2017年04月27日

小中一貫教育を問う(5/5)

(5)国家の発展のためには個々の人間を市民として育てることが必要である

 義務教育学校が法制化され、小中一貫教育が進められる中で、本稿ではその是非について考えてきました。

 ここでこれまでの流れを振り返ってみましょう。

 第一に、思春期とは何かを踏まえて、そもそもなぜ小学校と中学校という形で学校がわかれているのかを考察しました。そもそも思春期とは子どもから大人へと脱皮していく時期であり、認識に焦点を当てれば、親や教師の指示にただ従う受動的な状態から、自分のアタマを使って考えて行動し始める時期だということでした。したがって、小学校では子どもとして教育するのに対して、中学校では大人の準備としての教育がなされるのであり、その中学校での教育がうまくいくためには、小学校での認識をすべて捨て去らないといけないということでした。そのためには、小学校の環境から大きく切り離して、新たな環境での教育が不可欠になるのであり、これが”change of the place, change of the brain”ということの1つの具体的なあり方だということでした。以上を踏まえると、小中一貫教育で小学校と中学校の建物が併設する場合、中学校に上がっても小学校のときの認識を捨て去ることが困難となり、教育上大きなマイナスになるのだということでした。

 第二に、現在、小中一貫教育が推し進められている理由について、果たしてそれが妥当と言えるものかどうかについて検討しました。とりわけ子どもの発達が早期化しているから5−4制や4−3−2制が導入するという見解について取り上げました。まず小学校と中学校ではそれぞれ教育内容が大きく異なっているのですが、あくまでも小学校での教育が土台として身についていてこそ、中学校での教育を吸収していくことができるのだということを説きました。そしてそのような土台を形成するための内容を6年かけて学ばせることが戦後70年をかけて定まってきているのだということでした。このように6年間の小学校と3年間の中学校という学校制度とともに、それに合わせる形で教育内容も定められているにも関わらず、学校制度のみを動かしたのでは教育内容の区切れとずれてしまうという問題が生じるということでした。例えば5−4制の学校制度に教育内容の区切れを合わせれば、5年間で小学校の内容を消化しないといけないことになり、無理が生じてくるということでした。その他、中一ギャップと言われる問題にしても、大部分の子どもが抱えているというような問題ではない以上、一般性のある問題ととらえるのはおかしいし、その子ども、その学校、その地域の特殊な要因によるものとして改善を図るようにしていかなければならないということでした。

 第三に、なぜ教育上はマイナスだと考えられる小中一貫教育が進められているのかを別の観点から探っていくようにしました。小中一貫教育が推し進められる大きなきっかけになった教育再生実行会議の第5次提言を読み返してみると、少子・高齢化やグローバル化の中で、日本の存在基盤である人材の質と量を確保するために見直す必要があるという枠組みの中で6−3−3−4制の学制の見直しが提言されていたのでした。つまり、高齢者が増えて社会保障費が増えていて、財源が大きく圧迫されているという現状において、少子化によって児童数・生徒数の少ない学校への経済的な支援がこれまでのようにできなくなっているからそこを改めること、もう1つは、世界にシェアをもつような大企業が求めるような人材を育てるための仕組みを整えること、この2つに応えるものとして小中一貫教育が出てきているのだということでした。同じような指摘を山本由美氏も「小中一貫教育の動向 導入のねらいと問題点 どのように取り組んでいけばよいか」において行っていることを踏まえて、小中一貫教育の推進というのは、国家の立場からすれば、結局、過疎地における財政負担を軽減させ、その余った分を都市部における(企業が求める)エリート育成の充実に活用するという構図を合理化するためのものだということを指摘しました。

 以上、小中一貫教育の推進の是非について見てきました。結論を言えば、教育学の観点からすれば非だということになるのですが、一部のエリートを育てるための教育財源を確保するという意図の下で進められているのだということでした。

 その背後には、そうしたエリートが大企業において活躍することが国家の発展につながるのだという考え方があるのだと言えるでしょう。エリートが大企業において活躍するとは、簡単に言えば、新しいアイデアを出して、その企業の利益を生み出すということです。そうした利益が国内に行きわたり、国家全体としての発展につながるということです。

 しかし、果たしてそうなのでしょうか。財務省の法人企業統計によると、企業の内部留保は2016年3月末時点で366兆円となり、安倍政権が発足した2012年2月に比べると、
34%増えていることになります。一方で、2016年1〜3月期に企業が従業員に支払った給与は28兆円であり、これは前年同月比でほぼ横ばい、政権発足時の12年10〜12月期と比べると3%減少しています。つまり、企業の利益は拡大しながらも、それが国家全体に行きわたってはいないということです。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201606/CK2016060502000129.html

 従業員の給料が上昇しないということは、国内消費が伸び悩むということですから、これは結局大企業にとってもプラスにはならないことになります。

 さらに言えば、そもそも経済的な豊かさが、直接に国家としての発展だと言えるのかという問題があります。仮に企業の利益も増加し、労働者の給料も上昇したとしても、例えば長時間働かなければならず、余暇を楽しむ余裕がないような環境であれば、果たしてそれは豊かな生活だと言えるのか、過労死が頻発するような国家が豊かな国家だと言えるのかという問題です。

 本当の国家の発展とは、一定の経済的な豊かさは土台としながらも、個々の人間が個人として尊重され、自分の夢や希望を叶えていけるような国家の実現に向けて、現状の国家が抱えている様々な問題を1つずつ解決していくことだと言えるでしょう。そのためには個々の人間がそれぞれの所属する社会で感じる問題に対して、その解決に向けて取り組んでいくことが求められます。そのような市民として個々の人間を育てることこそ、教育が求められる役割だと言えるでしょう。

 そのような教育を実現する上で羅針盤となる教育学の構築こそが自分が果たすべき課題であることを再確認して、本稿を終えたいと思います。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言