2016年04月10日

2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派(1/10)

目次

(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント
(2)ヘーゲル『哲学史』新プラトン派要約@
(3)ヘーゲル『哲学史』新プラトン派要約A
(4)ヘーゲル『哲学史』新プラトン派要約B
(5)ヘーゲル『哲学史』新プラトン派要約C
(6)改めての要約と論点の提示
(7)論点1:ヘーゲルの基本的な概念をどう理解するか?
(8)論点2:新プラトン派の哲学とはどういうものか?
(9)論点3:ギリシャ哲学の第三期とはどういうものか?
(10)参加者の感想の紹介

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(1)報告者レジュメおよびそれに対しての他メンバーからのコメント

 我々京都弁証法認識論研究会は,昨年および今年の2年間を費やして,ヘーゲル『哲学史』の学びに取り組んでいます。3年前のヘーゲル『歴史哲学』,一昨年のシュヴェーグラー『西洋哲学史』の学びを踏まえて,この『哲学史』を通読することにより,ヘーゲルが描く哲学史の流れを理解することはもちろんのこと,それを唯物論的に捉え返すことで唯物論哲学の創出に向けた一歩を確実に進めていくことを課題としています。

 3月例会では,ヘーゲルのいわゆるギリシャ哲学の第3期にあたる新プラトン派について論じられている部分を扱いました。今回の例会報告では,まず例会で報告されたレジュメを紹介したあと,扱った範囲の要約を4回に分けて掲載し,ついで,参加者から提起された論点について,どのように議論をしてどのような(一応の)結論に到達したのかを紹介していきます。最後に,この例会を受けての参加者の感想を紹介します。

 今回はまず,報告担当者から提示されたレジュメ,およびそのレジュメに対してなされた他メンバーからのコメントを紹介することにしましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヘーゲル『哲学史』(下巻の一) 第三期―新プラトン学派

1.新プラトン学派の概要

 ヘーゲルは第二期について思考する自己意識が自己を絶対者だと自覚する段階だとし,次の段階である第三期の課題は,内部に様々な差異を捉えて,真理を叡智界として形成することだと述べている。その上で,キリスト教の意義と限界について述べている。キリスト教によって自己意識(イエスという人間)が絶対的実在だという考えが生まれたが,まだ直観している段階にすぎないということである。したがって,キリスト教の理念を概念化することが求められたと言う。これらの課題に答えたのが新プラトン学派だと位置づけられている。彼らの根本理念は第一に思考があり,第二に思考されるものがあり,第三に両者の同一性があるということであり,自己意識が自分に返っていくという運動を説いたのだとされている。

<報告者コメント>

 ギリシャ哲学第三期の課題は真理を叡智界として形成することだとされているが,この叡智界というのはヘーゲルが言うところの「影の王国」,現実の世界に対する学問の世界ということになるのだろう。
 また,ここでは『哲学史』序論で説かれていた宗教と哲学の違いが明確に出ていると言えるだろう。『哲学史』序論では,宗教と哲学はともに普遍的な対象を内容とする点で同じであるが,哲学はそれを概念的に把握するのに対して,宗教は感覚的,直観的,表象的な意識によって捉えるという違いがあるとヘーゲルは述べていた。ここでは自己意識が絶対的実在だということを直観的に把握するのが宗教であり,これを概念的に把握するのが哲学だということが説かれているが,両者の説明はぴったりと重なると言えるだろう。(そもそもヘーゲルにとって宗教と言えばキリスト教だったであろうし,キリスト教と新プラトン学派を念頭におきながら序論での説明を行っているのであろうから,説明がずれないのは当然だと言えるが)。


2.アレクサンドリア派の哲学とはどのようなものか

 自己意識と存在との統一はアレクサンドリア派によって哲学的且つ概念的な形を整えられたとされる。つまり,絶対的実在はこの意識のうちにあるという原理が確認されたということである。このアレクサンドリア派の中でもプロティノスとプロクロスにヘーゲルは多くの解説を加えている。
 プロティノスについては,全体としてのやり方は特殊概念を全くの一般概念へと常に還元するものだとされている。そしてアリストテレスと違って,対象の具体的内容を捉えることには関心がなく,具体的内容を統一し,現象の奥にある実体を引き出すことを狙いとしたのであり,永遠に一なるものへの知的直観へのいざないが彼の哲学の主調音とされる。そして,この一なるものが流出によって様々な内容を生み出す過程が,プロティノスの哲学の要点のひとつだとヘーゲルは説いている。
 一なるものが自ら内容を生み出す決心をするのは何故かという問題について,一なるものの意志によって生み出されたのではなく,一なるもののままで何かが溢れ出て,それはまっすぐに一なる善に還っていこうとするのだというプロティノスの説明を紹介している。このように円運動を説いた点は的を射たものとヘーゲルは評価しているが,神からの産出が感覚的なイメージにとどまっていて概念的に把握されていないという指摘もしている。
 プロクロスについては,新プラトン派の哲学が全体として体系的な秩序を整え,形式的に完成させた人物として肯定的に評価されている。その哲学の中身を見てみると,プロクロスは様々な弁証法を駆使して,多はそれ自体で存在せず,一切は一に還帰し,意志こそが多くの生みの親だということを証明しているということであり,その際に三位一体の定式が使われていることが注目に値するとされている。全体は3つのまとまりが互いに統一されていく過程にほかならないと考えていたプロクロスは,プロティノスよりずっと明確な進んだ考えに立っているのであって,新プラトン派のなかでも最も優れた最も完成された哲学だと評価されている。プロクロスの三位一体はまず3つの要素が一,無限(多),限界と定義され,これら3つもそれぞれに抽象的な三位一体をなすとされている。

<報告者コメント>

 プロティノスにおいては,神からの産出が感覚的なイメージに留まっていたと指摘されているが,全体は3つのまとまりが互いに統一されていく過程だと捉えたプロクロスは,そこを概念的に把握したということが言えるように思う。このように,感覚的な段階から概念的な段階へという流れがヘーゲルの哲学史において見られるように思う(自己意識が絶対的実在であるということについても,キリスト教において感覚的に捉えられていたものが,新プラトン学派によって概念的に捉えられたということになっていた)。
 このプロティノスやプロクロスがアレクサンドリアにおいて生まれ,ギリシャ哲学の完成を担ったという点は興味深い点である。ヘーゲルはアレクサンドリアについて,東西の中間地点であり,東洋民族と西洋民族の宗教と神話と歴史の全てが浸透し合った点だということを述べている。現代に目を向ければ,まさに日本こそが東西の文化の交流地として,哲学を完成させる役割を担っているのだということができるだろう。少なくともそのように自らに思い込ませて,研鑽を積んでいくことが求められるだろう。


3.ギリシャ哲学の流れはどのようなものであったか

 ヘーゲルは新プラトン派哲学によって哲学史の第一期であるギリシャ哲学は幕を閉じるとし,ここまでの流れを振り返っている。
 当初は抽象的原理が自然の形をとって現れたが,やがてそれは「一」とか「有」とかの形で現れた。これらが純粋な思考の対象ではなく,思想として自覚されたのがソクラテスの段階である。さらに,具体的で豊かな内容を与えていこうとする試みがプラトンらによってなされ,アリストテレスに至って思考の思考という最高の理念を獲得したが,世界という内容はこの理念の外にあった。多種多様な具体的内容を統一へと引き戻す試みとして独断主義が現れたが,実際に統一は実現されなかった。新プラトン派に至って,絶対的なものが具体的なものとして認識され,そこから絶えざる流出が行われるとされた。しかし,新プラトン派についても,無限の主観性という絶対の断絶からぬけ出せないこと,絶対の自由,自我,主観の無限の価値を獲得していないことが不十分な点だと指摘されている。

<報告者コメント>

 学問の構築過程という観点からギリシャ哲学の流れを見てみると,諸々の事実から一般論を構築し,その一般論でもって対象に問いかけ,苦戦しながら(曲がりなりにも)全てを説ききろうとしたのだ,ということになるだろう。タレスの時代から考えると,およそ1000年もの時間が流れていることとなる。人類はこれだけの時間をかけて一般論から対象を考えるということができるようになってきたのだということ,学者はその過程を歩もうとしているのだということを重く受け止めないといけないだろう。
 また,これまでギリシャ哲学の流れを見てきたが,ヘーゲルは必ず各期の最後にこれまでの流れをまとめている。この『哲学史』はもともとは講義であったものを文章化したものであるから,自然とそういう形態になるのかもしれないが,このように概括を行った上で次に進むというあり方は見習うべきものだと言えるだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以上のレジュメの発表について,序論を起点に読んでいこうという姿勢や概括して次に進むことを主体的に捉えている点はいいというコメントが出ました。一方で,1に関して,「キリスト教によって自己意識(イエスという人間)が絶対的実在だという考えが生まれた」とあるが,この表現では「自己意識=イエスという人間」ということになりおかしいという指摘がありました。また,新プラトン派はキリスト教のことを説こうとしたのではないのではないかという疑問も出ました。これについては,レジュメ報告者から,「キリスト教の理念を概念化しようとしたわけではないが,客観的に見ればそうなっているということだ」との説明がありました。2の部分については,「自己意識が絶対的実在であるということについても,キリスト教において感覚的に捉えられていたものが,新プラトン学派によって概念的に捉えられたということになっていた」とあるが,これは今後の哲学の課題であって,新プラトン学派によって解決されたというのは言い過ぎではないかという見解も出ました。これには,レジュメ報告者も同意しました。
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 ・安保法制をめぐる議論から日本の課題を問う
 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
 ・2016年1月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ストア派の哲学、エピクロスの哲学
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 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
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 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
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 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
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 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想