2017年03月13日

一会員による『学城』第14号の感想(4/14)

(4)対象を弁証法的に捉える、対象と弁証法的に関わるとは如何なることか

 今回取り上げるのは、神庭順子先生の看護論論文である。前号までに取り上げられた事例に関して、今回は弁証法に焦点を当てて展開されていく。

 以下、本論文の著者名・タイトル・目次を掲載する。

神庭純子
現代看護教育に求められるもの(3)
―弁証法・認識論から説くナイチンゲール看護論―

 《目 次》
(一)看護学を学的に説く実力養成のためには「論理とは何か」を学ぶ必要がある
(二)対象を弁証法的に捉えるとはどういうことかを事例から説く
(三)対象を生成発展する存在としてみてとることが弁証法的な捉え方である
(四)変化の過程性をみてとることの重要性
(五)対象の弁証法性をみてとらない実践で失うものとは
(六)弁証法の「量質転化」の法則性から事例を説く
(七)弁証法の「対立物の相互浸透」の論理から事例を説く
(八)弁証法とは「自然・社会・精神の一般的な運動性に関する科学」であるとは

 本論文は、まず、論理とはある場所へのまともな、到着しやすい道順を示してくれるものだということが確認された後、今回は看護者の弁証法的な思考を具体的に解き明かしていくとされる。初めに「対象を弁証法的に捉える」とは、自分の専門に関わる出来事(対象)を必ず動き、変化、発展として見做すことだと説かれ、その例として、2つの物事(母親と子ども)を統一して考えようとすることや、対象を生成発展する存在としてみてとる(子どもの身体的、認識的発展過程、母親の関わりの過程をみてとる)ことなどが弁証法的だとされる。逆に、弁証法的な考え方をしないならば、変化の過程性を創り上げる関わりが求められている看護というものも否定されかねないと説かれる。また、対象を「量質転化」の法則からみてとるとして、楽しくおもちゃで遊んでいた子どもが「ママ」と声をあげて泣き出す過程的構造が展開される。次に、「対象と弁証法的に関わる」とはということに関して、保健師が「対立物の相互浸透」を意識して、母親には子育ての安心感と意欲を持ってもらえるよう、子どもには小さな誇りを育てたいとの思いから、言葉かけをしていった中身が説かれていく。合わせてこのことは、母親の認識と子供の認識との相互浸透、子どもの将来像と現実性との相互浸透なども図ることができることが説明される。そして結論として、事実を通して少しずつでも弁証法的なものの見方・考え方を理解していってほしいと述べられるのである。

 この論文ではまず、「発展の論理構造」の中心である弁証法が正面に据えて説かれていることに着目したい。以下、弁証法に関わって説かれている内容の引用である。

「弁証法は一言では、動くものを対象とする学問です。「動く」を論理的に説けば、ある「もの」、ある「こと」が、そこに「ある」と共に「ない」ということです。」(p.52)
「「動くもの」「動くこと」「変化するもの」「変化すること」「運動するもの」「運動すること」「発展するもの」「発展すること」「消えるもの」「消えること」「捉えどころがない」「捉えようがない」等々の現実を論理的に扱う学問を弁証法というのです。」(同上)

「弁証法とは「動く」「働く」「変わる」「ある」「生きる」「病む」「学ぶ」「運動する」「看護する」「介護する」「教育する」「仕事する」等々の動き、変化の中身を持つすべての世の中の出来事を扱う学問なのです。」(p.53)

「弁証法とは「自然・社会・精神の一般的な運動性に関する科学」であるといわれています。ここで「自然・社会・精神の」というのはどういうことかというと、この宇宙の、世界のありとあらゆるもの、森羅万象そのものすべて、ということであり、森羅万象そのものすべて、言い換えれば「万物」ということです。そのような万物(=ありとあらゆるもの)の「一般的な運動性に関する科学」である、ということは、この世界のありとあらゆるものは、一般的に運動しているという性質を持っているとして、その運動性に着目し、その過程的構造を体系的に明らかにする学問であるということです。」(p.65)

 このように、弁証法とは簡単にいえば、万物の運動に関する学問であるということになる。しかし、こうした知識的な理解をしただけでは、「弁証法的なものの見方・考え方」(p.66)をすることで、対象を正しく把握したり、対象を発展させるべく関わっていったりすることはできない。では「弁証法的なものの見方・考え方」とはどのようなことか、弁証法はどのように現実の問題の把握や関わりに役立つのか、これらの問題について、本論文では具体的な事例を通して説かれているのである。

 例えば、低出生体重児の親の集いでは、親が子育てを学んだり親同士が交流したりするのみならず、別室で子どもたちを預かることで子どもの発達を見守りアセスメントする機会にもなるという意味で、母親も子どもも双方を支援する取り組みになっていることが紹介されている。これは「あれかこれか」と別々に考えるのではなくて、「あれもこれも」という形で2つの物事を統一して考えようとしているという意味で弁証法的といえると説かれている。

 また別の例では、グループワークが終わって母親が子どものもとに戻ってきた場面において、保健師が母親と子どもに対してどのような言葉をかけるのか、その判断をした時にも弁証法的な見方・考え方に支えられて言葉を選んだことが説かれている。具体的には、「お母さん、お疲れ様。A君、バイバイ」(p.62)で終わってしまうのではなくて、母親に対しては「車で上手に遊べていましたよ。さっきまでは泣かずに頑張ってお母さんを待っていられたのですよ。何ともすごいことに、A君は自分でダイジョブ、ダイジョブと励ましているようでしたよ」(同上)と伝え、子どもには「車やおもちゃで遊んだね。泣かずに待っていられたね。お友達と過ごすことができたね」(p.63)と話しかけたのである。このことによって、「母親の認識にA君の育ちを専門職者に認めてもらっている安心感と実際に成長していることでの自信と次なる目標と励みを自ら描くことができる意欲とを創り出せるように」(p.64)意図したのであり、子どもに対しては「頑張りを認めることで自ら乗り越えたのだという小さな誇りを育てたい」(同上)と考えたのだということである。簡単にいえば、「認識の相互浸透による成長、発展を意識して関わった」(同上)という意味で、弁証法的な関わりであったと説かれているのである。

 以上のように、この論文では具体的な事例を通して、「弁証法的なものの見方・考え方」がどのようなものか、弁証法がどのように役立つのかが説かれているのであるが、もう1つ押さえておきたいことがある。それは、同じ事例を何度も何度も、焦点の当て方を少しずつ変えながら説かれているということに関してである。前々回は事例を事実的に説かれ、前回は認識論的な観点から説かれ、今回は弁証法という観点から事例が説かれている。こうした説き方自体が、何度も繰り返し同じ問題を丁寧に説いていくことで、看護とはどのようなものかの理解を深めていこうという意図があるのであり、「量質転化」的な説き方だという意味で弁証法的な説き方だといえるだろう。我々も、1つの事例、1つの概念などに関して、もう学び切ったとして終わってしまうのではなくて、繰り返し何度でも学んでいくことで、質的に把握の度合いを深めていく必要があると感じた次第である。
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 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
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 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言