2016年05月18日

専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想(5/5)

(5)心理臨床版『看護覚え書』を書くべく主体性ある実践を!

 本稿は,専門家はいかにあるべきかという観点から,神庭純子『初学者のための『看護覚え書』(3)』(現代社)を読み,精神科病院に勤務する臨床心理士として学んだことをしっかり認め,今後の臨床実践の質を向上させることを目的としてこれまで説いてきた。ここで,これまで説いてきたことをふり返ってまとめておきたい。

 最初に,実践の目的を問うことが大切であるというナイチンゲールの指摘とそれについての神庭先生の解説を確認し,その論理を心理臨床の実践に当てはめて考えてみた。神庭先生は,「部屋と壁の清潔」の章を取り上げて,掃除をする目的は汚れやほこりを室外に追い出して,部屋の空気の汚染を防ぐことにあると説かれていた。ところが,ナイチンゲールの時代においては,掃除をする目的がしっかりと把握されていないからこそ,形の上では掃除をしているように見えても,実際には掃除したことになっていない,という事態が多かったのであった。このように実践の目的を問うことは,教育や学びのあり方においても大切であり,現象だけをみてとる学びのあり方ではなく,その目的性あるいは構造をみてとる学びのあり方が求められると説かれていた。「何のために」という実践の目的性を見てとることは,すなわち,その実践における構造(それがなければそのものが成り立たないような性質)をみてとることを意味すると説いた。このような実践の目的や構造を問う視点は,心理臨床にとっても非常に重要であるとして,認知再構成法を取り上げた。この技法は,現象的にはただ考え方を変えるだけであるが,その目的は不快感情の適正化にあるのだから,そのような目的を実現できるような実践のあり方でないと意味がないとしておいた。また,先輩心理士の面接に陪席するときも,単に先輩の現象をまねるのではなく,その実践の目的性や構造をしっかり見てとり,それを踏まえて学びとる必要があるし,自分の一挙手一投足に関しても,その目的性や構造をしっかりと自覚しておく必要があるのだと説いた。このようなことができてこそ,専門家として責任を果たしたことになるのであるし,それこそが主体性を把持した姿勢といえるとまとめておいた。

 次に,本書で管理について説かれている内容を確認して,筆者自身の実践にどのように活かしていけるかを考察した。神庭先生は,よい看護をしても管理が欠けていれば台無しになるというナイチンゲールの指摘を紹介し,自分だけが適切な看護ができるというだけではだめであり,「なされるべきことが誰によってもなされるようにしっかりと手筈を整えておくこと」が求められるのであり,それこそが管理するということであり,責任を持つということである,と説かれていた。また管理とは,自己を拡大する技術であり,自分の分身を創り出すことであるとも説かれていた。病院における心理臨床においても,どの心理士がカウンセリングや心理療法を担当しても,同じような質のものを提供する必要があるし,責任者不在時にも,責任者がいるときと同じような対応ができる必要があるから,管理が重要であると指摘した。この管理ということに関わって,新人も含めて10名以上の心理士が在籍している病院の心理士の責任者として,考えたことを2つ認めた。1つは,しっかりとした管理を行うためには,専門的行為の意味・目的・構造を言語化しておく必要があるということであった。それは,なすべきことの意味・目的・構造をしっかり伝えるためには,その意味・目的・構造をしっかり把握して,それを論理化・言語化しておく必要があるからであった。もう1つは,管理は直接に教育であるということであった。「なされるべきことが誰によってもなされる」ように手筈を整えるということは,すなわち,責任者が専門的行為の意味・目的・構造をしっかりと把握して,それを論理化・言語化して教育するということを意味するのであった。これを踏まえて,筆者は面接マニュアルの作成と心理検査の院内勉強会の開催を決めたのであった。さらに,他者に信頼されることこそが管理の極意であり,口で説明するのではなく,「ほとんど気づかれず,押しつけもない権威」こそが求められるということに触れた。

 最後に,「観察」というテーマを取り上げ,これが専門家のあり方とどのようにつながっているのかを考えた。神庭先生は,「何を観察するか,どのように観察するか」を教えることを看護者の訓練の中の基本的なものとすべきだというナイチンゲールの指摘に触れ,観察の目的は雑多な情報や珍しい事実を寄せ集めることではなく,観察自体が目的なのでもない,そうではなくて「看護することの必要性をみてとり,看護を実践するため」にこそ観察する必要があると説かれていた。心理士も観察の目的をしっかり押さえておくことが大切だとして,服装や髪形,表情の観察の目的はあくまでも相手の認識を知るためであると説いた。また,ラポール形成のために相手にペーシングする必要があり,そのために相手の言語表現,非言語表現を観察する必要があること,この場合の観察の目的はペーシングやラポールの形成にあることにも触れた。続いて,ナイチンゲールが指摘する単純な観察不足と複雑な観察不足についての神庭先生の解説を確認した。複雑な観察不足とは自分の想像や解釈が混じっており,事実と解釈の区別ができていないものであり,単純な観察不足と違って,観察不足であることの自覚がないものであるということであった。心理臨床においても,観察不足にならないように,事実と解釈を区別し,事実を事実として把握することは非常に大切であるとして,事実を事実として把握していなければ,介入が妥当であるかどうか検討することすらできないことを説いた。最後に,心を病む人は心の中の声のみとの対話となる(解釈ばかりとなる)ことによって病みが深まるので,現実の外界からの反映をできるように導くことが支援となるのであり,患者さん自身に事実を事実として観察できる力をつけてもらうことが必要だと説いた。

 以上の内容を,再度,専門家はいかにあるべきかという観点から端的にまとめ直すならば,専門家としての主体性を把持したいならば,実践の目的を問う必要があるし,自分以外のものも適切な実践ができるように管理しなければならないし,専門家にしか見えない事実もしっかりと観察できるように訓練が欠かせない,ということになるだろう。もう少し詳しくいうと,まず,専門家としての責任をきちんと果たしたいというのであれば,自分自身がなす実践の目的や構造,その意味をきちんと把握したうえで,論理化・言語化できる必要があり,それを他のものにしっかり伝えて,誰もが自分と同じレベルの実践ができるように手筈を整えておかなければならない,ということであろう。また,専門家としての観察の目的をもしっかりと把握したうえで,事実と解釈をしっかり区別し,事実を事実としてしっかりと観察してみてとることができるように訓練を重ねることが,専門家の責任である,ということもいえるであろう。

 以上を実践していくために,筆者自身の具体的な課題は何であろうか。最後にこの問題を考えておきたい。まずは自分の臨床実践や担当しているケースをしっかり観察して,事実を事実として把握して,それを論理化していくことであろう。しっかりとした事例報告を書き,その中で事実の論理化を図っていきたい。これが直接に,専門的行為の目的や意味を問うことにもなるだろう。事例報告をまとめて,技法別にその目的や意味を整理することも役に立つと思われる。こうすれば,より専門的行為の目的や意味が明らかになるだろう。さらに,これがひいては,他のスタッフも同様の質の心理的介入ができるようになることにつながっていくと考えられる。というのは,その技法別にまとめた論文を他者に読んでもらうことが,教育になるのであり,自分の分身を創っていくことになるからである。このようにすれば,心理士の責任者として,しっかりと主体性を把持して責任を果たしたといえるだろう。

 もう少し具体的なイメージで説くならば,心理臨床版の『看護覚え書』を書くべく,努力し続けるということになるだろう。心理臨床版の『看護覚え書』を書くべく,臨床実践を重ね,自分の実践を論理化して他者に伝えるようにしていくこと,これこそが,専門家としてのあるべき姿であり,主体性を把持した姿勢であるといえるだろう。今後はこの目標に向けて,決意を新たにして,日々研鑽に励みたいと思う。

(了)
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 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史
 ・2017年11月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的弁証論 緒言・第一篇
 ・南郷継正の人生は弁証法の弁証法的発展である――一会員による『“夢”講義(6)』の感想
 ・改訂版・初学者に説く経済学の歴史
 ・2017年12月例会報告:カント『純粋理性批判』序文と緒言