2016年10月10日

高校生に説く立憲主義の歴史(5/5)

(5)立憲主義の歴史を辿り返す必要がある

 本稿は,立憲主義の危機が叫ばれる現状において,選挙権を得た18歳も含む高校生に対して,立憲主義の歴史を説き,立憲主義とは何かを理解してもらうための講義でした。ここで,これまでのポイントをおさらいしておきたいと思います。

 初めに,憲法の原点・起源ともされるマグナ・カルタについて説きました。マグナ・カルタが成立した中世のヨーロッパ社会は,封建領主という,限られた土地を支配する権力者が乱立しており,そのもとに農奴と呼ばれる人びとがおり,領主のために土地を耕作している社会でした。封建領主間の対立は,大領主の中で最も勢力の強い者が国王として調停することとなりました。当時の国王は権力が弱く,臣下との間の契約や伝統・慣習を守らなければなりませんでした。このような中世社会は,十字軍をきっかけとして崩壊していきます。ヨーロッパで新しく台頭した都市の商工業者たちの活動で貨幣経済が進展し,農奴の地位が高まっていくと同時に,封建領主の力が弱まっていきました。しかしその中でも国王だけは,新興勢力である都市の商工業者と結んで献金を受ける見返りに彼らの活動の自由と安全を保障したのでした。こうして勢力を増してきた国王・商工業者連合軍と,既得権益を主張する貴族・教会連合軍の争いが生じてきたのです。このようなプロセスの途上で,イギリスにジョン王が出て,慣習法を無視して貴族や教会に重税を課し,自身に反対するものを不当に逮捕したりもしたのでした。これを見たイギリスの貴族や聖職者たちは,あまりにも自分たちの既得権(特権)と慣習法を踏みにじっていると怒り,63か条の契約を作って,これを守るように王に要求したのです。これがマグナ・カルタでした。これは特権階級の既得権を守ることが目的でしたが,権力者の横暴を防ぐために権力者を縛るという機能を有するものであり,これこそが憲法の中心的な機能ということができるのでした。

 次に,現代では当たり前の「人権」という考え方がどのようにして誕生してきたのかを見ました。人権とは,人間が生まれながらにして平等にもっている権利のことであり,これは人類の歴史全体でいうと,ごく最近に誕生したものでした。それ以前の中世の社会においては,人権ではなく,数多くの特権が認められていました。身分ごとに,国王には国王の,封建領主には封建領主の,商工業者には商工業者の特権があり,それは親から子へと受け継がれていくものとされていたのでした。このような中世の伝統主義が支配する社会において,カルヴァンが唱えたキリスト教の予定説を媒介として,人権という考え方が生まれていくことになりました。堕落・腐敗していた当時の教会に対して批判の声を上げたカルヴァンは,全知全能の絶対の神が全てを予定しているのであり,現世において勤勉に働くことこそが救済への道であると主張しました。カルヴァンの説くような絶対的な神に比べれば,人間など,何の価値もない存在だといえます。すなわち,神様に比べれば,どんな人間もけし粒以下の存在であり,何らかの人為的な権威や決まり事など,どうでもよいことだということになり,国王も貴族も市民階級も,しょせんは原罪を背負った神の奴隷にすぎないのであり,大した違いはないのだということになります。このような神のもとにおいては人間はみな平等であるという人間観を基盤として,人間は生まれながらにして平等な権利をもっているという人権の考え方が生まれてきたのでした。そして,このような人間観が社会的認識として力をもち得たからこそ,ピューリタン革命のように,臣下が王様を処刑するという従来のヨーロッパの伝統では考えられないことが起こったのでした。

 最後に,近代的な立憲主義の背景にあるロックの思想を紹介しました。中世も末期になってくると,近代国家が絶対王権として誕生しました。この時代の国王は,立法権・課税権・徴兵権を有しており,強大な権力を握っていました。このような絶対王権が市民革命によって倒され,近代デモクラシーの国家へと生まれ変わる時に,その青写真を提供したのがロックの社会契約説でした。社会契約説はホッブスによって初めて唱えられましたが,彼は,「万民の万民に対する闘争」が支配する自然状態を収めるためには,国家権力に強力なパワーを与えるしかないと主張しました。これに対してロックは,王権は議会によって制限されるべきだと考えました。ロックによれば,自然状態における自然人は,所有権を持ち,自らの労働でつくったものを自分のものとして富を増やしていましたが,泥棒や殺人のために調和が乱れる可能性があるために,トラブルの仲裁機関として権威ある国家を作り,人民の生命と私有財産を守ってもらうという契約を結んだのでした。だからロックは,自分たちに奉仕しない,あるいは自分たちの自然権=人権を蹂躙するような国家権力であれば,それに抵抗したり,革命によって倒したりすることもできるのだと主張したのです。このロックの思想に基づいて,自分たちに勝手に課税するイギリス政府を倒し,自分たち自身の契約によって新しい国家を作ったのがアメリカ人たちでした。その過程で成立したアメリカ独立宣言には,ロックのいう自然権に基づく人権という主張が明確に規定されていますし,その影響を受けたフランス人権宣言も同様です。これらがその後作られた憲法に反映して,国家権力が人権を蹂躙することがないように縛りをかける機能が明記されていったのでした。

 このように見てくると,憲法とは何か,立憲主義とは何かということが,明確に理解できてくると思います。連載の初回で紹介したように,立憲主義とは,端的にいってしまうと「国民が憲法を通じて権力を律する」ことなのですが,その中身が,歴史性を踏まえて具体的に理解できたのではないでしょうか。すなわち,そもそも憲法は,恣意的に,好き勝手にふるまいがちな権力者を縛るために作られたものであり,権力者が暴走して,人々に権利が蔑ろにされないように,その権利を守る機能を有していたということができるでしょう。単に権力を律するのではなく,人々の権利をきちんと守るためにこそ,権力を律するのです。つまり,憲法が存在する目的は人々の権利保障なのです。さらに大切なことは,憲法によって守るべきとされた権利が,特定の身分のみがもっていた「特権」から,人間が生まれながらにして平等にもっているとされる「人権」へと拡大していった,ということです。これは,時の権力者によってないがしろにされていた人々の自由が,徐々に拡大していったということを意味しているといってもいいでしょう。

 実際,前回までに見たようなアメリカ独立革命やフランス革命以後の歴史においても,憲法によって保障される対象となる範囲が広がっていき,保障される人権の内容も深まっていきました。例えば当初は,労働者や女性やアメリカに存在していた奴隷などは,憲法によって守られているとはいえない状態でした。それが徐々に労働者や女性の権利も正当に認められるようになり,奴隷という存在も解放されて,みな人権をもつ人間として扱われるようになっていきました。また権利の内容も,国家によって自由が奪われないという自由権から,国家権力の意志決定に参加できる参政権へ,そして人間らしい生活を営む権利である社会権へと,徐々に拡大されていっています。こうして,国家権力が暴走しないだけではなく,しっかりとその時代時代で認められた人権を保障するように,国家権力に命令をするのが憲法であり,そういった憲法に基づいて行われる政治が立憲主義と呼ばれるものなのです。

 このような理解のもとに,連載第1回で取り上げた閣議決定による憲法解釈の変更について考えてみましょう。内閣というのは,憲法で縛られるべき国家権力の代表的なものです。その内閣が,自分を縛るルールを,自分の勝手な判断で180度変更してもよいものでしょうか。これまで,本講義で立憲主義や憲法歴史を辿ってこられたみなさんであれば,答えは容易に出せるでしょう。答えは否です。すなわち,憲法とは権力が暴走しないように,そして,国民の人権が守られるように,国家権力と国民が契約したルールであり,国民との合意なく,国家権力の側が一方的に変更することなど,あってはならないのです。

 例えば,マグナ・カルタを承認して,勝手な課税をしないと約束したジョン王が,しばらくした後,マグナ・カルタの内容を180度変更して,王は恣意的に課税してもよいという内容にしてしまったとしたらどうでしょうか。全くマグナ・カルタの意味がなくなり,その役割が果たせないことになってしまいます。2014年に行われた閣議決定による憲法解釈の変更というのは,このようなことなのです。こんなことをされたら,イギリスの植民地だったアメリカの人々のように,政府に抵抗してしかるべきです。これに抵抗しないというのは,やはりわれわれ日本人は,立憲主義をしっかりと自家薬籠中のものにしていないということでしょう。

 このように,現在叫ばれているような立憲主義の危機という問題についてしっかり考えられるようになるためには,そのものの起源から歴史を辿り返す必要があるのです。今回説いたような歴史は,主に西洋の歴史でしたから,われわれ日本人はともすれば,これらの歴史を主体的に学ぶことができません。よその国で大昔に起こった出来事であり,われわれには関係がないと勘違いしてしまいかねないのです。

 ところが,人間の歴史は連綿と積み重なっており,大昔のヨーロッパでの出来事が,今の日本にもつながっているのです。したがってわれわれは,人類の歴史を,まるで自分が一人の人間として追体験するかのごとくに,辿り返して,人類の歴史で獲得されてきた諸々の文化遺産を,しっかり自分のものとしていく必要があるのです。憲法や立憲主義という考え方も,人類がその長い歴史の中で創り出し,獲得してきた貴重な文化遺産ですから,その歴史を主体的に辿り返していってこそ,立憲主義の問題にきちんと答えを出せるようになるのです。

 高校生のみなさんには,受験勉強と思って細かな歴史的事実を暗記するだけではなく,現在の問題にしっかりつながっているのだという意識で,主体的に歴史を学んでいってほしいと思います。みなさんにはそのようにお願いして,本稿を閉じたいと思います。

(了)


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 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
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 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
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 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
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 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言