2017年05月22日

文法家列伝:宮下眞二編(1/5)

〈目次〉

(1)宮下の言語過程説にはどのような歴史的意義があるのか
(2)宮下は三浦の言語観を受け継いだ
(3)宮下は言語過程説を英語に適用した
(4)宮下には弁証法、認識論の実力が決定的に不足していた
(5)宮下は言語過程説が一般言語学の理論たり得ることを実証した


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(1)宮下の言語過程説にはどのような歴史的意義があるのか

 先月25日、自民党二階派パーティーで今村雅弘復興大臣(当時)が、東日本大震災の被災者を傷つける発言をしたとして大きな問題になりました。

「皆さまのおかげで東日本大震災の復興も着々と進んでいる。社会資本などの毀損もいろんな勘定の仕方があるが、二十五兆円という数字もある。これがまだ東北で、あっちの方だったから良かったけど、これがもっと首都圏に近かったりすると莫大な、甚大な被害があったと思っている。」(中日新聞2017年4月26日朝刊)

 この「東北だから良かった」という発言は、被災者やその遺族にとって、到底許すことができないものでしょう。人間の命や人生を全く顧みない、被害を単に数字でのみ捉えている非情な発言だと映るからです。さらに問題なのは、今村氏の「失言」は先月4日の記者会見(東京電力福島第一原発事故で故郷を離れ、避難先で暮らす人について「自主避難は本人の責任だ」と発言)に続いて2回目であり、加えて、今回の問題発言の後、記者団に向って、「東北でもあれだけひどかった。防災なり、しっかり対応しなきゃいけないという意味だ」と釈明し、発言の扱いを問われると、開き直ったような口ぶりで「取り消させていただく」と述べたことです。見方によっては、自分が失言したことすら自覚がなく、3週間前に自身の発言が問題視されたため、とりあえず発言を撤回しておこうという打算的な態度にも見えてしまいかねない対応だといえるでしょう。結局今村氏は、更迭に近い形で大臣を辞めることになったのも当然です。

 ここで問題にしなければならないことは、単に今村氏の言葉が適切ではなかったという表面的なことではありません。「社会資本などの毀損」について、「東北」で震災が起こった現実と、「首都圏」で震災が起こったという仮定とを比べた場合、「東北」の方が被害額が少なかっただろうという意味で、「東北だから良かった」と述べたのだ、だから非難されるほど問題ではないのだ、単に少し表現の仕方がまずかっただけだ、などという問題ではありません。復興大臣という役職につきながら、東日本大震災の被害状況に対するイメージが、あまりにも貧困だという今村氏のアタマの中が問題なのです。被災者やその遺族、自主避難者の、震災後から現在に至るまでの厳しい生活状況、悲痛な思いなどを具体的に思い描けていたのなら、こうした発言にはならなかったに違いありません。それらがアタマになく、被害額や復興予算などの抽象的な数字でしか東日本大震災を捉えていないことこそ、大きな問題だということです。

 この今村氏の発言は、言語とは何かを考える上で非常に示唆に富んでいます。どういうことかというと、言語の問題を考える際には、単に言語だけを取り上げて云々してはならないのだ、言語の基となった認識をこそ問題にすべきだ、という教訓を引き出せるからです。さらにいえば、認識とは外界の対象をどのように捉えるかという問題を含んでいるものですから、言語から現実世界の見方を把握することができるのだということもいえるわけです。今村氏の発言からは、今村氏が東日本大震災を苦悩する被災者の情況から見ているのではないということが明らかになったからこそ、大きな問題になったのだということです。

 こうした問題を踏まえて本稿で取り上げたいのが、言語を対象―認識―表現という過程的構造を背負ったものとして捉え、認識を基にして言語を考察していこうという言語過程説です。本ブログではこれまで、時枝誠記の言語過程説やそれを継承発展させた三浦つとむの言語過程説を取り上げ、言語過程説は言語が創出される過程、すなわち対象―認識―表現という過程的構造に着目して、言語を明確に表現の一種として把握する言語理論であり、本当の意味での科学的言語理論の支柱になり得るものだということを明らかにしてきました。今回は、こうした時枝や三浦の言語過程説を英語に適用し、英文法の新たな体系を創り出そうとした宮下眞二の言語過程説について検討していきたいと思います。

 小川明「宮下眞二 小論―ある英語学研究者の軌跡」などによれば、宮下は1947年宮城県に生まれました。1971年には東北大学文学部を卒業して、文学研究科英語学専攻に進学しています。そして1973年に修士課程を修了し、北見工業大学に就職して一般英語を担当しました。学部時代は日本思想史学科に籍をおいていましたが、1969年には「英語の謎を解くことを志して」(『英語はどう研究されてきたか』はしがきp.3)、進路を変更したようです。この背景には、三浦や吉本隆明の影響があるのではないかと思われます。1980年には最初の著書である『英語はどう研究されてきたか―現代言語学の批判から英語学史の再検討へ』を出版し、1982年4月10日に2冊目の著書である『英語文法批判―言語過程説による新英文法体系』が発行されますが、その出来上がった著書を見ることなく、4月4日未明、熱海で縊死しました。

 『英語はどう研究されてきたか』「はしがき」には、「チョムスキーの変形文法を中心とする現代の欧米の言語学に根本的な疑問を抱き、それを批判して、さらにその歴史的背景を成す英語学史の再検討を試みた」(p.3)とあり、また『英語文法批判』「はしがき」には、「本書は言語過程説の英語研究への適用であり、具体化即ち発展であります」とあります。宮下は、当時支配的だった(そして現在でも支配的な)構造言語学や変形文法では言語の本質が掴めないと考え、言語過程説でもって英語の謎を説こうとしたのでした。

 本稿では、『英語文法批判』を中心にこうした宮下の言語過程説の中身を検討することで、宮下の言語学史上の意義を明らかにしたいと思います。まず、宮下が三浦の言語観及びそれに基づく言語理論を受け継いだことを、宮下による言語に関する概念規定を見ていくことで示したいと思います。次に、宮下による言語過程説の発展の中身を見ていきます。具体的には、宮下による言語観の分類、宮下の名詞論、冠詞論について検討していきたいと思います。そして最後に、宮下の著作に表れている欠点について、自らの言語学創出に資する形で論じていきたいと思います。
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 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
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 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
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 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
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 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
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 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
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 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
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 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
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 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
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 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言