着目して本書を読み、学んだ内容を3つに整理して認めていくこととする。初めに、本書では「結果」ではなく「過程」が重視されているのはなぜなのかを考察する。次に、本書で中心的に説かれている内容である「歩くに至る過程的構造」について、きちんと理解できるようにしたい。最後に、本書で頻繁に引用されている読者からの感想文・評論文などの意義について考えたい。

 では、最後にいつものように本書の目次を引用しておきたい。



なんごう つぐまさ が説く
看護学科・心理学科学生への“夢”講義(5)

【 第1編 】 認識的 「技」 の論理の過程的構造を説く

第1章 「“夢”講義」 の学びによる認識の重層化の構造

 第1節  人生に関わる夢 ―「文武両道から文武統一への道の完成化へ」
 第2節  「“夢”講義」 連載の意義と書物の意義
 第3節  「連載」 による認識の形成 ―弁証法の三法則の多重の連関とその構造
 第4節  頭脳の働きを見事に ―『“夢”講義』 の学びを
 第5節  技の論理から上達の構造・技化の過程性を説く

第2章 哲学の歴史の発展形態をふまえて技の論理を説く(解く)とは

 第1節  現代の受験勉強による弊害を克服するために何が必要か
 第2節  「直立二足歩行」 に関する研究者の見解とその限界
 第3節  技の論理から 「歩く」 の構造を説く
 第4節  人間の思考・思惟能力の発展は哲学の歴史の発展形態の中に存在する
 第5節  学問レベルでの認識の研究とは何か ―認識論・認識学の一般性の構造

第3章 サルからヒトへの進化をもたらす歴史的過程を説く

 第1節  「直立二足歩行」 への過程(1) ―サルが樹上生活が可能となった理由
 第2節  「直立二足歩行」 への過程(2) ―サルの樹上生活が可能となった理由
 第3節  サルの樹上生活と認識の形成とその発展との関連性
 第4節  サルからヒトへの歴史性をふまえて人間の育ちを育てる大切さ

【 第2編 】 弁証法性の学びの過程的構造を説く

第1章 「“夢”講義」 の学びは弁証法性の学びを基本とする

 第1節  直接的同一性の論理を武道と看護から説く
 第2節  人類の文化としての武道論・武術論

第2章 「“夢”講義」 の論理展開の構造に学ぶ

 第1節  学問用語 ―「普遍性・共通性・一般性・必然性・偶然性」 とは
 第2節  偶然の必然性を説く
 第3節  『“夢”講義』 全三巻に何を学ぶか ―ある読者の論評文

【 第3編 】 「技の創出」 の過程的構造を説く

第1章 学問構築のための認識形成の過程を説く

 第1節  思春期・青春期の生活と高き志
 第2節  武道空手と弁証法を 「対立物の相互浸透」 として学ぶことの意義
 第3節  志高く武道空手を専門に 「弁証法」 を学んだ学生時代
 第4節  武道空手の修練には弁証法を、弁証法の向上には武道空手の研鑽を
 第5節  武道空手と弁証法、相対的独立と相互浸透、そして対立物の統一

第2章 技の創出における弁証法性を説く

 第1節  技の創出の二重構造と 「這う」 ことの二重構造とは
 第2節  いのちの歴史性から説く 「這う」 ことの過程的構造・構造的過程
 第3節  弁証法の学びの多重性・多重構造 ―くりかえし学ぶことの意義とは
 第4節  人間体一般としての生成発展の過程的構造性の運動
 第5節  運動選手の敗因を人間体としての弁証法性から説く

第3章 「いのちの歴史」 から技の創出過程を説く

 第1節  特殊哺乳類としてのサルの誕生の過程を 「いのちの歴史」 に尋ねる
 第2節  サルからヒトへの進化過程を辿ることによる運動形態の変容
 第3節  運動形態の変容がもたらした認識の誕生の原基形態
 第4節  技を創る過程にはサルからヒトへの歴史的過程性が含まれている

第4章 「動物体」 から 「人間体」 への過程を説く

 第1節  「歩く」 に至る過程性 ―「這う」 と 「立つ」 の二重構造
 第2節  動物体から人間体へ ―「這う・立つ・歩く」 の過程的構造とは
 第3節  動物体と人間体 ―人間体としての生理構造の持つ歪み
 第4節  動物体をふまえた人間体としての生理構造の理解が上達を導く

【 第4編 】 頭脳活動の養成の過程的過程を説く

第1章 自らの専門分野の実践を通して学ぶとは

 第1節  頭脳活動の実力養成に関わる原稿執筆のあり方
 第2節  舞い込んできた 「幸運」
 第3節  「“夢”講義」 の学びを障害児教育に ―ある読者の学びの過程(1)

第2章 人間体の構造性の論理を具体性から学ぶ

 第1節  人間体としての構造と動物体としての構造の二重構造とは
 第2節  「“夢”講義」 の学びを看護に活かすには ―ある読者の学びの過程(2)
 第3節  「這う」 ことで創られる 「立つ・歩く」 とは ―ある読者の学びの過程(3)

【 第5編 】 人間体と運動体の過程性の構造を説く

第1章 人間体とは何か ―人間体と運動体の区別と連関を説く

 第1節  武道・武術とは何か ―武道空手の修業・修行・学修の歴史性
 第2節  「人間体と柔道体・マラソン体・卓球体」 の過程性の構造
 第3節  人間体と運動体の過程性の構造を知らない指導者の大欠陥
 第4節  運動体の過程性には人間体を阻害する構造が存在する

第2章 「“夢”講義」 の体系性と弁証法的実力を説く

 第1節  「“夢”講義 ―看護と武道の認識論」 を説いてきている理由
 第2節  『“夢”講義』 第四巻の体系 ―「脳とは何か」 から 「哲学の起源」へ
 第3節  認識の成立の過程性から論理学の成立過程
 第4節  弁証法の過程的構造を説く必然性

第3章 人間体養成の過程を具体的実践から問う

 第1節  身体障害児教育の実践から ―ある読者の学びの過程(4)
 第2節  「いのちの歴史」 の一般性をふまえて身体障害者教育を説く
 第3節  身体障害者の 「仰向け」 の運動性の意義 ―ある読者の学びの過程(5)




posted by kyoto.dialectic at 05:00| Comment(0) | 弁証法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言
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