2016年10月09日

高校生に説く立憲主義の歴史(4/5)

(4)ロックの思想と市民革命

 前回は,立憲主義と非常に関係の深い「人権」概念の誕生のプロセスを見ました。中世においては,身分ごとに異なる権利=特権が認められており,これは親から子へと受け継がれていくものでしたが,宗教改革で活躍したカルヴァンの予定説を媒介として,限りなく高いところにいる神から見れば人間はみな同じであるという人間観が生まれ,それが人はみな生まれながらにして平等な権利をもっているという人権思想の誕生の基盤となったのでした。

 さて今回は,近代的な立憲主義の歴史を語るうえで避けては通れない,アメリカ独立革命やフランス革命とその背景にあるロックの思想を見ていきたいと思います。

 連載第2回で見たように,中世も末期になってくると,王権が伸長してきて,絶対王権が成立します。この絶対王権の時代に,現代の国家につながる近代国家が誕生しました。この国家の中で絶対的な権力を有していた国王には,立法権や課税権,徴兵権があるとされていました。フランスのルイ14世が「朕は国家なり」といったように,この時代の国王は強大な権力を手中に収め,好き放題できる存在だったといっていいでしょう。

 このような絶対王権は,市民革命によって倒され,その後,近代デモクラシーの国家に変わっていきます。革命によって絶対王権を打倒し,中世の伝統主義的社会を終わらせるのに大きく貢献したのが,前回説いたカルヴァンの予定説でした。そして,革命後にどのような社会を構築するのかという青写真を提供したのが,今回説くロックの社会契約説だったのです。

 社会契約説について,林健太郎『歴史の流れ』(新潮文庫)では,次のように説明されています。

「啓蒙主義の社会・政治学説の中心をなすものは『社会契約』の説であり,この説の背後には『自然法』の思想が横たわっている。自然法の思想とは人間のつくった諸々の法律の上に合理的な自然の法則が存在するという考え方で,……それを社会理論として発展させたのはホッブスであった。彼はその主著『リヴァイアザン』において社会の最初の状態として『自然状態』を想定し,ここでは人間が利己的衝動に従って行為するため『万人に対する万人の闘争』の状態を現出したが,人はそれを免れるため契約を結んで主権者を定め,それに支配権を譲渡したとなした。これは社会契約説と呼ばれ国家の起源に関する合理的解釈であるが,彼はこの権利の譲渡を絶対的なものとなしてそれに対する反抗を否認したため,当時支配権を握っていた王政復古のステュアート絶対主義の弁護と目された。しかし名誉革命の当時に出たロックの『政治論』においては,ホッブスと同一の前提から出発しながらその結論が逆になり,ここに社会契約説は人民主権説の有力な武器となった。すなわち彼によれば人間は本来自由で『自然権』を有している。彼らが社会契約によってそれを主権者に譲渡したのはただそれを守るためであり,主権者がそれを犯すならばそれは契約の違反であって人民は直ちに支配権を取戻すことが出来るというのである。ロックの思想は当時絶対主義の弊害に悩んだフランスにおいて大いに歓迎された。」(pp.147-148)


 ここでは,ホッブスの社会契約説とロックのそれとが対比して説かれていますので,もう少し補足しながら説明します。

 ホッブスの考える自然状態とは,いわば生存競争が行われている原始時代のような状態であり,人間は食べ物を奪うために戦いが絶えない状態でした。これが彼のいう「万人の万人に対する戦い」という言葉の意味です。このような闘争の連続を収めるためには,みんながルールを決めてそれを守っていく必要がありますが,どうしてもルールを破る人間が出てきます。そうしたルール破りに対して刑罰をしっかり与えるために,国家権力に強力なパワーを与えた,というのがホッブスの主張なのです。

 彼の書物のタイトルでもある「リヴァイアサン」とは,旧約聖書に登場する怪物の名前であり,口からは炎を吐き,その姿を見れば神々ですら戦慄するようなモンスターです。ホッブスは,国家権力はこのリヴァイアサンのように強くなくてはならない,そうしないと,ルールを破る人間が現れて,再び「万人の万人に対する戦い」である自然状態に逆戻りしてしまうのだ,と説いたのでした。これは結果的に,当時の絶対王権を擁護する説となりました。

 これに対してロックは,王の権力を議会が牽制することは当然であると考え,王政復古時代に王が絶対権力をもっている方がいいのだと主張した王党派の人たちに反論するために,『統治二論』という論文を書きました。これは同時に,上記のホッブスの説に対する反論でもあったのです。

 ロックによると,自然状態に置かれていた自然人たる人間は,自分で働き,働いてできたものは自分のものとして所有して富を増やしていました。人間はもともと自然権として,所有権を有しているという考え方です(人権思想はロックにおいて理論的に結実したということができるでしょう)。ところが,怠け者が泥棒を働いたり殺人を犯したりして他人の財産を奪うなどといったように,自然状態の調和を乱す者が現れる可能性があります。そこでトラブルの仲裁機関として権威ある国家を作り,人民の生命と私有財産を守ってもらうという契約を結んだのです。したがってロックにあっては,国家権力は人民が自分たちに奉仕するように作ったものであるから,しっかりと自分たちのために働いているかを監視する必要があるのであり,もし国家権力が暴走した場合には,一人一人の人間は契約違反だとしてそれに抵抗することができるし,それでも横暴を続けるのであれば,革命を起こして新しい国家権力を作ることもできる,ということになります。このようにロックは,「抵抗権」や「革命権」も認めていたのでした。

 このロックの思想に基づいて作られたのが実はアメリカという国なのです。イギリスの植民地であったアメリカの人々が革命を考え始めたのは,1765年のことでした。この年,イギリスの議会で印紙条例という法律が可決されたのです。これは,植民地で発行される新聞や証書などに印紙を貼らせて,そのお金でアメリカ駐屯軍の経費をまかなおうとしたものです。つまり,勝手に植民地人だけを対象とした税金を作ったのでした。

 これに対して植民地の人々は怒ります。イギリスの憲法には「代表なくして課税なし」という大原則があったのですが,アメリカ植民地の代表からの承認を得ずして,勝手に課税がなされたからです。そもそもアメリカ植民地から,本国イギリスの議会には代表すら送れないシステムになっていました。だからこれは憲法違反だというのがアメリカ側の言い分だったのです。その後もイギリスは,貿易関税を作って,アメリカに入ってくるお茶などの品物に税金をかけたりもしました。

 こうした状況を見たアメリカの植民地の人々の頭に浮かんだのがロックの抵抗権であり革命権だったのです。イギリス政府は人民に対して不当なことを行っているのであるから,これに抵抗し,革命によって,自分たちの社会契約で作られた新しい政府を作るべきだと考えたわけです。こうしてアメリカ独立革命が起こり,実際にアメリカという新しい国家が誕生することになったのです。その過程で成立したアメリカ独立宣言には,ロックのいう自然権に基づく人権という主張が明確に規定されています。そして後に成立したアメリカ合衆国憲法はジョン・ロック憲法ともいうべきもので,国家成立以前に人間が平等にもっていた自然権=人権は国家権力から守られるべきであるとされています。

 また,先程の引用の最後にもあったように,ロックの思想はフランスで大歓迎されます。そこで,フランス革命時の人権宣言にもロックの思想は反映しており,後のフランスの憲法にも継承されていったのでした。

 このようにして,市民革命によって作られた近代憲法は,ロックの思想が反映され,国家が暴走して人間が生まれながらにしてもっている平等な権利たる人権が蹂躙されることがないように,国家権力に縛りをかけるという機能を有するようになったのでした。
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 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言