2016年03月13日

心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想(1/5)

目次

(1)心理士教育に活かせることとは
(2)困りごとの共通性を把握していく
(3)過程の把握が大切である
(4)臨床心理学は認識論で整序する必要がある
(5)臨床心理学の論理化が筆者の使命


(1)心理士教育に活かせることとは

 本ブログではこれまで,『医学教育 概論』シリーズの感想文を5回にわたって掲載してきた。5回分のタイトルと目次は以下である。


心理士が医学から学ぶこと――一会員による『医学教育 概論(1)』の感想

目次

(1)心理士として『医学教育 概論(1)』から何を学べるか
(2)すべてをゴールに収斂させる
(3)夢と同時に不安を描くことが大切である
(4)病気とは正常な生理構造が生活過程で歪んだ状態である
(5)不安解消のために認識論の研鑽を



必要な事実を取り出すとは――一会員による『医学教育 概論(2)』の感想

目次

(1)カウンセリングに活かせる点とは
(2)心理士が主体的にカウンセリングに必要な事実を取りだす
(3)五感器官を総動員して相手の変化を捉える
(4)上達のためには身近な困りごとを解決していく必要がある
(5)責任と明確な問いかけをもって相手と関わっていく



弁証法的に学ぶとはいかなることか――一会員による『医学教育 概論(3)』の感想

目次

(1)どうすれば実力ある臨床心理士になれるか
(2)臨床心理士にも一般教養は必須
(3)クライエント理解も全体から部分へ
(4)心理臨床の歴史を辿る必要性
(5)対象と武器を弁証法的に学ぶ



臨床心理学のあるべき姿を考える――一会員による『医学教育 概論(4)』の感想

目次

(1)臨床心理学の具体で考えると?
(2)よい教科書の条件を考える
(3)精神医学でも病因を問題にすべき
(4)少ない事実から生活過程像を描く
(5)表象像を媒介にして論理的なアタマづくりを!



事実と論理ののぼりおり――一会員による『医学教育 概論(5)』の感想

目次

(1)専門分野の教育=学習という観点から読み解くと
(2)事実を提示した後にその論理を説く
(3)教科書は論理的なアタマ創りに資するもの
(4)研修医 北条亮先生から学ぶこと
(5)事実をありのままに反映しそこから論理を引き出す



 眺めていただければ分かるように,一貫して筆者の臨床心理士としての立場から,本シリーズに学び,臨床心理の実践と医療実践,臨床心理士の教育と医師の教育を重ね合わせながら,学んだことを認めてきた。

 『医学教育 概論』シリーズは,本『医学教育 概論(6)』で完結とのことなので,このシリーズの感想文も,本稿で終了となる。そこで本稿では,『医学教育 概論(6)』を読んで,その本題ともいえる教育に焦点を当てて,心理士の教育に活かしていくべき点を中心に考察していきたいと思う。

 もちろん,これまでの感想文でも,教育の観点からも説いてきた。さらに,本シリーズが論理的に一貫しているだけに,どの巻の感想文も,同じような内容を説いているということもある。しかし,本稿は,執筆することによって本シリーズの著者の先生方と対話することを意図したものであり,重要な論理はくり返しくり返し取り上げ,筆者の専門たる臨床心理に適用していくことこそが,論理の再措定であると考える。そこで,従来説いたのと似た内容であっても,大切なところはくり返しテーマとして取り上げていきたい。

 心理職の業界では,昨年可決・成立した公認心理師法をめぐる動きがあわただしい。大学や大学院の科目・カリキュラムはどのようなものにするのか,公認心理師になる際の試験を実施する機関をどこにするのかなどについて,諸々の関係団体が,あるいは表だって,あるいは水面下で動いている状況である。しかし,大学や大学院のカリキュラムにせよ,公認心理師の試験にせよ,『医学教育 概論(6)』で説かれている内容を踏まえたうえで決めていかないと,公認心理師教育も,医学教育が辿ったのと同じ地獄への道を善意の意図で辿ってしまいかねない。

 その意味でも,心理士の教育をどのようにしていけばいいのか,この機会にしっかりと考えておきたいと思う。

 では以下に,『医学教育 概論(6)』の目次を掲載しておく。次回以降は,本書から学んだ内容を,論理学・弁証法・認識論の3つの観点で整理して考察していきたい。


医学教育 概論 (6)


第36課 文化遺産の論理化とは何か ――「CKD(慢性腎臓病)」 を例に説く

 (1) 医学生は社会的に鍛えられる過程が必要である
 (2) 課外活動は医学生の社会的訓練の場としても設定し得る
 (3) 論理能力養成のための教育過程が大学からも失われた
 (4) 「CKD(慢性腎臓病)」 を例に文化遺産の論理化とは何かを説く
 (5) CKDの定義は腎臓病診療現場の切実な必要性から導入された
 (6) 医学生・医師を混乱させていた複雑な腎臓病の分類
 (7) 病気の進行が現象しづらく診断・治療が後手に回りがちな腎臓病
 (8) CKDは腎臓専門医と一般医の連携を深め,診療上の成果をもたらした

第37課 「CKD(慢性腎臓病)」 の定義導入の医学教育論上の意義を説く

 (1) 東京大学 「秋入学制度」 提言の背景
 (2) 秋入学制度は大学教育の根本的な転換を意図している
 (3) 秋入学制度による社会的混乱と成果の乏しさを指摘する反対意見
 (4) 東京大学が受験秀才の欠陥を指摘した歴史的転換点
 (5) 目的意識を学生の自主性に任せる秋入学制度の致命的欠陥
 (6) CKDに関わる事実には医学教育改革の停滞を打破する鍵がある
 (7) 病名創出の歴史的発展過程には二段階ある
 (8) CKDの導入は本物の 「コア・カリキュラム」 策定への萌芽形態を示した

第38課 大学教育における一般教養の重要性を説く

 (1) 学校教育におけるリーダー育成教育の消滅 ――等身大の思想の蔓延
 (2) 日本の発展を担う人材育成のための大学の初期教育の重要性
 (3) 学生に使命を自覚させ大志を萌芽させることが大学教育の出発点である
 (4) 壊滅状態にある大学の一般教養教育の再構築が急務である
 (5) 一般教養の必要性を提言しながら学びの指針を示せない日本学術会議
 (6) 近代的一般教養の原点は18世紀ドイツの大学哲学部の教育にある
 (7) 大学の一般教養教育は世界の論理的な全体像をイキイキと描かせることにある
 (8) 『学生に与う』 (河合栄治郎) に見る教育者としての思想性の高み
 (9) 『学生に与う』 は大学における一般教養教育を見事に示す

第39課 事実から論理を導きだすプロセスを 「腎臓とは何か」 を例に説く

 (1) 医学教育改革の根源的問題は文化遺産の膨大化にある
 (2) 「CKD(慢性腎臓病)」 の導入の意義と限界
 (3) 「腎臓病とは何か」 を問うためには,腎臓の事実を知らなければならない
 (4) 腎臓の事実である 「濾過,再吸収・排泄」 を貫く論理は 「選別」 である
 (5) 論理とはすべての事実に一本の筋を貫き通したものである
 (6) 科学的医学体系はすべての対象的事実の論理化によって構築される

第40課 「腎臓病とは何か」 を理論的に導きだす過程

 (1) 腎臓の論理とは 「腎臓とは何か」 を一言で表現したものである
 (2) 個々の知識の学びに先立つ全体像の重要性を説く実験
 (3) 対象の全体像のイメージを描くことにより知識の学びに筋道ができる
 (4) 病気の一般論と腎臓の論理から 「腎臓病とは何か」 の一般論を導く
 (5) 腎臓病とは体内の必要物質と不要物質の選別に歪みをきたした状態である
 (6) 人間を貫く三重構造をふまえて選別器官分化への必然性を説く
 (7) 人間の認識に基づく生活が腎臓の生理構造を歪める過程的構造

第41課 論理的に整序されない腎臓病の教科書の実態を検証する

 (1) 腎臓病の論理を導いてきた過程を概括する
 (2) 人間を貫く三重構造によって腎臓病に至る過程的構造の理解を深める
 (3) 代表的教科書 『内科学』 における腎臓病の目次を見る
 (4) 『内科学』 の目次から腎臓病の全体像を描くことは不可能である
 (5) 論理的に整序されていない腎臓病の病名
 (6) 病気の一般論を導きの糸とした腎臓病の学びとは

第42課 腎臓病の論理に導かれた学びとはいかなるものかを説く

 (1) 腎臓病の論理が医師の実践,医学生の学習の導きの糸となる
 (2) 腎臓病は論理的には一つである ――完成形態は 「腎不全」 である
 (3) 選別器官である腎臓の正常な生理構造
 (4) 腎臓病の完成形態を通して腎臓が病むとはいかなることかを理解する
 (5) 腎臓の生理構造の歪みが機能レベルから実体レベルへと至る過程的構造
 (6) 腎臓の生理構造にそって学べば個々の腎臓病も整序して理解できる
 (7) 医療現場のニーズと乖離した学びを強いる医学教育の裏事情

第43課 医学教育を歪めている現在の医師国家試験の実態を説く

 (1) 腎臓病は論理を導きの糸としてすっきりと整序できる
 (2) 論理に導かれた学びを妨げる医師国家試験の問題
 (3) 現在の医師国家試験の内容が医学教育を歪めている
 (4) 人材育成教育を破壊した戦後の学制改革と医師国家試験の導入
 (5) 資格試験としての質向上の努力が医師国家試験をモンスター化させた
 (6) 医師国家試験が医学教育改革を形骸化させている現実
 (7) 医師国家試験をゴールとして教育された医師の欠陥
 (8) 科学的医学体系に基づく医学教育の理論が切望されている



※なお,第38課に関わる内容は,4月の頭に新大学生向けの論考の中で触れたいと思うので,本稿ではあえて扱っていない。
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 ・2015年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』アリストテレス(精神の哲学・論理学)
 ・年頭言:歴史的岐路における道標としての学問の創出を目指して
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 ・図式化にはどのような効用があるのか
 ・看護師と臨床心理士に共通した学び方――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(2)』の感想
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 ・SSTを技化の論理で説く
 ・一会員による『学城』第13号の感想
 ・2016年2月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新アカデメイア派、スケプシス派
 ・心理士教育はいかにあるべきか――一会員による『医学教育 概論(6)』の感想
 ・仮説実験授業を問う―アクティブ・ラーニングの観点から―
 ・一会員による『学城』第3号の感想
 ・新大学生に与える
 ・2016年3月例会報告:ヘーゲル『哲学史』新プラトン派
 ・6年目教師としての1年間を実践記録で振り返る―学級崩壊への過程を説く
 ・2016年4月例会報告:ヘーゲル『哲学史』中世哲学序論〜スコラ哲学
 ・専門家のあり方を問う――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(3)』の感想
 ・比較言語学誕生の歴史的必然性を問う
 ・『吉本隆明の経済学』を読む
 ・2016年5月例会報告:ヘーゲル『哲学史』学問の復興
 ・ブリーフセラピーを認識論的に説く
 ・夏目漱石の思想を問う
 ・コメニウスの歴史的意義を問う―『大教授学』をとおして
 ・オバマ米大統領の「広島演説」を問う
 ・2016年6月例会報告:ヘーゲル『哲学史』近代哲学の黎明
 ・心理士の上達に必須の条件――一会員による『初学者のための『看護覚え書』(4)』の感想
 ・夏目漱石の中・長編小説を読む
 ・2016年7月例会報告:ヘーゲル『哲学史』デカルト・スピノザ
 ・改訂版・観念的二重化への道
 ・ロックの教育論から何を学ぶべきか
 ・文法家列伝:ソシュール編
 ・2016年8月例会報告:ヘーゲル『哲学史』「悟性形而上学」第二部・第三部
 ・どうすれば科学的な実践が可能となるか――一会員による『科学的な看護実践とは何か(上)』の感想
 ・夏目漱石『明暗』の構造と結末を問う
 ・ルソーの教育論の歴史的意義を問う
 ・2016年9月例会報告:ヘーゲル『哲学史』バークリー〜ドイツの啓蒙思潮
 ・高校生に説く立憲主義の歴史
 ・三浦つとむ『認識と言語の理論』を読む
 ・2016年10月例会報告:ヘーゲル『哲学史』ヤコービ、カント
 ・専門家教育には何が必要か――一会員による『科学的な看護実践とは何か(下)』の感想
 ・アダム・スミス『国富論』を読む
 ・2016年11月例会報告:ヘーゲル『哲学史』フィヒテ,シェリング,結語
 ・3年間の育児を振り返る
 ・近代教育学の成立過程を概観する
 ・2016年12月例会報告:ヘーゲル『哲学史』のまとめ
 ・年頭言:機関誌の発刊を目指して
 ・激動する世界情勢を問う
 ・『障害児教育の方法論を問う』から何を学ぶべきか―一会員による感想
 ・一会員による『学城』第4号の感想
 ・2017年1月例会報告:シュヴェーグラー『西洋哲学史』、ヘーゲル『哲学史』におけるカント『純粋理性批判』
 ・斎藤公子の保育実践とその背景を問う
 ・認識の形成がうまくいくための条件とは何か?――一会員による『“夢”講義(1)』の感想
 ・本来の科学的な教育とは何か
 ・2017年2月例会報告:カント『純粋理性批判』序文
 ・システムズアプローチを弁証法から説く
 ・一会員による『学城』第14号の感想
 ・ルソー『学問芸術論』を読む
 ・新大学生に説く「大学では何を如何に学ぶべきか」
 ・2017年3月例会報告:カント『純粋理性批判』緒言
 ・斉藤喜博から何を学ぶべきか
 ・重層弁証法を学ぶ――一会員による『“夢”講義(2)』の感想
 ・小中一貫教育を問う
 ・ヘーゲル『哲学史』を読む
 ・2017年4月例会報告: カント『純粋理性批判』先験的感性論
 ・文法家列伝:宮下眞二編
 ・改訂版 心理療法における外在化の意義を問う
 ・マルクス思想の原点を問う
 ・2017年5月例会報告:カント『純粋理性批判』先験的論理学の構想その他
 ・弁証法が技化した頭脳活動を味わう――一会員による『“夢”講義(3)』の感想
 ・教育の政治的中立性を問う
 ・日本経済の歴史を概観する
 ・2017年6月例会報告:カント『純粋理性批判』純粋悟性概念の演繹
 ・一会員による『学城』第15号の感想
 ・改訂版 続・心理療法における外在化の意義を問う
 ・2017年7月例会報告:カント『純粋理性批判』原則の分析論 緒言〜第2章第3節2
 ・ルソー『人間不平等起原論』の歴史的意義を問う
 ・夢の解明に必須の学問を学ぶ――一会員による『“夢”講義(4)』の感想
 ・ヒュームの経済思想――『政治論集』を読む
 ・現代日本の政治家の“失言”を問う
 ・2017年8月例会報告:カント『純粋理性批判』経験の類推
 ・障害児の子育ての1年間を振り返る
 ・新しい国家資格・公認心理師を問う
 ・経済学の原点を問う――哲学者としてのアダム・スミス
 ・2017年9月例会報告:カント『純粋理性批判』経験的思惟一般の公準その他
 ・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・過程的構造とは何か――一会員による『“夢”講義(5)』の感想
 ・〔改訂版〕新自由主義における「自由」を問う
 ・2017年10月例会報告:カント『純粋理性批判』反省概念の二義性
 ・続・徒然なるままに――40歳を迎えて
 ・教育実習生に説く人間観の歴史