2016年07月08日

心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想(1/5)

目次

(1)心理士の上達に必須の条件とは
(2)将来像や「神」の立場に視点を移動させる
(3)対話によって認識の相互浸透を図る
(4)使命感があるべき観察や経験につながる
(5)上達につながる経験を積んでいく

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(1)心理士の上達に必須の条件とは

 昨年,心理職の国家資格ができることが決まり,現在,その具体化に向けての動きが加速している。先日,次のような新聞記事が目に留まった。


「心の専門家に国家資格,「公認心理師」18年から試験,厚労省など,活躍の場拡大を期待。

 心に不調をきたした人に,専門知識を生かして助言やアドバイスをする国家資格をつくる動きが進んでいる。昨秋法律が成立し,近く国が試験内容などを詰める作業を本格化させる。国の“お墨付き”を得ることで専門家の待遇改善につなげ,患者らがアドバイスを受けやすい体制を充実させるのが狙いだ。
 昨年9月に「公認心理師法」が議員立法で成立。5月に試験を作成・実施する機関が日本心理研修センター(東京・文京)に決まった。
 今後,厚生労働省と文部科学省が,カリキュラム作成の検討委員会をつくり,今年度中にまとめる。試験は18年に始まる見通しだ。
 すでに大学などでも養成の動きが始まっている。同志社大学は,大学入試の説明会で公認心理師の資格にも対応する方針を説明している。担当者は「カリキュラムが出ていないので,教員確保などができない。早く作成してほしい」と話す。
 公認心理師はストレスにうまく対応できる心の状態をつくる「認知行動療法」などを使い,心の問題に取り組む。方法はカウンセリングが中心で,薬の処方など医療行為は行わない。大学で心理学に関係する課程を修了し,一定期間実務を経験した人らが受験できる。
 心のケアに取り組む資格としては,学会などが認定する臨床心理士や認定心理士,認定カウンセラーなど20以上ある。ただ取得の難しさはバラバラで,一定の水準を持った国家資格の必要性が指摘されてきた。
 国家資格となることで,専門家の待遇改善につながるとの期待もある。日本臨床心理士会(東京・文京)が11年に実施した調査では,臨床心理士の6割以上が修士課程を修了しているが,5割は年収300万円台以下だった。
 日本臨床心理士会は「国家資格でないことで,常勤採用してくれない病院などもあった。医療機関や企業でのうつ病対策など活躍の場の拡大が期待できる」と話す。」(2016/05/23 日本経済新聞 夕刊)


 ここでは,公認心理師の試験を作成・実施する機関が決まったこと,カリキュラム作成の検討委員会がつくられる予定であること,一定の水準を持った心理職の国家資格ができることによって専門家の待遇改善につながるという期待があること,などが報じられている。

 このように,心理職の国家資格である「公認心理師」に関して,その資格試験や育成カリキュラムの具体化の作業が進んでいるのであるが,このような対人援助の専門職は,資格に合格すればそれで一人前,というわけにはいかない。資格というのは,最低水準を保証するにすぎず,資格獲得後も,自己研さんを積み重ねて,実力ある心理士に向けて努力し続けることが求められるといえるだろう。

 これは,看護師も同様である。大学や専門学校を出て看護師としての資格を獲得すれば,それだけで見事な看護師として活躍できるのかと言えば,そうではない。看護師として実践していく中で,自分で自分を教育しながら,看護の実力をより高めていく必要があるのである。

 そこで本稿では,神庭純子『初学者のための『看護覚え書』(4)』(現代社)を取り上げて,対人援助の専門家として上達していくためには,どのような条件が必要かを考えていきたいと思う。それは本書が,「教育編」ともいうべき内容になっているからである。神庭先生は,「教育編」ということには二つの観点があるとして,次のように説いておられる。

「一つはいわゆる看護教育,すなわち見事な看護者として育てるには,育つには何が求められるのかという視点です。これは,看護教育者にとって理解しておくべきことでもありますし,看護者自身の自己教育力を育ててほしいということでもあります。

 もう一つは,看護における教育機能に関わることです。これは病む人への患者教育ということだけではありません。特に地域に暮らす生活者への看護としては人を育てるという視点は欠かせないものです。」(pp.4-5)


 ここでは,「教育編」ということには,見事な看護者として育てる(育つ)という意味と,患者や地域に暮らす生活者を育てるという意味の二つがあると説かれている。

 これは心理士にとっても,まったく同じことがいえる。見事な心理士として育てる(育つ)という観点と,クライエントをしっかり教育するという観点の二つが,心理士にとっても必要なのである。したがって,直接的には看護の教育として説かれている本書に学び,そこから心理士にとっての教育に活かせる点や,心理士の上達のための条件をしっかり学びとることは可能だと考える。国家資格の誕生が目前に迫っている心理職としては,国家資格の大先輩としての看護職から,それも科学的な学問体系としての看護学を実際に適用して実践している神庭先生の書物から,しっかり学ぶことが必要であろう。

 そこで次回以降,心理士である筆者が,心理士の上達に必須の条件は何かという観点から,自分の心理士としての経験に重ね合わせながら本書を読み解き,学んだ内容を認めていきたいと思う。

 最後に,本書の目次を掲載しておきたい。



初学者のための『看護覚え書』 (4)


■第1章 看護教育における看護技の習得の過程性・構造性を問う

  第1節 看護者としての観察力の訓練の大切さを指摘しているナイチンゲール
  第2節 看護するために観察することの意味を事例から説く
  第3節 個別性に即した看護の実力はすべて観察力の養成にかかっている
  第4節 看護技の習得の過程性
       ―― 看護者の優れた観察力はどのようにして身につけられるか
  第5節 「看護技一般の上達過程の構造」 を示す
  第6節 「看護とは何か」 の一般論に導かれての看護技の習得の過程性・構造性
  
■第2章 看護教育における看護者としての目的意識性を問う

  第1節 看護者としての目的意識性が看護者としての成長につながる
  第2節 ナイチンゲールの説く看護者としての教育・訓練の必要性・大事性
  第3節 ナイチンゲールの説く看護を学ぶ者としての姿勢とは
  第4節 看護者として自分自身を統率することの大事性を指摘したナイチンゲール
  第5節 ナイチンゲールが目指した当時の看護教育改革の厳しい現実
  第6節 ナイチンゲールが創り上げた看護教育の原点
  第7節 現代において看護教育の原点とその意義を問うことの意味
  第8節 教育における 「目的意識性」 の意味を問う
  第9節 看護者になりたいという目的意識性を目的意識的に捉え返すことの重要性

■第3章 看護教育において目的意識性を目的意識的に捉え返すことの意義を問う

  第1節 教育・訓練の意義と必要性を説いたナイチンゲール
  第2節 看護者として目的意識性を目的意識的に捉え返すとはどういうことか
  第3節 そもそも 「人間は目的意識的な存在である」 とはどういうことか
  第4節 人間は必ず行動の前に目的的に問いかけている (認識=像を形成している) とは
  第5節 人間の目的意識性を目的意識的に捉え返すということの意義
  第6節 看護者としてより見事な将来像を描けるための認識の過程性
  第7節 目的意識性の質の違い・論理の違いを具体例で考える
  第8節 ナイチンゲールが捉えていた看護者としての 「目的意識性」 とは
  第9節 看護者として 「真剣な目的を持つこと」 を求めていたナイチンゲール

■第4章 ナイチンゲールの説く 「真の看護とは何か」 に導かれた実践を問う

  第1節 看護者として学び続ける姿勢のあり方
  第2節 ナイチンゲールが 『看護覚え書』 に説いてきた看護の要点
  第3節 看護者の看護の視点と実践のあり方が対象者の生き死にに関わる
  第4節 ナイチンゲールの説く病とは何か,看護とは何か
  第5節 ナイチンゲールの説く 「良い看護を構成する真の要素」 とは
  第6節 ナイチンゲールの説く正しい看護の知識と実践とは
  第7節 すべての人が健康の法則を理解し実践することを目指していたナイチンゲール
  第8節 ナイチンゲールが説く 「真の看護」 とはを知ろう
  第9節 ナイチンゲールの説く看護者たる実力をつける訓練の必要性とその覚悟

■第5章 地域看護教育において求められる看護者の育児支援の視点を問う

  第1節 看護者の視点が子どもの健康に及ぼす影響を視る
  第2節 ナイチンゲールの指摘する 「世話をする人間の管理の心構え」 とは
  第3節 事例から 「世話をする人間の管理の心構え」 とは何かを説く
  第4節 期待される母親像に近づこうと懸命に努力してきたNさんの心情
  第5節 対象者が抱える本当の育児上の不安を引き出す看護者の姿勢を説く
  第6節 子どもの成長発達を支える親の育ちを支援する看護者の取り組み
  第7節 地域看護において求められる看護者の育児支援の視点とは

■第6章 ナイチンゲールの説く 「健康への看護」 に学ぶ

  第1節 子どもの健康な成長発達を支える看護者の役割
  第2節 ナイチンゲールの説く 「健康への看護」 とは
  第3節 健康になるための学びとその実践が重要であると指摘したナイチンゲール
  第4節 育児相談の事例から看護者による支援の必要性を説く
  第5節 育児上の課題を看護者はどのようにみてとることが求められるのか
  第6節 「健康への看護」 は現代の育児支援において欠かせない意義を持つ

■第7章 地域における育児支援の実践を認識論の実力の必要性から問う

  第1節 家庭での健康を守る看護の重要性を指摘したナイチンゲールの意図
  第2節 認識論の実力から育児支援の必要性を問う視点
  第3節 母親の生活過程の現実から支援のあり方を問う視点
  第4節 ナイチンゲールの説く健康教育の意義とその成果とは
  第5節 対象との継続的な支援関係を創り上げるためには
  第6節 対象の生活過程や語りの中に相手の認識=像を描くヒントがある

■第8章 ナイチンゲール看護論を現代の地域看護教育に活かす視点を問う

  第1節 ナイチンゲールが 『看護覚え書』 を著した目的とは
  第2節 ナイチンゲールの看護の視点を地域における看護に活かした事例を説く
  第3節 ナイチンゲールの説く 「看護とは何か」 に導かれた支援の実際
  第4節 看護の視点から症状や苦痛を看るとはどういうことか
       ――事例から考えるナイチンゲール看護の視点
  第5節 家庭における療養生活を整える看護の力
  第6節 ナイチンゲールの教えを地域看護に活かすための視点とは

■第9章 ナイチンゲールの説く 「看護師とは何か」 に学ぶ

  第1節 ナイチンゲールの説く看護者に求められる能力とは
  第2節 看護師は対象の表情に現われた変化からその認識を読み取ることが求められる
  第3節 病む人の認識を読み取り看護することが重要であると指摘するナイチンゲール
  第4節 看護する人と看護される人とが互いに分かり合っているという関係性
  第5節 観察をしない看護師は看護者としての何の経験にもなりえない
  第6節 看護師としての経験を積み重ねるとはどういうことか
  第7節 ナイチンゲールの説く看護師が持つべき使命感とは
  第8節 使命感を持つ看護師と使命感を持たない看護師との違いを視よう
  第9節 ナイチンゲールの説く 「良い看護師」 とは
  第10節 看護師としての人間観,生活観,看護観を把持することの重要性


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 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史