(1)看護師と臨床心理士に共通した学び方とは
(2)自分の体験を通して学ぶ
(3)先達・先輩からは論理的に学ぶ
(4)「観念的二重化」の論理から学ぶ
(5)事実からと論理からの二重の学びを
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(1)看護師と臨床心理士に共通した学び方とは
昨年末,われわれ臨床心理士にとって,特に,認知行動療法を専門とする者にとって,大きなニュースが飛び込んできた。それは,2016年度の診療報酬改定に関わる以下のニュースであった。
「うつなどの認知療法,面接の一部を看護師に- 厚労省,16年度改定に向けて提案
厚生労働省は,うつ病などの気分障害の患者に対する「認知療法・認知行動療法」について,医師の指示の下,面接の一部分を知識や経験のある看護師が行った場合にも2016年度の診療報酬改定で新たに評価する方針だ。うつ病に効果があるとされる同療法の普及につなげるのが狙いで,11日の中央社会保険医療協議会(中医協)の総会で提案したところ,委員から反対意見はなかった。【坂本朝子】
(中略)
厚労省の提案を受け,猪口雄二委員(全日本病院協会副会長)は,「今度,国家資格になることになった臨床心理士,もしくは既に国家資格の精神保健福祉士にも対象を広げた方がよいのでは」という意見を述べた。しかし,同省保険局の宮嵜雅則医療課長は,「医師の指示に基づく診療の補助の一環として,今回は看護師が参加することはどうかという提案をした」と述べ,対象の拡大については慎重に考えたいとした。」(CBニュース 2015年12月14日)
すなわち,現在は医師のみが診療報酬として請求できる「認知療法・認知行動療法」について,一定の条件のもとに看護師が行った場合にも請求できるように診療報酬が改訂される見込みであるが,看護師以外の臨床心理士や精神保健福祉士は対象外となる,というニュースである(ちなみに,記事の中の「今度,国家資格になることになった臨床心理士」という表現は誤りであり,正確には,臨床心理士とは別の「公認心理師」という心理職の国家資格が創設されるのである)。
これがわれわれ臨床心理士にとって,なぜ大きなニュースなのか。それは,臨床心理士が認知行動療法を実施した場合でも,保険診療となるように国に求めてきた経緯があるからである。さらに,われわれには,認知行動療法は心理士が行うものであり,医師や,ましてや看護師が行うものではないという自負の念が,多少なりともあったからである。これは単なる思い込みではない。筆者自身は,年間40回ほどの認知行動療法の研修会や勉強会に参加したこともあるし,自身が研修会の講師を行うことも多い。その中で参加者を見てみると,圧倒的に臨床心理士の数が多く,医師や看護師の参加はごくわずかである。この事実からだけでも,認知行動療法を一番熱心に学んでいる職種が何であるかは明らかである。さらにまた,失礼ながら医師や看護師の認知行動療法のスキルは,もちろん例外もあるが,概してレベルが低い。ロールプレイなどを見ていても,基本的なコミュニケーションすらとれていないと思われる方もいる。だからこそ,認知行動療法はわれわれ臨床心理士が行うものだ! との自負の念があったのである。
加えて,病院で働く臨床心理士にとっては,臨床心理士による認知行動療法の保険点数化は,メリットが大きかったといえる。たとえば現在だと,臨床心理士が行う認知行動療法は,病院やクリニックのサービスの一環として無料で行われているか,5,000円から10,000円ほどの金額を患者さんからいただいて行っているかの,どちらかのパターンが多いと考えられる。前者だと,やればやるほど病院やクリニックは赤字になるし,後者の場合は,ある程度のお金が払えないと認知行動療法を受けることができない。いずれにせよ,うつ病などで苦しんでおられる患者さん全てに,認知行動療法を提供することが難しいのが現状なのである。それがもし,臨床心理士による認知行動療法が保険点数化されれば,だいたい1回1,500円ほどの負担で受けられるようになるのである。そうすれば,認知行動療法を受けにくる患者さんも急増するであろうから,国家予算のことを措いておけば,臨床心理士側・患者側の双方ともにメリットがあるのである。臨床心理士側からすれば,自分たちを雇えば儲けにつながるのであるから,雇用の拡大や労働条件の改善が見込めるし,患者さんの側からすれば,ある程度低額で認知行動療法を受けられる機会が増えるからである。
ところが,現実には臨床心理士による認知行動療法は保険点数として認められず,看護師が行う場合のみ,認められる見込みだというニュースだったのである。われわれにしてみれば,大きな落胆となったニュースであった。
ただ,このニュースからは,他の点で興味深い事実を浮き彫りにしている。それは,看護師と臨床心理士の業務が一部重なりあっており,それ故に,看護学と臨床心理学は近接領域であるといえる,ということである。もちろん,最近は精神科の病院だけではなく,総合病院でも多職種の一員として,看護師と臨床心理士がチームとなって支援しているケースは非常に多いので,両者が近接領域であることはすでに明らかなことだったのかもしれない。しかし,今回のニュースを受けて,看護師であろうと,臨床心理士であろうと,うつ病の認知行動療法ということでは同じことをやるのであるから,業務内容が一部重なっているということがはっきりした点は,特記しておいてもよいと思う。
さて,以上を受けて本稿では,神庭純子『初学者のための『看護覚え書』(2)』(現代社)から,われわれ臨床心理士が学ぶべき点を取り上げ,検討していきたいと思う。筆者の認識では,看護学はすでに科学的な学問体系が構築されており,それに基づいた実践や教育が行われている一方で,臨床心理学にはそのような学問体系はなく,実践や教育も経験主義的に,一貫性のないバラバラなものとなっている。したがって,学問的に先を行く看護学に,われわれ臨床心理士は大いに学ぶところがあろう。その看護学の原点ともいうべきナイチンゲール『看護覚え書』を取り上げて,弁証法や認識論の論理の光を当てて,丁寧に解説している本書は,特に学ぶ価値の高いものだと感じている。
そこで本稿では,臨床心理士である筆者が『初学者のための『看護覚え書』(2)』を読み解き,臨床心理士として学んだ点を認めていくこととする。今回は特に,人間を相手にする専門職者という意味で共通性がある看護師と臨床心理士が,自らの臨床能力を向上させていくためには,どのように学んでいったらいいのかという点を中心に考察したい。仕事の共通性から,学び方にも共通性があると考えられるからである。
では今回は,本書の目次を提示して終わりたいと思う。次回以降,双方の学び方の共通点について順次取り上げ,思索していきたい。
初学者のための『看護覚え書』 (2)
■第1章 ナイチンゲールに学ぶ 「病む人にとっての食事を整える」 とは
第1節 食物の形状と食べさせ方の工夫が看護として必要である
第2節 病む人の生命力の消耗を最小にする工夫への配慮の必要性
第3節 食事を整えることは看護者の重要な役割である
第4節 看護における食事の大事性をつかんだナイチンゲールの実践とは
■第2章 ナイチンゲールの説く 「食物の選択」 に学ぶ
第1節 ナイチンゲールの言葉は知識ではなく自分の体験を重ねて理解することが必要である
第2節 病む人に適した食事の内容とは
第3節 病む人の回復にとって必要な栄養とは
第4節 適切な食事内容は病む人を観察することによってのみ知ることができる
■第3章 「人間にとって食事とは何か」 を問う
第1節 病の回復過程にある人の食事を整えることは看護の重要な柱である
第2節 人間にとっての食事とは何か
―病へいたる過程に目を向けることが必要である
第3節 人間にとっての食を考えるには生命体としての一般性から問うことが大切である
第4節 人間にとっての食とは何かを 「いのちの歴史」 に尋ねる
第5節 認識を持つ人間ゆえの食生活の歪み
■第4章 看護のための食に関する学びの過程
第1節 家政学的基盤から看護を追究する視点
第2節 人間にとって食物を摂るということの意味とは
第3節 「いのちの歴史」 のイメージ像を図として描いた意味
第4節 「地球そのもの」 を摂り入れるとは ―「いのち」 の過程の重層構造
第5節 人間の成長・発達段階に見合った食事のあり方
第6節 看護として 「食事」 を整えることの意味を問う視点
■第5章 ナイチンゲールの説く 「換気と保温」 に学ぶ
第1節 『看護覚え書』 の真意を理解するには弁証法的に読み取る実力が必要である
第2節 弁証法は 「自然・社会・精神の一般的な運動に関する科学」 であるとは
第3節 ナイチンゲールの説く看護にとっての 「換気と保温」 の重要性
第4節 ナイチンゲールが 「換気と保温」 の大事性を強調する理由
―当時の病院の現実から
第5節 ナイチンゲールの説く 「換気する」 ということの意味
第6節 「換気と保温」 の両立を図ることこそ必要であるとの指摘
■第6章 「人間にとって新鮮な空気とは何か」 を問う
第1節 ナイチンゲールの時代の 「換気と保温」 に関わる問題
第2節 患者が呼吸する空気の質に目を向けることが看護として大事な視点である
第3節 病気とは何か,看護とは何かの一般論をふまえての 「換気と保温」 の大事性
第4節 人間にとって呼吸するとはどういうことか
第5節 夜間の人間の体の生理構造をふまえての呼吸の意味
第6節 人間にとっての新鮮な空気とは何かを 「いのちの歴史」 に尋ねる
第7節 「自然の法則」 から病む人にとっての 「空気」 をとらえていたナイチンゲール
■第7章 看護として 「住居の健康」 を整えるとはどういうことかを問う
第1節 ナイチンゲールの説く 「住居の健康」 を守る5つの基本的な要点
第2節 不健康な住居のあり方が病気をもたらす現実
第3節 病気の予防や回復のために 「住居の健康」 の管理が重要である
第4節 人間にとっての 「住居」 とは何か
第5節 人間にとっての住居の意味を 「いのちの歴史」 に尋ねる
第6節 「住居の健康」 を社会との関係性からとらえる
第7節 「住居の健康」 を守ることが求められる看護の現実
■第8章 認識論の学びの基礎から 「物音」 の意味を問う
第1節 病む人に害を与える物音とはどういうものか
第2節 不必要な話し声や物音が病む人の生命力を消耗させる
第3節 会話が病む人の認識を不安定にする事例
第4節 聴覚からの刺激が病む人の認識に与える影響
第5節 認識への問いかけができる看護者になるためには
第6節 「認識は像であり,しかも五感情像である」 とは
第7節 ナイチンゲールが指摘する病む人に害を与える物音
■第9章 「変化」 させることの大事性を認識論の基本から説く
第1節 病む人の心に働きかける看護の実力をつけるためには
第2節 ナイチンゲールの説く 「変化」 の重要性
第3節 「認識=像=感情像である」 とは
第4節 「外界の反映」 と 「内界の反映」
―その重層的な合成像としての 「感情像」
第5節 病む人の認識とはどういうものか
第6節 病む人の思いを理解するために
第7節 ナイチンゲールの説く病む人の認識に 「変化」 をもたらすこととは
第8節 病床の花が病む人の心の 「変化」 を創りだす
■第10章 看護のために必要な 「観念的二重化」 の実力
第1節 看護として病む人の認識を整えることの大事性
第2節 ナイチンゲールの説く 「おせっかいな励まし」 がもたらす影響
第3節 ナイチンゲールの説く病む人に害を及ぼす 「忠告」
第4節 「おせっかいな励ましや忠告」 がなぜ病む人に悪影響を及ぼすか
第5節 「相手の立場に立つ」 とは
―観念的二重化の実力を養成することの重要性
第6節 観念的二重化とは何か ―「自分の自分化から自分の他人化へ」
第7節 病む人の認識を整える実力をつけるにはその過程を特別に訓練することである
■第11章 「ベッドと寝具類」 を整えることの看護としての意味を問う
第1節 病む人の認識を整えていくことが求められる看護
第2節 ナイチンゲールの説く 「ベッドと寝具類」 を看護として整えることの重要性
第3節 病気とは何かから 「ベッドと寝具類」 を整える意味を説いていたナイチンゲール
第4節 病む人の寝具類を整えることの重要性を現代の看護の事例に見る
第5節 家庭での療養生活を整える看護とはを事例から説く
第6節 なぜ寝具類を看護として整えることが大事であるか
第7節 寝具類を看護として整えることを人間の睡眠過程の意味から説く
第8節 人間にとっての睡眠の過程を看護として整えること