2016年06月08日

ブリーフセラピーを認識論的に説く(1/5)

(1)なぜブリーフセラピーは効果があるのか

 2015年3月17日,一人のセラピストが亡くなりました。そのセラピストの名は森俊夫。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野助教で,精神保健学やブリーフセラピーを専門としていたセラピストでした。死後に出版された『森俊夫ブリーフセラピー文庫@心理療法の本質を語る──ミルトン・エリクソンにはなれないけれど』(遠見書房)という書籍の解説のサイトには,以下のように記されています。

「万年東大医学部助教にして元役者,ブリーフセラピー系心理士にして吉祥寺に日本全国から人が集まるKIDSカウンセリングシステムを立ち上げた森俊夫は,2015年3月に57歳で永眠した。自らの死を知った森は,心理療法に関する自分なりの考えを残したいと考え,盟友 黒沢幸子を聴き手に,心理療法や対人援助に関する本質について話を始める。

 ミルトン・エリクソン,ソリューション・フォーカスト・アプローチ,森流気質論など独特のアイデアと感性で,最良の効果的なセラピーを実践できた要因は何か。治癒率95%,平均治療回数2.0回以下という驚異的な臨床センスをもつ森俊夫の心理面接のエッセンスを語る,ユーモアと真剣さに満ちた一冊。」(http://tomishobo.com/catalog/ca93.html


 ここには,森俊夫というセラピストに関する重要な情報が盛り込まれていますので,少し補足します。まず,元役者であった点です。森は学生時代,10年ほど演劇に打ち込んでおり,演劇体験が自分の唯一のリソース(資源)であると語っています。『心理療法の本質を語る』に所収されている「ブリーフセラピーにおける演劇の利用」という論文では,次のようなエピソードが語られています。

「私が演劇を始めてまもない頃,よく渋谷の街角でボーッと立っていた。何をしていたかというと,人が歩くのを観ていたのである。人は各々皆,特徴的な歩き方をしている。中でも面白い歩き方をしている人を見つけると,早速後をつけて行った。そしてその人と同じ姿勢,同じ歩調,同じ歩幅で数メートル後を着いて行くのである。これは俳優の訓練として大変勉強になった。

 この人のような歩き方ができるためには,身体のどこにどのような緊張を入れていなくてはならないか,それを勉強するのである。そして,そうした緊張を入れて歩き方を真似していると,ある種の情緒なり感情,あるいはもっと漠然とした雰囲気みたいなものが生まれてくることを発見する。『こういう身体の緊張が入っていると,こんな“感じ”になるんだ』と。だったら,たぶんこの人は今これと同じ感じを味わっているだろう,とか,この人はこういう性格の人なんだろう,とかがわかるような気がして,それを稽古でよく試してみたものである。」(p.16)


 すなわち,演劇の稽古として,他者の歩き方を真似することによって,その人の情緒や感情,性格を理解するという方法を試していた,ということです。これは,「歩き方」を認識の表現と捉えて,その表現を模倣することによって,その背後にある認識に迫る訓練を行っていた,ということを意味しています。このような訓練を重ねて鍛えていった観察眼をリソースとして活用できた森だからこそ,クライエントの身体を見ればおおよそどのような人間かを見ぬくことができたのであり,そのアセスメントに合わせた介入を行えたからこそ,「治癒率95%,平均治療回数2.0回以下という驚異的な」結果を残すことができたのでしょう。

 次に,KIDSカウンセリングシステムです。これは,森が黒沢とともに立ち上げた心理療法のサービス施設です。もちろん,クライエントさんが来談されて,心理療法のサービスを提供するのですが,それだけではなく,専門家向けの心理療法に関わる研修を数多く実施されているのが特徴です。研修を数多くされていたのは,面接料(面接フィー)で自分の生計を成り立たせたくなかったからだと,森は語っています。面接フィーで食い始めると,クライエントさんに何回も来てほしくなる,しかしそれはブリーフセラピー(=短期療法)のポリシーに反する,だから面接の料金は低く抑えて,代わりに専門家向けの研修で稼ぎを得る,ということだったようです。また,KIDSカウンセリングシステムでは心理療法(サイコセラピー)の評価を重視していたということです。そのために,面接を録画できるようにしておき,その録画の映像を後で見直して,どこが良かったのか,どういう介入をすればより良かったのか,ということを検証していったそうです。こういうことをしっかりとされていたからこそ,心理臨床の実力が劇的に向上していったのではないかと思います。

 森俊夫というセラピストに関わる最後のキーワードは「ミルトン・エリクソン」です。ミルトン・エリクソンは米国の天才的セラピストで,催眠療法家としても著名な精神科医でした。非常に困難な事例を数多く治療しました。現在のブリーフセラピーの源流とされている伝説的人物といってもいいでしょう。森はこのミルトン・エリクソンに私淑していました。「エリクソンを見ればこういうことをエリクソンが全部やっているので,エリクソン一人研究していればいろんな技法,いろんなやり方が書かれているので,別に他に勉強する必要ない」(p.89)とまで断言しています。森はエリクソンを勉強し始めてから,治療成績が劇的に向上したと語っています。エリクソンはそれほど大きな影響を森に与えたのでした。

 エリクソンに関しては,興味深いエピソードがあります。ウィキペディアのミルトン・エリクソンの箇所の「エリクソンと身体障害」という項目を引用します。

「彼は極めて重篤な身体障害に悩まされていた。その中には1.ポリオ,2.色覚異常,3.失音楽症(音楽が理解できない障害)が含まれる。特にポリオにより,17歳の時に目を除く全身が麻痺した事は彼に重大な影響を及ぼした。一つには,回復するまでの退屈しのぎとして自分の家族を観察した事である。この観察の中で彼は言葉の‘ダブルテイク’(ある言葉が2重の解釈を許すこと),‘トリプルテイク’(ある言葉が3重の解釈を許す事)の発見や,言葉の命令的側面(例「窓が開いてますね。」が「窓を閉めてください。」との命令を含意しうる事)や幼児の身体的発達過程への理解,そして何より彼の伝説的な観察力を獲得した(例えば,彼は相手の首筋から脈拍数を数える事が出来たという)。さらに失音楽症は彼が話し相手の呼吸や抑揚に意識的な注意を向ける事を可能にし,これは後に彼が催眠を独習する時に大きな利点となった。」


 ここでは,エリクソンが17歳の時に目を除く全身が麻痺してしまったため,退屈しのぎに家族の言動を観察したこと,それによって相手の首筋から脈拍数を数えることができるくらいの伝説的な観察力を獲得したことが説かれています。これは,先に紹介した森の演劇の稽古と通じるものがあります。エリクソンと同じような訓練を経ていた森だったからこそ,エリクソンのことがきちんと理解でき,自分の臨床に活かしてくことができたのでしょう。

 さて,長々と森俊夫というセラピストについて紹介してきました。それはなぜかというと,実はこの森俊夫が私の心理臨床の原点だったからです。私は大学卒業後,教育の世界に入りました。教育の世界といっても,学校ではなく,塾です。私が学校の先生ではなく,塾の先生になったのは,二つの理由がありました。一つは,学校の先生であれば,特定の学年,特定の教科しか教えられませんが,塾の先生であれば,小学生から高校生まで,さまざまな教科を教えることが可能です。幅広い教育に関わりたかった私は,塾を選んだのです。もう一つの理由は,学校の先生であれば,自分が教えた生徒の学力がどれくらい上がったかということに関して,それほどシビアに評価されないだろうという思いがあったからです。それに対して塾の先生であれば,まさしく学力を上げることが第一目的であり,それが全てであるといってもいいでしょう。生徒に効果的に教育して,効率よく学力を伸ばしたいと考えていた私は,この理由からも塾の先生を選んだのでした。

 教育の世界に身をおいてすぐに,私はとあるインターネット上の教育関連のサイトで,お薦め本が紹介してあるのを見つけました。このサイトを作成していた先生は,非常に優れた実践をされている方でしたので,そこで紹介されていた本を読むことにしました。その中に,向山洋一『教師修業十年』(明治図書)や森信三『修身教授録』(致知出版)と並んで,森俊夫『先生のためのやさしいブリーフセラピー』(ほんの森出版)が紹介されていたのです。これが私が森俊夫を知った最初ですし,私が心理臨床関係の本を読んだ最初でした。この本では,セラピーの効果性・効率性について,くどいほど強調されていました。すなわち,セラピーはまず,効果がないと意味がないものであり,次に,同じ効果を上げるにしてもより短期に,すなわち,効率的に行うべきである,ということでした。これは私の教育観とも一致するものであり,その点での違和感はなく,読み進めることができました。

 その後,私は,認識論の研鑽をするためのフィールドとして心理臨床の世界を選び,臨床心理士の資格をとるために大学院に入学しました。大学院では,認知行動療法という心理療法を中心に勉強しました。認知行動療法は,比較的短期に終わる心理療法であり,かつ,うつ病や不安障害等に対して,確かに効果があると分かっている心理療法でした。直接的には,三浦つとむの認識論に似ていると思ったからこそ,認知行動療法を選択したのですが,実はその背後に,森俊夫の本の影響があったのかもしれません。効果的で効率的なセラピーを目指すという意味では,認知行動療法もブリーフセラピーと同じだからです。

 大学院修了後は,精神科の病院で,主に認知行動療法を用いた心理療法を行い,認知行動療法の研鑽を重ねてきました。その過程で,認知行動療法と近い立場にあるブリーフセラピーにも,少しずつ触れるようになってきました。また,スクールカウンセリングや産業カウンセリングといった,より短期に結果を出す必要があるフィールドにも進出したために,今まで以上にブリーフセラピーに関心が出てきました。そうした中で,私は森俊夫を再発見することになりました。実は森俊夫は,ブリーフセラピーの業界では,知らない人はいないほどの有名人だったのです。私が,自分の心理臨床の原点たる森俊夫を再発見してまもなく,森は亡くなりました。いずれは森の研修に参加したいと思っていたのですが,それも叶わず,一度もお会いすることはありませんでした。

 そこで本稿では,森俊夫が実践していたブリーフセラピーを取りあげ,なぜ効率的に効果を上げることができるのか,科学的認識論を武器にその秘密に迫っていきたいと思います。まず次回は,ブリーフセラピーとはどのようなものであるのかを解説します。それを踏まえて,ブリーフセラピーのキーワードといってよい「解決の構築」と「例外探し」を取りあげ,これがいかに治療に貢献するのかを認識論的に解明していきたいと思っています。
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 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う