2017年01月08日

激動する世界情勢を問う(3/5)

(3)各国で相次ぐ強権的指導者の登場

 前回は、2016年に起きた諸々の出来事のなかでも、最も衝撃的なものであったといえるアメリカ大統領選挙におけるトランプの勝利について、検討した。トランプが、「金持ちと権力者」と闘う労働者の味方として自らを押し出す一方で、「封印されていた弱者や少数派への偏見・差別意識を解き放った」(「東京新聞」社説)のは、現状に対する民衆の不満が明確な方向性に集約されきっておらず、社会的強者に立ち向かっていこうとする前向きな要素と、社会的弱者を叩いて溜飲を下げようとする後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているからこそであることを指摘した。前向きの要素と後ろ向きの要素が未分化のまま混在しているとはいえ、ともかく現状に対する民衆(とりわけ「グローバル資本主義」のなかで疲弊させられてきた中間層)の強烈な不満が、現状を変革する強いリーダーの登場を求めたことは否定しようがないのである。 

 しかし、これはアメリカのトランプ勝利だけに限られる現象ではない。トランプと同じように、世界中の様々な国々で相次いで、強権的な指導者が登場してきていることが注目されるのである。例えば、フィリピンのドゥテルテも、トランプと基本的に同様に、既得権益層と闘う「強い指導者」のイメージを打ち出すことで大統領選挙に圧勝したのだといえよう。今年行われるフランスの大統領選挙では、反EU・反移民を掲げる国民戦線のマリーヌ・ルペンが決選投票に進むことがほぼ確実視されており、決選投票でも勝利する可能性が指摘され始めている。また、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席など、もともと民主的とはいえない国家の指導者も、より独裁的な色彩を強めてきているように思われる。トルコでも、2016年7月のクーデター失敗以降、エルドアン大統領がこれまで以上に独裁的な傾向を強めているとされる。

 しかし、こうした強権的指導者は、必ずしも恐怖政治によって国民を支配しているということではない。強く頼もしいリーダーとして国民に支持されている側面を否定できないのである。中国の習近平の例を取り上げて検討してみよう。

 2016年10月に開催された中国共産党第18期中央委員会第6回全体会議は、習近平総書記を党中央の「核心」であると明記した。これまでに「核心」という表現が使われたのは、毛沢東、ケ小平、江沢民の3人だけだったということもあり、習近平への権力集中が強く印象付けられることになった。また、習は、最高指導者としての任期延長を視野に入れているのではないかとの見方も出されている(「日本経済新聞 電子版」2016年9月28日付「任期延長競う習近平主席と安倍首相の思惑」) 。中国共産党の最高指導部である政治局常務委員については、選出される党大会の時点で68歳以下でなければならない、という慣例がある。また、国家主席の任期については、憲法上、2期10年までという規定がある。したがって、2013年に国家主席となった習の任期は、最長2023年まで(2013年―2018年が第1期、再選されれば2018年―2023年が第2期)ということになる。しかしながら、現在63歳の習(1953年6月15日生れ)は、共産党の慣例となっている68歳定年を引き上げた上で、あわよくば憲法を改正して国家主席の任期を3期までに延長しようとしているのではないか、というのである。

 習がこのように強気に打って出られるのは、それなりに国民の支持があるからこそ、であろう。この点でまず注目しなければならないのは、習の華々しい「反腐敗闘争」である。習は最高指導者となった直後から、「トラもハエも一緒にたたけ」との号令をかけ、徹底した反腐敗の姿勢をアピールしてきた。この4年間で、最高指導部の元メンバーも含めて、党幹部らが次々と汚職で摘発されてきている。党規違反などで処分を受けた人数は、2013年で約18万2000人、2014年で約23万2000人、2015年で約33万6000人、2016年も9月までで約26万人にものぼる。習近平は、こうした反腐敗闘争を通じて、共産党内の規律を強化し、権力基盤を固めてきたわけであるが、これは極端に広がってきた格差から生じる民衆の不満を巧みに吸収するものであったともいえるだろう。ケ小平による市場経済の導入以降、中国経済は、新自由主義的な「グローバル資本主義」の不可欠の構成部分としての性格を強めていき、都市と農村の格差に加えて、都市住民の内部でも劇的な格差の拡大が見られるようになってきた。中国国家統計局は、2015年にジニ係数を0.426と公表した。ジニ係数は、所得格差を測る指標のひとつで、格差が小さいほど0に近づき、格差が大きいほど1に近づく。ジニ係数が0.4を超えると社会不安が広がるとされるが、公表された統計でも、中国はすでにこの水準を超えていることになる(*)。華々しい反腐敗闘争を演出してガス抜きを図らない限り、劇的な格差の拡大によって蓄積させられた民衆の不満が現体制の安定を脅かしかねないところまできているのだともいえよう。既得権益層と闘う「強い指導者」というイメージを創り出すことで民衆の支持を獲得するという点では、習近平もまたトランプと同様の性格をもっているのである。

 加えて、こうした強権的指導者について指摘しなければならないのは、ナショナリズムを煽ることで、現状に対する民衆の不満を解消しようとする傾向がみられることである。中国の習近平は、「中華民族の偉大なる復興」というスローガンを掲げつつ、南シナ海や東シナ海において、領土拡張主義的な行動をとっている。また、ロシアのプーチンは、アメリカや欧州諸国からの批判を振り切って、ウクライナからの独立を宣言したクリミアのロシアへの併合を強行した。これらは、経済的な苦境で自信を失ってしまった民衆に対して、自分も偉大な国家の一員なのだという満足感(慰め)を与えようとするものだともいえるであろう。中国やロシア、あるいはトルコの場合、過去の帝国(中華帝国、ロシア帝国〔またはソ連邦〕、オスマン帝国)への郷愁がくすぐられるという側面があることも無視できない。

 大きくいえば、世界各国で強権的指導者の登場が相次いでいるのは、新自由主義的な「グローバル資本主義」のなかで、全世界的な規模において、格差と貧困の拡大が進行していることが根底にあるといえる。現状に対する強い不満はあるが、怒りの矛先を、どのような対象に対して、どのよう向けていくべきなのかが明確に認識されていないなかで、ともかく何でもいいから現状を変えてくれるような強い指導者に期待したい、という感情が大きく広がっているのである。こうしたなかで、ナショナリズム的な気分が高まっているのも、新自由主義的な「グローバル資本主義」、すなわち、国境を超えて「ヒト・モノ・カネ」が激しく行き交うという状況のなかで、各国の国民生活や地域社会の安定が崩されていることへの民衆の怒りの表現だというべきであろう。過去の帝国への郷愁をくすぐられたり、あるいは、安い労働力として流入してくる移民への反感を煽られたり、必ずしも健全なものとはいえないにしても、ナショナリズム的な気分の高揚を全否定するわけにはいかないのである。

 強権的な指導者だからこそ国民の支持を集める――こうした現象は、この日本も決して例外ではない。2012年末に発足した安倍晋三政権(第2次安倍政権。2014年12月24日以降、第3次)は、2014年、閣議決定により憲法解釈を変更して集団的自衛権の容認に踏み切り、2015年、安保法制の成立を強行した。昨年秋の臨時国会でも、会期を無理やり延長した上で、カジノ法や年金改革法の成立を強行するなど、強引な国会運営が目立った。しかし、野党や市民運動の側から、立憲主義の破壊だ、独裁的だ、という強い批判がいくら繰り返されても、内閣支持率は依然として堅調である。政権発足から4年たった現在においてもなお、いまだに6割程度の内閣支持率が維持されているのである。こうしたなか、自民党総裁の任期が「連続2期6年まで」から「連続3期9年まで」に延長されることがほぼ確実になった。安倍は、2018年の総裁選挙にも立候補が可能となり、最長で2021年9まで政権を維持する道を拓いたのである。「安倍一強」体制とも呼ばれるような状況がつくられているのである。

 これは安倍政権が、日本経済の長期停滞、格差と貧困の広がりのなかで、「アベノミクス」による経済再生という幻想を振りまき続けていることが大きく影響しているだろう(大企業経営者に対する賃上げ要請などのアピールも重要な要素であろう)。また、台頭する中国の脅威を煽り、それに対して強硬姿勢をとることで、現状に対する国民の不満を巧みに吸収(経済的に中国に追い抜かれてしまったという悔しさを解消)しているという側面も無視できない。

 野党が安倍政権を本気で打倒しようとするならば、安倍政権は独裁的だ、などと非難するだけではダメである。なぜならば、独裁的だからこそ国民の支持を集めているという側面があるからである。野党には、なぜ安倍政権の支持率がここまで堅調なのかをきちんと踏まえた上で、日本の政治経済の現状、世界における日本の立ち位置について、まともな変革の展望を明確に打ち出していくことが求められているといえよう。

(*)北京大学は2014年に、中国の国内個人資産の3分の1を上位1%の富裕層が握り、実際にはジニ係数は0.73に達しているとの独自調査を公表、極端な富の偏在が進行している状況に警告を発した。
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 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
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 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
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 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言