2017年03月08日

システムズアプローチを弁証法から説く(4/5)

(4)リフレーミングの根拠は現実の弁証法性にある

 前回は,システムズアプローチの代表的・典型的技法のひとつであるジョイニングを取り上げ,それを弁証法の観点から考察しました。ジョイニングとは,お仲間にさせていただくことですが,そのためには,当該のシステムの社会的認識の変化性に合わせて,セラピストも弁証法的に変化していく必要があるのであり,そうしてこそ,対象となるシステムを思い通りにコントロールできるのだと説きました。また,ジョイニングには,「問題」も「資源」として捉える対立物の統一的な発想が含まれていること,ジョイニングの際には一方のみに味方せずに,非敵対的矛盾を実現するとともに解決するような形態を創造しながら,システム全体に合わせていく必要があることにも触れました。

 今回は,システムズアプローチのもう一つの代表的・典型的技法である「リフレーミング」を取り上げて,これを弁証法の観点から論じたいと思います。

 まず,リフレーミングとは何かを説明するために,「フレーム」について説明します。システムズアプローチにおいては,ものごとは諸要素の円環的な相互作用によって成り立っていると考えます。この相互作用をどのように切り取って認識するかによって,ものごとに対する受け止め方,意味づけの仕方は変わります。たとえば,「夫の帰宅が遅いせいで,妻が不満をいう」というのと,「妻が不満をいうせいで,夫の帰宅が遅くなる」というのは,どちらも現実の相互作用の一面をとらえたものであり,両方とも正しいと考えられます。しかし,前者のように切り取れば,夫が悪いことになり,後者のように切り取れば,妻が悪いということになります。このように,現実の切り取り方によって,ものごとの受け止め方,意味づけの仕方は変わるのです。このような受け止め方,意味づけの仕方を総称して,システムズアプローチにおいては「フレーム」(frame:枠あるいは枠組み)と呼ぶのです。

 では,リフレーミングとは何でしょうか。東豊は次のように説明しています。

「前述した通り,システムズアプローチを専門とするセラピストは,コミュニケーションの相互作用を使って様々な変化を作る職人です。ゴールとしては,クライエントの心身の変化であったり家族の変化であったりするのですが,多くの場合,その第一歩はクライエントのもつフレームを変化させることであるといえます。クライエントがすでに所持しているフレームを変える作業,それがリフレーミングです。セラピストは面接中,様々なレベルで,様々な方法を駆使してリフレーミングを行います。」(p.18)


「リフレーミングの中でもよく知られているものに,ポジティブ・リフレーミング(positive reframing:肯定的意味づけ)があります。これは,クライエントのもつ否定的なフレームを,セラピストが肯定的な形に言い換えるものです。

 「ものは言いよう」と一般にいわれるように,どのように否定的にみえることでも,その肯定的な側面を発見すること(引き出すこと)は容易です。たとえばあるクライエントが,「(母・妻である)私は病気で家事ができないので,夫や子どもたちにやらせてしまっているのです」と述べたとします。これに対してセラピストは,「それは病気ではなく,家事をしないことで夫と子どもの協力関係を作ろうとする,あなたの無意識の知恵なのです」とポジティブ・リフレーミングすることができるでしょう。あるいは,家族間のコミュニケーションにおいて,「父親と子どもが口論していると,母親が口を挟む。すると父親がトーン・ダウンし,今度は子どもと母親の口論が始まる」というパターンがみられたとします。この場合,これを「母親が父親と子どものコミュニケーションの形成を邪魔している」とみるのではなく,「母親が父親と子どもの関係を守っている」とポジティブ・リフレーミングすることができるわけです。」(pp.19-20)


 ここでは,リフレーミングとはクライエントがすでに所持しているフレームを変える作業であり,面接のゴールに至る第一歩であるとされています。そして,ポジティブ・リフレーミングとは,否定的に見えることの中に肯定的側面を発見することであるとして,その具体例がいくつか挙げられています。

 では,このようなリフレーミングという技法を,弁証法の観点から検討すると,どのようなことがいえるでしょうか。まず,もっとも単純なリフレーミングを取り上げてみましょう。それは,原因と結果を入れ替えるリフレーミングです。先ほど取り上げた例でいうと,「夫の帰宅が遅いせいで,妻が不満をいう」というのを,「妻が不満をいうせいで,夫の帰宅が遅くなる」と言い換えるものです。他にも,「母親が口うるさいせいで,子どもが反抗的になった」というフレームを,「子どもが反抗的なせいで,母親が口うるさくなった」とリフレーミングしたり,「夫が家事を何もしないせいで,妻がすべてをやらないといけない」というフレームを,「妻が全部やってしまうせいで,夫は何もしない」とリフレーミングしたりするのも,原因と結果を入れ替えた単純なリフレーミングの例です。

 これらはすべて,現実のもつ二面性,すなわち矛盾をそれなりに捉えたものであり,これらのリフレーミングが可能な現実的な根拠は,現実のもつ弁証法性にあるということができます。連載第2回では,システムズアプローチが有する円環的思考法について紹介しましたが,そもそも現実は,いろいろな要素の相互作用として成立していますので,一面を切り取れば原因ともなり,別の一面から見れば結果ともなる,ということがいえるわけです。このように非常に弁証法的なものの見方がシステムズアプローチの前提にあるので,その見方を技法として取り出したものがリフレーミングである,ということができるでしょう。

 原因と結果については,弁証法の教科書にも「因果関係の構造」として,次のように説かれています。

「科学は原因と結果とのつながり,いわゆる因果性というものを問題にします。池に石を投げると波紋がおこる,波紋がおこるとハスの花がゆれる,──これが因果関係です。石が原因,波紋が結果,原因が結果を媒介する,これが常識です。しかし因果のつながりを考えると,波紋という結果そのものは,同時にまたハスの花をゆれさせる原因ともなっているわけで,ここに結果と原因との直接の統一があります。さらにつっこんで考えてみると,水の波紋が石の結果だと一方的にきめてしまうこともできなくなります。もしこれが氷なら,波紋は起らないでしょう。水自身,石によって波紋を起すような性質を持っていたことが,やはり波紋の原因の一つであると考えなければならなくなります。外部の原因から結果が媒介されるだけでなく,結果として生れる現象の内部にもまた原因のあることを考えなければならなくなります。」(三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』p.93)


 すなわち,原因が結果を媒介するだけではなく,その結果は,また次の結果の原因にもなるという直接の統一があり,さらに外部の原因から結果が媒介されるだけではなく,結果として生れる現象の内部にもまた原因があるのである,ということです。システムズアプローチでは,ここまで論理的にきちんととらえているわけではないとはいえ,あるものは原因でもあり結果でもある,というように非常に素朴ながら弁証法的な見方をするように促されているわけです。すなわち,現実の弁証法性を踏まえているからこそ,リフレーミングが可能となり,それによってシステム全体の変化も引き起こすことができるのです。

 次に,ポジティブ・リフレーミングについても見ていきましょう。東豊の本に登場するポジティブ・リフレーミングの代表格といえるのは,問題をポジティブに捉え返すというものです。すなわち,ある問題に困っているシステムに対して,「問題は役に立っているので解決すべきではない」とリフレーミングするのです。具体的にはどういうことでしょうか。東豊『セラピスト入門』で紹介されている事例を2つ紹介しましょう。

 まず,夜尿に困っている小学生の事例(p.198〜)です。この小学生の母親は長年,姑との関係に悩んでおり,涙の日々であり,夫も仕事にいちずで,相談に乗ってくれなかったが,息子の夜尿の問題が生じてからは,姑のことで涙している暇もなく,また息子のことで姑とともに心配するという共同作業ができるようになったばかりでなく,夫も相談に乗ってくれるようになって,夫婦関係も安泰になったということです。こういった情報を掴んだセラピストは,両親と息子を前にして,いかに夜尿という症状が家族の役になっているかを説明し,息子ほどの家族思いはいない,息子のオシッコこそ,かつての母親の涙である(笑),などと説いたというのです。この面接後,夜尿が急速に改善したということです。

 次の事例は,女子大生がうつになった事例(p.200〜)です。実は,この女子大生には姉がいたのですが,1年前にスキー場で亡くなっていたのです。それ以来,母親のうつが始まり,毎日毎日泣き暮らしていたということです。父親もどう支えていいのか分からずに酒におぼれる日々だったそうです。ところが,この女子大生がうつ病を発症したのちは,母親は世話のために泣いていられなくなり,父親も,生きている者を心配している母親に対しては援助しやすくなり,酒もピタッとやめたといいます。こういった情報収集をした後,セラピストは,彼女がいかに家族思いで,いかに症状が家族の役に立っているかを,もてる演技力をすべて注いで語っていきました。面接の三週間後,彼女のうつは回復し,すっかり普通の女子大生に戻っていたということです。

 この二つの事例でも,問題とされている症状は,対立する性格も有していて,弁証法的な存在であるがゆえに,ポジティブ・リフレーミングによって,180度異なった見方をすることが可能になったのだ,ということがいえるでしょう。また,人間の認識は,受動的であると同時に能動的であるという矛盾した存在であるから,見たいようにものごとを見る傾向があります。このことは,「人間には,自分のもっている癖の通りにしかものごとがみえない(みようとしない)という習性があるのかもしれません」(東豊『リフレーミングの秘訣』pp.13-14)という形で触れています。ポジティブ・リフレーミングはこのような,受動的であると同時に能動的であるという認識の弁証法性をプラスの方向へと活用した方法である,ということもいえるでしょう。

 さらに,システム構成員のフレームを変えることによって,まわりまわって症状が消失することを狙うというのも,ものごとはつながりあっており,そのつながりを活かしているという意味で,弁証法的な介入の方法だということもいえます。リフレーミングでは,システム構成員の問いかけ像を変えることによって,反映を変え,反映(=認識)が変わることで,認識に規定されている個々人の言動が変わり,それによって構成員間のコミュニケーションが変わり,それによって社会的認識が変わり,していく中で,当初の「問題」の維持要因が変わっていくのでしょう。これによって問題が成り立っていたメカニズムが崩れることになり,問題が消失していくのだと考えられます。これがどのようなつながりになっているのかについては,システムズアプローチでは問題にしない(できない)ので,介入が奏効するかはある程度偶然に左右されるといってもいいのですが,リフレーミングをくり返すことによって,かなりの確率で「問題」とされていたことの維持要因が変化して,最終的に問題が解消することになるのです。

 以上見てきたように,リフレーミングは,現実のもつ弁証法性を根拠として,さらに認識の弁証法性を活用して成り立つ技法であり,現実のつながりを前提としているという意味での,非常に弁証法的な技法だということができるのです。

posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 弁証法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/447584447
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

<講義一覧>

 ・2010年5月例会の報告
 ・2010年6月例会の報告
 ・日本酒を楽しめる店の条件
 ・交響曲の歴史を社会的認識から問う
 ・初心者に説く日本酒を見る視点
 ・『寄席芸人伝』に見る教育論
 ・初学者に説く経済学の歴史の物語
 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
 ・各種の日本酒を体系的に説く
 ・「菅・小沢対決」の歴史的な意義を問う
 ・『もしドラ』をいかに読むべきか
 ・現代日本における「国家戦略」の不在を問う
 ・『寄席芸人伝』に学ぶ教師の実力養成の視点
 ・弁証法の学び方の具体を説く
 ・日本歴史の流れにおける荘園の存在意義を問う
 ・わかるとはどういうことか
 ・奥村宏『徹底検証 日本の財界』を手がかりに問う「財界とは何か」
 ・「小沢失脚」謀略を問う
 ・2010年11月例会報告
 ・男前はなぜ得か
 ・平安貴族の政権担当者としての実力を問う
 ・教育学構築につながる教育実践とは
 ・2010年12月例会報告
 ・「法人税5%減税」方針決定の過程的構造を解く
 ・ベートーヴェン「第九」の歴史的位置を問う
 ・年頭言:主体性確立のために「弁証法・認識論」の学びを
 ・法人税減税の必要性を問う
 ・2011年1月例会報告
 ・武士はどのように成立したか
 ・われわれはどのように論文を書いているか
 ・三浦つとむ生誕100年に寄せて
 ・2011年2月例会報告:南郷継正『武道哲学講義U』読書会
 ・TPPは日本に何をもたらすのか
 ・東日本大震災から国家における経済のあり方を問う
 ・『弁証法はどういう科学か』誤植の訂正について
 ・2011年3月例会報告:南郷継正『武道哲学講義V』読書会
 ・新人教師に説く「子ども同士のトラブルにどう対応するか」
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』誤植一覧
 ・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・新大学生に説く「文献・何をいかに読むべきか」
 ・2011年4月例会報告:南郷継正『武道哲学講義W』読書会
 ・三浦つとむ弁証法の歴史的意義を問う
 ・新人教師に説く学級経営の意義と方法
 ・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・横須賀壽子さんにお会いして
 ・続・三浦つとむとの出会いにまつわる個人的思い出
 ・学びにおける目的意識の重要性
 ・ブログ毎日更新1周年を迎えてその意義を問う
 ・2011年5・6月例会報告:南郷継正「武道哲学講義〔X〕」読書会
 ・心理療法における外在化の意義を問う
 ・佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」CD発売
 ・新人教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2011年7月例会報告:近藤成美「マルクス『国家論』の原点を問う」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む
 ・2011年8月例会報告:加納哲邦「学的国家論への序章」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論1三浦つとむの哲学不要論をめぐって
 ・一会員による『学城』第8号の感想
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論2 マルクス『経済学批判』「序言」をめぐって
 ・2011年9月例会報告:加藤幸信論文・村田洋一論文読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論3 マルクス「唯物論的歴史観」なるものの評価について
 ・三浦つとむさん宅を訪問して
 ・TPP―-オバマ大統領の歓心を買うために交渉参加するのか
 ・続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2011年10月例会報告:滋賀地酒の祭典参加
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論4不破哲三氏のエンゲルス批判について
 ・2011年11月例会報告:悠季真理「古代ギリシャの学問とは何か」読書会
 ・エンゲルス『空想から科学へ』を読む・補論5ケインズ経済学の歴史的意義について
 ・一会員による『綜合看護』2011年4号の感想
 ・『美味しんぼ』から何を学ぶべきか
 ・2011年12月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学、その学び方への招待」読書会
 ・年頭言:「大和魂」創出を志して、2012年に何をなすべきか
 ・消費税はどういう税金か
 ・心理療法におけるリフレーミングとは何か
 ・2012年1月例会報告:悠季真理「古代ギリシャ哲学,その学び方への招待」読書会
 ・バッハ「マタイ受難曲」の構造を解く
 ・2012年2月例会報告:科学史の全体像について
 ・『弁証法はどういう科学か』の要約をどのように行っているか
 ・一会員による『綜合看護』2012年1号の感想
 ・橋下教育基本条例案を問う
 ・吉本隆明さん逝去に寄せて
 ・2012年3月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第1章〜第4章
 ・科学者列伝:古代ギリシャ編
 ・2年目教師としての一年間を実践記録で振り返る
 ・2012年4月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第5章〜第6章
 ・科学者列伝:ヘレニズム・ローマ・イスラム編
 ・簡約版・消費税はどういう税金か
 ・一会員による『新・頭脳の科学(上巻)』の感想
 ・新人教師のもつ若さの意義を説く
 ・2012年5月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第7章
 ・科学者列伝:西欧中世編
 ・アダム・スミス『道徳感情論』を読む
 ・2012年6月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第8章
 ・科学者列伝:近代科学の開始編
 ・ブログ更新2周年にあたって
 ・古代ギリシアにおける学問の誕生を問う
 ・一会員による『綜合看護』2012年2号の感想
 ・クセノフォン『オイコノミコス』を読む
 ・2012年7月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第9章
 ・科学者列伝:17世紀の科学編
 ・一会員による『新・頭脳の科学(下巻)』の感想
 ・消費税増税実施の是非を問う
 ・原田メソッドの教育学的意味を問う
 ・2012年8月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第10章
 ・科学者列伝:18世紀の科学編
 ・一会員による『綜合看護』2012年3号の感想
 ・経済学を誕生させた経済の発展とはどういうものだったのか
 ・2012年9月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・人類の歴史における論理的認識の創出・使用の過程を問う
 ・長縄跳びの取り組み
 ・国家の生成発展の過程を問う――滝村隆一『マルクス主義国家論』から学ぶ
 ・三浦つとむの言語過程説から言語の本質を問う
 ・2012年10月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第11章
 ・科学者列伝:19世紀の自然科学編
 ・古代から17世紀までの科学の歴史――シュテーリヒ『西洋科学史』要約で概観する
 ・2012年11月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章前半
 ・2012年12月例会報告:シュテーリヒ『西洋科学史』第12章後半
 ・科学者列伝:19世紀の精神科学編
 ・年頭言:混迷の時代が求める学問の確立をめざして
 ・科学はどのように発展してきたのか
 ・一会員による『学城』第9号の感想
 ・一会員による『綜合看護』2012年4号の感想
 ・2013年1月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』を読む前提としての世界歴史の全体像
 ・歴史観の歴史を問う
 ・2013年2月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』をどのように読んでいくべきか
 ・『三浦つとむ意志論集』を読む
 ・言語学の構築に向けてどのように研究を進めるのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年1号の感想
 ・改訂版・新大学生に説く「大学で何をどう学ぶか」
 ・2013年3月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(前半)を読む
 ・3年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・2013年4月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』序論(後半)を読む
 ・新自由主義における「自由」を問う
 ・2013年5月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第一部 東洋の世界(前半)を読む
 ・三浦つとむ「マルクス・レーニン主義に関する本質的な質問」から学ぶ
 ・言語は歴史的にどのように創出されたのか
 ・一会員による『綜合看護』2013年2号の感想
 ・ヒュームの提起した問題にカント、スミスはどのように答えたか
 ・2013年6月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』東洋の世界(後半)を読む
 ・一会員による2013年上半期の振り返り
 ・認知療法における問いの意義を問う
 ・カント歴史哲学へのアダム・スミスの影響を考える
 ・2013年7月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』ギリシアの世界を読む
 ・2013年8月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第三部 ローマの世界を読む
 ・アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年3号の感想
 ・初任者に説く学級経営の基本
 ・カウンセリング上達過程における事例検討の意義
 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
 ・ヒューム『政治論集』抄訳
 ・2013年9月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第四部 ゲルマンの世界を読む
 ・言語過程説から言語学史を問う
 ・2013年10月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』「第4部 ゲルマンの世界」第2篇を読む
 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
 ・一会員による『育児の生理学』の感想
 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む