2017年01月05日

年頭言:機関誌の発刊を目指して(5/5)

(5)我々の機関誌が新時代の新たな理念を創出する

 本稿は,新年の初めに昨年の研究会活動を振り返り,本年の課題を設定することによって,目的意識的に研鑽を重ねられるようにするための論考でした。ここで,これまでの流れを振り返っておきたいと思います。

 初めに,我が研究会の機関誌を発刊することを宣言した上で,その必然性を理解していただくために,また,昨年の活動の総括や今年の課題設定の前提として,これまでの20年にもなろうとするわれわれの研鑽の歴史を振り返りました。われわれの研究会の前身は,1998年に京都のとある大学で生まれたものでした。当時は,週に1回ほど集まって,三浦つとむや南郷継正の著作を読んでいくというものでした。筆者が大学在学中に,現在のわれわれの指導者のゼミに参加するようになったこと,大学卒業後も,月に一回ほどのペースで読書会を開催するとともに,年に2〜3回のペースでわれわれの指導者のゼミ合宿に参加して,毎回そのレポートを書いていたこと,ゼミ合宿に参加する若いメンバーが増えてきたことなども紹介しました。2008年ごろからは,指導者に個別指導(コーチング)を受けるメンバーも出てきて,その内容はレポートにまとめられて共有するようになりました。2010年は一つの結節点となりました。それはブログを開設して,毎日,論文や例会報告を掲載するようになったからでした。それに伴い,論文を事前に提出して,メンバー間で討論するようになりました。また,例会でも,事前に論点やそれについての見解をそれぞれが書いて交流するようになりました。例会で扱うテキストの他にも,特定の著作を取り上げて何人かのメンバーが集まって行う読書会が組織されたり,毎月の振り返りを文章化して共有するようになったり,社説に対してコメントを行うようになったりしてきたことにも触れました。要するに,われわれの研究会の歴史は,会員間の認識の相互浸透が活発になされるようになってきたとともに,「書くことは考えることである」の実践がより深まってきた過程であったのであり,その必然的な帰結として機関誌の発刊があるのだと説きました。

 このような研究会の発展史を踏まえて上で,連載第2回では,昨年の研究会活動の総括を行いました。昨年取り組むべき課題として,毎月の例会で,ヘーゲル『哲学史』のギリシア哲学の第二期以降を最後まで読み進めることと,吉本隆明『日本近代文学の名作』(新潮文庫)を読み進めていくことを挙げていました。各会員の専門分野に関する課題としては,言語学や心理学(認識論),教育学や経済学に関わる著名な人物を取り上げつつ,その専門分野における歴史を把握していくというものが挙げられていました。各会員の専門分野に関しては,本ブログで発表してきましたので,研究会全体に関わる課題について振り返り,総括しました。まず,ヘーゲル『哲学史』については,ともかく,2年間かけて哲学の2000年にもわたる発展の歴史を読み通すことができた点が,まず評価できるとしました。さらに,「生命の歴史」と重ね合せて読むことによって,場所の変更を伴う2部構成として発展していることも掴めました。また,吉本隆明の言葉であるとされる「実体の世界」と「学問の世界」という観点から大きく整理できたことも大きな成果でした。すなわち,二つの世界が未分化な状態から分化していき,重ね合せる努力がなされて,一時的には実体の世界が放棄され,すべて学問の世界に解消されながらも,近代に至っては,この二つの世界の統一(宥和)という課題が明確にされ,ついにヘーゲルに至ってその課題が一応の解決を見たのでした。吉本隆明『日本近代文学の名作』については,夏目漱石『こころ』から保田與重郎『日本の橋』までの10作品を読み進めながら,吉本の評論を参考にして感想を交流していきました。全体的に見て,作家が属している時代や社会の心が,無意識的に文学作品に反映しており,また作家が捉えた人の心が,登場人物の心理描写として描かれているので,このような文学を読んでいくことは時代の心,社会の心,人の心を学ぶことになるのであり,ひいては人間とは何かを分かるための学びになっていくのだということが,実感として分かってきた学びとなりました。最後に,ゼミでの討論についても簡単に触れました。基本概念の大切さを痛感し,読み手にイメージが伝わるように説いていくことの重要性を再確認したのでした。

 連載の第3回では,研究会全体としての本年の課題を設定しました。まず,毎月の例会で扱う内容としては,2年間かけてカント『純粋理性批判』に取り組むことにしました。これは,学問の構築過程では,アリストテレス,カント,ヘーゲルの学問が必然的な流れとして表れてくるからでした。学問構築を目指すわれわれとしては,カントの主要著作は避けて通れないということです。また,「アリストテレスから,カント,ヘーゲルの学問を志して学んだその学習の課程(=過程)を二十代でたどってみることが大事」「それにはヘーゲルの『哲学史』からカントの『純粋理性批判』に下り,そこから再びヘーゲルの『エンチュクロペディ』に至る過程をもつこと」(南郷継正『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集』第2巻,p.144)という指摘を踏まえたからでもあります。一流の哲学者が学問を志して学んだ学習過程を辿ってみるために,昨年までの2年間でヘーゲル『哲学史』の学びを(一応)終えましたので,今度はカントの『純粋理性批判』に進もうというわけです。次に,機関誌の発刊に向けた取り組みについては,まず,そのタイトルとして京都を髣髴とさせる『哲学への道』が有力であることに触れました。しかしこれはまだ確定ではありませんので,今年中に決定する必要があります。中身に関わっては,集団的に討論して共著で書き上げる論文として「新・社会とはどういうものか」というタイトルの論文を検討していることを紹介しました。これは,三浦つとむ『社会とはどういうものか』の21世紀版として,中学生や高校生にも理解できるものを目指しているのでした。この論文執筆のために,とりあえずは,三浦つとむや滝村隆一の関連する著作を,集団的に学び直していくことが必要であり,2カ月に一冊ほどのペースで読了していくために,読書会の場を設けて,討論を重ねることとしました。さらに機関誌に,ドイツ語の古典の翻訳を少しずつ載せていくことなども検討していることを説きました。最後に,以上の二つ以外にも,吉本隆明『日本近代文学の名作』の読書会を継続すること,南郷継正『看護学科・心理学科学生への“夢”講義』を1巻から順に読んでいき,1年間で全6巻を復習するために,会員全員で読み込んで読書会で討論していくこと,この二つも研究会全体の課題として設定しました。

 連載の第4回では,会員それぞれの専門分野について,具体的に課題を設定しました。主として,ブログに発表する論考として,どのようなテーマを設定するのかということですが,今年からは合わせて,発刊を目指す機関誌にそれぞれが載せる論文も意識して学んでいくことになると確認しました。認識論(心理学)に関しては,第一に,南郷継正『“夢”講義』を,読書会を通して会員間の認識の交流を図りながら,しっかりものにしていくことを挙げました。第二に,認知行動療法の哲学的背景を明らかにした本を執筆し,認知行動療法についてより論理的に筋を通した形で把握できることを目指すと説きました。第三に,歴史も含めて心理学の全体像を把握し,弁証法や認識論,そして心理学の知見と実際に行っている実践を相互浸透させるために,担当している事例についても毎月の振り返りの中で考察していき,可能であれば専門誌に一本,論文を投稿することを目標としたいとしておきました。経済学については,日本経済史の全体の大きな流れについて把握すること,経済学の原点を哲学者としてのアダム・スミスに問うことの2つを大きな課題としました。アダム・スミスについては,2013年に「アダム・スミスの哲学体系の全体像を問う」と題した論文を本ブログに掲載しましたが,それ以降,アダムスミスのほぼすべての著作・論文・講義録を取り上げて論文化しましたので,こうした取り組みを総括する論文として,2013年論文を書き直すことが目標であるということでした。他にも,ヒュームの『政治論文集』とジェームズ・スチュアートの『経済の原理』についての検討も進めていくことも課題として挙げておきました。教育学については,昨年の取り組みの中でルソーの意義を痛感したので,ルソーを中心に学んでいくことを課題としました。ルソーが『エミール』のような有名な著作を書くことができたのは,ルソーが社会全体を論じる中で教育についても扱ったからだと言えるのではないか,そうであるならば,ルソーの代表的な論文を学ばなければルソーの教育論もきちんと理解できないのではないかと考えての課題設定でした。また,昨年の取り組みによって,教育の歴史とは,教育によって人間観が拡大し,その拡大した人間観に基づいて教育が行われてきた歴史と言えるのではないかということを感じましたので,「人間観の歴史を概観する」と題した論文を執筆し,人間観と教育の深まりを具体的に捉えていくことを今年の課題としたいと述べました。こうして歴史的な過程を踏まえることにより,自らがなすべき歴史的な課題について把握するようにしたいということでした。言語学については,昨年に引き続き,この間取り組んできた言語学史の事実的な把握に重ねる形で,論理的な把握を行っていくことを大きな課題としました。具体的には,19世紀の比較言語学に至る直前の18世紀に流行した言語起源論とは如何なるものかを明らかにするとともに,20世紀のソシュール言語理論に後続するチョムスキーの変形生成文法の論理的検討へと進んでいきたいと考えています。合わせて,三浦つとむの言語論を徹底的に学んでいくことによって,言語の一般論をより豊かなものとしていくとともに,言語とは何かということについて,特に言語の二重性に焦点を当てつつ,中学生にも分かる内容でしっかりと論文として説いていくことも課題として設定しました。全体を眺めてみると,これまで数年かけて研究会全体として取り組んできた哲学史の理解を踏まえて,哲学者でもあり,個別科学者ともいえるようなそれぞれの分野の先達の文化遺産をしっかりと自分のものにして,まとめ上げていくことが共通した課題だといえると説いておきました。

 以上,本稿で説いてきた昨年の総括と本年の課題について,改めてまとめ直してみました。全体として見れば,本年は明らかに飛躍の年となります。これまでの20年にもなろうとする研究会活動の中で創出してきた研究会としての「一つの頭脳」を,いよいよ専門領域の具体的な課題に対して使用していく過程が始まり,使用する中で獲得されていく成果を世に問うていくという,大いなる前進の年になるはずです。

 最後に,われわれが創刊を目指す機関誌に込める思いを説いておきたいと思います。昨年は,イギリスのEU離脱やトランプ氏の大統領選勝利に象徴されるように,混乱・混迷の時代の始まりを示すような大きな出来事がありました。日本においても,先行きの見えない不安定な時代の到来を暗示するような出来事が次々と起こりました。参院選で与党が大勝し,改憲派が3分の2超を占めることになったため,いよいよ改憲の問題が現実味を帯びてきました。憲法という国家を規定する最高の法典が変わる可能性が強まってきたのです。これは,国家のあり方そのものの変更が現実味を帯びてきたということをも意味します。天皇が国民に向けたビデオメッセージで,退位の意向を示唆したとされる問題も,今後の日本のあり方を占ううえでは重要な問題だといえるでしょう。至るところで混迷の度を深めていることを実感させられるような事件も起こりました。自動車メーカーが燃費データを偽造したり,築地市場の豊洲移転に関わって,豊洲市場の建物下で土壌汚染対策の盛り土をしていなかった事実が明らかになったり,相模原市の障害者施設で19人が刺殺されるという痛ましい事件が起こったりしました。国勢調査で初めて,日本の人口が減少したというニュースも,将来の日本に暗い影を落としていると感じさせるものでした。

 このような世界的にも日本国内でも,大混乱・大混迷の時代にあって,それを抜け出し,新しい社会を作っていくための明確な理念が求められているということができます。人々は理念によって動かされます。理念には,人々を動かす力があるのです。われわれ京都弁証法認識論研究会が創刊する機関誌は,そのような時代の要請である理念の創出・提示を第一の目的としています。混乱の中で人々が指針とできるようなもの,そういったものを創り出していきたいのです。

 そのためには,何といっても,社会についての科学的な理論が必要となります。「生命の歴史」において哺乳類段階の生命体が,激動する地球環境に合わせて,その変化を取り込むようにして発展していったように,現在の人類も,激動する社会環境の変化に合わせて,その変化を取り込みながら発展していかなければなりません。というより,その変化に合わせて,変化を取り込んでいけないならば,衰退し,滅んでいかざるを得ないといえるでしょう。そうならないためにも,しっかりと社会の変化に合わせ,さらには社会をあるべき方向へと改変していく必要があるのです。そのためには,どうしても社会を科学的・体系的に把握したところに成立する社会科学が必須なのです。

 われわれ京都弁証法認識論研究会では,このような展望のもとに,社会科学の構築,さらには新時代に求められる理念の創出を目指して,機関誌を創刊し,発刊し続けていくことを決意しています。昨年まで以上に厳しい研鑽の過程になりますが,本稿で説いたような目的をしっかり把持し続け,お互いに情熱を燃やし合いながら,何としてでもこの困難な道を歩み続けていきたいと思っています。

 最後になりましたが,本年もご愛読のほど,よろしくお願い申し上げます。

(了)
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(3) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「研究会の機関誌」楽しみですね♪
来年の四月が〜待ち遠しいですね♪

気が早いのは重々承知で伺います。
その機関紙の入手方法や如何に?



Posted by 自由びと at 2017年01月05日 10:09
機関誌の入手方法についてのお問い合わせの件ですが、まだまだ確定していません。決まり次第、本ブログ上では広報いたします。乞うご期待!
Posted by 寄筆一元 at 2017年01月05日 11:08

はい〜
よろしくお願いします!
期待して待っています♪

Posted by 自由びと at 2017年01月06日 10:49
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 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
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 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史