2017年09月24日

新しい国家資格・公認心理師を問う(5/5)

(5)基盤となる認識論の構築を目指して

 本稿は、この9月に施行された法律によって新しく誕生した国家資格である公認心理師を取り上げ、その概要を紹介し、臨床心理士と比較したうえで、その意義と限界を論じた論考であった。ここで、これまでの流れをまとめてみよう。

 まず、公認心理士の概要を紹介した。国民の心の健康の保持増進に寄与することが、法の目的であると同時に、公認心理師の活動の目的であり、この目的を達成するために、@ 心理に関する支援を要する者の心理状態の観察、その結果の分析、A 心理に関する支援を要する者に対する、その心理に関する相談及び助言、指導その他の援助、B 心理に関する支援を要する者の関係者に対する相談及び助言、指導その他の援助、C 心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供、という4つの業務を行うこととされていた。このような業務を担うことが可能となるためのカリキュラムとしては、大学で25科目、大学院で10科目の履修が求められていることを見た。この中で、認知心理学や社会心理学、発達心理学など、主だった心理学の領域は全て学ばなければならないし、研究法や統計法、実験に関しての科目も必須となっていることも確認した。また、医療、福祉、教育、司法、産業という、公認心理師が活躍するであろう5領域に関わる科目も、学部、大学院、共に全て修める必要があり、実習も、特に大学院では長時間、課されているということも指摘しておいた。最後に、公認心理士資格試験の実施方法等と合格基準も確認した。すなわち、事例問題の多い150〜200問ほどのマークシート方式であり、合格基準としては正答率が60%程度以上ということであった。その中に、「公認心理師としての基本的姿勢を含めた基本的能力を主題とする問題」というものがあり、これは、間違うと、公認心理師としての基本的能力に欠けていると判断されるような問題であり、たとえば、3問以上間違うと無条件に不合格となる、というような、全体の正答率の基準とは別の、より高い基準が設定されるものと考えられると説いておいた。

 次に、現在存在する心理関係の資格の中で、もっとも著名で、もっとも難易度が高いとされる臨床心理士資格と、公認心理師資格を比較することによって、後者の特徴をさらに浮き彫りにしようと試みた。まず類似点を指摘した。それは業務内容であった。臨床心理士の業務としては、A臨床心理査定、B臨床心理面接、C臨床心理的地域援助、D上記A〜Cに関する調査・研究、の4つが挙げられているが、これは、先に指摘した公認心理師の4業務と、多少の分類の違いはあるとはいえ、ほぼ同じ内容なのであった。次に、両者の相違点を見ていった。臨床心理士は民間の資格であるのに対して、公認心理師は国家資格であるという点、公認心理師になるために必要な科目は、学部でも25科目が必要とされており、その範囲は主な心理学の領域はカバーしているし、研究法や統計法、実験に関するものまで含まれており、実に多種多様な心理学の知識の習得が求められているのに対して、臨床心理士は、何学部かは問われないし、大学院で履修する必要のある科目も、公認心理師と比べると実に限られたものであるという点を指摘した。さらに、臨床心理師養成にあたっては、限られた臨床心理学関係の科目だけでよいのはなぜなのかを考察した。それは、日本の臨床心理士のリーダー的な先生方の間では、臨床心理学とその他の心理学は、全く別の学問であるとの考えが支配的だからであると説いた。すなわち、露骨に極言してしまうと、臨床心理士というのは臨床心理学が専門であって、心理学とはほとんど何の関係もない、だから、認知心理学や発達心理学、社会心理学などは、臨床心理士になるために必ず学ばなければならないということなどは決してなく、まあ、隣接他領域ということで参考程度に学んでもよいもの、というような位置づけになっているのだということであった。

 最後に、以上を踏まえて、公認心理師の意義と限界を考察した。まず、公認心理師の意義としては、何といっても、心理職の国家資格がつくられたこと自体にあると説いた。心理的支援を要する人が増えている現状において、国家資格として、心理職の質の担保が図られることの意味は大きいし、心理師による心理療法が保険点数化される可能性のあることも指摘した。もう一つの意義として、臨床心理士に比べると、非常に幅広く心理学の知見を学ぶ必要があるし、支援する領域についても、主要な5つの領域(医療、教育、福祉、産業、司法)をひととおり学ぶ必要があるという点を挙げた。このため、心理職のレベルアップが期待できることについても触れた。しかし他方で、公認心理師には欠けたるものがあり、限界もあることを説いた。公認心理師に欠けたるものの中で最も重大なのは、人間の心理に関する統一理論=科学的認識論の欠如であった。このため、学部の段階で学ぶ20科目以上は、バラバラなものとして存在しており、そのためにそれぞれを何の関連もないものとして学ばざるを得ないのであった。このため、学ぶ量が増えていき、学んでも学んでも、結局心理とは何なのか、もっと一般的にいうと、人間の認識とは何であるのか、ということが分からないままになり、真に知識を身につけて、それを使いこなして支援することが難しくなる、という弊害が生じてくるのであった。もう一つの問題点として、上達論がない点も指摘した。特に大切なのに等閑視されていることとして、学部の1年生や2年生段階の一般教養の学びを挙げ、実力ある公認心理師になるためには、認識誕生に至るまでの過程を描いた「生命の歴史」の学び、認識の対象たる自然や社会についての自然科学・社会科学の学び、そして、感性的に心を捉えられるようにするための文学作品の学びなどが必要となることを説いた。

 以上をまとめるならば、公認心理師という国家資格の誕生は、その大枠においては非常に意義があるものであるものの、現在の心理学の学問的水準を反映して、その教育内容や教育方法には、大きな課題があるといえるのである。

 初回でも触れたように、そもそも公認心理師が誕生したのは、心理的な支援を必要とする人が増加し、これが国家的な問題となってきたからであった。そして、その支援の質を担保すべく、これまでになかった心理職の国家資格化が実現したのである。このような問題意識は、筆者も共有しており、心理的な問題を何とか解決していかなければならないという思いは同じである。しかし、これまでに見てきたように、公認心理師には、現在の心理学の学問レベルに規定されて、大きな欠陥が存在しているのであり、法律によってその枠組みを作ることができただけであるといえる。

 そこでその枠組みの中身をしっかりと創っていくために、これからの筆者の課題を2、3、述べておきたい。

 まず大前提として、2018年の12月までに実施されることになっている、第1回の公認心理師資格試験に合格することである。本稿では触れなかったが、臨床心理師養成の指定大学院を修了している臨床心理士は、たいていが公認心理師の受験資格を与えられることになっている。したがって、対象の臨床心理士は、この1年ほどの間に、公認心理師試験に出題されるような分野の知識を、しっかり学んでいく(学び直していく)必要がある。筆者としては、認知心理学や社会心理学などの諸々の心理学の領域の知識を、科学的認識論の論理とつなげながら、科学的認識論の論理で整序しながら、修得していくつもりである。

 ここに関わって、実は筆者は、来年度、公認心理師養成に関わる2つの科目を2つの大学で教えることがほぼ決定している。そこで、連載第4回で説いたようなアバウトな上達過程を踏まえて、公認心理師を目指す学生に対して上達の適切な指針を与えつつ、自らの臨床経験を踏まえたうえで、筋を通した講義を実現していきたいと考えている。この講義のための準備も、自らの公認心理師試験の対策勉強と合わせて、半年ほどかけて行っていく予定である。

 そしてこれがもっとも重要な課題であるが、何といっても心理学の統一理論たりうる科学的認識論を、しっかりと構築・再措定していく必要がある。これを欠いては、公認心理師に欠けたるものとして説いた限界を突破することはできない。科学的認識論を構築・再措定するために、三浦つとむや南郷継正などの認識論関係の著作をしっかりと学び直し、学び続けるとともに、自らの心理臨床の実践をしっかりと認識論的に捉えていく修練を継続することが求められるだろう。同時に、自らが措定した、実力ある公認心理師になるためのカリキュラムを、初心に帰って、また0から辿り返してみることも有効であると考えている。その中で、心理学の諸々の知見を、認識とは何かの本質につなげて考えられるように訓練していき、また、自然科学や社会科学もきちんと学び直して、それが人間の認識理解にどのように結びつくのかについても、理解を深めていきたい。さらに、心理職の具体的な心理テストの実施・解釈スキルや面接スキルは、どのように技化していけばいいのかということも、体験的に辿り返して論理化していくことも忘れずに行いたい。

 このような課題をこなしていく中で、現代社会に生じている諸々の心理に関わる問題にも、的確で、一貫した論理で筋をとおして解説し、その解決の指針を提示できるようになっていくことも求められるだろう。心理に関わる問題は、うつ病であろうと認知症であろうと、不登校・ひきこもりの問題であろうといじめの問題であろうと、会社内の人間関係の問題であろうと夫婦間のトラブルであろうと、子どもの発達の問題であろうと育児の問題であろうと、非行や犯罪にかかわる問題であろうと、いかなる問題であっても、認識とは何かの本質論から筋をとおして解明し、きちんとした解決の指針を提示できるような実力を養っていくことが求められる。

 このような実力を養成していき、公認心理師の中身をより充実したものにしていけるようになることを決意して、本稿を終えたいと思う。

(了)

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 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
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 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
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 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
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 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
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 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
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 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
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 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言