2017年01月16日

一会員による『学城』第4号の感想(1/13)

《目 次》(予定)

(1)「一般論を掲げての学びの重要性」が『学城』第4号の全体を貫くキーワードである
(2)全ての学びを一般論に収斂させ、全ての事実を一般論から説く
(3)一般論から具体的事実を説いていくことの重要性
(4)一般論から事実に問いかける重要性
(5)一般論を掲げての学びは学問を構築する上での鍵である
(6)一般論は血肉化するレベルで鍛えておく必要がある
(7)人類の認識の発展過程を一般的に押さえておくことの重要性
(8)一般論を掲げての学びを通して対象の構造を深めていく
(9)一般論を措定するためにはより広い対象についての一般論を踏まえる必要がある
(10)人間に関する問題を説くには「生命の歴史」を踏まえる必要がある
(11)「悟り」と一般論との共通性とはどのようなものか
(12)学問構築のためには「人間とは何か」、「国家とは何か」を学ぶ必要がある
(13)我々はどのような研究活動を行っていくのか


−−−−−−−−−−−−−−−

(1)「一般論を掲げての学びの重要性」が『学城』第4号の全体を貫くキーワードである

 本稿は、日本弁証法論理学研究会編集の学術誌『学城』を読み、その感想を認めることによって、学問を自力で創出していく土台となる学問力を創り上げていくことを目的として執筆する小論である。

 これまで、2011年9月28日から『学城』第8号の感想を本ブログに掲載して以来、第9号、第10号、第11号、原点に立ち返って第1号、最新号に戻って第12号、ここからジグザグに第2号、第13号、第3号とそれぞれ感想を執筆してきた。本来であれば、ここでまた最新号に戻っての感想論文となるところだが、本稿を執筆している2016年10月現在、第14号は発刊されていない。そこで今回は、第4号を取り上げ、じっくりと読んでいくこととする。

 第4号の大きな特徴として、第3号までは表紙に記載されていた「弁証法編」という文言がなくなっていることが挙げられる。どうしてこのことが「大きな特徴」といえるかといえば、それは「編集後記」に記載されている以下の中身に関わる。

「前号までの『学城』の表紙に「学問への道」とあり、その下に小さく「弁証法編」と書かれていたことは、前号までの読者の方々は当然に目にされているはずである。その文字が今号から消えることになる。
 …真の学者やまともに学問を追求する人たちにとっては、自分の専門分野を学問化するには「弁証法の学び」というより、「弁証法を駆使できる能力」は必須なのである。
 …だが『学城』も第4号ともなれば、もっと上の段階を目指すべき時にきている。そこで「弁証法はもはや常識」として次のレベルへと昇っていくことにした。」(pp.213-214)

 さらっと説かれているが、ここでは凄まじいレベルのことが説かれている。つまり、第4号から「弁証法編」という文字が消えたのは、学問体系を構築するために必須の弁証法が重要ではないという意味では決してなくて、「弁証法がもはや常識」であるというレベルに達したからである、ということである。「弁証法を駆使できる能力」を手にしたのだから、学問の体系化に向けて、次の段階に進んでいくという宣言の意味を込めて、「弁証法編」という文字を削ったのだということである。それゆえ、第4号からは一段と高いレベルの論理展開を含む論文が掲載されているものとして、読者に大きな覚悟が求められているのである。これが第4号の「大きな特徴」なのである。

 ここで問題にしなければならないことは、では「次のレベルへと昇っていく」という場合の「次のレベル」とは具体的にどのようなことであるのかということである。この問題を考える際に参考になるのは、「巻頭言」で説かれている以下の文章である。

「学問レベルの論文というものは、まず第一に問題にされるべきことは、その論理性にある。」(p.1)

「端的に論理とは、自らが究明したい専門的対象の事実という事実に横たわる性質の共通性を導きだして後、そこを一般性レベルで把持できたものを最低限として成立可能なものである。それだけに、論文を書くためには、少なくとも対象的事実の共通性をまずは導きだし、そこを一般性として把持できるだけの実力を必要とする。」(同上)

 ここでは、学問レベルの論文においては、何よりも論理性が問題にされなければならないこと、論理とは、自分の専門的対象の事実の共通性を一般性レベルで把持できたものが最低ラインであること、こうした対象的事実の共通性を一般性として把持できる実力が論文執筆=学問への道には必要であることが説かれている。

 以上の「巻頭言」の内容を踏まえるならば、「編集後記」において「次のレベル」とされている中身は、自分の専門的対象の事実の共通性を一般性レベルで把持できる実力、つまり自分の専門分野の対象の一般論を措定できる実力ということになるのではないか。「弁証法を駆使できる能力」を踏まえて、次の段階では、対象たる事物・事象の一般論を高く掲げ、そこから対象的事実に問いかけ続けることで、対象の構造を把握していく必要があるということが示唆されているのではないか。

 ここで、「一般論」とはどのようなものか、P江千文『看護学と医学(上)』の内容を参考に確認しておきたい。「一般論」とは、簡単にいえば、専門的対象を一言で言い表したものである。例えば、看護の「一般論」といえば、「看護とは、生命力の消耗を最小にするよう、生活過程を整えることである」ということになるように、専門的対象をズバリと概念規定したものである。こうした「一般論」を措定するためには、専門的対象に関わるあらゆる具体的な事実という事実の共通性を把握する必要がある。ここで注意すべきことは、その共通性を把握した論理を「一般論」として掲げるにしても、この「一般論」はあくまでも仮説的なものだということである。なぜなら、本当の「一般論」、すなわち本質論と呼べるレベルの論理を把握するためには、「一般論」から対象的事実に向って問い続けけることで、対象の構造を把握し、こうした過程と重ねる形で、「一般論」をヨリ高めていく必要があるからである。簡単にまとめるならば、対象とする事物・事象の共通性をまずは仮説的一般論として措定し、これを導きの糸として対象的事実に問いかけ、一般論をヨリ構造に踏み込んだ形で修正していく必要があるということである(詳しくは上述の著作をしっかりと学んでほしい)。

 第4号においては、こうした学問への道が全編にわたって説かれているのではないか、全編にわたって学問の構築過程の「次のレベル」が展開されているのではないか、こうした観点から、第4号を学んでいく必要があるのではないか、これが本稿の問題意識である。

 以上を踏まえて本稿では、第4号の各論文において「一般論を掲げての学びの重要性」が隠れたテーマとして説かれているという観点から、それぞれの論文から学ぶべきことを執筆していきたいと思う。もちろん、それ以外の事柄についても、特に筆者の専門分野たる言語の問題を中心に、学問を創出するための過程の学びを行うべく、しっかりと執筆していきたいと思う。

 では最後に、『学城』第4号の全体の目次を以下にお示ししておく。

学城  第4号


◎加納哲邦  学的国家論への序章(最終回)
      ―国家とは何かを問う

◎悠季真理  古代ギリシャの学問とは何か(4)

◎悠季真理  古代ギリシャ哲学、その学び方への招待(4)
      ―ポリス社会が誕生するまでのギリシャ小史

◎瀬江千史  「医学原論」 講義 (4)
      ―時代が求める医学の復権

◎本田克也  ウィルヒョウ 『細胞病理学』 なるものを問う(中)
 瀬江千史 ―研究至上主義は学問への道を断つ

◎諸星史文  学問形成のために問う医学の歴史(4)
 悠季真理 ―医学史とは何か

◎小田康友  日本近代医学教育百五十年の歴史を問う(3)
      ―医学教育論序説

◎志垣 司  障害児教育の科学的な実践理論を問う

◎横田政夫  「バリアフリー住宅」は転ばぬ先の杖か
      ―人間にとって「住宅」とは何か

◎井上真紀  青頭巾 ― 『雨月物語』 より(下)
      ―悟りへの道を考える(2)

◎田熊叢雪  現代武道を問う 〔T〕 ―居合とは何か(4)

◎南郷継正  東京大学学生に語る 「学問への道」(2)
      ―平成十六年、夏期東京大学合宿講義

◎南郷継正  欧州版 『武道の理論』
 悠季真理 ―科学的武道論への招待(U)

◎悠季真理  編集後記

 次回以降、順次各論文の感想を認めていくが、その際、この第4号全体を貫く「一般論を掲げての学びの重要性」というテーマを常に念頭において、論を展開していくこととする。なお、連載回数の都合により、本稿では田熊叢雪「現代武道を問う〔T〕 ―居合とは何か(4)」及び南郷継正、悠季真理「欧州版『武道の理論』 ―科学的武道論への招待(U)」を取り上げることができないことを予めご了承いただきたい。
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 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
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 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
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 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する