2017年07月21日

一会員による『学城』第15号の感想(2/14)

(2)対象の一般性レベルの把握と共に「段階性」を捉えていく必要がある

 今回から、『学城』第15号に掲載されている各論文について、順次その感想を述べていきたい。

 初めに取り上げるのは、今回から新たに連載が開始された村田洋一先生のロシアにおける社会主義革命を問う論文である。ここでは、ソビエト連邦が解体したことの意味を考察するために、資本主義とは何かが分かりやすく説かれていく。

 まずは以下に、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する。

村田洋一
ロシアにおける社会主義革命の誤りとは何であったか(1)

 《目 次》
はじめに―なぜ今、ロシアにおける社会主義革命を取り上げるのか
一 資本主義段階を経ずに社会主義国となったソビエト連邦
二 人間社会は然るべき段階を踏まなければ発展し得ない
三 資本主義(資本制)とは何か
 (以下は次号予定)
四 資本主義はどのように生成してきたのか
五 中世における封建社会の構造とは何か―自立と統括の発展
六 社会主義経済は資本主義経済を経ることで可能となる
おわりに

 本論文ではまず、ソビエト連邦における社会主義国家建設の失敗と社会主義自体の問題とは論理的に区別しなければならないのではないかという問題意識のもと、そもそも資本主義とは何か、いかなる歴史性を持つものなのか、社会的認識がいかなる質的変化をすることで、社会の構造が次なる段階へと変化していくのかを考察すると述べられる。そして、ソ連が解体した後のロシアの情況や市場経済を導入した中国の経済大国化という事実を踏まえ、社会主義的生産に対して資本主義的生産が猛烈な生産力を持っていることが示される。さらに『共産党宣言』においては、プロレタリア革命はかなり進歩したヨーロッパ文明全般の条件のもとで、まずブルジョア革命が起こった後に起こすべきであると記載されていること、それにもかかわらずロシアは資本主義社会の段階には至っておらず、封建制のもとで商工業を十分に発達させることもできていなかったこと、これがロシアにおける革命の失敗の原因であったことが述べられる。問題の本質は、単に社会主義一般が誤りだということではなく、然るべき人間社会の発展段階を踏まなかったことにあるというのである。つまり、人間社会のある段階はその前までをふまえて実力と化すことなしには達し得なかったのであって、本論文では資本主義について、それ以前の歴史的段階を必須としたこと、人類の社会的認識は段階を1つずつ踏むことで資本主義の段階へと達したことを説いていくとされる。そこで、そもそも「資本」とは何かが明確にされる。すなわち、「蓄積された過去の対象化された労働」が「直接の生きた労働」を支配するという関係に置かれたとき、この「蓄積された過去の対象化された労働」が「資本」だというのである。そして、資本制の大きな特徴は、労働に大きな価値がおかれるようになってくるということにあると述べられるのである。

 本論文については、まず、『学城』第15号全体を貫くテーマとして設定した「段階性」ということに着目する必要があろう。「目次」をご覧いただければ明らかなように、「資本主義段階を経ずに社会主義国となったソビエト連邦」は、「人間社会は然るべき段階を踏まなければ発展し得ない」という一般論を媒介にすれば、必然的に解体せざるを得なかったのだということが論じられようとしている。このことを「分かりやすく人間の個人レベルの成長に喩えれば」として、「幼稚園児が小学生の過程を経ずにいきなり中学生になることは不可能であるし、小学生が中学生の段階を経ずに高校生になることなど、実体的にも精神的にも不可能である」(p.26)と説かれているのは確かに「分かりやすい」。しかし、この喩えは事実的なイメージとしては「分かりやすい」ということであって、そこに如何なる必然性が存在するのかという論理的な把握はないのである。そこで村田先生は、「まず本論文では、資本主義について、それ以前の歴史的段階を必須としたこと、人類の社会的認識は段階を1つずつ踏むことで資本主義の段階へと達するに至ったことを説いてい」(pp.27-28)くとして、資本主義とは何かを丁寧に、「初学者」でも理解可能な形で展開していかれるのである。つまり、まずは歴史的な事実から資本主義への発展の歴史的必然性を論理として把握し、その把握を踏まえて、今度は問題としている「資本主義段階を経ずに社会主義国となったソビエト連邦」の解体の必然性を説いていこうということであろう。「段階性」を踏まえる必然性については、次回展開されるようなので、しっかりと論を追っていきたい。

 ただし、ここで注意すべきは、「段階性」といっても単に各段階を並べるだけではダメである、ということである。村田先生は、マルクスの有名な歴史的発展段階の定式に関する部分を引用した後、次のように述べておられる。

「確かにマルクスはここで、アジア的、古代的、封建的および近代ブルジョア的生産様式の順で並べてはいる。しかしながら、そこには大きく欠けているものがあるのである。それは何かと言えば、人間社会とは何かの一般性レベルでの把握であり、人間社会の原点たる原始共同体からいかなる重層性をもって現代の資本主義社会まで形成されてきているのかの過程的構造である。」(p.27)

 つまり、人間社会の変遷を特徴的な様式で区切って並べる(区別する)だけではなくて、人間社会一般を貫く普遍的な存在(共通性)を把握し、それがどのように積み重なっていって現代にまで至ったのかを解明する必要があるということである。そしてその普遍的な存在(共通性)とは、人間社会でいえば、「社会的労働・社会的文化として発展させ」(同上)られてきた「社会的認識」(同上)であるというのである。だからこそ、先にも引用したように、「資本主義について、それ以前の歴史的段階を必須としたこと、人類の社会的認識は段階を1つずつ踏むことで資本主義の段階へと達するに至ったことを説いてい」(pp.27-28)くという流れになるのである。非常に弁証法的な捉え方といえるだろう。

 最後に、村田先生の弁証法的な把握をもう1つだけ紹介しておく。通常、資本制といえば、マルクスの主張が大きく影響して、「資本が労働者の労働を搾取する」(p.32)という否定的側面ばかりが強調されがちである。しかし村田先生は、「資本制における大きな特徴」(p.31)として、「人間の労働が大きく着目されるようになり、労働に大きな価値がおかれるようになってくるということ」(同上)を挙げておられる。つまり、「資本制とは、人間労働が生み出した価値が一点に凝縮して新たな人間労働を支配し、人間のもつ生産能力を最大に活用することで最大の価値を新たに生み出していく生産様式にほかならない」(p.32)のであって、こうした肯定的側面をも捉えてこそ、「社会主義経済は資本主義経済を経ることで可能となる」という結論が全うに導き出されるということであろう。対象の性質を二重性として把握する必要性が次回で詳細に展開されることを期待している。
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 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言