2016年08月25日

2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部(3/10)

(3)ヘーゲル『哲学史』ロック他 要約

 前回は、ロックの哲学の一般的な特徴についてヘーゲルが説いている部分の要約を紹介しました。ロックは個人の認識の発展に焦点を当て、経験によって真理を獲得するとして生得観念を否定していることなどが紹介されていました。しかし、こうしたロックの主張は、対象の根底にそれ自体としてあるべき本質に何ら触れるものではないと指摘されていたのでした。

 今回はロックの哲学の続きと、第二部のその他の哲学者について扱った部分の要約です。

・・・・・・・・・・・・・・・・

1、ロック(承前)

 c、〔類概念〕 普遍的なるものである類概念は、ロックによれば、我々の精神の産物であって、客観的なものでなく、類似の客観から状況や時間や場所などの特殊性を捨象したときにあらわれるものである。それゆえロックは、本質を実在的本質と名目的本質とに分ける。前者は事物の真の本質を現わすが、類は単なる名目的本質で、対象にあるものを現わしはするが、対象の全体をいい尽くすものではない。ロックは、類概念が自然にそれ自体として存在し、即自且つ対自的に規定されたものであるならば、奇形など存在しないはずだ、という。しかし、ロックは、類概念に他の性質も与えられていくことを見逃している。ロックは、他に対する関係〔経験〕を強調するあまり、認識の本性を捉える上でプラトンにも遅れを取っているのである。

〔ロック哲学についてのまとめ〕
 以上がロックの哲学であるが、そこには何らの思弁の仄めきも含まれていない。真理を認識しようとする哲学の関心はここでは経験的な仕方で到達されることになっており、思惟の規定が如何に与えられるかに全ての関心が向けられ、これらの思想や諸関係が即自且つ対自的にも真理を有するか否かの見地は全く含まれていない。ロックの論究は全く皮相なもので、ただあるもの、現象にとどまって、真なるものをよりどころにしていないのである。

 しかし、問題は、この普遍的規定はそのままでそれだけでも真であるのか、ということである。内容が悟性から生ずるか経験から生ずるかは無益な問いである。ロックにあっては、真理とは我々の表象と事物との一致を意味するにすぎない。しかしながら、我々のうちにあるこれは真であるかと問うのは、別問題である。ロックにおいて唯一の重大問題となっている「どこから」ということで問題は尽きるものではない。ロックにおいては、本来の(即自且つ対自的な)内容それ自体に対する関心は全く姿を消し、それとともに哲学の目的も全く忘却されてしまうのである。

 ロック哲学は極めて理解しやすい、それゆえに大衆的な哲学であり、イギリスの哲学的思索はすべて今日においてもなおこれと同一範疇に属する。観察、経験から演繹することがその時代以来イギリス人にあっては哲学的思索と称せられ、これはひたすら物理的対象や政治的法的対象をよりどころとしたのである。

2、フーゴー・グロティウス

 フーゴー・グロティウスは、ロックと同時代に国際法を考察の対象とした。彼は諸国民相互の関係について全く経験的に総括した。グロティウスは主著『戦争と平和の法』で、戦争と平和の様々な状況のなかで諸国民相互がどういう関係を持つのか、歴史と旧約聖書をもとに考察した。その論法と資料収集法は、全く経験的なものであった。こうした経験的な探究は、普遍的原理や悟性的、理性的な原理を人々に意識させ承認させ、多かれ少なかれ採用させる、という影響をもたらした。こうして例えば王権の正当化についての原理が樹立されたのである。我々は、こうした証明や演繹には不満足だが、それによって何がなされたかを見誤ってはならない。対象のうちに最終的な根拠をもつ一般原則の確立こそが目指されていたのである。

3、トマス・ホッブズ

 クロムウェルと時代をともにしたホッブズは、イギリス革命のうちに、国家および法の原理について深く考える機会を見出した。国家・社会はホッブズにとって最高のもので、法律や既成宗教やその外的活動を端的に規定するものである。彼はそれらのものを国家に従属させたので、彼の教説は忌まれた。しかし、そのなかには思弁的なもの、哲学的なものは何もない。
 ホッブズは、受身の服従、王権の絶対的恣意を主張しはした。しかし同時に、君主権等々の原則を普遍的規定から演繹することをも試みた。彼の見解は浅薄で経験的であるが、これに対する理由や命題はそれらが自然の要求からとられているために独創的である。
 ホッブズは「全ての市民社会の起源は万人相互の恐怖から由来する」と主張し、自然(生まれながら)の状態は万人が互いに支配しようとする衝動をもつといった種類のものである事実から出発して、平和を保つ理性の法へと移っていく。この法的状態は、自然的特殊的な個人意志を普遍意志に従えることである。普遍意志が1人の君主の意志のうちに置かれることにより、絶対的支配、完全な専制の状態が生まれてくる。

4、カドワース、クラーク、ウォラストン

 カドワースは、生気のない悟性形而上学のやり方において、プラトンをイギリスで再興しようとした。クラーク(神の存在証明で知られる)、ウォラストン等々もごく普通の悟性形而上学の形式のうちを動いており、ここから様々な道徳哲学が出てくることになる。

5、プーフェンドルフ

 国家の法的状態を制度として確立し、裁判機構に基礎を与えようとする闘いのなかで、思想的な反省が生まれ、本質的な力を発揮してくる。グロティウスの場合と同様、プーフェンドルフにおいても、人間の作業衝動や本能、特に群居本能が原理とされる。国家の土台をなすのは人間の群居本能であり、国家の最高目的は内的良心の義務を外的強制の義務へと転ずることによって、社会生活の平和を維持し、安全を保障することにほかならない、というのが彼の中心思想である。

6、ニュートン

 もう一方で、思想は自然にも向けられる。この方面では、アイザック・ニュートンの数学上の発見と物理学上の理論が有名である。ロックの哲学ないしイギリス流の哲学手法一般を普及させ、それをあらゆる自然科学に適用するという点では、文句なしにニュートンが最大の貢献者である。ニュートンの主たる業績は、力という反省概念を物理学に持ち込んだ点にある。彼は学問を反省の立場に立たせ、現象の法則の代わりに力の法則を打ち立てた。その際、彼は概念について全く粗野な意識しか持たなかった。ニュートンは、物理的現象を扱っているつもりでいて、その実、概念を手にし、概念を相手に格闘していることに気づかなかったのである。彼のやり方は、ヤコブ・ベーメと正反対で、ベーメが感覚的事物を概念のように扱い、心情の強さによって感覚的現実を完全に支配制圧したとすれば、ニュートンは、概念を感覚的事物のように扱い、石や木をつかまえるように概念をつかまえたのである。
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 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
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 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言