2016年06月23日

オバマ米大統領の「広島演説」を問う(1/5)

〈目次〉

(1)オバマ米大統領の「広島演説」はどのように捉えるべきか
(2)「広島演説」は未来が「選択」できるものであることを強調した
(3)「広島演説」は人類の歩みを「物語」として理想化して語った
(4)「広島演説」は焦点をぼかした表現を多用している
(5)崇高な理念を実現するための具体的な筋道を主体的に模索する必要がある


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(1)オバマ米大統領の「広島演説」はどのように捉えるべきか

 先月27日、オバマ米大統領は、現職米大統領として初めて、被爆地広島を訪れた。主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)閉会後、広島入りしたオバマ大統領は、平和記念公園で安倍首相の出迎えを受け、平和記念資料館の視察、平和記念公園での献花に続いて、約17分間の演説(本稿ではこの演説を「広島演説」(※1)と表記する)を行った。さらに、被爆者のもとに歩み寄り、言葉を交わし、被爆者の男性を抱擁した。(※2)

 こうした一連のオバマ大統領による“歴史的”な広島訪問は、4月11日にケリー米国務長官が主要七カ国外相会合に合わせて広島を訪問したことが地ならしとなっていた。ケリー国務長官は、現役の米国閣僚として初めて広島の平和記念公園を訪れ、被爆死没者慰霊碑に献花した。その後の記者会見で「すべての人が広島を訪れるべきだ」と語り、オバマ大統領の広島訪問に前向きな姿勢を示したのであった。オバマ大統領は、ケリー国務長官の広島訪問に対する内外の反応を見た上で、最終判断する方針を示したということであった。(※3)

 その後約1カ月間、米国内外で特に大きな反対の声もなく、米有力紙のニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストはオバマ大統領の広島訪問を促す社説を掲載するなど、世論が広島訪問を後押しする形になった。そこでオバマ大統領は5月10日、最終的に広島訪問を決断し、日本政府にその意思を伝えたのであった。(※4)

 オバマ大統領といえば、大統領就任直後の2009年4月23日、チェコ・プラハのフラッチャニ広場において行われた、いわゆる「プラハ演説」が有名である。核なき世界の実現を訴え、ノーベル平和賞を受賞したこの演説では、核安保サミットの開催を主導すること、イランの核開発を大幅に削減すること、ロシアとの新戦略兵器削減条約を結ぶこと、核実験を重ねる北朝鮮に歯止めをかけることなど、具体的な提起が行われた。世界の超大国である米国の大統領が、核兵器廃絶に向けて大きな一歩を踏み出そうとしたということで、世界はこの「プラハ演説」に大きな評価を与えたのである。

 今回の広島訪問に際しても、オバマ大統領は核軍縮促進のメッセージを世界に発信するとされていて、その内容に注目が集まっていた。オバマ大統領は2009年11月に大統領として初めて日本を訪れた際、「広島、長崎を将来訪問することができれば非常に光栄だ」と述べるなど、被爆地訪問に早くから意欲を示していたこともあって、被爆地広島から核廃絶に向けた如何なる「思い」が語られるのか、全世界が注目していたのである。

 広島訪問が正式に決まった当初は数分間の「所感」を述べるとされていたメッセージは、実際には約17分間の「広島演説」として発表され、その内容に関しては、多くの共感、評価の声が上がった。オバマ米大統領の広島訪問全体に関しても、共同通信社の全国電話世論調査では、「よかった」と評価した回答が98.0%に達したということである。被爆者からも「原爆投下から70年が過ぎ、ようやく来てくれたことには感謝している」、「被爆者を元気づけたことは確かだ」、「難しい立場にあって、哲学的な表現で核廃絶を世界に発信した」など、肯定的な受け止めがなされていることが報道されている。一方で、「オバマさんは多くの子どもやお年寄りの骨が埋まっている土地を踏みながら歩いた。謝罪の気持ちを聞きたかった」、「やっと実現したが任期はあとわずか。何も変わらない」、「広島で何を見て何を感じたか、まったく言及がなかった」など、否定的な意見が出されていることも報じられている。(※5)

 原爆を投下した当事国の大統領が被爆地を訪れ、世界に向けて核廃絶のメッセージを発信する。このこと自体が世界平和の実現に向けての大きな一歩であって、大きく評価されるべきではないか。これが多くの日本国民のオバマ大統領広島訪問に対する評価ではないだろうか。「広島演説」に関しても、被爆者の言葉として「哲学的な表現」とあるように、格調高く核廃絶に向けた理念が語られたものとして、概ね肯定的な評価がなされているようである。

 一方で、やはり原爆という非人道的な無差別兵器を使用した唯一の国の大統領として、その被害者に対して謝罪の気持ちを言葉で伝えてしかるべきではないのか、大統領の任期が8カ月となる中で、「レガシー」(政治的な遺産)を築くための単なるパフォーマンスなのではないか、といったオバマ大統領への厳しい見解も存在する。

 しかし、ここで最も重要なことは、今回のオバマ大統領の広島訪問、並びに「広島演説」に関して、論理的な考察を抜きにした感情論や傍観者的な立場で、何となく評価して、あるいは批判してそれで終わり、という態度では決して核兵器の廃絶への筋道という問題の本質を解明できない、ということではないだろうか。北朝鮮やロシアや中東において、いまだに核兵器の脅威が取り除かれていない現在、唯一の被爆国に暮らす日本人として、戦後の日本のあり方、世界のあり方をどのように把握し、どのように押し進めていくべきかを厳しく問うならば、今回の「広島演説」でオバマ大統領が何を伝え、世界をどのようにしていこうとしたのかという問題に関して、戦後の日米関係の本質的なあり方も踏まえつつ、「広島演説」に表現された諸々の認識を、筋を通した形で評価していく必要があるのではないだろうか。有体にいえば、「広島演説」には日本国民を納得させる内容が含まれているとともに、アメリカの意志もしっかりと表現されているのであって、そのアメリカの意志にしても、統一的な意志が表現されているわけではなくて、オバマ大統領の個人的意志はもちろんのこと、原爆投下を戦争の犠牲者を最小限に食い止めたとして正当化するアメリカ国内の世論の意志なども含まれているのである。こうした内容の分析なしには、戦後70年以上経った現在においても、戦争の経験をきちんと清算し、未来の主体的な国家日本に向けた建設的な歩みを進めていくことはできないと考えるのである。

 本稿では以上のような問題意識を踏まえて、賛否両論ある「広島演説」を我々はどのように捉えるべきか、「広島演説」にはどのような意志が反映しているのかに関して、「広島演説」の具体的な内容を丁寧に読んでいくことで解明していくこととしたい。特に、戦後70年を経ても日本が置かれている立場が占領期と変わらない側面があることをしっかりと踏まえつつ、主体的に国家を建設していくためにという視点から「広島演説」を繙いていくこととしたい。

(※1)「広島演説」の具体的な内容については、下記参照。本稿では、日本語訳については下記を参照しつつ、筆者自身の訳によることとする。

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20160528-OYT1T50005.html

朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/ASJ5W4TKRJ5WUHBI01N.html?rm=664

毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160528/k00/00m/040/171000c

中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/ee/feature/obama/obama_speech_in_hiroshima.html

日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO02903620X20C16A5FF1000/

産経新聞
http://www.sankei.com/politics/news/160527/plt1605270066-n1.html

NHK
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160528/k10010537911000.html

(※2)外務省ホームページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_002105.html

(※3)朝日新聞DIGITAL2016年4月12日
http://www.asahi.com/articles/ASJ4C45P7J4CUHBI01G.html

(※4)毎日新聞Web版2016年5月10日
http://mainichi.jp/articles/20160511/k00/00m/030/104000c

(※5)YOMIURI ONLINE 2016年5月28日
http://www.yomiuri.co.jp/kyushu/news/20160528-OYS1T50023.html
朝日新聞DIGTAL 2016年6月4日
http://digital.asahi.com/articles/ASJ6313KCJ62PITB024.html?rm=293
産経ニュース2016年5月29日
http://www.sankei.com/world/news/160529/wor1605290031-n1.html
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 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
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 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
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 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
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 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
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 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
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 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
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 ・文法家列伝:時枝誠記編
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 ・一会員による『学城』第12号の感想
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 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む