2017年09月22日

新しい国家資格・公認心理師を問う(3/5)

(3)臨床心理士との比較

 前回は、公認心理師の概要を紹介した。すなわち、4つの業務内容を紹介し、大学および大学院で履修しなければならない科目を確認して、資格試験についても概説したのであった。

 今回は、公認心理師を、従来からある資格である臨床心理士と比較して、その特徴をさらに明確にしていきたいと思う。臨床心理士を比較対象として取り上げるのは、現在存在する心理関係の資格の中で、最も難易度が高く、それゆえ、最も専門性が高いといわれているのが臨床心理士であり、筆者自身の臨床心理士であるため、他の資格よりも臨床心理士資格について詳しいからである。

 まず、両者の類似点から指摘しておきたい。似ている点はずばり、業務内容である。日本臨床心理士資格認定協会のホームページでは、臨床心理士について、次のように説明されている。

「臨床心理士は、心の問題に取り組む“心理専門職”の証となる資格です。

「臨床心理士」とは、臨床心理学にもとづく知識や技術を用いて、人間の“こころ”の問題にアプローチする“心の専門家”です。」


 そのうえで、臨床心理士の専門業務として、次の4つが挙げられている。

A臨床心理査定
B臨床心理面接
C臨床心理的地域援助
D上記A〜Cに関する調査・研究


 念のために、公認心理師の業務として前回紹介したものを再掲しておく。

@ 心理に関する支援を要する者の心理状態の観察、その結果の分析
A 心理に関する支援を要する者に対する、その心理に関する相談及び助言、指導その他の援助
B 心理に関する支援を要する者の関係者に対する相談及び助言、指導その他の援助
C 心の健康に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供


 見比べてみると明らかであるが、臨床心理士業務のAとBは、公認心理師の業務@とAと全くといっていいほど同じである。Aと@が心理アセスメントであり、BとAが心理的介入である。

 臨床心理士業務のCは、公認心理師業務のBとCを合わせたものに近いであろう。というのは、Cの説明として、「専門的に特定の個人を対象とするだけでなく、地域住民や学校、職場に所属する人々(コミュニティ)の心の健康や地域住民の被害の支援活動を行うことも臨床心理士の専門性を活かした重要な専門行為です。これらのコンサルテーション活動は……」と書かれているからである。すなわち、Cには不特定多数を対象にした働きかけ(公認心理師業務のCに相当)やコンサルテーション(公認心理師業務のBに相当)が含まれているのである。

 臨床心理士業務のDは、調査や研究である。これは、あえて分類すると、公認心理師業務のCに含まれるといえる。なぜなら、Dの調査や研究は、いってみれば心の健康に関する知識の獲得を目指すものであり、こうした調査や研究の結果は広く社会に向けて公表され、その知識は普及を図っていくことが求められるからである。

 このように見てくると、分類の仕方に若干の違いがあるものの、臨床心理士と公認心理師は、ほぼ同じような業務に携わるのだ、ということが分かる。

 では、両者の相違点はどこにあるのだろうか。まず、決定的に重要な違いとして、臨床心理士は民間の資格であるのに対して、公認心理師は国家資格である、という点がある。これまで、心理職には国家資格がなかったため、たとえばスクールカウンセラーの採用や病院の心理職の採用などにあっては、臨床心理士であることが要件とされるケースが多かった。しかし、同じような業務に携わる国家資格が誕生してしまったら、学校や公的な機関はもちろん、民間の病院などでも、臨床心理士であるか否かは問題とされずに、国家資格たる公認心理師であることを採用の条件とするようになっていくと考えられる。国が認めた資格というのは、それほど威力やインパクトが大きいといえるのではないか。

 また、それぞれを養成するカリキュラムに着目するならば、そこには大きな違いがあることが分かる。公認心理師になるために必要な科目については、前回紹介したが、学部でも25科目が必要とされており、その範囲は主な心理学の領域はカバーしているし、研究法や統計法、実験に関するものまで含まれており、実に多種多様な心理学の知識の習得が求められていたのであった。加えて大学院でも、5つの領域における理論と支援の展開をもれなく学ぶ必要があるし、450時間以上の実習もクリアーする必要があるのであった。

 これに対して臨床心理士はどうか。臨床心理士になるためには、臨床心理士資格認定協会が指定する大学院を修了する必要があるのだが、実は、大学の学部で何を学んでいたかは全く問われないのである。筆者のように学部時代は哲学を専攻していてもかまわないし、極論すれば、理系の工学部などを卒業していても、全く問題ないのである。事実、筆者の知人の臨床心理士には、学部時代は理系だったという方もおられる。それゆえ、大学さえ卒業していれば、臨床心理士になるためには2年間、指定の大学院で学べばいいということになるのである。

 大学院の2年間で履修する必要のある科目も、公認心理師と比べると実に限られたものである。必修の科目としては、臨床心理学特論、臨床心理面接特論、臨床心理査定演習、臨床心理基礎実習、臨床心理実習という5つがあるだけで、あとは5つのグループからそれぞれ一つ以上の科目を履修すればいいのである。場合によっては、心理学研究法も心理統計法も、履修しなくても修了できる。もっと極端な例を出せば、発達心理学も認知心理学も、社会心理学も、そして精神医学すらも、必ず学ばなければならないというわけではないのである。もちろん、前回列挙したように、これらは公認心理師になるためには、全て必修である。

 なぜ、臨床心理士の養成はこのようになっているのであろうか。それは、日本の臨床心理士のリーダー的な先生方の間では、臨床心理学とその他の心理学は、全く別の学問であるとの考えが支配的だからである。これは特に、河合隼雄の影響を受けている京都大学系の臨床心理士には、根強い考え方であると思われる。ふつうに考えれば、認知心理学や発達心理学、社会心理学や臨床心理学など、諸々の心理学の領域があり、それぞれは特殊性を持ちながらも、心理学としての普遍性に貫かれているはずである。別言するならば、心理学とは、認知心理学や発達心理学、社会心理学や臨床心理学などをひっくるめた総称だと考えるのが普通である。ところが、臨床心理士の中には、そのように考えるのではなく、臨床心理学を、心理学とは別の、独立した一つの学問領域だと考える人が多いのである。もちろん、それは、そのような教育を受けてきたからである。

 このことを示す、一つの典型例を紹介しよう。以下の書物のタイトルに注目していただきたい。

上里一郎編『臨床心理学と心理学を学ぶ人のための心理学基礎事典』(至文堂)

 臨床心理学と心理学が、並列に並べられているのである。これはたとえば、『精神医学と医学を学ぶ人のための医学基礎事典』などといっているのと同様の、論理的な混乱に思える。「精神医学と医学」とあるが、医学の中には精神医学も入っているのであるから、この2つを同レベルで並べるのはおかしい、というのが普通の人の反応であろう。これと同様に、「臨床心理学と心理学」というように、この2つを同じレベルで並べるのはおかしいと感じるのが普通の感覚であろう。ところが、上述のとおり、この編者の先生や臨床心理士の典型的な教育を受けた人は、臨床心理学は、心理学とは全く別の、独立した学問領域だと固く信じているため、臨床心理学と心理学を同じレベルで並べることに、違和感がないのである。これは、たとえば、社会学と心理学を同じレベルで並べることと同じだと考えているのである。

 このような考え方が支配的だからこそ、臨床心理士養成のカリキュラムにあっては、心理学が軽視されているのである。すなわち、露骨に極言してしまうと、臨床心理士というのは臨床心理学が専門であって、心理学とはほとんど何の関係もない、だから、認知心理学や発達心理学、社会心理学などは、臨床心理士になるために必ず学ばなければならないということなどは決してなく、まあ、隣接他領域ということで参考程度に学んでもよいもの、というような位置づけになっているのだと考えられるのである。

 以上のようなカリキュラムの他にも、公認心理師と臨床心理士には違いがある。それは、臨床心理士養成の大学院では、基本的には臨床心理学に関する修士論文を書かなければならないが、公認心理師養成の大学院では、現在までの情報では、修士論文を書くことは課されていないという点である。これは、臨床心理士のほうが、調査や研究を重視していることの反映であろう。また、資格試験に関しても若干の違いがある。臨床心理士の資格試験には、マークシートのテストだけではなく、論述試験があり、これらの1次試験に合格したものは、2次試験である面接試験に進むことになる。ところが、公認心理師の資格試験には、論述試験も面接試験もないのである。さらに、臨床心理士資格には、5年に一回の更新制度があるが、公認心理師資格には、現在のところ、そのような更新制度はないという違いもある。

 以上、今回は、公認心理師を臨床心理士と比較して、その類似点と相違点を指摘した。
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 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言