2016年05月24日

『吉本隆明の経済学』を読む(1/5)

目次

(1)吉本隆明の「経済学」は如何なるヒントを与えるか
(2)吉本は普遍的な価値論を構築しようとした
(3)吉本は消費が主導する経済のあり方をつかもうとした
(4)吉本は未開の原始社会から未来の高度社会までを見通そうとした
(5)吉本は思想家として経済の諸問題に挑んでいった

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)吉本隆明の「経済学」は如何なるヒントを与えるか

 明後日から明々後日にかけて、主要国首脳会議(サミット)が三重県の伊勢志摩において開催されます。サミットは、主要先進国の首脳が世界の重要課題を話し合うため年1回開く国際会議だとされていますが、今年の議長を務めることになる安倍首相は、今年のサミットの最大のテーマに世界経済を位置付けようとしています。その背景には、世界経済の行く末が大きく不透明感を増していることがあります。

 国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事は、4月5日の講演で、先進国の景気回復の遅れ、中国の成長減速やブラジル、ロシアの景気後退、資源国の財政悪化などの要因を挙げ、「世界経済の下振れリスクは恐らく増大している」との警告を発しました。2008年のリーマン・ショック以来、各国当局は、破局的な事態に落ち込むことを何とか回避しようとして、大胆な金融緩和や巨額の財政出動など、従来の常識の枠内で考えられる限りの策を尽くしてきました。しかし、世界経済はハッキリとした回復を見ないまま推移してきました。それどころか、再び大きな危機に直面しようとしているのではないか、との不安が広がりつつあるのです。

 経済政策に深刻な手詰まり感があるのは否めません。財政出動は各国の財政状況を悪化させ、いわゆるギリシャ危機のような事態が引き起こされたことをきっかけにして、今度は逆に、緊縮政策(歳出削減と増税)が進められるようにもなってきました。一方、金融緩和は、欧州中央銀行や日本銀行が「マイナス金利」という奇策を採用するまでに至り、金融市場には膨大な資金が溢れるようになっていますが、実体経済と金融経済の乖離が著しくなっているために、資金は実体経済の方にはほとんど流れていっていません。その結果、金融市場がバブル的な活況を呈するだけで、実体経済は疲弊して貧困と格差がますます拡大し、財政危機も深化しているのです。

 こうしたなか、いわゆる「パナマ文書」によって、世界中の富裕層が巨額の税逃れをしている実態の一端が明らかにされました。一握りの巨大企業や富裕層は、金融緩和の恩恵で巨万の富を築いたにもかかわらず、まともに税金を払おうとしていないのであり、そのために財政危機が深刻化し、それを口実にした緊縮政策によって、圧倒的多数の庶民が増税と公共サービスの縮小に苦しめられているのではないか――「パナマ文書」は、現代の世界経済が抱える深刻な歪みを強烈に印象付ける役割を果たしたといえるでしょう。

 いま、このような経済の不公正なあり方、貧困と格差の深刻な拡大に対して、民衆の怒りの声が大きく広がってきています。このことを背景にして、主要先進国において、経済政策のあり方をめぐる大きな政治的変化が起きつつあることが注目されます。アメリカ大統領選挙・民主党予備選挙におけるバーニー・サンダース候補の善戦健闘は、その象徴的な事例だといってよいでしょう。「民主社会主義者」を自称するサンダース候補は、深刻な格差と不公正(不正義)の是正を訴え、若者たちの熱狂的な支持を獲得して来たのです。サンダース候補は、次のように述べています。



「不正義とは、あまりにも少ない数の人たちが、あまりにも多く持つことだ。そして、あまりにも多くの人たちが、あまりにも少ししか持てないことだ。不正義とは、上位1パーセントの10分の1というごくわずかな人たちが、その他の90パーセント人たちとほぼ同じ富を所有していることだ。
 何百万人の人たちが長時間労働をし、明らかな低賃金で懸命に働き、それでも家庭で待つ子どもにまともな食事を与えるだけの収入を得ることができない。不正義とは、アメリカ合衆国という国が、世界のあらゆる主要国のなかで、子どもの貧困率が最も高いということだ。私たちがどうして道徳と政治を語ることができようか。自分の国の子どもたちに、背中を向けているというのに、私たちの国は多くの財源を世界で最も多くの人達を投獄するために使いながら、自分の国の若者たちに、仕事や教育を与えるための福祉の財源はないという。私たちは世界の主要国で唯一、権利としての医療を全ての国民に保障していない。全ての人々は神の子どもたちだ。貧困にあえいでいる人たち、彼らには病気になったら医者に行く権利がある。
 皆さんに考えて欲しい。この素晴らしい国が持つ可能性というものを。
 私たちは他の主要国のように全ての人々に権利としての医療を保障する国になることができる。
 私たちは働く親たちの全てが、安価で質の高い医療ケアを受けられる国になることができる。
 私たちはアメリカの子どもたち全てが、親の所得に関係なく大学教育を受けられる国になることができる。
 私たちは高齢者の全てが、人生の最後まで尊厳と安心を持って暮らせる国なることができる。
 私たちは全ての人が、人種、宗教、障害、性的嗜好に関係なく、生まれた時から約束されているアメリカ人としての平等の権利を十分に享受できる国になることができる。
 そんな国を私たちは創ることができる。私たちが共に立ち上がり、私たちを分断させようとする力に抵抗するならば。」


 こうした訴えが多くの人々の共感を呼び、当初は泡沫候補にすぎないと見られていたサンダース候補が、本命候補と目されたヒラリー・クリントン前国務長官に大きく迫るほどの躍進を見せたのです。予備選挙の制度的な制約もあって、サンダース候補が民主党の指名を勝ち取る可能性はほとんどなくなってきていると思われますが、資本主義の牙城であり、新自由主義の総本山ともいうべきアメリカ合衆国において、堂々と「社会主義者」を名乗る人物がここまで善戦健闘するとは、昨年秋の時点では、ほとんど誰もが予想できなかった展開でした。

 このことは、経済の歴史が、大方の人々の予想を超えて、大きく動き出しつつあることを示しているのかもしれません。資本主義経済の発展、新自由主義的政策の推進がもたらした深刻な格差と不公正への怒りが大きく広がっていくなかで、ソ連崩壊によって大きなマイナスイメージを纏ったはずの「社会主義」という言葉が、必ずしもタブー視されない状況がつくられつつあるのです。それほどまでに、従来の経済のあり方に代わる新しい経済のあり方への要求は切実だということでしょう。それを「社会主義」という言葉で表現することが妥当かどうかについては検討の余地があるにせよ、従来の経済のあり方が行き詰まってきており、そこから脱却するための道を示す理論が切実に求められる状況にあることだけは間違いありません。

 しかし、従来の経済理論を基本に据えて、そこにあれこれの微修正を加えていく、といったレベルの対応では、こうした時代の要求に到底応えることはできません。経済のみならず、政治や文化の領域をも含めた社会全体をまるごと捉えるような広い視野で、さらにいえば人間と自然との関係をもきちんと視野に入れて、経済というものを根本から捉え直していかなければならないのです。従来の経済理論の狭い枠組みにとらわれず、人間とは何か、社会とは何かを深く追究しようとしてきた先人たちの苦闘に広く学びながら、新たな経済のあり方を切り拓いていく指針となるような、確固とした理論体系を築いていく必要があるのです。

 こうした観点から、本稿で注目したいのは、吉本隆明さんの「経済学」です。“戦後最大の思想家”と称され、文学や政治、宗教など広範な領域にわたって言論活動を展開して来た吉本さんは、経済についての体系的な著作こそ遺さなかったものの、経済の諸々の問題についても積極的な発言を行っていました。そうした発言を集めることで、「吉本隆明の経済学」の姿を浮かび上がらせようとしたのが、中沢新一〔編著〕『吉本隆明の経済学』(筑摩選書、2014年)です。本書の構成は以下のようになっています。


 第1部 吉本隆明の経済学
  第1章 言語論と経済学
  第2章 原生的疎外と経済
  第3章 近代経済学の「うた・ものがたり・ドラマ」
  第4章 労働価値論から贈与価値論へ
  第5章 生産と消費
  第6章 都市経済論
  第7章 農業問題
  第8章 超資本主義論
 第2部 経済の詩的構造


 第1部は吉本さんの文章を抄録したものであり、各章の冒頭に編者の簡単なコメントが付されています。第2部は編者によるやや詳しい解説であり、ここで「吉本隆明の経済学」の姿を編者なりに提示しようと試みられています。

 本稿では、編者の解説に依拠しながら「吉本隆明の経済学」そのものの姿を明らかにする、というよりも、新しい経済学体系の構築に向けて「吉本隆明の経済学」が如何なる示唆を与えるものであるか、という観点から、この本に収録されている吉本さんの発言そのものを読み解いていくことにします。

 以下、大きく3つのテーマ――価値論の問題、消費社会の問題、歴史的展望の問題を設定して、検討していくことにしましょう。
posted by kyoto.dialectic at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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 ・奥村宏『経済学は死んだのか』から考える経済学再生への道
 ・『秘密諜報員ベートーヴェン』から何を学ぶか
 ・時代を拓いた教師を評価する(1)――有田和正氏のユーモア教育の分析
 ・2010年7月例会報告
 ・弁証法から説く消費税増税不可避論の誤り
 ・佐村河内守『交響曲第一番』
 ・観念的二重化への道
 ・このブログの目的とは――毎日更新50日目を迎えて
 ・山登りの効用
 ・21世紀に誕生した真に交響曲の名に値する大交響曲――佐村河内守:交響曲第1番「HIROSHIMA」全曲初演
 ・2010年8月例会報告
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 ・2010年12月例会報告
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 ・文法家列伝:古代ギリシャ編
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 ・戦後日本の学力論の流れを概観する
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 ・文法家列伝:古代ローマ・中世編
 ・2013年11月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』第4部 ゲルマンの世界 第3篇を読む
 ・古代ギリシャ経済の歴史を概観する
 ・2013年12月例会報告:ヘーゲル『歴史哲学』のまとめ
 ・ヘルバルト教育学の全体像を概観する
 ・年頭言:歴史を切り拓く学問の創出を目指して
 ・歴史的な岐路に立つ世界と日本を問う
 ・一会員による『綜合看護』2013年4号の感想
 ・一会員による2013年の振り返りと2014年の展望
 ・ヘーゲル『歴史哲学』を読む
 ・2014年1月例会報告:学問(哲学)の歴史の全体像について
 ・一会員による『学城』第10号の感想
 ・世界歴史の流れを概観する
 ・現代の言語道具説批判――言語規範とは何か
 ・2014年2月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第3〜11章
 ・ヘルバルト『一般教育学』を読む
 ・新大学生へ説く「大学で何をどのように学んでいくべきか」
 ・2014年3月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第12〜14章
 ・三浦つとむ『弁証法はどういう科学か』学習会を振り返る
 ・『育児の認識学』は三浦認識論をいかに発展させたか――一会員による『育児の認識学』の感想
 ・2014年4月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第15〜19章
 ・4年目教師としての1年間を実践記録で振りかえる
 ・文法家列伝:『ポール・ロワイヤル文法』編
 ・2014年5月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第20〜26章
 ・道徳教育の観点から見る古代ギリシャの教育と教育思想
 ・古代ギリシャの経済思想を問う
 ・半年間の育児を振り返る
 ・2014年6月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第27〜33章
 ・現代の言語道具説批判・補論――「言語道具説批判」に欠けたるものとは
 ・心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想
 ・アダム・スミス「天文学史」を読む
 ・現代の言語道具説批判2――言語道具説とは何か
 ・2014年7月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第34〜38章
 ・道徳教育の観点から見る中世の教育と教育思想
 ・もう一人の自分を育てる心理療法
 ・2014年8月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第39〜40章
 ・アダム・スミス「外部感覚論」を読む
 ・文法家列伝:ジョン・ロック編
 ・一会員による『学城』第11号の感想
 ・夏目漱石を読む@――坊っちゃん、吾輩は猫である、草枕
 ・2014年9月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第41〜43章
 ・ルソーとカントの道徳教育思想を概観する
 ・アダム・スミスは『修辞学・文学講義』で何を論じたか
 ・全てを強烈な目的意識に収斂させる――一会員による『医学教育概論の実践』の感想
 ・2014年10月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第44〜45章
 ・精神障害の弁証法的分類へ向けた試み
 ・シュリーマン『古代への情熱』から何を学ぶか
 ・2014年11月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』第46章
 ・一年間の育児を振り返る
 ・近代ドイツにおける教育学の流れを概観する
 ・2014年12月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』のまとめ
 ・年頭言:弁証法・認識論を武器に学問の新たな段階を切り開く
 ・「戦後70年」を迎える日本をどうみるか
 ・哲学の歴史の流れを概観する
 ・『ビリギャル』から何を学ぶべきか
 ・必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想
 ・2015年1月例会報告:南郷継正「武道哲学講義X」
 ・夏目漱石を読むA――二百十日、野分、虞美人草、坑夫
 ・アダム・スミスは古代ギリシャ哲学史から何を学んだのか
 ・マインドフルネスを認識論的に説く
 ・道徳思想の歴史を概観する
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部の要約
 ・弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想
 ・一会員による『学城』第1号の感想
 ・新大学生への訴え
 ・2015年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論A
 ・心理職の国家資格化を問う
 ・5年目教師としての1年間を実践記録で振り返る
 ・文法家列伝:時枝誠記編
 ・2015年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』哲学史の序論B、C、東洋哲学
 ・夏目漱石を読むB――三四郎、それから、門
 ・臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想
 ・アダム・スミス「模倣芸術論」を読む
 ・デューイの教育論の歴史的な意義を問う―『学校と社会』を通して
 ・2015年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ギリシア哲学史の序論、イオニア派の哲学、ピュタゴラスとピュタゴラス派
 ・高木彬光『邪馬台国の秘密』を認識論から読み解く
 ・一会員による『学城』第12号の感想
 ・2015年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エレア派〜ヘラクレイトス
 ・何故言語学の創出が必要か―一会員による2015年上半期の振り返り
 ・事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想
 ・夏目漱石を読むC――彼岸過迄、行人、こころ
 ・2015年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』エムペドクレス〜アナクサゴラス
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(上)
 ・デューイ教育論の歴史的意義を問う―『民主主義と教育』をとおして
 ・2015年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソフィスト派・ソクラテス
 ・アダム・スミス『法学講義』を読む
 ・学問上達論とは何か――一会員による『哲学・論理学研究(1)』の感想
 ・2015年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ソクラテス派、プラトン
 ・庄司和晃追悼論文―庄司和晃の歩みはいかなるもので、何を成し遂げたか
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』第1部第4章の要約
 ・一会員による『学城』第2号の感想
 ・フロイト『精神分析入門』を読む(下)
 ・夏目漱石を読むD――道草、明暗
 ・2015年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』プラトン 弁証法、自然哲学、精神の哲学
 ・ナイチンゲール看護論を心理臨床に活かす――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(1)』の感想
 ・文法家列伝:時枝誠記編(補論)
 ・英語教育改革を問う―『英語化は愚民化』書評―
 ・2015年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレスの形而上学,自然哲学
 ・2年間の育児を振り返る
 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
 ・ケネー『経済表』を読む
 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか